説明

環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法

【課題】
環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法において、反応工程が高圧となり高価な設備が必要になるという問題を解決し、環式ポリアリーレンスルフィドを高収率で安定に製造する方法を提供する。
【解決手段】
少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法であって、以下の(i)、(ii)の工程を含む。
(i)スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり水分を0.8モル以上、有機極性溶媒を0.4リットル未満含む混合物を加熱し、脱水して低含水スルフィド化剤混合物を調製する工程
(ii)低含水スルフィド化剤混合物にジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を加えて、有機極性溶媒がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり1.25リットル以上となる条件で環式ポリアリーレンスルフィドを合成する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環式ポリアリーレンスルフィドを経済的に製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
芳香族環式化合物はその環状であることから生じる特性に基づく高機能材料や機能材料への応用展開可能性、たとえば包接能を有する化合物としての特性や、高分子量直鎖状高分子の合成のための有効なモノマーとしての活用など、その構造に由来する特異性で近年注目を集めている。環式ポリアリーレンスルフィド(以下、ポリアリーレンスルフィドをPASと略する場合もある)も芳香族環式化合物の範疇に属し、上記同様に注目に値する化合物である。
【0003】
環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法としては、例えばジアリールジスルフィド化合物を超希釈条件下で酸化重合する方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。この方法では環式ポリアリーレンスルフィドが高選択で生成し、線状ポリアリーレンスルフィドはごく少量しか生成しないと推測され、確かに環式ポリアリーレンスルフィドが高収率で得られると考えられる。しかしながら、この方法は産業への応用可能性の観点からは課題の多い方法であった。まず、超希釈条件で反応を行うことが必須であり、反応容器の単位容積あたりに得られる環式ポリアリーレンスルフィドがごくわずかで、効率的に環式ポリアリーレンスルフィドを得ることが困難であること、また、当該方法の反応温度は室温近傍であるため、反応に数十時間の長時間が必要であり生産性に劣ること、さらに、この方法で副生する線状ポリアリーレンスルフィドは、目的物である環式ポリアリーレンスルフィドと分子量が近いために、分離除去することが困難であり高純度な環式ポリアリーレンスルフィドを効率よく得られないこと、さらに加えて、当該方法では酸化重合の進行のために例えばジクロロジシアノベンゾキノンなど高価な酸化剤が原料のジアリールジスルフィドと等量必要であり、安価に環式ポリアリーレンスルフィドを得ることができないこと、などの課題があった。
【0004】
環式ポリアリーレンスルフィドの他の製造方法として、4−ブロモチオフェノールの銅塩をキノリン中の超希釈条件下で加熱する方法も開示されている(例えば特許文献2参照)が、この方法も前記特許文献1と同様に超希釈条件が必須であり、また反応に長時間が必要であり生産性の極めて低い方法であった。さらに、副生する臭化銅を生成物である環式ポリアリーレンスルフィドから分離することが困難で、得られる環式ポリアリーレンスルフィドは純度の低いものであった。
【0005】
スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物といった汎用的な原料から脱塩縮合により環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法として、N−メチルピロリドンに対する硫化ナトリウム量を0.1モル/リットルとして、これにジクロロベンゼンを加えて還流温度において接触させる方法が開示されている(例えば非特許文献1参照)。この方法ではスルフィド化剤のイオウ成分1モルに対する有機極性溶媒量が1.25リットル以上と希薄であるため環式ポリアリーレンスルフィドが得られると推測できるが、ごくわずかな量の環式ポリアリーレンスルフィドしか得られず、また得られる環式ポリアリーレンスルフィドは純度の低いものであり、さらには反応に長時間が必要であるという問題があった。
【0006】
以上の製造方法の課題を解決する方法として、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を、スルフィド化剤のイオウ成分1モルに対して1.25リットル以上の有機極性溶媒を用い、反応混合物を常圧における還流温度を越えて加熱する方法が開示されている(例えば特許文献3参照)。この方法では0.5〜2時間と比較的短時間でジハロゲン化芳香族化合物の消費率が90%程度に達し、環式ポリアリーレンスルフィドの選択率は35%程度までの向上が確認されている。
【0007】
しかしながら、特許文献3に示される環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法では、反応混合物の含水率が高い上に反応混合物を常圧における還流温度を超える高温で加熱することから、反応系の圧力が高圧となる傾向があり高価な耐圧設備を要するため経済的に不利という課題があった。
【0008】
この反応混合物の水分率に由来する反応系の高圧に関する上記課題を解決する方法として、本発明の目的とする環式ポリアリーレンスルフィドの製造とは異なり、線状の高分子量ポリアリーレンスルフィドの製造に関する方法ではあるが、水分量がイオウ成分1モル当たり0.8〜20モルである含水スルフィド化剤を、有機極性溶媒中で脱水してイオウ成分1モル当たり0.05〜0.8モルの低含水スルフィド化剤混合物とする工程を含むポリアリーレンスルフィドの製造方法が開示されている(例えば特許文献4)。当該方法では、ポリアリーレンスルフィドの反応を実施する前に脱水の工程を導入しており、これにより反応系内圧における系内残存水による圧力上昇の寄与が低下するため系全体の圧力を低減する効果が見込まれる。しかしながら当該方法の目的は、脱水工程の導入によって高分子量のポリアリーレンスルフィドを短時間に得ることであり、脱水工程の導入による圧力低減効果については指摘しておらず、また、環式ポリアリーレンスルフィドの製造に関してもなんら言及していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3200027号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】米国特許第5869599号公報 (第14頁)
【特許文献3】特開2009−30012号公報 (第28〜33頁)
【特許文献4】特開2005−54181号公報 (特許請求の範囲)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】ポリマー(Polymer),vol.37,No.14,p.3111-3112,1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明では、前記従来技術の課題を解決し、環式ポリアリーレンスルフィドを経済的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記課題を解決するため以下の特徴を有する環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法を提供する。
[1]少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法であって、少なくとも以下の(i)、(ii)の工程を含むことを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
(i)スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり水分を0.8モル以上、有機極性溶媒を0.4リットル未満含む混合物を加熱し、水分量がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.8モル未満になるまで脱水して低含水スルフィド化剤混合物を調製する工程
(ii)工程(i)の後で、低含水スルフィド化剤混合物にジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を加えて、有機極性溶媒がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり1.25リットル以上となる条件で環式ポリアリーレンスルフィドを合成する工程
[2]工程(i)(ii)を、別々の反応器で実施することを特徴とする上記[1]に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[3]工程(i)の後に工程(i)を実施した反応器で、有機極性溶媒がイオウ成分1モル当たり0.4リットル以上になるように低含水スルフィド化剤混合物に有機極性溶媒を加える上記[1]または[2]に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環式ポリアリーレンスルフィドを、良好な収率で、安定して製造する方法が提供できる。より詳しくは、環式ポリアリーレンスルフィド製造において、脱水工程における固形分の生成を回避し、低含水スルフィド化剤混合物の不均一化を防ぐことが可能となり、これによって反応混合物における原料のモルバランスを精密に調整することが容易となり、良好な収率で再現性よく環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明実施の形態を説明する。
【0015】
(1)スルフィド化剤
本発明で用いられるスルフィド化剤とは、ジハロゲン化芳香族化合物にスルフィド結合を導入できるものであれば良く、例えばアルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
【0016】
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化リチウムおよび/または硫化ナトリウムが好ましく、硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。なお、水性混合物とは水溶液、もしくは水溶液と固体成分の混合物、もしくは水と固体成分の混合物のことをさす。一般的に入手できる安価なアルカリ金属硫化物は水和物または水性混合物であるので、このような形態のアルカリ金属硫化物を用いることが好ましい。
【0017】
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化リチウム、水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化リチウムおよび/または水硫化ナトリウムが好ましく、水硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。
【0018】
また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。これらのアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物は水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができ、水和物または水性混合物が入手のし易さ、コストの観点から好ましい。
【0019】
さらに、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめ水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。硫化水素は気体状、液体状、水溶液状のいずれの形態で用いても差し障り無い。
【0020】
本発明において、スルフィド化剤の量は、脱水操作などによりジハロゲン化芳香族化合物との反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
【0021】
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができ、アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0022】
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいが、この使用量はアルカリ金属水硫化物1モルに対し下限0.80モル以上が例示でき、好ましくは0.95モル以上、より好ましくは1.005モル以上である。また、上限は1.50モル以下が例示でき、好ましくは1.25モル、より好ましくは1.20モルの範囲が例示できる。スルフィド化剤として硫化水素を用いる場合にはアルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましく、この場合のアルカリ金属水酸化物の使用量は硫化水素1モルに対し1.60〜3.00モルが例示でき、好ましくは1.90〜2.50モル、より好ましくは2.01〜2.40モルの範囲が例示できる。ここでアルカリ金属水酸化物の使用量を上記範囲とすることにより高収率で環式PASが得られるが、上記範囲より多くても、また、少なくても生成した環式PASが分解しやすく収率は低下する傾向にある。
【0023】
(2)ジハロゲン化芳香族化合物
本発明の環式PASの製造において使用されるジハロゲン化芳香族化合物としては、p−ジクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、p−ジブロモベンゼン、o−ジブロモベンゼン、m−ジブロモベンゼン、1−ブロモ−4−クロロベンゼン、1−ブロモ−3−クロロベンゼンなどのジハロゲン化ベンゼン、及び1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼン、1−メチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,4−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,3−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、3,5−ジクロロ安息香酸などのハロゲン以外の置換基をも含むジハロゲン化芳香族化合物などを挙げることができる。なかでも、p−ジクロロベンゼンに代表されるp−ジハロゲン化ベンゼンを主成分にするジハロゲン化芳香族化合物が好ましい。特に好ましくは、p−ジクロロベンゼンを80〜100モル%含むものであり、さらに好ましくは90〜100モル%含むものである。また、環式PAS共重合体を製造するために異なる2種以上のジハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて用いることも可能である。
【0024】
ジハロゲン化芳香族化合物の使用量は、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.90から2.00モルの範囲であることが好ましく、0.92から1.50モルの範囲がより好ましく、0.95から1.20モルの範囲が更に好ましく、よりいっそう好ましくは1.00から1.10モルの範囲である。ジハロゲン化芳香族化合物の使用量を上記範囲とすることにより環式PASを高収率で得られるが、上記範囲より少ない場合には環式PASの収率が低下する傾向にあり、また、上記範囲より多い場合には低分子量の線状PASの生成量が増加し、後述の方法により環式PASを高純度で回収することが難しくなる傾向にある。
【0025】
なお、本発明におけるジハロゲン化芳香族化合物の使用量とは、反応系に仕込んだジハロゲン化芳香族化合物の総和を意味するが、仕込んだジハロゲン化芳香族化合物が、反応系外に除去される場合には、前記総和から除去されたジハロゲン化芳香族化合物量を差し引いた量を意味することとする。
【0026】
(3)有機極性溶媒
本発明の環式PASの製造においては反応溶媒として有機極性溶媒を用いるが、なかでも有機アミド溶媒を用いるのが好ましい。具体例としては、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、N−シクロヘキシル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、及びこれらの混合物などが、反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでもN−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンが好ましく用いられる。
【0027】
本発明において環式PASの製造における反応溶媒として用いる有機極性溶媒の使用量は、後述する工程(ii)において、スルフィド化剤のイオウ成分1モルに対し1.25リットル以上であり、好ましくは1.5リットル以上、より好ましくは2リットル以上である。使用量の上限に特に制限はないが、より効率よく環式PASを製造するとの観点から、スルフィド化剤のイオウ成分1モルに対し50リットル以下とすることが好ましく、20リットル以下がより好ましく、15リットル以下が更に好ましい。なお、ここでの溶媒使用量は常温常圧下における溶媒の体積を基準とする。有機極性溶媒の使用量を多くすると、環式PAS生成の選択率が向上するが、多すぎる場合、反応容器の単位体積当たりの環式PASの生成量が低下する傾向に有り、更に、反応に要する時間が長時間化する傾向がある。環式PASの生成選択率と生産性を両立するとの観点で前記した有機極性溶媒の使用量範囲とする事が好ましい。ここで、反応溶媒として用いる有機極性溶媒の使用量とは、反応系内に導入した有機極性溶媒から、反応系外に除去された有機極性溶媒を差し引いた量である。
【0028】
なお、一般的な環式化合物の製造における溶媒の使用量は極めて多い場合が多く、本発明の好ましい使用量範囲では効率よく環式化合物を得られないことが多い。後述するように、本発明では有機極性溶媒の還流温度を超えた温度を反応温度として採用することが好ましいが、この場合には、一般的な環式化合物製造の場合と比べ、溶媒使用量が比較的少ない条件、すなわち前記した好ましい溶媒使用量の上限値以下の条件でも、効率よく環式PASが得られる傾向にある。この理由は現時点で明らかではないが、大気圧条件では到達し得ない高温で反応させた場合、極めて原料の消費速度が高くなることが環状化合物の生成に好適に作用しているものと推測している。
【0029】
(4)反応混合物
本発明の環式PASの製造における反応混合物とは、少なくとも、上記したスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を含む混合物であり、後述する反応条件に処することで環式ポリアリーレンスルフィドを生成する混合物のことを指す。反応混合物には前記必須成分以外に環式PASの生成を著しく阻害しない第三成分や、環式PASの生成を加速する効果を有する第三成分を加えることも可能である。
【0030】
(5)環式ポリアリーレンスルフィド
本発明における環式ポリアリーレンスルフィドとは式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする環式化合物であり、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(A)のごとき化合物である。
【0031】
【化1】

【0032】
ここでArとしては下記一般式(B)〜式(M)などであらわされる単位を例示できるが、なかでも式(B)〜式(K)が好ましく、式(B)及び式(C)がより好ましく、式(B)が特に好ましい。
【0033】
【化2】

【0034】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0035】
【化3】

【0036】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0037】
【化4】

【0038】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)。
【0039】
なお、環式ポリアリーレンスルフィドにおいては前記式(B)〜式(M)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい環式ポリアリーレンスルフィドとしては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0040】
【化5】

【0041】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式ポリフェニレンスルフィド(以下、環式PPSと略すこともある)が挙げられる。
【0042】
環式ポリアリーレンスルフィドの前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限は無いが、2〜50が好ましく、3〜40がより好ましく、4〜30が更に好ましい範囲として例示できる。後述するように環式PASを含有するポリアリーレンスルフィドプレポリマーを高重合度体へ転化する場合には、環式ポリアリーレンスルフィドが溶融解する温度以上に加熱して行うことが好ましいが、mが大きくなると環式ポリアリーレンスルフィドの溶融解温度が高くなる傾向にあるため、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの高重合度体への転化をより低い温度で行うことができるようになるとの観点でmを前記範囲にすることは有利となる。
【0043】
また、環式ポリアリーレンスルフィドは、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物のいずれでも良いが、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低い傾向があり、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の使用は前記した高重合度体への転化を行う際の温度をより低くできるため好ましい。
【0044】
(6)線状ポリアリーレンスルフィド
本発明における線状ポリアリーレンスルフィド(以下、線状PASと略すこともある)とは式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする直鎖状化合物であり、下記一般式(N)に示す化合物である。
【0045】
【化6】

【0046】
ここでArとしては、上記した環式ポリアリーレンスルフィドの場合と同様、式(B)〜式(M)などであらわされる単位を例示でき、なかでも式(B)〜式(K)が好ましく、式(B)及び式(C)がより好ましく、式(B)が特に好ましい。
【0047】
なお、線状PASは前記式(B)〜式(M)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、線状ポリフェニレンスルフィド(以下、線状PPSと略すこともある)、線状ポリフェニレンスルフィドスルホン、線状ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。
【0048】
ここで、例えば繰り返し数mの環状化合物は、繰り返し数mの線状化合物が生成し、それがある確率によって環化することで生成すると考えられるため、環化の確率が100%でない限り、一定確率で線状体が生成することになる。よって、本発明の目的物である環式PASを単離・回収するためには、環式PASと線状PASを分離する必要が出てくる。線状PASの特性は、この分離操作に関しては後で詳述するが、線状PASの分子量が高いほど環式PASと線状PASを精度良く分離できる傾向に有り、線状ポリアリーレンスルフィドの好ましい分子量は重量平均分子量で2,500以上が例示でき、5,000以上が好ましく、10,000以上がより好ましく例示できる。線状PASの重量平均分子量がこの好ましい範囲内では、線状PASの有機極性溶媒への溶解性が低下する一方で、環式PASは有機極性溶媒に溶解する傾向が強いため、この有機極性溶媒への溶解性の差を利用して環式PASと線状PASの混合物から効率よく環式PASを得ることが可能となる。
【0049】
(7)環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法
本発明では、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応混合物を加熱して環式PASを製造する。
【0050】
本発明の環式PASの製造に際しては、工程(ii)における反応混合物中の水分量がイオウ成分1モル当たり0.8モル未満であることが必要であり、0.7モル未満であることが好ましく、0.6モル未満であることがより好ましく、0.5モル未満であることがさらに好ましい。また、反応混合物中の水分量の下限はなく、0に近いほど好ましいが、本発明を実施する上での実質的下限として反応混合物中のイオウ成分1モル当たり0.05モル以上を例示できる。環式ポリアリーレンスルフィドの製造時の反応混合物中の水分量については前述の特許文献3において反応混合物中のイオウ成分1モル当たり0.8モル以上20モル以下が好ましい旨が開示されているが、当該特許文献における水分量の下限未満、すなわち0.8モル未満とすることでも同様の反応濃度、反応温度、および反応時間において十分な反応を行うことが可能であるのみならず、環式ポリアリーレンスルフィドの収率および選択率が向上可能なことを見出し、本発明を完成させるに至った。さらに反応混合物中の水分量が本発明の好ましい範囲を超える場合には反応液の着色および反応器への着色物の付着が顕著であったが、水分量を本発明の好ましい範囲とすることでそれら着色の問題が大幅に改善され、得られる環式ポリアリーレンスルフィドの品質が向上するのみならず、反応器の洗浄作業の軽減も可能となった。
【0051】
なお、本発明における反応混合物中の水分量とは、反応系に仕込んだスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒、さらにはその他成分を仕込む場合にはその成分も含め、各成分に含まれて導入された水分量の総和を意味し、あるいは脱水操作など付加的な操作により反応系から水が反応系外に除去される場合には前記水分量の総和から除去された水分量を差し引いた水分量を意味するものであり、上記諸成分の混合及び反応過程で生成する水は考慮しない。
【0052】
(7−1)脱水工程(工程(i))
本発明における脱水工程とは、反応混合物中の水分量を前記の好ましい範囲にするために、水分をイオウ成分1モル当たり0.8モル以上含有するスルフィド化剤と有機極性溶媒を含む混合物を加熱して脱水し、水分量を所望の範囲に減じた低含水スルフィド化剤混合物を調製する工程のことである。一般にジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒については十分に低水分量のものが比較的容易に入手可能であるのに対し、スルフィド化剤、例えばアルカリ金属硫化物についてはイオウ成分1モル当たり0.8モル以上の水を含む水和物または水性混合物の方がより安価で入手が容易であり、また、このような水を含むスルフィド化剤は安定性に優れ、特に酸素による劣化を受けにくい傾向にある。ここで本発明者らが知る限り、一般に入手が可能なこれら水を含むスルフィド化剤を用いる場合、反応混合物中の水分量はジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒の水分量に関わらずスルフィド化剤のイオウ成分1モルあたり0.8モル以上となる。従って、入手性や安定性に優れる水を含むスルフィド化剤を用いて、本発明の製造方法の特徴である反応混合物中の水分量を前記の好ましい範囲に調整するためには、脱水を行う工程を設けることが必要となる。
【0053】
本発明における脱水工程では、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒のうち、それぞれを単独もしくは2種以上の混合物とし、それを加熱することで脱水を行う方法を採用できるが、スルフィド化剤と有機極性溶媒からなる混合物を脱水することが特に望ましい。この際の条件としては、前記の好ましい水分量の範囲に調整可能な限り特に制限はないが、例えば次のような条件が好ましく採用される。すなわち望ましくは不活性ガス雰囲気下、常温〜150℃、好ましくは常温〜100℃の温度範囲で、少なくとも含水スルフィド化剤と有機極性溶媒とからなる混合物を調製し、常圧または減圧下で150℃以上、好ましくは170℃以上、より好ましくは200℃以上に昇温して、水分量がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.8モル未満になるように水を留去させる方法が例示できる。なお、上記有機極性溶媒および水分を留去させる温度の好ましい上限としては250℃が例示できる。また、撹拌しながら脱水を行うことで液分の留去を促進しても良く、不活性ガスの気流を通じることで留去を促進しても良く、また、トルエンなどの共沸成分を加えて留去を促進しても良い。さらに水を選択的に留去させる目的で精留塔を設けても良い。
【0054】
脱水工程における有機極性溶媒の量に関しては、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.4リットル未満とする必要がある。有機極性溶媒の量をスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.4リットル以上とした場合には、脱水終了時に固形分が析出して不均一な性状となる傾向があり、反応混合物のモルバランスを調整する際の障害となるためである。また、有機極性溶媒の量は少なすぎるのも適切でなく、有機極性溶媒量がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.1リットル未満の場合には、脱水工程の容器として金属製容器を用いた際に容器からの金属溶出が多くなる傾向が見られ、得られる環式PAS中に金属不純物が入り込むという問題が生じる場合がある。よって、これらの理由から、脱水工程での有機極性溶媒の量は、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.1リットル以上0.4リットル未満であり、0.12〜0.30リットルがより好ましく、0.15〜0.25リットルがさらに好ましく、0.16〜0.21リットルの範囲がより一層好ましい範囲として例示できる。
【0055】
上記脱水工程で調製した脱水スルフィド化剤混合物は、本発明の環式PASの製造に必要なその他の諸成分と混合することで反応混合物を調製した後、続く反応工程(工程(ii))にて環式PASの合成を行う。
【0056】
この際、反応工程は脱水工程と同一の反応器で行っても良いが、脱水工程で調製した脱水成分を異なる反応器に移してから反応工程を行っても良い。この際、本発明の環式PASの製造に必要なその他の成分と混合する操作は、脱水工程を行った容器、反応工程を行う容器のいずれで行っても良い。また、反応工程に連続的なプロセスを採用する場合、反応混合物を一時的に貯留しておく反応混合物貯留用の容器を設けることが望ましく、その場合は、脱水工程で調製した脱水成分をまず反応混合物貯留用の容器に移し、そこで他の成分と混合後に、再度反応工程で用いる容器に移送して反応工程を行うことが好ましい。より好ましくは、前記反応混合物貯留用の容器で調製した反応混合物を、反応混合物送液用の別の貯留用容器に移して溜めておき、ここから反応工程で用いる容器に移送して反応工程を行うことも望ましい方法であり、このような方法を採用することで安定したプロセスを構築しやすくなる。
【0057】
さらに、環式PASの製造過程において脱水工程に要する時間の短縮および工程で使用するエネルギー節約の観点からは、脱水工程において反応工程複数回分の脱水成分を調製しておき、それを分割して脱水工程以降の工程に使用することがより一層好ましい。ここで低含水スルフィド化剤混合物の移送性向上およびそれを用いた反応混合物の組成調整の際の計量誤差を低減する観点からは、脱水工程で得た低含水スルフィド化剤混合物を他の容器へ移送する前に、脱水工程で用いた容器に有機極性溶媒を加える操作を付加的に実施することで、脱水工程で調製した低含水スルフィド化剤混合物をあらかじめ希釈しておくことがさらに好ましい。このように希釈した低含水スルフィド化剤混合物に対し、さらに有機極性溶媒を加えて反応混合物が含む有機極性溶媒量を調整することも可能であるため、脱水工程で用いた容器に有機極性溶媒を加えて希釈する際の有機極性溶媒の添加量としては、上限は有機極性溶媒を添加した後の有機極性溶媒の量がイオウ成分1モルあたり50リットル以下、好ましくは15リットル以下、より好ましくは1.25リットル以下が例示できる。一方下限としては、イオウ成分1モルあたり0.4リットル以上、好ましくは0.8リットル以上、より好ましくは1.0リットル以上となる添加量が例示できる。
【0058】
以上の脱水工程によって得られた低含水スルフィド化剤混合物は、前述した好ましい方法においてはスルフィド化剤と有機極性溶媒を含む物であるから、ジハロゲン化芳香族化合物と、好ましくは追加の有機極性溶媒を加えることで、反応混合物の調製は完了する。前述の通り、ジハロゲン化芳香族化合物の使用量は、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.90から2.00モルの範囲であることが好ましく、0.92から1.50モルの範囲がより好ましく、0.95から1.20モルの範囲が更に好ましく、1.00から1.10モルの範囲がよりいっそう好ましい。また、有機極性溶媒は、低含水スルフィド化剤の移送前に希釈操作を実施した場合にはその使用量を考慮した上で追加する量を決定し、追加操作を行った後の工程(ii)の反応混合物における有機極性溶媒量がスルフィド化剤のイオウ成分1モルに対し1.25リットル以上となるように加えることが必要であり、好ましくは1.5リットル以上、より好ましくは2.0リットル以上の範囲とすることが望ましい。一方上限として、有機極性溶媒の追加操作を行った後の反応混合物における有機極性溶媒量がスルフィド化剤のイオウ成分1モルに対し50リットル以下が好ましく、20リットル以下がより好ましく、15リットル以下が更に好ましい。
【0059】
(7−2)反応工程(工程(ii))
本発明における反応工程とは、上記諸成分からなる反応混合物を加熱することで環式PASを製造する工程のことである。反応工程における反応温度は、環式PASが生成する温度であれば特に制限はないが、用いた有機極性溶媒の常圧下の還流温度を超えることが好ましい。この温度は有機極性溶媒の種類によって異なるのはもちろんのこと、反応混合物中の成分の種類、量によって多様に変化するため一意的に決めることはできないが、本発明の好ましい実施の形態にあっては通常120〜350℃、好ましくは180〜320℃、より好ましくは220〜310℃、さらに好ましくは225〜300℃、よりいっそう好ましくは240〜280℃の範囲を例示できる。ここで常圧とは大気の標準状態近傍における圧力のことであり、約25℃近傍の温度、絶対圧で101kPa近傍の大気圧条件のことである。なお、還流温度とは反応混合物の液体成分が沸騰と凝縮を繰り返している状態の温度である。本発明では反応混合物を常圧下の還流温度を超えて加熱することが好ましいが、反応混合物をこのような加熱状態にする方法としては、例えば反応混合物を常圧を超える圧力環境下で加熱する方法が挙げられ、この高圧環境を簡易に構築する方法として反応混合物を密閉した容器内で加熱する方法が例示できる。この好ましい温度範囲ではより高い反応速度が得られ、反応が均一に進行しやすい傾向にあり、効率よく環式PASが得られる傾向にある。また、反応は一定温度で行う一段反応、段階的に温度を上げていく多段階反応、あるいは連続的に温度を変化させていく形式の反応のいずれでもかまわない。なお、反応は攪拌条件下で行うことが好ましい。
【0060】
また、反応時間は、使用した原料の種類や量あるいは反応温度に依存するので一概に規定できないが、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。この好ましい時間以上とすることにより、未反応の原料成分を十分に減少できるため、生成した環式PASの回収がしやすくなる傾向にある。一方、反応時間に特に上限は無いが、本発明の方法は極めて高い反応速度が得られやすい特徴を有するため、40時間以内でも十分に反応が進行し、好ましくは10時間以内、より好ましくは6時間以内も採用できる。
【0061】
本発明の環式PASの製造において、反応混合物を加熱する際の圧力は反応混合物を構成する原料およびその組成、反応温度等により変化するため一意的に規定することはできないが、好ましい圧力の上限としてはゲージ圧で1MPa以下である。また、本発明では反応混合物の常圧下における還流温度を超えることが好ましく、反応混合物をこのような加熱状態にする方法としては、例えば反応混合物を常圧を超える圧力下で反応させる方法や、反応混合物を密閉容器内で加熱する方法が例示できることから、好ましい圧力の下限は常圧を超える圧力である。すなわち、具体的な好ましい圧力としてはゲージ圧で0.05MPa〜1MPa、より好ましくは0.1MPa〜0.8MPa、さらに好ましくは0.2MPa〜0.6MPa、とりわけ好ましくは0.2MPa〜0.5MPaが例示できる。このような好ましい圧力範囲では、環式PASの製造に要する時間が短くできる傾向にある。また、一般に反応混合物を加熱する際の圧力が1MPaを超える高圧になると、それに耐えうる高価な耐圧製造設備が必要となるが、このような好ましい圧力範囲では環式PASの製造に要する設備コストを低減できる上、安全性も高い。このような観点から汎用的な設備を用いて環式PASの製造を行う場合には、反応混合物を加熱する際の圧力が0.5MPa以下であることがとりわけ好ましい。なお、ここでゲージ圧とは大気圧を基準とした相対圧力のことであり、絶対圧から大気圧を差し引いた圧力値と同意である。
【0062】
本発明の環式PASの製造において、所望の時間反応を継続し仕込んだ原料が減少した随意の段階で、スルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物を追加して更に反応を継続することも可能である。ここで追加する量は、追加する前の反応混合物中のスルフィド化剤の量を勘案することが重要であり、スルフィド化剤の追加を行った後の反応混合物中のスルフィド化剤のイオウ原子1モルに対して有機極性溶媒が1.25リットル以上になる範囲内および水分量が0.8モル未満となる範囲内で追加を行うことが強く望まれる。なお、本発明の方法において、スルフィド化剤はジハロゲン化芳香族化合物と反応して消費されるため、ジハロゲン化芳香族化合物の転化率からスルフィド化剤の転化率を見積もることが可能であり、このスルフィド化剤の転化率から反応混合物中のスルフィド化剤の量を算出する事が可能である。
【0063】
なお、ジハロゲン化芳香族化合物(以下、DHAと略する場合もある)の転化率は、以下の式で算出した値である。DHA残存量は、通常、ガスクロマトグラフ法によって求めることができる。
(a)ジハロゲン化芳香族化合物をスルフィド化剤に対しモル比で過剰に添加した場合
転化率(%)=[〔DHA仕込み量(モル)−DHA残存量(モル)〕/〔DHA仕込み量(モル)−DHA過剰量(モル)〕]×100%
(b)上記(a)以外の場合
転化率(%)=[〔DHA仕込み量(モル)−DHA残存量(モル)〕/〔DHA仕込み量(モル)〕]×100%。
【0064】
スルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物の追加は、仕込んだ原料が減少した随意の段階で行ってかまわないことは前記した通りであるが、DHAの転化率が50%以上の段階が好ましく、70%以上の段階がより好ましく、このような段階で追加する事でより効率よく環式PASを得ることが可能となる。
【0065】
このようなスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物の追加を行う回数に制限は無いが、通常、反応開始時の反応系内のスルフィド化剤及び追加したスルフィド化剤の合計が、反応混合物中の有機極性溶媒1リットル当たりスルフィド化剤のイオウ原子基準で10モルまでの量が好ましい範囲として例示できる。ここでスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物の追加は、反応混合物中の生成物量を増大させる効果があり、単位体積当たりの環式PAS収量を増大できるため好ましい方法である。
【0066】
なお、スルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物の追加により、反応混合物中の水分量が変化する場合、前記した好ましい水分量となるように付加的な操作を行うことも可能であり、追加する前、追加している途中、追加後に反応混合物から水を随意量除去する事も望ましい方法である。なお、この水の除去に際し、水以外の成分が反応混合物から除去される場合、必要に応じてスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒を更に追加する事も可能であり、除去された成分を再度反応混合物に戻す操作を行ってもかまわない。
【0067】
なお、本発明の環式PASの製造には、バッチ方式、及び連続方式など公知の各種重合方式、反応方式を採用することができる。また、製造における雰囲気は非酸化性雰囲気下が望ましく、窒素、ヘリウム、及びアルゴン等の不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましく、特に、経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気下が好ましい。また、本発明においては反応混合物を加熱する際の好ましい圧力の上限がゲージ圧で1MPa以下であり、この圧力を超えない範囲にて不活性ガスで加圧しても良い。
【0068】
(8)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法
本発明の環式PASの製造においては前記した反応により得られた反応混合物から環式PASを分離回収することも可能である。反応により得られた反応混合物には環式PAS、線状PAS及び有機極性溶媒が含まれ、その他成分として未反応のスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物や水、副生塩などが含まれる場合もある。
【0069】
(8−1)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法1
この様な反応混合物からPAS成分を回収する方法に特に制限は無く、例えば必要に応じて有機極性溶媒の一部もしくは大部分を蒸留等の操作により除去した後に、PAS成分に対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和し、好ましくは副生塩に対して溶解性を有する溶剤と必要に応じて加熱下で接触させて、環式PASを線状PASとの混合固体としてPAS成分を回収する方法、反応混合物において環式PASおよび線状PASが溶解するに足る温度、好ましくは200℃を越える温度、より好ましくは230℃以上の温度において反応混合物中に存在する固形成分と可溶成分を固液分離により分離して少なくとも環式PAS、線状PASおよび有機極性溶媒を含む溶液成分を回収し、この溶液成分から必要に応じて有機極性溶媒の一部もしくは大部分を蒸留等の操作により除去した後に、PAS成分に対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和し、好ましくは副生塩に対して溶解性を有する溶剤と必要に応じて加熱下で接触させて、環式PASを線状PASとの混合固体としてPAS成分を回収する方法、が例示できる。この様な特性を有する溶剤は一般に比較的極性の高い溶剤であり、用いた有機極性溶媒や副生塩の種類により好ましい溶剤は異なるので限定はできないが、例えば水や、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘキサノールに代表されるアルコール類、アセトンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどに代表される酢酸エステル類が例示でき、入手性、経済性の観点から水、メタノール及びアセトンが好ましく、水が特に好ましい。
【0070】
このような溶剤による処理を行うことで、環式PASと線状PASとの混合固体に含有される有機極性溶媒や副生塩の量を低減することが可能である。この処理により環式PAS及び線状PASは共に固形成分として析出するので、公知の固液分離法を用いて環式PAS及び線状PASの混合物としてPAS成分を回収することが可能である。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。なお、これら一連の処理は必要に応じて数回繰り返すことも可能であり、これにより環式PASと線状PASとの混合固体に含有される有機極性溶媒や副生塩の量がさらに低減される傾向にある。
【0071】
また、上記の溶剤による処理の方法としては、溶剤と反応混合物を混合する方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。溶剤による処理を行う際の温度に特に制限は無いが、20℃〜220℃が好ましく、50℃〜200℃が更に好ましい。この様な範囲では例えば副生塩の除去が容易となり、また比較的低圧の状態で処理を行うことが可能であるため好ましい。ここで、溶剤として水を用いる場合、水は蒸留水あるいは脱イオン水であることが好ましいが、必要に応じてギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、クロロ酢酸、ジクロロ酢酸、アクリル酸、クロトン酸、安息香酸、サリチル酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フタル酸、フマル酸などの有機酸性化合物及びそのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、硫酸、リン酸、塩酸、炭酸、珪酸などの無機酸性化合物およびアンモニウムイオンなどを含む水溶液を用いることも可能である。この処理後に得られた環式PASと線状PASとの混合固体が処理に用いた溶剤を含有する場合には必要に応じて乾燥などを行い、溶剤を除去することも可能である。
【0072】
上で例示した回収方法では、環式PASは線状PASとの混合物(以下PAS混合物と称する場合もある)として回収される。環式PASと線状PASの分離を行う方法としては例えば、環式PASと線状PASの溶解性の差を利用した分離方法、より具体的には環式PASに対する溶解性が高く、一方で環式PASの溶解を行う条件下では線状PASに対する溶解性に乏しい溶剤を必要に応じて加熱下でPAS混合物と接触させて、溶剤可溶成分として環式PASを得る方法が例示できる。ここで、上記の溶解性を利用した分離方法により効率良く環式PASを得るために、線状PASの分子量は後述する環式PASを溶解可能な溶剤に溶解しにくい、好ましくは溶解しない特性を有する分子量であることが好ましく、重量平均分子量で2,500以上が例示でき、5,000以上が好ましく、10,000以上がより好ましく例示できる。
【0073】
環式PASと線状PASの分離に用いる溶剤としては環式PASを溶解可能な溶剤であれば特に制限はないが、溶解を行う環境において環式PASは溶解するが線状PASは溶解しにくい溶剤が好ましく、線状PASは溶解しない溶剤がより好ましい。PAS混合物を前記溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する反応器の部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。用いる溶剤としてはPAS成分の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、PAS混合物を溶剤と接触させる操作をたとえば常圧環留条件下で行う場合に好ましい溶剤としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン等のハロゲン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノン、メチルエチルケトンなどの極性溶媒を例示できるが、中でもベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノン、メチルエチルケトンが好ましく、トルエン、キシレン、クロロホルム、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトンがより好ましく例示できる。
【0074】
PAS混合物を溶剤と接触させる際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の温度や時間などの条件によってPAS成分や溶剤が酸化劣化するような場合には、非酸化性雰囲気下で行うことが望ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
【0075】
PAS混合物を溶剤と接触させる場合、一般に温度が高いほど環式PASの溶剤への溶解は促進される傾向にあるが、線状PASの分子量が低い場合、線状PASの溶解も促進される傾向にある。線状PASの分子量が前述した好ましい分子量である場合は、環式PASとの溶解性の差が大きくなるため、高い温度でPAS混合物の溶剤との接触を行っても環式PASと線状PASが好適に分離できる傾向にある。また、前記したように、PAS混合物の溶剤との接触は大気圧下でおこなうことが好適であるので、上限温度は使用する溶剤の大気圧下での還流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい溶剤を用いる場合はたとえば20〜150℃、好ましくは30〜100℃を具体的な温度範囲として例示できる。
【0076】
PAS混合物を溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、この様な範囲では環式PASが溶剤へ十分に溶解する傾向にある。
【0077】
PAS混合物を溶剤と接触させる方法は、公知の一般的な手法を用いれば良く特に限定はないが、たとえばPAS混合物と溶剤を混合し、必要に応じて攪拌した後に溶液部分を回収する方法、各種フィルター上のPAS混合物に溶剤をシャワーすると同時に環式PASを溶剤に溶解させる方法、ソックスレー抽出法原理による方法などいかなる方法も用いることができる。PAS混合物と溶剤を接触させる際の溶剤の使用量に特に制限はないが、たとえばPAS混合物重量に対する浴比で0.5〜100の範囲が例示できる。浴比がこの様な範囲の場合、PAS混合物と溶剤を均一に混合し易く、また、環式PASが溶剤へ十分に溶解し易くなる傾向にある。一般に、浴比が大きい方が環式PASの溶剤への溶解には有利であるが、大きすぎてもそれ以上の効果は望めず、逆に溶剤使用量増大による経済的不利益が生じることがある。なお、PAS混合物と溶剤の接触を繰り返し行う場合は、小さい浴比でも十分な効果を得られる場合が多い。またソックスレー抽出法は、その原理上、PAS混合物と溶剤の接触を繰り返し行う場合と類似の効果が得られるので、この場合も小さな浴比で十分な効果を得られる場合が多い。
【0078】
PAS混合物を溶剤と接触させた後に、環式PASを溶解した溶液が固形状の線状PASを含む固液スラリー状で得られた場合、公知の固液分離法を用いて溶液部を回収することが好ましい。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。このようにして分離した溶液から溶剤の除去を行うことで環式PASの回収が可能となる。一方、固体成分については、環式PASがまだ残存している場合、再度溶剤との接触及び溶液の回収を繰り返し行うことでより収率よく環式PASを得ることも可能である。また、環式PASがほとんど残存していない場合には、残存溶剤を除去することで高純度な線状PASとして好適にリサイクル可能である。
【0079】
前述のようにして得られた環式PASを含む溶液から溶剤の除去を行い、環式PASを固形成分として得ることも可能である。ここで溶剤の除去は、たとえば加熱し、常圧以下で処理する方法や、膜を利用した溶剤の除去を例示できるが、より収率よく、また効率よく環式ポリアリーレンスルフィドを得るとの観点では常圧以下で加熱して溶剤を除去する方法が好ましい。なお、前述の様にして得られた環式PASを含む溶液は温度によっては固形物を含む場合もあるが、この場合の固形物も環式ポリアリーレンスルフィド混合物に属するものであるので、溶剤の除去時に溶剤に可溶の成分とともに回収する事が望ましく、これにより収率よく環式PASを得られるようになる。ここで溶剤の除去は、少なくとも50重量%以上、好ましくは70重量%以上、更に好ましくは90重量%以上、よりいっそう好ましくは95重量%以上の溶剤を除去することが望ましい。加熱による溶剤の除去を行う際の温度は用いる溶剤の特性に依存するため一意的には限定できないが、通常、20〜150℃、好ましくは40〜120℃の範囲が選択できる。また、溶剤の除去を行う圧力は常圧以下が好ましく、これにより溶剤の除去をより低温で行うことが可能になる。
【0080】
(8−2)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法2
上記には環式PASの回収方法として、まず環式PASと線状PASを含むPAS混合物を得た後にこの混合物から環式PASを回収する方法について例示したが回収方法はこれに限定されるものではない。環式PAS回収方法として別の具体例を以下に示す。
【0081】
本発明で得られる反応混合物には環式PAS、線状PAS及び有機極性溶媒が含まれ、その他成分として未反応のスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物や水、副生塩などが含まれる場合もあることは前述した通りであるが、この反応混合物において環式PASは幅広い温度領域で有機極性溶媒に溶解状態となる傾向がある。一方で線状PASは環式PASと溶解挙動が大きく異なり、具体的には200℃以下の温度領域ではその大部分が反応混合物中で固体として存在する傾向にある。
【0082】
従ってこの様な環式PASと線状PASの反応混合物中での溶解挙動差を用いることで、簡易な固液分離により環式PASと線状PASの分離が可能になる。このような固液分離による環式PASと線状PASの分離が可能となるより具体的な温度領域の上限としては200℃以下、より好ましくは150℃以下、更に好ましくは120℃以下が例示でき、一方で下限温度としては10℃以上が例示でき、20℃以上が好ましく、50℃以上がより好ましく、80℃以上が更に好ましい。この好ましい温度上限以下では反応混合物に含まれる線状PASは固形分として存在する傾向が強く、特に前述した好ましい重量平均分子量の線状PASはこの条件下で固形分となりやすい傾向がある。一方でこの好ましい温度領域において反応混合物中の環式PASは有機極性溶媒に可溶である傾向が強く、特に環式PASの繰り返し単位数mが前述した好ましい範囲の環式PASはこの条件下で有機極性溶媒に溶解する傾向が強い。また例示した下限温度以上では反応混合物の粘度が低くなる傾向になり固液分離操作がし易く、また固形成分と溶液成分の分離性に優れる傾向にある。
【0083】
環式PASの反応液を固液分離した場合、環式PASは濾液成分(温度によっては固形成分を含む場合もある)に含まれており、所望に応じて濾液成分から有機極性溶媒を除去することで環式PASを含む固体として回収することが可能である。この有機極性溶媒の除去方法としては例えば蒸留により除去する方法や、有機極性溶媒と混和する第二の溶剤と接触させる方法などが例示できる。蒸留により除去する具体的な方法としては、濾液成分を好ましくは20〜250℃、より好ましくは40〜200℃、さらに好ましくは100〜200℃、よりいっそう好ましくは120〜200℃に加熱する方法が例示できる。この加熱を減圧条件下や気流下で行うこと、さらには攪拌条件下で行うことで効率よく有機極性溶媒の除去を行うことが可能である。なお、加熱する際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、これにより環式PASの分解、着色、架橋などを抑制できる傾向にある。なおここで、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。濾液成分を第二の溶剤で溶剤置換する方法で環式PASを得る具体的な方法としては、環式PASが溶解しない、もしくは環式PASが溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、環式PASを含む固形成分を回収する方法を例示できる。この第二の溶剤と接触させるより具体的な方法としては後述の(9)で示す方法を採用することが例示できる。
【0084】
(9)その他後処理
かくして得られた環式ポリアリーレンスルフィドは十分に高純度であり、各種用途に好適に用いることができるが、さらに以下に述べる後処理を付加的に施すことによってよりいっそう純度の高い環式PASを得ることが可能である。
【0085】
前記(8)までの操作によって得られた環式PASは、用いた溶剤の特性によってはPAS混合物中に含まれる不純物成分を含む場合がある。このような少量の不純物を含む環式PASを不純物は溶解するが、環式PASは溶解しない、もしくは環式PASの溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、不純物成分を選択的に除去することが可能な場合が多い。また前記(8−2)の方法で得られた濾液成分(環式PASを含む溶液)から環式PASを固形成分として分離するためにこの第二の溶剤と濾液成分を接触させることも可能である。
【0086】
環式PAS混合物もしくは前記(8−2)で得られた濾液成分を前記第二の溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。第二の溶剤として好ましい溶剤としては、環式PASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン等の炭化水素系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、アセトフェノン等のケトン系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ペンチル、酢酸オクチル、酪酸メチル、酪酸エチル、酪酸ペンチル、サリチル酸メチル、蟻酸エチル、等のカルボン酸エステル系溶媒、及び水が例示でき、なかでもメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、アセトン、酢酸メチル、酢酸エチル、水が好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、アセトン、酢酸エチル、水が特に好ましい。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0087】
環式PASを第二の溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、上限温度は使用する第二の溶剤の常圧下での還流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい第二の溶剤を用いる場合はたとえば20〜100℃が好ましい温度範囲として例示でき、より好ましくは25〜80℃が例示できる。
【0088】
環式PASを第二の溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、この様な時間範囲内ででは環式PAS中の不純物の第二の溶剤への溶解が十分となる傾向にある。
【0089】
環式PASを第二の溶剤と接触させる方法としては固体状の環式PASと第二の溶剤を必要に応じて攪拌して混合する方法、各種フィルター上の環式PAS固体に第二の溶剤をシャワーすると同時に不純物を第二の溶剤に溶解させる方法、固体状の環式PASを第二の溶剤を用いたソックスレー抽出を用いる方法や、溶液状の環式PASもしくは溶剤を含む環式PASスラリーを第二の溶剤と接触させて、第二の溶剤の存在下で環式PASを析出させる方法などを用いることができる。なかでも溶剤を含む環式PASスラリーを第二の溶剤と接触させる方法は、操作後に得られる環式PASの純度が高く、有効な方法である。
【0090】
環式PASを第二の溶剤と接触させた後に公知の固液分離法を用いて固体状の環式PASを回収することが可能である。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。固液分離後に得られた環式PAS中に不純物がまだ残存している場合は、再度環式PASと第二の溶剤とを接触させて、さらに不純物を除去することも可能である。
【0091】
(10)本発明の環式PASの特性
かくして得られた環式PASは、通常、環式PASを50重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上含む純度の高いものであり、一般的に得られる線状のPASとは異なる特性を有する工業的にも利用価値の高いものである。また、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=2〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有する。ここで好ましいmの範囲は3〜40,より好ましくは4〜30である。mがこの範囲の場合、後述するように環式PASをPASを得るための原料として用いる場合に重合反応が進行しやすく、高分子量体が得られやすくなる傾向にある。この理由は現時点判然とはしないが、この範囲の環式PASは分子が環式であるがために生じる結合のゆがみが大きく、重合時に高分子量化が起こりやすいためと推測している。
【0092】
なお、mが単一の環式PASは単結晶として得られるため、極めて高い融解温度を有するが、本発明では環式PASは異なるmを有する混合物が得られやすく、これにより環式PASの融解温度が低いという特徴があり、このことはたとえば環式PASを溶融して用いる際の加熱温度を低くできるという優れた特徴を発現することになる。
【0093】
(11)本発明の環式PASを配合した樹脂組成物
本発明で得られた環式PASを各種樹脂に配合して用いることも可能であり、このような環式PASを配合した樹脂組成物は、溶融加工時のすぐれた流動性を発現する傾向が強く、また滞留安定性にも優れる傾向にある。この様な特性、特に流動性の向上は、樹脂組成物を溶融加工する際の加熱温度が低くても溶融加工性に優れるという特徴を発現するため、射出成形品や繊維、フィルム等の押出成形品に加工する際の溶融加工性の向上をもたらす点で大きなメリットとなる。環式PASを配合した際にこの様な特性の向上が発現する理由は定かではないが、環式PASの構造の特異性、すなわち環状構造であるために通常の線状化合物と比較してコンパクトな構造をとりやすいため、マトリックスである各種樹脂との絡み合いが少なくなりやすいこと、各種樹脂に対して可塑剤として作用すること、またマトリックス樹脂どうしの絡み合い抑制にも奏効するためと推測している。
【0094】
環式PASを各種樹脂に配合する際の配合量に特に制限は無いが、各種樹脂100重量部に対して本発明の環式PASを0.1〜50重量部、好ましくは0.5〜20重量部、より好ましくは0.5〜10重量部配合することで顕著な特性の向上を得ることが可能である。
【0095】
また、上記樹脂組成物には必要に応じて更に繊維状および/または非繊維状の充填材を配合することも可能であり、その配合量は前記各種樹脂100重量部に対して0.5〜400重量部、好ましくは0.5〜300重量部、より好ましくは1〜200重量部、更に好ましくは1〜100重量部の範囲が例示でき、これにより優れた流動性を維持しつつ機械的強度が向上できる傾向にある。充填剤の種類としては、繊維状、板状、粉末状、粒状などのいずれの充填剤も使用することができる。これら充填剤の好ましい具体例としてはガラス繊維、タルク、ワラステナイト、およびモンモリロナイト、合成雲母などの層状珪酸塩が例示でき、特に好ましくはガラス繊維である。ガラス繊維の種類は、一般に樹脂の強化用に用いるものなら特に限定はなく、例えば長繊維タイプや短繊維タイプのチョップドストランド、ミルドファイバーなどから選択して用いることができる。また、上記の充填剤は2種以上を併用して使用することもできる。なお、本発明に使用する上記の充填剤はその表面を公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など)、その他の表面処理剤で処理して用いることもできる。また、ガラス繊維はエチレン/酢酸ビニル共重合体などの熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂で被覆あるいは集束されていてもよい。
【0096】
また、樹脂組成物の熱安定性を保持するために、フェノール系、リン系化合物の中から選ばれた1種以上の耐熱剤を含有せしめることも可能である。かかる耐熱剤の配合量は、耐熱改良効果の点から前記各種樹脂100重量部に対して、0.01重量部以上、特に0.02重量部以上であることが好ましく、成形時に発生するガス成分の観点からは、5重量部以下、特に1重量部以下であることが好ましい。また、フェノール系及びリン系化合物を併用して使用することは、特に耐熱性、熱安定性、流動性保持効果が大きく好ましい。
【0097】
さらに、前記樹脂組成物には以下のような化合物、すなわち、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物などのカップリング剤、ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重縮合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。上記化合物はいずれも前記各種樹脂100重量部に対して20重量部未満、好ましくは10重量部以下、更に好ましくは1重量部以下の添加でその効果が有効に発現する傾向にある。
【0098】
上記のごとき環式PASを配合してなる樹脂組成物を製造する方法は特に限定されるものではないが、例えば環式PAS、各種樹脂および必要に応じてその他の充填材や各種添加剤を予めブレンドした後、各種樹脂および環式PASの融点以上において一軸または二軸押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、ミキシングロールなどの通常公知の溶融混合機で溶融混練する方法、溶液中で混合した後に溶媒を除く方法などが用いられる。ここで環式PASとして環式PASの単体、すなわち前記式(A)のmが単一のものを用いる場合や、異なるmの混合物であっても結晶性が高く融点が高いものを用いる場合は、環式PASを環式PASが溶解する溶媒に予め溶解して供給し溶融混練の際に溶媒を除去する方法、環式PASをその融点以上で一旦溶解した後に急冷することで結晶化を抑え、非晶状としたものを供給する方法、あるいはプリメルターを環式PASの融点以上に設定し、プリメルター内で環式PASのみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。
【0099】
ここで環式PASを配合する各種樹脂に特に制限は無く、結晶性樹脂および非晶性樹脂の熱可塑性樹脂、また熱硬化性樹脂にも適用が可能である。
【0100】
ここで結晶性樹脂の具体例としては例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、シンジオタクチックポリスチレンなどのポリオレフィン系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリイミド樹脂およびこれらの共重合体などが挙げられ、1種または2種以上併用してもよい。中でも、耐熱性、成形性、流動性および機械特性の点で、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂が好ましい。また、得られる成形品の透明性の面からはポリエステル樹脂が好ましい。各種樹脂として結晶性樹脂を用いる場合は、上述した流動性の向上の他に結晶化特性も向上する傾向がある。また、各種樹脂としてポリフェニレンスルフィド樹脂を用いることも特に好ましく、この場合、流動性の向上と共に、結晶性の向上、さらにはこれらが奏功した効果として射出成形時のバリ発生が顕著に抑制されるという特徴が発現しやすい傾向にある。
【0101】
非晶性樹脂としては非晶性を有する溶融成形可能な樹脂であれば、特に限定されないが、耐熱性の点で、ガラス転移温度が50℃以上であることが好ましく、60℃以上であることがより好ましく、70℃以上であることがさらに好ましく、80℃以上であることが特に好ましい。上限は、特に限定されないが、成形性などの点から300℃以下であることが好ましく、280℃以下であることがより好ましい。なお、本発明において、非晶性樹脂のガラス転移温度は、示差熱量測定において非晶性樹脂を30℃〜予測されるガラス転移温度以上まで、20℃/分の昇温条件で昇温し1分間保持した後、20℃/分の降温条件で0℃まで一旦冷却し、1分間保持した後、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観察されるガラス転移温度(Tg)を指す。この具体例としては、非晶性ナイロン樹脂、ポリカーボネート(PC)樹脂、ポリアリレート樹脂、ABS樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、およびポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂から選ばれる少なくとも1種が例示でき、1種または2種以上併用してもよい。これら非晶性樹脂の中でも、特に高い透明性を有するポリカーボネート(PC)樹脂、ABS樹脂の中でも透明ABS樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、およびポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリエーテルスルホン樹脂を好ましく使用することができる。各種樹脂として非晶性樹脂を用いる場合には、前述の溶融加工時の流動性向上に加えて、透明性に優れる非晶性樹脂を使用した場合においては、高い透明性を維持させることができるという特徴を発現できる。ここで、非晶性樹脂組成物に高い透明性を発現させたい場合には、環式PASとして前記式(A)のmが異なる環式PASを用いることが好ましい。なお、環式PASとして環式PASの単体、すなわち前記式(A)のmが単一のものを用いる場合、この様な環式PASは融点が高い傾向にあるため、非晶性樹脂と溶融混練する際に十分に溶融分散せずに樹脂中に凝集物となったり透明性が低下する傾向にあるが、前述したように前記式(A)のmが異なる環式PASはその融解温度が低い傾向にあり、このことは溶融混練時の均一性の向上に効果的である。ここで、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=2〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有するため、高い透明性を有する非晶性樹脂組成物を得たい場合に特に有利である。
【0102】
上記で得られる、各種樹脂に環式PASを配合した樹脂組成物は通常公知の射出成形、押出成形、ブロー成形、プレス成形、紡糸などの任意の方法で成形することができ、各種成形品に加工し利用することができる。成形品としては、射出成形品、押出成形品、ブロー成形品、フィルム、シート、繊維などとして利用できる。またこれにより得られた各種成形品は、自動車部品、電気・電子部品、建築部材、各種容器、日用品、生活雑貨および衛生用品など各種用途に利用することができる。また、上記樹脂組成物およびそれからなる成形品は、リサイクルすることが可能である。例えば、樹脂組成物およびそれからなる成形品を粉砕し、好ましくは粉末状とした後、必要に応じて添加剤を配合して得られる樹脂組成物は、上記樹脂組成物と同じように使用でき、成形品とすることも可能である。
【0103】
(12)環式PASの高重合度体への転化
本発明によって製造される環式PASは(10)に述べたごとき優れた特性を有するので、ポリマーを得る際のプレポリマーとして好適に用いることが可能である。なおここでプレポリマーとしては本発明の環式PAS製造方法で得られる環式PAS単独でも良いし、所定量の他の成分を含むものでも差し障り無いが、環式PAS以外の成分を含む場合は線状PASや分岐構造を有するPASなど、PAS成分であることが特に好ましい。少なくとも本発明の環式PASを含み、以下に例示する方法により高重合度体へ変換可能なものがポリアリーレンスルフィドプレポリマーであり、以下PASプレポリマーと称する場合もある。
【0104】
環式PASの高重合度体への変換反応は、環式PASから環式PASの分子量よりも高分子量の成分が生成する条件下で行えばよく、例えば本発明の環式PAS製造方法による環式PASを含む、PASプレポリマーを加熱して高重合度体に転化させる方法が好ましい方法として例示できる。この加熱の温度は前記PASプレポリマーが溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限は無い。加熱温度がPASプレポリマーの溶融解温度未満では分子量の高いPASを得るのに長時間が必要となる傾向がある。なお、PASプレポリマーが溶融解する温度は、PASプレポリマーの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えばPASプレポリマーを示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することが可能である。なお、加熱温度が高すぎるとPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとポリアリーレンスルフィドプレポリマー間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPASの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。このような好ましくない副反応の顕在化を抑制しやすい加熱温度としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜380℃、より好ましくは250〜360℃である。一方、ある程度の副反応が起こっても差し障り無い場合には、250〜450℃、好ましくは280〜420℃の温度範囲も選択可能であり、この場合には極短時間で高分子量体への転化を行えるという利点がある。
【0105】
前記加熱を行う時間は使用するPASプレポリマーにおける環式PASの含有率やm数、及び分子量などの各種特性、また、加熱の温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満ではPASプレポリマーのPASへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPASの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
【0106】
また、PASプレポリマーには加熱による高重合度体への転化に際しては、転化を促進する各種触媒成分を使用することも可能である。このような触媒成分としてはイオン性化合物やラジカル発生能を有する化合物が例示できる。イオン性化合物としてはたとえばチオフェノールのナトリウム塩やリチウム塩等、硫黄のアルカリ金属塩が例示でき、また、ラジカル発生能を有する化合物としてはたとえば加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物を例示でき、より具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物が例示できる。なお、各種触媒成分を使用する場合、触媒成分は通常はPASに取り込まれ、得られるPASは触媒成分を含有するものになることが多い。特に触媒成分としてアルカリ金属及び/または他の金属成分を含有するイオン性の化合物を用いた場合、これに含まれる金属成分の大部分は得られるPAS中に残存する傾向が強い。また、各種触媒成分を使用して得られたPASは、PASを加熱した際の重量減少が増大する傾向にある。従って、より純度の高いPASを所望する場合および/または加熱した際の重量減少の少ないPASを所望する場合には、触媒成分の使用をできるだけ少なくすることが好ましく、使用しないことがより好ましい。従って、各種触媒成分を使用してPASプレポリマーを高重合度体へ転化する際には、PASプレポリマーと触媒成分を含む反応系内のアルカリ金属量が100ppm以下、好ましくは50ppm以下、より好ましくは30ppm以下更に好ましくは10ppm以下であって、なお且つ、反応系内の全イオウ重量に対するジスルフィド重量が1重量%未満、好ましくは0.5重量%未満、より好ましくは0.3重量%未満、更に好ましくは0.1重量%未満になるように触媒成分の添加量を調整して行うことが好ましい。
【0107】
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常溶媒の非存在下で行うが、溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0108】
前記、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0109】
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これによりPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとPASプレポリマー間などで架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とはPAS成分が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下が更に好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい上限を越える場合は、架橋反応など好ましくない副反応が起こりやすくなる傾向にあり、一方好ましい下限未満では、反応温度によってはPASプレポリマーに含まれる分子量の低い環式ポリアリーレンスルフィドが揮散しやすくなる傾向にある。
【0110】
前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は繊維状物質の共存下で行うことも可能である。ここで繊維状物質とは細い糸状の物質のことであって、天然繊維のごとく細長く引き延ばされた構造である任意の物質が好ましい。繊維状物質存在下でPASプレポリマーの高重合度体への転化を行うことで、PASと繊維状物質からなる複合材料構造体を容易に作成する事ができる。このような構造体は、繊維状物質によって補強されるため、PAS単独の場合に比べて、たとえば機械物性に優れる傾向にある。
【0111】
ここで、各種繊維状物質の中でも長繊維からなる強化繊維を用いることが好ましく、これによりPASを高度に強化する事が可能になる。一般に樹脂と繊維状物質からなる複合材料構造体を作成する際には、樹脂が溶融した際の粘度が高いことに起因して、樹脂と繊維状物質のぬれが悪くなる傾向にあり、均一な複合材料ができなかったり、期待通りの機械物性が発現しないことが多い。ここでぬれとは、溶融樹脂のごとき流体物質と、繊維状化合物のごとき固体基質との間に実質的に空気または他のガスが捕捉されないようにこの流体物質と固体基質との物理的状態の良好且つ維持された接触があることを意味する。ここで流体物質の粘度が低い方が繊維状物質とのぬれは良好になる傾向にある。本発明のPASプレポリマーは融解した際の粘度が、一般的な熱可塑性樹脂、たとえばPASと比べて著しく低いため、繊維状物質とのぬれが良好になりやすい。PASプレポリマーと繊維状物質が良好なぬれを形成した後、本発明のPASの製造方法によればPASプレポリマーが高重合度体に転化するので、繊維状物質と高重合度体(ポリアリーレンスルフィド)が良好なぬれを形成した複合材料構造体を容易に得ることができる。
【0112】
繊維状物質としては長繊維からなる強化繊維が好ましいことは前述したとおりであり、本発明に用いられる強化繊維に特に制限はないが、好適に用いられる強化繊維としては、一般に、高性能強化繊維として用いられる耐熱性及び引張強度の良好な繊維があげられる。例えば、その強化繊維には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維が挙げられる。この内、比強度、比弾性率が良好で、軽量化に大きな寄与が認められる炭素繊維や黒鉛繊維が最も良好なものとして例示できる。炭素繊維や黒鉛繊維は用途に応じて、あらゆる種類の炭素繊維や黒鉛繊維を用いることが可能であるが、引張強度450Kgf/mm、引張伸度1.6%以上の高強度高伸度炭素繊維が最も適している。長繊維状の強化繊維を用いる場合、その長さは、5cm以上であることが好ましい。この長さの範囲では、強化繊維の強度を複合材料として十分に発現させることが容易となる。また、炭素繊維や黒鉛繊維は、他の強化繊維を混合して用いてもかまわない。また、強化繊維は、その形状や配列を限定されず、例えば、単一方向、ランダム方向、シート状、マット状、織物状、組み紐状であっても使用可能である。また、特に、比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には、強化繊維が単一方向に引き揃えられた配列が最も適しているが、取り扱いの容易なクロス(織物)状の配列も本発明には適している。
【0113】
また、前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は充填剤の存在下で行うことも可能である。充填剤としては、たとえば非繊維状ガラス、非繊維状炭素や、無機充填剤、たとえば炭酸カルシウム、酸化チタン、アルミナなどを例示できる。
【実施例】
【0114】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0115】
<環式ポリフェニレンスルフィド生成率測定>
環式ポリフェニレンスルフィドの生成率は、HPLCを用いて定性定量分析を行った。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:Mightysil RP−18GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(UV=270nm)。
【0116】
<ポリフェニレンスルフィドの分子量測定>
ポリフェニレンスルフィドの重量平均分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:センシュー科学 GPC3506
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)。
【0117】
[実施例1]
<脱水工程(工程(i))>
SUS316製の攪拌機付きオートクレーブの上部に蒸留塔を装着し、その先に冷却管および凝縮液を受けるメスシリンダーを設置し、さらにその先に脱水時に飛散する硫化水素を捕捉するためのガス洗瓶(吸収液;水酸化ナトリウム水溶液)を設置した。オートクレーブ内に48重量%の水硫化ナトリウム水溶液37.2g(水硫化ナトリウムとして0.319モル)、48重量%の水酸化ナトリウム水溶液26.4g(水酸化ナトリウムとして0.317モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)67.0g(0.065リットル)を仕込んだ。原料に含まれる水分量は33.1g(1.84モル)であり、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの水の量は5.77モルであった。また、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの有機極性溶媒量は0.205リットルであった。
【0118】
常圧で撹拌しながら2時間かけて室温から180℃まで加熱し、脱水を行った後、加熱を停止し、次の工程の温度である140℃まで冷却した。脱水工程の間に留出した液量は39.4gであり、ガスクロマトグラフィーによって留出液を分析したところ、NMP成分を9.80g含むことがわかった。この情報を元に系内に残留した水分量を算出すると、3.47g(0.193モル)であった。また、イオンクロマトグラフィーによる留出液およびガス洗瓶液の分析から、脱水工程中に硫化水素として飛散したと考えられるイオウ成分は0.0028モルであることがわかり、これにより、系内に残存しているイオウ成分は0.316モルであることがわかった。よって系内の水分量は、イオウ成分1モル当たり0.611モルであることがわかった。
【0119】
続いて、内温を140℃に保ったままオートクレーブ内にNMPを336g加えて、有機極性溶媒がイオウ成分1モルあたり1.20リットルになるよう希釈を行った。この操作により、粘度の低い液体の性状を示す低含水スルフィド化剤混合物が得られた。これをステンレス容器に回収して重量を測ると424gであった。前述の留出液量などから算出される理論収量427gに対する、回収率は99.3%であった。また、この回収物を室温付近まで冷やしても大きな粘度の増加は見られず、移送に適した状態を維持していた。
【0120】
<反応混合物の調製および反応工程(工程(ii))>
攪拌機の付いたSUS316製のオートクレーブ(前記脱水工程で用いたものとは異なるもの)を、あらかじめ窒素置換しておき、上記脱水工程で得られた低含水スルフィド化剤混合物を215g(イオウ成分として0.159モル)仕込んだ。そこにp−ジクロロベンゼン(p−DCB)24.1g(0.164モル)及びNMP122g(0.119リットル)を加え、反応系内のイオウ成分1モル当たりのNMP量を1.96リットルに調整した。その後、反応器を閉鎖系とし、撹拌しながら250℃で2時間反応させた。
【0121】
得られた反応液を高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、環式PPSの収率は15%であった。(後述する比較例1の環式PPSの収率は10%であり、より高い結果を得ることができた。)また、反応液を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで固形分を得た。この固形分は赤外分光分析による構造解析の結果、ポリフェニレンスルフィドであることを確認した。また重量平均分子量は8,300であった。
【0122】
[実施例2]
<脱水工程(工程(i))>
SUS316製の攪拌機付きオートクレーブの上部に蒸留塔を装着し、その先に冷却管および凝縮液を受けるメスシリンダーを設置し、さらにその先に脱水時に飛散する硫化水素を捕捉するためのガス洗瓶(吸収液;水酸化ナトリウム水溶液)を設置した。オートクレーブ内に48重量%の水硫化ナトリウム水溶液30.8g(水硫化ナトリウムとして0.264モル)、48重量%の水酸化ナトリウム水溶液21.8g(水酸化ナトリウムとして0.262モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)104g(0.101リットル)を仕込んだ。原料に含まれる水分量は27.4g(1.52モル)であり、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの水の量は5.76モルであった。また、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの有機極性溶媒量は0.383リットルであった。
【0123】
常圧で撹拌しながら2時間かけて室温から180℃まで加熱し、脱水を行った後、加熱を停止し、次の工程の温度である140℃まで冷却した。脱水工程の間に留出した液量は34.0gであり、ガスクロマトグラフィーによって留出液を分析したところ、NMP成分を10.3g含むことがわかった。この情報を元に系内に残留した水分量を算出すると、3.65g(0.203モル)であった。また、イオンクロマトグラフィーによる留出液およびガス洗瓶液の分析から、脱水工程中に硫化水素として飛散したと考えられるイオウ成分は0.0026モルであることがわかり、これにより、系内に残存しているイオウ成分は0.261モルであることがわかった。よって系内の水分量は、イオウ成分1モル当たり0.777モルであることがわかった。
【0124】
続いて、内温を140℃に保ったままオートクレーブ内にNMPを230g加えて、有機極性溶媒がイオウ成分1モルあたり1.19リットルになるよう希釈を行った。この操作により、粘度の低い液体の性状を示す低含水スルフィド化剤混合物が得られたが、同時に微量の赤色固形分も析出し、沈殿していることを確認した。固形分を除き、液状の部分をステンレス容器に回収して重量を測ると349gであった。前述の留出液量などから算出される理論収量352gに対する、回収率は99.1%であった。この液状部は室温付近まで冷やしても大きな粘度の増加は見られず、移送に適した状態を維持していた。なお、前記赤色固形分量は分離して重量を量ると0.10gであった。またこの赤色固形分のイオンクロマトグラフィー分析から、この赤色成分はイオン性の硫黄を含む化合物であることがわかり、定量分析の結果、仕込んだイオウ成分を基準として0.485%が赤色固形分化したことがわかった。
【0125】
<反応混合物の調製および反応工程(工程(ii))>
攪拌機の付いたSUS316製のオートクレーブ(前記脱水工程で用いたものとは異なるもの)を、あらかじめ窒素置換しておき、上記脱水工程で得られた低含水スルフィド化剤混合物を172g(イオウ成分として0.128モル)仕込んだ。そこにp−ジクロロベンゼン(p−DCB)19.5g(0.133モル)及びNMP163g(0.159リットル)を加え、反応系内のイオウ成分1モル当たりのNMP量を2.45リットルに調整した。その後、反応器を閉鎖系とし、撹拌しながら250℃で2時間反応させた。
【0126】
得られた反応液を高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、環式PPSの収率は16%であった。(後述する比較例1の環式PPSの収率は10%であり、より高い結果を得ることができた。)また、反応液を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで固形分を得た。この固形分は赤外分光分析による構造解析の結果、ポリフェニレンスルフィドであることを確認した。また重量平均分子量は5,400であった。
【0127】
[比較例1]
<脱水工程(工程(i))>
SUS316製の攪拌機付きオートクレーブの上部に蒸留塔を装着し、その先に冷却管および凝縮液を受けるメスシリンダーを設置し、さらにその先に脱水時に飛散する硫化水素を捕捉するためのガス洗瓶(吸収液;水酸化ナトリウム水溶液)を設置した。オートクレーブ内に48重量%の水硫化ナトリウム水溶液25.0g(水硫化ナトリウムとして0.214モル)、48重量%の水酸化ナトリウム水溶液21.2g(水酸化ナトリウムとして0.254モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)211g(0.205リットル)を仕込んだ。原料に含まれる水分量は24.0g(1.33モル)であり、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの水の量は6.24モルであった。また、スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たりの有機極性溶媒量は0.960リットルであった。
【0128】
常圧で撹拌しながら2時間かけて室温から180℃まで加熱し、脱水を行った後、加熱を停止し、次の工程の温度である140℃まで冷却した。脱水工程の間に留出した液量は27.5gであり、ガスクロマトグラフィーによって留出液を分析したところ、NMP成分を13.0g含むことがわかった。この情報を元に系内に残留した水分量を算出すると、9.52g(0.529モル)であった。また、イオンクロマトグラフィーによる留出液およびガス洗瓶液の分析から、脱水工程中に硫化水素として飛散したと考えられるイオウ成分は0.0011モルであることがわかり、これにより、系内に残存しているイオウ成分は0.213モルであることがわかった。よって系内の水分量は、イオウ成分1モル当たり2.485モルであり、本発明の要件から外れてしまうことがわかった。続いて、内温を140℃に保ったままオートクレーブ内にNMPを66.0g加えて、有機極性溶媒がイオウ成分1モルあたり1.20リットルになるよう希釈を行った。この操作により粘度の低い液状混合物が得られたが、一方で大量の赤色固形分が析出し、一部はオートクレーブ壁面に付着する形で析出したことを確認した。固形分を除き、液状の部分をステンレス容器に回収して重量を測ると289gであった。理論収量が296gであるため、回収率は97.8%であった。この液状部は室温付近まで冷やしても大きな粘度の増加は見られず、移送に適した状態を維持していた。なお、前記赤色固形分量は、仕込んだ原料と脱水工程での留出液量および回収できた液状混合物重量の差分として7.12gと算出された。またこの赤色固形分のイオンクロマトグラフィー分析から、この赤色成分はイオン性の硫黄を含む化合物であることがわかり、定量分析の結果、仕込んだイオウ成分を基準として43%が赤色固形分化したことがわかった。
【0129】
<反応混合物の調製および反応工程(工程(ii))>
別の攪拌機の付いたSUS316製のオートクレーブをあらかじめ窒素置換しておき、上記脱水工程で得られた低含水スルフィド化剤混合物を140g(イオウ成分として0.101モルを想定)移液した。そこにp−ジクロロベンゼン(p−DCB)17.1g(0.116モル)及びNMP134g(0.131リットル)を加え、反応系内のイオウ成分1モル当たりのNMP量を2.50リットルに調整した。その後、反応器を閉鎖系とし、撹拌しながら250℃で2時間反応させた。
【0130】
得られた反応液は乳濁液であった。これは、脱水の際に低含水スルフィド化剤混合物中に生成した赤色固形分を除去したため、想定よりイオウ成分が少なくなり、反応混合物の理想的な組成調整が行えなかったことによると考えられる。反応液を高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、環式PPSの収率は10%であり、実施例1、2と比較して低い結果を示した。また、反応液を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで固形分を得た。この固形分は赤外分光分析による構造解析の結果、ポリフェニレンスルフィドであることを確認した。また重量平均分子量は4,400であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法であって、少なくとも以下の(i)、(ii)の工程を含むことを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
(i)スルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり水分を0.8モル以上、有機極性溶媒を0.4リットル未満含む混合物を加熱し、水分量がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり0.8モル未満になるまで脱水して低含水スルフィド化剤混合物を調製する工程
(ii)工程(i)の後で、低含水スルフィド化剤混合物にジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を加えて、有機極性溶媒がスルフィド化剤のイオウ成分1モル当たり1.25リットル以上となる条件で環式ポリアリーレンスルフィドを合成する工程
【請求項2】
工程(i)(ii)を、別々の反応器で実施することを特徴とする請求項1に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項3】
工程(i)の後に工程(i)を実施した反応器で、有機極性溶媒がイオウ成分1モル当たり0.4リットル以上になるように低含水スルフィド化剤混合物に有機極性溶媒を加える請求項1または2に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項4】
工程(ii)において反応混合物を常圧における還流温度を超えて加熱することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項5】
工程(ii)における圧力がゲージ圧で1.0MPa以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項6】
スルフィド化剤がアルカリ金属硫化物であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項7】
ジハロゲン化芳香族化合物がジクロロベンゼンであることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。

【公開番号】特開2012−188625(P2012−188625A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−55545(P2011−55545)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】