説明

生体リズムの制御剤

【課題】本発明は、概日リズム周期を調節することで概日リズム障害を治療する方法、及び概日リズム障害に起因する疾患の根本的な治療法を提供することにある。
【解決手段】本発明においては、ヒガンバナ科植物アルカロイドであるリコリン類もしくはリコリシジノール類、又はその薬理学的に許容しうる塩を有効成分として含む、概日リズム障害改善剤、又は概日リズムの障害に起因した疾患の予防、治療用医薬組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概日リズムを制御することによる睡眠障害の改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝性の睡眠障害に加えて、社会の24時間化に伴う様々な睡眠障害が社会的問題となっている。概日リズム睡眠障害と呼ばれる一連の睡眠障害の発症には、時計遺伝子によって構成されている体内時計が関係しているものと考えられているが、その詳細なメカニズムに関しては不明である。
睡眠障害の治療法としては、特別な装置を必要とする高照度光療法や、ビタミンB12(非特許文献1)、ラトニン製剤(特許文献1)の投与が一般的である。
また、睡眠薬としては、ベンゾジアゼピン系の薬剤(非特許文献2)が一般に用いられており、長短時間型から、短時間型、中間型、長時間型まで様々な半減期の薬剤が開発されている。しかしながら、これらの睡眠薬による睡眠障害の治療法は、対処療法的なものであり、根本的に睡眠障害を治療することは困難である。また、夢遊症状等の副作用を伴う場合も多く、その使用法には細心の注意が必要である。最近、ノシセプチン受容体の作動薬としての作用を有する4-オキソイミダゾリジン-2-スピロピペリジン誘導体に概日リズム睡眠障害治療効果が期待されている(特許文献2)が、まだ研究開発途上であり副作用も懸念される。
天然成分や飲食品からの睡眠改善剤の研究開発も盛んで、茶葉由来のテアミンを用いるもの(特許文献4)、内因性のメラトニン分泌効果を有する発酵ホエーなどのホエー類を添加するもの(特許文献5)の他、高麗人参エキス(非特許文献3)、イクラ油に含まれるフォスファチジルコリン(非特許文献4)などを用いた睡眠改善剤が提案されている。これらは、いずれも飲食品用に用いられている素材に由来しているため、安全性も高く、日常的に摂取可能であるといえるが、その詳細な睡眠改善効果や作用メカニズムも十分な解明がなされておらず、効果に関しても大きな個人差があると考えられる。
このように、従来の治療方法は、そのほとんどは作用メカニズムが不明であるか、又は体内時計の位相を調節することにより生体リズムを正常化させようとするものであり、体内時計の周期の異常に起因する障害の根本的な治療法とはなっていない。
概日リズムは、体内時計によって制御されており、近年、時計遺伝子と呼ばれる一連の遺伝子群によって体内時計のリズムが刻まれていることが明らかとなってきた。体内時計は、生体リズムの位相調節と周期長の調節という2つの機能を有している。概日リズムの位相調節に関しては、時計遺伝子の発現が、少なくとも細胞培養系においては、多くの液性因子によって誘導されることから、生体においても、多くの調節因子が存在しているものと推測される(非特許文献5)。
一方で、概日リズムの周期長の調節に関しては、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3β(GSK3β)が、時計分子PERIOD2(非特許文献11)やREV-ERBα(非特許文献12)のリン酸化を介して体内時計に作用するとの報告があり、概日リズムに関与する転写因子の1つであるBMAL1の抑制効果のあるc-Jun N末端キナーゼ-3(JNK3)の酵素活性調節剤を用いた睡眠改善剤も開発されてきている(特許文献3)。
睡眠障害を根本的に改善するためにも、概日リズムのうちでも、とりわけ周期長を調節する睡眠改善剤の開発は強く望まれていたが、これまでは詳細な概日リズム周期を検出する実験方法が確立されていなかったこともあり、もっぱら概日リズムのリセット(位相調節)が主に解析されてきた。
したがって、概日リズム、特に概日リズムの周期長を調節する根本的な睡眠改善剤の提供が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表平8−502259号公報
【特許文献2】WO2003/010168
【特許文献3】WO2003/063907
【特許文献4】WO2005/097101
【特許文献5】WO2005/097101
【特許文献6】特開昭61−36221号公報
【特許文献7】特開平11−79992号公報
【特許文献8】特開平11−255650号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「サーカディアンリズム睡眠障害の臨床」千葉茂、本間研一 編、新興医学出版社、2003
【非特許文献2】「睡眠障害の対応と治療ガイドライン」、内山真 編、じほう、2002
【非特許文献3】Young Ho Rhee, etal.,Psychopharmacology,101,p.486-488(1990)
【非特許文献4】日比野英彦、FoodStyle21,Vol.7,No.3,p.50-53(2003)
【非特許文献5】Curr Biol 2000, 10:1291-4
【非特許文献6】EMBO Reports 2007, 8:366-71、Eur J Neurosci 2007, 26:451-62
【非特許文献7】Science, 1992, 258, 607-614
【非特許文献8】Cur. Biol., 2000, 10, 1291-1294
【非特許文献9】FEBS Lett., 1999, 465, 79-82
【非特許文献10】Gene to Cells, 2003, 8, 713-720
【非特許文献11】J. Biol. Chem., 2005, 280, 29397-29402
【非特許文献12】Science, 2006, 311, 1002-1005
【非特許文献13】Cell, 2000, 103, 1009-1017
【非特許文献14】Nature, 2002, 418, 534-539
【非特許文献15】Mol. Cell. Biol., 2008, 28, 3477-3488
【非特許文献16】J. Biol. Chem., 1982, 257, 7847-7851
【非特許文献17】Bioorg. Med. Chem., 2008, 16, 10182-10189
【非特許文献18】J. Biol. Chem., 1986, 261, 505-507
【非特許文献19】Biochimica Biophysica et Acta., 1976, 425, 342
【非特許文献20】Jounalof Natural Products., 1992, 55, 1569
【非特許文献21】Translational Oncology, 2008, 1, 1-13
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、概日リズムを調節することで睡眠障害を治療する方法であって、体内時計の異常に起因する障害の根本的な治療法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
最近の概日リズム関連遺伝子を用いたノックアウト実験などの結果から、生物時計調節の中心となる遺伝子がBmal1遺伝子であることがほぼ確立してきている(非特許文献13)。
従来から、Bmal1遺伝子プロモーター中の「RORE」配列と外来のSV40プロモーター、そしてルシフェラーゼ遺伝子を含むプラスミドを一過性発現可能に導入したNIH3T3細胞を用いた培養細胞レベルでのレポーターアッセイが、哺乳類における生体内でのBmal1遺伝子を介した概日リズムを再現できることが知られていた(非特許文献14)。しかしながら、このような従来の培養細胞によるレポーターアッセイ法では、細胞内でのプラスミドの状態が不安定であり、培地中に被検物質を添加した状態で細胞の培養を続けてその影響を正確に測定することはできなかった。
従来のNIH3T3細胞を用いたレポーターアッセイ法は、Bmal1遺伝子のプロモーター領域などの特定領域(RORE配列)に一過的に作用する物質又は遺伝子の探索を意図するものであったが、今回本発明者らは、全く新たな発想による従来のレポーターアッセイ法の適用を考えた。すなわち、転写因子BMAL1と転写因子CLOCKのヘテロ二量体によって発現が促進されたPeriod遺伝子からPERIODが合成され、核外でCRYと結合して核内移行したPERIOD-CRY複合タンパク質がBMAL1とCLOCK転写活性を抑制するという一連の概日リズム形成サイクル自体に長期間にわたって作用する物質、その周期を早めたり遅くしたりする物質を探索するためのレポーターアッセイ系を構築することを発想した。
本発明者らは、そのためにまず、Bmal1遺伝子プロモーター中の「RORE」配列及び転写開始部位を含む領域(−202〜+27位)にレポーターとなるルシフェラーゼ遺伝子を繋いだレポータープラスミドを作製し(図1)、当該レポータープラスミドをNIH3T3細胞に導入し、安定に概日リズムを刻みながらルシフェラーゼを生産する細胞株を樹立した。当該樹立細胞株を用いて種々の物質を作用させて、ルシフェラーゼ活性をモニターした。その結果、ヒガンバナ植物由来のアルカロイドであるリコリンならびにリコリシジノールが、濃度依存的にBmal1遺伝子の転写リズムの周期を延長させることが明らかとなった。リコリン、リコリシジノールのみならず、天然成分由来の他のアルカロイドに関しては、従来概日リズムの周期長の調節作用については報告されていない。
リコリンには、タンパク質合成阻害作用が存在することが知られているため、タンパク質阻害作用による非特異的な作用である可能性を排除する目的で、一般的なタンパク質合成阻害剤であるシクロヘキサミドを同様に作用させたが、周期長に対する影響は認められず、リコリンとシクロヘキサミドの共存下で測定を行った場合でも、シクロヘキサミドの有無による影響は全く認められなかった。これらの結果は、リコリンの概日リズム周期への影響が、明らかにタンパク質合成阻害とは独立したメカニズムによるものであることを示すものである。
以上の知見を得たことで、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明を含むものである。
〔1〕 下記式(1)もしくは式(2)で表されるヒガンバナ科植物アルカロイド、又はその薬理学的に許容しうる塩もしくはエステルを有効成分として含む、概日リズム障害改善剤;

<式(1)>

(式中、R及びRは、それぞれ独立して−H、−COCH、−COC、−COC又は−COCHCH(OH)CHを表す。

<式(2)>

(式中、R、R及びRはそれぞれ独立して−H又は−OHを表す。)。
〔2〕 下記式(1)もしくは式(2)で表されるヒガンバナ科植物アルカロイド、又はその薬理学的に許容しうる塩もしくはエステルを有効成分として含む、概日リズムの障害に起因した疾患の治療用又は予防用医薬組成物;

<式(1)>

(式中、R及びRは、それぞれ独立して−H、−COCH、−COC、−COC又は−COCHCH(OH)CHを表す。

<式(2)>

(式中、R、R及びRはそれぞれ独立して−H又は−OHを表す。)。
〔3〕 概日リズムの障害に起因した疾患が、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、および季節性うつ病からなる群から選択される疾患である前記〔2〕に記載の医薬組成物。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】Bmal1レポータープラスミドの構築 Bmal1プロモーター領域の遺伝子地図中でのRORE(白)ならびにSAF-A結合配列(灰)の位置を示す。ROREを含む-202〜+27の領域をプラスミドpGL3-dLucのルシフェレース遺伝子上流に挿入した。
【図2】リコリンによる概日リズム調節 2.5μMのリコリン存在下(黒)、10μMのリコリン存在下(+)、ならびに対照(白)の化学発光量の経時変化を示す。
【図3】概日リズム調節におけるタンパク質合成阻害剤の影響 タンパク質合成阻害剤シクロヘキサミド(CHX:0.1nM)とともに、2.5μMのリコリン存在下(黒)、10 μMのリコリン存在下(+)、ならびに対照(白)の化学発光量の経時変化を示す。
【図4】リコリシジノールによる概日リズム調節 0.1μMのリコリシジノール存在下(黒)、0.05μMのリコリシジノール存在下(+)、ならびに対照(白)の化学発光量の経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.睡眠障害について
睡眠障害は、「概日リズム睡眠障害」と「睡眠呼吸障害」とに大別される。概日リズム睡眠障害には、外因性の急性症候群と内因性の慢性症候群とに区分され、睡眠相前進症候群や睡眠相後退症候群、非24時間睡眠覚醒障害、不規則型睡眠覚醒障害などは、内因性慢性症候群に含まれる。概日リズム睡眠障害には、体内時計の関与が考えられており、特に、内因性慢性症候群は、体内時計の周期異常が一因となっている。従来からの典型的な睡眠障害の治療法である光照射やメラトニン投与、あるいは様々な睡眠薬による治療法は、体内時計のリセットに作用する対処療法的なものであるのに対し、本発明が目指す睡眠障害の治療法は、体内時計の周期異常、すなわち「概日リズム障害」を改善することによる治療法である。
【0010】
2.概日リズム障害により引き起こされる疾患について
概日リズム障害に起因する疾患としては、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、および季節性うつ病が典型的なものとして考えられる。その他、内因性躁鬱病、周期性緊張症、周期性高血圧症、周期性潰瘍、不規則排卵周期、およびインスリン分泌の周期性異常に起因する糖尿病などの周期性・反復性障害や、脳血管型痴呆やアルツハイマー型痴呆における夜間徘徊なども概日リズム障害が関与すると考えられている。
【0011】
3.概日リズムとBmal1遺伝子について
体内時計の調節に係わる主要な因子としては、体内時計の刻みを促進するBmal1遺伝子とClock遺伝子、抑制因子として働くCry遺伝子とPeriod遺伝子の4種類がある。
これら遺伝子群のうちで、Bmal1遺伝子をノックアウトしたマウスでは、行動のリズムが全く見られなくなり、まるで生物リズムが全く破壊された様に振舞う。他の時計遺伝子PeriodやCryptochrome等のノックアウトマウスでは活動周期に異常が観察されるのみであり、Bmal1遺伝子は単一遺伝子の破壊において行動リズム形成を全く示さなくなる唯一つの遺伝子である。さらにBmal1遺伝子ノックアウトマウスでは時計中枢である視交叉上核(SCN)において時計遺伝子Period1およびPeriod2の発現がほぼ完全に抑えられている。以上のことより、生物時計調節の中心となるのがBmal1遺伝子であると考えられている(非特許文献13)。
最近、本発明者らは、Bmal1遺伝子プロモーター領域中の「SAF−A結合領域(-27〜+266位)」へのSAF−A結合によるBmal1遺伝子を介した概日リズムの転写調節を解明した(非特許文献15、特願2008−25966)。
【0012】
4.概日リズムの周期を調節する物質のスクリーニング
本発明において、概日リズムの周期を調節する物質のスクリーニングに用いるレポーターアッセイ系は、従来の研究でBmal1遺伝子のプロモーター領域などの特定領域に一過的に作用する物質又は遺伝子を探索するために用いられていたスクリーニング系を改変して利用するものである。
まず、プラスミドpGL3-dLuc (非特許文献14)のルシフェレース遺伝子上流に、Bmal1プロモーター領域の「RORE」を含む-202〜+27の領域を挿入して作製したレポータープラスミド(図1)を、非特許文献14の手法に従ってNIH3T3細胞に導入し、継代培養して、安定に概日リズムを刻みながらルシフェラーゼを生産する形質転換NIH3T3細胞株を樹立した。
当該樹立細胞の培地に被検物質を添加し、培養しながらルシフェラーゼの発光強度を経時的にモニターすることにより、転写因子BMAL1と転写因子CLOCKのヘテロ二量体によって発現が促進されたPeriod遺伝子からPERIODが合成され、核外でCRYと結合して核内移行したPERIOD-CRY複合タンパク質がBMAL1とCLOCK転写活性を抑制するという一連の概日リズム形成サイクル自体に長期間にわたって作用する物質、その周期を早めたり遅くしたりする物質がはじめて探索できるようになった。
【0013】
5.ヒガンバナ科植物アルカロイドのリコリン類及びリコリシジノール類について
本発明において「ヒガンバナ科植物アルカロイド」とは、ヒガンバナ、スイセンなどのヒガンバナ科植物由来の植物アルカロイドを指すが、好ましくは、下記のリコリン類及びリコリシジノール類である。
リコリン類とは、ヒガンバナ科植物に含まれる「Amaryllidaceae alkaloids」に属するものであり、galanthan骨格構造を有する下記式(1)の化合物をいう。

<式(1)>

(式中、R及びRは、それぞれ独立して水素であるか、又は水酸基を有しても良い低級アシル基であり、具体的には、−H、−COCH、−COC、−COC又は−COCHCH(OH)CH(Acetyl, Propanoyl, Butanoyl,又はHydroxybutanoyl基)を表す。
【0014】
リコリン類は、古くから多様な生物活性を持つことが知られており、蛋白質合成阻害作用(非特許文献18)のみならず、鎮痛作用、抗ウィルス作用、抗マラリア作用、抗腫瘍作用、抗炎症作用に関してすでに報告されている(非特許文献17)。その他、免疫抑制作用(特許文献6)、アポトーシス阻害作用(特許文献7)も知られている。これら生物活性機構は詳細には解明されていないが、タンパク質合成における翻訳過程のTermination反応阻害に関する生化学機構については最もよく解明されている (非特許文献18)。
式(1)の典型例はリコリンであり、R及びRがいずれも−Hの場合である。Rが−HでありRが−COCHCH(OH)CH(−(3’S)-Hydroxybutanoyl)の場合がLT1であり、LT1は、細胞増殖抑制作用等においてリコリンと生理作用が共通していることが知られている(非特許文献17)。本発明においては、式(1)の典型的な例として主にリコリンについて述べるが、他の化合物についても同様の作用を有することが期待でき、リコリンと同様の概日リズム周期長の調節効果が期待できる。
【0015】
また、リコリシジノール類とは、リコリンと同様にヒガンバナ科植物に含まれ、phenanthridineを母骨格構造として生合成された下記式(2)の化合物をいう。

<式(2)>

(式中、R、R及びRはそれぞれ独立して−H又は−OHを表す。)
【0016】
リコリシジノール類も、リコリンと同様に、蛋白質合成阻害作用(非特許文献19)、抗ウイルス作用(非特許文献20)、及びアポトーシス阻害作用(特許文献8)が知られている。
式(2)の典型例はリコリシジノールであって、R、R及びRがいずれも−OHの場合である。Rが−Hであり、R及びRが−OHの場合がリコリシジン(lycoricidine)であり、抗腫瘍作用等においてリコリシジノールと共通の生理作用を有していることが知られている(非特許文献21)。本発明においては、式(2)の典型的な例として主にリコリシジノールについて述べるが、式(2)と類似の他の化合物についても同様の作用を有することが期待でき、リコリシジノールと同様の概日リズム周期長の調節効果が期待できる。
【0017】
本発明においては、上記4.で樹立した、安定に概日リズムを刻みながらルシフェラーゼを生産する形質転換NIH3T3細胞株を用いてルシフェラーゼ活性をモニターすることで、ヒガンバナ植物由来のアルカロイドであるリコリンが、濃度依存的にBmal1遺伝子の転写リズムの周期を延長させることが明らかとなった。リコリンには、タンパク質合成阻害作用が存在することが知られているが、一般的なタンパク質合成阻害剤であるシクロヘキサミドの有無による影響は全く認められないことが確認され、タンパク質合成阻害作用による非特異的な作用である可能性が排除された。
【0018】
本発明で概日リズム調節をしようとする対象動物は、ヒト等の霊長類、イヌ、ネコなどの愛玩動物、ウシ、ウマなどの家畜動物、マウス、ラットなどの実験動物を含む哺乳類及び相同性の高い時計遺伝子を持つ鳥類及び魚類である。したがって、本発明で、「Bmal1遺伝子」などというとき、ヒトを含む哺乳類、鳥類及び魚類由来の遺伝子又は遺伝子産物を指すものである。
【0019】
6.概日リズム障害改善剤及び概日リズム障害に起因する疾患の予防及び治療用医薬組成物
上記リコリン類、リコリシジノール類等のヒガンバナ科植物アルカロイドもしくはその薬理学的に許容しうる塩ならびに摂取した生体内において容易に転換されるエステル型の前駆体は、いずれも概日リズム障害改善剤として用いることができる。本発明に用いられる薬理学的に許容しうる塩としては、酢酸塩、硫酸塩、塩酸塩等がある。
概日リズムの改善剤を有効成分として含み、適当な薬理学的に許容しうる担体または賦形剤などと組み合わせることで概日リズム障害に起因する疾患の予防及び治療用の医薬組成物とすることができる。
そのような疾患としては、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、および季節性うつ病が典型的なものとして考えられる。
その他、内因性躁鬱病、周期性緊張症、周期性高血圧症、周期性潰瘍、不規則排卵周期、およびインスリン分泌の周期性異常に起因する糖尿病などの周期性・反復性障害や、脳血管型痴呆やアルツハイマー型痴呆における夜間徘徊のための治療用に、単独で又は治療に必要な他の化合物または医薬と一緒に使用する。
医薬組成物の投与形態は、全身投与であっても局所投与であってもよく、注射、膏薬など非経口投与でも、経口投与でもよく、周知の製剤化方法が適用できる。
用量は、患者の年齢、体重等により適宜調整することができ、投与形態により異なるが、例えば、リコリン塩酸塩などとして体重1kg当たり、0.001mg〜20mg、好ましくは、0.01mg〜10mg、より好ましくは0.1〜1.0mgであり、目的に応じて投与回数を決定することが好ましい。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は特にこれら実施例に限定されるものではない。
なお、本発明で使用されている技術的用語は、別途定義されていない限り、当業者により普通に理解されている意味を持つ。本発明の実施例で用いた遺伝子組換え技術、PCR法、その他の手法などの具体的な手順や条件は、特に断らない限り、Sambrook and Russell,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,3rd Edition.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Plainview,NY(2001)、Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York (1989); D. M. Glover et al. ed., "DNA Cloning", 2nd ed., Vol. 1 to 4, (The Practical Approach Series), IRL Press, Oxford University Press (1995); Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995;日本生化学会編、「続生化学実験講座1、遺伝子研究法II」、東京化学同人 (1986);日本生化学会編、「新生化学実験講座2、核酸 III(組換えDNA技術)」、東京化学同人 (1992); R. Wu ed.,"Methods in Enzymology", Vol. 68 (Recombinant DNA), Academic Press, New York (1980); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 100 (Recombinant DNA, PartB) & 101 (Recombinant DNA, Part C), Academic Press, New York (1983); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 153 (Recombinant DNA, Part D), 154 (Recombinant DNA, Part E) & 155 (Recombinant DNA, Part F), Academic Press, New York (1987)などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法またはそれらと実質的に同様な方法により行うことができる。
また、本発明で引用した先行文献又は特許出願明細書の記載内容は、本明細書の記載として組み入れるものとする。
【0021】
(実施例1)Bmal1プロモーターにより転写されるルシフェラーゼ遺伝子を安定的に保持しているNIH3T3細胞株の樹立
Bmal1遺伝子のリズミックな発現に必要最小限のプロモーター領域として、「RORE」を含む-202〜+27の領域を選定し、プラスミドpGL3-dLuc (非特許文献14)のルシフェラーゼ遺伝子上流に、挿入してBmal1レポータープラスミドを作製した(図1)。
当該Bmal1レポータープラスミドと共に、抗生物質(Zeocin)耐性マーカー遺伝子を持つpTracer-CMV(Invitrogen社製)をNIH3T3細胞に導入し(非特許文献14記載の手法による。)、Bmal1プロモーターにより転写調節されるルシフェラーゼ遺伝子を安定的に保持する組換えNIH3T3細胞を取得した。さらに継代培養を繰り返し、安定に概日リズムを刻みながらルシフェラーゼを生産する形質転換NIH3T3細胞株を樹立し、樹立した細胞の中でルシフェラーゼ活性の概日リズムが最も安定的に観察されるクローンを選択した。
【0022】
(実施例2)リコリンによる概日リズムの周期延長
実施例1で樹立したNIH3T3細胞株を約5×105個を35 mm培養ディッシュに播種した後、100 nMデキサメサゾンにより生体リズムをリセットして用いた。
樹立したNIH3T3細胞株の発光基質ルシフェリンを含む培地に被検物質を添加し、細胞培養を続けながら、リアルタイムでレポーター遺伝子による化学発光を約120時間測定した。発光は10分毎に1分間測定した。
次いで、2.5μMまたは10μMのリコリンを、発光基質ルシフェリンを含む培地に添加し、細胞培養を続けながら、リアルタイムでレポーター遺伝子による化学発光を10分毎に1分間測定した。120時間にわたり測定したところ、概日リズムの周期はコントロールと比較して2.5μM存在下にて約3.8時間、10μM存在下にて約8.6時間延長された。(図2)
【0023】
(実施例3)概日リズム調節におけるタンパク質合成阻害剤の影響
典型的なタンパク質合成阻害剤シクロヘキサミド(CHX)0.1 nMを共存させて、実施例2と同様に、2.5μMまたは10μMのリコリンを培養培地に添加し、レポーター遺伝子による化学発光を120時間にわたり測定したところ、いずれの培養条件下においてもCHX添加によりレポーター遺伝子発現量の低下が観察された。(図示せず)しかしながら概日リズムの周期を観察したところ、CHX存在下においても実施例2の結果と全く同一のリコリンによる概日リズム周期延長の結果を得た。(図3)
【0024】
(実施例4)リコリシジノールによる概日リズムの周期延長
0.1μMのリコリシジノールを培養培地に添加し、実施例2と同様にレポーター遺伝子による化学発光を110時間にわたり測定したところ、概日リズムの周期はコントロールと比較して0.05μM存在下にて約1.6時間、0.1μM存在下にて約3時間延長された。(図4)
以上の結果を得たことで、リコリン類およびリコリシジノール類により概日リズム周期を人為的に変化させることができ、しかもそれは、タンパク質合成阻害とは独立したメカニズムによるものであることが立証できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)もしくは式(2)で表されるヒガンバナ科植物アルカロイド、又はその薬理学的に許容しうる塩もしくはエステルを有効成分として含む、概日リズム障害改善剤;

<式(1)>

(式中、R及びRは、それぞれ独立して−H、−COCH、−COC、−COC又は−COCHCH(OH)CHを表す。

<式(2)>

(式中、R、R及びRはそれぞれ独立して−H又は−OHを表す。)。
【請求項2】
下記式(1)もしくは式(2)で表されるヒガンバナ科植物アルカロイド、又はその薬理学的に許容しうる塩もしくはエステルを有効成分として含む、概日リズムの障害に起因した疾患の治療用又は予防用医薬組成物;

<式(1)>

(式中、R及びRは、それぞれ独立して−H、−COCH、−COC、−COC又は−COCHCH(OH)CHを表す。

<式(2)>

(式中、R、R及びRはそれぞれ独立して−H又は−OHを表す。)。
【請求項3】
概日リズムの障害に起因した疾患が、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、および季節性うつ病からなる群から選択される疾患である請求項2に記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−37755(P2011−37755A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−186257(P2009−186257)
【出願日】平成21年8月11日(2009.8.11)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】