説明

生体分子の調製

【課題】
本発明は、液体から標的物質を分離する方法を提供する。
【解決手段】
この方法では、1以上の疎水性部分を含む1種以上の応答性高分子を水性液体中に用意し、高分子含有液体を、標的物質を含む液体と接触させ、得られた混合物に刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、高分子リッチ相が実質的な固相に転換されるまで、上記刺激を維持するか或いは異なる刺激を高分子リッチ相に加えて維持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の分離、精製及び濃縮のような生体分子の調製に関する。そこで、本発明には、タンパク質のような生体分子の分離法、タンパク質のような生体分子を含む保存安定性組成物の調製法、タンパク質のような生体分子の精製法、及び生体分子を含む液体の脱塩法が包含される。本発明は、さらに、保存安定性生体分子組成物自体並びに本発明に係る方法の各種実施形態を実施するためのキットも包含する。
【背景技術】
【0002】
今日バイオテクノロジーの製品の多くはタンパク質であり、これらのタンパク質は精製された形態で大量生産しなければならない。医療用タンパク質その他の生体分子に求められる純度は米国食品医薬品局(FDA)のような行政当局によって規定されている。純度だけでなく、活性にばらつきのある物質を生じる生産方法は当局から認可されないので、製品はその生物活性を保持していなければならない。つまり、生産プロセスは毎回同量・同品質のものを生産するものでなければならない。生体分子の精製には、それらに固有の類似性と差異が利用されることが多い。例えば、タンパク質を他の非タンパク質系夾雑物から精製するためタンパク質の類似性が用いられ、あるタンパク質を別のタンパク質から精製するためそれらの差異が用いられる。タンパク質のような生体分子は大きさ、形状、電荷、疎水性、溶解性及び生物活性が互いに異なる。
【0003】
かかる方法として多用されているのがクロマトグラフィーであり、互いに非混和性の2つの相を接触させる。具体的には、生体分子を移動相に導入し、これを固定相と接触させる。次いで、生体分子は、移動相によって系内を運搬される際に固定相と移動相の間で一連の相互作用を受ける。相互作用には、試料中の各種成分の物理的又は化学的性質の差が利用される。
【0004】
しかし、一つの技術では生体分子の精製には不十分なことがある。2以上のクロマトグラフィー段階を連続して組み合わせることが往々にして行われ、クロマトグラフィーを他の技術と組み合わせるのも有利である。
【0005】
沈殿は生体分子、特にタンパク質の製品回収に広く使われている。タンパク質の沈殿の最も一般的なものは塩で生起される沈殿である。タンパク質の溶解性は幾つかの因子に依存する。塩濃度が低いと、タンパク質の溶解性が幾分増大することが通常認められる。これは「塩溶」と呼ばれる。これに対して、塩濃度が高いと、タンパク質の溶解性は急激に低下する。これは「塩析」と呼ばれ、タンパク質が析出する。第2の方法は、有機溶剤の添加である。有機溶剤の添加によって誘電率が低下する媒質であれば、溶解性が低下して沈殿を生じる。第3の方法はタンパク質溶液のpH変化による沈殿である。この効果はタンパク質の様々な官能基に起因する。タンパク質の正味電荷がゼロとなる等電点として知られるpHがある。これはタンパク質毎に異なる。
【0006】
タンパク質沈殿の具体例は免疫グロブリンの精製にみられ、伝統的な方法は免疫グロブリンを含むタンパク質画分の選択的な可逆的沈殿に基づくことが多く、その他のタンパク質が溶液中に残る。典型的な沈殿剤はエタノール、ポリエチレングリコール、硫酸アンモニウムや硫酸カリウムのようなリオトロピック塩(反カオトロピック塩)、及びカプリル酸である。しかし、これらの沈殿法は時間と手間がかかる。さらに、原料に沈殿剤を添加すると、上清を他の目的に使用するのが難しくなるだけでなく、廃棄処理の問題を生じ、後者は特に免疫グロブリンの大量精製で問題となる。
【0007】
米国特許第5093254号(Giuliano他)は、ポリビニルピロリドン(PVP)を上相として、マルトデキストリンを下相として用いた水性二相タンパク質抽出に関する。これは2種類の高分子系であり、PVPとマルトデキストリンの2種類の水溶液を0〜8℃の温度で激しく混合した後に遠心分離することによって得られる。その後、色素を加えておいた二相PVP/マルトデキストリン系に、分離すべきタンパク質を加える。色素はCibacron Blue FGF、Procion Turquoise H−A及びProcion Green HE−4BDAのようなトリアジン色素のアミノ誘導体でよい。タンパク質の添加後、系を遠心分離して相分離すると、色素が主に上層のPVP含有相に分配される。この系は2〜6℃の温度で作業すべきである。色素はタンパク質に対するアフィニティーリガンドとして作用するので、実際にPVP含有相に分配されるのは色素−タンパク質複合体である。したがって、上相を分離し、塩の添加又はpH増加などによってタンパク質を色素から溶離させることによってタンパク質を抽出することができる。このように、米国特許第5093254号の系では遠心分離が必要とされるが、これは感受性の高いタンパク質の構造に影響しかねない。さらに、米国特許第5093254号では、その方法が低コスト系であると記載されているが、2種類の高分子の混合と色素の調製を伴う調製には比較的時間がかかる。さらに、色素に結合したタンパク質の溶離段階には追加の資材と時間が必要とされる。最後に、この系のもう一つの短所は作業温度が低いことであり、使用設備に追加の要件が必要とされる。
【0008】
国際公開第97/05480号(Massachusetts Institute of Technology)は、1種以上の夾雑物を含有する混合物から二相水性ミセル系で検体を大きさによって分離及び/又は濃縮する方法、装置及び診断キットに関する。簡潔にまとめると、この方法では、二相水性ミセル系を形成し得る1種以上の界面活性剤を用意し、二相水性ミセル系を形成し、検体と夾雑物を二相に不均等に分配する。界面活性剤はアルキルポリ(エチレンオキサイド)のような非イオン性でも、ジオクタノイルホスファチジルコリンのような両性イオン性(双極性)でも、イオン性でもよい。国際公開第97/05480では排除体積相互作用の原理を利用しており、混合物中の大きな試薬の大部分がミセル欠乏相の水性領域に移動し、小さな試薬がミセルリッチ相の水性領域に移動するような条件が選択される。この方法は発酵プロセス後のタンパク質からのウィルスの除去、並びにワクチン製造又は遺伝子療法用のウィルスの濃縮に使用できる。
【0009】
米国特許第5907035号(Baxter Biotech Technology Sarl)は、粗製又は部分精製タンパク質溶液から、水性二相系を用いて表面活性で電子豊富なアミノ酸(特にヒスチジン)を有するタンパク質を精製する方法に関する。この方法では、IDAのような金属キレーターに結合したポリエチレングリコール(PEG)又は同様な不活性疎水性分子を使用するが、金属キレーターは銅のような二価金属リガンドで荷電している。PEG−キレーター−金属複合体は、標的タンパク質を含有する粗製タンパク質溶液に直接添加できる。次いで塩及びPEGを加えてもよく、溶液から二相系を形成させる。標的タンパク質は塩相又は高分子相から回収される。しかし、塩はタンパク質を変性させることが周知であり、後段での除去が必要とされるので、大量の塩の添加は一般に短所となる。
【0010】
国際公開第00/58342号(Valtion Teknillinen Tutkimuskeskus)は、水性二相系(ATPS)でのタンパク質の単離及び精製に関する。具体的には、タンパク質の分配法は、該タンパク質を二相のうちの一方の相に運搬できるターゲティングタンパク質に該タンパク質を融合することによって提供される。この系の利点として、初段又は唯一の段階として安価であり、そのため酵素のような比較的市場価格の低いタンパク質の精製に適していると記載されている。
【0011】
Hans−Olof Johansson et al: Thermoseparating Water/Polymer System: A Novel One−Polymer Aqueous Two−Phase System for Protein Purification, 1999 John Wiley & Sonsには、エチレンオキサイド基とプロピレンオキサイド基からなり両端がミリスチル基で疎水性に修飾された線状ランダムコポリマー(HM−EOPO)を用いる水性二相系が開示されている。ポリマーは水中で熱分離し、17〜30℃で分離すると略100%の水からなる上相と5〜9%のHM−EOPOからなる下相との水性二相系を形成する。二相系における3種類のタンパク質(リゾチーム、ウシ血清アルブミン及びアポリポタンパク質A−1)の分配について検討されており、両親媒性タンパク質であるアポリポタンパク質A−1はHM−EOPO相に強く分配されている。疎水性タンパク質の分配は塩の添加によって生起できる。水相とコポリマー相とに直接タンパク質を分配できることは、この系がタンパク質の分離に有用であることを示している。
【0012】
米国特許第6641735号(財団法人化学技術戦略推進機構)は、応答性高分子を用いて金属イオン、医薬品又は生体成分などの標的物質を分離する方法に関する。この方法では、充填材の表面が物理的刺激により化学的又は物理的な環境変化をおこすことで、標的物質との相互作用をもつ物質の相互作用を水溶液中で可逆的に変化させ、分離させる。
【特許文献1】米国特許第5093254号明細書
【特許文献2】国際公開第97/05480号パンフレット
【特許文献3】米国特許第5907035号明細書
【特許文献4】国際公開第00/58342号パンフレット
【特許文献5】米国特許第6641735号明細書
【非特許文献1】Hans−Olof Johansson et al: Thermoseparating Water/Polymer System: A Novel One−Polymer Aqueous Two−Phase System for Protein Purification, 1999 John Wiley & Sons
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、バイオテクノロジー分野の急速な成長により、新規生体分子が頻繁に出現するのに伴って、当技術分野では多段階プロトコルにおける従来技術の方法と併用するため或いは単段階プロトコルとして独立に使用するための別の好適な改良分離法に対するニーズが依然として存在する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、タンパク質のような標的生体分子を調製するための新規方法及びキットを提供することによって上述の1以上のニーズを解決する。
【0015】
そこで、本発明の一つの態様は、液体から1種以上の標的生体分子を分離する方法を提供することである。これは、特許請求の範囲に記載の二相系を提供することによって達成できる。
【0016】
本発明の好適な態様は、標的生体分子を液体から分離するための方法であって、2種類の異なる高分子を使用する必要のない方法を提供することである。
【0017】
本発明の別の好適な態様は、標的生体分子を液体から分離する方法であって、標的物質の生物活性を保持するという点でタンパク質に優しい方法を提供することである。すなわち、本発明は感受性タンパク質の分離に好適に使用できる。
【0018】
本発明の別の態様は、1種以上の標的生体分子を液体から濃縮する方法を提供することである。この態様の特定の実施形態は、1種以上の標的生体分子を含む保存安定性組成物が得られる方法である。
【0019】
本発明のさらに別の態様は、夾雑物及び/又は不純物を含む液体から1種以上の標的生体分子を精製する方法を提供することである。この態様の好適な実施形態では、抗体のようなタンパク質を精製する。
【0020】
本発明の最後の態様は、生体分子を含む液体を脱塩する方法であり、本発明の方法を生体分子標品の塩分の低減に利用する。
【0021】
本発明のその他の実施形態及び利点は以下の詳細な説明及び特許請求の範囲から明らかであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
図面の簡単な説明
図1は、本発明の方法をどのように使用できるかの概略を示す。本発明の調製が、標的生体分子としてタンパク質を用いて説明されており、液相に刺激を加えて相分離を起こす段階、刺激を加えてタンパク質と高分子を含む非水性相を得る段階、及び緩衝液を加えて非水性相を溶解させる段階を含む。
【0023】
図2は、実施例に記載の方法で得たミオグロビンの吸光度曲線を示す。
【0024】
図3は、実質的な固相中の水分量を示し、刺激の変化によって実質的な固相からどの程度水分を排除できるかを示す。
【0025】
定義
本明細書では、「標的物質」という用語は、水溶液から単離しようとする化合物、分子その他の実体を意味する。標的物質は所望の生成物又は液体生成物中の不要夾雑物のいずれであってもよい。
【0026】
本明細書では、「アフィニティークロマトグラフィー」基という用語は、「鍵と鍵穴認識」の原理で標的物質と特異的相互作用し得る基を意味する。標的物質とアフィニティー基は抗原/抗体、酵素/受容体などの親和性対を構成する。従って、「アフィニティーリガンド」という用語は、本明細書では、プロテインA及びプロテインG(いずれも、免疫グロブリン結合性タンパク質である)のような常用リガンドを包含する。
【0027】
「抗体」及び「免疫グロブリン」という用語は、本明細書では同義に用いられる。
【0028】
「界面活性剤(surfactant)」という用語は「surface active agent」の短縮形である。界面活性剤は概して両親媒性の有機化合物であり、両親媒性とは、疎水性基(「尾部」)と親水性基(「頭部」)とを併せもつことを意味する。そのため、これらは概して有機溶剤にも水にも幾分溶け難い。
【0029】
本明細書で、「高分子」という用語は、モノマー単位が繰返し結合してなる天然及び合成化合物を意味する。「高分子」という用語には、線状化合物のみならず、三次元網目組織を形成する枝分れ又は相互連結化合物が包含される。
【0030】
本明細書で、「疎水性」化合物又は基という用語は、水に難溶性の化合物又は基であって、通常は非極性の化合物又は基を意味する。油その他の長鎖炭化水素は疎水性化合物の代表例である。
【0031】
本発明の詳細な説明
本発明は、液体からの生体分子の分離及び生体分子を含む液体の脱塩を始めとする生体分子の調製に関する。これに関して、「分離」という用語には、単離及び精製が包含される。
【0032】
第1の態様では、本発明は、液体から1種以上の標的物質を分離するための方法であって、
(a)1以上の疎水性部分を含む1種以上の応答性高分子を水性液体中に用意し、
(b)(a)の水性液体を、標的物質を含む液体と接触させ、
(c)(b)で得られた混合物に1以上の第1の刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、
(d)高分子リッチ相が実質的な固相に転換されるまで、上記刺激を維持するか或いは1以上の第2の刺激を高分子リッチ相に加えて維持し、
(e)標的物質を含む実質的な固相を単離する
ことを含んでなる方法に関する。
【0033】
このように、本発明は、高分子と1種以上の標的物質とを含む一方の相が実質的な固相となって、液相から容易に分離されるようになるまで、高分子の相分離を推進する。これに関して、実質的な固相という用語は、液相から物理的に分離できる相と解される。特定の実施形態では、1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相は固相である。
【0034】
本明細書及び特許請求の範囲において、高分子リッチ相及び高分子欠乏相という用語は、それぞれ、応答性高分子に富む相及び乏しい相をいう。(a)に関して、高分子は1以上の疎水性部分を含んでいるので、(a)で得られる液体は高分子が水性相に溶解している必要はなく、本方法は水性液体中の高分子の分散液も包含する。高分子の種類及び組成については、以下で詳しく説明する。水性液体は好ましくは水又は水性緩衝液である。また、(a)で2種以上の高分子を用意する場合、かかる高分子はそれらの分配係数に応じて高分子リッチ相又は高分子欠乏相に分配されることもある。これに関して、「1種の高分子」とは、1種類の高分子を意味する。本明細書に記載された実質的な固相が得られる本発明の系は、当業者が容易に設計することができる。
【0035】
本発明は、液体から1種以上の標的物質を分離するための方法であって、
(a)1以上の疎水性部分を含む1種以上の応答性高分子を水性液体中に用意し、
(b)(a)の水性液体を、1種以上の標的物質を含む液体と接触させ、
(c)(b)で得られた混合物に1以上の第1の刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、
(d)高分子リッチ相が非水性相に転換されるまで、上記刺激を維持するか或いは1以上の第2の刺激を高分子リッチ相に加えて維持し、
(e)標的物質を含む非水性相を単離する
ことを含んでなる方法からなる態様も包含する。
【0036】
本明細書では、「非水性」相という用語は、当初の水性液体含有物の大部分が他の相、つまり水性相中に存在することを意味する。しかし、特に高分子リッチ相についてみると、特定の実施形態では、高分子及び標的物質に比べて水又は水性液体を依然として比較的大量に含んでいてもよい。応答性高分子の性状に起因して、高分子リッチ相は依然として相対的に固相又は凝集相を構成し続け、好都合なことに水性相の上に浮遊する。本発明の実施に当たり、当業者は、非水性相中の所望の水性液体含有量を得るのに充分な時間刺激を維持することによってどの程度相分離が進むか選定できる。例えば、一実施形態では、非水性相は50〜95%の水性液体を含む。別の実施形態では、非水性相は50%以下(例えば40%以下)の水性液体、好適には30%以下の水性液体を含む。特定の実施形態では、非水性相の水性液体含有量が10%以下となるまで刺激を維持する。別の特定の実施形態では、非水性相の水性液体含有量が5%以下となるまで刺激を維持する。従って、一実施形態では、非水性相は、水性相に比して液体含量の非常に低い固相である。
【0037】
本発明の方法の好適な実施形態では、高分子と標的物質とを含む非水性相は実質的に乾燥している。これに関して、「実質的に乾燥」という用語は、非水性相すなわち高分子相が容器から除去するのに充分なほど乾燥していて、濾過もデカンテーションも必要とせずに二相分離を実施できることを意味する。従って、非水性相は実質的な固相であってもよい。当業者には明らかであろうが、乾燥度は、以下に詳細に述べるように、熱処理時間、適用するpH又は添加する塩濃度のような適用する刺激によって容易に制御される。
【0038】
以下、1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相として実質的な固相を例にとって、本発明の方法の詳細を説明する。ただし、以下の詳細は標的物質を含有する高分子リッチ相が非水性相である実施形態にも同様に当てはまる。
【0039】
本発明の方法の一実施形態では、高分子リッチ相は(c)における上相である。一実施形態では、(d)の前に高分子欠乏相を除去する。好適な実施形態では、実質的な固相は(d)における上相である。一実施形態では、実質的な固相の総含有量を基準にして実質的な固相の水分量が50%以下となるまで、(d)の刺激を維持する。一般に、この相は主に高分子と標的物質と所定量の液体とからなるが、液体の量は、第2の刺激の維持によってどの程度相分離が推進されるかに依存する。ただし、水性液体が存在したとしても、応答性高分子のため、この相は依然として実質的な固相又は完全な固相をなす。一実施形態では、実質的な固相は水性相の上に浮遊しており、浮かんだ角砂糖のように手作業で取り出すことができる。
【0040】
一実施形態では、(d)は、(c)で加えて刺激とは異なる刺激を加えることからなる。この実施形態は、例えば、夾雑タンパク質からの所望タンパク質の精製の場合のように比較的類似した成分からの標的物質の分離に好適である。分配効果を刺激の変更によって効率的に制御できるからである。特定の実施形態では、異なる分配係数を得るため2種類の異なる塩を用いる。
【0041】
別の実施形態では、(d)は、高分子リッチ相が実質的な固相に転換されるまで、1以上の第1の刺激を維持する。この実施形態では、高分子リッチ相が実質的な固相に転換されるまで第1の相分離を行うので、(c)と(d)とで条件の変更は必要ない。従って、好適な実施形態では、(c)と(d)は一段階として実施され、第1及び第2の相分離は刺激を変更せずに実質的に同時又は連続して実施される。この実施形態は有効性及び実施の容易さの点で有利である。
【0042】
本発明の方法で加えられる刺激は、上述の相分離をもたらすのに充分な化学的及び/又は物理的な環境変化を起こすいかなる物理的又は化学的な刺激であってもよい。好適な実施形態では、相分離は可逆的である。
【0043】
高分子の立体配座を変化させて相分離に導く刺激は、温度、pH、伝導率(塩の濃度及び/又は種類の変化によるイオン強度の変化)、溶剤組成、光、磁場及び電場のような、使用する高分子が応答する刺激であれば、いかなる刺激であってもよい。当業者には明らかであろうが、刺激は高分子及び系全体の性状に応じて選択される。一実施形態では、(c)及び/又は(d)の刺激は、温度変化、伝導率変化、pH変化及びこれらの組合せからなる群から選択される少なくともいずれかである。一実施形態では、1以上の刺激は、昇温によって、好ましくは高分子と標的物質とを含む液体の加熱によって得られる温度変化の変化であり、高分子は温度応答性高分子と定義することができる。そこで、好適な実施形態では、混合物にいかなる物質も添加せずに相分離が得られる。この実施形態は、標的物質が塩のような添加剤に感受性である場合、特に有利である。別の実施形態では、1以上の刺激は、高分子と標的物質とを含む液体に1種以上の塩を添加して得られる伝導率変化である。この実施形態では、高分子は塩応答性高分子と定義することができる。別の実施形態では、刺激はpH変化であり、この場合高分子はpH応答性高分子と呼ばれる。
【0044】
一実施形態では、第2の相分離後の高分子を含む実質的な固相から標的物質を回収する。所望により実際上乾燥した高分子相が得られるまでさらに相分離を行うので、標的物質を回収までに高分子相を所定期間保存してもよい。このような保存形として実質的な固相を使用する場合、保存前に水性相を除去しておくべきである。この実施形態については、本発明の第2の態様に関して以下で詳しく説明する。標的物質の回収は、単に高分子相の溶解によって行うこともできる。そこで、一実施形態では、回収は実質的に乾燥した高分子相に水又は緩衝液のような液体を添加することによって達成される。回収は相分離の直後に行っても、水性相の除去後に行っても、適当な時間経過後に行ってもよい。
【0045】
標的物質は、どのような化合物、分子その他生体分子のようなものでもよく、有機化合物でも無機化合物でもよい。(b)において、標的物質の存在する液体つまり高分子液体と接触する液体は、好適には、水又は適当な緩衝液のような水性液体である。標的物質が細胞培養又は発酵で生成した生体分子である場合、標的物質は細胞培養上清、発酵ブロス又は溶解物中に存在していてもよく、好適には適当な条件に緩衝される。一実施形態では、1種以上の標的物質は、抗体のようなタンパク質、オリゴペプチド又はポリペプチドのようなペプチド、DNA(プラスミドDNAなど)、RNA又はモノヌクレオチド、オリゴヌクレオチド若しくはポリヌクレオチドのような核酸、アデノウィルス又はインフルエンザウィルスのようなウィルス、原核又は真核細胞のような細胞、細胞小器官、多糖類、リポ糖、脂質及び炭水化物からなる群から選択される生体分子である。これに関して、「生体分子」という用語には、上記に挙げたものの断片又は上述のもののいずれかを含む融合体も包含される。
【0046】
特定の実施形態では、標的物質はタンパク質である。タンパク質は、例えばヒト又は動物由来のモノクローナル又はポリクローナル抗体のような抗体であってもよい。例えば、特定の実施形態では、タンパク質はモノクローナル抗体である。抗体は、例えばヒト化又はキメラ抗体でもよい。特定の実施形態では、標的物質は、抗体の二量体、多量体及び/又は凝集体から分離された単量体抗体、及び/又は前段で使用したクロマトグラフィー樹脂から漏出したリガンドのような他の成分である。
【0047】
本発明の方法は単段階の処理プロセスとして又は多段階プロセスの一段階として使用できる。一実施形態では、本発明の方法はプレ分画(prefractionation)である。プレ分画段階は、抗体調製のための血漿処理におけるアルブミン除去のように主要夾雑物を除去する必要のある精製スキームに加えられることが多い。そこで、一実施形態では、標的物質は処理液から除去される化合物である。この実施形態は、ウィルス、内毒素、プリオン及び/又はその他夾雑物とみなされることの多い生体分子の除去など、精製スキームにおける捕捉段階としても有用である。かかる化合物は、標的抗体のような標的タンパク質の精製に用いられる方法から除去できる。特定の実施形態では、夾雑物は、血漿タンパク質のような所望の成分を精製するため血液又は血漿から除去されるIgGのような抗体である。
【0048】
本発明の方法は、リガンド(標的物質と相互作用し得る官能基を含む化合物)の精製及び/又は保存のためのフォーマットの調製にも使用できる。かかるリガンドは、タンパク質含有リガンド又はペプチド系アフィニティーリガンドのような、本発明に従って分離される生体分子を含んでいてもよい。そこで、別の実施形態では、標的物質はプロテインAその他のタンパク質に基づくアフィニティーリガンドである。この実施形態は本発明の第3の態様に関して以下でさらに詳細に説明する。
【0049】
さらに別の別の実施形態では、標的物質は膜タンパク質である。周知のように、膜タンパク質は、溶解性に欠けるため慣用精製法を用いて分離するのは難しいことが多い。
【0050】
本発明による相分離を実施するのに用いられる応答性高分子は、刺激応答性高分子、環境感受性高分子、インテリジェント高分子又はスマート高分子のような多くの名称で知られている。これらの高分子は合成高分子でも天然高分子でもよい。好適な実施形態では、本発明の方法で使用する応答性高分子は疎水性である。好適な実施形態では、高分子は主に疎水性を呈するが、1以上の親水性部分も含んでいる。すなわち、本発明の方法で使用する高分子の少なくとも一部は、(a)で定義される応答性高分子を含む水性相を調製できる程度に親水性であるべきである。一実施形態では、高分子は、1以上の刺激が与えられると、疎水性の高い立体配座から疎水性の低い立体配座へと変化する。
【0051】
一実施形態では、本発明の方法で使用する応答性高分子はN−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)の合成ポリマー及び/又はコポリマーからなる。ポリNIPAAmは32℃で水から析出する感熱性ポリマーであり、この温度は下限臨界溶液温度(LCST)又は曇り点である。ポリNIPAAmは、アクリルアミドのような親水性コモノマーと共重合するとLCSTが上昇する。N−t−ブチルアクリルアミドのような疎水性コモノマーと共重合するとその逆が起こる。NIPAAmと、AAmのような親水性モノマーとのコポリマーは高いLCSTと広い析出温度域を有しており、N−t−ブチルアクリルアミドのような疎水性モノマーとのコポリマーは低いLCSTを有しており、通常PNIPAAmの鋭い遷移特性を保持している傾向が強い。高い又は低いLCSTと広い析出温度域を有するコポリマーを製造することができる。
【0052】
別の実施形態では、本発明の方法で使用する応答性高分子は、アクリル酸(AAc)、メタクリル酸(MAAc)、無水マレイン酸(MAnh)、マレイン酸(MAc)、AMPS(2−アクリルアミド−2−メチル−1−プロパンスルホン酸)、N−ビニルホルムアミド(NVA)、N−ビニルアセトアミド(NVA)、アミノエチルメタクリレート(AEMA)、ホスホリルエチルアクリレート(PEA)又はメタクリレート(PEMA)のようなビニルモノマー系の合成ポリマーである。
【0053】
別の実施形態では、本発明の方法では、ポリ(N−アクリロイル−N’−プロピルピペラジン)(PAcrNPP)、ポリ(N−アクリロイル−N’−メチルピペラジン)(PAcrNMP)、ポリ(N−アクリロイル−N’−エチルピペラジン)(PAcrNEP)又はN,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート[DMEEMA]のような合成ポリマーを利用する。
【0054】
その他の有用な合成高分子としては、ポリエチレングリコール及びポリプロピレングリコールのような周知の市販ポリマーが挙げられる。別の具体例は、例えばBASFから入手可能なエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドに基づくブロックコポリマーPluronic(登録商標)である。
【0055】
本発明の特定の実施形態では、高分子は天然高分子である。かかる高分子は、アミノ酸からポリペプチドとして合成したもの、例えばポリリジン又はポリグルタミン酸であってもよいし、或いはタンパク質、例えばリゾチーム、アルブミン及びカゼイン、又は多糖類、例えばアルギン酸、ヒアルロン酸、カラギーナン、キトサン及びカルボキシメチルセルロース、又はDNAのような核酸などの天然高分子から誘導することもできる。有用な天然高分子のさらに別の例はエラスチンである。周知の方法を用いてかかる高分子を製造することは当業者が容易になし得る。別の天然応答性高分子は、アガロース、寒天、セルロース、デキストラン、キトサン、コンニャク、カラギーナン、ジェラン及びアルギン酸塩の高分子からなる群から選択される。好適な実施形態では、高分子は架橋アガロースのような架橋多糖類からなる。
【0056】
本発明の一実施形態では、本方法で使用する応答性高分子は無数のモノマー単位からなる。別の実施形態では、応答性高分子は有限のモノマー単位で構成される。別の実施形態では、本高分子の分子量は約1000〜約250000Da、例えば約2000〜約30000Daの範囲である。そこで、一実施形態では、高分子の分子量は約1000Da以上である。
【0057】
本発明の方法に有用な応答性高分子は販売元から入手することができる。或いは、当技術分野の当業者であれば、モノマーから慣用法を用いて適当な応答性高分子を容易に合成することができる。
【0058】
簡潔に説明すると、周知の種類のモノマーによって、特定の刺激、幾つかの実施形態では2以上の刺激に応答するコポリマー組成物を設計することができる。さらに、分子量(反応体濃度及び反応条件の調節による)、組成、構造(例えば、線状ホモポリマー、線状コポリマー、ブロック又はグラフトコポリマー、「櫛形」ポリマー及び「星形」ポリマー)並びに反応体末端基の種類及び数の制御によって、適当なポリマーを仕立てることができる。
【0059】
本発明で使用する高分子は、その応答性を改良するためさらに修飾してもよい。例えば、一実施形態では、応答性高分子に、第一、第二若しくは第三アミンのようなアミンのように所定のpKa値でプロトン化する基及び/又はアクリル酸が導入される。特定の実施形態では、応答性高分子は、−COOH基、−OPO(OH)2基、−SO3-基、−SO2NH2基、−RNH2基、R2NH基及びR3N基(式中、RはCである)からなる群から選択される応答性基を含む。
【0060】
特定の実施形態では、本高分子は、疎水性のような特性を高分子にもたらすか又は向上させる1以上の官能基で誘導体化することができる。この点に関して最も好ましい疎水性基は、不飽和系、例えばアルケン又は芳香族系でみられるような炭素−炭素二重結合である。疎水性高分子は、膜タンパク質のような分離の困難な標的物質の分離に好適に使用される。
【0061】
別の実施形態では、本高分子はペンダント感光性基、芳香族アゾ化合物やスチルベン誘導体のような感光性色素で誘導体化することができる。好適な実施形態では、感光性ポリマー及びコポリマーは感光性ペンダント基を含有するビニルモノマーから合成される。この種のモノマーのコポリマーはアクリルアミドのような慣用の水溶性コモノマー、並びにNIPAAm又はAAcのような温度又はpH感受性コモノマーを用いて製造される。
【0062】
一実施形態では、高分子は標的物質と相互作用し得る官能基を含んでおり、これらの基は一般にリガンドといわれる。特定の実施形態では、官能基は、陽イオン交換体又は陰イオン交換体のようなイオン交換基、アフィニティークロマトグラフィー基、固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)基、逆相クロマトグラフィー(RPC)基、標的物質と相互作用し得る2以上の異なる官能性を有するマルチモードリガンド、及び基の任意の組合せからなる群から選択される。
【0063】
別の実施形態では、1以上の上記リガンドを(b)の混合物に加えて、応答性高分子とは別に相分離に関与させる。従って、この実施形態では、刺激を加える混合物は、標的物質と相互作用し得る1以上のリガンドを含んでいる。相分離を起こすため、上記のような1以上の官能基を含むリガンドを混合物に配合してもよい。
【0064】
一実施形態では、アフィニティー基、IMAC基などのリガンドを高分子リッチ相に分配し、実質的な固相から回収してもよい。一実施形態では、リガンドは標的物質と複合体を形成し、複合体を高分子リッチな実質的な固相に分配させる。水性相を除去したら、複合体を解離させ標的物質を溶液中に遊離させる緩衝液のような液体の添加によって、実質的な固相を溶解させればよい。リガンドは後段のクロマトグラフィーで除去すればよい。別の実施形態では、溶解した相を、複合体のリガンド部分を吸着するクロマトグラフィーカラムに加え、溶離剤の添加によって標的物質を解離する。
【0065】
別の実施形態では、系に対する分配係数のため高分子欠乏相に分配されるリガンドを加える。かかるリガンドは、夾雑物や不純物のような望ましくない化合物の捕獲に使用できる。
【0066】
当業者には明らかであろうが、検出及び/又は後段での単離を容易にする蛍光マーカーなどのマーカーをこの実施形態で使用してもよい。従って、本発明の方法は診断用途にも有用であり、その場合は分析すべき試料を本発明の方法に付して、溶解した実質的な固相中で検体を検出する。
【0067】
第2の態様では、本発明は、上述のようにして得られる、応答性高分子と標的物質とを含む実質的な固相に関する。上述の通り、本発明の方法は、実質的に乾燥していて保存安定性をもつ生体分子標品の製造に有用である。従って、本発明の方法は凍結乾燥の代替法又は補足として好適に使用される。一実施形態では、上述の実質的な固相はプラスチックパッケージのような安定保存容器で提供される。標的生体分子の保存安定性標品は、患者に当業者補する前に保存して輸送されるタンパク質医薬品又はワクチンのように、製薬業に有用である。従って、本発明は本明細書に記載した方法で製造される医薬品を包含する。
【0068】
診断分野では、ある場所で患者からサンプルを採取し、専門実験室のような分析を容易に実施できる別の場所へ安定な保存状態で輸送できるようにサンプルを本発明の方法に付す。こうして、所定の病状を診断できるように、抗体のような生体分子検体を検出することができる。
【0069】
特定の実施形態では、本発明の方法は、マルチウェルプレートのウェルのような2以上の並列容器で実施される。従って、本発明の実質的な固相の特定の実施形態は、ウェル内に実質的な固相を含有するマルチウェルプレートなどのフォーマットである。この実施形態は、実質的な固相の多重分析を実施する際に特に有利である。従って、かかるマルチウェルプレートはウェル内に同一の1種以上の応答性高分子を含んでいるが、異なる試料に由来する異なる標的物質を含んでいてもよい。好適な実施形態では、応答性高分子は架橋アガロースである。或いは、マルチウェルプレートは同じ標的物質の分離に使用した異なる応答性高分子を含む。
【0070】
本発明は、疎水性部分を含む応答性高分子と、1種以上の塩と、説明書とを別々の区画に備えるキットを包含する。高分子(好ましくは実質的に疎水性のもの)は上記で説明したものであればよい。
【0071】
別の実施形態では、本発明のキットは、上述の実質的な固相と、本発明の相分離にキットを使用するための説明書とを別々の区画に備えている。説明書(書面でも記録形でもよい)には、どのようにして高分子相を溶解し、標的物質を回収すればよいかが記載されている。書面には電子媒体として供給される説明書も含まれる。
【0072】
好適な実施形態では、実質的な固相中に存在する標的物質はプロテインAその他のアフィニティーリガンドを含む。かかる高分子相から回収される標的物質を回収すれば、抗体、抗体断片又は融合抗体の分離に使用できる。
【0073】
第3の態様では、本発明は、1種以上の免疫グロブリンを液体から精製する方法であって、
(a)免疫グロブリン結合性リガンド、好ましくはプロテインAを含む請求項23記載の実質的な固相を用意し、
(b)液体の添加によって実質的な固相を溶解させ、
(c)(b)で溶解させた相を、免疫グロブリンを含む液体と接触させて、免疫グロブリンをリガンドに結合させ、
(d)リガンド−免疫グロブリン複合体を液体から分離する
ことを含んでなる方法に関する。
【0074】
この方法の一実施形態では、(d)において、液体クロマトグラフィーによってリガンド−免疫グロブリン複合体を分離する。別の実施形態では、精製免疫グロブリンは、(d)において、免疫グロブリンをリガンドから解離させることができる溶離剤の添加によって回収する。
【0075】
一実施形態では、(d)において、本発明の第1の態様として記載した方法でリガンド−抗体複合体を分離する。従って、高分子、刺激及びその他の条件に関する上述の詳細をこの実施形態に適用することができる。
【0076】
別の実施形態では、(d)において、液体クロマトグラフィーによってリガンド−抗体複合体を分離するが、この場合複合体を分離マトリックスに吸着させ、抗体をマトリックスから溶離させることによって回収する。液体クロマトグラフィーの原理は当技術分野で周知であり、当業者であれば常法にしたがって容易に分離を実施できる。
【0077】
本発明の方法を用いて精製される抗体は上述のいずれのものであってもよい。
【0078】
第4の態様では、本発明は、
(a)実質的に疎水性の1種以上の応答性高分子を水性液体中に用意し、
(b)(a)の液体を、標的物質を含む液体と接触させ、
(c)(b)で得られた液体に1以上の第1の刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、
(d)高分子リッチ相が標的物質を含む実質的な固相に転換され、もう一方の水性相が塩分の大部分を含むようになるまで、上記刺激を維持するか或いは1以上の第2の刺激を高分子リッチ相に加えて維持し、
(e)水性相を除去し、適宜、
(f)脱塩された実質的な固相を溶解させる
ことによって、1種以上の標的物質を含む液体を脱塩する方法に関する。
【0079】
本発明の脱塩法は、本発明の第1の態様に関して上述した刺激、高分子及びその他の条件を用いて実施することができる。標的生体分子を含有する液体の脱塩はバイオテクノロジー分野で細胞培養上清及び溶解物などで必要とされることが多い。一実施形態では、本発明の脱塩は、塩分を低減すべき別の精製法の前段階として実施される。実質的な固相は実質的に乾燥していて保存形式として適しているので、脱塩直後に後段の精製を実施する必要はない。
【0080】
最後に、最終態様では、本発明は、液体から1種以上の標的物質を分離するための方法であって、
(a)1種以上の高分子ゲルを用意し、
(b)上記ゲルに、標的物質を含む液体を接触させ、
(c)(b)で得られた混合物に1以上の第1の刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、
(d)高分子リッチ相が非水性相に転換されるまで、上記刺激を維持するか或いは1以上の第2の刺激を高分子リッチ相に加えて維持し、
(e)標的物質を含む非水性相を水性相から分離する
ことを含んでなる方法に関する。
【0081】
好適な実施形態では、ゲルは実質的に乾燥した形態で用意される。特定の実施形態では、ゲルはアガロース、寒天、セルロース、デキストラン、キトサン、コンニャク、カラギーナン、ジェラン、アルギン酸塩などの架橋炭水化物材料からなる。特定の実施形態では、母材マトリックスはアガロースのような架橋多糖類からなる。乾燥アガロースは水のような液体の添加によって容易に膨潤する。乾燥ゲルは、1以上の並列容器、好ましくはマルチウェルプレートのウェルのような適当な容器で提供し得る。
【0082】
一実施形態では、(a)で用意されるゲルは、本発明にしたがって予め相分離して得られたものであり、その高分子は架橋アガロースのような架橋高分子である。
【0083】
刺激その他のプロセス条件に関する詳細は上述した通りである。従って、一実施形態では、(d)の刺激は非水性相の水分含有量が40%以下、例えば10%以下となるまで維持する。
【実施例】
【0084】
図面の詳細な説明
図1は、本発明の方法をどのように使用できるかの概略を示し、ここで本発明の調製は標的生体分子としてタンパク質を用いて例示した。具体的には、図1は、高分子と標的タンパク質を含む液体をどのように用意し、相分離を起こす第1の刺激を加えるため温度(Δ)、伝導率(塩)及びpHをどのように変化させ、上相として非水性相が形成されるまでどのように刺激を維持すればよいかを示している。図1の最終段階は、緩衝液の添加によってどのように非水性相を溶解させればよいかを示している。保存安定性の実質的に乾燥した生体分子が望まれる場合、段階c)の後に上層の非水性相を取り出して保存する。段階c)の後に水性相を除去すると、最終標品が脱塩される。図1では3種類の刺激を例示したが、本願のいずれかに記載した通り、本発明の様々な実施形態ではこれらの少なくともいずれかで充分である。
【0085】
図2は、実施例に記載の方法で得られた非水性相中への濃縮前(a)及び濃縮後(b)のミオグロビンの412nmでの吸光度曲線を示す。図2から明らかな通り、本発明の方法によってミオグロビンのような生体分子を非水性相中に濃縮した後、タンパク質活性を損なわずに溶解することができる。ミオグロビンのヘム基から得られる412nmの吸光度は、タンパク質が十分な活性を保持していることを示している。
【0086】
図3は、実質的な固相中の水分量を示し、刺激の変化(疎水性の増加)によって実質的な固相からどの程度水分を排除できるかを示す。この実施例では、温度又は塩を変化させた。
【0087】
実験
本実施例はもっぱら例示を目的としたものであり、特許請求の範囲に定義される本発明を限定するものではない。
【0088】
実施例1
高分子の合成
本実施例で使用する応答性高分子を調製するため、4.96gのイソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)を10mlのジオキサンに溶解し、丸底ビーカーに入れた。0.298gのt−ブチルアクリルアミド、315mlのアクリル酸及び1.21gの(AMBN)を溶液に加え、溶液を窒素ガスでパージした。反応混合物を70℃に加熱し、4時間放置した。ポリマーはアセトン中での沈殿によって精製した。
【0089】
タンパク質試料
ミオグロビンとシトクロムCを適当な緩衝液中に濃度1mg/mlで溶解した。使用した緩衝液はリン酸(pH7)及び酢酸(pH5)であり、塩は硫酸アンモニウム((NH42SO4)、硫酸カリウム(KH2PO4)及び塩化ナトリウム(NaCl)であった。塩の濃度は0〜2Mで変化させた。
【0090】
安定性の測定
タンパク質溶液(1mg/mL)をキュベットに入れ、UV−VIS分光計で412nmの吸収スペクトルを記録した。412nmの吸収はミオグロビンのヘム基によるもので、ミオグロビンが十分な活性を有していることを示す。また、以下の表は、標的ミオグロビンがすべて実質的な固相中に認められたことも示している。
【0091】
【表1】

本実験は0.3MのNa2SO4中80℃で実施した。ミオグロビン濃度は412nmの吸光度で測定した。
【0092】
本発明の二相系による分離
適当な緩衝液、塩及びpHで高分子をタンパク質と共に緩衝液に溶解した。タンパク質溶液をキュベットに入れ、UV−VIS分光計で412nmの吸収スペクトルを記録した。栓状の非水性ゲル相が形成されるか又は吸光度がゼロに低下する(これも、タンパク質の大半を含有する栓状の非水性ゲルが形成したことを示す。)まで昇温した。栓状ゲルは表面に浮遊していた。水性相を除去し、栓状非水性ゲルを水溶液に溶解して新たに水性相を形成した。この実験の前後でタンパク質の吸光度曲線を記録して、タンパク質がこれらの条件で安定であることを確認した。結果を図2に示す。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明の方法の使用法の概略を示す図。
【図2a】実施例に記載の方法で得られた非水性相中に濃縮する前のミオグロビンの吸光度曲線。
【図2b】実施例に記載の方法で得られた非水性相中に濃縮した後のミオグロビンの吸光度曲線。
【図3】温度又は塩の変化と、実質的な固相中の水分量との関係を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体から1種以上の標的物質を分離するための方法であって、
(a)1以上の疎水性部分を含む1種以上の応答性高分子を水性液体中に用意し、
(b)(a)の水性液体を、標的物質を含む液体と接触させ、
(c)(b)で得られた混合物に1以上の第1の刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、
(d)高分子リッチ相が実質的な固相に転換されるまで、上記刺激を維持するか或いは1以上の第2の刺激を高分子リッチ相に加えて維持し、
(e)標的物質を含む実質的な固相を単離する
ことを含んでなる方法。
【請求項2】
前記高分子リッチ相が(c)における上相である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
(d)の前に高分子欠乏相を除去する、請求項1又は請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記実質的な固相が(d)における上相である、請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
(d)の刺激を、実質的な固相高分子と標的物質と液体の総含有量を基準にして実質的な固相の水性液体含有量が50%以下となるまで維持する、請求項1乃至請求項4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
(d)が、第1の刺激とは異なる第2の刺激を加え、高分子リッチ相が実質的な固相に転換されるまで維持することを含んでなる、請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
(c)及び/又は(d)の刺激が、温度変化、伝導率変化、pH変化及びこれらの組合せからなる群から選択される、請求項1乃至請求項6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記1以上の刺激が加熱による温度変化である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記1以上の刺激が1種以上の塩の添加による伝導率変化である、請求項7又は請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記標的物質の大部分が高分子リッチな実質的な固相に分配される、請求項1乃至請求項9のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
1種以上の標的物質を実質的な固相から回収する、請求項1乃至請求項10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
実質的な固相を液体中に溶解させることによって前記回収を達成する、請求項11記載の方法。
【請求項13】
前記実質的な固相を水に溶解させる、請求項12記載の方法。
【請求項14】
前記1種以上の標的物質がタンパク質である、請求項1乃至請求項13のいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
前記タンパク質が抗体である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記タンパク質が、プロテインAのような1種以上の免疫グロブリン結合性タンパク質からなる、請求項14記載の方法。
【請求項17】
前記タンパク質が膜タンパク質である、請求項14記載の方法。
【請求項18】
前記応答性高分子が疎水性である、請求項1乃至請求項17のいずれか1項記載の方法。
【請求項19】
前記応答性高分子が実質的に疎水性を呈するが1以上の親水性部分も含んでいる、請求項1乃至請求項17のいずれか1項記載の方法。
【請求項20】
前記刺激を適用する混合物が標的物質と相互作用し得る1以上のリガンドを含む、請求項1乃至請求項19のいずれか1項記載の方法。
【請求項21】
前記1種以上の応答性高分子が、標的物質と相互作用し得る1以上のリガンドを含む、請求項1乃至請求項20のいずれか1項記載の方法。
【請求項22】
前記リガンドが、イオン交換基、アフィニティークロマトグラフィー基、固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)基、逆相クロマトグラフィー(RPC)基、マルチモードリガンド及びこれらの組合せからなる群から選択される、請求項20又は請求項21記載の方法。
【請求項23】
請求項1乃至請求項22のいずれか1項記載の方法で得られる、1種以上の疎水性応答性高分子と1種以上の標的物質とを含んでなる実質的な固相。
【請求項24】
安定保存容器中で提供される、請求項23記載の実質的な固相。
【請求項25】
1種以上の疎水性の応答性高分子と、1種以上の塩と、標的物質を含む実質的な固相を得る相分離に使用するための説明書とを別々の区画に備えるキット。
【請求項26】
前記応答性高分子が、標的物質と相互作用し得る1以上のリガンドを含む、請求項25記載のキット。
【請求項27】
請求項23又は請求項24記載の実質的な固相と、その溶解及び1種以上の標的物質の回収のための説明書とを別々の区画に備えるキット。
【請求項28】
前記応答性高分子が免疫グロブリン結合性タンパク質、好ましくはプロテインAからなる、請求項27記載のキット。
【請求項29】
1種以上の免疫グロブリンを液体から精製する方法であって、
(a)免疫グロブリン結合性リガンド、好ましくはプロテインAを含む請求項23記載の実質的な固相を用意し、
(b)液体の添加によって実質的な固相を溶解させ、
(c)(b)で溶解させた相を、免疫グロブリンを含む液体と接触させて、免疫グロブリンをリガンドに結合させ、
(d)リガンド−免疫グロブリン複合体を液体から分離する
ことを含んでなる方法。
【請求項30】
(d)において、リガンド−免疫グロブリン複合体を液体クロマトグラフィーで分離する、請求項29記載の方法。
【請求項31】
精製免疫グロブリンを、リガンドから免疫グロブリンを解離させることができる溶離剤の添加によって回収する、請求項30記載の方法。
【請求項32】
(d)において、請求項1乃至請求項22のいずれか1項記載の相分離法における応答性高分子を用いて、リガンド−免疫グロブリン複合体を液体から分離する、請求項29記載の方法。
【請求項33】
1種以上の標的物質を含む液体を脱塩する方法であって、
(a)実質的に疎水性の1種以上の応答性高分子を水性液体中に用意し、
(b)(a)の液体を、標的物質を含む液体と接触させ、
(c)(b)で得られた液体に1以上の第1の刺激を加えて、一方の相が1種以上の標的物質を含む高分子リッチ相であり、もう一方の相が高分子欠乏相である可逆的相分離が起こるまで維持し、
(d)高分子リッチ相が標的物質を含む実質的な固相に転換され、もう一方の水性相が塩分の大部分を含むようになるまで、上記刺激を維持するか或いは1以上の第2の刺激を高分子リッチ相に加えて維持し、
(e)水性相を除去し、適宜、
(f)脱塩された実質的な固相を溶解させる
ことを含んでなる方法。
【請求項34】
実質的な固相の水分含有量が10%以下である、請求項33記載の方法。

【図1】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【公表番号】特表2009−521672(P2009−521672A)
【公表日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−547172(P2008−547172)
【出願日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際出願番号】PCT/SE2006/001479
【国際公開番号】WO2007/073311
【国際公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【出願人】(597064713)ジーイー・ヘルスケア・バイオサイエンス・アクチボラグ (109)
【Fターム(参考)】