説明

生体分子標識用蛍光試薬

【課題】生体分子本来の挙動に多大な影響を及ぼさない程度の大きさの蛍光基を用い、外部からの光照射により蛍光をスイッチングすることが可能な新規化合物を提供する。
【解決手段】本発明は、本発明の蛍光スイッチング機能を有する新規生体分子計測用蛍光プローブを提供する。すなわち、本発明は、ジアリールエテン骨格を有する化合物と蛍光基と生体分子結合基とが結合してなる複合体、及び該複合体を含む生体分子計測用蛍光プローブである。さらに、本発明は、上記複合体を生体分子に接触させ、該複合体に対して光照射を行って、該複合体の発する蛍光を制御する工程を含む、生体分子の検出方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子標識用蛍光試薬に関し、より詳細には、細胞内生体分子の蛍光標識用試薬として有用な化合物に関するものである。また、本発明は、上記化合物を含む生体分子蛍光標識用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
生体分子の蛍光標識技術は、細胞内分子の挙動解析において極めて重要である。例えば、タンパク質を蛍光標識する手法としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)等の蛍光を発する蛍光タンパク質(非特許文献1)を、観察ターゲットとしたタンパク質と融合発現して標識を行う手法が現在広く使用されている。しかしながら、ターゲットとしたタンパク質が、定常状態において細胞質内に均一に分布する場合、通常の蛍光タンパク質を融合したタンパク質が発する蛍光を指標に観察を行ったとしても細胞内の詳細な挙動解析(例えば、オルガネラ内、オルガネラ間輸送等の解析)を行うことは困難である。この問題を解決するため、現在一般的には、蛍光退色の回復を利用するFlorescence recovery after photobleaching(FRAP)の技法が用いられているが、早いタイムスケールで起こる挙動を観測することは困難である。最近になり、外部からの光照射により蛍光強度、あるいは蛍光色をスイッチングできる蛍光タンパク質が単離され、これがタンパク質挙動解析に有用であることが明らかとされ(非特許文献2、非特許文献3)、非常に注目を集めている。しかしながら、蛍光タンパク質はいずれも標識体としては大きすぎるため、蛍光標識されたタンパク質が生体内における本来の挙動を示さない可能性がある。
【0003】
一方、有機小分子を用いた化学的な生体分子の蛍光標識は、サイズの小さな標識体を利用できるという利点がある。この種の小分子としては、例えばタンパク質の蛍光標識においては、タンパク質のアミノ酸残基と結合可能な機能性基(スクシンイミド基、イソチオシアナート基、マレイミド基等)を有する蛍光色素が広く用いられている(非特許文献4)。また、これとは別に、ターゲットタンパク質に組み込んだ又は標識したペプチドタグを特異的に認識する機能性基を付与した蛍光色素(タンパク質蛍光プローブ)を用いて、蛍光基の修飾位置と標識数を制御しつつ標識を行った報告も成されている(非特許文献5〜8)。しかしながら、既存のタンパク質標識用(タンパク質に結合可能な)小分子蛍光色素のうち、外部からの光照射により蛍光をスイッチングできるものは知られておらず、このような分子の開発が、細胞内タンパク質の挙動を正確に解析する上で強く望まれていた。
【非特許文献1】宮脇淳史 編,“実験医学別冊 ポストゲノム時代の実験講座3 GFPとバイオイメージング”,羊土社(2000)
【非特許文献2】G. H. Patterson, et al., Science, 297, 1873 (2002)
【非特許文献3】R. Ando et al, Science, 306, 1370 (2004)
【非特許文献4】R. P. Haugland, "Handbook of Fluorescent Probes and Research Chemicals, Sixth Edition", Molecular Probes, DOJINDO LABORATORIES 第24版総合カタログ,同仁化学研究所(2004)
【非特許文献5】E. G. Guignet, et al., Nature Biotech., 22, 440 (2004)
【非特許文献6】A. N. Kapanidis et al., J. Am. Chem. Soc., 123, 12123 (2001)
【非特許文献7】B. A. Griffin, et al., Science, 281, 269 (1998)
【非特許文献8】S. R. Adams et al., J. Am. Chem. Soc., 124, 6063 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、既存の手法とは異なる、より優れた生体分子蛍光標識技術を提供することを目的とする。本発明の課題は、生体分子が有する本来の挙動に多大な影響を及ぼさない程度の大きさの蛍光基を用い、外部からの光照射により蛍光発光(蛍光強度)をスイッチングすることが可能な新規の化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、「蛍光スイッチング機能」という新しい機能を有する新規生体分子計測用蛍光プローブの開発に成功し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0007】
(1)ジアリールエテン骨格を有する化合物と蛍光基と生体分子結合基とが結合してなる複合体。
(2)ジアリールエテン骨格を有する化合物が、次式I:
【0008】
【化5】

(式中、R11、R12、R13、R14、R15及びR16は、それぞれ独立して、水素原子、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、C1〜C30アルキル基、C2〜C30アルケニル基、C1〜C30アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキル基(これらは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキルオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキル基、複素環基又はアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基で任意に置換されていてもよい)を表し、あるいは、R11、R12、R13、R14、R15及びR16のうちの近接する2つがその炭素原子を共有して炭素環又は複素環(これら炭素環及び複素環は、任意に置換されていてもよい)を形成するものであり、R11〜R16のうち少なくとも1つは蛍光基に連結する)若しくは次式II:
【0009】
【化6】

(R21、R22、R23及びR24は、それぞれ独立して、水素原子、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、C1〜C15アルキル基、C2〜C15アルケニル基、C1〜C15アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキル基(これらは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキルオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキル基、複素環基又はアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基で任意に置換されていてもよい)を表し、あるいは、R21、R22、R23及びR24のうちの近接する2つがその炭素原子を共有して炭素環又は複素環(これら炭素環及び複素環は、任意に置換されていてもよい)を形成するものであり、R21〜R24のうちの少なくとも1つは、蛍光基に連結する)を表し、R25、R26はそれぞれ独立して水素原子もしくはメチル基を表す)
に示されるものである、(1)又は(2)に記載の複合体。
【0010】
(3)蛍光基が、フルオレセイン、ローダミン及びシアニンからなる群より選択される少なくとも1つである、(1)〜(2)のいずれか1項に記載の複合体。
(4)蛍光基がフルオレセインである、(3)に記載の複合体。
(5)生体分子結合基が、スクシンイミド基、イソチオシアナート基、塩化スルホニル基、アルデヒド基、マレイミド基、アルキルハライド基、アジリジン基及びジスルフィド基からなる群より選択される少なくとも1つの基である(2)〜(4)のいずれか1項に記載の複合体。
(6)生体分子結合基がスクシンイミド基である、(2)〜(4)のいずれか1項に記載の複合体。
(7)生体分子結合基が、標的タンパク質に導入されたペプチドタグに対して特異的な機能性基である、(2)〜(4)のいずれか1項に記載の複合体。
(8)標的タンパク質に導入されたペプチドタグがHis-tagであり、該タグに対する機能性基がNTA-Ni2+錯体ユニットである、(7)に記載の複合体。
(9)標的タンパク質に導入されたペプチドタグがテトラシステインモチーフであり、該タグに対する機能性基がAs(III)錯体である、(7)に記載の複合体。
(10)前記複合体に対して光照射を行うことによって、該複合体の発する蛍光が制御される、(1)〜(9)に記載の複合体。
(11)前記複合体が、次式III:
【0011】
【化7】

又は次式IV:
【0012】
【化8】

(R41はスクシンイミド基又はNTA-Ni2+錯体であり、R42〜R47は、それぞれ独立して、水素原子、C1-6アルキル基、アリール基又はハロゲン原子を表し、R48及びR49は、それぞれ独立して、水素原子又はアシル基を表す)
に示されるものである、(1)に記載の複合体。
【0013】
(12)(1)〜(11)のいずれか1項に記載の複合体を含む、蛍光プローブ。
(13)(1)〜(11)のいずれか1項に記載の複合体を含む、生体分子蛍光標識用試薬。
(14)(1)〜(11)のいずれか1項に記載の複合体を生体分子に接触させ、該複合体に対して光照射を行って、該複合体の発する蛍光を制御する工程を含む、生体分子の検出方法。
(15)生体分子が細胞内タンパク質である、(14)に記載の方法。
(16)光照射が、紫外光及び/又は可視光の照射である、(14)又は(15)に記載の方法。
(17)生体分子蛍光標識用試薬を製造するための、(1)〜(11)のいずれか1項に記載の複合体の使用。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、ジアリールエテン骨格を有する化合物と蛍光基と生体分子結合基とが結合してなる複合体が提供される。
【0015】
本発明の複合体は、生体分子と結合することにより、「蛍光スイッチング機能」という新しい機能を有する新規生体分子観察用蛍光プローブとして利用できる。この蛍光スイッチング機能を有するプローブは、外部からの光制御により、ターゲットとした微小空間に存在する生体分子のみを特異的に蛍光標識することが可能であるため、既存の小分子蛍光プローブでは解析ができなかった標識後の生体分子の細胞内挙動を高精度に把握することが可能である。更に、本発明の蛍光プローブは有機小分子骨格を有するため、標識体としてサイズの大きな蛍光タンパク質を利用した時に問題となるターゲット生体分子への影響を抑制することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、細胞内生体分子の蛍光標識用試薬(蛍光プローブ)として有用な化合物に関するものである。また、本発明は、上記化合物を含む細胞内生体分子蛍光標識用試薬に関する。
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の複合体は、骨格としてジアリールエテンと蛍光色素と生体分子結合部位とが結合した分子構造を有している。
ここで、ジアリールエテンは熱安定性、繰り返し耐久性に優れたフォトクロミック分子であり、下記式に示す通り可視光/紫外光の照射に伴い開環/閉環反応を行う。
【0018】
【化9】

上記式のように、可視光を照射されたジアリールエテンは開環構造をとり、紫外光を照射されたジアリールエテンは閉環構造をとる。更に、この開環/閉環反応に応じ、ジアリールエテンの長波長可視光領域における吸収は減少/増大する(開環時:減少、閉環時:増大)。従って、本発明の複合体を、生体分子検出又は測定用蛍光プローブとして使用する場合、適切な波長で光励起すると、分子内で生じるエネルギー移動現象の制御により蛍光のoff-onスイッチングを実現することが可能となる(図1)。そして、生体分子計測用蛍光プローブを、検出又は計測ターゲットである生体分子(例えば細胞内タンパク質)に標識し、この細胞の一部分を局所的に光照射することにより、その照射部位に存在する蛍光プローブ標識生体分子のみが蛍光を発し(図2)、その後の生体分子の挙動を高精度にモニタリングすることができる(図3)。なお、図1及び2において、「Vis」は可視光を、「UV」は紫外光を表す。
【0019】
本発明において、蛍光スイッチング機能を有する蛍光プローブは、前述した既存の蛍光プローブが有する決定的な問題点を克服することが出来る極めて画期的なものである。また、このような蛍光スイッチング機能を有する蛍光プローブは、他の小分子等を計測対象とした多数の蛍光プローブを含めても既存に例が無く、極めて新規性の高い独創的なプローブと言える。
【0020】
1.複合体
本発明は、ジアリールエテン骨格を有する化合物と蛍光基と生体分子結合基との複合体を提供する。
(1)ジアリールエテン骨格を有する化合物
本発明において、ジアリールエテン骨格を有する化合物としては、次式Iに示す化合物を例示することができる。
【0021】
【化10】

上記式Iにおいて、R11、R12、R13、R14、R15及びR16は、それぞれ独立して、水素原子、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、C1〜C30アルキル基、C2〜C30アルケニル基、C1〜C30アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキル基(これらは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキルオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキル基、複素環基又はアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基で任意に置換されていてもよい)を表し、あるいは、R11、R12、R13、R14、R15及びR16のうちの近接する2つがその炭素原子を共有して炭素環又は複素環(これら炭素環及び複素環は、任意に置換されていてもよい)を形成するものであり、R11〜R16のうち少なくとも1つは蛍光基に連結し得る。
【0022】
上記化合物Iは、生体分子結合基を含めることができ、その場合はR11〜R16のいずれかに連結させることができ、また、蛍光基に連結させることもできる。
さらに、本発明において、ジアリールエテン骨格を有する化合物としては、次式IIに示す化合物を例示することができる。
【0023】
【化11】

上記式IIにおいて、R21、R22、R23及びR24は、それぞれ独立して、水素原子、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、C1〜C15アルキル基、C2〜C15アルケニル基、C1〜C15アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキル基(これらは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキルオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキル基、複素環基又はアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基で任意に置換されていてもよい)を表し、あるいは、R21、R22、R23及びR24のうちの近接する2つがその炭素原子を共有して炭素環又は複素環(これら炭素環及び複素環は、任意に置換されていてもよい)を形成するものであり、R21〜R24のうちの少なくとも1つは、蛍光色素に連結し得る。また、R25、R26はそれぞれ独立して水素原子もしくはメチル基を表す。
【0024】
上記化合物IIは、化合物Iと同様に生体分子結合基を含めることができ、その場合はR11〜R16のいずれかに連結させることができ、また、蛍光基に連結させることもできる。
【0025】
「C1〜C15アルキル基」は、炭素数が1〜15個の直鎖状又は分枝鎖状のアルキル基を意味する。C1〜C15アルキル基として、例えば、メチル基、エチル基、1−プロピル基、2−プロピル基、2−メチル−1−プロピル基、2−メチル−2−プロピル基、1−ブチル基、2−ブチル基、1−ペプチル基、1−オクチル基、1−ドデシル基をあげることができる。
「C2〜C15アルケニル基」とは、二重結合を1個有し、炭素数が2〜15個の直鎖状又は分枝鎖状のアルケニル基を意味する。C2〜C15アルケニル基として、例えばビニル基、1−プロペニル基、アリル基、1−ブテニル基、2−ブテニル基、3−ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基などが挙げられる。
「C1〜C15アルコキシ基」とは、上記定義「C1〜C15アルキル基」の末端に酸素原子が結合した基であることを意味し、例えば、メトキシ基、エトキシ基、1−プロポキシ基、2−プロポキシ基などが挙げられる。
「アリール基」としては、例えば置換基を有していてもよいC6〜C10アリール基、置換基を有していてもよいC5〜C10ヘテロアリール基などが挙げられる。
「アリールオキシ基」は、上記アリール基に酸素原子が結合した基をいう。
【0026】
一般的に、蛍光化合物(例えば、FITC、Cy3など)に励起光を照射した場合、その化合物は蛍光を発する。しかし、ジアリールエテンと結合させた蛍光化合物は、ジアリールエテンが閉環状態にある場合、蛍光化合物が発する蛍光のエネルギーが閉環状ジアリールエテンによって吸収され、蛍光は消失する。一方、ジアリールエテンが開環状態にある場合は、開環状ジアリールエテンは蛍光化合物が発する蛍光のエネルギーを吸収しないので、蛍光を発する。ジアリールエテンの開環/閉環は、可視光と紫外光の照射によって制御することができる。本発明におけるジアリールエテンは、使用する蛍光色素のエネルギー移動のアクセプターとなり得るもの(すなわち、使用する蛍光色素の蛍光スペクトルに対して、閉環体形成に伴い増大する吸収スペクトルが重なりを持つようなジアリールエテン類)であれば、どのようなジアリールエテンも使用することができる。
【0027】
(2)蛍光基
本発明の複合体に結合する蛍光基としては、フルオレセイン類、ローダミン類及びシアニン類などが挙げられるが、これらに限定されず、一般的に使用される様々な蛍光基を選択することが可能である。この蛍光基は、上記ジアリールエテン骨格に直接結合していてもよいし、例えば、リンカー分子を介して間接的に結合していてもよい。また、本発明の複合体に含まれる蛍光基の数は、少なくとも1個であり、2個以上の蛍光基を有していてもよい。
【0028】
フルオレセイン類としては、フルオレセイン(FITC、FAM)、ジクロロフルオレセイン、テトラブロモフルオレセイン、テトラヨードフルオレセインなどが挙げられ、フルオレセインが好ましい。ローダミン類としては、ローダミン、テトラメチルローダミン(TAMRA、TRITC)、ローダミンB、ローダミン6Gなどが挙げられ、ローダミンが好ましい。また、シアニン類としては、Cy2、Cy3、Cy5、Cy7などが挙げられ、Cy3、Cy5が好ましい。
【0029】
リンカーは、両者をつなぐ役割を果たすものであれば、特に限定されない。例えば、置換基を有していてもよいC1~C6アルキル基、複素環基などが挙げられる。
【0030】
(3)生体分子結合基
本発明において、生体分子の種類は限定されるものではない。例えば、ホルモン、サイトカイン、酵素タンパク質、リガンド、抗体、ペプチド、核酸(DNA、RNA)、脂肪酸、糖など、あらゆる生体分子を標的とすることができる。
【0031】
上記複合体に付加することができる生体分子結合基としては、生体分子に結合可能な様々な機能性基が考えられる。例えば、生体分子がタンパク質の場合において、標的タンパク質中のリジン残基を介してタンパク質と複合体とが結合するときは、スクシンイミド基、イソチオシアナート基、塩化スルホニル基等を使用することができ、スクシンイミド基が好ましい。また、標的タンパク質中のシステイン残基を介して複合体に結合する場合は、マレイミド基、アルキルハライド基等を使用することができる。さらに、計測ターゲットとしたタンパク質に対してペプチドタグを導入する場合、タンパク質結合基として、このペプチドタグを特異的に認識する機能性基を使用することが可能である。「機能性基」とは、機能(この場合は標的タンパク質、あるいは標的タンパク質に付与したペプチドタグへの結合能)を発現するために必要不可欠な化学構造を意味し、例えば、ペプチドタグとしてHis-tag(ヒスチジンの連続配列)が挙げられ、His-tagを用いる場合は機能性基としてNTA-Ni2+錯体ユニットを使用することが可能である。His-tagのHisの連結数は2〜20個であり、好ましくは4〜12個、さらに好ましくは6個である。またペプチドタグとしてテトラシステインモチーフ(Cys-Cys-Xaa-Xaa-Cys-Cys(配列番号1), XaaはCys以外のアミノ酸)を用いる場合は、機能性基としてAs(III)錯体(例えば1,2-ethanedithiolを結合したAs(III))を使用することが可能である。上記ペプチドタグを利用する場合は、プローブの標識に伴うタンパク質構造の劣化を防ぎ、且つ、標識するプローブの位置及び数を制御することができる。
【0032】
また、生体分子がタンパク質以外であってアミノ基(タンパク質ではリジン残基に含まれる)やチオール基(タンパク質ではシステイン残基に含まれる)などの基を有さない分子の場合は、当該分子にアミノ基やチオール基などを導入することにより複合体に結合させることができる。前記アミノ基やチオール基を生体分子に導入する方法は、当分野において周知である。
【0033】
(4)複合体
本発明の複合体は、(i)ジアリールエテン骨格を有する化合物と、(ii)蛍光基と、(iii)生体分子結合基とが結合してなるものであるが、好ましくはタンパク質結合能を有する化合物、さらに好ましくは次式III及びIVに示す化合物を例示することができる。
【0034】
【化12】

【0035】
【化13】

上記式IVにおいて、R41は、例えばスクシンイミド基を含む基(次式V)又はNTA-Ni2+錯体を含む基(次式VI)である。
【0036】
【化14】

【0037】
【化15】

また、R42〜R47は、それぞれ独立して水素原子、C1-6アルキル基、アリール基又はハロゲン原子を表し、R48及びR49は、それぞれ独立して水素原子又はアシル基を表す。本発明の複合体は、上記式IIIに示される化合物であることが好ましい。
【0038】
2.蛍光の制御
本発明の複合体は、光照射を行うことによって、その複合体が発する蛍光を制御することができる。本発明の複合体は、上記のとおり骨格としてジアリールエテンと蛍光色素とを連結した分子に生体分子結合部位が付与された構造を有する。
【0039】
本発明において、上記複合体に可視光を照射すると、上記複合体から蛍光を観察することができる。これは、蛍光のエネルギーが開環状ジアリールエテンによって吸収されないからである。一方、上記複合体に紫外光を照射したときは、蛍光化合物の蛍光のエネルギーが閉環状ジアリールエテンによって吸収されるので、上記複合体から有意な蛍光は観察されない。このように、本発明の複合体の蛍光スイッチング機能は、複合体に対する可視光と紫外光の照射によって制御することができる。
【0040】
3.生体分子の検出
本発明はまた、本発明の複合体を使用して標的生体分子を検出するための方法も提供する。すなわち、本発明の方法は、上記複合体に対して光照射を行うことによって、その複合体の発する蛍光を制御する工程を包含する。また、本発明は、生体分子を蛍光標識するための、本発明の複合体を含む蛍光プローブを提供する。さらに本発明は、上記複合体を含む生体分子蛍光標識用試薬(生体分子蛍光標識用キット)を提供する。
【0041】
本発明の方法において、まず、本発明の複合体を蛍光プローブとして用いて目的生体分子とを接触させ、その生体分子を直接的又は間接的に標識する。本発明において、目的生体分子の種類は限定されるものではない。例えば、上記したとおり、ホルモン、サイトカイン、酵素タンパク質、リガンド、抗体、ペプチド、核酸(DNA、RNA)、脂肪酸、糖など、あらゆる生体分子を標的とすることができる。
【0042】
蛍光プローブの目的生体分子への結合には、好ましくは、本発明の複合体に含まれる生体分子結合基が使用される。本発明において、蛍光プローブと目的生体分子とを接触させる工程は、例えば、目的生体分子を含有するウェル又はチューブなどに蛍光プローブを添加し、目的生体分子と蛍光プローブとが結合可能な条件下において一定期間インキュベートすることによって達成することができる。添加する蛍光プローブは、目的生体分子が細胞内に存在している場合には、細胞膜を通過する必要がある。複合体が膜透過性を有している場合は該複合体をそのまま用いることができる。複合体が膜透過性を有していない場合は、複合体にアセトキシメチル誘導体化を施すことで膜透過性を付与するなどして、複合体を細胞内に導入することができる。
【0043】
次に、本発明の蛍光プローブで標識された生体分子に対して、光照射する。この光照射は、紫外光(例えば波長250〜390nm)又は可視光(例えば波長450〜800nm)による照射である。上記したとおり、可視光による光照射を受けた領域からは、本発明の複合体由来の蛍光を観察することができる(蛍光スイッチonの状態)。一方、紫外光による照射を受けた領域からは蛍光は観察されない(蛍光スイッチoffの状態)。
【0044】
本発明の蛍光プローブからの蛍光を測定するためには、例えば、蛍光分光光度計、蛍光プレートリーダー、蛍光顕微鏡、蛍光イメージャーなどの蛍光測定機器を使用することができる。
【0045】
ペプチドタグを介してタンパク質を標識する場合、タンパク質をコードする核酸配列にペプチドタグ配列をコードする配列を融合・付加し、生体内で発現させるか、あるいはin vitro translation法により両者が連結したタンパク質を発現させることにより得ることができる。目的タンパク質とペプチドタグとをコードする核酸を作製するためには、例えば、ペプチドタグ配列を含むベクターに目的タンパク質をコードする核酸配列を挿入すればよい。このときに使用されるベクターは、目的タンパク質を発現できるものであれば特に限定されないが、例えば、プラスミド、コスミド、ファージミド、ウイルスベクターなどを挙げることができる。
【0046】
ペプチドタグを発現するベクターを作製するには、例えば、まず、設定したペプチドタグのアミノ酸配列をコードする塩基配列を設計する。また、ベクターの挿入箇所の配列情報(例えば、制限酵素配列)を考慮して、ベクターに挿入する塩基配列を決定する。次に、設定した塩基配列に従って核酸を合成し、ベクターの配列情報を利用して合成した核酸をベクターに挿入する。
【0047】
ペプチドタグを発現するベクターに、目的タンパク質をコードする核酸を挿入するには、目的タンパク質をコードする核酸を定法に従ってPCR法等で増幅し、得られた核酸を上記ベクターに挿入すればよい。また、蛍光標識する目的タンパク質とペプチドタグとをコードする核酸を作製するには、例えば、ペプチドタグをコードする塩基配列を含むオリゴヌクレオチドをプライマーとして、目的タンパク質をコードする核酸をPCR法で増幅させることで得ることもできる。
【0048】
次に、標識又は検出の目的タンパク質とペプチドタグとが連結されたタンパク質は、これらをコードする核酸を、宿主を介して、又はin vitro translation法により発現させて得ることができる。
【0049】
例えば、公知の形質転換方法によって上記ベクターを宿主に導入し、宿主を適当に培養することで目的タンパク質を得ることができる。宿主は、上記ベクターがタンパク質を発現できるものであれば限定されない。これらのベクターとしては、例えば、動物細胞、昆虫細胞、大腸菌及び酵母などを挙げることができる。また、in vitro translation法には、市販のキットを使用することができる(RTSシステム(Roche)、PROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTM System(プロメガ)など)。得られたタンパク質は、細胞に発現させた状態で本発明に用いることもできるし、透析や各種クロマトグラフィーによって、適宜精製して用いることもできる。
【0050】
蛍光標識する目的タンパク質とペプチドタグとが連結したタンパク質を得るための一連の操作は、上記のものに限定されるわけではなく、当業者であれば公知の遺伝子工学技術に基づいて容易に実施することができる(例えば、Molecular Cloning, 3rd edition, Sambrook and Russell, CSHL PRESSを参照のこと)。
【0051】
本発明の試薬又はキットには上記本発明の複合体が含まれるが、さらに、例えばペプチドタグをコードする核酸を挿入したベクター及び蛍光プローブ等を含めることができる。この場合、キットに含まれるベクターに目的タンパク質をコードする核酸を挿入して得られるベクターを細胞に導入し、ペプチドタグが連結した目的タンパク質を発現させる。ここに蛍光プローブを添加すれば、目的タンパク質を蛍光標識することができ、目的タンパク質を検出することができる。本発明のキットには、キットの使用説明書、緩衝液、コントロールなどをさらに含めることもできる。
【0052】
いくつかの実施形態において、本発明は、以下の実施例に記載されるように合成される複合体の生体分子蛍光標識用試薬を製造するための使用を提供する。
【0053】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
本発明者らは、上記蛍光プローブの具体例として、ジアリールエテンとフルオレセインの連結体に対してスクシンイミド基を導入した分子を実際に合成し、これが蛍光スイッチング機能を発現することを確認した。なお、以下のスキーム中、化合物番号は実施例中の化合物番号と対応させてある。
【実施例1】
【0054】
蛍光試薬の合成
【0055】
【化16】

【0056】
化合物3の合成
(実験操作)
5(6)-carboxyfluorescein (1) (11.2 g, 29.8 mmol)と炭酸セシウム (9.68 g, 29.7 mmol)を乾燥DMF 560 mLに溶解し、無水トリメチル酢酸 13.1 mLを加え、塩化カルシウム管をつけて18時間攪拌した。ジエチルエーテルで抽出し、クエン酸水溶液、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥した後、減圧濃縮した。
【0057】
乾燥エタノール 120 mLに溶解し、diisopropylamine 60 mLを加え、終夜冷凍庫で冷却した。生じた沈殿をろ過した後、冷エタノール、冷アセトンで洗浄した。1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:5.98 g(31.1%)
性状:黄色固体
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
1.28-1.29 (d, 12H, CH3), 1.35 (s, 18H, CH3), 6.85-6.92 (m, 4H, Ar), 7.15-7.16 (m, 2H, Ar),
7.73 (s, 1H, Ar), 8.00-8.03 (d, 1H, Ar), 8.23-8.26 (d, 1H, Ar)
【0058】
化合物4の合成
(実験操作)
化合物3 (5.98 g, 9.26 mmol)にメタノール 132 mL、1N水酸化ナトリウム 66 mLを加え、1時間攪拌した。溶媒を減圧濃縮し、2N塩酸 33 mLを加えた。生じた沈殿をろ過した後、水、ジエチルエーテルで洗浄し、減圧乾燥した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:3.45 g(99.1%)
性状:橙色粉末状
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
6.52-6.60 (m, 4H, Ar), 6.68-6.70 (m, 2H, Ar), 7.73 (s, 1H, Ar), 8.06-8.08 (d, 1H, Ar),
8.29-8.31 (d, 1H, Ar)
MS m/z 377.115 (M+H) +
【0059】
化合物5の合成
(実験操作)
化合物4 (200 mg, 0.532 mmol)、p-iodoaniline (1.75 g, 7.99 mmol)、1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide, hydrochloride (340 mg, 1.77 mmol)、1-hydroxybenzotriazole (232 mg, 1.72 mmol)をDMF (6.6 mL)に溶解し、氷浴で終夜攪拌した。2N塩酸を加えて、酢酸エチルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥を行った。シリカゲルカラム(ジクロロメタン : メタノール = 9 : 1)で精製した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:210 mg(68.4%)
性状:橙色固体
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
6.55-6.58 (d, 2H, Ar), 6.65-6.67 (t, 4H, Ar), 7.45-7.47 (d, 2H, Ar), 7.62-7.65 (d, 2H, Ar),
7.74 (s, 1H, Ar) , 8.11-8.13 (d, 1H, Ar), 8.22-8.24 (d, 1H, Ar)
MS m/z 578.579 (M+H)+
【0060】
化合物7の合成
(実験操作)
化合物6 (25 g, 255 mmol)を乾燥ジエチルエーテル 250 mLに溶解し、N,N,N',N'-tetramethylethylenediamine 42 mLを加えた。氷浴で0℃以下に保ちながら、n-butyl lithium hexane溶液 (1.6M, 173 mL, 277 mmol)溶液を滴下した。1時間攪拌した後、iodomethane (17.5 mL, 281 mmol)をゆっくり滴下し、終夜攪拌した。室温に戻った反応溶液を2N塩酸で中和した。ジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥し、減圧蒸留(65℃, 70mmHg)により分離した。
(結果)
収量:5.08 g(17.7%)
性状:無色液体
【0061】
化合物8の合成
(実験操作)
化合物7 (5.00g, 44.6 mmol)をTHF 55 mLに溶解し、氷浴で0℃以下に保った。N-bromosuccinicimide (16.7 g, 93.8 mmol)を15分ごとに4度に分けて加えた。その後、室温で終夜攪拌した。N-bromosuccinicimide をろ過し、チオ硫酸ナトリウム水を加えてジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥し、シリカゲルカラム(ヘキサン)で精製した。1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:7.80 g(65.4%)
性状:無色液体
1H-NMR (TMS,CDCl3) δ(ppm)
2.17 (s, 3H, CH3), 2.34 (s, 3H, CH3)
【0062】
化合物9の合成
(実験操作)
化合物8 (7.80g, 29.2 mmol)を乾燥THF 160 mLに溶解した。メタノール/ドライアイス浴で-78℃に保ちながら、n-butyl lithium hexane溶液 (1.6M, 20 mL, 32.0 mmol)を滴下した。これを1時間攪拌した後、chlorotrimethylsilane (4.5mL, 35.0 mmol)をゆっくり滴下して終夜攪拌した。室温に戻った反応溶液を水でクエンチし、ジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥し、シリカゲルカラム(ヘキサン)で精製した。1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:5.36 g(69.8%)
性状:無色液体
1H-NMR (TMS, CDCl3) δ(ppm)
0.31 (s, 9H, CH3), 2.27 (s, 3H, CH3), 2.41 (s, 3H, CH3)
【0063】
化合物10の合成
(実験操作)
化合物9 (2.78 g, 10.6 mmol)を乾燥THF 85 mLに溶解した。メタノール/ドライアイス浴で-78℃に保ちながら、n-butyl lithium hexane溶液 (1.6 M, 7.27 mL, 11.6 mmol)を滴下した。これを1時間攪拌した後、perfluorocyclopentene (0.64 mL, 4.77 mmol)を乾燥THF 3 mLに溶解しゆっくり滴下して2時間攪拌した。その後、反応溶液を室温に戻し、水でクエンチした。ジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥し、シリカゲルカラム(ヘキサン)で精製した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:1.90 g(73.8%)
性状:白色結晶
1H-NMR (TMS, CDCl3) δ(ppm)
0.25-0.30 (m, 18H, CH3), 2.06-2.17 (m, 6H, CH3), 2.25-2.28 (m, 6H, CH3)
MS m/z 540 (M+)
【0064】
化合物11の合成
(実験操作)
化合物10 (1.90 g, 3.51 mmol)をTHF 40 mLに溶解した。氷浴で0℃以下に保ちながら、N-bromosuccinicimide (1.87 g, 10.5 mmol)をゆっくり加えた。これを76℃設定で終夜還流した。反応溶液を室温に戻し、チオ硫酸ナトリウム水を加えてジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥し、シリカゲルカラム(ヘキサン)で精製した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:1.82 g(93.5%)
性状:桃色結晶
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
1.96-1.98 (m, 6H, CH3), 2.24-2.25 (m, 6H, CH3)
MS m/z 554 (M+)
【0065】
化合物12の合成
(実験操作)
化合物6 (778 mg, 1.40 mmol)を乾燥THF 11 mLに溶解した。メタノール/ドライアイス浴で-78℃に保ちながら、n-butyl lithium hexane溶液 (1.6 M, 1.90 mL, 3.04 mmol)をゆっくりと滴下した。これを1.5時間攪拌した後、2-isopropoxy-4,4,5,5-tetramethyl-1,3,2-dioxaborolane (0.70 mL, 3.53 mmol)を乾燥THF 4 mLに溶解して加え、2時間攪拌した。その後反応溶液を室温に戻し、水でクエンチした。飽和NH4Cl水で中和した。ジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄して、硫酸マグネシウムで乾燥を行った。減圧濃縮し、ヘキサンによる再結晶を行った。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:546 mg(60.2%)
性状:白色結晶
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
1.30 (s, 24H, CH3), 2.17-2.23 (m, 6H, CH3) 2.32-2.38 (m, 6H, CH3)
MS m/z 648 (M+)
【0066】
化合物13の合成
(実験操作)
化合物12 (1.00 g, 1.54 mmol)、4-bromobenzoic acid ethyl ester (167.5 ml, 1.00 mmol)、tetrakis(triphenylphosphine)palladium(0) (340mg) をTHF 100 mLに溶解し、2N Na2CO3水溶液 100mLを加え、85℃設定で23時間還流した。反応溶液を室温に戻し、ジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥を行った。シリカゲルカラム(クロロホルム : ヘキサン = 1 :1)で精製した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:179 mg(21.3%)
性状:紫色油状
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
1.38-1.42 (t, 3H, CH3), 2.07-2.09 (m, 6H, CH3), 2.33-2.35 (m, 6H, CH3), 4.36-4.42 (m, 2H, CH2),
6.74 (d, 1H), 7.40-7.42 (d, 2H, Ar), 8.04-8.06 (d, 2H, Ar)
MS m/z 544 (M+)
【0067】
化合物14の合成
(実験操作)
化合物13 (306 mg, 0.563 mmol)をTHF 1.2 mLに溶解した。これにN-bromosuccinicimide (150 mg, 0.843 mmol)をゆっくり加えた。これを室温で4時間攪拌した。チオ硫酸ナトリウム水を加えてジエチルエーテルで抽出し、飽和食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥した。シリカゲルカラム(クロロホルム : ヘキサン = 1 : 1)で精製した。1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:281 mg(80.1%)
性状:紫色油状
1H-NMR (TMS, CDCl3) δ(ppm)
1.39-1.42 (t, 3H, CH3), 1.99-2.10 (m, 6H, CH3), 2.28-2.35 (m, 6H, CH3),
4.37-4.42 (m, 2H, , CH2), 7.42-7.44 (d, 2H, Ar), 8.05-8.07 (d, 2H, Ar)
【0068】
化合物16の合成
(実験操作)
化合物14 (281 mg, 0.450 mmol)、bis(pinacolato)diboron (171 mg, 0.673 mmol)、酢酸カリウム (133 mg, 1.36 mmol)、dichloro[1,1'-ferrocenylbis(diphenyl-phosphine)]palladium(II) dichloromethane (11.0 mg, 13.5 mmol)をDMSO 3 mLに溶解し、80℃で4時間攪拌した。ジエチルエーテルで抽出し、飽和NaCl水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥を行い、減圧濃縮した。これをTHF 30 mLに溶解し、化合物5 (210 mg, 0.364 mmol)、tetrakis(triphenylphosphine)palladium(0) (105 mg)、2N Na2CO3水溶液 30 mLを加えた。85℃設定で終夜還流した。有機相を分取し、水相にはクエン酸水溶液を加え、酢酸エチルで抽出し、飽和食塩水で洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥を行った。シリカゲルカラム(ジクロロメタン : メタノール = 9 : 1)で精製した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
収量:105 mg
性状:橙色固体
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
1.36-1.40 (t, 3H, CH3), 2.07-2.11 (m, 6H, CH3), 2.35-2.42 (m, 6H, CH3),
4.34-4.39 (m, 2H, CH2), 6.56-6.59 (m, 2H, Ar), 6.69-6.70 (m, 4H, Ar),
7.32-7.34 (m, 2H, Ar), 7.48-7.51 (m, 2H, Ar), 7.69-7.71 (d, 2H, Ar),
7.76 (s, 1H, Ar), 8.02-8.05 (m, 2H, Ar), 8.12-8.14 (d, 1H, Ar), 8.12-8.14 (d, 1H, Ar)
MS m/z 994.2861 (M+)
【0069】
化合物17の合成
(実験操作)
化合物16 (30 mg, 30 mmol)、THF 90 mL、メタノール 90 mL、2N水酸化ナトリウム水溶液 60 mLを混合した。これを室温で24時間攪拌後、2N塩酸90 mLを加えた。クエン酸水溶液と酢酸エチルを加えて抽出を行い、飽和NaCl水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥し、減圧濃縮した。MSと1H-NMRにより生成物の確認を行った。
(結果)
性状:橙色固体
1H-NMR (TMS,MeOD) δ(ppm)
2.05-2.14 (m, 6H, CH3), 2.34-2.38 (m, 6H, CH3), 6.53-6.56 (m, 2H, Ar),
6.61-6.64 (m, 2H, Ar), 6.69 (d, 2H, Ar), 7.26-7.29 (m, 2H, Ar),
7.42-7.46 (t, 2H, Ar), 7.64-7.66 (m, 2H, Ar), 7.74 (s, 1H, Ar),
7.99-8.03 (m, 2H, Ar), 8.09-8.11 (d, 1H, Ar), 8.21-8.23 (d, 1H, Ar)
MS m/z 965.783 (M+)
【0070】
化合物18の合成
(実験操作)
化合物17 (18 mg, 19 mmol)をDMF 120 mLに溶解し、N-hydroxysuccinimide (8 mg, 70 mmol)、1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide, hydrochloride (8 mg, 42 mmol)を加え、室温で攪拌した。13時間後1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide, hydrochlorideを1当量加え、室温で攪拌した。水とクロロホルムを加えて抽出を行い、硫酸マグネシウムで乾燥し、減圧濃縮した。MSにより生成物の確認を行った。
(結果)
性状:黄色固体
MS m/z 1062.182 (M+)
【実施例2】
【0071】
蛍光スイッチング機能の評価
本実施例では、本発明の蛍光プローブの外部光(紫外光/可視光)照射に伴う蛍光スイッチング機能について評価した。ここでは蛍光プローブの主骨格の蛍光スイッチング機能を評価するため、蛍光プローブ18のエチルエステル体である化合物16を測定に利用した。吸収スペクトル測定にはV-560(日本分光)を、蛍光スペクトル測定にはRF-5300PC(島津)を、外部光源にはMUV-202U(モリテックス)を使用した。
【0072】
化合物16のエタノール溶液(10 mM)に対して、紫外光及び可視光を照射した時の吸収スペクトル及び蛍光スペクトルの結果を図4、図5に示す。まず、開環体とした化合物16に対して紫外光を照射したところ、540〜700 nm付近の吸収が増大し(閉環体形成)、これに伴いフルオレセイン由来の蛍光が大きく抑制された(蛍光off)。次に、この閉環体の化合物16に対して可視光を照射したところ、今度は540〜700 nm付近の吸収が減少し(開環体形成)、これに伴いフルオレセイン本来の強い蛍光が発生した(蛍光on)。更に、紫外光及び可視光を反復的に照射することにより、前記蛍光スイッチングを可逆的に繰り返し行うことが出来ることを確認した。以上のことから、本発明において開発した蛍光プローブが期待した蛍光スイッチング機能を有することを実証することができた。
【実施例3】
【0073】
蛍光プローブのタンパク質への標識と蛍光スイッチング機能の評価
実施例2において蛍光プローブの蛍光スイッチング機能を確認できたため、次に蛍光プローブのタンパク質への応用を行った。蛍光プローブ18を200 mM 炭酸緩衝液中、MAPキナーゼ(MAP Kinase 1/Erk 1)と混合し、一晩振盪した。反応溶液をマイクロコン(ミリポア)を用いた遠心分離により精製し、目的とした蛍光プローブ被標識タンパク質(18-MAPK)を得ることに成功した。
【0074】
次に、実施例2と同様の操作により蛍光スイッチングの評価を行った。18-MAPKの紫外光及び可視光照射時における吸収スペクトル及び蛍光スペクトルの結果を図6、図7に示す。ここに示すように、前記の16の場合と同様、18(開環体)-MAPKへの紫外光照射に伴い、540〜700 nm付近の吸収増大(閉環体形成)とこれに伴う蛍光抑制が観測され(蛍光off)、更にこの化合物18(閉環体)-MAPKへの可視光照射に伴い、540〜700 nm付近の吸収減少(開環体形成)とこれに伴う蛍光増大が観測された(蛍光on)。更に、紫外光及び可視光の反復的な照射(10回)を行い、前記の蛍光スイッチングを繰り返し行えることを確認することができた。以上の結果から、本発明において開発した蛍光プローブがタンパク質標識能(結合能)を有していること、更に標識により生成する蛍光プローブ被標識タンパク質が期待した蛍光スイッチング機能を有することを実証することができた。
【実施例4】
【0075】
蛍光プローブの細胞内導入
ディッシュに培養したマウスマクロファージ細胞(RAW 264)(3×105個/dish)に対し、化合物16(開環体)(10 mM)を添加して37℃でインキュベートした。リン酸緩衝液で3度洗浄した後、Opti-MEM培地を加えて共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定を行った。その結果、細胞内からフルオレセイン由来の強い蛍光が観測され、蛍光プローブが細胞内に容易に導入されることを確認することができた(図8)。更に、導入に伴う細胞死は観測されず、本蛍光プローブが細胞適用に問題となるような有意な毒性を示さないことを確認することができた。
【0076】
本発明の他の実施形態は、本明細書において開示された発明の詳細な説明及び実施例から当業者に理解される。本発明の範囲及び趣旨は、例示として考察され限定を意図するものではない。
【0077】
本明細書において引用された全ての刊行物は、本明細書においてその全体が参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0078】
以上述べたように、本発明の複合体は、蛍光スイッチング機能を有する新規生体分子計測用蛍光プローブとして利用することが可能であり、既存の小分子蛍光プローブでは解析ができなかった標識後の生体分子の細胞内移動を正確に把握するために利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】図1は、本蛍光プローブの蛍光スイッチング機構の概念図である。
【図2】図2は、本蛍光プローブを利用したタンパク質の特異的蛍光標識のモデル図である。
【図3】図3は、ターゲットタンパク質の光照射による局所的蛍光標識と被標識タンパク質の挙動解析の概念図である。
【図4】図4は、紫外光及び可視光を照射したときの化合物16の吸収スペクトルを示した図である。
【図5】図5は、紫外光及び可視光を照射したときの化合物16の蛍光スペクトルを示した図である。
【図6】図6は、紫外光及び可視光を照射したときの蛍光プローブ被標識タンパク質(18-MAPK)の吸収スペクトルを示した図である。
【図7】図7は、紫外光及び可視光を照射したときの蛍光プローブ被標識タンパク質(18-MAPK)の蛍光スペクトルを示した図である。
【図8】図8は、マウスマクロファージ細胞に化合物16を適用したときの共焦点レーザー蛍光顕微鏡測定結果を示した図である。
【配列表フリーテキスト】
【0080】
配列番号1:合成ペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアリールエテン骨格を有する化合物と蛍光基と生体分子結合基とが結合してなる複合体。
【請求項2】
ジアリールエテン骨格を有する化合物が、次式I:
【化1】

(式中、R11、R12、R13、R14、R15及びR16は、それぞれ独立して、水素原子、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、C1〜C30アルキル基、C2〜C30アルケニル基、C1〜C30アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキル基(これらは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキルオキシ基、アリール(C1〜C30)アルキル基、複素環基又はアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基で任意に置換されていてもよい)を表し、あるいは、R11、R12、R13、R14、R15及びR16のうちの近接する2つがその炭素原子を共有して炭素環又は複素環(これら炭素環及び複素環は、任意に置換されていてもよい)を形成するものであり、R11〜R16のうち少なくとも1つは蛍光基に連結する)若しくは次式II:
【化2】

(R21、R22、R23及びR24は、それぞれ独立して、水素原子、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、C1〜C15アルキル基、C2〜C15アルケニル基、C1〜C15アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキル基(これらは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、アリールオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキルオキシ基、アリール(C1〜C15)アルキル基、複素環基又はアミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基で任意に置換されていてもよい)を表し、あるいは、R21、R22、R23及びR24のうちの近接する2つがその炭素原子を共有して炭素環又は複素環(これら炭素環及び複素環は、任意に置換されていてもよい)を形成するものであり、R21〜R24のうちの少なくとも1つは、蛍光基に連結する)を表し、R25、R26はそれぞれ独立して水素原子もしくはメチル基を表す)
に示されるものである、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項3】
蛍光基が、フルオレセイン、ローダミン及びシアニンからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1〜2のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項4】
蛍光基がフルオレセインである、請求項3に記載の複合体。
【請求項5】
生体分子結合基が、スクシンイミド基、イソチオシアナート基、塩化スルホニル基、マレイミド基及びアルキルハライド基からなる群より選択される少なくとも1つの基である請求項2〜4のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項6】
生体分子結合基がスクシンイミド基である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項7】
生体分子結合基が、標的タンパク質に導入されたペプチドタグに対して特異的な機能性基である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の複合体。
【請求項8】
標的タンパク質に導入されたペプチドタグがHis-tagであり、該タグに対する機能性基がNTA-Ni2+錯体ユニットである、請求項7に記載の複合体。
【請求項9】
標的タンパク質に導入されたペプチドタグがテトラシステインモチーフであり、該タグに対する機能性基がAs(III)錯体である、請求項7に記載の複合体。
【請求項10】
前記複合体に対して光照射を行うことによって、該複合体の発する蛍光が制御される、請求項1〜9に記載の複合体。
【請求項11】
前記複合体が、次式III:
【化3】

又は次式IV:
【化4】

(R41はスクシンイミド基又はNTA-Ni2+錯体であり、R42〜R47は、それぞれ独立して、水素原子、C1-6アルキル基、アリール基又はハロゲン原子を表し、R48及びR49は、それぞれ独立して、水素原子又はアシル基を表す)
に示されるものである、請求項1に記載の複合体。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の複合体を含む、蛍光プローブ。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の複合体を含む、生体分子蛍光標識用試薬。
【請求項14】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の複合体を生体分子に接触させ、該複合体に対して光照射を行って、該複合体の発する蛍光を制御する工程を含む、生体分子の検出方法。
【請求項15】
生体分子が細胞内タンパク質である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
光照射が、紫外光及び/又は可視光の照射である、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
生体分子蛍光標識用試薬を製造するための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の複合体の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−14369(P2009−14369A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−173708(P2007−173708)
【出願日】平成19年7月2日(2007.7.2)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】