説明

生体用Co基合金の製造方法

【課題】Co基合金を仕上がり形状に近い形状にまで鍛造することができる生体用Co基合金の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】Cr:26〜30%、Mo:5〜8%、C:0.20%以下、N:0.05〜0.25%を含有する生体用Co基合金の製造方法であって、950℃〜1250℃で加熱した後、850℃〜1050℃で30%以上の加工歪みを加えて鍛造を行い、終了後5秒以内に30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第1工程と、850〜1050℃で5〜60分間加熱した後、850〜1000℃で15%以下の加工歪みを加えて鍛造を行い、終了後20秒以内に30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第2工程とよりなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性が高いのは勿論のこと、強度と延性の両方のバランスが良く、人工骨、特に人工関節の素材として好適に用いることができる生体用Co基合金の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体用Co基合金は、従来から人工骨、特に人工関節の素材として使用されており、この生体用Co基合金としては、ASTM規格のF799が知られている。しかしながら、このASTM−F799には、人工骨用の生体用Co基合金が満たすべき特性として、大まかな化学組成の範囲と機械的性質、および大まかな製造方法の規定はあるものの具体的な規定はされていない。
【0003】
人工骨、特に人工関節が求められる主な特性は強度と延性であり、まず、この強度と延性の両方のバランスが良いことが必要である。その中でも、膝関節や股関節には、生体用金属材料(生体用Co基鋳造合金)と、生体用ポリエチレンがこすれ合う部位があり、この生体用金属材料は、生体用ポリエチレンを摩耗させずに、且つ、生体用ポリエチレンによって摩耗されない特性が求められている。また、当然のことではあるが、人工関節そのものが大型化することは問題があるので、強度が基本的特性として必要である。
【0004】
その上で、特に膝関節などに用いられる生体用金属材料においては、3次元の複雑な形状に加工する必要性がある。
【0005】
このような、人工骨に用いられる生体用金属材料、特に生体用Co基合金に関する先行技術としては、例えば、以下の特許文献1〜3に記載された提案がある。
【0006】
特許文献1には、HCP相であるε相を実質的に単相とすることで、十分な延性を得ることができた生体適合性Co基合金とその合金の製造方法が開示されている。しかしながら、800℃で24時間の長時間熱処理を施す必要があるため、十分な延性は確保できるものの、最高強度は800MPa程度に留まっており、人工骨、特に人工関節の素材として用いるには強度不足である。
【0007】
特許文献2には、生体用Co基合金とその合金の製造方法が記載されている。この合金は、水冷銅鋳型を用いて急冷鋳造し、得られた鋳塊を鍛造して、平均結晶粒径を50μm以下の組織に調整することで得られるものであるが、その実施例によると、Co−29Cr−6Mo合金の場合で1200MPa近い強度を得ることができている。また、Niを16〜24%添加したCo基合金では、1000MPa程度の強度ながら真歪みで0.5近い破断伸びも得ることができており、一方、Niを添加しないCo基合金では、真歪みで0.2程度までの破断伸びが得られている(強度は1200MPa)。
【0008】
しかしながら、Niの添加は生体適合性の観点からは好ましくはなく、たとえ添加するとしても必要最小限の量にすべきであり、16〜24%というNiの多量添加は、生体適合性の観点から特に好ましくはない。また、Niを添加しない場合に得られる強度および延性は、特殊な鋳型を用いて鋳込むという方法を採用することで得られるものであり、大幅なコスト増を避けることはできない。
【0009】
また、本発明者らは、多量のNi添加、特殊な鋳型を用いて鋳込む方法を共に採用しなくても、従来の生体用Co基合金と同等もしくはそれ以上の強度および延性を得ることができる生体用Co基合金とその製造方法を提案している。
【0010】
この生体用Co合金は、Cr:26〜30質量%、Mo:5〜8質量%、C:0.20質量%以下(0質量%を含まず)、N:0.05〜0.25質量%を含有し、残部が実質的にCoからなると共に、結晶粒径の平均値が1.5〜15μmであり、FCC相の割合が面積率で90%以上である生体用Co基合金である。また、所定の成分組成のCo基合金を、結晶粒径の平均値を1.5〜15μm、FCC相の割合(面積率)を90%以上とするための方法として3種の製造方法を提案している。
【0011】
その製造方法は、所定の成分組成のCo基合金を、950〜1250℃に加熱し、鍛造打ち上がり温度:870℃以上、付与する鍛造歪み:30%以上の条件で鍛造した後、2〜200秒空冷し、しかる後、直ちに水冷する方法、所定の成分組成のCo基合金を、950〜1250℃に加熱し、鍛造打ち上がり温度:870℃以上、付与する鍛造歪み:30%以上の条件で鍛造した後、1〜50℃/sの冷却速度で冷却する方法、所定の成分組成のCo基合金を、1250℃以上の温度に加熱した後、この加熱温度以下1000℃以上の温度で合計30%以上の加工歪を加える鍛造をし、この鍛造の終了後0.5〜20秒以内の間に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下まで冷却する方法、以上3種の方法である。
【0012】
しかしながら、これら何れの方法で生体用Co合金を製造したとしても、最終的に3次元の複雑な形状に加工するためには、バリ取りを行った後で必ず切削加工を行う必要があった。このように、高強度な材料を加工するために切削加工を行うと、結果として多大な時間とコストを費やすこととなり、この事後の切削加工が生体用Co基合金を製造するための大きな負担となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2004−269994号公報
【特許文献2】特開2002−363675号公報
【特許文献3】特開2009−46758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、耐食性が高いことは勿論のこと、強度と延性の両方のバランスが良く、人工骨の素材として好適に用いることができる生体用Co基合金を、最終的な3次元の複雑な仕上がり形状に近い形状にまで鍛造することができ、事後の切削加工の手間の軽減或いは切削加工自体を不要にすることができる生体用Co基合金の製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1記載の発明は、質量%で、Cr:26〜30%、Mo:5〜8%、C:0.20%以下(0%を含まない)、N:0.05〜0.25%を含有し、残部がCoおよび不可避的不純物からなる生体用Co基合金の製造方法であって、前記成分組成のCo基合金を、950℃〜1250℃で加熱した後、この加熱温度以下であり且つ850℃〜1050℃の温度で、合計30%以上の加工歪みを加えて鍛造を行い、この鍛造終了後5秒以内に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第1工程と、その第1工程終了後、Co基合金の表面のバリや余肉を除去した後に850〜1050℃で5〜60分間加熱し、その後、この加熱温度以下であり且つ850〜1000℃の温度で合計15%以下の加工歪みを加えて鍛造を行い、この鍛造終了後20秒以内に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第2工程とよりなることを特徴とする生体用Co基合金の製造方法である。
【0016】
請求項2記載の発明は、前記生体用Co基合金が、質量%で、Si:0.5〜1.0%、および/または、Mn:0.5〜1.0%を含有する請求項1記載の生体用Co基合金の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の生体用Co基合金の製造方法によると、耐食性が高いのは勿論のこと、強度と延性の両方のバランスが良く、人工骨の素材として好適に用いることができる生体用Co基合金を、最終的な3次元の複雑な仕上がり形状に近い形状にまで鍛造することが可能となり、多大な時間とコストを費やす事後の切削加工の手間を軽減、或いはその切削加工自体を不要にすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0019】
Co基合金は、耐食性が高いのは勿論のこと、強度と延性の両方のバランスが良いという特長を有するため、従来から人工骨、特に人工関節の素材として好適に用いられていたが、製造時において最終的な3次元の複雑な形状に加工するために、多大な時間とコストを費やす切削加工が必ず必要となっていた。そのため、本発明者らは、この切削加工を不要、或いは少なくとも切削加工の手間の軽減を図ることができる生体用Co基合金の製造方法を開発するために、鋭意研究を重ねた。
【0020】
その結果、従来は一工程のみで行っていた鍛造を、二つの工程に分け、第1工程および第2工程の製造条件を適宜規定することで、多大な時間とコストを費やす事後の切削加工を不要とすること、或いは少なくとも切削加工の手間の軽減を図れることを見出し、本発明の完成に至った。
【0021】
(成分組成)
まず、生体用Co基合金に添加する各元素の成分範囲(含有量)の限定理由について説明する。尚、単位は全て%と記載するが、他の明細書中の記載を含め、特に断りのない限り全て質量%のことを示す。
【0022】
Cr:26〜30%
Crは、耐食性を確保する上で必須の元素であるが、その含有量が26%未満であると耐食性が劣化し、逆に30%を超えると加工性が劣化してしまう。従って、Crの含有量の範囲は26〜30%とした。
【0023】
Mo:5〜8%
Moも、耐食性を確保する上で必要な元素であり、また、耐摩耗性の向上に寄与する元素でもある。しかしながら、その含有量が5%未満であると耐食性が劣化し、逆に8%を超えると加工性が劣化してしまう。従って、Moの含有量の範囲は5〜8%とした。
【0024】
C:0.20%以下(0%を含まない)
Cは、耐摩耗性の必要性や必要具合によって添加されるべき元素であるが、Cの含有量が0.20%を超えた場合には形成される炭化物によって延性が低下することがある。また、融点の低下によって、鍛造時の加熱で1250℃付近まで昇温したときに、合金の一部が溶融して鍛造ができなくなる場合がある。従って、Cの含有量を0.20%以下とした。尚、Cの含有量の好ましい上限は0.10%である。
【0025】
N:0.05〜0.25%
Nは、Cと同様に侵入型の元素であるが、FCC相(面心立方晶)を安定させる効果と延性を上昇させる効果があるため、必須添加元素とした。しかしながら、Nの添加量(含有量)が0.05%未満では、そのNの添加効果(FCC相安定化効果)が顕著でなくなる。一方、0.25%を超えると、窒化物形成などの延性を低下させる現象の発生が懸念される。従って、Nの含有量の範囲は0.05〜0.25%とした。尚、FCC相安定化の点からはN含有量を0.10%以上とすることが望ましく、0.15%以上とすることが更に望ましい。
【0026】
以上が本発明で規定する必須の含有元素であって、残部はCoおよび不可避的不純物である。不可避的不純物の例としてO、Ni、Fe等を挙げることができるが、Oの含有量が100ppmを超えると、伸びや絞りを低下させる影響がある。Oの含有量を100ppm以下に制御することによって、同様の強度であっても伸びや絞りを向上させることができる。従って、Oの含有量を100ppm以下とすることが望ましい。尚、Oの含有量を100ppm以下とするには、この合金の溶製を真空溶製により行えばよい。酸素濃度を特に制御する必要がない場合には、溶製方法として大気溶製方法を採用することができる。
【0027】
また、生体用Co基合金には、更に以下に示す元素を積極的に含有させることも有効であり、含有される化学成分(元素)の種類によって生体用Co基合金の特性が更に改善される。
【0028】
Si:0.5〜1.0%、および/または、Mn:0.5〜1.0%
SiおよびMnは、生体用Co基合金を固溶強化し、強度を上げるととともに、熱間加工時およびその直後の空冷において、粒成長を幾分抑制する効果がある。その効果は0.5%未満では顕著ではなく、1.0%を超えるとF799合金の規格外となってしまう。従って、Si:0.5〜1.0%、および/または、Mn:0.5〜1.0%とした。
【0029】
(製造条件)
次に、以上説明した成分組成のCo基合金を用いて生体用Co基合金を製造する方法について説明する。通常、生体用Co基合金を鍛造により製造する場合は、一度の鍛造で行っており、結晶粒径の平均値を1.5〜15μm、FCC相の割合を面積率で90%以上とすることで、強度と延性の両方のバランスが良い生体用Co基合金を製造することができていたが、本発明の製造方法では二つの工程に分けて鍛造を行う。このように鍛造を二つの工程に分けて行うことにより、生体用Co基合金を、鍛造のみで最終的な3次元の複雑な仕上がり形状に近い形状にすることが可能となる。
【0030】
尚、第1工程では結晶粒径はより小さめとし、第2工程で結晶粒径の平均値を最終的な大きさの1.5〜15μmとする。このように第1工程で結晶粒径をより小さめとする理由は、次に説明するとおりである。すなわち、第2工程では大きな加工歪みを加えることができないため、再結晶が発生せず結晶粒径を微細にすることができない。しかし、第2工程の加熱でどうしても結晶粒の粗大化が発生してしまう。よって、大きな加工歪みを加えることが可能な第1工程で結晶粒径を事前に小さくした上で次の第2工程に渡せば、第2工程で結晶粒径の平均値を最終的な大きさの1.5〜15μmとすることが可能となるためである。
【0031】
本発明の生体用Co基合金の製造方法は、より詳しくは、前記した所定の成分組成のCo基合金を、950℃〜1250℃で加熱した後、この加熱温度以下であり且つ850℃〜1050℃の温度で、合計30%以上の加工歪みを加えて鍛造を行い、この鍛造終了後5秒以内に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第1工程と、その第1工程終了後、Co基合金の表面のバリや余肉を除去した後に850〜1050℃で5〜60分間加熱し、その後、この加熱温度以下であり且つ850〜1000℃の温度で合計15%以下の加工歪みを加えて鍛造を行い、この鍛造終了後20秒以内に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第2工程とよりなる。以下、第1工程および第2工程に分けて、その製造条件を更に詳細に説明する。
【0032】
・第1工程
まず、所定の成分組成のCo基合金を、鍛造前に加熱するが、その加熱温度は950℃〜1250℃とする。鍛造前の加熱温度の下限を950℃とした理由は、その温度が950℃未満では十分なFCC相が得られず、かつ、鍛造するには変形抵抗が高くなりすぎるからである。一方、鍛造前の加熱温度の上限を1250℃とした理由は、加熱温度が1250℃を超えると、Co基合金の炭素濃度によっては一部溶融するおそれがあり、また、鍛造温度まで下げるのに待ち時間が長くかかりすぎるからである。
【0033】
続いて、この加熱温度以下であり且つ850℃〜1050℃の温度で、合計30%以上の加工歪みを加えて鍛造を行うが、鍛造温度の下限を850℃とした理由は、鍛造温度が850℃未満では延性を劣化させるε相が生成されるからである。一方、鍛造温度の上限を1050℃とした理由は、鍛造温度が1050℃を超えた場合、結晶粒径が粗大化してしまうからである。
【0034】
また、この鍛造の際に付与する加工歪みを合計で30%以上としているのは、FCC相に歪みを加え、動的および静的再結晶を促し、結晶粒径の微細化を促進するためである。加工歪を合計で30%未満にすると再結晶が不十分になり、結晶粒径が粗大化し、平均結晶粒径が15μm超となる。結晶粒径の微細化の点からは、付与する加工歪みを50%以上とすることが望ましい。
【0035】
この鍛造終了後5秒以内に冷却を開始する。冷却開始が鍛造終了後5秒を超えた場合は、結晶粒径が粗大化してしまう。
【0036】
この冷却の際の冷却速度は30℃/s以上とし、水冷で行うことが望ましい。冷却速度が30℃/s未満の場合、例えば冷却を空冷で行った場合は、結晶粒径が粗大化すると共に、ε相が生成されてしまう。
【0037】
また、冷却は300℃以下になるまで実施する。300℃に到達する前に冷却を停止すると、ε相が生成されてしまう可能性がある。
【0038】
・第2工程
第1工程終了後、Co基合金の表面に僅かに形成されたバリや余肉を、打ち抜きやレーザー加工などによって除去した後に第2工程を開始するが、まず、鍛造前を開始する前にCo基合金を加熱する。その加熱温度は850〜1050℃とし、加熱時間は5〜60分とする。鍛造前の加熱温度の下限を850℃とした理由は、加熱温度が850℃未満ではε相が生成されてしまう可能性があるからである。一方、鍛造前の加熱温度の上限を1050℃とした理由は、結晶粒径が粗大化するからである。
【0039】
また、鍛造前の加熱時間の下限を5分とした理由は、加熱時間がそれ未満であると素材の均熱を確保できなくなるためである。一方、鍛造前の加熱時間の上限を60分とした理由は、加熱時間が60分を超えると、結晶粒径が粗大化するからである。
【0040】
続いて、この加熱温度以下であり且つ850〜1000℃の温度で、合計15%以下の加工歪みを加えて鍛造を行うが、鍛造温度の下限を850℃とした理由は、鍛造温度が850℃未満では素材の均熱を確保できなくなるためである。一方、鍛造温度の上限を1000℃とした理由は、鍛造温度が1000℃を超えた場合、結晶粒径が粗大化してしまうからである。
【0041】
また、この鍛造の際に付与する加工歪みを合計で15%以下としているのは、加工歪みが合計で15%を超えるとバリが発生する歪み量となってしまい、第2工程終了後にもバリ取りが必要になってしまうからである。
【0042】
この鍛造終了後20秒以内に冷却を開始する。冷却開始が鍛造終了後20秒を超えた場合は、結晶粒径が粗大化してしまう。
【0043】
この冷却の際の冷却速度は30℃/s以上とし、水冷で行うことが望ましい。冷却速度が30℃/s未満の場合、例えば冷却を空冷で行った場合は、結晶粒径が粗大化すると共に、ε相が生成されてしまう。
【0044】
また、冷却は300℃以下になるまで実施する。300℃に到達する前に冷却を停止すると、ε相が生成されてしまう可能性がある。
【0045】
以上の条件で生体用Co基合金を製造することで、結晶粒径の平均値が1.5〜15μm、FCC相の割合が面積率で90%以上、且つ、最終的な3次元の複雑な仕上がり形状に近い形状とすることができる。このように、結晶粒径の平均値を1.5〜15μm、FCC相の割合を面積率で90%以上とすることで、強度と延性の両方のバランスが良い生体用Co基合金を製造することができる理由は以下に説明する通りである。
【0046】
(結晶粒径の平均値)
結晶粒径の平均値が1.5μm未満であると、強度は高くなるものの延性が低下する。一方、結晶粒径の平均値が15μmを超えると、人工骨に求められる強度が維持できない。従って、結晶粒径の平均値は1.5〜15μmとすれば良い。延性の点からは結晶粒径の平均値は3.0μm以上とすることが望ましく、5.0μm以上とすることがより望ましく、7.0μm以上とすることが更に望ましい。強度の点からは結晶粒径の平均値は13μm以下とすることが望ましく、10μm以下とすることがより望ましい。
【0047】
(FCC相の割合)
FCC相は延性に富む相であり、延性を向上させる作用効果がある。FCC相の割合が面積率で90%未満であると、延性が低下して不十分となる。よって、FCC相の割合は面積率で90%以上とすれば良い。延性の点からは、FCCの割合は面積率で93%以上とすることが望ましい。尚、FCC相とは、面心立方格子の結晶構造を有する相のことである。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0049】
まず、表1に示す成分組成のCo基合金を真空溶製で溶製して溶製材を得た。この溶製材を一旦φ26mmに熱間鍛造し、長さ180mmに切り揃えて試験用のCo基合金素材(試料)とした。
【0050】
【表1】

【0051】
これら試料を用いて表2に示す条件で第1工程の鍛造を実施した。より詳しくは、作製した各試料を用い、高周波加熱→鍛造→冷却の順序を経て鍛造を実施した。その際の、加熱温度、鍛造温度、鍛造歪(加工歪)、鍛造後保持時間(冷却開始までの時間)、冷却の種別、冷却速度を表2に示す。
【0052】
次いで、第1工程での鍛造を終了した各試料を用いて表3に示す条件で第2工程の鍛造を実施した。より詳しくは、第1工程で鍛造を終了した各試料の表面のバリや余肉を除去した後、高周波加熱→鍛造→冷却の順序を経て鍛造を実施した。その際の、加熱温度、加熱時間、鍛造温度、鍛造歪(加工歪)、鍛造後保持時間(冷却開始までの時間)、冷却の種別、冷却速度を、表3に示す。
【0053】
このように、第1工程および第2工程を経て得られた各Co基合金から試験片を採取し、下記する結晶粒径の測定、引張り試験、およびバリの発生の有無の確認を実施した。尚、参考ではあるが第1工程終了後にも試験片を採取し、結晶粒径の測定、および引張り試験を実施した。試験結果を表3に、第1工程終了後の結果を表3に、それぞれ示す。
【0054】
<結晶粒径の測定方法>
結晶粒径は以下に示すEBSP測定のイメージクオリティマップを用いて測定した。これは、上記Co基合金は非常に耐食性が高く、且つ、結晶粒径が微細なものもあるため、光学顕微鏡での組織観察が困難であったためである。上記イメージクオリティマップの組織写真上で、直線交切法にて粒径を測定し、5点以上の測定を行い、その平均切片長さを測定粒径(平均粒径)とした。
【0055】
この測定に用いた装置および測定条件は下記のとおりである。
・装置: SEM JEOL JSM 5410
EBSP測定解析システム TSL 社OIM
解析ソフト OIMAnalysis
・測定条件: 測定面積50μmx50μm〜500μmx500μm
・測定間隔: 0.1〜0.4μm
【0056】
<FCC率の測定方法>
上記EBSP測定にて、0.1〜0.4μmの測定点ごとにFCC相、ε相(HCP相)もしくはそれ以外の相(今回は殆どない)に自動で判定される。それを図示させるとある種の写真のごとくFCCとHCPの相別に表示させることができる。本実施例では、FCCの測定点数を全測定点数で割ってFCC率(面積率)、すなわちFCC相の割合とした。
【0057】
<引張り試験方法>
φ6.5mmx25mmの平行部を有する引張り試験片を製作し、これを用いて引張り試験を行い、YS:降伏応力(0.2%耐力)、TS:抗張力(引張り強度)、伸び(EL)、絞り(RA)を測定した。このとき、0.2%耐力までは0.5%/minの引張り速度、0.2%耐力から以降破断するまでは10%/minの引張り速度とした。引張り試験機としては、島津200KN油圧式万能試験機を用いた。
【0058】
本実施例では、YS:降伏応力(0.2%耐力)が800MPa以上、TS:抗張力(引張り強度)が1150MPa以上であり、EL:伸びが12%以上、RA:絞りが12%以上という条件を合格判定条件とし、それら条件を全て満たすものを、強度と延性の両方のバランスが良い生体用Co基合金とした。
【0059】
【表2】

【0060】
【表3】

【0061】
No.1,No.6,No.9は、Co基合金の成分組成が本発明の要件を満たすと共に製造条件も本発明の要件を満たす発明例である。その結果、強度と延性の両方のバランスが良いCo基合金を、バリが発生することなく製造することができた。
【0062】
これに対し、No.2は、第1工程での冷却開始が鍛造終了後5秒を超えた比較例、No.3は、第2工程での加熱温度が1050℃を超え、鍛造温度も1000℃を超えた比較例、No.4は、第1工程での鍛造温度が1050℃を超えた比較例である。また、No.5−1は、第2工程での加工歪みが15%を超えた比較例、No.5−2は第2工程での冷却開始が鍛造終了後20秒を超えた比較例である。尚、No.5−1とNo.5−2は、第1工程は同じ条件であるので、表2にはNo.5として示す。
【0063】
更に、No.10−1とNo.10−2は、第1工程での冷却を空冷で行ったため冷却速度が30℃/s未満となった比較例である。尚、No.10−2は第2工程での冷却も空冷で行ったため第2工程での冷却速度も30℃/s未満となった。因みに、No.10−1とNo.10−2は、第1工程での鍛造温度が1050℃を超えると共に、第1工程での冷却開始も鍛造終了後5秒を超えており、これらの条件でも本発明の条件を満たしていない。尚、No.10−1とNo.10−2は、第1工程は同じ条件であるので、表2にはNo.10として示す。
【0064】
その結果、No.2〜4、No.5−2、No.10−1、No.10−2では、YS:降伏応力(0.2%耐力)、TS:抗張力(引張り強度)、EL:伸び、RA:絞りの何れか1項目以上で合格判定条件を満足することができず、強度と延性の両方のバランスが良いCo基合金を製造することができなかった。また、No.5−1では、鍛造で得たCo基合金にバリが発生してしまった。
【0065】
尚、No.2,No.4,No.10(No.10−1、No.10−2)では第1工程の製造条件が好ましくないので、第1工程終了後の結晶粒径が粗大化しており、また、No.10−1、No.10−2では、FCC相の割合が面積率で90%未満となっている。
【0066】
また、No.7はCの含有量が多すぎる比較例、No.8はNの含有量が多すぎる比較例である。このようにCやNの含有量が多すぎるため、第1工程の鍛造時に割れが発生してしまい、第2工程に進むことができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:26〜30%、Mo:5〜8%、C:0.20%以下(0%を含まない)、N:0.05〜0.25%を含有し、残部がCoおよび不可避的不純物からなる生体用Co基合金の製造方法であって、
前記成分組成のCo基合金を、950℃〜1250℃で加熱した後、この加熱温度以下であり且つ850℃〜1050℃の温度で、合計30%以上の加工歪みを加えて鍛造を行い、この鍛造終了後5秒以内に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第1工程と、
その第1工程終了後、Co基合金の表面のバリや余肉を除去した後に850〜1050℃で5〜60分間加熱し、その後、この加熱温度以下であり且つ850〜1000℃の温度で合計15%以下の加工歪みを加えて鍛造を行い、この鍛造終了後20秒以内に冷却を開始し、30℃/s以上の冷却速度で300℃以下になるまで冷却を行う第2工程とよりなることを特徴とする生体用Co基合金の製造方法。
【請求項2】
前記生体用Co基合金が、質量%で、Si:0.5〜1.0%、および/または、Mn:0.5〜1.0%を含有する請求項1記載の生体用Co基合金の製造方法。

【公開番号】特開2012−246510(P2012−246510A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−117046(P2011−117046)
【出願日】平成23年5月25日(2011.5.25)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】