説明

生体組織形成維持装置

【課題】 細胞培養により生体組織を人工的に形成可能にすること。
【解決手段】 生体組織形成維持装置10は、拍動ポンプ12と、拍動ポンプ12から吐出した細胞培養液が拍動ポンプ12に戻るように回路構成された循環路13と、循環路13の途中に設けられた細胞培養部14A及びガス交換部14Bとを備えている。細胞培養部14Aは、循環路13を流れる細胞培養液が細胞保持体Hの内部を通って循環路13に戻る第1の流路と、循環路13を流れる細胞培養液が細胞保持体Hの外側を通って循環路13に戻る第2の流路とが形成されるように細胞保持体Hを保持し、これら流路を通る各細胞培養液間で圧力差を発生させる。ガス交換部14Bは、循環路13内を循環する細胞培養液に酸素及び二酸化炭素を含む混合ガスを供給し、細胞培養液のpHを所定値に調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織を構成する細胞を培養することで、当該生体組織を人工的に形成することができる他、生体組織の機能を体外で維持可能な生体組織形成維持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱可塑性樹脂からなる多孔性のスキャホールド材を足場とし、平滑筋細胞を培養することで得られた人工血管が提案されている(特許文献1参照)。この人工血管は、前記スキャホールド材を厚さ2mm程度の管状に形成し、当該スキャホールド材の内部を平滑筋細胞が含まれたコラーゲン溶液で満たし、37℃のインキュベータ内で3日間程度培養することで得られる。この人工血管は、スキャホールド材が多孔性となっているため、その管壁内まで平滑筋細胞が壊死せずに分布することになる。
【特許文献1】特開2003−284767号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、前記引用文献1の人工血管にあっては、スキャホールド材が心材として残るため、人体の血管と同様に、内皮細胞、平滑筋細胞及び線維芽細胞が層状に構成された人工血管が作成される訳ではない。
【0004】
そこで、仮に、体内で加水分解により溶解可能なポリグリコール酸やポリεカプロラクトン等の体内分解吸収性高分子を足場(基材)として、血管を構成する細胞をインキュベータ内で培養したとしても、数μm程度の厚さのものしかできず、mmオーダーの厚さを有する動脈血管等と同等な血管組織を人工的に作成することは、従来不可能であった。
【0005】
また、このように人工的に形成された組織或いは移植用等の生の組織の機能を維持しながら体外で保存する装置は、従来存在しなかった。
【0006】
本発明は、このような課題に着目して案出されたものであり、その目的は、細胞培養により、血管組織等の生体組織を人工的に形成可能にする他、体外で生体組織の機能を維持できる生体組織形成維持装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、本発明は、空間部分が形成されるとともに所定の基材に生体組織の細胞を付着してなる細胞保持体を細胞培養液に浸漬し、前記細胞を培養することで前記生体組織を形成維持する生体組織形成維持装置であって、
前記細胞培養液に拍動流を与える拍動ポンプと、当該拍動ポンプから吐出した前記細胞培養液が拍動ポンプに戻るように回路構成された循環路と、当該循環路の途中に設けられた細胞培養部及びガス交換部とを備え、
前記循環路は、前記細胞培養液の圧力の振幅調整をするコンプライアンス手段と、当該コンプライアンス手段よりも下流側に配置され、前記細胞培養液の流れに抵抗を付与することで当該細胞培養液の平均脈圧を調整する抵抗付与手段とを備え、
前記細胞培養部は、前記循環路を流れる前記細胞培養液が前記細胞保持体の空間部分を通って前記循環路に戻る第1の流路と、前記循環路を流れる前記細胞培養液が前記細胞保持体の外側を通って前記循環路に戻る第2の流路とが形成されるように、前記細胞保持体を保持するとともに、第1及び第2の流路を通る各細胞培養液間で圧力差を発生させ、
前記ガス交換部は、前記循環路内を循環する前記細胞培養液に酸素及び二酸化炭素を含む混合ガスを供給することで、前記細胞培養液のpHを所定値に調整する、という構成を採っている。
【0008】
ここで、前記細胞培養部は、内部空間が形成された容器本体と、前記内部空間から外部にそれぞれ開放する第1、第2、第3及び第4の開放路とを備え、
前記第1及び第2の開放路は、前記細胞保持体の空間部分に連通して前記第1の流路を形成し、
前記第3及び第4の開放路は、前記細胞保持体の外側における前記内部空間に連通して前記第2の流路を形成するとともに、前記第1の流路よりも下流側となる前記循環路の部位間をバイパスするバイパス路に繋がり、前記循環路内の圧力変化を利用して、第1及び第2の流路を通る各細胞培養液間で圧力差を発生させる、という構成を採っている。
【0009】
以上において、前記ガス交換部は、前記循環路内の前記細胞培養液をも交換可能に設けられるとよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、形成対象となる所望の生体組織を構成する細胞を培養する際に、細胞培養液に対し、人体の血流と同様の拍動流を付与するとともに前記生体組織が通過する血液と同様のpHに設定することができる。また、細胞培養部は、細胞保持体の内側となる中空部分と外側とをそれぞれ通る各細胞培養液間に圧力差を生じさせるようになっているため、生体組織の中で実際に血液が流れる血管部分とそうでない部分とでの血圧差を考慮して細胞培養を行うことができる。この結果、あたかも人体の内部で自己再生的に培養されるような環境下で、前記細胞が培養されることになり、本発明者らの実験によれば、従来不可能であった厚さの生体組織を形成することが可能になった。
【0011】
また、本発明の装置では、人体内の血流状態を再現することができるため、当該装置内に、人工的に形成した生体組織や移植用の生の生体組織を保持させることで、それら生体組織の機能を体外で維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0013】
図1には、本実施形態に係る生体組織形成維持装置の概略構成図が示されている。この図において、生体組織形成維持装置10は、生体組織を構成する細胞を所定の細胞培養液を使って培養することで、当該生体組織を自己形成するための装置である。なお、以下において、生体組織形成維持装置10は、血管を構成する各種細胞(平滑筋細胞、線維芽細胞及び内皮細胞)を培養することで、人体内の動脈血管を自己形成するための装置として説明する。ここで、前記細胞培養液は、血管を構成する前記各種細胞を培養可能な公知の溶液が用いられる。
【0014】
前記生体組織形成維持装置10は、公知の吸送気装置11と、この吸送気装置11に繋がるとともに、前記細胞培養液に拍動流を与えるポリウレタン製の拍動ポンプ12と、この拍動ポンプ12から吐出した細胞培養液が拍動ポンプ12に戻るように回路構成された循環路13と、当該循環路13の途中に設けられた細胞培養部14A及びガス交換部14Bとを備えて構成されている。
【0015】
前記吸送気装置11は、拍動ポンプ12に対して吸送気可能に設けられた公知の構造を備えたものであり、ここでは、詳細な説明を省略する。
【0016】
前記拍動ポンプ12は、その内部に旋回渦流を発生させ、吐出時に拍動流を生成可能なポンプである。すなわち、この拍動ポンプ12は、図2に示されるように、流入ポート15及び流出ポート16が形成されたほぼ円錐状の外形をなす中空の上部構成体17と、この上部構成体17の下方に位置するとともに、ほぼドーム状の外形をなす中空の下部構成体18と、これら各構成体17,18の内部空間S1,S2を仕切る可撓性のダイアフラム20とを備えて構成されている。ここで、前記流入ポート15は、上部構成体17の周壁に連なる図2中右端側位置に設けられ、流出ポート16は、上部構成体17の頂部側となる図2中上端側位置に設けられている。
【0017】
前記下部構成体18には、吸送気装置11に繋がる通気口22が設けられており、下側の内部空間S2内には、圧縮空気が所定のタイミングで交互に吸送気されるようになっている。このように、内部空間S2内に圧縮空気が吸送気されると、ダイアフラム20の変位によって、上側の内部空間S1内の容積が増減し、これによって、流出ポート16から吐出される細胞培養液に拍動流を生じさせる。この際、上側の内部空間S1内では、図2中破線で示されるように、流れの停滞域が発生し難い旋回渦流が発生するようになっている。なお、特に限定されるものではないが、本実施例においては、内部空間S2内に供給される空気の圧力(陽圧)は、140mmHg〜260mmHg程度に設定される一方、内部空間S2内から吸引される空気の圧力(陰圧)は、−30mmHg〜−50mmHg程度に設定される。
【0018】
前記循環路13は、図1に示されるように、拍動ポンプ12により吐出された細胞培養液を拍動ポンプ12に戻すことで細胞培養液を循環可能な流路構成となっている。すなわち、循環路13は、拍動ポンプ12の流出ポート16と細胞培養部14Aとの間に繋がるコンプライアンスチューブ24と、細胞培養部14Aの下流側に繋がる第1の接続チューブ25と、第1の接続チューブ25の下流側に繋がる第1の接続ポンプ26と、第1の接続ポンプ26とガス交換部14Bとの間に繋がる第2の接続チューブ27と、第2の接続チューブ27の途中に設けられ、細胞培養液に流れ抵抗を付与する抵抗付与手段28と、ガス交換部14Bの下流側に繋がる第3の接続チューブ29と、第3の接続チューブ29の下流側に繋がる第2の接続ポンプ31と、第2の接続ポンプ31と拍動ポンプ12の流入ポート15との間に繋がる第4の接続チューブ33とを備えて構成されている。以上の各チューブ及びポンプ24〜33間の接続には公知のコネクタCが用いられている。
【0019】
前記コンプライアンスチューブ24は、拍動ポンプ12の流出ポート16から吐出した細胞培養液の脈圧の振幅調整を行うコンプライアンス手段として機能する。このコンプライアンスチューブ24は、ガス透過性のある樹脂材料によって形成されており、その肉厚を変えることで細胞培養部14Aに供給される細胞培養液の脈圧の振幅調整を行える軟質材料、例えば、セグメント化ポリウレタンやシリコン等により形成されている。本実施形態では、細胞培養部14Aに供給される細胞培養液の脈圧の振幅として、成人に近似するように、例えば、平均脈圧(100mmHg)の±20mmHgに設定される。なお、平均脈圧は、この成人の状態から胎児の状態(40mmHg)の程度まで任意に調整可能である。
【0020】
前記第1〜第4の接続チューブ25,27,29,33は、特に限定されるものではないが、塩化ビニルによって形成されている。また、拍動ポンプ12の出口側と入口側には、図示省略した逆止弁が設けられ、細胞培養液を逆流させずに図1中実線の矢印方向に確実に循環させるようになっている。
【0021】
前記第1及び第2の接続ポンプ26,31は、前記拍動ポンプ12と同一の構成を備えたポンプが用いられており、拍動ポンプ12に対して同一若しくは同等の構成部分については同一符号を用いて説明を省略する。なお、各接続ポンプ26,31においても、流入ポート15から細胞培養液が流入して当該細胞培養液が流出ポート16から排出される向きで取り付けられる。また、各接続ポンプ26,31の各通気口22は外部に開放しており、細胞培養液の流れに応じて前記ダイアフラム20(図2参照)が変位するようになっている。ここで、循環路13内に充填される細胞培養液は、当該循環路13が許容する最大充填量よりもやや少ない量となっており、これによって、各接続ポンプ26,31のダイアフラム20の変位で細胞培養液に圧力損失を生じさせるダンパー効果が付与される。従って、接続ポンプ26,31は、細胞培養液が下流側に向って次第に液圧を減衰させる圧力減衰手段として機能する。本実施形態では、第2の接続ポンプ31を通過して第4の接続チューブ33を流れる細胞培養液の液圧が、人体の左心房圧に相当する略10mmHgになるように設定されている。
【0022】
前記抵抗付与手段28は、人体の末梢抵抗を想定して第2の接続チューブ27の途中一箇所に設けられたものであって、簡略的に図示しているが、第2の接続チューブ27を締め付けるピンチ状部材により構成されている。つまり、抵抗付与手段28による第2の接続チューブ27の締め付けにより、拍動ポンプ12が拍動しても第2の接続チューブ27より上流側の細胞培養液の最低圧力が0mmHgとならず、人体の動脈内の血液の流れに擬似させるようになっている。ここで、第2の接続チューブ27に対する締め付け具合により、第2の接続チューブ27より上流側の細胞培養液の平均脈圧を所定値に調整することができ、本実施形態では、当該平均脈圧として、人体の平均圧力に略相当する100mmHg程度に調整されている。なお、抵抗付与手段28としては、前述したピンチ状部材の他に、前述した作用を奏する限りにおいて、可変絞り等他の部材を採用することもできる。
【0023】
前記細胞培養部14Aは、内部空間Sが形成された中空の容器本体36と、内部空間Sから容器本体36の外部にそれぞれ開放する第1、第2、第3及び第4の開放路38,39,40,41とを備えて構成されている。
【0024】
前記容器本体36は、各開放路38〜41を除いて、内部空間Sが外側から閉塞される構造となっており、当該内部空間Sには、細胞培養液が充填され、当該細胞培養液に培養対象なる前記細胞を保持する中空管状の細胞保持体Hが浸漬した状態で配置される。この細胞保持体Hは、前記細胞の足場となる管状の基材の内外両側に細胞を付着させることで形成される。
【0025】
前記第1の開放路38は、コンプライアンスチューブ24に繋がっており、第2の開放路39は、第1の接続チューブ25に繋がっている。これら第1及び第2の開放路38,39には、細胞保持体Hが接続されるようになっており、当該接続状態では、第1及び第2の開放路38,39の内部と細胞保持体Hの中空部分(空間部分)である内部とが外部に漏れなく連通することになる。従って、コンプライアンスチューブ24から第1の開放路38に流入した拍動状態の細胞培養液は、細胞保持体Hの内部を通って、第2の開放路39から第2の接続チューブ25に流出することになる。このため、第1及び第2の開放路38,39は、循環路13を流れる細胞培養液が細胞保持体Hの内部を通って循環路13に戻る第1の流路を構成する。
【0026】
前記第3及び第4の開放路40,41には、第3及び第4の接続チューブ29,33の所定部位間をバイパスさせるバイパス路43に繋がっている。このバイパス路43は、これら開放路40,41のうちの図1中左側の第3の開放路40及び第3の接続チューブ29の途中部分の間に接続された第1のバイパスチューブ45と、同右側の第4の開放路41及び第4の接続チューブ33の途中部分の間に接続された第2のバイパスチューブ46とからなる。第2のバイパスチューブ46の途中には、バイパス用ポンプ48が設けられており、当該バイパス用ポンプ48の駆動により、図1中破線矢印方向にも細胞培養液が流れるようになっている。すなわち、第3の接続チューブ29を流れる細胞培養液の一部が第1のバイパスチューブ45を通って、第3の開放路40から容器本体36の内部空間Sに供給され、第4の開放路41から第2のバイパスチューブ46を通って、第4の接続チューブ33の途中で流出するようになっている。従って、第3及び第4の開放路40,41は、循環路13を流れる細胞培養液が細胞保持体Hの外側を通って循環路13に戻る第2の流路を構成する。なお、ここで述べた各チューブ29,33,45,46の接続についても、前記コネクタCが用いられている。
【0027】
このような構成により、細胞保持体Hの内側には、圧力の高い上流側のコンプライアンスチューブ24からの細胞培養液が流れる一方で、当該部位を流れる細胞培養液よりも減圧された細胞培養液が、下流側の第3の接続チューブ29から細胞保持体Hの外側に流れることになる。つまり、前記細胞培養部14Aに保持された細胞保持体Hは、その内部と外部との間で、それぞれ流れる細胞培養液間で圧力差が発生することになる。
【0028】
前記ガス交換部14Bは、図3に示されるように、細胞培養液Fが収容される内部の収容空間Aを備えた箱型の容器状に設けられている。ガス交換部14Bの側面側には、内部空間Aにそれぞれ連通して第2及び第3の接続チューブ27,29に接続される液流入ポート50及び液流出ポート51が設けられている。これらポート50,51を通じて、細胞培養液Fが、第2の接続チューブ27からガス交換部14Bの収容空間A内に取り込まれて第3の接続チューブ29に流出する。なお、収容空間A内では、その上部に隙間を確保した状態で細胞培養液Fが収容されるようになっている。また、ガス交換部14Bの上面側には、外部からガスを収容空間A内に取り込むための給気用ポート53と、ガスを収容空間Aから外部に排出するための排気用ポート54と、細胞培養液Fの交換時に当該細胞培養液Fを収容空間A内に流出入させるための液交換用ポート55,55とが設けられている。
【0029】
前記給気用ポート53には、図示省略したガスボンベ等が繋がっており、当該ガスボンベから、濃度制御された酸素、二酸化炭素、窒素等を含む混合ガスがガス交換部14Bの収容空間Aに供給され、細胞培養液FのpH値(例えば、pH7.0〜8.0)を所望の値に調整するようになっている。このpH値は、作成する血管や組織に応じて調整することができる。なお、前記液交換用ポート55は、細胞培養液Fの交換時以外は、ガス交換部14Bの外側から収容空間A内に空気が入らないように閉塞されている。
【0030】
次に、前記生体組織形成維持装置10を使った血管の形成の手順について、当該生体組織形成維持装置10の作用とともに説明する。
【0031】
細胞培養部14Aにセットされる細胞保持体Hとしては、前記細胞の足場となる基材が多層に巻かれて形成された管壁の内層部分に平滑筋細胞が付けられ、当該管壁の外層部分に線維芽細胞が付けられ、管壁の内周面に内皮細胞が付けられたものが用いられる。ここで、基材としては、ポリグリコール酸やポリεカプロラクトン等、加水分解可能な体内分解吸収性高分子が用いられる。
【0032】
細胞保持体Hが細胞培養部14Aにセットされた状態で、循環路13内を細胞培養液で満たし、拍動ポンプ12を駆動させて生体組織形成維持装置10を作動させる。この作動状態において、拍動ポンプ12から吐出された細胞培養液は、人体の大動脈内での血液の流れに相当する拍動流が付与され、コンプライアンスチューブ24を通過し、細胞培養部14Aの第1の開放路38から細胞保持体Hの内部を通って、第2の開放路39から第1の接続チューブ25に流れ出る。そして、以降、細胞培養液は、次第に減圧しながら、第2〜第4の接続チューブ27,29,33を流れ、最終的に人体の静脈に近い流れ状態となって拍動ポンプ12に戻る。ここで、バイパス用ポンプ48が同時に駆動し、第3の接続チューブ29を流れる細胞培養液の一部がバイパス路43内を流れる。つまり、第3の接続チューブ29を流れる細胞培養液の一部は、第1のバイパスチューブ45を通って細胞培養部14A内における細胞培養部Hの外側となる内部空間Sに流れ、第2のバイパスチューブ46を通って第4の接続チューブ33に流れる。ここで、バイパス路43を流れる細胞培養液の圧力は、特に限定されるものではないが、5mmHg〜10mmHg程度となるように、抵抗付与手段28の締め付け具合や第1及び第2のバイパスチューブ45,46の形状、材質等により調整されている。従って、平滑筋細胞、線維芽細胞及び内皮細胞からなる血管細胞が付着している細胞保持体Hは、その内部と外部とで流れ状態の異なる細胞培養液にさらされながら、血管細胞が培養されることになる。具体的に、細胞保持体Hの内側は、人体の動脈流に近い拍動流状態で細胞培養液が流れることになり、細胞保持体Hの外側は、人体の血管の外側の胸腔内圧力に近い圧力で細胞培養液が流れることになる。また、ガス交換部14Bでは、例えば、二酸化炭素の濃度が5%程度、酸素の濃度が0.1%程度の混合ガスが所定のタイミングで供給され、細胞培養液のpHが、循環過程で、動脈内の血液のpHに相当する7.3〜7.5に維持されるようになっている。これにより、人体内に存在する動脈血管とほぼ同じような状態で、細胞培養液を使って血管細胞を培養することができ、あたかも人体内で組織を再生させたかのような状態を作り出すことができる。
【0033】
以上、本発明者らの実験によれば、前述した条件で、約2週間、途中、細胞培養液を適宜新しいものに交換しながら、当該細胞培養液の流量を成人の血流量に相当する0.5l/minまで次第に増加させて前記生体組織形成維持装置10を動作させると、基材が加水分解されながら血管細胞から組織が形成されていき、長さ5cm、内径6mm、厚さ2mmの血管様組織が得られた。このようにして得られた血管様組織は、動脈血管に相当する内径、厚みを備えており、従来不可能であった人工物をほぼ含まない純粋な動脈血管を人工的に形成することができた。
【0034】
従って、このような実施形態によれば、従来不可能であった厚さmmオーダーの血管様組織を細胞培養によって作り出すことが可能になった。
【0035】
なお、前記実施形態では、血管を構成する細胞を培養することで、動脈血管を自己形成する装置として本発明を適用しているが、本発明の装置はこのような用途に限定されるものではない。つまり、例えば、静脈血管を自己形成する場合には、静脈血管を流れる血流状態に相当する循環路13の部分つまり第3の接続チューブ29の途中に細胞培養部14Aを配置し、細胞保持体H内を流れる細胞培養液の流れ状態を実際の血流状態と同じにした上で、ガス交換部14Bで、注入される混合ガスの成分を調整することにより、細胞培養液のpH値を、実際の静脈内を流れる血液のpH値に合わせればよい。その他、本装置を使って、血管のみならず、他の臓器等の生体組織の作成に適用することも可能である。この場合、管状、袋状、弁状等、細胞培養液が通過できる空間部分を備えた基材に、所望の生体組織の細胞を付着させることで中空の細胞保持体Hを形成し、当該細胞保持体Hの内外の細胞培養液のpHや流れ状態を、前記生体組織が通る血管内の血流の状態やその周囲に状態に基づいて適宜調整することで、生体組織の人工的な作成が期待できる。
【0036】
また、前記実施形態において、ガス交換部14Bは、第2及び第3の接続チューブ27,29の間に配置しているが、細胞培養液のpHが調整できる限りにおいて、循環路13のどこに配置してもよい。
【0037】
更に、最初は、細胞保持体Hと第1及び第2の開放路38,39との接続部分の接続状態を緩くし、当該接続部分を通じて細胞保持体Hの内部から細胞培養液が漏れるようにしておき、一定時間後、当該漏れがないように、前記接続状態を強固にしてもよい。このようにすると、細胞保持体Hの前記接続部分にも細胞培養液を行き渡らせることができ、細胞保持体Hにおける細胞培養状態のムラを少なくすることができる。
【0038】
また、人工的に形成された生体組織或いは移植用等の生の生体組織を細胞保持体Hに保持し、生体組織形成装置10を前述のように動作させると、体外で生体組織の機能を維持した状態で当該生体組織を保存することができる。
【0039】
その他、本発明における装置各部の構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の装置では、細胞培養によって生体内の実際の組織と同様な構成の生体組織を人工的に形成することができ、生体適合性の高い人工的な生体組織を製造することができる他、体外で機能を維持した状態で生体組織を保存する維持装置、或いは、幹細胞を各臓器特有の細胞に分化誘導するための装置や生体組織に関する各種の評価装置としても利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本実施形態に係る生体組織形成維持装置の概略構成図。
【図2】拍動ポンプの概略拡大縦断面図。
【図3】ガス交換部の概略拡大縦断面図。
【符号の説明】
【0042】
10 生体組織形成維持装置
12 拍動ポンプ
13 循環路
14A 細胞培養部
14B ガス交換部
24 コンプライアンスチューブ(コンプライアンス手段)
28 抵抗付与手段
38 第1の開放路(第1の流路)
39 第2の開放路(第1の流路)
40 第3の開放路(第2の流路)
41 第4の開放路(第2の流路)
43 バイパス路
F 細胞培養液
H 細胞保持体
S 内部空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
空間部分が形成されるとともに所定の基材に生体組織の細胞を付着してなる細胞保持体を細胞培養液に浸漬し、前記細胞を培養することで前記生体組織を形成維持する生体組織形成維持装置であって、
前記細胞培養液に拍動流を与える拍動ポンプと、当該拍動ポンプから吐出した前記細胞培養液が拍動ポンプに戻るように回路構成された循環路と、当該循環路の途中に設けられた細胞培養部及びガス交換部とを備え、
前記循環路は、前記細胞培養液の圧力の振幅調整をするコンプライアンス手段と、当該コンプライアンス手段よりも下流側に配置され、前記細胞培養液の流れに抵抗を付与することで当該細胞培養液の平均脈圧を調整する抵抗付与手段とを備え、
前記細胞培養部は、前記循環路を流れる前記細胞培養液が前記細胞保持体の空間部分を通って前記循環路に戻る第1の流路と、前記循環路を流れる前記細胞培養液が前記細胞保持体の外側を通って前記循環路に戻る第2の流路とが形成されるように、前記細胞保持体を保持するとともに、第1及び第2の流路を通る各細胞培養液間で圧力差を発生させ、
前記ガス交換部は、前記循環路内を循環する前記細胞培養液に酸素及び二酸化炭素を含む混合ガスを供給することで、前記細胞培養液のpHを所定値に調整することを特徴とする生体組織形成維持装置。
【請求項2】
前記細胞培養部は、内部空間が形成された容器本体と、前記内部空間から外部にそれぞれ開放する第1、第2、第3及び第4の開放路とを備え、
前記第1及び第2の開放路は、前記細胞保持体の空間部分に連通して前記第1の流路を形成し、
前記第3及び第4の開放路は、前記細胞保持体の外側における前記内部空間に連通して前記第2の流路を形成するとともに、前記第1の流路よりも下流側となる前記循環路の部位間をバイパスするバイパス路に繋がり、前記循環路内の圧力変化を利用して、第1及び第2の流路を通る各細胞培養液間で圧力差を発生させることを特徴とする請求項1記載の生体組織形成維持装置。
【請求項3】
前記ガス交換部は、前記循環路内の前記細胞培養液をも交換可能に設けられていることを特徴とする請求項1又は2記載の生体組織形成維持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−95268(P2009−95268A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−268448(P2007−268448)
【出願日】平成19年10月16日(2007.10.16)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】