説明

生体組織補填キット、生体組織補填用粉剤、及び生体組織補填用組成物

【課題】 この発明の課題は、生体内での崩壊を抑制し、かつ混練後から体内に補填するまでの間の操作性に優れている生体組織補填用組成物を提供すること、この生体組織補填用組成物を得ることのできる生体組織補填用粉剤及びこの生体組織補填用組成物を得ることができ、かつ室温保管が可能な生体組織補填キットを提供すること。
【解決手段】 この生体組織補填用組成物は、リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩と水とを有し、この生体組織補填用粉剤は、リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩とを有し、この生体組織補填キットは、リン酸カルシウムと多糖類とを含む粉剤と、水を含む液剤とからなり、炭酸塩が前記粉剤と前記液剤とのいずれか少なくとも一方に含まれ、前記多糖類はいずれも硫酸基を含み、その一部が遊離していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、医科用又は歯科用に用いられる生体組織補填キット、生体組織補填用粉剤、及び生体組織補填用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に用いられる医療用組成物としては、現在までに各種の組成のものが数多く提案されている。特に、リン酸カルシウム系の生体用組成物では、この組成物が硬化とともに生体活性な水酸アパタイトに転化するため、生体親和性に優れた硬化体を得ることができる。
【0003】
このリン酸カルシウム系の生体用組成物としては、リン酸四カルシウムを主成分とするものが多い。例えば、米国特許明細書第4612053号にも、リン酸四カルシウムを主成分とするリン酸カルシウム組成物が開示されている。しかし、この組成物は、水と混練した後、直ちに擬似体液と接触させると、混練体の内部に水が侵入し、崩壊してしまうという問題もある。そのため、体液が多量に存在する生体内に補填する場合には、混練後、直ちに補填せず、ある程度硬化したものを補填するか、或いは補填部の体液を除去し、止血等をした後に、補填するなどの方法が採られている。しかし、ある程度硬化したものは取り扱い難く、作業性に劣り、また、体液の除去、止血等は人手と時間とを要する。
【0004】
これらの問題を解決するため、特開平11−130491号公報では、組成物に多糖類を含ませることにより、混練後に直ちに体液と接触させても混練体が崩壊することのないリン酸カルシウムセメントを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許明細書第4612053号
【特許文献2】特開平11−130491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、多糖類を混練液中に溶解させて、室温下で長期保管する場合には、多糖類が混練液中に再析出することがあるので、冷蔵保管が必要となる。一方、混練液を室温下で長期保管するのを可能にするために、粉末状の多糖類をリン酸カルシウム粉末中に混合した場合には、水との混練後に直ちに粘度が上昇するので、形を整え難くなり、体内に補填する前の操作性が悪くなってしまう。
【0007】
この発明は、上記問題を解決することを課題とし、詳しくは、生体内での崩壊を抑制し、かつ混練後から体内に補填するまでの間の操作性に優れている生体組織補填用組成物を提供すること、この生体組織補填用組成物を得ることのできる生体組織補填用粉剤及びこの生体組織補填用組成物を得ることができ、かつ室温保管が可能な生体組織補填キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための第1の手段としては、
(1)リン酸カルシウムと多糖類とを含む粉剤と、水を含む液剤とからなり、炭酸塩が前記粉剤と前記液剤とのいずれか少なくとも一方に含まれ、前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離していることを特徴とする生体組織補填キットを挙げることができ、
前記課題を解決するための第2の手段としては、
(2)リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩とを有し、前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離していることを特徴とする生体組織補填用粉剤を挙げることができ、
前記課題を解決するための第3の手段としては、
(3)リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩と水とを有し、前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離していることを特徴とする生体組織補填用組成物を挙げることができる。
【0009】
前記(1)〜(3)の好ましい態様としては、
(4)前記多糖類がデキストラン硫酸塩であることを特徴とし、
(5)前記多糖類から遊離した硫酸基が、前記多糖類中の全硫酸基に対して、0.1〜10%であり、かつ、前記炭酸塩が、前記多糖類100質量部に対して、0.1〜3.0質量部であることを特徴とし、
(6)前記多糖類から遊離した硫酸基が、放射線照射により生成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
この発明に係る生体組織補填キットは、リン酸カルシウムと多糖類とを含む粉剤と、水を含む液剤とからなり、炭酸塩が前記粉剤と前記液剤とのいずれか少なくとも一方に含まれ、かつ前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離しているので、室温保管が可能であり、前記粉剤と前記液剤とを混練して得られた混練物は、直ちに体液に接触させても混練物の崩壊を抑制することができ、混練後から体内に補填するまでの間の操作性に優れている。
この発明に係る生体組織補填用粉剤は、リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩とを有し、前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離しているので、この生体組織補填用粉剤と水を含む液剤とを混練して得られた混練物は、前述した生体組織補填キットにより得られた混練物と同様の効果が得られる。
この発明に係る生体組織補填用組成物は、リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩と水とを有し、前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離しているので、混練後から体内に補填するまでの間の操作性に優れ、直ちに体液に接触させても生体組織補填用組成物の崩壊を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
この発明の生体組織補填用粉剤(以下において、単に粉剤と称することもある。)は、リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩とを有し、この多糖類は硫酸基を含み、硫酸基は、その一部が遊離している。
【0012】
前記リン酸カルシウムとしては、リン酸四カルシウム、無水リン酸水素カルシウム、リン酸水素カルシウム水和物、無水リン酸二水素カルシウム、リン酸三カルシウム等を挙げることができる。リン酸カルシウムとしては、これらのうち1種のみを用いても良いし、2種以上を併用しても良い。これらのリン酸カルシウムは、体温付近で生体吸収性に優れた低結晶性の水酸アパタイトを形成して硬化する。前記リン酸カルシウムは、組み合わせによってはリン酸八カルシウムを形成して、徐々に低結晶性の水酸アパタイトに転移して硬化するもの、或いは、リン酸水素カルシウム水和物を形成して硬化するものもある。リン酸水素カルシウム水和物は、水酸アパタイトよりも溶解性が高く、生体内への吸収速度が大きいことが知られているので、リン酸水素カルシウム水和物を形成するリン酸カルシウム、例えばリン酸二水素カルシウムとリン酸三カルシウムとの混合物は、水酸アパタイトを形成するリン酸カルシウムと同様に生体組織補填用材料として有用である。
【0013】
リン酸カルシウムとしては、特に、リン酸四カルシウムとリン酸水素カルシウムとを主成分とするのが好ましい。リン酸水素カルシウムとしては、無水リン酸水素カルシウム及びリン酸水素カルシウム水和物のいずれか少なくとも一方を使用することができる。リン酸四カルシウムとリン酸水素カルシウムとの量比は特に限定されないが、モル比で8/2〜2/8、好ましくは6/4〜4/6、特に好ましくは等量程度とするのが好ましい。これらのリン酸カルシウムを主成分として併用すると、生体組織補填用粉剤と水との混練物がより一層崩壊し難く、所定の形状が容易に維持される。
【0014】
前記リン酸カルシウムの調製方法は特に限定されず、どのような方法によって調製されたリン酸カルシウムも使用することができる。例えば、リン酸水素カルシウムの粉体及びリン酸四カルシウムの粉体等を混合して得ることができる。このリン酸水素カルシウムの粉体としては、例えば、リン酸水素カルシウム、リン酸水素カルシウム水和物として市販されているものをそのまま使用することもできるし、リン酸水素カルシウム水和物を120℃程度の温度で加熱し、脱水したものを使用することもできる。また、リン酸水素カルシウムやその水和物をボールミル等の湿式粉砕や乾式粉砕により粒径を調整したものを用いることができる。また、リン酸四カルシウムの粉体としては、例えば、炭酸カルシウムとリン酸水素カルシウム二水和物との等モル混合物を成形後、1450〜1550℃で焼成し、平均粒径が約100μm程度の粉体に整粒したもの等を用いることができる。
【0015】
なお、前述した「混練物」は、粉剤と水を含む液剤とを混ぜ合わせることにより形成される物であり、その形態は時間の経過と共に変化する。この粉剤と液剤とが接触した直後はペースト状で、パテ状、粘土状といった形態を経て、所定時間後には所定の硬さを有する硬化体となる。
【0016】
前記硫酸基を含む多糖類としては、各種の単糖類がポリグリコシル化し、高分子化したものを用いることができ、例えば、デキストラン硫酸塩、キシラン硫酸塩、セルロース硫酸塩、デンプン硫酸塩、グリコーゲン硫酸塩、イヌリン硫酸塩、レバン硫酸塩、ガラクタン硫酸塩等を挙げることができる。生体組織補填用粉剤は、これらのうちの少なくとも1種を含み、特にデキストラン硫酸塩を含むのが好ましい。デキストラン硫酸塩としては、デキストラン硫酸ナトリウム、デキストラン硫酸カリウム等を挙げることができ、これらの中でもデキストラン硫酸ナトリウムがより好ましい。デキストラン硫酸塩は、水に易溶性であるため、水に溶解し易く、容易に均質な混練物とすることができる。硫酸基を含む多糖類、特にデキストラン硫酸塩が粉剤に含まれていると、リン酸カルシウムの粒子間の接触及び接合が維持されるので、混練物を体液に接触させても崩壊し難く、所定の形状を維持したまま補填部に留めることができる。また、デキストラン硫酸塩が液剤に含まれていると、室温下で長期間保管した場合にデキストラン硫酸塩が再析出するおそれがあるので液剤を冷蔵保管しなくてはならないところ、この発明の生体組織補填キットでは、デキストラン硫酸塩が粉剤に含まれているので、室温下にて長期保管が可能となる。
【0017】
前記多糖類、特にデキストラン硫酸塩の含有量は、リン酸カルシウム100質量部に対して、5〜25質量部であるのが好ましく、10〜20質量部であるのが特に好ましい。多糖類、特にデキストラン硫酸塩の含有量が5質量部未満では、デキストラン硫酸塩の効果が十分ではないため、体内での混練物の崩壊を抑制できないことがある。一方、25質量部を超える場合には、過剰量であり、それ以上の効果を期待できない。
【0018】
前記多糖類、特にデキストラン硫酸塩における硫酸基は、その一部が遊離している。
前記多糖類から遊離した硫酸基の割合は、多糖類中の全硫酸基に対して、0.1〜10%であるのが好ましく、2.0〜7.0%であるのが特に好ましい。硫酸基の一部が遊離していることは、デキストラン硫酸塩と塩化バリウムとを水に溶解して十分に混合すると、硫酸バリウムが生成することにより確認することができる。また、遊離した硫酸基の割合は、次の方法により算出することができる。
【0019】
まず、濃度既知の塩化バリウム水溶液とデキストラン硫酸塩を溶かした水溶液とを混合して混合液を得る。その後、重量既知の親水性フィルターを用いて、混合液中に析出した析出物をろ過する。この析出物と親水性フィルターとを、例えば40℃の真空乾燥機中に20時間載置して十分に乾燥させた後に、析出物と親水性フィルターの重量を測定する。親水性フィルターの重量が分かっているので、析出物の重量が得られる。
【0020】
一方、標準液として、前記デキストラン硫酸塩を溶かした水溶液の代わりに所定濃度の硫酸ナトリウムを溶かした水溶液を使用して、前述の方法と同様にして塩化バリウム水溶液と混合し、ろ過、乾燥した後に、析出物の重量を得る。硫酸イオン濃度に対する析出物の重量をプロットした図から検量線が得られる。
【0021】
デキストラン硫酸塩を溶かした水溶液と塩化バリウム水溶液とを混合して得られた析出物の重量と得られた検量線とに基づいて、デキストラン硫酸塩を溶かした水溶液中の硫酸イオンの重量が得られる。デキストラン硫酸塩に含まれる硫酸基の重量に対するこの硫酸イオンの重量から、遊離した硫酸基の割合が算出される。
【0022】
なお、多糖類が粉剤に含まれている状態にあっても、混練物に含まれている状態にあっても、遊離した硫酸基の割合は変わらないと考えられる。したがって、粉剤又は混練物のいずれに含まれる多糖類についても、前記方法により遊離した硫酸基の割合を算出できる。
【0023】
前記多糖類から遊離した硫酸基は、硫酸基を含む多糖類に放射線を照射することにより形成することができる。放射線としては、硫酸基を遊離させることができる限り特に限定されず、例えば、γ線、X線及び紫外線等の電磁波型放射線並びに電子線、陽子線、中性子線及びα線等の粒子型の放射線を挙げることができる。多糖類から遊離した硫酸基の割合は、照射する放射線の線量により調整することができる。
【0024】
多糖類から遊離した硫酸基が、前記放射線のうちγ線を照射することにより生成される場合には、γ線の線量は、1〜100kGyであるのが好ましく、15〜50kGyであるのが特に好ましい。
【0025】
前記炭酸塩の種類は、特に制限はないが、この粉剤は最終的に生体内に埋入されるので、生体内に存在する金属イオンで構成された塩が好ましい。このような炭酸塩としては、例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等を挙げることができる。特に、生体内に多く存在するナトリウムイオンを含む、炭酸水素ナトリウム及び炭酸ナトリウムが好ましい。
【0026】
前記炭酸塩の含有量は、デキストラン硫酸塩100質量部に対して0.1〜3.0質量部であるのが好ましく、0.2〜0.5質量部であるのが特に好ましい。多糖類の含有量が前記範囲内であり、多糖類から遊離した硫酸基の割合が前記範囲内であり、前記炭酸塩の含有量が前記範囲内であると、生体組織補填用粉剤と液剤との混練物を体内に補填するのに最適な流動性又は粘性を、十分な時間確保することができる。
【0027】
この発明の生体組織補填用粉剤と水を含む液剤とにより得られる混練物は、硫酸基が遊離した多糖類と、遊離した硫酸基由来の硫酸イオンと、炭酸塩由来の炭酸イオンとを含んでいるので、これらの作用により、混練物を体内に補填するのに適した流動性又は粘性を所定時間確保することができると推定される。
【0028】
前記生体組織補填用粉剤は、この発明の課題を達成することができ、生体に対して悪影響がない限り、リン酸カルシウム、多糖類、炭酸塩以外の物質を含んでいても良い。
【0029】
上述した、リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩とを含む生体組織補填用粉剤に水を加えると生体組織補填用組成物となる。この生体組織補填用組成物は、ここでは混練物と称されることもあり、時間の経過と共にペースト状、パテ状、粘土状、硬化体といった形態を有する。
【0030】
この生体組織補填用組成物は、通常、ペースト状又はパテ状の形態で、生体内の所定の部位、例えば骨、関節及び歯等の欠損部に補填され、硬化する。
【0031】
この発明の生体組織補填用粉剤は、水を加えて混ぜ合わせて得られた混練物が所定時間、適度な流動性又は粘性を保持しているので、混練物すなわち生体組織補填用組成物を、例えば注射器に入れて生体内の所定の部位に補填するまでの操作性に優れる。また、混練物が体内に埋入されて、体液に接触しても混練物が崩壊し難い。さらに、37℃での体温環境下で20分以内に硬化させることができる。
【0032】
なお、この実施の態様においては、炭酸塩は、生体組織補填用粉剤に含まれているが、炭酸塩は液剤に含まれていても良く、炭酸塩は粉剤と液剤との少なくとも一方に含まれていれば良い。したがって、リン酸カルシウム及び多糖類を含む粉剤と炭酸塩及び水を含む液剤とを混ぜ合わせて生体組織補填用組成物を形成しても良いし、リン酸カルシウム、多糖類、及び炭酸塩を含む粉剤と炭酸塩及び水を含む液剤とを混ぜ合わせて生体組織補填用組成物を形成しても良い。
【0033】
また、この発明の生体組織補填用粉剤は、種々の態様で流通されて使用されることができ、例えば、生体組織補填用粉剤と水を含む液剤とが別々に流通され、現場において使用者が生体組織補填用粉剤と水を含む液剤とを所望の量だけ量りとって混合して使用する態様、所定量の生体組織補填用粉剤と所定量の液剤とが別々に包装されて1つの生体組織補填キットとして流通され、現場で使用者がこれらを混合して使用する態様等を挙げることができる。前者の態様によると、使用者が必要に応じて粉剤と液剤との量比を変えて、混練物の流動性又は粘性を調整することができる。後者の態様によると、予め所定量の粉剤と液剤とが個別包装されているので、衛生管理や量り取りの手間がなく、現場での作業が簡便である。
【0034】
前記生体組織補填キットとしては、リン酸カルシウム、多糖類、及び炭酸塩を含む粉剤と水を含む液剤とからなるキット、リン酸カルシウム及び多糖類を含む粉剤と水及び炭酸塩を含む液剤とからなるキット、リン酸カルシウム、多糖類、及び炭酸塩を含む粉剤と水及び炭酸塩を含む液剤とからなるキットが挙げられる。すなわち、炭酸塩は粉剤と液剤とのいずれに含まれていても良く、少なくとも一方に含まれていれば良い。また、多糖類は液剤には含有されずに粉剤に含有されているので、多糖類が液中に再析出することがなく、室温下にて長期保管が可能である。
【0035】
前記液剤は、この発明の課題を達成することができ、生体に対して悪影響がない限り、水及び炭酸塩以外の物質を含んでいても良い。前記水としては、混練物が生体内に埋入されることから純水又は蒸留水が好ましい。また、前記液剤は、粉剤100質量部に対して5〜30質量部の割合で加えるのが好ましく、10〜20質量部が特に好ましい。液剤と粉剤との混合割合が前記範囲内であると、生体内に埋入するのに適した流動性又な粘性を有する混練物すなわち生体組織補填用組成物が得られる。
【実施例1】
【0036】
(生体組織補填用組成物の作製)
(実施例1〜5、7〜10)
粉剤は、無水リン酸水素カルシウムとリン酸四カルシウムとをモル比で1:1の割合で摩砕混合し、得られたリン酸カルシウム混合粉末(ユアサアイオニクス株式会社製、型式「マルチソーブ12」を使用し、100℃で60分の脱気条件により測定した比表面積:2.7m/g)100質量部に対して、デキストラン硫酸ナトリウム(名東産業株式会社製)12質量部を混合して、得た。
【0037】
なお、デキストラン硫酸ナトリウムは、予めγ線を照射し、硫酸基の一部を遊離させた。照射したγ線の線量及び遊離した硫酸基の割合を表1に示す。なお、遊離した硫酸基の割合は、前述の方法により算出した。
【0038】
液剤は、純水に炭酸水素ナトリウム(和光純薬工業株式会社製)を溶解して、得た。炭酸水素ナトリウムの含有量を表1に示す。なお、炭酸水素ナトリウムの含有量は、デキストラン硫酸塩100質量部に対する割合(質量%)で示した。
【0039】
粉剤と液剤との混合は、質量比で液剤/粉剤=0.12となるようにして、スパチュラと時計皿とを用いて1分程度行なった。以上の操作は、室温(24℃)にて行なった。
【0040】
(実施例6)
炭酸水素ナトリウムの代わりに炭酸ナトリウム(林純薬工業株式会社製)を使用したこと以外は、実施例4と同様にして、組成物を得た。
【0041】
(実施例11)
実施例1〜5で使用した粉剤において、さらに炭酸水素ナトリウムをデキストラン硫酸ナトリウム100質量部に対して、0.3質量部混合した粉剤を使用し、液剤として純水を使用したこと以外は、実施例1〜5と同様にして、組成物を得た。
【0042】
(比較例1)
実施例1〜10で使用した粉剤において、デキストラン硫酸ナトリウムに予めγ線を照射することなく、遊離した硫酸基を含まないデキストラン硫酸ナトリウムを使用し、液剤として純水を使用したこと以外は、実施例1〜10と同様にして、組成物を得た。
【0043】
このようにして得られた組成物を用いて後述する、いくつかの評価を行なった。
【0044】
(評価方法)
(操作可能時間)
生体組織補填用組成物を生体内に埋入するのに適した流動性及び粘度を確保できる時間を操作可能時間として、この操作可能時間を以下の手順で測定した。
【0045】
直径6mmのノズルを有した内径23mmのプラスチック製注射筒に、上記のようにして得られた組成物を入れた後に、注射筒の内部に嵌め込まれたピストンを手で押圧したときに、ノズルから組成物を無理なく押出し可能な組成物の状態を、適度な流動性及び粘度を有する状態として評価した。5分間隔でピストンを手で押圧する操作を繰り返し、押出し不可能になる1つ前の操作時間を粉剤と液剤との混合開始から起算して、その時間を操作可能時間とした。なお、この測定は、室温(24℃)にて行なった。
【0046】
(硬化時間)
組成物が生体内に埋入されたときの硬化時間は、JIS T 6602に準拠して測定した。具体的には、37℃で、相対湿度95%以上の環境下に静置した組成物の上面に、質量300g、直径1mmのビカー針を静かに降ろした。この操作を針跡がつかなくなるまで繰り返し、針跡を残さなくなったときを粉剤と液剤との混合開始から起算して、硬化時間とした。
【0047】
【表1】


TeCP:無水リン酸水素カルシウム
DCPA:リン酸四カルシウム
DSS :デキストラン硫酸ナトリウム
【0048】
生体内の骨欠損部等に時間的な余裕をもって組成物を充填するためには、操作可能時間が長いほど良い。実際の手術現場を考慮すると、操作可能時間は10分以上を有していることが好ましい。
【0049】
表1に示されるように、実施例の組成物は、いずれも操作可能時間が10分以上であるので、この発明の組成物は、粉剤と液剤との混練直後から生体内に補填するまでの間の操作性に優れている。
【0050】
この実施例によると、炭酸塩の含有量及びデキストラン硫酸ナトリウムにおける遊離した硫酸基の量により、操作可能時間が変化している。したがって、この発明の組成物は、炭酸塩の含有量及びデキストラン硫酸ナトリウムにおける遊離した硫酸基の量を調整することにより、所望の操作可能時間を得ることができる。
【0051】
また、炭酸水素ナトリウムは、粉剤及び液剤のどちらに含まれていても、良好な操作可能時間が得られた。
【0052】
さらに、全ての実施例において、10分以上という良好な操作可能時間を維持しつつ、20分以内という良好な硬化時間が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
この発明に係る生体組織補填用粉剤、生体組織補填キット、生体組織補填用組成物は、例えば骨補填材、人工関節部材、骨接合材、人口椎体、椎体間スペーサ、椎体ケージ及び人工歯根等に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸カルシウムと多糖類とを含む粉剤と、水を含む液剤とからなり、炭酸塩が前記粉剤と前記液剤とのいずれか少なくとも一方に含まれ、前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離していることを特徴とする生体組織補填キット。
【請求項2】
前記多糖類がデキストラン硫酸塩であることを特徴とする請求項1に記載の生体組織補填キット。
【請求項3】
前記多糖類から遊離した硫酸基が、前記多糖類中の全硫酸基に対して、0.1〜10%であり、かつ、前記炭酸塩が、前記多糖類100質量部に対して、0.1〜3.0質量部であることを特徴とする請求項1又は2に記載の生体組織補填キット。
【請求項4】
前記多糖類から遊離した硫酸基が、放射線照射により生成されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の生体組織補填キット。
【請求項5】
リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩とを有し、
前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離していることを特徴とする生体組織補填用粉剤。
【請求項6】
前記多糖類がデキストラン硫酸塩であることを特徴とする請求項5に記載の生体組織補填用粉剤。
【請求項7】
前記多糖類から遊離した硫酸基が、前記多糖類中の全硫酸基に対して、0.1〜10%であり、かつ、前記炭酸塩が、前記多糖類100質量部に対して、0.1〜3.0質量部であることを特徴とする請求項5又は6に記載の生体組織補填用粉剤。
【請求項8】
前記多糖類から遊離した硫酸基が、放射線照射により生成されることを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載の生体組織補填用粉剤。
【請求項9】
リン酸カルシウムと多糖類と炭酸塩と水とを有し、
前記多糖類は硫酸基を含み、前記硫酸基はその一部が遊離していることを特徴とする生体組織補填用組成物。
【請求項10】
前記多糖類がデキストラン硫酸塩であることを特徴とする請求項9に記載の生体組織補填用組成物。
【請求項11】
前記多糖類から遊離した硫酸基が、前記多糖類中の全硫酸基に対して、0.1〜10%であり、かつ、前記炭酸塩が、前記多糖類100質量部に対して、0.1〜3.0質量部であることを特徴とする請求項9又は10に記載の生体組織補填用組成物。
【請求項12】
前記多糖類から遊離した硫酸基が、放射線照射により生成されることを特徴とする請求項9〜11のいずれか一項に記載の生体組織補填用組成物。

【公開番号】特開2011−125560(P2011−125560A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−288258(P2009−288258)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(000004547)日本特殊陶業株式会社 (2,912)
【Fターム(参考)】