説明

生分解性ハイドロゲルおよびその製造方法

【課題】本発明は、極めて親水性が高く多量の水を吸収保持することができる上、生分解性と極めて優れたゲル特性を示す生分解性ハイドロゲルと、電子線照射によらず、当該ハイドロゲルを効率的に製造するための方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る生分解性ハイドロゲルは、側鎖カルボキシ基が修飾されている特定単位構造を有するポリ−γ−グルタミン酸からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極めて親水性が高く多量の水を吸収保持することができる上に、生分解性と極めて優れたゲル特性を示す生分解性ハイドロゲルと、当該ハイドロゲルを効率的に製造するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイドロゲルと呼ばれる高分子化合物は、その化学構造中に水酸基やカルボキシ基などの親水性基を多数有し、且つ網目状の架橋構造を有することから、その網目構造中に多量の水を包含することができる上に、多少の圧力では内部の水を放すことはない。
【0003】
ハイドロゲルとしては、ポリアクリル酸、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルピロリドンなどの親水性ポリマーを、架橋剤などを用いた化学的手段やγ線などを用いた物理的手段により架橋したものが挙げられる。このようなハイドロゲルは、透明度が高いという利点の他、吸水性が極めて優れるという特性を有し、創傷被覆材などとしての利用が検討されている。即ち、創傷は乾燥環境下よりも湿潤環境下の方が治癒し易いといえることから、ハイドロゲルからなるシートで創傷部位を被覆することにより、治癒の促進が可能になると考えられる。その他、化粧品などに添加される保湿剤、農業分野で利用される保水材、細胞培養用ゲルとしても利用され得る。特に吸水性に優れる架橋ポリアクリル酸塩は、オムツなどの吸水シート材料としての利用が進んでいる。
【0004】
ところが、上記のような化成ポリマーの架橋体は生分解性を示さない上に、その優れた吸水性から燃焼処理するためには多大なエネルギーを要するので、使用後の廃棄時における環境負荷が大きい。そこで、親水性の高い生分解性ポリマーの利用が考えられる。かかる生分解性ポリマーであれば、微生物などによる分解が可能であるので廃棄時の環境負荷が小さい。また、安全性に優れることから、例えば歯のインプラントなどにおいて、生体内で用い得る接着剤などとして利用も可能である。
【0005】
しかし生分解性ポリマーは、化成ポリマーに比して透明度に劣り、また、吸水性も質量比でせいぜい10倍程度までと十分でないという問題がある。例えば、代表的な生分解性ハイドロゲルとしては寒天やコンニャクがあり、これらが安全であり分解が容易であることは万人に理解され得るところであるが、いったんゲル化させた以降は吸水させ難く、高い吸水性が求められる用途では利用し難いことも十分に首肯できるところである。
【0006】
生分解性のポリマーとしては、近年、納豆の糸の主成分であるポリ−γ−グルタミン酸が注目を集めている。ポリ−γ−グルタミン酸は極めて高い親水性を示すことから、架橋により吸水材などとしての利用も考えられる。例えば特許文献1には、ポリ−γ−グルタミン酸の溶液に電子線を照射して生分解性吸水性樹脂を製造する方法が記載されている。しかし、電子線による架橋では、ポリ−γ−グルタミン酸の特性である生分解性が失われてしまう。一方、ポリ−γ−グルタミン酸は、それを構成するモノマー単位毎にカルボキシ基を有することから化学的な架橋も可能であり、化学的な架橋であれば生分解性も維持できるために、生分解性の吸水材などの開発も期待できる。ところがポリ−γ−グルタミン酸には、その高い親水性故に化学的な架橋が難しいという問題がある。
【0007】
即ち、ポリ−γ−グルタミン酸は水に対して高い溶解性を示すが、有機溶媒にはほとんど溶解しないために、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基(α−カルボキシ基)を修飾するには、その水溶液中、水溶性の脱水縮合剤である1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(Water Soluble Carbodiimide,WSC)を用いて架橋剤や修飾剤を縮合していた(特許文献2〜4)。しかし、水溶液中での脱水反応は、当然ではあるが効率が極めて悪い。また、脱水縮合剤は比較的高価であり、生体にアレルギー症状を引き起こすおそれもある。
【0008】
ところで本発明者らは、ポリ−γ−グルタミン酸に関する研究を継続して行っており、ポリ−γ−グルタミン酸と第四級アンモニウムイオン化合物とのコンプレックスが、保湿性を有しながらも水に対して不溶性を示す一方で、有機溶媒に溶解できることを見出している(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−327795号公報
【特許文献2】特開2002−80593号公報
【特許文献3】特開2007−297559号公報
【特許文献4】特開2009−209362号公報
【特許文献5】特開2010−222496号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、ポリ−γ−グルタミン酸を架橋して吸水材などとして利用する技術は知られていた。また、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基を修飾する方法も知られていた。
【0011】
しかし、従来のポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基の修飾方法は水溶液中で脱水反応を行うという極めて効率の悪いものであった。また、従来のポリ−γ−グルタミン酸側鎖修飾体は、十分な吸水性を示すものではなかった。例えば特許文献2〜3に記載の修飾体は、元来水溶性の高いポリ−γ−グルタミン酸の側鎖に水溶性化合物を導入したのみであり、水溶性を示すためにハイドロゲルにはならないと考えられる。特許文献4の架橋体はハイドロゲルではなく成形体であって素材としては硬いものであり、吸水材などとしての利用は難しい。一方、特許文献1の架橋体は非常に高い吸水性を示すが、電子線の照射により架橋されたものであるために生分解性が失われてしまっている。
【0012】
かかる状況の下、本発明は、極めて親水性が高く多量の水を吸収保持することができる上に、生分解性と極めて優れたゲル特性を示す生分解性ハイドロゲルと、電子線照射によらず、当該ハイドロゲルを効率的に製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、本発明者らが開発したポリ−γ−グルタミン酸イオンコンプレックスの有機溶媒溶液へ特定のアミン化合物を作用させれば、驚くべきことに脱水縮合剤を用いなくても当該アミン化合物と側鎖カルボキシ基が効率良く反応し、また、得られる化合物は架橋体でないにもかかわらず極めて優れた吸水性を示すハイドロゲルであることを見出して、本発明を完成した。
【0014】
本発明に係る生分解性ハイドロゲルは、側鎖カルボキシ基が修飾されている下記単位構造(I)を有するポリ−γ−グルタミン酸からなることを特徴とする。
【0015】
【化1】

[式中、Xはリンカー基を示し、Yは1以上の水酸基を有するC6-12アリール基を示す]
【0016】
Xは、C1-6アルキレン基、または、Y側末端にアミノ基(−NR−基。ここで、Rは水素原子またはC1-6アルキル基を示す)、エーテル基(−O−基)、アミド基(−NHC(=O)−基または−C(=O)NH−基)、カルボニル基、−O(C=O)−基、−(C=O)O−基もしくはウレア基(−NHC(=O)NH−基)を有するC1-6アルキレン基とすることができ、Yは、1以上の水酸基を有するフェニル基とすることができる。
【0017】
本発明において、「C6-12アリール基」は、炭素数6〜12の一価の芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニル基、インデニル基、ナフチル基、ビフェニル基などを挙げることができる。これらのうち、フェニル基またはナフチル基が好ましく、フェニル基がより好ましい。
【0018】
「C1-6アルキレン基」とは、炭素数1〜6の直鎖状または分枝鎖状の二価の脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチレン基、ジメチレン基、トリメチレン基、メチルジメチレン基、テトラメチレン基、1−メチルトリメチレン基、1,1−ジメチルジメチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基等を挙げることができる。これらのうち、C1-4アルキレン基が好ましく、C1-2アルキレン基がより好ましい。
【0019】
「C1-6アルキル基」とは、炭素数1〜6の直鎖状または分枝鎖状の一価の脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等を挙げることができる。これらのうち、C1-4アルキル基が好ましく、C1-2アルキル基がより好ましい。
【0020】
「C12-20アルキル基」は、炭素数12〜20の直鎖状または分枝鎖状の一価の脂肪族炭化水素を意味する。例えば、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等の直鎖状C12-20アルキル基;イソテトラデシル基、イソペンタデシル基、イソヘキサデシル基、イソヘプタデシル基、イソオクタデシル基、sec−テトラデシル基、sec−ペンタデシル基、sec−ヘキサデシル基、sec−ヘプタデシル基、sec−オクタデシル基、t−テトラデシル基、t−ペンタデシル基、t−ヘキサデシル基、t−ヘプタデシル基、t−オクタデシル基、ネオテトラデシル基、ネオペンタデシル基、ネオヘキサデシル基、ネオヘプタデシル基、ネオオクタデシル基等の分枝鎖状C12-20アルキル基を挙げることができる。R4としては、好ましくはC15-20アルキル基であり、より好ましくはC16-20アルキル基であり、最も好ましくはC17-20アルキル基である。R5としては、好ましくはC13-20アルキル基であり、より好ましくはC14-19アルキル基であり、最も好ましくはC15-18アルキル基である。
【0021】
Yの定義におけるアリール基が有する水酸基の数としては、1以上、5以下が好ましい。当該水酸基数を1以上とすることにより、吸水性の確保や生体内接着剤としての利用が可能になる。一方、当該水酸基数の上限は特になく、アリール基の置換可能な数とすることができるが、水酸基数が多過ぎると原料化合物の価格が高くなり製造コストが上がるおそれがあり得るので、当該数としては5以下が好ましい。当該水酸基数としては、2以上がより好ましく、また、4以下がより好ましく、3以下がさらに好ましい。
【0022】
本発明に係る生分解性ハイドロゲルの製造方法は、
ポリ−γ−グルタミン酸水溶液に下記式(II)または式(III)の第四級アンモニウムイオン化合物を添加することにより、イオンコンプレックスを調製する工程;
【0023】
【化2】

[式中、R1〜R3は独立してC1-2アルキル基を示し、R4〜R5は独立してC12-20アルキル基を示す]
【0024】
上記イオンコンプレックスと下記式(IV)のアミン化合物とを有機溶媒中で反応させることにより、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基を修飾する工程を含むことを特徴とする。
【0025】
【化3】

[式中、Xはリンカー基を示し、Yは1以上の水酸基を有するC6-12アリール基を示す]
【0026】
上記本発明方法では、上記有機溶媒としてアルコール溶媒を用いることが好ましい。アルコール溶媒は、上記イオンコンプレックスに対する溶解性が高い上に安全である。
【0027】
また、XやYとしては、上述したものと同様のものを挙げることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係るハイドロゲルは、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基にアミン化合物がアミド結合している構造を有するものであることから生分解性を保持しており、安全性が非常に高く且つ廃棄時に環境へ負荷を与えない。また、親水性が極めて高く多量の水を吸収保持することができる。さらに、極めて優れたゲル特性を示す。従って、生体内で利用可能な接着剤、創傷被覆材、細胞培養用ゲル、農業用の保水材、化粧品などへ配合する保湿剤、吸水材などへの適用が期待できる。
【0029】
また、本発明に係る生分解性ハイドロゲルの製造方法は、水溶液中での脱水反応という低効率な従来方法と異なり、有機溶媒を用いることができ、また、高価で且つ生体に有害な脱水縮合剤を用いる必要が無い。従って本発明方法は、上記の特性を有する生分解性ハイドロゲルを安価で効率的に製造できるものとして、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、ドーパミンの飽和エタノール溶液にポリ−γ−グルタミン酸のイオンコンプレックスを添加した場合の経時的変化を示す写真である。イオンコンプレックスを添加すると((1))、イオンコンプレックスの溶解に伴って界面でドーパミンとの反応生成物が生じることが分かる((2)〜(4))。
【図2】図2は、本発明に係る生分解性ハイドロゲルに100質量倍から2000質量倍の水を添加した上で静置したものの写真である。2000質量倍の水を添加した場合には粘性のゾルとなるが、100質量倍から1000質量倍の水を添加した場合ではゲル状態が維持されていることが分かる。
【図3】図3は、本発明に係る生分解性ハイドロゲルの希釈物をFrequency Sweep試験に供した結果を示すグラフである。かかる結果より、レオロジー学的には、3000倍に希釈した試料でさえゲル性を示すことが分かる。
【図4】図4は、本発明に係る生分解性ハイドロゲルの希釈物をStrain Sweep試験に供した結果を示すグラフである。かかる結果より、15〜20%もの歪量を付加するまで、本発明に係る生分解性ハイドロゲルの1000倍希釈物はゲル性を示すことが分かる。
【図5】図5は、本発明に係る生分解性ハイドロゲルのゲル性の自己修復性を試験した結果を示すグラフであり、(1)は負荷した歪量の変化を示し、(2)はG’値とG”値を示す。かかる結果より、歪量を変化させてもG’値の低下は認められず、本発明に係る生分解性ハイドロゲルが優れた自己修復性を示すことが明らかとなった。
【図6】図6は、本発明に係る生分解性ハイドロゲルと一般的なハイドロゲルであるアガロースゲルとの間で、吸水性に関する履歴特性を試験した結果を示すグラフである。アガロースゲルではいったん乾燥するとほとんど吸水できなくなったのに対して、本発明に係るドーパミルPGAゲルでは、乾燥と吸水を5回繰返しても吸水性能が失われないことが判明した。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、先ず、本発明に係る生分解性ハイドロゲルの製造方法を、実施の順番に従って説明する。
【0032】
(1) イオンコンプレックスの調製工程
本工程では、ポリ−γ−グルタミン酸(以下、「PGA」と略記する場合がある)の水溶液に式(II)または式(III)の第四級アンモニウムイオン化合物を添加することにより、PGAと第四級アンモニウムイオン化合物からなるイオンコンプレックスを調製する。
【0033】
PGAの種類は、特に制限されない。例えば、L−グルタミン酸のみからなるもの、D−グルタミン酸のみからなるもの、両方を含むものがあるが、何れも用いることができる。
【0034】
より安定的な高次元構造を示すと考えられることから、PGAを構成するグルタミン酸のうち90%以上がL−グルタミン酸またはD−グルタミン酸であるものが好ましい。当該割合としては、92%以上がより好ましく、95%以上がより好ましく、98%以上がさらに好ましい。また、PGAを構成するグルタミン酸の大部分がL−グルタミン酸であることが好ましい。
【0035】
使用するPGAの分子サイズも特に制限されないが、平均分子質量で10kDa以上のものが好適である。一般的に、分子サイズが大きいほど強度などの性能が高くなる。一方、分子サイズが過剰に大きなPGAは製造コストが大きく、また、製造が技術的に難しい場合もあるので、通常は1,000kDa以下とする。
【0036】
PGAは、市販されているものがあればそれを用いてもよいし、別途製造してもよい。但し、通常の条件でグルタミン酸を重合するとポリ−α−グルタミン酸が得られるので、微生物を使って生合成させることが好ましい。分子サイズの大きいPGAを製造できる微生物としては、超好塩古細菌であるNatrialba aegyptiacaがある。
【0037】
原料であるPGAとしては、その塩を用いてもよい。当該塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩などのアルカリ金属塩;カルシウム塩やマグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩などを挙げることができる。また、塩を用いる場合であっても全てのカルボキシ基が塩となっている必要はなく、その一部のみが塩となっていてもよい。但し、アルカリ土類金属塩などの多価金属塩は、水に対する溶解性が低い場合があり得るので、好適にはPGAのフリー体またはPGAの一価金属塩を用いる。
【0038】
本発明に係る第四級アンモニウムイオン化合物(II)と(III)は、第三級アミンと長鎖アルキル基からなるものであり、一般的に界面活性剤や相間移動触媒などとして用いられているものである。特に第四級アンモニウムイオン化合物(III)は、抗菌剤、殺菌剤、抗真菌剤としても用いられている。
【0039】
本発明に係るPGAイオンコンプレックスとしては、第四級アンモニウム塩により十分に改質されているものが好適である。より具体的には、PGAイオンコンプレックスにおける第四級アンモニウムイオン化合物の割合が、PGAを構成するグルタミン酸に対して0.5倍モル以上であることが好ましく、0.6倍モル以上であることがより好ましく、0.7倍モル以上であることがさらに好ましい。
【0040】
特に、PGAを構成するグルタミン酸と第四級アンモニウムイオン化合物を等モルまたは略等モル含むものが好適である。PGAイオンコンプレックスにおける第四級アンモニウムイオン化合物が、PGAを構成するグルタミン酸、即ち側鎖カルボキシ基と等モルまたは略等モルであれば、PGAを十分に改質できる。ここで、略等モルとは、両者のモル数がほぼ等しいことを意味するが、具体的にはPGAを構成するグルタミン酸に対する第四級アンモニウムイオン化合物が0.8倍モル以上、1.2倍モル以下、特に0.9倍モ
ル以上、1.1倍モル以下であることをいうものとする。
【0041】
なお、第四級アンモニウムイオン化合物は、一種のみ用いてもよいし、二種以上を混合して用いてもよい。また、第四級アンモニウムイオン化合物(II)と第四級アンモニウムイオン化合物(III)を混合して用いてもよい。なお、第四級アンモニウム塩としては、化合物(III)がより好適である。
【0042】
第四級アンモニウムイオン化合物は、通常、ハロゲン化物塩として存在する。よって、本発明においては、反応液へ第四級アンモニウムイオン化合物塩を直接添加したり、或いは当該塩を水溶媒に溶解した上で添加すればよい。第四級アンモニウムイオン化合物は、PGAを十分に改質するため、PGAに対して十分量用いることが好ましい。
【0043】
本発明のPGAイオンコンプレックスは、溶媒中、PGAと第四級アンモニウムイオン化合物を混合するのみで、極めて容易に製造できる。
【0044】
ここで使用する溶媒としては、水が好適である。原料であるPGAを良好に溶解できるからであり、また、目的化合物であるPGAイオンコンプレックスは水に対して不溶性であることから、反応後における目的物の単離精製に便利だからである。但し、第四級アンモニウムイオン化合物の水溶性などによっては、反応液に対するそれらの溶解性を高めるために、メタノールやエタノールなどのアルコール溶媒;THFなどのエーテル溶媒;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミド溶媒などの水溶性有機溶媒を反応液に添加してもよい。しかし、反応終了後の回収などを考慮すれば、溶媒としては水のみを用いることが好ましい。
【0045】
本発明のPGAイオンコンプレックスは水不溶性であることから、水溶媒から容易に分離できるため、反応液における各成分の濃度は特に制限されない。例えば、反応液におけるPGAの濃度を0.5w/v%以上、10w/v%以下程度、第四級アンモニウムイオン化合物の濃度を1.0w/v%以上、10w/v%以下程度とすることができる。
【0046】
反応液は、第四級アンモニウムイオン化合物の分散性を高めるため、適度に加熱することが好ましい。加熱温度は、例えば40℃以上、80℃以下程度とすることができる。反応時間は適宜調整すればよいが、通常、1時間以上、24時間以下程度とすることができる。
【0047】
本発明のPGAイオンコンプレックスは水不溶性であることから、濾過や遠心分離などにより水溶媒から容易に分離することができる。また、分離したPGAイオンコンプレックスは、水で洗浄することにより、過剰に用いたPGAまたは第四級アンモニウムイオン化合物、その他の塩を除去することも可能である。また、水溶媒は、アセトンなどで洗浄することにより簡便に除去できる。
【0048】
(2) 反応工程
次に、上記で得られたPGAイオンコンプレックスとアミン化合物(IV)とを有機溶媒中で反応させることにより、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基を修飾する。なお、本発明方法においてはWSCなどの脱水縮合剤を用いなくても反応が進行する。その理由は必ずしも明らかではないが、PGAイオンコンプレックス溶液中ではイオン化したPGAが第四級アンモニウム塩の作用により有機溶媒に溶解しているという特殊な環境にあり、イオン化したPGAがより安定化するよう、第四級アンモニウム塩よりも反応性の高いアミン化合物と反応してアミドとなる方向に反応平衡が大きく傾くことによると考えられる。また、当該反応は有機溶媒中で進行するため、脱水反応が進み易いという要因もある。
【0049】
アミン化合物(IV)はシンプルな化学構造を有するため、市販のものがあればそれを使用すればいいし、或いは市販の化合物から当業者公知の方法により容易に合成することができる。
【0050】
PGAイオンコンプレックスとアミン化合物(IV)とを反応させる条件は、適宜調整することができる。例えば、PGAイオンコンプレックスの溶液を用いることができる。
【0051】
PGAイオンコンプレックスを溶解するための溶媒は、PGAイオンコンプレックスを十分に溶解できるものであり、且つアミン化合物(IV)とのアミド化反応を阻害しないものであれば特に制限されないが、例えば、PGAイオンコンプレックスに対する優れた溶解性と安全性から、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノールなどのC1-6アルコール溶媒を挙げることができる。これらの中では、C1-4アルコール溶媒が好ましく、C1-2アルコール溶媒がより好ましく、エタノールがさらに好ましい。
【0052】
PGAイオンコンプレックス溶液の濃度は特に制限されず、適宜調整すればよいが、例えば、0.1w/v%以上、20w/v%以下が好ましい。当該濃度が0.1w/v%以上であれば、十分な効率で反応を進めることができる。一方、当該濃度が高過ぎると、PGAコンプレックスの溶解が困難になるおそれがあり得るので、当該濃度としては20w/v%以下が好適である。当該濃度としては、0.5w/v%以上がより好ましく、1w/v%以上がさらに好ましく、また、15w/v%以下がより好ましく、10w/v%以下がさらに好ましい。
【0053】
アミン化合物(IV)の添加量は、上記PGAイオンコンプレックスの使用量などにより適宜調整すればよいが、例えば、PGAイオンコンプレックスに対する質量比で0.01以上、5以下とすることができる。当該質量比が0.01以上であれば、十分な効率で反応を進めることができる。一方、当該質量比が高過ぎると、かえって反応効率が低下するおそれがあり得るので、当該質量比としては5以下が好適である。当該質量比としては、0.05以上がより好ましく、0.1以上がさらに好ましく、0.4以上が特に好ましく、また、4以下がより好ましく、2以下がさらに好ましく、1以下が特に好ましい。
【0054】
また、最終的に得られる生分解性ハイドロゲル(側鎖カルボキシ基修飾PGA)における側鎖カルボキシ基の所望の修飾率に応じて、アミン化合物(IV)の添加量を決定してもよい。即ち、例えば使用したPGAの平均分子量と量から当該PGAを構成する総グルタミン酸のモル数を算出し、さらに所望の修飾率が得られるアミン化合物(IV)の理論必要量を算出し、当該理論必要量の0.5倍モル以上、2倍モル以下程度、より好ましくは1倍モル以上、1.8倍モル以下程度のアミン化合物(IV)を用いればよい。なお、本発明における側鎖カルボキシ基の所望の修飾率とは、修飾された側鎖カルボキシ基のモル数を、使用したPGAを構成する総グルタミン酸のモル数、即ち、側鎖カルボキシ基の総モル数で除し、100をかけたパーセンテージをいうものとする。ここで、PGAは高分子であることから、末端のα−カルボキシ基は無視するものとする。また、修飾された側鎖カルボキシ基のモル数は、固体核磁気共鳴分析などで決定することができる。
【0055】
アミン化合物(IV)は、そのままPGAイオンコンプレックス溶液に添加してもよいし、いったん溶液とした上で添加してもよい。
【0056】
アミン化合物(IV)を溶解する溶媒は適宜選択すればよいが、例えば、水;蟻酸や酢酸などの有機酸溶媒;メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノールなどのC1-6アルコール溶媒;ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド溶媒;N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミド溶媒;ジエチルエーテルやテトラヒドロフランなどのエーテル溶媒;これら2以上の混合溶媒を挙げることができる。但し、上記溶媒の種類や量によっては、溶解性の低いPGAイオンコンプレックスが析出したり分解するおそれがあり得るので、溶媒としてはPGAイオンコンプレックスの溶媒と同じものとするか、或いはアミン化合物(IV)溶液の濃度を高くしてその量をできるだけ抑制することが好ましい。
【0057】
本工程の反応は非常に速やかに進行し、また、得られる反応物の溶解性は低い。よって、アミン化合物(IV)溶液の添加手段により、得られる反応物の形態を制御することも可能である。例えば、アミン化合物(IV)溶液をノズルから押出してPGAイオンコンプレックス溶液に添加する場合、ノズル径を調整することにより所望の径を有する繊維状物質を得ることが可能になる。
【0058】
また、上記とは逆に、アミン化合物(IV)溶液にPGAイオンコンプレックスをそのまま或いは溶液状態で添加してもよい。
【0059】
この場合、アミン化合物(IV)を溶解するための溶媒としては、PGAイオンコンプレックスを溶解するための溶媒と同一とすることが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノールなどのC1-6アルコール溶媒とすることが好ましい。これらの中では、C1-4アルコール溶媒が好ましく、C1-2アルコール溶媒がより好ましく、エタノールがさらに好ましい。
【0060】
なお、アミン化合物(IV)溶液にPGAイオンコンプレックスをそのまま添加する場合、PGAイオンコンプレックスが溶媒に溶解すると共にアミン化合物(IV)との反応が起こり、反応生成物が析出する。
【0061】
本工程の反応温度や反応時間は適宜調整すればよい。例えば、常温で反応させれば温度制御は必要なく、工業的な大量生産にも適する。また、反応時間としては、PGAコンプレックスとアミン化合物(IV)とを混合してから、10分間以上、50時間以下程度とすることができる。また、反応混合液は、静置しておいてもよいし、攪拌してもよい。
【0062】
(3) 後処理工程
次に、上記工程で得られた反応生成物、即ち側鎖カルボキシ基がアミン化合物(IV)によりアミド化されたPGAを単離する。
【0063】
側鎖カルボキシ基がアミン化合物(IV)によりアミド化されたPGAは、極めて高い親水性を示すものの、一般的な溶媒に対する溶解性は低い。よって、上記反応混合物から析出した生成物を、遠心分離などにより反応液から分離したり、或いはスパーテルなどの器具に付着させて回収することができる。
【0064】
次いで、単離された生成物を有機溶媒で洗浄することが好ましい。洗浄に用いられる有機溶媒としては、C1-6アルコール溶媒など、PGAイオンコンプレックスやアミン化合物(IV)などに対して溶解性を示すものが好ましい。
【0065】
さらに、無水アセトンなどによる脱水処理や、減圧乾燥などにより、乾燥することが好ましい。
【0066】
以上で説明した本発明方法で製造される生分解性ハイドロゲルは、生分解性を示すことから非常に安全性が高く且つ廃棄時に環境へ負荷を与えない上に、極めて親水性が高く、自質量の1000倍もの水を吸収保持することができる。また、極めて優れたゲル特性を示す。従って、生体内で利用可能な接着剤、創傷被覆材、農業用の保水材、吸水材などへの適用が期待できる。
【0067】
本発明に係る生分解性ハイドロゲルの側鎖カルボキシ基の修飾率としては、5%以上、90%以下が好ましい。当該修飾率が5%以上であれば、ゲルの形状をとり始める。また、当該修飾率が10%以上であれば、十分にハイドロゲル化する。一方、当該修飾率の上限は特に制限されず100%であってもよいが、修飾率を100%にするのは難しい場合もあるので、好適には90%以下とする。当該修飾率としては、20%以上がより好ましく、30%以上がさらに好ましく、また、80%以下がより好ましく、70%以下がさらに好ましく、60%以下が特に好ましい。
【実施例】
【0068】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0069】
実施例1
(1) PGAイオンコンプレックスの調製
超好塩古細菌であるN.aegyptiaca由来のものであり、平均分子量が1000kDのポリ−γ−グルタミン酸ナトリウム塩(10g)を精製水に溶解し、2w/v%の溶液とした。当該溶液へ60℃に保温したヘキサデシルピリジニウムブロマイド(HDPB)の0.2M水溶液を等量加えた。HDPB添加直後に水不溶性材料が形成されることを確認した後、さらに60℃で4時間保温した。得られた水不溶性材料を濾別回収した後、100mLの熱水で計3回洗浄した。さらにアセトンで洗浄することにより脱水した後、真空乾燥した。
【0070】
得られた水不溶性材料を酸加水分解後、常法に従ってキラル分割HPLCで分析したところ、原料として使用したポリ−γ−グルタミン酸ナトリウム塩の側鎖カルボキシ基の90%以上が改質されていることが分かった。
【0071】
(2) PGAイオンコンプレックス溶液の調製
上記(1)で得られたPGAイオンコンプレックス(2g)を無水エタノール(50mL)に加え、完全に溶解するまで室温で容器を転倒させつつ混和し、4w/v%溶液とした。
【0072】
(3) ドーパミルPGAの調製
別途、ドーパミン塩酸塩(0.85g)を無水エタノール(100mL)に溶解し、0.85w/v%溶液を得た。上記(2)で得られたPGAイオンコンプレックス溶液(5mL)を注射器に充填し、当該ドーパミン溶液(10mL)に注入し、常温で静置したところ、繊維状の物質が生じた。当該繊維状物質を遠心分離で回収し、無水エタノール(10mL)で3回洗浄した後、アセトンに浸漬して脱水した。繊維状物質を遠心分離で分離した後、真空乾燥することにより、PGAとドーパミンとの反応物(以下、「ドーパミルPGA」という)を得た。なお、本実験を繰り返し行い、静置時間を30分間から24時間としたが、得られる反応物に変わりはなかった。
【0073】
なお、上記(1)で得られたPGAイオンコンプレックスが黄色みを帯びていたのに対して、得られたドーパミルPGAは白色を呈していた。
【0074】
実施例2
上記実施例1(1)により得られたPGAイオンコンプレックス(10mg)を、常温で調製したドーパミン塩酸塩飽和エタノール溶液(500μL)の入ったエッペンチューブに常温で投入した(図1(1))。その結果、PGAイオンコンプレックスのエタノールへの溶解とこれに伴って瞬時に起こるドーパミンによる修飾反応、さらにPGAとドーパミンとの反応物がアルコールに不溶という特性を利用し、PGAイオンコンプレックスと液相の界面で形成される微細繊維状物質(図1(2)の矢印部分)をピペットで巻き取って回収した(図1(2)〜(3))。かかる操作を、PGAイオンコンプレックスが消失するまで行った(図1(4))。回収した微細繊維状物質を上記実施例1(3)と同様にして洗浄・乾燥した。
【0075】
試験例1 ゲル特性試験
実施例2で得られたドーパミルPGAを20mL容の蓋付容器に入れ、それぞれ質量比で100倍、250倍、300倍、500倍、1000倍または2000倍の水を加え、蓋をした上で振り混ぜて静置した。これら容器を逆さにした写真を図2に示す。
【0076】
図2のとおり、本発明に係るドーパミルPGAは、少なくとも質量比で1000倍の水までは内部に保持することができ、容器を逆さにしても流動性を示さず、ゲル状態が維持されていた。一般的な生分解性ハイドロゲルは、せいぜい10倍程度までの水を内部に保持することしかできないが、本発明に係る生分解性ハイドロゲルは、従来の生分解性ハイドロゲルの吸水能を遥かに上回る、化成ハイドロゲルに匹敵するほどの吸水性を示した。
【0077】
また、ドーパミルPGAに質量比で2000倍の水を加えたところ、流動性を有する高粘性ゾルに転移した。一般に、化成ポリマーにはゾル−ゲル転移は見られず、生分解性のバイオゲルに特有の性質といえる。ゾル状態、さらには粘性を有しない水溶液状態であれば、処理は非常に容易であり、廃棄時に環境へ与える負荷が少ない。本発明に係るハイドロゲルは、上記のとおり高い吸水性を示しながらも、生分解性ハイドロゲルのかかる特性を保持していることが明らかとなった。
【0078】
因みに、PGAの水溶性は極めて高く、10w/w%を超える高濃度でも水溶液の状態をとる。この異常に高い親水性の制御が、PGAの産業実用材料化を考える上で大きな課題となっていた。そのため、本発明に係るハイドロゲルは、このような材料化のモデルとしても興味深いものである。
【0079】
試験例2 Frequency Sweep試験
Frequency Sweep試験により、ドーパミルPGAの希釈液がゲル性を示すか或いはゾル性を示すかを調べた。この試験によれば、一定の歪量下、周波数を変化させて動的な粘弾性を測定することにより、ゲル性とゾル性の有無を明らかにできる。詳しくは、試料に加えた力学的エネルギーが回復される性質を弾性(ゲル性)といい、貯蔵剛性率G’で表すことができる。一方、変形速度に比例した応力が発生する状態で変形を止めると応力は0となり、変形したままになる性質を粘性(ゾル性)という。この場合、加えた力学的エネルギーが全て熱となって散逸し、これを損失剛性率G”として測定できる。試料の粘弾性は損失正接tanδ=G”(ω)/G’(ω)[式中、ωは角速度を示す]で評価され、レオロジー学上、tanδ<1の場合に試料はゲルであるといえ、与えられたエネルギーが試料に蓄えられる傾向が強くなる。一方、tanδ>1の場合、試料はゾルであるといえ、試料に与えられたエネルギーは熱として放出される。
【0080】
実施例2で得られたドーパミルPGAを20mL容の蓋付容器に入れ、質量比で1000倍または3000倍の水を加え、蓋をした上で振り混ぜることにより希釈した。上記試験例1のとおり、見かけ上、1000倍希釈の場合はゲル状を保っていたが、3000倍希釈の場合はゾル状であった。ストレスレオメータ(TAインストールメント社製,AR−G2)を用い、各試料の貯蔵剛性率G’と損失剛性率G”をレオロジー分析により求めた。測定はチタン製のパラレルプレート上で行い、試料の厚さは400μmとし、温度はペルチェ制御により25℃に保った。1000倍希釈ドーパミルPGA試料の測定では直径4cmのプレートを用い、3000倍希釈ドーパミルPGA試料では直径6cmのプレートを使った。歪量(%)はrω/h(式中、rは半径を示し、ωは角速度を示し、hは試料厚を示す)の百分率で定義されるものであり、1000倍希釈ドーパミルPGAでは1%に固定した。一方、3000倍希釈ドーパミルPGA試料は柔らか過ぎ、歪量が1%では低周波数域の分析が難しかったため、歪量は5%に固定した。周波数は、0.01Hzから10Hzまで変化させた。結果を図3に示す。
【0081】
図3の結果のとおり、1000倍希釈ドーパミルPGA試料のG’値(●)は明らかにG”値(○)よりも大きく、明確なゲル性を示すことが分かった。一方、3000倍希釈ドーパミルPGA試料では明らかにG’値(▲)とG”値(△)の差は小さくなったが、tanδ<1である。よって、見かけ上、3000倍希釈ドーパミルPGA試料はゾル状であるが、レオロジー学上はゲルといえるものであることが明らかとなった。
【0082】
以上の結果のとおり、本発明に係るドーパミルPGAは、含水量に応じてゾル−ゲル転移を起こすことが予想できるが、3000倍もの水分を含む場合であってもゲル性を示すことから、優れたゲル特性を示すことが証明された。
【0083】
試験例3 Strain Sweep試験
Strain Sweep試験は、一定の周波数の下で歪量を変化させ、どの程度の歪みでゲル状態が破壊されるかを調べるものである。そこで、明確なゲル性を示す1000倍希釈ドーパミルPGAについて、Strain Sweep試験を行った。
【0084】
基本的な実験条件や機器類は試験例2に準ずるが、本試験においては周波数を1Hzに固定化し、歪量を0.01%から3000%まで変化させ、貯蔵剛性率G’と損失剛性率G”を測定した。結果を図4に示す。
【0085】
図4のとおり、1000倍希釈ドーパミルPGA試料の場合、歪量3%付近でG’値(●)は低下し始め、歪量15〜20%でG”値(○)と逆転した。この時点でゾル状態または溶液状態に達したと考えられる。
【0086】
試験例4 Self−healing試験
Self−healing試験は、一定の周波数の下、歪量を一定時間ごとに大きく変化させ、ゲルの自己修復性を調べるものである。上記の本発明に係る1000倍希釈ドーパミルPGAについて、かかる自己修復性を調べた。
【0087】
具体的には、図5(1)のとおり、本発明に係る1000倍希釈ドーパミルPGAに対して、歪量1%から始め、302秒後に歪量を100%に、598秒後に歪量を1%に、1120秒後に歪量を100%に、1490秒後に歪量を1%に、2090秒後に歪量を100%にし、最終的には2085秒後の時点で歪量を1000%にし、歪量を1%と100%との間で周期的に切り替えつつ、G’値とG”値を測定した。結果を図5に示す。
【0088】
図5(2)のとおり、歪量を1%から100%に切り替えた瞬間、G”値(○)がG’値 (●)を上回り、ゾル状態になった。次いで、1%に戻すと瞬時にG’値とG”値が逆転し、ゲル性の回復が認められた。このような挙動は何度も繰り返し確認できた。また、ゲルの劣化は正味のG’値が低下することで表れてくるが、ここではほぼ100%回復していた。現在広く用いられている一般的な化学ゲルでは、ゲル構造が崩壊するようなストレスを受けると二度とゲルに復帰することはないとされているが、かかる結果から、本発明に係るドーパミルPGAが自己修復性という極めて優れたゲル特性を有することが実証された。最後に、1000%という強歪みをかけることでドーパミルPGAのポリマー鎖にも達する破壊・破断を試みた結果、自己修復ゲルとしての性質は完全に消滅したため、かかる自己修復性は、ドーパミルPGAの特に高分子構造領域に起因する特性であることが示された。
【0089】
試験例5 乾燥−吸水履歴特性試験
特定のストレスから解放された材料が初期状態に戻ろうとする性質を履歴特性という。例えばヒドロゲルの場合、乾燥を繰り返しても初期状態に近い吸水力が維持されているとなれば、優れた履歴ゲル材として重宝される可能性が高まる。今回、寒天末に含まれる代表的なバイオゲルであるアガロースと本発明に係るドーパミルPGAについて、乾燥と吸水に係る履歴特性を比較した。
【0090】
具体的には、1w/v%ドーパミルPGAゲルと1w/v%アガロースゲルの各々2mLをガラスシャーレ(φ3.5cm)内に静置した。次いで、50時間かけて十分に乾燥させた後、再度2mLの蒸留水を加えてから5分後の吸水率を算出した。当該吸水率は添加した水分量に対する残存水分量の比率から算出した。この操作を5回まで繰り返した。
結果を図6に示す。
【0091】
図6のとおり、アガロースゲルではいったん乾燥するとほとんど吸水できなくなった(白抜きの棒線)。このように、アガロースゲルをはじめとする一般的な多糖類バイオゲルではヒステリシス(履歴挙動を妨げる性質)が大きいという問題があった。これに対し、本発明に係るドーパミルPGAゲルでは、乾燥と吸水を5回繰返しても吸水性能が失われないことが判明した(黒塗りの棒線)。以上、本発明に係るドーパミルPGAには、吸水性に関して優れた復帰挙動が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
側鎖カルボキシ基が修飾されている下記単位構造(I)を有するポリ−γ−グルタミン酸からなることを特徴とする生分解性ハイドロゲル。
【化1】

[式中、Xはリンカー基を示し、Yは1以上の水酸基を有するC6-12アリール基を示す]
【請求項2】
Xが、C1-6アルキレン基、または、Y側末端にアミノ基、エーテル基、アミド基、カルボニル基、−O(C=O)−基、−(C=O)O−基もしくはウレア基を有するC1-6アルキレン基である請求項1に記載の生分解性ハイドロゲル。
【請求項3】
Yが1以上の水酸基を有するフェニル基である請求項1または2に記載の生分解性ハイドロゲル。
【請求項4】
生分解性ハイドロゲルを製造するための方法であって、
ポリ−γ−グルタミン酸水溶液に下記式(II)または式(III)の第四級アンモニウムイオン化合物を添加することにより、イオンコンプレックスを調製する工程;
【化2】

[式中、R1〜R3は独立してC1-2アルキル基を示し、R4〜R5は独立してC12-20アルキル基を示す]
上記イオンコンプレックスと下記式(IV)のアミン化合物とを有機溶媒中で反応させることにより、ポリ−γ−グルタミン酸の側鎖カルボキシ基を修飾する工程を含むことを特徴とする製造方法。
【化3】

[式中、Xはリンカー基を示し、Yは1以上の水酸基を有するC6-12アリール基を示す]
【請求項5】
有機溶媒としてアルコール溶媒を用いる請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
Xが、C1-6アルキレン基、または、Y側末端にアミノ基、エーテル基、アミド基、カルボニル基、−O(C=O)−基もしくは−(C=O)O−基を有するC1-6アルキレン基であるアミン化合物(IV)を用いる請求項4または5に記載の製造方法。
【請求項7】
Yが1以上の水酸基を有するフェニル基であるアミン化合物(IV)を用いる請求項4〜6のいずれかに記載の製造方法。

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−211308(P2012−211308A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−44296(P2012−44296)
【出願日】平成24年2月29日(2012.2.29)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】