説明

生分解性樹脂組成物

【課題】加水分解および酸化劣化を起こし難く、かつ高強度および高剛性で熱的安定性に優れた生分解性樹脂組成物の提供。
【解決手段】下記式で表される繰り返し構造単位を含むポリヒドロキシアルカン酸重合体からなる基材樹脂と、ルイス酸性官能基およびルイス塩基性官能基を併有する中性の極性化合物とを、前記基材樹脂100質量部に対して前記極性化合物0.01〜30質量部の割合で含むことを特徴とする生分解性樹脂組成物。
【化4】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加水分解および酸化劣化を起こし難く、かつ高強度および高剛性で熱的安定性に優れた生分解性樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性プラスチックは、自然界に廃棄された場合には、最終的に微生物等によって分解されるため、環境負荷が低い、という利点がある。さらに、将来枯渇が予想されている石油資源ではなく、永続的に再生可能な植物等を原料として供給可能であり、より安全性が高く、また、資源リサイクルの観点からも有利である。
【0003】
ところで、一般に、自然界に生息する微生物の中には、エネルギー貯蔵物質としてヒドロキシアルカン酸をモノマーユニットとするポリエステルを合成・蓄積するものが数多く知られている。この微生物ポリエステルは、糖・植物油等の再生可能炭素資源(バイオマス)から合成される生分解性プラスチックとして注目されている。中でも、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、糖質、脂肪酸などの再生可能原料から生合成可能な生分解性ポリエステルであり、実用上重要なポリマー材料である。
【0004】
このPHAは、一般的に単体では剛性が低く、かつ分子内にエステル結合を有するため、150℃以上の温度で急激に加水分解,熱による酸化劣化を引き起こして低分子量化してしまう性質を有する。そのため、自動車用素材としては、さらなる剛性,熱的安定性が必要であるが、例えば、ゴム成分の添加だけでは物性は改善されず、むしろ物性の低下を引き起こす問題がある。
【0005】
そこで、PHAの剛性、加水分解性、熱的安定性等を改善するために、各種の提案がなされている。例えば、特許文献1には、バイオポリマ−以外のポリマ−(ポリエステル
系樹脂、ナイロン系樹脂、スチレン系樹脂、及びポリオレフイン系樹脂 )、および/または、アイオノマー樹脂、オキサゾリン系相溶化剤、エラストマ−系相溶化剤、反応性相溶化剤、および共重合体系相溶化剤からなる群から選ばれる少なくとも1種の相溶化剤を配合して、生分解性ポリマー材料の加水分解性を制御する方法が記載されている。また、特許文献2には、テルペンフエノール樹脂を含むフエノール含有化合物を、生分解性ポリマーまたは生分解性ポリマー組成物の分解速度を減速するのに充分な量で生分解性ポリマーまたは生分解性ポリマー組成物中に導入する方法が記載されている。また、特許文献3には、Fe、Ce、Co、Mn、Cu、Vd等の金属の有機塩をPHAに添加する方法が記載されている。
【特許文献1】特開2005−220238号公報
【特許文献2】特表2004−509205号公報
【特許文献3】特開2002−342485号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの提案されている方法は、いずれも生分解性ポリマーを石油、天然ガス由来の、いわゆる石油化学系樹脂と混合するか、もしくは、有機金属塩と混合しているため、素材のトータルライフサイクル(原材料→素材→部品→(製品)→使用→廃棄(燃焼,埋め立て))で見た場合、CO増大による気候変動、廃棄物中の残存金属に伴なう土壌汚染等を引き起こす要因となるため、生分解性ポリマーによる環境負荷低減効果が十分達成されない
【0007】
そこで、本発明の目的は、PHAを基材樹脂とし、加水分解および酸化劣化を起こしにくく、かつ高強度および高剛性で熱的安定性に優れた生分解性樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明の生分解性樹脂組成物は、下記式で表される繰り返し構造単位を含むポリヒドロキシアルカン酸重合体からなる基材樹脂と、ルイス酸性官能基およびルイス塩基性官能基を併有する中性の極性化合物とを、前記基材樹脂100質量部に対して前記極性化合物0.01〜30質量部の割合で含むことを特徴とする。前記極性化合物は、金属を含有しない有機化合物であることが好ましい。また、前記極性化合物は、アスパラギン、グルタミンおよびチロシンから選ばれる少なくとも1種のアミノ酸であることが好ましい。
【化2】

【0009】
この生分解性樹脂組成物では、ポリヒドロキシアルカン酸重合体からなる基材樹脂と、ルイス酸性官能基およびルイス塩基性官能基を併有する中性の極性化合物とを、基材樹脂100質量部に対して極性化合物0.01〜30質量部の割合で含むことによって、非加水分解性および非酸化劣化性が改善されるとともに、高い強度および剛性と優れた熱的安定性を得ることができる。
【0010】
また、本発明は、前記生分解性樹脂組成物において、前記基材樹脂と、前記極性化合物を混合した後、加熱処理して結晶化させたことを特徴とする生分解性樹脂組成物を提供する。
【0011】
この生分解性樹脂組成物では、前記基材樹脂と、前記極性化合物を混合した後、加熱処理して結晶化させることによって、耐加水分解性および耐酸化劣化性が改善されるとともに、高い強度および剛性と優れた熱的安定性を得ることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の生分解性樹脂組成物は、加水分解および酸化劣化を起こしにくく、かつ高強度および高剛性で熱的安定性に優れたものである。そのため、本発明の生分解性樹脂組成物は、自動車用素材として利用した場合、CO増大による気候変動、廃棄物中の残存金属に伴なう土壌汚染等を引き起こす要因とならず、環境負荷の低減、資源リサイクルの観点から有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の生分解性樹脂組成物(以下、「本発明の組成物」という)について詳細に説明する。
【0014】
本発明の組成物は、ポリヒドロキシアルカン酸重合体からなる基材樹脂と、極性化合物とを、必須成分として含むものである。
基材樹脂を構成するポリヒドロキシアルカン酸重合体は、前記式(1)で表される繰り返し構造単位を含むものである。前記式(1)において、RはCまたはCHを表し、nは700〜500000程度である。このポリヒドロキシアルカン酸重合体は、式(1)において、RがCHである繰り返し構造単位(1−a)のみからなるホモポリマー(ポリ3−ヒドロキシ酪酸)、RがCである繰り返し構造単位(1−b)のみからなるホモポリマー(ポリ3−ヒドロキシペンタン酸)、および繰り返し構造単位(1−a)と繰り返し構造単位(1−b)とを含む共重合体のいずれであってもよい。特に、合成可能な菌種、収率、収量などの観点から、ポリ(R)−3−ヒドロキシ酪酸が好ましい。
【0015】
本発明の組成物において、基材樹脂として用いられるポリヒドロキシアルカン酸重合体は、ポリスチレン換算分子量分布測定による重量平均分子量Mwが160000〜180000程度、同じくMPも160000〜180000程度のものである。
【0016】
このポリヒドロキシアルカン酸重合体は、グルコース等の糖類を炭素源(栄養源)として、各種の微生物を培養すると、定常期(増殖期ではなく、菌体数がほぼ一定の値で平衡状態になった時)に、TCAサイクル(生物体内代謝経路の一種)によって、皮下脂肪のごとく蓄積して生成するものである。この微生物産生のポリヒドロキシアルカン酸重合体は、通常、R−体の光学異性体で構成される。この生成物を溶媒で抽出し、精製したのが原料粉末、さらにその粉末に各種添加剤を添加するなどしてペレット化して、ペレット素材として得ることができる。特に、基材樹脂として用いられるポリヒドロキシアルカン酸重合体は、R−体で構成されるものが生分解性に優れるため、好ましい。また、R−体のポリヒドロキシアルカン酸重合体に、生分解性を阻害しない範囲でS−体を混合したもの、または共重合化したものを基材樹脂として用いてもよい。
【0017】
本発明の組成物において、極性化合物は、ルイス酸性官能基およびルイス塩基性官能基を併有する中性の化合物である。基材樹脂に配合する化合物が、ルイス酸性官能基のみを有する化合物である場合、その化合物はO−からの求電子反応を受けるのみであり、また、ルイス塩基性官能基のみを有する化合物である場合、その化合物はC+への求核反応を行うのみであり、いずれの場合も単に、ポリヒドロキシアルカン酸重合体の分子内のエステル結合を弱めるだけの働きしかない。また、O−からの求電子反応およびC+への求核反応は、同時に同じ強さで起こる方が良い。したがって、本発明において、基材樹脂に配合する化合物は、「極性分子でありかつ中性(6<pH<8)」である必要がある。
【0018】
また、ルイス酸性官能基、ルイス塩基性官能基のどちらか一方を有する極性分子を、それぞれ個別に添加しても、O−からの求電子反応,C+への求核反応がそれぞれ個別に起こるだけで、PHA樹脂の立体構造制御を達成することはできない。
さらに、ブレンステッド酸性(プロトン供与性)またはブレンステッド塩基性(プロトン受容性)を有する、イオン結合性無機化合物のような添加剤を選択しても、O−からの求電子反応,C+への求核反応は起こらず、PHA樹脂の立体構造を制御することはできない。
【0019】
この極性化合物は、基材樹脂を構成するポリヒドロキシアルカン酸重合体が生分解性ポリマーであることから、使用後(廃棄、埋め立て、燃焼時)の環境負荷を低減することも踏まえ、金属を含まない有機物であり、天然に存在する有機化合物であることが望ましい。また、配合する極性化合物の分子内に含まれるルイス酸性官能基、ならびにルイス塩基性官能基は、前者がアンモニウムカチオンなど、後者がカルボニルアニオンなどが良い。そこで、本発明において、極性化合物の具体例として、アスパラギン、グルタミン、チロシン、セリン、トレオニン、システインなどが挙げられる。これらの中でも、アスパラギン、グルタミンおよびチロシンから選ばれる少なくとも1種が、入手のしやすさ(コスト等)の観点から、好ましい。
【0020】
本発明の組成物において、前記基材樹脂と、前記極性化合物の配合割合は、基材樹脂100質量部に対して、極性化合物0.01〜30質量部の割合である。極性化合物の配合割合が、基材樹脂100質量部に対して0.01質量部未満であると、本発明の効果が得られず、また、30質量部を超えると、加水分解性および酸化劣化性、さらに、強度および剛性、ならびに熱的安定性が劣る。
【0021】
本発明の組成物は、前記基材樹脂および極性化合物を必須成分とするが、必要に応じて、他の成分を含有していてもよい、例えば、アルギニン、リシン、ヒスチジン等の塩基性アミノ酸、アスパラギン酸等の酸性アミノ酸、低分子量ペプチド、またはそれらの混合物であって、pHを6〜8の間に調整したもの等を含有していてもよい。また、結晶化核剤、剛性を向上させるための核剤、可塑剤、架橋剤、相溶化剤等の各種添加剤、さらに、任意の樹脂等を、本発明の目的に反しない範囲で含有していてもよい。
【0022】
本発明の組成物は、基材樹脂と前記極性化合物とを前記の割合で混合し、加熱処理することによって、硬化物を得ることができる。このとき、加熱処理の温度は、基材樹脂を構成するポリヒドロキシアルカン酸の結晶化温度(約90℃)以上200℃以下である。加熱処理の温度が高すぎると、基材の分解反応が起こる虞があり、低すぎると各成分の混合が不均一となる虞がある。
【0023】
本発明の組成物は、極性化合物としてアミノ酸を用いた場合、下記式にしたがって、アミノ酸を架橋成分として、複数のポリヒドロキシアルカン酸が分子内架橋することによって硬化すると考えられる。ポリヒドロキシアルカン酸重合体のガラス転移温度は室温以下であり、また、結晶化速度も極めて低いため、ポリヒドロキシアルカン酸重合体と極性化合物を混合後、ポリヒドロキシアルカン酸重合体が結晶化する熱履歴を与えて結晶化させることによって、ポリヒドロキシアルカン酸重合体と極性化合物の反応が促進され、ポリヒドロキシアルカン酸重合体の立体構造制御を達成しやすくなることから、より高い特性が得られる。
【0024】
【化3】

【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例および比較例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0026】
(実施例1〜8、比較例1〜5)
PHA(中国ティアナン社製、R=CH;ポリヒドロキシ酪酸、Mw=約168000)粉末と、アミノ酸を表1または表2に示す処方で混合し、混合物を、175℃で5分間加熱して、結晶化させて樹脂硬化物を得た。
得られた樹脂硬化物について、加水分解試験を行い、加水分解開始温度を測定し、表1または表2に示した。また、加水分解開始温度が高くなる効果が得られた場合を○、効果が得られなかった場合を×として表1および表2に示した。
【0027】
【表1】

【0028】
次に、比較例1、実施例5〜8、および比較例5で得られた樹脂硬化物について、下記の方法で三点曲げ試験を行い、曲げ強度および曲げ弾性率を測定した。結果を表2に示す。また、曲げ強度の向上効果が得られた場合を○、効果が得られなかった場合を×として表2に示した。
【0029】
三点曲げ試験
(1)試験片の作製
比較例1、実施例5〜8、および比較例5で得られた樹脂硬化物のペレットを作成し、そのペレットを、簡易射出成形機(井元製作所製)に供給して、180〜185℃で射出成形し、約4×10×80mmの試験片を作製した。
【0030】
(2)三点曲げ試験
曲げ試験機(島津製作所製、オートグラフAG−1)を用いて、下記の条件で、フルスケール5kNのロードセルを用いて三点曲げ引張試験を行った。
クロスヘッドスピード:30mm/min
下部支点間距離 :60mm
【0031】
熱的安定性試験
前記三点曲げ試験を行った試験片の残材から約4mm角の試験片を切り出した。この試験片をセイコーインスツルメント社製TMA/SS 6300を用いて、空気を60ml/minの流量で供給しながら、室温(30℃)から200℃まで、5℃/minの昇温速度で昇温した。また、同時に10〜20mN、98.0665mN/minの振動圧縮応力を付加し、試験片の熱応力変形開始温度を測定した。得られた結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

この表2に示す結果から、アミノ酸添加によって、曲げ強度、曲げ弾性率等の強度および剛性の向上、加水分解開始温度の高温化、熱的安定性などの各種の特性が向上することが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式で表される繰り返し構造単位を含むポリヒドロキシアルカン酸重合体からなる基材樹脂と、ルイス酸性官能基およびルイス塩基性官能基を併有する中性の極性化合物とを、前記基材樹脂100質量部に対して前記極性化合物0.01〜30質量部の割合で含むことを特徴とする生分解性樹脂組成物。
【化1】

【請求項2】
前記極性化合物が、金属を含有しない有機化合物であることを特徴とする請求項1に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項3】
前記極性化合物が、アスパラギン、グルタミンおよびチロシンから選ばれる少なくとも1種のアミノ酸であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項4】
前記基材樹脂と、前記極性化合物を混合した後、加熱処理して結晶化させたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の生分解性樹脂組成物。

【公開番号】特開2008−285630(P2008−285630A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−134515(P2007−134515)
【出願日】平成19年5月21日(2007.5.21)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】