説明

甲殻類病原性ウイルスの検出方法

【課題】甲殻類の病原性ウイルスを、微量でも短時間で検出できる検出方法、ならびに該検出方法に用いるプライマーセットおよびキットを提供すること。
【解決手段】病原性ウイルスに感染した甲殻類の体を破砕する工程、
前記甲殻類の破砕物、還元剤を含む細胞溶解液、Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズを混合し、該高分子ポリマービーズの表面上に病原性ウイルスのDNAを吸着させる工程、前記高分子ポリマービーズから病原性ウイルスのDNAを分離し、得られた病原性ウイルスのDNAを、少なくとも6種のプライマーを用いるLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法により増幅反応させる工程を有する甲殻類病原性ウイルスの検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲殻類病原性ウイルスの検出方法、該検出方法に用いるプライマーセット、およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
クルマエビ(Penaeus japonicus)、ウシエビ(Penaeus monodon)などのエビ類に代表される甲殻類は、日本において人気の食材として大きな需要があり、特にクルマエビの養殖は西日本を中心とする沿岸海域で盛んに行われている。このような養殖場内では甲殻類の健康状態を良好に保つことが必要であるが、感染症などの発生がしばしば問題となる。甲殻類における感染症の症状としては、例えば、罹病した個体の体色が変化したり、外骨格に白斑が見られたりして、商品価値が低下したり、最終的には死にいたる場合も知られている。このような養殖場内での感染症の発生を予防することは、海内で養殖を行っている場合、適当な感染予防剤も知られていないため、現実的には困難である。また、感染症が検出された場合、手遅れとなるケースがほとんどで、感染症が検出された養殖場は別の場所に移動して隔離した後、養殖している個体を全て廃棄することで、感染症が発生した養殖場周辺の他の養殖場への感染症の伝播を予防している。
【0003】
しかしながら、感染から短時間で発症する感染症に対しては、検出後には、感染症が周辺の養殖場に蔓延し、廃棄する養殖場が拡大してしまう場合も少なくない。例えば、養殖しているエビ類の大量死を招く感染症として、クルマエビ類急性ウイルス血症(Penaeid acute viremia(以下、PAVと略す))が知られている。この感染症は、1993年に日本において初めて確認された感染症であるが、ピネイッド桿状DNAウイルス(Penaeid rod-shaped DNA virus(以下、PRDVと略す)、ニマウィルス科 ウィスポウィルス属)という病原性ウイルスにより媒介される。また、同様の病原性ウイルスとして、イエローヘッド病を引き起こすイエローヘッドウイルス(Yellowhead virus)が知られている。
これらの感染症の検出法としては、初めの頃は、衰弱エビの胃の上皮細胞を暗視野顕微鏡下で観察し、感染核を検出し確認する方法、血液または胃から調製したウイルス液をネガティブ染色し、電子顕微鏡でウイルス粒子を確認する方法が行われていた(非特許文献1)。しかし、前記の検出法は、発病末期の個体を対象とした診断法であり、感染初期の診断および不顕性感染個体には応用が困難であった。
【0004】
そこで、病原性ウイルスをより高感度に検出する方法として、Nested−PCRを用いる方法(非特許文献2)、LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法(非特許文献3)を用いる方法などが検討されている。
【0005】
LAMP法は、簡易、迅速にDNAなどの核酸を増幅する技術で、例えば、特許文献1などに報告されている。これは1対のインナープライマーと1対のアウタープライマーを併せた計4種のプライマーと、鎖置換型DNAポリメラーゼとを使って、通常、10〜60分程度で鋳型となる核酸を増幅する方法である。この方法では、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)と異なり、変性工程を含めた全工程を等温、短時間で行うことができる。
【0006】
これらの方法は、ウイルスゲノムDNAの検出限界が10fg程度と微量であるため、感染初期の個体でも検出できるという利点がある。しかしながら、検出作業は養殖場から離れた場所で行う必要があり、また、検出結果が出るまで3時間程度必要であったため、検出後には感染症が検出された養殖場だけでなく、周辺の養殖場まで汚染が拡大しているケースが多かった。
【特許文献1】特許第3313358号公報
【非特許文献1】Momoyama,K.ら, Fish Pathol.,30,263−269(1995)
【非特許文献2】Kimura,T.ら, Fish Pathol.,31(2),93-98(1996)
【非特許文献3】Tomoya,K.ら, J.jviromet.115,59−65(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明者らは、検出限界が低く、かつ短時間でウイルス感染の有無を検出できる方法を開発すれば、前記のように感染症が検出された場合、その影響を最小限に抑えることが可能になると考え、鋭意検討した結果、DNAの抽出手段としてDNAの抽出に特定の成分を混合した高分子ポリマービーズを用い、次いで検出手段としてLAMP法を組み合わせて用いることで、検出限界を顕著に低減させ、しかも短時間での検出を可能にできることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明の目的は、甲殻類の病原性ウイルスを、微量でも短時間で検出できる検出方法、ならびに該検出方法に用いるプライマーセットおよびキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、
〔1〕 病原性ウイルスに感染した甲殻類の体を破砕する工程、
前記甲殻類の破砕物、還元剤を含む細胞溶解液、Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズを混合し、該高分子ポリマービーズの表面上に病原性ウイルスのDNAを吸着させる工程、
前記高分子ポリマービーズから病原性ウイルスのDNAを分離し、得られた病原性ウイルスのDNAを、少なくとも6種のプライマーを用いるLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法により増幅反応させる工程
を有する甲殻類病原性ウイルスの検出方法、
〔2〕 前記還元剤がβ−メルカプトエタノールおよびジチオスレイトール(DDT)からなる群より選ばれた1種以上である前記〔1〕記載の検出方法、
〔3〕 前記細胞溶解液が細胞膜を溶解させるための酵素および界面活性剤を含有する前記〔1〕又は〔2〕記載の検出方法、
〔4〕 細胞溶解液中の界面活性剤の含有量が5〜18重量%である前記〔3〕記載の検出方法、
〔5〕 甲殻類病原性ウイルスがピネイッド桿状DNAウイルスまたはイエローヘッドウイルスである前記〔1〕〜〔4〕いずれか記載の検出方法、
〔6〕 前記LAMP法に用いるプライマーが、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種を有するプライマーセット、または配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種を有するプライマーセットである前記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の検出方法、
〔7〕 ピネイッド桿状DNAウイルスに対する甲殻類の感染症発症の可能性を判定するために用いるプライマーセットであって、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット、
〔8〕 イエローヘッドウイルスに対する甲殻類の感染症発症の可能性を判定するために用いるプライマーセットであって、配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット、
〔9〕 前記〔7〕または〔8〕に記載のプライマーセットを含むポリメラーゼ連鎖反応(PCR)用キット
関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の検出方法を用いることで、甲殻類の病原性ウイルスを、微量でも短時間で検出できるため、極めて初期の感染段階でも検出可能であり、また、対応する時間を十分に得ることができ、発生する経済的損失を最小限に抑えることができるという効果が奏される。
例えば、本発明の検出方法を用いることで、病原性ウイルスとしてPRDVがエビ養殖池で検出された場合、対処方法としては、養殖場内のエビを水で洗い、遠隔隔離することで、周辺の養殖場への感染症の伝播を防ぐだけでなく、感染が確認された養殖池内のエビの全廃も防ぐことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の検出方法では、まず、病原性ウイルスに感染した甲殻類の体を破砕する工程を有する。本工程は、甲殻類に感染した病原性ウイルスを甲殻類の体から分離し易くする工程である。
【0012】
本発明に用いられる甲殻類としては、養殖可能なものであればよく、例えば、クルマエビ(Penaeus japonicus)、ウシエビ(Penaeus monodon)などのエビ類が挙げられる。以降、これらのエビ類に対する検出方法について本発明を詳細に説明するが、他のエビ類やカニ類についても適用可能であることはいうまでもない。
【0013】
本発明において病原性ウイルスとは甲殻類に感染して疾患を引き起こすウイルスをいい、例えば、甲殻類がエビ類の場合、その代表例としてピネイッド桿状(Penaeid rod-shaped)DNAウイルス(PRDV)(ニマウィルス科 ウィスポウィルス属)、イエローヘッドウイルス(Yellowhead Virus)などが挙げられる。
【0014】
本工程では、例えば、前記病原性ウイルスへの感染が疑われる甲殻類を養殖場などから採取して、この甲殻類の体を破砕する。なお、定期的に検査する場合には、養殖場内の甲殻類を適当に選択すればよい。破砕方法としては、例えば、頭と胴体の部分を手で切断し、頭や心臓の部分をホモジナイザー等で物理的に粉砕する方法などが挙げられるが特に限定はない。また、破砕条件としては、例えば、生理食塩水などの溶媒中で常温下で破砕すればよい。
【0015】
続いて、本発明では、前記のようにして得られた甲殻類の破砕物を、還元剤を含む細胞溶解液、Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズと混合し、該高分子ポリマービーズの表面上に病原性ウイルスのDNAを吸着(付着)させる工程を有する。本工程は、破砕物中の病原性ウイルスのDNAを前記高分子ポリマービーズの表面に吸着させることで病原性ウイルスのDNAを分離抽出する工程である。
【0016】
本発明においては、前記還元剤を含む細胞溶解液、Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズを併用することに一つの大きな特徴があり、かかる特徴を有することで甲殻類の病原性ウイルスのDNAの損傷を防ぎながら、前記高分子ポリマービーズ表面への吸着率を顕著に高めることができる。
【0017】
当該分野では、甲殻類の病原性ウイルスの検出にはフェノール法が一般的に用いられている。しかしながら、本発明者らが鋭意検討したところ、前記フェノール法では甲殻類の病原性ウイルスのDNAは損傷し易く、結果としてその検出限界を高める原因の一つになっていることを初めて見出した。そこで、かかる問題を解決する手段として、本発明では、上記の成分を用いた方法(以下、ビーズ法ともいう)を用いることで、前記病原性ウイルスのDNAの損傷を防ぎながら該DNAの抽出を効率よく行うことを可能にしている。
ここで、甲殻類の病原性ウイルスのDNAがフェノール法で損傷し易い理由については、明確ではないが、前記病原性ウイルスのDNAは、他の生物由来のDNAに比べて、フェノールにより物理的に切断され易いことが考えられる。そのため、フェノール法を用いると、実質的に標的となる病原性ウイルスのDNAの含有量が低くなるため、PCRなどで処理しても増幅し難いことが考えられる。これに対して、本発明で用いるビーズ法ではフェノールを用いていないため、DNAの損傷を抑えることができると考えられる。したがって、本発明ではサンプリングするエビなどの甲殻類の量が少なくても病原性ウイルスの検出が可能になる。
【0018】
前記還元剤としては、β−メルカプトエタノールおよび/またはジチオスレイトール(DDT)が好ましい。
【0019】
また、前記細胞溶解液としては、細胞膜を溶解させるための酵素および界面活性剤を含有する溶液が好ましい。
【0020】
細胞膜を溶解させるための酵素としては、プロテインキナーゼKなどが挙げられる。前記界面活性剤としては、Tween10、Tween20、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、が挙げられ、中でもDNAの回収率が向上する観点から、Tween10、SDSが好ましい。
【0021】
病原性ウイルスのDNAの損傷を防ぎながら細胞膜を溶解し易い観点から、細胞溶解液中の前記界面活性剤の含有量としては、5〜18重量%であることが好ましい。また、細胞溶解液中の前記酵素の量としては、特に限定はないが、例えば、プロテインキナーゼKの場合では350〜600unit/mLが好ましい。
【0022】
また、前記細胞溶解液は、病原性ウイルスのDNAの回収率が向上する観点から、尿素を含有することが好ましい。細胞溶解液中の尿素の量としては、5〜8Mであることがより好ましい。
【0023】
前記細胞溶解液は、前記各成分を混合することで調製することができる。例えば、キアゲン社製品の「Dneasy tissue kit」などの市販の細胞溶解液に還元剤、所望により界面活性剤、尿素などを添加することで調製してもよい。
【0024】
前記Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズとは、高分子ポリマーからなるビーズであって、Mg(マグネシウム)を表面またはビーズ中に存在させたものである。高分子ポリマーとしては、ポリビニルアルコール、シリカゲルポリマーなどが挙げられる。前記高分子ポリマービーズの形態としては、球状、楕円状など、ビーズとして使用できるものであればよい。また、大きさとしてもDNAを吸着したり、後述のように溶出できれるものであればよく、特に限定はない。好適に用いられる前記高分子ポリマービーズとしては、「MagaZorb」(Cortex Biochem社製)などが挙げられる。
【0025】
本工程において混合される甲殻類の破砕物、還元剤を含む細胞溶解液、Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズとの比率については、破砕物100重量部に対して、還元剤1250〜3750重量部、細胞溶解液250〜340重量部が好ましい。また、破砕物と細胞溶解液とを混合した後は、約55℃で10分間程度静置することで病原性ウイルスのDNAを抽出し易くなる。
【0026】
また、本工程において前記破砕物を前記細胞溶解液や高分子ポリマービーズと混合する順番としては特に限定はないが、効率よくDNAの吸着を行うことができる観点から、前記破砕物を、還元剤を含む細胞溶解液と混合した後、その上清100重量部に対してMg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズを10〜17.5重量部の比率で混合することが好ましい。
【0027】
なお、吸着させるDNAとして、病原性ウイルス以外にも破砕した甲殻類や他のウイルスさらには破砕時に混入する他の生物由来のタンパク質、糖質も吸着する可能性がある。
本発明ではこのような病原性ウイルスに由来しないタンパク質、糖質の吸着量を低減する観点から、前記混合物中にエタノールなどの他の成分を添加することが好ましい。エタノールなどの添加量としては、前記混合物100重量部に対して65〜80重量部が好ましい。
【0028】
次いで、本発明の検出方法は、前記高分子ポリマービーズから病原性ウイルスのDNAを分離し、得られた病原性ウイルスのDNAを、少なくとも6種のプライマーを用いるLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法により増幅反応させる工程を有する。本工程により、病原性ウイルスのDNAを効率的に増幅することができる。本発明では、前記のビーズ法を用いた病原性ウイルスのDNAの抽出工程と本工程とを組み合わせることで、従来法に比べて検出限界を顕著に低減することが可能となる。
【0029】
前記高分子ポリマービーズから吸着したDNAを分離する方法について、前記混合物中から高分子ポリマービーズを遠心分離、または、磁石にて回収した後に、高分子ポリマービーズをエタノ−ルを含んだ溶液などにより洗浄し、これを滅菌水、エタノールを含んだ溶液などのDNA分離用溶液に浸漬することで該溶液中にDNAを分離することができる。
【0030】
前記のようにして得られたDNAをLAMP法に供することにより、指標となる甲殻類の病原性ウイルスのDNAを増幅させることができる。LAMP法は、DNA増幅法の一種であり、等温、短時間で所望のDNA断片の増幅が可能であるという利点がある。LAMP法を用いた判定では、増幅処理されたDNAを電気泳動し、ラダー状のバンドが見られた場合に病原性ウイルスが存在すると判定することができる。
【0031】
また、LAMP法では標的核酸について、3’末端側からF3c、F2c、F1cという3つの領域を、5’末端側でB1、B2、B3という領域を規定し、この6領域に対し、次の通り設計した4種類のプライマーを用いるのが一般的である。
(1)FIP:標的核酸のF2c領域と相補的なF2領域を3’末端側に持ち、5’末端側に標的核酸のF1c領域と同じ配列を持つように設計したプライマー
(2)F3プライマー:標的核酸のF3c領域と相補的なF3領域を持つように設計したプライマー
(3)BIP:標的核酸のB2c領域と相補的なB2領域を3’末端側に持ち、5’末端側に標的核酸のB1c領域と同じ配列を持つように設計したプライマー
(4)B3プライマー:標的核酸のB3c領域と相補的なB3領域を持つように設計したプライマー
【0032】
これに対して、本発明では、上記のように少なくとも6種のプライマーを用いることで、より迅速に高感度でウィルスの存在を検出できるという利点がある。例えば、プライマーが4種類の場合、6種類のプライマーを用いた場合に比べて、検出時間が長くなり、かつDNAの検出限界も数十f(フェムト:10-15)g程度である。
【0033】
本発明で用いるプライマーは、1対のインナープライマー、1対のアウタープライマー、および1対のループプライマーを加えた少なくとも計6種のプライマーからなるものであればよい。
【0034】
インナープライマーとはFIP(forward inner primer)とBIP(back inner primer)とを示す。アウタープライマーとは、F3プライマーとB3プライマーを示す。ループプライマーはLF(loop forward)プライマーとLB(loop back)プライマーを示し、LAMP法による核酸の増幅反応を促進する。LFプライマーはF2領域に相補的なF2c領域とF1c領域の間の配列に相補的な配列、LBプライマーはB2領域に相補的なB2c領域とB1c配列の間の配列に相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドである。
【0035】
なお、前記F1c、F2、B1c、B2、F2c、B2cなどの配列は、LAMP法におけるプライマーを設計するための任意配列であり、標的配列に基づいて適宜設定される。
【0036】
前記インナープライマー、アウタープライマー、およびループプライマーの設計方法は、前記特許文献1などに記載され、またLAMP法プライマー設計支援ソフトウェア(栄研化学株式会社、富士通株式会社、株式会社富士通システムソリューションズ提供の「PrimerExplorer V2、V3」など)を用いてもよい。特記のない限り、プライマーセットには栄研化学株式会社より推奨されているTm値(GC含量:40〜65%)より候補を絞り、さらに二次構造をとらないおよびプライマーダイマーを形成しないプライマーを選択した後、その候補の中からプライマー領域の末端安定性が高いものを選択することが好ましい。また、プライマーの調製は、例えば、公知の化学合成方によって行うことができる。
【0037】
本発明において、LAMP法に用いる6種のプライマーは、病原性ウイルスに応じて適宜選択すればよい。例えば、PRDVについては、前記LAMP法に用いる6種の塩基配列が、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセットを用いることで、効率的に病原性ウイルスのDNAを検出することができる。また、イエローヘッドウイルスについては、配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセットを用いることで効率的に病原性ウイルスのDNAを検出することができる。
【0038】
前記PRDV用のプライマーセットの詳細は以下のとおり。
(インナープライマー)FIP 配列番号:5〜8、BIP 配列番号:9〜12
(アウタープライマー)F3プライマー 配列番号:1、B3プライマー 配列番号:2
(ループプライマー)LFプライマー 配列番号:3、LBプライマー 配列番号:4
標的核酸配列:AF369029 遺伝子の特定領域(1333-1543, 210bp)
【0039】
また、前記イエローヘッドウイルス用のプライマーセットの詳細は以下のとおり。
(インナープライマー)FIP 配列番号:17〜20、BIP 配列番号:21〜24
(アウタープライマー)F3プライマー 配列番号:13、B3プライマー 配列番号:14
(ループプライマー)LFプライマー 配列番号:15、LBプライマー 配列番号:16
標的核酸配列:AF540644 遺伝子の特定領域(712-929, 217bp)
【0040】
なお、上記の方法により病原性ウイルスのDNAが検出されると、サンプルとなった甲殻類の個体は感染症を発症しており、かつ該個体が養殖されている養殖池中の他の個体も感染症を発症する可能性があると判定される。
【0041】
したがって、本発明は、
ピネイッド桿状DNAウイルス(PRDV)に対する甲殻類の感染症発症の可能性を判定するために用いるプライマーセットであって、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット;
イエローヘッドウイルスに対する甲殻類の感染症発症の可能性を判定するために用いるプライマーセットであって、配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット
に関する。
【0042】
なお、配列番号:5〜8で示される塩基配列のうちいずれを選ぶかは処理する甲殻類の種類に応じて検出し易いものを適宜選択すればよい。配列番号:9〜12で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列、および配列番号:21〜24で示される塩基配列からそれぞれ1種づつ選択する場合も同様である。
【0043】
また、前記プライマーセットは、該プライマーセットを含むポリメラーゼ連鎖反応(PCR)用キット、好ましくはLAMP法によってPRDVまたはイエローヘッドウイルスの同定を行うためのキットとして用いてもよい。該キットは、前記プライマーセットを含むのであれば、DNAポリメラーゼ、dATP、dCTP、dTTP、dGTPの各溶液、バッファーなどの他の成分を含有してもよく、キットの形態としても特に限定はない。
【0044】
前記LAMP法において増幅反応時の温度条件としては60〜65℃が好ましく、64℃付近がより好ましい。増幅時間については特に限定はないが、例えば15〜60分間程度であればよい。
【0045】
また、LAMPには栄研化学株式会社製「Loopamp DNA増幅キット」などを用い、添付のマニュアルに従い、前記プライマーを使用することで病原性ウイルスの指標となるDNA断片を増幅させることができる。
【0046】
増幅されたDNA断片は、電気泳動法、蛍光ラベル法などを用いて前記病原性ウイルスに特有の指標と比較することで、病原性ウイルスの存在の有無を確認することができる。なお、前記指標や確認に用いる各手法については、特に限定はないが、船上で確認する場合には、電気泳動法が好ましい。
【0047】
以上のようにして病原性ウイルスを甲殻類から検出することができる。
また、本発明の検出方法は、微量の病原性ウイルスのDNAでも検出できるため、検出に用いる被検体は少量でよく、養殖現場付近の船上で検出作業を行うことも可能である。
例えば、前記還元剤を含む細胞溶解液を予め入れておいた容器(エッペンドルフチューブなど)に、前記のようにして破砕したエビなどの被検体の一部を入れ、所定の時間静置したのち、遠心分離などして上清を取り出し、次いでMg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズと混合してDNAをビーズ表面に吸着させる。洗浄後、DNA分離液などを添加してDNAを溶出する。ついで、その分離液を取り出し、前記の少なくとも6種のプライマーを用いたLAMP法にてDNAの増幅を行い、蛍光ラベルにてウィルスの存在の有無を確認することができる。また、ウイルスの存在の確認は、マーカーと共に前記分離液を電気泳動して確認することもできる。
【0048】
また、本発明の検出方法を用いることで、クルマエビ類急性ウイルス血症又はイエローヘッド病を検出するためのシステムを構築することもできる。
このシステムは、例えば、
還元剤を含む細胞溶解液およびMg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズ
を含むDNA抽出キットを用いてクルマエビの体の破砕物からピネイッド桿状DNAまたはイエローヘッドウイルス由来のDNAを抽出する工程、
次いで、得られた前記ピネイッド桿状DNAウイルスまたはイエローヘッドウイルス由来のDNAを、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット、または配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセットを用いるLAMP法により増幅させる工程を含む。なお、各工程に用いる薬剤、プライマーなどは前記と同じものであればよい。
【0049】
本発明の検出方法は、従来法の検出限界が数十f(フェムト:10-15)g程度であったのに比べて、さらに2オーダー程度低い、数百a(アト:10-18)g程度のDNAの検出が可能になる。また簡便に検出できるため、養殖場において感染が疑わしい個体を定時的にサンプリングして検査をすることで、病原性ウイルスへの感染を早期発見することが可能になる。したがって、早期発見に伴ない処置時間が従来に比べて格段に長くなることで、感染の拡散を最小限で防ぎ、感染した個体に対しては隔離したのち処置を施すことで感染症からの回復も行うことができるなど、効率的な感染対策を行うことができ、感染症による養殖業者の経済的損失を顕著に軽減することが可能となる。
【実施例】
【0050】
(感染エビの作製方法)
PRDVに感染したクルマエビ(10g)は、養殖場から購入したクルマエビをPRDVを含む感染液に2時間ほど浸漬させることで得た。なお、感染液は、これまでにPRDVに感染したクルマエビをすり潰し、水を20倍容入れたものとした。また、イエローヘッドウイルスに感染したクルマエビ(10g)も上記同様の処理方法にて得た。
【0051】
(実施例1)
PRDVに感染したクルマエビの心臓を摘出し、生理食塩水を用いて磨り潰して粉砕液とした。
還元剤(ジチオスレイトール)2.5mgを加えた細胞溶解液(組成:プロテインキナーゼK400unit/mL、Tween10 10重量%、 1M NaCl)500μlに粉砕液の上清200μLを入れ、55℃に10分間加温した。Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズ(Cortex Biochem社製「MagaZorb」)20μLを容器(容量:1.5mL)に中で混合した。
【0052】
次いで、前記容器を磁石にて高分子ポリマービーズを沈殿させ、これを取り出して、別の容器(容量1.5mL)に入れた。次いで、ビ−スをエタノールを含む溶液にて洗浄し、抽出液(超純水)にてDNAを抽出した。得られた上清液を取り出し、抽出液を用いて倍倍希釈し2μL中に1ng、100fg、10fg、1fg、100ag、10agの濃度を有する各希釈液を得てそれぞれLAMP用試薬(栄研化学株式会社製「Loopamp DNA増幅キット」)に供した。プライマーとしては配列番号:1〜4、5、10からなる6種のプライマーセットを用いて、各プライマーを希釈液中にそれぞれ添加した。ついで、添付のマニュアルに従い、反応温度約64℃でLAMPを開始し、20分経過した時点で反応を終了した。なお、前記DNAの量は, リアルタイムPCRにて定量した。このときの標準試料は、PRDVの特異的な遺伝子をベクタ−に導入したものとし、吸光度とリアルタイムPCRより、定量した。
【0053】
得られた電気泳動用のゲル(ゲル組成:1%アガロースゲル、展開液:TAE)上に乗せ、マーカー(ニッポンジーン製、商品名:「DNA NW Marker5」)とともに30分間電気泳動した。得られたゲルを染色液(エチジウムブロマイド溶液)に浸漬し、発色させたバンドの位置をマーカーのものと比較して、病原性ウイルスの検出限界を調べた。その結果を図1(a)に示す。また、栄研化学株式会社等から発売されているDNA増幅時に発光する蛍光色素を入れることで瞬時にウイルスの検出が可能となる。
【0054】
(比較例1)
抽出方法としてビーズ法のかわりにフェノール法を用いた。具体的には、フェノール50%、チオシアン酸ナトリウム5%を含む溶出液中に磨り潰した個体の一部を入れる以外は、実施例1と同じ操作を行い、電気泳動により病原性ウイルスの検出限界を調べた。その結果を図1(b)に示す。
【0055】
図1(a)の結果から、実施例1で行われた方法では100agのDNA濃度を示す第5レーンまでバンドが見られるのに対し、図1(b)の結果では10fg程度のDNA濃度を示す第5レーンしかバンドが見られない。したがって、実施例1の検出方法は比較例1の方法に比べて、100倍程度、検出限界値が低いことがわかる。
【0056】
(実施例2)
被検体として、イエローヘッドウイルスに感染したクルマエビを用い、LAMP法のプライマーとして配列番号:13〜16、17、22に示される6種のプライマーセットを用いた以外は実施例1と同様にして病原性ウイルスの検出限界を調べた。その結果を図2に示す。
【0057】
(比較例2)
被検体として、イエローヘッドウイルスに感染したクルマエビを用い、LAMP法のプライマーとして配列番号:13〜16、17、22に示される6種のプライマーセットを用いた以外は比較例1と同様にして病原性ウイルスの検出限界を調べた。
【0058】
図2の結果から、実施例2で行われた方法では100agのDNA濃度を示す第2レーンまでバンドが見られるのに対し、フェノール抽出法の結果では10fg程度のDNA濃度を示す第9レーン以降のバンドが見られない。したがって、実施例2の方法は比較例2の方法に比べて、100倍程度、検出限界値が低いことがわかる。
【0059】
(実施例3)
細胞溶解液中の界面活性剤の含有量を1〜30重量%の間で変化させた以外は実施例1と同様に病原性ウイルスの検出を行った。界面活性剤の含有量が5重量%未満の場合、細胞が粉砕されにくく、DNAの抽出が困難であった。また、界面活性剤の含有量は18重量%を越えると酵素活性阻害を起こすため、DNA抽出効果が低減した。したがって、界面活性剤の含有量は5〜18重量%とすることでDNAの抽出を好適に行うことができることがわかる。
【0060】
(比較例3)
LAMP法のプライマーとして配列番号:1、2、7、11からなる4種のプライマーセットを用いた以外は実施例1と同様にして病原性ウイルスの検出を行ったところ、その検出限界は約10fgであった。したがって、6種のプライマーを用いた方が4種のプライマーを用いた場合に比べて、100倍程度検出限界が低いことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】図1(a)は実施例1および図1(b)は比較例1で得られた電気泳動の結果をそれぞれ示す概略図である。図の上の数字はレーン番号を示す。図1(a)において、第1レーン:マーカー、第2レーン:空白,第3レーン:10fg、第4レーン:1fg、第5レーン:100ag、第6レーン:10agを示す。また、図1(b)において第1レーン:マーカー、第2レーン:空白、第3レーン:100ag、第4レーン:1fg、第5レーン:10fg、第6レーン:100fgの結果を示す。
【図2】図2は実施例2および比較例2で得られた電気泳動の結果を示す概略図である。第2〜4レーンはビーズ法、第7〜10レーンはフェノール法を用いた結果を示す。 第1レーン:マーカー、第2レーン:100ag、第3レーン:1fg、第4レーン:10fg、第5レーン:空白、第6レーン:マーカー、第7レーン:100ag、第8レーン:1fg、第9レーン:10fg、第10レーン:100fgの結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
病原性ウイルスに感染した甲殻類の体を破砕する工程、
前記甲殻類の破砕物、還元剤を含む細胞溶解液、Mg原子が表面上に存在する高分子ポリマービーズを混合し、該高分子ポリマービーズの表面上に病原性ウイルスのDNAを吸着させる工程、
前記高分子ポリマービーズから病原性ウイルスのDNAを分離し、得られた病原性ウイルスのDNAを、少なくとも6種のプライマーを用いるLAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法により増幅反応させる工程
を有する甲殻類病原性ウイルスの検出方法。
【請求項2】
前記還元剤がβ−メルカプトエタノールおよびジチオスレイトール(DDT)からなる群より選ばれた1種以上である請求項1記載の検出方法。
【請求項3】
前記細胞溶解液が細胞膜を溶解させるための酵素および界面活性剤を含有する請求項1又は2記載の検出方法。
【請求項4】
細胞溶解液中の界面活性剤の含有量が5〜18重量%である請求項3記載の検出方法。
【請求項5】
甲殻類病原性ウイルスがピネイッド桿状DNAウイルスまたはイエローヘッドウイルスである請求項1〜4いずれか記載の検出方法。
【請求項6】
前記LAMP法に用いるプライマーが、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種を有するプライマーセット、または配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種を有するプライマーセットである請求項1〜5いずれか記載の検出方法。
【請求項7】
ピネイッド桿状DNAウイルスに対する甲殻類の感染症発症の可能性を判定するために用いるプライマーセットであって、配列番号:1〜4で示される塩基配列、配列番号:5〜8で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:9〜12で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット。
【請求項8】
イエローヘッドウイルスに対する甲殻類の感染症発症の可能性を判定するために用いるプライマーセットであって、配列番号:13〜16で示される塩基配列、配列番号:17〜20で示される塩基配列のいずれか1種、および配列番号:21〜24で示される塩基配列のいずれか1種からなるプライマーセット。
【請求項9】
請求項7または8に記載のプライマーセットを含むポリメラーゼ連鎖反応(PCR)用キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−104378(P2008−104378A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−288733(P2006−288733)
【出願日】平成18年10月24日(2006.10.24)
【出願人】(501110134)株式会社関門海 (14)
【Fターム(参考)】