説明

画像処理方法

【課題】イメージングFT-IR画像の解像度を向上させ、さらに、そのイメージングFT-IR画像から毛髪組織の解析を可能とする。
【解決手段】フーリエ変換赤外分光光度計で得られた信号のイメージング画像(イメージングFT-IR画像)を形成する画像処理方法が、
(i) フーリエ変換赤外分光光度計で試料を測定し、試料の赤外分光画像1aを得る工程、
(ii)(i)工程で得た赤外分光画像1aに対し、フーリエ変換を行い画像1cを得る工程、
(iii) フーリエ変換赤外分光光度計の装置関数を決定し、該装置関数から各座標での関数値を得、その関数値の画像をフーリエ変換し、画像2を得る工程、
(iv)画像1cを、画像2で除してデコンボリューション画像3を得る工程、
(v) デコンボリューション画像3を逆フーリエ変換することにより、試料のイメージングFT-IR画像のデコンボリューション画像4を得る工程
を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フーリエ変換赤外分光光度計で得られるイメージ画像(イメージングFT-IR画像)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フーリエ変換赤外分光光度計で得られる信号をイメージ画像に表示する装置(イメージングFT-IR)が市販されるようになった。イメージングFT-IRは、試料(被測定物)の表面に赤外光を高速でスキャンし、その透過光を、例えば、アレイ検出器で検出し、それをイメージ化して試料の赤外線の吸光度分布を2次元画像として表示する装置である。イメージングFT-IRによれば、試料中の特定の物質の存在やその分布を画像上で認識することが可能となる。
【0003】
しかしながら、イメージングFT-IR画像は、期待する程の鮮明性を有さないことがあり、鮮明性の改善が望まれていた。
【0004】
一方、走査型光学顕微鏡で得られる画像については、その解像度を向上させる手法の一つとして、デコンボリューション手法を使用することが知られていた(特許文献1)。
【0005】
【特許文献1】特開2003−255231号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、イメージングFT-IR画像の解像度を向上させること、及び解像度の向上したイメージングFT-IRにより、物質の化学的情報のより精細な解析を可能とすることを目的とする。特に、生体試料の解析を可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、イメージングFT-IR画像に期待するほどの鮮明性がないのは、従来のイメージングFT-IR画像で得られる画像は、装置関数(装置自身の応答性を関数系で表したもの)が、本来の画像に畳み込み積分(コンボリューション)されているからであり、イメージングFT-IR画像の形成工程において、特定の工程でデコンボリューション処理することによりイメージングFT-IR画像の解像度を顕著に向上させられることを見出した。
【0008】
即ち、本発明は、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で得られた信号のイメージング画像(イメージングFT-IR画像)を形成する画像処理方法であって、
(i) フーリエ変換赤外分光光度計で試料を測定し、試料の赤外分光画像1aを得る工程、
(ii)(i)工程で得た赤外分光画像1aに対し、フーリエ変換を行い画像1cを得る工程、
(iii) フーリエ変換赤外分光光度計の装置関数を決定し、該装置関数から各座標での関数値を得、その関数値の画像をフーリエ変換し、画像2を得る工程、
(iv)画像1cを、画像2で除してデコンボリューション画像3を得る工程、
(v) デコンボリューション画像3を逆フーリエ変換することにより、試料のイメージングFT−IR画像のデコンボリューション画像4を得る工程
を含む画像処理方法を提供する。
また、本発明は、この画像処理方法において、生体組織を試料とし、異なる測定波数で生体組織の吸光度分布を求め、双方の吸光度分布の比を評価指標とする生体試料の解析方法を提供する。
【0009】
さらに、本発明は、毛髪を試料とし、イメージングFT-IR画像のデコンボリューション画像4として、毛髪断面におけるアミドI の吸光度分布と、毛髪断面におけるアミドII の吸光度分布とを求め、双方の比から毛髪断面における毛髪繊維の毛髪軸に対する傾きの度合いを推定する毛髪の解析方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の画像の処理方法によれば、フーリエ変換赤外分光光度計を用いて形成されるイメージングFT-IR画像の解像度を向上させ、鮮明な画像を得ることができる。したがって、試料中の特定の物質や化合物の存在や分布を画像上で明確に視認することが可能となる。
【0011】
特に、試料として毛髪を使用し、毛髪断面におけるアミドI の吸光度分布と、毛髪断面におけるアミドII の吸光度分布を求め、さらに双方の比を求めると、この比から毛髪断面における毛髪繊維の毛髪軸に対する傾きの度合いを推定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ、本発明を詳細に説明する。
【0013】
図1は、本発明の画像処理方法の一例を示すブロック図である。
【0014】
この画像処理方法では、まず、工程(i) として、公知の方法により、試料の赤外分光画像1aを得、次に、工程(ii) として、得られた赤外分光画像1aに対してフーリエ変換を行い画像1cを得る。
【0015】
この赤外分光画像1aに対しては、必要に応じて、離散的な点や不連続な線を補間して連続した線を生成する補間処理を行い、画像1aを高精細化した赤外分光画像1bとすることが好ましい(工程(i') )。補間処理の具体的手法としては、種々の手法を行うことができ、例えば、スプライン関数を用いたスプライン補間処理や、多項式補間、有理関数補間等を行うことができる。この場合、赤外分光画像1aに代えて、補間処理を行って得られた画像1bに対してフーリエ変換を行う(工程(ii))。
【0016】
また、フーリエ変換(工程(ii))で得られた画像1cに対しては、必要に応じて、フィルタリングを行い、ノイズを除去した画像1dを得ることが好ましい(工程(ii') )。フィルタリングに用いる関数としては、例えば、ウィナー・インバースフィルター、ローパスフィルター等を用いることができる。このフィルタリングは、前述の補間処理した画像のフーリエ変換画像に対して行ってもよく、後述する、デコンボリューション画像3に対して行ってもよい。
【0017】
なお、補間処理やフィルタリングは、本発明において必要ない場合もあり、例えば、厚い積層フィルムのように、構造の大きさが赤外光の波長よりも十分に大きい物体を試料とする場合や、信号強度がノイズ強度に比べて十分に大きい場合には省略してもよい。
【0018】
一方、画像のデコンボリューションを行うために、工程(iii) として、まず、点広がり関数(Point Spread Function: PSF)と呼ばれる装置関数を求める。装置関数としては、フォークト関数、ガウス関数、ローレンツ関数等を用いることができる。
【0019】
次に、装置関数の形状を規定するために、装置関数の半値半幅を決定する。例えば、フォークト関数は、ガウス関数とローレンツ関数の畳み込み積分であり、ガウス関数とローレンツ関数のそれぞれの半値半幅を決定することによりフォークト関数の形状を決定する。半値半幅の決定手法としては、真値の分かっている物体のFT-IRイメージングの測定結果と、擬似的に真値に装置関数を畳み込むことによって得られるFT-IRイメージングの測定結果との最小二乗誤差が最も小さくなる時の値とする。これにより、形状が規定された装置関数を得られることとなる。次に、装置関数から各座標での関数値を得、その関数値の画像をフーリエ変換して画像2を得る。
【0020】
次に、工程(iv)として、上述の赤外分光画像1a(あるいは、必要に応じて補間処理あるいはフィルタリングした赤外分光画像画像)のフーリエ変換画像1c(あるいは、必要に応じてフィルタリングしたフーリエ変換画像1d )を、フーリエ変換した装置関数(画像2)で除することによりデコンボリューションを行い、デコンボリューション画像3を得る。このデコンボリューション画像3に対しては、必要に応じて、ノイズを低減させるため、フィルタリングを行ってもよい。
【0021】
そして、工程(v)として、デコンボリューション画像3に対して逆フーリエ変換を行うことにより、最終画像(周波数領域から空間領域に変換されたが画像)、即ち、試料のイメージングFT-IR画像のデコンボリューション画像4を得る。このデコンボリューション画像4は、赤外分光画像1aに比して顕著に鮮明化したものとなる。
【0022】
以上の画像処理方法を、生体組織を試料としたイメージングFT-IR画像に適用すると、得られるデコンボリューション画像4は、その生体組織に含まれる特定物質の吸光度分布を2次元的に表したものとなり、生体組織状態の重要な評価資料となる。この場合、上述の画像処理方法において補間処理、フィルタリングを行うことが好ましい。
【0023】
また、デコンボリューション画像4を利用して生体組織の種々の評価指標を得ることができる。例えば、ある生体組織の異なる測定波数での吸光度の比の分布を評価指標として生体試料を解析することができる。具体例としては、毛髪を試料とし、毛髪断面におけるアミドI (C=O結合)の測定波数が1649cm-1の吸光度分布と、毛髪断面におけるアミドII (N-H結合)の測定波数が1547cm-1の吸光度分布を求め、双方の比から毛髪断面における毛髪繊維の毛髪軸(毛髪の長手方向)に対する傾きの度合いを推定することができる。
【0024】
即ち、図2に示すように、毛髪1のミクロ的構造は、キューティクル2、コルテックス3、メデュラ4の3層構造となっている。このうち、コルテックス3は繊維細胞の束からなり、この繊維細胞を構成するたんぱく質繊維のポリペプチド鎖は、αへリックス構造をとり、同図に示したようにアミドI(C=O結合)とアミドII(N-H結合)を含み、毛髪のしなやかさ、くせ、強さ等の性質を左右する。
【0025】
コルテックス3の繊維細胞が毛髪軸に対して平行に並んでいると、アミドI は毛髪軸に平行に振動し、アミドIIは垂直に振動する。したがって、これを輪切りにした毛髪の横断面をIR測定すると、赤外光が毛髪の横断面の真上から照射されることになるので、図3に示すように、赤外光による電場は毛髪面と平行となり、アミドIIの振動方向と平行に、アミドI の振動方向と垂直に作用する。
【0026】
毛髪繊維の向きが前記の電場の向きと垂直である程(即ち、各毛髪繊維が毛髪軸に対してより揃っている程)、アミドIIによる赤外光の吸収は強くなり、アミドIによる赤外光の吸収は弱くなり、したがって、IR吸収のアミドIの測定値とアミドIIの測定値との比(アミドI /アミドII)は小さくなる。反対に、毛髪繊維が毛髪軸に対して不揃いである程、アミドIIによる赤外光の吸収は弱く、アミドIによる赤外光の吸収は強くなり、アミドI/アミドIIの値は大きくなる。
【0027】
イメージングFT-IR画像によれば、この比(アミドI /アミドII)の大きさの分布をイメージ画像として観察し、毛髪のくせ(繊維細胞の傾き、揃い方)を視覚的に認識し、評価することが可能となる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例に基いて本発明を具体的に説明する。
【0029】
実施例1
試料として、長径が約110μm、短径が約80μmのくせのない日本人毛の、厚さ約1μmの輪切り切片を用いた。この切片をイメージングFT-IR(Perkin-Elmer社製のSpectrum Spotlight 300高速IRイメージングシステム)で測定し、図4Bに示される測定波数が1547cm-1(アミドII)の吸光度分布に基づく2次元イメージ画像を得た。なおこの画像には上述の本発明の画像処理はなされていない。
【0030】
一方、上記図4Bの画像に対して本発明の画像処理を行い、最終画像として図4Cのデコンボリューション画像を得た。この場合、補間処理にはスプライン関数を用い、装置関数にはフォークト関数を採用し、ウィナー・インバースフィルターによるフィルタリングを用いた。また、装置関数は次のように決定した。まず、フッ化カルシウム基板上に金属酸化物の薄膜を形成し、その薄膜の光学顕微鏡画像(真値)とイメージングFT-IR 画像(IRイメージング測定結果)とを得た。次いで、真値に種々の半値半幅を有するフォークト関数を畳み込んでそれぞれの画像を得て、それぞれの画像とIRイメージング測定結果との最小二乗誤差が最も小さくなる場合のフォークト関数の半値半幅を求めることにより装置関数を決定した。
これらの図から明らかなように、本発明の画像処理を施していない図4Bの画像は全体的にぼやけているが、本発明の画像処理を施した図4Cのデコンボリューション画像は、いわゆるキレがあり、メデュラ(毛髄質)も明瞭に視認できる。
【0031】
なお、図4Aは、同じ試料の光学顕微鏡画像である。
【0032】
実施例2
試料として、短径が約60μm、長径が約110μmのくせの強いアフリカンアメリカン毛の厚さ約1μmの輪切り切片を用いた。この輪切り切片を実施例1記載の装置で測定し、図5Bに示すように、アミドIとアミドIIの吸光度の比(アミドI/アミドII)に基づく画像(本発明の画像処理を施していない)を得た。
【0033】
一方、上記5Bの画像に対して本発明の画像処理を行い、アミドI の吸光度分布を表すデコンボリューション画像と、アミドII の吸光度分布を表すデコンボリューション画像とを求め、これらの吸光度の比(アミドI/アミドII)を求め、この比(アミドI/アミドII)の画像を図5Cに示す。
【0034】
これらの画像から、本発明の画像処理を施していない図5Bの画像では、アミドI/アミドIIの値の部位ごとの差異が明瞭ではない(画像上で色の濃淡が明瞭ではない)のに対し、本発明の画像処理を施した図5Cの画像では部位ごとの差異を明瞭に視認できる。
【0035】
また、図5Cでは、画像の濃淡により、くせの内側(画像に向かって左側)は、アミドI/アミドIIの値が小さく、くせの外側(画像に向かって右側)ではその値が大きいと認識できる。このことから、くせの内側では、各毛髪繊維の向きは毛髪軸に対してより揃っているのに対し、くせの外側では、各毛髪繊維は毛髪軸に対して不揃いであると解される。すなわち、毛髪繊維は、くせの内側から外側に向かって徐々に不揃いとなり、これによってくせが形成されるとの推測が成り立つ。
【0036】
なお、図5Aは、本実施例の試料の光学顕微鏡画像である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の画像処理方法によれば、イメージングFT-IR画像の解像度が高まり、画像が鮮明となる。そこで、本発明は、イメージングFT-IR画像を用いる種々の分野で利用することができ、例えば、生体組織のイメージングFT-IR画像から、生体組織の解析をする分野で有用となる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の画像処理方法の一例を示すブロック図である。
【図2】毛髪の構造の説明図である。
【図3】毛髪の横断面に赤外光を照射した場合の作用の説明図である。
【図4A】毛髪の輪切り切片の光学顕微鏡画像である。
【図4B】毛髪の輪切り切片のイメージングFT-IR 画像である。
【図4C】毛髪の輪切り切片のイメージングFT-IR 画像のデコンボリューション画像である。
【図5A】毛髪の輪切り切片の光学顕微鏡画像である。
【図5B】毛髪の輪切り切片のイメージングFT-IR 画像から求めた、アミドI/アミドIIの比率を表す画像である。
【図5C】毛髪の輪切り切片のイメージングFT-IR 画像のデコンボリューション画像から求めた、アミドI/アミドIIの比率を表す画像である。
【符号の説明】
【0039】
1 毛髪
2 キューティクル
3 コルテックス
4 メデュラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で得られた信号のイメージング画像(イメージングFT−IR画像)を形成する画像処理方法であって、
(i) フーリエ変換赤外分光光度計で試料を測定し、試料の赤外分光画像1aを得る工程、
(ii)(i)工程で得た赤外分光画像1aに対し、フーリエ変換を行い画像1cを得る工程、
(iii) フーリエ変換赤外分光光度計の装置関数を決定し、該装置関数から各座標での関数値を得、その関数値の画像をフーリエ変換し、画像2を得る工程、
(iv)画像1cを、画像2で除してデコンボリューション画像3を得る工程、
(v) デコンボリューション画像3を逆フーリエ変換することにより、試料のイメージングFT−IR画像のデコンボリューション画像4を得る工程
を含む画像処理方法。
【請求項2】
(i') (i)工程で得た画像1aに補間処理を行い、画像1bを得る工程を有し、
(ii)工程で、画像1bに対しフーリエ変換を行い画像1cを得て、
(iv)工程で、画像1cを画像2で除してデコンボリューション画像3を得る請求項1記載の画像処理方法。
【請求項3】
(ii') (ii)工程で得た画像1cをフィルタリングして画像1dを得る工程を有し、
(iv)工程で、フィルタリング後の画像1dを画像2で除してデコンボリューション画像3を得る請求項2記載の画像処理方法。
【請求項4】
試料が生体組織であり、イメージングFT−IR画像のデコンボリューション画像4が、試料に含まれる特定物質の吸光度分布を表す請求項1〜3のいずれにかに記載の画像処理方法。
【請求項5】
請求項4記載の画像処理方法において、異なる測定波数で生体組織の吸光度分布を求め、双方の吸光度分布の比を評価指標とする生体試料の解析方法。
【請求項6】
請求項5記載の画像処理方法において、毛髪を試料とし、毛髪断面におけるアミドI の吸光度分布と、毛髪断面におけるアミドII の吸光度分布を求め、双方の比から毛髪断面における毛髪繊維の毛髪軸に対する傾きの度合いを推定する毛髪の解析方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【公開番号】特開2006−170915(P2006−170915A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−366659(P2004−366659)
【出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】