説明

画材

【課題】染着性に優れ色見えの良好な、特に水墨画用あるいは書道用に好適な画材を提供する。
【解決手段】 1デシテックス以下の極細繊維と弾性樹脂で構成され、表面に該極細繊維の立毛を有することを特徴とする画材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は染着性に優れ、色見えの良好な水墨画等に用いる画材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、書道用或いは水墨画用の画材として和紙または絹布が使用されている。和紙は天然植物性繊維を漉いて作られており、長繊維が絡んだ構造となっている。また、和紙の他にも天然動物性繊維を紡いで織った絹布が用いられることもある。
一方、水彩画には洋紙が用いられているが、いずれも繊維の物理的或いは化学的性質、長さ、漉いた繊維の絡み方によって、色素の浸透性、発色速度、色の見え方、あるいは色の経時安定性などが大きく異なることが知られている(非特許文献1,2,3参照)。
【0003】
これら天然繊維を紙状に成型した画材は繊維径が不揃いであり、また繊維同士の絡み状態が不均一であることから、色素の浸透性や色の見え方が一定しない問題があった。また、表面が平滑であるため光の反射が拡散反射になりにくく、見る角度によっては描画本来が持つ印象を阻害する。
【0004】
繊維状態の不均一を解消するためには、繊維径の均一な合成繊維を用いて紙状に成型することが考えられる。しかし表面の平滑さによる描画本来の印象の阻害は改善できない。
【0005】
一方、表面の平滑さを改善するためにシルクを不織布としてカラープリンター用の画材に用いる方法が考案されている(特許文献1参照)。これによれば色見えの良好な水墨画或いは水彩画の複製品をインクジェットカラープリンターを用いて作成できる。しかし、繊維径及び絡み状態の不均一性から色素の浸透性などの問題が生じ、水墨画或いは水彩画そのものの画材としては使用できない。
【0006】
絹布にあっては、動物性繊維であるため、太陽の照射によって、地色が褐色に変化を生じる欠点があることが知られている。
【非特許文献1】宮坂和雄、「墨の話−名墨の秘密」、木耳社、1989年7月
【非特許文献2】埼玉県製紙工業試験場編、「The紙−書画の心を漉く 文房四宝」、日貿出版社、1985年2月
【非特許文献3】植村和堂、「筆・墨・硯・紙 増補版」、理工学社、1987年1月
【特許文献1】登録実用新案第3042067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる画材の問題点に鑑み、特に墨を用いた場合に、染着性に優れ、色見えが良好であり、太陽照射によっても退色および返照が少ない画材を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明はかかる課題を解決するため、次のような手段を採用する。すなわち、本発明の画材は1デシテックス以下の極細繊維と弾性樹脂で構成され、表面に該極細繊維の立毛を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、墨の染着性に優れ、色見えの良好な水墨画用または書道用画材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明における画材とは墨や絵の具を用いて字或いは絵を描く下地のことであり、水墨画、書道、水彩画、油絵などに用いられるが、特に色見えの観点から墨色の濃淡変化を表現した水墨画用或いは濃淡の墨色で書く書道用の下地として用いられる。
【0011】
本発明の画材は1デシテックス以下の合成繊維からなる不織布に弾性樹脂を含有させてなる。さらに、表面に該極細繊維からなる立毛を有していることが好ましい。微細かつ均一な繊維のマトリクスが染着安定性と墨および地色の拡散反射性を付与する。また、立毛が下地色にさらに高い拡散反射性を付与し、墨の色見えを安定にする。ここでいう不織布とは極細繊維を絡めシート状にしたものであればどのような形態でもよく、公知の製法で製造したものを用いることができ、例えばスパンボンドやニードルパンチ或いはウォータージェットパンチなどにより極細繊維を絡ませて得られるものが好ましく用いられる。また、起毛方法についても公知の方法を用いることができ、例えばサンドペーパーで擦過する方法等が挙げられる。
【0012】
本発明でいう合成極細繊維とはポリエステル、ナイロン、アクリル等の合成ポリマーから選ばれた少なくとも1種からなる合成繊維であり、墨の浸透性の観点からナイロンであることが望ましい。ナイロンとしてはナイロン6やナイロン66等が挙げられる。また、該合成繊維の繊維径は墨の浸透性や画描性及び光の反射による色見えの観点から1デシテックス以下、より好ましくは0.3デシテックス以下、さらに好ましくは0.01デシテックス以下である。
【0013】
本発明における極細繊維には合成繊維を使用することから、不織布を構成する繊維は天然繊維に比べて断面形状や繊度が均一であり、さらには極細の繊維であるため、画面への様々な角度と強度の光入射に対して、墨色と地色共に均一かつ拡散性が高い反射を起こすことができ、結果として、書画した後の絵と地色全体の色見えが安定し、目で見たときに柔らかい印象となる。
【0014】
なお、拡散反射とは反射の一種で、反射には正反射(鏡面反射)と拡散反射(散乱反射)がある。拡散反射は正反射とは異なり、四方八方へも反射するものであって色を吸収して反射する効率が低い代わりに、目に見て柔らかい光となり、光の入射角によらず安定した色が人の目に到達する効果を現す。逆に、拡散度が低い反射にあたっては描いた絵や下地からの反射は入射の反対側へ放たれ、同方向に放たれる強い正反射成分に打ち消されてしまい、極端な場合、絵を見ることができなくなる。
【0015】
本発明でいう弾性樹脂は適度な弾性を有する樹脂であれば特に制限はなく、例えばポリウレタン、ニトリルゴム等の重合体を用いることができ、なかでもポリウレタンが好ましく使用される。
本発明における弾性樹脂の合成繊維に対する重量比は次式で求められる。なお、合成繊維の重量は、弾性樹脂は溶解するが合成繊維は溶解しない溶剤で弾性樹脂を溶解・除去して測定することができる。
重量比(%)=弾性樹脂重量/合成繊維重量
該重量比は画材としての形態安定性及び墨の浸透性の観点から好ましくは20〜60%、より好ましくは35〜45%であることが望ましい。
【0016】
本発明においては、墨で書画した際の色見えの観点から、極細繊維を絡合させた不織布はニードルパンチ処理またはウォータージェットパンチ処理を施されたものであることが好ましい。不織布にニードルパンチ処理やウォータージェットパンチ処理を施すことにより、不織布(もしくは画材)面に対して垂直な方向に極細繊維を配向させることができる。垂直方向に配向した極細繊維が存在することにより、垂直方向に墨が深く浸透し、色見えが深く(彩度が大きく)なるものと考えられる。また、墨の浸透が深さ方向に集中するために、書画した際の滲みが小さくなるという利点も有する。なお、極細繊維の配向は完全な垂直方向でなくともよく、垂直方向から45度以内の角度で配向した繊維が存在すればよい。ニードルパンチ処理やウォータージェットパンチ処理としては公知の方法・装置を用いることができる。
【0017】
本発明において、立毛はバッフィング処理により得られる。ここでいうバッフィング処理としては、サンドペーパーやロールサンダーなどを用いてシート表面を研削する方法などが一般的である。とりわけ、シート表面をサンドペーパーを使用して起毛処理することにより、均一で緻密な立毛を形成することができる。立毛により、墨の色見えがより安定、向上し、より柔らかい印象となる。
【0018】
本発明の画材は、水墨で書画した後、撥水処理を施すことができる。撥水処理は従来から不織布や人工皮革に行っている方法を適用することができ、その際に使用する撥水剤も同様である。書画した後に画材全体に撥水処理を施せば、書画の保護と同時に画材全体の汚れ防止にもなり、他の用途、例えば食器用マット、テーブルシート、コースター、軸装等に使用が可能となる。上記のマットシートとしたときに、地色を書画の拡散反射性と柔らかい色見えが、上に置く食器等の色合いとのマッチングを良好にし、好ましい。
【0019】
和紙に墨で描いた書画は約1000年を経ても退色が少ないことが文化財の保管から良く知られる。一方、動物性繊維からなる絹は、対象は色変化が著しい、本発明の画材は、上記の合成繊維を用いるため、和紙と同様に耐光性にも優れ、絹材に比較すると優位である。室内や屋外に展示するために重要な特性を併せ持つものである。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
<繊維繊度>
JIS L 1015(1999年4月20日改定版)の方法に基づいて測定した。
<弾性樹脂の繊維に対する重量比>
画材を10cm四方に切り取り、電子天秤を用いて1mgの精度で質量を測定。次に溶剤を用いて弾性樹脂を除去し、電子天秤を用いて1mgの精度で質量を測定し、下式にて算出した。
【0021】
重量比=(弾性樹脂除去前質量−弾性樹脂除去後質量)/弾性樹脂除去後質量
<垂直方向への繊維配向>
画材を表面に対して垂直方向に切り取り、断面を電子操作顕微鏡にて撮影し、目視にて垂直方向から45℃以内の角度に配向した極細繊維の割合を計測し、これを垂直方向の繊維割合とした。
<色見え>
健康な成人5人による目視評価を行った。
<滲み>
スポイトを用いて墨汁を高さ1cmから静かに1滴画材に滴下後10分間放置し、その直径を定規にて測定した。
実施例
島成分としてナイロン繊維、海成分としてポリスチレンからなる成分比40/60、島数100、複合3.3デシテックス、繊維長51mm、捲宿数14山/インチ(2.54cm)の海島型複合繊維の原綿を用いて、カードマシンにより該原綿を開繊しウェブ化した後、クロスラッパーで該ウェブを重ね合わせることにより積層ウェブを作成する。ついで、ランダムにニードルが植え付けられたニードルボードを有するニードルパンチマシンで該積層ウェブに3000本/cmのニードルパンチを行って、幅120cm、目付300 g/mの不織布シートを作成した。
【0022】
該不織布シートを12%ポリビニルアルコール水溶液に含浸後乾燥することで形体安定材としてポリビニルアルコールをシートに付与した後、抽出工程でトリクロロエチレンの液流中にさらし、海成分であるポリスチレンを抽出した。これを含浸工程でポリウレタン−ジメチルホルムアミド溶液に含浸した後、水中でポリウレタンを凝固させ、さらに水流中にさらしてジメチルホルムアミドとポリビニルアルコールを抽出後、乾燥機で乾燥させてナイロン繊維とポリウレタンからなる幅120cm厚み1mmの弾性樹脂含有不織布を作成した。
【0023】
次に1000m/分で高速回転する研削材であるサンドペーパーに該シートを押しつけながら10m/分の速さで搬送することで、表面にナイロン繊維からなる立毛を形成した。
【0024】
得られたシートは繊維繊度0.022デシテックス(0.02デニール)、弾性樹脂の繊維に対する重量比40%、垂直方向への繊維20%であった。またこのシートをB4サイズに切り取り、墨汁により「いろは」の文字を書いて風乾させて評価したところ、色見えは良好であった。
次に、該シートと市販の半紙に対する滲みテストを行った。滴下量の誤差をなくすためテストは3回実施し、その平均値を用いた。その結果、該シートは17mm、半紙は18mmであり滲み具合は市販の半紙と同等の結果が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1デシテックス以下の合成繊維と弾性樹脂で構成されることを特徴とする画材。
【請求項2】
水墨画用あるいは書道用であることを特徴とする請求項1に記載の画材。
【請求項3】
前記弾性樹脂の前記合成繊維に対する重量比が20〜60%である請求項1または2に記載の画材。
【請求項4】
前記合成繊維がナイロンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の画材。
【請求項5】
前記弾性樹脂がポリウレタンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の画材。
【請求項6】
前記合成繊維が極細繊維であり、表面に該極細繊維の立毛を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の画材。
【請求項7】
前記合成細繊維が絡合された不織布を構成しており、かつニードルパンチ処理またはウォータージェットパンチ処理されたものであることを特徴とする請求項1〜7に記載の画材。

【公開番号】特開2007−152650(P2007−152650A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−348596(P2005−348596)
【出願日】平成17年12月2日(2005.12.2)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】