説明

界面活性剤分析法

【課題】界面活性剤中の無機物イオン、とりわけ有機スルホン酸イオンの硫酸イオンの定量分析を高感度および高精度で行う手法を提供する。
【解決手段】有機スルホン酸塩などの界面活性剤中の無機物イオン、例えば、硫酸イオンの定量分析において、ESI(Electrospray Ionization)-MS(Mass Spectrometry)分析法を用い、メタノール・水混合溶液に試料を溶解し、内部標準添加法による所定濃度調製により無機物イオンを高感度および高精度分析法が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性剤中の無機物イオンの定量分析において、ESI(Electrospray Ionization)イオン化法による質量分析法により、これまで困難であった高感度で高精度な分析法を提供する。
【背景技術】
【0002】
水溶液中の硫酸イオンなどの無機物イオンの定量分析はイオンクロマトグラフ法で行うのが一般的であるが、イオンクロマトグラフ分析では、分離カラムにイオン交換樹脂を用いているために、水中に界面活性剤などの高分子有機化合物が存在する場合、これら共存物を除去する必要がある。しかしながら、高濃度の界面活性剤が含まれる試料では、その除去は容易ではなく、分離カラムの劣化のみならず分析精度も極端に悪くなる。そのため、有機スルホン酸塩中の微量硫酸塩の定量分析など高濃度界面活性剤中の微量無機物イオンの高感度で高精度の定量分析法の開発が望まれている。
【0003】
近年、生体高分子や高分子界面活性剤などの易イオン化性高分子有機化合物の分析法として、ESI(Electrospray Ionization)イオン化質量分析法(ESI-MS)が開発され、液体クロマトグラフ質量分析(LCMS)における主要分析手法として定着している。ESI-MS分析法では、溶液試料を高電圧印可したキャピラリー先端から噴霧することにより、荷電微細液滴を生成させ、最終的にこの液滴からイオン化物が生成される。このイオン化手法は、高分子有機化合物のみならず、水中で溶解している硫酸イオンなどの無機物イオンをもなんらかのイオン化物としてイオン化することが知られている。また、質量分析法による質量分離により、イオンクロマトグラフなどの液体クロマトグラフを介在させなくても無機物イオン由来イオン化物を界面活性剤由来イオン化物と分離することができる。しかしながら、界面活性剤中の無機物イオンの定量分析にESI-MS法を用いた報告例はほとんどない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
界面活性剤中のイオン性物質の定量分析手法としては、下記の非特許文献が挙げられる。
【非特許文献1】Yamauchi A.,Kunisaki T., Minamatsu T., Tomokiyo Y., Yamaguchi T., Kimizuka H., Bull Chem Soc Jpn, Vol.51, No.10 (1978) 2791.
【非特許文献2】Masadome T. J. Flow Inject Anal Vol.20, No.2, (2003) 207.
【非特許文献3】中栄あつ男、降矢一美、三方鶴雄、山中実、日本化学会誌、No.11(1977)1655.非特許文献1および非特許文献2は、有機硫酸イオンなど界面活性剤イオンの分析であって、硫酸イオンなどの無機物イオンを定量分析した報告ではなく、本発明と同様の議論あるいはデータを提示しているものではなかった。非特許文献3は、ポストカラム法を用いた液体クロマトグラフィーによる分析であり、3価の鉄イオンと硫酸イオンの反応で生成する硫酸第二鉄錯体の光吸収吸光度で定量する手法である。本手法は液体クロマトグラフィーを用いる方法であり、発色法によるため共存成分の影響も受けやすく感度も限界がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、界面活性剤中の無機物イオン、とりわけ有機スルホン酸イオンの硫酸イオンの定量分析を高感度および高精度で行う手法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、界面活性剤中の無機物イオン、とりわけ有機スルホン酸の定量分析において、ESI(Electrospray Ionization)イオン化法による質量分析法により実施した。
【0007】
具体的解決手段として本発明は、次の(1)〜(5)に示される。
(1)有機スルホン酸塩などの界面活性剤中の無機物イオン、例えば、硫酸イオンの定量分析において、ESI(Electrospray Ionization)-MS(Mass Spectrometry)分析法を用いることを特徴とする、高感度および高精度分析法を提供する。
(2)上記(1)記載のESI-MS分析法において、試料を水・メタノール混合溶液に溶解し、十分に希釈の後、硫酸イオンなどの無機物イオンの濃度を1〜10ppm程度として測定を行う。これにより、硫酸イオン濃度増加により低下する定量精度の維持および向上を図ることができる。
(3)上記(2)に記載のESI-MS分析法において、濃度既知の硫酸イオンを添加する内部標準添加法によることを特徴とする。これにより、共存する界面活性剤の濃度が変化することによって生じるイオン化効率の変化による定量精度低下を回避することができる。
(4)上記(3)に記載のESI-MS分析法において、イオンクロマトグラフなどの液体クロマトグラフからのESIイオン源への試料導入ではなく、インフュージョン法およびフローインジェクション法によるESIイオン源への直接試料導入法であること。これにより、液体クロマトグラフ用分離カラムの損傷および分離カラムへの測定試料の吸着などによる定量精度の低下を回避できる。
(5)上記(4)に記載のESI-MS分析法において、硫酸イオンなどの無機物イオン由来のイオン化物と界面活性剤などの共存物の対電荷整数質量数(m/z)が一致する場合には、質量分析計に飛行時間質量分析計や二重収束質量分析計あるいはイオンサイクロトロン質量分析計を用いる。これにより、共存物による目的イオン化物への質量数干渉を回避することができる。
【発明の効果】
【0008】
ESI-MS分析法により、有機スルホン酸塩などの界面活性剤中の無機物イオン、とりわけ硫酸イオンの高感度、高精度定量分析が可能となる。従来の分析法では困難であった高濃度界面活性剤中の微量無機物イオンでさえも、本手法によれば高感度、高精度定量分析が可能となる。本手法により界面活性剤の純度確認を行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】硫酸ナトリウム溶液より得られたESI-MSスペクトル(負イオン)および硫酸イオン由来イオン化物を示す図である。
【図2】硫酸ナトリウム水溶液中の硫酸イオン濃度1ppb〜10ppbの範囲内において、硫酸イオン濃度と硫酸イオン由来イオン化物ピーク面積の直線性を示す図である。
【図3】硫酸ナトリウム水溶液中の硫酸イオン濃度10ppb〜500ppbの範囲内において、硫酸イオン濃度と硫酸イオン由来イオン化物ピーク面積の直線性を示す図である。
【図4】SDS溶液より得られたESI-MSスペクトル(負イオン)およびSDS由来イオン化物と硫酸イオン由来イオン化物を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、界面活性剤中の無機物イオン、とりわけ高濃度界面活性剤中の微量無機物イオンの定量分析において、従来法では不可能であった高感度、高精度分析を可能にする。
【実施例】
【0011】
(ESI-MS分析方法)
実験に用いたエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)装置は、VARIAN社製の四重極型質量分析装置320-MSであり、イオン源部に320-MS用Electrospray Interfaceを取り付けて行った。試料導入はフローインジェクション法により行い、以下の項目について実験を行った。
【0012】
(ESI-MS分析による硫酸イオン検出と定量性評価)
実験に供した試料は、市販の硫酸ナトリウム(Na2SO4)をメタノール・水混合溶液(メタノール:水=90:10)に溶解し、硫酸イオン濃度を1ppb〜10ppmの範囲で所定の濃度に調製した。調製した硫酸イオン濃度既知試料をフローインジェクション法によりESIイオン源に導入し、イオン化物の質量分析を行った。
【0013】
硫酸ナトリウム溶液から得られたESI-MSスペクトル(負イオン)を図1に示す。硫酸イオン由来のイオン化物と考えられるm/z=97のイオン化物(HSO)質量スペクトルが認められる。
【0014】
次に、硫酸イオン濃度1ppb〜10ppmの範囲で調製した硫酸ナトリウム溶液に対して行ったESI-MS分析の結果、質量数97のイオン化物の質量スペクトル(SIMモード:繰り返し回数は3回)のピーク面積と硫酸イオン濃度との関係を図2に示す。ピーク面積は、硫酸イオン濃度の増加とともに増加はしているが、濃度1ppm以上では両者に直線性がなくなる。しかしながら、濃度1ppb〜10ppbおよび濃度10ppbから500ppbの範囲内では、相関係数r2=0.9994および0.9996であり、硫酸イオン濃度とピーク面積に直線性があることが解った(図2、図3)。
【0015】
(2)ESI-MS分析における有機スルホン酸塩中硫酸イオンの定量性評価
界面活性剤などに用いられる代表的な有機スルホン酸塩としてドデシルスルホン酸ナトリウム(SDS)を分析に用いた。SDSのメタノール・水混合溶液中に存在する硫酸イオンの定量性について、(1)で求めた硫酸イオン濃度と硫酸イオン由来ESIイオン化物の検量線で定量する外部標準法、および所定濃度の硫酸ナトリウム溶液を添加する内部標準添加法による定量性評価を検討した。
【0016】
SDS溶液より得られたESI-MSスペクトル(負イオン)を図4に示す。SDS由来のイオン化物と考えられるイオン化物スペクトル(m/z=265)とともに、硫酸イオン由来のイオン化物と思われるイオン化物スペクトル(m/z=97)も僅かに認められた。そこで、m/z=97のイオン化物ピーク面積に対して外部標準法および内部標準添加法により硫酸イオンの定量を試み、SDS溶液中の硫酸イオンの定量性ならびに共存物の影響についての検討を行った。
【0017】
外部標準法による定量計算では、図2に示す検量線を用いた。その結果、SDS溶液中の硫酸イオン量は、0.006ppmと計算された。しかしながら、ESIイオン化法におけるイオン化効率は、マトリックス中の共存物に左右されることから、上記の外部標準法による定量値が正しいかどうかは不明である。
【0018】
そこで、SDS存在下で標準試料を微量添加する内部標準添加法によって実施した。SDS濃度1ppmの溶液に硫酸イオン0.50、1.00ppm添加しイオン化物とし、m/z=97のイオン化物ピーク面積を求め、得られたピーク面積と添加硫酸イオンの直線式を外挿することによりSDS溶液中に存在していた硫酸イオンを定量したところ、その値は0.054ppmであった。
【0019】
このように、ESI-MS分析では、硫酸イオンなどの無機物イオンの高感度分析が可能となるが、外部標準法と内部標準添加法では、定量値が大きく異なる。定量値の信頼性を考慮した場合、共存物がESIイオン化のイオン化効率に与える影響を考慮した内部標準添加法が有効である。
【産業上の利用可能性】
【0020】
界面活性剤は洗浄剤や分散剤など多くの化学工業薬品製品に用いられている。その界面活性剤の純度が製品性能に与える影響は大きく、微量の無機物イオンの存在や残留は金属腐食や導通不良といった製品不良を引き起こしかねない。そのため、界面活性剤中の微量無機物イオンの高感度、高精度定量分析技術が求められているが、本技術はその要望に応えられ、利用可能な技術である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤中の無機物イオンの定量分析において、ESIESI-MS法を用いることを特徴とする定量分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の定量分析方法において、無機物イオンの濃度既知標準溶液を目的試料に添加し定量解析を行う内部標準添加法を用いる定量分析方法
【請求項3】
請求項2に記載の定量分析方法において、質量分析計が四重極型質量分離検出、飛行時間型質量分離検出、イオンサイクロトロン型質量分離検出、二重収束型質量分離検出のいずれかの質量分離検出機構を用いた分析方法
【請求項4】
請求項3に記載の質量分離検出機構が、一次イオン化物に対してさらなる質量分解機構を有するタンデム型質量分析機構を有する定量分析方法。
【請求項5】
請求項1に記載の界面活性剤が有機スルホン酸塩または有機スルホン酸エステルであり、無機物イオンが硫酸イオンである場合の定量分析方法。
【請求項6】
請求項1に記載の定量分析方法において、試料溶液導入方法がインフュージョン法もしくはフローインジェクション法による定量分析方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate