説明

疲労特性に優れる高強度鋼材及びその製造方法

【課題】 750MPa以上の高強度を有し、しかも疲労特性に優れた高強度鋼材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の高強度鋼材は、Cuを2.0〜10mass%含み、引張強さが750MPa以上の鋼材である。組織的には、組織内にCu濃度が平均濃度の2倍以上、80mass%以下であるCu濃化域が均一に分散している。前記Cu濃化域は平均粒径が10nm以上、50nm以下である。鋼材には熱延鋼板を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、750MPa以上の高強度を有し、しかも疲労特性に優れた高強度鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、自動車用鋼板は自動車軽量化、衝突安全性能の向上の観点から高強度化が進められている。また、足回り部品等の素材として用いられる熱延鋼板は、部材として使用される際に繰り返し荷重を受けるため、一般に高い疲労特性が要求される。疲労強度は一般に鋼材の強度が高くなれば上がることが知られているが、強度が上昇するほど疲労強度は向上せず、疲労限度比(疲労強度/強度)は高強度になるに従って低下する。このため、高強度鋼板の疲労強度の向上は、低強度鋼板に比べて困難である。しかし、昨今の鋼板の高強度化に伴い、疲労特性に対する工業的要望は高い。
【0003】
このような要望に対して、特許文献1(特開平11−92859号公報)にはフェライト結晶粒を超微細化することにより、また特許文献2(特開2004−143518号公報)にはフェライト結晶粒の微細化に加えて粒内にVNを析出させることによって、疲労強度を向上させた高強度熱延鋼板が記載されている。さらに、非特許文献1(新日鉄技報、第381号、2004年、p45−50)には、Cu含有鋼におけるCuの存在形態(固溶、クラスター、析出)が疲労特性に与える影響を調査したところ、Cuは析出状態よりも固溶状態あるいはクラスター状態の方が疲労特性が向上することが記載されている。前記「固溶」とは、十分な溶体化処理を前提として固体マトリックス中に合金元素が均一に分布して溶けた状態を指しており、また「クラスター」とは時効処理(Cuを析出させる温度条件で保持する熱処理)過程においてCuが析出物として析出するに至る前の、Cu原子が複数集合した前駆体を指している。
【特許文献1】特開平11−92859号公報
【特許文献2】特開2004−143518号公報
【非特許文献1】新日鉄技報、第381号、2004年、p45−50
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1、特許文献2の技術については、フェライト結晶粒を超微細化するための圧延条件および成分管理が煩雑であり、また大圧下を要するために通常の圧延設備では実施が困難である。特許文献2の技術は、さらに、特殊元素として高価なVを必須成分として用いるために、材料コスト高を招来するという問題がある。
【0005】
また、非特許文献1には、Cuの固溶あるいはクラスターが疲労特性を向上させることが記載されているが、引張強度と疲労限度との関係示す図7(p47)によれば、疲労限度比が0.58程度の場合、引張強度は550MPa程度と低強度レベルに止まっており、引張強度がより高くなれば疲労限度比もより低下することが明らかである。
【0006】
本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、フェライト結晶粒の超微細化や特殊元素の添加を必須条件とすることなく、750MPa以上の高強度を有し、しかも疲労特性に優れた高強度鋼材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、強化元素であるCuを含有する高強度鋼材に対し、基地中のCuの存在形態が疲労強度に及ぼす影響を詳細に調査したところ、非特許文献1に記載のとおり、fcc構造のCu析出物(メタリックCu)が存在すると疲労特性が低下するが、Cu析出物を十分大きく成長させた後、Cuの濃度分布が完全に均一にならないようにCu析出物を再固溶し、基地中にCu析出物に起因するCu濃化域を分散させることにより、高強度下においても優れた疲労特性が得られることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の高強度鋼材は、含有率が2.0〜10mass%のCuを含み、引張強さが750MPa以上の鋼材であって、組織内にCu濃度がCu含有率の2倍以上、80mass%以下であるCu濃化域が均一に分散し、前記Cu濃化域の平均粒径が10nm以上、50nm以下とされたものである。鋼材の形態としては、熱延鋼板とすることができる。
【0009】
疲労破壊は、繰り返し過重の負荷過程における転位の挙動に大きく影響される。転位に対するCu析出物の相互作用は過大であり、他方、固溶状態あるいはクラスター状態にあるCu原子の相互作用は小さい。このため、これらの状態では十分な疲労特性が得られないと考えられる。本発明の高強度鋼材では、所定サイズのCu濃化域の転位への相互作用は、Cu析出物ほど強過ぎず、また固溶あるいはクラスター状態の原子ほど弱過ぎず、適度な状態にある。このため、本発明の含Cu高強度鋼材では、750MPa以上の高強度でありながら、優れた疲労特性を備えることができる。
【0010】
また、前記高強度鋼材において、その鋼成分としては、mass%で、C:0.005〜0.30%、Si:0.20〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、Cu:2.0〜10%を含み、残部Fe及び不純物からなるもの、あるいはさらに、Ni:0.10〜10%、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.10〜2.0%、B:0.0005〜0.0050%、V,Nb,Ti,Zr,Hf:それぞれ0.002〜0.3%の元素のうち1種以上を含むものが好ましい。このような鋼成分によれば、750MPa以上の引張強度を容易に確保することができる。
【0011】
上記高強度鋼材は、含有率が2.0mass%以上、10mass%以下のCuを含む上記鋼成分を有し、Cuが均一に固溶した鋼片を400〜600℃で5hr以上保持してCu析出物を析出、成長させる時効処理を行い、時効処理した鋼片を850〜1000℃で0.5〜5hr保持する加熱処理を行った後、その鋼片を熱間加工し、冷却することによって製造することができる。
【0012】
この製造方法によれば、Cuを所定量含有し、均一に固溶した鋼片に対し、熱間加工前に所定の時効処理及び加熱処理を施すので、時効処理により鋼片中に析出、成長したCu析出物(メタリックCu)をCu濃度が均一にならないように再固溶(拡散)させて、結晶粒内に所定サイズのCu濃化域を分散形成することができる。このため、かかるCu濃化域が組織中に分散形成された鋼片を熱間加工することにより、高強度でありながら疲労特性に優れた高強度鋼材を容易に得ることができる。前記熱間加工としては、熱間圧延、熱間鍛造等の各種の熱間塑性加工を適用することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高強度鋼材によれば、750MPa以上の高強度を有しながら、組織中に所定のCu濃化域が分散して存在するため、転位への相互作用が適度に得られ、高強度でありながら優れた疲労特性を得ることができる。また、本発明の製造方法によれば、析出成長させたCu析出物が完全に再固溶しないように所定の加熱処理を熱間加工前に行うので、Cu濃化域が分散した高強度鋼材を容易に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の高強度鋼材は、750MPa以上の引張強度を有し、含有率が2.0〜10mass%(以下、単に「%」と表示する場合がある。)のCuを必須成分として含有する。Cu以外の成分は引張強度が750MPa以上になるように適宜調整される。Cuは強化元素であり、Cu濃化域を形成するために必須の成分である。2.0%未満では基地中に分散するCu濃化域の個数が過少となり、高強度下における疲労特性の向上が不十分になる。一方、10%を超えると前記Cu濃化域の元となるfcc構造のメタリックCuからなるCu析出物をCu濃化域に再固溶することが困難になり、組織中にCu析出物が残存するようになり、疲労特性が却って低下する。このため、Cu含有率は2.0〜10%、好ましくは3.0〜6.0%とする。
【0015】
本発明の高強度鋼材の組織上の特徴は、組織内にCu濃度がCu含有率(mass%)の2倍以上、80mass%以下で、平均粒径が10nm以上、50nm以下であるCu濃化域が均一に分散している点にある。基地組織としては、通常の高強度鋼材と同様、例えば、ベイナイト単相組織、フェライト及びマルテンサイト二相組織、これらの組織に10面積%程度以下の残留オーステナイトを含む組織とすることができる。残留オーステナイト相を含む組織とすることにより、加工誘起変態効果を利用して高い伸びを得ることができる。
【0016】
前記Cu濃化域につき、そのCu濃度をCu含有率の2倍以上、80mass%以下とするのは、基地中に固溶するCuあるいはCu析出物およびこれらに近いCu原子集団をCu濃化域から排除するためである。また、そのサイズを10〜50nmとするは以下の理由による。10nm未満では転位に及ぼす影響が軽微となり、クラスターに比して顕著な疲労特性改善効果が期待できない。一方、50nm超とするには、その元になるCu析出物を時効過程で大形に成長させる必要があるが、そのための処理時間が膨大になり、生産性に劣る。また過大なCu濃化域では、その分散が疎らになって疲労特性が却って低下するようになる。このため、Cu濃化域のサイズは平均粒径で10〜50nmとする。
【0017】
前記Cu濃化域の平均粒径は、Cu濃度がCu含有率の2倍以上、80mass%以下の領域の面積に等しい面積の円(相当円)の直径の平均値を意味する。具体的には以下の要領で求める。TEMによって観察した10万倍の組織写真上ではCuの濃化域と基地とは黒白のコントラストとして観察される。Cu濃化域に対応する黒点部をEDX分析し、所定濃度範囲のCu濃化域を選別し、画像ソフトによりその相当円を求める。そして、任意の5視野における相当円の平均値を平均粒径とする。なお、非特許文献1に記載されているようなクラスターは、Cu析出物の前駆段階の原子の集合体であり、上記TEMによる観察手法では観察することはできない。
【0018】
上記のとおり、本発明の高強度鋼材は、引張強度が750MPa以上あればよく、成分的にはCu以外の元素は特に限定されず、また組織も適宜の低温変態相(ベイナイト、マルテンサイト)を含む組織とすることができるが、好ましい鋼成分(単位mass%)は以下のとおりである。なお、「〜」の記号は、記号の左右の数値をその範囲に含む。
【0019】
C:0.005〜0.30%
Cは鋼の強度を向上させる有効な元素であり、0.005%未満ではかかる作用が過小であり、一方0.30%を超えると延性劣化や溶接性の劣化が著しくなる。このため、下限を0.005%、上限を0.30%とする。好ましくは、0.01〜0.20%とするのがよい。
【0020】
Si:0.20〜3.0%
Siは固溶強化元素であり、延性を低下させることなく、強度を向上させるのに有効な元素である。0.20%未満では強度延性バランスが低下し、一方3.0%を超えると製造工程でスケールを多量に発生し、生産性を阻害するようになる。このため、下限を0.20%、上限を3.0%とする。好ましくは0.3〜2.0%とするのがよい。
【0021】
Mn:0.5〜3.0%
Mnは鋼の強度、靭性を向上させる作用を有する元素であり、0.5%未満では強度が過小となり、一方3.0%超になると強度が高くなり過ぎて延性が劣化するようになる。このため、下限を0.5%、上限を3.0%とする。好ましくは0.8〜2.5%とするのがよい。
【0022】
本発明の高強度鋼材は、上記の基本成分のほか、残部不可避的不純物からなるが、鋼材の機械的性質を向上させるため、下記元素の内、1種以上の元素を単独で、あるいは複合して含有させることができる。Ni,Cr,Moは焼入れ性向上元素として、Bは粒界強化元素として、V,Nb,Ti,Zr,Hfは析出強化元素として強度向上に寄与する。
Ni:0.10〜10%、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.10〜2.0%、B:0.0005〜0.0050%、V,Nb,Ti,Zr,Hf:それぞれ0.002〜0.3%
【0023】
次に、本発明の高強度鋼材の製造方法について説明する。本発明の製造方法の特徴は、熱間圧延や熱間鍛造などの熱間加工を行う前に、Cuを均一に固溶させた鋼片を時効処理し、これによってCu析出物を析出させ、そのCu析出物に加熱処理を施して、Cu濃度がCu含有率の2倍以上、80%以下で、平均粒径が10〜50nmのCu濃化域を形成するところにある。
【0024】
このようなサイズのCu濃化域を形成するには、その元になるCu析出物も大径化しておく必要があり、析出したCu析出物を十分成長させるために、時効温度400〜600℃にて5hr以上保持する時効処理を施す。保持時間の上限は特に制限はないが、生産性を考慮すると48hr程度以下でよい。また、前記加熱処理は、一旦析出成長したCu析出物が完全に均一に再固溶することなく、所定のCu濃化域を形成するように、加熱温度を850〜1000℃、保持時間を0.5〜5hr、好ましくは1〜4hr程度に設定する。
【0025】
時効処理を施す鋼片は、通常、鋳造片を熱間粗加工し、1100〜1300℃程度で20〜40hr加熱する均熱処理を施す。かかる均熱処理によりCuを均一に固溶した鋼片が得られる。また、所定のCu濃化域を生成した鋼片に対して行われる熱間加工は、通常、鋼片を1000〜1200℃程度に加熱し、Ar3点以上の温度にて熱間加工を終了し、所期の低温変態相を生成させるように、またパーライトが生成しないように10℃/s程度以上の冷却速度にて冷却する。熱間加工として、熱間圧延や熱間鍛造が用いられる。熱間圧延の場合、通常、炭化物の析出を抑制するため、400〜650℃程度の温度で巻き取られる。
以下、具体的実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0026】
表1に記載した鋼を大気溶解炉で溶解し、鋳造して鋳造片を得た。この鋳造片を小型圧延機で分解圧延し、25mm厚の厚板を得た。この厚板を1200℃×24hrの均熱処理を行い、その後、表2に示す条件で時効処理を行い、さらに同表に示す条件でCu析出物をCu濃化域とする加熱処理を行った。その厚板から200mm×120mmの平面スラブを切り出し、950℃に加熱し、熱間圧延を行った。熱間圧延は、圧下量30〜60%の多パス圧延とし、最終板厚は3mmとした。熱間圧延の仕上げ温度(最終圧延の温度)を800℃として圧延を終了し、その後、パーライトの生成を回避してベイナイト単相組織が得られるように400℃まで50℃/sで冷却し、その後空冷した。
【0027】
このようにして製造された熱延鋼板の幅方向の中央部において、板厚の中央部からTEM観察用試料を採取し、既述の方法でTEM組織解析を行い、Cu濃化域の平均粒径を求めた。さらに各熱延鋼板を用いて、引張試験、疲労試験を行った。引張試験は鋼板表裏面を0.05mm研削し、その後、JISZ2201記載の5号試験片に加工し、JISZ2241に従って実施した。また疲労試験は、鋼板表裏面を0.05mm研削し、その後、JISZ2275記載の表面曲げ疲れ試験に従って、疲労限度を測定した。これらの測定結果を表2に併せて示す。
【0028】
表1より、試料No. 1,2,4〜6及び8の鋼板(発明例)は、時効処理、時効後の加熱処理の条件が適正であるので、Cu濃化域の平均粒径が10nm以上となっており、750MPa以上の高強度でありながら、疲労限度比が0.55以上が得られており、疲労特性に優れている。
【0029】
一方、試料No. 3は、その鋼種CのCu量が1.5%と低いため、時効処理、その後の加熱処理の条件が適正であるにもかかわらず、強度が低く、疲労限度比も発明例より劣っている。また、試料No. 7は時効処理における保持時間が短いため、Cu濃化域のサイズが小さく、このため疲労限度比が発明例より劣っている。また、試料No. 9は時効後の加熱処理における保持時間が15min と短いため、Cu析出物が完全にCu濃化域にならず、析出物のまま残存したため、疲労限度比が0.5未満に劣化した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
含有率が2.0〜10mass%のCuを含み、引張強さが750MPa以上の鋼材であって、組織内にCu濃度がCu含有率の2倍以上、80mass%以下であるCu濃化域が均一に分散し、前記Cu濃化域の平均粒径が10nm以上、50nm以下である、疲労特性に優れる高強度鋼材。
【請求項2】
鋼材が熱延鋼板である、請求項1に記載した高強度鋼材。
【請求項3】
鋼成分がmass%で、
C:0.005〜0.30%、
Si:0.20〜3.0%、
Mn:0.5〜3.0%、
Cu:2.0〜10%
を含み、残部Fe及び不純物からなる、請求項1又は2に記載した高強度鋼材。
【請求項4】
さらに、Ni:0.10〜10%、Cr:0.10〜2.0%、Mo:0.10〜2.0%、B:0.0005〜0.0050%、V,Nb,Ti,Zr,Hf:それぞれ0.002〜0.3%の元素のうち1種以上を含む、請求項3に記載した高強度鋼材。
【請求項5】
含有率が2.0mass%以上、10mass%以下のCuを含み、Cuが均一に固溶した鋼片を400〜600℃で5hr以上保持してCu析出物を析出、成長させる時効処理を行い、時効処理した鋼片を850〜1000℃で0.5〜5hr保持する加熱処理を行った後、その鋼片を熱間加工し、冷却する、請求項1から4のいずれか1項に記載した高強度鋼材の製造方法。

【公開番号】特開2008−75145(P2008−75145A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−257246(P2006−257246)
【出願日】平成18年9月22日(2006.9.22)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】