説明

病原性プリオン蛋白質の濃縮方法及び濃縮試薬キット

【課題】 動物組織由来物質から、比較的低濃度でも高感度で迅速かつ簡便に、病原性プリオン蛋白質を検出できる病原性プリオン蛋白質の検出方法を提供すること。
【解決手段】 動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、前記分解された均一化物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることとを含む濃縮方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を検出する方法、さらに、この検出方法の実施に際し、検出されるべき前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮方法、並びにその濃縮又は検出試薬キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
プリオン病の1つであるスクレーピーは、羊において約200年以上前から西ヨーロッパで深刻な病気として知られていた。また、近年、英国でスクレーピー感染羊を未加熱のまま牛飼料として投与し、狂牛病(牛海綿状脳症:BSE;Bovine Spongiform Encephalopathy)の大発生を起こした。
【0003】
また、狂牛病の牛クズ肉を食することと、人プリオン病の1つであるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD; Creutfelt Jakob Disease)の新型のものとの因果関係も指摘されている。即ち、人類にとって重要な動物性蛋白質資源である羊肉やその乳、牛肉や牛乳に関して、危機的な汚染が進行しているといっても過言ではない。
【0004】
しかしながら、プリオン病は、これまでに報告された伝染性細菌、ウイルス性疾患等とは異なり、その病原性物質が本来生体に存在する蛋白質であること、伝播機能が新しいこと、発病までに比較的長時間を有すること、病原性の失活が困難であることなどから、有効な診断方法及び予防方法の開発が遅れている。
【0005】
現在行われている最も高感度な病原性プリオン蛋白質(異常プリオン蛋白質)の検出方法として、羊のスクレーピーに関して、発病前の低濃度での病原性プリオン蛋白質を検出するウエスタンブロット法(WB法;Western Blotting)が開発されている。
【0006】
しかしこの方法は、病原物質の蓄積部位の相違や、この方法を実施するのに時間がかかることや処理頭数などの関係から、牛に関しての適用は困難である。即ち、迅速な処理は困難である。
【0007】
上述した方法以外では、病原性プリオン蛋白質に対する抗体を用いた免疫組織染色や病理所見による感染牛の検出法が広く実施されているのが現状である。
【0008】
しかしながら、これらの方法は、発病後顕著な神経症状を呈したり、死亡した家畜に関し有効なものであり、潜伏期間にある家畜の安全性、言い換えれば、屠蓄場まで、見かけ上、正常な牛についての安全性が確保できなかった。
【0009】
近年、海外から、酵素免疫吸着測定法(ELISA:enzyme-linked immnosorbent assay)や、尿や血液による診断方法の報告もあるが、その感度や特異性には疑問があった。
【0010】
即ち、目的とする病原物質に含まれる病原性プリオン蛋白質をその測定試料調製段階で濃縮し、また、ELISA法用のマイクロタイタープレートへ効率良く吸着させれば、検出感度を向上させることができるが、これまでの方法では検出感度上の限界があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ウシ海綿状脳症(BSE:ウェールズ他、1987年)は、食事として与えられた肉や骨髄を介してスクレーピーに汚染された羊のくず肉が畜牛の飼料に含まれていたために発生し、その結果新しく感染した畜牛材が再循環した(ウイルスミス他、1993年)ことは明らかであった。
【0012】
その後英国では、ネコ科の動物と同様に数種の捕獲有蹄動物(ワイアット他、1991年)が再度、海綿状脳症を発病している。これら全てのケースにおいて、BSEは汚染された飼料を介して発生したものと考えられる
【0013】
ウイル他が行った(1996年)英国におけるクロイッフェルト−ヤコブ病(CIJ)の特殊な例に関する報告では、伝染性海綿状脳症(TSE)又はプリオン病の当グループにおける人間変異体の一つが報告されているが、それによると、BSEが人間に伝染する可能性(ウイル他、1996年)が示唆されている。このため全てのTSEについて、種を越えて発生する(ディリンガー、1995年)可能性が一般的に考えられる。
【0014】
現在の調査最優先事項は、スクレーピーやBSEに感染している動物及び材料を検知し、感染の拡大や食物連鎖システムへの侵入を防ぐ方法を開発することにある。
【0015】
残念ながら今までのところ、これらの防止方法や管理対策、又スクレーピー及びBSEの撲滅プログラムは、診断の困難さから上手く捗っているとは言えない。
【0016】
現在使用されている診断方法で最も一般的な方法は、中枢神経系の代表的な海綿変化が顕著に認められる場合に感染と診断する組織病理学的方法(フレイサー、1976年)と、プロテイナーゼK処理法に対して部分的に耐性を示すほか(ボルトン他、1982年;ディリンガー他、1983年)、中性界面活性剤により抽出できない(メイヤー他、1986年;ボルトン他、1987年)と言う特性を有するがために正常なプリオン蛋白質(PrPC)と区別することができるプリオン蛋白質のスクレーピー特殊イソフォーム(PrPSC)検出方法の二つである。
【0017】
また、最近になって、羊の生検扁桃組織を使用した免疫組織化学アッセイによる細網リンパ系臓器内のPrPSC検出方法が報告された(シュルーダー他、1996年)。しかしながら、牛では、細網リンパ系臓器において異常プリオンの蓄積が顕著でないために、この方法は適さない。
【0018】
その反面、組織病理学は、潜伏期間中での中枢神経系の病理学的変化が後になって発生するため、前記PrPSC検出法と比較した場合、実験用のスクレーピー及びBSEの両者(ボルトン他、1991年;ジェンドロスカ他、1991年)でその使用有効性が低減している。
【0019】
最近では、プリオン病の重大性が高まってきているため、羊や畜牛を屠殺時に選別するためのより感度の高い診断方法が求められている。
【0020】
選別方法としてはELISA法が適切な方法と言えるが、現在、この方法はTSEの基本的な研究のみで使用されているにすぎない(カスクザック他、1987年、サファー他、1990年;サーバン他、1990年)。これらの研究では、高純度PrPSCのみがマイクロタイタープレートに吸着されているが、診断においては原組織抽出液の使用も必要となる。
【0021】
上述したように、プリオン病のうち、人類に対して最も大きな脅威となる疾病の1つに牛海綿状脳症(BSE)が挙げられる。
【0022】
この疾病は外来の病原性プリオン蛋白質が引き金となり、家畜体内の中枢神経等に病原性プリオン蛋白質を蓄積し、神経症状を呈して死亡に至る疾病であり、病原性物質としての病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度と病気の進行具合とは顕著に比例する。
【0023】
そのため、罹患後、潜伏期間中には病原性物質の蓄積濃度が低いため、特異的で高感度の検出方法が必要であった。また、全世界で処理される牛の頭数を考慮すれば、測定試料の調製法(即ち、濃縮法)並びに検出法は、簡便性、正確性、迅速性、経済性等が必要であることは言うまでもない。
【0024】
他方、本疾病は、罹患した牛の中枢神経系臓器を食することによる人間への伝播性が強く示唆されている。これらの問題を解決するためには、広く検疫調査を行い、本疾病に罹った羊や牛などを見出し、食物連鎖の初期の段階での駆除が有効である。
【0025】
本発明は、上述した従来の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、動物組織由来物質から、比較的低濃度でも迅速かつ簡便に、そして高感度で組織特異的に病原性プリオン蛋白質を検出できる病原性プリオン蛋白質の検出方法、および、その検出方法の実施に際し、検出されるべき前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明者は、上述した課題を解決するべく鋭意検討を重ねた結果、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を検出する方法において、検出対象となる動物組織由来物質の種類に応じて、使用する調製剤(特に界面活性剤)や調製方法、検出方法を適宜選択することによって、前記病原性プリオン蛋白質を比較的低濃度でも迅速かつ簡便に、そして高感度で検出できることを見出した。
【0027】
即ち、本発明は、動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、前記分解された均一化物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることとを含む濃縮方法に係るものである。
【0028】
本発明の濃縮方法によれば、まず、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮工程において、中枢神経系組織に適した界面活性剤を用いてこれを均一化しているので、前記動物組織由来物質に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させることができる。
【0029】
さらに、濃縮後、免疫測定法、例えば酵素免疫吸着測定法(ELISA法;以下、同様)に基づいてこれを検出することができるので、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を特異的に、かつ強固に結合(固定化)させることができ、迅速かつ簡便に、そして高感度でこれを検出することができる。
【0030】
即ち、本発明の濃縮方法によれば、例えば牛や羊などをプリオン病(スクレーピーやBSE)感染初期の段階で診断、選別することが可能となり、また、これを大量かつ迅速に行うことができる。特に、羊ではリンパ節を用いた生検が可能とされているが、本発明によれば、例えば牛に関してもリンパ節を用いた生検が可能になると考えられる。
【0031】
また、本発明は、動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、前記分解された均一化物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることと、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を、n−デシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(ズイッタージェント(商標)3−10)及びn−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(ズイッタージェント(商標)3−12)からなる群から選択される界面活性剤で洗浄することとを含む濃縮方法を提供するものである。
【0032】
さらに、本発明は、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮するための試薬キットであって、界面活性剤とプロテアーゼとを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、前記分解された均一化物から前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることとを含む濃縮方法を実施するための、(a)t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)及びサーコシル(商標)を含有する動物の中枢神経系組織の均一化試薬と、(b)プロテアーゼとを含む組み合わせを含んでなる、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮試薬キットも提供するものである。
【0033】
本発明の濃縮方法によれば、前記動物組織由来物質に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させることができる。
【0034】
ここで、前記動物組織由来物質とは、動物の中枢神経系組織、細網リンパ系組織や骨、更には、これらの組織に由来する物質(例えば、食品、移植用硬膜、医療用コラーゲン)なども含むものである(以下、同様)。また、前記病原性プリオン蛋白質とは、プリオン病の原因であると考えられている異常プリオン蛋白質を意味し、前記プリオン病としては、上述したCJDやスクレーピー、BSEなどが挙げられる。本発明の検出方法、本発明の濃縮方法は、羊のスクレーピーやBSEに限定されず、様々なプリオン病に対処することが可能である。
【発明の効果】
【0035】
本発明の濃縮方法によれば、動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、前記分解された均一化物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることとを含む濃縮方法によって前記病原性プリオン蛋白質を濃縮することを特徴としており、まず、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮工程において、特に、中枢神経組織に適した界面活性剤とプロテアーゼを用いてこれを均一化及び分解しているので、前記中枢神経組織に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させることができる。
【0036】
さらに、濃縮された病原性プリオン蛋白質をその後、酵素免疫吸着測定法に基づいてこれを検出することができるので、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を特異的に、かつ強固に結合(固定化)させることができ、迅速かつ簡便に、そして高感度でこれを検出することができる。
【0037】
即ち、本発明の検出方法によれば、例えば牛や羊などをプリオン病(スクレーピーやBSE)感染初期の段階で診断、選別することが可能となり、また、これを大量かつ迅速に行うことができる。
【0038】
また、本発明の濃縮方法によれば、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を検出する病原性プリオン蛋白質の検出方法の実施に際し、検出されるべき前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、蓄積濃度が比較的小さくてもこれを十分に濃縮できる有効な濃縮方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
まず、本発明の検出方法について説明する。
【0040】
本発明の検出方法における第1の工程として、前記動物組織由来物質の種類に応じた界面活性剤を用いて、この動物組織由来物質を均一化する均一化工程を有しているので、前記動物組織由来物質を十分に溶解し、また、その種類に応じた前記界面活性剤の存在下で非特異的物質を可溶化し、病原性プリオン蛋白質を含有する前記動物組織由来物質を十分に均一化することができる。
【0041】
従って、前記動物組織由来物質における病原性プリオン蛋白質の割合が比較的低濃度であっても、これを良好に均一化することができ、ひいては良好な病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を得ることができる。つまり、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を分離、抽出するために有効な均一化物(ホモジネート)を得ることができる。
【0042】
この第1の工程において、前記動物組織由来物質が中枢神経系組織(例えば、脳組織や脊髄組織など)の場合は、前記界面活性剤をズイッタージェント(Zwittergent)3−12〔商品名:カルビオケミカル社製:−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(N-dodecyl-N,N-dimethyl-3-amino-1-propanesulfonate):分子量336.6〕又はトリトン(Triton)X−100〔商品名:シグマ社製:t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(t-octylphenoxypolyethoxyethanol)〕からなる界面活性剤とすることが望ましい。なお、前記界面活性剤以外にも、例えばカルビオケミカル社製のズイッタージェント3−08、3−10、3−14、3−16やノニデットP−40(octylphenoxypolyethoxyethanol)などを使用してもよい。
【0043】
上記の各界面活性剤を使用することによって、前記脳組織における非特異的物質(正常プリオン蛋白質やその他の蛋白質:以下、同様)を十分に可溶化することができる。特に、前記中枢神経系組織として脳組織を用いることがさらに望ましい。
【0044】
界面活性剤の選択により検出感度の組織特異性が向上するメカニズムとしては、例えば脳組織では、濃度0.5%、pH7.5程度のサーコシル〔商品名:シグマ社製(分子式C1525NO3Na)〕でもPrPSCのロスが少なく、十分非特異的に蛋白質の抽出ができ、これに対してリンパ、脾臓組織などでは、非特異的な夾雑蛋白質の除去が不十分となることがあり、改めて高濃度の前記サーコシルでPrPSCを選択的に抽出することが望ましいからであると考えられる。
【0045】
また、前記動物組織由来物質が細網リンパ系組織(例えば、脾臓やリンパ節、骨髄など)の場合は、前記界面活性剤をt−オクチルフェノキシポリエトキシエタノールからなる非イオン性界面活性剤とすることが望ましい。
【0046】
上記界面活性剤を使用することによって、前記脾臓組織における非特異的物質を十分に可溶化することができる。特に、前記細網リンパ系組織として脾臓組織を用いることがさらに望ましい。
【0047】
次に、前記第2の工程として、前記第1の工程で得られた均一化物を微生物プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解処理する分解処理工程を有しているので、前記均一化物中の病原性プリオン蛋白質を含む物質(特に、染色体やDNAなど)を十分に分解、消化させて、目的物である病原性プリオン蛋白質を十分に取り出すことができる。
【0048】
一般に、病原性プリオン蛋白質は、染色体中の遺伝子上にのっていると考えられている。従って、特異的にこの蛋白質を取り出すためには、これを含む蛋白質を分解することが要求される。この第2工程は、非特異的物質を分解すると共に病原性プリオン蛋白質を含む蛋白質を分解する操作である。
【0049】
ここで、前記分解酵素としてコラーゲン分解酵素(コラゲナーゼ:Collagenase)及びDNA分解酵素(DNアーゼ:DNase)を用いて前記均一化物を分解し、さらに蛋白質分解酵素(プロテイナーゼ:Proteinase又はプロテアーゼ:Protease)を用いて分解することが望ましい。
【0050】
次に、前記第3の工程として、前記第2の工程で分解された前記均一化物から前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得る分離工程を有しているので、上記の第1の工程及び第2の工程で十分に均一化及び分解された前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する物質を効率的に分離することができる。
【0051】
この分離工程では、例えば、遠心分離(超遠心分離)等の手段を用いて分離、濃縮することができる。
【0052】
以上が、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮工程の基本的な構成であるが、本発明の検出方法における濃縮工程では、上述した第1の工程〜第3の工程に加えて、例えば、下記のような工程を付加することが望ましい。
【0053】
例えば、前記濃縮工程中に、前記第3の工程で得られた前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を微生物プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解し、次いで分離後に塩析処理を施す工程を更に有することが望ましい。
【0054】
即ち、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の溶解性を一層向上させるために、例えば、サーコシル(Sarkosyl、商品名:シグマ社製:C1525NO3Na)等を使用して溶解処理、分離処理を行い、得られた分離抽出物を例えばNaClを用いて塩析した後、分離処理を行うことによって、一層濃縮された病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることができる。
【0055】
また、前記濃縮工程中に、前記第3の工程で得られた前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を界面活性剤で洗浄する洗浄工程を更に有することが望ましい。
【0056】
即ち、前記濃縮物(例えばペレット状)の付加的な洗浄工程として、界面活性剤を用いて前記濃縮物を洗浄することによって、前記濃縮物中の不所望の物質(非特異性物質)をさらに多く除去することができる。
【0057】
ここで、使用する界面活性剤としては、−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(例えばズイッタージェント3−12,3−08,3−10など)からなる界面活性剤が望ましい。
【0058】
次に、本発明の検出方法に基づく、測定法(第4の工程から第6の工程)について説明する。
【0059】
ここで、第4から第6工程で行われる測定法として免疫測定法、例えば酵素免疫吸着測定法(ELISA:enzyme-linked immnosorbentassay)は、酵素抗体法とも呼ばれ、特定の吸着面に抗体を配し、抗原と抗体とを結合せしめて、その複合体を形成し、これを検出する方法である。
【0060】
まず、前記第4の工程として、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を溶剤に溶解して前記濃縮物の溶解物を得る工程(溶解工程)を有しているので、次段の吸着工程で吸着面に吸着され易い病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を作製することができる。
【0061】
ここで、前記溶剤としてグアニジンチオシアネート(GdnSCN)を使用することが望ましい。
【0062】
グアニジンチオシアネートは、前記濃縮物を次段での吸着工程で吸着されやすくする作用を有すると考えられる。これは、グアニジンチオシアネートによって抗プリオン蛋白質抗体の免疫反応性が増大するような抗原性サイトが発現することによるものと考えられ、グアニジンチオシアネートでの溶解処理によって、抗原−抗体複合体の強固で特異的な反応を検出することができる。
【0063】
前記グアニジンチオシアネートは、1〜5モル濃度(M)のものを使用することが望ましい。この濃度は3〜4モル濃度がさらに望ましい。また、上述したグアニジンチオシアネート中への前記濃縮物の溶解は、リン酸緩衝生理食塩水(PBS;pH≦5)などをバッファとして行うことが望ましい。
【0064】
次に、前記第5の工程として、前記溶解物中の前記病原性プリオン蛋白質を吸着面に結合させる工程(結合工程)を有しており、前段で溶解された溶解物中の前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質由来蛋白質を、例えばマイクロタイタープレート(microtiter plate)などに吸着させることができる。従って、抗原−抗体複合体の形成のための強く特異的な反応をこの方法にて検出することができる。
【0065】
また、前記吸着面を一次抗体で形成し、この一次抗体と前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質との抗原−抗体複合体を前記吸着面に結合させることができる。一般に、ELISA法は、測定対象である抗原とその固定化のための抗体とにおける抗原−抗体複合体を生じせしめ、これを例えば酵素標識抗体と基質とを用いる発色法にて検出するものである。
【0066】
次に、前記第6の工程として、上記第5の工程において結合された前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を酵素標識抗体と発色基質とを反応させて発色させる工程(発色工程)を有しているので、これを比色計や分光光度計などにより容易に検出できる。即ち、その発色度を検出することによって病原性プリオン蛋白質の有無、さらにはその蓄積濃度を調べることができる。
【0067】
また、発色試薬(発色基質)としては、2,2−アジゾ−ビス(3−エチル−ベンズチアゾリン−6−スルホネート)等を使用することができる。周知のように、蛍光測定は、酵素標識抗体と蛍光基質とを用いて測定を行うことができる。また、発光測定は、酵素標識抗体と発光基質とを用いて測定を行うことができる。
【0068】
この発色方法としては、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質に結合するアビジン(avidin)と、前記化学発光物質に結合するビオチン(biotin)との複合体の形成に基づく発色を観察するアビジン−ビオチン複合体法(ABC法)やホースラディッシュペルオキシダーゼ複合ロバ抗兎免疫グロブリン(horseradish peroxidase-conjugated donky anti-rabbit IgG )を使用する間接法(HRP法)などを使用できる。
【0069】
この検出方法の概要は、例えば、ウエルに結合されたPrPSCがポリクローナル抗体B103と特異的に結合、その抗体をさらに特異的に認識する2次抗体(抗ウサギIgG)−ビオチン複合体で結合、そこへアジビンを結合、次にホースラディシュベルオキシターゼ(HRP)−ビオチンを結合させ、HRPの基質を反応させ発色させる方法である。
【0070】
一般に、アビジン−ビオチン複合体法により得られる結果は、間接法よりも再現性が高いが、特に、前記動物組織由来物質として脾臓組織中の病原性プリオン蛋白質を検出する場合、前記アビジン−ビオチン複合体法を用いることが望ましい。
【0071】
上述したように、本発明の酵素免疫吸着法(ELISA法)によれば、測定対象である病原性プリオン蛋白質が比較的低濃度であっても、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を強く、特異的に結合させることができ、迅速かつ簡便に前記病原性プリオン蛋白質を検出することができる。
【0072】
なお、ELISA法による検出は、上述したウエスタンブロッティング法(WB法)に比べて、少なくとも同等の感度を示し、さらに、その測定は実用的かつ迅速である。また、ELISA法による検出の利点は、多くのサンプルを1回で分析することができ、潜在的に感染されている動物を大量に診断、選別することができ、感染によるプリオン病(特にBSE)をコントロールするという広汎な用途に利用することが可能である。
【0073】
次に、本発明の濃縮方法を説明する。
【0074】
本発明の濃縮方法によれば、動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理するため、病原性プリオン蛋白質を含有する前記動物組織由来物質を十分に均一化及び分解することができる。
また、別法としては、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、前記第1の工程として、前記動物組織由来物質の種類に応じた−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート、t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール等の界面活性剤を用いて前記動物組織由来物質を均一化する均一化工程を有しているので、前記動物組織由来物質を十分に溶解し、また、その種類に応じた界面活性剤として、−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート又はt−オクチルフェノキシポリエトキシエタノールからなる界面活性剤の存在下で非特異的物質を可溶化し、病原性プリオン蛋白質を含有する前記動物組織由来物質を十分に均一化することができる。
【0075】
従って、前記動物組織由来物質における病原性プリオン蛋白質の割合が比較的低濃度であっても、これを良好に均一化することができ、ひいては良好な病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を得ることができる。つまり、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を分離、抽出するために有効な均一化物(ホモジネート)を得ることができる。
【0076】
ここで、前記動物組織由来物質を中枢神経系組織とすることが望ましい。また、前記中枢神経系組織を脳組織とすることがさらに望ましい。
【0077】
また、均一化及び分解において、プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解処理するので、前記均一化物中の病原性プリオン蛋白質を含む物質(特に、染色体)を十分に分解、消化させて、目的物である病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に取り出すことができる。
【0078】
前記分解酵素として、コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いて前記均一化物を分解し、さらに微生物プロテアーゼを含む蛋白質分解酵素を用いて分解することが望ましい。
【0079】
また、前記分解酵素として、前述した微生物プロテアーゼを用いて前記均一化物を分解することもできる。
【0080】
次に、前記均一化物から前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得るため、十分に均一化及び分解された前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する物質を効率的に分離することができる。
【0081】
この分離工程では、例えば、遠心分離(超遠心分離)等の手段を用いて分離、濃縮することができる。
【0082】
以上が、本発明の濃縮方法の基本的な構成であるが、本発明の濃縮方法では、上述した本発明の検出方法と同様に、前記に加えて、例えば、下記のような工程を付加することが望ましい。
【0083】
例えば、前記濃縮工程中に、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を微生物プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解し、次いで分離後に塩析処理を施す工程を更に有することが望ましい。
【0084】
即ち、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の溶解性を一層向上させるために、例えば、サーコシル等を使用して溶解処理、分離処理を行い、得られた分離抽出物を例えば、NaCl等を用いて塩析を行った後、分離処理を行うことによって、一層濃縮された前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物(例えばペレット)を得ることができる。
【0085】
また、前記濃縮工程中に、前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を界面活性剤で洗浄する洗浄工程を更に有することが望ましい。
【0086】
即ち、前記濃縮物(例えばペレット状)の付加的な洗浄工程として、前記界面活性剤を用いて前記濃縮物を洗浄することによって、前記濃縮物中の不所望の物質(非特異的物質)をさらに多く除去することができる。前記界面活性剤としては、−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(例えば、前記ズイッタージェント3−12,3−08,3−10など)からなる界面活性剤を使用することが望ましい。
【0087】
次に、さらに別法による濃縮方法を説明する。
【0088】
の濃縮方法によれば、動物組織由来物質から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、第1の工程として、前記動物組織由来物質の種類に応じた界面活性剤を用いて前記動物組織由来物質を均一化する均一化工程を有しているので、前記動物組織由来物質を十分に溶解し、また、その種類に応じた前記界面活性剤の存在下で非特異的物質を可溶化し、病原性プリオン蛋白質を含有する前記動物組織由来物質を十分に均一化することができる。
【0089】
従って、前記動物組織由来物質における病原性プリオン蛋白質の割合が比較的低濃度であっても、これを良好に均一化することができ、ひいては良好な病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を得ることができる。つまり、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を分離、抽出するために有効な均一化物を得ることができる。
【0090】
この第1の工程において、前記動物組織由来物質を細網リンパ系組織とすることが望ましい。特に、前記細網リンパ系組織が脾臓組織である場合は、上述したように、上記界面活性剤を使用することによって、前記脾臓組織における非特異的物質を十分に可溶化することができる。
【0091】
次に、第2の工程として、前記第1の工程で得られた均一化物を分解酵素を用いて分解処理する分解処理工程を有しているので、前記均一化物中の病原性プリオン蛋白質を含む物質(特に、染色体)を十分に分解、消化させて、目的物である病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に取り出すことができる。
【0092】
ここで、前記分解酵素としてコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いて前記均一化物を分解し、さらに微生物プロテアーゼを含む蛋白質分解酵素を用いて分解することが望ましい。
【0093】
次に、第3の工程として、前記第2の工程で分解された前記均一化物から前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得る分離工程を有しているので、上記の第1の工程及び第2の工程で十分に均一化及び分解された前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する物質を効率的に分離することができる。
【0094】
この分離工程では、例えば、遠心分離(超遠心分離)等の手段を用いて分離、濃縮することができる。
【0095】
次に、洗浄工程として、前記第3の工程で得られた前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネートからなる界面活性剤で洗浄する洗浄工程を更に有しているので、前記濃縮物中の不所望の物質(非特異性物質;例えば、正常なプリオン蛋白質や他の蛋白質など)をさらに多く除去することができる。
【0096】
上述した、本発明の濃縮方法によれば、前記動物組織由来物質に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させることができる。なお、上記各濃縮方法で得られた病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物は、後段でELISA法に用いてもよいし、また、WB法や電気泳動法などに用いてもよい。
【実施例】
【0097】
以下、本発明を具体的な実施例について説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0098】
本実施例は、スクレーピー感染マウスからの粗組織抽出物のPrPSC(病原性プリオン蛋白質:以下、同様)の検出、及び検出されるべきPrPSC由来蛋白質の濃縮を行うものである。
【0099】
1.本実施例ではSIc/ICRマウスを用いた。このマウスは、オビヒロ種スクレーピーを脳内感染したもの(シナガワ他、1985年)であり、明らかにスクレーピーを発症したマウスから脳組織及び脾臓組織を取り出した。
【0100】
2.脳組織及び脾臓組織からのPrPSCの濃縮
サンプルは図1〜図3に示す8種の異なる濃縮法で調製した。すべての8つの方法は、ハサミで細かく切り刻んだ組織サンプルを、分解酵素で消化させたこと(第2の工程)、および、界面活性剤の存在下で、可溶性の非特異的物質を抽出し、遠心分離(第3の工程)する目的のために均一化を行うこと(第1の工程)において共通している。
【0101】
以下、PrPSC由来蛋白質の濃縮方法に関し、方法1〜方法8について図1〜3を参照しながら簡単に説明する。
【0102】
方法1
まず、8%ズイッタージェント3−12(界面活性剤)と、サーコシルと、100mM塩化ナトリウム(NaCl)と、5mM塩化マグネシウム(MgCl2)と50mM、pH=7.5のトリス−塩酸緩衝液(Tris-HCl)とを加えて、上記脳組織を均一化し、均一化物(ホモジネート)を作製した(第1の工程)。
【0103】
次いで、この均一化物を、0.5mg/100mgコラゲナーゼ〔3,4,24,3〕(Collagenase)及び40μg/100mgのDNアーゼ〔3,1,21,1〕(DNase)を用いて、温度37℃、4〜12時間で分解(消化)処理を行い、さらに、50μg/100mgのプロテイナーゼ〔3,4,21,14〕(Proteinase K)を用い、温度37℃、0.5〜2時間で分解(消化)処理を行った(第2の工程)。この分解(消化)処理は、前記組織中の病原性プリオン蛋白質以外の測定夾雑物質の酵素分解のために行ったものである。
【0104】
次いで、反応を停止した後、回転数15,000rpm、室温で20分間遠心分離を行った。これを、5%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)で10分間加熱溶解させ(第3の工程)、PrPSC由来蛋白質含有の濃縮物を得た(図1)。
【0105】
方法2
まず、方法1と同様に、上記脳組織を均一化し均一化物を作製した(第1の工程)。次いで、前記均一化物を、ブロメリン〔3,4,22,23〕(Bromelain)を用いて温度45℃、0.5〜2時間で分解(消化)した(第2の工程)。
【0106】
次いで、反応を停止した後、回転数15,000rpm、室温で20分間遠心分離を行った。これを、5%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)で10分間加熱溶解させ(第3の工程)、PrPSC由来蛋白質含有の濃縮物を得た(図1)。
【0107】
なお、ブロメリンを用いる場合、作用温度45〜80℃、作用時間1〜10時間程度が望ましい。ブロメリンを用いる結果、使用する酵素の種類が1種類となり、また操作が簡便(操作時間の短縮や経費圧縮)になる。なお、測定結果は、3種類の酵素(コラゲナーゼ、DNアナーゼ、プロテイナーゼ)を用いた場合と感度においても遜色のない(同程度)結果であった。
【0108】
方法3
組織重量の5〜8倍容量の4%トリトンX−100(非イオン性界面活性剤)と、0.5%サーコシルと、100mM塩化ナトリウム(NaCl)と、5mM塩化マグネシウム(MgCl2)と、50mM、pH=7.5のトリス−塩酸緩衝液とを加えて、上記脾臓組織及び脳組織を均一化し均一化物を作製した(第1の工程)。
【0109】
次いで、方法1と同様の分解(消化)処理を行った(第2の工程)。さらに方法1と同様の分離処理を行った(第3の工程)。
【0110】
次いで、前記分離処理(第3の工程)で得られた沈殿物を6.25%サーコシル及び10mM、pH=9.2のトリス−塩酸緩衝液を用いて懸濁化、分解した(分解工程)。
【0111】
次いで、これを超音波破砕してから、回転数15,000rpmで遠心分離し、その後、遠心分離で得られた溶液の上澄みに、最終濃度12%でNaClを添加、攪拌した(塩析工程)。この後、回転数55,000rpmで超遠心分離し、5%SDSを用いて加熱溶解し、PrPSC由来蛋白質含有の濃縮物を得た(図2)。
【0112】
方法4
方法3と、分離処理(第3の工程)までは同様にして、上記脾臓組織及び脳組織の分離を行ったのち、得られた沈殿物(ペレット状)を5%SDSを用いて加熱溶解し、PrPSC由来蛋白質含有の濃縮物を得た(図2)。
【0113】
方法5
方法3と、分離処理(第3の工程)までは同様にして、上記脾臓組織の分離を行ったのち、得られた沈殿物(ペレット状)を8%ズイッタージェント3−12(界面活性剤)と、10mM、pH=7.5のトリス−塩酸緩衝液とを加えて均一化し、均一化物を作製した(洗浄工程)。
【0114】
次いで、回転数15,000rpmで遠心分離し、得られた沈殿物(ペレット状)を5%SDSを用いて加熱溶解し、PrPSC由来蛋白質含有の濃縮物を得た(図2)。
【0115】
方法6
方法3において、その分解処理工程(第2の工程)で、コラゲナーゼ及びDNアーゼ、更には、プロテイナーゼを用いて分解(消化)処理を行う代わりに、方法2と同様のブロメリン(Bromelain)を用いて、組織中の病原性プリオン蛋白質以外の測定夾雑物質を酵素分解した以外は方法3と同様にして、PrPSC由来蛋白質含有の濃縮物を得た(図3)。
【0116】
方法7
方法4において、その分解処理工程(第2の工程)で、コラゲナーゼ及びDNアーゼ、更には、プロテイナーゼを用いて分解(消化)処理を行う代わりに、方法2と同様のブロメリンを用いて、組織中の病原性プリオン蛋白質以外の測定夾雑物質を酵素分解した以外は方法4と同様にして、PrPSC含有由来蛋白質の濃縮物を得た(図3)。
【0117】
方法8
方法5において、その分解処理工程(第2の工程)で、コラゲナーゼ及びDNアーゼ、更には、プロテイナーゼを用いて分解(消化)処理を行う代わりに、方法2と同様のブロメリンを用いて、組織中の病原性プリオン蛋白質以外の測定夾雑物質を酵素分解した以外は方法5と同様にして、PrPSC含有由来蛋白質の濃縮物を得た(図3)。
【0118】
即ち、方法3、方法4及び方法5では、5〜8倍容量の4%(wt/vol)トリトンX−100を均一化バッファに添加し、方法1では、8%(wt/vol)ズイッタージェント3−12を前記トリトンX−100の代わりに添加した。
【0119】
方法5で用いたズイッタージェント3−12は、不所望な材料(非特異的物質)を更に多く除去するために、第3の工程(回転数15,000rpm)での遠心分離(TLA 100.3回転子、オプティマTLX デスクトップ型超遠心機、ベックマン(Beckman)社製)で得られたペレットの付加的な洗浄工程として用いた。
【0120】
方法3では、PrPSC由来蛋白質の溶解性を上げるため、PrPSC由来蛋白質を6.25%(wt/vol)サーコシルによりpH=9.2(これは従来用いたpHよりも高い値である)で抽出した。サーコシル抽出後は、PrPSC由来蛋白質の溶解性を再び下げるため、10%(vol/vol)HClでpHを中性に戻し、次いで12%(wt/vol)NaClによるPrPSC由来蛋白質の塩析と、55,000rpmでの最終遠心分離処理を行い、一層濃縮されたPrPSC由来蛋白質を含有するペレットを得た。このサーコシル抽出とNaClによるPrPSC由来蛋白質の塩析は、方法4、方法5、方法1では省略し、サンプル調製プロセスを簡略化した。
【0121】
3.ウエスタンブロット分析
スクレーピーに感染させたマウスの脳、脾臓をサンプルとした。脳は方法1で脾臓は方法3で調製した。サンプルは23倍から211倍希釈した。WB法に先立ち、各希釈サンプルのSDS−PAGE(電気泳動)を行い、これをPVDF膜に転写した。ブロッキングには、5%のスキムミルクを用い、検出にはB103ポリクローナル抗体を使用した。ELC−Western blot detection system(Amersham社製)で検出した。
【0122】
4.ELISA法
図4に示すように、マイクロタイタープレートへの適切な吸着条件を調べるために、まず、脳組織及び脾臓組織抽出物を、5%SDS:ドデシル硫酸ナトリウム中で10分間加熱沸騰させ(1)、これを10倍容量以上の氷冷メタノール中で沈殿させた(2)。この組織抽出物は、通常、10〜40mgの原組織を含有していた。但し、前記(数値)は、図4中の(数値)と対応するものである(以下、同様)。
【0123】
次いで、遠心分離処理(3)後、得られたペレット状沈殿物を100μlの異なる濃度(1〜5M)のグアニジンチオシアネート(グアニジンチオシアン酸エステル:GdnSCN)、PBS(リン酸緩衝生理食塩水:最終pH≦5)中で超音波溶解させた(4)。ここまでの工程(1)〜(4)は上述した第4の工程に相当するものである。
【0124】
また、図5に示すように、溶剤としてSDSを用いた場合の測定を行うために、GdnSCNの使用に変えて、ペレットを100μlの異なる濃度(0.1〜4%(vol/vol))のSDS、PBS(最終pH≦5)中に溶解させた。
【0125】
次いで、それぞれの溶液を、96穴丸底マキシソープ免疫プレート(商品名:Maxisorp immuno plate:Nunc)上に分布させ、室温で一晩、振揺下で培養した(5)(なお、例えばコーニング社製ELISAプレート高結合型430452を用いてもよい)。
【0126】
次いで、前記プレートを、PBSで3回洗浄し(6)、PBS−5%脱脂乳中で1時間、37℃でブロッキング(閉塞状態にすること)を行った(7)。
【0127】
次いで、前記プレートを、0.05%トゥイーン(Tween)20を含有するPBS(以下、PBSTと称する)で3回洗浄した(8)。
【0128】
次いで、兎の抗血清B−103(ホリウチ他、1995年)を一次抗体としてPBSの初期容量分を用い、33%硫酸アンモニウムでの沈殿処理後に、PBST−0.5%脱脂乳中で2,000倍に希釈した後、ウエル(上記穴:以下、同様)中に100μl分布させた。前記プレートは、室温で1時間、振揺下で培養し、抗原−抗体反応複合体を形成した(9)。ここで、前記工程(5)〜(9)は、第5の工程に相当する。
【0129】
このプレートをPBSTで3回洗浄した後、アビジン(Avidin)−ビオチン(Biotin)複合体(ABC)法により、下記のようにして顕在化させたところ、上記抗原−抗体複合体が目視状態となった。ただし、ABC法用のキットとしてベクタステイン・エリート ABCキット、ベクターラボラトリーズ製(Vectastain Elite ABC kit, Vector Laboratories)を使用した。
【0130】
ビオチン(ビタミンH)化した抗ウサギ免疫グロブリン(anti-rabbit IgG)をPBST−0.5%脱脂乳中で1,500倍に希釈し、ウエルを室温、振揺下で1時間、100μlを培養した(10)。
【0131】
次いで、PBSTで4回洗浄し、PBSで1回洗浄した後(11)、キットの成分A(アビジン)と成分B(ビオチン)とをそれぞれ、200倍の希釈率でPBSに添加し、ウエル中に分布させた(12)。ここで、前記キットとは、上記ABC法を実施するための用具や調製剤が組になっているものである。
【0132】
次いで、培養及び洗浄を、ビオチン化された抗体(即ち、結合された抗体)に関して行った(13)。
【0133】
発色は、基質溶液〔100μl/mlの2,2'−アジゾ−ビス(3−エチル−ベンズチアゾリン−6−スルホネート):ABTS〕100μlで培養後、0.05Mクエン酸−リン酸エステルからなる緩衝液中で0.04%の過酸化水素で室温、1時間、暗中で行った(14)。
【0134】
次いで、マイクロプレートリーダー〔Model 2550, バイオ−ラッドラボラトリーズ(Bio-Rad Laboratories)〕で波長405nmの発色を確認した(15)。
【0135】
このABC法に基づく発色法に代えて、ホースラディッシュペルオキシダーゼ複合ロバ抗兎IgG(horse radish peroxidase-conjugated donky annti-rabbit IgG(アマシャム社製))100μlでPBST−0.5%脱脂乳中で800倍の希釈下でウエルを培養した(16)。この後、PBSTで4回洗浄し、PBSで1回洗浄した(17)。以下、この方法を間接法と称する。
【0136】
また、培養と洗浄とをビオチン化された抗体に対して行った。なお、カットオフラインは、平均光学濃度(OD)と非感染マウスの組織抽出物でコーティングした、4〜8個の陰性のコントロール群の標準偏差との合計で決定した。
【0137】
5.測定結果
(1)適当なコーティング条件の決定
マイクロタイタープレートへの高い吸着率を実現するためには、PrPSC由来蛋白質を十分に溶解させる必要がある。ここで、PrPSCを溶解させるためにGdnSCNとSDSの有用性を評価した(図5)。
【0138】
図5において、マイクロタイタープレートへのPrPSC由来蛋白質吸着に対するGdnSCN及びSDSの効果を見るために、スクレーピー感染マウスの脳組織(A)及び脾臓組織(B)からのサンプルを方法1及び方法5によってそれぞれ調製した。各SDS及びGdnSCNの各濃度において、脳(A)及び脾臓(B)の1mg相当量から抽出液を採取し、これをマイクロタイタープレート1枚当たり3つのウエルにコーティングした。
【0139】
非感染マウスからの各組織抽出物を調製し、3MのGdnSCN−PBSに溶解させ、陰性のコントロール群(negative controls(Ctrl.);コントロール)として用いた。ここでは、2mgの脳等価物(6ウエル分)又は2.5mgの脾臓等価物(4ウエル分)を各ウエルに対して用いた。
【0140】
また、図5に平均値及びその標準偏差(S.D.)を示した。カットオフラインは、それぞれの平均値に対し3つの標準偏差値(3S.D.:以下、同様)を加えることによって決めた。なお、間接法及びABC法を脳組織及び脾臓組織についてそれぞれ適用した。なお、前記カオトロピックイオン剤は、疎水性分子の水溶性を増加させ、疎水結合を弱め、膜蛋白質等の抽出に用いられるものであり、例えばGdnSCNが挙げられる。
【0141】
PBSへのPrPSC由来蛋白質の溶解は、カオトロピックイオン(chaotropic)剤又は界面活性剤なしで行うと、マイクロタイタープレートへの吸着が脳組織のものでは幾らか生じるが、脾臓組織のものでは生じなかった(図5(A)、(B):0MのGdnSCN)。また、SDS濃度が最低濃度(0.1%)であっても、脳組織からPrPSC由来蛋白質の吸着は生じていなかった(図5(A))。
【0142】
これに対して、PBS濃度を増やしながらGdnSCNをPBSに添加すると、コーティング効率が向上し、GdnSCNの濃度が4Mの側で脾臓組織のものについてのピークが生じた(図5(B))。また、3M付近のGdnSCN濃度で、脳組織のものについてはピークを示した(図5(A))。即ち、溶剤として1〜5M(特に3〜4M)のGdnSCNを使用したとき、強く特異的な吸着が見られた。
【0143】
PBS中でのGdnSCN濃度が高くなれば、pH値が低下(≦5)するので、0.05Mの重炭酸ナトリウムのカーボネートバッファ(pH=9.6)をPBSに対して定量的に置換することによってGdnSCNとSDS双方を希釈し、これによって最終pHを8以上に高めた。しかしながら、吸着率は低下する傾向があった(データは示さず)。
【0144】
(2) 2つの異なる検出方法:間接法及びABC法の比較
間接法とABC法とを感度及び特異性について比較した。図6は、抗原−抗体複合体の検出に関するABC法と間接法との比較を示す。
【0145】
スクレーピー感染マウスの脳組織のサンプル(A)を方法1で調製し、引き続いて、3MのGdnSCN中へ順次2倍ずつ希釈した。脾臓組織(B)については、方法3を適用し、4MのGdnSCNを用いた。2つの測定方法は、2つの検出方法における平均値を求めた。陰性のコントロール群(コントロール)についても示した。標準偏差(S.D.)は小さすぎて図示していない。カットオフラインはそれぞれに対して3S.D.を加えて決めた。脾臓組織の測定におけるカットオフラインは40mgの脾臓等価物(即ち、40mgの脾臓に相当する量:以下、同様)からなる陰性のコントロール群のデータに基づいて決めた。
【0146】
この測定結果によれば、脳組織についてはABC法の方がわずかに優れている(図6(A))が、ABC法は脾臓組織について明らかに好ましいことが分かった(図6(B))。脾臓組織に関して、ABC法は、間接法に比べて少なくとも2倍の感度を示した。また、一般に、ABC法により得られる結果は、間接法よりも再現性が高いことが分かった(データは図示せず)。従って、最終的な測定(図8のELISA法とWB法との比較)では、脾臓組織及び脳組織に対し、ABC法を適用した。
【0147】
(3) 適切なサンプル調製法(濃縮法)の確立
ELISA法については方法3を用いた。このサンプル調製(濃縮)法は公知のウエスタンブロット法(グレイスウォール他、1996年)用のサンプル調製法である。ここで、サーコシル抽出及びNaClによるPrPSC由来蛋白質の塩析は、方法4、方法5、方法1では省略した。
【0148】
そして、抽出によるPrPSC由来蛋白質の分離に代えて、8%(wt/vol)ズイッタージェント3−12を用いてサンプルからPrPC(正常なプリオン蛋白質)及び他の蛋白質を十分に除去した。前記ズイッタージェント3−12は、トリトンX−100よりも有効な洗浄剤であることが分かった。それ故、前者を方法1の均一化バッファにおいてトリトンX−100に代えて用いた。
【0149】
脾臓組織については、コラゲナーゼによる消化は、4%(wt/vol)トリトンX−100と0.5%(wt/vol)サーコシルとを用いて行った(方法3、方法4及び方法5)。そして方法5においては、より非特異的な物質を除去する目的で、40,000rpmの遠心力下で得られたペレット(濃縮物)を8%(wt/vol)ズイッタージェント3−12及び0.5%(wt/vol)サーコシルで更に抽出した。
【0150】
(3-1) 脳組織について
図7は、脳組織及び脾臓組織の適切なサンプル調製法を示すものである。図7(A)、(B)とも、繰り返し行った測定結果である。
【0151】
脳組織抽出物は、方法4、方法3、方法1で調製(濃縮)し、3MのGdnSCN−PBS中で2倍ずつ溶解、希釈化した。ここで、プレートを調べるのに間接法を用いた。陰性のコントロール群(コントロール)として、8個のウエルをそれぞれ、非感染マウスの20mgの脳組織等価物から方法1で得られた抽出物でコーティングした。カットオフ値は、3S.D.を加えた平均値とした。
【0152】
脾臓組織抽出物は、方法4、方法3、方法5で調製(濃縮)し、4MのGdnSCN−PBS中で4倍ずつ溶解、希釈化した。ここで、プレートを調べるのにABC法を用いた。陰性のコントロール群(コントロール)として、各方法において5個のウエルを非感染マウスの40mgの脾臓組織等価物からの抽出物でコーティングした。平均値を示したが、S.D.は小さすぎて示していない。○と□で表した曲線に対し、コントロールはゼロに近く、カットオフ値はy軸上の0.1Uであったが、これは脾臓組織で繰り返し得られた値におおよそ対応している(図6及び図8)。
【0153】
図7(A)によれば、均一化バッファ(方法1)におけるズイッタージェント−サーコシルの組み合わせによって、7.8μgの脳組織と同量においてもPrPSCの検出を可能としたことが分かる。
【0154】
また、トリトン−サーコシルの組み合わせ(方法4)で得られた感度を方法1のものと比べた。方法4は方法1よりもやや感度が劣るが、十分に実用的なものである。但し、方法3では、125μg以上の脳等価物でしかPrPSCが検出されなかった。このように、サーコシル及びNaClによるPrPSC由来蛋白質の付加的な抽出は、ELISA法による高感度抽出には至らないことが分かる。
【0155】
方法1は、高感度に加えて、比較サンプル(図7(A))の継続して弱い非特異的反応も明らかにした。従って、方法1は、脳組織のサンプル調製には最も適した方法と考えられた。
【0156】
(3-2) 脾臓組織について
方法4で得られた陰性のコントロール群のウエルは、完全に正のシグナルを示す非特異反応を呈した(図7(B))。従って、この方法は、脾臓組織の調製には不適当であることが分かった。陰性のコントロール群に基づいて方法3及び方法5における感度のあるカットオフラインを確立することは、陰性のコントロール群の非常に弱い反応のために可能ではなかった。
【0157】
従って、図6(B)及び図8(C)の結果を含め、脾臓組織について繰り返して確立した値を考慮しながら、カットオフラインをy軸の0.1Uとした。これによって、方法3と方法5について類似したPrPSCの検出にとって効果的な反応が実現された(図7(B))。但し、方法5は、大量の組織等価物について方法3の感度には及ばなかったし、繰り返しの測定により、方法3の感度のほぼ2倍の感度を示した(データは示さず)が、これはサーコシル抽出及びNaClによるPrPSC由来蛋白質の塩析について検討する必要がある。
【0158】
図7(B)に示したすべての方法の結果を比較すると、脾臓組織についての感度及び特異性を向上させるためには、ズイッタージェント3−12を含む洗浄剤の組み合わせで非特異的蛋白を十分に除去すること、或いは、抽出物及び塩析によってPrPSC由来蛋白質を分離することが、効果的で必要な工程であることが分かる。
【0159】
(4) ウエスタンブロット法とELISA法の感度の比較
脳組織又は脾臓組織から抽出されたPrPSCを検出するための診断方法として、ELISA法の有用性は、ELISA法とウエスタンブロット(WB)法の感度比較で確かめられた。
【0160】
感染病状の発現前段階での動物の診断法に類似した比較であって、PrPSCのごく少量が潜伏している組織サンプルの比較を行うために、非感染マウスの組織均一化物で希釈されたスクレーピー感染マウスからの組織均一化物を処理した。
【0161】
図8は、ELISA法とウエスタンブロット法との感度比較を示している。すべての結果は各測定のデータである。脳組織についての結果は、図8(A)(ELISA法)、図8(B)(WB法)に示し、脾臓組織についての結果は、図8(C)(ELISA法)、図8(D)(WB法)に示す。
【0162】
(4-0) ELISA法及びWB法のサンプル調製:
脳組織は方法1で、脾臓組織は方法3で調製した。スクレーピー感染マウスから得られた組織均一化物を、非感染マウスの対応する組織の20mg等価物からのホモジネート中で順次2倍ずつ希釈した。23倍(即ち、2.5mg/20mgに等しい組織等価物全量に対するスクレーピー組織等価物の割合)から211倍(9.8μg/20mg)への希釈工程の結果を示す。
【0163】
ELISA法(図8(A)、図8(C));マイクロタイタープレートへの吸着に関し、各希釈工程のサンプルは20mgの組織等価物からの抽出物からなり、脳組織及び脾臓組織についてそれぞれ3M及び4MのGdnSCN−PBSに溶解した。両組織とも、マイクロタイタープレートの5個のウエルを非感染マウスからの20mg当量の抽出物でコーティングし、ELISA法の陰性のコントロール群(コントロール)とした。これらを図示したが、標準偏差(S.D.)は小さすぎて図示していない。また、カットオフラインは各平均値に3S.D.を加えた値に相当している。
【0164】
WB法(図8(B)、図8(D));各希釈工程について、組み合わせ総量が20mgの組織から採取した抽出物を使用して1レーン当たりの負荷を行った。薄膜はフィルムに15時間露出させた。
【0165】
(4-1) 脳組織
ELISA法は、28倍の希釈工程の場合に明らかに積極的な反応が生じることを示し、29倍の希釈工程においてもカットオフライン以上となることが分かった。このことは、スクレーピー感染マウスからの脳組織が全ホモジネート量の1/512にすぎない場合(これは脳等価物20mgの全量中の39μgに相当する。)でも、PrPSCを検出できることを意味する(図8(A) )。
【0166】
一方、WB法は、薄膜を15時間露出させた後に、28倍の希釈工程(これは1/256の比率、即ち、20mgの脳組織全量中の78μgのスクレーピー脳に相当する。)で非常に弱いバンドを示すに過ぎなかった(図8(B))。
【0167】
この結果、ELISA法はWB法と少なくとも同等の感度を示していることがわかる。
【0168】
(4-2) 脾臓組織
ELISA法は、26倍の希釈工程の場合に明らかに積極的な反応が生じることを示し、スクレーピー感染マウスの脾臓組織が全量の1/64にすぎない(即ち、20mgの脾臓等価物の全量中の312.5μgに相当する。)場合でも、PrPSCが抽出物中に検出されたことを示す(図8(C))。
【0169】
WB法は、15時間の露出後に、25倍以下の希釈(これは、スクレーピー感染マウスの組織の1/32、即ち、20mgの脾臓組織等価物全量中の625μgに相当する。)で、24.5kDa、21kDa、17kDaのPrPSC特有のバンドを示した(図8(D))。
【0170】
従って、脾臓組織についても、ELISA法の感度はWB法の感度以上に相当するものであることが分かる。
【0171】
ここで、脾臓組織に関しELISA法による積極的な結果を得るのに求められる組織等価物は、脳組織に関して求められる組織等価物より8倍多いだけであった。
【0172】
6.評価
マウスのスクレーピーは感染後1週間目にWB法で診断され(グレイスウォール他、1996年)、レイスとエルンスト(1992年)は感染後2週間目にPrPSCのデノボ合成を検出した。羊のスクレーピーもWB法によって感染初期段階で診断された(イケガミ他、1991年;ムラマツ他、1993年)。
【0173】
これらの結果を組織病理学(Histopathology)(レイス他、1992年)、電子顕微鏡法(ルーベンシュタイン他、1991年)、又は免疫組織化学法(シュルーダー他、1996年)による羊の扁桃腺中のPrPSCの予備臨床についての新しい報告の如き他の方法で得られた結果と比較すると、WB法はスクレーピーの初期での最も高感度な方法の1つであり、面倒なバイオアッセイ(bio assay)を省略できる。
【0174】
また、腸壁(腹膜)内面の感染後1週間目に、マウスからの脾臓中のPrPSCの検出が十分な組織均一化物によって実現され、ホモジネートのコラゲナーゼ消化によって行われた(グレイスウォール他、1996年)。これによって、本発明者によるWB法の感度が他の報告(ルーベンシュタイン他、1991年;レイス及びエルンスト、1992年)で述べられているマウス脾臓からのPrPSCの検出結果と少なくとも一致していることが分かった。
【0175】
本発明者は、WB法と感度が少なくとも同等であり、容易かつ短時間に検出可能なELISA法を脳組織及び脾臓組織に適用した。
【0176】
スクレーピー診断にELISA法を開発する上での大きな障害は、PrPSCが容易に沈積状態に凝集することであった(メイヤー他、1986年)。スクレーピー感染組織のギ酸又はSDSでの予備処理(カスクサック他、1987年)、更に、純粋なPrPSCのGdnSCNでの変性(これはマイクロタイタープレートへの吸着後に行われた;サーバン他、1990年)が報告されており、これは、抗PrP抗体の免疫反応性を増大させる。また、マイクロタイタープレートへのBSA牛胎児血清)の吸着がグアニジンの存在下で向上することが報告された(ズー他、1993年)。グアニジンはおそらく、抗原性サイトが生じることによって次々と耐プリオン蛋白質抗体の免疫反応性を増大させるPrPSCの展開を促進させるものと考えられる。
【0177】
これらの観察及び考察に基づいて、本発明者は、PrPSC含有物質を直接溶解させるために1M〜5M(特に3M及び4M)のGdnSCNを用い、この濃度でのGdnSCNの存在下でマイクロタイタープレートへのPrPSCの吸着に成功した。
【0178】
ELISA法で分析可能な組織等価量の限界、即ち、感度の向上が見込めない限界値は、40mg付近(データは図示せず)にある。
【0179】
ELISA法の利点は、多くのサンプルを1回で分析できるため、潜在的に感染された動物を大量に診断、選別することによって、感染による病気をコントロールするという広汎な用途に導けることである。
【0180】
PrPSCの検出を経てTSE(伝播性海綿状脳症:Transmissible Spongiform Encephalopathies)を実際に診断する方法に対する障害は、血液又はその成分を未だ診断に使用しにくいことにある。PrPSCは脳又はリンパ腺組織から抽出されるべきものであるから、サンプル調製は最も時間を要するファクタである。脳組織について適用される方法(方法1)はかなり簡単な方法であり、高感度化に導くものである。但し、方法1は、脾臓組織には十分ではない。これに関して、サーコシルによるPrPSCの抽出及びこれに続くNaClによる塩析(方法3)によって、感度が向上し、非特異性シグナルが減少する。
【0181】
この方法は、時間がかかるが、ごく少量のPrPSCを検査するのに有用である。一方、PrPSCの抽出及び塩析を省略し、サンプル調製(濃縮)を方法5で行うと、ELISA法の感度が約2倍低下するが、なおも、WB法と同等であった(データは示さず)。このことと、方法5が方法3よりも短時間で行える事実とから、方法5は診断にとって実用可能であると考えられる。
【0182】
本実施例を行うなかで見出されたWB法における0.6mgの脾臓組織のPrPSC検出限界は、公知の0.3mgの検出限界(グレイスウォール他、1996年)とほぼ同等であった。この場合、最終的な組織抽出物はSDS−PAGEサンプルバッファによって希釈しているが、通常の組織ホモジネートを希釈剤として用いて、最初の抽出工程後に順次希釈を行っているため、PrPSC検出条件はあまり有利ではなかった。ELISA法について報告されている極限の検出限界はより困難な条件を考慮して見出されるべきである。
【0183】
脳組織についての結果を脾臓組織のそれと比較すると(図6、図7及び図8)、脳組織中のPrPSC量は脾臓組織中のPrPSC量の8〜30倍であるものと考えられる。異なるマウス適用のTSEは脾臓組織に含まれるPrPSCで変化することを考慮しても、ルーベンシュタイン等(1993年)によってスクレーピー感染マウスで発見された500倍よりもかなり少なく、また、感染の終わりの段階でCJD(Creutfelt Jakob disease)感染マウスにおいてサカグチ等(1993年)によって発見された50倍以上よりも少ない。ラズメザス等(1996年)のみが最近、マウスモデルに関する約30倍の差を報告した。
【0184】
本発明者は、PrPSC由来蛋白質回収を高効率に行うことが改善されたサンプル調製で実現することを考慮している。そして、マウス脾臓中のPrPSC量はこれまで考えられていたものより多いように思われる。
【0185】
予備臨床に関するリンパ腺組織の潜在力に着目して、ヴァン・クーレン等(1996年)は免疫組織化学法によってPrPSC量を幾つかの上記組織について調べた。この研究によれば、扁桃腺、脾臓及び腸間リンパ節はこの順に、予備臨床の最も好適な組織である。本発明者は、実験的モデル(イケガミ他、1991年)及び天然の羊スクレーピー(ムラマツ他、1993年)の双方について、スクレーピーの予備臨床段階での生検表面リンパ節に含まれるPrPSCを検出したことを報告した。しかし、PrPSC量と各組織の得られ易さとを考えると、シュルーダー等(1996年)において提案されているように、扁桃腺の生検及び検査は、生前試験(antemortem test)としてより適していると思える。
【0186】
上述した実施例から、脳及び脾臓組織からのPrPSC検出のために、ABC法と共にELISA法を使用する方法は、少なくともWB法と同等の感度が得られると結論づけられる。また、このELISA法を羊のスクレーピーや牛のBSEの診断に適用すれば、現行のWB法に比べて、より実用的な、速い診断ができると思われる。しかしながら、検査方法として適当なものにするためには、PrPSCの抽出に要する手間をより簡便にする必要がある。
【0187】
原組織抽出物やGdnSCN溶解物に含まれるPrPSC由来蛋白質をマイクロタイタープレートに容易に吸着できることは、より高感度にPrPSCの検出を可能にする上で基本事項と考えられる。発色ELISA法はWB法に比べてわずかに高感度であるが、蛍光物質や化学発光物質のような試薬を使用することで、さらに感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0188】
【図1】本実施例における病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮方法の概要を示すフロー図である。
【図2】同、他の濃縮方法の概要を示すフロー図である。
【図3】同、他の濃縮方法の概要を示すフロー図である。
【図4】同、病原性プリオン蛋白質の検出に用いる酵素免疫吸着測定法の概要を示すフロー図である。
【図5】同、酵素免疫吸着測定法における吸着の前段階で使用する溶剤の種類及び濃度による病原性プリオン蛋白質の検出能の変化を示すグラフである(脳組織(A)、脾臓組織(B))。
【図6】同、発色法による検出能を示すグラフである(脳組織(A)、脾臓組織(B))。
【図7】同、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮方法による検出能を示すグラフである(脳組織(A)、脾臓組織(B))。
【図8】同、酵素免疫吸着測定法における検出能を示すグラフ(脳組織(A)、脾臓組織(C))、及びWB法における検出能を示す図(脳組織(B)、脾臓組織(D))である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、
t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、
前記分解された均一化物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることと
を含む濃縮方法。
【請求項2】
前記中枢神経系組織を脳組織とする、請求項1に記載の濃縮方法。
【請求項3】
均一化及び分解処理が、さらにコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素による分解処理を含む、請求項1に記載の濃縮方法。
【請求項4】
前記プロテアーゼが、プロテイナーゼKである、請求項1から3のいずれか1項に記載の濃縮方法。
【請求項5】
記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物に塩析処理を施すことをさらに含む、請求項1に記載の濃縮方法。
【請求項6】
記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を界面活性剤で洗浄することをさらに含む、請求項1に記載の濃縮方法。
【請求項7】
動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮する方法において、
t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)、サーコシル(商標)及びプロテアーゼを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、
前記分解された均一化物から病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることと、
前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を、n−デシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(ズイッタージェント(商標)3−10)及びn−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(ズイッタージェント(商標)3−12)からなる群から選択される界面活性剤で洗浄すること
を含む濃縮方法。
【請求項8】
前記動物の中枢神経系組織を脳組織とする、請求項7に記載の濃縮方法。
【請求項9】
均一化及び分解処理が、さらにコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素による分解処理を含む、請求項7に記載の濃縮方法。
【請求項10】
動物の中枢神経系組織から病原性プリオン蛋白質を検出する方法の実施に際し、検出されるべき病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を濃縮するための試薬キットであって、
界面活性剤とプロテアーゼとを用いて前記中枢神経系組織を均一化及び分解処理することと、
前記分解された均一化物から前記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を含有する濃縮物を得ることと
を含む濃縮方法を実施するための、
(a)t−オクチルフェノキシポリエトキシエタノール(トリトン(商標)X−100)及びサーコシル(商標)を含有する動物の中枢神経系組織の均一化試薬と、
(b)ロテアーゼと
を含む組み合わせを含んでなる、病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮試薬キット。
【請求項11】
記病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮物を洗浄するための、n−デシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(ズイッタージェント(商標)3−10)及びn−ドデシル−N,N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート(ズイッタージェント(商標)3−12)からなる群から選択される界面活性剤をさらに含む、請求項10に記載のキット。
【請求項12】
前記プロテアーゼが、プロテイナーゼKである、請求項10又は11に記載のキット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−32739(P2008−32739A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−239265(P2007−239265)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【分割の表示】特願2004−231819(P2004−231819)の分割
【原出願日】平成9年7月18日(1997.7.18)
【出願人】(306008724)富士レビオ株式会社 (55)
【Fターム(参考)】