説明

癌組織結合性オリゴペプチド

【課題】少ないアミノ酸残基からなり、癌組織への特異的な結合性に優れ、簡便に製造できるオリゴペプチド、それを用いた癌組織への特異的な集積性に優れた薬物輸送材料を提供する。
【解決手段】オリゴペプチドは、Lys−Leu−Pro、Pro−Arg−Asp、またはSer−Leu−Proのトリペプチド配列を含み、癌組織に結合する。オリゴペプチド配列が、Ser−Trp−Lys−Leu−Pro−Pro−Ser、Thr−Thr−Pro−Arg−Asp−Ala−Tyr、またはThr−Asn−Ser−Leu−Proである。薬物輸送材料は、オリゴペプチドが、コロイド粒子の表面に露出している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌組織に特異的に結合するオリゴペプチド、それを用いて癌組織へ特異的に集積させる癌診療用の薬物輸送材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
胃癌、肝臓癌、大腸癌の多くは、悪性腫瘍である。このような癌患者に、癌組織の原発巣を摘出する手術が施されると、患者に対する侵襲が大きい。また癌患者に、経口または静脈注射で制癌剤が投与されると、癌組織だけでなく正常組織も殺傷するため、患者に深刻な副作用等の大きな負担を強いる。
【0003】
このような癌組織へ特異的に結合するリガンドがあれば、制癌剤を効果的に癌組織のみへ到達させるのに利用できるので、患者の負担が飛躍的に軽減され、癌の治癒率が向上すると考えられる。
【0004】
このようなリガンドの一例として、特許文献1には、腫瘍細胞に取り込まれて細胞質へ移行可能な環状ペプチドが、記載されている。このペプチドは、両末端システイン含有の9アミノ酸配列を有するペプチドが表面にディスプレイされたファージライブラリーを、癌細胞株接種により形成された腫瘍に接触させ、腫瘍細胞に取り込まれたファージを増幅させ、そのDNAを抽出してシークエンスに供し、決定された塩基配列から同定したものである。
【0005】
また非特許文献1および2には、ファージライブラリーを用いたバイオパンニングにより同定した線維芽細胞増殖因子レセプター結合性のペプチドや、臍帯の血管内皮細胞結合性のペプチドが、記載されている。
【0006】
しかし、分子量が小さく、胃癌腹膜播種、肝臓癌、大腸癌等の癌組織への特異的な集積性を奏するリガンドとなるオリゴペプチドが望まれていた。
【0007】
非特許文献3には、ヒト胃癌腹膜播種から得た腹腔転移性の胃癌株が記載されている。
【0008】
【特許文献1】特開2005−21021号公報
【非特許文献1】キャンサー ジン セラピー(Cancer Gene Therapy)、2002年、第9巻、p.543−552
【非特許文献2】ジャーナル オブ ドラッグ ターゲッティング(Journal of Drug Tageting)、2003年、第11巻、第1号、p.53−59
【非特許文献3】ジャパン ジャーナル キャンサー リサーチ(Japan Journal Cancer Reseach)、2000年、第91巻、p.715−722
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、少ないアミノ酸残基からなり、癌組織への特異的な結合性に優れ、簡便に製造できるオリゴペプチド、それを用いた癌組織への特異的な集積性に優れた薬物輸送材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載のオリゴペプチドは、Lys−Leu−Pro、Pro−Arg−Asp、またはSer−Leu−Proのトリペプチド配列を含み、癌組織に結合することを特徴とする。このオリゴペプチドは、あたかも鋳型のように、水素結合等の相互作用による結合で、特定の癌組織へ特異的に結合するリガンドである。
【0011】
請求項2に記載のオリゴペプチドは、請求項1を限定するもので、アミノ酸が5〜7個繋がるオリゴペプチド配列からなり、N末端アミノ酸残基から第3〜5アミノ酸残基が前記トリペプチド配列であることを特徴とする。このトリペプチドが、癌組織から露出したタンパク質の一部に特異的に結合する。
【0012】
請求項3に記載のオリゴペプチドは、請求項2を限定するもので、前記オリゴペプチド配列が、(配列表)に記載されているように、Ser−Trp−Lys−Leu−Pro−Pro−Ser、Thr−Thr−Pro−Arg−Asp−Ala−Tyr、またはThr−Asn−Ser−Leu−Proであることを特徴とする。
【0013】
請求項4に記載のオリゴペプチドは、請求項1を限定するもので、前記癌組織が、胃癌腹膜播種組織、肝臓癌組織、または大腸癌組織であることを特徴とする。例えばSer−Trp−Lys−Leu−Pro−Pro−Serは胃癌腹膜播種組織に、Thr−Thr−Pro−Arg−Asp−Ala−Tyrは肝臓癌組織に、Thr−Asn−Ser−Leu−Proは大腸癌組織に、夫々特異的に結合する。癌組織がヒト由来の組織であると一層好ましい。
【0014】
請求項5に記載のオリゴペプチド組込みファージは、ファージのコートタンパク質の末端に、請求項1〜4の何れかに記載のオリゴペプチドを、化学的結合によって延長させていることを特徴とする。ファージは、例えば、大腸菌ウィルスの一種であるM13ファージのような繊維状ファージであり、コートタンパク質は、例えば、宿主に結合するための触手であるM13ファージのP3コートタンパク質である。このオリゴペプチド組込みファージは、例えば、癌組織から露出したタンパク質の一部に特異的に結合するオリゴペプチドを有するファージが、バイオパンニングによって、濃縮されたものである。
【0015】
請求項6に記載の薬物輸送材料は、請求項1〜4の何れかに記載のオリゴペプチドが、コロイド粒子の表面に露出していることを特徴とする。コロイド粒子は、リポソーム、金属含有コロイド粒子、生体分解性樹脂コロイド粒子、フチン酸含有コロイド粒子、硫黄コロイド粒子、およびタンパク質コロイド粒子が挙げられる。中でも、リポソームであることが好ましい。リポソームは、例えば脂肪やリン脂質でできたコロイド粒子が挙げられ、より具体的には、SUVリポソーム(small unilamellar vesicle liposome:小さな1枚膜リポソーム)、REVリポソーム(reversephase evaporation vesicle liposome:逆相蒸発法リポソーム)、またはMLVリポソーム(multilamellar vesicle liposome:多重層リポソーム)が挙げられる。薬物輸送材料は、例えばオリゴペプチドが、リポソームに練り込まれ、そのうちの一部の分子が、リポソーム表面に露出しているものである。
【0016】
請求項7に記載の薬物輸送材料は、請求項5に記載のオリゴペプチド組込みファージが、該オリゴペプチドを露出させつつ、コロイド粒子に含有され、その表面に該オリゴペプチドが露出していることを特徴とする。コロイド粒子は、前記のものが挙げられ、中でもリポソームが好ましい。薬物輸送材料は、例えばオリゴペプチド組込みファージが、リポソームに練り込まれ、付着され、または吸着され、そのうちの一部の分子が、リポソーム表面に露出しているものである。
【0017】
請求項8に記載の薬物輸送材料は、請求項6または7を限定するもので、前記コロイド粒子が、抗癌剤、または癌診断薬を含んでいることを特徴とする。例えば制癌剤は、アドリアマイシン(一般名;ドキソルビシン)、タキソール(一般名;パクリタキセル)が挙げられ、癌診断薬は、癌マーカー、[1α,2α(n)−3H]コレステロール オレオイル エーテルのような放射能標識物質が挙げられる。制癌剤や癌診断薬は、付着、混練によりリポソームのようなコロイド粒子表面に露出されつつ含まれていてもよく、混練、封入、埋込によりリポソーム膜内のようなコロイド粒子内部に内包されつつ含有されていてもよい。抗癌剤や癌診断薬のような薬物は、前記オリゴペプチドやオリゴペプチド組込みファージに直接、化学結合し難いものであるが、これらペプチドやファージが含有されたコロイド粒子に、含まれていると、癌組織へ特異的かつ選択的に輸送されて集積することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のオリゴペプチドは、胃癌腹膜播種組織、肝臓癌組織、大腸癌組織のような癌組織、特にヒト癌組織に特異的に結合する。ファージのコートタンパク質末端にこのオリゴペプチドで修飾されたオリゴペプチド組込みファージも、これら癌組織に特異的に結合する。
【0019】
このオリゴペプチドやオリゴペプチド組込みファージを露出させた薬物輸送材料は、これら癌組織に特異的に結合するため、癌組織への集積性に優れている。
【0020】
オリゴペプチド、オリゴペプチド組込みファージおよびそれらを含む薬物輸送材料は、いずれも安全性が高い。
【実施例】
【0021】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0022】
本発明の一実施例には、M13ファージのP3コートタンパク質の先端のアミノ酸残基Ala−Gln−Thr−Val−Gln−・・・のN末端Alaに、任意の7個のアミノ酸(Xaa)のアトランダムなアミノ酸配列を有するXaa−Xaa−Xaa−Xaa−Xaa−Xaa−Xaa−Gly−Gly−Gly−Serが、そのC末端Serで繋がって組み込まれた約10億種のファージからなるファージライブラリーを用いる。配列表フリーテキストに記載の通り、このようなファージディスプレイライブラリーは、バイオパンニングのために用いられる。
【0023】
このファージライブラリーと癌組織の癌細胞とを共培養する。ファージのコートタンパク質先端のアミノ酸配列(Xaa−・・・Xaa)が、それに対応する癌細胞中のタンパク質のレセプターに結合する。結合していないファージを洗浄して取り除いた後、そこに多量の標的レセプターに対するリガンド分子を投与すると、このレセプターに結合しているファージが、解離して溶出される。または、癌細胞そのものを溶解し、癌細胞に多く結合しているファージを溶出させる。溶出したファージを増殖させる。このようなバイオパンニングを数回繰返すと、約10億種のファージのうち癌細胞に特異的に結合するファージ数種類のみが、多量に得られる。このファージのコートタンパク質先端の7個のアミノ酸配列からなるオリゴペプチドを、ファージのDNA配列解析により、同定する。
【0024】
このオリゴペプチドは、市販のペプチドシンセサイザを用い、固相・液相合成で得ることができる。オリゴペプチドの一部、例えばN末端アミノ酸残基から第3〜5アミノ酸残基に対応するトリペプチドも、同様に得ることができる。このようなオリゴペプチドを、ファージのコートタンパク質先端に組み込んで、組込みファージを調製してもよい。
【0025】
オリゴペプチドや組込みファージと、リポソームを形成するリン脂質と、必要に応じて、リポソームに内包される抗癌剤や癌診断薬とを分散させると、リポソームの表面にオリゴペプチドが露出した薬物輸送材料が得られる。
【0026】
本発明を適用するオリゴペプチド、それを用いた薬物輸送材料の調製例、およびその性能評価試験の例を以下に示す。
【0027】
先ず、実施例1にオリゴペプチドSer−Trp−Lys−Leu−Pro−Pro−Serとそれを用いた薬物輸送材料の例を示す。
【0028】
(実施例1)
i)オリゴペプチド組込みファージの調製およびオリゴペプチドの同定
前記非特許文献3に記載のヒト胃癌株AZ−P7aの1.0×10cellを、ヌードマウス(BALB/c,nu/nu,6週齢雌)に腹腔内投与して播種し、4週間飼育すると、マウスに腹腔腫瘍が形成された。M13ファージのP3コートタンパク質の先端のN末端に、アトランダムな任意の7個のアミノ酸配列を有するオリゴペプチドが組み込まれた約10億種のファージからなるファージライブラリーであるPhD−7ファージディスプレイライブラリー(New England BioLabs社製;商品名)を、このマウスに腹腔内投与した。マウスを屠殺し、腹腔腫瘍を取り、腫瘍組織をホモジェナイザーにより機械的に破砕した後、プロテアーゼ阻害薬(Sigma社製)入りリン酸緩衝生理食塩水に溶解させ、遠心分離を繰り返すことにより抽出し、大腸菌ER2738に感染させ37℃で5時間震盪培養することにより、ファージを増幅させるバイオパンニングを行なった。バイオパンニングを3〜4ラウンド繰返した。これにより、腹腔腫瘍に結合するオリゴペプチドが組み込まれたファージが大量に得られた。この組込みファージから、DNAを抽出し、BigDye シークエンスキット(Applied Biosystems社製;商品名)およびABI PRISM 3100オートシークエンサー(同社製;商品名)を用いて、ファージのDNAの配列を決め、オリゴペプチドのアミノ酸配列を同定した。そのアミノ酸配列は、Ser−Trp−Lys−Leu−Pro−Pro−Ser(一文字記号標記でSWKLPPS)であった。
【0029】
ii)腹膜播種を有するマウスでのオリゴペプチド組込みファージの分布、
得られたオリゴペプチド組込みファージが、マウスの腹膜播種組織、胃、肝臓、脾臓に分布する量を、調べた。その測定方法は、マウスにファージを腹注し、播種組織、胃、肝臓、脾臓を摘出、それぞれの組織に結合しているファージを前述の方法により抽出し、このファージを大腸菌ER2738に感染させ、これに5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド(Wako社製)とイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(Wako社製)とを付加し、培地上の青色プラークとして発色させ、その数量を測定するというものである。播種組織での結合量を100%とし、それに対する胃、肝臓、脾臓での結合量の比を、図1に示す。図1から明らかなとおり、このオリゴペプチド組込みファージは、播種組織へ特異的に結合したが、正常臓器へ、殆んど結合しなかった。したがって、このオリゴペプチド組込みファージは、腹膜播種組織に選択的に分布していることが示された。
【0030】
iii)オリゴペプチド組込みファージと、ヒトの再発性胃癌の悪性腹水との結合
55歳女性再発胃癌患者から同意を得て採取した悪性腹水に、得られたオリゴペプチド組込みファージを注入しそれらが結合する状態を、癌細胞とファージを2重免疫染色することにより、調べた。それを光学顕微鏡で観察したところ、ファージの腹水中癌細胞への結合が示唆された。
【0031】
iv)オリゴペプチド組込みファージを含有する薬物輸送材料の調製
先ず、得られたオリゴペプチドを、ジステアロイルフォスファチジルクロリン(Distearoylphosphatidylcholine;日本ファインケミカル社製)およびコレステロール(Sigma社製)とともにクロロフォルムに溶解した後、凍結溶解を繰り返すことにより、オリゴペプチド組込みファージを有する薬物輸送材料のリポソームを得た。
【0032】
次いで、それを[1α,2α(n)−H]コレステロール オレオイル エーテルと混合し、放射能標識した薬物輸送材料のリポソームを得た。一方、対照として、ジステアロイルフォスファチジルクロリンおよびコレステロールをクロロフォルムに溶解した後、凍結溶解を繰り返すことにより、ペプチド組込みファージを有しない薬物輸送材料のリポソームを得た。
【0033】
v)オリゴペプチド組込みファージを有する薬物輸送材料の腹腔内注射後の分布
オリゴペプチド組込みファージを有する薬物輸送材料のリポソームと、対照のリポソームとを、AZ−P7aにより腹腔播種の腫瘍組織が形成されたマウスに、腹腔内注射した。その後、マウスの腫瘍組織と、正常な肝臓組織とへ、薬物輸送材料のリポソームと、対照のリポソームとが、集積する量を調べた。その結果を図2に示す。図2から明らかな通り、薬物輸送材料のリポソーム(KLP−Lipと略記)は、腫瘍組織(腹腔)に集積していたが、対照のリポソーム(Control−Lipと略記)は、むしろ正常肝臓に集積していた。したがって、このオリゴペプチド組込みファージを有する薬物輸送材料のリポソームは、腫瘍組織(腹腔)に選択的に分布することが示された。なお図中、pは有意水準を示し、0.05未満であるから統計的有意差が認められる。
【0034】
実施例2にオリゴペプチドThr−Thr−Pro−Arg−Asp−Ala−Tyrとそれを用いた薬物輸送材料の例を示す。
【0035】
(実施例2)
i)オリゴペプチド組込みファージの調製およびオリゴペプチドの同定
実施例1のi)中のヒト胃癌株AZ−P7aに代えて、ヒト肝癌細胞株Huh−7(ヒューマンサイエンス研究資源バンク(HSRRB)製;商品名)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、バイオパンニングによりオリゴペプチド組込みファージを調製し、それのオリゴペプチドのアミノ酸配列を同定した。そのアミノ酸配列は、Thr−Thr−Pro−Arg−Asp−Ala−Tyr(一文字記号標記でTTPRDAY)であった。
【0036】
ii)オリゴペプチド組込みファージと非組込みのファージとの免疫蛍光顕微鏡観察
ヒト肝癌細胞株Huh−7に対し、得られたオリゴペプチド組込みファージまたは未組込みのファージを投与した後、ファージに対する抗体およびFITC(フルオレセイン イソチオシアネート)抗体を用いて染色発光させることにより、免疫蛍光顕微鏡観察を行なった。オリゴペプチド組込みファージは、ヒト肝癌細胞株Huh−7に多量に結合したことを示す蛍光が多数観察されたが、未組込みのファージは、蛍光が殆んど観察されなかった。
【0037】
iii)オリゴペプチド組込みファージと、ヒトの肝癌組織の手術標本との結合
肝癌患者から同意を得て採取した肝癌組織の手術標本に、オリゴペプチド組込みファージまたは非組込みファージをex vivoで投与し、その結合能を、肝癌組織を機械的に破砕溶解し、遠心分離を繰り返すことにより肝癌結合ファージを抽出し、抽出されたファージを大腸菌ER2738に感染させ、これに5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド(Wako社製)とイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(Wako社製)とを付加し、培地上の青色プラークとして発色させ、その数量を測定することによって評価した。肝癌組織について、オリゴペプチド組込みファージ(TTRPDAY−Phageと略記)と非組込みファージ(Insertlessと略記)との各ファージ5例での蓄積比を、非組込みファージを背景肝(非癌部肝臓組織)に投与した時のファージの蓄積量を1として、それに対する比率で示した。その結果を、図3(a)に示す。図3(a)から明らかな通り、オリゴペプチド組込みファージは、非組込みファージよりも、肝臓癌組織に蓄積していた。また、肝臓癌組織および背景肝でのオリゴペプチド組込みファージの蓄積比を、図3(b)に示す。図3(b)から明らかな通り、オリゴペプチド組込みファージは、背景肝よりも肝臓癌組織に蓄積していた。したがって、オリゴペプチド組込みファージは、肝臓癌組織に集積することが示された。
【0038】
実施例3にオリゴペプチドThr−Asn−Ser−Leu−Proとそれを用いた薬物輸送材料の例を示す。
【0039】
(実施例3)
i)オリゴペプチド組込みファージの調製およびオリゴペプチドの同定
大腸癌患者から同意を得て採取した大腸癌組織の外科的切除標本の癌栄養動脈と癌栄養静脈とにカニュレーションした。M13ファージのP3コートタンパク質の先端のN末端に、アトランダムな任意の5個のアミノ酸配列を有するオリゴペプチドが組み込まれた約3億種のファージからなるファージライブラリーであるPhD−7ファージディスプレイライブラリー(New England BioLabs社製;商品名)の2×1011個のファージを含有する5mLのリン酸緩衝生理食塩水を、動脈側から注入し、大腸癌組織内で10分間培養した。その後、リン酸緩衝生理食塩水を動脈側から注入して洗浄し、結合していないファージを洗い流した。癌組織の一部を切除し、癌組織をホモジェナイザーにより機械的に破砕した後、プロテアーゼ阻害薬(Sigma社製)入りリン酸緩衝生理食塩水に溶解させ、遠心分離を繰り返すことにより抽出し、大腸菌ER2738に感染させ37℃で5時間震盪培養することにより、ファージを増幅させるバイオパンニングを行なった。バイオパンニングを3ラウンド繰返した。これにより、大腸癌組織に結合するオリゴペプチドが組み込まれたファージが大量に得られた。この組込みファージから、DNAを抽出し、BigDye シークエンスキット(Applied Biosystems社製;商品名)およびABI PRISM 3100オートシークエンサー(同社製;商品名)を用いて、ファージのDNAの配列を決め、オリゴペプチドのアミノ酸配列を同定した。そのアミノ酸配列は、Thr−Asn−Ser−Leu−Pro(一文字記号標記でTNSLP)であった。
【0040】
ii)オリゴペプチド組込みファージと、ヒトの大腸癌組織の外科的切除標本との結合
大腸癌患者の大腸癌の腫瘍組織の外科的切除標本に、オリゴペプチド組込みファージと、対照としてペプチド非組み込みファージ(insertless)とを、5mLのリン酸緩衝生理食塩水に溶解し、経動脈的に標本に注射し環流させた後、癌組織の一部を切除し、そこに結合しているファージの量を前述の方法により測定してその集積能を評価した。オリゴペプチド組込みファージ(TNSLP−Phageと略記)と対照(Controlと略記)との蓄積量を、図4(a)に示す。また、オリゴペプチド組込みファージと対照とにおける、正常組織に対する腫瘍組織でのファージの蓄積比を、図4(b)に、示す。図4(a)および(b)から明らかな通り、オリゴペプチド組込みファージは、対照よりも、大腸癌の腫瘍組織に蓄積していた。したがって、このオリゴペプチド組込みファージは、大腸癌組織に集積することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明のオリゴペプチドやオリゴペプチド組込みファージは、癌組織へ特異的に集積させて癌の診療をするための原材として用いられる薬物輸送材料を調製するために、有用である。薬物輸送材料は、癌の診療、特に胃癌腹膜播種、肝臓癌、大腸癌の診療に、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明を適用するオリゴペプチドを有するオリゴペプチド組込みファージが、マウスの腹膜播種組織、胃、肝臓、脾臓に結合する程度を示す図である。
【0043】
【図2】本発明を適用するオリゴペプチドを有する薬物輸送材料が、腹腔腫瘍組織または正常肝臓組織へ蓄積する量を示す図である。
【0044】
【図3】本発明を適用する別なオリゴペプチドを有するオリゴペプチド組込みファージが、肝臓癌組織へ蓄積する程度を示す図である。
【0045】
【図4】本発明を適用する別なオリゴペプチドを有するオリゴペプチド組込みファージが、大腸癌組織へ蓄積する程度を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Lys−Leu−Pro、Pro−Arg−Asp、またはSer−Leu−Proのトリペプチド配列を含み、癌組織に結合することを特徴とするオリゴペプチド。
【請求項2】
アミノ酸が5〜7個繋がるオリゴペプチド配列からなり、N末端アミノ酸残基から第3〜5アミノ酸残基が前記トリペプチド配列であることを特徴とする請求項1に記載のオリゴペプチド。
【請求項3】
前記オリゴペプチド配列が、
Ser−Trp−Lys−Leu−Pro−Pro−Ser、
Thr−Thr−Pro−Arg−Asp−Ala−Tyr、
またはThr−Asn−Ser−Leu−Proであることを特徴とする請求項2に記載のオリゴペプチド。
【請求項4】
前記癌組織が、胃癌腹膜播種組織、肝臓癌組織、または大腸癌組織であることを特徴とする請求項1に記載のオリゴペプチド。
【請求項5】
ファージのコートタンパク質の末端に、請求項1〜4の何れかに記載のオリゴペプチドを、化学的結合によって延長させていることを特徴とするオリゴペプチド組込みファージ。
【請求項6】
請求項1〜4の何れかに記載のオリゴペプチドが、コロイド粒子に含有されてその表面に露出していることを特徴とする薬物輸送材料。
【請求項7】
請求項5に記載のオリゴペプチド組込みファージが、該オリゴペプチドを露出させつつ、コロイド粒子に含有され、その表面に該オリゴペプチドが露出していることを特徴とする薬物輸送材料。
【請求項8】
前記コロイド粒子が、抗癌剤、または癌診断薬を含んでいることを特徴とする請求項6または7に記載の薬物輸送材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−161592(P2007−161592A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−355776(P2005−355776)
【出願日】平成17年12月9日(2005.12.9)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】