説明

癌関連遺伝子マーカーの検出方法

【課題】大腸癌スクリーニングにおける便中DNAメチル化解析およびRNA発現解析について、realtime PCRを用いる場合の感度および特異度を改善し、迅速かつ正確な検査法を提供する。
【解決手段】(a)試料中の核酸を第1の鋳型として、前記癌関連遺伝子マーカーに特異的な第1のプライマーペアを用いてPCRにより増幅する工程、および(b)前記第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを第2の鋳型として、該鋳型の塩基配列の一部に対して相補的な第2のプライマーペアを用いて、リアルタイムPCRにより増幅および検出する工程を含む、試料中の癌関連遺伝子マーカーを検出するための方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の癌関連遺伝子マーカーを検出するための方法に関する。より具体的には、本発明は、糞便などの粗製生体試料中の癌関連遺伝子を、リアルタイムPCRにより検出する方法、およびかかる方法を自動化で行うための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸癌は、世界で3番目に罹患率の高い癌であり、欧米での癌による死因の第2位を占める。大腸癌は、遠隔転移の有無によって予後が大きく異なり、致死率低下のためには遠隔転移前の発見が重要と考えられる。現在、大腸癌のスクリーニング法として、便潜血法が用いられているが、その感度は20〜30%とされ、十分とは言えない。
【0003】
簡便で感度および特異度の高いスクリーニング法の開発は大腸癌の早期発見のために重要である。便潜血法に代わる新しい大腸癌のスクリーニング法として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いた便中の癌抑制遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化解析や癌関連遺伝子のmRNA発現解析についての報告がなされている。これまで報告されているPCRを用いた大腸癌のスクリーニング法は、増幅したDNAの電気泳動によるバンドの強度から鋳型DNAを定量する半定量的PCRを用いたものと、増幅産物に組み込まれる蛍光色素などにより増幅を経時的および定量的にモニタリングするリアルタイム(real-time)PCR(定量的PCR)を利用するものに分けられる。
【0004】
大腸癌のスクリーニングにおいてPCRを用いることの問題点の一つは、糞便中には癌細胞由来のゲノムDNAおよびmRNA以外に、正常細胞や食物残渣、腸内細菌などに由来するDNAおよびmRNAが多く含まれていることである。この食物残渣や腸内細菌の中には、未知の遺伝子配列を有する生物も含まれると考えられ、現在の段階で既知の生物の遺伝子配列のみを考慮してヒトの特定の遺伝子に特異的なプライマーを設計したとしても、これら未知の生物由来のDNAまたはmRNAが増幅されてしまう可能性がある。したがって、未知の配列の遺伝子が増幅される確率を減少させ、目的の遺伝子のみを増幅する(特異度を増加させる)ことが必要である。
【0005】
また、PCRにより癌マーカー遺伝子を検出する場合、公知の腫瘍マーカー遺伝子の多くは、正常細胞においても一定の量で発現することが観察されるため、正常細胞由来のマーカーを検出してしまい、擬陽性を生じるという問題があった。したがって、癌細胞特異的にマーカー遺伝子を検出する方法の開発が望まれている。
【0006】
また、試料中に含まれる癌細胞のDNA、mRNAは通常極めて微量で、この微量のDNAまたはmRNAを検出するためには、PCRのサイクル数を増加させることが必要になる。しかし同一のプライマーペアを使用してのPCRのサイクル数の増加はミスアニーリングによる特異度の低下の原因となりうるため、好ましくない。したがって、標的DNAのコピー数が少なくても高感度に検出できる方法の開発もまた望まれている。
【0007】
特許文献1および非特許文献1は、RNAを逆転写して得たcDNAを、セミ・ネスティド(semi-nested)PCRにより増幅し、ゲル電気泳動により半定量的に検出する方法を開示し、この方法により、大腸癌の遺伝子マーカーによる診断の特異度および感度が、それぞれ90.0%および100%に改善されることを報告している。しかしながら、ゲル電気泳動による半定量的PCRは、リアルタイムPCRと比較して、使用するサーマルサイクラー、ゲル泳動の条件などによりバンドが観察されたりされなかったりする可能性があり、再現性、感度の面で劣るとされ、またPCRが終了してから電気泳動を行なうため、所要時間も長い。
【0008】
非特許文献2は、MethyLight法を用いて便中の癌抑制遺伝子SFRP2のメチル化をリアルタイムPCRで検出することにより、直腸結腸癌のスクリーニングを行うことを記載する。リアルタイムPCRは半定量的PCRに比べて、単に定量に優れているのみならず、定性の目的で使用する場合であっても、客観性、再現性に優れ、ダイナミックレンジが広いという特徴を有する。また、大腸癌患者の糞便中に含まれる癌細胞由来の遺伝子は、微量であり、その割合はサンプルによって大きく変化すると考えられる。このような観点から、大腸癌スクリーニングとしての便中遺伝子解析に用いる方法としては、リアルタイムPCRが望ましいと考えられる。
【0009】
半定量的PCRとリアルタイムPCRとを用いる解析の結果を比較した場合、本発明者のサンプルを用いた解析では、非特許文献1と同じ方法を用いて、感度が66.7%、特異度が91.3%であった。しかし、同じサンプルを使用し、リアルタイムPCRによる解析を行った場合、感度66.7%、特異度52.2%という結果となり(本発明者らによる後述の実験)、特異度の低下が認められた。したがって、リアルタイムPCRを使用する場合には改良が必要であると考えられる。
【0010】
本発明者らは、PCRに用いるTaqポリメラーゼについて、いくつかの市販品について比較検討を行なった。その結果、使用するTaqポリメラーゼの違いにより、大腸癌スクリーニングの感度、特異度が大きく変化し、AccuPrime Taq DNA Polymerase high fidelity(Invitrogen)は、本発明者らが比較検討を行ったTaqポリメラーゼの中で最も良好な結果が得られた。しかし、このTaqポリメラーゼは製造者であるInvitrogenによるとリアルタイムPCRでの使用は難しいとされており、このことは、本発明者らによる試験的なリアルタイムPCRでのこのポリメラーゼを使用の結果と一致した。本発明者らは、多数のリアルタイムPCR用のTaqポリメラーゼを試験したが、AccuPrime Taq DNA Polymerase high fidelity (Invitrogen)より高い増幅効率を得ることは困難であった。
【0011】
特許文献2および非特許文献3は、結核性髄膜炎の迅速診断のために、髄液中の結核菌(Mycobacterium tuberculosis)のDNAを、内部標準プラスミドを用いて補正を加えるPCRとリアルタイムPCRとを組合せたネスティドPCRにより定量的に検出することを開示する。しかし、かかる方法が、癌や他の疾患の診断において利用可能であるか否かについては不明である。
【0012】
【特許文献1】国際公開WO2004/083856号パンフレット
【特許文献2】特開2006-333821号公報
【特許文献3】特開2008-92826号公報
【非特許文献1】Kanaokaら、2004年、「Potential Usefulness of Detecting Cyclooxygenase 2 Messenger RNA in Feces for Colorectal Cancer Screening」、Gastroenterology、第127巻、pp.422−427
【非特許文献2】Mullerら、2004年、「Methylation changes in faecal DNA: a marker for colorectal cancer screening?」、Lancet、第363巻、第9417号、pp.1283−1285
【非特許文献3】TakahashiおよびNakayama、2006年、「Novel Technique of Quantitative Nested Real-Time PCR Assay for Mycobacterium tuberculosis DNA」、Journal of Clinical Microbiology、第44巻、第3号、pp.1029-1039
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
したがって、本発明の課題は、癌、特に大腸癌のスクリーニングにおける便中DNAメチル化解析およびRNA発現解析について、リアルタイムPCRを用いる場合の感度および特異度を改善し、迅速かつ正確な検査法を開発することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねる中で、第1に増幅効率の高いポリメラーゼを用いて通常のPCRを行い、その後にリアルタイムPCRにより第2のネスティド(nested)PCRを行うことにより、癌マーカーの検出の感度および特異度を改善し得ることを見出し、さらに研究を進めて、発明を完成するに到った。
【0015】
すなわち、本発明は、試料中の癌関連遺伝子マーカーを検出するための方法であって、
(a)試料中の核酸を第1の鋳型として、前記癌関連遺伝子マーカーに特異的な第1のプライマーペアを用いてPCRにより増幅する工程、および
(b)前記第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを第2の鋳型として、該鋳型の塩基配列の一部に対して相補的な第2のプライマーペアを用いて、リアルタイムPCRにより増幅および検出する工程、
を含む、前記方法に関する。
【0016】
また、本発明は、核酸が、DNA、バイサルファイト処理されたDNA、mRNA、またはmRNAを逆転写して得られたcDNAから選択される、前記方法に関する。
本発明はまた、前記工程(a)の後に、第1のプライマーペアを用いて増幅されたDNAを精製する工程をさらに含む、前記方法に関する。
【0017】
また、本発明は、第1のプライマーペアによって増幅されるDNAの塩基長が約60bp〜1500bpである、前記方法に関する。
本発明はさらに、第1のプライマーペアによって増幅されるDNAの塩基長が約150bp〜800bpである、前記方法に関する。
また、本発明は、工程(b)において、リアルタイムPCRにより増幅されたDNAを、TaqManプローブを用いて検出する、前記方法に関する。
また、本発明は、工程(a)において、PCRのサイクル数が10〜45サイクルである、前記方法に関する。
【0018】
また、本発明は、試料が、糞便、胆汁、胃液、十二指腸液、膵液、血液、胸水、腹水、髄液、骨髄液、尿、頚管分泌物、喀痰、組織、細胞、スワブからなる群より選択される、前記方法に関する。
本発明はまた、口腔・咽頭癌、喉頭癌、食道癌、胃癌、胃ポリープ、小腸腫瘍、大腸癌、大腸ポリープ、肝臓癌、胆のう・胆管癌、膵臓癌、肺癌、皮膚癌、前立腺癌、膀胱癌、腎癌、副腎癌、脳腫瘍、甲状腺癌、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病、乳癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌からなる群より選択される疾患または状態を診断するための、前記方法に関する。
【0019】
また、本発明は、癌関連遺伝子マーカーが、癌関連遺伝子のmRNAである、前記方法に関する。
本発明はさらに、癌関連遺伝子マーカーが、COX-2、MYC p67、TGFB1、MMP7、IFITM1、(IFITM2、MYBL2、TP53、FLNA、NLRP6、IGF2)から選択される遺伝子のmRNAである、前記方法に関する。
【0020】
また、本発明は、癌関連遺伝子マーカーが、メチル化された癌抑制遺伝子DNAである、前記方法に関する。
本発明はさらに、癌関連遺伝子マーカーが、SFRP1、SFRP2、HIC1、RASSF2、WIF1、VIM、TMEFF2、CDKN2A、MGMT、MLH1、APC、ATMおよびHLTFから選択される遺伝子のメチル化されたDNAである、前記方法に関する。
本発明はさらに、癌遺伝子マーカーが、細胞のアポトーシスにより断片化されないDNAである、前記方法に関する。
【0021】
また、本発明は、COX-2、MYC-p67、TGFB1、MMP7、IFITM1、IFITM2、MYBL2、TP53、FLNA、NLRP6およびIGF2から選択される遺伝子のcDNAに対して特異的な少なくとも1組の第1のプライマーペア、
前記第1のプライマーペアにより増幅されるDNAの塩基配列の一部に対して相補的な少なくとも1組の第2のプライマーペア、および
リアルタイムPCRのための蛍光標識試薬
を含む、大腸癌スクリーニングのためのキットに関する。
【0022】
また、本発明は、前記の方法による試料中の癌関連遺伝子マーカーの検出を自動化で行うための装置であって、
− 試料からDNAまたはRNAを抽出するための手段、
− 抽出したDNAまたはRNAの濃度を測定するための手段、
− 逆転写反応、PCRおよびリアルタイムPCRを行うための1または2以上のサーマルサイクラー、
− 第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを精製するための手段、および
− 第2のプライマーペアにより増幅されたDNAを検出するための蛍光光度計、
の1または2以上を備える、前記装置に関する。
本発明はまた、さらにバイサルファイト処理を行なうための手段を備える、前記装置に関する。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法により、生物試料中の遺伝子マーカーを、より高感度かつ正確に検出することが可能となる。特に、夾雑物や未知の遺伝子配列を含む粗製試料から、微量のDNAまたはRNAを検出する場合に、非特異的な反応を最小限に抑え、目的のDNAまたはRNAの有無をより確実に検出することができるようになり、特に、悪性腫瘍、良性腫瘍、感染症、膠原病などの診断において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】通常のリアルタイムPCRによるDNAメチル化解析の結果を示す表である。
【図2】通常のリアルタイムPCRによるmRNA発現解析の結果を示す表である。
【図3】リアルタイムPCRおよびネスティドリアルタイムPCRによるDNAメチル化解析の結果を示す表である。
【図4】リアルタイムPCRおよびネスティドリアルタイムPCRによるmRNA発現解析の結果を示す表である。
【図5】1st PCRの増幅産物のサイズとWIF1のDNAメチル化解析の感度および特異度との相関関係を示す表である。
【図6】1st PCRの増幅産物のサイズとRASSF2のDNAメチル化解析の感度および特異度との相関関係を示す表である。
【図7】1st PCRの増幅産物のHIC1のサイズとDNAメチル化解析の感度および特異度との相関関係を示す表である。
【図8】1st PCRの増幅産物のサイズとGAPDHのmRNA発現解析の感度および特異度との相関関係を示す表である。
【図9】1st PCRの増幅産物のサイズとTGFβ1のmRNA発現解析の感度および特異度との相関関係を示す表である。
【図10】1st PCRの増幅産物のサイズとCOX-2のmRNA発現解析の感度および特異度との相関関係を示す表である。
【図11】大腸癌におけるTGFβ1とIFITM1とを組み合わせたmRNA発現解析の結果を示す表である。
【図12】異なるPCRの方法による検出感度と鋳型cDNA濃度との関係を示す表である。
【図13】semi-quantitative nested PCRによるDLD1の増幅産物の電気泳動写真である。
【図14】Single Realtime PCRによるDLD1の増幅曲線を示すグラフである。
【図15】Nested Realtime PCRによるDLD1の増幅曲線を示すグラフである。
【図16】semi-quantitative nested PCRによるCOX-2のmRNA発現解析のゲル電気泳動の結果である。
【図17】ネスティドリアルタイムPCRによるDNA Integrity Assayの結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、一態様において、試料中の癌関連遺伝子マーカーを検出するための方法を提供する。該方法は、
(a)試料中の核酸を第1の鋳型として、前記癌関連遺伝子マーカーに特異的な第1のプライマーペアを用いてPCRにより増幅する工程、および
(b)前記第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを第2の鋳型として、該鋳型の塩基配列の一部に対して相補的な第2のプライマーペアを用いて、リアルタイムPCRにより増幅および検出する工程、
を含む。
【0026】
この方法は、より一般的に述べると、第1のプライマーペアを用いて第1のPCR(1st PCR)を行った後に、第1のPCRの増幅産物(プロダクト)を鋳型として、一方のプライマーの内端(内側の端)が1st PCRの同側のプライマーの内端の内側に設計され、もう一方のプライマーの内端が1st PCRの同側のプライマーの内端と同一もしくはその内側となるよう設計された第2のプライマーペアを使用して、2nd PCRをリアルタイムPCRにより行なうものであり、「ネスティドリアルタイム(Nested Realtime)PCR」と称する。
【0027】
Nested Realtime PCRとの区別のため、以下、Realtime PCR 1回だけの増幅を行なう方法をSingle Realtime PCRと称する。なお、Semi-nested PCRとは、プライマーペアの一方は1st PCRと同じプライマーを使用し、もう一方は1st PCRと異なるプライマーを用いて2nd PCRを行なう方法であり、nested PCRの一形態である。
【0028】
第1の鋳型となる核酸は、対象とする遺伝子および増幅・検出方法に応じてDNA、亜硫酸水素塩(バイサルファイト)処理されたDNA、mRNA、またはmRNAを逆転写して得られたcDNAのいずれであってもよいが、特に、バイサルファイト処理されたDNAまたはmRNAを逆転写して得られたcDNAが好適に用いられる。
【0029】
本発明の方法により、マーカーの特異度が改善される。特異度とは、対象となるマーカーが、正常患者においては検出されない確率を意味する。一般的には、正常患者においては発現しないかメチル化が行われず、癌細胞においてのみ発現またはメチル化が行われる遺伝子をマーカーとすることにより、癌に対する特異度を改善することが望ましい。しかし、癌細胞において発現またはメチル化される遺伝子の多くは、正常細胞においても発現またはメチル化されることがある。このため、PCRにより正常細胞に由来するマーカー遺伝子が増幅される可能性があり、これは特異度を低下させる一因となり得る。したがって、癌細胞由来のマーカー遺伝子のみを検出すること、すなわち正常細胞由来のマーカー遺伝子が検出される確率を減少させることが、特異度を改善するための有効な手段の一つと考えられる。
【0030】
本発明のNested Realtime PCRにより、DNAメチル化解析とmRNA発現解析の両方において特異度の改善が認められた。さらに、本発明において、1st PCRのPCR産物のプロダクトサイズを増加させることにより、正常者サンプルにおけるマーカー遺伝子が検出される頻度が減少し、この方法により特異度の改善が可能であることを示した。
【0031】
また、本発明の方法により、マーカーの感度が改善される。感度とは、対象とするマーカーが、癌患者において検出される確率を意味する。公知の腫瘍マーカーの多くは、その腫瘍を罹患する患者全てにおいて発現が検出されるものではなく、一部の患者では検出されるが、他の患者では検出されないものが多い。これは、発癌進展に関わるシグナル経路が単一ではなく複数存在していることが一因と考えられる。したがって、陽性患者を正確に診断するために、マーカーの感度を改善することが望まれる。
【0032】
本発明のNested Realtime PCRにより、mRNA発現解析において、特異度の改善のみならず、感度の改善が認められた。したがって、本発明のNested Realtime PCRは、遺伝子マーカー解析において有用であることが明らかとなった。
【0033】
さらに、本発明者らは、癌細胞株のRNAから得られたcDNAについて、濃度の異なる8種のcDNA溶液を作成し、これらを使用して、半定量的ネスティドPCR、Single Realtime PCRおよびNested Realtime PCRについて、検出感度の比較を行なった。Nested Realtime PCRにおいては、他の2つの方法と比較し、より低濃度のcDNAを使用した場合においても、増幅が認められた。すなわち、Nested Realtime PCRは、より高い検出感度を有することが見出された。
【0034】
また、前記の方法において、工程(a)の後に第1のプライマーペアを用いて増幅されたDNAを精製する工程をさらに含むことが好ましい。1回目のPCR反応後の溶液中には、1回目のPCRの増幅により新たに得られたDNA、1回目のPCRで使用されず残ったプライマーやdNTPsの他に、正常細胞由来で、短く断片化され、1回目のPCRにより増幅されずに残ったDNAが含まれることが推測される。特に、正常細胞由来の短いDNAは、プロダクトサイズの大きな1回目のPCRでは増幅されず、プロダクトサイズの小さい2回目のPCRによってのみ増幅され、ネスティドPCRにおける特異度を低下させる要因となることが考えられる。本発明者らは、これらの短いDNAを除去することにより、マーカーとしての特異度を高めることができると考えた。カラムなどの公知の精製手段、例えばQIAquick(登録商標)PCR Purification Kit(QIAGEN)などを用いてもよい。
【0035】
本発明は、一態様において、癌細胞に特異的に発現する癌関連遺伝子のmRNAを検出するための方法を提供する。mRNAを検出する場合、試料中のmRNAを逆転写して得られたcDNAを第1の鋳型とする。癌関連遺伝子として、癌状態または癌細胞と関連する多数の遺伝子が報告されているが、それらのいずれを本発明の方法により検出してもよい。例としては、大腸癌のマーカーとなり得る遺伝子としてCOX-2、MYC p67、TGFB1、MMP7、IFITM1、IFITM2、MYBL2、TP53、FLNA、NLRP6およびIGF2が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、COX-2、MYC p67、TGFB1、MMP7、IFITM1が用いられる。
【0036】
本発明は、別の態様において、メチル化された癌抑制遺伝子DNAを検出する方法を提供する。腫瘍形成の一因として、癌抑制遺伝子のプロモーター領域がメチル化されることによって不活化することが知られており、MethyLight法などの公知の手段を用いてメチル化されたDNAを特異的に検出することにより、癌の診断に利用される。簡単に述べると、バイサルファイト処理により核酸中のメチル化されていないシトシン残基をウラシルに置換することによって、メチル化の有無を核酸配列の違いに変換し、メチル化された核酸配列に特異的なプライマーを用いてメチル化DNAを検出することができる。癌細胞においてDNAのメチル化が報告されている遺伝子として、SFRP1、SFRP2、HIC1、RASSF2、WIF1、VIM、TMEFF2、CDKN2A、MGMT、MLH1、APC、ATMおよびHLTFが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、SFRP1、SFRP2、HIC1、RASSF2、WIF1およびVIMが用いられる。
【0037】
また、本発明の別の態様において、癌遺伝子マーカーとして細胞のアポトーシスにより断片化されないDNAを検出する方法を提供する。糞便中の正常細胞由来のDNAは、アポトーシスにより断片化され、細胞が分解されることにより、細胞外環境の影響を受けて損傷が進行するのに対し、癌細胞の一部は、アポトーシスを起こさず腸管から剥離・脱落し、細胞の形態を保ったまま糞便中に排出されるため、癌細胞由来のDNAは、正常細胞由来のDNAと比較して、損傷が進まず保存状態が良好と考えられる。この便中に存在する癌細胞中のDNAと正常細胞由来のDNAの完全性(Integrity)の相違(具体的にはPCR産物の長さ)を利用した癌の検出方法として、DNA Integrity Assay(DIA:またはlong DNAとしても知られる)が報告されている。DIAは、比較的大きめの産物長を持つPCRを行なうことにより、癌細胞特異的なDNAを検出する方法である。ゲル泳動による半定量的Single PCR、またはSYBR Green などによるSingle Realtime PCRを使用したDIAの大腸癌の診断への利用について、いくつかの報告がなされている(例えば、Boynton et al., 2003, Clin Chem., 49(7):1058-65、特許公表2005-514073号公報を参照)。本発明の方法により、DIAの感度および特異度を改善することができる。
【0038】
また、本発明者らは、リアルタイムPCRを用いる場合、通常では設計されるプライマーの増幅産物のサイズ(プロダクトサイズ)が小さく、70〜150bp程度であることに着目した(例えば「リアルタイムPCR実験ガイド」、北条浩彦編、2007年、羊土社、p.61を参照)。一般に、プロダクトサイズが大きなプライマーはPCR効率が低くなるため、リアルタイムPCRには好ましくないと考えられている。一方、腫瘍マーカーの多くは、正常細胞においても発現もしくはメチル化することがあるため、従来の方法では、断片化された正常細胞由来のDNAを検出してしまい、擬陽性となる場合があった。
【0039】
以下に、従来の方法において用いられるPCRのプロダクトサイズをまとめる。
表1に示すとおり、従来の1回のみのPCR(single)による半定量的mRNA解析においては、PCR増幅産物のサイズは約150〜400bpの範囲に設定されるのに対し、リアルタイムPCRによる解析においては約60〜110と、非常に小さい範囲に設定される。また、表2に示すとおり、メチル化解析においては一般的に増幅産物のサイズの設定が小さく、リアルタイムPCRにおいては60〜140bp、半定量的PCRにおいても120〜230bpが用いられている。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
本発明者らは、血液・便などの試料中に混在する正常細胞由来成分および癌細胞由来成分のうち、正常細胞の細胞死(アポトーシス)により、正常細胞由来の核酸がDNA分解酵素やRNA分解酵素などにより速やかに分解されるのに対して、細胞死を起こしにくい癌細胞中の核酸は分解されず、比較的良好な状態で試料中に存在すると推測されることに着目した。本発明者らによる研究の結果、前記Nested Realtime PCRであれば、1回目のPCRにおいて増幅産物のサイズ(プロダクトサイズ)を大きく設定することができ、癌細胞に対する特異度を改善することが可能となることを見出した。さらに、当初は、1回目のPCRのプロダクトサイズを大きく設定することにより、前記Nested Realtime PCRにおいてPCR効率の低下により特異度は高くなるものの感度が低下すると予想されたが、本発明者らの研究の結果、RNA発現解析においては、特異度のみならず感度をも改善されるという、予想外の結果を得た。特に、COX-2を用いたmRNA発現解析では、PCR 増幅産物のサイズを大きくすることにより、顕著な特異度の改善が認められた.COX-2の増幅産物のサイズが462bpの解析では、感度71.4%、特異度95.7%であった。したがって、本発明の方法においては、第1のプライマーによって増幅されるDNAの塩基長が、約60bp〜1500bpの範囲、より好ましくは約150bp〜800bpの範囲である。
【0043】
また、上記方法において、工程(b)において、リアルタイムPCRにより増幅されたDNAを、蛍光標識などを利用した公知の検出システムにより検出することができる。蛍光標識試薬として、ハイブリダイゼーション法に用いるTaqMan(登録商標)プローブもしくはFRETプローブ、インターカレーション法に用いるSYBR(登録商標)Green、またはLUX法に用いるLUXTMプライマーなどが挙げられる。SYBR Greenは安価であるが、PCRの際に目的の配列以外の増幅により二本鎖DNAが生成された場合、この非特異的増幅も検出してしまうため、癌のスクリーニングの際の特異度の低下の原因となる可能性がある。TaqManプローブやFRETプローブでは、蛍光標識されたプローブが目的の特異的な配列にしかハイブリダイズしないため、非特異的増幅が生じても、これを検出する確立が低い。したがって、目的の配列に対する特異性が高いハイブリダイゼーション法を用いることが好ましく、好ましくはTaqManプローブもしくはFRETプローブを用い、より好ましくはTaqManプローブを用いる。
【0044】
第1のPCRを行なう目的の1つは、第2のPCRと比べてプロダクトサイズの大きなPCRを行なうことにより、癌細胞由来の鋳型にのみ特異的な増幅を行ない、癌検出の特異度を改善することである。第1のPCRについて、サイクル数少なすぎる場合には、この特異度を改善する効果が不十分となり得る。したがって、第一のPCRのサイクル数が極端に少ないことは望ましくない。
【0045】
一方、第1のPCRのサイクル数が多すぎる場合には、第1のPCRでの産物が増加し、第2のPCRでの鋳型の量が過剰となる。この場合には、第2のPCRで増幅が適切に行なわれなかったり、蛍光の検出が困難になったりするおそれがある。また定量的にリアルタイムPCRを行なう場合には、第1の増幅で、増幅曲線がプラトーに達してしまうとリアルタイムPCRによる定量性が損なわれる。したがって、第1のPCRのサイクル数が極端に多いことは望ましくない。
【0046】
第1のPCRについて、好適なサイクル数は、解析の方法、対象となる遺伝子、第1のPCRに用いる鋳型の量などにより異なるが、好ましくは10〜45サイクル、より好ましくは20〜35サイクルである。
【0047】
本発明の方法において、試料は、生体から採取された糞便、胆汁、胃液、十二指腸液、膵液、血液、胸水、腹水、髄液、骨髄液、尿、頚管分泌物、喀痰、組織、細胞、スワブなどであり、特に限定されないが、本発明の方法は、特に糞便などの粗製の試料から微量の癌関連遺伝子マーカーを検出するために非常に有効である。かかる試料からゲノムDNAを抽出・精製してメチル化解析に供するか、またはmRNAを抽出して逆転写酵素によりcDNAを得る。核酸の抽出および精製方法は特に限定されないが、例えば、国際公開WO2004/083856に記載の方法を用いて、RNA分解酵素阻害剤を用いて効率よくmRNAを抽出することができる。
【0048】
本発明の方法は、多様な遺伝子マーカーの存在を検出するために用いることができ、癌関連遺伝子、細菌またはウイルスなどの病原体に由来する遺伝子の検出に有用である。遺伝子マーカーにより診断が行い得る疾患または状態として、口腔・咽頭癌、喉頭癌、食道癌、胃癌、胃ポリープ、小腸腫瘍、大腸癌、大腸ポリープ、肝臓癌、胆のう・胆管癌、膵臓癌、肺癌、皮膚癌、前立腺癌、膀胱癌、腎癌、副腎癌、脳腫瘍、甲状腺癌、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病、乳癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、自己免疫性疾患(慢性関節リウマチ、全身性エリテマドーデス、乾癬など)、感染症(細菌感染、ウイルス感染など)が挙げられる。本発明の方法は、特に、大腸癌の診断において正確な診断をもたらすために有用である。
【0049】
本発明は、一態様において、大腸癌関連遺伝子マーカーの検出のためのキットを提供する。キットは、
COX-2、MYC-p67、TGFB1、IFITM1、IFITM2、MYBL2、TP53、FLNA、NLRP6およびIGF2から選択される遺伝子のcDNAに対して特異的な少なくとも1組の第1のプライマーペア、前記第1のプライマーペアにより増幅されるDNAの塩基配列の一部に対して相補的な少なくとも1組の第2のプライマーペア、およびリアルタイムPCRのための蛍光標識試薬を含む。蛍光標識試薬としては、前述のTaqManプローブ、FRETプローブ、SYBR Green、またはLUX法に用いるLUXプライマーなどが挙げられ、好ましくはTaqManプローブを用いる。
【0050】
キットは、複数の遺伝子の組合せを検出するための、それぞれ複数の第1および第2のプライマーペアを含んでもよい。特に、本発明者らは、大腸癌スクリーニングにおける糞便中RNA発現解析について、TGFB1とIFITM1という2つの遺伝子の組み合わせが極めて有用であることを見出した。TGFB1またはIFITM1で増幅が認められた場合に陽性と判断すると、感度は76.2%、特異度は91.3%であり、いずれかのマーカー単独でのスクリーニングに比べて、遙かに感度が高い。したがって、キットは、TGFB1およびIFITM1に対してそれぞれ特異的なプライマーペアを含んでもよい。
【0051】
本発明は、一態様において、本発明の方法による試料中の癌関連遺伝子マーカーの検出を自動化で行うための装置を提供する。装置は、
− 試料からDNAまたはRNAを抽出するための手段、
− 逆転写反応、PCRおよびリアルタイムPCRを行うための1または2以上のサーマルサイクラー、
− 第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを精製するための手段、および
− 第2のプライマーペアにより増幅されたDNAを検出するための分光蛍光光度計、
の1または2以上を備え、さらに、抽出したDNAまたはRNAの濃度を測定するための手段、およびバイサルファイト処理を行なうための手段を備えてもよい。
【実施例】
【0052】
以下の実施例は、本発明の方法について、さらに具体的に説明するものであり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。癌の治療および診断の分野において通常の知識および技術を有する者は、本発明の精神を逸脱しない範囲で、多様な改変を行うことができる。
【0053】
対象症例および検体の採取、保存
以下の実験は、上部および下部内視鏡検査前もしくは検査後の未治療の大腸癌患者21例(平均年齢:74.2歳、男性:14例、女性:7例、早期癌:4例、進行癌:17例)、および正常者23例(平均年齢:61.5歳、男性14例、女性9例)を対象とした。
対象となる患者に、研究の趣旨を説明し、同意書を取得した後、検体を採取した。検体は採取直後より氷上で冷却し、採取24時間以内に−80℃での保存を開始した。
【0054】
実施例1:Single Realtime PCRを用いた癌関連遺伝子マーカーの検出
DNAメチル化解析の方法
(1)DNAの抽出:糞便200mgから、QIAamp DNA Stool Mini Kit(Qiagen)を使用してDNAの抽出を行なった。抽出したDNAはNanoDrop 1000(Thermo Scientific)を使用して濃度測定を行なった。
(2)バイサルファイト処理:抽出したDNA 1000ngをMethylamp(Epigentek Group Inc.)を使用してバイサルファイト処理を行なった。バイサルファイト処理されたDNAはキット付属のModified DNA Elution 20μlを使用して溶出した。
【0055】
(3)MethyLight:上記のBisulfite DNAを鋳型とし、メチル化したDNAの配列にのみ特異的に結合する以下のプライマーとTaqManプローブを用いて、メチル化特異的(MSP)PCRをリアルタイムPCRを使用して行なった(MethyLight)。遺伝子については、大腸癌でのメチル化が報告されているRASSF2、HIC1、WIF1を使用し、ポジティブコントロールとして、ACTBを使用した。反応溶液はプライマー濃度0.40μM、プローブ濃度0.20μMとし、バイサルファイト処理DNA 2μl、QuantiTect Multiplex PCR Kit(Qiagen)10μlに蒸留水を加えて計20μlとした。リアルタイムPCRにはABI Prism 7000 Sequence Detection System(Applied Biosystems)を使用した。リアルタイムPCR反応条件は、ステージ1:1サイクル50℃ 2分、ステージ2:1サイクル95℃ 10分、ステージ3:50サイクル95℃ 15秒−アニーリング/伸長反応1分とし、アニーリング/伸長反応温度はACTB 62℃、RASSF2 60℃、HIC1 60℃、WIF1 60℃とした。
(4)判定:所定のサイクル終了までに増幅を検出した場合、メチル化陽性と判定した。
【0056】
【表3】

【0057】
RNA発現解析の方法
(1)RNAの抽出:1000mgの糞便から、Isogen(Nippon Gene)およびRNeasy kit(Qiagen)を使用し、前出のGastroenterology 2004の方法に従いRNAを抽出した。抽出したRNAはNanoDrop 1000(Thermo Scientific)を使用して、濃度測定を行なった。
(2)逆転写反応:糞便から抽出したRNA 1000ngから、SuperScript III RNase H−Reverse Transcriptase(Invitrogen)を使用し、逆転写反応を行なった。
【0058】
(3)リアルタイムPCR:逆転写反応により合成されたcDNAを鋳型とし、以下のプライマーおよびTaqManプローブを利用したリアルタイムPCRを行った.遺伝子については糞便中RNA解析の有用性が報告されているCOX2、および大腸癌細胞でmRNAの発現亢進が報告されているTGFB1を使用し、ポジティブコントロールとしてGAPDHを使用した。反応溶液はプライマー濃度0.40μM、プローブ濃度0.20μMとし、逆転写反応より生成されたcDNA 2μl、QuantiTect Multiplex PCR Kit(QIAGEN)S10μlに蒸留水を加えて計20μlとした。リアルタイムPCRにはABI Prism 7500 Sequence Detection System(AppliedBiosystems)を使用した。リアルタイムPCR反応条件は、Stage1:1サイクル 50℃ 2分、Stage2:1サイクル 95℃ 10分、Stage3:50サイクル 95℃ 15秒、60℃ 1分とした。
(4)判定:所定のサイクル終了までに増幅を検出した場合、発現陽性と判定した。
【0059】
【表4】

【0060】
結果
図1にメチル化解析の結果を示す。リアルタイムPCRによる正常患者23例に対するRASSF2、HIC1およびWIF1のメチル化解析の結果から算出された特異度(specificity)は、各々87%、87%および13%であり、大腸癌患者21例に対するメチル化解析の結果から算出された感度(sensitivity)は、各々47.6%、42.9%および71.4%であった。すなわち、リアルタイムPCRによるメチル化解析は、RASSF2およびHIC1については感度は低かったが、特異度はある程度高く、WIF1については感度は高かったが、特異度は低かった。この結果から、DNAメチル化解析を大腸癌スクリーニングに使用するには、特異度の高い遺伝子をいくつか組み合わせて使用する必要があると考えられた。
【0061】
図2にmRNA発現解析の結果を示す。COX-2は半定量的PCRを用いた便中RNA解析により、感度90.0%、特異度100%であったことが報告されている(Kanaokaら2004年、Gastroenterology、前出)。本発明者のサンプルを用いた解析では、同じ方法を用いて、感度が66.7%、特異度が91.3%であった。しかし、リアルタイムPCRを使用してCOX-2の検討を行うと、感度66.7%、特異度52.2%という結果となり、リアルタイムPCRを使用する場合には改良が必要であることが明らかとなった。また、大腸癌細胞においてmRNA発現が亢進しているとされるTGFB1は、感度は47.6%とやや低かったが、大腸癌に対する特異性が91.3%と高く、他の遺伝子と組み合わせて感度を改善することにより、糞便遺伝子解析を用いた大腸癌スクリーニングに有用と考えられた。
【0062】
実施例2:Nested Realtime PCRを用いた癌関連遺伝子マーカーの検出
Nested Realtime PCR:DNAメチル化解析の方法
(1)DNAの抽出とバイサルファイト処理:実施例1の方法に従い、糞便からゲノムDNAを抽出し、バイサルファイト処理を行なった。
(2)第1のPCR:実施例1において用いたリアルタイムPCR用のプライマーペア(第2のプライマーペア)の外側に設計した第1のプライマーペア(表5)を使用し、第1のPCR(MSP)を行なった。遺伝子については、実施例1と同様にRASSF2、HIC1、WIF1を使用し、ポジティブコントロールとして、ACTBを使用した。第一のPCRの反応溶液は、バイサルファイト処理DNA 2μlを鋳型とし、プライマー濃度はそれぞれ0.1μM、AccuPrime Taq DNA Polymerase High Fidelity(Invitrogen)0.2μl、10×AccuPrime PCR BufferI(Invitrogen)2μl、に蒸留水を加えて計20μlとした。PCR反応にはGeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems)を使用した。温度条件は、Stage1:1サイクル 94℃ 5分、Stage2:94℃ 30秒、アニーリング 30秒、72℃ 30秒、Stage3:1サイクル 72℃ 7分とし、Stage2のサイクル数はACTB 25サイクル、RASSF2 30サイクル、HIC1 30サイクル、WIF1 30サイクル、Stage2のアニーリング温度はACTB 54℃、RASSF2 56℃、HIC1 56℃、WIF1 60℃とした。
【0063】
(3)精製:第1のPCRの産物はQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を使用して精製し、付属のBuffer EB 50μlに溶出した。
(4)第2のPCR(MethyLight):上記の精製産物を第2のPCRの鋳型として、実施例1で使用したものと同じ配列のプライマーペアとTaqManプローブを用いて第2のリアルタイムPCR(MethyLight)を施行した。反応溶液は、上記の精製産物2μlを鋳型とし、各プライマー濃度0.40μM、プローブ濃度0.20μM、QuantiTect Multiplex PCR Kit(Qiagen)10μlに蒸留水を加えて計20μlとした。リアルタイムPCRにはABI Prism 7000 Sequence Detection System(Applied Biosystems)を使用した。リアルタイムPCR反応条件は、Stage1:1サイクル50℃ 2分、Stage2:1サイクル95℃ 10分、Stage3:95℃ 15秒−アニーリング/伸長反応 1分とし、Stage3については、ACTB 50サイクル、RASSF2 40サイクル、HIC1 50サイクル、WIF1 50サイクルとし、アニーリング/伸長反応温度はACTB 62℃、RASSF2 60℃、HIC1 60℃、WIF1 60℃とした。
(5)判定:所定のサイクル終了までに増幅を検出した場合、メチル化陽性と判定した。
【0064】
【表5】

【0065】
Nested Realtime PCR:RNA発現解析の方法
(1)RNAの抽出と逆転写反応:実施例1の方法に従い、糞便からRNAを抽出し、逆転写反応を行なった。
(2)第1のPCR:実施例1において用いたリアルタイムPCR用のプライマーペア(第2のプライマーペア)の外側に設計した第1のプライマーペア(表6)を使用し、第1のPCRを行なった。遺伝子については、実施例1と同様にCOX2、TGFB1を使用し、ポジティブコントロールとしてGAPDHを使用した。第一のPCRの反応溶液は、cDNA 2μlを鋳型とし、プライマー濃度はそれぞれ0.1μM、AccuPrime Taq DNA Polymerase High Fidelity(Invitrogen)0.2μl、10×AccuPrime PCR BufferI(Invitrogen)2μl、に蒸留水を加えて計20μlとした。PCR反応にはGeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems)を使用した。温度条件は、Stage1:1サイクル 94℃ 5分、Stage2:94℃ 30秒、アニーリング 30秒、72℃ 30秒、Stage3:1サイクル 72℃ 7分とし、Stage2のサイクル数はGAPDH 20サイクル、TGFB1 20サイクル、COX2 20サイクル、Stage2のアニーリング温度はGAPDH 57℃、TGFB1 57℃、COX2 56℃とした。
【0066】
(3)精製:第1のPCRの産物はQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を使用して精製し、付属のBuffer EB 50μlに溶出した。
(4)第2のPCR(リアルタイムPCR):上記の精製産物を第2のPCRの鋳型として、実施例1で使用したものと同じ配列のプライマーペアとTaqManプローブを用いて第2のリアルタイムPCRを施行した。反応溶液は、上記の精製産物2μlを鋳型とし、各プライマー濃度0.40μM、プローブ濃度0.20μM、QuantiTect Multiplex PCR Kit(Qiagen)10μlに蒸留水を加えて計20μlとした。リアルタイムPCRにはABI Prism 7500 Sequence Detection System(Applied Biosystems)を使用した。リアルタイムPCR反応条件は、Stage1:1サイクル50℃ 2分、Stage2:1サイクル 95℃ 10分、Stage3:50サイクル 95℃ 15秒−60℃ 1分とした。
(5)判定:所定のサイクル終了までに増幅を検出した場合、発現陽性と判定した。
【0067】
【表6】

【0068】
結果
図3に、DNAメチル化解析の結果を示す。1回のみのリアルタイムPCR(以下、Single Realtime PCRとする)を行なった場合(single)と比較して、Nested Realtime PCRを行なった場合(nested)、特異度は改善され、感度は一部低下する傾向が見られた。一方、RNA発現解析においては、Nested Realtime PCRにより、感度、特異度ともに改善される傾向が観察された。
【0069】
実施例3:PCR増幅産物のサイズと感度および特異度との関係
前述の研究によりDNAメチル化解析では、Nested Realtime PCRにより、特異度の改善が認められた。また、RNA発現解析については、Nested Realtime PCRにより、感度および特異度の改善が認められた。
【0070】
本発明者らは、Nested Realtime PCRの第1のPCRにおいて複数のプライマーペアによる比較検討を行った。その結果、第1のPCRのプライマーペアの相違により、第2のPCRの増幅結果に変動が観察され、このことから、第1のPCRの増幅産物のサイズ(塩基長)により、感度、特異度が変化する可能性が考えられた。この点を明らかにするため、第1のPCRについて、増幅産物のサイズが異なるいくつかのプライマーペアを使用し、第1のPCRの増幅産物のサイズと大腸癌スクリーニングにおける感度および特異度との関係について検討を行った。
【0071】
DNAメチル化解析の方法
HIC1、WIF1、RASSF2遺伝子について、2nd PCR(MethyLight)用のプライマーペアの外側に、増幅産物のサイズが異なる複数の1st PCR(MSP)用のプライマーペアを設計した。
【0072】
【表7】

【0073】
前述の方法に従い糞便からゲノムDNAを抽出し、バイサルファイト処理を行った。その後、複数のプライマーペアを使用し、それぞれ1st PCR(MSP)を行った。1st PCRの産物を、QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を使用して精製した。精製後、2nd PCRとして、リアルタイムPCR(MethyLight)を施行し、判定を行った。1st PCRの増幅産物のサイズと大腸癌スクリーニングの感度および特異度との関係を検討した。
【0074】
RNA発現解析の方法
COX-2、TGFB1およびGAPDHのmRNA増幅のために、実施例1において用いた第2のPCR(リアルタイムPCR)用のプライマーペアの外側に増幅産物のサイズの異なる複数の第1のPCR用のプライマーペアを設計した。
【0075】
【表8】

【0076】
前述の方法に従い糞便からRNAを抽出し、逆転写反応を行った。その後、複数のプライマーペアを使用し、それぞれ1st PCRを行った。1st PCRの産物は、QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を使用して精製した。精製後、2nd PCRとして、リアルタイムPCRを行い、判定を行った。1st PCRの増幅産物のサイズと大腸癌スクリーニングの感度および特異度との関係を検討した。
【0077】
結果
図5〜7に、DNAメチル化解析の結果を示す。いずれの遺伝子についてもPCR増幅産物のサイズを増大させると、感度は低下し、特異度は上昇する傾向が見られた。感度の低下の原因としては、PCR増幅産物のサイズの増大によるPCR効率の低下、バイサルファイト処理によるDNAの損傷、1st PCRのプライマーに対応したDNA配列のメチル化の有無などが影響を与えているものと推測される。RASSF2 380bp、RASSF2 305bp、HIC1 350bpではそれぞれ正常サンプルの10%でのみ増幅が見られ、大腸癌サンプルの30〜40%で増幅が見られた。特に、RASSF2については、第1のPCRの増幅産物が277bpである場合の特異性は60%であるのに対して、305bpおよび380bpの場合の特異性はいずれも90%となり著しく改善されたが、一方、感度は277bpである場合の40%に対して各々30%および40%と、さほど低下しなかった。HIC1についても同様であり、第1のPCRの増幅産物が250〜300bpを超えると、特異度の著しい改善が見られたのに対して、感度はさほど低下しなかった。
【0078】
図8〜10に、mRNA発現解析の結果を示す。PCR増幅産物のサイズの増大に伴い、正常サンプル、癌サンプルともに増幅の見られる頻度は低下したが、その低下の割合は癌サンプルの方が正常サンプルに比較して小さかった(すなわち、特異度の向上の程度に比べて、感度の低下の程度が低かった)。この傾向はCOX-2において特に著明であり、増幅産物のサイズ88bpでは感度81%、特異度52.2%であるのに対して、増幅産物のサイズ462bpでは感度71.4%、特異度95.7%であり、特異度が飛躍的に改善されたのに対して、感度の低下は僅かであった。
【0079】
これらの結果から、大腸癌スクリーニングにおいて、DNAメチル化解析またはmRNA発現解析のいずれにおいても、また標的とする遺伝子マーカーに関係なく、ネスティドPCRまたはリアルタイムPCRの分野において一般に用いられる第1のプライマーペアによる増幅産物またはリアルタイムPCRの鋳型DNAと比較して大きな(例えば150bp〜300bp以上)増幅産物のサイズを持つプライマーペアを用いて第1のPCRを行うことが、感度の低下を考慮しても、特異度の向上のために有用であることが明らかとなった。
【0080】
考察
先に述べたように、糞便中の癌細胞は正常細胞に比べてアポトーシスを起こしにくく、そのDNAの保存性が高いと考えられている。上記の結果から、便中RNAについても、これに類似した性質があると考えられる。
【0081】
実施例4:RNA発現解析に有効な遺伝子の検索
大腸癌スクリーニングにおける糞便中RNA発現解析について、これまでにCOX-2、MYCなどの有用性の報告がされているが、他の遺伝子の有用性については不明な点も多い。この研究においては、正常細胞においてRNA発現の頻度が低く、大腸癌細胞においてRNAの発現が亢進している遺伝子について、糞便中RNA発現解析の有用性を検討することを目的とした。
【0082】
また、高い感度および特異度を有する大腸癌スクリーニングの方法を開発することを目的として、スクリーニングにより癌マーカーとしての有用性が考えられる遺伝子については、前述のNested Realtime PCRとその第1のPCRの増幅産物のサイズについての検討を行った。
【0083】
材料と方法
大腸癌細胞でmRNAの発現が亢進しているとされる数十種類の遺伝子について、正常サンプルと大腸癌サンプルの便から抽出したRNAを使用し、RT-PCRを行った。TGFβ1については前述の増幅産物のサイズが188bpのプライマーペア(F2およびR1)を使用した。IFITM1についても数種類のプライマーペアを用いて検討し、最も良い結果の得られた以下のプライマーを使用した。IFITM1の増幅産物のサイズについては、第1のPCRが345bp、第2のリアルタイムPCRが161bpである。IFITM1のPCR反応条件については、第1のPCRが、Stage1:1サイクル 94℃ 5分、Stage2:35サイクル 94℃ 30秒、57℃ 30秒、72℃ 30秒、Stage3:1サイクル 72℃ 7分とし、第2のリアルタイムPCRが Stage1:1サイクル50℃ 2分、Stage2:1サイクル95℃ 10分、Stage3:30サイクル 95℃ 15秒−56℃ 1分とした。PCR反応条件以外については、実施例2と同じ方法を使用した。
【0084】
【表9】

【0085】
結果と考察
図11に、TGFβ1とIFITM1との組み合わせによるmRNA発現解析の結果を示す。IFITM1またはTGFβ1を単独で用いる場合、上記の増幅産物のサイズを調整することにより特異度はいずれも改善されているが、感度はそれぞれ47.6%および57.1%であった。しかし、これらを組み合わせた結果、感度が76.2%に改善することが明らかとなった。一方、これらを組み合わせた場合の特異度は91.3%であり、IFITM1単独で用いた場合の特異度91.3%と比べて低下が見られなかった。すなわち、本発明のNested Realtime PCRによる大腸癌スクリーニングにおいて、マーカー遺伝子を組み合わせることにより、スクリーニングの感度および特異度の両方を著しく改善し得ることが明らかとなった。
【0086】
本実施例では、TGFB1またはIFITM1で増幅が見られた場合に、陽性と判定した。複数の遺伝子を組み合わせて使用する場合には、このような判定法以外に、複数の遺伝子のうちのいくつかで、同時に増幅が見られた場合に陽性と判定する方法も考えられる。このような判定法を用いるときには、1つの遺伝子マーカーについて、特異度が多少低下しても、感度を上げることが望ましいと考えられる。このような場合には、本発明の方法を用いると、第1のPCRの増幅産物のサイズをやや小さめに設定することによって、そのような効果が期待される。
【0087】
このように、スクリーニングの目的や使用する遺伝子の組み合わせに応じて、第1のPCRのプライマーペアを変更することにより、1つの遺伝子マーカーについての感度、特異度の調節が可能となることが本発明の特徴の1つと考えられる。
【0088】
実施例5:PCRの方法と検出感度についての検討
以下の3つの方法について、癌細胞株から抽出したRNAを使用し、COX-2 mRNA発現の検出感度についての比較検討を行なった。
(A)ゲル泳動による半定量的ネスティドPCR(以下、semi-quantitative nested PCRとする)
(B)1回のみのリアルタイムPCR(Single Realtime PCR)
(C)本発明のNested Realtime PCR
【0089】
癌細胞株5種(HT29、WiDr、Colo201、BM314、DLD1)から、RNeasy Plus Mini kit(Qiagen)を使用してRNA抽出を行なった。抽出したRNA 1μgから、SuperScript III RNase H-reverse Transcriptase(Invitrogen)を使用して逆転写反応を行なった。
生成されたcDNAを、原液の濃度(1.0×10)、それぞれ原液の10倍希釈(1.0×10−1)、10倍希釈(1.0×10−2)、10倍希釈(1.0×10−3)、10倍希釈(1.0×10−4)、10倍希釈(1.0×10−5)、10倍希釈(1.0×10−6)、10倍希釈(1.0×10−7)、10倍希釈(1.0×10−8)の濃度に調製した。各濃度のcDNAを、前述の(A)、(B)および(C)のPCRにおける鋳型として各2μlずつ使用した。
【0090】
(A)semi-quantitative nested PCRについては、前出のGastroenterology 2004に記載の方法を用い、ポリメラーゼとしてAccuPrime Taq DNA Polymerase high fidelity(Invitrogen)を使用した。アガロースゲル電気泳動によりバンドが観察された場合、陽性と判定した。
(B)Single Realtime PCRおよび(C)Nested Realtime PCRについては、実施例1のリアルタイムPCRと同じ方法を用い、(C)Nested realtine PCRの1st PCRについては、実施例3の検討において最も特異度の高い結果の得られたCOX-2用のF6とR2のプライマーペア(462bp)を使用した。リアルタイムPCRにて増幅が見られたものを陽性と判定した。
【0091】
結果と考察
図12は、上記1.0×10(1)〜1.0×10−8の各濃度の鋳型cDNAを用いて(A)〜(C)の方法によりPCRを行った結果を示す表である。増幅が確認された濃度を灰色または黒色で示す。図13は、(A)によるDLD1のPCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真、図14および図15は、(B)および(C)のリアルタイムPCRによるDLD1の増幅曲線である。(A)では、1×10−2の濃度まで明確なバンドが、1×10−3の濃度では不明瞭ながらバンドが観察された。(B)では1×10−3の濃度までの増幅曲線が見られた。これに対して、(C)では、1×10−5の濃度までの増幅曲線が観察された。これらの結果から、(A)semi-quantitative nested PCRと(B)Single Realtime PCRとでは、検出感度に大きな相違は認められなかったが、この2つの方法と比較して、(C)Nested Realtime PCRでは、全ての細胞株において、より微量なテンプレートを検出することができた。
【0092】
この検討におけるNested Realtime PCRでは、1st PCRにおいて、プロダクトサイズが462bpのプライマーペアを使用した。このプライマーペアは、糞便中RNA発現解析で使用したプライマーペアの中でも最も特異度の高いものの1つであった。(A)semi-quantitative nested PCRの1st PCRのプロダクトサイズは201bp、(B)Single Realtime PCRのプロダクトサイズは89bpであり、これらと比較して(C)Nested Realtime PCRの1st PCRのプロダクトサイズは大きく、実験前には、PCR効率の低下のため、検出感度が低下することも予想された。しかし実際には、Nested Realtime PCRにより、テンプレートの検出感度の改善が認められた。これはNested Realtime PCRにより、PCRサイクル数の増加が可能となったことが、1st PCRのPCR効率低下に比べて、より大きな影響を与えるためと推測される。癌検出において、Nested Realtime PCRはSemi-quantitative nested PCRやSingle Realtime PCRと比べて、特異度を改善するのみでなく、感度を改善しうることが示唆された。
【0093】
比較例:半定量的nested PCRによる糞便中COX-2のmRNA発現解析
大腸癌患者21名、正常者23名の糞便サンプルから生成したcDNAを鋳型として使用し、アガロースゲル電気泳動による半定量的nested PCRにより、糞便中のCOX-2のmRNA発現解析を行なった。半定量的PCRは、前出のGastroenterology 2004に記載されるものと同じ方法により行い、ポリメラーゼとしてAccuPrime Taq DNA Polymerase high fidelity(Invitrogen)を使用した。アガロースゲル電気泳動にてバンドが観察されたものを陽性と判定した。
【0094】
結果および考察
図16は、Semi-quantitative nested PCRによるCOX-2発現解析の結果を示すアガロース電気泳動の写真である。各レーンの上にサンプル名を示し、バンドが観察されたレーンの下に十字のマークを示す。電気泳動において、正常者サンプル23例中2例にバンドが見られ、癌患者21例中14例にバンドが認められた。この結果から、大腸癌スクリーニングにおける感度は66.7%、特異度は91.3%であった。したがって、糞便中のCOX-2発現解析は大腸癌スクリーニングにおいて、有用であると考えられた。
【0095】
しかしながら、電気泳動のバンドを比較すると、N3、T6、T8、T9、T11、T12、T13、T15、T17、T19、T21においては明瞭なバンドが認められるが、N16、T1、T7、T18、T20においてはバンドが不明瞭である。不明瞭なバンドが見られたサンプルは、明瞭なバンドが見られたサンプルと比較して、鋳型の量が少なく、PCR終了時の増幅産物も少量であったため、バンドが不明瞭になった可能性が考えられる。このようなサンプルは、使用するPCR装置や蛍光検出の際の条件の相違により、バンドが検出されたり検出されなかったりし、再現性に問題がある可能性がある。したがって、ゲル泳動による半定量的PCRを用いての癌検出方法においては、再現性の改善の必要がある。
【0096】
実施例6:Nested Realtime PCR による DNA Integrity Assay(DIA)
癌細胞由来のDNAが正常細胞由来のDNAと比較して糞便中での保存性が高いことを利用して、癌細胞由来のDNAを検出するDNA Integrity Assay(long DNA)について、先に述べた。本発明者らは、Nested Realtime PCRを使用したDIAの有用性についての検討を行なった。
【0097】
方法
(1)DNAの抽出:実施例1の方法に従い、糞便からゲノムDNA(gDNA)を抽出した。gDNAの溶出にはBuffer AE 200μlを使用した。
(2)第1のPCR:プライマーの設計にはAPCの遺伝子領域を使用した。第1のPCRには、リアルタイムPCR用のプライマーペア(第2のプライマーペア)の外側に設計した、夫々164bp、415bp、1036bp、1325bp、1946bpと産物長の異なる5組の第1のプライマーペアを使用した。
【0098】
【表10】

【0099】
第一のPCRの反応溶液は、抽出したgDNA 2μlを鋳型とし、プライマー濃度はそれぞれ0.1μM、AccuPrime Taq DNA Polymerase High Fidelity(Invitrogen)0.2μl、10×AccuPrime PCR Buffer(Invitrogen)2μl、に蒸留水を加えて計20μlとした。PCR反応にはGeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems)を使用した。温度条件は、Stage1:1サイクル94℃5分、Stage2:25サイクル 94℃90秒、57℃90秒、72℃90秒、Stage3:1サイクル 72℃7分とした。
(3)精製:第1のPCRの産物はQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を使用して精製し、付属のBuffer EB 50μlで溶出した。
【0100】
(4)第2のPCR(リアルタイムPCR):上記の精製産物を鋳型として、第2のプライマーペアとTaqManプローブを用いてリアルタイムPCRを施行した。反応溶液は、上記の精製産物2μlを鋳型とし、各プライマー濃度0.40μM、プローブ濃度0.20μM、QuantiTect Multiplex PCR Kit(Qiagen)10μlに蒸留水を加えて計20μlとした。リアルタイムPCRにはABI Prism 7000 Sequence Detection System(Applied Biosystems)を使用した。リアルタイムPCR反応条件は、Stage1:1サイクル 50℃2分、Stage2:1サイクル 95℃10分、Stage3:50サイクル 95℃15秒−60℃1分とした。
(5)判定:40サイクル終了までに増幅を検出した場合、陽性と判定した。
【0101】
結果
図17に結果を示す。第1のPCRの産物長が415bpの場合には、癌患者サンプル5例中4例で陽性、正常者サンプル9例中1例のみが陽性であった。この結果は今回検討した5種類の第1のPCRの産物長の中で、癌を検出するために、最も好ましい結果であった。また、第1のPCRの産物長が1036bpの場合には、癌患者サンプル5例中3例で陽性、正常者サンプル9例中1例で陽性であった。
【0102】
考察
先に述べたとおり、Taqmanプローブを用いたリアルタイムPCRでは、通常、最大でも産物長が150bp程度までのプライマーペアを使用することが望ましいとされ、それ以上に産物長を大きくするとPCR効率が低下し、適切な増幅が得られないと考えられている。今回の検討においては、第1のPCRの産物の長さが164bpの場合が、この150bp程度という条件に最も近いと考えられる。しかし第1のPCRの産物の長さが164bpの場合には、415bpの場合と比べて、正常者サンプルでの陽性頻度が増加しており、150bp程度の産物の長さのPCRでDIA解析を行なう場合には、正常者サンプルでの陽性頻度が増加し、スクリーニングの特異度が低下すると考えられる。
【0103】
このような問題に対して、500bp、1000bpといった150bpより大きな産物の長さの第1のPCRを行ない、癌細胞由来のgDNAのみに特異的な増幅を行なった後に、その産物を150bp以下の産物の長さのプライマーペアを使用した第2のリアルタイムPCRで検出するNested Realtime PCRは有効な解決策であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の方法は、生体試料、特に血液や便などの粗製試料中の、遺伝子マーカーを、高い感度および特異度で検出することを可能にするので、悪性腫瘍や感染症などの迅速診断において有用である。また、本発明の方法は、かかる診断に有用なマーカー遺伝子のスクリーニングにおいても有用である。さらに、本発明の方法は、良性腫瘍、膠原病、アレルギー性疾患などの遺伝子診断においても利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の癌関連遺伝子マーカーを検出するための方法であって、
(a)試料中の核酸を第1の鋳型として、前記癌関連遺伝子マーカーに特異的な第1のプライマーペアを用いてPCRにより増幅する工程、および
(b)前記第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを第2の鋳型として、該鋳型の塩基配列の一部に対して相補的な第2のプライマーペアを用いて、リアルタイムPCRにより増幅および検出する工程、
を含む、前記方法。
【請求項2】
核酸が、DNA、バイサルファイト処理されたDNA、mRNA、またはmRNAを逆転写して得られたcDNAから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(a)の後に、第1のプライマーペアを用いて増幅されたDNAを精製する工程をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
第1のプライマーペアによって増幅されるDNAの塩基長が約60bp〜1500bpである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
第1のプライマーペアによって増幅されるDNAの塩基長が約150bp〜800bpである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
工程(b)において、検出が、TaqManプローブを用いて行われる、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
工程(a)において、PCRのサイクル数が10〜45サイクルである、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
試料が、糞便、胆汁、胃液、十二指腸液、膵液、血液、胸水、腹水、髄液、骨髄液、尿、頚管分泌物、喀痰、組織、細胞、スワブからなる群より選択される、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
口腔・咽頭癌、喉頭癌、食道癌、胃癌、胃ポリープ、小腸腫瘍、大腸癌、大腸ポリープ、肝臓癌、胆のう・胆管癌、膵臓癌、肺癌、皮膚癌、前立腺癌、膀胱癌、腎癌、副腎癌、脳腫瘍、甲状腺癌、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病、乳癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌からなる群より選択される疾患または状態を診断するための、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
癌関連遺伝子マーカーが、癌関連遺伝子のmRNAである、請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
癌関連遺伝子マーカーが、COX-2、MYC p67、TGFB1、MMP7、IFITM1、(IFITM2、MYBL2、TP53、FLNA、NLRP6、IGF2)から選択される遺伝子のmRNAである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
癌関連遺伝子マーカーが、メチル化された癌抑制遺伝子DNAである、請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
癌関連遺伝子マーカーが、SFRP1、SFRP2、HIC1、RASSF2、WIF1、VIM、TMEFF2、CDKN2A、MGMT、MLH1、APC、ATMおよびHLTFから選択される遺伝子のメチル化されたDNAである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
COX-2、MYC-p67、TGFB1、MMP7、IFITM1、IFITM2、MYBL2、TP53、FLNA、NLRP6およびIGF2から選択される遺伝子のcDNAに対して特異的な少なくとも1組の第1のプライマーペア、
前記第1のプライマーペアにより増幅されるDNAの塩基配列の一部に対して相補的な少なくとも1組の第2のプライマーペア、および
リアルタイムPCRのための蛍光標識試薬
を含む、大腸癌スクリーニングのためのキット。
【請求項15】
請求項1〜13のいずれかに記載の方法による試料中の癌関連遺伝子マーカーの検出を自動化で行うための装置であって、
− 試料からDNAまたはRNAを抽出するための手段、
− 抽出したDNAまたはRNAの濃度を測定するための手段、
− 逆転写反応、PCRおよびリアルタイムPCRを行うための1または2以上のサーマルサイクラー、
− 第1のプライマーペアにより増幅されたDNAを精製するための手段、および
− 第2のプライマーペアにより増幅されたDNAを検出するための蛍光光度計、
の1または2以上を備える、前記装置。
【請求項16】
さらにバイサルファイト処理を行なうための手段を備える、請求項15に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図17】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−161984(P2010−161984A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−7969(P2009−7969)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(509017701)
【出願人】(509017712)
【Fターム(参考)】