説明

発光素子

【課題】量子ドットの単分子膜からなる発光層を有する発光素子において、その輝度と発光効率を高めた発光素子を提供する。
【解決手段】少なくとも、陽極3と、正孔輸送層6と、量子ドット11の単分子膜からなる発光層5と、電子輸送層7と、陰極4とをその順で有する発光素子1であって、正孔輸送層6の正孔移動度を電子輸送層7の電子移動度よりも小さくし、正孔輸送層6が電子ブロック機能を有するように構成して、上記課題を解決した。このとき、正孔輸送層6のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値が、発光層5のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値よりも顕著に小さいように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光素子に関し、更に詳しくは、量子ドットの単分子膜からなるEL発光層を有する発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネセンス素子(以下、有機EL素子ともいう。)は、陽極と陰極との間に有機発光層を挟んだ積層構造を有する発光素子であり、陽極から注入された正孔と陰極から注入された電子とが発光層内で起こる再結合に起因して生じる発光を利用した自発光デバイスである。こうした有機EL素子の課題は、有機発光層を構成する発光材料の長寿命化と発光効率の向上であり、現在、その課題克服のための研究が活発に行われている。
【0003】
一方、粒径によって発光色が規制される半導体微粒子(「量子ドット」と呼ばれている。)をEL発光材料として用いた発光デバイスが提案されている(例えば、非特許文献1及び特許文献1を参照)。これらの文献には、量子ドットの代表例として、CdSeからなるコアと、その周囲に設けられたZnSシェルと、さらにその周囲に設けられたキャッピング化合物とで構成されたものが例示されている。この量子ドットを発光材料として用いた発光素子は、上記の有機EL材料を用いた発光素子よりも長寿命であるという利点がある。
【0004】
しかし、非特許文献1の図1に示されているように、同文献で提案された発光素子が有する発光層は量子ドットの単分子膜であるので、両電極から供給された電荷が再結合して生じた励起子がその単分子膜に到達してEL発光に消費される機会が乏しく、十分な輝度と発光効率を達成できないという問題がある。なお、同文献では、発光層と電子輸送層との間に正孔ブロック層を設けて発光層内での再結合の確率を上げようとした例も提案されているが、十分に高い輝度と発光効率をもたらしてはいない。
【非特許文献1】Seth Coe et.al., Nature, 420, 800-803(2002)
【特許文献1】特表2005−522005号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、十分な輝度と発光効率を達成するため、上記非特許文献1とは異なる観点から検討した結果達成されたものであって、その目的は、量子ドットの単分子膜からなる発光層を有する発光素子において、その輝度と発光効率を高めた発光素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明の発光素子は、少なくとも、陽極と、正孔輸送層と、量子ドットの単分子膜からなる発光層と、電子輸送層と、陰極とをその順で有する発光素子であって、前記正孔輸送層の正孔移動度は前記電子輸送層の電子移動度よりも小さく、該正孔輸送層が電子ブロック機能を有することを特徴とする。
【0007】
この発明によれば、正孔輸送層の正孔移動度を電子輸送層の電子移動度よりも小さくし、その正孔輸送層を電子ブロック機能を有するように構成したので、陰極から供給され、正孔輸送層と発光層との界面に到達した電子は、陽極から供給された正孔と、その界面又は界面近傍で再結合することになる。その結果、その再結合によって発生した励起子は発光層内の量子ドットをEL発光させるように消費されるので、発光効率が向上する。
【0008】
本発明の発光素子の好ましい態様として、前記正孔輸送層のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値が、前記発光層のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値よりも小さいように構成する。
【0009】
本発明の発光素子の好ましい態様として、前記正孔輸送層がTPDを正孔輸送性材料として含み、前記電子輸送層がフラーレンを電子輸送性材料として含むように構成する。
【0010】
本発明の発光素子の好ましい態様として、前記発光層は、前記正孔輸送層を構成する正孔輸送性材料と前記量子ドットとの混合液から該量子ドットを相分離してなるように構成する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の発光素子によれば、陰極から供給された電子と陽極から供給された正孔とは、正孔輸送層と発光層との界面又は界面近傍で再結合するので、その再結合によって発生した励起子は発光層内の量子ドットをEL発光させるように消費される。その結果、輝度と発光効率を向上させることができる。こうした発光素子は、高い発光効率を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の発光素子の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施形態及び図面に限定解釈されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の発光素子の一例を示す模式断面図であり、図2は、本発明の発光素子の発光原理を説明するための模式図である。本発明の発光素子1は、図1に示すように、少なくとも、陽極3と、正孔輸送層6と、量子ドット11の単分子膜からなる発光層5と、電子輸送層7と、陰極3とをその順で有するものである。そして、その正孔輸送層6の正孔移動度は、電子輸送層7の電子移動度よりも小さく、その正孔輸送層6が電子ブロック機能を有するように構成するようにした。
【0014】
なお、発光素子1を構成する下記の構成要素を選択し、また、反射層等を設けることにより、トップエミッション型の素子として構成してもよいし、ボトムエミッション型の素子として構成してもよい。
【0015】
次に、本発明の発光素子1の構成要素について詳しく説明するが、以下の具体例のみに限定解釈されるものではない。なお、以下において、「上」「下」との表現を使う場合、図1を平面視した場合における上側が「上」の意味であり、下側が「下」の意味である。
【0016】
(基材)
基材2は、図1の例では陽極3の下地基材として設けられているが、特に図1の例に限定されず、陰極4の上側に設けられていてもよいし、その両方に設けられていてもよい。基材2の透明性は光の出射方向によって任意に選択され、ボトムエミッション型の発光素子とする場合には、図1に示す基材2は透明である必要がある。基材の種類や形状、大きさ、厚さ等の構造は特に限定されるものではなく、発光素子1の用途や基材上に積層する各層の材質等により適宜決めることができる。例えば、Al等の金属、ガラス、石英又は樹脂等の各種の材料からなるものを用いることができる。具体的には、例えば、ガラス、石英、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリメタクリレート、ポリメチルメタクリレート、ポリメチルアクリレート、ポリエステル、ポリカーボネート等を挙げることができる。また、基材2の形状としては、枚葉状でも連続状でもよく、具体的には、例えばカード状、フィルム状、ディスク状、チップ状等を挙げることができる。
【0017】
(電極)
陽極3,陰極4は、EL発光材料である量子ドット11を発光させるための正孔と電子を供給するための電極であり、通常は、図1に示すように、陽極3は基材2上に設けられ、陰極4は少なくとも発光層5と電子輸送層7を陽極との間に挟んだ状態で、その陽極3に対向して設けられる。
【0018】
陽極3としては、金属、導電性酸化物、導電性高分子等の薄膜が用いられる。具体的には、例えば、ITO(インジウム錫オキサイド)、酸化インジウム、IZO(インジウム亜鉛オキサイド)、SnO、ZnO等の透明導電膜、金、クロムのようなホール注入性が良好な仕事関数の大きな金属、ポリアニリン、ポリアセチレン、ポリアルキルチオフェン誘導体、ポリシラン誘導体のような導電性高分子等を挙げることができる。こうした陽極3は、真空蒸着、スパッタリング、CVD等の真空プロセスあるいは塗布により形成することができ、その膜厚は使用する材料等によっても異なるが、例えば10nm〜1000nm程度であることが好ましい。
【0019】
陰極4としては、金属、導電性酸化物、導電性高分子等の薄膜が用いられる。具体的には、例えば、アルミ、銀等の単体金属、MgAg等のマグネシウム合金、AlLi、AlCa、AlMg等のアルミニウム合金、Li、Caをはじめとするアルカリ金属類、それらアルカリ金属類の合金のような電子注入性が良好な仕事関数の小さな金属等を挙げることができる。陰極4は、上述した陽極3の場合と同様、真空蒸着、スパッタリング、CVD等の真空プロセスあるいは塗布により形成され、その膜厚は使用する材料等によっても異なるが、例えば10nm〜1000nm程度であることが好ましい。
【0020】
(発光層)
発光層5は、陽極3と陰極4とに挟まれた態様で設けられ、陽極3から供給された正孔(ホール)が陰極4から供給された電子(エレクトロン)と再結合し、その再結合によって生じた励起子(エキシトン)によって、発光層5を構成するEL材料の量子ドット11が発光する。この発光層5は、図2に示すように単分子膜として設けられるが、その単分子膜は図2に示すような単層態様であってもよいし2層以上の積層態様であってもよい。
【0021】
発光層5を構成する量子ドット(Quantum dot)11は、粒径によって発光色が規制される半導体微粒子である。この量子ドット11は、ナノ粒子(Nanoparticle)、ナノ結晶(Nanocrystal)とも呼ばれるものであり、その代表例としては、CdSeからなるコアと、その周囲に設けられたZnSシェルと、さらにその周囲に設けられたキャッピング化合物とで構成されたものを例示できる。この量子ドット11は、その粒径により発光色を異にするものであり、例えば青色発光する粒径は1.0nm〜1.9nmの範囲であり、緑色発光する粒径は2.0nm〜2.4nmの範囲であり、赤色発光する粒径は4.2nm〜6.0nmの範囲である。
【0022】
量子ドット11についてさらに詳細に説明する。量子ドット11としては、半導体のナノメートルサイズの微粒子(半導体ナノ結晶)であり、量子閉じ込め効果(量子サイズ効果)を生じる発光材料であれば特に限定されない。具体的には、MgS、MgSe、MgTe、CaS、CaSe、CaTe、SrS、SrSe、SrTe、BaS、BaSe、BaTe、ZnS、ZnSe、ZnTe、CdS、CdSe、CdTe、HgS、HgSe及びHgTeのようなII−VI族半導体化合物、AlN、AlP、AlAs、AlSb、GaAs、GaP、GaN、GaSb、InN、InAs、InP、InSb、TiN、TiP、TiAs及びTiSbのようなIII−V族半導体化合物、Si、Ge及びPbのようなIV族半導体等を含有する半導体結晶の他、InGaPのような3元素以上を含んだ半導体化合物が挙げられる。或いは、上記半導体化合物に、Eu3+、Tb3+、Ag、Cuのような希土類金属のカチオン又は遷移金属のカチオンをドープしてなる半導体結晶を用いることができる。
【0023】
中でも、作製の容易性、可視域での発光を得られる粒径の制御性、蛍光量子収率の観点から、CdS,CdSe,CdTe、InGaP等の半導体結晶が好適である。
【0024】
量子ドット11は、1種の半導体化合物からなるものであっても、2種以上の半導体化合物からなるものであってもよく、例えば、半導体化合物からなるコアと、該コアと異なる半導体化合物からなるシェルとを有するコアシェル型構造を有していてもよい。コアシェル型の量子ドットとしては、励起子がコアに閉じ込められるように、シェルを構成する半導体化合物として、コアを形成する半導体化合物よりもバンドギャップの高い材料を用いることで、量子ドットの発光効率を高めることができる。このようなバンドギャップの大小関係を有するコアシェル構造(コア/シェル)としては、例えば、CdSe/ZnS、CdSe/ZnSe、CdSe/CdS、CdTe/CdS、InP/ZnS、GaP/ZnS、Si/ZnS、InN/GaN、InP/CdSSe、InP/ZnSeTe、GaInP/ZnSe、GaInP/ZnS、Si/AlP、InP/ZnSTe、GaInP/ZnSTe、GaInP/ZnSSe等が挙げられる。
【0025】
量子ドット11のサイズは、所望の波長の光が得られるように、量子ドットを構成する材料によって適宜制御すればよい。量子ドットは粒径が小さくなるに従い、エネルギーバンドギャップが大きくなる。すなわち、結晶サイズが小さくなるにつれて、量子ドットの発光は青色側へ、つまり、高エネルギー側へとシフトする。そのため、量子ドットのサイズを変化させることにより、紫外領域、可視領域、赤外領域のスペクトルの波長領域にわたって、その発光波長を調節することができる。
【0026】
一般的には、量子ドット11の粒径(直径)は0.5〜20nmの範囲であり、1〜10nmの範囲であることが好ましい。なお、量子ドットのサイズ分布が狭いほど、より鮮明な発光色を得ることができる。
【0027】
また、量子ドット11の形状は特に限定されず、球状、棒状、円盤状、その他の形状であってもよい。量子ドットの粒径は、量子ドットが球状でない場合、同体積を有する真球状であると仮定したときの値とすることができる。
【0028】
量子ドット11の粒径、形状、分散状態等の情報については、透過型電子顕微鏡(TEM)により得ることができる。また、量子ドットの結晶構造、また粒径については、X線結晶回折(XRD)により知ることができる。さらには、UV−Vis吸収スペクトルによって、量子ドットの粒径、表面に関する情報を得ることもできる。
【0029】
量子ドット11の一例としては、例えば、CdSeからなるコアと、その周囲に設けられたZnSシェルと、さらにその周囲に設けられたキャッピング化合物とを基本構造としたCdSe/ZnS型のコアシェル構造からなるものを好ましく例示できる。こうしたコアシェル構造において、コアは半導体化合物からなり、シェルは該コアと異なる半導体化合物からなり、コアを形成する半導体化合物よりもバンドギャップの高い材料を用いることで、励起子がコアに閉じ込められるように作用する。また、キャッピング化合物は分散剤として作用する。こうしたキャッピング化合物の具体例としては、例えば、TOPO(トリオクチルフォスフィンオキシド)、TOP(トリオクチルホスフィン)、TBP(トリブチルホスフィン)等が挙げられ、そうした材料により、有機溶媒中に分散することができる。
【0030】
発光層5は、通常、単一の量子ドット11で構成され、所定の発光色を発するが、異なる発光色を発光させる2種以上の量子ドットを同時に用いて構成してもよい。
【0031】
発光層5の形成方法は特に限定されないが、例えば、後述の正孔輸送層6の形成と同時に形成することができる。具体的には、例えば、正孔輸送層形成用材料であるTPD(N,N´−ビス−(3−メチルフェニル)−N,N´−ビス−(フェニル)−ベンジジン)と量子ドットとの混合溶液を調製し、その混合溶液を塗布することによって正孔輸送層6を形成するとともに、その正孔輸送層6と相分離した量子ドット11からなる単分子膜を発光層5として形成することができる。このときの相分離は、TPDが有するフェニル基と、量子ドット11のキャップ材料が有するアルキル基とが相溶しないことにより起こるので、この原理と同様にして、正孔輸送層形成用材料が有する基と量子ドットのキャップ材料が有する基とを選択すれば、相分離によって正孔輸送層6と発光層5とを同時に形成することができる。こうした相分離に発光層5と正孔輸送層6との同時形成は製造上、極めて有効である。
【0032】
また、図1の上下の成膜手順を逆にすれば、同様の考え方により、発光層5と電子輸送層7との同時形成も可能である。なお、上記以外の方法でも発光層5を形成でき、例えばインクジェット法、マイクロコンタクトプリント法等の方法を挙げることができる。
【0033】
得られた発光層5は、基本的には量子ドット11の単分子膜であるので、その厚さT1は、用いた量子ドット11の粒径とほぼ同じである。粒径は、量子ドット11の発光色によっても異なるので一概に言えないが、上記の各粒径の範囲内、すなわち、1nm以上10nm以下である。
【0034】
(正孔輸送層)
正孔輸送層6は、通常は陽極3上に設けられるが、正孔注入層(図示しない)を介して設けられてもよい。本発明においては、この正孔輸送層6が、陽極3から供給された正孔(ホール)を発光層5側に輸送するように作用するとともに、陰極4から供給され、発光層5を通過してきた電子をブロックする電子ブロック機能を有する層(電子ブロック層)をも兼ねている。こうした機能を有する正孔輸送層6の正孔移動度は、後述する電子輸送層7の電子移動度よりも小さいように構成される。正孔輸送層6の形成材料は、そうした電荷移動度の相対的な大小関係を前提とし、電子輸送層7の形成材料との組み合わせを考慮して選ばれる。
【0035】
正孔輸送層6の形成材料としては、例えばアリールアミン誘導体、アントラセン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体、スピロ化合物等を挙げることができる。上記の発光層5との同時形成を考慮して、上記したN,N´−ビス−(3−メチルフェニル)−N,N´−ビス−(フェニル)−ベンジジン(TPD)を好ましく用いることができるが、これに限らず、例えば、アリールアミン誘導体の具体的としては、ビス(N−(1−ナフチル−N−フェニル)−ベンジジン(α−NPD)、コポリ[3,3´−ヒドロキシ−テトラフェニルベンジジン/ジエチレングリコール]カーボネート(PC−TPD−DEG)等を挙げることができる。カルバゾール類の具体例としては、ポリビニルカルバゾール(PVK)等を挙げることができる。チオフェン誘導体類の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(ビチオフェン)]等を挙げることができる。フルオレン誘導体の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(4,4´−(N−(4−sec−ブチルフェニル))ジフェニルアミン)](TFB)等を挙げることができる。スピロ化合物の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−alt−co−(9,9´−スピロ−ビフルオレン−2,7−ジイル)]等を挙げることができる。これらの材料は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0036】
こうした正孔輸送層6は、各種の方法で成膜でき、その厚さは使用する材料等によっても異なるが、例えば1nm〜50nm程度の範囲内であることが好ましい。
【0037】
上記正孔輸送性材料のうち、後述の実施例で用いたN,N´−ビス−(3−メチルフェニル)−N,N´−ビス−(フェニル)−ベンジジン(TPD)は、正孔移動度が約10−3cm/V・sであり、好ましく用いることができる。そして、このTPDで正孔輸送層6を形成し、さらに後述の電子輸送層7の形成材料として例えば電子移動度が約10−2cm/V・sのフラーレンを用いて電子輸送層7を形成すれば、正孔輸送層6の正孔移動度が電子輸送層7の電子移動度よりも小さいので、電子は電子輸送層7を容易に通過し、さらに発光層5も通過し、正孔輸送層6と発光層5との界面又は界面近傍に到達する。しかも、TPDからなる正孔輸送層6のLUMOのエネルギー値が2.1eVであって、量子ドット11からなる発光層5のLUMOのエネルギー値の4.6eVでよりも顕著に小さく、両者のエネルギー値が大きいので、正孔輸送層6が電子ブロック層として機能する。こうしたことから、図2に示すように、正孔輸送層6と発光層5との界面に到達した電子は、陽極3から供給された正孔と、その界面又は界面近傍で再結合し、発生した励起子は、発光層5内の量子ドット11をEL発光させるように消費される。
【0038】
(電子輸送層)
電子輸送層7は、発光層5と陰極4との間に設けられるが、電子注入層(図示しない)を介して設けられてもよい。電子輸送層7は、陰極4から供給された電子を発光層5側に輸送するように作用する。この電子輸送層7の電子移動度は、上述したように、正孔輸送層6の正孔移動度よりも大きいように構成される。電子輸送層7の形成材料は、そうした正孔移動度と電子移動度の相対的な大小関係を前提とし、正孔輸送層6の形成材料との組み合わせを考慮して選ばれる。
【0039】
電子輸送層7の形成材料としては、例えば、フラーレン誘導体、金属錯体、オキサジアゾール誘導体、トリアゾール誘導体、フェナントロリン誘導体、シリル化合物等が挙げられる。具体的には、フェナントロリン類の具体例としては、バソキュプロイン、バソフェナントロリン等が挙げられ、金属錯体の具体例としては、トリス(8−キノリノラト)アルミニウム錯体(Alq)、ビス(2−メチル−8−キノリラト)(p−フェニルフェノラート)アルミニウム錯体(BAlq2)等が挙げられる。オキサジアゾール誘導体としては、(2−(4−ビフェニリル)−5−(4−tert−ブチルフェニル)−1,3,4−オキサジアゾール)(PBD)等が挙げられる。こうした電子輸送層7は、真空蒸着法あるいは上記材料を含有した電子輸送層形成用塗工液を用いた塗布法により形成される。
【0040】
こうした電子輸送層7は、各種の方法で成膜でき、その厚さは使用する材料等によっても異なるが、例えば1nm〜100nm程度の範囲内であることが好ましい。
【0041】
(その他の層)
電子注入層(図示しない)は、陰極4と電子輸送層7との間に必要に応じて設けられ、陰極4から電子が注入され易いように作用する。電子注入層の形成材料としては、アルミニウム、フッ化リチウム、ストロンチウム、酸化マグネシウム、フッ化マグネシウム、フッ化ストロンチウム、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、酸化アルミニウム、酸化ストロンチウム、カルシウム、ポリメチルメタクリレートポリスチレンスルホン酸ナトリウム、リチウム、セシウム、フッ化セシウム等のようにアルカリ金属類、及びアルカリ金属類のハロゲン化物、アルカリ金属の有機錯体等を挙げることができる。こうした電子注入層は、各種の方法で成膜でき、その厚さは使用する材料等によっても異なるが、例えば0.1nm〜200nm程度の範囲内であることが好ましい。
【0042】
正孔注入層(図示しない)は、陽極3と正孔輸送層6との間に必要に応じて設けられ、陽極3から正孔(ホール)が注入され易いように作用する。正孔注入層の形成材料としては、例えばポリ(3、4)エチレンジオキシチオフェン/ポリスチレンスルホネート(略称PEDOT/PSS、バイエル社製、商品名;Baytron P CH8000、水溶液として市販。)等、従来から正孔注入層形成用材料として知られているものを用いることができる。こうした正孔注入層は、各種の方法で成膜でき、その厚さは使用する材料等によっても異なるが、例えば0.1nm〜200nm程度の範囲内であることが好ましい。
【0043】
反射層(図示しない)も必須の層ではないが、発光層5で生じた光を効率的に外部に取り出すための層であり、発光効率を高めるために設けられる層である。
できるので好ましく設けられる。この反射層は独立の層として単独で設けられていてもよいし、全反射層と半透明反射層とのペアで構成した共振器構造として設けてもよい。こうした反射層は、通常、透明導電膜や、金、クロムのような金属層が好ましく用いられる。
【0044】
(エネルギーダイアグラム)
次に、エネルギーダイアグラムにより本発明の発光素子の特徴を説明する。図3は、後述する実施例で用いた各層を構成する材料のイオン化ポテンシャルを示すエネルギーダイアグラムである。本願の実施例では、正孔輸送層6としてLUMO(最低空軌道)のエネルギー値が2.1eVのTPDを用いたので、発光層5の量子ドット11のエネルギー値(4.6eV)との差が2.5eVと著しく小さい値である。そのため、電子輸送層7から発光層5に供給された電子eがその正孔輸送層6に入ろうとしても、発光層5と正孔輸送層6との間に大きなエネルギー障壁があるので、正孔輸送層6は、電子eのブロック層として機能する。本発明の発光素子は、こうした観点を有するもであれば、種々の正孔輸送性材料と量子ドットとを任意に選択して適用可能である。
【0045】
以上説明したように、本発明の発光素子1によれば、陰極4から供給された電子と陽極3から供給された正孔とは、正孔輸送層6と発光層5との界面又は界面近傍で再結合するので、その再結合によって発生した励起子は発光層5内の量子ドット11をEL発光させるように消費される。その結果、輝度と発光効率を向上させることができる。こうした発光素子1は、高い発光効率を実現できる
【実施例】
【0046】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定解釈されるものではない。
【0047】
(実施例1)
先ず、陽極として厚さ150nmのITO膜が形成されたガラス基材上に、正孔注入層として、ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)−ポリスチレンスルホン酸(PEDOT−PSS)薄膜(厚さ:80nm)を、PEDOT−PSS溶液を大気中でスピンコート法により塗布して成膜した。PEDOT−PSS成膜後、水分を蒸発させるために大気中でホットプレートを用いて乾燥させた。
【0048】
次に、その正孔注入層の上に、正孔輸送層としてN,N´−ビス−(3−メチルフェニル)−N,N´−ビス−(フェニル)−ベンジジン(TPD)を用いて作製した薄膜(厚さ:40nm)を成膜し、さらにその上に、赤色発光する量子ドット(粒径5.6nm、エビデントテクノロジー社製)の単分子膜からなる発光層(厚さ:5.6nm)を形成した。この正孔輸送層と発光層は、フェニル基を有するTPDと、キャップ材料にアルキル基を有する量子ドットとの混合溶液(TPD:量子ドット=(1:1)の割合で調合)を調製し、その混合溶液を正孔注入層上に塗布することによって正孔輸送層を形成するとともに、その正孔輸送層と相分離した量子ドットからなる単分子膜を発光層として同時に形成した。
【0049】
次に、発光層上に、電子輸送層としてフラーレンからなる層(厚さ:40nm)を、真空中(圧力:1×10−4Pa)で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。次に、その電子輸送層の上に、電子注入層としてLiF(厚さ:0.5nm)を成膜し、さらにその上に陰極としてAl(厚さ:100nm)を、真空中(圧力:1×10−4Pa)で抵抗加熱蒸着法により成膜した。
【0050】
こうして発光素子を形成した後、グローブボックス内にて、その発光素子を、無アルカリガラスとUV硬化型エポキシ接着剤を用いて封止して、実施例1の発光素子を作製した。
【0051】
(比較例1)
実施例1において、電子輸送層として、フラーレンの代わりに、トリス(8−キノリノラト)アルミニウム錯体(Alq3)(厚さ:20nm)を真空中(圧力:1×10−4Pa)で抵抗加熱蒸着法により成膜した他は、実施例1と同様にして、比較例1の発光素子を作製した。
【0052】
(電荷移動度の測定)
正孔輸送層の正孔移動度と、電子輸送層の電子移動度は、Time Of Flight法(過渡光電流測定法、TOF法)により測定した。このTOF法は、波長337nmのNパルスレーザーにより試料を励起する方法を用いた。
【0053】
(LUMOとHOMOの測定)
最高被占軌道(HOMO)の値は、光電子分光装置AC−1(理研計器製)を用いて測定した仕事関数の値を適用した。測定は、洗浄済みのITO付きガラス基板(三容真空社製)上に、測定しようとする材料で形成した層を単層として形成し、前記の光電子分光装置AC−1で光電子が放出されるエネルギー値で決定した。測定条件としては、50nWの光量で0.05eV刻みで行った。一方、最低空軌道(LUMO)の値は、光学吸収スペクトルのエッジの値からエネルギーギャップEgを算出し、Egと前記のようにして得られたHOMOとの差をLUMOの値と決定した。吸収スペクトルは、洗浄済みの石英基板上に、測定しようとする材料で形成した層を単層として形成し、この薄膜付基板とリファレンスの石英基板との光学吸収の差を、UV−3100PC(日立製)を用いて測定した。
【0054】
実施例1で用いたエネルギーダイアグラムは、図3に示したとおりであり、TPDからなる正孔輸送層のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値は2.1eVであり、HOMO(最高被占軌道)のエネルギー値は5.4eVであった。一方、量子ドットからなる発光層のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値は4.6eVであり、HOMO(最高被占軌道)のエネルギー値は6.8eVであった。
【0055】
(膜厚の測定)
本発明で記述される各層の厚さは、特に記載がない限り、洗浄済みのITO付きガラス基板(三容真空社製)上へ各層を単膜で形成し、作製した段差を測定することによって決定した。膜厚測定には、プローブ顕微鏡(エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製、Nanopics1000)を用いた。
【0056】
(発光素子の電流効率と電力効率)
実施例1及び比較例1の発光素子の電流効率と寿命特性を評価した。電流効率と電力効率は、電流−電圧−輝度(I−V−L)測定により算出した。I−V−L測定は、陰極を接地して陽極に正の直流電圧を100mV刻みで走査(1sec./div.)して印加し、各電圧における電流と輝度を記録して行った。輝度はトプコン社製輝度計BM−8を用いて測定した。得られた結果をもとに、発光効率(cd/A)は発光面積と電流と輝度から計算して算出した。その結果、100nit時(輝度=100Cd/mの時)において、実施例1の発光素子の発光効率は、比較例1の発光素子の発光効率に比べて高い発光効率を実現できた。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の発光素子の一例を示す模式断面図である。
【図2】本発明の発光素子の発光原理を説明するための模式図である。
【図3】実施例で用いた各層を構成する材料のイオン化ポテンシャルを示すエネルギーダイアグラムである。
【符号の説明】
【0058】
1 発光素子
2 基材
3 陽極
4 陰極
5 発光層
6 正孔輸送層
7 電子輸送層
11 量子ドット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、陽極と、正孔輸送層と、量子ドットの単分子膜からなる発光層と、電子輸送層と、陰極とをその順で有する発光素子であって、
前記正孔輸送層の正孔移動度は前記電子輸送層の電子移動度よりも小さく、該正孔輸送層が電子ブロック機能を有することを特徴とする発光素子。
【請求項2】
前記正孔輸送層のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値が、前記発光層のLUMO(最低空軌道)のエネルギー値よりも小さい、請求項1に記載の発光素子。
【請求項3】
前記正孔輸送層がTPDを正孔輸送性材料として含み、前記電子輸送層がフラーレンを電子輸送性材料として含む、請求項1又は2に記載の発光素子。
【請求項4】
前記発光層は、前記正孔輸送層を構成する正孔輸送性材料と前記量子ドットとの混合液から該量子ドットを相分離してなる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−88276(P2009−88276A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−256478(P2007−256478)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】