説明

皮革および皮膚のなめし剤およびなめし方法

ゲニピンを含有するなめし剤を除く、脱グリコシル化イリドイドおよび/または脱グリコシル化セコイリドイドを含有するなめし剤で皮革および皮膚を処理することを特徴とする、皮革および皮膚のなめし方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮革および皮膚のなめし方法、および該方法を実施するための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
なめし方法において、皮膚の主成分である動物コラーゲンは、なめしによって形成される革が熱や微生物に対する抵抗性を呈し、乾燥後、なめした皮革の滑らかさが保たれるように変化する。
【0003】
本質的に、今日、それぞれ異なり相互リンクした戦略に基づく、3つのなめし方法が用いられている:
【0004】
1.金属塩(例えば、クロム、鉄、アルミニウム、ジルコニウム塩)を用いる、鉱物なめし。安定化は、金属イオンが、錯体形成またはイオン相互作用によって、コラーゲンのペプチド骨格中のアミノ酸鎖に結合することによる。
【0005】
2.植物抽出物(例えば、ミモザ、ケブラコ、クリおよびタラ)を用いる、植物なめし。安定化は、主として、なめし(tanning)フェノール間の水素結合およびコラーゲンの骨格中のペプチド結合に基づく。
【0006】
3.反応性有機化合物(特に、グルタルアルデヒド等のアルデヒド、またはイソシアネート)を用いる、合成物質なめし。安定化は、主として、コラーゲンのリシン残基の共有結合によってもたらされる。
【0007】
さらに、植物−合成物質なめし等、組み合わせたなめし方法が使用される。
【0008】
クロムなめし法は、世界的比率が90%を超える、最大の経済的重要性を有する。水和クロム錯体がコラーゲンペプチド骨格のグルタミン酸およびアスパラギン酸のカルボキシル基の間に埋め込まれることにより、耐久性があり柔らかい革が得られる。良好な革の品質が得られることに加えて、クロムなめし剤は迅速で経済的な製造処置法を確立した。
【0009】
重金属の使用は多くの欠点を伴う。例えば、クロム(VI)は、ヒトの皮膚に接触してアレルギー反応を起こし得る。通常、なめし方法には、クロム(III)硫酸塩が使用される。しかし、クロム(VI)は、クロム(III)から酸化によって形成し得、または、なめし剤不純物からなめし法に混入し得る。
【0010】
クロムまたは重金属を用いたなめしのさらなる不利な点としては、クロム再生廃液プラントによる廃液の処理が複雑であること、および、廃棄物処理法または焼却による削りくず等の革断片の廃棄が高価であることが挙げられる。
【0011】
米国レザー・ケミスト・アソシエーション会議(Leather Chemist Association Meeting)の文献No.17(2006年)、「ゲニピンのなめし能力(Tanning potential of Genipin)」において、K.ディング(Ding)、M.M.テイラー(Taylor)およびE.M.ブラウン(Brown)は、ゲニピンはなめし剤として好適であるが、革が暗青色になることを記載している。
【0012】
欧州特許EP 1 489 135 A1号には、例えばβ−ラクトグロブリン、カゼイン等のバイオポリマーおよび他のバイオポリマーの架橋のための、セコイリドイド、特にオレウロペインの使用が記載されている。しかし、革および皮革を処理するためのなめし剤としての適用は記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】欧州特許EP 1 489 135 A1号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】American Leather Chemist Association Meeting, Paper No. 17 (2006年), "Tanning potential of Genipin", K. Ding, M.M. TaylorおよびE.M. Brown
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、先行技術の不利な点のいくつかを克服すること、特に、皮革および皮膚の暗色をもたらさず、減量した化学物質を用いて高品質のなめした皮革および皮膚を製造することができる、環境に配慮したなめし方法を開発することであった。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この目的は、ゲニピン以外の、脱グリコシル化イリドイドおよび/または脱グリコシル化セコイリドイドを含有するなめし剤で皮革および皮膚を処理する、皮革および皮膚のなめし方法によって達成される。
【0017】
イリドイドは、広範な植物科に見られる二次植物代謝物である。イリドイドは、大きな群であるテルペンまたはイソプレノイドに属する。親化合物の名称は、蟻の種イリドミルメックス・デテクトゥス(Iridomyrmex detectus)に由来し、この蟻は防御分泌物中に該化合物を産生する。
【0018】
イリドイドは、代表的には、植物の捕食動物に対する防御に役立つ。しかし、イリドイドはまた、抗菌作用を有し、微生物から植物を保護する。イリドイドは非常に苦い味がする。
【0019】
代表的には、植物中のイリドイドは配糖体の形態であり、典型的には単糖類、例えばグルコースと、O−グリコシド結合によって結合している。
【0020】
分解により、本発明に適用される、脱グリコシル化イリドイドを得る。
【0021】
脱グリコシル化イリドイドまたは脱グリコシル化セコイリドイドの群からの好ましい物質としては、特に、オレウロペインジアール(oleuropeindial)およびリグストロシドジアール(ligustrosidedial)および/またはリグスタロシドジアール(ligustalosidedial)、デカルボメトキシオレウロペインジアールおよびデカルボメトキシリグストロシドジアール、並びに、(4E)-4-ホルミル-3-(1-ホルミル-2-メトキシ-2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸および(4E)-4-ホルミル-3-(2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸が挙げられる。遊離酸の代わりに、好適な塩、例えば、アルカリおよびアルカリ土類塩もまた使用し得る。後に記した2つの化合物の構造は以下の通りである:
【0022】
【化1】

【0023】
1つの態様では、使用される化合物は、オレウロペインジアール(oleuropeindial)および対応する誘導体等の、任意に置換された少なくとも1つの芳香族ベンゼン環が存在するものである。好ましくは、使用される化合物はフェノール誘導体である。
【0024】
リグスタロシド(Ligustaloside)は、例えば、カワジマ・ヒロシ、Chem. Pharm. Bull. 47巻(1999年), 1634-1637頁に記載されている。リグスタロシドジアール(ligustalosidedial)は、リグスタロシドからグルコースを分解することによって得られる。
【0025】
なめし剤の代表的な好適な濃度は、0.1〜25重量%の範囲内であり、好ましくは、0.5〜10重量%の範囲内である。なめし剤は、代表的には水溶液中で使用され、任意に更なる助剤を伴う。
【0026】
原理上、pHは1.5〜11の範囲内を使用し得るが、pH2〜7が好ましい。
【0027】
好適な温度は、4〜70℃の範囲内であり、10〜40℃の温度が特に好ましい。
【0028】
特に好ましい態様において、イリドイド、セコイリドイドまたは対応する脱グリコシル化化合物(アグリコン)は植物起源であり、特に、オリーブ亜科(Oleoideae)の植物由来のもの、特にオリーブ葉、オリーブ廃水または搾りかすより得られたものである。しかし、対応するイリドイドおよびセコイリドイドまたはそれらのアグリコンは、合成によって製造してもよい。好ましくは、炭水化物の分解は酵素的に実施される。
【0029】
イリドイドおよびセコイリドイドまたはそれらのアグリコンは、発酵によって得てもよい。
【0030】
一つの態様において、皮革および皮膚のタンパク質の架橋結合は、さらなる助剤の添加、例えば、タンパク質、ペプチド、タンパク質加水分解物、ポリアミン、キトサンまたはポリリシンの添加によって促進される。
【0031】
一つの態様において、本発明の方法は、鉱物、植物および酵素なめしと組み合わせても良い。
【0032】
また、本発明は、0.1〜25重量%の脱グリコシル化イリドイド、脱グリコシル化セコイリドイドまたはそれらの混合物を含有する、なめし液に関する。
【0033】
驚くべきことに、本発明のなめし方法は、共有結合性架橋に加えて、水素結合による架橋が起こることを示す。
【0034】
なめし能力がコラーゲンのペプチド骨格への水素結合に限定される、通常の植物なめし剤と対照的に、共有結合により、なめし剤が実質的により安定に結合するだけではなく、なめし液の消耗が有意に改善される。得られる高COD(化学的酸素要求量)容量の排水を伴う液が、なめし剤消耗に乏しいことは、以前に知られた植物なめしの本質的な不利な点である。
【0035】
グルタルアルデヒド等の反応性合成有機化合物と対照的に、本発明の方法は、有毒なアルデヒドの使用を省き得るだけではなく、皮革のより徹底的な前なめしをも達成する。加えて、本発明に係る物質は、バルキングおよび繊維単離特性を示す。このことにより、更なる処理において、バルキング特性を有する再なめし剤またはバルキング剤の必要性が減じる。
【0036】
従来技術において産業的に使用されるなめし方法(鉱物であるクロムなめし、アルデヒド(前)なめしおよび植物−合成最終なめし)と対照的に、本発明では、なめし方法は、上流の方法である酸洗い、即ち塩化ナトリウムを用いる酸の使用を省き得る。多量の塩化ナトリウムの使用が避けられるため、皮なめし工場の排水は食塩負荷が軽減する。
【0037】
本発明の天然の植物なめし剤は、生態学的適合性の特徴を有する革を提供する。加えて、クロムなめしの不快臭と対照的に、革の匂いは、典型的な植物臭として感じる、明らかに認められる快い匂いとなる。
【0038】
通常のクロムなめしとの組み合わせには有利な点もある。特定の処理または利用需要が存在する適用分野があるため、クロムなめし剤の使用は省き得ない(例えば、靴の甲革分野において)。本発明の方法と組み合わせた使用は、有毒でアレルギー性のクロム(VI)の革からの放出を導き得るラジカル酸化法を、有効に阻止するという利点がある。
【0039】
以下の実施例によって、本発明をさらに説明する。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】(4E)-4-ホルミル-3-(1-ホルミル-2-メトキシ-2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸による、ウシ皮革のなめし
【図2】ゲニピンによるウシ皮革のなめし
【実施例】
【0041】
実施例1
酸性触媒の存在下、水溶液中で、誘導体(4E)-4-ホルミル-3-(1-ホルミル-2-メトキシ-2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸および(4E)-4-ホルミル-3-(2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸を、代表例として形成する。特に、リン酸、しかし硫酸および塩酸も、オレウロペインからの該誘導体の製造に好適である。
【0042】
製造方法の一つの態様において、pH値0.5〜4、温度20〜80℃、およびインキュベーション時間48時間以下が好ましく使用される。水溶液は、実質的にpH4〜8に調節する。粉末製剤を製造するため、噴霧乾燥によって水を除去する。方法条件は、製造方法に従って、当業者によって選択し得る。
【0043】
脱灰した(delimed)ウシ皮革を、5%の(4E)-4-ホルミル-3-(1-ホルミル-2-メトキシ-2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸製剤、0.1%ヘキサメタリン酸ナトリウムと共に、pH6の200mlの水中、29℃で18時間インキュベーションした。なめした皮革の収縮温度は72℃であった。
【0044】
比較例
脱灰した(delimed)ウシ皮革をゲニピンと共に、28℃およびpH6で23時間インキュベーションした。なめした皮革の収縮温度は75℃(左手側、1%ゲニピン)および63℃(右手側、0.5%ゲニピン)であった。典型的な暗青色が見られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲニピンを含有するなめし剤を除く、脱グリコシル化イリドイドおよび/または脱グリコシル化セコイリドイドを含有するなめし剤で皮革および皮膚を処理することを特徴とする、皮革および皮膚のなめし方法。
【請求項2】
なめし剤としてオレウロペインジアール(oleuropeindial)、リグストロシドジアール(ligustrosidedial)および/またはリグスタロシドジアール(ligustalosidedial)が用いられることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
なめし剤としてデカルボメトキシオレウロペインジアールおよびデカルボメトキシリグストロシドジアールが用いられることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
なめし剤として(4E)-4-ホルミル-3-(1-ホルミル-2-メトキシ-2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸および(4E)-4-ホルミル-3-(2-オキソエチル)ヘキサ-4-エン酸またはそれらの塩が用いられることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
なめし剤は、0.1〜25重量%の濃度、好ましくは、0.5〜10重量%の濃度の水溶液として存在することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記方法は、1.5〜11のpH、好ましくは、2〜7のpHで行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記方法は、4〜70℃の温度、好ましくは、10〜40℃の温度で行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記イリドイドおよびセコイリドイド並びにそれらのアグリコンは植物起源であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記イリドイドおよびセコイリドイド並びにそれらのアグリコンはオリーブ葉、オリーブ廃水および搾りかすより得られたものであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記イリドイドおよびセコイリドイド並びにそれらのアグリコンは、合成的に、酵素的にまたは発酵によって調製されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
なめしは、適当な助剤の添加によって促進されることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
なめしは、タンパク質、ペプチド、タンパク質加水分解物、ポリアミン、キトサンまたはポリリシンの添加によって促進されることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記方法は、鉱物、植物および酵素なめしと組み合わせられることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
皮革および皮膚が暗化しないことを特徴とする請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
ゲニピンまたはその混合物を除く、0.1〜25重量%の脱グリコシル化イリドイドおよび/または脱グリコシル化セコイリドイドを含有する、なめし剤。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2011−504532(P2011−504532A)
【公表日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−534482(P2010−534482)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【国際出願番号】PCT/EP2008/065954
【国際公開番号】WO2009/065915
【国際公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(510141707)エヌザイム バイオック ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (2)
【Fターム(参考)】