説明

真珠貝の貝殻又は真珠の構造遺伝子

【課題】貝殻、真珠の形成に関与する遺伝子などについての情報を飛躍的に増大することによって、真珠養殖の効率化と改善に資する。
【解決手段】アコヤ貝外套膜cDNAの網羅的な解析(EST解析)と、TOF-MSによるタンパク質の同定、という二つのアプローチにより、真珠および貝殻の形成に関与する遺伝子の同定を効率的に行った。そして、外套膜において特異的に発現するとともに、貝殻及び真珠の形成において構造的な強度を付与するのに働いていると考えられる複数のshematrin遺伝子を同定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、真珠の遺伝子、特に真珠貝の貝殻、真珠で特異的に発現し、これらの構造を決定するタンパク質の遺伝子、及びこの遺伝子がコードするタンパク質などに関するものである。
【背景技術】
【0002】
真珠養殖は、貝殻を球状に加工してなる核と、アコヤ貝(ピース貝)の外套膜の細胞片(ピース)とを、母貝となるアコヤ貝に挿入し、これを約1年に渡って海中で養殖することによって行う。
【0003】
このように、真珠養殖には、母貝及びピース貝の両方が必要であり、母貝とピースの組み合わせがよくなければ良品はできない。そのため、真珠の養殖においては、形成された膨大な真珠の中から、良品を選択するために膨大な選抜作業を必要とするものの、良品の割合は低かった。
【0004】
そこで、良品の割合を高めるため、従来から優れた母貝とピース貝が求められており、中でもピース貝の性質が真珠の品質により大きく影響することから、優れたピース貝が求められている。なお、ピース貝の性質は、ピース貝の遺伝的性質によって決まるのはもちろん、外套膜のどの領域を使用するのかによっても決まるため、外套膜のどの領域をピースに使用するかは養殖業者の企業秘密であるとともに、現在でもそれを明確に特定する方法は確立されていない。
【0005】
一方、真珠貝の養殖による現行の真珠生産では、手間と時間がかかる(核を入れるまでに貝が生まれてから約3年間、核を入れる前段階の作業である「仕立て作業」に約1年間、核を入れた真珠貝の養殖に約1年間)割には、良品の割合が低く利益も少ないため、これとは違う方法、具体的には、化学的、生化学的、分子生物学的な方法による真珠生産をめざして、様々な研究がなされている。
【0006】
例えば、外套膜で発現して、真珠層に移行する真珠層の有機基質部分の主要成分の一つであって、分子量が50〜70kD、アスパラギン酸残基を豊富に含む酸性タンパク質であるnacrein(特許文献1を参照)など、いくつかの因子が同定されている。
【0007】
しかし、貝殻タンパク質はグリシン、アスパラギン酸含量が著しく高く、疎水性であることから、解析がきわめて困難であること、遺伝子からのアプローチが断片的にしか行われていないこと等の原因により、貝殻、真珠の形成に関与する因子についての情報は限られていた。
【特許文献1】国際公開第96/35786号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、この発明は、貝殻、真珠の形成に関与する遺伝子などについての情報を飛躍的に増大することによって、真珠養殖の効率化と改善に資することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、アコヤ貝外套膜cDNAの網羅的な解析(EST解析)と、TOF-MSによるタンパク質の同定、という二つのアプローチにより、効率的に真珠および貝殻の形成に関与する制御因子の探索を行った。そして、外套膜において特異的に発現するとともに、貝殻及び真珠の形成において構造的な強度を付与するのに働いていると考えられる複数のshematrin遺伝子を同定した。
【発明の効果】
【0010】
この発明により同定したshematrin遺伝子は真珠の構造的な強度に関係している。そこで、これを遺伝子マーカーとして使用することにより、優れた特性を有するピース貝や母貝を選別することが期待できる。また、shematrin遺伝子の発現量を操作することによって、将来的には真珠の品質向上につなげることも可能性である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
この発明は、アコヤ貝の外套膜で特異的に発現する新規のshematrin遺伝子、このDNAを含む発現ベクター、形質転換体、前記DNAにコードされた新規タンパク質、前記DNAから作られるプローブやプライマー、これらを利用した貝の選別方法などである。
【0012】
(1)shematrin遺伝子
shematrin遺伝子は、アコヤ貝の外套膜で特異的に発現している遺伝子群であり、これらの遺伝子は配列番号1から配列番号6に示す塩基配列を有している。また、この塩基配列から、この遺伝子がコードしているタンパク質はグリシン含有率の高いドメインを有していることが分かっている。
【0013】
(2)発現ベクター、形質転換体、タンパク質
この発明の発現ベクターは、宿主細胞において自立複製が可能、または染色体中への組込みが可能で、前記DNAの転写に適した位置にプロモータを含有しており、前記DNAを発現可能な状態で含むものである。また、マルチクローニングサイトや抗生物質耐性遺伝子などを含有していれば、遺伝子操作を効率よく行うことができる。なお、「遺伝子機能が発現可能な状態」とは、当該遺伝子の産物(酵素)が酵素活性を有する状態で発現することをいう。
【0014】
また、この発明の形質転換体は公知の手段により、この発明のDNAまたは発現ベクターをその遺伝子機能が発現可能な状態で宿主細胞に導入して得られる形質転換体である。なお、形質転換体の宿主としては、前記DNAの遺伝子機能が発現可能な状態で含むことができれば、特に限定することなく使用することができる。
【0015】
具体的には、宿主細胞としては、細菌などの原核細胞、糸状菌、酵母等の微生物細胞、貝などの軟体動物を含む動物細胞、昆虫細胞、植物細胞など、目的とする遺伝子を発現できるものであればいずれも使用することができる。
【0016】
ただ、shematrin遺伝子がコードするタンパク質を大量に発現させてその性質を調べる場合には大腸菌などの細菌が好ましく、糖鎖などが付加したタンパク質を産出して、抗体作製などに供する場合には、貝、特にアコヤ貝の細胞や卵などが好ましい。
【0017】
なお、このような形質転換体は、宿主に応じて公知の任意の方法によって得ることができる。具体的な方法としては、塩化カルシウム法、アグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、リン酸カルシウム共沈法、DEAE-デキストラン法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法/リポソーム法などが挙げられる。
【0018】
さらに、shematrin遺伝子がコードするタンパク質は、前記形質転換体が生産したタンパク質を分離精製したものである。なお、タンパク質の分離・精製方法については、硫安沈殿などの塩析法、HPLCを使用するカラムクロマトグラフィー等、公知の方法を組み合わせて精製すればよい。
【0019】
(3)プローブ及びプライマー
shematrin遺伝子のDNAは、その全部又は一部をプローブとして使用することができ、その一部をプライマーとして使用することができる。ここで、一部とは、プライマー又はプローブとして使用するDNAがshematrin遺伝子のDNAに含まれる少なくとも10個、好ましくは15個、さらに好ましくは約20〜30個の塩基配列に対応するヌクレオチドをからなること、を意味する。なお、プローブとして使用する場合には、さらに高分子のもの、具体的にはshematrin遺伝子のDNAそのものであってもよい。
【0020】
これらのプローブ及びプライマーは、例えば、DNA合成装置によって合成したDNA、shematrin遺伝子のDNAを制限酵素により部分消化したDNA、shematrin遺伝子のDNAやその部分配列を組み換えた発現ベクターからT7 RNA polymerase等のRNA polymeraseを使用して作製したRNAプローブなどである。また、プローブやプライマーについては標識物質により標識してあるほうがよい。
【0021】
ここで、標識物質としては、例えばジゴキシゲニン(DIGシステム、Boehringer Mannheim)、蛍光物質、放射性同位体などの検出可能なものが挙げることができ、標識は、例えば標識物質を化学的にDNAに結合させる、DNAを合成する際にすでに標識したヌクレオチドを使用してDNAを合成するなどによって行うことができる。
【0022】
(4)アコヤ貝の選抜方法
この発明の選抜方法は、前記DNAプローブ、RNAプローブ又はDNAプライマーの少なくとも何れか一つを使用して、shematrin遺伝子の外套膜における転写量を測定することによって、真珠養殖のピースとして使用するのに適したピース貝を選別するものである。具体的には、公知の方法、例えば、前記プローブやプライマーを使用したノーザンハイブリダイゼーション法、RT-PCR法、in situハイブリダイゼーション法等が挙げられる。また、前記の核酸を使用した方法のほかにも、shematrin遺伝子がコードするタンパク質に対する抗体を使用する公知の免疫学的な方法、具体的には酵素免疫測定法などによっても、優良なアコヤ貝を選抜することができる。
【0023】
以下、この発明を実施例によってより詳細に説明するが、以下の実施例によりこの発明の特許請求の範囲はいかなる意味でも限定的に解釈されるものではない。
【実施例1】
【0024】
(1)アコヤ貝外套膜cDNAライブラリーの作製
日本産アコヤ貝の3年貝から、人工海水中にて外套膜を切除した。このアコヤ貝外套膜からtotal RNAをtrizol試薬(Invitorogen社製)により抽出し、mRNA purification kit (GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)により、poly(A)+RNAを精製した。
【0025】
このpoly(A)+RNA 1μgを鋳型として、SuperScript Plasmid System with Gateway Technology for cDNA Synthesis and Cloning (Invitrogen社製)を使用して、個々のcDNAをプラスミドベクターpSPORT1に挿入した。次にcDNA断片を含んだpSPORT1ベクターをエレクトロポレーションにより大腸菌DH10Bに導入し、cDNAライブラリーを構築した。
【0026】
(2)外套膜由来cDNAの塩基配列決定
cDNAライブラリーから、Rolling Cycle Amplification法により鋳型を調製し、この鋳型を用いてDye Terminator法によりシークエンシング反応を行った。なお、プライマーにはT7 Promoter Primer(シグマ社製)を使用した。
【0027】
DNAの塩基配列決定はMegaBACE4000 capillary sequencer (GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)により行い、3214個のcDNAに関して5’端の塩基配列を決定した。また、決定したcDNAの塩基配列は、HASTEアルゴリズムを使用するPTA (Paracel Transcript Assembler、パラセル社製)によりクラスタリングを行った。
【0028】
その結果、1586個の単一配列と、1628個のクローンよりなる257個のクラスターを確認した。さて、一般的に、真珠や貝殻中にはグリシン含有率の高いタンパク質が多く存在することが示唆されている。そこで、今回配列決定を行ったcDNA中でグリシン含有率の高いアミノ酸配列をコードするクローンを検索したところ、6個のcDNAに関して有意にグリシン含有率の高い配列をコードすることが示された。
【0029】
そこで、これらのcDNAに関して、ABI 3730 DNA sequencer (Applied Biosystems社製)を用いて全長の塩基配列決定を行った。その結果を配列番号1から配列番号6に示すとともに、これらの6個の遺伝子をそれぞれshematrin1及びshematrin3〜shematrin7と名付けた。そして、これら6つのshematrinタンパク質は、いずれも同様のグリシン含有率の高いドメインを有していることが確認できることから、真珠又はアコヤ貝の貝殻で炭酸カルシウムの結晶が成長する過程において、構造のフレームワークとして機能すると推察した。
【0030】
(3)アコヤ貝貝殻中におけるShematrinタンパク質の同定
アコヤ貝の貝殻を純水で洗浄後、8 M尿素-50μg/ml APMSF中にて3日間37℃にて振とうした。遠心後、上清を純水に対して透析し、この時点で沈殿した画分を貝殻の不溶性タンパク質画分とした。
【0031】
不溶性タンパク質画分をSDS-PAGEにより分離(図1を参照。)し、CBBで強く染色される約22 kDaのバンドを切り出し、96ウェルマイクロタイタープレートに移した。これに50 mM 炭酸水素アンモニウム-50%アセトニトニル100μlを加える洗浄を2回行い、100μlアセトニトニルによる洗浄を20分間行った。つぎに、ゲル切片を25 mM炭酸水素アンモニウム30μl中、30℃にて一晩トリプシン消化を行って、ZipTipμ-C18 (ミリポア社製)により濃縮した。
【0032】
濃縮したサンプルを2.5 mg/ml α-cyano-4-hydroxycinnamic acidとともに、MALDIサンプルプレート上にスポットし、MALDI-TOF/TOF解析を行った。なお、MALD-TOF MS解析は、4700 MALDI-TOF/TOF mass spectrometer (Applied Biosystems社製)を使用して、リフレクターモードで行った。また、MS/MS解析はCID-offモードで行った。
【0033】
その結果、6個の主要なピーク(1715.86, 1810.93, 1032.51, 1642.84, 1953.03, 2246.12 m/z)を検出した(図2を参照。)。また、ピークのうち、1715.86 m/z及び1810.93 m/zに関しては、ms/ms解析の結果からshematrin-1の配列と一致することが分かった。これによりshematrin-1関しては、外套膜から分泌されて貝殻に移行することが確かめられた。
【0034】
(4)Shematrin遺伝子発現部位の確認
単離したshematrin遺伝子の発現領域を明らかにするため、アコヤ貝の各種組織を使用してノーザンブロット分析を行った。具体的には、まず、アコヤ貝の外套膜、鰓、中腸、閉殻筋から単離したtotal RNAを、定法に沿って電気泳動して大きさごとに分離し、メンブレンフィルターにブロッティングした。なお、ブロッティング用のメンブレンはHybond-N+(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)を使用した。
【0035】
つぎに、各shematrin遺伝子の5’末領域約500塩基をRediprime II DNA labeling system (GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)によりα-32P-dCTPで標識して、プローブを作成した。そして、前記メンブレン及びプローブを使用して65℃で一晩ハイブリダイゼーションを行ったのち、65℃の0.5X SSC中にて30分間、2回洗浄したのち、BAS2500(フジフイルム)によりシグナルを検出した。その結果を図3に示す。なお、図3において、Aは shematrin-1由来のプローブ、Bはshematrin-3由来のプローブ、 Cはshematrin-4由来のプローブ、 Dはshematrin-5由来のプローブ、 Eはshematrin-6由来のプローブ、 Fはshematrin-7由来のプローブ、 Gはアクチン遺伝子由来のプローブを使用した場合の泳動結果を示している。また、AからGの各泳動結果において、レーン1は外套膜、レーン2は鰓、レーン3は中腸、レーン4は閉殻筋に由来するtotal RNAを泳動した結果を示している。
【0036】
この図からも明らかなように、ノーザンハイブリダイゼーションの結果、shematrin遺伝子は、いずれも外套膜で特異的に発現することが明らかであり、貝殻および真珠の形成に重要な役割を果たしていると推察される。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】アコヤ貝稜柱層から単離したタンパク質をSDS-PAGEにより分離し、CBB R250にて染色した結果を示す図である。なお、左側に分子量マーカーの位置を示し、TOF-MS分析に供した領域は括弧で示している。
【図2】SDS-PAGEにより分離したアコヤ貝稜柱層由来タンパク質のうち、約22kDaの画分をTOF-MS分析に用いた結果を示す図である。
【図3】アコヤ貝成体組織由来RNA各10μgを使用して、ノーザンブロット分析を行った結果を示す図である。A: shematrin-1、 B: shematrin-3、 C: shematrin-4、 D: shematrin-5、 E: shematrin-6、 F: shematrin-7、 G: アクチン由来のプローブを使用した結果を示している。また、各レーンは、レーン1: 外套膜、 レーン2: エラ、 レーン3: 中腸腺、 レーン4: 閉殻筋に由来するtotal RNAを使用した結果を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)又は(b)のDNAからなる遺伝子、
(a)配列番号1から配列番号6の何れかに示す塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1から配列番号6の何れかに示す塩基配列において、1個又は数個の塩基が欠失、置換又は挿入された塩基配列からなり、真珠貝の外套膜で特異的に発現するDNA。
【請求項2】
請求項1に記載のDNAを、その遺伝子機能が発現可能な状態で含む発現ベクター。
【請求項3】
請求項1に記載のDNA又は請求項2に記載の発現ベクターを、そのDNAの遺伝子機能が発現可能な状態で含む形質転換体。
【請求項4】
請求項1に記載のDNAにコードされたタンパク質。
【請求項5】
請求項1に記載のDNAの全部又は一部からなるDNAを含むDNAプローブ。
【請求項6】
請求項1に記載のDNAの全部又は一部からなるDNAの転写産物を含むRNAプローブ。
【請求項7】
請求項1に記載のDNAの一部からなるDNAを含むDNAプライマー。
【請求項8】
請求項5に記載のDNAプローブ、請求項6に記載のRNAプローブ、請求項7に記載のDNAプライマーの少なくとも何れか一つを使用して、請求項1に記載の遺伝子の発現量を測定することによって、良質なアコヤ貝を選別する方法。
【請求項9】
請求項4に記載のタンパク質に対する抗体を使用して、請求項4に記載のタンパク質の発現量を測定することによって、良質なアコヤ貝を選別する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−236356(P2007−236356A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−67288(P2006−67288)
【出願日】平成18年3月13日(2006.3.13)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】