説明

真空蒸着装置

【要 約】
【課題】成膜速度が速い蒸着装置を提供する。
【解決手段】カソード電極31の先端とアノード電極21の先端とを揃え、アーク放電によって生じたプラズマがアノード電極21に接触しないようにする。プラズマ中に微小荷電粒子が電荷を失い、中性粒子となることが防止されるので、磁界形成装置15によって成膜対象物17方向に曲げられる粒子が増加し、成膜速度が速くなる。アノード電極21の先端の成膜対象物17が配置された側に遮蔽電極27を設けておくと、巨大粒子が成膜対象物17に到達せず、膜質が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同軸型真空アーク蒸着源とその蒸着源を用いた真空蒸着装置に係り、特に、磁場によって蒸着粒子を偏向させ、液滴混入のない薄膜を形成できる同軸型真空アーク蒸着源とその蒸着源を用いた真空蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、カーボンナノチューブの下地膜や、燃料電池の触媒金属担持には図5に示す真空蒸着装置102が用いられている。
この真空蒸着装置102は、真空槽110を有しており、真空槽110の内部には、同軸型真空アーク蒸着源111が配置されている。
同軸型真空アーク蒸着源111の筒状のアノード電極の内部には、棒状の蒸着源本体122が配置されている。
【0003】
蒸着源本体122は、絶縁筒134の上端に蒸着材料から成るカソード電極131が配置されており、絶縁筒134の内部には、一端がカソード電極131と接続された状態で棒状電極132が挿通されている。絶縁筒134の外周の、カソード電極131に近い位置には、カソード電極131とは非接触の状態でトリガ電極133が取り付けられている。
【0004】
アノード電極121の両端のうち、一端は真空槽110の内部に向けられ、蒸気を放出する放出口136にされており、他端は真空槽110の底壁に取り付けられている。
蒸着源本体122は、アノード電極121の内部でカソード電極131が設けられた方の端部が放出口136に向けられている。
カソード電極131は、棒状電極132に電気的に接続されている。トリガ電極133は棒状電極132やカソード電極131から絶縁されている。
【0005】
真空槽110内を真空排気し、アノード電極121と真空槽110を接地電位に接続した状態で、アーク電源124によって、棒状電極132を介してカソード電極131に負電圧を印加し、トリガ電源125によって、トリガ電極133にアノード電極121に対して正電圧となる負電圧を印加すると、カソード電極131の側面とトリガ電極133の間にトリガ放電が起こり、トリガ放電によって、アノード電極121とカソード電極131の側面との間にアーク放電が誘起される。アーク電流は大電流であり、カソード電極131の側面から蒸着材料の粒子が放出される。
【0006】
蒸着源本体122は、アノード電極121の放出口136よりもアノード電極121内部側に配置されており、カソード電極131の側面から放出された蒸着材料蒸気には、電荷質量比(電荷/質量)が大きな微小荷電粒子の他、電荷質量比が小さい巨大粒子や、電荷を有さない中性粒子が含まれている。
【0007】
アーク電流が棒状電極132内部を流れ、アノード電極121内部に磁界を形成すると、アーク放電によって放出された電子は、アーク電流が形成する磁界からローレンツ力を受け、飛行方向が曲げられ、アノード電極121の放出口136から真空槽110内に放出される。
【0008】
電荷質量比の大きな微小荷電粒子はプラス電荷をもっているため電子に引き付けられてアノード電極121の放出口136から真空槽110内に放出されるが、巨大荷電粒子や中性粒子は直進し、アノード電極121の側面に衝突し、そこに付着し、真空槽110内に放出されない。
【0009】
巨大荷電粒子や巨大中性粒子がアノード電極121の側面に衝突した際には、衝突によって二次粒子が生成され、真空槽110内に放出されるが、真空槽110内に放出された微小荷電粒子や二次粒子の飛行方向には、磁界形成装置115が配置されており、放出口136から真空槽110内に放出された電子は磁界形成装置115が形成する磁界によって飛行方向が曲げられ、成膜対象物117が配置された方向に飛行する。図5の符号129は、電子の飛行軌跡を示している。
【0010】
微小荷電粒子は、電子に引き付けられて磁界形成装置115内を電子と同方向に曲げられ、成膜対象物117の表面に到達するのに対し、二次粒子は中性であり、電子に引き付けられず、磁界形成装置115内を直進して成膜対象物117表面には到達しないように構成されている。その結果、成膜対象物117の表面に、微小荷電粒子によって薄膜が形成される。
【0011】
アーク電源124の内部には、コンデンサユニットが配置されており、アーク電流はコンデンサユニットの放電によって供給されるため、コンデンサユニットに蓄積された電荷が放電によって消滅すると、アーク電流は停止する。
コンデンサユニットが充電された後、トリガ放電を発生させると、アーク放電が再び流れ、薄膜が成長する。
【0012】
しかしながら、上記従来技術の真空蒸着装置102では、1回のアーク放電によって成長する薄膜の膜厚が薄く(要するに、成膜速度が遅く)、解決が望まれている。
磁界形成装置と同軸型真空アーク蒸着源を用いて薄膜を形成する技術は、例えば下記文献に記載されている。
【特許文献1】特開2006−83431号公報
【特許文献2】特開2006−312764号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記従来技術の課題を解決するために創作されたものであり、その目的は、成膜速度が速い同軸型真空アーク蒸着源と、その蒸着源を用いた真空成膜装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の発明者等は、従来技術の同軸型真空アーク蒸着源の成膜速度が遅い原因を突き止めるため、真空槽内に蒸着材料蒸気が到達する範囲を調査したところ、磁界形成装置によって荷電粒子を曲げた進行方向よりも、むしろ、同軸型真空アーク蒸着源から直進方向に粒子が多量に到達し、その位置に薄膜が形成されており、同軸型真空アーク蒸着源から放出された微小粒子は、中性粒子が多いことが判明した。
【0015】
その原因は、アーク放電によって形成されたプラズマがアノード電極に接触し、プラズマ中の微小荷電粒子から電荷が失われことに起因すると推測された。
そうだとすると、プラズマをアノード電極に接触させなければよい。加えて、膜質を向上させるためには、成膜対象物が配置された方向に、巨大粒子が飛行しないようにするとよい。
【0016】
本発明は上記知見に基づいて創作されており、筒状のアノード電極と、前記アノード電極内に配置されたカソード電極と、前記アノード電極内で前記カソード電極とは絶縁して配置されたトリガ電極と、前記アノード電極の中心軸線の延長線上に配置され、荷電粒子の飛行方向を曲げる磁界を形成する磁界形成装置とを有し、前記アノード電極の先端の放出口から放出された電子が前記磁界形成装置を通過し、曲げられた後の飛行方向と交叉する位置に成膜対象物を配置すると、前記カソード電極の材料蒸気によって、前記成膜対象物表面に薄膜が形成される真空蒸着装置であって、前記カソード電極は、その先端が前記アノード電極の先端と同一平面上に位置するように配置された真空蒸着装置である。
また、本発明は、前記アノード電極の先端の前記成膜対象物が配置された側には、前記アノード電極と電気的に接続された遮蔽電極が配置された真空蒸着装置である。
また、本発明は、前記アノード電極の先端の前記成膜対象物が配置された側とは反対側の位置に、前記アノード電極に電気的に接続された網状電極が配置された真空蒸着装置である。
【発明の効果】
【0017】
成膜速度が速い。
薄膜中に液滴の混入がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
図1の符号1は、本発明の一例の真空蒸着装置1を示している。
この真空蒸着装置1は、真空槽10を有しており、該真空槽10の内部には、同軸型真空アーク蒸着源11が配置されている。
この同軸型真空アーク蒸着源11は、アノード電極21と、蒸着源本体22を有している。
【0019】
アノード電極21は筒状(ここでは円筒状)であり、蒸着源本体22は棒状であり、蒸着源本体22はアノード電極21の内部に配置されている。
蒸着源本体22は、蒸着材料から成るカソード電極31と、棒状電極32と、トリガ電極33と、絶縁筒34とを有している。この蒸着源本体22の斜視図を図3(a)に示す。
【0020】
カソード電極31は円柱状であり、絶縁筒34は円筒形状である。カソード電極31は絶縁筒34の先端に配置されており、棒状電極32は絶縁筒34の内部に挿入されている。
トリガ電極33はリング状であり、絶縁筒34の外周のカソード電極31に近く、カソード電極31とは離間した位置に嵌め込まれている。
【0021】
アノード電極21は、一端の開口が放出口36として真空槽10の内部に向けられており、蒸着源本体22は、アノード電極21内部で、カソード電極31側が放出口36に向けられている。
アノード電極21と、カソード電極31と、絶縁筒34と、棒状電極32の中心軸線は一致するように配置されている。符号39はその中心軸線を示している。
【0022】
真空槽10の外部には、アーク電源24とトリガ電源25が配置されており、アノード電極21と真空槽10を接地電位に接続され、カソード電極31は、棒状電極32を介してアーク電源24に接続され、トリガ電極33はトリガ電源25に接続されている。
【0023】
真空槽10には真空排気系19が接続されており、真空排気系19によって真空槽10内を所定圧力(10〜5Pa以下)に真空排気し、アーク電源24によってカソード電極31に負電圧を印加し、トリガ電極33にアノード電極21に対して正電圧となる負電圧を印加すると、カソード電極31の側面とトリガ電極33の間にトリガ放電が起こり、カソード電極31の側面から蒸着材料蒸気が放出される。
【0024】
蒸着材料蒸気によってアノード電極21内の圧力が上昇すると、アノード電極21とカソード電極31の側面との間にアーク放電が誘起され、大きなアーク電流が流れ、カソード電極31の側面から蒸着材料の粒子が放出され、カソード電極31周囲にプラズマが形成される。
【0025】
カソード電極31のリング状の側面は、アノード電極21の内周面と対面しており、トリガ放電によって誘起されたアーク電流がカソード電極31の側面とアノード電極21の内周面の間を流れると、カソード電極31の側面が溶融し、蒸着材料の粒子が上記となって放出され、カソード電極31の周囲にプラズマが形成される。
【0026】
アーク電流は棒状電極32の内部を中心軸線39に沿って流れ、アノード電極21の内部に磁界を形成する。アーク放電によってアノード電極21の壁面方向に放出された電子は、アーク電流が形成する磁界からローレンツ力を受け、放出口36方向に飛行方向が曲げられ、アノード電極21の放出口36から真空槽10内に放出される。
【0027】
プラズマ中に含まれる蒸着材料の粒子は、正電荷を有するか中性粒子であり、電荷質量比の大きな微小荷電粒子は電子に引き付けられて放出口36から真空槽10内に放出される。
電荷質量比が小さな巨大荷電粒子や中性粒子は直進し、アノード電極21の側面に衝突し、そこに付着する。
【0028】
本発明の同軸型真空アーク蒸着源11では、アノード電極21の先端の一部に遮蔽電極27が接続されている。
遮蔽電極27は、ここでは、アノード電極21を構成する円筒形の金属材料が、円周に沿った方向に中心角度θ、中心軸線39に沿った方向に長さD(全長100cmに対してD=60cm)だけ切り欠かれ、金属材料の残りの部分で、円周に沿った方向に中心角度2π−θ、中心軸線39に沿った方向に長さDの遮蔽部材が形成されている。
ここではθ=π(180°)であり、切り欠き部分と遮蔽電極27の部分の、円周方向に沿った長さは半円周になるようにされている。
【0029】
切り欠きが形成された部分とは反対側の部分の先端はアノード電極21の先端であり、カソード電極31の先端とアノード電極21の先端は同一平面に位置するようにされている。従って、遮蔽電極27は、その長さDだけ、カソード電極31の先端から突き出されている。
【0030】
遮蔽電極27とアノード電極21(及び、カソード電極31とトリガ電極33)は、導電性を有しており、遮蔽電極27はアノード電極21と電気的に接続されている。
遮蔽部材が配置されない部分では、プラズマが拡がってもアノード電極21と同電位の部材には接触せず、微小荷電粒子が中性粒子化しない。従って、微小荷電粒子を多く含む蒸気がアノード電極21の放出口36から真空槽10内に放出される。
アノード電極21の中心軸線39の延長線上には磁界形成装置15が配置されている。
【0031】
磁界形成装置15の内部には磁界が形成されている。図4は、図1の同軸型真空アーク蒸着源11を、切り欠きが位置する方向から見た図である。同図に示すように、磁界形成装置15の内部には、平行な磁力線が生成されるような磁界が形成されており、アノード電極21の内部を通り、アノード電極21の中心軸線39と平行な直線は、磁界形成装置15内部の磁力線と垂直に交叉しており、飛行方向が中心軸線39と平行な微小荷電粒子は、磁界形成装置15から大きなローレンツ力を受け、飛行方向が曲げられる。
【0032】
磁界形成装置15は、例えばN極とS極が向き合わされた磁石で構成することができる。図4の符号37a、37bは、その磁石を示している。一例として、磁石の大きさは50mm×50mm、厚さ30mm、中心磁束密度156〜160Gaussである。
【0033】
磁界形成装置15の内部を通過した後の電子は直進する。その電子の飛行方向には、基板ホルダ18が配置されており、基板ホルダ18上には、半導体基板等の成膜対象物17が配置されている。図1、4の符号29は、磁界形成装置15に入射し、飛行方向が曲げられて通過した電子の軌跡を示している。図4では、電子の軌跡29は紙面手前側から紙面奥方向に向かって湾曲している。
【0034】
微小荷電粒子は電子に引き付けられて電子と同じ方向に起動が曲げられ、成膜対象物17表面に到達すると、薄膜が成長する。
同軸型真空アーク蒸着源11からは微小荷電粒子が多量に放出され、磁界形成装置15によって成膜対象物17に照射されるから、成膜速度が速い。
【0035】
遮蔽電極27は、アノード電極21の先端の成膜対象物17が配置された側に配置されており、遮蔽電極27は、カソード電極31の側面と成膜対象物17表面を結ぶ直線が、遮蔽電極27と交叉する大きさに形成されている。
【0036】
アーク放電によってカソード電極31表面から巨大粒子が飛び出し、成膜対象物17に向けて飛行しても、遮蔽電極27と衝突し、そこに付着し、成膜対象物17に到達しない。また、遮蔽電極27に衝突した巨大粒子から二次粒子が生成されても、その二次粒子は成膜対象物17とは反対側に飛行するし、アノード電極21と衝突した巨大粒子から生成された二次粒子は遮蔽電極27によって遮蔽されるから、成膜対象物17表面には二次粒子は到達せず、微小荷電粒子によって薄膜が形成される。
【0037】
図3(b)は、本発明の真空蒸着装置1に用いることができる同軸型真空アーク蒸着源11’の他の例の斜視図であり、切り欠き部分に、網状電極28が配置されており、カソード電極31の先端上の空間は、遮蔽電極27と網状電極28で取り囲まれている。
【0038】
網状電極28はアノード電極21に電気的に接続されており、カソード電極31とアノード電極21の間の他、カソード電極31の成膜対象物17側では、カソード電極31と遮蔽電極27との間にもアーク放電が発生するのに対し、カソード電極31の成膜対象物17とは反対側ではカソード電極31と網状電極28の間でもアーク放電が発生するから、カソード電極31が均一に消耗できるようになる。
【0039】
カソード電極31側面から飛び出し、網状電極28に向かって飛行する巨大粒子は網状電極28の網の目を通過するから、網状電極28で発生する二次粒子はごく僅かであり、膜質のよい薄膜を形成することができる。
【0040】
上記実施例では、遮蔽電極27を設けたが、図2に示すように、遮蔽電極27を設けず、アノード電極21の先端を全周に亘って露出させ、カソード電極31の先端とアノード電極21の先端を同一平面に位置するように配置した真空蒸着装置2の場合には、プラズマが遮蔽電極27とも接触せず、微小荷電粒子を更に大量に放出させ、高速成膜を行なうことができる。
【0041】
なお、本発明で用いたアーク電源24は100V数アンペア、その中のコンデンサユニットの容量は8800μFで充電時間は1秒、アーク放電の周期は1Hzである。トリガ電圧は3.4kVである。アノード電極21やトリガ電極33はステンレス製である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の第一例の蒸着装置
【図2】本発明の第二例の蒸着装置
【図3】(a):本発明に用いることができる蒸着源本体の一例 (b):他の例
【図4】電子の飛行軌跡を説明するための図面
【図5】従来技術の蒸着装置を説明するための図面
【符号の説明】
【0043】
1、2……真空蒸着装置
10……真空槽
15……磁界形成装置
17……成膜対象物
21……アノード電極
22……蒸着源本体
27……遮蔽電極
28……網状電極
31……カソード電極
33……トリガ電極
39……中心軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状のアノード電極と、
前記アノード電極内に配置されたカソード電極と、
前記アノード電極内で前記カソード電極とは絶縁して配置されたトリガ電極と、
前記アノード電極の中心軸線の延長線上に配置され、荷電粒子の飛行方向を曲げる磁界を形成する磁界形成装置とを有し、
前記アノード電極の先端の放出口から放出された電子が前記磁界形成装置を通過し、曲げられた後の飛行方向と交叉する位置に成膜対象物を配置すると、前記カソード電極の材料蒸気によって、前記成膜対象物表面に薄膜が形成される真空蒸着装置であって、
前記カソード電極は、その先端が前記アノード電極の先端と同一平面上に位置するように配置された真空蒸着装置。
【請求項2】
前記アノード電極の先端の前記成膜対象物が配置された側には、
前記アノード電極と電気的に接続された遮蔽電極が配置された請求項1記載の真空蒸着装置。
【請求項3】
前記アノード電極の先端の前記成膜対象物が配置された側とは反対側の位置に、前記アノード電極に電気的に接続された網状電極が配置された請求項2記載の真空蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−231548(P2008−231548A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−76304(P2007−76304)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】