説明

眼科用薬剤

【課題】 患者の負担を抑制しつつ好適に薬効成分を後眼部側に到達させて薬理効果持続時間を延長する眼科用薬剤を提供する。
【解決手段】 Leu-IleまたはLeu-Ileの塩を含有した組成物にポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール類の界面活性剤と、アルギン酸ナトリウムとを含有してなる眼科用薬剤を局所に投与することにより、眼科用薬剤を投与部位にてゲル化させ、Leu-Ileを好適に徐放させることができ、薬理効果を持続させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緑内障や虚血性視神経症等の視神経障害、および黄斑変性症や網膜色素変性症等の網膜疾患用の眼科用薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、緑内障や虚血性視神経症等の視神経障害疾患が知られている。これらの疾患は視神経を構成する網膜神経節細胞が障害を受けることにより徐々に視力低下を引き起こし、さらに症状が進むと失明に至ってしまうものである。さらに黄斑変性症、網膜色素変性症、レーベル病などの網膜疾患も網膜神経細胞死が発症に深く関与すると考えられている。このような視神経や網膜障害疾患に対しては現在のところ有効な治療法はない。一般にはビタミン製剤や血流改善剤等が治療薬として用いられるが、確実な治療効果が得られていないのが現状である。一方、動物を用いた基礎実験ではBDNF(脳由来神経栄養因子)やGDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)等の神経栄養因子が、視神経や網膜障害の進行を遅らせたり、改善させることが知られている。このような神経栄養因子は、生体内で産生されるが、脳細胞では疎水性ジペプチドであるLeu-Ile(ロイシン−イソロイシン)によって、その産生が促進されることが知られている(特許文献1 参照)。
【特許文献1】特開2005−41834号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、疎水性ジペプチドLeu-Ileが視神経や網膜障害の予防や治療に応用できるかは現在のところ検討されていない。さらにLeu-Ileは生体成分から構成されていることから点眼剤として,あるいは内服剤として後眼部にまで行き届かせることは困難であり、後眼部において前述した神経栄養因子の産生を促進させることが難しい。また、単純にLeu-Ileを結膜下に注射することも考えられるが、Leu-Ileを結膜下に長時間留めておくことは難しく、薬理効果を維持させるためには何度も結膜下注射を行わなければならず、患者にとって負担である。
上記従来技術の問題点に鑑み、患者の負担を抑制しつつ好適に薬効成分を後眼部側に到達させて薬理効果持続時間を延長する眼科用薬剤を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、鋭意研究した結果、Leu-Ileを薬効成分とする水溶性組成物にポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール類の界面活性剤を存在させることによりなる眼科用薬剤を使用することにより、結膜下注射を容易にしてLeu-Ileを後眼部に到達させるとともに、結膜下にてLeu-Ileを留置することが可能であることを見い出した。さらにこのような眼科用薬剤にアルギン酸ナトリウムを含有させることにより、ゲル化した薬剤からのLeu-Ileの徐放をさらに好適に行い薬理効果時間が延長されることを見出した。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、患者の負担を抑制しつつ薬効成分であるLeu-Ileを好適に後眼部側に到達させ、網膜局所で神経栄養因子の産生を持続的に誘導させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の眼科用薬剤を以下に説明する。本実施形態の眼科用薬剤は、BDNF(脳由来神経栄養因子)及びGDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)の生体内での産生を促進させるための物質としての疎水性ジペプチドのLeu-Ileを含有する組成物にポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール類の界面活性剤、及びアルギン酸ナトリウムとを含有する。
【0007】
本実施形態の眼科用薬剤に含有されるLeu-Ileは、眼科用薬剤の全量中、好ましくは0.05重量%〜10重量%、さらに好ましくは0.1重量%〜5重量%である。0.01重量%未満であると、所望する薬理効果が期待できない。また、10重量%を超えても薬理効果が向上しない。なお、本実施形態ではLeu-Ileを用いるものとしているが、これに限るものではなく、薬学的に許容可能なLeu-Ileの塩を用いることもできる。
【0008】
また、本実施形態の眼科用薬剤に用いられるポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール類の界面活性剤としては、特にポロクサマー407が好適に用いられる。このような界面活性剤の含有量は、最終的に得られる眼科用薬剤が室温(例えば、10℃〜30℃程度)において、注射液として使用可能な粘度であって、体内の投与部にて人の体温(35℃〜37℃程度)で留置可能な程度のゲル状(貯蔵弾性率が、1,000 Pa 〜10,000 Pa)となる量であることが好ましく、眼科用薬剤全量に対して好ましくは10%重量〜30重量%、さらに好ましくは15%重量〜25重量%である。なお、使用する界面活性剤は、ポロクサマー407以外であっても、眼科用薬剤が室温で注射液として、体温でゲル状となる性質が得られるような界面活性剤を用いることができる。例えば、ポロクサマーとしては、ポロクサマー188,ポロクサマー237,ポロクサマー238,ポロクサマー338,ポロクサマー403等が挙げられる。
【0009】
アルギン酸ナトリウムは、体温における界面活性剤による眼科用薬剤のゲル化をより好適に行わせるために用いられる。このようなアルギン酸ナトリウムの含有量は、眼科用薬剤全量において好ましくは、0.01重量%〜1重量%、さらに好ましくは0.05重量%〜0.5重量%である。なお、本実施形態では眼科用薬剤の成分としてアルギン酸ナトリウムを含有するものとしているが、これに限るものではなく、アルギン酸ナトリウムを用いなくとも、例えば界面活性剤を化学重合させてゲルの力学的強度を高めることもできる。その結果、薬剤が長期間生体内に留置され、薬理効果の持続時間をある程度引き延ばすことができる。また、本実施形態の眼科用薬剤は注射剤として使用するために、pH調整剤、粘調剤、保存剤及び薬学的に許容されるものを必要に応じて添加することができる。
【0010】
本実施の形態で使用されるLeu-Ileを溶かすための水性溶剤としては、例えば滅菌精製水、生理食塩水等の溶剤、及びBSSプラス(アルコン社製)等の各種電解質イオン、緩衝剤、等張化剤、グルタチオン、グルコース等の必要な成分を含む溶剤またはビタミンB12を含む溶剤等が挙げられる。
また、上記等張化剤としては、当該分野で使用されるものであれば限定されないが、特に塩化ナトリウム、ホウ酸、硫酸カリウム、D−マンニトール、ブドウ糖が好ましく用いられる。
【0011】
上記pH調整剤としては、当該分野で使用されるものであれば限定されないが、特にホウ酸、無水亜硫酸ナトリウム、塩酸、水酸化ナトリウム、クエン酸ナトリウム、酢酸、酢酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ホウ砂及び緩衝液(例えば、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液)等が好ましく用いられる。
【0012】
上記粘調剤としては、当該分野で使用されるものであれば限定されないが、特にメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ポリビニルピロリドン、ヒアルロン酸、ポリエチレングリコール、等が好ましく用いられる。
また、保存剤としては、当該分野で使用されるものであれば限定されないが、特に塩化ベンザルコニウム、塩化ベンセトニウム、クロロブタノール、フェニルエチルアルコール及びパラオキシ安息香酸エステル等が好ましく用いられる。
【0013】
本実施形態の眼科用薬剤の投与量および投与回数は、投与形態、患者の年齢、体重、疾患の状態等によって決められるが、通常としては成人一人当たりに対して、Leu-Ileの量として0.5 mg 〜 50 mgを1ヶ月当たり1回 〜4回投与する。投与方法としては、治療目的により変わるが、眼球周囲注射により結膜下、あるいはテノン嚢下に留置させることが好ましい。
【0014】
以下に実験例を示す。
<実験例1>
Leu-Ileに対する網膜の反応を確認するため、網膜神経節細胞の生存維持に関与するミュラー細胞におけるBDNFおよびGDNF産生促進効果を検討した。
(実験方法)
生後14日目のWistar/STラットから網膜を摘出し、ミュラー細胞を単離培養した。ミュラー細胞を1.0×104 cells/cm2 の密度で24ウェルプレートに播種し、2日間培養した。2日後、培地を無血清培地に交換し、24時間培養した。各試験濃度のLeu-Ileを含む無血清培地に交換し、24時間インキュベートした。その後、直ちに細胞と培養上清を-80℃下に凍結し、測定に供するまで保存した。凍結融解後、可溶化細胞と上清に含まれるBDNFおよびGDNF含量をEIA法により測定した。EIA法は、J Neurosci. Res. 78: 250-258 (2004)に準じて実施した。以下概略を(1)〜(6)に示す。
(1)96ウエルプレートにBDNFまたはGDNF抗体を固相化 (4℃、一晩)、(2)洗浄後、サンプルまたは標準物質を固相化された各ウエルに添加(4℃、12 - 18時間)、(3)洗浄後、ビオチン標識抗体を添加 (4℃、5時間)、(4)洗浄後、アビジン標識ガラクトシダーゼ複合体を添加 (室温、1時間)、(5)洗浄後、発色基質添加(4-methylumbelliferyl-β-D-galactoside)、(6)測定 (Ex: 360 nm, Em: 488 nm)
測定結果を図1及び図2に示す。図示するように、培養ミュラー細胞におけるBDNFおよびGDNF産生促進の効果は、1μg/mLをピークにBDNFは0.1μg/mL 〜 50μg/mLで、GDNFは0.1μg/mL 〜 10μg/mLの範囲で確認された。
【0015】
<実験例2>
Leu-Ileを徐放させる効果があると考えられる組成物を数種類用意し、本実施形態の眼科用薬剤の徐放効果を検討した。
(実験方法)
10mgのLeu-Ileを表1に示す各ゲル剤に含有させた後、1mLのリン酸緩衝ナトリウム液(PBS, pH 7.4)を加えて37℃の条件下で振盪攪拌した。振盪攪拌の開始から30分および2時間後にPBSを全量抜き取り、サンプル溶液とした。抜き取った後はPBS を1mL新たに加え引き続き攪拌した。それぞれの時間に採取したサンプル溶液中のLeu-Ile濃度を測定(HPLC法)し、累積して放出量を計算した。分析条件は、HPLC装置:2487アライアンスシステム (ウオーターズ製)、使用カラム: TSKgel ODS-120T(東ソー製)、溶媒:アセトニトリル/水、50/50 in 0.1% トリフルオロ酢酸、流速:1 mL/min、検出波長:210 nm、とした。その結果を表1、および図3に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
なお、表中、HAはニデロン(登録商標 ニデック製)、GAはMedGel (登録商標 PI5, メドジェル製)、GBはMedGel (登録商標 PI9, メドジェル製)、GCはメディゼラチン (登録商標 HMG-BP, ニッピ製) 5%溶液をグルタールアルデヒドで架橋し、凍結乾燥後に供試したもの、PFはプルロニック F-127 (登録商標 別名ポロクサマー407, Sigma製)を用いた。なお、PF20%、PF25%は、生理食塩液(大塚製薬)にポロクサマーをそれぞれ20%、25%含有させた水溶液であることを表している。
図3に示すように、PF20%、PF25%は他のゲル剤に比べてLeu-Ileの徐放に効果があることが確認された。
【0018】
<実験例3>
実験例3では、PFゲルからのLeu-Ile放出に対してアルギン酸ナトリウム添加による影響について検討した。
(実験方法)
実験例2で示したLeu-Ile 10mg含有のPF20%及びPF25%のゲル化剤と、これらにさらにアルギン酸ナトリウム(Sigma製)を全量に対して0.1重量%加えたもの(PF20%+A0.1%、PF25%+A0.1%)を用いて、実験例2と同様の方法を行い、Leu-Ile濃度を測定(HPLC法)し、累積して放出量を計算した。その結果を図4に示す。図4に示すように、アルギン酸ナトリウムを含有させることにより、より徐放効果が得られることが確認された。
【0019】
<実験例4>
実験例4では、PFゲルからのLeu-Ile放出に対してアルギン酸ナトリウム添加濃度による影響について検討した。
(実験方法)
実験例2で示したLeu-Ile 10mg含有のPF20%ゲル化剤に対して、さらにアルギン酸ナトリウムを全量に対して0.1重量%、0.2重量%、0.5重量%加えたものを用いて、実験例2と同様の方法を行い、Leu-Ile濃度を測定(HPLC法)し、累積して放出量を計算した。その結果を図5に示す。図5に示すように、アルギン酸ナトリウムの添加濃度による変化はわずかであった。
【0020】
<実験例5>
本実施形態の眼科用薬剤を結膜下注射した際の後眼部組織移行性について評価を行った。
(実験方法)
3.2 mgのFITC標識Leu-IleをPF20%+A0.2%ゲル化剤1 mLに含有させた。このゲル化剤50μLを25G針を装着したガラス製シリンジを用いてラットの結膜下に注射した。注射2時間後に眼球を採取し、後眼部各組織に分割して直ちに−30℃下に保存した。各サンプルはリン酸緩衝生理食塩水存在下で、ホモジナイザーあるいは超音波破砕機を用いて組織を粉砕させた。各サンプルを遮光下で1時間静置後、15,000 rpmで5分間の遠心分離し、上清を抽出液とした。抽出液に含まれる蛍光強度(Ex: 485 nm, Em: 525 nm)を、吸光蛍光マイクロプレートリーダー(SpectraMAX M2e、モレキュラーデバイス)を用いて測定した。同様な操作で無処置の後眼部組織における蛍光強度についても測定した。別途作成した検量線より、FITC-Leu-Ile含量を算出した。その結果を表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表2示すように、この基材を結膜下注射することにより、Leu-Ileを後眼部組織へ到達させることができる。
【0023】
<実験例6>
本実施形態の眼科用薬剤を結膜下注射することによる網膜組織におけるBDNF及びGDNF産生促進効果について評価を行った。
(実験方法)
22.5 mgのLeu-IleをPF20% + A0.2%ゲル化剤1 mLに含有させた。このゲル化剤40μL (= 3700 nmol/eye)を25G針を装着したガラス製シリンジを用いてラットの結膜下に注射した。注射の6、24および72時間後に網膜組織を採取し、質重量測定後直ちに液体窒素で瞬間凍結した。その後の測定に供するまで-80℃下に保存した。各サンプルの19倍量のホモジネート緩衝液を添加し、超音波処理により組織を粉砕した。100,000 g, 20分間の遠心分離後の上清を回収した。上清に含まれるBDNFおよびGDNF含量を実験例1と同様にEIA法により測定した。
【0024】
測定結果を図6及び図7に示す。図示するように、網膜組織におけるBDNF及びGDNFの産生促進の効果が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】Leu-Ileの培養ミュラー細胞におけるBDNF産生促進効果を示したグラフである。
【図2】Leu-Ileの培養ミュラー細胞におけるGDNF産生促進効果を示したグラフである。
【図3】各ゲル剤からのLeu-Ileの放出状態を示す図である。
【図4】PFゲルからのLeu-Ile放出に対してアルギン酸ナトリウム添加による変化を示した図である。
【図5】PFゲルからのLeu-Ile放出に対してアルギン酸ナトリウム添加濃度による変化を示した図である。
【図6】眼科用薬剤を結膜下注射することによる網膜組織におけるBDNF産生促進効果を示した図である。
【図7】眼科用薬剤を結膜下注射することによる網膜組織におけるGDNF産生促進効果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Leu-IleまたはLeu-Ileの塩を含有した組成物にポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール類の界面活性剤が存在してなることを特徴とする眼科用薬剤。
【請求項2】
請求項1の眼科用薬剤において前記界面活性剤は前記眼科用薬剤全量に対して10重量%〜30重量%であり、前記眼科用薬剤は室温にて注射液として使用可能な粘度であって人の体温にて体内に留置可能な程度のゲル状となることを特徴とする眼科用薬剤。
【請求項3】
請求項2の眼科用薬剤は、さらにアルギン酸ナトリウムを含有することを特徴とする眼科用薬剤。
【請求項4】
請求項3の眼科用薬剤において、前記アルギン酸ナトリウムは前記眼科用薬剤全量に対して0.01重量%〜1.0重量%であることを特徴とする眼科用薬剤。
【請求項5】
請求項4の眼科用薬剤において、前記界面活性剤はポロクサマー407であることを特徴とする眼科用薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−43011(P2010−43011A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−206491(P2008−206491)
【出願日】平成20年8月11日(2008.8.11)
【出願人】(000135184)株式会社ニデック (745)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】