説明

着色透光性ジルコニア焼結体及びその製造方法並びにその用途

【課題】
遷移金属元素を着色剤として明確な色調及び高い透明性を有し、意匠性および審美性が共に優れる着色透光性ジルコニア焼結体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】
イットリアを6mol%以上15mol%以下含有し、鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上を酸化物換算で0.02mol%以上0.5mol%以下含有し、気孔率が高くとも1000ppmであることを特徴とする着色透光性ジルコニア焼結体。平均結晶粒径が大きくとも60μmであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、濃い色調と高い透光性を兼ね備えた着色透光性ジルコニア焼結体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ジルコニア単結晶、いわゆるキュービックジルコニアは、装飾用途や宝飾用途に使用されている。さらに、遷移金属や希土類元素などの着色剤を添加することによって着色されたキュービックジルコニアも同様な用途に使用されている(非特許文献1)。
【0003】
これらのキュービックジルコニアを作製する場合は、スカルメルト法等によりジルコニア単結晶のバルク体を最初に作製し、その後、作製したバルク体を切断や研磨によって目的形状に加工する必要があった。そのため、キュービックジルコニアを任意の形状に加工することは困難であり、複雑形状等の高い意匠性が必要とされる用途や、微細加工が必要とされる用途などにはキュービックジルコニアを使用することができなかった。
【0004】
一方、ジルコニア粉末を成型、焼成して得られ、高い透明性を有する透光性ジルコニア焼結体が報告されている(特許文献1、特許文献2、特許文献3、非特許文献2)。これらの透光性ジルコニア焼結体は、射出成型等のモールディング成型で作製できる。そのため、透光性ジルコニア焼結体は任意の形状の焼結体として製造することが容易である。このような高い透明性を有する透光性ジルコニア焼結体は、キュービックジルコニアでは加工できない形状の部材とすることができる。
【0005】
透光性ジルコニア焼結体の意匠性をさらに向上させるため、着色剤として希土類酸化物を添加した透光性ジルコニア焼結体、いわゆる着色透光性ジルコニア焼結体が検討されている(特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−246384号公報
【特許文献2】特開昭62−091467号公報
【特許文献3】特開2010−47460号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jounal of the Electrochemical Society、第130巻、No.4、962頁(1983)
【非特許文献2】Jounal of the European Ceramic Society、第29巻、283頁(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のランタノイド系希土類元素を着色剤として使用した着色透光性ジルコニア焼結体では、所望の呈色を得るために1mol%程度のランタノイド系希土類元素を添加する必要があった。ランタノイド系希土類元素は高価であり、これに代わる安価な着色剤を用い、かつ、明確な呈色を有する着色透光性ジルコニア焼結体が求められていた。
【0009】
さらに、多結晶体である透光性ジルコニア焼結体の着色は、ジルコニア単結晶の着色とは異なる。すなわち、透光性ジルコニア焼結体が着色剤を含有すると、その透明性が著しく低下するという問題を有している。そのため、高い透明性を有した着色透光性ジルコニア焼結体は、Ndなどごく一部の着色剤を少量含有した焼結体のみしか得られていなかった。したがって、多彩な色彩を有し、なおかつ、高い透光性を有する着色透光性ジルコニア焼結体は得られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本研究者らは、上記の課題に鑑み、着色透光性ジルコニア焼結体の色調及び透明性と、焼結体組成及び組織との関係について鋭意検討を重ねた。その結果、着色剤として特定の遷移金属元素を着色剤として含有した透光性ジルコニア焼結体は、着色剤の含有量が微量であるにも関わらず、明確な呈色を示すことを見出した。
【0011】
さらに、着色剤としての特定の遷移金属元素を含有するジルコニア焼結体であって、なおかつ、気孔率が制御された着色透光性ジルコニア焼結体は、少量の着色剤であるにも関わらず、焼結体が明確な色調を呈し、かつ、高い透明性を有することを見出した。さらには、特定の遷移金属元素を含有し、かつ、結晶粒子内部の気孔(以下、「粒内気孔」とする)を有さない一次焼結体を作製し、その後、当該一次焼結体を熱間静水圧プレス処理することによって、高い透明性を有するだけでなく、明確な色調をも呈する着色透光性ジルコニア焼結体が得られることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、イットリアを6mol%以上15mol%以下含有し、鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅又はバナジウムの少なくとも1種以上を酸化物換算で0.02mol%以上0.6mol%以下含有し、気孔率が高くとも1000ppmであることを特徴とする着色透光性ジルコニア焼結体である。
【0013】
本発明において、「鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上を酸化物換算で0.02mol%以上0.6mol%以下含有し」とは、鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上を、それらの遷移金属元素1モルと酸素原子からなる酸化物を0.02mol%以上0.6mol%以下含有することを意味するものとする。例えば、バナジウムの場合は、酸化バナジウム(V2O5)ではなく、バナジウム1モルと酸素原子からなるVO2.5換算での酸化物を0.02mol%以上0.6mol%以下含有することを意味する。
【0014】
以下、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体について説明する。
【0015】
本発明のジルコニア焼結体は、着色透光性ジルコニア焼結体であり、無色以外の色調を有し、かつ、透光性を有するジルコニア多結晶体である。従って、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、無色の透光性ジルコニア焼結体(以下、透明ジルコニア焼結体)、不透明のジルコニア焼結体(以下、不透明ジルコニア焼結体)、及びジルコニア単結晶とは異なる。なお、ここでいう透明ジルコニア焼結体とは、測定波長400nm〜800nmにおいて試料厚さ1mmの最大直線透過率が10%以上であり、例えば、−3≦a≦3かつ−3≦b≦3を満たす焼結体である。
【0016】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、ジルコニアに対してイットリアを6mol%以上15mol%以下含有し、8mol%以上12mol%以下含有することが好ましい。イットリア含有量がこの範囲であると、結晶相が立方晶蛍石型構造となりやすい。これにより、着色透光性ジルコニア焼結体が高い透明性を示す。
【0017】
イットリア含有量が6mol%未満、もしくは、イットリア含有量が15mol%を超えると立方晶以外の結晶相が混在しやすくなり、焼結体の透明性が低下する。
【0018】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、チタニアを3mol%以上20mol%以下含有することが好ましく、8mol%以上15mol%以下含有することがより好ましい。焼結体がこの範囲のチタニアを含有することで、焼結体の透明性が高くなりやすい。さらに、チタニアを含有することで平均結晶粒が小さくなりやすい。これにより、機械的強度、特に曲げ強度が高くなる傾向にある。焼結体のチタニア含有量が3mol%以上とすることで、焼結体の透明性が高くなりやすい。また、チタニアの含有量が20mol%以下であることで、焼結体中にパイロクロア型酸化物(ZrTiO等)の化合物が生成しにくくなるため、焼結体の透明性が低下しにくくなる。
【0019】
なお、チタニアの含有量は、着色透光性ジルコニア焼結体中のジルコニア及びイットリアの合計量に対するmol%である。
【0020】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、銅(Cu)及びバナジウム(V)からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含有し、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、鉄(Fe)及びバナジウム(V)からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含有することが好ましい。本発明の着色透光性ジルコニア焼結体が、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、銅(Cu)及びバナジウム(V)からなる群から選ばれる少なくとも1種以上(以下、「着色遷移金属元素」とする)を含有した場合、着色遷移金属元素の含有量が少量であっても着色透光性ジルコニア焼結体が高い透明性を維持したまま、明確な色調を呈する焼結体となる。また、着色遷移金属元素として、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含有することで、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体が透明性を維持したまま、特に深い色調を有する焼結体となる傾向にある。なお、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体中では、これらの着色遷移金属元素は酸化物として含有されていてもよい。
【0021】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、着色遷移金属元素を酸化物換算で少なくとも0.02mol%含有し、少なくとも0.05mol%含有することが好ましく、少なくとも0.075mol%含有することがより好ましい。焼結体が含有する着色遷移金属元素の含有量が酸化物換算で0.02mol%未満では、焼結体の色調が薄くなり、特に明度Lの値が大きくなりすぎる。
【0022】
焼結体が含有する着色遷移金属元素が多くなると、明度Lの値が低くなり、より深い色調とすることができる。しかしながら、着色遷移金属元素が多くなりすぎると焼結体中にジルコニア以外の遷移金属酸化物が生成し、焼結体の透光性が低下する傾向にある。そのため、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体が含有する着色遷移金属元素は、酸化物換算で多くとも0.6mol%であり、多くとも0.5mol%であることが好ましく、多くとも0.3mol%であることがより好ましく、多くとも0.2mol%であることが更に好ましく、多くとも0.15mol%であることが更により好ましく、多くとも0.1mol%であることが特に好ましい。
【0023】
なお、着色遷移金属元素の含有量は、着色透光性ジルコニア焼結体中のジルコニア、及びイットリアの合計量に対するmol%である。
【0024】
また、着色透光性ジルコニア焼結体がチタニアを含有する場合、着色遷移金属元素の含有量は、着色透光性ジルコニア焼結体中のジルコニア、イットリア及びチタニアの合計量に対するmol%である。
【0025】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、イットリア及び着色遷移金属元素がジルコニアに固溶していることが好ましい。
【0026】
さらに、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体がチタニアを含有している場合は、イットリア、チタニア及び着色遷移金属元素がジルコニアに固溶していることが好ましい。
【0027】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体はフッ素を含まないことが好ましい。フッ素元素やフッ素含有化合物を含んだ場合、焼結体の透明性が低くなりやすい。フッ素は焼結体の焼結性に影響を与える。そのため、焼結過程においてフッ素が焼結体中の気孔排除を抑制し、焼結体中に気孔が多く残存するためと考えられる。そのため、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体はフッ素をフッ素化物として焼結体の重量に対して0.5重量%未満であることが好ましく、実質的にフッ素化物を含有しないことがより好ましい。
【0028】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、気孔率が高くとも1000ppm(0.1体積%)である。
【0029】
発明者らはジルコニア焼結体の透明性が残留気孔に起因することを見出し、Mie散乱による光散乱モデルを用いて透明性と残留気孔量の相関を明らかにした。これによると、透光性ジルコニア焼結体は、同一の測定波長における直線透過率と気孔率に相関関係を有している(J.Am.Ceram.Soc,91[3] p813−818(2008))。さらなる検討の結果、着色剤として遷移金属元素を含有する着色透光性ジルコニア焼結体においては、最大直線透過率と気孔率との間に上記と同様な相関関係があることを本発明者らは見出した。
【0030】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の気孔率Vは高くとも1000ppm(0.1体積%)であり、高くとも700ppm(0.07体積%)であることが好ましく、高くとも500ppm(0.05体積%)であることがより好ましく、高くとも200ppm(0.02体積%)であることがさらに好ましい。気孔率Vが1000ppmを越えると透明性が低くなる。さらに、気孔率Vが500ppm以下であることで、最大直線透過率が30%以上と高くなりやすい。ここで、本発明においては、気孔率とは、着色透光性ジルコニア焼結体の体積に対する、残留気孔の割合(体積%)である。
【0031】
一方、気孔率Vは低いほど透明性は高くなる。そのため、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は実質的に気孔を含まないことが好ましい。しかしながら、気孔率が1ppm(0.0001体積%)、さらには気孔率が10ppm(0.001体積%)であっても本発明の目的とする透明性を有する焼結体となる。
【0032】
本発明における気孔率は以下の(1)式で求めることができる。
【0033】
V=100×(4・r・C)/(3・Q) ・・・(1)
(但し、V:気孔率(体積%)、C:散乱係数(1/m)、r:残留気孔半径(m)、Q:散乱効率(−)であり、r=0.05μmである。)
【0034】
なお、(1)式における散乱係数Cは以下の(2)式で求まる値である。
【0035】
C=−(1/t)・Ln{(T/100)/(1−R)} ・・・(2)
(但し、C:散乱係数(1/m)、T:焼結体の最大直線透過率(%)、R:反射率(−)、t:サンプル厚み(m)であり、R=0.14である)
【0036】
また、散乱効率Qの値は直線透過率を測定する測定波長λにより異なる。そのため、(1)式において気孔率Vを求める場合は、(2)式における焼結体の最大直線透過率Tが測定された測定波長λと同じλの散乱係数Qを使用することが必要である。測定波長λと散乱効率Qは、以下の(3)式を用いて近似的に求めることができる。
Q=5.010−2.370e−2・λ+4.813e−5・λ
−5.032e−8・λ+2.638e−11・λ−5.435e−15・λ (3)
(但し、λ:最大直線透過率が測定されたときの測定波長(nm))
【0037】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、試料厚さ1mm、測定波長300nm〜800nmにおける最大直線透過率が少なくとも30%であることが好ましく、少なくとも40%であることがより好ましく、少なくとも50%であることがさらに好ましい。最大直線透過率が少なくとも30%である焼結体は透明性が高く、高い審美性を有しやすい。
【0038】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、試料厚さ1mm、測定波長300nm〜800nmにおける最大全光線透過率が、少なくとも50%であることが好ましく、少なくとも55%であることがより好ましく、少なくとも60%であることがさらに好ましく、少なくとも65%であることが特に好ましい。最大全光線透過率が少なくとも50%の焼結体は透光性が高くなりやすい。
【0039】
なお、直線透過率及び全光線透過率は(4)式の関係を有する値である。
【0040】
Ti=Tt−Td ・・・(4)
Tt:全光線透過率(%)
Td:拡散透過率(%)
Ti:直線透過率(%)
【0041】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、試料厚さ1mmにおけるヘーズ率が高くとも70%であることが好ましく、高くとも55%であることがより好ましく、高くとも45%であることが更に好ましく、高くとも25%であることが特に好ましい。試料厚さ1mmにおけるヘーズ率が高くとも70%であることで、着色透光性ジルコニア焼結体の透明性がより高くなる。
【0042】
ヘーズ率H(%)は(5)式から求めることができる。
【0043】
H=100×Td/Tt ・・・(5)
H :ヘーズ率(%)
Tt:全光線透過率(%)
Td:拡散透過率(%)
【0044】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の色調は明度L、色相a、bで規定される。ここで、明度L値が大きくなると色調は明るくなり、反対にL値が小さくなると色調は暗くなる。さらに、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体における色調は、焼結体を透過した光を白板で反射させ、これが再度焼結体を透過した光を測定することによって測定される。そのため、色調は焼結体の透光性が変化することに伴って変化する。例えば、直線透過率が大きくなると、明度L、色相a、bはいずれも大きくなりやすい。反対に、直線透過率が小さくなると、明度L、色相a、bはいずれも小さくなりやすい。特に、色相a、bは透明性に影響を受けやすい。
【0045】
このように、本発明における色調は、透光性を有さない不透明ジルコニア焼結体の色調、すなわち、焼結体表面の反射光から求められる明度L、色相a、bにより求められる値とは異なる値である。
【0046】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、試料厚さ1mmにおける明度Lが大きくとも85であることが好ましく、大きくとも75であることがさらに好ましく、大きくとも70であることがより好ましく、大きくとも65であることがさらにより好ましい。また、Lがこの範囲であることで、焼結体の色合いが明確になる。さらに、Lが大きくとも70であることで、焼結体がより深い色調となりやすい。
【0047】
また、明度Lが低くなりすぎると色相が黒色に近くなるため、明度Lは少なくとも5であることが好ましく、少なくとも40であることがより好ましく、少なくとも50であることが更に好ましい。明度Lが少なくとも5であることで、色相が明確になりやすい。
【0048】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の色相a及びbは焼結体の透光性が変化すると大きく変化するため、一概に決まるものではない。例えば、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体が紫色を呈する場合、試料厚さ1mmの際の色相a及びbが4≦a≦10、−25≦b≦0であることが挙げられる。同様に、着色透光性ジルコニア焼結体が黄色を呈する場合、試料厚さ1mmの際の色相a及びbが、−20≦a≦0、40≦b≦70であることが例示できる。
【0049】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の結晶相は、立方晶であることが好ましく、立方晶蛍石型構造であることがより好ましく、立方晶蛍石型構造の単相であることがさらに好ましい。立方晶は光学異方性がない結晶構造であるため、多結晶界面における複屈折が存在しない。そのため、焼結体の結晶相が立方晶の単相となることで、焼結体が特に高い透明性を有しやすい。
【0050】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の平均結晶粒径は、大きくとも60μmであることが好ましく、大きくとも50μmであることがより好ましく、大きくとも40μmであることがさらに好ましく、大きくとも35μmであることがさらにより好ましく、大きくとも30μmであることが特に好ましい。焼結体の平均結晶粒径を大きくとも50μmとすることで、機械的強度、特に曲げ強度が高くなる。平均結晶粒径の下限は特に限定されないが、小さくとも10μmであることが挙げられる。
【0051】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、曲げ強度が少なくとも100MPaであることが好ましく、少なくとも300MPaであることがより好ましく、少なくとも350MPaであることが更に好ましい。曲げ強度が低くとも100MPaであれば、高い機械的強度を有する焼結体となる。そのため、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体を外装部材等の用途で使用した場合に壊れにくくなる。
【0052】
次に、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の製造方法について説明する。
【0053】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、銅(Cu)及びバナジウム(V)からなる群から選ばれる少なくとも1種以上及びイットリアを含有するジルコニア粉末を成型後、常圧焼結した後、さらに熱間静水圧プレス(HIP)処理し、アニールする製造方法であって、相対密度が90%以上99%以下、平均結晶粒径が大きくとも10μmである一次焼結体をHIP処理に供することによって得ることができる。
【0054】
本発明の製造方法で使用する鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上(着色遷移金属元素)及びイットリアを含有するジルコニア粉末(以下、「原料粉末」とする)は、着色遷移金属元素及びイットリアを所定量含有していれば特に制限はない。原料粉末中の着色遷移金属元素及びイットリアの含有量は、目的とする着色透光性ジルコニア焼結体の組成と同じ組成にすればよい。
【0055】
工業的な観点より、イットリア固溶ジルコニア粉末及び着色遷移金属元素の酸化物粉末を混合した混合粉末を原料粉末として用いることが好ましい。
【0056】
混合粉末に用いるイットリア固溶ジルコニア粉末は、純度99.9%以上、比表面積3m/g〜20m/gの粉末を用いることが好ましい。さらに、イットリア固溶ジルコニア粉末は、平均結晶子径10nm〜50nm、平均二次粒子径は100nm〜500nmの粉末であることが好ましく、加水分解法等の湿式合成法で製造された粉末が特に好ましい。
【0057】
混合粉末として用いる着色遷移金属元素の酸化物粉末は、着色遷移金属元素の酸化物の純度が99%以上であることが好ましい。
【0058】
本発明の製造方法では、原料粉末がさらにチタニアを含有していることが好ましい。これにより、最終的に得られる着色透光性ジルコニア焼結体の平均結晶粒径が小さくなりやすい。
【0059】
原料粉末に用いるチタニア粉末は、チタニアの純度が99.9%以上、比表面積が10m/g〜100m/gであることが好ましく、チタニアの純度が99.95%以上、平均結晶子径が30nm以下、平均2次粒子径が500nm以下の微細な粉末であることがより好ましい。
【0060】
原料粉末がチタニアを含む場合、イットリア固溶ジルコニア粉末、着色遷移金属元素の酸化物粉末、及びチタニア粉末を混合した混合粉末を原料粉末として用いることが好ましい。
【0061】
これらの粉末を混合する場合は、これらの粉末が均一に分散すれば特に方法に制限はないが、湿式ボールミル、湿式攪拌ミル等の湿式混合がより均一に混合できるため好ましい。
【0062】
本発明の製造方法では、原料粉末を成型して常圧焼結(以下、「一次焼結」とする)に供する成型体を得る。
【0063】
原料粉末の成型方法は、一次焼結に供するに適切な形状の成型体が得られる方法であれば制限はなく、一般的にセラミックスの成型に用いられているプレス成型、冷間静水圧プレス成型、鋳込み成型、押し出し成型、及び射出成型等の成型方法を用いることができる。
【0064】
本発明の製造方法では、成型体を一次焼結してHIP処理に供する一次焼結体を作製する。一次焼結体の相対密度は90%以上99%以下であり、平均結晶粒径が大きくとも10μmである。
【0065】
一次焼結体の相対密度は、91%以上であることが好ましく、92%以上であることがより好ましい。また、一次焼結体の相対密度は98.5%以下であることが好ましく、97.5%以下であることがより好ましい。一次焼結体の相対密度が90%未満もしくは99%を越えると、HIP処理による気孔排除が十分に進行しない。その結果、得られる着色透光性ジルコニア焼結体の透明性が低下する。
【0066】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体の透光性は一次焼結体組織に強く依存する。そのため、一次焼結体の平均結晶粒径が10μmを超える場合は、一次焼結体において粒内気孔が残存しやすく、HIP処理後も気孔が排除されにくい。一方、平均結晶粒径が大きくとも10μmであると、一次焼結体中の気孔は粒界に存在する。これにより、HIP処理による気孔排除がされやすくなる。また、一次焼結体の平均結晶粒径が大きくとも10μmであると、HIP処理中に結晶粒の塑性流動が起こりやすくなる。これにより、HIP処理中の気孔除去が効率的になると考えられる。一次焼結体の平均結晶粒径は大きくとも5μmであることが好ましく、大きくとも4μmであることがより好ましく、大きくとも3.5μmであることが更に好ましい。これにより、気孔排除が促進されやすい。一次焼結体の平均結晶粒径の下限は特に制限されないが、例えば、少なくとも0.5μmであることが挙げられる。
【0067】
本発明の製造方法では、一次焼結を常圧焼結で行なう。上記の相対密度及び平均結晶粒径を有する一次焼結体が得られれば一次焼結の条件は特に限定されない。特に一次焼結温度は、目的とする着色透光性ジルコニア焼結体の組成、着色遷移金属元素の種類及び含有量などにより異なる。そのため、一次焼結温度は目的とする着色透光性ジルコニア焼結体の組成、着色遷移金属元素の種類及び含有量に応じて適宜変えることがきる。着色遷移金属元素としてコバルトを含有する場合、一次焼結の温度として1250℃以上1550℃以下であることが例示でき、より好ましい一次焼結温度といて1300℃以上1450℃以下が例示でき、さらに好ましい一次焼結温度として1325℃以上1400℃以下を例示することができる。
【0068】
一次焼結は大気、酸素、真空等の雰囲気中での焼結を適用することができる。大気中で一次焼結を行うことが最も簡便であるため好ましい。
【0069】
本発明の製造方法では、一次焼結体をHIP処理する。
【0070】
HIP処理温度は1400℃以上1800℃未満であることが好ましく、1450℃以上1650℃以下であることがより好ましい。HIP処理温度を1400℃以上とすることで焼結体の気孔排除がより促進され、得られる焼結体の透光性が向上する。一方、HIP処理温度を1800℃未満とすることで焼結体の結晶粒の異常粒成長が抑制され、強度が高くなりやすい。さらに、HIP処理温度は一次焼結温度よりも高い温度であることが好ましい。HIP処理温度が一次焼結温度よりも高いことで、一次焼結体中の残留気孔の排除が促進されやすい。
【0071】
本発明の製造方法では、一次焼結温度が1325℃以上1400℃以下であり、かつHIP処理温度が1450℃以上1650℃以下であることが特に好ましい。
【0072】
HIP処理の時間は、少なくとも1時間であることが好ましい。HIP処理を少なくとも1時間とすることで、HIP処理中の焼結体からの気孔の排除が促進されやすい。
【0073】
HIP処理の圧力媒体は、非酸化雰囲気であれば特に限定されない。圧力媒体としては、窒素ガスやアルゴンガスなどが例示でき、一般的にHIP処理に用いられているアルゴンガスが好ましい。
【0074】
HIP処理の圧力は、低くとも50MPaであることが好ましく、100MPa以上200MPa以下であることがより好ましい。HIP処理の圧力が低くとも50MPaであることで、HIP処理中の気孔排除が効率よくなりやすい。また100MPa以上とすることで気孔排除がより促進され、得られる焼結体の透明性が高くなりやすい。
【0075】
チタニアを含有する一次焼結体をHIP処理する場合、一次焼結体中のチタンを還元することが好ましい。これにより得られる着色透光性ジルコニア焼結体の透光性が高くなりやすい。なお、チタンの還元とは、チタニア(TiO)中の4価のTiが3価のTi(TiO1.5)に還元されることを指す。チタンの還元が促進されることにより、酸素空孔が形成され、気孔の移動(消滅)が促進される。
【0076】
本発明の製造方法において、HIP処理で試料を設置する容器は還元性の材質でできた容器であることが好ましい。還元性の材質としてはカーボンを挙げることができる。
【0077】
本発明の製造方法では、HIP処理後のHIP処理体をアニール処理する。HIP処理後のHIP処理体は暗黒色を呈しやすいため、アニール処理により透明な着色透光性ジルコニア焼結体とすることができる。特に、HIP処理体がチタニアを含有する場合、チタンの還元のため、HIP処理体が暗黒色を呈しやすい。
【0078】
アニール処理は、酸化雰囲気中、温度800℃〜1200℃で1時間以上、常圧で保持することが好ましい。酸化雰囲気としては、大気又は酸素中が例示でき、大気中で行なうことが簡便である。
【発明の効果】
【0079】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、着色剤として特定の遷移金属元素を含有し、高い透光性と明確な色合いを兼ね備えたジルコニア多結晶体である。遷移金属元素を適宜選択することで、多彩な色彩の着色透光性ジルコニア焼結体とすることができる。さらに、これらの着色剤は少量で明確な呈色を示すだけでなく、安価であるため、工業的にも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】実施例1、2及び5の着色透光性ジルコニア焼結体の直線透過率(測定波長300〜800nm,試料厚さ1mm)を示す図の直線透過率を示すグラフである(グラフ中、a):実施例1、b):実施例2、c):実施例5)
【図2】実施例1、2の着色透光性ジルコニア焼結体のXRD図である(下図:実施例1、上図:実施例2)
【図3】実施例1の着色透光性ジルコニア焼結体の組織図である(図中スケールは20μm)
【図4】実施例8の着色透光性ジルコニア焼結体の直線透過率を示すグラフである(測定波長300〜800nm,試料厚さ1mm)
【図5】実施例8の着色透光性ジルコニア焼結体のXRD図である
【図6】実施例6の着色透光性ジルコニア焼結体の組織図である(図中スケールは20μm)
【図7】本発明の着色透光性ジルコニア焼結体における気孔率Vと最大直線透過率との関係を示すグラフである
【図8】着色添加剤の含有量と残留気孔の関係を示すグラフである(○:実施例、▲:比較例)
【実施例】
【0081】
以下、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明する。
【0082】
(ヘーズ率)
実施例又は比較例の焼結体を、試料厚み1mmに加工し、表面粗さRa=0.02μm以下に両面鏡面研磨したものを測定試料として用いた。ヘーズ率はJIS K7105「プラスチックの光学的特性試験方法」、JIS K7136「プラスチック−透明材料のヘーズの求め方」に準じた方法で、ヘーズメーター(日本電色、NDH5000)を用いて測定した。使用光源はD65光線とした。
【0083】
(全光線透過率及び直線透過率)
直線透過率はダブルビーム方式の分光光度計(日本分光株式会社製、V−650型)で測定した。測定試料はヘーズ率測定に用いたのと同様のものとした。重水素ランプおよびハロゲンランプを光源として測定波長300nm〜800nmをスキャンして各波長での直線透過率を測定した。
【0084】
(平均結晶粒径)
測定試料は平面研削した後、ダイヤモンド砥粒9μm、6μm及び1μmを用いて鏡面研磨した。研磨面を熱エッチングした後、SEM観察した。
【0085】
なお、熱エッチングは試料を電気炉に入れ、その試料のHIP処理温度より50℃〜100℃低い温度で2時間保持することで行った。SEM写真から、平均粒径をJ.Am.Ceram.Soc.,52[8]443−6(1969)に記載されている方法に従い、(6)式により求めた。
【0086】
D=1.56L (6)
【0087】
ここで、D:平均結晶粒径(μm)、L:任意の直線を横切る結晶粒子の平均長さ(μm)である。Lの値は100本以上の実測長さの平均値とした。
【0088】
(明度、色相)
測定試料には、試料厚みを1mmに加工し、表面粗さRa=0.02μm以下に両面鏡面研磨したものを用いた。測定はJIS K7105「プラスチックの光学的特性試験方法」の5.3項、5.4項に準じて、精密型分光光度色彩計(東京電色製、TC−1500SX)を用いて行った。光源としてD65光線を使用し、試料の裏面に常用標準白色板を置き、透過した光を当該白色板で反射させ、再度測定試料を透過した光を測定して、明度L、色相aおよびbを求めた。
【0089】
(機械的強度の測定)
機械的強度の測定として二軸曲げ強度を測定した。測定はISO 6872に準じ、精密万能試験機(島津製作所製)を用いて行った。測定は3回行い、その平均値を二軸曲げ強度とした。
【0090】
(X線回折の測定)
実施例及び比較例の試料の結晶相をX線回折によって測定した。測定は、X線回折装置(リガク社製、RINT Ulitima III)で測定した。宣言には、CuKα線(λ=1.5405Å)を用い、測定モードはステップスキャン、スキャン条件は、毎秒0.04°、計測時間は3秒、及び測定範囲は2θとして5°〜80°の範囲で測定した。
【0091】
実施例1
(原料粉末の調製)
加水分解法で製造された8mol%イットリア含有ジルコニア粉末(東ソー製、TZ−8Y;比表面積13m/g、結晶子径40nm)と、VO2.5換算で0.05mol%となるよう酸化バナジウム(V)粉末(高純度化学研究所製、純度99.9%)を秤量した。これらの粉末をエタノール溶媒中でジルコニア製φ10mmボールを用いて72時間ボールミル混合した後、乾燥して原料粉末を調製した。
【0092】
(一次焼結)
原料粉末を金型プレスによって圧力50MPaで成型した後、冷間静水圧プレス装置を用い圧力200MPaで処理し、直径20mm、厚さ3mmの円柱状の成型体を得た。
【0093】
得られた成型体は、大気中において昇温速度を100℃/h、焼結温度1350℃、焼結時間2時間で焼結し、自然放冷して一次焼結体(試料番号:No.1−1)を得た。得られた一次焼結体の特性を表1に示した。一次焼結体の組成は原料粉末の組成と同一であり、また、相対密度が90%以上、平均結晶粒径が5μm以下であった。
【0094】
(HIP処理及びアニール処理)
試料番号:No.1−1の一次焼結体を用い、温度1650℃、圧力150MPa、保持時間1時間でHIP処理した。なお、圧力媒体として純度99.9%のアルゴンガスを用いた。HIP装置はカーボンヒーター、カーボン断熱材を備えた装置であり、一次焼結体を設置する容器として通気孔のあるアルミナ製蓋付きルツボを用いた。
【0095】
HIP処理によって得られたHIP処理体を、大気中昇温速度250℃/hで1000℃に5時間保持してアニール処理して、着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0096】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0097】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表1に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表2に示した。
【0098】
実施例2
酸化バナジウム粉末を酸化コバルト(CoO)粉末(高純度化学研究所製、純度99.9%)とした以外は実施例1と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−2)を得た。得られた一次焼結体を実施例1と同様な条件でHIP処理及びアニール処理をして実施例2の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0099】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0100】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表1に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表2に示した。
【0101】
実施例3
VO2.5換算で0.05mol%の酸化バナジウム粉末を0.5mol%の酸化コバルト粉末とした以外は実施例1と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−3)を得た。得られた一次焼結体を実施例1と同様な条件でHIP処理して実施例3の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0102】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0103】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表1に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表2に示した。
【0104】
実施例4
VO2.5換算で0.05mol%の酸化バナジウム粉末を0.02mol%の酸化銅(CuO)粉末(高純度化学研究所製、純度99.9%)とした以外は実施例1と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−4)を得た。得られた一次焼結体を実施例1と同様な条件でHIP処理して実施例4の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0105】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0106】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表1に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表2に示した。
【0107】
実施例5
VO2.5換算で0.05mol%の酸化バナジウム粉末を、VO2.5換算で0.025mol%の酸化バナジウム粉末及び0.025mol%の酸化コバルト粉末とした以外は実施例1と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−5)を得た。得られた一次焼結体を実施例1と同様な条件でHIP処理して実施例5の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0108】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0109】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表1に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表2に示した。
【0110】
【表1】

【0111】
【表2】

【0112】
いずれも高い直線透過率を示し、これらの遷移金属酸化物の存在により特定の波長が吸収され、着色していることが確認された。実施例1乃至5の着色透光性ジルコニア焼結体は、高い透光性と明確な呈色とを兼ね備えていた。実施例1、2及び5の着色透光性ジルコニア焼結体の直線透過率(試料厚さ1mm、測定波長300〜800nm)を図1に示した。
【0113】
実施例6
(原料粉末の調製)
加水分解法で製造された10mol%イットリア含有ジルコニア粉末(東ソー製、TZ−10YS;比表面積6m/g、結晶子径20nm)と、酸化鉄(Fe粉末)粉末(高純度化学研究所製、純度99.9%)をFeO1.5換算で0.1mol%、及びチタニア粉末(スーパータイタニア、F−4)を10mol%となるように秤量した。これらの粉体を、エタノール溶媒中ジルコニア製φ10mmボールで72時間ボールミル混合した後に乾燥し、原料粉末を調製した。
【0114】
(一次焼結)
原料粉末を金型プレスによって圧力50MPaで成型した後、冷間静水圧プレス装置を用い圧力200MPaで処理し、直径20mm、厚さ3mmの円柱状の成型体を得た。
【0115】
得られた成型体を大気中、昇温速度100℃/h、1350℃、2時間で一次焼結した後、自然放冷して一次焼結体(試料番号:No.1−6)を得た。
【0116】
得られた一次焼結体の特性を表3に示した。一次焼結体の組成は原料粉末の組成と同一であった。また、一次焼結体は相対密度が95%以上、平均結晶粒径が5μm以下であった。
【0117】
(HIP処理及びアニール処理)
No.1−6の一次焼結体を用い、温度1500℃、圧力150MPa、保持時間1時間でHIP処理した。なお、圧力媒体として純度99.9%のアルゴンガスを用いた。HIP装置はカーボンヒーター、カーボン断熱材を備えた装置であり、一次焼結体を設置する容器としてカーボン製蓋付きルツボを用いた。
【0118】
HIP処理によって得られたHIP処理体をさらに大気中昇温速度250℃/hで1000℃に2時間保持してアニール処理して、実施例6の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0119】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0120】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。
【0121】
実施例7
酸化鉄粉末を酸化ニッケル(NiO)粉末(高純度化学研究所製、純度99.9%)とした以外は実施例6と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−7)を得た。得られた一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例7の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0122】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0123】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。
【0124】
実施例8
酸化鉄粉末を酸化コバルト粉末とした以外は実施例6と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−8)を得た。得られた一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して、実施例8の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0125】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0126】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。
【0127】
実施例9
一次焼結温度を1300℃とした以外は実施例8と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−9)を得た。一次焼結体をHIP処理温度1550℃にした以外は実施例8と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例9の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0128】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0129】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。
【0130】
実施例10
一次焼結温度を1400℃とした以外は実施例8と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−10)を得た。一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例10の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0131】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0132】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。
【0133】
実施例11
酸化コバルト粉末を0.15mol%としたこと以外は実施例8と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−11)を得た。一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例11の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0134】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0135】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。また、得られた着色ジルコニア焼結体の曲げ強度を表5に示した。
【0136】
実施例12
酸化コバルト粉末を0.29mol%としたこと以外は実施例8と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−12)を得た。一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例12の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0137】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0138】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。また、得られた着色ジルコニア焼結体の曲げ強度を表5に示した。
【0139】
実施例13
酸化コバルト粉末を0.44mol%としたこと以外は実施例8と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−13)を得た。一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例13の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0140】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0141】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。また、得られた着色ジルコニア焼結体の曲げ強度を表5に示した。
【0142】
実施例14
酸化コバルト粉末を0.58mol%としたこと以外は実施例8と同様な条件で一次焼結して一次焼結体(試料番号:No.1−14)を得た。一次焼結体を実施例6と同様な条件でHIP処理及びアニール処理して実施例14の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。
【0143】
得られた着色透光性ジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0144】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表3に、得られた着色透光性ジルコニア焼結体の結果を表4に示した。また、得られた着色ジルコニア焼結体の曲げ強度を表5に示した。
【0145】
【表3】

【0146】
【表4】

【0147】
【表5】

【0148】
直線透過率(測定波長600nm、試料厚さ1mm)の測定結果より、いずれの着色透光性ジルコニア焼結体も高い直線透過率を示し、かつ、特定の波長が吸収されていた。これより実施例6乃至10の着色透光性ジルコニア焼結体は、高い透明性と明確な呈色をと有することが確認できた。実施例8の直線透過率を図3に示した。
【0149】
さらに、チタニアを含有する着色透光性ジルコニア焼結体は平均結晶粒径が大きくとも50μmであり、小さい結晶粒からなり、機械的特性が高いことが確認できた。
【0150】
さらに、着色遷移金属元素の添加量と残留気孔の関係を図8に示した。着色遷移金属元素の添加量が0.6mol%を超えると、焼結体中の残留気孔が急激に高くなり、透光性が著しく低下することが確認できた。
【0151】
比較例1
酸化バナジウム粉末をVO2.5換算で1.0mol%とした以外は実施例1と同様な方法により一次焼結体(試料番号:No.2−1)、および、ジルコニア焼結体を得た。
【0152】
得られたジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0153】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表6に、得られたジルコニア焼結体の結果を表7に示した。
【0154】
バナジウムの含有量が1.0mol%を越えたジルコニア焼結体では気孔率が1000ppmを越えていた。このような焼結体は、透明性が低く、目視による確認では不透明のジルコニア焼結体であった。
【0155】
比較例2
酸化コバルト粉末を0.8mol%とした以外は実施例8と同様な方法により一次焼結体(試料番号:No.2−2)、および、ジルコニア焼結体を得た。
【0156】
得られたジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0157】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表6に、得られたジルコニア焼結体の結果を表7に示した。
【0158】
コバルトの含有量が0.5mol%を越えた焼結体では気孔率が1000ppmを越えていた。このような焼結体は、透明性が低く、目視による確認では不透明のジルコニア焼結体であった。
【0159】
比較例3
酸化バナジウム粉末の代わりに、酸化スカンジウム(ScO)粉末をScO1.5換算で0.05mol%とした以外は実施例1と同様な方法により一次焼結体(試料番号:No.2−3)、および、ジルコニア焼結体を得た。
【0160】
得られたジルコニア焼結体は原料粉末と同じ組成であった。また、結晶相は蛍石型立方晶単相であった。
【0161】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表6に、得られたジルコニア焼結体の結果を表7に示した。
【0162】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体が含有する遷移金属元素以外の遷移金属元素であるスカンジウムのみを含有したジルコニア焼結体は、色相が−3≦a≦3かつ−3≦b≦3であり呈色がほとんどなかった。また、目視による確認では、当該焼結体は無色の透光性ジルコニア焼結体であった。
【0163】
【表6】

【0164】
【表7】

【0165】
参考例1
酸化鉄粉末の代わりに酸化ネオジム(Nd)粉末(信越化学製、ネオジム純度99.9%)をNdO1.5換算で0.1mol%とした以外は実施例6と同様な方法により一次焼結体(試料番号:No.3−1)、および、ジルコニア焼結体を得た。
【0166】
原料粉末、一次焼結条件及び一次焼結体の結果を表8に、得られたジルコニア焼結体の結果を表9に示した。
【0167】
【表8】

【0168】
【表9】

【0169】
0.5mol%未満の微量のランタノイド系希土類元素を含有したジルコニア焼結体では、Lが大きく、かつ、−3≦a≦3かつ−3≦b≦3を満たしており、呈色が弱かった。また、目視による確認では、当該焼結体は無色の透明ジルコニア焼結体であった。これより、本発明の遷移金属元素を含有するジルコニア焼結体は、少量の着色剤含有量であるにも関わらず、明確な呈色を有する着色透光性ジルコニア焼結体であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0170】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、従来の装飾品、宝飾品、及び工芸品用途のみならず、高透明かつ濃い色調を有している。そのため、宝飾用途、装飾用途以外にも、電子機器の外装部品等の小型、薄型部材としても好適に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イットリアを6mol%以上15mol%以下含有し、鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上を酸化物換算で0.02mol%以上0.6mol%以下含有し、気孔率が高くとも1000ppmであることを特徴とする着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項2】
平均結晶粒径が大きくとも60μmであることを特徴とする請求項1に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項3】
3mol%以上20mol%以下のチタニアを含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項4】
結晶相が立方晶蛍石型構造であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項5】
試料厚さ1mm、測定波長300nm〜800nmにおける最大直線透過率が少なくとも30%であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項6】
試料厚さ1mmにおけるヘーズ率が高くとも70%であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項7】
鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上及びイットリアを含有するジルコニア粉末を成型後、常圧焼結した後、さらに熱間静水圧プレス(HIP)処理し、アニールする製造方法であって、相対密度が90%以上99%以下、平均結晶粒径が大きくとも10μmである一次焼結体をHIP処理に供することを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項8】
鉄、ニッケル、マンガン、コバルト、クロム、銅及びバナジウムからなる群から選ばれる少なくとも1種以上及びイットリアを含有するジルコニア粉末が、さらにチタニアを含有することを特徴とする請求項7に記載の着色透光性ジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項9】
一次焼結温度が1325℃以上1400℃以下であり、かつHIP処理温度が1450℃以上1650℃以下であることを特徴とする請求項7又は8に記載の着色透光性ジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至6のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体を含むことを特徴とする部材。
【請求項11】
請求項10に記載の部材を含むことを特徴とする宝飾品。
【請求項12】
請求項10に記載の部材を含むことを特徴とする外装部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−116745(P2012−116745A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242741(P2011−242741)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】