説明

砒素の処理方法

【課題】非鉄製錬中間産物からスコロダイトの結晶を生成させる砒素の処理方法において、生成するスコロダイトの結晶の濾過性、安定性を損なうことなく、結晶化工程の所要時間の短縮を可能とする方法を提供する。
【解決手段】非鉄製錬中間産物から砒素を浸出し浸出液を得る浸出工程と、当該浸出液に含まれる3価砒素を5価砒素へ酸化し、調整液を得る液調整工程と、当該調整液へ鉄塩と酸化剤とを加え、当該調整液中の砒素をスコロダイト結晶へ転換する結晶化工程とを行い、さらに、当該結晶化工程において、当該調整液へ鉄塩を添加し、第1の酸化剤を添加する第1の結晶化工程と、第1の結晶化工程で得られた調整液へ、第1の酸化剤より強い酸化力を有する第2の酸化剤を添加する第2の結晶化工程とを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒素を含有する製錬中間産物から砒素を抽出し、これを安定な砒素化合物であるスコロダイトの結晶とする砒素の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
砒素を含有する化合物の安定化について、以下の文献が存在する。
特許文献1には、製錬煙灰に含まれる砒素を対象としたスコロダイトの生成方法が記載されている。
【0003】
特許文献2には、硫化砒素の浸出法に関し、硫化砒素を含むスラリーに空気を吹き込みながらアルカリを添加し、PHを5〜8に保持しながら砒素の浸出を行うことが記載されている。
【0004】
非特許文献1は、砒酸鉄、砒酸カルシウム、砒酸マグネシウムの溶解度積について報告している。当該文献によれば、砒酸カルシウムと砒酸マグネシウムとは、アルカリ領域でのみ安定であり、一方、砒酸鉄は中性から酸性領域で安定であり、極少の溶解度がpH3.2で20mg/lと報告されている。
【0005】
非特許文献2には、砒酸鉄とスコロダイトとの溶解度が開示されている。当該文献によれば、弱酸性領域においてスコロダイトからの砒素の溶解度は、非結質の砒酸鉄のそれより2桁低いことが示され、スコロダイトが安定な砒素化合物であることを開示している。
【0006】
非特許文献3では、硫酸工場排水や製錬排水に含まれる砒素を対象としたスコロダイトの生成方法が記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開2005−161123号公報
【特許文献2】特公昭61−24329号公報
【非特許文献1】西村忠久・戸沢一光:東北大学選鉱製錬研究所報告第764号第34巻第1号別刷 1978.June
【非特許文献2】E.Krause and V.A.Ettel,“Solubilities and Stabilities of Ferric Arsenate Compounds”Hydrometallurgy,22,311−337,(1989)
【非特許文献3】Dimitrios Filippou and George P.Demopoulos,“Arsenic Immobilization by Cotrolled Scorodite Precipitation”JOM Dec.,52−55,(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、世界的に非鉄製錬を取り巻く鉱石原料確保の環境は、非常に厳しいものがある。特に、銅製錬の分野においては、非鉄メジャーによる寡占化が進み、さらに中国等の新たな消費大国が出現したことにより、需給が逼迫した状況にある。
当該状況下、各国においては公害に対する環境分野への規制が強化され、義務化されつつある。本発明者らは、今後は環境と共存できる鉱山・製錬所が当業界を主導していくものと考えた。
【0009】
ここで、非鉄製錬において懸念される公害には、SOガスによる大気汚染や、砒素による土壌汚染や排水汚染が挙げられる。特に砒素に関しては、将来的に銅鉱石中の砒素含有量が増えることになることから、今までにも増して万全の対策が必要となる。
従来、国内の臨海非鉄製錬所では、クリーン精鉱を処理原料とすることで問題なく操業を行ってきた。しかし、今後、銅鉱石中の砒素含有量の増加が予想されることから、砒素を製錬中間産物として系外へ抜き出し、何らかの形で安定化し管理保管することが必要となると考えた。
【0010】
ここで、本発明者らは、上述した文献を検討した。
しかし、いずれの方法も、生産性の観点において問題点が見出された。
【0011】
本発明は上述の状況の下でなされたものであり、非鉄製錬中間産物からスコロダイトの結晶を生成させる砒素の処理方法において、生成するスコロダイトの結晶の濾過性、安定性を損なうことなく、結晶化工程の所要時間の短縮を可能とする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は上記課題を解決すべき鋭意研究した結果、当該結晶化工程を、反応が急速に進む急速期と、急速期よりは反応が緩慢に進む緩慢期とに分け、当該反応が急速期から緩慢期に移行する当該急速期の最終期において、当該急速期において用いていた酸化剤よりも強い酸化力を有する酸化剤を用いるという画期的な構成に想到し、本発明を完成した。
【0013】
即ち、上述の課題を解決するための第1の手段は、
砒素を含む非鉄製錬中間産物に含まれる砒素を、スコロダイト結晶へ転換する砒素の処理方法であって、
非鉄製錬中間産物から砒素を浸出し浸出液を得る浸出工程と、当該浸出液に含まれる3価砒素を5価砒素へ酸化し、調整液を得る液調整工程と、当該調整液へ鉄塩と酸化剤とを加え、当該調整液中の砒素をスコロダイト結晶へ転換する結晶化工程とを、有し、
当該結晶化工程が、当該調整液へ鉄塩を添加し、第1の酸化剤を添加する第1の結晶化工程と、第1の結晶化工程で得られた調整液へ、第1の酸化剤より強い酸化力を有する第2の酸化剤を添加する第2の結晶化工程とを、有することを特徴とする砒素の処理方法である。
【0014】
第2の手段は、
前記結晶化工程において、第1の酸化剤として、空気および/または酸素の吹き込みを用いることを特徴とする第1の手段に記載の砒素の処理方法である。
【0015】
第3の手段は、
前記結晶化工程において、第2の酸化剤として、過酸化水素を用いることを特徴とする第1または第2の手段に記載の砒素の処理方法である。
【0016】
第4の手段は、
前記結晶化工程において、鉄塩として、第一鉄(Fe2+)塩を用いることを特徴とする第1から第3の手段のいずれかに記載の砒素の処理方法である。
【0017】
第5の手段は、
前記結晶化工程を、調整液のpHが1以下の領域で行うことを特徴とする第1から第4
の手段のいずれかに記載の砒素の処理方法である。
【0018】
第6の手段は、
前記結晶化工程を、調整液の液温を70℃以上で行うことを特徴とする第1から第5の手段のいずれかに記載の砒素の処理方法である。
【0019】
第7の手段は、
前記結晶化工程において、第2の酸化剤の添加終了時点における調整液の酸化還元電位が、650mV(Vs:Ag/AgCl電極)以上に達するに足りる量の第2の酸化剤を添加するものであることを特徴とする第1から第6の手段のいずれかに記載の砒素の処理方法である。
【0020】
第8の手段は、
前記結晶化工程において、調整液へ、スコロダイトを種結晶として添加することを特徴とする第1から第7の手段のいずれかに記載の砒素の処理方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の実施により、結晶化工程において生成するスコロダイトの結晶の濾過性、安定性を損なうことなく、結晶化工程の所用時間が概ね二分の一に短縮出来た。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
上述したように本発明は、砒素を含む非鉄製錬中間産物から、弱酸性領域で砒素を浸出する浸出工程と、当該浸出液に酸化剤を添加して3価砒素を5価砒素へ酸化する液調整工程と、当該調整液中の砒素をスコロダイト結晶へ転換する結晶化工程とを有する砒素の処理方法において、当該調整液中の砒素をスコロダイト結晶へ転換する結晶化工程に関するものである。
以下、図1に示すフローチャートを参照しながら、1.砒素を含む非鉄製錬中間産物、2.浸出工程、3.液調整工程、4.調整液中の砒素をスコロダイト結晶へ転換する結晶化工程、の順に詳細に説明する。
【0023】
1.砒素を含む非鉄製錬中間産物
本発明に係る砒素を含む非鉄製錬中間産物(1)とは、砒素を含む製錬工程水や排水に硫化水素や水硫化ソーダ、あるいは硫化ソーダ等の硫化剤を反応させ回収される殿物であり、砒素が硫化物形態であることを特徴とする。以下、硫化殿物と略称する場合がある。
【0024】
2.浸出工程
本発明に係る浸出工程は、浸出液のpHを弱酸性領域に制御しながら砒素を浸出する第1工程(以下、便宜上のため前期浸出工程という場合がある。)(2)と、浸出液のpH制御を行わないことで浸出液のpHを下げながら砒素を浸出する第2工程(以下、後期浸出工程という場合がある。)(3)とを有する。以下、第1工程(2)と第2工程(3)とについて説明する。
【0025】
(a)第1工程(前期浸出工程)
上記「1.砒素を含む非鉄製錬中間産物」で説明した砒素を含む硫化殿物を水でリパルプしパルプ状とする。次に当該パルプ状殿物を、温度50℃以上、好ましくは80℃以上とし、空気又は酸素又はこれらの混合ガスを吹き込みながら、水酸化ナトリウム(NaOH)を添加して、pHを4.0以上、6.5以下に保持しながら浸出する。
当該pHを4.0以上、6.5以下に保持しながら浸出を行うことで、水酸化ナトリウムの添加量を抑制しながら効率的に砒素を浸出することが出来た。
【0026】
これは、以下のように考えられる。
当該前期浸出工程(2)においては、下記、(式1)、(式2)の反応により、NaO
Hが消費されながら砒素が浸出されているものと考えられる。
As+3/2O+HO=2HAsO+3S・・・・・・(式1)
HAsO+1/2O+NaOH=NaHAsO・・・・・(式2)
ここで、本発明者らの検討によると、当該段階においてpHを6.5以上に上げると、NaOHが消費量が急激に増加することを知見した。恐らくは、pHが上昇することで、上記(式2)の反応に代わり、下記(式3)の反応が進行するためと考えられる。
HAsO+1/2O+2NaOH=NaHAsO・・・・(式3)
【0027】
上述の推論に拠れば、NaOHの消費量は、(式3)の反応が(式2)の反応の2倍である。従って、NaOHの消費量を抑える意味から、反応pHは6.5以下、好ましくは6.0が最適であることに想到した。
【0028】
一方、硫化殿物を長期間大気雰囲気下にて保管すると、硫化殿物自体が酸化し、一部の硫化砒素は三酸化二砒素(As)と硫酸とに分解される。従って、当該硫化殿物を水でリパルプした場合、上述の三酸化二砒素は亜砒酸(HAsO)となって溶出し、硫酸酸性のパルプとなる。この場合、前期浸出工程において(式4)および(式5)に示す様に、添加NaOHが消費され、pHがなかなか上昇しないこととなる。
SO+2NaOH=NaSO+2HO・・・・(式4)
HAsO+NaOH=NaAsO+HO・・・・(式5)
このような場合には、NaOHの消費量を考え、pHを6まで上げずに、pH4を達するレベルまで上げ、以下同様の操作を行うことが出来る。この場合、3価砒素の5価砒素への酸化効率は若干低下するものの、操作は十分に可能である。尚、pH3のレベルで同様の操作を行うことも不可能ではないが、3価の砒素から5価の砒素への酸化効率がさらに低下し、3価砒素の割合が増えるので液温度低下時に結晶が出やすくなる。従って、温度管理を慎重に行うことが求められる。
以上のことから、前期浸出工程においてはpHを4.0以上とすることが好ましい。
【0029】
(b)第2工程(後期浸出工程)
上述したpHを4.0以上、6.5以下に保持しながらの浸出は、水酸化ナトリウムの添加量を抑制しながら効率的に砒素を浸出出来る、優れた浸出方法である。ところが、本発明者らのさらなる検討によると、当該方法には以下の難点があることを見出した。
即ち、硫化殿物中に含まれる硫化砒素の50%以上、さらには90%近くが浸出された浸出後半の段階において、当該殿物中に硫化砒素と伴に含有されている重金属類(例えば、亜鉛、鉛等)が溶出することである。そして、これら溶出した重金属類は、浸出液中の5価の砒素と反応して砒酸化合物を形成し、沈殿してしまう為、浸出率が低下してしまうのである。
【0030】
また、当該浸出後半の段階において、NaOHの消費量が増加することも判明した。このNaOH消費量の増加は、浸出液中の元素状態の硫黄が、下記(式6)に示す硫酸生成反応を起こして、HSOとして溶解する為であると考えられる。
S+3/2O+HO=HSO・・・・・・(式6)
【0031】
さらに、当該浸出後半の段階において、元素状態の硫黄の一部がSO2−(硫酸根)以外の形態(形態は不明)をとって溶解し、次工程である液調整工程の酸化効率を低下させることも判明した。さらに加えて、本発明者らは、当該硫黄化合物が、最終工程である結晶化工程迄残留すると、当該結晶化工程(6)にて生成されるスコロダイト(7)の濾過性が極端に悪化し、操業に支障を及ぼすと伴に、当該スコロダイトが砒素を放出し易い形になることにも想到した。
【0032】
以上の知見から、本発明者らは、pHを4.0以上、6.5以下に保持しながらの前期
浸出工程(2)は、砒素の浸出率が50%以上90%以下の時点迄、実施することとし、それ以降は、NaOHを用いたpH保持を行わない後期浸出工程(3)を実施する構成に想到した。
当該後期浸出工程(3)において、NaOHを用いたpH保持を行わないと、当該浸出液(6)のpHは浸出の進行とともに成り行きで4未満へ低下して行く。これは、下記(式7)、(式8)によりpHが4未満へ低下するものと考えられる。
As+3/2O+HO=2HAsO+3S・・・・・・(式7)
HAsO+1/2O+HO=HAsO+H・・・・・・(式8)
【0033】
尚、前記侵出工程(2)から後期侵出工程(3)へと切り換えるパラメーターとなる、砒素のおおよその浸出率は、上記(式2)に基づき、消費したNaOH量より容易に推定が出来る。
【0034】
後期侵出工程(3)の段階において浸出液(4)のpHを4未満としたことで、pHを5〜8として浸出を終えた場合に比較して、浸出液(4)中の鉛濃度を約一桁低い水準とすることが出来た。特に、浸出液(4)の鉛は、後工程である結晶化工程(6)において、第一鉄塩として硫酸鉄を用いた場合、PbSO(硫酸鉛)を形成し、これがスコロダイト(7)に混入する結果、鉛の溶出値が環境基準を超す原因となり得るものである。従って、当該観点からも、本発明の効果は大きなものである。
【0035】
さらに好ましいことに、浸出液(4)のpHが酸性側である程、元素状態の硫黄は安定であり溶解し難くなる。この結果と考えられるが、本発明者らは、何らかの要因で元素状態の硫黄がSO2−(硫酸根)以外の形態(形態は不明)で一部が溶解した場合であっても、pHが4未満の状態における酸化浸出である後期侵出工程(3)を継続すれば、当該形態が全て分解される現象を見出した。本発明者等は、pHが4未満の領域において浸出残渣(8)が、当該形態の分解の触媒的作用を果たしているものと推定している。
【0036】
加えて好ましいことに、処理対象である硫化殿物に、水銀が多い場合や、銅が易溶性の形態で含有されている場合、浸出残渣(8)に含まれる硫黄を硫化剤として利用することが出来る。
具体的には、硫化殿物から浸出液(4)に溶解してくる水銀、銅を、下記(式9)、(式10)により除去し浸出残渣(8)に入れ、銅製錬(9)工程へ投入することが出来る。つまり、浸出残渣(8)に含まれるSを硫化剤として活用することが出来る。
Hg2++4/3S+4/3HO=HgS+1/3SO2-+8/3H+・・・・(式
9)
Cu2++4/3S+4/3HO=CuS+1/3SO2-+8/3H+・・・・(式
10)
【0037】
3.液調整工程
液調整工程(5)は、上記「2.浸出工程」で得られた浸出液(4)へ、酸化剤を添加し3価として溶解している砒素を5価砒素に酸化した後、当該反応後、液中に残留する酸化剤を除去する工程である。
【0038】
まず、酸化剤について説明する。
一般に、3価砒素を5価砒素へ酸化するのは、酸性領域より中性領域、さらに中性領域よりアルカリ性領域の方が容易である。しかし、本発明に係る浸出液は酸性である。そこで、当該酸性の浸出液にアルカリ(例えば、水酸化ナトリウム)添加を行い、液性をアルカリ性とした上で、砒素の酸化を行うことが考えられる。ところが、本発明者らの検討によると、当該液性のアルカリ化には多量のアルカリ添加が必要で、コスト的に不利であることに加え、液中の塩類濃度が増加し、後工程のスコロダイト(7)生成に悪影響を及ぼ
すことに想到した。
【0039】
次に、本発明者らは、中性領域(pH6〜7)での酸素を用いた砒素の酸化を検討した。しかし、砒素の酸化は不十分なものに留まることが判明した。そこで、銅系触媒(本研究ではヒ酸銅を検討した。)の使用も検討したが完全酸化までには至らなかった。
【0040】
ここで本発明者らは酸化剤として、過酸化水素(H)を用いることに想到した。そこで、当該過酸化水素を用い、酸性領域下で砒素の酸化を検討したところ当該酸化が十分に進行することを確認した。因みに、酸素、過マンガン酸、過酸化水素、およびオゾンの酸化還元電位(標準水素電極規準)を表1に示す。
ところが、当該砒素の酸化反応後に、液中に残留する過酸化水素は、後工程の結晶化工程(6)において添加される第1鉄塩の一部を酸化する為、スコロダイト(7)生成の阻害要因になることが判明した。
【0041】
そこで、本発明者らは、今度は、当該液中に残留する過酸化水素の処理方法を検討した。まず、金、銀等の金属のコロイドを添加し残留過酸化水素を分解除去することを試みた。ところが、当該貴金属コロイドの添加法は、原料コストが高い上に、ハンドリング性やロスによる損失も考えられ適用は困難であった。ここで、本発明者らは、残留過酸化水素を分解するのではなく、金属銅と接触させて消費による除去を行うという画期的な着想に想到し、残留過酸化水素の除去に成功した。
【0042】
【表1】

【0043】
以下、具体的に説明する。
まず、用いる過酸化水素は、濃度30〜35%の汎用品で良い。
酸性領域下における3価砒素の5価砒素への酸化は、下記、(式11)、(式12)により進行すると考えられる。
HAsO+H=HAsO・・・・・・・(式11)
HAsO+H=HAsO+H・・・・(式12)
【0044】
過酸化水素の添加量は、3価砒素濃度と、(式11)、(式12)とに基づき、反応当量の1〜1.2倍量を添加することが好ましい。尤も、3価砒素濃度不明の場合は、当該過酸化水素添加後、液温80℃における液の酸化還元電位が500mV(Vs;Ag/AgCl)以上に達していることを目安としても良い。
【0045】
過酸化水素の添加時間は、酸化される3価砒素濃度による。例えば、濃度20g/lの3価砒素を酸化する場合、添加時間を5分間以上とすることが好ましい。添加時間を十分にとることで、過酸化水素の一部が急速に分解し、気泡の発生が多くなり添加効率が悪化することを回避出来るからである。さらに好ましくは、添加時間を10分間〜15分間とする。
【0046】
過酸化水素添加による3価砒素の5価砒素への酸化は非常に早く、pHの低下と反応熱による液温の上昇が観察される。尤も、反応時間は、酸化を完全に行う観点から60分間以上が好ましく、液の酸化還元電位が450mV(Vs;Ag/AgCl)以下となった時点で終了することが望ましい。
【0047】
ここで、過酸化水素の添加効果を測定した1例について説明する。
まず、48g/lの砒素濃度を有する溶液を準備した。尚、当該48g/lの砒素の内、21g/lが3価の砒素、27g/lが5価の砒素であった。
当該砒素溶液へ過酸化水素の添加を行ったが、その際、1の試料においては過酸化水素添加終了時の酸化還元電位を355mV(80℃)(Vs;Ag/AgCl)、2の試料においては過酸化水素添加終了時の酸化還元電位を530mV(80℃)(Vs;Ag/AgCl)となる量の過酸化水素を添加した。その後、1、2の試料について80℃で90分間、反応させた。そして、当該反応後における溶液中の3価砒素濃度を測定したところ、1の試料においては2.4g/lであり、2の試料においては0.1g/l以下であることが判明した。
当該測定結果より、過酸化水素添加の添加量については、上述したように液温80℃における液の酸化還元電位が500mV(Vs;Ag/AgCl)以上に達していることを目安とすれば良いことが裏付けられた。
【0048】
当該砒素の酸化反応後に残留する過酸化水素は、金属銅を添加することで除去する。具体的には、当該溶液へ銅粉を添加し攪拌して反応させる方法が一般的である。尤も、実際のプラント操業においては簡便化を図る目的で、銅板や銅屑を充填したカラムを通液することでも目的は達成される。
液温度は、反応を完結させるため、40℃以上とすることが好ましい。
当該除去反応は、下記、(式13)のように進むと考えられる。
Cu+H+HSO=CuSO+2HO・・・・(式13)
この結果、当該除去反応はpHの上昇を伴うので、pHが一定値を示した時点で終了と判断出来る。
【0049】
本発明に係る液調整工程(5)によれば、浸出液(4)が酸性領域であっても、煩雑な操作もなく3価砒素を5価砒素に酸化出来、後工程における砒素のスコロダイト(7)への高変換率を維持出来る。
【0050】
4.結晶化工程
結晶化工程(6)は、上記「3.液調整工程」で得られた調整液中の5価砒素を、スコロダイト(7)へと結晶化する工程である。
前記液調整工程(5)を終えた調整液の砒素濃度は、スコロダイトの生産性を考えた場合、20g/l以上、好ましくは30g/l以上の濃厚液であることが好ましい。
まず、当該調整液に対し第一鉄(Fe2+)塩を添加溶解し、室温にて硫酸(HSO)を添加しpH1に調整する。ここで、第一鉄塩化合物は種々あるが、設備の耐腐食性の観点および入手の容易性の観点から、硫酸第一鉄が好ましい。
第一鉄塩の添加量は、Fe純分量として被処理砒素総モル量の1倍当量以上、好ましくは1.5倍当量である。
【0051】
第一鉄塩を添加し、pH調整を終えたら、当該調整液を所定の反応温度まで昇温する。ここで反応温度は、50℃以上であればスコロダイト(7)が析出可能である。しかし、スコロダイトの粒径を大きくする観点からは、反応温度が高い程、好ましい。尤も、大気雰囲気下での反応を可能とする観点からは、反応温度を90〜100℃とすることが望ましい。
【0052】
調整液が所定の反応温度に到達したら、第1の酸化剤の添加を行う。当該第1の酸化剤として、空気または酸素またはこれら混合ガスを用いることが好ましい。当該ガスを調整液へ吹き込みながら強攪拌を行い、気液混合状態をつくり所定の反応温度を保ちながら高温酸化反応を進める。
当該高温酸化反応は下記、(式14)〜(式19)の様に、まず反応が急速に進行し、
次に緩慢に進行する緩慢期へ移行すると考えられる。
(急速期の反応)
2FeSO+1/2O+HSO=Fe(SO+HO・・・・(式14)
2HAsO+Fe(SO+4HO=2FeAsO・2HO+3HSO・・・・(式15)
ここで、全反応式(式14+式15)を、下記、(式16)に示す。
2HAsO+2FeSO+1/2O+3HO=2FeAsO・2HO+2HSO・・・・(式16)
(緩慢期の反応)
2FeSO+1/2O+HSO=Fe(SO+HO・・・・(式17)
2/3HAsO+1/3Fe(SO+4/3HO=2/3FeAsO・2HO+HSO・・・・(式18)
ここで、全反応式(式17+式18)を、下記、(式19)に示す。
2/3HAsO+2FeSO+1/2O+4/3HO=2/3FeAsO・2HO+2/3Fe(SO・・・・(式19)
【0053】
すなわち、急速期の反応(例えば、反応開始から1〜2時間と考えられる。)においては(式14)(式15)の反応が急速に進み、砒素濃度及びFe濃度が急激に低下する。そして、この砒素濃度及びFe濃度が急激な低下とともに、pHは低下し液の酸化還元電位は上昇する。
ここで、反応は緩慢期の反応(例えば、反応開始から2〜3時間以降と考えられる。)に移行する。緩慢期の反応では、調整液が低pH領域(高酸濃度域)にある為、酸化反応が緩慢化し、(式17)(式18)の反応が進むと考えられる。この為、残留する砒素が徐々に低下する挙動を示し、pHの低下も液の酸化還元電位の上昇も緩慢化し、反応速度が極端に低下するのではないかと考えた。
【0054】
そこで、この緩慢期の反応において、調整液の酸化還元電位を、一気に平衡電位以上に移行させれば、反応速度の上昇を実現できるのではないかと考えた。
尚、当該平衡電位とは、調整液を第1の酸化剤で7時間酸化させた場合の、調整液の酸化還元電位である。具体的には、第1の酸化剤として空気または酸素またはこれら混合ガスの吹き込みを行った場合、95℃で400mV(Vs:Ag/AgCl)程度を示した

【0055】
ここで、緩慢期の反応にある第2の結晶化工程の進行を早めるためには、調整液の酸化還元電位を、一気に平衡電位(400mV)以上に移行させれば、その後、急速期の反応にある第1の結晶化工程と同程度の時間内で、第2の結晶化工程を終了することが出来る。酸化還元電位を、一気に平衡電位以上に移行させる為には、急速期の反応にある第1の結晶化工程で使用した酸化剤より強い酸化力を有する酸化剤を添加する必要がある。第1の結晶化工程において酸化剤として空気や酸素の吹き込みを用いたのであれば、第2の結晶化工程における酸化剤としては、オゾン、過酸化水素、および過酸化物、等が挙げられるが、汎用的に使用されている過酸化水素が好ましいと考えられる。
【0056】
結晶化工程において、第1の結晶化工程から第2の結晶化工程への移行のタイミングは、当該結晶化工程全体を3時間程度で終えようと考える場合は、当該反応が急速期から緩慢期に移行する当該急速期の最終期にあたる反応開始1.5〜2時間の時点が好適である
。当該結晶化工程全体を3時間程度で終えることが出来れば、上述した浸出工程および液調整工程の必要時間と同程度になり、砒素の処理工程全体の平準化が実現出来、作業性、生産性の観点において大きな効果を得ることが出来る。
【0057】
第1の結晶化工程において、含有される砒素の90%以上がスコロダイトへの変換を完了し、反応の大勢は決まっている。添加する過酸化水素の濃度は薄いもので良い。一方、濃度30〜35%の過酸化水素をそのまま添加しても、第2の結晶化工程においては液が強酸で高温の為、当該過酸化水素の一部が分解してしまい添加効率が悪い。以上を考慮すると、当該過酸化水素の濃度は10%以下が望ましい。添加時間は、3分間〜5分間を目安とすれば良い。
【0058】
さらに、当該結晶化工程において種結晶を添加することも好ましい。種結晶の添加により、第1の結晶化工程において反応液の粘性低下を実現でき好ましいからである。種結晶としては、スコロダイトや鉄塩(ヘマタイト等)を用いることが出来、効果を確実に得る観点から10g/l以上添加することが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
(実施例1)
1.砒素を含む非鉄製錬中間産物
砒素を含む非鉄製錬中間産物として発生する製錬硫化物4798wet・gを測り取った。当該硫化殿物の組成を表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
2.浸出工程
(a)前期浸出工程
1.にて測り取った製錬硫化物を、15Lステンレス容器(4枚バッフル付き)に投入し、純水にてリパルプして10Lとした。攪拌機を用いて弱攪拌しながら加温し、温度を90℃にした後、濃度500g/lの水酸化ナトリウム溶液を添加してpH6に調整した
。次いで、ステンレス容器底部よりガラス管を用い酸素ガスを3000cc/分で吹き込みを開始し、強攪拌下、前記水酸化ナトリウム溶液を用いpH6を保ちながら浸出を行った。
【0062】
(b)後期浸出工程
浸出開始後、11分間経過時点でpH保持を止め(水酸化ナトリウム溶液の添加終了)、さらに酸素を継続吹き込みながら浸出開始後、135分間経過時点まで浸出を行い、浸出を終了した。pH保持を止めた時点から、pHの変化は反応の成り行きに任せたところ、浸出終了時のpHは90℃で2.53であった。得られた浸出液の品位を表3に、浸出
残渣(水洗浄済み)の品位を表4に示す。尚、砒素としての浸出率は91.1%であった

示す。
尚、使用した濃度500g/lの水酸化ナトリウム溶液の量は375ccであった。
【0063】
【表3】

【表4】

【0064】
3.液調整工程
当該浸出液900ccを1lビーカーに投入し、加熱した。当該浸出液の液温が40℃となった時点から、濃度30%のH38.2gの添加を開始し、1分間で添加終了した。過酸化水素の添加終了時において、浸出液の酸化還元電位は78℃で533mV(Vs;Ag/AgCl)であった。
当該浸出液への加熱は継続し、80℃に昇温した。尚、攪拌は空気を巻き込まない程度の攪拌とした。当該反応時の液温−pH−酸化還元電位の推移を表5に示す。
当該反応は、液の酸化還元電位が420mVとなった時点で終了とした。当該反応終了時点において、蒸発の為、液量が若干減少していたので、純水を添加し反応前の900ccとし、これを終液とした。
【0065】
【表5】

【0066】
上記終液を冷却し、その液温が40℃となった時点で銅粉1.8gを添加し、当該銅粉添加時を脱H処理反応の開始時とした。
当該銅粉として試薬1級の銅粉末を用いたが、実操業では電気銅屑等の使用も可能である。尚、銅粉は全量が溶解するまで繰り返し使用することが出来る。反応は短時間に終了し調整液を得た。本実施例においては反応に消費したCu量、すなわち反応終了後の液のCu濃度は140mg/lであった。
表6に、脱H処理反応の開始時から終了時までの、終液の液温、pH、酸化還元電位の推移を示す。
【0067】
【表6】

【0068】
4.結晶化工程
得られた調整液を純水で希釈し砒素濃度を45g/lに調整し、その800ccを2Lビーカーに移し95%硫酸を添加してpH1.15へ調整し、第1の結晶化工程をおこなった。まず、前記調整液に含有される砒素のモル量の、1.5倍のモル量に相当する第一鉄(Fe2+)量である200gの硫酸第一鉄(FeSO・7HO)を投入して溶解し、さらに95%硫酸を添加して、30℃でpH1.0へ調整した。尚、当該硫酸第一鉄は、試薬1級を用いた。
ここで、事前に調製しておいた砒素の溶出値が0.01mg/l以下のスコロダイトを20dry・g添加して、種結晶とした。
当該液を95℃へ昇温し、次いで2Lビーカー底部よりガラス管を用い酸素ガスを95
0cc/分で吹き込みを開始し、強攪拌下、気液混合状態で2時間に亘り高温酸化反応させた後、酸素の吹き込みを終了し、第1の結晶化工程を完了した。この時点での調整液の酸化還元電位は423mV(Vs:Ag/AgCl)であった。
【0069】
次いで、高温酸化反応後の調整液へ濃度10%のHを46g添加し、酸化還元電位を707mV以上とし第2の結晶化工程をおこなった。添加に要した時間は3分間であった。そして、酸素の吹き込みは停止したまま、さらに1時間攪拌反応実施した後、攪拌を終了した。従って、第1および第2の結晶化工程の全所要時間は3時間であった。
当該高温酸化反応による当該液中の砒素のスコロダイトへの転換率、生成したスコロダイトの組成、および、環境庁告示13号準拠による溶出試験結果を、表7に示す。
【0070】
【表7】

【0071】
(実施例2)
結晶化工程における第1の結晶化工程の所要時間を1.5時間、第2の結晶化工程の所要時間を1.5時間とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。従って、第1および第2の結晶化工程の全所要時間は3時間であった。
得られたスコロダイトの砒素溶出値は<0.01mg/lであった。
【0072】
(比較例1)
結晶化工程における第1の結晶化工程のみを3時間行い、第2の結晶化工程を行わなかった以外は、実施例1と同様の操作を行った。従って、結晶化工程の全所要時間は3時間であった。
当該高温酸化反応による当該液中の砒素のスコロダイトへの転換率、生成したスコロダイトの組成、および、環境庁告示13号準拠による溶出試験結果を、表8に示す。
【0073】
【表8】

【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明に係る砒素の処理方法を示すフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
砒素を含む非鉄製錬中間産物に含まれる砒素を、スコロダイト結晶へ転換する砒素の処理方法であって、
非鉄製錬中間産物から砒素を浸出し浸出液を得る浸出工程と、当該浸出液に含まれる3価砒素を5価砒素へ酸化し、調整液を得る液調整工程と、当該調整液へ鉄塩と酸化剤とを加え、当該調整液中の砒素をスコロダイト結晶へ転換する結晶化工程とを、有し、
当該結晶化工程が、当該調整液へ鉄塩を添加し、第1の酸化剤を添加する第1の結晶化工程と、第1の結晶化工程で得られた調整液へ、第1の酸化剤より強い酸化力を有する第2の酸化剤を添加する第2の結晶化工程とを、有することを特徴とする砒素の処理方法。
【請求項2】
前記結晶化工程において、第1の酸化剤として、空気および/または酸素の吹き込みを用いることを特徴とする請求項1に記載の砒素の処理方法。
【請求項3】
前記結晶化工程において、第2の酸化剤として、過酸化水素を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の砒素の処理方法。
【請求項4】
前記結晶化工程において、鉄塩として、第一鉄(Fe2+)塩を用いることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の砒素の処理方法。
【請求項5】
前記結晶化工程を、調整液のpHが1以下の領域で行うことを特徴とする請求項1から
4のいずれかに記載の砒素の処理方法。
【請求項6】
前記結晶化工程を、調整液の液温を70℃以上で行うことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の砒素の処理方法。
【請求項7】
前記結晶化工程において、第2の酸化剤の添加終了時点における調整液の酸化還元電位が、650mV(Vs:Ag/AgCl電極)以上に達するに足りる量の第2の酸化剤を添加するものであることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の砒素の処理方法。
【請求項8】
前記結晶化工程において、調整液へ、スコロダイトを種結晶として添加することを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載の砒素の処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−18978(P2009−18978A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−185068(P2007−185068)
【出願日】平成19年7月13日(2007.7.13)
【出願人】(306039131)DOWAメタルマイン株式会社 (92)
【Fターム(参考)】