説明

硫化物系固体電解質の製造方法

【課題】本発明は、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に発生する固着物を掻き落とす必要が無く、製造効率に優れた硫化物系固体電解質の製造方法を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明においては、少なくとも硫黄(S)を含有する原料組成物を調製する原料組成物調製工程と、上記原料組成物に、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に未反応の上記原料組成物を含む固着物が発生することを抑制する固着抑制材を添加する固着抑制材添加工程と、上記固着抑制材が添加された原料組成物に対して、メカニカルミリングを行い、硫化物系ガラスを合成するガラス化工程と、を有することを特徴とする硫化物系固体電解質の製造方法を提供することにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば全固体型リチウム電池用の固体電解質として有用な硫化物系固体電解質の製造方法に関し、さらに詳しくは、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に発生する固着物を掻き落とす必要が無く、製造効率に優れた硫化物系固体電解質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年におけるパソコン、ビデオカメラおよび携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い、その電源として利用される電池の開発が重要視されている。また、自動車産業界等においても、電気自動車用あるいはハイブリッド自動車用の高出力かつ高容量の電池の開発が進められている。現在、種々の電池の中でも、エネルギー密度が高いという観点から、リチウム電池が注目を浴びている。
【0003】
現在市販されているリチウム電池は、可燃性の有機溶剤を溶媒とする有機電解液が使用されているため、短絡時の温度上昇を抑える安全装置の取り付けや短絡防止のための構造・材料面での改善が必要となる。
【0004】
これに対し、液体電解質を固体電解質に変えて、電池を全固体化した全固体型リチウム電池は、電池内に可燃性の有機溶媒を用いないので、安全装置の簡素化が図れ、製造コストや生産性に優れると考えられている。また、全固体型リチウム電池に用いられる固体電解質として、硫化物系固体電解質が知られている。さらに、硫化物系固体電解質の製造方法としては、メカニカルミリング法および溶融急冷法が知られている。
【0005】
例えば特許文献1においては、イオン伝導性硫化物ガラスの原料をメカニカルミリングによりガラス化させることを特徴とするイオン伝導性硫化物ガラスの製造方法が開示されている。さらに、特許文献2および特許文献3においても、メカニカルミリングを用いたリチウムイオン伝導性硫化物ガラスの製造方法が開示されている。一方、特許文献4においては、溶融急冷法を用いたリチウムイオン伝導性固体電解質の製造方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−134937号公報
【特許文献2】特開2004−265685号公報
【特許文献3】特開2003−208919号公報
【特許文献4】平9−283156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般的に、メカニカルミリング法は常温での処理が可能であるため、溶融急冷法に比べて、簡便に所望の硫化物系ガラスを得ることができるという利点を有する。しかしながら、硫化物系ガラスの原料組成物は、硫黄(S)を含むため比較的柔らかく、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に未反応の原料組成物を含む固着物が発生するという問題があった。そのため、定期的に、ポットの内側表面に発生する固着物を掻き落とす必要があり、製造効率が悪いという問題があった。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に発生する固着物を掻き落とす必要が無く、製造効率に優れた硫化物系固体電解質の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明においては、少なくとも硫黄(S)を含有する原料組成物を調製する原料組成物調製工程と、上記原料組成物に、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に未反応の上記原料組成物を含む固着物が発生することを抑制する固着抑制材を添加する固着抑制材添加工程と、上記固着抑制材が添加された原料組成物に対して、メカニカルミリングを行い、硫化物系ガラスを合成するガラス化工程と、を有することを特徴とする硫化物系固体電解質の製造方法を提供する。
【0010】
本発明によれば、原料組成物に固着抑制材を添加してメカニカルミリングを行うことにより、ポットの内側表面に固着物が発生することを抑制することができる。これにより、従来行われてきた固着物の掻き落としが不要になり、作業効率を向上させることができる。さらに、原料組成物に対して均一にメカニカルミリングが行われるため、硫化物系ガラスの合成時間を大幅に短縮することができる。さらに、均一なメカニカルミリングが行われるため、均一な組成を有する硫化物系ガラスを合成することができる。
【0011】
上記発明においては、上記固着抑制材が、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有する液体であることが好ましい。このような液体を用いることで、ポット内部における原料組成物の分散性を向上させることができ、固着物の発生を抑制することができるからである。
【0012】
上記発明においては、上記液体が、非プロトン性液体であることが好ましい。硫化水素の発生を防止できるからである。
【0013】
上記発明においては、上記非プロトン性液体が、無極性の非プロトン性液体であることが好ましく、上記無極性の非プロトン性液体が、常温(25℃)で液体のアルカンであることがより好ましい。効果的に硫化水素の発生を防止できるからである。
【0014】
上記発明においては、上記常温(25℃)で液体のアルカンが、n−ヘプタンであることが好ましい。n−ヘプタンはSP値が小さい(極性が小さい)ため、硫化物系固体電解質(反応前の原料組成物を含む)との反応を効果的に抑制でき、硫化物系固体電解質の劣化を抑制することで、Liイオン伝導性の向上を図ることができるからである。
【0015】
上記発明においては、上記固着抑制材が、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するゲルであっても良い。このようなゲルを用いることで、ポット内部における原料組成物の分散性を向上させることができ、固着物の発生を抑制することができる。
【0016】
上記発明においては、上記原料組成物が、さらにLiを含有することが好ましい。例えば全固体型リチウム電池用の固体電解質として有用な硫化物系固体電解質を得ることができるからである。
【0017】
上記発明においては、上記原料組成物が、少なくともLiSおよびPを含有することが好ましい。Liイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質を得ることができるからである。
【0018】
上記発明においては、上記LiSおよび上記Pが、LiS:P=70:30(モル比)の関係を満たすことが好ましい。さらにLiイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質を得ることができるからである。
【0019】
上記発明においては、上記メカニカルミリングが、遊星型ボールミルを用いたミリングであることが好ましい。効率良く原料組成物をガラス化することができるからである。
【発明の効果】
【0020】
本発明においては、固着物の掻き落としが不要になる、硫化物系ガラスの合成時間を大幅に短縮できる、均一な組成を有する硫化物系ガラスを得ることができる等の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の硫化物系固体電解質の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【図2】従来のメカニカルミリングで生じる固着物を説明する概略断面図である。
【図3】実施例1で得られた粉末ガラスのX線回折の測定結果である。
【図4】比較例1で得られた粉末ガラスのX線回折の測定結果である。
【図5】実施例1で得られた粉末ガラス、比較例1で得られた粉末ガラスに対するDSCの測定結果である。
【図6】実施例3〜6で得られた粉末ガラスのLiイオン伝導度の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の硫化物系固体電解質の製造方法について、詳細に説明する。
【0023】
本発明の硫化物系固体電解質の製造方法は、少なくとも硫黄(S)を含有する原料組成物を調製する原料組成物調製工程と、上記原料組成物に、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に未反応の上記原料組成物を含む固着物が発生することを抑制する固着抑制材を添加する固着抑制材添加工程と、上記固着抑制材が添加された原料組成物に対して、メカニカルミリングを行い、硫化物系ガラスを合成するガラス化工程と、を有することを特徴とするものである。
【0024】
図1は、本発明の硫化物系固体電解質の製造方法の一例を示すフローチャートである。図1に示される硫化物系固体電解質の製造方法においては、まず、原料として硫化リチウム(LiS)および五硫化リン(P)を用意し、これらを所定の割合で混合し、原料組成物を調製する(原料組成物調製工程)。次に、原料組成物および粉砕用ボールを、メカニカルミリング用のポットに投入し、さらに、脱水ヘプタン(固着抑制材)を上記のポットに投入し、ポットを密閉する(固着抑制材添加工程)。次に、このポットを、遊星型ボールミル機に取り付けて、メカニカルミリングを行うことにより、原料組成物を非晶質化し、粉末状の硫化物系ガラスを合成する(ガラス化工程)。次に、粉末状の硫化物系ガラスを焼成し、粉末状の硫化物系ガラスセラミックスを合成する(焼成工程)。図1においては、硫化物系ガラスセラミックスが、目的とする硫化物系固体電解質となる。
【0025】
ここで、本発明により得られる硫化物系固体電解質は、上記の焼成工程で得られる硫化物系ガラスセラミックス、および、上記のガラス化工程で得られる硫化物系ガラスの両方を含む概念である。すなわち、本発明により得られる硫化物系固体電解質は、ガラス化工程で得られる硫化物系ガラスであっても良く、硫化物系ガラスを焼成して得られる硫化物系ガラスセラミックスであっても良い。
【0026】
本発明によれば、原料組成物に固着抑制材を添加してメカニカルミリングを行うことにより、ポットの内側表面に固着物が発生することを抑制することができる。これにより、従来行われてきた固着物の掻き落としが不要になり、作業効率を向上させることができる。さらに、原料組成物に対して均一にメカニカルミリングが行われるため、硫化物系ガラスの合成時間を大幅に短縮することができる。さらに、均一なメカニカルミリングが行われるため、均一な組成を有する硫化物系ガラスを合成することができる。
【0027】
図2は、従来のメカニカルミリングで生じる固着物を説明する概略断面図である。図2に示すように、従来のメカニカルミリングでは、原料組成物が硫黄(S)を含み比較的柔らかいため、ポット1の内部表面に、未反応の原料組成物を含む固着物2が発生してしまう。そのため、均一な組成の硫化物系ガラスを得るためには、定期的に、ポット1の内側表面に発生する固着物2を掻き落とす必要があり、製造効率が悪いという問題があった。この固着物の問題は、硫黄(S)を含む柔らかい原料組成物を用いた場合における特有の課題である。これに対して、本発明においては、固着抑制材を添加することで、固着物の発生を抑制できる。これにより、上述したように、固着物の掻き落としが不要になったり、硫化物系ガラスの合成時間を大幅に短縮できたり、均一な組成を有する硫化物系ガラスを得ることができたりするのである。
以下、本発明の硫化物系固体電解質の製造方法について、工程毎に詳細に説明する。なお、後述する各工程は、通常、不活性ガス雰囲気下(例えばArガス雰囲気下)で行われるものである。
【0028】
1.原料組成物調製工程
まず、本発明における原料組成物調製工程について説明する。本発明における原料組成物調製工程は、少なくとも硫黄(S)を含有する原料組成物を調製する工程である。
【0029】
原料組成物の組成は、少なくとも硫黄(S)を含むものであれば特に限定されるものではなく、目的とする硫化物系固体電解質の用途に応じて適宜選択することが好ましい。例えば、全固体型リチウム電池に用いる硫化物系固体電解質を製造する場合は、原料組成物が、Sの他に、さらにLiを含有することが好ましい。Liイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質とすることができるからである。さらに、本発明においては、原料組成物が、S、Liの他に、第三成分Aを含有することが好ましい。第三成分Aとしては、例えばP、Ge、B、Si、I、Al、GaおよびAsからなる群より選択される少なくとも一種を挙げることができ、中でもPが好ましい。
【0030】
原料組成物に用いられる原料化合物としては、上述した組成の原料組成物を得ることができれば特に限定されるものではないが、例えばLiS、P、P、SiS、AlS、B、GeS、Li、S、P、GaS、As、Sb等を挙げることができる。中でも、本発明においては、原料組成物が、少なくともLiSおよびPを含有することが好ましい。Liイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質を得ることができるからである。この場合、原料組成物はLiSおよびPのみを含有するものであっても良く、LiSおよびPに加えて、他の化合物を含有するものであっても良い。
【0031】
原料組成物における化合物の含有量は、特に限定されるものではなく、目的とする硫化物系固体電解質の組成に応じて適宜選択することが好ましい。例えば、原料組成物がLiSおよびPを含有する場合、本発明においては、LiSおよびPが、68〜74:26〜32(モル比)の関係を満たすことが好ましい。特に、本発明においては、LiSおよびPが、LiS:P=70:30(モル比)の関係を満たすことが好ましい。さらにLiイオン伝導性に優れた硫化物系固体電解質を得ることができるからである。
【0032】
なお、目的とする硫化物系固体電解質の組成としては、例えば70LiS−30P、80LiS−20P、75LiS−25P、LiS−P、LiS−SiS、LiGe0.250.75を挙げることができる。
【0033】
2.固着抑制材添加工程
次に、本発明における固着抑制材添加工程について説明する。本発明における固着抑制材添加工程は、上記原料組成物に、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に未反応の上記原料組成物を含む固着物が発生することを抑制する固着抑制材を添加する工程である。
【0034】
本発明に用いられる固着抑制材は、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するものであれば特に限定されるものではない。通常、上記固着抑制材は、原料組成物のみならず、硫化物系ガラスおよびその前駆体との反応でも、硫化水素を発生しない性質を有する。上記固着抑制材としては、例えば液体、ゲル、固体等を挙げることができる。
【0035】
(1)固着抑制材が液体である場合
本発明においては、固着抑制材が、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有する液体であることが好ましい。このような液体を用いることで、ポット内部における原料組成物の分散性を向上させることができ、固着物の発生を抑制することができるからである。なお、このような液体を用いる場合は、いわゆる湿式のメカニカルミリングに該当する。湿式のメカニカルミリングは、一般的に乾式のメカニカルミリングと比較して、せん断力が落ちるため、充分なガラス化を必要とする固体電解質の製造には従来用いられてこなかったものである。また、液体の沸点を考慮して液体の種類を適宜選択すると、乾燥のみで固着抑制材を容易に除去することができるという利点がある。
【0036】
上記液体としては、所望の流動性を有し、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するものであれば特に限定されるものではない。一般的に、硫化水素は、液体の分子から解離したプロトンが、原料組成物や硫化物系ガラスと反応することによって発生する。そのため、上記液体は、硫化水素が発生しない程度の非プロトン性を有していることが好ましい。すなわち、上記液体は、非プロトン性液体であることが好ましい。硫化水素の発生を防止できるからである。また、本発明に用いられる非プロトン性液体は、通常、極性の非プロトン性液体と、無極性の非プロトン性液体とに大別することができる。
【0037】
極性の非プロトン性液体としては、特に限定されるものではないが、例えばアセトン等のケトン類;アセトニトリル等のニトリル類;N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)等のアミド類;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド類等を挙げることができる。
【0038】
無極性の非プロトン性液体の一例としては、常温(25℃)で液体のアルカンを挙げることができる。上記アルカンは、鎖状アルカンであっても良く、環状アルカンであっても良い。上記鎖状アルカンの炭素数は、例えば5以上であることが好ましい。一方、上記鎖状アルカンの炭素数の上限は、常温で液体であれば特に限定されるものではない。上記鎖状アルカンの具体例としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、パラフィン等を挙げることができる。なお、上記鎖状アルカンは、分岐を有するものであっても良い。中でも、本発明においては、上記鎖状アルカンが、直鎖状のアルカンであることが好ましい。具体的には、n−ヘプタンおよびn−デカン等を挙げることができ、中でもn−ヘプタンが好ましい。n−ヘプタンは後述するようにSP値が小さいため、硫化物系固体電解質(反応前の原料組成物を含む)との反応を効果的に抑制でき、硫化物系固体電解質の劣化を抑制することで、Liイオン伝導性の向上を図ることができるからである。また、上記環状アルカンの炭素数は、例えば5以上、中でも6以上であることが好ましい。一方、上記環状アルカンの炭素数の上限は、常温で液体であれば特に限定されるものではない。上記環状アルカンの具体例としては、シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン、シクロパラフィン等を挙げることができる。
【0039】
また、無極性の非プロトン性液体の別の例としては、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;ジエチルエーテル、ジメチルエーテル等の鎖状エーテル類;テトロヒドロフラン等の環状エーテル類;クロロホルム、塩化メチル、塩化メチレン等のハロゲン化アルキル類;酢酸エチル等のエステル類;フッ化ベンゼン、フッ化ヘプタン、2,3‐ジハイドロパーフルオロペンタン、1,1,2,2,3,3,4‐ヘプタフルオロシクロペンタン等のフッ素系化合物を挙げることができる。
【0040】
また、非プロトン性液体の極性は、溶解パラメータ(SP値)で評価することができる。本発明における非プロトン性液体は、極性がより低いことが好ましい。言い換えると、非プロトン性液体のSP値(MJ/cm)は、より小さいことが好ましく、具体的には、18.5以下であることが好ましく、16以下であることがより好ましい。SP値が低いことにより、非プロトン性液体と、硫化物系固体電解質(反応前の原料組成物を含む)との反応を効果的に抑制でき、硫化物系固体電解質の劣化を抑制することで、Liイオン伝導性の向上を図ることができるからである。
【0041】
上記液体は、通常、常温(25℃)で液体である。上記液体の沸点は、例えば60℃〜300℃の範囲内であることが好ましく、80℃〜200℃の範囲内であることがより好ましい。沸点が低すぎると、ポット内部で気化してしまい、固着物の発生を抑制できない可能性があり、沸点が高すぎると、液体を除去することが困難になる可能性があるからである。
【0042】
また、本発明に用いられる上記液体は、水分量が少ないことが好ましい。硫化水素の発生を抑制することができるからである。上記液体に含まれる水分量は、例えば100ppm以下、中でも50ppm以下であることが好ましい。水分量を低減する方法としては、例えば蒸留処理を挙げることができる。すなわち、上記液体は、蒸留処理を行ったものであることが好ましい。
【0043】
本発明において、原料組成物に対する上記液体の添加量は、固着物の発生を抑制することができれば特に限定されるものではない。原料組成物を100重量部とした場合に、上記液体は、例えば50重量部以上であることが好ましく、100重量部以上であることがより好ましく、200重量部以上であることがさらに好ましい。上記液体の添加量が少なすぎると、固着物の発生を充分に抑制できない可能性があるからである。一方、原料組成物を100重量部とした場合に、上記液体は、例えば1000重量部以下であることが好ましく、500重量部以下であることがより好ましい。上記液体の添加量が多すぎると、硫化物系ガラスの合成に時間がかかり過ぎる可能性があるからである。
【0044】
(2)固着抑制材がゲルである場合
本発明においては、固着抑制材が、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するゲルであっても良い。このようなゲルを用いることで、ポット内部における原料組成物の分散性を向上させることができ、固着物の発生を抑制することができる。
【0045】
上記ゲルとしては、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するものであれば特に限定されるものではない。また、原料組成物に対する上記ゲルの添加量は、原料組成物の量や種類に応じて、適宜選択することが好ましい。
【0046】
(3)固着抑制材が固体である場合
本発明においては、固着抑制材が、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有する固体であっても良い。このような固体を用いることで、ポット内部における原料組成物の分散性を向上させることができ、固着物の発生を抑制することができる。
【0047】
上記固体としては、上記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するものであれば特に限定されるものではない。上記固体としては、例えば、メカニカルミリングに用いられる破砕用ボールよりも小さいボール(固着抑制ボール)等を挙げることができる。固着抑制ボールを添加することにより、ポットの内側表面と固着物との密着性を低減させることができる。上記固着抑制ボールの材料としては、例えば、後述する破砕用ボールと同じ材料を挙げることができる。また、上記固着抑制ボールの直径は、破砕用ボールよりも小さければ特に限定されるものではないが、例えば3mm以下であることが好ましい。また、原料組成物に対する上記固体の添加量は、原料組成物の量や種類に応じて、適宜選択することが好ましい。
【0048】
3.ガラス化工程
次に、本発明におけるガラス化工程について説明する。本発明におけるガラス化工程は、上記固着抑制材が添加された原料組成物に対して、メカニカルミリングを行い、硫化物系ガラスを合成する工程である。上述したように、本発明においては、ガラス化工程で得られた硫化物系ガラスを硫化物系固体電解質としても良い。
【0049】
本発明に用いられるメカニカルミリング装置の種類としては、原料組成物のガラス化を起こさせるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、遊星型ボールミル装置、回転ボールミル装置、撹拌ボールミル装置、振動ボールミル装置等のボールミル装置、およびリングを用いた粉砕機等を挙げることができ、中でも遊星型ボールミルが好ましい。効率良く原料組成物をガラス化することができるからである。
【0050】
上記メカニカルミリングの各種条件は、所望の硫化物系ガラスを得ることができる程度に設定することが好ましく、メカニカルミリングの種類に応じて適宜選択することが好ましい。例えば、遊星型ボールミルにより硫化物系ガラスを合成する場合、通常、ポット内に、原料組成物および粉砕用ボールを加え、所定の回転数および時間で処理を行う。一般的に、回転数が大きいほど、硫化物系ガラスの生成速度は速くなり、処理時間が長いほど硫化物系ガラスヘの原材の転化率は高くなる。遊星型ボールミルを行う際の回転数としては、例えば100rpm〜500rpmの範囲内、中でも200rpm〜400rpmの範囲内であることが好ましい。また、遊星型ボールミルを行う際の処理時間は、原料組成物のガラス化が充分に進行する程度の時間であることが好ましい。
【0051】
4.焼成工程
次に、本発明における焼成工程について説明する。本発明における焼成処理は、硫化物系ガラスの結晶性を向上させる焼成処理を行い、硫化物系ガラスセラミックスを得る工程である。上述したように、本発明においては、焼成工程で得られた硫化物系ガラスセラミックスを硫化物系固体電解質としても良い。
【0052】
焼成処理の温度としては、所望の硫化物系ガラスセラミックスを得ることができる温度であれば特に限定されるものではないが、例えば150℃〜360℃の範囲内、中でも200℃〜350℃の範囲内であることが好ましい。焼成処理の温度が低すぎると、硫化物系ガラスのガラス転移温度に届かず、結晶化が進行しない可能性があり、焼成処理の温度が高すぎると、所望の結晶構造が形成されない可能性があるからである。また、焼成処理の時間としては、例えば1分間〜10時間の範囲内、中でも0.5時間〜3時間の範囲内であることが好ましい。
【0053】
5.その他
本発明により得られる硫化物系固体電解質は、例えば、全固体型電池(特に全固体型リチウム電池)用の固体電解質として有用である。例えば、硫化物系固体電解質の粉末を圧縮成形することで、固体電解質膜として用いることができる。また、本発明においては、上述した硫化物系固体電解質の製造方法によって得られた硫化物系固体電解質を用いることを特徴とする全固体型電池の製造方法を提供することもできる。
【0054】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0055】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
【0056】
[実施例1]
出発原料として、硫化リチウム結晶(LiS)および五硫化リン(P)を用いた。これらの粉末をアルゴン雰囲気下のドライボックス内でモル比70/30(LiS/P)の割合で2g秤量し、45mlのジルコニア製のポットに投入した。次に、脱水ヘプタン4gを秤量し、上記のポットに投入し、さらに、ジルコニア製の粉砕用ボール(φ10mm、29個)を上記のポットに投入し、ポットを完全に密閉した。
【0057】
このポットを遊星型ボールミル機に取り付け、初期は原料組成物を充分混合する目的で数分間、低速回転(回転速度:60ppm)でミリングを行った。その後、徐々に回転数を増大させていき、370rpmで5時間、9時間、15時間、各々メカニカルミリングを行い、乾燥後に粉末ガラスを得た。
【0058】
[実施例2]
原料組成物の量を20gに変更し、脱水ヘプタンの量を40gに変更し、500mlのジルコニア製のポットを使用し、ジルコニア製の粉砕用ボール(φ5mm、600g)を使用したこと以外は、実施例1と同様にして粉末ガラスを得た。
【0059】
[比較例1]
脱水ヘプタンを加えず、370rpmでのメカニカルミリングの時間を20時間、25時間、30時間に変更し、ポットの表面に固着した未反応の原料組成物を5時間ごとに掻き落したこと以外は、実施例1と同様にして粉末ガラスを得た。
【0060】
[評価1]
(1)X線回折測定
図3は、実施例1で得られた粉末ガラスのX線回折の測定結果である。図3に示されるように、5時間のメカニカルミリングを行った粉末ガラスは、原料の硫化リチウム(LiS)のピークが観察されたものの、9時間のメカニカルミリングおよび15時間のメカニカルミリングを行った粉末ガラスは、原料の硫化リチウム(LiS)のピークが消失し、ガラス化が充分に進行していることが確認された。同様に、実施例2で得られた粉末ガラスについても、9時間でガラス化が充分に進行していることが確認された。
【0061】
一方、図4は、比較例1で得られた粉末ガラスのX線回折の測定結果である。図4に示されるように、20時間のメカニカルミリングおよび25時間のメカニカルミリングを行った粉末ガラスは、原料の硫化リチウム(LiS)のピークが観察された。これに対して、30時間のメカニカルミリングを行った粉末ガラスは、原料の硫化リチウム(LiS)のピークが消失し、ガラス化が充分に進行していることが確認された。
【0062】
すなわち、比較例1では、硫化物系ガラスを合成するために、30時間程度のメカニカルミリングが必要であったが、実施例1、2では、9時間程度で硫化物系ガラスを合成することができた。この時間の短縮は、固着抑制材(脱水ヘプタン)を添加することにより、ポットの表面に未反応の原料組成物が固着することを抑制したためであると考えられる。さらに、実施例1、2では、比較例1での5時間毎の掻き落とし作業を行わなくても、所望の硫化物系ガラスを合成することが可能であった。また、実施例2は、実施例1の10倍のスケールでメカニカルミリングを行ったが、このような場合であっても、所望の硫化物系ガラスを短時間で合成できることが確認された。
【0063】
(2)DSC測定
図5は、実施例1で得られた粉末ガラス(15時間のメカニカルミリングを行ったもの)、比較例1で得られた粉末ガラス(30時間のメカニカルミリングを行ったもの)に対するDSC(differential scanning calorimeter)の測定結果である。図5に示されるように、実施例1は、比較例1と比べて、ピーク幅が狭く、より均一な組成を有する硫化物系ガラスが合成されていることが確認された。
【0064】
(3)電気伝導性
実施例1で得られた粉末ガラス(15時間のメカニカルミリングを行ったもの)、比較例1で得られた粉末ガラス(30時間のメカニカルミリングを行ったもの)を、それぞれ、Ar雰囲気下、290℃、2時間の条件で加熱して、硫化物系ガラスセラミックスの粉末を得た。次に、得られた硫化物系ガラスセラミックスの粉末を、5.1t/cmの加圧でペレット状に成形した。次に、交流二端子法により、得られたペレットの電気伝導度(Liイオン伝導度)を測定した。その結果、実施例1で得られた粉末ガラスを用いたペレットの電気伝導度(室温(25℃))は、1.7×10−3S/cmであり、比較例1で得られた粉末ガラスを用いたペレットの電気伝導度(室温(25℃))は、1.5×10−3S/cmであり、両者は同程度の電気伝導度を有していることが確認された。
【0065】
[実施例3]
出発原料として、硫化リチウム結晶(LiS)および五硫化リン(P)を用いた。これらの粉末をアルゴン雰囲気下のドライボックス内でモル比75/25(LiS/P)の割合で2g秤量し、45mlのジルコニア製のポットに投入した。次に、脱水ヘプタン(脱水n−ヘプタン)4gを秤量し、上記のポットに投入し、さらに、ジルコニア製の粉砕用ボール(φ10mm、29個)を上記のポットに投入し、ポットを完全に密閉した。
【0066】
このポットを遊星型ボールミル機に取り付け、初期は原料組成物を充分混合する目的で数分間、低速回転(回転速度:60ppm)でミリングを行った。その後、徐々に回転数を増大させていき、370rpmで9時間メカニカルミリングを行い、乾燥後に粉末ガラスを得た。
【0067】
[実施例4]
脱水n−ヘプタンの代わりに、脱水n−デカンを用いたこと以外は、実施例3と同様にして粉末ガラスを得た。
【0068】
[実施例5]
脱水ヘプタンの代わりに、脱水トルエンを用いたこと以外は、実施例3と同様にして粉末ガラスを得た。
【0069】
[実施例6]
脱水ヘプタンの代わりに、脱水キシレンを用いたこと以外は、実施例3と同様にして粉末ガラスを得た。
【0070】
[評価2]
実施例3〜6で得られた粉末ガラスに対して、上記と同様にX線回折測定を行ったところ、いずれも硫化物系ガラスが合成されていることが確認された。次に、実施例3〜6で得られた粉末ガラスを、5.1t/cmの加圧でペレット状に成形した。次に、交流二端子法により、得られたペレットの電気伝導度(室温(25℃)でのLiイオン伝導度)を測定した。その結果を表1および図6に示す。また、実施例3〜6で用いた非プロトン性溶媒のSP値および水分量についても、表1に示す。
【0071】
【表1】

【0072】
表1および図6に示されるように、実施例3〜実施例6で得られた粉末ガラスは、10−4S/cm以上のLiイオン伝導度を有することが確認された。中でも、実施例3、4は、実施例5、6に比べてLiイオン伝導性が良好であった。これは、SP値が小さい非プロトン性溶液、すなわち、より極性の小さい非プロトン性溶液を用いることにより、非プロトン性溶液が、硫化物系固体電解質(反応前の原料組成物を含む)と反応することを効果的に抑制でき、硫化物系固体電解質の劣化を抑制することで、Liイオン伝導性が向上したためであると考えられる。
【符号の説明】
【0073】
1 … (メカニカルミリング用の)ポット
2 … 固着物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも硫黄(S)を含有する原料組成物を調製する原料組成物調製工程と、
前記原料組成物に、メカニカルミリングの際にポットの内側表面に未反応の前記原料組成物を含む固着物が発生することを抑制する固着抑制材を添加する固着抑制材添加工程と、
前記固着抑制材が添加された原料組成物に対して、メカニカルミリングを行い、硫化物系ガラスを合成するガラス化工程と、
を有することを特徴とする硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項2】
前記固着抑制材が、前記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有する液体であることを特徴とする請求項1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項3】
前記液体が、非プロトン性液体であることを特徴とする請求項2に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項4】
前記非プロトン性液体が、無極性の非プロトン性液体であることを特徴とする請求項3に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項5】
前記無極性の非プロトン性液体が、常温(25℃)で液体のアルカンであることを特徴とする請求項4に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項6】
前記常温(25℃)で液体のアルカンが、n−ヘプタンであることを特徴とする請求項5に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項7】
前記固着抑制材が、前記原料組成物との反応で硫化水素を発生しない性質を有するゲルであることを特徴とする請求項1に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項8】
前記原料組成物が、さらにLiを含有することを特徴とする請求項1から請求項7までのいずれかの請求項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項9】
前記原料組成物が、少なくともLiSおよびPを含有することを特徴とする請求項1から請求項8までのいずれかの請求項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項10】
前記LiSおよび前記Pが、LiS:P=70:30(モル比)の関係を満たすことを特徴とする請求項9に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項11】
前記メカニカルミリングが、遊星型ボールミルを用いたミリングであることを特徴とする請求項1から請求項10までのいずれかの請求項に記載の硫化物系固体電解質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−40511(P2010−40511A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−148705(P2009−148705)
【出願日】平成21年6月23日(2009.6.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】