説明

硬化油脂の製造方法

【課題】油脂に水素添加して硬化油脂を得る場合、低温で反応を行えばトランス酸量を低減化できることが知られているが、従来は多量の触媒を使用しないと実用的な反応時間内で水素添加することは困難であった。本発明は低温において効率良くトランス酸含有量の少ない硬化油脂を製造する方法を提供する。
【解決手段】本発明の硬化油脂の製造方法は、ニッケル触媒の存在下で、油脂に水素添加を行う際に、水素添加温度を縦軸に、時間を横軸としたとき、160℃において油脂のヨウ素価を10低下させるに要する時間と、120℃において油脂のヨウ素価を10低下させるに要する時間とを結ぶ直線の傾きが−1.5〜−15.0となり、且つ120℃においてヨウ素価を10低下させるに要する時間が40分以内となる活性を有するニッケル触媒を用い、80℃未満、20℃以上の温度で、且つ油脂が溶融した状態で油脂に水素添加することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬化油脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、マーガリン、ショートニング、フライ用油脂等の原料として用いられてきた硬化油脂は、植物油等の液状油脂にニッケル触媒を用いて水素添加して製造されている。しかしながら近年、硬化油脂中に含まれるトランス酸が栄養学的に好ましくないと指摘され、硬化油脂中のトランス酸量を低減させる多くの試みがなされている。一般に、硬化油脂は水素添加反応温度150〜200℃程度、水素圧力0.1MPa〜0.5MPaで製造されており、水素添加によって生じるトランス酸の量は、水素添加の反応温度、水素ガス圧力、触媒量、水素添加に用いる原料油脂中の不飽和脂肪酸量等の違いで増減することが知られており、トランス酸量を低減化するための条件として、水素添加の反応温度を下げること、水素圧力を上げることが知られている。しかしながら、一般にニッケル触媒を用いて硬化油脂を製造する方法は、反応温度が140℃以下となると著しく触媒の活性が低下するため反応に長時間を要するという問題があった。このような問題を解決する方法として、ニッケル触媒を通常の数倍〜10数倍量使用して80〜130℃で水素添加反応を行って硬化油脂を得る方法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
【特許文献1】特開2006−320175号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、触媒を多量に使用するため生産コストが高くつくとともに、トランス酸量のより低減化をはたすために更に低温で反応させた場合、触媒量を多くしても著しく長時間を要するため実用的ではなかった。本発明はかかる従来技術の欠点を解消するためになされたもので、80℃未満の反応温度でトランス酸含有量の少ない硬化油脂を効率良く製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
即ち本発明は、
(1)ニッケル触媒の存在下で、油脂に水素添加を行う際に、水素添加温度を縦軸に、時間を横軸としたとき、160℃において油脂のヨウ素価を10低下させるに要する時間と、120℃において油脂のヨウ素価を10低下させるに要する時間とを結ぶ直線の傾きが−1.5〜−15.0となり、且つ120℃においてヨウ素価を10低下させるに要する時間が40分以内となる活性を有するニッケル触媒を用い、80℃未満、20℃以上の温度で、且つ油脂が溶融した状態で油脂に水素添加することを特徴とする硬化油脂の製造方法、
(2)油脂が乳化剤を含む上記(1)の硬化油脂の製造方法、
を要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明方法は、特定の活性を有するニッケル触媒を用いて水素添加を行う方法を採用したことにより、80℃未満という低温で反応を行っても効率良く硬化油脂を得ることができ、しかも80℃未満、20℃以上という低い温度で反応を行うためトランス酸の生成量を著しく低減化できる。また水素添加を行う原料油脂中に乳化剤が含有されていると、更に効率良く水素添加を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において水素添加に用いる原料油脂としては、パーム油、パームオレイン、大豆油、ナタネ油、コーン油、綿実油、紅花油、米油、牛脂、豚脂、魚油等が挙げられる。
【0008】
本発明において用いるニッケル触媒は、160℃において油脂のヨウ素価(IV)を10低下させるに要する時間と、120℃において油脂のヨウ素価(IV)を10低下させるに要する時間とを結ぶ直線の傾きが−1.5〜−15.0となり、且つ120℃においてヨウ素価(IV)を10低下させるに要する時間が40分以内となる活性を有する。尚ヨウ素価は基準油脂分析試験法2.3.4.1−1996(ウィス−シクロヘキサン法)に従い測定した。160℃および120℃において、油脂のIVを10低下させるに要する時間は、1000mLの反応容器内にIV=50〜55のパーム油300gを入れ、触媒量0.20%、水素圧力0.3MPa、500rpmで攪拌して水素添加反応を行って経時的にIVを測定し、元のIVの値よりIVが10低い値となるまでの時間を160℃および120℃でそれぞれ3回測定した。160℃においてIVが10低下するまでの時間と、120℃においてIVが10低下するまでの時間をプロットし回帰直線を求め、この直線の傾き(この直線の傾きを、以下、単に“回帰直線の傾き”と言う。)が−1.5〜−15.0の範囲にあり、且つ120℃においてIVを10低下させるに要する時間が40分以内となる活性を有するニッケル触媒を本発明において用いる。本発明において、上記した活性を有するニッケル触媒であれば、ニッケルを珪藻土等の多孔質体担体に担持させたもの、あるいはこれを更に油脂で被覆してフレーク状、粒状等にしたもの等、いかなる形態のものでも用いることができる。このような活性を有する市販のニッケル触媒としては、堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒のSO−100A(回帰直線の傾き−4.56、120℃においてIVを10低下させるに要する時間が21.7分)、SO−750(回帰直線の傾き−3.11、同27.3分)、SO−850(回帰直線の傾き−5.78、同18.0分)、SO−250GX(回帰直線の傾き−5.80、同17.7分)等が挙げられる。ニッケル触媒の使用量は、0.01%〜3.0%が好ましい。
【0009】
本発明において用いる原料油脂中に乳化剤が含有されていると、反応時間をより短くすることができる。乳化剤としては食用に用いられるものであれば使用可能である。乳化剤としては例えば、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル等が挙げられるが、油溶性の乳化剤が好ましく、特にモノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルが好ましい。モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルは炭素数18以下の鎖長のものが好ましい。油脂中の乳化剤の含有割合は0.01から5.0重量%が好ましい。水素添加する原料油脂中に乳化剤が含有されていると、融点以下の温度でも油脂が結晶化し難くなるため、水素添加反応を油脂の融点よりも更に低い温度で行うことができ、この結果、トランス酸量の更なる低減化が可能となる。
【0010】
本発明方法において上記ニッケル触媒を用いて水素添加を行う際の反応温度は、80℃未満、20℃以上であるが、水素添加に用いる原料油脂および水素添加後の油脂が溶融した状態で行うことが必要である。水素添加は、油脂が溶融した状態において、30℃以上75℃以下で行うことが好ましく、35℃〜70℃で行うことがより好ましい。水素添加反応は、水素圧力0.05MPa〜0.8MPa、油脂相と水素相との容積比1:1〜1:5とし、300〜1500rpmで攪拌しながら行うことが好ましい。
【実施例】
【0011】
実施例1〜4、比較例1、2
1リットルのオートクレーブにパーム油(IV=52.5)300g、表1に示すニッケル触媒を0.2%量添加し、水素圧力0.3MPa、攪拌数500rpmで攪拌しながら、50℃、60℃、70℃で水素添加反応を行い、各温度において油脂のIVを10低下させるまでに要した時間を測定した。またIVを10低下させるまで水素添加して得られた硬化油脂中のトランス酸量を測定した。これらの結果を表1に示した。実施例1〜4、比較例1、2において使用したニッケル触媒の、回帰直線の傾きと、120℃においてIVを10低下させるまでに要する時間を表2に示す。尚、トランス酸量は、基準油脂分析試験法コード暫17−2007トランス脂肪酸含量(キャピラリーガスクロマトグラフ法)、ヨウ素価は基準油脂分析試験法2.3.4.1−1996(ウィス−シクロヘキサン法)に従い測定した。
【0012】
【表1】

【0013】
※1:堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒SO100A
※2:堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒SO250G
※3:堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒SO750
※4:堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒SO850
※5:堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒SO350
※6:堺化学工業株式会社製のフレークニッケル触媒SO650
※7:10時間反応してもヨウ素価が10低下しなかったため、10時間反応後の油脂のIV値を示した。
【0014】
【表2】

【0015】
実施例5、6、比較例3、4
菜種油(IV=116.2)及び表3に示す触媒を用い、反応温度30℃と40℃において実施例1〜4と同様にしてIVが20下がるまで水素添加反応を行った。結果を表3に示す。
【0016】
(表3)

【0017】
実施例7〜9
油脂中に表4に示す乳化剤を0.1重量%加えた他は実施例4と同様の条件で50℃、60℃、70℃において水素添加を行った。結果を乳化剤を含まない実施例4の場合と併せて表4に示す。表4に示す結果より、乳化剤を含有する実施例7〜9は、乳化剤を含まない実施例4の場合よりもIVが10下がるまでの時間が短くなり、トランス酸量含有量は実施例4と同様に低い値であることがわかる。
【0018】
(表4)









【0019】
※8:三菱化学フーズ社製、ショ糖脂肪酸エステル(炭素数18)
※9:理研ビタミン社製、モノグリセリン脂肪酸エステル(炭素数18)
※10:阪本薬品工業社製、ポリグリセリン脂肪酸エステル(炭素数18)
【0020】
実施例10
乳化剤(三菱化学フーズ社製(炭素数16、18)ショ糖脂肪酸エステル:POS135)を0.1重量%添加したパームオレイン(IV=56.0、融点24.1℃)と、乳化剤を添加しないパームオレインとを用い、40℃、45℃、50℃において実施例4と同様にして水素添加を行った。表5に示す結果のように、乳化剤を添加しない場合は、生成物の融点以下で反応を行なったときは、反応終了後に反応物をビーカーに移したときに、油脂の結晶が析出して白濁が見られたが、乳化剤を添加した系では融点以下の温度においても結晶化が抑制される為、白濁が起きないので、より低温においても安定した生成物を得られた。尚、融点は基準油脂分析試験法2.2.4.2−1996融点(上昇融点)に従い測定した。
【0021】
(表5)















【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル触媒の存在下で、油脂に水素添加を行う際に、水素添加温度を縦軸に、時間を横軸としたとき、160℃において油脂のヨウ素価を10低下させるに要する時間と、120℃において油脂のヨウ素価を10低下させるに要する時間とを結ぶ直線の傾きが−1.5〜−15.0となり、且つ120℃においてヨウ素価を10低下させるに要する時間が40分以内となる活性を有するニッケル触媒を用い、80℃未満、20℃以上の温度で、且つ油脂が溶融した状態で油脂に水素添加することを特徴とする硬化油脂の製造方法。
【請求項2】
油脂が乳化剤を含む請求項1記載の硬化油脂の製造方法。

【公開番号】特開2010−1366(P2010−1366A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−160622(P2008−160622)
【出願日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【出願人】(000114318)ミヨシ油脂株式会社 (120)
【Fターム(参考)】