説明

硬組織補填材

【課題】骨欠損部の補填性、及び骨組織再生能とこれを促進する薬効成分の徐放機能を有する新規な硬組織補填材を提供する。
【解決手段】セラミックス顆粒と、架橋された酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルからなる複合体を含む硬組織補填材であって、前記複合体が、セラミックス顆粒と酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルを混合し、凍結乾燥した後、熱架橋反応により複合体を形成させてなるものである硬組織補填材、ならびに薬剤徐放基材としてのその利用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯や骨等の硬組織を復元させるための補填材として用いられる硬組織補填材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
長管骨、顎骨、頭蓋骨などの骨欠損部に対して骨補填材を用いた組織修復が行われている。骨補填材の材質としては、優れた生体親和性及び骨伝導能を有していることが必要であるため、β‐リン酸三カルシウム(β‐TCP)、ハイドロキシアパタイト(HAp)を初めとするリン酸カルシウム系セラミックスなどがよく用いられている。
【0003】
β‐リン酸三カルシウム(β‐TCP)は骨伝導能を有し、骨補填材として使用した場合、生体内において破骨細胞によるβ‐TCPの吸収と骨芽細胞による骨新生、いわゆるリモデリングが行われる。すなわち生体内で分解され徐々に新生骨に置換するという特徴を有している。
【0004】
しかしながら、これらのセラミックスをバルク塊状形成物として骨欠損に埋入すると、しばしば、その中心部での感染の危険性が高く、また、セラミックスの分解が遅く新生骨との置換の点から問題となることが多い。そのため、セラミックスを塊ではなく小さな粒状で利用することが考えられている。しかしながら、粒状物質を欠損部にとどめることは難しく、その取り扱いにも工夫の余地が残されている。
【0005】
この問題を解決するためには、粒状セラミックスにバインダーとなる材料を合わせて用いることが必要となる。すなわち、セラミックス多孔質顆粒とバインダー材料とを混合することによってハイドロゲル状に形成できるような材料の研究開発が強く望まれている。
【0006】
これに対し、β‐TCP多孔質顆粒とバインダーとしての有機材料と組み合わせることにより、多孔体の気孔内部や顆粒間に新生骨を形成させる骨補填材が提案されている。また、口腔内への骨充填材としてハイドロキシアパタイト顆粒、アルギン酸ナトリウム、患者自身から採取した多血小板血漿とを混合した移植材の作製方法も報告されている(特許文献1)。しかし、多血小板血漿の採取は患者からの採血と煩雑な手技を必要とし、使用できる容積も限られるので、大きな骨欠損部への適用は難しい。加えて、アルギン酸ナトリウムは、生体吸収性ではなく、骨組織に残存するという問題がある。
【0007】
患者からの多血小板血漿採取手技の煩雑さの問題を解決する方法として、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)をアルギン酸カルシウムより徐放させる方法も検討されている(特許文献2)。しかし、アルギン酸カルシウムは生体内での分解性を調節することが困難であり、骨形成に必要な細胞のスキャホールド内への進入を妨げることや、残存による組織の炎症の惹起が懸念される。
【0008】
一方、バインダーとしては、生体吸収性と生体適合性、特に細胞親和性の優れた材料が望まれる。このような材料としてはコラーゲン、ゼラチンなどが知られている(特許文献3)。さらにバインダー材料から、bFGFなどの細胞成長因子の徐放化が可能となればよりよい骨新生が期待できる。これに関して、ゼラチンはbFGFなどの成長因子を徐放化させ、その生物活性を増強させ、様々な組織再生を促進することが知られている(特許文献4、非特許文献1)。しかしながら、この文献はゼラチンを単に徐放基材として用いているだけであって、バインダーとして使用することは記載も示唆もしていない。
【特許文献1】特開2004−201799号公報
【特許文献2】特開2007−203034号公報
【特許文献3】特表2002−501786号公報
【特許文献4】特開2005−230372号公報
【非特許文献1】Y. TABATA, et al., Biomaterials 1999, 20; 2169-2175
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、骨欠損部の補填性、及び骨組織再生能とこれを促進する薬効成分の徐放機能を有する新規な硬組織補填材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため発明者らは鋭意検討し、生体吸収性でかつ高い細胞親和性をもつゼラチンをバインダーとして用いることを考えた。そして、セラミックス顆粒にゼラチンハイドロゲル水溶液を混合し、凍結乾燥後、熱架橋反応を行って複合体を形成させることにより、欠損部の補填性と機械的特性、ならびに薬剤徐放性に優れた硬組織補填材が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち本発明は、セラミックス顆粒と、架橋された酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルからなる複合体を含む硬組織補填材であって、前記複合体が、セラミックス顆粒と酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルを混合し、凍結乾燥した後、熱架橋反応により複合体を形成させてなるものである、硬組織補填材とその製造方法に関する。
【0012】
本発明の硬組織補填材は、さらに少なくとも1種の薬効成分を含んでいてもよい。前記薬効成分は、硬組織補填材を構成する複合体に含浸させることによって、複合体に組み込まれる。本発明の硬組織補填材を構成するゼラチンハイドロゲルは、生体内での分解にしたがって、前記薬効成分を徐放させるため、所望の期間にわたり当該薬効成分の効果を持続させることができる。
【0013】
前記薬効成分としては、骨形成因子又は骨成長因子が好ましく、たとえば、FGF、BMP、TGF‐β、IGF及びPDGFを利用することができる。
【0014】
前記セラミックスとしては、ハイドロキシアパタイト、炭酸アパタイト、フッ素アパタイト、塩素アパタイト、β‐TCP、α‐TCP、メタリン酸カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウム、第二リン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸カルシウム系ガラス、及びこれらリン酸カルシウムの混合物、アルミナ、ならびにジルコニアから選ばれる少なくともいずれか1種を用いることができる。なかでも、骨伝導能を有するβ‐TCPが好ましい。
【0015】
セラミックス顆粒は、平均径1μm〜3mm程度の大きさであることが好ましい。
また、セラミックス顆粒と酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルは、体積比で1/1000〜1/10の割合、とくに1/600〜1/60の割合で含まれていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の硬組織補填材は、生体への補綴材としてセラミックス顆粒を利用するときの移植部位からの漏出を防ぎ、骨形成因子や骨成長因子等の薬効成分の徐放も可能である。本発明の硬組織補填材は、ゼラチンハイドロゲルによってセラミックス間の空隙が確保され、血流及び細胞が進入しやすい状態を保ちつつ、その分解に伴って成長因子等の薬効成分を放出することで、骨再生を促進する。
【0017】
本発明のセラミックス顆粒とゼラチンハイドロゲル水溶液の複合体は、骨形成因子や骨成長因子等の徐放性効果と安定化効果を有し、その機能を少量で長時間にわたって発揮させ得る。そのため、局所投与した部位において、これら薬剤の血管新生促進機能及び骨新生機能が効果的に発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
1.セラミックス顆粒
本発明にかかる「セラミックス」とは、焼結した無機固体材料であって、具体的には、ハイドロキシアパタイト、炭酸アパタイト、フッ素アパタイト、塩素アパタイト、β‐TCP、α‐TCP、メタリン酸カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウム、第二リン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸カルシウム系ガラス、これらリン酸カルシウム混合物、アルミナ、ジルコニア等が例示される。
【0019】
本発明にかかる「セラミックス顆粒」は、”顆粒”という用語に限定されず、粒、小ブロック、粉砕状体等の小体すべてを包含し、それぞれ均一、不均一何れでもよい前記小体の集合物を意味する。なお、好ましくは、顆粒は球形に近い形状であることが製造上、強度、充填率の調整、再現性、操作性等の点で、好適である。
【0020】
本発明では、上記セラミックス顆粒をゼラチンハイドロゲルとともに複合体を形成させ、骨欠損部等の硬組織補填材あるいは薬剤徐放基材として用いる。したがって、複合体は骨新生に必要な細胞が入り込み易い状態に形成されることが望ましく、それゆえ、セラミックス顆粒間の間隙が、3〜350μm、好ましくは100〜300μmとなるように、セラミックス顆粒の直径も選択される。すなわち、顆粒一粒の寸法は、平均粒径3μm〜5mm、好ましくは500〜850μmである。
【0021】
2.セラチンハイドロゲル
本発明にかかる「ゼラチンハイドロゲル」とは、ゼラチンに熱反応等を与えることによりゼラチン分子間に架橋を形成させて得られるハイドロゲルのことである。
ここで「ゼラチン」とは、熱湯処理等によりコラーゲンのペプチド連鎖間の塩類結合や水素結合が開裂して、非可逆的に水溶性蛋白質に変化した変性コラーゲンを意味する。
【0022】
本発明で用いられるゼラチンは、酸性ゼラチン及び塩基性ゼラチンのいずれであってもよい。本明細書において「酸性ゼラチン」とは、コラーゲンをアルカリ処理して調製した等電点が7.0未満2.0以上のゼラチン、好ましくは6.5以下4.0以上、より好ましくは5.5以下4.5以上のものが意図される。また「塩基性ゼラチン」とは、コラーゲンを酸処理して調製した等電点が7.0以上13.0以下のゼラチン、好ましくは7.5以上10.0以下、より好ましくは8.5以上9.5以下のものが意図される。たとえば、「酸性ゼラチン」としては、新田ゼラチン社の試料等電点(IEP)5.0等を使用することができ、塩基性ゼラチンとしては同じく新田ゼラチン社の試料IEP9.0等を使用することができる。
【0023】
いずれのゼラチンを用いるかは、配合する薬効成分や用途に応じて適宜選択される。たとえば、bFGFは酸性条件下で安定であるため、こうした薬剤を配合する場合には、酸性ゼラチンが用いられる。一方、塩基性条件下で安定な薬剤を配合する場合には、塩基性ゼラチンが用いられる。
【0024】
ゼラチンの架橋度は、所望の含水率、すなわちハイドロゲルの生体吸収性のレベルに応じて適宜選択することができる。架橋は、ゼラチンを構成するコラーゲンのどの部分を架橋するものであってもよいが、特にカルボキシル基と水酸基、カルボキシル基とε-アミノ基、ε-アミノ基同士を架橋することが好ましい。こうして架橋を導入することにより、複合体は所望の機械的強度特性を有するようになる。また、架橋の導入率によって、生体内での分解速度(残存期間)も制御することができる。一般に、ゼラチン及び架橋剤の濃度、架橋時間が増大するとともにハイドロゲルの架橋度は増加し、生体吸収性は低くなる。
【0025】
ゼラチンの架橋度は含水率を指標として評価することができる。含水率とは膨潤ハイドロゲルの重量に対するハイドロゲル中の水の重量パーセントである。含水率が大きければハイドロゲルの架橋度は低くなり、分解されやすくなる。好ましい徐放性効果を示す含水率としては約80〜99w/w%であり、さらに好ましいものとしては、約95〜98w/w%のものが挙げられる。
【0026】
架橋は、熱反応、架橋剤や縮合剤を用いた化学的架橋、γ線、紫外線、電子線等を用いた物理的架橋などの方法で行うことができる。化学的架橋の場合、用いられる架橋剤としては、例えば、グルタールアルデヒド、ホルムアルデヒド等のアルデヒド系架橋剤;ヘキサメチレンジイソシアネート等のイソシアネート系架橋剤;1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩等のカルボジド系架橋剤;エチレングリコールジエチルエーテル等のポリエポキシ系架橋剤;トランスグルタミナーゼ等が挙げられ、添加する架橋剤の量は、用いる架橋剤によって適宜設定される。
【0027】
熱反応により架橋を形成させる場合、具体的には、真空状態下で140℃から160℃にて、6時間から72時間の範囲の条件で行うことができ、その条件設定によりゼラチンハイドロゲルの生体内での分解速度(残存期間)を制御することが可能である。
【0028】
3.複合体の製造方法
本発明にかかる硬組織補填材は、前記したセラミックス顆粒と架橋された酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルを含む複合体からなる。前記複合体において、ゼラチンハイドロゲルはセラミックス顆粒のバインダーとして機能するとともに、薬効成分の徐放基材として機能する。
【0029】
前記複合体は、セラミックス顆粒にゼラチンハイドロゲル水溶液を混合し、凍結乾燥後、架橋反応を行うことにより作成される。
【0030】
まず、セラミックス顆粒と酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲル水溶液を混合する。このとき、最終的な両者の配合比率は、体積比として、セラミクス/ゼラチン水溶液=1/1000〜1/10、好ましくは1/600〜1/60となるようにする。
【0031】
つぎに、上記混合物を常法に従い凍結乾燥させる。この凍結乾燥工程によって、複合体内に無数の気孔が形成され、所望の気孔率と気孔径を有する多孔質複合体が得られる。
【0032】
次いで、凍結乾燥した複合体に架橋を施す。架橋は、前述したように、熱反応、架橋剤や縮合剤を用いた化学的架橋、γ線、紫外線、電子線等を用いた物理的架橋などの方法で行うことができるが、本発明においては熱架橋を施すことが好ましい。化学架橋を行うと架橋剤がセラミック表面に付着して残存したり、複合体の表面のみ架橋されて均一な架橋ができない可能性があるからである。これに対し、熱架橋の場合、ゼラチンハイドロゲル全体に均一な架橋が形成され、所望の徐放効果が達成される。
【0033】
ゼラチンハイドロゲルの分解性は架橋度によって制御される。その分解性は動物体内、例えばマウス皮下組織で3日〜4ヶ月の範囲でコントロールが可能である。本発明では分解性が早すぎると補填剤としての役割が果たせず、予期しない組織、軟組織が侵入増殖してしまう(骨組織よりも再生スピードが大きいため)。逆に遅いとその残存が物理的に組織再生を邪魔する。そこで分解性としては1〜6週間、好ましくは2〜4週間に設定した。
【0034】
上記凍結乾燥及び架橋工程によって、複合体は一定の形状に成型される。また、ゼラチンハイドロゲルが乾燥された状態になるため、長期間の保存が可能になる。複合体の形状は、特に限定されないが、例えば、円柱状、角柱状、シート状、ディスク状、球状、粒子状などを挙げることができる。円柱状、角柱状、シート状、ディスク状のものは、埋込片として用いるのに適しており、あるいは細かく砕いて粒子状にして用いることも可能である。また、球状、粒子状、ペースト状のものは注射投与も可能である。
【0035】
4.硬組織補填材
上記方法によって得られた複合体は、連通孔を有し、各構成成分がともに生分解性であるため、細胞の侵入性が良好で、かつ、骨伝導性に優れている。しかも、架橋によって機械的強度特性と生体内滞留性(適度な生体内分解速度)を制御することができる。従って、骨充填剤等の整形外科領域や歯科領域で用いられる硬組織補填材(インプラント)に適している。
【0036】
本発明の硬組織補填材は、必要に応じて、その他の成分を含有させることもできる。かかる成分としては、St、Mg、CO3等の無機塩、クエン酸、リン脂質等の有機物、骨形成因子や骨成長因子、抗ガン剤等の薬効成分が挙げられる。後述するように、薬効成分を含有させた場合、硬組織補填材を構成する複合体はその徐放基材として機能する。
【0037】
また、ゼラチンハイドロゲルの安定性や薬効成分放出の持続性等の目的に応じて、アミノ糖あるいはその高分子量体やキトサンオリゴマー、塩基性アミノ酸あるいはそのオリゴマーや高分子量体、ポリアリルアミン、ポリジエチルアミノエチルアクリルアミド、ポリエチレンイミン等の塩基性高分子等を加えてもよい。
本発明の硬組織補填材は、骨欠損部へ充填される骨充填材の他、歯科インプラント埋入やその他硬組織に関連する手術時の顎骨への過度の損傷を与えた場合や、応急処置を必要とする場合に用いられる仮の補綴材として用いても良い。
【0038】
5.薬剤徐放性基材
本発明で得られるセラミックス顆粒と、ゼラチンハイドロゲル水溶液の複合体は、これを凍結乾燥させた後、熱架橋反応を行うことで、 ゼラチンハイドロゲルが乾燥された状態になり、長期間の保存が可能になる。再びシリンジ後部より骨形成因子や骨成長因子等の薬効成分を含浸させることにより、薬剤徐放効果を付与した補填材を得ることができる。
【0039】
本発明における薬効成分としては、例えば、抗腫瘍剤、抗菌剤、抗炎症剤、抗ウイルス剤、抗エイズ剤、ホルモンなどの低分子薬物、骨形成因子又は骨成長因子を含む生理活性ペプチド、蛋白質、糖蛋白質、多糖類、核酸等が挙げられる。特に50,000以下程度の分子量を持つものが好ましい。これらの薬効成分は天然から得られる物質でも合成により製造される物質でもよい。
【0040】
具体的には、上皮成長因子(EGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、肝細胞成長因子(HGF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)、インスリン様増殖因子(IGF)、などの細胞増殖因子、特に骨再生に関してはBMP−2、BMP−4、BMP−5、BMP−6、BMP−7(OP−1)及びBMP−8(OP−2)等の骨形成タンパク質(BMP)、グリア誘導神経栄養因子(GDNF)、神経栄養因子(NF)、歯科臨床でひろく用いられている多数の細胞増殖因子を含む多血小板血漿(PRP)、インターフェロン、インターロイキン-2、イフォスファミドなどの抗がん剤、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、ガチフロキサシンなどの抗生物質、アトルバスタチン(atorvastatin)、プラバスタチン(pravastatin)、シンバスタチン(simvastatin)のようなコレステロール低下剤、リドカイン、硫酸プロタミン、ヨウ化ヒプル酸ナトリウム、ヨウ化スルホプロモフタレイン、ヘパリンナトリウム、ブドウ糖、ノルエピネフリン、デキストラン、チオペンタールナトリウム、クロム酸ナトリウム注、キシリトール、塩酸プロカイン、塩酸テトラカイン、塩化ツボクラリン、塩化スキサメトニウム、無晶性インシュリン亜鉛、亜硝酸アミル、アジマリン等が例示される。
【0041】
なかでも、FGF、BMP、TGF‐β、IGF及びPDGFを含む骨形成因子又は骨成長因子が好ましい。
【0042】
上記薬効成分は、セラミックス顆粒とゼラチンハイドロゲル水溶液からなる複合体を形成した後、前記複合体に含浸させればよい。複合体の一方の面から薬効成分を含む溶液を滴下するか、又はディフュージョンチャンバ等の装置を用いて、濃度の異なる薬効成分溶液の入ったセルの間に複合体を配置して薬物を含浸させれば、複合体に薬効成分の濃度勾配を形成することもできる。
【0043】
ゼラチンハイドロゲル(複合体)に対する薬効成分の配合比は、モル比で約5倍量以下であることが好ましい。さらに好ましくは、約5〜約1/10倍量のモル比である。この含浸操作は、通常、4−37℃で15分間−1時間、好ましくは4−25℃で15−30分間で終了し、その間にゼラチンハイドロゲルは薬効成分を含む溶液で膨潤し、ゼラチンハイドロゲルと物理化学的相互作用によって複合化され、ハイドロゲル内に固定される。薬効成分とゼラチンハイドロゲルとの結合には、クーロン力、水酸結合力、疎水性相互作用などの物理学的相互作用の他、薬物の官能基又は金属とハイドロゲル上の官能基との間の配位結合などが単独あるいは複合的に関与していると考えられる。
【0044】
薬効成分は、ゼラチンハイドロゲルが生体内で分解されるに従って複合体外部へと徐々に放出される。この放出速度は、使用するゼラチンハイドロゲルの生体における分解及び吸収の程度、ならびに複合体内での薬効成分とゼラチンハイドロゲルとの結合の強さの程度及び安定性により決定される。ゼラチンハイドロゲルの生体における分解及び吸収の程度は、ハイドロゲル作製時における架橋の程度を調節することにより調節することができる。
【0045】
本発明において、薬効成分として核酸等の負に荷電した物質を用いる場合には、薬効成分とゼラチンハイドロゲルとの安定な複合体が形成されるよう、ゼラチンハイドロゲルが正に荷電していることが好ましい。薬効成分の有する負の電荷と、ゼラチンハイドロゲルの有する正の電荷とが強力に結合(イオン結合)することによって安定なゼラチンハイドロゲル複合体が形成される。ゼラチンハイドロゲルを正に荷電させるためには、ゼラチンハイドロゲルに予めアミノ基等を導入することによってカチオン化することができる。このことにより、ゼラチンハイドロゲルと薬効成分との結合力が増し、より安定したゼラチンハイドロゲル複合体を形成することができる。
【0046】
カチオン化の工程は、生理条件下でカチオン化する官能基を導入し得る方法であれば特に限定されないが、ゼラチンの有する水酸基あるいはカルボキシル基等に1、2又は3級のアミノ基又はアンモニウム基を温和な条件下で導入する方法が好ましい。例えばエチレンジアミン、N,N−ジメチル−1,3−ジアミノプロパン等のアルキルジアミンや、トリメチルアンモニウムアセトヒドラジド、スペルミン、スペルミジン又はジエチルアミド塩化物等を、種々の縮合剤、例えば1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩、塩化シアヌル、N,N’−カルボジイミダゾール、臭化シアン、ジエポキシ化合物、トシルクロライド、ジエチルトリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−ペンタン酸ジ無水物等のジ無水物化合物、トリシルクロリド等を用いて反応させる方法がある。中でもエチレンジアミンを反応させる方法が簡便且つ汎用性があり好適である。
【0047】
本発明の薬効成分含有硬組織補填材は任意の方法で生体に投与することができるが、目的とする特定部位で薬効成分を方向性をもって持続的に放出させるためには局所投与が特に好ましい。また必要に応じて製剤上許容し得る担体(安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合してもよい。さらに徐放効果を調節する各種添加剤を含めてもよい。なお、製剤化にあたっては、除菌濾過等の無菌化工程を経ることが望ましい。
【0048】
本発明の硬組織補填材は、薬効成分の徐放性効果と安定化効果を持つため、所望の部位において薬効成分を制御された方向性をもって長時間にわたって放出することができる。そのため、薬効成分の作用が病巣部位内で効果的に発揮される。
【0049】
本発明の硬組織補填材は、簡単な製造方法と、生体硬組織へ補綴可能な程度の強度を備えながら、薬剤徐放用の生体埋入基材としても有用性が高い。本発明の硬組織補填材は、セラミックス顆粒とゼラチンとが混合され、所望により骨形成因子や骨成長因子等の薬効成分を含むため、セラミックス内における細胞の増殖が促進され、迅速に生体組織の再生を図ることが可能となる。さらに、架橋されたゼラチンハイドロゲルが薬効成分を徐放させるための担体材料として機能し、成長因子を安定化させるとともに、生物活性をもつ因子を長期間にわたって放出させ、生体組織細胞の増殖を促進することができる。これにより、より大きな容積をもつ生体組織の迅速な再生と再生組織の維持が実現できる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0051】
実施例1:顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材
(1)β−TCPからなる顆粒状のセラミックスは、直径0.5〜1.5mmのオスフェリオンG1(登録商標)を用いた。シリンジの先端部を切断し、填入した顆粒状のセラミックス材が漏出しないようパラフィルム(登録商標)のような薄いシート材で覆った。さらに、余剰なゼラチンハイドロゲル水溶液を排出するためにシート材に穴を開け成型用容器を作製した。
(2)酸性ゼラチン(等電点5.0)は、新田ゼラチン(大阪)から入手した。ゼラチン0.5gと超純水(Milli Q)4.5gをビーカーに入れ、30分間室温で静置した。その後、40℃に加温しながら、30分間撹拌し、10wt%ゼラチン水溶液を作製した。
(3)成型用容器に顆粒状セラミックス0.2gを填入し、10%ゼラチンハイドロゲル水溶液300μLをピストン後部から注入し攪拌した後、先端から顆粒状セラミックス材が漏れ出ないようにゼラチンハイドロゲル水溶液のみを押し出す。その際、シート材も一緒に押し出されないように、手でおさえるか、固定バンド等で固定する等の手段を用いる等して抑える。室温にて30分間静置した。
(4)凍結乾燥 作製した複合体を成型容器のままプラスチックトレイに入れ、−80℃のフリーザーで凍結した。その後凍結した複合体を常法に従い凍結乾燥した。
(5)熱架橋 真空状態140℃で36時間加熱することによりゼラチン分子が架橋され、筒状に成型された状態で得られた(図1)。
【0052】
実施例2:顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材の構造
実施例1で作製した顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材の、表面及び割断面を走査型電子顕微鏡SEMにて観察した。その結果、硬組織補填材内のβ-TCP顆粒の間隙に気孔を持った網目状のゼラチンの構造が観察され、その平均気孔径は340μmであった。このことから、本発明のセラミックス顆粒と、ゼラチンハイドロゲル水溶液の複合体は連通気孔構造を有し、細胞の増殖とその後の骨組織形成に有利な構造をもつことが示された(図2)。
【0053】
実施例3:顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材の細胞接着能
実施例1で作製した顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材の、細胞接着能を検討した。比較対象として、アルギン酸カルシウムを用いた球状セラミックス複合体を用いて各材料間における細胞接着能の差を細胞増殖活性(MTTアッセイ)の測定にて検討した。
【0054】
アルギン酸カルシウムを用いた球状セラミックス複合体は以下の様に作製した。すなわち、直径500〜700μmのβ-TCPからなる球状に成形したセラミックスをビーカー中で1%塩化カルシウム水溶液に30秒浸し、60℃の乾燥機中で水分を蒸発させコーティングを行った。コーティングされたセラミックスを、先端がカットされたシリンジに装填し、セラミックス材が漏出せず、アルギン酸ナトリウム水溶液が通過できる程度の間隙ができるようにパラフィルム(登録商標)のような薄いシート材で覆った後、1%アルギン酸ナトリウム水溶液をシリンジのピストン側から注ぎいれアルギン酸ナトリウム水溶液のみを押し出すことによって、塩化カルシウムによりアルギン酸ナトリウムをゲル化させ、筒状に成型された球状セラミックス/アルギン酸複合体を作製した。
【0055】
各複合体を細胞培養基材上に圧接し、3万個/mlの濃度のマウス頭蓋冠由来骨芽細胞様細胞を播種し、37℃で3時間培養後の細胞増殖活性をMTTアッセイにて測定し、付着細胞数とした。
【0056】
結果を図3に示した。図3において、controlは培養皿群、gelatinは顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材群、alginateはアルギン酸カルシウムを用いた球状セラミックス複合体=アルギン酸群を表す。その結果、3時間後における初期細胞接着数は、アルギン酸群に対して有意に高い値を示した。このことから本発明は、アルギン酸カルシウムを用いた顆粒状セラミックス複合体に比べより高い細胞接着能と生体適合性を有する骨補填材であることが示された。
【0057】
実施例4:バインダー材料の分解と薬物の徐放性の検討−マウス皮下における徐放性試験
実施例1で作製した顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材の薬物徐放能を検討した。
【0058】
方法
(1)放射線標識にはクロラミンT法を用いた。すなわち、1mg/mlの bFGF水溶液10μlに0.5M pottasium phosphate buffer(KPB:pH 7.5)を190μl加え、5μlのNa125I(740Mbq/ml in 0.1 N NaOH)を混和した。続いて0.2mg/mlのクロラミンT溶液100μlを加え2分間撹拌反応させた後、4mg/mlの二亜硫酸ナトリウム100μlで反応停止させた。反応物をカラムに添加し、その上から1500μlのPBSを加え、500μlずつPBSをカラムに滴下することで放射線標識されたbFGF水溶液を回収した。
(2)上記で作製した顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材に、(1)により得られた20μlの放射線標識bFGF水溶液を4℃で一夜かけて含浸させた。
(3)放射線標識bFGF水溶液を含む顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材のγ線量をそれぞれ測定した後、1群あたり3匹のマウス(ddy系雄性マウス(日本エスエルシー株式会社、京都)、6週齢、体重22〜24g)の背部皮下に埋入した。1日、4日、7日、10日後に皮下のゼラチンハイドロゲルを回収してγ線量を測定し、埋入前のγ線量と比較することでbFGF水溶液の残存率を算出した。なお、γ線量はガンマカウンター(ARC-301B,Aloka Co.,Ltd)にて計測した。
【0059】
結果
結果を図4に示した。埋入時の放射線量に対して経時的に線量値の低下が認められた。このことは生体内における酵素によるゼラチンの分解に伴うbFGF水溶液の生体組織への放出、すなわち硬組織補填材からのbFGFの徐放が確認された。このことから、本発明がタンパク質からなる骨形成を促す成長因子、薬剤等を徐放することが出来る性質をもつ、薬物徐放性骨充填材として使用可能であることが確認された。
【0060】
実施例5:バインダー材料の生体適合性と分解性の検討
実施例1で作製した顆粒状セラミックスとゼラチンハイドロゲルからなる硬組織補填材の生体適合性と分解能について、ウサギ尺骨欠損モデルにて検討した。
【0061】
方法
(1)New Zealand White系ウサギ(雄性、3.0〜4.0kg、清水実験材料株式会社、京都)の尺骨中央部に、スチールバーを用い、8.0mmの全層骨欠損部を作製し、30μgのbFGF水溶液を含浸させた硬組織補填材を欠損部に填塞した。その後、絹糸(MANI社製)にて骨膜及び皮膚を縫合した。また、対照として尺骨に欠損部を作製し、bFGFを含まない硬組織補填材を填塞し縫合した群を設けた。なお、1群当たり3羽のウサギを使用した。
(2)治癒期間を4週間とし、組織を回収した。回収した組織は組織切片を作製しH-E染色を行った。
【0062】
結果
図5に示す様に、顆粒状セラミックスの間隙においてゼラチンハイドロゲルの残存及び炎症性変化は認められず、硬組織補填材料の分解に伴う新生骨の形成がセラミックス顆粒に接する様に認められた。図5において、TCPはβ-TCP顆粒、NBは新生骨を表す。
この結果から、本発明は生体組織内において速やかに分解することにより組織形成能を促進させることができる、生体適合性と生体吸収性を有した骨補填材であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、整形外科や歯科における硬組織補填材、特に骨欠損に使用する骨充填材としての用途、骨内、皮下に埋入して使用される薬物徐放担体(基材)として利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明材料のマクロ構造を示す写真
【図2】本発明材料のマイクロ構造を示すSEM象
【図3】本発明とアルギン酸カルシウムを用いた顆粒状セラミックス複合体との、細胞接着能の差を示す図
【図4】本発明のマウス皮下における徐放性試験の結果を示す図
【図5】本発明のウサギ尺骨欠損モデルにおけるゼラチンの分解性と骨形成の結果を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス顆粒と、架橋された酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルからなる複合体を含む硬組織補填材であって、前記複合体が、セラミックス顆粒と酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルを混合し、凍結乾燥した後、熱架橋反応により複合体を形成させてなるものである、硬組織補填材。
【請求項2】
さらに少なくとも1種の薬効成分を含む、請求項1記載の硬組織補填材。
【請求項3】
前記薬効成分が、骨形成因子又は骨成長因子から選ばれるものである、請求項2記載の前記硬組織補填材。
【請求項4】
前記骨形成因子又は骨成長因子が、FGF、BMP、TGF‐β、IGF及びPDGFから選ばれる少なくともいずれか1種である、請求項3に記載の硬組織補填材。
【請求項5】
前記セラミックスが、ハイドロキシアパタイト、炭酸アパタイト、フッ素アパタイト、塩素アパタイト、β‐TCP、α‐TCP、メタリン酸カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウム、第二リン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸カルシウム系ガラス、及びこれらリン酸カルシウムの混合物、アルミナ、ならびにジルコニアから選ばれる少なくともいずれか1種である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の硬組織補填材。
【請求項6】
前記セラミックスがβ‐TCPである、請求項5に記載の硬組織補填材。
【請求項7】
前記セラミックス顆粒が、平均径1μm〜3mmである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の硬組織補填材。
【請求項8】
前記セラミックス顆粒と酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルが、体積比として、セラミックス/ゼラチン水溶液=1/1000〜1/10の割合で含まれている、請求項1〜7のいずれか1項に記載の硬組織補填材。
【請求項9】
セラミックス顆粒と、酸性又は塩基性ゼラチンハイドロゲルを混合し、凍結乾燥した後、熱架橋反応により複合体を形成させることを特徴とする、硬組織補填材の製造方法。
【請求項10】
さらに、前記複合体に少なくとも1種の薬効成分を含浸させることを特徴とする、請求項9に記載の硬組織補填材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−46249(P2010−46249A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−212560(P2008−212560)
【出願日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【出願人】(502397369)学校法人 日本歯科大学 (20)
【Fターム(参考)】