説明

磁性材料並びにそれを用いた磁気メモリ、及び温度センサ

【課題】温度に対する優れた応答性を有したε−Feの結晶の構成ならびにかような構造体を主相とする磁性材料並びにそれを用いた磁気メモリ、及び温度センサの提供。
【解決手段】磁性材料は、一般式ε−Feを主相とし、ε−Fe結晶のFeサイトの一部がAで置換されたε−AFe2−xの(0<x≦0.30)結晶からなる。合成時に形状制御剤を添加することにより、前記Aを含有した前記ε−AFe2−xの結晶粒子の平均体積を10000nm以上としたことを特徴とする。これにより、温度ヒステリシス幅を増加させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気メモリ及び温度センサに好適に利用されうるε−Fe系の磁性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ナノオーダー粒子でありながら、室温条件下で20kOeという巨大な保磁力を発現する磁性材料として、ε−Feの結晶構造体が知られている(例えば、非特許文献1、非特許文献2参照)。
【0003】
また、巨大な温度ヒステリシス幅を有する材料は、温度に対する磁化量の応答性を利用することにより、磁気メモリや、温度センサなどの材料として応用できる実用的に有意義な材料と考えられている。
【非特許文献1】Jian Jin, Shinichi Ohkoshi and Kazuhito Hashimoto, ADVANCED MATERIALS 2004, 16, No.1, January 5, p.48-51
【非特許文献2】Shunsuke Sakurai, Jian Jin, Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi, JOURNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN Vol.74, No.7, July, 2005, p.1946-1949
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ε−Feの結晶構造体は、上述の非特許文献でも開示されているように、巨大な保磁力を有し、またスピン再配列現象を示すため、上述の磁気メモリや温度センサに用いることのできる可能性は考えられていた。しかし、該用途へ利用を図るためには、所望の温度ヒステリシス挙動を示すとともに、必要とされる温度範囲もしくは磁化に対して応答性を有するように調整できることが必要になるが、温度ヒステリシス挙動を調整するための手法に関しては、未だ知見は得られていなかった。
【0005】
そこで本発明は、温度に対する優れた磁化量応答性を有したε−Feの結晶の構成ならびにかような構造体を主相とする磁性材料並びにそれを用いた磁気メモリ、及び温度センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、一般式ε−Feを主相とし、ε−Fe結晶のFeサイトの一部がAで置換されたε−AFe2−xの(0<x≦0.30)結晶からなる磁性材料であって、合成時に形状制御剤として2価の金属を添加し、前記Aを含有した前記ε−AFe2−xの結晶粒子の平均体積を10000nm以上とし、温度ヒステリシス幅(ΔT)が10K以上であることを特徴とする。
【0007】
また、請求項2に係る発明は、前記Aが、In,Sc,Y,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Ru,Rh,Bi,Al,及びGaのうちから選択される1種の元素であることを特徴とする。
【0008】
また、請求項3に係る発明は、前記形状制御剤がBa,Sr,及びCaのうちから選択される1種の元素であることを特徴とする。
【0009】
また、請求項4に係る発明は、支持体と、前記支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層とを備えた磁気メモリであって、該磁性材料として、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の粒子を使用することを特徴とする。
【0010】
また、請求項5に係る発明は、磁性材料と、前記磁性材料の磁化の強さを測定する測定手段とを備えた温度センサであって、該磁性材料として、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の粒子を使用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に記載の磁性材料は、温度ヒステリシス幅が大きく、すなわち温度応答性に優れるため、磁気メモリあるいは温度センサに好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0013】
(1)磁性材料の概要
本発明は、一般式ε−Feを主相とし、ε−Fe結晶のFeサイトの一部が少なくとも一種の金属イオンAで置換されたε−AFe2−xの(0<x≦0.30)と表記されるイプシロン型の磁性酸化鉄粒子からなる磁性材料であって、該結晶粒子の平均体積が10000nm以上とすることにより、温度ヒステリシス幅を増大させることができることを見出した。ここで温度ヒステリシス幅とは、所定の外部磁場において、温度変化させた場合の磁性材料の磁化量の変化を逐次測定し、測定した当該磁化量を温度に対応させてプロットすることにより描いた磁化−温度曲線から算出できるもので、加熱したときのスピン再配列温度(T1/2↑)と冷却したときのスピン再配列温度(T1/2↓)との差(ΔT:T1/2↑−T1/2↓)をいう。尚、スピン再配列温度は、スピン再配列の前後における磁化の最大値と最小値からそれらの中間値を求め、磁化がその中間値をとる温度で定義した。また、ここで平均体積とは、TEM(透過型電子顕微鏡)写真からランダムに選んだ200個の粒子について、粒子の長軸長と短軸長とを計測するとともに形状を観察し、楕円状粒子については回転楕円体形状であると近似して体積を算出し、ロッド状粒子については円柱形状であると近似して体積を算出した値とした。回転楕円体近似の場合は、短軸を回転楕円体における直径とし、円柱近似の場合は、短軸を円の直径、長軸を円柱の高さとした。
【0014】
磁性材料は、上記温度ヒステリシス幅が大きいと、メモリやセンサなどの応用に有効であることが知られている。本発明者らは、ε−FeのFeサイトが他種の金属イオンAにより置換されており、かつ該結晶粒子の平均体積を大きくすると、上記温度ヒステリシス幅を増加することができることを見出すとともに、粒子の有する温度ヒステリシス幅を任意に調整できうることを見いだし、本願発明を完成させた。具体的には、置換可能な金属イオンを例示すれば、In3+,Sc3+,Y3+,Ce3+,Pr3+,Nd3+,Sm3+,Eu3+,Gd3+,Tb3+,Dy3+,Ho3+,Er3+,Tm3+,Yb3+,Lu3+,Ru3+,Rh3+,Bi3+,Al3+及びGa3+のうちから選択される少なくとも1種のイオンを挙げることができる。また、かようなイオンにより置換することで、温度により変化する磁化の変化量の絶対値が大きいものが得られることがわかり、後述するような温度センサや磁気メモリに好適に適用し得ることもわかった。さらに、上記したイオンにより置換することで、スピン再配列温度を上昇させることができるので、後述するような温度センサや磁気メモリに好適に適用し得ることもわかった。
【0015】
さらに、本発明者らは、後述する逆ミセル法とゾル−ゲル法の組み合わせによりε−AFe2−xを合成する際、形状制御剤の濃度を増加させることにより、平均体積を増加させることができる、という知見を得た。具体的には、形状制御剤としては、Ba2+,Sr2+,及びCa2+のうちから選択される少なくとも1種の2価のイオンを挙げることができる。尚、この形状制御剤は、結晶粒子の平均体積の増加に寄与するものの、合成により得られる磁性材料には残留しないと考えられる。
【0016】
温度ヒステリシス幅が増加する詳細なメカニズムについては検討中であるが、以下のように考えられる。すなわち、ε−Feの温度変化に伴う磁化量の変化を測定すると、500K近傍で磁気相転移を起こしたのち、200K以下で磁化が減少する相転移(スピン再配列相転移)が観測される。このときの温度(相転移温度[T])はFe3+より原子半径が大きい、例えばIn3+の置換量を増加させれば、高温側にシフトすることが分かっている。一方、上記相転移は、構造相転移を伴う一次相転移であることにより、温度ヒステリシスが発現するものと考えられる。また、粒子径が大きくなること、すなわち平均体積が大きくなることにより、温度ヒステリシス幅が増大すると考えられる。このように添加する形状制御剤、例えばBa2+の濃度を増加させることにより、温度ヒステリシス幅を増加させることができる。
【0017】
上述したように、温度ヒステリシス幅を増加させる効果は、結晶粒子の平均体積が10000nm以上であれば顕著に効果が得られる。結晶粒子の平均体積が10000nm未満では、あらわれる温度ヒステリシス幅は7K以下であり、大きな温度ヒステリシス幅は認めがたい。これに対し、結晶粒子の平均体積が10000nm以上になると、温度ヒステリシス幅は14K以上となり、温度ヒステリシス幅の増加が認められる。
【0018】
また、Ba2+濃度の、合成時におけるFe3+濃度とA濃度との和に対する比([Ba2+]/([Fe3+]+[A]))が大きいほど、結晶粒子の平均体積を大きくすることができる。すなわち、[Ba2+]/([Fe3+]+[A])が0.1以上、好ましくは0.2以上のとき、結晶粒子の平均体積を増加させる顕著な効果を奏し、好適な温度ヒステリシス幅を有するようになる。
【0019】
また、上記した磁性材料は、磁気メモリに用いることができる。すなわち、支持体と、前記支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層とを備える磁気メモリにおいて、前記磁性材料に、一般式ε−Feを主相とし、ε−Fe結晶のFeサイトの一部がAで置換されたε−AFe2−xの(0<x≦0.30)結晶からなり、合成時に形状制御剤を添加することにより、前記Aを含有した前記ε−AFe2−xの結晶粒子の平均体積を10000nm以上とした磁性材料を用いることで、前記磁性材料が双安定状態を示す領域、すなわち温度ヒステリシスを示す温度領域において磁性材料の状態を熱や光などで変化させることにより、前記磁性層に情報を記録することができる磁気メモリを得ることができる。
【0020】
また、かような磁性材料は、温度センサにも用いることができる。すなわち、磁性材料と、前記磁性材料の磁化の強さを測定する測定手段とを備える温度センサにおいて、前記磁性材料に、一般式ε−Feを主相とし、ε−Fe結晶のFeサイトの一部がAで置換されたε−AFe2−xの(0<x≦0.30)結晶からなり、合成時に形状制御剤を添加することにより、前記Aを含有した前記ε−AFe2−xの結晶粒子の平均体積を10000nm以上とした磁性材料が得られ、前記磁性材料が有するスピン再配列温度における磁気特性の温度依存性を利用して、前記スピン再配列温度を境とした温度変化を検知する温度センサを得ることができる。
(2)磁性材料の製造方法
【0021】
次に上記した磁性材料の製造方法について説明する。磁性材料は、例えば、以下のように逆ミセル法及びゾルーゲル法を組み合わせて製造することができる。なお、100nm以下のシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子が合成できるのであれば、その合成方法は特に限定されない。
【0022】
具体的には、先ず始めにn−オクタンを油相とする溶液の水相に界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶解することによりミセル溶液を作製する。
【0023】
次いで、このミセル溶液に、硝酸鉄(III)と硝酸インジウム(III)とを溶解すると共に、これに形状制御剤として硝酸バリウムを加える(こうすることでBa2+が反応系内に含まれることになる)ことにより原料溶液を作製する。
【0024】
また、原料溶液の作製とは別に、n−オクタンを油相とする溶液の水相に界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶解したミセル溶液に、アンモニア水溶液等の中和剤を混合して中和剤溶液を作製する。
【0025】
次いで、逆ミセル法によって、原料溶液と中和剤溶液とを攪拌混合することにより混合溶液を作製し、これにより混合溶液内において水酸化鉄系化合物粒子の沈殿反応を進行させる。
【0026】
次いで、混合溶液に対して、シラン化合物としてテトラエチルオルトシランの溶液を適宜添加することで、ゾル−ゲル法により水酸化鉄系化合物粒子の表面にシリカによる被覆を施す。このような反応は混合溶液内で行われ、混合溶液内では、ナノオーダーの微細な水酸化鉄系化合物粒子の表面において加水分解が起こり、表面がシリカで被覆された水酸化鉄系化合物粒子(以下、これをシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子と呼ぶ)を作製できる。
【0027】
次いで、この製造方法では、図2に示すように、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を作製(ステップSP1)した後、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を混合溶液から分離して、大気雰囲気下において所定の温度(700〜1300℃の範囲内)で焼成処理する(ステップSP2)。この焼成処理により、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子はシリカ殻内部での酸化反応により、微細なε−Fe粒子が生成される。
【0028】
こうしたほぼ単一の形態を有する酸化鉄を選択的に得られるのは酸化反応の際に、水酸化鉄系化合物粒子がシリカにより被覆されていることに起因すると考えられる。また、シリカによる被覆は、粒子同士の焼結を防止する作用を果たす。また、本発明者らの検討によれば、当該物質の温度ヒステリシスの挙動については、ε−Fe相に若干の異相(たとえばα−Fe相など)が含まれていても温度ヒステリシス挙動には影響が生じないことは確認できている
【0029】
上述したように製造工程において原料溶液を作製する際に、ミセル溶液にIn3+を適量溶解させることにより、ε−Feと同じ結晶構造を有しながら、Fe3+サイトの一部が置換されたε−InFe2−x粒子の単相粒子を生成できる。
【0030】
次いで、上述した製造工程によって作製したε−InFe2−x粒子からなる熱処理粉体を、NaOH水溶液中に添加して所定温度で所定時間攪拌し、これにより得られた沈殿物を回収して洗浄することで、ε−InFe2−x粒子の表面を被覆しているシリカを除去する。次いで、遠心分離装置により遠心分離処理を行う(ステップSP3)。
【0031】
そして、このような回収作業を所定回数(例えば2回)行うことにより(ステップSP4)、ε−InFe2−x粒子の表面を被覆しているシリカを除去する。次いで、ろ過・水洗し、乾燥する。(ステップSP5)。
【0032】
このようにして、結晶粒子の平均体積が10000nm以上となる磁性材料を作製できる。
【0033】
そして、このような磁性材料を用いて成膜対象に薄膜を形成することにより、磁気メモリや温度センサとして機能する磁性材料を形成することができる(ステップSP6)。
【0034】
本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、上記した実施形態では、In3+を含有したε−InFe2−x粒子の合成について、前駆体となる硝酸鉄と硝酸インジウムの超微粒子を逆ミセル法で作製する場合について説明したが、数100nm以下の同様の前駆体が作製できれば本発明は逆ミセル法に限らない。また、前記前駆体の超微粒子をゾル−ゲル法にてシリカコーティングした場合について説明したが、本発明はこれに限らず、前駆体にシリカ等の耐熱性を有する皮膜でコーティングできれば足り、例えばアルミナやジルコニアなどでコーティングすることとしてもよい。また、AとしてIn3+を用いた場合について説明したが、本発明はこれに限らず、Sc3+,Y3+,Ce3+,Pr3+,Nd3+,Sm3+,Eu3+,Gd3+,Tb3+,Dy3+,Ho3+,Er3+,Tm3+,Yb3+,Lu3+,Ru3+,Rh3+,Bi3+,Al3+及びGa3+のうちから選択される少なくとも1種のイオンを用いることができる。
(3)実施例
ここでは、Feサイトの一部を置換する元素AとしてInを検討した例に関して記載する。
【0035】
上記した製造方法により、Fe3+サイトの一部を前記In3+と置換して実施例1〜4を合成した。また、比較例として、In3+を置換していないε−Fe試料(比較例1〜4)、及び、形状制御剤としてのBa2+を添加せずにFe3+イオンサイトの一部を前記In3+と置換した試料(比較例5,6)を合成した。表1〜表3に合成した各試料の内訳を示す。
【表1】

【表2】

【表3】

【0036】
ここで、表中、In仕込み量(xmix)とは、ミセル溶液に溶解したIn3+の添加量である。また、Ba2+の濃度は、合成時におけるFe3+濃度とIn3+濃度との和に対する濃度の比で表した。In置換量(xobs)とは、ICP−MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometer:誘導結合プラズマ質量分析計)により、作製した磁性材料中に含まれるIn3+の量を測定した結果である。
【0037】
また、X線回折結晶構造解析の結果を図2〜図4に示す。図2〜図4から明らかなように、全ての試料において主相はイプシロン相であることが分かった。また、一部のサンプルは、数%から10%程度のアルファ相を含んでいた。表1及び図2に示すようにIn3+を置換していないε−Fe試料を4個(比較例1〜4)、表2及び図3に示すようにInの置換量が0.044以下であるε−InFe2−x試料(比較例5、実施例1,2)、及び、表3及び図4に示すようにIn3+の置換量が0.079以下であるε−InFe2−x試料(比較例6、実施例3,4)を得た。
【0038】
このように得られた各試料のTEM(透過型電子顕微鏡)写真画像(以下、TEM像という)、前記TEM像から算出した結晶粒子の平均体積、及び温度ヒステリシスループを図5〜図7に示す。図5〜図7に示すTEM像から、Ba2+を添加しなかった比較例1,5,6は、結晶粒子が楕円状ナノ微粒子であるのに対し、Ba2+を添加した比較例2〜4、実施例1〜4は、結晶粒子がロッド状ナノ微粒子となったことが確認できた。このことから、In3+を置換した量の多少に関わらず、合成時に添加したBa2+の濃度を上げることにより、結晶粒子の粒径が増加していくことが分かった。この結果をまとめたのが、図8である。すなわち、本図から明らかなように、In3+を置換した量に関わらず、Ba2+の濃度[Ba2+]/([Fe3+]+[In3+])が0.2以上のとき、結晶粒子の平均体積が増加することが確認できた。尚、平均体積は、TEM像写真からランダムに選んだ200個の粒子について、粒子の長軸長と短軸長とを計測するとともに形状を観察し、楕円状粒子については回転楕円体形状であると近似して体積を算出し、ロッド状粒子については円柱形状であると近似して体積を算出した。回転楕円体近似の場合は、短軸を回転楕円体における直径とし、円柱近似の場合は、短軸を円の直径、長軸を円柱の高さとした。
【0039】
また、温度ヒステリシスループは、比較例1〜4については外部磁場1000Oe(79.6kA/m)、温度変化±3K/minで測定し、その他の試料(比較例5,6、及び実施例1〜4)については外部磁場5000Oe(398.1kA/m)、温度変化±1K/minで磁化−温度変化を測定し、その結果から算出した。磁化測定の結果、In3+を置換した実施例1〜4及び比較例5,6では、200K以下において磁化の大幅な減少を伴う相転移(スピン再配列相転移)が観測され、この転移に伴って温度ヒステリシス現象が確認できた。In置換量の狙い値が0.043の試料(実施例1,2、比較例5)と、In置換量の狙い値が0.075の試料(実施例3,4、比較例6)とにおいて、温度ヒステリシス幅は、結晶粒子の粒径が増加すると大きくなることがそれぞれ確認でき、最大で47Kとなった(実施例2)。この結果をまとめたのが、図9である。すなわち、本図から明らかなように、In3+を置換した試料において、結晶粒子の平均体積が増加すると、温度ヒステリシス幅を増大させることができ、特に、平均体積が10000nm以上であると温度ヒステリシス幅(ΔT)が14K以上となり、温度ヒステリシス幅が顕著に増加することが確認できた(表4)。尚、表中T1/2↓は、冷却したときのスピン再配列温度、T1/2↑は加熱したときのスピン再配列温度であり、スピン再配列温度は、スピン再配列の前後における磁化の最大値と最小値からそれらの中間値を求め、磁化がその中間値をとる温度で定義した。Tは、冷却したときのスピン再配列温度及び加熱したときのスピン再配列温度の平均値である。
【表4】

【0040】
さらに、表5に示すように、In3+の置換量が増加することに伴い、相転移温度(T)が上昇することが分かった。
【表5】

【0041】
以上より、ε−Feと同じ結晶構造を有し、Fe3+サイトの一部がIn3+で置換されたε−InFe2−xの(0<x≦0.30)結晶からなる磁性材料にあっては、形状制御剤としてBa2+を添加することにより、結晶粒子の粒径を大きくすることができ、これにより、合成して得た前記ε−InFe2−xからなる磁性材料の温度ヒステリシス幅を増加できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明に係る磁性材料の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図2】比較例1−4におけるX線回折結晶構造解析の結果を示す図である。
【図3】比較例5、実施例1及び2におけるX線回折結晶構造解析の結果を示す図である。
【図4】比較例6、実施例3及び4におけるX線回折結晶構造解析の結果を示す図である。
【図5】比較例1−4におけるTEM像及び磁化−温度曲線をまとめた図である。
【図6】比較例5、実施例1及び2におけるTEM像及び磁化−温度曲線をまとめた図である。
【図7】比較例6、実施例3及び4におけるTEM像及び磁化−温度曲線をまとめた図である。
【図8】合成時におけるBa2+の添加量と合成により得られた結晶粒子の平均体積との関係を示す図であり、(A)比較例1−4、(B)比較例5、実施例1及び2、(C)比較例6、実施例3及び4を示す図である。
【図9】合成により得られた結晶粒子の平均体積と温度ヒステリシス幅との関係を示す図であり、(A)比較例1−4、(B)比較例5、実施例1及び2、(C)比較例6、実施例3及び4を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式ε−Feを主相とし、ε−Fe結晶のFeサイトの一部が少なくとも一種の金属(総称してAとする)で置換されたε−AFe2−xの(0<x≦0.30)結晶からなる磁性材料であって、合成時に形状制御剤として2価の金属を添加し、粒子の平均体積を10000nm以上とし、温度ヒステリシス幅(ΔT)が10K以上であることを特徴とする磁性材料。
【請求項2】
前記Aが、In,Sc,Y,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Ru,Rh,Bi,Al,及びGaのうちから選択される1種の元素であることを特徴とする請求項1記載の磁性材料。
【請求項3】
前記形状制御剤がBa,Sr,及びCaのうちから選択される少なくとも1種の元素であることを特徴とする請求項1又は2記載の磁性材料。
【請求項4】
支持体と、前記支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層とを備え、
該磁性材料として、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の粒子を使用する、磁気メモリ。
【請求項5】
磁性材料と、前記磁性材料の磁化の強さを測定する測定手段とを備え、
該磁性材料として、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の粒子を使用する、温度センサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−206376(P2009−206376A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48876(P2008−48876)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】