説明

磁性材料

【課題】ε−Fe23結晶の極めて高い保磁力Hcを磁気記録媒体等の種々の磁性用途で使用可能な範囲に調整可能な実用的価値の高い磁性材料を提供する。
【解決手段】 ε−Fe23結晶と空間群が同じであり、かつε−Fe23結晶のFeサイトの一部がAlで置換された構造の結晶を主相にもつ鉄酸化物相を有し、その鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、0<x<1を満たす磁性粉体。前記xは例えば0.3〜0.7の範囲とすることができる。この粉体のTEM写真から求まる平均粒子径は5〜200nm、好ましくは10〜100nmである。この磁性粉体は、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた手法により製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はε−Fe23系の磁性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気記録の分野では低ノイズ化を図りながら記録密度を高めることが要求されている。そのために、磁気記録媒体の側では、媒体の保磁力Hcをできるだけ大きくすること、そして媒体を構成する磁性粒子の微細化を図りながら磁気的分離化を促進することが肝要となる。さらには、磁性粒子が微細化しても記録状態が安定に保持されることも重要視される。
【0003】
例えば、記録ビットを構成する磁気的に結合した磁気集合体の最小単位の磁気的エネルギー(KU×V)が、記録を乱そうとする熱エネルギー(kB×T)を大きく上回ることが挙げられる。ここで、KUは磁気異方性エネルギー定数、Vは磁気クラスター体積、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度である。記録状態が安定に保持される指標として(KU×V)/(kB×T)を用い、この比がほぼ60以上(〜10年耐用)になることが一般的な目標とされている。このことは、一層の高記録密度化を図るためには、磁気クラスター体積Vを下げ、磁気異方性定数KUを上げざるを得ない状況にあると言える。KUについては、KU∝Hc(Hcは保磁力)の関係にあるため、言い換えると、高記録密度の磁気記録媒体を目指すほど、高いHcを有する磁性材料が必要になる。
【0004】
また、(KU×V)/(kB×T)の値が100以下の場合でも記録磁化が時間の経過につれて減少する事例も報告されており、このことは、低ノイズ化のためには磁気クラスター体積Vを下げる要求が強くなるほど、高い磁気異方性定数KUを持たねばならないことを意味する。したがって、低ノイズ化の観点からも、高記録密度の磁気記録媒体を目指すほど、高いHcを有する磁性材料が必要になる。
【0005】
非特許文献1〜4に示されるように、最近、ナノオーダーの粒子サイズで室温において20kOeという巨大なHcを示すε−Fe23の存在が確認されている。Fe23の組成を有しながら結晶構造が異なる多形には最も普遍的なものとしてα−Fe23およびγ−Fe23があるが、ε−Fe23もその一つである。しかし、ε−Fe23の結晶構造と磁気的性質が明らかにされたのは、非特許文献1〜4に見られるように、ε−Fe23結晶をほぼ単相の状態で合成できるようになったのはごく最近のことである。このε−Fe23は巨大なHcを示すことから、前記のような高記録密度の磁気記録媒体への適用が期待される。
【0006】
【非特許文献1】Jian Jin,Shinichi Ohkoshi and Kazuhito Hashimoto,ADVANCED MATERIALS 2004,16,No.1、January 5,p.48-51
【非特許文献2】Jian Jin,Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi,JOURNAL OF MATERIALS CHIMISTRY 2005,15,p.1067-1071
【非特許文献3】Shunsuke Sakurai,Jian Jin,Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi,JOURNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN,Vol.74,No.7,July,2005、p.1946-1949
【非特許文献4】第29回日本応用磁気学会学術講演概要集、社団法人日本応用磁気学会、2005年9月19日発行、21pPs−17、p.372
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非常に高いHcをもった磁性材料を記録媒体として実用化するためには、その記録媒体に実際に情報を書き込める記録磁場を発生する磁気ヘッドが必要である。磁気ヘッドの発生磁場は、一般的には、そこに使用される軟磁性膜の飽和磁束密度に比例するともいわれる。現在、1.5〜4.5kOe(1.19×105〜3.58×105A/m)程度のHcをもつハードディスクが報告されているが、このようなハードディスクに情報を記録するための磁気ヘッドには、2.4Tといった高い飽和磁束密度をもつ材料が使用されている。
【0008】
前記非特許文献1〜3に見られるように、20kOe(1.59×106A/m)レベルの巨大なHcを持つε−Fe23の場合は、これを磁気記録媒体の磁気記録材料に用いても、現状よりもさらに高い飽和磁束密度をもつ材料が存在しないと、情報を記録することができない。すなわち、現状開発されているような磁性材料を磁気ヘッドに単純に用いて、前記非特許文献に示されるような巨大なHcを持つ磁性材料に対する記録の書き込み等を行うことは困難であり、実用化の目処は立っていない。
【0009】
この問題を回避できる磁気記録方式として例えば熱アシスト磁気記録がある。これは、大きなHcをもつ媒体にレーザー加熱を行ってHcを下げた状態で記録を書き込み、書き込んだビットを室温で安定に保持させるというコンセプトに基づくものであり、今後の超高密度磁気記録技術として期待されている。しかし、この技術も、まだ基礎検討中の段階であり実用化にはなお時間を要する。前記のε−Fe23がこの熱アシスト磁気記録に適するか否かも確認されていない。
【0010】
非特許文献4には、ε−Fe23結晶のFeの一部をInで置換すると、磁気相転移温度(キュリー点)およびスピン再配列温度が変化することが記載されている。しかし、ε−Fe23を用いて磁気記録媒体の磁性層を構成する場合に要求される磁気特性、例えば常温での磁気ヒステリシス挙動や保磁力をどのようにしたら制御できるか等については未知である。
【0011】
発明者らは、ε−Fe23結晶について鋭意研究を進めることにより、ε−Fe23結晶のFeの一部をGaで置換すると、置換量が大きくなるほど保磁力が小さくなる現象や、ある置換量ではε−Fe23より飽和磁化が高くなる現象を見出し、それに基づいてε−Fe23結晶のFeの一部をGaで置換した構造のGa含有ε−Fe23結晶を用いた磁性材料に関する発明を先に特願2006−96907号として提案した。
【0012】
しかし、置換元素であるGaは、たいへん高価で希少価値の高い金属であることから、広く世の中で使われている磁気記録媒体や電波吸収体等に使用する場合には、最終的な商品価格が高くなってしまい、実用化を図ることが難しい面がある。
【0013】
したがって本発明は、極めて高い保磁力Hcを有する既知のε−Fe23結晶を改良することにより、保磁力Hcを磁気記録媒体等の種々の磁性用途で使用可能な範囲に調整可能な結晶構造を有し、かつ上記のGa含有ε−Fe23よりも大幅にコスト低減が可能な実用的価値の高い磁性材料を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、非特許文献1〜3に記載のε−Fe23において、そのFeサイトの一部をAlで置換すると、その置換量に応じて、結晶構造の空間群は実質的に変化させることなく、保磁力を制御できることを知見した。
【0015】
すなわち本発明では、ε−Fe23結晶と空間群が同じであり、かつε−Fe23結晶のFeサイトの一部がAlで置換された構造の結晶を主相にもつ鉄酸化物相を有し、その鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、0<x<1を満たす磁性材料が提供される。
【0016】
「鉄酸化物相」は、この磁性材料において、(i)α−Fe23と空間群が同じである結晶、(ii)γ−Fe23と空間群が同じである結晶、(iii)ε−Fe23と空間群が同じである結晶、(iv)Fe34と空間群が同じである結晶、および(v)FeOと空間群が同じである結晶のうち、1種以上で構成される部分である。「主相」とは、上記(i)〜(v)の各結晶のうち、鉄酸化物相全体に占めるモル比が50モル%以上である結晶を意味する。これら各結晶のモル比は、X線回折に基づくリードベルト法による解析で求めることができる。本発明の磁性材料では、この主相はε−Fe23結晶と空間群が同じであり(すなわち空間群がPna21であり)、かつε−Fe23結晶のFeサイトの一部がAlで置換された構造の鉄酸化物である(以下、この鉄酸化物を「Al含有ε−Fe23」と呼ぶことがある)。逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた方法でAl含有ε−Fe23結晶を合成した場合、後述のように、鉄酸化物相中に不純物結晶であるα−Fe23結晶等が混在することがある。しかし、そのような不純物結晶がX線回折パターンにおいて検出されないような、より理想的な鉄酸化物相を有するものを合成することも可能である(後述図1参照)。したがって本発明では、特により理想的な磁性材料として、ε−Fe23結晶と空間群が同じであり、かつε−Fe23結晶のFeサイトの一部がAlで置換された構造の結晶からなる鉄酸化物相を有し、その鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、0<x<1を満たす磁性材料が提供される。
【0017】
また、Alの含有量が高くなるにしたがってAl含有ε−Fe23主相の格子定数が小さくなる傾向が把握された。この知見に基づき、本発明ではAl含有ε−Fe23主相の格子定数が、ε−Fe23結晶の格子定数より小さい値をとる磁性材料が提供される。
【0018】
鉄酸化物相におけるAlとFeの配合比率が、そのモル比をAl:Fe=x:(2−x)としたときのxの値で概ね0.3〜0.8の範囲にあるものにおいて、実用可能な高い保磁力Hcと、高い飽和磁化σsをバランス良く兼ね備えたものが実現しやすい。つまり、用途に応じてAlとFeの配合比率を0.3〜0.8の範囲内のどこかに設定することにより、磁気記録媒体用の磁性材料として好適なものが得られやすい。
【0019】
本発明の磁性材料の代表的な形態は「磁性粉体」である。例えば、TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にある磁性粒子からなる磁性粉体が提供される。この磁性粉体を構成する磁性粒子は、鉄酸化物相の周囲に非磁性化合物が付着している場合がある。例えば逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた製造工程でシリカを利用する場合、SiO2が表面に付着した磁性粒子が得られる。このような非磁性化合物は、用途に応じてそのまま付着させておくこともできるし、溶解除去させることもできる。
【0020】
この磁性粉体として、単磁区構造の磁性粒子で構成されるものが提供される。また、用途に応じて、常温で1000〜15000 Oe(7.96×104〜1.19×106A/m)の保磁力を有するように保磁力制御されているものが提供される。特に、2800〜7000 Oe(2.23×105〜5.57×105A/m)程度の保磁力に調整された磁性粉末は、情報の書き込み、読み出しが十分可能で、かつデータ消去に対する高い信頼性が要求される記録媒体(例えば次世代のデータストレージ用テープ)を構築する上で好適な対象となる。
【0021】
また本発明では、TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にあり、前記Al含有ε−Fe23を主相にもつ磁性粒子からなる磁性粉体を、各粒子結晶の磁化容易軸を所定の方向に配向して各粒子の位置を支持体上に固定した状態で支持させた磁気記録媒体の磁性層が提供される。
【発明の効果】
【0022】
(1)この磁性材料は常温付近で非常に高い保磁力Hcが得られるので、磁気記録媒体の信頼性向上に寄与できる。また、その保磁力はAl含有量によってコントロールできるので、保磁力が高すぎるためにε−Fe23が使えなかった磁性用途においても、使用可能な範囲において、できるだけ高い保磁力を有する磁性材料の提供が可能となる。
(2)この磁性材料は、鉄が3価まで酸化された鉄酸化物からなるので、従来のメタル系磁性材料と比べ、大気環境での耐食性が極めて良好である。
(3)この磁性材料は置換元素として安価なAlを使用するので、Ga等の高価な元素で置換したε−Fe23と比べ、大幅なコスト低減が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
非特許文献1〜3に記載されるように、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程と、熱処理(焼成)工程により、ε−Fe23ナノ微粒子を得ることができる。逆ミセル法は、界面活性剤を含んだ2種類のミセル溶液、すなわちミセル溶液I(原料ミセル)とミセル溶液II(中和剤ミセル)を混合することによって、ミセル内で水酸化鉄の沈殿反応を進行させることを要旨とする。ゾル−ゲル法は、ミセル内で生成した水酸化鉄微粒子の表面にシリカコートを施すことを要旨とする。シリカコートをもつ水酸化鉄微粒子は、液から分離されたあと、所定の温度(700〜1300℃の範囲内)で大気雰囲気下での熱処理に供される。この熱処理によりε−Fe23結晶の微粒子が得られる。
【0024】
より具体的には、例えば以下のようにする。
n−オクタンを油相とするミセル溶液Iの水相には、鉄源としての硝酸鉄(III)、鉄の一部を置換させるためのAl源としての硝酸アルミニウム(III)9水和物、および界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶かし、同じくn−オクタンを油相とするミセル溶液IIの水相にはアンモニア水溶液を用いる。その際、ミセル溶液Iの水相に適量のアルカリ土類金属(Ba、Sr、Caなど)の硝酸塩を溶解させておくことができる。この硝酸塩は形状制御剤として機能する。すなわち、アルカリ土類金属が液中に存在すると最終的にロッド形状のAl含有ε−Fe23結晶を得ることができる。形状制御剤がない場合は、粒状のAl含有ε−Fe23結晶を得ることができる。
【0025】
両ミセル溶液IとIIを合体させたあと、ゾル−ゲル法を併用する。すなわち、シラン(例えばテトラエチルオルトシラン)を合体液に滴下しながら攪拌を続け、ミセル内で水酸化鉄の生成反応を進行させる。これにより、ミセル内で生成する微細な水酸化鉄沈殿の粒子表面にはシランの加水分解によって生成したシリカがコーティングされる。この水酸化鉄はFeの一部がAlで置換されているか、あるいは水酸化鉄と水酸化アルミニウムが混合されている状態、もしくは水酸化鉄に水酸化アルミニウムが被着している状態であると考えられる。次いで、シリカコーティングされたAlが随伴する水酸化鉄粒子を液から分離・洗浄・乾燥して得た粒子粉体を炉内に装入し、空気中で700〜1300℃、好ましくは900〜1200℃、さらに好ましくは950〜1150℃の温度範囲で熱処理(焼成)する。この熱処理によりシリカコーティング内で酸化反応が進行して、微細なAl随伴水酸化鉄粒子は微細なAl含有ε−Fe23粒子に変化する。この酸化反応のさいに、シリカコートの存在がα−Fe23やγ−Fe23の結晶ではなく、ε−Fe23と空間群が同じである結晶の生成に寄与すると共に、粒子同士の焼結を防止する作用を果たす。また、適量のアルカリ土類金属が共存していると、ロッド状のAl含有ε−Fe23粒子に成長しやすくなる。
【0026】
Fe23の組成を有しながら結晶構造が異なる多形には最も普遍的なものとしてα−Fe23およびγ−Fe23があり、その他の鉄酸化物としてはFeOやFe34がある。上記のようなAl含有ε−Fe23の合成において、このようなε−Fe23結晶と空間群を異にする鉄酸化物結晶(不純物結晶)が混在する場合がある。このような不純物結晶の混在は、Al含有ε−Fe23結晶の特性をできるだけ多く引き出す上で好ましいとは言えないが、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。例えば、鉄酸化物相中に占めるAl含有ε−Fe23結晶の割合が75モル%以上である場合は、従来の磁性材料では実現が難しかった優れた磁気特性を呈し、種々の磁性用途で有用である。鉄酸化物相中に占めるAl含有ε−Fe23結晶の割合が50〜75モル%未満であっても、飽和磁化σsが2emu/g(2A・m2/kg)以上を満たすような磁性材料であれば、高感度の読み取り磁気ヘッドであるGMR(巨大磁気抵抗効果)ヘッドやさらに高感度であるトンネル効果を利用したTMRヘッドを利用すると、書き込んだ信号を高い強度で読み取ることが可能であり、用途をなす。
【0027】
Al含有ε−Fe23を主相とする鉄酸化物相を有する本発明の磁性材料において、鉄酸化物相中のAl含有量を変化させることにより、保磁力Hcをコントロールすることができることが確認された(後述表1参照)。鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、xが0の場合にはHcが最大で20kOe程度と高くなることがあり、そのような磁性材料を磁気記録用に適用する場合には記録磁化の書き込み可能な磁気ヘッドが用意できないのが現状である。他方、xが1を超えると、Hcが0 Oe程度となる場合があり、記録された情報を室温下で安定に保持できなくなるので磁気記録に適さない。
【0028】
飽和磁化σsについては、Al含有ε−Fe23を主相とする鉄酸化物相中のAlとFeのモル比が、前記xの値で0.37付近となる組成域で極大値をとる挙動が見られた(後述表1参照)。したがって、保磁力との兼ね合いにもよるが、高い飽和磁化が要求される用途では、xが0.25〜0.45の範囲の組成を採用することが有利である。
【0029】
また、Al含有ε−Fe23結晶の格子定数に関しては、Alの置換量が増加するほど、格子定数が小さくなる挙動が見られた(後述の図1、図2参照)。これは、Fe3+のイオンサイトが、よりイオン半径の小さいAl3+で置換されることによる現象であると考えられる。例えば、「改訂3版化学便覧、基礎編II」のイオン半径表に記載される配位数6の値によると、Fe3+のイオン半径は0.079nm、Al3+のイオン半径は0.068nmであるとされる。
【0030】
これらの挙動は、特願2006−96907号で開示したGa含有ε−Fe23結晶でも見られた。しかし、置換元素としてGaを使用する場合、保磁力Hcを例えば使いやすい10kOe(7.96×105A/m)以下に低下させるにはFe原子のうち40at%程度以上をGaで置換しなければならず、著しいコスト上昇を招く。この点、Alは安価であり、埋蔵量も多くかつ、化学的にも安定であり、毒性も低い金属であることから、工業的な観点から置換元素として極めて好適な元素であるといえる。
【0031】
Al含有ε−Fe23結晶は、Alの置換割合を反映させた表記をすると、ε−AlyFe2-y3と書くことができる。ここで、鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表したときのxと、鉄酸化物相中のε−AlyFe2-y3結晶におけるyとの対応関係に関し、鉄酸化物相中に不純物結晶が存在する場合は、xとyの間に若干のずれが生じる。しかし、例えば図1のx=0.45、0.53の例だと、不純物結晶はほとんど検出されないことから、鉄酸化物相の組成分析によって求まるxの値は、実質的にε−AlyFe2-y3結晶の組成を表すyの値に一致する(x=y)とみなして構わない。
【0032】
本発明の磁性材料の典型的な形態は、上記のような工程で得られた「磁性粉体」である。その磁性粉体を構成する粒子の粒子径は、例えば上記工程において熱処理(焼成)温度を調整することによりコントロール可能である。磁性粉体の粒子径は、TEM(透過型電子顕微鏡)写真から計測される平均粒子径で5〜200nmの範囲であることが望ましく、5〜100nmの範囲であることがより好ましく、10〜100nmの範囲が一層好ましい。現在市販されているデータバックアップ用磁気記録テープにおいては、その磁性粒子の平均粒子径が200nm以下のものが殆どであり、これより微細な磁性粒子のものが求められている。本発明の磁性粉体はこの要求を満たすことができる。本発明の磁性粉体を用いて磁気記録用の磁性層を構成する場合、各粒子が単磁区構造となり得るほど微細であるので、高磁気記録密度の磁性層を構成できる。
【0033】
ただし、粒子径が5nmより小さい粒子が多く含まれると、その超磁性の影響により粉体の磁気特性が低下する。したがって、粒子径5nm未満の粒子、好ましくは10nm未満の粒子はできるだけ除去されていることが好ましい。
【0034】
TEM写真からの平均粒子径の計測は、60万倍に拡大したTEM写真画像から各粒子の最も大きな径(ロッド状のものでは長軸径)を測定することにより求めることができる。独立した粒子300個について求めた粒子径の平均値を、その粉末の平均粒子径とする。以下、これを「TEM平均粒子径」ということがある。TEM平均粒子径が100nm以下であり、かつ各粒子が単磁区構造である磁性粉体が、本発明において特に好ましい対象である。
【0035】
本発明の磁性材料は、鉄酸化物相が一般式ε−AlxFe2-x3、0<x<1、で表される組成の単相からなるものであることが理想的であるが、上述のように、鉄酸化物相にはこれと異なる結晶構造の不純物結晶(α−Fe23等)が混在することがあり、その混在は本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。鉄酸化物相にはこれ以外にも製造上混入が避けられない不純物や、必要に応じて添加される元素が含まれることがある。また、鉄酸化物相以外にも非磁性化合物等が付着していることがある。これらの元素は化合物の混在も、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。
【0036】
例えば、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程を実施する際に、ミセル内に適量のアルカリ土類金属イオンを共存させておくと最終的にロッド形状の結晶が得られやすくなる(前述)。形状制御剤として添加したアルカリ土類金属(Ba、Sr、Caなど)は、生成する結晶の表層部に残存することがあり、したがって、本発明に従う磁性材料は、かような形状制御剤を含有することがある。本発明の磁性材料は、このような理由から、アルカリ土類金属元素(以下アルカリ土類金属元素をMと表記)の少なくとも1種を含有することがある。その含有量は、多くてもM/(Fe+Al)×100で表される配合比が20質量%以下の範囲であり、20質量%を超えるアルカリ土類金属の含有は、形状制御剤としての機能を果たす上では一般に不必要である。10質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
さらに、ゾル−ゲル法で水酸化鉄微粒子の表面にコーティングしたシリカコートが、熱処理(焼成)後の粉末粒子の表面に存在することがある。粉末粒子の表面にシリカのような非磁性化合物が存在していると、この磁性粉体の取り扱い上や、各種用途の磁性材料として使用する場合に、次のような理由から、耐久性、耐候性、信頼性等を改善できるメリットが生じる場合がある。
【0038】
Al含有ε−Fe23は酸化物であるから、本発明の粉末粒子は金属磁性粒子と比較すると高い耐酸化性を有するが、Fe自体が化学反応を起こしやすい元素であることから、錯体化や酸との反応を完全に防ぐことは必ずしも容易でない。例えば、磁気テープを長時間もしくは高温多湿の条件下で使用すると、磁性粒子がテープ中の樹脂や分散剤と反応して金属錯体となる現象が起きることがある。生成した金属錯体が磁気ヘッド表面に付着し反応すると、テープとヘッド間のスペーシングが広がって記録信号強度の低下を引き起こし、最悪の場合には記録の読み取りができなくなってしまう。また、大気中含まれるH2S、Cl2、NO2などのガス成分と水分とにより生成した酸性の腐食性ガスが磁性粒子を腐食させることもある。Al含有ε−Fe23を主相とする鉄酸化物相の表面に、化学的に安定なシリカのような非磁性化合物が存在していると、錯体化や酸に対しても大きな抵抗力が生じ、耐久性、耐候性、信頼性に優れた磁性材料になり得る。このような機能を有する非磁性化合物としてはシリカのほか、アルミナやジルコニア等の耐熱性化合物が挙げられる。
【0039】
ただし、非磁性化合物の付着量があまり多いと、粒子同士が激しく凝集してしまうなどの弊害が大きくなり好ましくない。種々検討の結果、非磁性化合物の存在量は、例えばシリカSiO2の場合だと、Si/(Fe+Al)×100で表される配合比が100質量%以下であることが望まれる。
【0040】
本発明の磁性粉体は、用途によっては鉄酸化物相がε−Fe23結晶である粉体(置換元素を添加していないもの)と混合することにより使用に供することもできる。
【0041】
本発明のAl含有ε−Fe23結晶を主体とした粒子からなる磁性粉体を用いて塗布型磁気記録媒体の磁性層を構成するには、個々の粒子の粒子径がTEM写真から計測される平均粒子径で5〜200nmの範囲にある磁性粉体を、各粒子結晶の磁化容易軸を所定の方向に配向させて各粒子の位置を支持体上に固定すればよい。
【0042】
他方、本発明の磁性粉体を用いて、熱アシスト記録や次世代光磁気記録に適する磁性層を構築することもできる。熱アシスト磁気記録は、大きなHcをもつ媒体にレーザー加熱を行ってHcを下げることにより情報を書き込み、書き込んだビットを、Hcの高い室温付近の温度で安定に維持させる磁気記録方式であり、今後の超高密度磁気記録技術として期待されている。光磁気記録は、媒体にレーザー光を当て、局部的温度上昇によりHcを低下させながら磁界により記録の書き込みを行い、読み出しは、磁化の向きにより入射光の偏波面回転角に違いが生じる現象を利用し行う方式、すなわち、磁気光学効果を利用した磁気記録方式である。これら熱アシスト記録や光磁気記録では、記録媒体が加熱と冷却の繰り返し受けるため、その磁性材料は酸化腐食に対する化学的安定性、結晶変態、結晶化などに対する熱的安定性に優れることが要求される。この点、Al含有ε−Fe23を主相とする本発明の磁性材料は、鉄が3価にまで酸化された酸化物であることから化学的安定性の要求を満たし、また高保磁力が得られるという非晶質磁性材料と比べ熱的安定性にも格段に優れる。さらに、保磁力Hcおよび飽和磁化σsがAlの置換量によって制御できるので、熱アシスト記録や次世代光磁気記録に適した材料になり得る。
【0043】
とくにハードディスクに適用される熱アシスト記録では、Head Disk Interface およびヘッドの温度上昇が問題となる。磁気ヘッドがディスクとわずか数10nm以下のスペーシングしかないことや、ディスク上にディスクとヘッドの摩耗目的で潤滑剤が塗られていることからも問題が生じる。特に潤滑剤は有機物であることから短時間でも高温に曝されると劣化が進行しやすいことが想定される。潤滑剤としては、フッ素系の液体潤滑剤を用いることが汎用的であるが、この潤滑剤は、有機物の中では比較的耐熱性が高いものの、耐熱性としては300℃(573K)が限界であり、繰り返し加熱されることを考えると、仮に1回あたりの加熱時間が短時間の場合であっても、最高加熱温度は200℃(473K)以下に抑えることが望ましいとされる。この最高加熱温度は記録媒体の磁気相転移温度と関係するため、Head Disk Interface の観点からは媒体の磁気相転移温度が低いことが望ましく、本発明に従う磁性材料はこの要求を満たすことができる。
【0044】
このように、本発明の磁性材料は高密度磁気記録媒体用途に有用であるほか、酸化物であるという物質の安定性および優れた磁気特性から、電波吸収材、ナノスケール・エレクトロニクス材料、永久磁石材料、生体分子標識剤、薬剤キャリアなどへの適用も期待される。
【0045】
なお、前述のとおり本発明のAl含有ε−Fe23結晶の合成については、その前駆体となる水酸化鉄と水酸化アルミニウムの超微粒子を逆ミセル法で作製する例を挙げたが、数百nm以下の同様の前駆体が作製できれば、その前駆体作製は特に逆ミセル法に限られるものではない。また、該前駆体超微粒子をゾル−ゲル法を適用してシリカコーティングした例を挙げたが、該前駆体に耐熱性皮膜をコーティングできれば、その皮膜作製法はここに例示した手法に限られるものではない。例えばアルミナやジルコニア等の耐熱性皮膜を該前駆体超微粒子表面に形成させる場合にも、これを所定の熱処理温度に加熱すればAl含有ε−Fe23結晶を主相とする鉄酸化物相をもつ粒子の粉体を得ることは可能である。
【実施例】
【0046】
《実施例1》
本例は、ε−Al0.29Fe1.713を合成した例である。以下の手順に従った。
【0047】
〔手順1〕
ミセル溶液Iとミセル溶液IIの2種類のミセル溶液を調整する。
・ミセル溶液Iの作製
テフロン(登録商標)製のフラスコに、純水6mL、n−オクタン18.3mLおよび1−ブタノール3.7mLを入れる。そこに、硝酸鉄(III)9水和物を0.00240モル、硝酸アルミニウム(III)9水和物を0.00060モルを添加し、室温で良く撹拌しながら溶解させる。さらに、界面活性剤としての臭化セチルトリメチルアンモニウムを、純水/界面活性剤のモル比が30となるような量で添加し、撹拌により溶解させ、ミセル溶液Iを得る。
このときの仕込み組成は、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.40である。
【0048】
・ミセル溶液IIの作製
25%アンモニア水2mLを純水4mLに混ぜて撹拌し、その液に、さらにn―オクタン18.3mLと1−ブタノール3.7mLを加えてよく撹拌する。その溶液に、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウムを、(純水+アンモニア中の水分)/界面活性剤のモル比が30となるような量で添加し、溶解させ、ミセル溶液IIを得る。
【0049】
〔手順2〕
ミセル溶液Iをよく撹拌しながら、ミセルI溶液に対してミセル溶液IIを滴下する。滴下終了後、混合液を30分間撹拌し続ける。
【0050】
〔手順3〕
手順2で得られた混合液を撹拌しながら、当該混合液にテトラエトキシシラン1.5mLを加える。約1日そのまま、撹拌し続ける。
【0051】
〔手順4〕
手順3で得られた溶液を遠心分離機にセットして遠心分離処理する。この処理で得られた沈殿物を回収する。回収された沈殿物をクロロホルムとメタノールの混合溶液を用いて複数回洗浄する。
【0052】
〔手順5〕
手順4で得られた沈殿物を乾燥した後、大気雰囲気の炉内で1150℃で4時間の熱処理を施す。
【0053】
〔手順6〕
手順5で得られた熱処理粉を2モル/LのNaOH水溶液中で24時間撹拌し、粒子表面に存在するであろうシリカの除去処理を行う。次いで、ろ過・水洗し、乾燥する。
【0054】
以上の手順1から6を経ることによって、目的とする試料(磁性粉体)を得た。この粉体のTEM写真を図5(a)に示す。TEM平均粒子径は45.0nm、標準偏差は28.6nm、(標準偏差/TEM平均粒径)×100で定義される変動係数は63.7%であった。
【0055】
得られた試料を粉末X線回折(XRD:リガク製RINT2000、線源CuKα線、電圧40kV、電流30mA)に供したところ、図1の最下段に示した回折パターンが得られた。この回折パターンは、ε−Fe23の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピークを有しており、その結晶が主相であることが明らかである。この結晶の格子定数は、a軸=0.5046nm、b軸=0.8681nm、c軸=0.9367nmであった。その他には、不純物結晶としてα−Fe23の結晶構造(六方晶、空間群R−3c)に対応する弱いピークも観察されたが、それ以外には磁性結晶のピークは認められなかった。リードベルト法による解析の結果、鉄酸化物相中に占めるε−Fe23と空間群が同じ結晶(空間群Pna21)の割合は78モル%、α−Fe23と空間群が同じ結晶(空間群R−3c)の割合は22モル%であった。
【0056】
得られた試料を蛍光X線分析(日本電子製JSX―3220)に供したところ、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、仕込み組成はx=0.40であったのに対し、分析組成はx=0.29であり、ε−Al0.29Fe1.713の組成のAl含有ε−Fe23結晶が合成されたことが確認された。Alの濃度が仕込み時よりも低減したのは、AlはSiと反応しやすいため、添加したAlの一部がゾル−ゲル過程で粒子表面に存在していたSiと反応して非磁性化合物の一部として消費され、これが上記手順6にて溶解除去されたことによるものと推察される(以下の各実施例において同じ)。
【0057】
また、得られた試料について、常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。その結果を図3中に示した。磁気ヒステリシスループの測定は、カンタムデザイン社製のMPMS7の超伝導量子干渉計(SQUID)を用いて、印加磁界50kOe(3.98×106A/m)の条件で行ったものである。測定された磁気モーメントの値は酸化鉄の質量で規格化してある。その際、試料中のSi、Fe、Alの各元素は全てSiO2、AlxFe2-x3で存在しているものと仮定し、各元素の含有割合については蛍光X線分析で求めた。印加磁界50kOe(3.98×106A/m)の測定条件での保磁力Hc、飽和磁化σs、残留磁化σrを表1に示した(以下の各例において同じ)。
【0058】
《実施例2》
本例は、ε−Al0.37Fe1.633を合成した例である。
【0059】
ミセル溶液Iの調整に用いた硝酸鉄(III)9水和物の添加量を0.00240モルから0.00225モルに変更し、また硝酸アルミニウム(III)9水和物の添加量を0.00060モルから0.000750モルに変更した以外は、実施例1と同じ手順を繰り返した。このときの仕込み組成は、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.50である。
【0060】
得られた試料(磁性粉体)のTEM写真を図5(b)に示す。TEM平均粒子径は52.5nm、標準偏差は32.4nm、変動係数は61.6%であった。
【0061】
得られた試料を実施例1と同様の条件で粉末X線回折に供したところ、図1の下から2段目に示した回折パターンが得られた。この回折パターンは、ε−Fe23の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピークを有している。この結晶の格子定数は、a軸=0.5041nm、b軸=0.8668nm、c軸=0.9346nmであった。リードベルト法による解析の結果、鉄酸化物相中に占めるε−Fe23と空間群が同じ結晶(空間群Pna21)の割合は95モル%、α−Fe23と空間群が同じ結晶(空間群R−3c)の割合は5モル%であった。
【0062】
得られた試料を上記と同様の蛍光X線分析に供したところ、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、仕込み組成がx=0.50であったのに対し、分析組成はx=0.37であり、ε−Al0.37Fe1.633の組成のAl含有ε−Fe23結晶が合成されたことが確認された。
【0063】
また、得られた試料について、実施例1と同様の手法で常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。その結果を図3中に示した。
【0064】
《実施例3》
本例は、ε−Al0.45Fe1.553を合成した例である。
【0065】
ミセル溶液Iの調整に用いた硝酸鉄(III)9水和物の添加量を0.0024モルから0.00210モルに変更し、また硝酸アルミニウム(III)9水和物の添加量を0.00060モルから0.00090モルに変更した以外は、実施例1と同じ手順を繰り返した。このときの仕込み組成は、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.60である。
【0066】
得られた試料(磁性粉体)のTEM写真を図5(c)に示す。TEM平均粒子径は29.9nm、標準偏差は15.57nm、変動係数は52.0%であった。
【0067】
得られた試料を実施例1と同様の条件で粉末X線回折に供したところ、図1の下から3段目に示した回折パターンが得られた。この回折パターンは、ε−Fe23の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピークを有している。この結晶の格子定数は、a軸=0.5037nm、b軸=0.8656nm、c軸=0.9336nmであった。その他には、鉄酸化物相を構成する不純物結晶は検出されなかった。
【0068】
得られた試料を上記と同様の蛍光X線分析に供したところ、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、仕込み組成がx=0.60であったのに対し、分析組成はx=0.45であり、ε−Al0.45Fe1.553の組成のAl含有ε−Fe23結晶が合成されたことが確認された。
【0069】
また、得られた試料について、実施例1と同様の手法で常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。その結果を図3中に示した。
【0070】
《実施例4》
本例は、ε−Al0.53Fe1.473を合成した例である。
【0071】
ミセル溶液Iの調整に用いた硝酸鉄(III)9水和物の添加量を0.00240モルから0.001950モルに変更し、また硝酸アルミニウム(III)9水和物の添加量を0.00060モルから0.001050モルに変更した以外は、実施例1と同じ手順を繰り返した。このときの仕込み組成は、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.70である。
【0072】
得られた試料(磁性粉体)のTEM写真を図5(d)に示す。TEM平均粒子径は28.3nm、標準偏差は14.75nm、変動係数は52.1%であった。
【0073】
得られた試料を実施例1と同様の条件で粉末X線回折に供したところ、図1の最上段に示した回折パターンが得られた。この回折パターンは、ε−Fe23の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピークを有している。この結晶の格子定数は、a軸=0.5022nm、b軸=0.8618nm、c軸=0.9305nmであった。その他には、鉄酸化物相を構成する不純物結晶は検出されなかった。
【0074】
得られた試料を上記と同様の蛍光X線分析に供したところ、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、仕込み組成がx=0.70であったのに対し、分析組成はx=0.53であり、ε−Al0.53Fe1.473の組成のAl含有ε−Fe23結晶が合成されたことが確認された。
【0075】
また、得られた試料について、実施例1と同様の手法で常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。その結果を図3中に示した。
【0076】
《対照例》
本例は、置換元素の添加が無いε−Fe23を合成した例である。
【0077】
ミセル溶液Iの調整に用いた硝酸鉄(III)9水和物の添加量を0.00240モルから0.0030モルに変更し、また硝酸アルミニウム(III)9水和物を添加しなかった以外は、実施例1と同じ手順を繰り返した。このときの仕込み組成は、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すときx=0である。
【0078】
得られた試料(磁性粉体)のTEM写真を図5(e)に示す。TEM平均粒子径は48.2nm、標準偏差は33.6nm、変動係数は69.7%であった。
【0079】
得られた試料を実施例1と同様の条件で粉末X線回折に供したところ、図2に示した回折パターンが得られた。この回折パターンは、斜方晶、空間群Pna21に対応するピークを有している。この結晶の格子定数は、a軸=0.5099nm、b軸=0.8813nm、c軸=0.9483nmであった。その他には、不純物結晶としてα−Fe23の結晶構造(六方晶、空間群R−3c)に対応する弱いピークも観察されたが、それ以外には鉄酸化物結晶のピークは認められなかった。リードベルト法による解析の結果、鉄酸化物相中に占めるε−Fe23と空間群が同じ結晶(空間群Pna21)の割合は87モル%、α−Fe23と空間群が同じ結晶(空間群R−3c)の割合は13モル%であった。
【0080】
【表1】

【0081】
表1からわかるように、Al含有ε−Fe23結晶を主相とする磁性材料において、Feの一部と置換させるAl含有量を増加させると(すなわちxの値が増大すると)、保磁力Hcを低減させることができる。また、飽和磁化σsは分析結果におけるx=0.37の付近で極大となる。すなわち、Al含有量によって磁気特性をコントロールできる。また、図1、図2から、Al含有量の増加(xの増大)に伴って、同じ指数の面についてのX線回折ピークの位置がθの広角側にシフトしており、格子定数が小さくなる傾向が見られる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明に従うAl含有ε−Fe23結晶のX線回折パターンを示した図。
【図2】対照例であるε−Fe23結晶のX線回折パターンを示した図。
【図3】本発明に従うAl含有ε−Fe23結晶を主相とする磁性粉末の磁気ヒステリシスループを示した図。
【図4】対照例であるε−Fe23結晶からなる磁性粉末の磁気ヒステリシスループを示した図。
【図5(a)】実施例1で得られた粉末粒子のTEM写真を示した図。
【図5(b)】実施例2で得られた粉末粒子のTEM写真を示した図。
【図5(c)】実施例3で得られた粉末粒子のTEM写真を示した図。
【図5(d)】実施例4で得られた粉末粒子のTEM写真を示した図。
【図5(e)】対照例で得られた粉末粒子のTEM写真を示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε−Fe23結晶と空間群が同じであり、かつε−Fe23結晶のFeサイトの一部がAlで置換された構造の結晶を主相にもつ鉄酸化物相を有し、その鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、0<x<1を満たす磁性材料。
【請求項2】
ε−Fe23結晶と空間群が同じであり、かつε−Fe23結晶のFeサイトの一部がAlで置換された構造の結晶からなる鉄酸化物相を有し、その鉄酸化物相におけるAlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、0<x<1を満たす磁性材料。
【請求項3】
AlとFeのモル比に関する前記xの値が0.3〜0.8である請求項1または2に記載の磁性材料。
【請求項4】
前記主相を構成する結晶の格子定数がε−Fe23結晶の格子定数より小さい値をとる請求項1または2に記載の磁性材料。
【請求項5】
TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にある磁性粒子からなる請求項1または2に記載の磁性材料。
【請求項6】
TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にあり、鉄酸化物相の周囲に非磁性化合物が付着している磁性粒子からなる請求項1または2に記載の磁性材料。
【請求項7】
TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にある磁性粒子からなり、常温で1000〜15000 Oe(7.96×104〜1.19×106A/m)の保磁力を有する請求項1または2に記載の磁性材料。
【請求項8】
TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にあり、単磁区構造の磁性粒子からなる請求項1または2に記載の磁性材料。
【請求項9】
TEM写真により測定される平均粒子径が5〜200nmの範囲にある磁性粒子からなる請求項1または2に記載の磁性材料を、各粒子結晶の磁化容易軸を所定の方向に配向して各粒子の位置を支持体上に固定した状態で支持させた磁気記録媒体の磁性層。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5(a)】
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【図5(b)】
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【図5(c)】
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【図5(d)】
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【図5(e)】
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【公開番号】特開2008−60293(P2008−60293A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−234958(P2006−234958)
【出願日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】