説明

磁気記録媒体、磁気記録再生装置および磁気記録媒体の再生方法

【課題】 2方向で記録再生が行われる磁気記録媒体において、短い波長で記録した信号の走行方向の違いによる出力差が小さい磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】 非磁性支持体1の一方の表面に、磁性層2として、斜方柱状構造を有する2つの積層された金属薄膜2aおよび2bを、(i)柱状構造の成長方向が媒体走行方向の法線に対して互いに逆方向に傾斜し、かつ(ii)設定膜密度d(g/cm)を純粋なコバルトの密度として蛍光X線分析装置により測定される第1金属薄膜2aの厚さをTr1(nm)、第2金属薄膜2bの厚さをTr2(nm)とし、走査型電子顕微鏡により測定される第1金属薄膜2aの厚さをTs1(nm)、第2金属薄膜2bの厚さTs2(nm)としたとき、Tr1、Tr2、Ts1およびTs2が、式(1)Tr1>Tr2、および式(2)Tr1/Ts1>Tr2/Ts2を満たすように形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報機器、オーディオ機器およびビデオ機器で使用される、2以上の方向で記録再生が可能である磁気記録媒体ならびに当該磁気記録媒体の記録再生装置に関し、特にリニア方式の記録に適した磁気記録媒体に関する。さらに、本発明は、2つの金属薄膜から成る磁性層を有する磁気記録媒体の記録再生方法および当該磁気記録媒体のための磁気記録再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
蒸着またはスパッタリングにより形成された磁性金属膜を記録層として用いる磁気記録媒体は、金属薄膜型磁気記録媒体と称され、記録密度の点で他の磁気記録媒体(例えば塗布型の磁気記録媒体)を上回る特性を有している。金属薄膜型磁気記録媒体は、例えばデジタルビデオカセット用の記録媒体として既に実用化されている。
【0003】
テープ状の金属薄膜型磁気記録媒体においてはヘリカルスキャン方式が一般に採用される。これは、金属薄膜型磁気記録媒体の磁性層が、その形成方法に起因して特定方向に磁化容易軸を有し、信号の記録方向が一方向に限定されることによる。即ち、金属薄膜型磁気記録媒体の磁性層は、通常、入射角が40〜90°である斜方蒸着法により形成され、柱状結晶が斜め方向に成長した構造を有し、一方向の磁化容易軸を有する。そのため、金属薄膜型磁気記録媒体に信号を記録するときの方向(即ち、ヘッドの走行方向)は一方向に特定される。換言すれば、金属薄膜型磁気記録媒体の磁性層を構成する柱状結晶の成長方向は、磁気ヘッドが一方向に摺動することを想定して設計されている。このため、設計とは逆の方向に磁気ヘッドを摺動させて記録再生を行った場合には、十分な特性が得られず、順方向と逆方向の再生出力に差が生じるという問題があった。
【0004】
上記問題を解決するために、例えば特開平3−178028号公報(特許文献1)および特開平5−182168号公報(特許文献2)には、磁性層が2つの斜方蒸着膜から成る2層構造を有し、上層の斜方蒸着膜と下層の斜方蒸着膜の柱状構造の成長方向が互いに逆方向に傾斜しており、かつ各層の膜厚比を規定した磁気記録媒体が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平3−178028号公報
【特許文献2】特開平5−182168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが検討したところ、上記文献に記載された膜厚比を採用しても、必ずしも走行方向による出力差を小さくし得ないことがわかった。また、上記文献の磁気記録媒体はいずれも、上層の斜方蒸着膜の厚さを下層の斜方蒸着膜の厚さよりも小さくすることを要求する。一般に、柱状構造の成長方向が互いに逆方向に傾斜した二層構造の蒸着薄膜は、非磁性支持体を冷却回転支持体に沿って走行させながら、下層を形成した後、走行方向を反対にして上層を形成する方法により形成される。その場合、上層の厚さを小さくするには、非磁性支持体の走行速度を変化させる、あるいは金属を蒸発させるために使用する電子ビームのパワーを低下させる必要がある。そのような操作は、場合によっては煩雑である。また、二層構造の磁性層においては、上層の斜方蒸着膜の表面が専ら外気に曝されるため、上層の斜方蒸着膜にはより高い耐食性が求められる。しかし、斜方蒸着膜の耐食性はその厚さが薄いほど低下する傾向にあり、この点を考慮すれば、上層の斜方蒸着膜の薄さを小さくすることが必ずしも望ましいわけではない。
【0007】
さらに、上記文献に開示された上層および下層の斜方蒸着膜の膜厚比は、信号の記録再生条件の如何にかかわらず、適用されるものと認められる。即ち、上記文献は、記録波長が特定の範囲内にある記録再生装置で記録するための記録媒体を開示したものではない。しかし、上記文献の開示に基づいて作製した磁気記録媒体について2方向の記録再生を実施すると、使用する機器によって出力差が異なる。換言すれば、上記文献に記載の磁気記録媒体は、使用条件によっては、走行方向の違いに起因する出力差を小さくするという所期の効果を達成できない。使用条件により磁気記録媒体の特性が変化する場合において最適な使用条件が示されていなければ、その磁気記録媒体を実用に供することは非常に難しく、実質的に不可能である。
このように、実用性という点からみて、上記文献に開示された磁気記録媒体はいずれも、走行方向による出力差に関する問題を抜本的に解決したものではなかった。
【0008】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、2方向で記録再生が行われる磁気記録媒体において、二層構造の磁性層の各層の厚さが、走行方向による出力差がより小さくなるように選択され、上層を厚くしても走行方向による出力差を小さくすることが可能である磁気記録媒体を提供することを課題とする。さらに、本発明は、記録される信号の波長に応じて、走行方向による出力差が最適化された磁気記録媒体を提供することを課題とする。さらにまた、本発明は、本発明の磁気記録媒体を長手方向の2方向で走行させてリニア方式で信号を記録再生する磁気記録再生装置、ならびに所定の膜厚に形成された2つの金属薄膜から成る磁性層を有する磁気記録媒体の最適な記録再生方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため種々検討した結果、磁気記録媒体において、磁性層の磁気特性は磁性層中の磁性金属成分の割合に負うところが大きいことがわかった。したがって、二層構造の金属薄膜から成る磁性層を構成する各金属薄膜を、各金属薄膜に含まれる磁性金属の量および割合が所定の関係を満たすように形成すると、走行方向による出力差を小さくし得ることがわかった。
【0010】
即ち、上記課題を解決するため、本発明は、非磁性支持体の一方の表面に形成された磁性金属膜を有する磁気記録媒体であって、
当該磁性金属膜がコバルトを主成分とする下側の第1金属薄膜と上側の第2金属薄膜の2層から成り、
当該第1金属薄膜と当該第2金属薄膜が斜方柱状構造を有し、
当該第1金属薄膜と当該第2金属薄膜の斜方柱状構造の成長方向が媒体走行方向の法線に対して互いに逆方向であり、
設定膜密度d(g/cm)を純粋なコバルトの密度として蛍光X線分析装置により測定される第1金属薄膜の厚さをTr1(nm)、第2金属薄膜の厚さをTr2(nm)とし、走査型電子顕微鏡により測定される第1金属薄膜の厚さをTs1(nm)、第2金属薄膜の厚さTs2(nm)としたとき、Tr1、Tr2、Ts1およびTs2が下記の式(1)および(2):
(数1)
Tr1>Tr2...(1)
(数2)
Tr1/Ts1>Tr2/Ts2...(2)
を満たす磁気記録媒体を提供する。
【0011】
本発明の磁気記録媒体において、第1金属薄膜および第2金属薄膜はともに、コバルトを主成分として含む薄膜である。コバルトを含む磁性金属膜を記録層とする磁気記録媒体によれば、高出力および高CNRを確保できる。本発明の磁気記録媒体は、各金属薄膜に含まれる、磁気記録に寄与する磁性金属(即ち、コバルト)の量に着目して、この量を蛍光X線分析装置により測定される厚さで規定すること、ならびにこの厚さの見掛けの厚さに対する比で各金属薄膜中の磁性金属の割合(即ち、磁性金属の充填率)を規定することを特徴とする。即ち、本発明の磁気記録媒体は、各金属薄膜の見掛けの厚さの比を規定するのではなく、各金属薄膜に含まれる磁性金属の量および割合を、磁気特性が2以上の方向で走行させて記録および再生するのに適したものとなるように選択していることを特徴とし、この特徴によって走行方向による出力差を小さくしている。さらに、本発明の磁気記録媒体においては、上記条件を満たす限りにおいて、走査型電子顕微鏡により測定される下側の第1金属薄膜の厚さ(即ち、見掛け厚さ)Ts1を第2金属薄膜の見掛け厚さTs2(nm)よりも大きくすることが可能である。Ts2>Ts1とすることによって、二層構造の磁性金属膜の耐食性をより向上させることができる。
【0012】
ここで、各金属薄膜は、コバルトおよびコバルトと結合している酸素から主として構成され、さらに場合によりその他の成分を含む。また、設定膜密度dを純粋なコバルトの密度として、蛍光X線分析装置により測定される各金属薄膜の厚さTr1およびTr2(以下、この厚さを「磁気的厚さ」とも呼ぶ)は、金属薄膜においてコバルトにより形成される膜の厚さを示す。換言すれば、金属薄膜が、コバルトから成る膜と、それ以外の元素から成る膜とから構成されると仮定した場合に、コバルトから成る膜の厚さがTr1およびTr2に相当する。設定膜密度とは、蛍光X線分析装置で薄膜の厚さを測定するときに設定される、膜を形成する材料の密度である。本発明においては、純粋なコバルトの密度、即ち、8.9g/cmを設定膜密度とし、金属薄膜中のコバルトの量を蛍光X線分析装置で測定することにより、Tr1およびTr2を決定することができる。これに対し、Ts1およびTs2はそれぞれ、第1および第2金属薄膜を走査型電子顕微鏡を用いて観察することにより測定される、第1および第2金属薄膜全体の見掛けの厚さに相当する。したがって、これらの値から、Tr1/Ts1およびTr2/Ts2を求めることにより、第1および第2金属薄膜におけるコバルトの充填率の大小を比較することができる。
【0013】
本発明の磁気記録媒体において、Tr1はTr2よりも大きい。これは、下側に位置する第1金属薄膜に良好に記録および再生を実施するのに必要とされる条件である。また、Tr1/Ts1は、Tr2/Ts2と同じであるか、あるいはそれよりも大きいことを要する。Tr1/Ts1がTr2/Ts2よりも小さいと、下側の第1金属薄膜におけるコバルト充填率が小さくなり、したがって磁束密度および保磁力等が第2金属薄膜のそれらよりも小さくなるから、第1金属薄膜からの信号の出力が小さくなり、走行方向の違いによる信号の出力差を小さくすることができない。
【0014】
この磁気記録媒体は、磁気ヘッドと摺動することにより信号を記録再生するものであり、互いに反対である2つの方向で記録再生が可能となるように構成されたものである。ここで、「互いに反対である2つの方向で記録再生が可能である」とは2つの方向で信号を記録し各方向の信号を再生したときに、再生出力差が実用可能なほど小さいことをいう。具体的には最短波長で記録した各方向の信号の再生出力が1dB以下であれば実用上問題ないといえる。また長波長領域(一般には、記録装置で用いる最短波長λminの2〜4倍の範囲内にある波長)においては、2〜3dBの差があっても実用上問題ないことを確認した。
【0015】
本発明の磁気記録媒体において、走査型電子顕微鏡により測定される金属薄膜の厚さ(以下この厚さを「物理的厚さ」と呼ぶことがある)は、第1および第2金属薄膜ともに10nm以上100nm以下であることが好ましい。10nm未満であると、出力の低下を招く可能性があり、100nmを超えると、媒体ノイズが高くなり、CN特性が低下することがある。
【0016】
本発明の磁気記録媒体は、磁性金属膜が上記(1)および(2)の式を満たすことに加えて、当該磁気記録媒体に記録される信号の最短波長をλminとしたときに、Tr1、Tr2およびλminがさらに下記の式(3)の関係を満たすことが好ましい。
【数1】

【0017】
上述のように、互いに反対の2方向で記録再生する場合には、記録波長が最も短い信号の出力差に関する要求が最も厳しい。したがって、得ようとする磁気記録媒体へ記録再生を行なうに際し使用される最短波長λminに基づいて、2つの金属薄膜の磁気的厚さの最適な比を決定することにより、当該媒体が使用される機器において当該媒体の性能を良好に発揮させることができる。各層金属薄膜の磁気的厚さを、記録する信号の最短波長λmin(通常、この値は規格等により予め定められている)に基づいて決定すると、Tr1>Tr2およびTr1/Ts1≧Tr2/Ts2とすることと相俟って、最短波長λminで記録した信号の走行方向の違いによる出力差がより小さい磁気記録媒体を得ることが可能となる。
【0018】
上記式(3)において、最短波長λminは0.2〜1.5μmの範囲内にあることが好ましい。より好ましくは、最短波長λminは0.2〜1.0μmの範囲内にある。上記(3)を満たす磁気記録媒体は、最短波長λminにおいて走行方向による出力差が最も小さくなるように構成された磁性層を有するものであるから、最短波長λminが上述の範囲に含まれる短い波長(例えば、0.5μm以下)であっても、当該波長を用いて実用上問題なく2方向で記録することが可能である。
【0019】
本発明の磁気記録媒体において、第1金属薄膜および第2金属薄膜はともに、スパッタ法または蒸着法により形成されたものであることが好ましい。それらの方法によれば、柱状結晶が斜め方向に成長した構造の膜を容易に得ることができるからである。
【0020】
本発明の磁気記録媒体において、第1金属薄膜および第2金属薄膜の柱状構造の成長方向はそれぞれ、非磁性支持体の表面に対して30〜70度の角度で傾斜していることが好ましい。柱状構造の傾斜角が30度未満であると走行方向の違いによる再生出力差が大きくなる傾向にある。柱状構造の傾斜角が70度を超えると、十分な電磁変換特性を得られないことがある。
【0021】
本発明の磁気記録媒体は、好ましくは、リニア方式で記録および再生する磁気記録媒体である。リニア方式による記録再生は、磁気記録媒体に対して磁気ヘッドを磁気記録媒体の長手方向の一方向およびその反対の方向に相対的に走行させて実施する。長手方向において、一方向は2つの金属薄膜のいずれか一方に対して順方向となり、その反対方向は当該一方の金属薄膜に対して逆方向となる。ここで、順方向とは、金属薄膜の柱状結晶の成長方向と同じ方向をいい、逆方向とはその反対の方向をいう。リニア方式は、高速の書込みが可能である、ならびに磁気記録媒体の摩耗が抑制されるといった利点を有する。したがって、これらの利点を有するリニア方式を金属薄膜型磁気記録媒体に適用することができれば、当該媒体の使用範囲をより広くすることが可能となる。
【0022】
本発明はまた、二層構造の磁性層を構成する各金属薄膜が上記(1)〜(3)の式を満たすように構成された上記本発明の磁気記録媒体の記録再生方法であって、磁気記録媒体を長手方向の2方向で走行させて、リニア方式により、最短波長をλminμmとして信号を記録し、磁気記録媒体を2方向で走行させて再生する磁気記録媒体の記録再生方法を提供する。上述のように、最短波長λminμmは好ましくは0.2〜1.5μmの範囲内にあり、より好ましくは0.2〜1.0μmの範囲内にある。本発明の磁気記録媒体によれば、このように最短波長が短くても、2方向での記録再生を良好に実施できる。
【0023】
本発明はさらにまた、二層構造の磁性層を構成する各金属薄膜が上記(1)〜(3)の式を満たすように構成された本発明の磁気記録媒体を長手方向の2方向で走行させて、リニア方式により、最短波長をλminμmとして信号を記録し、当該磁気記録媒体を2方向で走行させて再生する、磁気記録再生装置をも提供する。この装置は、上記本発明の磁気記録媒体を使用するための装置であり、また、上記本発明の磁気記録媒体の記録再生方法を実施するための装置である。この装置によれば、最短波長がλminμmの信号の記録再生を行っても、走行方向による出力差を小さくすることが可能となる。この装置はまた、最短記録波長λminμmとして、例えば、0.2〜1.5μm程度の波長を使用できるので、高密度磁気記録装置として有用である。
【発明の効果】
【0024】
本発明の磁気記録媒体は、二層構造の磁性金属膜を構成する第1金属薄膜および第2金属薄膜の磁気的厚さTr1およびTr2、ならびに物理的厚さTs1およびTs2が所定の関係を満たすことを特徴とする。この特徴によれば、磁気記録媒体に、例えば、長手方向に平行な2方向で信号を記録した場合に、短波長で記録した信号であっても、走行方向の違いによる再生出力の差をより小さくすることができる。したがって、本発明によれば、リニア方式で且つ2方向で記録するのに適した、記録密度の高い磁気記録媒体を実現できる。さらに、本発明の磁気記録媒体は、Tr1およびTr2、ならびにTs1およびTs2が所定の関係を満たす限りにおいて、上側の第2金属薄膜の物理的厚さが下側の第1金属薄膜のそれよりも小さくなることを要求しないため、Ts2を適宜選択することにより磁性層の耐食性を向上させ得る。
【0025】
さらに、本発明は、信号を記録する際の最短波長λminμmに応じて、柱状構造の成長方向が媒体走行方向の法線に対して互いに逆方向である2つの金属薄膜の磁気的厚さの比を決定することを可能にする。このことは、磁気記録媒体に、長手方向の2方向で、最短波長がλminμmの信号を記録した場合に、走行方向による再生出力の差を小さくすることを可能にする。したがって、本発明によれば、リニア方式で且つ2方向で記録するのに適した磁気記録媒体を実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
以下の説明を含む本明細書において、磁気記録媒体を構成する各層または膜の「表面」とは、各層または膜が形成されたときに露出している面、即ち、各層または膜の非磁性支持体から遠い側の面を意味する。また、各層の「表面に」というときは、特に断りのない限り当該表面に接する位置をいう。さらにまた、以下の説明を含む本明細書において、磁気記録媒体の構成に関して、磁気記録媒体を構成する各層または膜の「上」というときは、特に断りのない限り、各層または膜の非磁性支持体から遠い側の表面に接していることを意味する。したがって、例えば、「磁性層の上に」というときは、「磁性層の非磁性支持体から遠い側の表面に隣接する位置に」を意味する。
【0027】
図1に本発明の磁気記録媒体の断面図を模式的に示す。図1の磁気記録媒体10は、非磁性支持体1の一方の表面に、第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bが磁性層2として形成され、磁性層2の表面に保護層3が形成され、保護層3の表面に潤滑剤層4が形成され、非磁性支持体1の他方の表面にバックコート層5が形成された構成を有する。図3において、各金属薄膜の斜方柱状構造は斜線で模式的に表している。図示するように、この磁気記録媒体おいて、第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bの柱状構造は、媒体走行方向の法線Pに対して互いに逆方向である。第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bは、完全な鏡面対称の関係にある必要はなく、長手方向に対する法線に対して反対であればよいことに留意されたい。
【0028】
本発明の磁気記録媒体を構成する非磁性支持体1は、高分子フィルムであることが好ましい。高分子フィルムは、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアミド、ポリイミド、ポリ塩化ビニルおよびポリカーボネート等から1または複数の材料を適宜選択して形成される。非磁性支持体の厚さが薄すぎると強度が弱くなりすぎ、厚すぎると媒体全体の厚さが大きくなりすぎて記録容量の大容量化に不利である。非磁性支持体の厚さは、具体的には5〜10μmであることが好ましい。なお、用途等に応じた強度を確保できる限りにおいて、さらに薄い非磁性支持体を使用してよいことはいうまでもなく、また、大容量化が特に求められない場合には、厚い非磁性支持体を使用してもよい。
【0029】
非磁性支持体1の磁性層2が形成される面(即ち、磁性層2と接する側の面)には、磁気記録媒体の磁性層側表面の走行性を向上させるために、SiO2、TiO2、Al23またはZrO2等の無機物質、あるいはポリスルホン等の有機物質から成る微粒子が例えば1μm2につき3〜150個、分散し、固着していることが好ましい。微粒子は、非磁性支持体の表面に、例えば高さ5〜25nmの表面突起を形成するような形状および寸法を有することが好ましい。一般に、突起の高さが5nm未満では良好な走行性を確保することが難しい。突起の高さが25nmを超えると再生出力のスペーシング損が大きくなり、磁気記録媒体として使用することができない。
【0030】
非磁性支持体1の表面突起は、例えば、前記微粒子と高分子樹脂(例えば、非磁性支持体が高分子フィルムである場合には、高分子フィルムを形成する樹脂と同じ樹脂)とを混合し、この混合物を高分子フィルムにコーテイングすることによって形成できる。あるいは、微粒子を含む高分子材料でフィルムを製造することによっても、表面に突起を有する非磁性支持体を得ることができる。表面突起を有する非磁性支持体は、特開平9−164644号公報および特開平10−261215号公報等に開示されている。
【0031】
磁性層2は、通常、非磁性支持体1の一方の表面(前記表面突起が形成されている場合には、表面突起が形成されている面)に形成される。本発明の磁気記録媒体においては、第1金属薄膜2aがまず非磁性支持体の表面に形成され、第1金属薄膜の表面に第2金属薄膜2bが形成されて、これら第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bが磁性層2を構成する。
【0032】
本発明の磁気記録媒体において、第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bはともにコバルトを主成分として含む層である。ここで、「コバルトを主成分として含む」とは、コバルトを主たる金属成分として40原子%以上含むことをいう。各金属薄膜は、コバルト以外の成分として、酸素および/または他の金属、例えば、Fe、Ni、Cr、Cu、Pt、Pd、SnおよびAuから選ばれる1または2以上の金属を含んでよいが、他の金属の割合はコバルトの割合を越えない(即ち、コバルトが第1および第2金属薄膜のそれぞれにおいて、最も多く含まれる金属である)。各金属薄膜が酸素を含む場合、酸素はこれらの金属または合金の酸化物の形態で含まれていてよい。第1金属薄膜2aと第2金属薄膜2bは、それぞれコバルトを主成分として含む限りにおいて、互いに異なる組成を有してよく、また、下記の式(1)および(2)を満たすためには、互いに異なる組成を有することが必要とされる場合もある。
【0033】
本発明の磁気記録媒体において、第1金属薄膜2aの磁気的厚さTr1および物理的厚さTs1、ならびに第2金属薄膜2bの磁気的厚さTr2および物理的厚さTs2は、下記の式(1)および(2)を満たす。
(数4)
Tr1>Tr2...(1)
(数5)
Tr1/Ts1≧Tr2/Ts2...(2)
【0034】
式(1)を満たすためには、第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bに含まれるコバルトの量をコントロールすることによって、各金属薄膜の磁気的厚さをコントロールする必要がある。金属薄膜中の磁気的厚さは、例えば、物理的厚さを調節することによって制御される。同じ成膜条件で形成した膜に含まれるコバルトの総量は、厚さを変更することによって容易に変化させ得る。あるいは、各金属薄膜の磁気的厚さは、後述するように酸素雰囲気下でスパッタ法または蒸着法により金属薄膜を形成するときに、酸素の導入量を変化させることにより制御することができる。酸素の導入量を調整することによって、金属薄膜中に含まれるコバルトの総量を増やす又は減らすことができる。
【0035】
ある磁気記録媒体において、二層構造の磁性金属膜が上記式(1)および(2)を満たすものであるか否かは、磁性金属膜全体の磁気的厚さTrおよび物理的厚さTsをそれぞれ蛍光X線分析装置および走査型電子顕微鏡により求め、それから第2金属薄膜2bを取り除いて第1金属薄膜2aのTr1およびTs1を求め、Tr2およびTs2をTr−Tr1およびTs−Ts2の式から算出することにより、知ることができる。また、第1金属薄膜2aを形成した後にTr1およびTs1を求め、それらと第2金属薄膜2bのTr2およびTs2とが式(1)および(2)を満たすように、成膜条件を設定して第2金属薄膜2bを形成することにより、本発明の磁気記録媒体を得ることができる。
【0036】
式(2)を満たすためには、各金属薄膜を占めるコバルトの割合(即ち、コバルトの充填率またはコバルト密度)が、第1金属薄膜2aにおいて大きくなるように、第1金属薄膜を形成する必要がある。Tr1/Ts1がTr2/Ts2よりも小さい(即ち、第1金属薄膜のコバルト密度が第2金属薄膜のそれよりも小さい)と、第1金属薄膜に信号を記録することが困難となる。金属薄膜中のコバルトの割合は、上述したように、蒸着時またはスパッタ時の酸素の導入量を調節することにより、制御することができる。
【0037】
上記式から明らかなように、本発明の磁気記録媒体は、二層構造の磁性金属膜において上側の第1金属薄膜2aの物理的厚さTs1が下側の金属薄膜2bの物理的厚さTs2よりも薄くなることを要求していない。したがって、第2金属薄膜2bの物理的厚さTs2は第1金属薄膜の物理的厚さTs1と同じ程度としてもよく、それにより、磁性層の耐食性をより向上させることが可能である。また、上記式(1)を満たす限りにおいて、例えば、第2金属薄膜2bの物理的厚さTs2は、第1金属薄膜2bの物理的厚さTs1より大きくてもよい。尤も、第2金属薄膜2bの物理的厚さTs2が大きいほど、第1金属薄膜2aに記録した信号の再生出力のスペーシング損がより大きくなるため、Ts2はTs1と同じであるか、あるいはそれよりも小さいことが好ましい。前述したようにTs1およびTs2はそれぞれ、10nm以上100nm以下であることが好ましい。
【0038】
Tr1は、好ましくは、40nm以上100nm以下であり、より好ましくは50nm以上100nm以下である。Tr2は、好ましくは、10nm以上90nm以下であり、より好ましくは10nm以上50nm以下である。また、Tr1/Ts1は、0.7〜1.0の範囲内にあることが好ましく、Tr2/Ts2は、0.6〜0.9の範囲内にあることが好ましい。さらにまた、Tr1とTr2は、(Tr1×0.3)<Tr2<(Tr1×1.0)を満たすことが好ましい。
【0039】
さらに、第1金属薄膜2aの磁気的厚さTr1および第2金属薄膜2bの磁気的厚さTr2は、上記式(1)および(2)に加えて、最終的に得られる磁気記録媒体に信号を記録する際に使用する記録波長のうち、最も短い波長、即ち最短波長λminと下記の式(3)の関係を満たすことが好ましい。
【数2】

【0040】
したがって、例えば、λminが0.5μmである場合には、0.36≦Tr2/Tr1≦0.54を満たすことがより好ましく、λminが1μmである場合には、0.56≦Tr2/Tr1≦0.84を満たすことがより好ましい。さらに、Tr2およびTr1は、上記式(1)〜(3)の関係を満たすと同時に、2つの層を合わせた厚さ(即ち、磁性層全体の厚さ)が20〜200nmの範囲内にあるように選択することが好ましい。磁性層全体の厚さが20nm未満では、出力の低下を招く可能性があり、200nmを超えると、媒体ノイズが高くなり、CN特性が低下しやすくなる。
【0041】
第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bは、好ましくはスパッタ法または蒸着法により形成され、より好ましくは、強磁性金属と化学反応するガス雰囲気下(例えば酸素雰囲気下)にて実施する反応性蒸着法または反応性スパッタ法により形成される。
【0042】
第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bを蒸着法により形成する場合、蒸着は、冷却回転支持体に沿って非磁性支持体を走行させながら、コバルト金属の入射角が20°以上となるように実施する斜方蒸着であることが好ましい。入射角は、コバルト金属の蒸気流と非磁性支持体表面の法線とがなす角度に相当する。入射角が20°未満であると十分な電磁変換特性を得ることが難しくなる。入射角は、柱状結晶の傾斜角に影響を及ぼす。入射角が小さいほど、傾斜角は90°(即ち、非磁性支持体の表面に対して垂直な方向)に近づき、入射角が大きいほど傾斜角は0°(即ち、非磁性支持体の表面と平行な方向)に近づく。したがって、入射角は、第1および第2金属薄膜の磁気特性がそれぞれ所望のものとなるように適宜調節される。斜方蒸着は、好ましくは第1および第2金属薄膜の柱状構造の傾斜角(柱状結晶と非磁性支持体の表面とがなす角度)が30〜70度となるように実施される。
【0043】
本発明の磁気記録媒体において、磁性層は、第1金属薄膜2aと第2金属薄膜2bの柱状結晶の成長方向が媒体走行方向の法線に対して互いに逆となる構造を有する。かかる構造は、上記の斜方蒸着法により第1金属薄膜2aを形成した後、第1金属薄膜2aを形成したときの走行方向とは反対の方向に、第1金属薄膜2aを形成した非磁性支持体を冷却回転支持体に沿って走行させながら、第2金属薄膜2bを同様に斜方蒸着法で形成することにより、実現できる。スパッタ法で磁性層を形成する場合にも、同様の手法により、柱状結晶の成長方向が互いに逆向きである第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bを形成することができる。なお、第1金属薄膜2aの柱状構造が磁気記録媒体2bの法線となす角度は、第2金属薄膜2bのそれと成長方向の向きが互いに反対である限りにおいて、必ずしも完全に一致している必要はない。
【0044】
上述したように、第1および第2金属薄膜の磁気的厚さ(Tr1およびTr2)およびコバルト密度(Tr1/Ts1およびTr2/Ts2)は、蒸着中(またはスパッタ中)の酸素導入量および/または冷却回転支持体の温度を変更することにより、調整することができる。酸素の具体的な導入量は、蒸着領域の面積、所望の磁気的厚さおよび所望のコバルト密度の具体的な値等に応じて適宜選択され、例えば、200mm幅の非磁性支持体に磁性金属膜を蒸着により形成する場合には、0.5〜2.5ml/分の範囲内で酸素導入量を選択して、磁気的厚さを制御することが好ましい。冷却回転支持体の温度も、非磁性支持体の回転速度、所望の磁気的厚さおよび所望のコバルト密度の具体的な値等によって適宜選択され、例えば、−30℃〜20℃の範囲内で冷却温度を選択して、磁気的厚さを制御することが好ましい。このように、第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bを、磁気的厚さおよびコバルト密度を制御して成膜することは、それらの物理的厚さを制御する場合と比較して容易な場合があり、その場合には磁気記録媒体の製造効率が向上する。
【0045】
磁性層(より具体的には第1金属薄膜)は、非磁性支持体の表面に形成された下地膜の上に形成してもよい。即ち、本発明の磁気記録媒体は、磁性層と非磁性支持体との間に下地膜を有する構成を有してよい。下地膜は、金属または金属酸化物で形成され、より具体的には、酸化コバルトから成る膜であることが好ましい。下地膜を形成することにより、粒子サイズの均一化と微細化の制御が可能となり、また磁性層と非磁性支持体との間の付着力を向上させることができる。
【0046】
本発明の磁気記録媒体は、磁性層2の構成が上記の構成である限りにおいて、任意の構成とすることができる。以下、上記において説明した非磁性支持体1および磁性層2以外の要素、即ち、必要に応じて形成される保護層3、潤滑剤層4およびバックコート層5の構成を説明する。
【0047】
磁性層2の上、より具体的には第2金属薄膜2bの表面には、保護層3を形成してよい。保護層3は、磁気ヘッドと接触する磁気記録媒体の損傷を防止するために設けられる。保護層3は、例えば、スパッタリングもしくはプラズマCVD等の方法で得られる、アモルファス状、グラファイト状もしくはダイヤモンド状の炭素から成る炭素膜、あるいはそれらの炭素を混合および/または積層して形成した炭素膜である。保護層3は、好ましくはダイヤモンド状の炭素、即ちダイヤモンドライクカーボン(Diamond Like Carbon;DLC)で形成される。保護層3の厚さは、いずれの材料についても1〜50nmであることが好ましい。
【0048】
磁性層2の上に保護層3を形成する場合において、保護層3の上には更に潤滑剤層4を形成してよい。潤滑剤層4は、磁気記録媒体の走行性を向上させるために設けられる。潤滑剤層4を形成する潤滑剤は、磁気記録媒体用の潤滑剤として汎用されているものから任意に選択できる。潤滑剤は、例えば、パーフルオロポリエーテル等のフッ素系潤滑剤または炭化水素系潤滑剤であることが好ましい。潤滑剤層4は、潤滑剤以外の成分として、例えば極圧剤および/または防錆剤等を含んでよい。潤滑剤層4は、例えば、潤滑剤を適当な溶媒に溶解または分散させた塗布液を保護層3(保護層が形成されていない場合には磁性層2)の上に塗布した後、溶媒を蒸発させることによって形成できる。潤滑剤層4の厚さは一般に0.5〜50nmである。
【0049】
記録再生装置における走行性を向上させるために、本発明の磁気記録媒体は、非磁性支持体1の磁性層が形成される面とは反対側の面に形成されたバックコート層5を有してよい。バックコート層5は、ポリウレタン系樹脂、ニトロセルロース系樹脂、ポリエステル系樹脂(例えばバイロン)、カーボン、および炭酸カルシウム等から選択される1種または複数種の材料を、適当な溶媒(例えば、トルエンとメチルエチルケトンの混合溶媒)に溶解および/または分散させた塗布液を調製し、この塗布液を非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対の表面に塗布した後、乾燥して溶媒を蒸発させる湿式塗布法により形成できる。このようにしてバックコート層5を形成する場合、その厚さは100〜500nmとすることが好ましい。
【0050】
本発明の磁気記録媒体への記録は、好ましくはリニア方式で実施される。記録は、例えばインダクティブヘッド等の磁気ヘッドを用いて、予め規定されたλmin以上の記録波長で実施され、再生はインダクティブヘッドまたは磁気抵抗型ヘッド(MRヘッドもしくはGMRヘッド)等の磁気ヘッドを用いて実施される。リニア方式による記録および再生は、磁気記録媒体を長手方向で走行させながら行う。本発明の磁気記録媒体は、順方向および逆方向のいずれの方向で走行させてデータを記録した場合でも、λminμmで記録した信号の再生出力差は1dB以下となり、λminμmより長波長の信号の再生出力差も3dBを超えることはない。即ち、本発明の磁気記録媒体は、サーペンタイン方式にも適したものとなる。
【実施例1】
【0051】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
図1に示す構成を有し、第1金属薄膜2aの磁気的厚さTr1、および第2金属薄膜の磁気的厚さTr2をそれぞれ変化させたサンプルを7種類、次の手順に従って作製した。まず、非磁性支持体1として、幅200mm、厚さ9μmのPETフィルム1を使用した。このフィルムの磁性層を形成する側の表面には、SiOから成る直径11nmの微粒子が1μm2当り65個分散し、固着していた。
【0052】
この微粒子が固着している表面に、第1金属薄膜2aを、Coを蒸着源として斜方反応性蒸着法により形成した。蒸着は、酸素雰囲気下にて、冷却回転支持体に沿ってPETフィルム1を走行させながら、入射角70度から35度までの金属蒸気流の成分が蒸着されるように成膜した。各サンプルにおいて、第1金属薄膜2aは、蒸着中、電子ビームのパワーは19.5kWとした。また、サンプルごとに、酸素の導入量を0.7〜1.7リットル/分の範囲内で表1に示すように適宜調節するとともに、フィルム1を走行させるスピードを調節して、表1に示す磁気的厚さTr1および物理的厚さTs1をそれぞれ有する第1金属薄膜2aを形成した。
【0053】
第1金属薄膜2aを形成した後、テープの走行方向を逆にして、第1金属薄膜2aを成膜したときと同じ入射角および真空度を採用して蒸着を実施し、第2金属薄膜2bを形成した。各サンプルにおいて、第2金属薄膜2bもまた、蒸着中の酸素導入量およびフィルムの走行スピードを調節して、それぞれ表1に示す磁気的厚さTr2および物理的厚さTs2となるように形成した。各サンプルについて、第1金属薄膜2aおよび第2金属薄膜2bの柱状構造の傾斜角を日本電子株式会社製の電界放射走査型電子顕微鏡で測定したところ、ともに50度であった。なお、傾斜角は、図1においてαで表される角度である。
【0054】
いずれのサンプルも、磁性層を形成した後、磁性層2(即ち、第2金属薄膜2b)の表面に、保護層3として、厚さが約10nmであるダイヤモンド状炭素膜を形成した。さらに、フッ素を含有する有機化合物を潤滑剤として使用して、保護層3の表面に、厚さが約5nmである潤滑剤層4を形成した。潤滑剤層4は、フッ素系潤滑剤を溶媒に溶解して調製した塗布液を塗布した後、乾燥することにより形成した。次に、高分子フィルム1の磁性層2が形成された面とは反対側の面に、カーボンブラックを添加したポリウレタン樹脂から成る厚さ500nmのバックコート層5を形成した。バックコート層5はポリウレタン樹脂等をメチルエチルケトンに溶解して調製した塗布液を塗布した後、乾燥してメチルエチルケトンを蒸発させることにより形成した。このようにして作製した磁気記録媒体を所定の幅(1/2インチ)にスリットし磁気テープとした。
【0055】
作製した各磁気テープサンプルについて、長手方向の2方向で走行させて信号を記録再生できる磁気記録再生装置を用いて、各方向での電磁変換特性を測定した。磁気ヘッドとしては、ギャップ長0.16μmのメタルインギャップ型のインダクティブヘッドを用い、ヘッドとテープの相対速度は5m/sとした。磁気テープサンプルA〜Eについて、各方向の出力の記録波長依存性を図2に示し、磁気テープサンプルFおよびG(比較サンプル)について、各方向の出力の記録波長依存性を図3に示す。図2において、順方向とは、上側の金属薄膜である第2金属薄膜に対して順方向であることを指し、逆方向とはその反対の方向をいう。また、表1に、出力差がゼロとなる記録波長λを示す。
【0056】
【表1】

【0057】
図2および図3から、磁気的厚さの比Tr2/Tr1が1.0を越えるサンプルFおよびGに比べて、サンプルA〜Eは、その走行方向の違いによる出力差が概して小さいことがわかる。また、各サンプルにおいて、走行方向の違いによる出力差がほぼゼロとなる記録波長が存在し、サンプルA〜EのλはサンプルFおよびGよりも小さいことがわかる。前述のとおり、長波長側の記録波長で記録した信号については、走行方向の違いによる出力差が2〜3dB程度であってもよい。したがって、図2および図3より、各サンプルについて、出力差がゼロとなる記録波長を最短波長として信号の記録を実施すれば、走行方向の違いによる出力差は実用上、許容できること、ならびに本発明品であるサンプルA〜Eにおいては最短記録波長を短くし得ることがわかる。
【0058】
出力差がゼロとなる記録波長は、各サンプルごとに異なる、即ち、第2金属薄膜(上層)の磁気的厚さTr2と第1金属薄膜(下層)の磁気的厚さTr1の比Tr2/Tr1によって異なる。そこで、上層/下層の磁気的厚さの比(Tr2/Tr1)を縦軸とし、記録方向による出力差がゼロとなる記録波長(最適波長)をプロットしたグラフを図4に示す。図4において、実験値は実施例で作製したサンプルに基づく値である。図示するように、磁気的厚さの比をy、記録波長をxとしたときに、実験値はy=0.5x+0.2の線上にあることがわかる。しかし、実際に磁気記録媒体を設計および製造するに際し、Tr2/Tr1が図示した線上に正確に位置するようにすることは困難であると考えられた。そこで、出力差がゼロとなる記録波長において磁気的厚さの比Tr2/Tr1を変化させたところ、Tr2/Tr1が(0.5x+0.2)の±20%(即ち0.8〜1.2倍)の範囲内にあれば、許容可能な程度の出力差が得られることを確認した。その範囲は、図4において、破線で示されている。以上の結果より、最短波長λminμmが予め与えられている場合には、Tr2/Tr1を(0.5λmin+0.2)×0.8〜(0.5λmin+0.2)×1.2の範囲内に設定して磁性層を形成すれば、走行方向の違いによる出力差の小さい磁気記録媒体を実現し得ることがわかった。
【0059】
なお、実施例では非磁性支持体としてPETフィルムを用いたが、PENフィルムおよびアラミドフィルム等、他の高分子フィルムを用いても同様の効果が得られる。また、成膜方法は、蒸着法およびスパッタ法のいずれであってもよい。さらに、必要に応じて、柱状構造の制御および付着力向上を目的として下地膜を形成し、当該下地膜の上に磁性層を形成した場合でも同様の効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の磁気記録媒体は、信号記録時の走行方向の違いによる再生出力差が短波長で記録した信号についても小さいことを特徴とするので、データストレージテープのようなリニア方式で記録する媒体として特に好ましく用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の磁気記録媒体の一例を模式的に示す断面図である。
【図2】(a)〜(e)はそれぞれ、実施例で作製したサンプルA〜Eについて、異なる2方向で走行させて信号を記録したときの各方向の信号の出力の記録波長依存性を示すグラフである。
【図3】(a)および(b)はそれぞれ、実施例で作製したサンプルFおよびGについて、異なる2方向で走行させて信号を記録したときの各方向の信号の出力の記録波長依存性を示すグラフである。
【図4】磁気的厚さの比(Tr2/Tr1)と、各方向の信号の出力差がゼロになる波長(最適波長)との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0062】
1...非磁性支持体、2...磁性層、2a...第1金属薄膜、2b...第2金属薄膜、3...保護層、4...潤滑剤層、5...バックコート層、10...磁気記録媒体。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性支持体の一方の表面に形成された磁性金属膜を有する磁気記録媒体であって、
当該磁性金属膜がコバルトを主成分とする下側の第1金属薄膜と上側の第2金属薄膜の2層から成り、
当該第1金属薄膜と当該第2金属薄膜が斜方柱状構造を有し、
当該第1金属薄膜と当該第2金属薄膜の斜方柱状構造の成長方向が媒体走行方向の法線に対して互いに逆方向であり、
設定膜密度d(g/cm)を純粋なコバルトの密度として蛍光X線分析装置により測定される第1金属薄膜の厚さをTr1(nm)、第2金属薄膜の厚さをTr2(nm)とし、走査型電子顕微鏡により測定される第1金属薄膜の厚さをTs1(nm)、第2金属薄膜の厚さTs2(nm)としたとき、Tr1、Tr2、Ts1およびTs2が下記の式(1)および(2):
(数1)
Tr1>Tr2...(1)
(数2)
Tr1/Ts1≧Tr2/Ts2...(2)
を満たす磁気記録媒体。
【請求項2】
走査型電子顕微鏡により測定される第1金属薄膜の厚さTs1(nm)および第2金属薄膜の厚さTs2(nm)がそれぞれ10nm以上100nm以下である請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
磁気記録媒体に記録される信号の最短波長をλminμmとしたときに、Tr1、Tr2およびλminが下記の式(3):
【数1】

を満たす請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
前記最短波長λminが0.2〜1.5μmの範囲内にある、請求項3に記載の磁気記録媒体。
【請求項5】
前記第1金属薄膜および前記第2金属薄膜がスパッタ法または蒸着法により形成されたものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項6】
前記第1金属薄膜および前記第2金属薄膜の柱状構造の成長方向が前記非磁性支持体の表面に対して30〜70度の角度で傾斜している請求項1〜5のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項7】
前記非磁性支持体と前記第1金属薄膜との間に下地膜が形成されている請求項1〜6のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項8】
前記第2金属薄膜の表面に保護層が形成されている請求項1〜7のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項9】
前記第2金属薄膜の表面に保護層が形成され、当該保護層の表面に潤滑剤層が形成されている請求項1〜7のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項10】
前記非磁性支持体の磁性金属膜が形成された面とは反対側の面にバックコート層が形成されている請求項1〜9のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項11】
互いに反対である2つの方向で記録再生が可能である請求項1〜10のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項12】
磁気記録媒体の長手方向に平行な方向で記録再生が可能である請求項11に記載の磁気記録媒体。
【請求項13】
請求項3〜12のいずれか1項に記載の磁気記録媒体の記録再生方法であって、当該磁気記録媒体を長手方向の2方向で走行させて、リニア方式により、最短波長をλminμmとして信号を記録し、当該磁気記録媒体を2方向で走行させて再生する磁気記録媒体の記録再生方法。
【請求項14】
請求項3〜12のいずれか1項に記載の磁気記録媒体を長手方向の2方向で走行させて、リニア方式により、最短波長をλminとして信号を記録し、当該磁気記録媒体を2方向で走行させて再生する、磁気記録再生装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−12345(P2006−12345A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190854(P2004−190854)
【出願日】平成16年6月29日(2004.6.29)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】