説明

神経分化促進剤

神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化促進剤は、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制する機能抑制物質を含有する。神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進するために、その薬剤が神経幹細胞/神経前駆細胞に投与され、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進するための神経分化促進剤及びそれを用いた神経分化促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医学において、多分化能を有する幹細胞を利用するためには、その幹細胞を特定の細胞タイプに分化させる必要がある。神経幹細胞/神経前駆細胞(NCPC)は、in vitroでは、胚幹細胞(ES細胞)から分化させることもでき(特許文献1参照)、胎児脳から単離することもできる(非特許文献1参照)が、神経幹細胞/神経前駆細胞は神経細胞(ニューロン)とグリア細胞の両方に分化できる能力を有するため、どちらか一方の細胞タイプに分化を誘導する方法が開発されてきた。
【0003】
例えば、神経幹細胞/神経前駆細胞にIL-6ファミリーサイトカイン(非特許文献2参照)やBMP2/4(非特許文献3参照)を投与したりすることによって、神経幹細胞/神経前駆細胞をグリア細胞の方向に分化させることができる。
【0004】
しかし、神経細胞への分化、特に異なるタイプの神経細胞が順に分化するメカニズムはほとんど明らかになっておらず、従って、特定に神経細胞に分化させる技術の開発も、グリア細胞に比べて遅れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−291469号公開公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Reynolds, B.A. and Weiss, S. Science vol.255, pp.1707-1710 (1992)
【非特許文献2】Koblar, S.A., et al. Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A. vol.95, pp.3178-3181 (1998)
【非特許文献3】Gross, R.E., et al. Neuron vol.17, pp.595-606 (1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進するための神経分化促進剤及びそれを用いた神経分化促進方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施態様において、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化促進剤は、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能抑制物質を含有する。前記機能抑制物質はCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制してもよい。前記機能抑制物質は前記遺伝子の発現を抑制することができる核酸分子であってもよく、前記核酸分子がshRNAまたはsiRNAであってもよい。また、前記機能抑制物質はCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の競合阻害変異体であってもよく、前記競合阻害変異体は、転写活性化ドメインと、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質のDNA結合ドメインと、を有してもよい。なお、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、胚性幹細胞(ES細胞)または多能性幹細胞(iPS細胞)由来であってもよく、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、一次ニューロスフェアのかたちであってもよい。前記いずれかの薬剤によって分化するニューロンは、Isl-1陽性ニューロンであっても、DARPP-32陽性ニューロンであっても、Tbr-1陽性ニューロンであってもよい。さらに、分化したニューロンは、コリン作動性ニューロンであっても、GABA作動性ニューロンであっても、グルタミン酸作動性ニューロンであってもよい。
【0009】
本発明のさらなる一実施態様において、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化促進方法は、前記神経幹細胞/神経前駆細胞において、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制することを含む。この方法は、前記神経幹細胞/神経前駆細胞でCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制してもよい。この方法においては、前記神経幹細胞/神経前駆細胞に、前記遺伝子の発現を抑制することができる核酸分子を導入してもよく、前記核酸分子がshRNAまたはsiRNAであってもよい。また、前記神経幹細胞/神経前駆細胞に、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の競合阻害変異体を導入してもよく、前記競合阻害変異体は、転写活性化ドメインと、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質のDNA結合ドメインと、を有してもよい。なお、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、胚性幹細胞または多能性幹細胞由来であってもよく、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、一次ニューロスフェアのかたちであってもよい。前記いずれかの方法によって分化するニューロンは、Isl-1陽性ニューロンであっても、DARPP-32陽性ニューロンであっても、Tbr-1陽性ニューロンであってもよい。さらに、分化したニューロンは、コリン作動性ニューロンであっても、GABA作動性ニューロンであっても、グルタミン酸作動性ニューロンであってもよい。
【0010】
本発明のさらなる一実施態様において、医薬組成物はCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能抑制物質を含有する。前記機能抑制物質はCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制してもよい。前記機能抑制物質は前記遺伝子の発現を抑制することができる核酸分子であってもよく、前記核酸分子がshRNAまたはsiRNAであってもよい。また、前記機能抑制物質はCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の競合阻害変異体であってもよく、前記競合阻害変異体は、転写活性化ドメインと、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質のDNA結合ドメインと、を有してもよい。なお、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、胚性幹細胞(ES細胞)または多能性幹細胞(iPS細胞)由来であってもよく、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、一次ニューロスフェアのかたちであってもよい。前記いずれかの医薬組成物によって分化するニューロンは、Isl-1陽性ニューロンであっても、DARPP-32陽性ニューロンであっても、Tbr-1陽性ニューロンであってもよい。さらに、分化したニューロンは、コリン作動性ニューロンであっても、GABA作動性ニューロンであっても、グルタミン酸作動性ニューロンであってもよい。この医薬組成物は、脳虚血、外傷性脳障害、ハンチントン病、アルツハイマー病の患者に投与してもよい。
【0011】
本発明のさらなる一実施態様において、神経系障害を治療するための方法は、神経幹細胞/神経前駆細胞において、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制することを含む。この方法は、前記神経幹細胞/神経前駆細胞でCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制することを含んでもよい。この方法においては、前記神経幹細胞/神経前駆細胞に、前記遺伝子の発現を抑制することができる核酸分子を導入してもよく、前記核酸分子がshRNAまたはsiRNAであってもよい。また、前記神経幹細胞/神経前駆細胞に、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の競合阻害変異体を導入してもよく、前記競合阻害変異体は、転写活性化ドメインと、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質のDNA結合ドメインと、を有してもよい。なお、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、胚性幹細胞または多能性幹細胞由来であってもよく、前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、一次ニューロスフェアのかたちであってもよい。前記いずれかの方法によって分化するニューロンは、Isl-1陽性ニューロンであっても、DARPP-32陽性ニューロンであっても、Tbr-1陽性ニューロンであってもよい。さらに、分化したニューロンは、コリン作動性ニューロンであっても、GABA作動性ニューロンであっても、グルタミン酸作動性ニューロンであってもよい。前記神経系障害は、脳虚血、外傷性脳障害、ハンチントン病、アルツハイマー病であってもよい。
【0012】
==関連出願に対する相互参照==
本出願は、2008年8月13日に出願された米国仮出願61/088,521を基礎とする優先権の利益を主張するものであって、当該基礎出願を援用する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明にかかる一実施例において、Coup-tfI遺伝子及び/又はCoup-tfII遺伝子のノックダウンによるCOUP-TFタンパク質発現の阻害を示すグラフである。
【図2】図2は、本発明にかかる一実施例において、Coup-tfI遺伝子及び/又はCoup-tfII遺伝子をノックダウンした神経幹細胞/神経前駆細胞の形態を示す写真である。
【図3】図3は、本発明にかかる一実施例において、Coup-tfI遺伝子及び/又はCoup-tfII遺伝子をノックダウンした神経幹細胞/神経前駆細胞を分化誘導した時に出現した、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの各細胞種の割合を示すグラフである。
【図4】図4は、本発明にかかる一実施例において、Coup-tfI遺伝子及びCoup-tfII遺伝子をノックダウンした神経幹細胞/神経前駆細胞を継代し、分化誘導した時に出現した、Isl-1陽性ニューロンの割合を示すグラフである。
【図5】図5は、本発明にかかる一実施例において、受精後10.5日にshRNA KDI+IIを導入したマウス脳細胞が、16.5日胚の脳で分化した、ニューロン、オリゴサイト前駆細胞(OPC)、その他の細胞(Others)の各細胞種の割合を示すグラフである。
【図6】図6は、本発明にかかる一実施例において、受精後12.5日にshRNA KDI+IIを導入したマウス脳細胞が、生後20日の脳で分化した、ニューロン、アストロサイト、その他の細胞(Others)の各細胞種の割合を示すグラフである。
【図7】図7は、本発明にかかる一実施例において、in vivoでCoup-tfI遺伝子及び/又はCoup-tfII遺伝子をノックダウンしたときに出現した、Isl-1陽性ニューロン、DARPP-32陽性ニューロン、Tbr-1陽性ニューロンの割合を示すグラフである。
【図8】図8は、本発明にかかる一実施例において、COUP-TFタンパク質のDNA結合機能の競合阻害実験で用いるための融合タンパク質の構造を示す模式図である。
【図9】図9は、本発明にかかる一実施例において、COUP-TFタンパク質のDNA結合能を競合阻害した神経幹細胞/神経前駆細胞を分化誘導した時に出現したニューロンの割合を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0015】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0016】
〈神経幹細胞/神経前駆細胞〉
本発明にかかる薬剤は、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進するために用いられ、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制する機能抑制物質を含有する。本明細書では、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進するとは、神経分化促進剤を投与することによって神経幹細胞/神経前駆細胞が分化するとき、グリアの割合が減少し、ニューロンの割合が増加するようになることをいう。なお、その神経幹細胞/神経前駆細胞は、in vivoに存在する細胞でも、in vitroにある細胞でも構わない。
【0017】
神経幹細胞/神経前駆細胞は、in vivoでは、ヒトまたはヒト以外の脊椎動物において、胚期/胎仔期の大脳皮質や成体の海馬や側脳室に存在するので、神経分化促進剤を、動物個体に投与し、生体内で神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進してもよい。
【0018】
また、培養状態にある神経幹細胞/神経前駆細胞は、生体内にあるこれらの神経幹細胞/神経前駆細胞を単離して培養してもよいが、胚性幹細胞(ES細胞)または多能性幹細胞(iPS細胞)を神経幹細胞/神経前駆細胞に分化させて、調製してもよい。ES細胞の分化誘導方法は、特開2002−291469号公開公報に、詳細に開示されており、この文献を本明細書に援用する。その方法は、iPS細胞にも適用可能である。
【0019】
分化誘導の際、胚性幹細胞(ES細胞)または多能性幹細胞(iPS細胞)に対し、神経系への分化能力を高めるため、予め胚様体(embryoid body;EB)を形成させて、そのEBを培養条件下で神経幹細胞/神経前駆細胞に分化させて投与することが好ましい。EBは、ES細胞またはiPS細胞を、例えば、レチノイン酸やノギン(Noggin)タンパク質存在下で培養することにより形成させることができる。レチノイン酸の場合、低濃度レベル(10-9 M〜10-6 M)で培地に添加すればよい。ノギンタンパク質の場合、アフリカツメガエル・ノギンを哺乳類培養細胞に導入し、一過性にノギンタンパク質を発現させた培養上清をそのまま(1〜50%(v/v))使用してもよいし、組換えノギンタンパク質(最終濃度1 μg/ml程度)を用いてもよい。
【0020】
こうして得られたEBを解離して、FGF-2(10〜100 ng/ml)及びソニックヘッジホッグタンパク質(1〜20nM)を添加した無血清培地で浮遊培養することによって、ニューロスフェアのかたちで神経幹細胞を分化させ、増殖させることができる。ここで、ソニックヘッジホッグタンパク質の添加により、神経幹細胞の運動ニューロン前駆細胞への分化誘導効率及び増殖効率が向上し、その後の分化培養により運動ニューロン及びGABA作動性ニューロンへ実際に分化させる。無血清培地としては、上記成分の他にグルコース、グルタミン、インスリン、トランスフェリン、プロジェステロン、プトレシン、塩化セレン、ヘパリン等を添加したDMEM培地を用いるのが好ましく、DMEM:F12培地を用いるのが特に好ましい。培養は5%CO2条件下、35〜40℃で、7〜9日間行うのが好ましい。
【0021】
この時、EBに直接由来するニューロスフェアを一次ニューロスフェアと称し、この一次ニューロスフェアを解離し、同じ条件下で再度形成させたニューロスフェアを二次ニューロスフェアと称する。以降、培養条件下で、一度でも継代されたニューロスフェアは二次ニューロスフェアと称する。
【0022】
一次ニューロスフェアを、通常の分化培地で培養すれば、主に運動ニューロン及びGABA作動性ニューロンを含むコリン作動性ニューロンが分化誘導される。ここで分化誘導培地としては、グルコース、グルタミン、インスリン、トランスフェリン、プロジェステロン、プトレシン、塩化セレンを含むDMEM:F12培地、(すなわち、神経幹細胞増殖用培地からFGFとヘパリンを除いた培地に対応)を用いるのが好ましい。このとき、ソニックヘッジホッグタンパク質は存在しても、存在しなくてもよい。培養は5%CO2条件下、35〜40℃で、5〜7日間行うのが好ましい。また、二次ニューロスフェアを同様の分化条件で培養すると、運動ニューロン及びGABA作動性ニューロンを含むコリン作動性ニューロンのみならず、グリア細胞を分化するようになる。
【0023】
〈COUP-TFタンパク質の機能を抑制する機能抑制物質〉
COUP-TFタンパク質(本明細書では、遺伝子の場合であってもタンパク質の場合であっても、Coup-tfI及びCoup-tfIIを総称してCoup-tfと称するものとする。)の由来は、ヒトやマウスのような脊椎動物由来であればよく、対象とする神経幹細胞/神経前駆細胞の由来と同じであることが好ましいが、それらの由来が違っていても、COUP-TFタンパク質の機能を抑制する機能抑制物質が、目的とする細胞の有するCOUP-TFタンパク質の機能を抑制するものであればよい。
【0024】
機能抑制物質は、COUP-TFタンパク質の機能を抑制するのであれば、そのメカニズムは限定されず、COUP-TFタンパク質の活性を直接低下させてもよく、あるいは細胞内でのCOUP-TFタンパク質の発現を抑制してもよい。また、COUP-TFタンパク質の機能を抑制する物質であれば特に限定されず、低分子化合物であっても核酸分子やタンパク質分子のような高分子化合物であってもよい。
【0025】
例えば、阻害核酸分子としては、COUP-TFタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制することができるsiRNA、shRNA、アンチセンスRNAなどが挙げられる。その設計は、当業者に周知の方法で作製すればよく、発現抑制分子として機能すれば、配列、核酸の種類(例えば、DNAやイノシンを含んでいてもよい)、核酸の修飾などは、特に限定されない。また、COUP-TFタンパク質の発現を抑制するのに、転写レベルで抑制しても、翻訳レベルで抑制してもかまわない。
【0026】
阻害タンパク質分子としては、野生型COUP-TFタンパク質の機能を競合阻害する変異COUP-TFタンパク質が挙げられる。例えば、COUP-TFタンパク質は転写調節因子であるため、DNA結合ドメインを有し、転写抑制ドメインを有さない組換えタンパク質を細胞内で発現させると、この変異体は、COUP-TFタンパク質のDNA結合を競合阻害し、結果的に、COUP-TFタンパク質の機能を抑制する。例えば、マウスCOUP-TFIタンパク質(NM_010151)のDNA結合ドメインは、配列番号1において、86番目から149番目のアミノ酸配列の領域であり、COUP-TFIIタンパク質(NM_009697)のDNA結合ドメインは、配列番号2において、80番目から144番目のアミノ酸配列の領域であって、これらの領域を競合阻害変異体の構築に用いればよい。
【0027】
また、実施例に示すように、この競合阻害変異体は、転写活性化ドメインを有していても構わない。転写活性化ドメインは、異種タンパク質のDNA結合ドメインに結合させた時に独立した活性化ドメインとして機能するものであればよく、例えば、GAL4、Bicoid、c-Fos、B42、VP16などの周知の活性化ドメインを利用できる。
【0028】
〈神経分化促進剤及びその投与方法〉
COUP-TFタンパク質の機能抑制物質は、当業者に周知の薬学的に許容される担体、希釈剤、腑形剤等の製剤用添加物を用いて剤形化し、神経分化促進剤とすることができる。この薬剤は、in vitroでの実験用試薬としても、in vivoでの医薬としても使用できる。
【0029】
実験用試薬として用いる場合、機能抑制物質が低分子化合物であれば、培地に添加することによって、核酸分子であれば、トランスフェクションなどによって、タンパク質分子であれば、それをコードする遺伝子を発現する発現ベクターをトランスフェクトしたり、TATドメイン等を用いたPTD融合タンパク質を培地に添加したりすること等により、様々な方法で神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進することができる。ES細胞またiPS細胞に由来する神経幹細胞/神経前駆細胞であれば、一次ニューロスフェアの段階から、機能抑制物質を細胞に導入するのが好ましい。
【0030】
医薬の対象となる疾患は、ヒトまたはヒト以外の脊椎動物において、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進することが必要とされる障害であれば特に限定されないが、そのような障害の例として、脳梗塞や外傷性脳損傷、脳虚血、ハンチントン病、アルツハイマー病、老化による機能不全等の中枢神経系における神経系疾患や神経損傷が挙げられる。なお、神経分化促進剤の患者への投与方法および投与量は、投与目的、剤形、患者の状態などに応じ、当業者が適宜選択可能である。
【0031】
なお、機能抑制物質は、単独で用いても、複数を組み合わせて用いても構わない。例えば、COUP-TFIタンパク質の機能阻害物質及びCOUP-TFIIタンパク質の機能阻害物質を組み合わせて用いてもよく、COUP-TFタンパク質の機能阻害核酸と機能阻害タンパク質を組み合わせて用いてもよい。
【0032】
あるいは、COUP-TFIタンパク質及びCOUP-TFIIタンパク質の両方の機能を阻害する機能阻害物質を用いても構わない。このような機能阻害物質は、両方の遺伝子の塩基配列の中で、保存されている配列を用いることで設計できる。
【実施例】
【0033】
〈実施例1〉神経幹細胞/神経前駆細胞におけるCoup-tf遺伝子のノックダウン
本実施例では、神経幹細胞/神経前駆細胞においてCoup-tf遺伝子をノックダウンすると、この細胞を分化状態においた時、ニューロンへ優先的に分化するようになることが記載される。
【0034】
(1)マウスES細胞の培養と胚様体(EB)の形成
EB3細胞は、未分化ES細胞を選択できるように、129/Ola系マウス由来のES細胞系列E14tg2aのOct3/4遺伝子座にブラストシジン耐性遺伝子を挿入して得られたものである。そのEB3細胞を、10%FCS、非必須アミノ酸、1mMピルビン酸ナトリウム、0.1mM 2−メルカプトエタノール及び1000U/mL白血病抑制因子(LIF)を含むGlasgow minimum essential medium(GMEM)を用いて、5%CO、37℃の条件で培養した。
【0035】
次に、当該ES細胞をPBSで洗浄後、0.25%トリプシン−1mM EDTA処理により細胞を解離し、バクテリア用培養皿中に1x10個/mLの濃度で播種し、4〜8日間浮遊培養してEBを形成させた。浮遊培養には、培地として、アフリカツメガエル・ノギン遺伝子をCOS7細胞で一過性に発現させて得られた培養上清を用いた。
【0036】
(2)EBからの神経幹細胞/神経前駆細胞の選択的培養による分離
このようにして形成したEBに対し、0.25%トリプシン−1mM EDTA溶液で処理して、細胞を分散させた。分散させた細胞はグルコース(0.6%)、グルタミン(2mM)、インスリン(25μg/mL)、トランスフェリン(100μg/mL)、プロジェステロン(20nM)、プトレシン(60μM)、塩化セレン(30nM)、FGF−2(20ng/mL)、ヘパリン(2μg/mL)を添加したDMEM:F12(1:1)に、さらにマウスソニックヘッジホッグタンパク質(mouse sonic hedgehog1)(5nM)を加えたMHM培地を用い、バクテリア用培養皿中に5x10個/mLの濃度で播種し、7〜9日間浮遊培養することによって、一次ニューロスフェアを形成させた。
【0037】
(3)Coup-tf遺伝子に対するノックダウン
Coup-tfI遺伝子及びCoup-tfII遺伝子のノックダウンのためのshRNAの配列は、オンラインsiRNAデザインプログラムsiDirect(http://design.mai.jp/)を用いて設計した(それぞれ、Coup-tfI KD 及びCoup-tfII KDと称する)。ネガティブコントロールとして、pSilencer 2.1-U6 Negative Control(Ambion社)及びCoup-tfI KD 及びCoup-tfII KDにおいて、1塩基、2塩基または3塩基置換された変異体を用いた。これらの配列は以下の通りである。
KDI(Coup-tfI KD用):GATGCTGCCCACATCGAAATTCAAGAGATTTCGATGTGGGCAGCATC(配列番号3)
KDII(Coup-tfII KD用):GTCCCAGTGTGCTTTGGAATTCAAGAGATTGGAAAGCACACTGGGAC(配列番号4)
KDI+II(Coup-tf KD用):GTCGAGCGGCAAGCACTACTTCAAGAGAGTAGTGCTTGCCGCTCGAC(配列番号5)
2.1-U6:ACTACCGTTGTTATAGGTGTTCAAGAGACACCTATAACAACGGTAGT(配列番号6)
【0038】
これらのshRNAをhistone H1プロモーター制御下で発現させるために、相補的な配列を合成してアニーリングにより二本鎖DNAを形成させ、shRNA用エントリーベクターpENTR4-H1のBglII部位とXbaI部位の間に挿入した。各挿入shRNA及びhistone H1プロモーターは、Gateway system(Invitrogen社)によりshRNA発現用レンチウイルスベクターpCS-RfA-EGへの組換えを行った。この組換えレンチウイルスベクターをpCMV-VSV-G-RSV-revおよびpCAG-HIVgpと共に、FuGENE6(Roche社)を用いて293T細胞に導入し、得られた培養上清を回収し、組換えレンチウイルスを超遠心によって高濃度に精製した。なお、感染した細胞を同定できるように、レンチウイルスベクターは恒常的に発現するGFP遺伝子を有している。
【0039】
回収されたレンチウイルスをMOI25でニューロスフェアに感染させた。感染後のニューロスフェアを、単一細胞に分散し、GMEMで7日間培養して二次ニューロスフェアを形成させた。前記ニューロスフェアは、引き続いて6日ごとに継代した。
【0040】
各上記shRNAによってCoup-tf遺伝子の発現が阻害されていることを確認するために、Coup-tf遺伝子が安定的に導入され、両方のCOUP-TFタンパク質を発現するようになったCoup-tf発現293T細胞に各一種のshRNAを発現するレンチウイルスベクターを導入し、各shRNAを発現させた細胞の抽出物に対してウエスタンブロット解析を行った。抗体は、抗COUP-TFI抗体(マウスIgG、RRMX PP-H8132-00、100分の1希釈)、抗COUP-TFII抗体(マウスIgG、RRMX PP-H7147-00、100分の1希釈)を用いた。Positive control(Coup-tf発現293T)における、各COUP-TFタンパク質の発現レベルを1.0として標準化した、Negative control(野生型293T)、CT(2.1-U6導入)、KDI(KDI導入)、KDII(KDII導入)、KDI+II(KDI+II導入)の各細胞における相対的な発現レベルをt検定で解析し、図1に示すように、グラフ化した(Positive controlに対し、p<0.05、p<0.01、p<0.001になった結果を、それぞれ*、**、***で表した。以下の図でも、p値に対し同様の*印が付けられている。)。この結果から示されるように、KDI、KDII、KDI+IIの各shRNAは、COUP-TFIタンパク質、COUP-TFIIタンパク質、COUP-TF両方のタンパク質の発現を、それぞれ抑制できた。
【0041】
(4)ノックダウンした神経幹細胞/神経前駆細胞の解析
shRNAが導入されたニューロスフェアの継代ごとに、一部の前記ニューロスフェアを、ピペッティングにより分散し、分化培地で満たしたポリ−L−オルニチン(poly-L-ornithin)でコートした培養皿に播種し、ソニックヘッジホッグタンパク質(5nM)存在下で5〜7日間培養することによって分化させた。その後、その細胞を、ニューロンのマーカーとして使用される抗βIIIチューブリン抗体(マウスIgG、Sigma社 T8660、1000分の1希釈)、アストロサイトのマーカーとして使用される抗GFAP抗体(ウサギIgG、DAKO社 Z0334、400分の1希釈)、オリゴデンドロサイトのマーカーとして使用される抗O4抗体(マウスIgM、Chemicon社 MAB345、8000分の1希釈)で免疫染色し、蛍光顕微鏡を用いて、細胞形態と染色された細胞タイプを観察した(図2)。各サンプルで、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの細胞数を数え、各細胞種の割合をグラフにプロットした(図3)。
【0042】
細胞形態、染色パターン、各細胞種の割合のいずれの解析においても、COUP-TFIタンパク質またはCOUP-TFIIタンパク質の発現を抑制することにより、ニューロンの割合が増加し、COUP-TFIタンパク質及びCOUP-TFIIタンパク質の両方の発現を抑制することにより、さらにニューロンの割合が増加することを示した。なお、グリア細胞への分化を促進する因子であるLIF及びBMP2を培地に加えても、同様の結果が得られた。また、ニューロスフェア形成の効率は、COUP-TFIタンパク質またはCOUP-TFIIタンパク質の発現を抑制しても変化しなかった。
【0043】
このように、in vitroで、神経幹細胞/神経前駆細胞においてCOUP-TFタンパク質の少なくとも一つの機能を阻害すると、この細胞は、分化状態においた時、ニューロンへ優先的に分化するようになった。
【0044】
さらに、前脳、後脳、脊髄の初期分化ニューロンのマーカーであるIsl-1の発現を指標に用いることによって、ニューロスフェアは、継代するごとに、中枢神経系発生過程で初期に分化するニューロンへの分化能が減少するが、ニューロスフェア内でCOUP-TFタンパク質の機能が阻害されると、そのニューロスフェアは、このような初期分化ニューロンへの分化能を維持することが確認された。
【0045】
shRNA導入後のニューロスフェアを継代する間に、継代1代目(1次ニューロスフェアを形成する)、継代2代目、継代3代目において、細胞を分化誘導し、抗Isl-1抗体(マウスIgG、DSHB 40.2D6、200倍希釈)で染色し、各細胞タイプの細胞数を数えた。その後、Isl-1陽性ニューロンの、全ウイルス感染ニューロン数に対する割合を計算して、図4に示すようにグラフ化した。処理していない細胞(CT)では、Isl-1の発現は3代目までにほぼ消失するが、shRNA KDI+IIを導入した細胞では、Isl-1の発現は3代目になってもほぼ同等レベルで維持された。
【0046】
このように、分化誘導によって生じるニューロンのタイプの変化は、COUP-TFタンパク質の機能阻害によって抑制され得る。
【0047】
〈実施例2〉マウス生体内でのCoup-tf遺伝子のノックダウン
本実施例では、マウス生体内における神経幹細胞/神経前駆細胞の分化において、Coup-tf遺伝子のノックダウンが、神経分化を促進することを示す。
【0048】
(1)マウスとウイルス感染
本実施例では、妊娠10.5日目あるいは12.5日目のICRマウスの子宮内で、マウス胚の大脳脳室に、実施例1に記載のshRNA含有レンチウイルスを微小注入した。10.5日目の微小注入では、VS40及びVevo660(VisualSonics社)を利用した。
【0049】
(2)マウス脳の解析
受精後10.5日にshRNA含有レンチウイルスを感染させたマウスの脳については16.5日胚の段階(図5)で、また、受精後12.5日に感染させたマウスの脳については生後20日目の段階(図6)で、免疫組織化学的解析を行った。
【0050】
16.5日胚の脳に対しては、ニューロンのマーカーとして抗NeuN抗体を用い、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)のマーカーとして抗Sox抗体及び抗Olig2抗体を用い、二重陽性の細胞をOPCとした。また、OPC以外の非神経細胞を「Others(その他の細胞)」として分類した。
【0051】
図5に示すように、shRNA 2.1-U6を導入したネガティブ・コントロール(CT)に比べ、shRNA KDI+IIを導入した細胞(KD)では、OPCの細胞数の割合が11%から3.4%に減少し、ニューロンの割合が73.8%から80.4%に増加していた。
【0052】
また、生後20日目のマウスに対しては、ニューロンのマーカーとして抗NeuN抗体を用い、アストロサイトのマーカーとして抗GFAP抗体を用い、抗GFAP抗体陰性の非神経細胞を「Others(その他の細胞)」として分類した。
【0053】
図6に示すように、shRNA 2.1-U6を導入したネガティブ・コントロール(CT)に比べ、shRNA KDI+IIを導入した細胞(KD)では、アストロサイトの割合が12.2%から1.3%に減少し、ニューロンの割合が42.2%から86.5%に増加していた。
【0054】
このように、in vivoにおいても、神経幹細胞/神経前駆細胞においてCOUP-TFタンパク質の機能を阻害すると、ニューロンへの分化が促進されていた。
【0055】
(3)分化したニューロンの細胞タイプの解析
in vivoでCOUP-TFを阻害することによって分化させたニューロンの細胞タイプを決めるため、受精後10.5日にshRNA含有レンチウイルスを感染させたマウスの脳について、受精後16.5日胚の段階で、抗Isl-1抗体、抗DARPP-32抗体(Chemicon社 2000分の1希釈)、抗Tbr1抗体(R.F.Hevner博士(ワシントン大学)より供与 10000分の1希釈)、または抗Brn-2抗体(Santa Cruz Biotechnology社 500分の1希釈)を用いて、免疫組織化学的解析を行った(図7)。受精後15.5日に生まれた細胞を、BrdUの取り込みによって標識し、切片を1N HClで室温30分処理してDNAを変性させて前処理した後、抗BrdU抗体(Abcam社 100分の1希釈)を用いて、BrdUに対する免疫組織化学染色を行った。用いたネガティブコントロールは、(2)で用いたものと同一である。
【0056】
図7に示すように、Isl-1陽性ニューロン及びDARPP-32陽性ニューロンは、線条体において、ネガティブコントロール(CT)に比較して、それぞれ29.5%から56.4%及び11.5%から27.7%に増加した。抗BrdU抗体との二重染色の結果によると、Isl-1陽性ニューロンの約半数とDARPP=32陽性ニューロンの約3分の1は受精後15.5日あたりに生まれたことが示された。Tbr1陽性ニューロンもまた、皮質において、17.0%から52.6%に増加し、そのTbr1陽性ニューロンの約半数は受精後15.5日あたりに生まれたが、通常、これらは、受精後15.5日以降にはほとんど生じないものである。しかしながら、Brn2陽性ニューロンは、皮質で48.1%から19.2%に減少し、Tbr1陽性ニューロンの増加に伴って減ったようであった。なお、線条体のIsl-1陽性ニューロンは、コリン作動性ニューロンとGABA作動性ニューロンの共通の前駆体及び運動ニューロンを含む分化したコリン作動性ニューロンであること、線条体のDARPP-32陽性ニューロンは、GABA作動性ニューロンであること、皮質のTbr1陽性ニューロンは、グルタミン酸作動性ニューロンであることに留意されたい。この分化パターンは、ニューロスフェアを、in vitroで一般的な分化培地中で分化誘導すると、主に運動ニューロンを含むコリン作動性ニューロンやGABA作動性ニューロンに分化するという事実に合致する。
【0057】
このように、神経幹細胞/神経前駆細胞において、COUP-TFタンパク質の機能を阻害することによって分化させたニューロンは、少なくとも一部はIsl-1陽性ニューロン、DARPP-32陽性ニューロン、またはTbr-1陽性ニューロンであって、それらは、コリン作動性ニューロン、GABA作動性ニューロン、またはグルタミン酸作動性ニューロンである。
【0058】
〈実施例3〉神経幹細胞/神経前駆細胞におけるCOUP-TFタンパク質のDNA結合機能の競合阻害
本実施例では、神経幹細胞/神経前駆細胞において、COUP-TFタンパク質のDNA結合機能を競合阻害することにより、神経分化を促進できることを示す。
【0059】
(1)融合タンパク質
本実施例で用いる融合タンパク質として、COUP-TFIタンパク質のN末端にあるDNA結合ドメイン(配列番号1において、2−403番目のアミノ酸配列)またはCOUP-TFIIタンパク質のN末端にあるDNA結合ドメイン(配列番号2において、2−394番目のアミノ酸配列)を、VP16の転写活性化ドメイン(配列番号7 <P06492> において、413−490番目のアミノ酸配列)またはDrosophilaのEngrailed(En)タンパク質の転写抑制ドメイン(配列番号8 <NM 078976> において、2−295番目のアミノ酸配列)と結合させて、ドミナント・ポジティブ変異体(以下、VP-1またはVP-IIと称する)またはドミナント・ネガティブ変異体(以下、EnIまたはEnIIと称する)を作製し、それぞれを混合して用いた(混合したタンパク質を、それぞれVP-I/II及びEnI/IIと称する)。これらの融合タンパク質は、COUP-TFタンパク質のN末端にある転写調節領域を有しない。コントロールとしては、COUP-TFI/II(野生型COUP-TFIと野生型COUP-TFIIを混合したもの)及びF-I/II(N末端にflag-tag(DYKDDDDK: 配列番号9)を結合させた野生型COUP-TFIと野生型COUP-TFIIを混合したもの)を用いた。すなわち、VP-1、VP-II、EnI及びEnIIについては、Met-FLAG-GlySer-VP/En-LysLeuArgSer-COUP、F-I及びF-IIについては、Met-FLAG-GlySer-COUPという構造を有する(ただし、VP/ENは、VP-1、VP-II、EnI及びEnIIのいずれかを表し、COUPは、COUP-TFIまたはCOUP-TFIIのDNA結合ドメインを表す。)。これらの融合タンパク質の構造の模式図を図8に示す。
【0060】
これらの融合タンパク質をコードする組換えDNAを実施例1におけるshRNAの代わりに、レンチウイルスベクターに組み込み、293T細胞を用いて、組換えレンチウイルスを作製した。
【0061】
(2)神経幹細胞/神経前駆細胞における融合タンパク質の発現とその解析
実施例1と同様に、ES細胞由来の神経幹細胞/神経前駆細胞を用い、一次ニューロスフェアに、融合タンパク質をコードする組換え遺伝子を有するレンチウイルスを感染させ、継代3代目に細胞を分化させて、全細胞に対するニューロンの割合を算出した。図9に示すように、その結果をグラフ化した。
【0062】
上記融合タンパク質のうち、ドミナント・ポジティブ変異体(VP-1/II)だけがニューロンへの分化を促進した。このことは、COUP-TFタンパク質がリプレッサーとして機能していることを示唆する。
【0063】
このように、shRNAによる発現阻害だけでなく、融合タンパク質を用いたDNA結合に対する競合阻害によっても、神経幹細胞/神経前駆細胞においてCOUP-TFタンパク質の機能を阻害でき、ニューロンへの分化を促進することができる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によって、神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化を促進するための神経分化促進剤及びそれを用いた神経分化促進方法を提供することが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経幹細胞/神経前駆細胞の神経分化促進剤であって、
COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制するための機能抑制物質を含有することを特徴とする神経分化促進剤。
【請求項2】
前記機能抑制物質がCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制することを特徴とする請求項1に記載の神経分化促進剤。
【請求項3】
前記機能抑制物質が前記遺伝子の発現を抑制することができる核酸分子であることを特徴とする請求項2に記載の神経分化促進剤。
【請求項4】
前記核酸分子がshRNAまたはsiRNAであることを特徴とする請求項3に記載の神経分化促進剤。
【請求項5】
前記機能抑制物質がCOUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の競合阻害変異体であることを特徴とする請求項1に記載の神経分化促進剤。
【請求項6】
前記競合阻害変異体は、転写活性化ドメインと、COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質のDNA結合ドメインと、を有することを特徴とする請求項5に記載の神経分化促進剤。
【請求項7】
前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、胚性幹細胞または多能性幹細胞由来であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の神経分化促進剤。
【請求項8】
前記神経幹細胞/神経前駆細胞が、一次ニューロスフェアであることを特徴とする請求項7に記載の神経分化促進剤。
【請求項9】
分化したニューロンが、Isl-1陽性ニューロン、DARPP-32陽性ニューロン、またはTbr-1陽性ニューロンであることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の神経分化促進剤。
【請求項10】
分化したニューロンが、コリン作動性ニューロン、GABAニューロン、またはグルタミン酸作動性ニューロンであることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の神経分化促進剤。
【請求項11】
COUP-TFIタンパク質及び/又はCOUP-TFIIタンパク質の機能を抑制するための機能抑制物質を含有する医薬組成物
【請求項12】
前記機能抑制物質が、脳虚血、外傷性脳障害、ハンチントン病、またはアルツハイマー病の患者に投与されることを特徴とする請求項11に記載の医薬組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公表番号】特表2011−530484(P2011−530484A)
【公表日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−506509(P2011−506509)
【出願日】平成21年7月8日(2009.7.8)
【国際出願番号】PCT/JP2009/003195
【国際公開番号】WO2010/018652
【国際公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】