説明

神経幹細胞の分離方法及び増殖促進方法

【課題】神経幹細胞の遺伝子マーカー及びそれを利用した神経幹細胞の分離方法、並びに神経幹細胞の増殖促進剤及びそれを用いた増殖促進方法を提供することを提供すること。
【解決手段】CD74遺伝子に関連する遺伝子関連物質を遺伝子マーカーとして用い、CD74結合性物質を用いて神経幹細胞を分離し、CD74の活性化物質を神経幹細胞の増殖促進剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経幹細胞の分離方法及び増殖促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経幹細胞は、増殖能と多分化能を有するため、神経再生医療の分野で注目されている。神経幹細胞を分離するための方法として、神経幹細胞の表面マーカーを利用する方法があり、例えば、表面抗原マーカーに対するリガンドや抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィーや、FACSを用いることにより、神経幹細胞を分離することができる。
【0003】
このような方法に利用できる神経幹細胞の表面マーカーとしては、MDOY-19(非特許文献1参照)、PSA-NCAM(非特許文献2参照)、CD133(非特許文献3参照)、NDR-1(特許文献1参照)などが、多数の文献で開示されている。
【0004】
神経幹細胞を分離した後に、増殖を促進することができれば、より多くの神経幹細胞を短期間に得ることが可能になる。神経幹細胞の増殖を促進する方法として、例えば、樹状細胞を用いる方法(非特許文献4参照)や、ガレクチンを作用させる方法(特許文献2参照)などが開示されている。
【0005】
さらに、神経幹細胞をin vivoで増殖させることにより、神経疾患、例えば、脊髄損傷(非特許文献5)、脳虚血(非特許文献6)、ハンチントン病(非特許文献7)、多発性硬化症(非特許文献8)、またはファブリー病(Neuronal Ceroid Lipofuscinosisとも呼ばれる)(非特許文献9)などの、神経変性疾患や神経障害を治療し得ることが知られている(非特許文献10、11)。
【非特許文献1】Kurokawa K. et al, Med. Mol. Morphol. 2005 vol.38 p.79-83
【非特許文献2】Mayer-proschel et al. 1997 vol.19 p.773-785
【非特許文献3】Uchida N. et al. Proc.Natl.Acad.Sci.USA 2000 vol.97 p.14720-14725.
【非特許文献4】Mikami Y. et al. J.Neurosci. Res. 2004 vol.76 p.453-465.
【非特許文献5】Iwanami A. et al. J Neurosci Res. 2005 vol.80 p.182-190.
【非特許文献6】Lee H. J. et al. Stem Cells. 2007 vol. 25 p.1204-1212.
【非特許文献7】Vazey E. M. et al. Exp Neurol. 2006 vol. 199 p. 384-396.
【非特許文献8】Pluchino S et al. Nature 2003 vol. 422 p. 688-694.
【非特許文献9】Taupin P. Curr Opinion Mol. Ther. 2006 vol. 8 p. 156-163.
【非特許文献10】Okano H. et al. J Neurochem. 2007 vol.102 p.1459-1465.
【非特許文献11】Lindvall O. and Kokaia Z. Nature. 2006 vol. 441 p1094-1096.
【特許文献1】特願2004-309029公報
【特許文献2】国際公開WO2005/026343公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の事情に鑑み、神経幹細胞を効率よく分離し、その後増殖を促進できれば、再生医療に役立つ神経幹細胞を多量に得ることができるようになるとともに、神経疾患の治療薬が得られる。
【0007】
そこで、本発明は、神経幹細胞の遺伝子マーカー及びそれを利用した神経幹細胞の分離方法、神経幹細胞の増殖促進剤及びそれを用いた増殖促進方法、並びに神経幹細胞の増殖促進物質を含有する医薬組成物及びそれを用いた神経疾患治療剤と神経疾患治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意努力した結果、CD74が神経幹細胞のマーカーであるCD133と共発現していることなどから、CD74が神経幹細胞のマーカーになりうること、さらに、CD74を活性化することにより、神経幹細胞の増殖を促進できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明にかかる神経幹細胞の増殖促進剤は、CD74受容体活性化物質を含むことを特徴とする。このCD74受容体活性化物質がマクロファージ遊走阻止因子(MIF)またはMIFを発現する発現ベクターであってもよい。
【0010】
本発明にかかる神経幹細胞の増殖促進方法は、神経幹細胞において、CD74受容体を活性化することを特徴とする。そのために、神経幹細胞にマクロファージ遊走阻止因子(MIF)を作用させてもよい。
【0011】
本発明にかかる医薬組成物は、CD74受容体活性化物質を含有することを特徴とする。このCD74受容体活性化物質は、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)またはMIFを発現する発現ベクターであってもよい。
【0012】
本発明にかかる神経疾患治療剤は、CD74受容体活性化物質を含有することを特徴とする。対象とする神経疾患が、脊髄損傷、脳虚血、ハンチントン病、多発性硬化症、またはファブリー病であってもよい。
【0013】
本発明にかかる神経幹細胞の遺伝子マーカーは、CD74遺伝子に関連する遺伝子関連物質であることを特徴とする。
【0014】
本発明にかかる神経幹細胞の分離方法は、CD74結合性物質を用いることを特徴とする。このCD74結合性物質が、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)または抗CD74抗体であってもよい。
【0015】
本発明にかかる、神経幹細胞を含む細胞集団における神経幹細胞の濃縮方法は、CD74結合性物質を用いることを特徴とする。このCD74結合性物質が、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)または抗CD74抗体であってもよい。
【0016】
本発明にかかる、神経幹細胞を同定または分離するためのキットは、CD74結合性物質を含むことを特徴とする。このCD74結合性物質は、抗CD74抗体、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)、またはそれらのCD74結合部位を含む断片であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によって、神経幹細胞の遺伝子マーカー及びそれを利用した神経幹細胞の分離方法、並びに神経幹細胞の増殖促進剤及びそれを用いた増殖促進方法を提供することができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の実施の形態において実施例を挙げながら具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0019】
==遺伝子マーカー==
本発明にかかる神経幹細胞の遺伝子マーカーは、CD74遺伝子に関連する遺伝子関連物質である。
ここで、「神経幹細胞」とは、自己増殖能および自己複製能を有し、神経細胞、グリア細胞およびオリゴデンドロサイト細胞への多分化能を有する神経前駆細胞のことをいう。また、「遺伝子マーカー」とは、ある対象物の状態又は作用の評価の指標となるものであって、ここではある遺伝子の発現量と相関するときの「遺伝子関連物質」をいう。「遺伝子関連物質」とは、遺伝子が発現して生産される関連物質のことであり、例えば、転写物であるmRNA、翻訳物であるペプチド、遺伝子発現の最終産物であるタンパク質などが含まれる。「遺伝子マーカーの発現量」とは、遺伝子マーカーの由来する遺伝子の転写レベルまたはmRNAの量(マーカーが転写物などの場合)または翻訳レベルにおける発現レベルまたはポリペプチドやタンパク質の量(マーカーがポリペプチド、タンパク質などの場合)を意味する。
【0020】
==遺伝子マーカーによる神経幹細胞の同定及び分離==
本発明にかかる神経幹細胞の遺伝子マーカーは、CD74遺伝子に関連する遺伝子関連物質である。すなわち、その発現を指標に、神経幹細胞を同定することができる。例えば、マーカーが転写物の場合、RT-PCR、ノザンブロッティング、in situ ハイブリダイゼーションなどによって、高レベルの転写物を検出できた細胞が神経幹細胞である。マーカーがタンパク質の場合、ELISA、ウエスタンブロッティング、免疫組織法などによって、高レベルのタンパク質を検出できた細胞が神経幹細胞である。
【0021】
さらに、CD74は細胞の表面抗原であるので、このマーカーに結合するCD74結合性物質、例えばCD74のリガンドであるマクロファージ遊走阻止因子(MIF)や抗CD74抗体を用いて、細胞幹細胞を分離することができる。特に、抗CD74抗体を用いたFACS法あるいはマグネティックビーズ法などによって、細胞を固定せずに分離することで、神経幹細胞を生きたまま回収することも可能である。なお抗CD74抗体として、Ig(イミュノグロブリン)分子全体を用いても、Fabフラグメントなど、抗原結合部位を有するIg分子断片を用いてもよく、MIFを用いる場合も、分子全体を用いてもよく、CD74結合部位を含んだ断片を用いてもよい。
【0022】
なお、神経幹細胞を分離または同定する対照となる細胞集団は、神経幹細胞が含まれていれば特に限定されず、組織から分離した細胞集団でもよく、胚幹細胞(ES細胞)・iPS細胞等の未分化な細胞を分化させて得られた細胞集団でもよい。また、これらの細胞集団に対して、本発明の神経幹細胞の分離方法を用いれば、神経幹細胞が濃縮された細胞集団(神経幹細胞の含有率の高い細胞集団)を得ることも可能である。
【0023】
==キット==
CD74結合性物質は、神経幹細胞を同定または分離するために用いることができるので、その方法を誰でも容易に行うことが出来るように、キット化してもよい。このような神経幹細胞を同定または分離するためのキットは、CD74結合性物質を含んでいればよいが、それ以外に、緩衝液、蛍光や酵素などの標識、ビーズやカラムなどの支持体、酵素の基質、二次抗体などを含んでいてもよい。
また、含まれているCD74結合性物質は、蛍光や酵素などにより、標識されていてもよい。
【0024】
==神経幹細胞の増殖促進方法==
神経幹細胞において、細胞表面のCD74受容体を活性化することによって、神経幹細胞の増殖を促進することができる。したがって、CD74受容体を活性化する物質を含有する薬剤は神経幹細胞の増殖促進剤として有用である。ここで、「CD74を活性化する」とは、CD74の下流にあるシグナル伝達系を、活性化することを意味する。また、「神経幹細胞の増殖を促進する」とは、そのメカニズムに関わらず、一定時間後に生存している神経幹細胞数を増加させることを言う。
【0025】
神経細胞は、分離された細胞であっても、生体内にある細胞であってもよい。神経幹細胞の分離方法は、特に限定されないが、例えば上記のCD74や、CD133などをマーカーとし、それらマーカー分子結合物質(例えば、抗体やリガンドなど)を用いて常法によって神経幹細胞を分離することもできる。また、Weissらにより確立されたニューロスフェア法により、EGFやFGF2の存在下で、増殖してニューロスフェアを形成する細胞を選択してもよい。
【0026】
CD74を活性化する方法は特に限定されず、CD74を活性化する抗CD74抗体やリガンド、それらのタンパク質をコードし発現するDNAやRNA、あるいはCD74を活性化する化合物などのアゴニスト(選択的作動薬)、などのCD74受容体活性化物質を用いてもよい。例えば、CD74活性化物質がCD74を活性化する抗CD74抗体、リガンド、あるいは化合物の場合、それらの物質を神経幹細胞に作用させればよく、具体的には、神経幹細胞が培養状態にあれば、培地に加えればよく、神経幹細胞が動物個体(例えばヒトまたはヒト以外の脊椎動物)に存在すれば、神経幹細胞の近傍に注射すればよい。CD74活性化物質がCD74活性化抗CD74抗体やリガンドなどのCD74活性化タンパク質をコードし発現するDNAやRNAである場合、それらの核酸(典型的にはCD74活性化抗CD74抗体やMIFの発現ベクターなど)を直接神経幹細胞に導入してもよいが、他の培養細胞に導入して抗CD74抗体やリガンドなどを培地に発現させて、その培地を神経幹細胞に作用させてもよい。また、神経幹細胞が動物個体内に存在する場合、CD74活性化タンパク質をコードする核酸を神経幹細胞の近傍に注射することにより神経幹細胞自体または近傍の細胞に導入し、抗CD74抗体やリガンドなどを神経幹細胞自体または近傍の細胞で発現させ、発現したCD74活性化タンパク質を神経幹細胞に作用するようにすればよい。あるいは、CD74活性化タンパク質をコードする核酸を導入し、CD74活性化タンパク質を発現するように遺伝子操作した細胞を、神経幹細胞の近傍に移植してもよい。
【0027】
==医薬組成物及び神経疾患治療方法==
上述したように、神経幹細胞をin vivoで増殖させることによって、神経疾患、例えば、脊髄損傷、脳虚血、ハンチントン病、多発性硬化症、またはファブリー病(Neuronal Ceroid Lipofuscinosisとも呼ばれる)などの、神経変性疾患や神経障害を治療し得ることは既に知られている。そこで、CD74活性化物質は、医薬組成物として有用であり、CD74活性化物質を含有する神経幹細胞の増殖促進剤は、上記神経疾患治療剤として有用である。
【0028】
従って、上記疾患患者を治療する方法は、CD74活性化物質を含有する神経疾患治療剤を当該患者に投与すればよい。なお、投与量や投与方法は、患者の身体条件(性別、年齢、体重など)に合わせて、適宜調節することができる。
【実施例】
【0029】
(1)神経幹細胞の分離
神経幹細胞は、Weissらにより確立されたニューロスフェア培養法に基づいて分離した(Reynolds & Weiss, Science vol.255 (No.5052) p.1707-1710, 1992)。すなわち、胎生14日の線条体または脊髄を採取し、2X105個/mlの細胞密度で神経幹細胞培養培地 (以下、NSPメディウムと呼ぶ。Neurobasal培地(Invitrogen社)、EGF(20ng/ml,Peprotech社)、FGF2(10ng/ml,Peprotech社)、B27サプリメント (Invitrogen社)を含有する。)を添加し5-7日培養することにより、ニューロスフェアを形成させた。これらのニューロスフェアは5日毎にAccumax(Innovative cell thechnologies社)を用いて細胞を分散させ、継代培養を行った。なお、低密度培養下でのニューロスフェア形成実験では、NSPメディウム中で7-11日間神経幹細胞を培養し、形成されるニューロスフェア数を観察した。
【0030】
(2)マウス胎仔線条体・成体脳室下帯及び樹状細胞におけるCD74遺伝子の発現
神経幹細胞が存在するマウス胎仔線条体及び成体脳室下帯におけるCD74の発現をRT-PCRによって調べた。なお、コントロールとして、GAPDHの発現も同時に調べた。
まず、マウス胎生14日線条体(E14GE)・成体脳室下帯(ADSVZ)及び脾臓よりCD11c磁気ビーズ(Miltenyi Biotec社)を用いて単離した樹状細胞(DCs)から、Trizol(Invitrogen 社)を用いて全RNAを抽出し、得られた全RNAをRevaTraAce reverse transcriptase (Toyobo社)によりcDNAにしたのち、以下のプライマーを用いてPCRを行い、得られたPCR産物は2%アガロースゲルにて電気泳動を行ったのち、エチジウムブロマイド染色により可視化した。
PCR用プライマー:
Mouse CD74F:5’-CATCGTCCCAGGACACGG-3’(配列番号1)
Mouse CD74R:5’-TGTCACTTGAACCATGATCCTACAG-3’(配列番号2)
GAPDHF; 5’-TGAACGGGAAGCTCACTGG-3’(配列番号3)
GAPDHR; 5’-TCCACCACCCTGTTGCTGAT-3’(配列番号4)
図1に示したように、マウス胎生14日胎仔線条体(E14GE)・成体脳室下帯(ADSVZ)及び樹状細胞(DCs)において、CD74遺伝子の発現が検出された。
【0031】
(3)神経幹細胞におけるCD74の発現
ニューロスフェアを分散して得られた神経幹細胞をFACSバッファー(0.5% BSA、1mM EDTAを含有)に懸濁し、抗CD133抗体(Miltenyi Biotec社)(1μg/106 細胞)及び抗CD74抗体(Santa Cruz社)(1μg/106 細胞)を添加して、室温で30分インキュベーションした後、FACS解析を行った(Epics Altra XL,ベックマンコールタール社)。
図2に示したように、神経幹細胞はCD74と、神経幹細胞のマーカーとして知られているCD133とを共発現していた。このように、CD74は神経幹細胞のマーカーとして有用である。
【0032】
(4)抗CD74中和抗体による1次ニューロスフェア形成能の抑制
神経幹細胞培養開始時に、抗CD74中和抗体(5μg/ml,サンタクルーズ社)を添加した培地を用い、96穴プレートに低密度(200個/ウエル)の神経幹細胞を播種し、7日間培養したところ、図3に示したように、1次ニューロスフェアの形成阻害が認められた。このように、神経幹細胞増殖にはCD74受容体の活性化が必要である。
【0033】
(5)神経幹細胞および樹状細胞におけるマクロファージ遊走阻止因子(MIF)の分泌
本実施例では、樹状細胞及び神経幹細胞がCD74のリガンドであるMIFを分泌していることを示す。
まず、マウス脊髄から、(1)と同様にして、ニューロスフェアとして神経幹細胞を調整した。マウス胎生14日線条体(GE)由来ニューロスフェア(GE-NSP)およびマウス胎生14日脊髄由来ニューロスフェア(SPC-NSP)をNSP メディウムで一晩培養した上清、およびマウス脾臓由来樹状細胞(DC)を NSP メディウム もしくは10%FCS含有RPMI培地(R10)にて一晩培養した上清中の、MIF分泌量をELISA法により調べた(札幌Immuno diagnostic laboratory社)。その結果、図4に示すように、樹状細胞のみならず、ニューロスフェアの培養上清においてもMIFが検出された。
【0034】
(6)神経幹細胞に対するMIFの効果
次に、MIFを神経幹細胞に作用させると神経幹細胞の増殖能が向上することを示す。
200ng/mlまたは400ng/mlのMIFを含有したNSPメディウムを用いて、96穴プレートに低密度(200個/ウエル)の神経幹細胞を播種し、7日間培養したところ、図5Aに示すように、濃度依存的に1次ニューロスフェア数の増加が認められた。このことは、MIFがニューロスフィアの形成を促進し、神経幹細胞の生存の維持に有効であることを示す。
また、神経幹細胞をMIF(400ng/ml)を添加したNSPメディウムで5日間培養した後、増殖後の神経幹細胞数を測定するために、MIFを添加していない培地を用いて低密度培養下で再形成される2次ニューロスフェア数を解析したところ、図5Bに示すように、培養初期条件で同数の細胞を、MIFを添加しないNSPメディウムを用いて培養した場合と比べ、2次ニューロスフェア数の増加を認めた。このことは、MIFが神経幹細胞の増殖に有効であることを示す。
このように、神経幹細胞のCD74受容体を活性化することにより、神経幹細胞の生存を維持し、神経幹細胞増殖を促進することができる。
さらに、神経幹細胞を MIF(400ng/ml)とMIFレセプターアンタゴニスト(ISO-1)(50-100 μM, Calbiochem社)、あるいは抗CD74中和抗体(1-5 μg/ml, サンタクルーズ社)とをそれぞれ添加したNSPメディウムを用い、96穴プレートの1ウエルあたり200個の細胞を播種し、7日間培養したところ、図6に示すようにMIFによる1次ニューロスフェア形成の増加が抑制された。このように、添加したMIFによるニューロスフェア形成促進がMIF特異的かつCD74を介したものであることがわかる。なお、比較するためのコントロールとして、抗体の場合はヤギIgGを、ISO-1の場合は等量のDMSOを用いた。
【0035】
(7)抗MIF中和抗体による神経幹細胞の増殖抑制効果
神経幹細胞培養開始時に、抗MIF中和抗体(0.1−1μg/ml, Biovision社)を添加したNSPメディウムを用い、コントロールとして、抗MIF中和抗体の代わりに、1μg/mlのヤギIgGを用いて、96穴プレートの1ウエルあたり800個の細胞を播種し、それぞれ7日間培養したところ、図7に示すように、神経幹細胞の1次ニューロスフェア形成が阻害された。このように、MIFによるオートクラインが神経幹細胞の増殖に必要である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明にかかる一実施例において、マウス胎仔線条体(E14GE)、成体脳室下帯(ADSVZ)及び樹状細胞(DCs)におけるCD74遺伝子の発現をRT-PCRで調べた結果を示す図である。
【図2】本発明にかかる一実施例において、マウス胎仔線条体由来神経幹細胞におけるCD74の発現をFACS解析で調べた結果を示す図である。
【図3】本発明にかかる一実施例において、抗CD74中和抗体が、ニューロスフェア形成数の増加を抑制することを示した図である。
【図4】本発明にかかる一実施例において、神経幹細胞がCD74のリガンドであるMIFを分泌していることを示した図である。
【図5】本発明にかかる一実施例において、MIFを神経幹細胞に作用させると1次および2次ニューロスフェア形成数が亢進することを示した図である。
【図6】本発明にかかる一実施例において、MIFレセプターアンタゴニスト(ISO-1) およびCD74中和抗体が、MIF添加によるニューロスフェア形成数の増加を抑制することを示した図である。
【図7】本発明にかかる一実施例において、抗MIF中和抗体が、神経幹細胞が発現する内在性MIFによるニューロスフェア形成を抑制することを示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経幹細胞の増殖促進剤であって、
CD74受容体活性化物質を含むことを特徴とする増殖促進剤。
【請求項2】
前記CD74受容体活性化物質がマクロファージ遊走阻止因子(MIF)またはMIFを発現する発現ベクターであることを特徴とする請求項1に記載の増殖促進剤。
【請求項3】
神経幹細胞の増殖促進方法であって、
前記神経幹細胞において、CD74受容体を活性化することを特徴とする増殖促進方法。
【請求項4】
神経幹細胞にマクロファージ遊走阻止因子(MIF)を作用させることを特徴とする請求項3に記載の増殖促進方法。
【請求項5】
CD74受容体活性化物質を含有することを特徴とする医薬組成物。
【請求項6】
前記CD74受容体活性化物質は、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)またはMIFを発現する発現ベクターであることを特徴とする請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
CD74受容体活性化物質を含有することを特徴とする神経疾患治療剤。
【請求項8】
前記神経疾患が、脊髄損傷、脳虚血、ハンチントン病、多発性硬化症、またはファブリー病であることを特徴とする請求項7に記載の神経疾患治療剤。
【請求項9】
神経幹細胞の遺伝子マーカーであって、
CD74遺伝子に関連する遺伝子関連物質であることを特徴とする遺伝子マーカー。
【請求項10】
神経幹細胞の分離方法であって、
CD74結合性物質を用いることを特徴とする分離方法。
【請求項11】
前記CD74結合性物質が、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)または抗CD74抗体であることを特徴とする請求項10に記載の分離方法。
【請求項12】
神経幹細胞を含む細胞集団における神経幹細胞の濃縮方法であって、
CD74結合性物質を用いることを特徴とする濃縮方法。
【請求項13】
前記CD74結合性物質が、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)または抗CD74抗体であることを特徴とする請求項12に記載の濃縮方法
【請求項14】
神経幹細胞を同定または分離するためのキットであって、
CD74結合性物質を含むことを特徴とするキット。
【請求項15】
前記CD74結合性物質は、抗CD74抗体、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)、またはそれらのCD74結合部位を含む断片であることを特徴とする請求項14に記載のキット。

【図2】
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【図4】
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【図7】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−171896(P2009−171896A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−14243(P2008−14243)
【出願日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】