説明

神経疾患の治療薬およびそのスクリーニング方法

【課題】 神経疾患の治療薬およびそのスクリーニング方法
【解決手段】 被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量よりも低い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、を備える、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経疾患の治療薬およびそのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病は、アルツハイマー病についで患者数が多い神経変性疾患であり、振戦、協調運動障害や筋肉硬直などの症状が徐々にあらわれて進行し、数年後には寝たきりとなり、やがては死にいたる難病である。神経伝達物質ドパミンの生成に関わる中脳の黒質の神経細胞が変性脱落し、脳内のドパミン不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とする。原因不明、治療方法未確立であり、経過が慢性にわたり、また精神的にも負担の大きい疾病であることから特定疾患に指定されており、難病対策推進のため調査研究の対象になっている。
【0003】
これまでに、若年で発症する常染色体劣性若年性パーキンソン病においては、原因遺伝子としてPARK2遺伝子が同定され、その原因遺伝子産物はParkinと名付けられた(非特許文献1)。また、Parkinは、ユビキチンリガーゼ(E3)としての活性をもつことが明らかにされている(非特許文献2)。
【0004】
神経芽腫は交感神経系(傍脊椎交感神経幹と副腎髄質神経細胞)から発生する腫瘍である。神経芽腫は最も高頻度な小児悪性腫瘍でありながら、予後不良例と予後良好例が混在している臨床的にも極めて興味深い腫瘍で、発症年齢が1歳未満の症例では神経芽腫の明らかな自然退縮や成熟化がみられる一方、発症年齢が1歳以上の症例では腫瘍の転移および増殖が急速に進行し、治療の困難な予後不良症例となる。
【0005】
本発明者らは、ヒト神経芽腫の予後良好群に比べて、予後不良群において高発現する新規遺伝子の一つとして、LIMドメインを有する転写制御因子LMO3をコードする遺伝子を同定した。LMO3は転写因子Mash1遺伝子の発現を制御することが判明している。しかしながら、神経芽腫などの神経疾患におけるLMO3の分子機構は未だ明らかになっていない。
【0006】
【非特許文献1】Kitada et al.,Nature 392(6676) 605−608(1998)
【非特許文献2】Shimura et al.,Nat. Genet. 25, 302−305(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
パーキンソン病の治療法は、化学療法としてドパミンを補いその作用を助ける薬の服用が多く適用されている。しかし、この治療法は症状を改善するが、ドパミン神経の変性そのものを抑制する方法ではない。また、パーキンソン病の主因は、中脳黒質のドパミン神経細胞の選択的変性によることが病理学的に解明されているが、その神経細胞変性の原因は明らかになっておらず、詳しい発病機構はほとんど分かっていない。したがって、神経変性を抑制する方法はまだ見つかっていない。
【0008】
また、神経芽腫の従来の治療法は化学療法・放射線療法・外科的切除を組み合わせた集学的治療法であるが、1歳以上の進行症例では予後不良であり、生存率の顕著な改善は見られていない。
【0009】
パーキンソン病の原因遺伝子産物Parkinおよび神経芽腫の予後不良群に高発現するLMO3の神経細胞における分子機構を解明することができれば、パーキンソン病および神経芽腫などの神経疾患発症の機構を明らかにすることができ、新たな機構に基づく治療薬の開発につながる。そこで、本発明は、ParkinおよびLMO3の分子機構を明らかにし、神経疾患の治療薬およびそのスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ユビキチンリガーゼであるParkinが未知の基質を介して神経細胞の機能制御に重要な役割を担っており、Parkinおよび/または未知の基質の異常によって、神経変性が誘導されるのではないかと考えた。また本発明者らは、神経芽腫の予後に相関するLMO3の分子機構を明らかにすることが、神経細胞の機能制御の解明につながると考えた。この仮定に基づき鋭意研究した結果、本発明者らは、本願における知見を見出した。すなわち、Parkin新規基質としてLMO3を同定した。そして、ParkinがLMO3を介して神経細胞の機能制御に関与している可能性を見出した。
【0011】
具体的には、ParkinがMash1遺伝子の転写を抑制することを本発明者らは見出した。またこの時、Parkinは細胞増殖能を抑制することが新たに判明した。さらに、ParkinがLMO3によるMash1遺伝子の転写促進を抑制することを本発明者らは明らかにした。加えて、Parkin変異体においてはその抑制活性が減弱することを本発明者らは見出した。このことは、ParkinがLMO3を介して神経細胞の機能制御に重要な役割を担っている可能性を示唆している。以上の知見から、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量よりも低い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、を備える、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0013】
本発明のスクリーニング方法は、LMO3遺伝子の発現レベルが神経芽腫の予後不良と相関し、ParkinがLMO3を介して神経細胞の機能制御に重要な役割を担っているという本発明者が新たに発見した知見に基づくものである。これによって、神経疾患、特にパーキンソン病および神経芽腫の治療薬の開発が可能となる。
【0014】
本発明のスクリーニング方法は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のLMO3遺伝子およびMash1遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子およびMash1遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子およびMash1遺伝子の発現量よりも低い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、を備えることを特徴とする。
【0015】
本発明のスクリーニング方法は、ParkinがLMO3を介してMash1遺伝子の転写を制御するという本発明における知見を応用したものである。これによって、Parkin、LMO3およびMash1による神経細胞の機能制御機構に基づく、新たな神経疾患の治療薬の開発が可能となる。
【0016】
また本発明のスクリーニング方法は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のParkin蛋白質とLMO3蛋白質との相互作用および/またはLMO3蛋白質のユビキチン化量を測定する工程と、被検化合物の非存在下よりも被検化合物の存在下において、培養した細胞中のParkin蛋白質とLMO3蛋白質との相互作用が強く、および/または、培養した細胞中のLMO3蛋白質のユビキチン化量が高い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、を備えることを特徴とする。
【0017】
本発明のスクリーニング方法は、ParkinがLMO3と相互作用し、ユビキチン化してLMO3の機能を阻害するという、本発明者が新たに発見した知見に基づくものである。上記構成によって、神経疾患、特にパーキンソン病および神経芽腫の治療薬の開発が可能となる。
【0018】
本発明のスクリーニング方法にかかる細胞は、神経組織由来の培養細胞であることが好ましく、また、神経芽腫細胞であることが好ましく、ヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞であることが好ましい。これによって、神経疾患の治療薬を開発することができる。
【0019】
本発明は、また、配列番号5に記載の塩基配列からなるsiRNAを含む、神経芽種の治療薬を提供する。ここで、配列番号5に記載の塩基配列からなるsiRNAは、LMO3遺伝子に特異的なsiRNAに相当する。なお、LMO3遺伝子(配列番号1)およびLMO3(配列番号2)のGenBank Accession No.は、NM_001001395である。LMO3遺伝子の機能阻害をすることによって、神経細胞の機能を調整し、神経疾患症状が改善されることが期待できる。
【発明の効果】
【0020】
本発明のスクリーニング方法によれば、今までとは作用機序の異なる、神経疾患の治療薬を開発することができる。また、本発明の治療薬により、神経疾患症状の改善が期待できる。特に、パーキンソン病および神経芽腫において、疾患の進行遅延および症状の改善が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0022】
(治療薬のスクリーニング方法)
本実施形態における治療薬のスクリーニング方法には、LMO3遺伝子の発現量を指標とする、第一および第二の治療薬のスクリーニング方法と、LMO3蛋白質量および/またはユビキチン化量を指標とする第三の治療薬のスクリーニング方法とがある。
【0023】
まず、LMO3遺伝子の発現量を指標とする治療薬のスクリーニング方法を説明する。第一の治療薬のスクリーニング方法は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量を測定する工程と、被検化合物の存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量よりも低い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、を備える。
【0024】
ここで、遺伝子の発現量とは、遺伝子の転写産物であるmRNAの発現量および/またはその翻訳産物である蛋白質の発現量を指す。mRNAの発現量の測定は、当業者にとって公知の測定系を用いて行えばよく、具体的には、定量的RT−PCR法、定量的real−time RT−PCR法、定量的ノザンブロッティング法、定量的リボヌクレアーゼプロテクション法などが挙げられる。蛋白質の発現量の測定は、当業者にとって公知の測定系を用いて行えばよく、例えば、定量的ウエスタンブロッティング法、ELISA法などが挙げられる。コントロールとして、ハウスキーピング遺伝子であるGADPHや、ベータアクチンなどのmRNAおよび/または蛋白質の発現量を用い、LMO3遺伝子などの目的の遺伝子の発現量を標準化する。また、同一の実験条件における複数のサンプルおよび/または同一のサンプルに由来するアリコットにおける目的遺伝子および/またはコントロール遺伝子の発現量を測定し、それぞれの平均値から発現量を求めてもよい。これら方法を用いることによって、遺伝子発現を定量的に測定することが可能である。
【0025】
被検化合物の存在下のLMO3遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下のLMO3遺伝子の発現量よりも低い場合に、その被検化合物を神経疾患の治療薬と判定することができる。治療薬とは、神経疾患の症状を改善するものであることが最も好ましいが、神経疾患の進行を遅延するものであれば本発明の目的に適うものである。
【0026】
第二の治療薬のスクリーニング方法では、LMO3遺伝子の発現量に加え、神経細胞の機能制御に関わるMash1遺伝子の発現量を解析することが好ましい。さらに別の実施形態では、ParkinをコードするPARK2遺伝子の発現量を同時に解析してもよい。
【0027】
スクリーニングに用いる細胞は、例えば、サル腎臓細胞由来のCOS1などの培養細胞でもよく、神経組織由来の培養細胞でもよい。また、神経芽腫由来の培養細胞が好ましく、ヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞であることがより好ましい。
【0028】
被検化合物は、低分子化合物、ペプチド、蛋白質、核酸(DNA,RNA,PNA)などが挙げられるが、これらに限定しない。また、スクリーニングには、任意のスクリーニング用化合物ライブラリーを用いてもよい。なお、細胞の培養条件および被検化合物の投与条件は、当業者であれば、適宜調整することが可能である。
【0029】
次に、LMO3蛋白質量および/またはユビキチン化量を指標とする第三の治療薬のスクリーニング方法を説明する。第三の治療薬のスクリーニング方法は、被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、それぞれの培養した細胞中のParkin蛋白質とLMO3蛋白質との相互作用および/またはLMO3蛋白質のユビキチン化量を測定する工程と、被検化合物の非存在下よりも被検化合物の存在下において、培養した細胞中のParkin蛋白質とLMO3蛋白質との相互作用が強く、および/または、培養した細胞中のLMO3蛋白質のユビキチン化量が高い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、を備える。
【0030】
細胞中に発現するParkinおよびLMO3は、内在性であることが好ましいが、形質導入によって強制的に発現させてもよく、その場合、ParkinおよびLMO3は、MycやFLAGなどのタグが融合されていてもよく、蛍光蛋白質によって標識されていてもよい。相互作用とは、蛋白質間の直接的および/または間接的な相互作用を指し、この場合、ParkinおよびLMO3が複合体を形成しているか、または、機能的に連携するように近接して存在していることを指す。相互作用の測定は、当業者にとって公知の蛋白質の相互作用を測定する系が利用可能であり、具体的には、共免疫沈降法による測定や、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)を応用した測定などが挙げられる。得られた定量的な測定値を、被検化合物の存在下と非存在下との間で比較し、被検化合物の神経疾患の治療薬としての効用を判定する。
【0031】
(治療薬)
また、本発明の実施形態にかかる神経疾患の治療薬は、LMO3遺伝子に特異的なsiRNAを含む。siRNAは、配列番号5に記載の塩基配列からなるsiRNAであることが好ましい。
【0032】
ここで、siRNAとは、short interfering RNAの略称であり、人工的に化学合成されるかまたは生化学的に合成されたものか、あるいは生物体内で合成されたものか、あるいは約40塩基以上の二本鎖RNAが体内で分解されてできた10塩基対以上の二本鎖RNAを指す。siRNAの長さは、一般的には10〜30塩基、好ましくは約15〜25塩基、より好ましくは19〜23塩基程度である。siRNAは、通常、5'−リン酸、3'−OHの構造を有しており、3'末端は約2塩基突出している。
【0033】
siRNAを細胞に投与すると、RNAi効果によりLMO3の発現を特異的に抑制することができる。すなわち、siRNAが細胞に導入されると、このsiRNAに特異的なタンパク質が結合して、RISC(RNA−induced−silencing−complex)が形成される。この複合体は、siRNAと同じ配列を有するmRNAを認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によってsiRNAの中央部でmRNAを切断する。上記のように、siRNAは、siRNAと相同な配列を有するmRNAを分解することにより、その標的となる遺伝子(本発明においては、LMO3遺伝子)の発現を抑制することができる。このような現象をRNA干渉(RNAi)という。RNAi現象は、線虫、昆虫、原虫、ヒドラ、植物、脊椎動物(哺乳動物を含む)において見られる現象である。
【0034】
本発明では、siRNAとして配列番号5の塩基配列を有する核酸を含む二本鎖RNAを用いてもよいし、また、LMO3遺伝子に特異的な二本鎖RNAを用いてもよい。さらに、当該siRNAを生成するようなshRNA(short hairpin RNA)、dsRNA(double strand RNA)またはそれらを発現できる発現ベクターを用いることができる。本発明のshRNA、dsRNAまたはそれらの発現ベクターを細胞に投与すると、細胞内でsiRNAが生成する。RNA発現ベクターのプロモーターには、U6RNAまたはH1RNAの転写系であるRNAポリメラーゼIII(PolIII)のプロモーターを用いることができる。
【0035】
さらなる実施形態では、本発明の実施形態にかかる神経疾患の治療薬は、PARK2遺伝子(配列番号3)を有するベクターをさらに含んでも良い。また別の実施形態では、治療薬はParkin(配列番号4)をコードする核酸を有するベクターをさらに含んでも良い。
【0036】
ベクターは、DNAまたはRNAウイルスをもとに作製できる。MoMLVベクター、ヘルペスウイルスベクター、アデノウイルスベクター、AAVベクター、HIVベクター、SIVベクター、センダイウイルスベクター等のいかなるウイルスベクターであっても良い。また、ウイルスベクターの構成タンパク質群のうち1つ以上を、異種ウイルスの構成タンパク質に置換する、もしくは、遺伝子情報を構成する塩基配列のうち一部を異種ウイルスの塩基配列に置換する、シュードタイプ型のウイルスベクターも本発明に使用できる。例えば、HIVの外皮タンパク質であるEnvタンパク質を、小水痘性口内炎ウイルス(Vesicularstomatitis Virus:VSV)の外皮タンパク質であるVSV−Gタンパク質に置換したシュードタイプウイルスベクターが挙げられる。さらに、治療効果を持つウイルスであれば、ヒト以外の宿主域を持つウイルスもウイルスベクターとして使用可能である。ウイルス以外のベクターとしてはリン酸カルシウムと核酸の複合体、リポソーム、カチオン脂質複合体、センダイウイルスリポソーム、ポリカチオンを主鎖とする高分子キャリアー等が使用可能である。
【0037】
さらに、ベクター中の遺伝子の発現のために用いられる発現カセットは、標的細胞内で遺伝子を発現させることができるものであれば、特に制限されることなく用いることができる。当業者はそのような発現カセットを容易に選択することができる。好ましくは、動物由来の細胞内で遺伝子発現が可能な発現カセットであり、より好ましくは、哺乳類由来の細胞内で遺伝子発現が可能な発現カセットであり、特に好ましくは、ヒト由来の細胞内で遺伝子発現が可能な発現カセットである。発現カセットに用いられる遺伝子プロモーターは、例えばアデノウイルス、サイトメガロウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、シミアンウイルス40、ラウス肉腫ウイルス、単純ヘルペスウイルス、マウス白血病ウイルス、シンビスウイルス、A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、パピローマウイルス、ヒトT細胞白血病ウイルス、インフルエンザウイルス、日本脳炎ウイルス、JCウイルス、パルボウイルスB19、ポリオウイルス等のウイルス由来のプロモーター、アルブミン、SRα、熱ショック蛋白質、エロンゲーション因子等の哺乳類由来のプロモーター、CAGプロモーター等のキメラ型プロモーター、テトラサイクリン、ステロイド等によって発現が誘導されるプロモーターを含む。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実験材料)
抗Myc抗体は、CELL Signaling Technology社から購入した。抗FLAG抗体は、Sigma社から購入した。抗HA抗体は、Roche Molecular Biochemicals社から購入した。また、培養細胞への遺伝子導入には、Lipofectamine 2000(Invitrogen社製)を用いて、添付のマニュアルを参考にして適宜実験系の最適化を行った。MTTアッセイに用いるテトラゾリウム塩(WST−8)は、同仁化学研究所から購入した。
【0040】
LMO3遺伝子(配列番号1)およびLMO3(配列番号2)のGenBank Accession No.は、NM_001001395である。また、PARK2遺伝子(配列番号3)およびParkin(配列番号4)のGenBank Accession No.は、AB009973である。
【0041】
LMO3の機能阻害に用いたsiRNAは以下の通りである。
5’−GTAGTAAGCTCATCCCTGC−3’ (配列番号5)
【0042】
RT−PCR法に用いた各種プライマーは以下の通りである。
human LMO3:
forward 5’−ATGCTCTCAGTCCAGCCAGA−3’ (配列番号6)
reverse 5’−TCAGCGAACCTGGGGTGCAT−3’ (配列番号7)
human Mash1:
forward 5’−GCGTTCAGCACTGACTTTTG−3’ (配列番号8)
reverse 5’−CCCCGGGAGACTTCTTAGAG−3’ (配列番号9)
human glyceraldehydes−3−phosphate dehydrogenase (GAPDH):
forward 5’−ACCTGACCTGCCGTCTAGAA−3’ (配列番号10)
reverse 5’−TCCACCACCCTGTTGCTGTA−3’ (配列番号11)
【0043】
(実験方法)
以下の方法は各文献に沿って行なった。
免疫沈降法及びRT−PCR法は、Aoyama M et al.,(2005)Cancer Res 65,4587−4597.に記載の方法と同様の方法を用い、適宜実験系の最適化を行った。レポーターアッセイは、Promega社のDual−Luciferase Reporter Assay Systemを用い、添付のマニュアルを参考にして行った。
【0044】
(実施例1:Parkinの相互作用因子の同定)
本発明者らは、ユビキチンリガーゼであるParkinが未知の基質を介して神経変性の制御に重要な役割を担っており、Parkinおよび/または未知の基質の異常によって、神経変性が誘導されるのではないかとの仮定に基づき、以下の実験を行った。まず、Parkinと相互作用する因子をyeast two hybrid法において検索した。その結果、単離した陽性遺伝子産物の中には、転写制御因子であるLMO3(LIM domain only protein 3)が存在することが分かった。
【0045】
そこで次に、ParkinとLMO3の相互作用を免疫沈降実験により調べた。なお、LMOファミリーであるLMO1〜4を同時に解析に用いた。具体的には、COS1細胞にMycタグを融合したParkinと共に、FLAGタグを融合したLMO1〜4をそれぞれ共発現させた。プロテアソームインヒビターであるMG132存在下において3時間培養した後、細胞懸濁液を回収して抗FLAG抗体で免疫沈降を行った。得られたサンプルを用いて抗Myc抗体および抗FLAG抗体でウエスタンブロットし、ParkinとLMO1〜4を検出した。図1に結果を示す。図1は、LMOファミリー蛋白質とParkin蛋白質との相互作用を示す免疫沈降実験後のウエスタンブロット像である。その結果、Parlinは、LMO1〜4のいずれの分子とも培養細胞内で相互作用することが明らかになった。
【0046】
(実施例2:ParkinによるLMO3ユビキチン化の影響)
さらに、LMO3がユビキチンリガーゼであるParkinの基質となり得るかを調べるために、以下の方法でユビキチン化検定を行った。COS1細胞にMycタグ融合Parkin、FLAGタグ融合LMO3、HAタグ融合ユビキチン(Ub)を共発現させた。MG132存在下において1.5時間培養した後、細胞懸濁液を回収して抗FLAG抗体で免疫沈降を行った。得られたサンプルを用いてウエスタンブロットした。なお、正常型のParkinと併せて、Parkin病因変異体を同時に解析に用いた。Parkin病因変異体には、Parkinの240番目のアミノ酸がTからRに変異したParkinT240R変異体と、Parkinの415番目のアミノ酸がTからNに変異したParkinT415N変異体とを用いた。図2にユビキチン化検定の結果を示す。その結果、Parkin存在下においてLMO3のユビキチン化が促進されることを見出した。また、ParkinT415Nにおいては、その活性が減弱することが分かった。
【0047】
これらの解析により、出願人らは、Parkinの新規基質としてLMO3を同定した。またParkin病因変異体T415Nにおいては、その活性が減弱したことから、LMO3は常染色体劣性若年性パーキンソン病やParkinの変性による神経変性に関与している可能性が示唆された。
【0048】
(実施例3:内在性Mash1遺伝子の発現に対するParkinの効果)
内在性Mash1の転写に対するParkinの効果を検討するために、以下の解析を行った。SH−SY5Y細胞にMyc−Parkinまたはその変異体(Myc−ParkinT415N、Myc−ParkinT240R)を発現するコンストラクトを導入した。48時間培養した後、SH−SY5Y細胞からRNAを調製し、RT−PCRによりMash1 mRNAの発現量を調べた。なお、SH−SY5Y細胞はヒト神経芽腫由来の培養細胞株であり、Mash1遺伝子およびLMO3遺伝子が内在的に発現している。図3に結果を示す。図3は、内在性Mash1遺伝子の発現に対するParkin蛋白質の効果を示すDNA電気泳動像である。この解析により、ParkinによってMash1 mRNAの発現量は減少することが判明した。なお、Parkin変異体ではMash1 mRNAの発現量の顕著な減少は観察されなかった。
【0049】
(実施例4:Mash1遺伝子の転写に対するParkinの効果)
ParkinのMash1転写への効果を検討するために、ヒトMash1プロモーターを使ってレポーターアッセイを行なった。Myc−Parkin発現コンストラクト量を段階的に設定し、ヒトMash1プロモーター(約1.3kb、配列番号12)をルシフェラーゼ遺伝子の上流につないだコンストラクトと共にSH−SY5Y細胞に導入した。48時間培養した後、レポーター活性を検出した。図4にレポーターアッセイの結果を示す。その結果、Mash1遺伝子の転写はParkinによって濃度依存性に抑制されることが明らかとなった。
【0050】
(実施例5:LMO3によるMash1転写促進に対するParkinの効果)
ParkinによるMash1の転写制御が、LMO3を介している可能性を調べるために、以下の実験を行った。Neuro2a細胞にレポーターコンストラクトと共に発現コンストラクトを導入し、Myc−Parkinおよび/またはHA−LMO3を発現させた。48時間培養した後、レポーター活性を検出した。図5にレポーターアッセイの結果を示す。その結果、LMO3によってMash1の転写は促進したが、このLMO3によるMash1転写活性の増加はParkin蛋白質によって抑制されることが分かった。
【0051】
これらの結果から、神経細胞および神経芽種細胞においてもParkinとLMO3とが相互作用している可能性が示唆された。また、ParkinおよびLMO3がMash1遺伝子の転写制御に関与していることが明らかとなり、ParkinによるMash1遺伝子の転写制御が、LMO3を介している可能性が示唆された。Mash1は、神経発生や神経分化に重要な役割を果たすbHLH型の転写因子である。したがって、ParkinおよびLMO3によるMash1遺伝子の転写制御は、神経細胞の分化や機能維持などに深く関与している可能性が考えられる。
【0052】
(実施例6:ParkinがSH−SY5Y細胞の増殖能に与える影響)
SH−SY5Y細胞ではLMO3とMash1が恒常的に発現しており、細胞増殖能が増加していることが示唆されている。そこで、ParkinによってSH−SY5Y細胞内在性Mash1の発現が抑制された時の細胞増殖能をMTTアッセイによって調べた。図6にMTTアッセイの結果を示す。この解析より、SH−SY5Y細胞の増殖はParkinによって抑制されることが分かった。
【0053】
(実施例7:Mash1遺伝子の転写に対するParkin変異体の効果)
ParkinとParkin変異体とで、Mash1転写抑制効果をレポーターアッセイにより比較した。なお、細胞はマウス神経芽腫細胞であるNeuro2a細胞を使用した。図7にレポーターアッセイの結果を示す。その結果、Parkin変異体(ParkinT415NおよびParkinT240R)ではParkinのように顕著なMash1転写の抑制効果はみられないことが明らかとなった。
【0054】
また、ParkinとParkin変異体とで、Mash1転写抑制効果をレポーターアッセイにより経時的に比較した(図8)。その結果、形質導入48時間後のMash1転写活性において、Parkin変異体とParkinとの間に顕著な差が見られた。
【0055】
さらに、ParkinとParkin変異体との発現コンストラクト量を段階的に設定した条件で、Mash1転写抑制効果をレポーターアッセイにより比較した(図9)。その結果、Parkin変異体(ParkinT415NおよびParkinT240R)ではParkinのように顕著なMash1転写の抑制効果はみられないことが明らかとなった。
【0056】
Parkin変異体を用いたこれらの解析より、Parkin変異体を用いた場合には、ParkinによるLMO3を介したMash1遺伝子発現について、異なる制御機構が働くことが強く示唆された。これによって、遺伝子変異や蛋白質の変性などによってParkinに異常が生じた場合には、Mash1遺伝子の発現制御が正常に行われない可能性があり、神経細胞の機能制御に異常をきたすことが推測される。
【0057】
(実施例8:LMO3の機能阻害がMash1遺伝子の発現に与える影響)
SH−SY5Y細胞に発現しているLMO3の機能阻害がMash1遺伝子の発現に与える影響を調べるために、以下の実験を行った。まず、LMO3に特異的なsiRNAを選定した。次に、得られたsiRNA(配列番号5)をSH−SY5Y細胞に導入して培養した後に、その効果をRT−PCR法(A)とヒトMash1プロモーターを使ったレポーターアッセー(B)により調べた。結果を図10に示す。この解析の結果、LMO3に特異的なsiRNA(配列番号5)の導入により、LMO3のmRNA量が減少し、LMO3の機能阻害が起きていることが確認できた。この条件において、Mash1のmRNA量は減少することが明らかとなった。また、レポーターアッセイの結果からも、LMO3の機能阻害によってMash1遺伝子の転写が抑制されることが判明した。
【0058】
(実施例9:LMO3の機能阻害がSH−SY5Y細胞の増殖能に与える影響)
SH−SY5Y細胞に発現しているLMO3の機能阻害がSH−SY5Y細胞の増殖能に与える影響を調べるために、以下の実験を行った。LMO3のsiRNA(配列番号5)をSH−SY5Y細胞に導入して培養した後に、細胞数をカウントして細胞増殖を調べた。結果を図11に示す。この結果より、内在性のLMO3の発現が抑制された条件において、細胞の増殖は抑制されることが分かった。また、恒常的に発現しているLMO3は細胞増殖の促進に働いていることが確認された。
【0059】
LMO3機能阻害の解析結果から、LMO3の機能阻害を行うことによって、Mash1遺伝子の転写が抑制され、また、細胞の増殖も抑制されることが分かった。ParkinによるLMO3の機能阻害によっても、このようなMash1遺伝子の発現制御および細胞増殖の制御が起こることが考えられる。
【0060】
以上の実施例1〜9の結果から、図12に示すモデルを出願人らは導いた。図13は、Parkin、LMO3およびMash1の分子制御メカニズムのモデルを模式的に表した図である。ParkinはLMO3と結合し、その機能を阻害する。また、LMO3は、Mash1遺伝子の転写を正に制御しているが、Parkin存在下においては、LMO3による転写活性化は抑制される。このような分子機構によって、神経細胞の分化や機能が制御されていると推測される。
【0061】
例えば、予後不良な神経芽腫の場合、正常細胞よりも過剰に発現するLMO3などによって、Mash1遺伝子の転写制御機構が異常になり、恒常的にMash1遺伝子が発現する結果、細胞増殖能などの神経細胞の機能異常が発生するものと考えられる。一方、正常な神経発生ではMash1の一過性の高発現が神経分化を誘導することが知られている。この従来の知見に加え、本発明により得られた知見から、異常なParkinがLMO3ひいてはMash1の転写制御を介して正常な神経発生過程に干渉することを示唆している。例えば、常染色体劣性若年性パーキンソン病やParkinの変性などによる異常なParkinの存在下においては、Parkin、LMO3およびMash1の分子制御に異常をきたし、神経細胞の変性や脱落などが起こる可能性が想定される。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】LMOファミリー蛋白質とParkin蛋白質との相互作用を示す免疫沈降実験のウエスタンブロット像に対応する図である。WB:ウエスタンブロット、IP:免疫沈降、vector:コントロールのベクター。
【図2】ParkinによるLMO3ユビキチン化の影響を示すユビキチン化検定の結果に対応する図である。WB:ウエスタンブロット、IP:免疫沈降。
【図3】内在性Mash1遺伝子の発現に対するParkin蛋白質の効果を示すDNA電気泳動像に対応する図である。
【図4】(A)ヒトMash1のプロモーター約1.3kbをルシフェラーゼ遺伝子の上流につないだコンストラクトを模式的に表した図である。(B)Mash1遺伝子の転写に対するParkin蛋白質の効果を示すレポーターアッセイの結果に対応する図である。
【図5】LMO3蛋白質によるMash1転写促進に対するParkin蛋白質の効果を示すレポーターアッセイの結果に対応する図である。
【図6】Parkin蛋白質がSH−SY5Y細胞の増殖能に与える影響を示すMTTアッセイの結果に対応する図である。「吸収」は、細胞数(相対値)に相当する。pcDNA3は発現ベクターであり、コントロールとして用いた。
【図7】ParkinとParkin変異体とで、Mash1転写抑制効果をレポーターアッセイにより比較した結果に対応する図である。
【図8】ParkinとParkin変異体とで、Mash1転写抑制効果をレポーターアッセイにより経時的に比較した結果に対応する図である。pcDNA3は発現ベクターであり、コントロールとして用いた。
【図9】ParkinとParkin変異体との用量依存的なMash1転写抑制効果をレポーターアッセイにより比較した結果に対応する図である。
【図10】LMO3の機能阻害がMash1遺伝子の発現に与える影響をRT−PCR法(A)およびヒトMash1プロモーターを使ったレポーターアッセー(B)により検討した結果に対応する図である。
【図11】LMO3の機能阻害がSH−SY5Y細胞の増殖能に与える影響を示す細胞数をカウントした結果に対応する図である。pcDNA3は発現ベクターであり、コントロールとして用いた。
【図12】Parkin、LMO3およびMash1の分子制御メカニズムのモデルを模式的に表した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、
それぞれの培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量を測定する工程と、
被検化合物の存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子の発現量よりも低い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、
を備える、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、
それぞれの培養した細胞中のLMO3遺伝子およびMash1遺伝子の発現量を測定する工程と、
被検化合物の存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子およびMash1遺伝子の発現量が、被検化合物の非存在下において培養した細胞中のLMO3遺伝子およびMash1遺伝子の発現量よりも低い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、
を備える、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項3】
被検化合物の存在下および非存在下のそれぞれの条件において、細胞を培養する工程と、
それぞれの培養した細胞中のParkin蛋白質とLMO3蛋白質との相互作用および/またはLMO3蛋白質のユビキチン化量を測定する工程と、
被検化合物の非存在下よりも被検化合物の存在下において、培養した細胞中のParkin蛋白質とLMO3蛋白質との相互作用が強く、および/または、培養した細胞中のLMO3蛋白質のユビキチン化量が高い場合に、当該被検化合物を神経疾患の治療薬と判定する工程と、
を備える、神経疾患の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項4】
細胞が、神経組織由来の培養細胞である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
細胞が、ヒト神経芽腫の臨床サンプル由来の細胞である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
配列番号5に記載の塩基配列からなるsiRNAを有する、神経疾患の治療薬。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−142008(P2008−142008A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−332528(P2006−332528)
【出願日】平成18年12月8日(2006.12.8)
【出願人】(000160522)久光製薬株式会社 (121)
【出願人】(591014710)千葉県 (49)
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【Fターム(参考)】