説明

神経系の細胞へのDNAのAAV仲介送達

【課題】アデノ随伴ウイルス(AAV)及び哺乳動物神経系標的細胞の双方に外因性であるDNAの送達方法を提供すること。
【解決手段】AAV及び哺乳動物神経系標的細胞の双方に外因性であるDNAを含むように修飾されたAAV由来ベクターを供給する工程及び前記ベクターを前記細胞に導入させる工程を含む方法。外因性DNAは、神経系障害の治療に有効な遺伝子産物をコードする遺伝子を含んでいることが好ましい。AAVベクターが組込まれるため、安定な長期発現が達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経系の細胞へのDNAの送達及び送達された遺伝子の発現に関する。
【背景技術】
【0002】
最初のヒト遺伝子治療試験は1990年9月に始まり、アデノシンデアミナーゼ(ADA)遺伝子を重症複合型免疫不全症(SCID)に罹患した患者のリンパ球へレトロウイルス仲介により伝達するものであった。この試験の好ましい結果が遺伝子治療における関心をいっそう刺激し、NIH組換えDNA諮問委員会(RAC)がいままでに承認した67の遺伝子治療臨床プロトコールがもたらされた。最初の有望な遺伝子治療は単純な単一の遺伝子疾患の治療法の開発であったが、莫大な数の遺伝子治療試験は感染症及びがんのような複雑な遺伝病又は後天性疾病に対するものであった。多数の初期の臨床遺伝子移入実験は、遺伝子治療でなくむしろ遺伝子標識実験であった。標識実験の最初の種類は、リンパ球を浸潤する腫瘍を用い、レトロウイルスベクターを試験管内で導入した後にがんに罹患した患者に注入した。遺伝子標識実験の2番目の種類は、切除化学療法後の患者に注入した骨髄内の残留腫瘍細胞を検出することを試みるものであった。
【0003】
現在承認されている遺伝子治療試験のうち、1992年以前の試験は全てレトロウイルスを用いたものであり、標的の疾患はSCID、家族性高コレステロール血症及びがんが含まれた。最近の遺伝子治療試験は、やはりレトロウイルスを用いてエイズや血友病Bに対して始まった。更に、最近、アデノウイルスベクターが膵嚢胞性線維症に対して承認された。莫大な数のこれらのプロトコールに現在登録する患者はほとんどなく、たいていの試験がまだ未発表である。しかしながら、入手できるデータは有望であると考えられる。例えば、切除した肝細胞を生体外で導入した後に肝臓でLDLレセプターを発現させ家族性高コレステロール血症に罹患した患者の門脈に注入することにより血漿コレステロールレベルが20%低下した(Randall(1992)JAMA 269:837-838)。従って、遺伝子治療試験において指数関数的増加があり、多数の医学部や附属病院が遺伝子治療センターを設置していると思われる。
【0004】
遺伝子を神経系に送達する能力及びその発現を操作する能力は、多数の神経疾患の治療を可能にすることができる。残念ながら、中枢神経系(CNS)への遺伝子移入は、脳の相対的な到達しにくさ及び血液脳関門を含むいくつかの問題があり、生後脳のニューロンは終末分化細胞である。レトロウイルス仲介遺伝子移入には組込み及び発現に少なくとも1回の細胞分裂が必要であるので、体細胞遺伝子移入、即ち、レトロウイルスベクターの標準方法は脳に可能ではない。従って、多数の新しいベクター及び非ウイルス法がCNSにおける遺伝子移入に用いられてきた。CNSにおける遺伝子移入の最初の実験は、生体外の方法、即ち、レトロウイルス導入細胞の移植を用いたが、最近いくつかのグループが生体内の方法も用いた。研究者らは、HSV−1及びアデノウイルスベクター並びにカチオン脂質仲介トランスフェクションを含む非ウイルス法を用いた(Wolff(1993)Curr.Opin.Biol.3:743-748)。
【0005】
希突起膠細胞にレトロウイルスで感染させ脱髄の同系間ラットモデルに移植した最近の実験による生体外の方法が示されている(Grovesら(1993)Nature 362:453-457)。CNSにおける異種遺伝子発現の伝達体としての脳細胞の使用のほかに、線維芽細胞及び一次筋肉細胞を含む非ニューロン細胞も用いられた(Horrelouら(1990)Neuron 5:393-402; Jiaoら(1993)Nature 362:450-453)。
生体内の方法は、始めは主に向神経性単純ヘルペスウイルス(HSV−1)の使用に対するものであったが、HSVベクターは発現の不安定性及び野生型への復帰を含むいくつかの問題がある(下記参照)。最近の開発は、アデノウイルスベクターの使用であった。
アデノウイルスベクターの実験は、マーカー遺伝子のラット脳への発現を示し、2ヵ月間持続したが、発現は劇的に低下した(Davidsonら(1993)Nature Genetics 3:219-2223)。ウイルスベクターの方法のほかに、他の研究者らは、カチオンリポソーム:プラスミド複合体の直接注入を用いてマーカー遺伝子の低レベル及び一過性の発現を得た(Onoら(1990)Neurosci.Lett.117:259-263)。
【0006】
CNSにおいて“治療”遺伝子を用いる実験はほどんどなかった。これらの大多数は、パーキンソン病のモデルに使用するL−ドーパ分泌細胞を生産するために線維芽細胞及び筋肉細胞にヒトチロシンヒドロキシラーゼ遺伝子を導入することによる生体外方法を用いた(例えば、Horrelouら(1990)Neuron 5:393-402; Jiaoら(1993)Nature 362:450-453)。生体内の方法のうち、HSVベクターは、β−グルクロニダーゼ(Wolfeら(1992)Nature Genetics 1:379-384)、グルコース輸送体(Hoら(1993)Proc.Natl.Acad.Sci.90:6791-6795)及び神経成長因子(Federoffら(1992)Proc.Natl.Acad.Sci.89:1636-1640)を発現するために用いられた。アデノウイルスベクターを用いてヒトα1−アンチトリプシンの低レベルの一過性の発現が誘導された(Bajoccchiら(1993)3:229-234)。
【0007】
脳における遺伝子移入の唯一の臨床実験に続いて神経膠腫細胞系を脳内に移植したラットを実質的に治療したことが報告された(Culverら(1992)Science 256:18550-18522)。
HSV−1チミジンキナーゼ(tk)遺伝子を発現するレトロウイルスが用いられ、引き続きガンシクロビルで治療された。1993年に、レトロウイルスtkベクター−ガンシクロビルプロトコールを用いる多形性膠芽腫に対するヒトプロトコールが承認された(Oldfieldら(1993)Human Gene Ther.4:39-69)。
【0008】
ヘルペスウイルス
単純ヘルペスウイルス1型(HSV−1)のゲノムは、約70個の遺伝子を特徴とする約150kbの直鎖状二本鎖DNAである。多くのウイルス遺伝子は、ウイルスがその増殖能を失うことなく欠失される。“即時型”(IE)遺伝子が最初に転写される。他のウイルス遺伝子の発現を調節するトランス作用因子をコードしている。“初期”(E)遺伝子産物は、ウイルスDNAの複製に関与する。後期遺伝子は、ビリオン及びタンパク質の構造成分をコードし、IE及びE遺伝子の転写を止めるか又は宿主細胞タンパク質の翻訳を中断させる。
【0009】
ウイルスがニューロンの核に侵入した後、ウイルスDNAは潜在性の状態に入り、核内で環状エピソーム要素として存在することができる。潜在状態にあるが、その転写活性は低下する。ウイルスが潜在性に入らないか又は再活性化される場合には、ウイルスは多数の感染性粒子を生産し、急速にニューロンの死滅に至る。HSV−1は、シナプスで結合したニューロン間に効率よく輸送し、神経系を介して急速に拡散させることができる。
【0010】
神経系への遺伝子移入に2種類のHSVベクターが用いられた。組換えHSVベクターは、HSVゲノム内の即時型遺伝子(例えば、ICP4)を除去したり問題の遺伝子と置換するものである。この遺伝子の除去は細胞内でウイルスの複製及び拡散を防止して失われたHSVタンパク質を補足しないが、HSVゲノム内の他の遺伝子は全て保持される。
もって、そのようなウイルスの生体内での複製及び拡散は制限されるが、感染細胞内でのウイルス遺伝子の発現は続く。ウイルス発現産物のいくつかは、受容細胞に直接毒性であり、MHC抗原を発現する細胞内でのウイルス遺伝子の発現は、有害な免疫反応を誘起することがある。更に、ほとんど全ての成人がニューロン内に潜在単純ヘルペスウイルスをもっており、組換えHSVベクターの存在は、野生型ウイルスの活発な複製を生じることができる組換えをもたらす。また、潜在ウイルスをもつ細胞内で組換えベクターからのウイルス遺伝子を発現させると、ウイルスの再活性化が促進される。更に、組換えHSVベクターからの長期発現は、信頼できる証明がされなかった。潜在性が誘導される条件を除いて、HSVゲノムを宿主DNA内で組込むことができないことによりベクターDNAの分解に対する感受性が得られる。
【0011】
組換えHSVにおいて固有の難しさを克服するための試みにおいて、神経系内の遺伝子移入の伝達体として欠損HSVベクターが用いられた。欠損HSVベクターは、プラスミド系であり、もって、問題の遺伝子及び2つのシス作用HSV認識シグナルを含むプラスミドベクター(アンプリコンと呼ばれる)が作成される。これらは、DNA複製起点及び切断パッケージングシグナルである。これらの配列は、HSV遺伝子産物をコードしていない。ヘルパーウイルスによって供給されたHSVタンパク質の存在下に、アンプリコンが複製されHSVコート内に詰込まれる。従って、このベクターは、受容細胞内でウイルス遺伝子産物を発現せず、ベクターによる潜在ウイルスの組換え又は再活性化は、欠損HSVベクターゲノム内に存在する最少量のHSVDNA配列のために制限される。しかしながら、この系の主な制限は、欠損ベクター株から残余ヘルパーウイルスを除去することができないことである。ヘルパーウイルスは、組換えベクターと同様に、組織培養内の許容状態下にのみ複製することができる変異HSVであることがよくある。しかしながら、欠損ベクター株内に変異ヘルパーHSVの存在が続くと、組換えHSVベクターについて上述したものと同じ問題がある。従って、これにより、ヒトの適用に対する欠損HSVベクターの有用性が制限される。
【0012】
更に、ニューロンへのHSV仲介遺伝子送達に関する情報として、Breakefield & DeLuca,“ニューロンへ遺伝子送達するための単純ヘルペスウイルス”,(1991)New Biologist 3:203-18; Ho & Mocarski(1988)“単純ウイルス感染マウスにおけるマーカーとしてのβ−ガラクトシダーゼ”,Virology 167:279-93; Palellaら(1988)“ニューロン細胞への単純ヘルペスウイルス仲介ヒトヒポキサンチン−グアニンホスホリボシル−トランスフェラーゼ遺伝子移入”,Molec.& Cell.Biol.8:457-60; Pallelaら(1988)“組換え単純ヘルペスウイルス−1ベクターに感染したマウス脳におけるヒトHPRTmRNAの発現”,Gene 80:137-144; Andersenら(1992)“ニューロン特異的エノラーゼプロモーターを用いる哺乳動物中枢神経系への遺伝子移入",Human Gene Therapy 3:487-99; Kaplittら(1993)“神経細胞における分子変化: 直接操作及び生理的仲介",Curr.Topics Neuroendocrinol.11:169-191; Spaele & Frenkel(1982)“単純ヘルペスウイルスアンプリコン: 新規な真核欠損ウイルスクローニング増幅ベクター",Cell 30:295-304(1982); Kaplittら(1991)“単純ヘルペスウイルス1型欠損ウイルスベクターによる生体内伝達後の成体哺乳動物脳における機能性異種遺伝子の発現", Molec.& Cell.Neurosci.2:320-30; Federoffら(1992)“神経成長因子生体内形態欠損単純ヘルペスウイルス1ベクターの発現は交感神経性神経節に関する軸索切断の影響を防止する",Proc.Nat.Acad.Sci.(USA)89:1636-40参照。
毒性及び複製能の低下したHSVが示されたが、なお危険な形に変異するか又は潜在ウイルスを活性化することができ、HSVが組込まないので長期発現を得ることは困難である。
【0013】
アデノウイルス
アデノウイルスゲノムは、約36kbの二本鎖DNAからなる。アデノウイルスは、気道上皮細胞を標的にするが、神経細胞に感染することができる。
組換えアデノウイルスベクターは、遺伝子移入の伝達体として非分裂細胞に用いられた。これらのベクターは、アデノウイルスEla即時型遺伝子が除去されるがたいていの遺伝子が保持されるので、組換えHSVベクターと同じである。Ela遺伝子が小さく(約1.5kb)かつアデノウイルスゲノムがHSVゲノムのサイズの1/3であるので、アデノウイルスゲノム内に異種遺伝子を挿入するために他の必要でないアデノウイルスが除去される。
実際に、アデノウイルス感染に起因する疾患は、HSV感染によって誘発されるものより重篤ではなく、これはHSVベクターと比べて組換えアデノウイルスベクターの主な利点である。しかしながら、多くのアデノウイルス遺伝子の保持及び発現は、HSVベクターと共に記載されたものと同じ問題、特に受容細胞に対する細胞毒性の問題がある。
【0014】
更に、組換えアデノウイルスベクターは、免疫応答を惹起することがよくあり、ベクター仲介遺伝子移入の有効性を共に制限するように働きかつ導入細胞の破壊のための他の手段を与えるものである。更に、HSVベクターと同様に、非分裂宿主細胞のゲノムにおける高頻度での特異的ウイルス組込みの機序がないので、長期発現の安定性は現在はっきりしない。理論的には可能であるが、Adゲノムの少なくとも20%がパッケージング(約27kb)に必要でありベクターのこのサイズは扱うのが難しいので欠損アデノウイルスベクターは作成が困難である。対照的に、欠損HSVベクターは小さなプラスミドであり、正しい集合体サイズが適切なパッケージングに達するまで複製する。
更に、ベクターに関する情報として、Akliら(1993)“アデノウイルスベクターを用いる異種遺伝子の脳への伝達”,Nature Genetics 3:224-228; La Salleら,“脳におけるニューロン及びグリアへの遺伝子移入のためのアデノウイルスベクター”,Science 259:988-90(1993),論説,“アデノウイルスによる冒険”,3:1-2(1993); Neve,“アデノウイルスベクターが脳に入る”TIBS 16:251-253(1993)参照。
【0015】
アデノ随伴ウイルスは、欠損パルボウイルスであり、そのゲノムは一本鎖DNA分子として包膜されている。+及び−極性鎖が共に詰込まれるが、別々のウイルス粒子内である。AAVはヘルパーウイルスの存在しない特定の環境下に複製することができるが、効率のよい複製にはヘルペスウイルス又はアデノウイルスファミリーのヘルパーウイルスを同時感染することが必要である。ヘルパーウイルスのないときのAAVは、潜在的感染を与え、ウイルスゲノムは宿主細胞に組込まれたプロウイルスとして存在する。(AAV遺伝子発現は潜在的感染を与えることを必要としない)。ウイルスの組込みは、部位特異的である(染色体19)。潜在的感染細胞系に適切なヘルパーウイルスをあとで重感染させる場合には、AAVプロウイルスが切り出され、ウイルスが生活環の“生産”相に入る。しかしながら、ある種のAAV由来導入ベクターがアデノウイルス重感染によって救助されないことが報告された。
【0016】
AAVはヒトウイルスであるが、溶菌増殖の宿主範囲は非常に幅広い。試験したほとんどあらゆる哺乳動物種からの細胞系(種々のヒト、サル、イヌ、ウシ及びげっ歯類細胞系を含む)は、適切なヘルパーウイルスが用いられるるならば(例えば、イヌ細胞にイヌアデノウイルス)、生産的にAAVを感染することができる。これにもかかわらず、ヒト或いは他の動物集団においてはHSV及びアデノウイルスと異なりAAVには疾病を伴わなかった。
急性アデノウイルス感染中で他の病気中でない糞、眼及び呼吸試料から非病原性同時感染物質としてAAVが単離された。
同様に、潜在的AAV感染がヒト及び非ヒト細胞の双方に同定された。全体的には、ウイルス組込みは、細胞増殖又は形態に明らかな影響がないと考えられる。Samulski(1993)Curr.Op.Gen.Devel.3:74-80参照。
【0017】
AAV−2のゲノムは、全長4,675塩基であり、145塩基の逆方向反復配列が各々隣接する。これらの反復は、DNA複製の起点として作用すると思われる。
2つの主要なオープンリーディングフレームがある。左のフレームは、少なくとも4つの非構造タンパク質をコードする(Rep群)。2つのプロモーターP5及びP19があり、これらのタンパク質の発現を調節する。微分スプライシングの結果として、P5プロモーターは、タンパク質Rep78及びRep68の生産に対するものであり、P19プロモーターは、Rep52及びRep40に対するものである。Repタンパク質は、ウイルスDNA複製、ウイルスプロモーターから転写のトランス活性化及び非相同エンハンサー及びプロモーターの抑制に関与すると考えられる。
【0018】
P40プロモーターによって制御された右のORFは、キャプシドタンパク質Vp1(91kDa)、Vp2(72kDa)及びVp3(60kDa)をコードする。Vp3は、80%のビリオン構造を含むが、Vp1及びVp2は劣量の成分である。マップ単位95にポリアデニル化部位がある。AAV−2ゲノムの完全配列に対して、Vastavaら(1983)J.Virol.45:555-64参照。
McLaughlinら((1988)J.Viol.62:1963-73)は2つのAAVベクターを調製した:dl52−91はAAVrep遺伝子を保持し、dl3−94はAAVコード配列の全てが欠失された。しかしながら、2つの145塩基末端反復及び更にAAVポリアデニル化シグナルを含む139塩基を保持するものである。制限部位は、シグナルの両側に導入された。
ネオマイシン耐性をコードする異種遺伝子が両方のベクターに挿入された。組換えAAVゲノムとの相補性によりウイルス株を調製し、トランスに消失しているAAV遺伝子産物を供給したが、それ自体大きすぎて詰込まれなかった。
残念ながら、ウイルス株は、おそらく欠陥ウイルスと補完ウイルス間の相同組換えの結果として野生型AAV(dl3−94の場合10%)で汚染された。
【0019】
Samulskiら((1989)J.Virol.63:3822-28)は、検出可能な野生型ヘルパーAAVを存在させずに組換えAAV株を生産する方法を開発した。そのAAVベクターは、AAV染色体の末端191塩基のみ保持した。ヘルパーAAVにおいては、AAV染色体の末端191塩基がアデノウイルス末端配列に置き換えられた。
このようにしてベクターとヘルパーAAV間の配列相同性が実質的に除去されたので、検出可能な野生型AAVは、相同的組換えにより生じなかった。更に、ヘルパーDNA自体は、AAV末端がこの目的に必要であることから複製及び包膜されなかった。即ち、AAV系では、HSVと異なり、ヘルパーウイルスが完全に除去され、ヘルパーを含まないAAVベクター株が残った。
【0020】
Muro-Cachoら((1992)J.Immunother.11:231-237)は、T及びBリンパ球の両方への遺伝子移入にAAV系ベクターを用いた。Walshら((1992)Proc.Nat.Acad.Sci.(USA)89:7257-61)は、ヒトγグロブリン遺伝子をヒト赤白血病細胞に導入するためにAAVベクターを用いた; 遺伝子は発現された。Flotheら((1993)J.Biol.Chem.268:3781-90)は、AAVベクターによって膵嚢胞性線維症トランスメンブラン伝達調節遺伝子を気道上皮細胞に送達した。Flotteら(1992)Am.J.Respir.Cell.Mol.Biol.7:349-56; Flotteら(1993)Proc.Nat.Acad.Sci.(USA)90:10613-17も参照。
【発明の開示】
【0021】
アデノ随伴ウイルスが神経系細胞に自然に感染することは報告されてなく、AAV由来ベクターは以前には最後に分化した非分裂細胞にトランスフェクトするために用いられなかった。それにもかかわらず、本発明は、ニューロン及びグリアを含む生後の中枢及び/又は末梢神経系の細胞に、これらの細胞が分裂していないとしても外因性DNAを送達するためにアデノ随伴ウイルス由来ベクターを用いることができることを証明する。特異性は、解剖上特異的な送達又は組織特異的発現により達成される。
外因性DNAは、神経系障害の治療に有効な遺伝子産物をコードする遺伝子を含んでいることが好ましい。ある実施態様においては、この遺伝子は、神経系内の特定の種類の細胞又は領域に特異的なプロモーターに操作上結合される。AAVベクターが組込まれることから、安定な長期発現(例えば、7ヵ月より長い)が達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
ベクター
本発明のベクターは、外因性DNAが導入されたアデノ随伴ウイルスの誘導体である。
野生型アデノ随伴ウイルスは既に欠損しており、即ち、溶菌感染にヘルパーウイルスの存在が必要であるが、ベクターが送達される被検者にベクターを補足することができるヘルペスウイルス又はアデノウイルス感染が隠れている可能性がある。この可能性を守るために、ベクターが救済の可能性を減じるように修飾されることは非常に好ましい。
理論では、そのような修飾は、1つ以上のウイルス遺伝子に対して点変異の形を取ることができ、その変異は遺伝子の発現を全く防止するか或いは非機能性の修飾遺伝子産物の発現を生じる。しかしながら、点変異は可逆的である。従って、所望されない各遺伝子が単純に欠失されることは好ましく、異種DNAのウイルスパッケージ内の部屋を生じる利点がある。
【0023】
既知のAAVベクターdl3−94のように、ウイルス遺伝子の全部が欠失されるかさもなければ不活性化されることが好ましい。しかしながら、既知のAAVベクターdl52−91のような1つ以上のAAV遺伝子を保持するベクターが好ましいベクターより劣るがなお遺伝子送達に有効であることは理解されるべきである。
試験管内でベクターを増殖するために、感受性のある細胞はAAV由来ベクター及び適切なAAV由来ヘルパーウイルス又はプラスミドで同時トランスフェクトされる。好ましくは、ベクターは、AAVから実質的に複製及びパッケージングの認識シグナルのみ残る。
【0024】
AAV由来配列がその野生型の始原型と正確に対応することは必要ない。例えば、本発明のAAVベクターは、ベクターがヘルパーウイルスの援助でなお複製し詰込まれ、標的細胞に非病原性潜在的感染をなお与えるならば、変異した逆方向末端反復等を特徴としてもよい。
ベクターは、更に、パッケージング及び複製を妨害することなく異種DNAがクローン化される1つ以上の制限部位を含むことができる。好ましくは、少なくとも1つのユニークな制限部位が与えられる。ベクターは、また、遺伝子操作を容易にする1つ以上のマーカー遺伝子を含むことができる。適切なマーカー遺伝子としては、ネオマイシン及びヒグロマイシン耐性遺伝子、細菌lacZ及び蛍ルシフェラーゼ遺伝子が挙げられるが、これらに限定されない。
【0025】
AAV由来ヘルパーウイルス又はプラスミド
AAV由来ヘルパーウイルス又はプラスミドは、ベクター株を生産するために担持AAV遺伝子の発現時に、適切な宿主細胞中試験管内でベクターの複製及びパッケージングに必要なタンパク質を与えることができるウイルス又はプラスミドである。
好適実施態様においては、ヘルパーウイルス又はプラスミドは、ヘルパーDNAとベクターDNA間の組換えの危険を減じるように操作されたものである。最も望ましくは、ベクターDNAのAAV配列とヘルパーDNAのAAV配列間に実質的に配列相同性がない。例えば、ヘルパーDNAは、AAV逆方向末端反復がアデノウイルスのような他のウイルスの対応する配列(例えば、アデノウイルス5型DNA)で置き換えられるAAVでもよい。SamulskiらJ.Virol.63:3822-28参照。
また、他の好適実施態様においては、ヘルパーアデノウイルスは、56℃で30分間加熱不活性化することにより除去されるか又は塩化セシウム勾配の遠心分離により詰込まれたAAVベクターから分離される。
【0026】
外因性DNA
本発明に従って組換えDNA及びRNA分子を構築する基本的な手順は、Sambrook,J.ら,Moleular Cloning: A Laborarory Manual,Sec.Edit.,Cold Spring Harbor Press,Cold Spring Harbor,NY(1989)に開示されており、参考として本明細書に引用する。
本発明の“外因性DNA”は、AAV及び標的細胞の双方に外因性でなければならない。DNAは、合成DNA、相補的DNA、ゲノムDNA又はその組合わせであることができる。DNAは、ベクターに取込まれかつ標的細胞に送達されるならば、任意の配列又は長さを有することができる。典型的には、AAVのパッケージング制限があるために、外因性DNAは約10〜5,000塩基の長さを有する。好ましくは、DNAは100〜4,000塩基である。
【0027】
本発明は、遺伝的又は後天的神経系障害の遺伝子治療に用いられる。個体は、1つ以上の遺伝子の調節領域及び/又はコード配列の1つ以上の突然変異の結果として特定の遺伝子産物が不適切に発現され、例えば、正しくないアミノ酸配列を有するかもしくは間違った組織で又は間違った回数で発現されるか、過少発現されるか又は過剰発現されるために遺伝子治療を必要としているものである。従って、その個体に送達されたDNAは、その個体種固有の遺伝子と同じであるとしても、送達される個体の同族遺伝子と調節領域又はコード領域が異なり、異なる遺伝子産物をコードするか又は少なくともある条件下に異なる程度に及び/又は異なる細胞で発現されるならば外因性とみなされる。
【0028】
パーキンソン病
パーキンソン病(PD)に対する現在の方法は、尾状核(CP)におけるドーパミン作動性神経刺激伝達を促進することに基づいている。治療の主力は、経口L−ドーパ(及び末梢脱炭酸酵素インヒビター)であり、神経支配のないCPにおいて内在性AADCによってドーパミンに変換される。別の薬理的方法としては、ブロモクリプチン及びアポモルフィンを含む直接ドーパミン作動薬及びドーパミン代謝酵素(例えば、モノアミンオキシダーゼ)インヒビター(MAOI)、例えば、デプレニルが挙げられる。これらの治療は、PD患者の短期の生活に著しい改善を示したが、病気は進行し、全ての患者が結局5〜10年間にわたる経口治療に対して不応性になる。
【0029】
別の研究方法は、胎児性副腎移植を含み、PD動物モデルに希望を示したがヒトにおいて周辺的な効能であった。更に、これらの移植方法はニューロン周囲を妨害し、異常な成長及びシナプス形成が生じ、移植した細胞は免疫応答を誘発すると共にPDに関与する同じ基礎をなす神経変性を標的にすることができる。更に、移植方法は、細胞がドーパミン生産(例えばPC12)或いは遺伝子操作された細胞(チロシンヒドロキシラーゼ酵素[THE]を発現するために典型的にはレトロウイルスによって導入された線維芽細胞又はニューロン細胞系)であるポリマー又は包膜部材を含む。これらの移植片は、また、ニューロン周囲を妨害し、移植片のサイズのためにかなりの損傷をつくり、更に潜在的毒性濃度までの高い局所濃度のドーパミンを生じる。
【0030】
更にエレガントな方法は、生体内にニューロンを導入するウイルスベクターを用いることである。我々は、THEを発現するHSV−1ベクターがPDのラットモデルの神経支配のない線条体に定位脳手術で移植することができ少なくとも1年延長する生化学及び行動に関する回復を得ることができることを以前に確立した(Duringら、投稿中)。
本発明は、HSV−1欠損ベクター方法より顕著な利点を有する。詳細には、欠損HSV−1ウイルスの復帰頻度は約10-5であり、生体内実験に必要とされたウイルスの量と共に十分な野生型ヘルペス感染を生じ実験動物の毒性及び死滅をもたらす。更に、最初の2週間の発現は高いが、2週間を超えるベクター遺伝子発現のレベルは、おそらく初期発現の5〜20%まで低下する。
【0031】
本発明は、また、THEに対する発現を制限する方法より主要な利点を与える。PD(及びPDの動物モデルにおける神経支配のない線条体)では、酵素THEが80〜100%減少するだけでなく、ドーパミン生合成経路における第2酵素、AADCも約85%減少する。L−ドーパ自体はPDのドーパミン作動活性及び行動に関する回復を戻さないので、THEを回復する神経支配のない線条体におけるドーパミンの生産はAADCの活性によって制限されるようになる。細胞が十分なドーパミン作動性表現型(THE及びAADCの両方を発現することによる)を獲得する能力は、更に有効であると思われる。本請求の範囲を支持して、1つのグループが、THEのみ発現する遺伝子操作した細胞で移植した動物をTHE及びAADCの両方を発現する移植片で移植した動物と比べると後者のグループが良好に回復したことを示した。
【0032】
従って、1実施態様においては、本発明のベクターは、チロシンヒドロキシラーゼの遺伝子(遺伝子バンクHUMTHX、受託番号第M17589号)を脳細胞に送達するために用いられる。好ましくは、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(遺伝子バンクHUMDDC、受託番号第M76180号)の遺伝子も同様に同じか又は別のベクターによって送達される。
生体内で線条体細胞をドーパミン作動性表現型に導入する上記の説明は、PDに対する遺伝子治療方法の最初の段階である。しかしながら、PDは、ドーパミンニューロンの80%が失われると症状を示すようになる。変性は進行的であり、神経支配のない患者はますます現在の治療全てに不応性になりかつ凍え及び完全な不動化を増すにつれて“オン−オフ”現象を示す。ドーパミン合成酵素を発現するウイルスベクターを用いて線条体細胞を導入することは純粋に改善する方法であり、基礎をなす病気の過程は衰えないで続くであろう。これを目的として、ドーパミン作動性ニューロンの変性を更に防止しかつ再生を促進する“神経防御又は向神経”因子を発現するベクターが構築された。
【0033】
この方法は、いままで同定された中脳ドーパミン作動性ニューロンに最も特異的な向神経因子、グリア由来向神経因子(GDNF)が含まれる。NGFファミリーの他の向神経因子は、HSV−1ベクターから以前に発現され、神経防御作用を有することが示されている(Federoffら)。これらの向神経因子は、チロシンキナーゼレセプターを介して作用してアポトーシス又はプログラムされた細胞死を防止すると考えられる。プロトオンコジーンbcl−2は試験管内でニューロンPCDを防止することができるので、生体内でbcl−2を発現してPCDを防止するAAVベクターが構築された。したがって、このベクターは、PCDを経て二次ニューロン損傷が生じる虚血、てんかん及び脳外傷を含む脳内のニューロン変性に考慮される。
従って、PDに対する遺伝子治療は、GDNF(遺伝子バンクHUMGDNF02;受託番号第L19063号)、脳由来向神経因子(BDNF)、神経成長因子(NGF)(EMBL HSNGF2;受託番号第X53655号)及び/又はニュートロフィン(NT)−3(遺伝子バンクHUMBDNF;受託番号第M37762号)及びNT−4(遺伝子バンクHUMPPNT4P;受託番号第M86528号)を含むニュートロフィン因子ファミリーの他の因子の遺伝子のAAVによる送達を含むことができる。
【0034】
最近の証拠は、進行性ニューロン喪失の主な決定因子として黒質における酸化ストレスに関係させている。詳細には、鉄がPD患者の黒質に濃縮されると考えられ、黒質細胞のニューロメラニンに鉄が結合してフリーラジカルを生成する実験が示された。従って、PDに対して抗酸化剤方法が提案された。フリーラジカルの生成を減じ及び/又はフリーラジカルを捕捉する鍵酵素は、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ及びグルタチオンペルオキシダーゼ(GPO)である。これらの酵素の発現の変異又は変化はPDではまだ決定されていないが、黒質線条体ドーパミン作動性ニューロンにおけるこれらの酵素の発現の増強は、酸化ストレスに抵抗する能力を向上させるであろう。従って、AAVベクターは、SODを発現させた。このSOD発現ベクターは、また、ファミリー形態においてSOD−1遺伝子の変異と関連のある筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療にも興味深い。
従って、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD1又はSOD2)(SOD−1に対して遺伝子バンクHUMCUZNDI,受託番号第M12367号; SOD−2に対してEMBL HSSOD2G,受託番号第X65965号)、カタラーゼ(EMBL HSCATR,受託番号第X04076号)及び/又はグルタチオンペルオキシダーゼ(MBL HSGSHPX,受託番号第Y00433号)の遺伝子を送達するためにAAVベクターを用いることが望まれる。
【0035】
てんかん
複雑部分発作及び詳細には側頭葉てんかん(TLE)は、てんかんの最も不応性形態の1つである。ある患者には抗てんかん薬(AED)が発作を制御するが、40%が多重AED治療にもかかわらず制御されないままである。これらの患者に対する本方法は、切除手術を検討するための段階的評価を行うことである。
典型的には、側頭葉てんかんは発作起点の位置(てんかん発作領域)として定義され、前方の海馬を含む内側の側頭葉が切除される。TLEは遺伝病ではなく、病因が確立されていないが、この病気は、興奮を亢進させるか又は抑制を遮断する介在による抑制に対する興奮の失調に起因して発作を生じ、逆に興奮の拮抗と抑制の亢進は抗てんかん作用を有する。TLEに対する遺伝子治療方法は、抑制を改善するものである。これを目的として、アデノシンA−1レセプター(遺伝子バンクS56143; 受託番号第S56143号)cDNAがAAVベクターに挿入された。アデノシンが脳の天然抗痙攣薬(A−1レセプターを介して作用する)であることが示されかつレセプターのレベルがてんかん発作領域で低下するので、この方法は抑制を亢進させ発作を防止すると思われる。
【0036】
抑制を亢進させる別の方法としては、発現がGABA分泌活性を増大させる遺伝子の挿入が含まれる。これらの遺伝子は、GABAレセプターイソ型及びGABA合成酵素、GADが含まれる。
抑制を亢進させる関連方法は、ニューロン興奮性を変えるイオンチャンネル、詳細には、カルシウム活性化カリウムチャンネル及びATP感受性カリウムチャンネルを含む活性依存性チャンネルの発現を増強するものである。
補足的な方法は、興奮性レセプター、詳細には、NMDAR、mGluRを含むグルタミン酸塩レセプター及びAMPA及びカイニン酸塩の双方を含む向イオン性グルタミン酸塩レセプターに対するアンチセンスを発現するものである。我々はHSV−1ベクターを用いるGluR6の発現がてんかんを誘発することを示したので、これらの種類のレセプターに対するアンチセンスを発現するベクターは発作を抑制することができることを予想することは妥当なことである。
【0037】
従って、てんかんの治療のために、アデノシンA−1レセプター(遺伝子バンクS56143; 受託番号第S56143号)、グルタミン酸塩脱炭酸酵素(遺伝子バンクS61898; 受託番号第S61898号)、GABA−Aレセプターイソ型(EMBL HSGABAAA1;受託番号第X14766号)、カルシウム依存性カリウムチャンネル(遺伝子バンクDROKCHAN; 受託番号第M96840号)及び/又はATP感受性カリウムチャンネル(Hoら 1993 Nature 362:31-8)をコードする遺伝子がAAVベクターにより送達される。
【0038】
脳腫瘍
脳腫瘍は、子供及び中年の成人に非常に影響を及ぼす治りにくく一般には致死疾患である。現在、たいていの脳腫瘍の原因は不明であり、治療法は全く効果がなかった。最近、脳腫瘍の治療に可能な方法として遺伝子治療を用いる2つの方法があった。第1の方法では、分裂細胞でのみ複製することができる変異株HSVが用いられた。これは、健康な脳の非分裂細胞を回避しながら分裂腫瘍細胞の破壊をもたらさねばならない。これらのウイルスが実験動物における脳腫瘍増殖速度を減じるというある実験証拠があったが、結果は変化しうるものでありかつ所望されるほど印象的でなかった。この方法のヒト試験はなかった。
第2の方法は、単純ヘルペスウイルス1型からのチミジンキナーゼ(TK)遺伝子を複製欠損レトロウイルスベクターに挿入するものである。このレトロウイルスベクターは、TK遺伝子を分裂腫瘍細胞に伝達しただけで、遺伝子を非分裂腫瘍細胞或いは健康な脳組織に伝達できなかった。
【0039】
レトロウイルスベクターを介してTKを導入した細胞は、薬剤のガンシクロビルによる細胞毒性に感受性になることが組織培養及び動物腫瘍において判明した。リン酸化ガンシクロビル及びリン酸化形態はDNA複製を破壊し、分裂細胞を死滅させる。また、TKを導入しなかった近くの分裂細胞も死滅させることができることも判明した。これは、あるリン酸化薬剤が導入細胞を出てギャップ結合を介して近くの非導入細胞に入ることが考えられるので傍観者効果と呼ばれた。
非分裂細胞は、活性化薬剤によってさえ影響されない。腫瘍治療に対するこの方法は、現在NIHで臨床試験中である。
この治療による結果も動物実験において変化しうるものであったので、最近の実験は、複製応答能のあるレトロウイルスベクターの使用により動物における応答を改善することができることが示された。しかしながら、この方法は、大量の野生型レトロウイルスを直接ヒト患者に入れることが非常に危険なためにヒト疾患に適用できなかった。これは、野生型レトロウイルスを受容細胞のゲノムにランダムに組込んだ後に細胞毒性及び新規腫瘍の誘導の可能性のために以前には決してヒト患者に可能でなかった。
【0040】
本発明のこの実施態様は、これらの以前の実験より著しく改善されるものである。TK遺伝子(EMBL HEHSVITK,受託番号第X03764号; EMBL HEHS07,受託番号第V00466号)のAAVベクターへの挿入は、少なくともレトロウイルスベクターと同等の効率をもって、おそらくはより効率よく(ラット脳におけるAAVと欠損HSVベクターの比較で観察された)遺伝子を分裂腫瘍細胞に導入することを可能にするにちがいない。しかしながら、レトロウイルスと異なり、AAVベクターは、TK遺伝子を腫瘍内の緩慢な分裂又は非分裂細胞及び非分裂正常細胞に伝達する。これにより、レトロウイルスベクターと比べて2つの著しい利点を有することができる。
まず、非分裂腫瘍細胞及び正常細胞内で薬剤をリン酸化する能力は、腫瘍内で活性化薬剤の長いプールを生じなければならない。傍観者効果の観察を生じると、HSVTK遺伝子を含む非分裂腫瘍細胞は薬剤をリン酸化しなければならず、次に、これにより、ウイルス遺伝子を導入されなかった近くの分裂細胞に入る。
即ち、導入された非分裂細胞が逆効果を及ぼさないとしても、非分裂細胞は近くの非導入細胞の破壊を可能にする。この方法で、分裂細胞の大きな集団が破壊される。
【0041】
第2の利点は、非分裂細胞に組込むAAVベクターの能力である。レトロウイルスが非分裂細胞に入る場合には、逆転写は起こらず、ベクターは消失する。しかしながら、AAVベクターが非分裂細胞に入ると、ベクターは宿主ゲノムに組込むにちがいない。即ち、その腫瘍が細胞分裂に再び入る場合には、TK遺伝子はその細胞及び全ての子孫に保持されなければならない。これにより、次に、そのような以前には静止状態の腫瘍細胞をガンシクロビル又は類縁体による破壊に感受性にするにちがいない。レトロウイルスベクターが非分裂細胞で消失しかつ他のDNAウイルスベクターも宿主ゲノム内に確かに組込まないので、静止状態の細胞が分裂を始める場合にはTK遺伝子を保持する能力はAAVベクターにユニークな性質である。更に、AAVベクターの組込みが宿主遺伝子の破壊又は異常な調節をもたらさずかつ正常な非分裂細胞のTKによる導入が逆効果を及ぼさないのは、DNA複製を遮断するTKによる薬剤の次の活性化であると共にこれにより分裂細胞の破壊のみ生じるからであることは反復して言われなければならない。即ち、本発明のこの実施態様は、以前の薬剤感受性の腫瘍治療方法より実質的な改善を与える。
【0042】
標的細胞
本発明のベクターの標的細胞は、哺乳動物の中枢又は末梢神経系の細胞である。1実施態様においては、細胞は、試験管内で培養した細胞である。
他の実施態様においては、細胞は、ベクターが細胞に送達される時に生存している哺乳動物の一部である。哺乳動物は、送達の時に発達の段階、例えば、胚、胎児、乳児、幼若、成体であってもよい。
ベクターは、中枢神経系の細胞、末梢神経系の細胞又は双方に送達される。ベクターが中枢神経系の細胞に送達されると、脊髄、脳幹(髄質、脳橋及び中脳)、小脳、間脳(視床、視床下部)、大脳(線条体、大脳皮質又はこの皮質内の後頭葉、側頭葉、頭頂葉又は前頭葉)又はその組合わせの細胞に送達される。
同様に、末梢神経系内の感覚系及び/又は奏効器伝導路の細胞に送達される。
【0043】
ベクターを特に中枢神経系の特定の領域に送達するために、実施例2に示されるように脳定位マイクロインジェクションにより投与される。例えば、手術日に患者は、適切な場所に固定された脳定位枠基準点をもつ(頭骨にねじで取り付けられる)。脳定位枠基準点のある脳(MRI−一定の標識と適合しうる)は、高解像MRIを用いて画像診断される。MRI画像は、次に、脳定位ソフトウェアを行うコンピュータに転写される。一連の冠状、縦及び横断画像は、標的(AAVベクター注入部位)及び直交切線を求めるために用いられる。ソフトウェアは、直交切線を脳定位枠に適切な3次元座標に変える。エントリー部位の上にバードリルで穴をあけ、定位脳装置を配置し、一定の深さに針を移植した。
次に、AAVベクターが標的部位に注入される。AAVベクターは、ウイルス粒子を生産するよりもむしろ標的細胞に組込むので、ベクターのその後の拡散は少量であり、主に組込み前の注入部位から受動拡散の機能であろう。拡散の程度は、液体キャリヤーに対するベクターの比率を調整することにより制御される。
【0044】
CNSを横切るベクターの広範な分布が望ましい場合には、脳脊髄液に、例えば、腰椎穿刺によって注入される。
ベクターを末梢神経系に向けるためには脊髄に注入されるか又は更に限定されたPNS分布が探索される場合には、末梢神経節又は問題の身体部分の肌(皮下又は筋肉内)に注入される。
特定の状態において、ベクターは、脈管内方法により投与される。例えば、ベクターは、血液脳関門が妨害する状態において動脈内(頸動脈)に投与される。
そのような症状としては、脳梗塞(卒中)及び脳腫瘍が挙げられる。更に、全体的な送達の場合、ベクターは、マンニトールを含む高張液の注入によって達成された血液脳関門の“開放”中に投与される。静脈内送達と共に、使用者は、神経系以外の細胞にベクターを送達することを許容しなければならないことは当然のことである。
【0045】
ベクターは、また、筋萎縮性側索硬化症及びアルツハイマー病のスーパーオキシドジスムターゼ及び向神経因子及び神経織発生疾患、例えば、テイ・サックス病及びレッシュ・ナイハン病の遺伝子コード酵素を発現するベクターを含む特定の適用に対して脳室内及び/又は卵胞膜内に送達される。
投与経路は、更に、直接可視化によるベクターの局所適用、例えば、表在性皮質適用又は他の非脳定位適用である。
ベクターを特定の種類の細胞、例えば、ニューロンに標的とするために、ベクターを細胞の表面レセプターに特異的に結合する回帰剤と結合することが必要である。即ち、ベクターは、ある種の神経系細胞がレセプターを有するリガンド(例えば、エンケファリン)に結合される。結合は、共有結合、例えば、グルタルアルデヒドのような架橋剤、又は非共有結合、例えば、アビジン化リガンドのビオチニル化ベクターへの結合とすることができる。共有結合の他の形はベクター株を調製するために用いたヘルペスウイルスを操作することにより得られるので、コードされたコートタンパク質の1つは未変性AAVコートタンパク質とリガンドが表面に曝されるようなペプチド又はタンパク質リガンドのキメラである。
【0046】
結合の形がどのようなものであっても、AAVベクターの組込み或いはリガンドの細胞レセプターへのリガンドへの結合を実質的に妨害しないことが必要である。
標的細胞は、ヒト細胞又は他の哺乳動物の細胞、特に非ヒト霊長類及びげっ歯類(マウス、ラット、ウサギ、ハムスター)、食肉類(ネコ、イヌ)及び偶蹄類(ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ)目の哺乳類とすることができる。
【0047】
遺伝子発現
外因性DNAが発現可能な遺伝子を含む場合、遺伝子は、天然に存在する遺伝子、天然に存在するポリペプチドをコードするにもかかわらず本来天然に存在しない遺伝子又はそのようなポリペプチドの認識可能な変異体をコードする遺伝子とすることができる。また、宿主細胞に見られるDNAに対して“アンチセンス”のmRNA又は宿主細胞でふつうに転写されたmRNAをコードすることができるが、アンチセンスRNA自体は機能タンパク質に翻訳できない。
遺伝子発現に必要とされる調節領域の正確な種類は、生物によって異なるものであるが、一般にはRNA転写を開始するプロモーターが含まれる。そのような領域は、TATAボックスのような転写の開始と関係した5’非コード配列を含めることができる。プロモーターは、構成性又は調節可能とすることができる。
【0048】
構成性プロモーターは、操作上結合された遺伝子を実質的にいつでも発現させるものである。調節可能なプロモーターは、活性化又は不活性化されるものである。調節可能なプロモーターとしては、ふつうは“オフ”であるが“オン”に変わるように誘導される誘導プロモーター及びふつうは“オン”であるが止められる“抑制性”プロモーターが含まれる。多数の異なる調節因子が既知であり、温度、ホルモン、重金属、未変性系統遺伝子産物及び調節タンパク質を含む。これらの区別は絶対でない。構成性プロモーターはある程度調節可能とすることができる。
プロモーターの調節可能性は、しばしば“オペレーター”と呼ばれる特定の遺伝子因子と結合され、インデューサー又はリプレッサーが結合する。オペレーターは、その調節を変えるように修飾される。1つのプロモーターのオペレーターが他のプロモーターに移されるハイブリッドプロモーターを構築することができる。
【0049】
プロモーターは、宿主生物の実質的に全ての細胞に活性な“偏在する”プロモーター、例えば、β−アクチン又はオプトメガロウイルスプロモーターとすることができ、発現が標的細胞に対する特異性が多い又は少ないプロモーターとすることもできる。好ましくは、組織特異的プロモーターは、神経系の外部で実質的に活性でなく、プロモーターの活性は、任意により他のものより神経系の成分内で高くすることができる。
従って、プロモーターは、主として中枢神経系内又は主として末梢神経系内で活性なものとすることができ、両者の中で著しく活性とすることもできる。CNSで活性である場合には、脊髄、脳幹(髄質、脳橋、中脳又はその組合わせ)、小脳、間脳(視床及び/又は視床下部)、大脳(線条体及び/又は大脳皮質及び後者の場合、後頭葉、側頭葉、頭頂葉及び/又は前頭葉)又はその組合わせに特異的とすることができる。特異性は、絶対であっても相対的であってもよい。
【0050】
同様に、プロモーターは、CNSの場合にはニューロン又はグリア細胞のような特定な種類の細胞又はPNSの場合には特定のレセプター又はエフェクターに特異的とすることができる。グリア細胞に活性である場合には、アストログリア細胞、希突起膠細胞、上衣細胞、シュワン細胞又は小膠細胞に特異的とすることができる。ニューロンに活性である場合には、特定の種類のニューロン、例えば、運動ニューロン、感覚性ニューロン又は介在ニューロンに特異的とすることができる。
一般に、組織特異プロモーターを見出すためには、その組織でだけ(又は主として)発現されるタンパク質を同定し、次に、そのタンパク質をコードする遺伝子を単離する。(遺伝子は、正常な細胞遺伝子又はその細胞に感染するウイルスのウイルス遺伝子とすることができる)。その遺伝子のプロモーターは、他の遺伝子に結合される際に所望の組織特異活性を保持すると考えられる。
プロモーターの組織特異性は、特定の遺伝子因子と結合され、修飾されるか又は第2プロモーターに移される。
【0051】
特定の種類の細胞に対する発現の制御は、遺伝子発現制御因子を用いて得られる。詳細には、下記の方法を用いることができる。
(1)全ての種類の細胞における発現:
強力なウイルス(例えば、即時型CMV、Invitrogen,Inc.、カリフォルニア州、サンジエゴからプラスミドpCDNAlで入手)及び相対的に非特異的細胞プロモーター(例えば、β−アクチン、遺伝子バンクHUMACTBET,K00790)の両者が全ての種類の細胞において発現させるために用いられる。
(2)ニューロン特異的発現:
方法としては、ニューロン特異的プロモーター、例えば、ニューロン特異的エノラーゼ(EMBL HSENO2,X51956)、AADC、神経フィラメント(遺伝子バンクHUMNFL,L04147)、シナプシン(遺伝子バンクHUMSYNIB,M55301)及びセロトニンレセプター(遺伝子バンクS62283)プロモーター並びにニューロンに対する発現を制限するサイレンサー因子と共に広範囲に活性なプロモーターの組合わせの使用が含まれる。
【0052】
(3)グリア特異的発現:
方法としては、グリア線維酸タンパク質(GFAP)プロモーター(遺伝子バンクHUMGFAP,J04569)、S100プロモーター(遺伝子バンクHUMS100AS,M65210)及びグルタミンシンターゼ(EMBL HSGLUS,X59834)プロモーターの使用が含まれる。
(4)発現は下記の遺伝因子を用いて特定のニューロン分集団まで制限される:
ペプチド生産プロモーター:例えば、エンケファリン(遺伝子バンクHUMENKPH1,K00488)、プロジノルフィン、ソマトスタチン(遺伝子バンクPATSOMG,JOO787; 遺伝子バンクHUMSOM1,J00306); モノアミン生産プロモーター:チロシンヒドロキシラーゼ(遺伝子バンクM23597)、ドーパミンβ−ヒドロキシラーゼ(遺伝子バンクRATDBHDR,M96011)、PNMT(EMBL HSPNMTB,X52730); コリン作動性ニューロン:コリンアセチルトランスフェラーゼプロモーター(遺伝子バンクHUMCHAT1,M89915; EMBL HSCHAT,X56585)。
【0053】
遺伝子が発現可能であるためには、コード配列が、標的細胞で機能するプロモーター配列に発現可能に結合(operably linked)されなければならない。プロモーター領域は、プロモーターが活性化されるとコード配列が転写されるように配置された場合にはコード配列に発現可能に結合される。結合が下流配列の誤読を生じない場合にコード配列が発現可能結合される。“発現可能に結合”されるためには、2つの配列が相互に直接隣接していることは必要ない。
場合によっては、所望のRNA産物をコードする遺伝子配列に対する非コード領域3’が得られる。この領域は、終結及びポリアデニル化を与えるような転写終結調節配列に保持される。即ち、コード配列に自然に相接する3’領域を保持することにより、転写終結シグナルが与えられる。コード配列と自然に結合した転写終結シグナルが発現宿主細胞で巧く機能しない場合には、宿主細胞で機能する別の3’領域が置き換えられる。
【0054】
“発現ベクター”は、(適切な転写及び/又は翻訳制御配列の存在のために)ベクターにクローン化されたDNA分子を発現してRNAを生じるか又は前記DNAによって供給された発現可能遺伝子によってコードされたタンパク質産物を発現することができるベクターである。クローン化された配列の発現は、発現ベクターが適切な宿主細胞に導入されると生じる。原核発現ベクターが用いられる場合には、適切な宿主細胞はクローン化配列を発現することができる原核細胞である。同様に、真核発現ベクターが例えば、遺伝子送達の前の遺伝子操作のために用いられる場合には、適切な宿主細胞はクローン化配列を発現することができる真核細胞である。
【0055】
発現可能遺伝子に加えて又は代わりに、核酸は標的細胞の遺伝子物質に相同な配列を含むことができ、もって、相同的組換えによってゲノムに挿入することができ、これらの配列がAAVの組込みを実質的に妨害しなければ遺伝子のコード配列又は制御配列を置換するか又は遺伝子を完全に欠失する。
他の実施態様においては、核酸分子は、標的生物(ウイルス及び他の病原体)のゲノム又は他のDNA配列に対して又は生物の細胞で転写されたメッセンジャーRNAに対して“アンチセンス”であり、十分にハイブリッド形成して標的ゲノムDNAの転写又は標的メッセンジャーRNAの翻訳を阻害する。そのようなハイブリッド形成の効率は、ハイブリッド形成配列の長さ及び構造の関数である。配列が長いほど及び完全化に対する相補性が近いほど、相互作用が強い。塩基対の不適正の数が増加するにつれて、ハイブリッド形成効率は低下する。更に、パッケージング配列DNA又はアンチセンスRNAのGC含量もAT(又はAU)塩基対と比べてGC塩基対に存在する水素結合のためにハイブリッド効率に影響する。即ち、GC含量が多い標的配列は標的として好ましい。
【0056】
分子内ハイブリッド形成のために二次構造を形成するアンチセンス構造を回避することは、これによりアンチセンス核酸を企図された目的に対して活性を少なくするか又は不活性にされるので望ましい。当業者は、配列が二次構造を形成する傾向があるかを容易に理解するであろう。二次構造は、異なる標的配列を選ぶことにより回避される。
別の実施態様においては、遺伝子はリボザイム、即ち、好ましい酵素活性を有するRNAをコードする。
【0057】
実施例の要約
遺伝子を神経系に伝達するための本方法は、ウイルス遺伝子を保持する組換えウイルスベクター或いは残余の及び潜在的に危険なヘルパーウイルスを含む欠損ベクターを用いる。アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、ウイルス遺伝子の全部が除去され(ウイルスゲノムの96%)ヘルパーウイルスが完全に除去されているDNAを組込んでいる非病原性のベクターである。β−ガラクトシダーゼを発現するAAVベクターを、線条体、海馬及び黒質を含むラット脳領域に定位脳手術で注入した。ベクターDNA及び導入された遺伝子発現は、注入後1日から3ヵ月まで検出した。ヒトチロシンヒドロキシラーゼ(TH)を発現する第2ベクターを作成した。このベクター(AAVth)を一側性6−ヒドロキシドーパミン障害ラットの神経支配のない線条体に注入し、グリア及びニューロンの双方を含む線条体細胞でTH免疫反応性が4ヵ月まで得られた。AAVベクターで治療したラットに病変又は毒性の証拠はなかった。初期データは、AAVベクターを介した線条体におけるTH導入がAAVlac対照と比べて障害の生じたラットに顕著な行動に関する回復を生じることを示している。
【0058】
材料及び方法
プラスミド:プラスミドpSub201(Samulskiら(1989)J.Virol.63:3822-28)をXbalで消化してほぼ全体のAAVゲノムを除去し、末端反復のみ残した。CMVプロモーター−lacZ遺伝子−SV40ポリAシグナルカセットを、SpeI及びXbaIで消化することによりプラスミドpHCL(Kaplittら(1991)Mol.Cell.Neurosci.2:320-30)から単離し、これをZbaI消化p Su201に挿入してpAAlacを作成した。
第2プラスミドを、pAAVlacをHindIII及びXbaIで消化することにより作成(pAAV−CMV−ポリA)してlacZ遺伝子及びポリAシグナルを除去し、続いてポリリンカー及びSV40ポリAシグナルを含むpREP4(Invitrogen)からのHindIII−XbaI断片を挿入した。次に、このプラスミドをHindIII及びBamHIで消化し、続いてpAAVthを作成するためにヒトチロシンヒドロキシラーゼ(hTH)cDNAを挿入した(O'Malleyら(1987)Biochemistry 26:6910-14)。
【0059】
欠損ウイルスベクターの作成:
AAVベクターを作成するために、プラスミド(pAAlac又はpAAVth)をリン酸カルシウム法(Grahamら(1973)Virology 52:496-67)により、アデノウイルスElaタンパク質及びSV40T抗原の双方を構成的に発現する293T細胞、293細胞の変異体(Grahamら(1977)J.Gen.Virol.36:59-74),(D.Baltimoreから入手)に移した。
ベクタープラスミドを、必要な複製及び構造タンパク質を与えるヘルパープラスミドpAd8と共に同時トランスフェクトした。翌日、細胞にアデノウイルス株dl309(Jones & Shenk(1978)Cell 13:181-88)(Thomas Shenkから入手、プリンストン大学)を感染させた。完全な細胞変性作用に続いて、凍結/解凍多サイクルによってウイルスを回収した。次に、残余アデノウイルスを不活性化するために、ウイルス株を56℃で30分間加熱した(Samulskiら1989)。ベクター力価は、X−galの組織化学分析(Kaplittら(1991)Mol.Cell.Neurosci.2:320-30)又はモノクローナル抗hTH抗体(Boehringer Mannheim)及びABCエリート検出システム(Vector Labs)を用いる、連続希釈のベクター株を感染させた293T細胞におけるhTH発現の免疫細胞化学同定により得た。
【0060】
免疫細胞化学及びX−Gal組織化学:
AAVlacを感染させた動物からの脳切片の分析に対して、組織を0.1M HEPES(pH7.3)中2%パラホルムアルデヒド/5mMEGTA/2mMMgCl2を用いて心臓内灌流で固定した。EGTAを添加すると内在性細胞酵素によるバックグラウンド染色が除去される。組織培養細胞をPBS(pH7.2)中2%ホルムアルデヒド/0.2%グルタルアルデヒドで固定した。β−ガラクトシダーゼ発現の検出用X−gal組織化学を以前に記載されたように行った。
【0061】
原位置PCR:
脳切片を清浄剤バッファー(PBS中0.01%デオキシコール酸ナトリウム/0.02%NP−40)中に1時間入れた。PBSの洗浄に続いて、切片をアルコール中で脱水し、200μlのPCR反応バッファーを各スライドに加えた(PCR反応バッファー:1×PCRバッファー/1μM各プライマー/1M MgCl2/10μlジゴキシニン−dUTP(Boehringer))。lacZに特異的なプライマーは次の通りである。
N−末端 - 5' → 3'CCGACTGATGCCTTCTGAACAA (配列番号1)
(lacZ182と呼ばれる)更にその下流プライマー
5'→ 3' GACGACAGTATCGGCCTCAGGA(配列番号2)(lacZ560)
【0062】
スライドにカバーガラスをかぶせ、カバーガラスをマニキュア液で片面に固定した。スライドをサーマルサイクラーのブロックのアルミホイル上に置き、温度を82℃に上げた。カバーガラスを上げ、2μlの酵素ミックス(1×PCRバッファー/2U/mlTaq)を各スライドに加え、カバーガラスを下げた。スライドを鉱油でおおい、次のプロファイルを行った:2分、55℃;2分、72℃;2分、94℃の35サイクル。スライドをキシレンに入れて鉱油を除去し、切片を再脱水した。PCR産物を、製造業者の使用説明書に従いアルカリ性ホスファターゼ標識抗ジゴキシゲニン抗体を用いて原位置で検出した。
【0063】
動物及び組織標品:
雄のスプラグ−ダウレイラットを全ての実験に用いた。動物は、動物管理と使用のNIHガイドラインに従って取り扱った。手術手順として、動物をエンフルランとNO2の混合物で麻酔した。脳定位マイクロインジェクションを全ての脳領域注入に用い、Paxinos & Watsonの図、脳定位座標におけるラット脳、(Academic Press,オーストラリア、シドニー:1982)に従って座標を求めた。免疫細胞化学用の組織を切除し、速やかに封入剤を凍結した。5μm切片をクリオスタットと共に用い、切片を緩衝ホルマリン中に固定した。
X−gal組織化学用組織を上記のように調製した。
【0064】
一側性黒質障害:
以前に記載されたPereseら(1989)Brain Res.494:285-93,Duringら(1992)Exp.Neurol.115:193-99の方法を用いて一側性黒質障害を作成した。簡単に述べると、雄のスプラグダウレイラット290〜310gをキシラジン/ケタミンで麻酔し、コフ脳定位枠に入れた。頭骨を露出させ、左の黒質の上にバードリルで穴をあけた、ラムダ+3.5、L2.15。新たにつくった6−ヒドロキシドーパミン(PBS中2mlの0.1%アスコルビン酸中4mg)をハミルトン注射器に充填し、2分間かけて2つの位置に下げた。中間位置の座標は側方1.9及び腹側7.1mmで針の角度は吻側に面するが、外側の位置は側方2.3mm及び背側の腹面6.8mmで針の角度は外向きであった(Grahamら,(1977)J.Gen.Virol.36:59-74)。各々の位置に2mlを5分かけて注入し、針を更に5分間そのままにした後、更に5分かけて取り出した。
【0065】
行動に関する試験:
6−OHDA注入の10〜16日後にラットを試験した。半球状のロータメーターに入れ、Heftiら(1980),Brain Res.,195:123-27に記載されたようにアポモルフィン(1mg/kg)を投与した15〜20分後に体が完全に回転する総数を記録した。少なくとも2週間離した3回の試験の最低を用いて基準回転率とした。1分あたり10回転を超える安定な(25%未満の変動)非対称性回転挙動を一貫して示したラットをAAVlac或いはAAVth注入のためにランダムに選んだ。
【0066】
6−OHDA障害の生じたラットにおけるAAVlac又はAAVthの脳定位注入:
ほぼ完全な病変の上記行動基準にかなったラットをケタミン/キシラジン(1kgにつき70mg/7mg)で麻酔し、コフ脳定位枠に入れた。頭骨を露出させ、Paxinos & Watson座標AP0.2、L2.6及びAP1.5、L2.0及びL3.0で神経支配のない線条体(左)の上をドリルで穴をあけた。AAVlac或いはAAVthをハミルトン注射器を用いてDV深さ5mmの3つの位置の各々に徐々に注入した。各注入容量は2mlであった。ラットについて手術の1及び2ヵ月後にアポモルフィン誘導回転行動を試験した。
【0067】
TH、NF及びGFAP免疫細胞化学:
脳切片の免疫組織化学(IHC)分析用に、ラットをクロラール水和物で深く麻酔した後に1M PBS(pH=7.3)、次に4%パラホルムアルデヒド(PF)で心臓内灌流を続けた。脳を切除し、4%PF、次に凍結保護剤として上昇方式のスクロース溶液(PBS中10/15/30%)に固定(3〜4時間)した。切片(7〜30mm)をクリオスタット(Reichert-Jung)内で切断し、ポリリシン被覆スライド上に取り付けた。我々は、特定のニューロン又はグリア分集団におけるTH陽性細胞の同時検出用二重標識プロトコールを用いた。切片をまず阻止バッファー(1M リン酸塩バッファー食塩水(PBS)中5%ヤギ血清(GS)/5%正常ウマ血清(NHS)中でインキュベートした。次に、切片を阻止バッファー(マウス抗TH[Boehringer Mannheim,1:200]、マウス抗NF[Sigma,1:400]、ウサギ抗TH[ChemiconInternational,1:3000]、ウサギ抗GFAP[メモリアルホスピタルの病理部からの寄贈、1:800]に希釈した一次抗体中室温で(2〜4時間)インキュベートし、阻止バッファーですすぎ、二次抗体(マウス抗テキサスレッド[ベクター、1:75又はビオチニル化ウサギ抗IgG[ベクター、1:400]中室温で(1時間)インキュベートした。切片をPBS中で洗浄し、アビジン−ニュートライトFITC[Molecular Probes Inc,1:400]中室温でインキュベートした。スライドをPBS/グリセロール(0.05:1)を用いてカバーガラスをかぶせ、−20℃で保持した。
【0068】
実施例1
脳に遺伝子移入するためのアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの作成
細菌lacZ遺伝子を、AAVゲノムの末端間にプラスミドpsub201(Samulskiら(1989)J.Virol.63:3822-28)に挿入した。これらの末端は、AAVベクターへの切断及びパッケージングの認識シグナルを含んでいる。lacZ遺伝子は、細菌酵素β−ガラクトシダーゼをコードし、適切な基質との反応の際に不溶性の青色沈殿を生産する。ヒトサイトメガロウイルス(CMV)即時型プロモーターを用いて遺伝子発現させ、SV40ポリアデニル化シグナルをlacZ遺伝子の下流に入れた(図1)。細胞にpAAVlac及びAAV構造タンパク質を与えるがAAV末端を欠いてウイルスに詰込むことができない第2プラスミド、pAd8(Samulskiら1989)をトランスフェクトした。次に、同時トランスフェクトした細胞をアデノウイルス5型(Jones & Shenk(1978)Cell 13:181-188)に感染させて残りの複製及びパッケージング機械を与えた(図2)。得られた株は、詰込まれたAAVlacベクター(AAVlac)及び子孫ヘルパーアデノウイルスから構成され、ヘルパーウイルスは、次に、56℃で30分間加熱することにより除去した。アデノウイルスの完全除去は、このウイルス株に感染した1週間後に培養細胞中にウイルスプラークを検出できないことにより確認した。次に、AAVベクターを培養293細胞の感染、β−ガラクトシダーゼ発現の組織化学染色及び青色細胞の計数により力価測定した。感染の1日及び5日後に観察された細胞数に差がなく、ベクターの複製及び拡散がないことを示した。AAV認識シグナルのないlacZプラスミドを用いてこの工程を繰り返すと、得られた株を感染した後に陽性細胞は観察されなかった。これは、lacZ遺伝子が自律複製できないAAVウイルスに詰込まれ残余のアデノウイルスが完全に除去されたことを示している。
【0069】
実施例2
AAVベクターは成体ラット脳において異種遺伝子を伝達及び安定に発現することができる
AAVlacを、尾状核、扁桃、線条体及び海馬を含む成体ラット脳の種々の領域に定位脳手術で微小注入した。始めにラットを注入の1〜3日後の間に犠牲にし、X−gal組織化学用に切片を処理した。各領域内で陽性細胞を示した。遺伝子移入の脳への効率は、HSV又はアデノウイルスベクターを用いて以前に観察されたものと少なくとも等価であると思われた。
哺乳動物脳内のAAV遺伝子移入及び発現の長期安定性を分析するために、ラットの尾状核にAAVlacを注入し、手術の2〜3ヵ月後に犠牲にした。最初に、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を脳切片内の使用に適応して原位置でウイルスベクターDNAの増幅及び可視化を可能にした。Nuovoら(1991)Am.J.Pathol.139:1239-44; Nuovoら(1993)PCR Meth,2:305-12; Flotteら(1993)Proc.Nat.Acad.Sci.USA 90:10613-17参照。2ヵ月後に細菌lacZ遺伝子を保持した脳内の多数の細胞を検出した。反対側の脳切片又はTaqポリメラーゼを存在させずに処理した切片に染色はなく、アデノウイルスのみ感染させた脳にも陽性細胞はなかった。次に、ほかのラットを犠牲にし、機能β−ガラクトシダーゼを含む細胞を同定するために、切片をX−gal組織化学用に処理した(Kaplittら(1991)Mol.Cell.Neurosci.2:320-30参照)。ベクター注入の3ヵ月後まで尾状核の注入領域内に陽性細胞を同定した。同時に被検ラットの中に行動に関する又は生理的異常は検出されず、脳切片はAAV遺伝子移入から生じる病変の証拠を示さなかった。
【0070】
実施例3
AAVベクターは6−OHDA障害の生じたラットの尾状核においてチロシンヒドロキシラーゼの発現を与える
パーキンソン病(PD)は、黒質線条体路の喪失を特徴とする神経変性疾患であり、尾状核におけるドーパミン作動性伝達を促進する治療に応答する(Yahr & Bergmann,Parkinson's Disease(Raven Press,1987),Yahrら(1969)Arch.Neurol.21:343-54)。実験動物において、チロシンヒドロキシラーゼを発現してジヒドロキシフェニルアラニン(L−ドーパ)を合成する遺伝的に修飾した細胞は、PDのげっ歯類モデルにおいて行動に関する回復を誘導する。(Wolffら(1989)PNAS(USA)86:9011-14; Freedら(1990)Arch.Neurol.47:505-12; Jiaoら(1993)Nature 262:4505)。別の方法は、直接生体内体細胞遺伝子移入の方法であり、新線条体の内在細胞はTHを発現するベクターを導入することによりL−ドーパ産生細胞に変換される。THを発現するHSV−1ベクターは、この方法が組織移植に対して生存可能な代替方法であることができることを示した。(Duringら,(1992)Soc.Neurosci Abstr.18:331-8)。しかしながら、HSV−1ベクターは、上述したように現在いくつかの制限がある。ヒトPD患者に治療上の有用性を有することができるベクターを作成するために、我々はヒトTHcDNA(II型)(O'MalleyらBiochemistry 26:6910-14)を我々のAAVベクター(AAVth)に挿入した。AAVthを詰込み、AAVlacに対して記載されたようにヘルパーウイルスを除去した。
【0071】
黒質の一側性6−ヒドロキシドーパミン障害をPDの樹立げっ歯類モデルを作成するために用いた。このモデルにおいて、神経支配のない黒質と無傷黒質間の後シナプスレセプター感受性を異にすることによって生じた非対称性はアポモルフィンのようなドーパミン作動薬の体組織投与後に回転挙動をもたらす。(Heftiら(1980)BrainRes.195:123-7)。
非対称性回転率は、線条体ドーパミン欠乏の程度に直接関係し、このモデルはPDにおいて治療上の効能を有する治療を定義するのに予想能力がある。(Freedら(1987)Ann.Neurol.8:510-19; Hargravesら(1987)Life Sci.40:959-66)。障害の生じたラットについて2週間毎に最低3回アポモルフィン誘導回転を試験し、病変効能>95%の行動基準を満足する動物(>10回転/分)を同定した(Heftitら1980)。AAVth又はAAVlacウイルス又は賦形剤のみ(リン酸塩緩衝食塩水,[PBS])を神経支配のない線条体に脳定位注入することにより送達した。ラットについて2、4及び9週間のアポモルフィン誘導非対称性回転を試験した。AAVlac注入ラットの回転挙動は、PBS注入ラットと同様であった。対照的に、AAVth注入ラットは、AAVlac又はPBS注入グループ(対照グループ)と比べて顕著な行動に関する回復を示した(図3)。AAVthによる平均行動回復は4週間で31±6%であり、注入の9週間後に(P<0.01)32±3%を維持した。
【0072】
AAVthを導入した後にウイルスにコードしたTH遺伝子発現を試験するために、注入の24時間から7ヵ月にわたるときどきにラットを分析した。AAVベクターからのTH発現は、マウスモノクローナル抗TH抗体による免疫細胞化学を用いて検出した。この抗体は、ラットタンパク質とヒトタンパク質とを区別しないが、THはラット線条体の固有のニューロン或いはグリア内で発現しない(Chatterjeeら(1992)Science 258:1485-88)。更に、線条体内の内在性TH免疫反応性(TH−IR)は、非病変ラットのドーパミン作動性輸入線維に制限され、完全に神経支配のない線条体には存在しない。対照及びAAVlac注入ラットの両者において、神経支配のない側に線条体TH免疫反応性(TH−IR)はなかった。対照的に、AAVthを注入した神経支配のない線条体には、注入部位の周りに及び注入部位から2mm離れて広がって多数のTH−IR細胞がかたまった。
線条体内の大多数の細胞は、形態学的にニューロンであると考えられ、抗THモノクローナル抗体及び抗神経フィラメント抗体の両方による二重標識により、実質的に多数の固有の線条体ニューロンが免疫反応性THを新たに発現したことが確認された。次に、ほかの切片をTHモノクローナル抗体及びグリア原線維酸性タンパク質(GFAP)に対するウサギポリクローナル抗体、アストログリア細胞及び希突起膠細胞マーカーの両方で二重標識した。他の切片をTH抗体及びグルタミン酸塩脱炭酸酵素(GAD)の抗体、GABA分泌性ニューロン、新線条体の優勢なニューロン集団のマーカーで二重標識した。二重標識により、大多数のTH−IR細胞がGADに免疫反応性であり、TH−IR細胞の少しがGFAP陽性であることがわかった。GABA分泌性ニューロンは、約95%の固有の線条体ニューロン集団を構成し、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT、コリン作動性)陽性細胞が残りをつくっている。TH及びChATによる二重標識により、線条体コリン作動性ニューロンにおいてTHをコードしたベクターを発現させることもわかった。
【0073】
これらの生体内実験に用いられたAAVthの力価は、5×106感染性粒子(i.p.)/mlであった。従って、感染効率が100%であり各i.p.が異なった細胞に感染した場合には1回の注入の2mlは10,000陽性細胞を生じる。しかしながら、AAVの以前の感染が次の再感染又は同じ細胞に感染する複数の粒子を防止しないので、注入のすぐ近くでは細胞が多重感染を有することが予想される。更に、AAVthは、また、軸索及び末端に感染し、逆行性輸送後に線条体輸入(例えば、生存ドーパミン黒質ニューロン、皮質、視床の網様核及び背側縫線核)の細胞体領域で発現される。AAVth感染ラットでは、TH−IRを含む線条体細胞の総数は、各々の2ml注入に対して一貫して1000を超え、最低10%生体内効率を示し、欠損HSV−1ベクターを用いる以前の観察(@2%)より著しく多かった。更に、発現レベルを3日から7ヵ月にわたってときどき試験した。
発現はこの7ヵ月間を通して持続したが、発現レベルは約50%まで減少した。
更に、細胞変性効果の徴候もなかった。短期ラット(注入の1週間未満に試験した)に観察された変化は、PBS注入及びAAVlac注入ラットと同様の注入のわずかな針の傷だけであった。長期ラット(2ヵ月より長い)では、残存している針の跡は一貫して見えず、ニューロン損傷又は反応性神経膠症の証拠はなかった。また、被検ラットにおいて脳損傷の行動に関する又は肉眼的病変徴候もなかった。
【0074】
実施例4
単一AAVベクターから2つの遺伝子を発現することにより神経伝達物質ドーパミンの新規合成が得られる
ドーパミン合成は、2つの酵素、TH及び芳香族酸脱炭酸酵素(AADC)によって触媒される。THによって触媒された反応はL−ドーパの合成をもたらし、これはドーパミン合成において律速段階である。次に、ドーパミンはAADCによってL−ドーパの変換から生じる。線条体はTHを内在的に生産する細胞を含まないが、AADCを生産する線条体細胞が少しある。従って、AAVth(又はTHのみを用いる他の方法)で治療したラットにおける行動に関する回復は、おそらく得られたL−ドーパのドーパミンへの内在性線条体AADCによる変換に次いで現れる。しかしながら、限られた数の細胞がAADCを生産するので、ドーパミン合成がすべての導入細胞においてTH及びAADC双方の発現によって促進されることは可能である。この方法で、標的細胞は、遺伝子移入後に自律ドーパミン産生細胞になる。実際に最近の証拠は、神経支配のない線条体において両方の遺伝子の発現がTHのみの発現より優れていることが示されている(Kangら1993)。更に、細胞移植後の最も実質的な行動に関する回復は、TH発現筋肉細胞が用いられた場合に現れ、初期の研究からの線維芽細胞と異なり、筋肉細胞が内在性AACD活性を発現する。これにより、TH及びAACDの両方を含むAAVベクターの作成が価値のあることが示された。
【0075】
AAVベクターにおいて挿入サイズに制限があるために、両方の遺伝子を含むベクターを作成するためにいくつかの修飾が必要であった。まず、TH遺伝子の端を切り取り、5’端を除去した。TH遺伝子の切端は、実際には、アミノ末端調節ドメインの除去のために酵素活性を高めることが示された。(Walkerら(1994)Bioch.Biophys.Acta 1206:113-119)。従って、これにより、機能上の目的及び他の遺伝因子に用いうる場所を増やすこ
とがかなった。更に、新規なエピトープをコードする小さな合成オリゴヌクレオチドを端を切り取ったTHの5'端に結合した。“Flag”と呼ばれるこの新規なエピトープは、市販のモノクローナル抗体で認識される。これにより、AAV導入THの生体内発現の独立した及びあいまいでないマーカーが得られる。
【0076】
THを修飾後、AADC遺伝子をベクターに挿入した。2つのプロモーター及び2つのポリアデニル化シグナルを有する2つの独立した発現単位の作成は、AAVベクターの拘束と両立しないほど大きな挿入サイズをもたらした。従って、IRES因子は、Flag−THとAADCcDNAの間に挿入された。ほとんどの真核mRNAは、単シストロン性であり、単一オープンリーディングフレームを含み、ペプチドの翻訳が停止しリボソームが転写物から離れると、ほかの下流の翻訳開始部位が用いられない。IRES因子が翻訳停止コドンの下流のmRNAに存在する場合には、リボソームの再侵入に向けられ(Ghattasら(1991)Mol.Cell.Biol.11:5848-5959)、第2オープンリーディングフレームの開始での翻訳開始を可能にする(IRES=内部リボソーム侵入部位)。この方法で、真核二シストロン性mRNAが作成され、単一mRNAからの2つの異なるペプチドの翻訳を可能にする(図2)。即ち、単一プロモーター(CMV)及び単一転写物を発現させる単一mRNAポリアデニル化シグナル(SV40)だけで、Flag−TH及びAADCタンパク質の両方の翻訳が単一AAVベクターを導入した単細胞内で生じる。
【0077】
プラスミドAAVFlag−TH/AADCの作成後、独立した発現パラメーターの各々を培養内で試験した。プラスミドを293T細胞にトランスフェクトし、次に、翌日チロシンの基質及び必要な補因子(テトラヒドロビオプテリン)をこれらの培養物のある組織培養液に加えた。対照として、ほかの細胞にプラスミドAAVlacをトランスフェクトするか又は偽トランスフェクトした。補因子の添加(又は偽処理)の30分及び60分後に培養液の試料を得、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)でドーパミンの存在を分析した。図6に示されるように、両方の補因子の存在下にAAVFlag−TH/AADCをトランスフェクトした293T細胞内で非常に高いレベルのドーパミンが生産された。補因子を欠く同様にトランスフェクトされた細胞では、かろうじて検出可能な量のドーパミンが生産され、AAVlacトランスフェクトされた又は偽トランスフェクトされた細胞は十分な補因子の存在下でさえドーパミン合成を全然生じなかった。これにより、293T細胞は内在的にドーパミン合成させることができないが、二シストロン性ベクターAAVFlag−TH/AADCの導入がこれらの細胞をドーパミンの高レベルの補因子依存性生産細胞に変換したことが示された。更に、これらの細胞を次に抗Flagモノクローナル抗体で固定及び染色したことは留意されなければならず、これにより、バックグラウンドのないFlagエピトープの非常に特異的な組織化学検出が示された。
【0078】
更に、ビシストロンAAVベクターの特異性と機能を、培養した293T細胞で分析した。上記のデータにもかかわらず、293T細胞は内在性AADC活性を含むことはなお可能であった。これが言えた場合には、Flag−THのみの発現は、第2(AADC)オープンリーディングフレームの翻訳を達成することなく同様のデータを与えた。これを試験するために、ほかのベクターを作成した。AAVFlag−THは、Flag−THオープンリーディングフレームを有するがIRES配列とAADCオープンリーディングフレームの両方を欠くモノシストロン挿入断片を含む。次に、293T細胞にAAVFlag−TH/AADC、AAVFlag−TH、AAVlac又はプラスミドなしをトランスフェクトした。翌日全ての培養物に両方の補因子を加え、培養液の試料についてL−ドーパ及びドーパミンの両方をHPLCで試験した(表1)。プラスミドなし又はAAVlacをトランスフェクトした細胞は、L−ドーパ或いはドーパミンの検出可能レベルを合成できなかった。L−ドーパのないことは、293T細胞が内在性TH活性を有しないことを示した。更に、AAVFlag−THをトランスフェクトした細胞は、非常に高いレベルのL−ドーパを生じたが、検出できない量のドーパミンであった。これにより、293T細胞はいずれもAADC活性を有しないことが示される。更に、これにより、端が切り取られたTHは非常に活性であり、5’Flag配列の付加は酵素活性に悪影響を及ぼさなかったことが示される。更に、AAVFlag−TH/AADCをトランスフェクトした細胞は、有意量のL−ドーパを生産したが非常に高いレベルのドーパミンを生産した。おそらく、これらの細胞においてAAVFlag−THをトランスフェクトしたものと比べてL−ドーパの低いレベルは、L−ドーパのドーパミンへの効率のよい変換のためである。即ち、2つの遺伝子が単一のAAVベクター内に入り、介在IRES配列の挿入のような手法により両方のタンパク質産物の翻訳がもたらされる。これらのデータは、また、AAVベクターが生物学的に活性な単一神経伝達物質の生産において相乗作用を示すことができる機能上活性な多重タンパク質の発現を与えることができることを示している。Flagエピトープは、TH酵素活性に悪影響を及ぼさないAAV由来THタンパク質生産の特異的な独立したマーカーであることも示された。
【0079】
表1
L−ドーパ及びドーパミンのプラスミドトランスフェクション後の293T細胞の培養液への放出

【0080】
pAAVlacをトランスフェクトした又はPBSを偽トランスフェクトした対照は、検出可能レベルのL−ドーパ或いはドーパミンを生産せず、これらの細胞は一番TH活性を含まなかった。チロシンヒドロキシラーゼのみ発現するpAAV−FlagTHをトランスフェクトした後、有意量のL−ドーパを生産したがいずれもドーパミンに変換されなかった。これにより、N末端Flagエピトープを有する端を切り取ったTHは酵素的に活性であったが、まだ293T細胞は内在性AADC活性を含み、従って、ドーパミンへの変換のないことが示された。対照的に、二シストロン性ベクターpAAV−FlagTH−AADCをトランスフェクトした細胞は、有意レベルのL−ドーパを生じるが、はるかに高いレベルのドーパミンを生じた。これにより、Flag−THが十分に活性であり、L−ドーパを合成するが、機能AADCも同じmRNAから翻訳され、これがL−ドーパの多くをドーパミンに変換したことが示された。従って、2つの酵素は単一ベクターから発現され、もって、内在性TH又はAADC活性のない細胞をドーパミン生産細胞に変換した。
【0081】
実施例5
パーキンソン病の霊長類モデルにおけるAAVベクター仲介遺伝子治療
パーキンソン病に対する治療剤としての二シストロン性ベクターの大きな可能性は、霊長類実験の急速な開始に導いた。パーキンソン病の霊長類モデルは、ヒト臨床試験に入る前の潜在的治療の評価のためのとても貴重な標準モデルであると考えられる。このモデルは、始めは若い人々のグループが特発性パーキンソン病と著しく類似の神経変性疾患を発症していた1980年代の初期に所見から開発された。この疾患の原因は、麻薬の使用までさかのぼり、特定の原因物質が1−メチル−4−フェニル−1,2,3,6−テトラヒドロピリジン(MPTP)であることが判明した(Langston(1985)Trends Pharmacol.Sci.6:375-378)。次に、MPTPを霊長類に投与すると、動物は抗パーキンソン剤を試験する主なモデルになったパーキンソン障害を発症した。末梢に投与されたMPTPは血液脳関門を横切り、そこでモノアミンオキシダーゼB(MAO−B)によりMPP+に変換される。次に、この化合物は、エネルギー依存性前シナプス取込み機序を介して黒質のドーパミン作動性ニューロン内で選択的に濃縮される。これは、黒質ニューロン内に見られるニューロメラミンのMPP+結合能によって促進される(D'Amatoら(1986)Science 231:987-989)。MPP+は、強力な神経毒であり、最後にはパーキンソン病に見られるように黒質ドーパミン作動性ニューロンの退行変性及び黒質線条体のドーパミン経路の喪失を引き起こす(Redmondら(1993)Ann.N.Y.Acad.Sci.695:258-266; Tipton & Singer(1993)J.Neurochem.61:1191-1206)。
【0082】
MPTP霊長類で開始した初期の実験は、AAV系の安全を試験するために及びパーキンソン病に対するAAVFlag−TH/AADCの潜在的治療効能に関する情報を得るために設計された。初期の実験は、中程度の黒質病変だけを有する少数の動物を用い、AAVベクターが生体霊長類脳において遺伝子を伝達することができるか及びドーパミン伝達が二シストロン性ベクターを用いて線条体内で高められるかを求めるために設計された。精製ベクターをMPTP処理霊長類の線条体に片側のみに定位脳手術で注入し、次に、被検動物を注入の10日あるいは4.5日後に分析した。組織切片についてFlag免疫反応性を分析し、多数の陽性細胞が短期及び長期被検動物の双方に注入動物からのいくつかの切片に示されたが、非注入側からの切片は、完全に陰性であった。大多数の陽性細胞は、形態学的にニューロンであると思われた。これにより、AAVベクターが遺伝子を霊長類脳に巧く伝達することできることが始めて証明された(Duringら(1994)Abstr.Soc.Neurosci 20:1465)。
【0083】
更に、処理した霊長類からの組織試料の生化学分析により、ベクターが線条体ドーパミンの増加をもたらしたことが示された(Duringら(1994))。例えば、処理の10日後に犠牲にした1被検動物において、AAV注入部位近くの線条体組織試料からのドーパミンレベルは18.93ng/mgタンパク質であった。非注入対側線条体からの等価組織試料は、ドーパミンレベル7.97ng/mgタンパク質であった。注入及び非注入側の遠位部位からの組織試料は、各々ドーパミンレベル2.48ng/mg及び2.27ng/mgをもたらした。末梢に投与されたMPTPは、両側の黒質にほぼ同等な病変を生じるので、未処理側と比べて注入線条体におけるドーパミンレベルの約140%増加は、AAVベクターが機能上活性な酵素の発現をもたらしたことを示している。
【0084】
第2実験は、AAVFlag−TH/AADCに治療可能性があるかを求めるために重い障害を生じた霊長類を用いた。被検動物を2つのグループに分け、処理グループはAAVFlag−TH/AADCを投与し、対照はAAVlacを投与した。動物は全て両側に脳定位注入され、同一ウイルスが脳の両側の線条体に注入された。次に、被検動物を手術の2.5カ月間追跡した。所見は、二シストロン性ベクターがパーキンソン行動の持続した改善をもたらしたことを示している(Duringら(1994)。盲目的な世話人による対照及び処理動物の毎月の評価は、引き続き対照であることが求められた動物の行動に実際に変化がなく、処理被検動物における応答は、控え目な改善から実質的な機能回復まで変動した。ほとんどの動物は、多くの時間うつ伏せに過ごしかつ餌を食べ身づくろいをするために援助を必要とする不可能な実験を始めた。報告書は、ある場合には処理動物の改善がうつ伏せに過ごす時間の短縮及び餌を食べ身づくろいをする能力の回復をもたらしたことを示している。これらの盲目的な観察は、AAVベクターがパーキンソン病の霊長類の行動に関する回復をもたらすことを示している。また、両方の霊長類の実験において、AAVベクターのために毒性の行動的又は組織学的証拠がなかったことは留意されるべきである。データはすべて、ヒト神経学的疾患の長期改善がAAVベクターを用いる生体内生体脳細胞の遺伝的修飾を介して可能であることを示している。
【0085】
実施例6
AAVベクターからの成長因子の発現によりニューロン病変後の機能回復がもたらされる
パーキンソン病の治療に対する代替方法としてほかのAAVベクターを開発した。いままで、PDに対する大多数の治療方法は、線条体ドーパミンレベルを上げるときに集中した。動物モデルの行動に関する回復が繰り返し示されたが、これは病気の治療でなくむしろ症状の改善である。黒質におけるニューロン変性は疾病過程の症状の結果であり、神経変性の進行は線条体ドーパミンを増加させることによって変わらない。しかしながら、最近、グリア由来向神経因子(GDNF)のような成長因子が黒質のニューロンを保護しかつそれに向性であることができることをいくつか報告された(Linら(1993)Science 260:1130-1132)。従って、AAVベクターは、CMVプロモーターの制御によってGDNF用cDNAを含むAAVベクターが作成された。
【0086】
6−OHDAでラットに障害が生じ、引き続きAAVgdnf、AAVlac又は食塩水を障害の生じた黒質に注入した(Duringら(1994))。数週間後、障害の生じた側の線条体へのドーパミン放出を脳内微小透析を用いて求めた。この手法は、生存ラットの特定の脳領域内に局所神経伝達物質放出の標本抽出を可能にする(During & Spencer(1993)Lancet 341:1607-1610)。基準線ドーパミンレベルの標本を3回抽出し、グループ間に差がなかった。次に、ラットを前シナプス末端からドーパミンの放出を含むカリウムで処理した。
AAVlac処理したラットも食塩水処理したラットも基準線からドーパミン放出の変化を示さず、線条体内に存在するドーパミン作動性末端はほとんどなかった。しかしながら、AAVgdnfで処理したグループは、ドーパミン放出200%(p<0.05)の著しい増加を生じた。AAVベクターは成長因子のための遺伝子を含んでいるだけなので、線条体へのカリウム誘導ドーパミン放出の回復は、GDNF発現が6−OHDA処理後の黒質におけるドーパミン作動性ニューロンの再成長を保護或いは促進することを示している。
【0087】
これらの結果は、AAVgdnfグループのドーパミンレベルが基準線に戻った後にノミフェンシンを被検ラットに引き続き投与することにより更に支持された。ノミフェンシンは、ドーパミン再取込みを阻害することによりシナプスドーパミンレベルを上げる薬剤である。また、両方の対照グループは、ノミフェンシンに対する応答にドーパミンレベルの変化を示さず、AAVgdnfで処理したグループでは線条体ドーパミンが150%(p<0.05)に上がった。これらのデータと共に、成長因子遺伝子のAAV仲介伝達因子が線条体に対してドーパミン作動性導入を保護或いは回復することができることを示している。即ち、遺伝子治療は、ドーパミンの合成酵素の線条体発現を介してPDの改善及びドーパミン作動性ニューロンを保護又は再生することができる成長因子を発現することにより基礎となる病気の過程の治療の両方に有効である。
【0088】
本発明は、AAVベクターが生体ラット脳において異種遺伝子マーカー遺伝子(lacZ)を安全にかつ効率よく伝達及び発現する最初の証明である。更に、脳内でのウイルスDNA及びlacZ発現の安定性は、病変又は毒性の証拠なしで少なくとも7ヵ月間観察された。ヒトチロシンヒドロキシラーゼ(hTH)の発現は、黒質において以前に一側性6−ヒドロキシドーパミン(6−OHDA)の障害が生じたラット脳のニューロン及びグリアの双方で証明された。これらの病変は、ラットがアポモルフィンで処理されると非対称性(病変の側の対側)の回転挙動をもたらし、これは、パーキンソン病(PD)の行動に関するモデルとして用いられた。尾状核にベクターを注入した後、hTHの発現は7ヵ月後まで証明され、予備的証拠は、AAVベクターからのhTHの持続した発現が6−OHDA投与後の回転挙動を減じることができることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】AAVベクターpAAVlacの地図である。
【図2】ヘルパープラスミド、AAVベクター、アデノウイルスヘルパー等の関係を示す概略図である。
【図3】パーキンソン病のげっ歯類モデルにおけるアポモルフィン誘導回転挙動に関する線条体内AAVth又はAAVlacの影響を示すグラフである。
【図4】AAVthの注入後の6−OHDA病変ラットの尾状核内のhTH発現の免疫組織化学検出を示す図である。A、AAVlacの注入後尾状核に免疫染色がない。AAVlacラットに染色は常に観察されず、AAVthラットからの非注入尾状核にも常に染色がなかった。B、C、AAVthの注入の4ヵ月後の尾状核の細胞におけるTH発現。これらの切片は、厚さが30μmであり、陽性細胞の形態学的同定を防止した。約30個の細胞が注入部位に見られ(B)、細胞は注入部位から2mm離れても見られる(C)が、2mmに存在する細胞は少ない。この観察を注入の4ヵ月後に2回繰り返したが、注入の2ヵ月後に3ラット及び1ヵ月後に2ラットから匹敵する結果が得られた。D、AAVth注入の1週間後の尾状核におけるTH発現。この切片は、厚さが7μmであり、大多数の陽性細胞のニューロンの外観を示した。この切片に50個の陽性細胞が見られ、各短期ラットから得られた約50個の逐次陽性切片の代表である。注入部位から離れた(2mm)280切片まで観察された細胞は少なかった。この結果は、注入の1週間後に2回繰り返され、注入の48時間後に9ラット及び24時間後に9ラットから匹敵する結果が得られた。E、F、ニューロンTH発現を示す二重標識免疫細胞化学。E、FITC標識二次抗体を用いて尾状細胞(矢印)におけるTH発現が示された。F、同じ切片を抗神経フィラメント抗体で連続して染色しテキサスレッド結合二次抗体で可視化することにより、TH発現細胞(矢印)のニューロン同定が得られた。倍率:A〜D、400×、E、F、630×。
【図5】プラスミドpAAV−FlagTH−AADCを示すグラフである。この二シストロン性構築物は、N末端Flagエピトープ(Flag−TH)及び芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)を含む端を切り取ったチロシンヒドロキシラーゼに対するオープンリーディングフレームを有する二シストロン性構築物を含む。THがチロシンをL−ドーパに変換し、次に、AADCがL−ドーパをドーパミンに変換する。2つのオープンリーディングフレームの間に、リボソームを再侵入させ翻訳停止コドンから下流に第2オープンリーディングフレームの翻訳を開始させることを可能にする配列がある。これは、内部リボソーム侵入部位(IRES)である。これらは、単一メッセンジャーRNAとしてヒトサイトメガロウイルス即時型遺伝子プロモーター(CMVプロモーター)から転写される。挿入断片の3’端にSV40ウイルスに由来するmRNAのポリアデニル化のシグナルがある(SV40polyA)。全挿入断片は、アデノ随伴ウイルスからの末端反復(AAVterm.)が隣接し、ヘルパープラスミドpAAV/Ad及びヘルパーアデノウイルスによって供給されたタンパク質の存在下に挿入断片の複製、除去及びパッケージングを可能にする。プラスミドは、標準プラスミド配列も含み、細菌内部でのDNAの複製及び増幅(ori)及びアンピシリンに対する耐性を介するプラスミドが隠れている細菌コロニーの選択(amp)を可能にする。AAVベクターのいくつかのユニークな特徴の1つは、他の欠損ウイルスベクターと異なり、AAV末端間にDNAが詰込まれるとこれらのプラスミド配列が失われることである。
【図6】293T細胞にプラスミドトランスフェクトした後に培養液中にドーパミンを放出することを示す図である。最初のグループの4試料は、チロシン及びテトラヒドロビオプテリンを添加した30分後を示し、第2の4試料は60分後を用いた。pAAV−FlagTH−AADCをトランスフェクトしチロシン及びテトラヒドロビオプテリンを示した(TH/DC+)細胞におけるドーパミンの放出は、30分で著しく、60分で更に上がった。このプラスミドをトランスフェクトしたが基質及び補因子を示さなかった(TH/DC−)細胞は、両方の時点で無視できる量のドーパミンを合成した。細菌lacZ遺伝子を発現するpAAVlacをトランスフェクトするか又はリン酸塩緩衝食塩水(PBS)を偽トランスフェクトした対照は、検出できる量のドーパミンを生じなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノ随伴ウイルス及び哺乳動物神経系標的細胞の双方に外因性であるDNAの送達方法であって、前記外因性DNAを含むように修飾されたアデノ随伴ウイルス由来ベクターを供給する工程及び前記ベクターを前記細胞に導入させる工程を含む方法。
【請求項2】
該外因性DNAが発現可能な遺伝子を含み、前記遺伝子が構成的に或いは調節可能な条件下で前記標的細胞において発現される請求項1記載の方法。
【請求項3】
該発現可能な遺伝子が、前記細胞に対して内在性の遺伝子から転写されたメッセンジャーRNAについてアンチセンスであるメッセンジャーRNAをコードする請求項2記載の方法。
【請求項4】
該発現可能な遺伝子が、チロシンヒドロキシラーゼ及び芳香族アミノ酸脱炭酸酵素からなる群より選ばれたタンパク質をコードする請求項2記載の方法。
【請求項5】
該発現可能な遺伝子が、中脳ドーパミン作動性ニューロンに特異的な向神経因子をコードする請求項2記載の方法。
【請求項6】
該発現可能な遺伝子が、フリーラジカルのレベルを低下させる酵素をコードする請求項2記載の方法。
【請求項7】
該発現可能な遺伝子が、GABA分泌活性を亢進させるタンパク質をコードする請求項2記載の方法。
【請求項8】
該発現可能な遺伝子が、ニューロン興奮性を変えるイオンチャンネルを調節するタンパク質をコードする請求項2記載の方法。
【請求項9】
該アンチセンスRNAが、興奮性レセプターに翻訳可能である該mRNAに対してアンチセンスである請求項3記載の方法。
【請求項10】
該発現可能な遺伝子がチミジンキナーゼをコードする請求項2記載の方法。
【請求項11】
該ベクターが発現可能形態のAAV遺伝子を含まない請求項1記載の方法。
【請求項12】
該ベクターが実質的にAAVの逆方向末端反復のみ保持する請求項1記載の方法。
【請求項13】
該発現可能な遺伝子がコード配列及び前記コード配列に発現可能に結合した調節配列を含み、もって、前記調節配列が活性化されると、メッセンジャーRNA転写物が前記コード配列から転写される請求項2記載の方法。
【請求項14】
前記調節配列が該発現を神経系特異的にする請求項13記載の方法。
【請求項15】
1 該発現が中枢神経系特異的である請求項14記載の方法。
【請求項16】
該発現が、脊髄、脳幹、小脳、間脳及び終脳からなる群より選ばれた1種以上のCNS成分に特異的である請求項15記載の方法。
【請求項17】
該発現がニューロン特異的である請求項13記載の方法。
【請求項18】
該発現がグリア特異的である請求項13記載の方法。
【請求項19】
該標的細胞が、霊長類、げっ歯類、食肉類及び偶蹄類からなる群より選ばれた哺乳類目の哺乳動物細胞である請求項1記載の方法。
【請求項20】
該標的細胞がヒト細胞である請求項19記載の方法。
【請求項21】
該標的細胞が細胞培養内である請求項1記載の方法。
【請求項22】
該標的細胞が生存している哺乳動物内である請求項1記載の方法。
【請求項23】
該ベクターが該哺乳動物の実質的に全ての神経系細胞に送達される請求項20記載の方法。
【請求項24】
該ベクターが該哺乳動物の該神経系の特定の成分に特異的に送達される請求項20記載の方法。
【請求項25】
神経系の遺伝的に決定された、素因のある又は罹患した疾病の予防、治療又は改善方法であって、請求項1記載の方法で外因性DNAを該神経系の細胞に送達する工程を含み、前記送達が該神経系の前記遺伝的に決定された、素因のある又は罹患した疾病を予防、治療又は改善するように前記外因性DNAが選ばれる方法。
【請求項26】
AAVの複製及びパッケージングシグナルのみ保持しかつチロシンヒドロキシラーゼ及び芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を含むAAV由来ベクター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−60919(P2009−60919A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−301501(P2008−301501)
【出願日】平成20年11月26日(2008.11.26)
【分割の表示】特願2005−267194(P2005−267194)の分割
【原出願日】平成7年4月13日(1995.4.13)
【出願人】(596171834)ザ ロックフェラー ユニヴァーシティ (11)
【出願人】(505307965)イェイル ユニヴァーシティ (2)
【Fターム(参考)】