説明

神経細胞の酸化的損傷のマーカー及びその利用

【課題】DHAやAAなどの高度不飽和脂肪酸から生成する脂質ヒドロペルオキシドによる神経細胞の酸化的損傷を検出するのに適したマーカーを提供する。
【解決手段】神経細胞における酸化的損傷マーカー化合物として以下の式(1)で表される化合物を用いる。


(式(1)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞における酸化的損傷の程度を検出することのできるマーカー及びその利用に関し、詳しくは、該マーカーを特異的に認識する抗体、測定キット、酸化的損傷の測定方法、炎症反応に関連する化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマーやパーキンソン病などの神経変性疾患についてはその病因は明らかになっているわけではない。一方、こうした神経変性疾患に係る神経細胞の有する種々の異常について報告がなされている。例えば、アルツハイマー病患者の脳内DHA含有量は正常人の2分の1まで減少していることが報告されている(非特許文献1)。また、ドーパミンは、アミノ基を有するカテコールアミン系神経伝達物質であり、ドーパミンの減少がパーキンソン病のような神経変性疾患と深く関与していることも報告されている(非特許文献2)。
【0003】
ここに、ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(AA)は、生体内において、大脳や網膜などの神経組織や母乳などに多く含まれ、様々な生理活性を示すことが知られている。また、これらの脂肪酸は、二重結合を多く有する多価不飽和脂肪酸であるため、生体内で酸化されて脂質ペルオキシドを生成する可能性があることも知られている(非特許文献3)。
【非特許文献1】Lipids 26, 421(1991)
【非特許文献2】J. Med. Chem. 1997,40,2211-2216
【非特許文献3】「現代の食品化学」三共出版 並木満夫
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、DHAやAAとドーパミンとの関係、さらには神経変性疾患との関係については何ら検討もされておらず、報告もなされていない。
【0005】
そこで、本発明は、DHAやAAなどの高度不飽和脂肪酸から生成する脂質ヒドロペルオキシドによる神経細胞の酸化的損傷を検出するのに適したマーカー、当該マーカーを利用した前記損傷の測定方法、当該マーカーに特異的な抗体及び当該マーカーを利用したスクリーニング方法を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、神経変性疾患の発症予測、神経変性疾患に罹患しているかどうかの診断、神経変性疾患の進行程度など予防、治療、診断等に有効なマーカー、当該マーカーを利用した神経変性疾患の発症診断、疾患診断等の診断方法、当該マーカーに特異的な抗体及び当該マーカーを利用したスクリーニング方法を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、神経細胞の酸化的損傷を検出するのに有用なマーカー及び該マーカーを利用した検査方法等に関している。本発明者らは、脳内に多量に存在するDHAやAAなどの多価不飽和脂肪酸とドーパミンとに着目した。そして、生体内における酸化ストレスによって、これらの多価賦飽和脂肪酸から生成される脂質ヒドロペプチドルオキシドが、脳内のドーパミン量の低下に関連があることを見出した。さらに、本発明者らは、これらの脂質ヒドロペルオキシド又はその分解物がドーパミンと反応して生成するドーパミンの修飾体の量を測定することで、脳内のDHA若しくはAA又はドーパミンの濃度低下を容易に検出することができ、神経細胞の酸化的損傷の程度や神経変性疾患の診断やその前段階状態にあるかどうかの診断のための有用なマーカーとなりえることを見出した。すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される。
【0007】
本発明の一つの形態によれば、以下の式(1)で表される、神経細胞における酸化的損傷マーカー化合物が提供される。
【化7】

(式(1)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【0008】
このマーカー化合物においては、前記式(1)中、Rは、ヘキサノイル基又はグルタロイル基で表すことができ、また、前記式(1)中、Rは、プロパノイル基又はスクシニル基で表していてもよい。さらに、前記式(1)中、Rはヘキサノイル基又はプロパノイル基で表されることが好ましい。
【0009】
本発明の一つの形態によれば、神経細胞における酸化的損傷の検査方法であって、動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程を備える、検査方法が提供される。
【0010】
前記測定工程における前記被験試料は、脊髄液又は脳髄液であることが好ましい。また、前記測定工程は、前記酸化的損傷マーカー化合物を特異的に認識する抗体を用いる工程であることが好ましい。さらに、前記測定工程は、ELISA法によって実施することが好ましい。
【0011】
本発明の一つの形態によれば、神経細胞の老化程度の検査方法であって、動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、前記測定工程の測定結果に基づいて前記動物の神経細胞の老化程度を判定する工程を備える、検査方法が提供される。
【0012】
本発明の一つの形態によれば、神経細胞の酸化的損傷に関連する疾患に関する診断方法であって、動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、前記測定工程の測定結果に基づいて前記動物の前記疾患の発症リスク、前記疾患に罹患しているかどうかの診断及び前記疾患の進行程度のいずれかを診断する診断工程と、を備える、診断方法が提供される。この診断方法において、前記疾患は、神経変性疾患とすることができる。
【0013】
本発明の一つの形態によれば、以下の式(1)で表される化合物から選択されるいずれかの化合物を特異的に認識する抗体が提供される。
【化8】

(式(1)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【0014】
本発明の一つの形態によれば、以下の式(2)及び(3)で表される化合物から選択される、上記抗体を作製するための化合物が提供される。
【化9】

(式(2)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【化10】

(式(3)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【0015】
本発明の一つの形態によれば、以下の式(4)及び(5)で表される化合物から選択される、請求項12に記載の抗体を作製するための抗原用化合物が提供される。
【化11】

(式(4)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表し、Xはキャリアタンパク質から一アミノ基を除いた残部を表す。)
【化12】

(式(5)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表し、Xはキャリアタンパク質から一アミノ基を除いた残部を表す。)
【0016】
本発明の一つの形態によれば、神経細胞における酸化的損傷を抑制する化合物のスクリーニング方法であって、非ヒト動物に1種又は2種以上の試験化合物を投与する工程と、前記試験化合物を投与した前記非ヒト動物から採取される被験試料中の上記いずれかの神経細胞の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、を備える、スクリーニング方法が提供される。
【0017】
本発明の一つの形態によれば、神経細胞における酸化的損傷を抑制する食品のスクリーニング方法であって、非ヒト動物に1種又は2種以上の食品を投与する工程と、前記食品を投与した前記非ヒト動物から採取される被験試料中の上記いずれかの神経細胞の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、を備える、スクリーニング方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の一つの実施形態である神経細胞の酸化的損傷のマーカー化合物、上記式(1)で表される化合物である。このマーカー化合物は、脳などの脂肪酸組成において主要な脂肪酸の一つであるAAやDHAのヒドロペルオキシドとドーパミンとの反応生成物である。このため、神経細胞の酸化的損傷を検出するための有効なマーカー化合物である。以下、本発明の一つの形態である酸化的損傷マーカー化合物について説明するとともに、他の実施形態である神経細胞の酸化的損傷の検査方法、マーカーを特異的に認識する抗体、測定キット、神経細胞の老化程度の検査方法、神経細胞の酸化的損傷が関連する疾患の各種診断方法、スクリーニング方法等について説明する。
【0019】
(神経細胞の酸化的損傷マーカー化合物)
本発明の神経細胞の酸化的損傷マーカー化合物は、上記式(1)で表される。上記式(1)中、Rがヘキサノイル基であるマーカー化合物I及びRがグルタロイル基であるマーカー化合物IIは、いずれもAA由来のヒドロペルオキシドとドーパミンとの反応生成物であると考えられる。アラキドン酸とこれらの化合物I、IIとの関係を図1に示す。マーカー化合物Iは、AAの非カルボキシ末端由来であり、マーカー化合物IIは、AAのカルボキシル末端由来であると考えられる。これらのマーカー化合物I、IIはAAの酸化、AA含有量の低下、AAによるドーパミン含有量の低下など、神経細胞におけるAAに関連する各種の酸化的損傷を検出するのに有用である。
【0020】
また、式(1)中、Rがプロパノイル基であるマーカー化合物III及びRがスクシニル基であるマーカー化合物IVは、いずれもDHA由来のヒドロペルオキシドとドーパミンとの反応生成物と考えられる。DHAとこれらの化合物III、IVとの関係を図2に示す。マーカー化合物IIIは、DHAの非カルボキシ末端由来であり、マーカー化合物IVは、DHAのカルボキシル末端由来であると考えられる。これらのマーカー化合物III、IVはDHAの酸化、DHA含有量の低下、DHAによるドーパミン含有量の低下など、神経細胞におけるDHAに関連する各種の酸化的損傷を検出するのに有用である。
【0021】
これらのなかでも、マーカー化合物I及びIIIが、アポトーシス誘導能が高いためマーカー化合物として有用である。
【0022】
マーカー化合物Iは、例えば、等モル量のドーパミンと無水ヘキサノイル酸とを、リン酸塩緩衝液(pH7.4)とDMFとの混液(1:1)に溶解して、室温で4時間程度反応させることにより得ることができる。また、マーカー化合物IIは、例えば、等モル量のドーパミンと無水グルタル酸とをリン酸塩緩衝液(pH7.4)と飽和酢酸ナトリウム溶液との混液(1:1)に溶解して、室温で1時間程度反応させることにより得ることができる。マーカー化合物IIIは、例えば、等モル量のドーパミンと無水プロピオン酸とを、リン酸塩緩衝液(pH7.4)と飽和酢酸ナトリウム溶液との混液(1:1)に溶解して、室温で1時間程度反応させることにより得ることができる。また、マーカー化合物IVは、例えば、等モル量のドーパミンと無水スクシニル酸とをリン酸塩緩衝液(pH7.4)と飽和酢酸ナトリウム溶液との混液(1:1)に溶解して、室温で1時間程度反応させることにより得ることができる。
【0023】
本発明のマーカー化合物は、神経細胞の酸化的損傷に関連する研究用途、検査用途、診断用途、有用な薬剤や食品などのスクリーニング用途に用いることができる。
【0024】
(神経細胞の酸化的損傷の検査方法)
本発明の検査方法は、動物から採取される被験試料を検査対象としている。本明細書において、動物とは、ヒトの他、ヒト以外の異種の温血動物が挙げられ、例えば、マウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ニワトリが挙げられる。また、被験試料は、動物から採取される血液、血漿、血清、尿、脊髄液、脳髄液などの液体試料が挙げられるが、好ましくは、脊髄液、脳髄液である。また、被験試料としては、動物の神経組織等から採取される細胞や組織等の固形試料が挙げられる。細胞や組織などの固形試料に対しては免疫組織化学染色法により、細胞内又は組織におけるドーパミン修飾体の局在を検出することができる。組織やこうした被験試料は、その種類及び必要に応じて適宜前処理がなされる。
【0025】
本検査方法では、被験試料中の本発明の酸化的損傷マーカー化合物を測定する工程を備えている。本測定工程におけるマーカー化合物の量の測定方法は特に限定されないが、被験試料が生体試料であることを考慮すると、被験試料の夾雑物からこれらのマーカー化合物を分離した上で検出(同定)することが好ましい。こうした分析方法としては、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの各種液体クロマトグラフィー(LC)を用いることができる。また、液体クロマトグラフィーと質量分析法を組み合わせたLC/MSやLC/MS/MSなども用いることができる。
【0026】
また、マーカー化合物を特異的に認識する抗体、好ましくはモノクローナル抗体を用いて、マーカー化合物の量を測定することもできる。
【0027】
(マーカー化合物を特異的に認識する抗体)
本発明の抗体は、上記式(1)で表されるマーカー化合物I〜IVから選択されるいずれかのマーカー化合物を特異的に認識する抗体である。本発明の抗体は、ポリクローナル抗体であってもよいが、モノクローナル抗体であることが好ましい。
【0028】
(抗体の作製)
こうしたマーカー化合物に対する抗体作製方法について説明する。
(1)抗原の調製
本発明の抗体を作製するための抗原としては、マーカー化合物とタンパク質などの適当なキャリアとを結合させた結合体を用いることが好ましい。キャリアタンパク質としては、従来公知のキャリアタンパク質が用いられるが、なかでもウシ血清アルブミン(BSA)、卵白アルブミン、リポプロテイン、ヘモシアニンなどが好ましく用いられる。より好ましくは、カギアナカサガイのヘモシアニン(KLH)である。こうしたキャリアタンパク質は、商業的に容易に入手可能である。なお、キャリアとしては、ポリアミノ酸、ポリスチレン、ポリアクリル酸、ポリビニルなどの重合体又は共重合体等の合成高分子を用いることができる。
【0029】
マーカー化合物とキャリアタンパク質との結合体を得る方法としては、特に限定しないが、適当な溶媒中で、マーカー化合物にカルボキシル基を導入したカルボキシル付加体とキャリアタンパク質とを適当な架橋剤の存在下で反応させて酸アミド結合を形成させる方法が挙げられる。カルボキシル付加体としては、マーカー化合物I〜IVの芳香環の5位の炭素原子にシステインを導入して得られる上記式(2)で表される化合物が挙げられる。また、式(3)で表される化合物が挙げられる。なお、式(2)及び式(3)におけるRは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基及びスクシニル基のいずれかを表しており、それぞれマーカー化合物I、II、III及びIVに対応している。
【0030】
上記式(2)で表されるカルボキシル付加体は、例えば、図3に示すように、酢酸アンモニウム緩衝液(0.1M、pH5.8)中、100mMのマーカー化合物、100mMのシステインと1mg/mlのチロシナーゼを室温で7時間程度反応させることにより得ることができる。このカルボキシル付加体のシステインのカルボキシル基にキャリアタンパク質のアミノ基との酸アミド結合の結合を介してキャリアタンパク質と結合させることで式(4)で表される抗原用化合物を得ることができる。
【0031】
また、上記式(3)で表されるカルボキシル付加体は、例えば、図4に示すように、3,4−ジヒドロキシ−L−フェニルアラニンを出発物質として、マーカー化合物を合成するときと同様にして修飾体を合成することで得ることができる。このカルボキシル付加体のフェニルアラニン由来のカルボキシル基とキャリアタンパク質とのアミノ基とから酸アミド結合を形成してキャリアタンパク質と結合させることで上記式(5)で表される抗原用化合物を得ることができる。
【0032】
なお、グルタロイル基及びスクシニル基を有するマーカー化合物についてのカルボキシル付加体については、予めこれらのカルボキシル基をメチルエステル化などして保護しておき、その後ドーパミンと反応させ、さらにタンパク質を導入させた後、水酸化ナトリウムなどによって加水分解してカルボキシル基に戻すようにすることが好ましい。
【0033】
式(4)及び式(5)におけるRは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基及びスクシニル基のいずれかを表しており、Xは、キャリアタンパク質から一アミノ基を除いた残部を表す。なお、該アミノ基は、カルボキシル付加体のカルボキシル基との酸アミド結合を形成している。キャリアタンパク質としては、好ましくは、ウシ血清アルブミン(BSA)、卵白アルブミン、リポプロテイン及びヘモシアニンであり、より好ましくは、カギアナカサガイのヘモシアニン(KLH)である。
【0034】
なお、カルボキシル付加体とキャリアタンパク質との結合反応は、架橋剤としてEDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドハイドロクロライド)などの水溶性カルボジイミドを使用することができる。なお、他の架橋剤を用いてもよい。結合反応のための溶媒としては、トリス(Tris)、リン酸塩、炭酸塩、酢酸塩等の緩衝液を用いることができ、例えば、1mM〜0.5M、より好ましくは10mM〜100mMのリン酸緩衝液が挙げられる。pHは、結合反応が進行する限り限定しないが、好ましくはpH6〜11、より好ましくはpH7〜9である。反応時間は、例えば、25〜60℃で1時間以上、好ましくは30〜40℃で5〜40時間である。得られた結合体は、最終的にはカラムによる分離精製、透析などの一般的なタンパク質の分離精製方法を単独であるいは組み合わせて採用して抗原として用いることができる。
【0035】
効率的に結合体を得るには、カルボキシル基付加体をEDCなどの水溶性カルボジイミドと反応させた後、さらにsulfo−NHS(N−ヒドロキシスルホスクシンイミド)と反応させてアミン反応性スルホ−NHSエステルとした上で、スルホ−NHSエステルとキャリアタンパク質と反応させることができる。この場合、スルホ−NHSエステルを得るための反応溶媒としては、水と混和可能な有機溶媒であれば特に限定されないが、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)及びエタノールを単独であるいは組み合わせて用いることができる。反応条件は、20〜60℃で5〜40時間、好ましくは、20〜40℃で20〜30時間程度である。次に、スルホ−NHSエステルを含む反応液を次いでキャリアタンパク質溶液と混合して結合反応を進行させる。キャリアタンパク質を溶解する溶液としては、既に説明した結合反応のための溶媒を好ましく用いることができ、pHも同様である。また、反応時間は、1時間以上、好ましくは2〜10時間程度とすることができる。
【0036】
また、この他、キャリアタンパク質とマーカー化合物とを、グルタルアルデヒド等のジアルデヒドや、ヘキサメチレンジイソシアネート等のジイソシアネートとによって反応させてもよい。
【0037】
(2)抗体の作製
こうして調製した抗原で温血動物を免疫し、最終的に、目的とする抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングし、このハイブリドーマの産生する抗体を精製することにより本発明の抗体を得ることができる。温血動物としては、特に、限定しないで、マウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ニワトリ等を用いることができる。ハイブリドーマとして用いる細胞が限定されている場合、当該ミエローマの由来動物と同一の動物を用いることが好ましく、通常用いられるミエローマはマウス由来であることから、温血動物としてはマウスを用いることが好ましい。
【0038】
抗原で温血動物を免疫するには、従来公知の方法を採用できる。例えば、抗原を、温血動物に対して皮下注射、皮内注射、腹膜腔内注射、静脈内注射、筋肉内注射等から選択される1又は2以上の投与経路で、7〜30日、好ましくは12〜16日間間隔で合計2〜10回程度投与する。
【0039】
なお、抗原は適当な緩衝液、例えばフロイントの完全アジュバント、フロイントの不完全アジュバント、水酸化アルミニウム等の通常用いられるアジュバントの1種を含有するリン酸緩衝液、生理食塩水等に溶解して用いることができるが、こうしたアジュバントを必ずしも使用する必要はない。ここで、アジュバントとは抗原と共に投与したとき、非特異的に抗原に対する免疫反応を増強する物質を意味する。
【0040】
抗原を免疫した温血動物を7〜30日間処置せずに放置した後、該温血動物の血清を少量採取し、抗体価を測定する。抗体価の上昇に応じて、抗原の追加投与を適当回数行うこともできる。例えば、0.01〜1mg、特に、0.05〜0.5mgの投与量で1回もしくは2回の追加投与が行われる。なお、抗体価の測定方法としては、酵素免疫測定法、ウエスタンブロット法、凝集法、一元放射状免疫拡散法等から選ばれた測定法を用いることができるが、酵素免疫測定法が好ましい。
【0041】
抗体価が認められた温血合物への最後の投与の1〜30日後、特に好ましくは1〜7日後に免疫した温血動物から脾臓又はリンパ節を摘出し、この組織から抗体産生細胞を採取し、継代培養可能な骨髄腫由来細胞(ミエローマ)と融合させることにより、抗体産生ハイブリドーマを得ることができる。
【0042】
ハイブリドーマは、例えば、「単クローン抗体実験操作入門」(講談社サイエンティフィック安藤民衛ら 1991)等に記載されている方法を用いることができる。すなわち、抗体産生細胞とミエローマとを融合させる。誘導促進剤としては、センダイウイルスやポリエチレングリコールが用いられる。ミエローマとしては、抗体産生細胞の由来動物と同一の動物とすることが好ましい。
【0043】
実際に用いられる細胞融合の方法としては、公知の技術(J ImmunolMethod 39:285−308,1980)を用いることができる。例えば、免疫されたマウスから得られた脾臓細胞等とマウスミエローマ細胞をポリエチレングリコール存在下で融合を行い、ハイブリッド細胞のみが生育可能であるHAT培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン添加培地)により選択的にハイブリッド細胞を増殖させ、ハイブリッド細胞がコロニーを形成した後、培養上清中の抗体をスクリーニングすることで目的の抗体を産生するハイブリドーマを得ることができる。本発明によれば、こうした抗体を産生するハイブリドーマも提供される。
【0044】
抗体産生ハイブリドーマのスクリーニング方法としては、種々の方法が採用できる。抗体価の測定には、例えば、上記した抗体価の測定と同様の方法を採用できる。好ましくは酵素免疫測定法である。具体的には、マーカー化合物を直接あるいは担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)にハイブリドーマ培養上清を添加し、次に放射性物質や酵素などで標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)またはプロテインAを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法、抗免疫グロブリン抗体またはプロテインAを吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加し、放射性物質や酵素などで標識したマーカー化合物を加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法などがあげられる。また、限界希釈法を繰り返すことにより、本発明の抗体を産生する単一のハイブリドーマを得ることができる。
【0045】
こうしてスクリーニングされたハイブリドーマを、モノクローナル抗体を産生する環境下(温血動物の生体外又は生体内)で培養して、体液又は培養液から抗体を採取することにより、本発明の抗体を製造することができる。本発明の抗体は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様に行うことができる。すなわち、免疫グロブリンの分離精製法、例えば、塩析法、アルコール沈澱法、等電点沈澱法、電気泳動法、イオン交換体(例、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相あるいはプロテインAあるいはプロテインGなどの活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法などに従って行われる。
【0046】
なお、マーカー化合物に対する高い反応特異性を有する抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングするには、間接競合ELISA又は直接競合ELISAによってマーカー化合物に対する特異性と類似化合物に対する交差反応性を調べることが好ましい。
【0047】
本発明のモノクローナル抗体はヒトのマーカー化合物I〜IVの検出だけでなく、ヒト以外の異種の温血動物、例えばマウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ニワトリ等の生体中に存在するマーカー化合物I〜IVの検出にも応用することができる。
【0048】
抗体を用いたマーカー化合物の測定方法としては、通常の抗原−抗体反応を利用する方法であれば特に制限されず、放射性同位元素免疫測定法(RIA)、酵素免疫測定法(ELISA)、免疫組織化学法、蛍光もしくは発光測定法、凝集法、イムノブロット法、イムノクロマト法等(Meth.Enzymol., 92, 147−523(1983), Antibodies Vol.II IRL PressOxford (1989)) が挙げられるが、感度や簡便性等の点からELISAが好ましい。ELISAに用いる酵素としては、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼ等が挙げられる。
【0049】
ELISAによる測定法は、間接競合ELISAまたは直接競合ELISAなどがあげられる。例えば、間接競合ELISAは、以下のような手順により行うことができる。
【0050】
(1)固相化用抗原である上記抗原化合物を担体に固相化する。用いる担体は、96穴、48穴、192穴等のマイクロタイタープレートを用いることができる。固相化は、例えば、固相化用抗原を含む緩衝液を担体上に載せ、インキュベーションすればよい。緩衝液中の抗原の濃度は、通常0.01μg/mlから100μg/ml程度である。緩衝液としては、検出手段に応じて公知のものを使用することができる。
【0051】
(2)担体の固相表面へのタンパク質の非特異的吸着を防止するため、固相化用抗原が吸着していない固相表面部分を、抗原と無関係なタンパク質等によりブロッキングする。ブロッキング剤としては、BSAもしくはスキムミルク溶液、または市販のブロックエース(大日本製薬社製)等を使用することができる。ブロッキングは、前記ブロッキング剤を担体に添加し、例えば、約4℃で一晩インキュベーションした後、洗浄液で洗浄することにより行われる。洗浄液としては特に制限はないが、前記(1)と同じ緩衝液を使用することができる。
【0052】
(3)前記(1)および(2)で処理された固相表面に各種濃度の抗原用化合物を含む被験試料および本発明の抗体溶液を加え、該抗体を前記固相化抗原および被験試料中のマーカー化合物に競合的に反応させて、固相化抗原−抗体複合体およびマーカー化合物−抗体複合体を生成させる。反応は、10℃〜40℃、好ましくは25℃〜37℃で0.5〜数時間程度で行うことができる。
【0053】
(4)固相化抗原−抗体複合体の量を測定することにより、予め作成した検量線から試料中のマーカー化合物量を決定することができる。固相化抗原−抗体複合体の量は、酵素標識した二次抗体(本発明の抗体を認識する抗体)を添加して測定することができる。例えば本発明の抗体としてマウスモノクローナル抗体を用いる場合、酵素標識(例えば、ペルオキシダーゼまたはアルカリホスファターゼ等)した抗マウス−ヤギ抗体を用いて、担体に結合した本発明の抗体と反応させるのが望ましい。反応は、前記(3)と同様の条件下で行えばよい。反応後、緩衝液で洗浄する。
【0054】
(5)担体に結合した二次抗体の標識酵素と反応する発色基質溶液を加え、吸光度を測定することによって検量線からマーカー化合物の量を算出することができる。二次抗体に結合する酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、例えば、過酸化水素と、3,3’,5,5’−テトラメチルベンジジンまたはo−フェニレンジアミンを含む発色基質溶液を使用することができる。通常、発色基質溶液を加えて室温で約10分程度反応させた後、硫酸を加えることにより酵素反応を停止させる。3,3’,5,5’−テトラメチルベンジジンを使用する場合、450nmの吸光度を測定する。o−フェニレンジアミンを使用する場合、492nmの吸光度を測定する。なお、バックグランド値を補正するため、630nmの吸光度も同時に測定することが望ましい。二次抗体に結合する酵素としてアルカリホスファターゼを使用する場合には、例えばp−ニトロフェニルリン酸を基質として発色させ、NaOH溶液を加えて酵素反応を止め、415nmでの吸光度を測定する方法があげられる。
【0055】
マーカー化合物を添加しない反応溶液の吸光度に対して、マーカー化合物を添加して抗体と反応させた溶液の吸光度の減少率を阻害率として計算する。既知の濃度のアラクロールを添加した反応液の阻害率により予め作成しておいた検量線を用いて、試料中のマーカー化合物濃度を算出することができる。
【0056】
また、マーカー化合物は、以下のようにして直接競合ELISAにより測定できる。すなわち、固相化抗原に替えて、本発明の抗体を担体に固相化し、被験試料と混合する抗体に替えてマーカー化合物と酵素を結合させた酵素結合ハプテンを用い、二次抗体を用いないで固相化抗体と結合しなかった酵素結合ハプテンを除去した上、固相化抗体−酵素結合ハプテン複合体の量を間接競合ELISAと同様の方法により発色させて吸光度を測定することにより、予め作成した検量線から被験試料中のマーカー化合物の量を決定することができる。
【0057】
なお、本発明の測定方法においては、被験試料に応じた前処理をして試料とした後、間接競合ELISA、直接競合ELISAやその他の測定方法に供せられる。
【0058】
以上説明したように、被験試料中のこうしたマーカー化合物の量を測定することにより、DHA及び/又はAAの酸化程度や含有量の低下、ドーパミン含有量の低下など神経細胞における各種の酸化的損傷状態を検出することができる。したがって、本発明の検査方法を利用することで、神経細胞の老化程度の検査方法、診断用途、有用な薬剤や食品などのスクリーニング方法が提供される。
【0059】
(神経細胞の老化程度の検査方法等)
例えば、本検査方法における本測定工程と、本測定工程の測定結果に基づいて動物の神経細胞の老化程度を判定する判定工程と、を備える検査方法が提供される。本発明者らによれば、こうした神経細胞における各種態様の酸化的損傷の程度(マーカー化合物の量)は神経細胞の老化程度に関連していると考えられる。すなわち、マーカー化合物の量が多ければより老化が進行しているといえるからである。老化程度の判定にあたっては、例えば、ヒトなど被験動物の年齢若しくは年代とマーカー量との関係を予め取得しておき、被験試料から検出されたマーカー化合物量と被験動物の年齢に相当するマーカー化合物量とを対比することで老化がより進行しているか、あるいは老化の進行が遅いかを判定できる。また、例えば、被験動物について定期的にマーカー化合物量を測定することで、神経細胞において老化の進行があったかどうか等を判定できる。さらに、被験動物個体の神経細胞の老化程度を判定することにより、酸化的損傷の生じている生理的状態を改善し又は予防するアンチエージング的な措置や治療が可能となる。
【0060】
また、本測定工程と、動物における神経細胞の酸化的損傷が関連する疾患の発症リスク、前記疾患に罹患しているかどうか及び前記疾患の進行程度のいずれかを診断する診断工程と、を備える診断方法が提供される。本発明者らによれば、こうした神経細胞における各種態様の酸化的損傷の程度(マーカー化合物の量)は、これらの損傷が関連する疾患、換言すれば、マーカー化合物が関連する疾患の発症や進行に関連していると考えられる。すなわち、マーカー化合物の量が多ければ、発症リスクが高いか、既に罹患しているか、あるいは疾患がかなり進行しているということができる。こうした疾患としては、神経変性疾患が挙げられ、例えば、アルツハイマー病、ピック病、パーキンソン症候群(パーキンソン病、症候性パーキンソニズム)、進行性核上性麻痺、ハンチントン舞踏病、シドナム舞踏病、多系統萎縮症、遺伝性脊髄小脳変性疾患、皮質性小脳萎縮症、晩発性皮質性小脳I縮小などの脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症、進行性球麻痺、脊髄性筋萎縮症、亜急性連合性脊髄変性症、球脊髄性筋萎縮症などが挙げられる。なかでも、アルツハイマー病やパーキンソン症候群が挙げられる。
【0061】
疾患の発症リスク、疾患診断及び病状の進行程度の診断にあたっては、例えば、ヒトなどにおいて、疾患の有無(正常人と疾患罹患者)とマーカー化合物量との関係、年代(年齢)とマーカー化合物量との関係、性差とマーカー化合物量との関係、疾患の進行程度(軽症、中程度、重症)とマーカー化合物量との関係等を予め取得しておき、被験試料から検出されたマーカー化合物量と被験動物の年齢、症状の有無、性差、進行程度等を考慮して対比すべきマーカー化合物量を選択し、対比することで発症リスク、疾患の有無、病状の進行程度を診断できる。また、例えば、被験者について定期的にマーカー化合物量を測定することで、発症リスク、発症、病状の進行に変化があったかどうか等を診断することができる。
【0062】
(スクリーニング方法)
本発明の神経細胞における酸化的損傷を抑制又は促進する化合物のスクリーニング方法は、非ヒト動物に1種又は2種以上の試験化合物を投与する工程と、前記試験化合物を投与した前記非ヒト動物から採取される被験試料中のマーカー化合物I〜IVから選択されるいずれかの化合物の量を測定する工程と、を備えている。このスクリーニング方法によれば、非ヒト動物に試験化合物を投与したとき、マーカー化合物I〜IV量の増大又は減少を検出することができる。このため、試験化合物が神経細胞の酸化的損傷を促進するのか抑制するのかを評価することができる。この結果、本発明のスクリーニング方法によれば、神経細胞の酸化的損傷に調節(抑制又は促進)する化合物をスクリーニングすることができる。
【0063】
特に、本スクリーニング方法によって得られる神経細胞の酸化的損傷を抑制する化合物は、マーカー化合物I〜IVが関連する疾患又は神経細胞の酸化的損傷が関連する疾患の予防用又は治療用の薬剤として用いることができる。
【0064】
また、本発明の神経細胞における酸化的損傷を抑制する食品のスクリーニング方法であって、非ヒト動物に1種又は2種以上の食品を投与する工程と、前記試験化合物を投与した前記非ヒト動物から採取される被験試料中のマーカー化合物I〜IVから選択されるいずれかの化合物の量を測定する工程と、を備えている。このスクリーニング方法によれば、非ヒト動物に食品を投与したとき、マーカー化合物I〜IVの量の増大又は減少を検出して、投与した食品が神経細胞の酸化的損傷を促進するのか抑制するのかを評価できる。この結果、神経細胞の酸化的損傷を抑制できる食品をスクリーニングすることができる。こうした食品は、神経細胞の酸化的損傷によって引き起こされる生理的状態や疾患を予防し改善する食品として提供される。
【0065】
なお、こうしたスクリーニング方法においては、神経細胞の酸化的損傷を抑制する化合物や食品のスクリーニングには、非ヒト動物として、神経細胞の酸化的損傷が促進された非ヒト動物を用いることが好ましい。こうした非ヒト動物は、遺伝子工学的な改変、人為的な交配又は突然変異体からの探索などにより取得することができる。典型的には、アルツハイマーモデルマウスやパーキンソンモデルマウス等が挙げられる。
【0066】
(測定キット)
本発明の測定キットは、本発明のマーカー化合物を特異的に認識する抗体を含んでいる。このため、被験試料中のマーカー化合物を簡便に測定することができる。本測定キットは、さらに、測定法に応じて、標識された二次抗体もしくは標識されたマーカー化合物ハプテン(抗原)、緩衝液、検出試薬および/またはマーカー化合物標準溶液等を含む。好ましいキットは、ELISA法に用いられうるものであり、固相化抗原を保持する担体、本発明の抗体、酵素標識された二次抗体および検出試薬などを含むことができる。
【0067】
本発明の抗体が特異的に認識するマーカー化合物は、AAやDHAの過酸化物であるヒドロペルオキシドとドーパミンとの反応により生成されるものであるので、本測定キットによれば、被験試料中のマーカー化合物を測定することで被験試料の採取部位又は採取個体における神経細胞の酸化的損傷及びその程度を検出することができる。
【0068】
(固定化体)
本発明の固定化体は、固相担体と、該固相担体に固定化される本発明の抗体とを備えている。固相担体は、基板状、ビーズ状等特に形態を限定しないし、その材質も、ガラス、セラミックス、プラスチック、金属など従来公知の材料を用いることができる。さらに、多孔質であっても緻密質であってもよい。本発明の抗体の固相担体への固定化形態は特に限定しないで共有結合、静電的結合など、抗体などのタンパク質を固相に保持できる従来公知の手法で固定化されていればよい。本発明の固定化体は、本発明の抗体を、基板状の固相担体上に他の抗体とともに予め位置情報を伴って固定化されていることが好ましい。こうした本発明の固定化体は、複数個の抗体が一つの基板状の固相担体に固定化された抗体チップの形態を採ることができる。
【実施例】
【0069】
以下、本発明の具体例を実施例として説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
本実施例は、本発明のマーカー化合物であるヘキサノイルドーパミン(HED:下式(6))、グルタロイルドーパミン(GLD:下式(7))、プロパノイルドーパミン(PRD:下式(8))及びスクシニルドーパミン(SUD:下式(9))をそれぞれ合成した。
【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

【0070】
(1)HED
ドーパミン63.9mg(0.337mmol)と無水ヘキサノイル酸72.3mg(0.337mmol)をDMF・リン酸塩緩衝液(pH7.4)混液(1:1)4.4mlに加えた後、スターラーを用いて室温で4時間反応させた。この反応液をLC/MS/MSを用いて分離し、分子量の確認を行った(m/z252.2→137.2)。また、H−NMRおよび13C−NMRを用いて構造を決定した。結果を表1に示す。
【表1】

【0071】
(2)GLD
ドーパミン95mg(0.5mmol)をリン酸塩緩衝液(pH7.4)・飽和酢酸ナトリウム水溶液混液(1:1)5mlに加えた後、少量のピリジンに溶かした無水グルタル酸57mg(0.5mmol)を1滴/秒で加えた。そして、スターラーを用いて室温で1時間反応させた。この反応液にメタノールを加えてエヴァポレーターを用いてピリジンをとばした後、HPLCを用いて分取した。さらに、分取物について、LC/MS/MSを用いて分子量の確認を行った(m/z268.2→137.2)。また、H−NMRおよび13C−NMRを用いて構造を決定した。結果を表2に示す。
【表2】

【0072】
(3)PRD
ドーパミン95mg(0.5mmol)をリン酸塩緩衝液(pH7.4)・飽和酢酸ナトリウム水溶液混液(1:1)5mlに加えた後、少量のピリジンに溶かした無水プロピオン酸65mg(0.5mmol)を1滴/秒で加えた。そして、スターラーを用いて室温で1時間反応させた。この反応液にメタノールを加えてエヴァポレーターを用いてピリジンをとばした後、HPLCを用いて分取した。さらに、分取物について、LC/MS/MSを用いて分子量の確認を行った(m/z210.1→137.2)。また、H−NMRおよび13C−NMRを用いて構造を決定した。結果を表3に示す。
【表3】

【0073】
(4)SUD
ドーパミン95mg(0.5mmol)をリン酸塩緩衝液(pH7.4)・飽和酢酸ナトリウム水溶液混液(1:1)5mlに加えた後、少量のピリジンに溶かした無水コハク酸49mg(0.5mmol)を1滴/秒で加えた。そして、スターラーを用いて室温で1時間反応させた。この反応液にメタノールを加えてエヴァポレーターを用いてピリジンをとばした後、HPLCを用いて分取した。さらに、分取物について、LC/MS/MSを用いて分子量の確認を行った(m/z254.1→137.2)。また、H−NMRおよび13C−NMRを用いて構造を決定した。結果を表4に示す。
【表4】

【0074】
なお、これらのマーカー化合物の同定に際し、LC/MS/MS(Applied Biosystem API2000 HPLC-MS/MS system)の条件は以下のとおりであった。
[HED, GLDのLC-MS/MS条件]
カラム:Develosil ODS-HG-3 (2 φ×50 mm)
移動相:A;100% H2O / 0.1% HCOOH
B;100%CH3CN / 0.1% HCOOH
流速 :0.2 ml /min
イオン源:Turbo Spray Ionization positive(スプレーイオン化法)
グラジエントプログラム
【表5】

【0075】
[PRD ,SUDのLC-MS/MS条件]
グラジエントプログラム及びフラグメント検出のための設定以外はHED等の同定のためのLC−MS/MS条件と同様とした。
グラジエントプログラム
【表6】

【0076】
(実施例2)
(インビトロにおけるマーカー化合物の生成反応)
本実施例では、各種マーカー化合物が脂質ヒドロペルオキシドとドーパミンから生成されるかどうかをインビトロで確認した。なお、LC/MS/MS条件は、実施例1におけるのと同様の条件を用いた。
(1)HED
HEDはアラキドン酸を含むω−6系の多価不飽和脂肪酸から生成するため、ω−6系のリノール酸由来の脂質ヒドロペルオキシドである13−hydroperoxyoctadecadienoicacid(13−HPODE)を用いた。終濃度10mM13−HPODEおよび2mMドーパミンとなるようにリン酸塩緩衝液(pH7.4)中において37℃で反応させ、−80℃で反応停止とした。反応液について、LC/MS/MSを行ったところ、HEDを検出できた。
【0077】
(2)GLD
100mMアラキドン酸100μl、リポキシゲナーゼ0.8mg、ホウ酸緩衝液(pH9.0)11mgを混合した後、酸素を吹き付けながら30分間攪拌をした。1NHClを加えることによってpH4.0以下にした後、クロロホルム・メタノール混液(1:1)20mlで抽出し、クロロホルム層を回収し、脱水して乾固した。これに100μlエタノールで再溶解し、100mMアラキドン酸ヒドロペルオキシド画分とした。
【0078】
反応は、終濃度10mMアラキドン酸ヒドロペルオキシド画分および2mMドーパミンとなるようにリン酸塩緩衝液(pH7.4)中において37℃で反応させ、−80℃で反応停止とした。反応液について、LC/MS/MSを行ったところ、GLDを検出できた。
【0079】
(3)PRD
反応は、終濃度10mMDHAおよび2mMドーパミンとなるようにリン酸塩緩衝液(pH7.4)中において37℃で反応させ、−80℃で反応停止とした。反応液について、LC/MS/MSを行ったところ、PRDを検出できた。
【0080】
(4)SUD
反応は、終濃度10mMDHAおよび2mMドーパミンとなるようにリン酸塩緩衝液(pH7.4)中において37℃で反応させ、−80℃で反応停止とした。反応液について、LC/MS/MSを行ったところ、SUDを検出できた。
【0081】
(実施例3)
本実施例では、ラット脳中における各種マーカー化合物の存在を確認した。
(試料調製)
6週齢のwister ratの雌を用いた。脳を摘出し、全脳の半分をホモジネート用とした。ホモジネート用の脳を、その湿重量に対して4倍量の抽出液(メタノール:5mMBHT:250mMEDTA混液(体積比で90:5:5)に加えた後、ホモジネートを行い、メタノール層を回収した。メタノールを留去して乾固させ、乾固物を再びメタノールで再溶解させた。これをHPLCによりマーカー化合物の検出時間付近を分取したのち、分取した画分を乾固して再びメタノールで再溶解させたものをLC/MS/MSを用いてマーカー化合物の有無を分析した。結果を図5に示す。
【0082】
なお、分取のためのHPLC条件は、以下の条件で行い、及びLC−MS/MSは、実施例1と同様の条件を採用するとともに、内部標準物質を利用して実施した。また、以下の同定に用いた内部標準物質の構造等を図6及び図7に示す。
【0083】
[分取HPLC条件]
カラム:Develosil ODS-HG-5 (4.6 φ × 250 mm)
移動相:A;100% H2O / 0.01% CH3COOH
B;100% CH3CN / 0.01% CH3COOH
流速 :0.8 ml /min
検出器(UV):280 nm
グランジエントプログラム
【表7】

【0084】
図5に示すように、ラット脳からはHED、GLD、PRD及びSUDの全てのマーカー化合物が検出された。以上のことから、これらのマーカー化合物が生体内においても生成されていることが確認できた。
【0085】
(実施例4)
本実施例では、各種マーカー化合物のアポトーシス誘導活性について評価した。
評価には、ヒト神経芽細胞腫由来培養細胞株(SH−SY5Y細胞)を用いた。おおよそ5×10cells/ウェルになるように6ウェルフラスコに細胞を播き、一晩インキュベーター(37℃、5%CO)に入れて培養した後、それぞれのマーカー化合物を含んだ培地に交換した。それぞれの培地はマーカー化合物濃度が終濃度で100μMになるように調製した。24時間後に核染色を行うことにより細胞毒性評価した。核染色にはPropidiumIodide(PI)とHoechst33258,pentahydrate(bis−benzimide)を用いた。PIでは死細胞を評価し、Hoechstでは死細胞と生細胞の両方を評価した。そこで、PI/Hoechstを求めることにより細胞毒性評価した。評価方法は顕微鏡で観察することにより行い、それぞれ試薬で染色させた細胞数をカウントすることで評価した。なお、DMSO及びDAをマーカー化合物に替えて添加したもの及び無添加の培地で同様に評価した。結果を図8に示す。
【0086】
図8に示すように、HEDではPI/Hoechstが60%以上であり、PRDでは30%程度であった。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】アラキドン酸ヒドロペルオキシドとドーパミンとの反応によるマーカー化合物I及びIIとの関係を示す図である。
【図2】ドコサヘキサエン酸ヒドロペルオキシドとドーパミンとの反応によるマーカー化合物III及びIVとの関係を示す図である。
【図3】式(2)で表されるカルボキシル付加体から式(4)で表される抗原用化合物を得るスキームを示す図である。
【図4】式(3)で表されるカルボキシル付加体から式(5)で表される抗原用化合物を得るスキームを示す図である。
【図5】合成ラット脳中におけるマーカー化合物を検出したLC/MS/MSチャートを示す図である。
【図6】HED及びGLDに対する内部標準物質を示す図である。
【図7】PRD及びSUDに対する内部標準物質を示す図である。
【図8】マーカー化合物のアポトーシス誘導活性を評価したグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表される、神経細胞における酸化的損傷マーカー化合物。
【化1】

(式(1)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【請求項2】
前記式(1)中、Rは、ヘキサノイル基又はグルタロイル基で表される、請求項1に記載の酸化的損傷マーカー化合物。
【請求項3】
前記式(1)中、Rは、プロパノイル基又はスクシニル基で表される、請求項1に記載の酸化的損傷マーカー化合物。
【請求項4】
前記式(1)中、Rはヘキサノイル基又はプロパノイル基で表される、請求項1に記載の酸化的損傷マーカー化合物。
【請求項5】
神経細胞における酸化的損傷の検査方法であって、
動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程を備える、検査方法。
【請求項6】
前記測定工程における前記被験試料は、脊髄液又は脳髄液である、請求項5に記載の検査方法。
【請求項7】
前記測定工程は、前記酸化的損傷マーカー化合物を特異的に認識する抗体を用いる工程である、請求項5又は6に記載の検査方法。
【請求項8】
前記測定工程は、ELISA法によって実施する、請求項7に記載の検査方法。
【請求項9】
神経細胞の老化程度の検査方法であって、
動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、
前記測定工程の測定結果に基づいて前記動物の神経細胞の老化程度を判定する工程を備える、検査方法。
【請求項10】
神経細胞の酸化的損傷に関連する疾患に関する診断方法であって、
動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、
前記測定工程の測定結果に基づいて前記動物の前記疾患の発症リスク、前記疾患に罹患しているかどうか及び前記疾患の進行程度のいずれかを診断する診断工程と、
を備える、診断方法。
【請求項11】
前記疾患は、神経変性疾患である、請求項10に記載の診断方法。
【請求項12】
以下の式(1)で表される化合物から選択されるいずれかの化合物を特異的に認識する抗体。
【化2】

(式(1)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【請求項13】
以下の式(2)及び(3)で表される化合物から選択される、請求項12に記載の抗体を作製するための化合物。
【化3】

(式(2)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【化4】

(式(3)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す。)
【請求項14】
以下の式(4)及び(5)で表される化合物から選択される、請求項12に記載の抗体を作製するための抗原用化合物。
【化5】

(式(4)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表す、Xはキャリアタンパク質から一アミノ基を除いた残部を表す。)
【化6】

(式(5)中、Rは、ヘキサノイル基、グルタロイル基、プロパノイル基又はスクシニル基を表し、Xはキャリアタンパク質から一アミノ基を除いた残部を表す。)
【請求項15】
神経細胞における酸化的損傷を抑制する化合物のスクリーニング方法であって、
非ヒト動物に1種又は2種以上の試験化合物を投与する工程と、
前記試験化合物を投与した前記非ヒト動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の神経細胞の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、
を備える、スクリーニング方法。
【請求項16】
神経細胞における酸化的損傷を抑制する食品のスクリーニング方法であって、
非ヒト動物に1種又は2種以上の食品を投与する工程と、
前記食品を投与した前記非ヒト動物から採取される被験試料中の請求項1〜4のいずれかに記載の神経細胞の酸化的損傷マーカー化合物の量を測定する工程と、
を備える、スクリーニング方法。

【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−99737(P2007−99737A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−295049(P2005−295049)
【出願日】平成17年10月7日(2005.10.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 日本過酸化脂質・フリーラジカル学会 刊行物名 過酸化脂質研究 第29巻 発行年月日 平成17年10月1日
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】