説明

神経膠細胞増殖促進剤

【課題】 神経膠細胞の減少に伴う胎児性アルコール症候群(FAS)、Rett症候群、各種精神疾患などの予防や治療に有効な天然由来の新規な神経膠細胞増殖促進剤を提供すること。
【解決手段】 カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アストロサイトに代表される神経膠細胞の減少に伴う疾患、例えば、胎児性アルコール症候群、Rett症候群、各種精神疾患などの予防や治療に有効な神経膠細胞増殖促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脳細胞は、大別して神経細胞と神経膠細胞(グリア細胞)からなることが知られている。脳細胞の研究は、これまで神経細胞について精力的に行われてきたが、近年、神経細胞の周囲に存在する神経膠細胞の機能の重要性が注目を集めている。例えば、神経膠細胞の一種であるアストロサイト(星状膠細胞)は、脳細胞の約半数を占める細胞であるが、その機能としては、神経細胞の支持・保護・栄養供給などが古くから考えられていた。しかし、最近、アストロサイトには、神経細胞の神経突起伸長・シナプス形成を促進する作用があるという興味深い報告がされている(非特許文献1)。アストロサイトの分化・増殖は、神経細胞が形成された後の胎児期に主に起こる。胎児期は、神経細胞同士が神経情報伝達回路を形成する期間であるが、アストロサイトは、この期間に神経情報伝達回路の形成を促進することが示されている。また、神経情報伝達回路の形成に欠くことのできない神経突起伸長には、アストロサイトが分泌する液性栄養因子(例えばTNF−αやADNFなど)が関わっていることが知られている。
【0003】
ところで、妊娠中に母親がアルコールを過剰摂取した場合、産まれた子は、生後に発達障害・行動障害などの症状を起こし、小頭になることが知られている。これを胎児性アルコール症候群(FAS)という。FASに対する有効な治療薬は、残念ながら未だ開発されていない。従って、FASに対しては、現在のところ予防することが非常に重要であり、最も効果的な予防法は、母親が妊娠期にアルコールの摂取を控えるようにすることであるが、これ以外の予防法は知られていない。このようなFASの発症メカニズムの一つとして、アルコールがアストロサイトの増殖を阻害することが報告されている(非特許文献2)。この報告では、脳細胞の約半数を占めるアストロサイトの減少が小頭を誘発することが示唆されている。
また、小頭を伴う遺伝性疾患であるRett症候群は、乳幼児期における脳神経系の発達障害疾患であるが、近年、本発明者らの研究グループは、Rett症候群の小頭傾向がアストロサイトの増殖異常に原因があることを示唆する報告を行っている(非特許文献3)。
また、神経膠細胞は、精神疾患患者の脳内でも減少していることが報告されている。例えば、統合失調症、双極性障害、うつ病に罹患した患者おいては、従来から神経細胞の異常が観察されていたが、これとともにアストロサイトが減少していることが報告されている(非特許文献4)。
従って、神経膠細胞の減少は、神経細胞の機能や精神機能に悪影響を与えていると考えられている。
【0004】
以上のような知見に鑑みれば、神経膠細胞の増殖を促し、神経膠細胞の個数を減らさないこと、減少した神経膠細胞の個数を改善することは、FAS、Rett症候群、各種精神疾患などの予防や治療に有効であると考えられることから、例えば、特許文献1では、ある種の環状ホスファチジン酸を用いて神経膠細胞の増殖を促進させる方法が提案されている。しかし、神経膠細胞増殖促進作用を有する天然由来成分の報告は、これまでほとんど存在しない。
【特許文献1】特開2002−308779号公報
【非特許文献1】Slezak et al., Trends Neuroscience, 26: 531-535, 2003
【非特許文献2】Costa et al., Toxicol. Lett., 149: 67-73, 2004
【非特許文献3】Nagai et al., Dev. Brain Res., 157: 103-106, 2005
【非特許文献4】Cotter et al., Brain Res. Bull., 55: 585-595, 2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、神経膠細胞の減少に伴うFAS、Rett症候群、各種精神疾患などの予防や治療に有効な天然由来の新規な神経膠細胞増殖促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の技術背景を基に鋭意研究を重ねた結果、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分に優れた神経膠細胞増殖促進作用があることを見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明の神経膠細胞増殖促進剤は、請求項1記載の通り、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする。
また、本発明の神経膠細胞増殖促進組成物は、請求項2記載の通り、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする。
また、本発明の神経膠細胞増殖促進食品は、請求項3記載の通り、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、神経膠細胞の減少に伴うFAS、Rett症候群、各種精神疾患などの予防や治療に有効な天然由来の新規な神経膠細胞増殖促進剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の神経膠細胞増殖促進剤は、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とするものである。本発明の神経膠細胞増殖促進剤の増殖促進対象となる神経膠細胞には、アストロサイトの他、オリゴデンドロサイトやミクログリアなどが含まれる。
【0010】
本発明において、カバノアナタケとは、中部ヨーロッパ、シベリア、中国、日本の北部地方などの寒冷地に広く分布している耐寒性のきのこである(学術名:Fuscoporia obliqua)。カバノアナタケは、シラカバやダケカンバなどのカバノキ類に多く寄生してそれらの樹木の樹液を養分にして生育し、その黒く硬い菌核は、チャーガと呼ばれ、ロシアでは古くからお茶代わりに飲用されている。脂溶性抽出成分を得るために用いるカバノアナタケは、子実体であっても菌糸体であってもよい。また、これらは、天然物であっても栽培物または培養物であってもよい。カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分は、カバノアナタケの子実体や菌糸体、またはこれらの乾燥体の破砕物や粉砕物から有機溶媒を用いた抽出操作を経て得ることができる。有機溶媒としては、エタノール、メタノール、イソプロパノール、ブタノールなどのアルコールの他、ヘキサン、クロロホルム、ベンゼン、フェノール、酢酸エチル、ジエチルエーテル、アセトン、トルエン、ジクロロメタンなどを用いることができる。有機溶媒は単独で用いてもよいし、複数種類を混合して用いてもよい。また、複数種類の有機溶媒を連続して用いて抽出操作を行ってもよい。有機溶媒の使用量は、使用する有機溶媒の種類や抽出効率などに基づいて適宜決定すればよい。抽出操作方法の一例としては、クロロホルム:メタノールを7:3〜9:1の割合で混合して調製した溶媒を、カバノアナタケの乾燥粉末1重量部に対して5重量部〜50重量部用いて行う方法が挙げられる。脂溶性抽出成分は、このような抽出操作によって得られる抽出液を必要に応じて濾過を行った後、減圧濃縮などをすることで得ることができる。また、脂溶性抽出成分は、得られた抽出液をさらに分画精製して得られる脂溶性抽出画分であってもよい。
【0011】
カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分は、自体公知の方法によって顆粒剤や錠剤やカプセル剤などに製剤化し、服用することで、その優れた神経膠細胞増殖促進活性に基づいて、FAS、Rett症候群、各種精神疾患などの神経膠細胞の減少に伴う疾患の予防薬や治療薬などとして機能する。その服用量は、服用者の年齢、性別、体重、体調などによって適宜決定することができる。また、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分は、種々の形態の食品(サプリメントを含む)に、神経膠細胞増殖促進活性を発揮するに足る有効量を添加することで、FAS、Rett症候群、各種精神疾患などの神経膠細胞の減少に伴う疾患に対する予防効果や治療効果をもたらす機能性食品として食してもよい。
【実施例】
【0012】
以下、本発明の神経膠細胞増殖促進剤について実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明は、以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0013】
実施例1:
(1)カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の調製
カバノアナタケ子実体の乾燥粉末1gに10倍量のクロロホルム:メタノールを9:1の割合で混合して調製した溶媒を加え、室温で24時間振とうさせて脂溶性成分を抽出した。抽出液と抽出残渣を分離後、得られた抽出液を減圧濃縮し、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を12.9mg得た。
【0014】
(2)カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の神経膠細胞増殖促進効果の評価(その1)
妊娠18日目のC57BL/6マウス胎児の脳から初代培養神経膠細胞を非特許文献3に記載の方法に従って調製し、96ウェルのマイクロプレートに10000cells/ウェルの密度で培養を開始した。培養は、10%ウシ胎仔血清(FBS)および抗生物質としてペニシリン100units/mL(終濃度)とストレプトマイシン0.01%(終濃度)を添加したダルベッコ改変イーグル培地(D−MEM)を培地に使用し、温度37℃、CO2濃度5%の条件で行った。24時間後、培地を除去し、今度はD−MEMにカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を添加して48時間培養した。なお、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分は、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、培地中における濃度が10μg/mLとなるように培地に添加した。48時間後、生細胞定量法のMTT(同仁化学製)を用いるMTTアッセイを行った。具体的には、48時間の培養終了後、培地を除去し、細胞を250μg/mLのMTTの存在下でさらに2時間培養し、次いで反応停止液(20%SDS(w/v)および50%ジメチルホルムアミド(v/v)を含む)を加えて反応を停止させ、生成物と細胞とを可溶化した後、570nmでの吸光度を求めた。この吸光度をカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を添加せずに48時間培養した場合の吸光度と比較し、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を添加せずに48時間培養した場合の吸光度を100とした時の相対値を求め、この相対値をカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を添加して48時間培養した場合の相対的な生存細胞数として、神経膠細胞増殖促進効果の評価を行った。結果を図1に示す。なお、図1には、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分と同様にして得た、アガリクス由来の脂溶性抽出成分(子実体乾燥粉末1gあたり43.2mg取得)、メシマコブ由来の脂溶性抽出成分(子実体乾燥粉末1gあたり4.1mg取得)、ヤマブシタケ由来の脂溶性抽出成分(子実体乾燥粉末1gあたり67.0mg取得)を、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の神経膠細胞増殖促進効果の評価と同様の評価方法で評価した結果をあわせて示す。図1から明らかなように、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分には、神経膠細胞の増殖を促進させる効果が認められた。
【0015】
(3)カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の神経膠細胞増殖促進効果の評価(その2)
続いて、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の添加量と神経膠細胞増殖促進効果との関係を(2)と同様の評価方法で調べた。結果を図2に示す。図2から明らかなように、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の添加量が増加するにつれて神経膠細胞増殖促進効果が増強された。
【0016】
実施例2:カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の神経膠細胞増殖促進効果の評価(その3)
実施例1の(2)と同様にして、初代培養神経膠細胞を96ウェルのマイクロプレートに5000cells/ウェルの密度で培養を開始し、24時間培養した。その後、培地を除去し、今度はD−MEMにエタノールを濃度が0.5%となるように添加するとともにカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を濃度が1μg/mLとなるように添加して1週間培養した。なお、エタノールは2日ごとにその濃度が0.5%になるよう添加した。そして、実施例1の(2)と同様の評価方法により、エタノールもカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分も添加せずに培養した場合の生存細胞数に対する相対的な生存細胞数を求め、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の神経膠細胞増殖促進効果の評価を行った。結果を図3に示す。なお、図3には、エタノールのみを添加して培養した場合の相対的な生存細胞数をあわせて示す。図3から明らかなように、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を添加することにより、エタノールに起因する神経膠細胞の減少を回復させることができた。
【0017】
製剤例1:錠剤
カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分4g、乳糖76g、ステアリン酸マグネシウム20g、合計100gを均一に混合し、常法に従って錠剤とした。
【0018】
製剤例2:顆粒剤
カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分16g、澱粉29g、乳糖55g、合計100gを均一に混合し、常法に従って顆粒剤とした。
【0019】
製剤例3:ビスケット
薄力粉32g、全卵18g、バター14g、砂糖24g、水10g、ベーキングパウダー1g、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分1g、合計100gを用い、常法に従ってビスケットとした。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、神経膠細胞の減少に伴うFAS、Rett症候群、各種精神疾患などの予防や治療に有効な天然由来の新規な神経膠細胞増殖促進剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1におけるカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の神経膠細胞増殖促進効果を示すグラフである。
【図2】同、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分の添加量と神経膠細胞増殖促進効果との関係を示すグラフである。
【図3】実施例2におけるカバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分のエタノールに起因する神経膠細胞の減少に対する効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする神経膠細胞増殖促進剤。
【請求項2】
カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする神経膠細胞増殖促進組成物。
【請求項3】
カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする神経膠細胞増殖促進食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−77102(P2007−77102A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−269393(P2005−269393)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(595175301)株式会社応微研 (28)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】