説明

神経膠腫予後予測方法、およびそれに用いるキット

【課題】 神経膠腫患者の術後予後を予測する方法を提供する。
【解決手段】 神経膠腫患者の術後予後を予測するための方法であって、(a)前記神経膠腫患者由来の腫瘍組織又は腫瘍細胞における表1中の任意の遺伝子群の発現量を測定する工程と、(b)前記測定した発現量を標準化し、この標準化した発現量から術後予後予測スコアを計算する工程と、(c)前記計算した術後予後予測スコアが0以下の場合に予後良好と決定し、前記計算した術後予後予測スコアが0以上の場合に予後不良と決定する工程とから成ることを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経膠腫患者の術後予後を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3大成人病の一つである癌において、癌の一種である脳腫瘍は悪性となってしまう恐れが高い腫瘍の一つである。この脳腫瘍は、脳組織自体から発生する原発性脳腫瘍と、他の臓器の癌が脳に転移してきた転移性脳腫瘍との2種類に分類される。
【0003】
この原発性脳腫瘍の中で最も発生し易い腫瘍が神経膠腫であり、悪性の神経膠腫は最も予後不良な悪性腫瘍の一つとされている。神経膠腫は、脳実質に浸潤する特徴があるため、腫瘍を完全に摘出するのは非常に困難である。そのため、術後に放射線療法や化学療法を追加することが多いが、5年生存率は38.6%と原発性脳腫瘍全体の5年生存率(75.7%)の約半分となっており、中でも最も悪性型である膠芽腫(グレードIV)に限れば、その5年生存率は10%以下になってしまう。
【0004】
従来、このような神経膠腫の術後予後を予測するために、予後関連分子を分類し、病理的に予後を診断しているが、他の予後因子と比較して臨床的有効性を確認する手法は確立されていない。なお、神経膠腫の予後を予測する方法としては特許文献1等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特願2008−545929
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況を鑑みてなされたものであり、神経膠腫患者の術後予後を予測する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決するため、鋭意研究を重ねた結果、本発明を成し得たものである。具体的には、本発明者らは、神経膠腫患者152症例、3456遺伝子の発現量をアダプター付加競合PCR法で測定した。そして、このデータマトリックスは主成分分析による特徴抽出が有効であり、コックス回帰を用いたsupervised PCAにより58遺伝子からなる予後診断方法を確立できることを見出した。
【0008】
すなわち、本願発明の第1の主要な観点によれば、
神経膠腫患者の術後予後を予測するための方法であって、(a)前記神経膠腫患者由来の腫瘍組織又は腫瘍細胞における表1中の任意の遺伝子群の発現量を測定する工程と、(b)前記測定した発現量を標準化し、この標準化した発現量から術後予後予測スコアを計算する工程と、(c)前記計算した術後予後予測スコアが0以下の場合に予後良好と決定し、前記計算した術後予後予測スコアが0以上の場合に予後不良と決定する工程とから成ることを特徴とする方法が提供される。
【0009】
【表1】

【0010】
このような構成によれば、所定の遺伝子の発現量から術後予後予測スコアを計算することにしたため、神経膠腫患者の術後予後を、当該患者由来の組織または細胞における遺伝子の発現量を元に予測することができる。
【0011】
本発明の一の実施形態によれば、この方法において、前記術後予後予測スコアは、以下の式Iによって計算されるものである。
【0012】
【数1】

【0013】
また本発明の他の実施形態によれば、この方法は、表1中の任意の10個以上の遺伝子を使用するものである。
【0014】
別の実施形態によれば、この方法は、表1中の任意の20個以上の遺伝子を使用するものである。
【0015】
さらに別の実施形態によれば、この方法は、表1中の任意の30個以上の遺伝子を使用するものである。
【0016】
さらに別の実施形態によれば、この方法は、表1中の任意の40個以上の遺伝子を使用するものである。
【0017】
また更なる別の実施形態によれば、この方法は、表1中の任意の50個以上の遺伝子を使用するものである。
【0018】
また別の実施形態によれば、この方法は、表1中の58個全ての遺伝子を使用するものである。
【0019】
また別の実施形態によれば、この方法は、表3に示す遺伝子の30個全てを使用するものである。
【0020】
また、この発明の第2の主要な観点によれば、神経膠腫患者の術後予後を予測するために用いるキットであって、表1中の任意の遺伝子群の少なくとも一部の塩基配列から成るポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドを有することを特徴とするキットが提供される。
【0021】
このような構成によれば、上述の神経膠腫患者の術後予後を予測する方法を行うためのキットが提供される。
【0022】
本発明の一の実施形態によれば、このキットにおいて、前記ポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドは標識されているものである。
【0023】
また他の実施形態によれば、このキットは、表1中の任意の10個以上の遺伝子セットを有するものである。
【0024】
また別の実施形態によれば、このキットは、表1中の任意の30個以上の遺伝子セットを有するものである。
【0025】
さらに別の実施形態によれば、このキットは、表1中の遺伝子の58個全ての遺伝子セットを有するものである。
【0026】
さらに別の実施形態によれば、このキットは、表3中の遺伝子の30個全ての遺伝子セットを有するものである。
【0027】
なお、上記した以外の本発明の特徴及び顕著な作用・効果は、次の発明の実施形態の項及び図面を参照することで、当業者にとって明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1は、本発明に係る方法の各構成要素の作用を示すフローチャートである。
【0029】
【図2】図2は、Kaplan−Meieranalysisの結果を示すグラフである。
【0030】
【図3】図3は、MGH(Massachusetts General Hospital)及びMDA(MDAnderson)のデータセットを用いた場合のKaplan−Meieranalysisの結果を示すグラフである。
【0031】
【図4】図4は、表3に示される30遺伝子を用いた場合の、Kaplan−Meieranalysisの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本願発明の一実施形態および実施例を、添付図面を参照して説明する。
本発明は、上述したように、神経膠腫患者の術後予後を予測するための方法であって、(a)前記神経膠腫患者由来の腫瘍組織又は腫瘍細胞における表1中の任意の遺伝子群の発現量を測定する工程と、(b)前記測定した発現量を標準化し、この標準化した発現量から術後予後予測スコアを計算する工程と、(c)前記計算した術後予後予測スコアが0以下の場合に予後良好と決定し、前記計算した術後予後予測スコアが0以上の場合に予後不良と決定する工程とから成ることを特徴とする方法である。すなわち、本発明の要旨は、所定の工程を経ることによって、神経膠腫患者由来の腫瘍組織又は腫瘍細胞から当該神経膠腫患者の術後予後を予測することにある。
【0033】
具体的には、本発明は、図1に示すフローチャートに従って行われる。
【0034】
図1は、本発明に係る方法の各構成要素の作用を示すフローチャートである。なお、図中の各符号S1〜S7は、以下の説明中の各ステップS1〜ステップS7に対応するものである。
【0035】
まず、ステップS1において、神経膠腫患者から腫瘍組織又は腫瘍細胞が採取される。なお、当該腫瘍組織又は腫瘍細胞は従来周知の方法によって採取されることができ、採取されるサンプル数、大きさ、等は特に限定されるものではない。
【0036】
その後、この採取された腫瘍組織又は腫瘍細胞における下記表1中の遺伝子の発現量が、従来周知の遺伝子発現量測定方法によって測定される(ステップS2)。次にステップS3において、この測定された遺伝子発現量が標準化される。ステップ4では、この標準化された遺伝子発現量と回帰係数であるCoxBetaとを用いて術後予後予測スコアを示すPC1スコアを算出する。なお、各遺伝子についてのCoxBetaは表1中に示した。
【0037】
そして、このステップ4で算出したPC1スコアが0以下の場合、当該神経膠腫患者の術後予後は良好と決定し、PC1スコアが0以上の場合、当該神経膠腫患者の術後予後は不良と決定する(ステップS5〜ステップS7)。
【0038】
なお、上述したような神経膠腫患者の術後予後を予測する方法は、通常の演算処理能力を有するPC等によって実行されることもできる。例えば、上述した式Iの計算をソフトウェアプログラムとして有する演算処理装置を用いて、上記したPC1スコア出力することができる。
【0039】
また、例えば、上記したPC1スコアは、上述した式Iの計算を実行できるソフトウェアプログラム等を組み込んだPCに、上述の標準化遺伝子発現量を入力し、又は発現解析および標準化が終了次第、自動的に当該PCがその発現量を受信することによって、出力するようにしても良い。さらに、当該PCは、上記のようにして出力したPC1スコアを、その数値に基づいて、自動的に予後良好か予後不良かに分類するようにしておいても良い。なお、この場合、出力されたPC1スコアがどの症例に係るものなのかを関連づけて記憶しておく構成を備えていても良い。
【0040】
以下に、本実施形態に係る実施例を説明する。
【実施例】
【0041】
本実施例において、京都大学脳神経外科主導の第二相臨床試験(the KNOG study)の症例を用いた。152症例、3456遺伝子の発現量をアダプター付加競合PCR法で測定した。このデータマトリックスは主成分分析による特徴抽出が有効であり、コックス回帰を用いたsupervised PCAにより58遺伝子からなる予後診断システムを開発した(以下、58−gene profileと称する)。
【0042】
このシステムでは58遺伝子の標準化された発現量からPC1スコアを計算し、0を閾値として予後良好群と不良群に分類した。各遺伝子とPC1スコア計算方法とについては表1に示した。
【0043】
【表1】

【0044】
表1には、回帰係数を示すCoxBeta、単変量解析値を示すCoxP、GS number、Gene Symbol、RefSeq ID、descriptionを示した。
【0045】
図2はKaplan−Meieranalysisの結果を示すグラフである(Aはすべての神経膠腫、BはグレードIVのみ)。縦軸はprogression−free survivalを示す。Bのグラフから、従来のグレード分類よりも予後を反映した分類法であることがわかった。なお、この図2は学習データセット(110症例)を示すが、テストデータセット(42症例)でも同様の結果が得られた。
【0046】
次にコックス回帰分析により他の強力な予後因子、すなわち手術摘出度、年齢、グレード分類と比較した。PFSについては58−gene profileが唯一の強力な予後因子であった。Overall survival については単変量解析では手術摘出度、年齢、58−gene profile が有意であったが、多変量解析では手術摘出度と58−geneprofile が独立した予後因子であった。詳細は表2に示した。
【0047】
【表2】

【0048】
次に、既に公表されている他のグループの発現データを用いて58−gene profileの有効性を検討した。MGH(Massachusetts General Hospital)及びMDA(MDAnderson)の両者のデータセットともにグレード分類よりも予後と高い相関を示した(図3)。
【0049】
神経膠腫の予後関連分子分類の論文は過去にもあったが、他予後因子と比較し臨床的有効性を確立したのは、本発明が初めてである。今回の成果は、遺伝子発現による分類法が従来の病理分類よりすぐれた診断法になる可能性を強く示している。
【0050】
同様にして、表1に記載される58遺伝子から任意に選択された30遺伝子を用いて、その標準化された発現量からPC1スコアを計算し、0を閾値として予後良好群と不良群とに分類した。選択された30遺伝子を表3に示す。
【0051】
【表3】

【0052】
表3に記載された30遺伝子群を用いて、Kaplan−Meieranalysisを行った結果が図4である。図2と同様、縦軸はprogression−free survivalである。図4は37症例の術後予後を予測した結果を示すが、本発明に係る方法を用いて行った分子分類では、p値が0.003を示しており、従来の組織分類の0.0404よりも低い値を示すことがわかる。
【0053】
このことは、表1に記載された遺伝子群のうち、任意に選択された30遺伝子を用いて本発明に係る方法を実施しても58遺伝子を用いた場合と同様の結果を得ることができることを示すものである。
【0054】
(変形例、用語の説明)
本願発明において、「遺伝子の発現」とは、RNA又はタンパク質等の遺伝子産物を当該遺伝子自身が産生することを意味する。従って、遺伝子の発現量は、遺伝子から転写されたmRNA、又は当該mRNAから翻訳されたタンパク質の量を測定することによって行うことができる。本発明に係る方法において、腫瘍組織または腫瘍細胞における遺伝子の発現量は、当業者に公知の任意の方法・手段で測定することが出来る。
【0055】
また、本発明の方法に用いられる遺伝子群は、アミノ酸配列により特定される各遺伝子産物と実質的に同一の生物学的機能を有するものであれば、公知のアミノ酸配列において、1個ないし数個のアミノ酸が置換、挿入、又は欠失した変異アミン酸配列を有する遺伝子産物であっても差し支えない。
【0056】
例えば、発現したmRNA量の測定としては、DNAマイクロアレイ(又は、DNAチップ)、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ、ノザンハイブリダイゼーション、In situハイブリダイゼーション、または逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)等を用いることができるが、これらの測定手段に限定されるものではなく、当業者が利用可能な方法であればいかなる手法を用いてもよい。
【0057】
一方、タンパク質量の測定としては、ウェスタンブロッティング、ELISAアッセイ、免疫組織染色、またはイーストツーハイブリッド(Yeast Two Hybrid)等の方法を採用することができる。
【0058】
また本発明に係るキットは、腫瘍組織または腫瘍細胞における遺伝子及び/若しくは当該遺伝子がコードするタンパク質の発現量を測定する方法・手段に応じて、適当な構成をとることができる。例えば、本発明キットに含まれる表1中の任意の遺伝子の少なくとも一部の塩基配列から成るポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドの長さは数十塩基対であっても良く、それらの塩基配列は、例えば、Genbank等の各種のデータベースから容易に入手できる情報に基づいて、当業者が適宜選択・設計して調製することができる。
【0059】
また、それらはDNAチップ又はノーザンブロッティングにおけるプロ−ブ、PCRにおけるプライマー等の形態で使用することができる。更に、必要に応じて、ポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドは放射性物質、蛍光物質、色素等の適当な標識物質によって標識されていても良い。
【0060】
上記キットには、その構成・使用目的などに応じて、当業者に公知の他の要素又は成分、例えば、各種試薬、酵素、緩衝液、反応プレート(容器)等が含まれる。
【0061】
その他、この発明は、上述した一実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を変更しない範囲で種々変形可能であることは言うまでもない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経膠腫患者の術後予後を予測するための方法であって、
(a)前記神経膠腫患者由来の腫瘍組織又は腫瘍細胞における表1中の任意の遺伝子群の発現量を測定する工程と、
(b)前記測定した発現量を標準化し、この標準化した発現量から術後予後予測スコアを計算する工程と、
(c)前記計算した術後予後予測スコアが0以下の場合に予後良好と決定し、前記計算した術後予後予測スコアが0以上の場合に予後不良と決定する工程と
から成ることを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
前記術後予後予測スコアは、以下の式Iによって計算されるものであることを特徴とする方法。
【数1】

【請求項3】
表1中の任意の10個以上の遺伝子を使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項4】
表1中の任意の20個以上の遺伝子を使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項5】
表1中の任意の30個以上の遺伝子を使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項6】
表1中の任意の40個以上の遺伝子を使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項7】
表1中の任意の50個以上の遺伝子を使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項8】
表1に示す遺伝子の58個全てを使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項9】
表3に示す遺伝子の30個全てを使用することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項10】
神経膠腫患者の術後予後を予測するために用いるキットであって、
表1中の任意の遺伝子群の少なくとも一部の塩基配列から成るポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドを有することを特徴とするキット。
【請求項11】
前記ポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドが標識されていることを特徴とする、請求項10記載のキット。
【請求項12】
表1中の任意の10個以上の遺伝子セットを有することを特徴とする、請求項10記載のキット。
【請求項13】
表1中の任意の30個以上の遺伝子セットを有することを特徴とする、請求項10記載のキット。
【請求項14】
表1中の遺伝子の58個全ての遺伝子セットを有することを特徴とする、請求項10記載のキット。
【請求項15】
表3中の遺伝子の30個全ての遺伝子セットを有することを特徴とする、請求項10記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−131006(P2010−131006A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−252022(P2009−252022)
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(501002172)株式会社DNAチップ研究所 (33)
【出願人】(599071991)
【Fターム(参考)】