説明

穴加工用回転工具及び自在継手用ヨークの製造方法

【課題】より加工精度の高い穴を加工対象物に形成することができる穴加工用回転工具などを提供する。
【解決手段】穴加工用回転工具1は、先端側から順次、リーマ加工用の刃部、バニシング加工用の刃部、及びシャンク部が形成されるとともに、リーマ加工用の刃部の直径がバニシング加工用の刃部よりも小径となった段付き形状に形成される。リーマ加工用の刃部は、切れ刃13を備え、バニシング加工用の刃部は、丸ランド21と、丸ランド21の工具回転順方向の端部に接続する前部逃げ面22と、丸ランド21の工具回転逆方向の端部に接続する後部逃げ面23とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工対象物に形成された穴を所定の加工精度に仕上げるための穴加工用回転工具、及びこの穴加工用回転工具を用いた自在継手用ヨークの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械加工された穴に高い加工精度が要求される加工対象物として、例えば、図6に示すような自在継手100を構成する自在継手用ヨーク101,103が挙げられる。自在継手100は、これらヨーク101,103の他、十字軸110や軸受111などを備え、軸線がある角度で交わる軸112,113を連結し、一方の軸112の回転力を他方の軸113に伝達するものであり、例えば、自動車のステアリング装置などに設けられる。
【0003】
前記自在継手用ヨーク101,103は、一定間隔を隔てて対向する一対の対向部102,104を備え、この対向部102,104には、前記軸受111が取り付けられる取付穴(貫通穴)102a,105が同軸且つ対向部102,104の対向方向に平行に形成されている。また、前記ヨーク101には前記一方の軸112が接続され、前記ヨーク103には前記他方の軸113が接続される。尚、前記ヨーク103の対向部104の対向面には、取付穴105にかかるように設けられた切り欠き104aが形成されている。
【0004】
また、前記十字軸110は、軸線が相互に直交するように構成され、前記軸受111は、十字軸110を構成する軸の両端部を回転自在に支持する。
【0005】
そして、自在継手用ヨーク101,103の取付穴102a,105は、高い加工精度が要求されており、このような、高い加工精度が要求される穴を機械加工する工具として、従来、例えば、特開平6−39617号公報に開示されたようなバニシングドリルが提案されている(図7及び図8参照)。
【0006】
このバニシングドリル200は、図7及び図8に示すように、ドリル200の後端側に形成されたシャンク部201と、ドリル200の軸線方向に沿うように且つシャンク部201に連なるように形成されるとともに、位相が異なる位置に形成された第1ランド202,第2ランド203及び第3ランド204と、各ランド202,203,204間に形成された溝205,206,207と、ドリル200の先端側で位相が異なる位置に形成されたドリル刃208,リーマ刃209及びリーマ面210とを備える。
【0007】
前記第1ランド202,第2ランド203及び第3ランド204は、ドリル200の軸線方向の先端側が小径に形成され、更に、その直径が第2ランド203,第3ランド204及び第1ランド202の順により小径となっている。
【0008】
前記ドリル刃208は、第1ランド202の外周面に、前記リーマ刃209は、第3ランド204の外周面にそれぞれつながるように形成される。前記リーマ面210は、ドリル200の回転順方向の端部よりも回転逆方向の端部の方がドリル200の径方向の外側に位置するように平面状に形成されるとともに、第2ランド203の外周面につながるように形成される。また、ドリル刃208,リーマ刃209及びリーマ面210の位置関係は、ドリル刃208がリーマ刃209よりもドリル200の先端側に位置し、リーマ刃209がリーマ面210よりもドリル200の先端側に位置している。
【0009】
このように構成されたバニシングドリル200では、このドリル200を軸線中心に回転させながら加工対象物側に移動させると、ドリル刃208によって下穴が形成され、ドリル刃208で形成された下穴がリーマ刃209によって加工され、リーマ刃209で加工,形成された穴がリーマ面210によって研磨され、これにより、加工対象物に所定の穴が形成される。
【0010】
【特許文献1】特開平6−39617号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところが、上記従来のバニシングドリル200においては、リーマ面210の、ドリル200の回転順方向の端部と、溝205を構成する面205aとの交差部が角になっており、この角部が切れ刃となって穴の内面が切削加工されるので、高精度な加工精度を得るには一定の限界があった。また、第2ランド203の、ドリル200の回転順方向の端部と、溝205を構成する面205aとの交差部が角になっていることによっても、上記と同様、この角部が切れ刃となって穴の内面が切削加工され、一定レベル以上の加工精度を得ることができない。
【0012】
本発明は、以上の実情に鑑みなされたものであって、より加工精度の高い穴を加工対象物に形成することができる穴加工用回転工具、及びこの穴加工用回転工具を用いた自在継手用ヨークの製造方法の提供をその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するための本発明は、
先端側から順次、リーマ加工用の刃部、バニシング加工用の刃部、及びシャンク部が形成された穴加工用の回転工具であって、
前記リーマ加工用の刃部の直径が前記バニシング加工用の刃部よりも小径となった段付き形状に形成されてなり、
前記リーマ加工用の刃部は、切れ刃を備え、
前記バニシング加工用の刃部は、丸ランドと、この丸ランドの工具回転順方向の端部に接続する前部逃げ面と、前記丸ランドの工具回転逆方向の端部に接続する後部逃げ面とを備えてなることを特徴とする穴加工用回転工具に係る。
【0014】
この穴加工用回転工具によれば、例えば、以下に説明するようにして穴加工することができる。まず、穴加工用回転工具及び下穴を予め形成した加工対象物を工作機械に取り付けた後、この穴加工用回転工具を軸線中心に回転させ、穴加工用回転工具の軸線方向に沿って所定の送り速度で加工対象物に接近する方向に移動させる。
【0015】
そうすると、まず、リーマ加工用の刃部が加工対象物の下穴内に挿入され、このリーマ加工用の刃部(切れ刃)によって下穴がリーマ加工される。この後、バニシング加工用の刃部が、リーマ加工用の刃部により加工,形成された穴内に挿入され、このバニシング加工用の刃部によって当該穴がバニシング加工される。
【0016】
このバニシング加工は、バニシング加工用の刃部の直径がリーマ加工用の刃部よりも大きいことから、このバニシング加工用の刃部(前部逃げ面)が穴内面の凸部を押しつぶしながら回転することによって行われるのであるが、このとき、バニシング加工用の刃部によって穴内面の表面層が塑性変形せしめられ、これにより、穴内面の凸部がつぶされ、穴内面の凹部が埋められて、穴内面が平滑になり、また、丸ランドで更に平滑にされるため、その結果、穴の真円度が向上する。また、同時に、穴内面の表面層の塑性変形によって圧縮残留圧縮力が付与され、穴内面の表面改質が行われ、例えば、疲れ強さや耐摩耗性、硬度などの機械的性質が高められる。
【0017】
このようにして、リーマ加工及びバニシング加工を順次施すと、穴加工用回転工具をその軸線方向に沿って所定の速度で加工対象物から離隔する方向に移動させる。これにより、当該穴加工用回転工具を用いた、加工対象物に対する一連の穴加工工程が終了する。
【0018】
ところで、本発明に係る穴加工用回転工具では、バニシング加工用の刃部に、丸ランドの工具回転順方向の端部に接続する前部逃げ面を形成している。これは、丸ランドの工具回転順方向の端部の角を落とし、この角部が切れ刃となって穴の内面を切削加工するのを防止するためである。
【0019】
したがって、本発明に係る穴加工用回転工具によれば、バニシング加工用の刃部によって切削加工が行われるのを防止することができるので、バニシング加工用の刃部によって、リーマ加工用の刃部で加工,形成された穴を更に高精度に仕上げることができる。
【0020】
尚、前記前部逃げ面は、その逃げ角が10°〜40°の範囲内に設定されていることが好ましい。これは、逃げ角が10°よりも小さくなると、この前部逃げ面の丸ランド接続側とは反対側の端部(角部)が切れ刃として作用して穴の内面が切削加工されるからである。また。このようにして行われる切削加工は切削抵抗が大きく、工具のびびり振動が生じ易いため、加工精度が却って低下するからである。一方、逃げ角が40°よりも大きくなると、この前部逃げ面が穴の内面に対して起き上がった状態となるため、バニシング加工時の抵抗が大きくなり、工具のびびり振動が生じ易くなって加工精度が低下するからである。
【0021】
また、前記前部逃げ面の逃げ角は20°〜30°の範囲内であれば更に好ましい。この角度範囲内であれば、上述したような不都合をより効果的に防止することができ、より顕著な効果を得ることができるからである。
【0022】
また、前記後部逃げ面は、その逃げ角が30°〜60°の範囲内に設定されていることが好ましい。これは、逃げ角が30°よりも小さくなると、後部逃げ面が穴の内面と接触する恐れがあるからであり、逃げ角が60°よりも大きくなると、バニシング加工用の刃部が細くなって強度が低下するという問題を生じるからである。
【0023】
また、前記丸ランドの幅は、1mm〜3mmの範囲内に設定されていることが好ましい。これは、丸ランドの幅が1mmよりも小さいと、強度が弱くなるという問題や、丸ランドと穴の内面とが当接している部分が少なくなるため、穴の内面の表面層を塑性変形させ難くなり、その結果、加工精度が低下するという問題を生じるからであり、丸ランドの幅が3mmよりも大きいと、丸ランドと穴の内面とが当接している部分が多くなるため、バニシング加工時の抵抗が大きくなって焼き付きや工具のびびり振動を生じる原因となり、加工精度が低下するからである。
【0024】
また、前記リーマ加工用の刃部とバニシング加工用の刃部との直径差は、10μm〜20μmの範囲内に設定されていることが好ましい。これは、直径差が10μmよりも小さくなると、穴の内面の凸部分をあまりつぶすことができなくなるため、バニシング加工後も依然として穴内面に凹凸が存在している状態となり、良好な加工精度を得ることができないからである。一方、直径差が20μmよりも大きくなると、バニシング加工用の刃部の、穴の内面の凸部分と接触する部分が大きくなって、バニシング加工時の抵抗が大きくなり、工具のびびり振動を生じ易くなったり、穴の内面の凸部分がむしり取られて高い加工精度を得ることができないという問題や、工具が穴の一方の開口部から反対側の開口部に向けて穴内を移動する際にバニシング加工用の刃部により穴の内面の凸部分が前記反対側の開口部に向けて押されてこの開口部から外部に押し出され、この開口部分の縁部にバリが発生し、バリ取り工程が増えるという問題を生じるからである。
【0025】
また、前記穴加工用回転工具の少なくとも前記バニシング加工用の刃部にはTiN(窒化チタン)コーティングが施されていることが好ましく、このようにすれば、耐溶着性,耐熱性及び耐摩耗性などを向上させることができる。
【0026】
また、本発明は、
一定間隔を隔てて対向する一対の対向部を備え、この一対の対向部には、その対向方向に平行な貫通穴が同軸に形成された自在継手用ヨークを製造する方法であって、
まず、前記各対向部の、前記貫通穴の形成位置に対応した部分に下穴をそれぞれ形成し、
次に、前記請求項1乃至6記載のいずれかの穴加工用回転工具と前記自在継手用ヨークとを、この穴加工用回転工具の軸線と形成すべき貫通穴の軸線とが同軸となるように且つ一方の前記対向部と間隔を隔てるように配置した後、
前記穴加工用回転工具を軸線中心に回転させつつ、前記バニシング加工用の刃部が前記他方の対向部の下穴内を貫通するまでこの穴加工用回転工具の軸線に沿って前記一方の対向部に接近する方向に移動させて、前記一方の対向部及び他方の対向部の下穴内に前記リーマ加工用の刃部及びバニシング加工用の刃部を順次通した後、
前記穴加工用回転工具をその軸線に沿って前記自在継手用ヨークから離隔する方向に移動させてこの穴加工用回転工具を抜くようにしたことを特徴とする自在継手用ヨークの製造方法に係る。
【0027】
この自在継手用ヨークの製造方法によれば、上記穴加工用回転工具がより加工精度の高い加工を可能にすることから、自在継手用ヨークの一対の対向部により精度の高い貫通穴を形成することができる。
【発明の効果】
【0028】
以上のように、本発明に係る穴加工用回転工具によれば、加工対象物により加工精度の高い穴を形成することができる。また、本発明に係る自在継手用ヨークの製造方法によれば、加工精度の高い貫通穴が形成された一対の対向部を備える自在継手用ヨークを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の具体的な実施形態について、添付図面に基づき説明する。尚、図1は、本発明の一実施形態に係る穴加工用回転工具の概略構成を示した正面図であり、図2は、図1における矢示A方向の底面図であり、図3は、図2におけるB部の詳細図である。また、図4は、本実施形態に係る、自在継手用ヨークの製造方法を説明するための説明図である。
【0030】
まず、穴加工用回転工具について説明する。図1乃至図3に示すように、本例の穴加工用回転工具1は、先端側から順次形成されたリーマ加工用の刃部10,バニシング加工用の刃部20及びシャンク部30を備え、リーマ加工用の刃部10の直径がバニシング加工用の刃部20よりも小径と、バニシング加工用の刃部20の直径がシャンク部30よりも小径となった段付き形状に形成されるとともに、リーマ加工用の刃部10及びバニシング加工用の刃部20がシャンク部30側にかけて連続して形成された直刃状となっている。また、穴加工用回転工具1は、リーマ加工用の刃部10及びバニシング加工用の刃部20を含む全体にTiN(窒化チタン)コーティングが施されている。
【0031】
前記リーマ加工用の刃部10は、すくい面11及び逃げ面12(逃げ角の付いていないマージン部分と逃げ角の付いている部分を含む)によって構成される切れ刃13と、切れ刃13及び逃げ面12を含むランド14と、ランド14間に形成された刃溝15とを備えており、これら切れ刃13,ランド14及び刃溝15は、位相が異なる位置に同形状でそれぞれ複数設けられている。尚、リーマ加工用の刃部10の先端には食付部16が形成されている。
【0032】
前記バニシング加工用の刃部20は、前記リーマ加工用の刃部10のランド14及び刃溝15がシャンク部30側に延設されて形成されるもので、加工対象物の穴内面に摺接する丸ランド21を備える。丸ランド21の、工具1の回転順方向の端部には前部逃げ面22が接続し、丸ランド21の、工具1の回転逆方向の端部には前記刃溝15の回転順方向側の側面15aが延設されて接続しており、この側面15aによって丸ランド21の後部逃げ面23が形成されている。尚、これら丸ランド21,前部逃げ面22及び後部逃げ面23は、位相が異なる位置に同形状でそれぞれ複数設けられている。
【0033】
前記前部逃げ面22の逃げ角αは、10°〜40°の範囲内(更に好ましくは20°〜30°)に設定され、前記側面15aの、丸ランド21の径方向と直交し且つ丸ランド21に接する面に対する傾斜角度(後部逃げ面23の逃げ角)βは、30°〜60°の範囲内に設定され、前記丸ランド21の幅γは、1mm〜3mmの範囲内に設定される。また、前記リーマ加工用の刃部10とバニシング加工用の刃部20との直径差δは、10μm〜20μmの範囲内に設定される。
【0034】
次に、この穴加工用回転工具1を用いた自在継手用ヨークの製造方法について説明する。尚、以下の説明では、図6に示した自在継手用ヨーク103を一例に挙げて説明するが、自在継手用ヨーク103は、これに限定されるものではない。
【0035】
まず、各対向部104の、取付穴105の形成位置に対応した部分に下穴105aをそれぞれ形成した後、自在継手用ヨーク103及び穴加工用回転工具1を、穴加工用回転工具1の軸線と形成すべき取付穴105の軸線とが同軸となるように且つ一方の対向部104と間隔を隔てるように工作機械に取り付け(図4(a)参照)、この後、この穴加工用回転工具1を軸線中心に回転させ、穴加工用回転工具1の軸線方向に沿って所定の送り速度で自在継手用ヨーク103に接近する方向に移動させる。
【0036】
そして、リーマ加工用の刃部10が一方の対向部104の下穴105a内に挿入されると、このリーマ加工用の刃部10(切れ刃13)により下穴105aがリーマ加工される(図4(b)参照)。尚、リーマ加工された下穴105aは符号105bで示している。
【0037】
次に、バニシング加工用の刃部20が、リーマ加工用の刃部10により加工,形成された穴105b内に挿入され、このバニシング加工用の刃部20により当該穴105bがバニシング加工されるとともに、リーマ加工用の刃部10が他方の対向部104の下穴105a内に挿入され、下穴105aがリーマ加工される(図4(c)参照)。
【0038】
この後、バニシング加工用の刃部20が、リーマ加工用の刃部10により加工,形成された穴105b内に挿入され、穴105bがバニシング加工される(図4(d)参照)。
【0039】
上記バニシング加工は、バニシング加工用の刃部20の直径がリーマ加工用の刃部10よりも大きいことから、このバニシング加工用の刃部20(前部逃げ面22)が穴105bの内面の凸部を押しつぶしながら回転することによって行われるのであるが、このとき、バニシング加工用の刃部20によって穴105bの内面の表面層が塑性変形せしめられ、これにより、穴105bの内面の凸部がつぶされ、穴105bの内面の凹部が埋められて、穴105bの内面が平滑になり、また、丸ランド21で更に平滑にされるため、その結果、穴105b(取付穴105)の真円度が向上する。また、同時に、穴105bの内面の表面層の塑性変形によって圧縮残留圧縮力が付与され、穴105b(取付穴105)の内面の表面改質が行われ、例えば、疲れ強さや耐摩耗性、硬度などの機械的性質が高められる。
【0040】
このようにして、穴加工用回転工具1を軸線中心に回転させつつ、バニシング加工用の刃部20が他方の対向部104の下穴105a内を貫通するまでこの穴加工用回転工具1を移動させて、一方の対向部104及び他方の対向部104の下穴105a内にリーマ加工用の刃部10及びバニシング加工用の刃部20を順次通す(各対向部104の下穴105aにリーマ加工及びバニシング加工を順次施す)と、穴加工用回転工具1をその軸線方向に沿って所定の速度で自在継手用ヨーク103から離隔する方向に移動させ、各対向部104の取付穴105から抜く。これにより、当該穴加工用回転工具1を用いた、各対向部104に取付穴105を形成して自在継手用ヨーク103を製造する一連の工程が終了する。
【0041】
ところで、本例の穴加工用回転工具1では、上述のように、バニシング加工用の刃部20に、逃げ角αが10°〜40°の範囲内に設定された前部逃げ面22、逃げ角βが30°〜60°の範囲内に設定された後部逃げ面23を形成するとともに、丸ランド21の幅γを1mm〜3mmの範囲内に設定している。
【0042】
前部逃げ面22を形成している、即ち、丸ランド21の工具回転順方向の端部の角を落としているのは、この角部が切れ刃となって穴105bの内面が切削加工されるのを防止するためである。
【0043】
また、前部逃げ面22の逃げ角αを10°〜40°の範囲内に設定しているのは、逃げ角αが10°よりも小さくなると、前部逃げ面22の丸ランド21側とは反対側の端部(角部)22aが切れ刃として作用して穴105bの内面が切削加工されるからである。また、このようにして行われる切削加工は切削抵抗が大きく、工具1のびびり振動が生じ易いため、加工精度が却って低下するからである。一方、逃げ角αが40°よりも大きくなると、この前部逃げ面22が穴105bの内面に対して起き上がった状態となるため、バニシング加工時の抵抗が大きくなり、工具1のびびり振動が生じ易くなって加工精度が低下するからである。
【0044】
尚、前記前部逃げ面22の逃げ角αは、このような不都合をより効果的に防止する観点から20°〜30°の範囲内であれば更に好ましい。
【0045】
また、前記後部逃げ面23の逃げ角βを30°〜60°の範囲内に設定しているのは、逃げ角βが30°よりも小さくなると、後部逃げ面23が穴105bの内面と接触する恐れがあるからである。また、本例のように、刃溝15の側面15aによって後部逃げ面23を形成したような場合にはこの刃溝15が小さくなるので、切粉が逃げ難くなって刃溝15内に溜まり易くなり、切粉が丸ランド21や前部逃げ面22と穴105bの内面との間に噛み込むことがあるからである。一方、逃げ角βが60°よりも大きくなると、バニシング加工用の刃部20が細くなって強度が低下するという問題を生じるからである。
【0046】
また、前記丸ランド21の幅γを、1mm〜3mmの範囲内に設定しているのは、丸ランド21の幅γが1mmよりも小さいと、強度が弱くなるという問題や、丸ランド21と穴105bの内面とが当接している部分が少なくなるため、穴105bの内面の表面層を塑性変形させ難くなり、その結果、加工精度が低下するという問題を生じるからである。一方、丸ランド21の幅γが3mmよりも大きいと、丸ランド21と穴105bの内面とが当接している部分が多くなるため、バニシング加工時の抵抗が大きくなって焼き付きや工具1のびびり振動を生じる原因となり、加工精度が低下するからである。
【0047】
したがって、バニシング加工用の刃部20を上記のように構成すれば、上述のような問題が生じるのを効果的に防止し、例えば、バニシング加工用の刃部20によって切削加工が行われるのを防止することや、前部逃げ面22が穴105bの内面に対して寝た状態にも、起き上がった状態にもならず、バニシング加工時の抵抗を抑えて工具1のびびり振動が生じるのを防止することができる。これにより、バニシング加工用の刃部20によって、リーマ加工用の刃部10で加工,形成された穴105bを更に高精度に仕上げることができる。
【0048】
また、リーマ加工用の刃部10とバニシング加工用の刃部20との直径差δを、10μm〜20μmの範囲内に設定しているので、精度の高い加工形状を得ることができる。これは、直径差δが10μmよりも小さくなると、穴105bの内面の凸部分をあまりつぶすことができなくなるため、バニシング加工後も依然として穴105b(取付穴105)の内面に凹凸が存在している状態となり、良好な加工精度を得ることができないからである。一方、直径差δが20μmよりも大きくなると、バニシング加工用の刃部20の、穴105bの内面の凸部分と接触する部分が大きくなって、バニシング加工時の抵抗が大きくなり、工具1のびびり振動を生じ易くなったり、穴105bの内面の凸部分がむしり取られて高い加工精度を得ることができないという問題や、工具1が穴105bの一方の開口部から反対側の開口部に向けて穴105b内を移動する際にバニシング加工用の刃部20により穴105bの内面の凸部分が前記反対側の開口部に向けて押されてこの開口部から外部に押し出され、この開口部分の縁部にバリが発生し、バリ取り工程が増えるという問題を生じるからである。
【0049】
また、穴加工用回転工具1は、その全体にTiNコーティングを施しており、耐溶着性,耐熱性及び耐摩耗性などの点においてより優れたものとすることができる。
【0050】
また、図6のような、対向部104に切り欠き104aが形成された自在継手用ヨーク103の取付穴105を加工すると、切り欠き104aの部分の穴加工時に断面C字状の穴を加工することとなって断続切削となるので、即ち、断面C字状の穴端部の加工開始部分で切削抵抗が大きくなって工具が逃げ易くなるので、通常のリーマ加工用工具では高精度に加工することができないという問題を生じるが、本例の穴加工用回転工具1では、バニシング加工用時にバニシング加工用の刃部20の前部逃げ面22によって断面C字状の穴端部の加工開始部分でも抵抗がさほど大きくならず、工具1が逃げ難くなるため、このような取付穴105でも精度良く仕上げることができる。また、バニシング加工用の刃部20が取付穴105内を貫通することで工具1が安定し、断面C字状の穴部分についても良好な仕上げ精度となる。
【0051】
以上詳述したように、本例の穴加工用回転工具1によれば、加工対象物により加工精度の高い穴を形成することができる。因みに、図6に示した自在継手用ヨーク103の取付穴105を通常のリーマ加工用工具及び本例の穴加工用回転工具1を用いてそれぞれ加工し、その真円度及び面粗度(Ra)を測定したところ図5のようになった。この図5から、本例の穴加工用回転工具1で加工すれば、真円度及び面粗度(Ra)が大幅に向上していることが明らかであり、本例の穴加工用回転工具1を用いれば、穴を高精度に加工することができると言える。
【0052】
また、上記穴加工用回転工具1を用いて自在継手用ヨーク103を製造すれば、この穴加工用回転工具1がより加工精度の高い加工を可能にすることから、自在継手用ヨーク103の一対の対向部104により精度の高い取付穴105を形成することができる。
【0053】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明の採り得る具体的な態様は、何らこれに限定されるものではない。
【0054】
上例では、リーマ加工用の刃部10及びバニシング加工用の刃部20を直刃状に形成したが、これに限られるものではなく、ねじれ刃状に形成しても良い。また、TiNコーティングは、少なくともバニシング加工用の刃部20に施されていれば良く、必ずしも穴加工用回転工具1の全体に施す必要はない。
【0055】
また、上例では、穴加工用回転工具1の加工対象物として前記自在継手用ヨーク103を一例に挙げたが、本例の穴加工用回転工具1によって加工可能な加工対象物は、何ら限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の一実施形態に係る穴加工用回転工具の概略構成を示した正面図である。
【図2】図1における矢示A方向の底面図である。
【図3】図2におけるB部の詳細図である。
【図4】本実施形態に係る、自在継手用ヨークの製造方法を説明するための説明図である。
【図5】本実施形態に係る穴加工用回転工具と通常のリーマ加工用工具とを用いて自在継手用ヨークの取付穴をそれぞれ加工した場合の加工精度を示した図である。
【図6】自在継手の概略構成を示した平面図である。
【図7】従来例に係るバニシングドリルの概略構成を示した正面図である。
【図8】図7における矢示C方向の底面図である。
【符号の説明】
【0057】
1 穴加工用回転工具
10 リーマ加工用の刃部
11 すくい面
12 逃げ面
13 切れ刃
14 ランド
15 刃溝
16 食付部
20 バニシング加工用の刃部
21 丸ランド
22 前部逃げ面
23 後部逃げ面
30 シャンク部
103 自在継手用ヨーク
104 対向部
105 取付穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端側から順次、リーマ加工用の刃部、バニシング加工用の刃部、及びシャンク部が形成された穴加工用の回転工具であって、
前記リーマ加工用の刃部の直径が前記バニシング加工用の刃部よりも小径となった段付き形状に形成されてなり、
前記リーマ加工用の刃部は、切れ刃を備え、
前記バニシング加工用の刃部は、丸ランドと、この丸ランドの工具回転順方向の端部に接続する前部逃げ面と、前記丸ランドの工具回転逆方向の端部に接続する後部逃げ面とを備えてなることを特徴とする穴加工用回転工具。
【請求項2】
前記前部逃げ面は、その逃げ角が10°〜40°の範囲内に設定されてなることを特徴とする請求項1記載の穴加工用回転工具。
【請求項3】
前記後部逃げ面は、その逃げ角が30°〜60°の範囲内に設定されてなることを特徴とする請求項1又は2記載の穴加工用回転工具。
【請求項4】
前記丸ランドの幅は、1mm〜3mmの範囲内に設定されてなることを特徴とする請求項1乃至3記載のいずれかの穴加工用回転工具。
【請求項5】
前記リーマ加工用の刃部とバニシング加工用の刃部との直径差は、10μm〜20μmの範囲内に設定されてなることを特徴とする請求項1乃至4記載のいずれかの穴加工用回転工具。
【請求項6】
少なくとも前記バニシング加工用の刃部にはTiN(窒化チタン)コーティングが施されてなることを特徴とする請求項1乃至5記載のいずれかの穴加工用回転工具。
【請求項7】
一定間隔を隔てて対向する一対の対向部を備え、この一対の対向部には、その対向方向に平行な貫通穴が同軸に形成された自在継手用ヨークを製造する方法であって、
まず、前記各対向部の、前記貫通穴の形成位置に対応した部分に下穴をそれぞれ形成し、
次に、前記請求項1乃至6記載のいずれかの穴加工用回転工具と前記自在継手用ヨークとを、この穴加工用回転工具の軸線と形成すべき貫通穴の軸線とが同軸となるように且つ一方の前記対向部と間隔を隔てるように配置した後、
前記穴加工用回転工具を軸線中心に回転させつつ、前記バニシング加工用の刃部が前記他方の対向部の下穴内を貫通するまでこの穴加工用回転工具の軸線に沿って前記一方の対向部に接近する方向に移動させて、前記一方の対向部及び他方の対向部の下穴内に前記リーマ加工用の刃部及びバニシング加工用の刃部を順次通した後、
前記穴加工用回転工具をその軸線に沿って前記自在継手用ヨークから離隔する方向に移動させてこの穴加工用回転工具を抜くようにしたことを特徴とする自在継手用ヨークの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate