説明

窒素吸収能を高めた植物の生産方法およびその利用

【課題】 根からの窒素吸収能を高めた植物の生産方法と、それによって生産された植物の利用方法とを提供する。
【解決手段】 本発明の窒素吸収能を高めた植物の生産方法は、植物に、プラスチド型グルタミン合成酵素(GS2タンパク質)をコードする遺伝子(GS2遺伝子)を導入し、GS2タンパク質の発現量を高めることによって、根の窒素吸収能を高める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒素吸収能を高めた植物の生産方法およびその利用に関するものであり、より詳細には、プラスチド型グルタミン合成酵素を高発現させることによる、根の窒素吸収能を高めた植物の生産方法と、その利用方法として、その生産方法に用いるキット、および、その植物を用いて根から含窒素成分を吸収させることにより、土壌や水質を浄化する浄化装置および浄化方法、並びに、プラスチド型グルタミン合成酵素を指標とする生育促進植物の選抜方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グルタミン合成酵素(glutamine synthetase;EC,6.3.1.2;以下「GSタンパク質」)は、細菌から高等植物に至るまで広く存在しており、ATP存在下、グルタミン酸とアンモニアとから、グルタミンを合成する反応を触媒する酵素である。
【0003】
高等植物のGSタンパク質には、主に細胞質に存在するGS1タンパク質と、葉緑体などのプラスチドに局在するGS2タンパク質との2種類のアイソザイムがある。この存在部位の違いによって、GS1タンパク質は、細胞質型グルタミン合成酵素,GS2タンパク質2は、プラスチド型グルタミン合成酵素・葉緑体局在型グルタミン合成酵素とも称される。なお、GS1タンパク質とGS2タンパク質とは、グルタミン合成酵素である点で一致するものの、遺伝子配列、アミノ酸配列、および、局在性が全く異なっている。
【0004】
植物のGSタンパク質は、土壌から吸収されたアンモニアや、窒素固定・硝酸還元作用により生じたアンモニアの同化のみならず、光呼吸や窒素の二次分配の際に生じるアンモニアの再固定にも働いている。
【0005】
例えば、植物では、GSタンパク質によって合成されたグルタミン(GSタンパク質に取り込まれた窒素)に、グルタミン酸合成酵素(GOGAT)が作用すると、グルタミン酸が合成される。すなわち、植物でも、細菌や動物と同様に、GS−GOGAT系(glutamine synthetase-glutamate synthetase cycle)が窒素同化の主要経路として機能している。合成されたグルタミンとグルタミン酸とは、基本的には、すべてのアミノ酸・塩基・ビタミン等の含窒素化合物の窒素ドナーとなっている。
【0006】
図3に示すように、葉では主にGS2タンパク質が作用し、根では主にGS1タンパク質が作用して、グルタミンが合成されるという考えが一般的である(非特許文献1参照)。
【0007】
すなわち、葉の細胞では、主に、葉緑体局在型のGS2タンパク質が亜硝酸の還元で生じたアンモニウムや、光呼吸代謝で生じたアンモニウムを、グルタミンに同化する一方、GS1タンパク質は、脱アミノ化反応などで生じたアンモニウムをグルタミンに同化すると考えられている。
【0008】
また、非緑色器官である根の細胞では、主に、葉の細胞質型のGS1タンパク質とは異なるGS1タンパク質(GSrタンパク質)が、細胞外(土壌や水など)から吸収したアンモニウムをグルタミンに同化する。一方、白色体に局在するプラスチド型GS2タンパク質が、亜硝酸の還元で生じたアンモニウムをグルタミンに同化する。
【0009】
このように、GSタンパク質は、特に、窒素同化(アンモニア同化)の主要経路を担う重要な酵素である。
【0010】
GSタンパク質を利用した発明には、例えば、特許文献1および特許文献2がある。
【0011】
具体的には、特許文献1には、GS2遺伝子を導入することによる光耐性植物の製造方法が開示されている。より詳細には、イネ由来のGS2タンパク質をコードするGS2遺伝子をタバコに導入することによって、光障害に対して耐性を有する形質転換タバコが製造されている。この製造方法では、GS2タンパク質が葉緑体に局在していることに基づき、葉でのGS2タンパク質を高発現させている。そして、葉での光呼吸を活性化することにより、光障害に対する耐性(光障害抵抗性)を有する植物を製造している。
【0012】
植物は、根から土壌中の窒素化合物を吸収して、生育に必要なアミノ酸・ビタミン・核酸塩基を生合成している。植物に肥料を与えると、生育状態がよくなるのは、このためである。これを利用して、例えば、特許文献2には、細胞質に存在するGS1タンパク質をコードする遺伝子(GS1遺伝子)を、植物に導入することにより、その植物の生育速度を高めることが開示されている。
【特許文献1】特開平6−292480号(1994年10月21日公開)
【特許文献2】WO95/09911(1995年4月13日公開)
【特許文献3】GS2タンパク遺伝子の塩基配列 特開平2−303491号(1990年12月17日公開)
【非特許文献1】森敏等著 「植物栄養学」文永堂出版 2001年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献2の方法を実用化するには、植物の生育速度の上昇が不充分であるという問題がある。また、特許文献2の方法では、エンドウ由来の葉緑体GS2遺伝子を、タバコに導入すると、導入したGS2遺伝子およびタバコに内在するGS2遺伝子の発現量は、共に低下している。これは、導入したGS2遺伝子によって、宿主のGS2遺伝子が抑制されたため(いわゆる共抑制(co-suppression))であると考えられる。
【0014】
前述のように、植物の生産性を高めるための一般的な方法は、窒素肥料を与えることである。しかしながら、窒素肥料のほとんどはイオン性であり、窒素成分が水に溶解する。また、植物の窒素吸収能には限界があるため、窒素肥料の多くは、植物に吸収されることなく、河川に流出してしまう。このため、窒素肥料が、河川の富栄養化の原因となっている。
【0015】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、根からの窒素吸収能を高めた植物の生産方法と、それによって生産された植物の利用方法と、植物集団の中から生育促進植物を選抜する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本願発明者等は、植物の生長速度を高めるべく、これまでは、葉緑体に局在し、光呼吸に関与するとされていた、プラスチド型グルタミン合成酵素が、根からの窒素吸収能を高めるということを見出した。すなわち、GS2タンパク質が、根からの窒素吸収に関与するという新たな知見を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本発明にかかる窒素吸収能を高めた植物の生産方法(本生産方法)は、上記の課題を解決するために、植物に、プラスチド型グルタミン合成酵素(GS2タンパク質)をコードする遺伝子(GS2遺伝子)を導入し、プラスチド型グルタミン合成酵素の発現量を高めることによって、根の窒素吸収能を高めることを特徴としている。
【0018】
上記の構成によれば、植物に導入したGS2遺伝子が発現すると、導入しない場合よりも、GS2タンパク質の発現量が高まる。これにより、根からの窒素吸収能が高まる。その結果、植物の生育を飛躍的に促進できるという効果を奏する。
【0019】
なお、本生産方法は、植物にグルタミン合成酵素2(GS2タンパク質;プラスチド型(葉緑体局在型)グルタミン合成酵素)をコードする遺伝子を導入して、根のグルタミン合成酵素2の発現量を高めることによって、根からの窒素化合物の吸収能を高めることを特徴とする方法ともいえる。また、本生産方法は、GS2タンパク質をコードする遺伝子(GS2遺伝子)を導入することによって、根の窒素吸収能を高める工程を含む生長促進植物の生産方法ともいえる。
【0020】
また、本生産方法では、上記根の窒素吸収能として、根のアンモニウムイオンの吸収能を高めることが好ましい。
【0021】
また、本生産方法において、上記遺伝子は、その遺伝子が導入される植物とは異なる植物に由来するものであることが好ましい。
【0022】
また、本生産方法では、上記遺伝子は、禾本科植物(例えば、イネ科植物など)に由来するものであってもよい。
【0023】
また、本生産方法では、上記遺伝子は、ヨシまたはイネに由来するものであってもよい。
【0024】
本発明にかかるキットは、本生産方法に用いるキットであって、少なくともプラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含むことを特徴としている。
【0025】
これにより、本生産方法をより簡便に行うことができ、その汎用性が向上するという効果を奏する。
【0026】
本発明にかかる浄化装置(本浄化装置)は、プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子が導入された植物を備え、その植物の根から、窒素化合物を吸収させることを特徴としている。
【0027】
また、本発明にかかる浄化方法は、プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子が導入された植物の根から、窒素化合物を吸収させることを特徴とする浄化方法。
【0028】
上記の各構成によれば、浄化装置は、GS2遺伝子が導入された植物を備えている。この植物は、導入された遺伝子が発現することによって、導入される前よりも、GS2タンパク質を高発現する。これにより、この植物の根の窒素吸収能が飛躍的に高まる。本浄化装置では、このような窒素吸収能が高まった植物の根から、例えば、土壌や水中に含まれる窒素化合物を吸収できる。このため、GS2遺伝子を導入しない植物を用いるよりも、窒素化合物の吸収効率を、飛躍的に高めることが可能となる。
【0029】
本発明にかかる生育促進植物の選抜方法は、プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子の発現量、または、プラスチド型グルタミン合成酵素の発現量を指標とすることを特徴としている。
【0030】
これにより、GS2遺伝子またはGS2タンパク質をマーカーとして、生育促進植物を選抜(スクリーニング)することが可能となる。
【発明の効果】
【0031】
本発明にかかる窒素吸収能を高めた植物の生産方法は、以上のように、植物に、プラスチド型グルタミン合成酵素(GS2タンパク質)をコードする遺伝子(GS2遺伝子)を導入し、プラスチド型グルタミン合成酵素の発現量を高めることによって、根の窒素吸収能を高めている。このため、GS2遺伝子を導入しない植物よりも、生育速度が飛躍的に促進された植物を生産できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
次に、本発明について詳細に説明する。なお、本発明はこれに限定されるものではない。以下では、(1)窒素吸収能を高めた植物の生産方法,(2)浄化装置・浄化方法,(3)生育促進植物の選抜方法の順に説明する。
【0033】
(1)窒素吸収能を高めた植物の生産方法
本発明にかかる窒素吸収能を高めた植物の生産方法(本生産方法)は、プラスチド型グルタミン合成酵素(GS2タンパク質)をコードする遺伝子(GS2遺伝子)を導入して植物を形質転換することによって、根の窒素吸収能を高めることを特徴とするものである。
【0034】
ここで、上記「GS2遺伝子」とは、グルタミン合成酵素2(プラスチド型グルタミン合成酵素・葉緑体局在型グルタミン合成酵素とも称される)をコードする遺伝子を示し、DNAおよびRNAが含まれる。DNAには、例えば、クローニングや化学合成技術又はそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなども含まれる。また、上記GS2遺伝子は、非翻訳領域(UTR)の配列を含むものであってもよい。
【0035】
また、上記「GS2遺伝子」は、発現によってGS2タンパク質として機能する限り、1またはそれ以上の塩基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されるように改変を加えた改変体であってもよい。このような改変体は、例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR法を利用して塩基配列に点変異を導入する方法などを用いて、上記標的遺伝子の塩基配列において、1またはそれ以上の塩基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されるように改変を加えることによって作製することができる。
【0036】
なお、配列番号1には、後述する実施例で使用した、イネGS2遺伝子(ゲノムDNA由来、または、cDNA)の塩基配列が、また、配列番号2には、その遺伝子にコードされるイネGS2タンパク質のアミノ酸配列が示される。また、配列番号3には、イネGS2遺伝子とイネGS2タンパク質とが併記して示される。
また、この他にも、GS2タンパク質およびGS2遺伝子は、種々の植物から単離されており、そのアミノ酸配列および塩基配列も明らかとなっている(例えば、特開平2−182190号公報,特開平2−303491号公報など参照)。
【0037】
上記「GS2遺伝子を導入」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)によって、導入先の植物内に、その遺伝子が発現可能に導入されることを示す。上記の遺伝子工学的手法として、具体的には、例えば、プロトプラスト共存培養法やリーフディスク法などアグロバクテリウム属細菌の感染を利用する方法、並びに、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、リポソーム法、DNA直接導入法、適切なベクター系を用いた導入法、などが挙げられ、後述するGS2遺伝子の導入対象となる植物(宿主)の種類に応じて最適なものを選択すればよい。
【0038】
なお、後述の実施例では、GS2遺伝子発現ベクターを導入したアグロバクテリウム菌株を、GS2遺伝子を発現させたい植物(カルス)に感染させることにより、GS2遺伝子が導入されたカルスを適当な培地で培養することにより、形質転換した植物を取得している。
【0039】
また、導入したGS2遺伝子、または、導入したGS2遺伝子を有する発現ベクターの導入を確認する方法は、特に限定されるものではなく、公知の各種の方法を用いることができる。具体的には、導入を確認する物質が、GS2遺伝子の場合には、Northern Blot解析やRT−PCR、あるいはIn situ hybridization等によって確認することができ、GS2タンパク質の場合には、抗体との反応性や酵素活性を測定する方法等が挙げられる。例えば、ホストから調製したゲノムDNAを鋳型とし、導入したGS2遺伝子全長を特異的に増幅するいわゆるゲノミックPCR法を挙げることができる。これにより、GS2遺伝子の増幅を電気泳動法等によって確認できれば、GS2遺伝子の導入を確認できる。
【0040】
また、その他の方法としては、例えば、各種マーカーを用いてもよい。例えば、宿主となる植物中で欠失している遺伝子をマーカーとして用い、このマーカー遺伝子とGS2遺伝子とを含むプラスミド等を発現ベクターとして宿主となる植物に導入する。これにより、マーカー遺伝子の発現からGS2遺伝子の導入を確認できる。また、GS2タンパク質を、融合タンパク質(例えば、GFP融合タンパク質)として発現させてもよい。
【0041】
上記「GS2遺伝子を導入する植物(宿主)」は、外来性のGS2遺伝子を導入する植物個体または植物細胞(単細胞、多細胞)である。また、この植物の種類は、上記GS2遺伝子を発現可能に導入することができれば、特に限定されるものではない。
【0042】
なお、上記植物の範疇には、完全な植物のみならず、その一部、例えば、葉、種子、塊茎、挿木等も含まれるものとする。さらに、上記植物には、予め形質転換された遺伝子組み換え植物やその子孫を起源とする植物組織、プロトプラスト、細胞、カルス、器官、植物種子、胚芽、花粉、卵細胞、接合子などの増殖可能な植物材料;花、茎、実、葉、根などを含む植物の一部;懸濁培養細胞;等も含まれるものとする。
【0043】
このようにして、植物にGS2遺伝子を発現可能に導入すれば、GS2タンパク質を過剰発現する形質転換植物が得られる。そして、この形質転換植物を適当な条件で培養することにより、生育が促進された植物を生産できる。
【0044】
上記「根の窒素吸収能」とは、外部の窒素化合物を根から吸収する能力を示す。ここで、窒素化合物とは、植物が根から養分として吸収する窒素化合物、主として、無機窒素化合物を意味する。この窒素化合物は、通常、アンモニウムイオンや、硝酸イオンとして、根から吸収される。従って、GS2遺伝子を導入した形質転換植物(形質転換細胞)における根の窒素吸収能は、この窒素化合物の吸収量(吸収速度)を測定すればよい。窒素吸収能を測定する具体的な方法は、特に限定されるものではないが、例えば、後述する実施例のように、根からの窒素化合物(好ましくはアンモニウムイオン)の吸収速度(単位時間あたりの根1gの窒素化合物吸収量)から窒素吸収能を求めることができる。なお、後述の実施例では、形質転換植物の窒素吸収能は、十数倍になっている。
【0045】
なお、後述の実施例では、形質転換植物の根のアンモニウム吸収量が向上しており、硝酸イオンの吸収量は、変化が見られていない。また、硝酸イオンは、主に、葉で同化されるため、根の窒素吸収にほとんど影響しない。また、植物が硝酸イオンを吸収するかしないかは、気孔が開いているかどうかによる。このため、窒素化合物は、アンモニウムイオンであることが好ましい。言い換えれば、GS2遺伝子が導入される植物は、根からアンモニウムイオンを多く吸収することが好ましい。このような植物としては、例えば、水を張った状態で生育する植物や、土深くまで根をはる植物などが挙げられる。
【0046】
このようにして、野生型植物(外来性のGS2遺伝子が導入されていない植物)と比較して、GS2遺伝子の発現が顕著に高められた形質転換植物を作製できる。
【0047】
ところで、植物の生産性を高めるための最も一般的な方法は、窒素肥料を与えることである。植物が生育するためには、アミノ酸等の有機窒素が必要となる。植物は、外部から無機窒素を吸収して有機窒素を生合成する。植物に窒素肥料を与えれば、無機窒素の吸収量が増加し、生育が促進される。
【0048】
しかしながら、根からの窒素吸収には限界があり、一般に、植物は施肥された窒素肥料の約30〜50%しか利用できない。すなわち、与えた窒素肥料の大部分は、根から吸収されない。つまり、窒素肥料に比例して、生育速度が高まるわけではない。なお、根から吸収されなかった残りの窒素肥料は、環境中に放出され、富栄養化の原因となっている。
【0049】
本生産方法は、宿主となる植物に、GS2遺伝子を導入した形質転換植物を作製するものである。そして、この形質転換植物は、内在性のGS2タンパク質の発現に加えて、外来性のGS2タンパク質も発現する。すなわち、この形質転換植物は、GS2タンパク質を過剰発現する。このため、根の窒素吸収能が極めて高い(後述の実施例では十数倍)。従って、従来の植物よりも飛躍的に生育速度を高める(後述の実施例参照)ことが可能となる。
【0050】
また、この形質転換体は、通常よりも窒素吸収能が高いため、窒素肥料の使用量を低減することができ、栽培技術や施肥技術を改善できる。すなわち、少ない肥料で生長の早い作物を生産(育種・栽培)することによって、堆肥による環境汚染の低減を実現できる。
【0051】
さらに、ゲノム内にGS2遺伝子が導入された形質転換植物がいったん得られれば、その形質転換植物から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることができる。また、形質転換植物やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、節、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなど)を得ることができる。従って、それらを基に、生育速度が高い形質転換植物を量産することも可能である。
【0052】
さらに、根の窒素化合物の吸収メカニズムは、植物の種類に関係なく、共通している。従って、本生産方法では、GS2遺伝子を導入する植物の種類は、特に限定されるものではない。すなわち、本生産方法によって、種々の植物の生育速度を高めることが可能となる。つまり、本生産方法の適用範囲は非常に広範囲であり、その有用性は極めて高い。例えば、パルプなどのように工業的に利用される植物の生産に、本生産方法適用すれば、短期間に大量のパルプを生産することができ、工業的にも有用である。すなわち、樹木(例えば、パルプ)の生育に、本生産方法を適用すれば、製紙産業分野において特に有用である。また、建築材(例えば、スギやヒノキ)の生育に、本方法を適用すれば、建築産業分野において特に有用である。さらに、本生産方法によって、大量の樹木を短期間に生育すれば、光合成量も増加するため、地球温暖化防止にも有用である。また、本方法を飼料作物に適用すれば、省施肥で、生長の早い飼料が育成できる。このため、安価で安定した飼料の供給が可能となり、本法方法は、畜産業でも有用である。
【0053】
なお、前述のように、GS2遺伝子が導入される植物には、もともと内在性のGS2遺伝子が存在する。本生産方法では、植物に外来性のGS2遺伝子を導入することによって、内在性のGS2遺伝子に加えて、外来性のGS2遺伝子も発現させる。これにより、その植物は、外来性のGS2が導入される前よりも、GS2タンパク質の発現量が高くなる。
【0054】
ここで、内在性のGS2遺伝子と、外来性のGS2遺伝子との組み合せは、外来性のGS2遺伝子の導入によって、共抑制(co-suppression)が起こらないように組み合せる。具体的には、内在性のGS2遺伝子と外来性のGS2遺伝子とが同一の場合、共抑制が起こる可能性が高い。このため、外来性のGS2遺伝子は、その遺伝子が導入される植物とは異なる植物に由来することが好ましい。また、外来性のGS2遺伝子は、その植物と比較的近い植物に由来することがより好ましい。例えば、後述の実施例のように、イネのGS2遺伝子をヨシに導入するように、外来性のGS2遺伝子と内在性のGS2遺伝子とは、同じイネ科植物間のGS2遺伝子であることが好ましい。これにより、共抑制を起こさず、内在性GS2遺伝子および外来性GS2遺伝子を高発現させることが可能となる。なお、GS2遺伝子は、ゲノム上に1コピーしか存在せず、また、GS2タンパク質は、8量体を形成して酵素としての機能を有している。このため、外来性の遺伝子が、その遺伝子が導入される植物と遠い植物の場合、立体構造のバランスが崩れる可能性がある。その結果、GS2タンパク質の酵素活性が低下する可能性がある。
【0055】
なお、本生産方法において、形質転換植物は、少なくともGS2遺伝子が導入されていればよく、さらに、GS1遺伝子が導入されていてもよい。また、その他にも、植物の生長促進に関与する遺伝子(例えば、GOGAT(グルタミン合成酵素)をコードする遺伝子)が導入されていてもよい。これにより、形質転換植物の生育速度をより一層高めることが可能となる。
【0056】
このような、本生産方法を実用化する上では、本生産方法を簡便に利用できるように、キット化することが好ましい。このキットには、少なくともGS2遺伝子を含んでいればよい。このGS2遺伝子は、植物に導入可能な状態、例えば、GS2遺伝子を有する発現ベクター、GS2遺伝子を感染させたアグロバクテリウム菌株などであることが好ましい。これにより、本生産方法をより簡便に行うことができ、その汎用性が向上する。なお、このキットは、本生産方法に用いるその他の試薬や試料を含むものであってもよい。
【0057】
なお、特許文献1には、GS2遺伝子を導入することによる、光耐性植物の製造方法が開示されている。これは、GS2タンパク質が、葉緑体に局在し、光呼吸に関与するという技術常識に基づくものであり、根の窒素吸収を高めるためのものではない。また、従来、根の窒素吸収にはGS1タンパク質が関与するとされていた。
【0058】
これに対し、本願発明は、これまで根での作用が全く知られていなかったGS2遺伝子を植物に導入し、根からの窒素化合物の吸収を高めることによって、生育速度を飛躍的に高めた植物を製造するものである。根の窒素吸収には、GS1タンパク質が関与するとされている。
【0059】
すなわち、特許文献1の製造方法は、あくまでも、葉でGS2タンパク質を発現させるためのものであって、本願のように、特に根でGS2タンパク質を発現させるためのものではない。そもそも、GS2タンパク質は、葉緑体に局在しているとされている。このため、さらに、葉緑体でGS2タンパク質の発現量を増やしたとしても、葉緑体でのGS2タンパク質の機能には、あまり変化が見られない。これに対し、根の窒素吸収には、GS1タンパク質が関与するとされている。
【0060】
しかも、特許文献1は、光耐性植物を生産するものであるのに対し、本願発明は、根の窒素吸収能を高めた植物を生産するものである。従って、特許文献1と本願発明とでは、GS2タンパク質を作用させる用途(目的)が全く異なっている。
【0061】
なお、根でのGS2タンパク質の発現量が多い植物は、窒素吸収能が高くなるのに加えて、光合成も活発に行う。これは、その植物の根からの窒素吸収能が高められることにより、光合成に関与する物質が多く生産されたためである。このように、本願発明者等は、従来、光呼吸に関与するとされていたGS2タンパク質を、根で発現させると、窒素吸収能が高まることに加えて、GS2タンパク質が光合成にも関与するという全く新しい知見も見出した。
【0062】
(2)浄化装置・浄化方法
植物の窒素吸収能には限界があるため、窒素肥料の多くは、植物に吸収されることなく、河川等に流出してしまう。その結果、流出した窒素肥料が、富栄養化を招く原因となっている。従って、富栄養化を改善するためには、土壌や水に溶解した窒素化合物を除去することが、効果的である。
【0063】
前述の(1)で示したように、本生産方法によって得られた形質転換植物(GS2遺伝子を高発現する形質転換体)は、根の窒素吸収能が、通常よりも高い。すなわち、この形質転換植物は、養分吸収能・代謝能が高い。このため、土壌や水に溶解した窒素化合物(とりわけアンモニウムイオン)の除去に利用することが可能である。すなわち、GS2タンパク質を高発現する植物は、浄化装置(本浄化装置)として利用できる。
【0064】
具体的には、本生産方法によって得られたGS2タンパク質を高発現する植物(形質転換植物)を、窒素化合物を除去すべき場所(例えば、富栄養化が進行した湖沼,窒素肥料を多量に含む土壌等)で生育する。この形質転換植物は、GS2遺伝子が発現可能に導入される前(通常)よりも、GS2タンパク質の発現量が多い。すなわち、この形質転換植物は、根からの窒素化合物の吸収速度も速い。富栄養化が進んだ水や、窒素肥料を多く含む土壌中には、窒素化合物が多く含まれている。従って、この形質転換植物を、窒素化合物を多く含む土壌や水中で育てれば、窒素化合物を効率よく吸収することが可能となる。それゆえ、土壌中や水中の過剰な窒素化合物を除去することができ、富栄養化を改善できる。
【0065】
また、本浄化装置は、適当な容器に適当な支持体(例えば、椰子柄、土など)を充填し、その容器で、GS2タンパク質を高発現する植物を定植した、浄化フィルターとして構成することもできる。そして、この浄化フィルターを、窒素化合物を多く含む排水が流れる流路中に設けることにより、排水を浄化できる。複数の浄化フィルターを連結して、流路中に設置すれば、浄化効率を高めることができる。
【0066】
さらに、本浄化装置で用いた植物は、窒素化合物を多く吸収している。このため、生長した植物を回収することにより、その植物を、飼料,固形燃料,メタン発酵,および肥料などとして、再利用することが可能となる。
【0067】
このように、本浄化装置では、窒素吸収能の高い植物を用いて、効率的に水質を浄化できるとともに、生長した植物を窒素吸収量の高い植物として回収して再利用できる。それゆえ、省エネルギー化および資源の循環化を実現できる。
【0068】
なお、富栄養化を改善するには、富栄養化の進んだ水中の窒素化合物を吸収することが効果的である。このため、本浄化装置に適用する植物(GS2遺伝子を導入する植物)は、根から窒素を吸収する植物であれば特に限定されるものではないが、水生植物を用いることが好ましい。ここで、「水生植物」とは、水中・水辺に生活する生活する高等植物を示し、例えば、抽水植物・沈水植物・浮葉植物などが挙げられる。より詳細には、抽水植物(挺水植物とも称される)としては、ヨシ・マコモ・フトイ・ガマ・コウホネ・ハスなどが例示される。沈水植物としては、クロモ・セキショウモ・ホザキノフサモ・エビモ・シャジクなどの藻類が例示される。浮葉植物としては、ヒシ・ヒツジグサ・ヒルムシロ・ジュンサイ・ガガブタなどが例示される。
【0069】
(3)窒素吸収能が高い植物の選抜方法
本願発明者等は、前述のように、根でのGS2タンパク質の発現量を高めることによって、根からの窒素吸収能が高まることを見出した。従って、GS2遺伝子の発現量、または、GS2タンパク質の発現量の少なくとも一方を指標にすれば、窒素吸収能が高い植物、すなわち、生育速度が高い植物(生育促進植物)を選抜することができる。つまり、GS2遺伝子およびGS2タンパク質は、生育促進植物をスクリーニングするための、マーカーとなる。
【0070】
生育促進植物の選抜方法は、例えば、植物集団のGS2遺伝子の発現量、または、GS2タンパク質の発現量を測定する。そして、その発現量が、任意の設定値を越えた植物を、その植物集団における生育促進植物として、選抜できる。なお、設定値は、特に限定されるものではない。
【0071】
また、例えば、植物集団を変異処理(例えば、培養変異、薬剤変異、イオンビーム照射、紫外線照射、または放射線照射など)して、突然変異体を誘導する。そして、前述のように、GS2遺伝子の発現量、または、GS2タンパク質の発現量が高いものが、その変異処理した植物集団における生育促進植物となる。
【0072】
このようにして、本選抜方法では、GS2遺伝子またはGS2タンパク質をマーカーとして、生育促進植物を選抜することができる。このように、本願発明者によって明らかにされた、GS2タンパク質の発現量を高めると、根からの窒素吸収能が向上するという新たな知見は、植物の育種にも応用できる。
【0073】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0074】
次に、実施例に基づき、本発明を詳細に説明する。なお、本発明は、これに限定されるものではない。
〔試薬など〕
以下の実施例では、イネGS2遺伝子をヨシに導入し、ヨシの根でのGS2タンパク質の発現量を高める実験を行った。イネGS2遺伝子の導入には、図2および図4に示すような、異なる2種類のベクター(pCAMBIAI300-RGS2(pCAMBIA系ベクター)およびpMLH7133-RGS2(pBI系ベクター))を使用した。
【0075】
図4に示すように、pCAMBIAI300-RGS2ベクターは、pCAMBIAベクターのHind III消化領域間に、RB側から順に、Hind III(H3),35Sプロモーター(35S),ヒマ(caster bean)カタラーゼイントロン(I),イネGS2遺伝子(RGS2;組換えGS2),NOSタミネーター(Ta),Bst X(Bs)がこの順に連結されている。そして、その配列に、CaMV35Sプロモーター上流領域(E7),CaMV35Sプロモーター(35S),TMVオメガ配列(Ω),Xho I(XhoI),hpt II遺伝子(HygR),Xho I(XhoI),CaMV35SポリA配列(Tb)が続いている。また、図2に示すように、pMLH7133-RGS2ベクターは、pBIベクターに、RB(ライトボーダー;アグロバクテリムのベクターから植物に挿入される部分(T−DNA領域)の右端)側から順に、NOSプロモーター(Pnos),ネオマイシン耐性遺伝子(NPTII)、NOSタミネーター(Tnos),HidIII,35Sプロモーターエンハンサー領域×7(E7),35Sプロモーター(P35S),SnaBI,TMVQ配列(Q),XbaI,フォアゼオリンイントロン(f),イネGS2遺伝子(GS2),SacI,NOSターミネーター(Tnos),EcoRI,SmaI,35Sプロモーターエンハンサー(E35S),35Sプロモーター(P35S),EcoRIを有するハイグロマイシン耐性遺伝子(HPT),35Sターミネーター(T35S),EcoRI,およびSmaIの各領域が連結されている。このベクターのGS2遺伝子以外の骨格は、農業生物資源研究所で作製され、提供されたものである。
【実施例1】
【0076】
本実施例では、アグロバクテリウム法を用いて、ヨシにイネGS2遺伝子(配列番号1:)を導入した形質転換体を作製した。ヨシには、完熟種子由来のヨシカルス4系統(No.5,A1,A8,A9)を使用した。
【0077】
アグロバクテリウム法の感染条件は、アグロバクテリウム菌株(PC2760),ベクター(pCAMBIAI300-RGS2,アグロバクテリウム懸濁液(AA培地),菌濃度(OD600値0.2),感染時間(3分),共存培養期間(6〜8日),共存培地(N6無機塩、N6ビタミン、30g/Lスクロース、10g/Lグルコース、2mg/L 2,4-D、2g/Lゲルライト、10mg/Lアセトシリンゴン、pH5.2),除菌培地(MS無機塩、MSビタミン、30g/Lスクロース、1mg/L 2,4-D、2g/Lゲルライト、500mg/Lカルベニシリン、100mg/Lハイグロマイシン),再分化培地(MS無機塩、MSビタミン、30g/Lスクロース、1mg/L NAA、0.1mg/L BAP、6g/Lゲルライト、250mg/Lカルベニシリン、100mg/Lハイグロマイシン)を使用した。
【0078】
このように培養して再分化したカルス数および再分化個体数を測定した。
【0079】
その結果、種子由来の異なる4種類のカルスから、計129個体の再分化個体を得た。各試験での供試カルスに対する再分化カルスの比率は、0.8%〜最高9.2%で、平均は2.4%であった(表1)。
【0080】
【表1】

【0081】
次に、上記再分化個体中に含まれる導入GS2遺伝子を、PCR分析・サザンハイブリダイゼーションにより解析した。
【0082】
(a)PCR分析
再分化個体(再生ヨシ)129個体について、PCR分析を行った。DNAは、各再分化個体の本葉からMag Extractor Plant Genome(TOYOBO社製)を用いて、常法にしたがい抽出した。
【0083】
(a−1)ハイグロマイシン耐性遺伝子断片の検出
ハイグロマイシン耐性遺伝子断片(約1000bp)を検出するプライマーを設計し、PCR反応を行った。なお、PCR反応条件は、DNA合成酵素としてrTaq polymerase(TOYOBO社製)を用い、増幅は94℃4分の後、94℃1分、55℃2分、72℃3分を1セットとして、35サイクル行った。
【0084】
その結果、供試したヨシ129個体中、128個体で約1000bpのバンドが検出され、ハイグロマイシン耐性遺伝子の導入を確認した。
【0085】
(a−2)GS2遺伝子断片の検出
導入したイネGS2遺伝子を検出するプライマーセット:
配列番号4(センス側):5’-GCGTGAAGATGGAGGATTTG-3’
配列番号5(アンチセンス側):5’-ACCAATCCCCAGACAGAAG-3’
を設計し、PCR反応を行った。なお、PCR反応条件は、DNA合成酵素としてAmpliTaq Gold(PERKIN ELMER社製)を用い、増幅は94℃10分の後、94℃1分、55℃2分、72℃3分を1セットとして、35サイクル行った。
【0086】
その結果、供試したヨシ129個体中、128個体で444bpのバンドが検出され、イネGS2遺伝子の導入を確認した。
【0087】
なお、いずれの場合も、PCR産物を1.5%アガロースゲルで電気泳動後、エチジウムブロマイド染色した。
【0088】
(b)サザンハイブリダイゼーション分析
再分化個体(再生ヨシ)129個体から、ランダムに選んだ14個体について、サザンハイブリダイゼーション分析した。
【0089】
まず、DNAを本葉からCTAB法を用いて抽出した。得られたDNA5μgを制限酵素HindIIIで昇華し、0.8%アガロースゲル電気泳動を行った後、ナイロン面部連にトランスファーした。プローブには、イネGS2遺伝子のcDNA(1.7kbp)を、DIG DNA Labeling kitを用いて標識したものを用いた。
【0090】
その結果、供試したすべてのヨシ14個体で、非形質転換ヨシで検出されたバンド以外に、1〜3本のバンドが検出された。
【0091】
このようにして、再生ヨシ128個体において、GS2遺伝子が導入されていることを確認した。
【0092】
次に、この再生ヨシ128個体のRNA、タンパク質を、RT−PCR、ウェスタンブロッティング分析により解析し、GS2遺伝子が導入されていることを確認した。
【0093】
(c)RT−PCR
上記(a)(b)で、GS2遺伝子の導入を確認した再生ヨシ128個体,ポジティブコントロールとしてGS2遺伝子からT7 RNAポリメラーゼによって転写されたプラス鎖RNA,および,ネガティブコントロールとして、GS2遺伝子の代わりにGUS遺伝子を導入したヨシ2個体および培養カルス由来再生ヨシ(非形質転換体)8個体について、RT−PCRを行った。
【0094】
RNAは、各個体の本葉から、RNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN社製)を用いて抽出した。RT−PCR反応には、SUPER SCRIPTTMOne-Step RT-PCR System(GIBCO BRL社製)を用いた。反応条件は、付属のプロトコールに従い、cDNA合成を、50℃30分行った後94℃2分の条件で行い、PCR反応を、94℃15秒、58℃30秒、70℃3分を1セットとして、35サイクル行い、さらに72℃7分行った。なお、プライマーは、イネGS2遺伝子の3’側遺伝子断片(444bp,344bp)を検出するように、設計した。
444bp検出用プライマーセット:
配列番号6(センス側):5’-GCGTGAAGATGGAGGATTTG-3’
配列番号7(アンチセンス側):5’-ACCAATCCCCAGACAGAAG-3’
344bp検出用プライマーセット:
配列番号8(センス側):5’-ACCAATCCCCAGACAGAAG-3’
配列番号9(アンチセンス側):5’-GAGGTTGACAGGTTTACACG-3’
また、ヨシGS2由来のmRNAを検出しないように、アンチセンス側のプライマーは、非翻訳領域に設計した。なお、PCR産物を1.5%アガロースゲルで電気泳動後、エチジウムブロマイド染色した。
【0095】
その結果、再生ヨシ128個体全てに、440bpおよび350bpの位置にバンドが検出され、導入したイネGS2遺伝子のRNAが、発現していることを確認した。
【0096】
(d)ウェスタンブロッティング分析
GS2遺伝子の導入を確認した再生ヨシ128個体,および,ネガティブコントロールとして、GS2遺伝子の代わりにGUS遺伝子を導入したヨシ2個体および培養カルス由来再生ヨシ(非形質転換体)2個体について、ウェスタンブロッティング分析を行った。
【0097】
分析用のタンパク質は、各個体の本葉を20mMリン酸緩衝液中で破砕して抽出した。タンパク質濃度は、プロテインアッセイCBB溶液(ナカライテス社製)を用いて測定した。1レーン当たり3μgを12.5%SDS-ポリアクリルアミドゲルによる電気泳動後、PVDFメンブラン(MILLIPORE社製)に転写した。そして、抗GS2抗体によって、GS2タンパク質を、アルカリフォスファターゼ法によって検出した。
【0098】
その結果、再生ヨシ128個体全てに、GS2タンパク質(約45kDa)のバンドが検出された。また、シグナルには、強弱があり、タンパク質の発現量に違いがあることも認められた。ただし、この条件では、ヨシ由来のGS2タンパク質も検出されているため、全再生ヨシで、導入したイネGS2遺伝子由来のイネGS2タンパク質が合成されているかどうかは、明らかではない。しかし、非形質転換体と比較して、明らかに強いシグナルを示した再生ヨシが23個体認められたことから、少なくともこれらの個体は、導入したイネGS2遺伝子が正常に転写され、GS2タンパク質合成されたと考えられる。
【実施例2】
【0099】
実施例1において、GS2遺伝子を導入した形質転換固体の中から18固体を選抜し、各個体の節から得た幼植物体を各10本ずつ合計180本と、非形質転換体4個体由来の幼植物体を合計40本との、ヨシ幼植物体について、温室内で水耕栽培を行い、草丈と茎数とを調査した。その結果、形質転換個体間でバラツキはあるものの、総草丈(すべての草丈の和)および茎数ともに、非形質転換個体よりも形質転換個体のヨシが優れる傾向が認められた。この生育差は、生育初期から認められ、栽培開始から2ヶ月以降から顕著になった(図1および図5参照)。
【0100】
また、形質転換個体の節から得た幼植物体を用いて、根からのアンモニウムイオン(NH)吸収速度を測定した。幼植物体には、各個体からわき芽を誘導し、2cm以上のシュートが得られた幼苗から節を切断し、1〜2週間水耕栽培した。その中から、順調な生育が認められた幼植物体を選抜した。
【0101】
この幼植物体を400μMのCaSO溶液で24時間飢餓処理後、400μMのNHNO溶液と400μMのCaSO溶液との混合溶液に16時間浸漬した後、その混合溶液を新たに取り替え、2時間後の溶液の濃度をイオンクロマトグラフィーで測定した。根からのアンモニウムイオン(NH)の吸収速度は、1時間当たりの根1gのNH吸収量から算出した。その結果、各個体のNH吸収量は、それぞれ、非形質転換個体である個体No.202では0.57〜2.80(μmolg−1−1)、形質転換個体であるNo.104では8.23〜34.09(μmolg−1−1)、同じく形質転換個体であるNo.124では24.11〜44.42(μmolg−1−1)となり、形質転換個体のNH吸収速度が上昇していることが確認された。(表2)一方、硝酸イオン(NO)の吸収速度には、変化が認められなかった。
【0102】
【表2】

【実施例3】
【0103】
実施例1と同様にして、pBIベクターにイネGS2遺伝子を連結した、実施例1とは異なるpMLH7133-RGS2ベクターを用いて、イネGS2遺伝子を、ヨシに導入することにより新たに作出した遺伝子導入個体の中から、形質転換カルスの由来が異なる2つの個体を選抜し、温室内で、土耕栽培ポット試験を行った。その結果、導入遺伝子のRNA発現量が多い個体群Aは、RNA発現量が少ない個体群Bや非形質転換個体と比較して、生育が優れる傾向が確認された(表3)。
【0104】
【表3】

【0105】
このように、各実施例では、骨格の異なるベクターを用いても、GS2遺伝子(GS2タンパク質)の発現量を高めた植物は、根からの窒素吸収能の向上と、光合成の促進とにより、生育促進効果が見られた。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明によれば、GS2遺伝子を導入し、GS2タンパク質を過剰発現する形質転換植物は、生育速度が飛躍的に上昇するため、適用範囲が非常に広範囲であり、その有用性は極めて高く、農業生産技術に大きな変化をもたらす。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】実施例2におけるGS2遺伝子導入ヨシの水耕栽培における総草丈の推移を示すグラフである。
【図2】実施例1で使用したpMLH7133-RGS2ベクターの構造を示す模式図である。
【図3】植物の葉細胞および根細胞でのグルタミン合成酵素の機能を説明する図である。
【図4】実施例3で使用したpCAMBIAI300-RGS2ベクターの構造を示す模式図である。
【図5】実施例2におけるGS2遺伝子導入ヨシの水耕栽培における茎数の推移を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物に、プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子を導入し、プラスチド型グルタミン合成酵素の発現量を高めることによって、根の窒素吸収能を高めることを特徴とする窒素吸収能を高めた植物の生産方法。
【請求項2】
上記根の窒素吸収能として、根のアンモニウムイオンの吸収能を高めることを特徴とする請求項1に記載の窒素吸収能を高めた植物の生産方法。
【請求項3】
上記遺伝子は、その遺伝子が導入される植物とは異なる植物に由来するものであることを特徴とする請求項1または2に記載の窒素吸収能を高めた植物の生産方法。
【請求項4】
上記遺伝子は、イネ科植物に由来するものであることを特徴とする請求項1、2、または3に記載の窒素吸収能を高めた植物の生産方法。
【請求項5】
上記遺伝子は、ヨシまたはイネに由来するものであることを特徴とする請求項4に記載の窒素吸収能を高めた植物の生産方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の窒素吸収能を高めた植物の生産方法に用いるキットであって、
少なくともプラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含むことを特徴とするキット。
【請求項7】
プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子が導入された植物を備え、
その植物の根から、窒素化合物を吸収させることを特徴とする浄化装置。
【請求項8】
プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子が導入された植物の根から、窒素化合物を吸収させることを特徴とする浄化方法。
【請求項9】
プラスチド型グルタミン合成酵素をコードする遺伝子の発現量、または、プラスチド型グルタミン合成酵素の発現量を指標とすることを特徴とする生育促進植物の選抜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−75089(P2006−75089A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−263106(P2004−263106)
【出願日】平成16年9月9日(2004.9.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月30日 日本育種学会発行の「育種学研究 第6巻 別冊1号」に発表
【出願人】(391048049)滋賀県 (81)
【Fターム(参考)】