説明

筋ジストロフィ治療薬

【課題】本発明は、筋ジストロフィに対する治療効果を有する一方で、腎機能を低下させない薬剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の筋ジストロフィ治療薬は、カルデクリンまたはカルデクリン遺伝子を含有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋ジストロフィを治療するための薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
筋ジストロフィは、骨格筋の変性や壊死を主病変とする。臨床的には、進行性の筋力低下を伴う遺伝子疾患である。
【0003】
筋肉が萎縮して筋力低下を招来する原因としては、筋肉そのものに原因がある場合(筋原性)の他、筋肉には異常はないが、運動神経に異常が生じて筋肉が働かなくなり、筋萎縮を招く場合(神経原性筋萎縮症)がある。筋ジストロフィは、前者の筋原性疾患の代表といえる。
【0004】
筋ジストロフィの原因は必ずしも明らかではないが、筋細胞形質膜の直下に存在するジストロフィン、形質膜に存在するアダリン、そして基底膜に存在するメロシンまでの一連のタンパク質の欠損や異常などが考えられている。
【0005】
かかる知見に基づいて、筋ジストロフィの治療方法としてジストロフィン等を誘導することが考えられるが、臨床試験では未だ有効性が認められていない。
【0006】
また、治療薬としては、これまでタンパク同化ホルモン、成長ホルモン、カルシウム拮抗剤、ベスタチンなどのタンパク質分解酵素阻害剤、ダントロレンナトリウムなどの筋弛緩薬が使用されている。しかし、これら薬剤は投与初期にはある程度の症状進行抑制効果を示すものの、持続しないことから、主にリハビリテーションなどによる機能障害の進行予防といった対処療法が行われていることが現状である。即ち、薬剤では十分な治療効果は得られていない。そこで、筋ジストロフィを治療するための薬剤に関する研究が行われている。
【0007】
例えば非特許文献1には、ほぼ4年間動くことができなかった進行性筋ジストロフィ患者にブタ膵臓由来の粗抽出物を投与したところ1週間で改善が見られ、1ヶ月後には自宅へ帰ることができたことが記載されている。また、同じく筋ジストロフィ患者に同粗抽出物を投与したところ、8ヶ月後には体重が増え、10ヶ月後には足を高く上げられるようになったと記載されている。
【0008】
しかし、上記学術文献には厳密な試験条件は全く記載されておらず、この結果の信憑性には疑問がある。例えば、上記粗抽出物の投与間、他の治療手段が全く施されなかったとは考えられず、上記改善効果が粗抽出物のみによるものであるとの確証はない。実際、非特許文献1では、上記粗抽出物は筋ジストロフィの重篤度の指標となるBUN(血清尿素窒素量)を低減する強い活性を有するとされているが、本発明者らが再現実験をしたところ、その効果は弱かった。
【0009】
また、上記学術文献には、PXからさらに精製を進めたタンパク質のN−末端アミノ酸配列が、ヒトエラスターゼIIIBに高い相同性を示すことが記載されている。さらに、PXの骨/カルシウム代謝制御活性はエラスターゼIIIBによるものであると結論付けられている。
【0010】
しかし、ヒトエラスターゼIIIBの筋ジストロフィに対する効果が直接実証されたことはなく、また、実際に臨床で用いられたとの報告はない。勿論、実用化もされていない。
【0011】
ところで友村らは、ブタ膵臓からカルデクリンを単離し、これが血清カルシウム量を低減することを見出している(特許文献1)。また、カルデクリン遺伝子を使用してカルデクリンを製造する技術を完成した(特許文献2)。しかし、このカルデクリンの筋ジストロフィに対する効果は報告されたことがない。
【非特許文献1】TAKAOKAら,ジャーナル・オブ・ボーン・アンド・ミネラル・メタボリズム(Journal of Bone and Mineral Metabolism),第18巻,第2〜8頁(2000年)
【特許文献1】特開平4−279598号公報
【特許文献2】特開平8−298990号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した様に、筋ジストロフィは次第に運動機能が消失する難病であるが、根本的な治療方法は確立していない。また、筋ジストロフィの治療につき様々な研究がされているが、実用化され効果を十分に発揮している薬剤は皆無である。
【0013】
中でも、ブタ膵臓由来の粗抽出物であるPXは、筋ジストロフィに対して著効を示したとの報告はあるが(非特許文献1)、実用化はされていない。その理由は不明であるが、本発明者らによる実験によれば、PXのBUNの低減効果はさほど優れたものではなく、また、血中クレアチニン量を増加させるという欠点があることが分かった。クレアチニンは、本来、尿中へ直接排出されるが、腎機能に異常があると血中に蓄積することから、腎機能の評価指標として用いられている。即ち、PXには、腎機能を低下させ得るという問題がある。
【0014】
そこで、本発明が解決すべき課題は、筋ジストロフィに対する治療効果を有する一方で、腎機能を低下させない薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、カルデクリンとカルデクリン遺伝子が、腎機能に障害を与えることなく、筋ジストロフィに対して優れた治療効果を示すことを見出して、本発明を完成した。
【0016】
即ち、本発明に係る第一の筋ジストロフィ治療薬は、カルデクリンを含有することを特徴とする。
【0017】
上記カルデクリンとしては、具体的には、以下の(a)または(b)のタンパク質を含有するものを例示することができる:
(a) 配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、且つ筋ジストロフィ治療効果を有するタンパク質。
【0018】
また、本発明に係る第二の筋ジストロフィ治療薬は、カルデクリン遺伝子を含有することを特徴とする。
【0019】
上記カルデクリン遺伝子としては、配列番号3または配列番号4に示される塩基配列を含むカルデクリン遺伝子を含有するものを例示することができる。
【0020】
さらに、上記カルデクリン遺伝子を含むベクターや、当該ベクターを含む形質転換細胞も、筋ジストロフィの治療に使用し得る。
【発明の効果】
【0021】
本発明の筋ジストロフィ治療薬は、筋ジストロフィに対して極めて優れた効果を有する。また、腎機能に障害も与えない。よって、本発明の筋ジストロフィ治療薬は、未だ有効な治療薬の存在しない筋ジストロフィの実用的な治療薬として期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明に係る筋ジストロフィ治療薬は、カルデクリンを含有することを特徴とする。
【0023】
カルデクリンは、友村らによって発見されたタンパク質である。カルデクリンのプロ型はアミノ酸252個から成る分子量約28kDaのタンパク質であり、そのプレプロ型はアミノ酸268個からなる約30kDaのタンパク質である。マウスにおいては用量依存的にその血清カルシウム濃度を低下させ、マウス胎児骨培養細胞系における副甲状腺ホルモン(PTH)誘導カルシウム遊離に対して阻害活性を有する。
【0024】
本発明で用いるカルデクリンの種類は、筋ジストロフィの治療効果を有するものであれば特に制限されないが、例えばヒト由来のカルデクリンおよびラット由来のカルデクリンを挙げることができる。これらカルデクリンの筋ジストロフィ治療効果は、後記の実施例で実証されている。
【0025】
本発明のカルデクリンには、その成熟型、プロ型およびプレプロ型が含まれるものとする。その他、標識配列や標識基が結合したものも、カルデクリンと同様に活性を発揮し得る。
【0026】
カルデクリンは、エラスターゼやキモトリプシン等のセリンプロテアーゼと同族である。例えば、プロ型ラットカルデクリンをコードする遺伝子(配列番号3)と、プロ型ラットエラスターゼIVをコードする遺伝子(配列番号5)は高い相同性を示す。しかし、両配列を比較すると、プロ型ラットカルデクリン遺伝子では、243番目にアデニンが挿入されている。かかる挿入によりフレームシフト変異が起こる。また、プロ型ラットエラスターゼ遺伝子では、312番目にシトシンが挿入されている。その結果、プロ型ラットカルデクリン(配列番号1)とプロ型ラットエラスターゼIV(配列番号6)とを比較すると、両タンパク質のアミノ酸配列は中間付近で明らかに異なる(配列番号1と配列番号6を参照)。より詳しくは、プロ型ラットカルデクリン(配列番号1)とプロ型ラットエラスターゼIV(配列番号6)における1〜80番目および105番目以降のアミノ酸配列はほぼ同一である一方で、両アミノ酸配列の81番目のアミノ酸はフレームシフト変異にかかわらず偶然にもグルタミン酸で共通するものの、上述したアデニンとシトシンの挿入により両アミノ酸配列の81〜104番目のアミノ酸配列は全く異なっている。
【0027】
また、カルデクリンはブタ膵臓由来の粗抽出物の活性本体といわれるエラスターゼIIIBとは、正常マウスの血清カルシウム低下作用を有する点では共通するものの、構造においてもその他の作用においても明らかに異なる。
【0028】
例えばカルデクリンは、不可逆的なセリンプロテアーゼインヒビターであるフェニルメタンスルフォニルフルオリド(PMSF)の処理によってもマウス血清カルシウム降下作用と抗PTH阻害作用を失わない。その一方で、エラスラーゼIIIBの血清カルシウム降下作用と抗PTH阻害作用はPMSFにより消失する。
【0029】
本発明で用いるカルデクリンとしては、以下の(a)または(b)のタンパク質を含有するものを例示することができる:
(a) 配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、且つ筋ジストロフィ治療効果を有するタンパク質。
【0030】
配列番号1および配列番号2のカルデクリンは、1〜13番目のプロ配列を含むプロ型である。プロ型カルデクリンは、例えば投与された後に体内に存在するプロテアーゼによりプロ配列が切断されて成熟型となる。しかし、1番目のシステインは内部のシステインと分子内ジスルフィド結合を形成しており、プロ配列は成熟型でも結合したままとなっている。よって、かかる成熟型は、タンパク質(a)からプロ配列が結合および切断されたものとして、タンパク質(b)に含まれるものとする。
【0031】
また、本発明のタンパク質(b)には、タンパク質(a)のN末端にプレ配列が結合したプレプロ型カルデクリンが含まれる。カルデクリンは細胞内においてプレプロ型として製造された後、プレ配列が切断され、プロ型として細胞外に分泌される。なお、ラットカルデクリンのプレ配列は配列番号7であり、ヒトカルデクリンのプレ配列は配列番号8である。
【0032】
また、本発明のカルデクリンには、配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、且つ筋ジストロフィ治療効果を有するタンパク質も含まれる。例えば、タンパク質(b)は、活性や安定性の向上などを図る目的で、タンパク質(a)のN末端またはC末端にアミノ酸またはペプチドが付加されたものであってもよい。好適には、かかるアミノ酸やペプチドはN末端に付加する。
【0033】
欠失、置換、付加するアミノ酸の数は、好適には1〜10、より好適には1〜5、さらに好適には1〜2とする。また、欠失、置換、付加された配列番号1または配列番号2のアミノ酸配列は、ヒトカルデクリンまたはラットカルデクリンのアミノ酸配列と80%以上の同一性を有することが好ましく、90%以上の同一性を有することがより好ましく、95%以上の同一性を有することがさらに好ましい。この同一性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)などのソフトウェアを用いた公知方法により決定することができる。また、置換するアミノ酸は、置換されるアミノ酸と同じ分類に属するものとすることが好ましい。かかる分類としては、中性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸といった分類の他、脂肪族アミノ酸、イミノ酸、芳香族アミノ酸といった分類や、さらに分枝アミノ酸、ヒドロキシアミノ酸、含硫アミノ酸、酸アミドアミノ酸といった分類が挙げられる。
【0034】
上記(b)の定義において、「筋ジストロフィ治療効果を有する」とは、筋ジストロフィ治療剤としての作用効果のうち少なくとも1つが、配列番号1または配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質と同等かそれ以上であることをいう。筋ジストロフィ治療剤としての作用効果としては、臨床試験や動物実験による筋ジストロフィ症状の軽減の他、筋線維の変性や壊死の指標となる血清尿素窒素の低減、また、筋ジストロフィの副作用の指標として、筋肉内でクレアチンから産生される非タンパク性の窒素化合物であるクレアチニンの血中濃度の低減などがある。
【0035】
カルデクリンの製造方法は特に制限されず、公知方法により或いは公知方法に準じて製造することができる。
【0036】
例えばカルデクリンは、友村らの方法(Tomomura et.al., Journal of Biological Chemistry, 270, pp.30315-30321(1995)を参照。)に従って、ラット膵臓から天然物タンパク質として単離精製することができる。この場合、カルデクリンは、共存するプロテアーゼにより活性化された成熟型として精製される。
【0037】
より具体的には、ラット膵臓を破砕してアセトンにより脱水したアセトンパウダーから、アセトンや硫酸アンモニウムを使った沈殿と、透析等による精製を繰り返し、最後にカラムにより単一のタンパク質を精製した後、血清カルシウム低下作用の確認や、アミノ酸配列の解析などによりカルデクリンのみを含む画分を特定し、凍結乾燥すればよい。タンパク質のより具体的な精製方法としては、イオン交換クロマトグラフィ、ゲル濾過クロマトグラフィ、電気泳動、アフィニティクロマトグラフィ、逆相クロマトグラフィ、塩析、アセトンや硫酸アンモニウムを用いる沈殿などを例示することができ、これらを適宜組合わせて使用すればよい。
【0038】
天然由来のカルデクリンは、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類由来のものであってもよいが、本発明ではヒトの筋ジストロフィ治療に用いることを目的とするため、ヒト由来のものであることが好ましい。
【0039】
カルデクリンは、特開平4−279598号公報等に記載の方法に従って、または当該方法に準じて、組換えタンパク質として製造することができる。
【0040】
具体的には、プレプロ型カルデクリンをコードする遺伝子等を、常法に従ってIRES−GFPベクターなどの適切なベクターに組み込む。さらに、当該ベクターを適切な細胞にトランスフェクションした上で培養する。ここで使用できる細胞としては、大腸菌や枯草菌等の細菌(原核細胞);パン酵母などの酵母類;ハスモンヨトウガの卵巣由来細胞(Sf9細胞株)等の昆虫細胞;チャイニーズハムスターの卵巣由来細胞(CHO細胞);アフリカミドリザルの腎由来細胞(COS細胞);ヒト胎児腎臓細胞(HEK293細胞)等の哺乳動物細胞が挙げられる。培養温度や培地の種類などの培養条件は、使用する細胞に適するものとすればよい。培養後は培地からタンパク質を単離精製し、カルデクリンのみを含む画分を特定し、凍結乾燥すればよい。この場合、カルデクリンは一般的にプロ型として得られる。
【0041】
その他、本発明で用いるカルデクリンは、既知のペプチド合成法に従って化学合成したものであってもよい。
【0042】
また、ヒトまたはラット以外の哺乳動物由来の天然カルデクリン中の1または2以上のアミノ酸を、欠失および/または置換するか、1または2以上のアミノ酸を付加することによって、ヒトまたはラット由来の天然カルデクリンと同じアミノ酸配列にしてもよい。
【0043】
カルデクリンは、プロ型または成熟型として投与することができる。プロ型カルデクリンを投与した場合、生体内で活性化されて成熟型となり、活性を発揮すると考えられる。または、プロ型カルデクリンをトリプシン等のプロテアーゼにより活性化し、得られた成熟型を投与してもよい。
【0044】
本発明のカルデクリンは、筋萎縮部位や筋力低下部位に投与されることによって、筋ジストロフィを軽減することができる。剤形としては、カルデクリンはタンパク質であることから注射剤とすることが好ましい。しかし患者にとっては無針投与が望ましく、また、技術の進歩により経口剤や外用剤などいかなる剤形も可能性があり、剤形について何ら制限されるものではない。
【0045】
上記各種剤形の製剤は、常法により製造することができ、有効成分であるカルデクリン以外の製剤は、各種剤形への調製に使用されている一般的なものを用いることができる。例えば、注射用凍結乾燥粉末剤は、精製されたカルデクリンの有効量を、例えば蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液などの希釈剤に溶解し、必要に応じてカルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム等の賦形剤;ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウム、フェノール等の保存剤;ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカイン等の無痛化剤;塩酸、酢酸、クエン酸、水酸化ナトリウムなどのpH調節剤などを加えて、常法に従って凍結乾燥化することにより調製される。
【0046】
本発明に係る筋ジストロフィ治療薬であるカルデクリンの投与量は、筋ジストロフィ患者の症状や重篤度、年齢や性別などにより適宜調節すればよいが、通常は0.1〜1mg/kg体重程度とすることができる。
【0047】
本発明に係るカルデクリンの投与は、一般的には、皮下、筋肉内または静脈内注射として、必要量を単回、あるいは複数回に分けて投与されることになるが、より好ましくは、当該筋肉内に直接注射し投与することで効果を上げることができる。また、投与方法としては、注射用アンプル剤の場合は、皮下、筋肉または静脈にそのまま注射することができるが、静脈注射の場合、輸液ポンプを用いて投与することも可能である。さらに本発明の筋ジストロフィ治療薬は、筋ジストロフィ症の治療の際に、ブドウ糖液などの糖輸液に予め所定量を混合して投与するか、または、当該糖輸液の投与と同時にその有効量を単独で末梢静脈などから投与することもできる。
【0048】
注射用凍結乾燥粉末剤の場合には、当該粉末剤を使用時に蒸留水、生理食塩水、リンゲル液などに希釈した上で、アンプル剤と同じように投与する。
【0049】
本発明に係る他の筋ジストロフィ治療薬は、カルデクリン遺伝子を含有することを特徴とする。当該筋ジストロフィ治療薬は、萎縮した筋肉や筋力が低下した筋肉の細胞、或いは患部周辺の細胞を、カルデクリンまたは、カルデクリン前駆体のようなカルデクリンを含むタンパク質を分泌できるように形質転換し、筋ジストロフィの症状を軽減することができる。
【0050】
上記カルデクリン遺伝子としては、プロ型ラットカルデクリンをコードする遺伝子(配列番号3)、プロ型ヒトカルデクリンをコードする遺伝子(配列番号4)を含むカルデクリン遺伝子を含有するものを例示することができる。ここで、配列番号3または4に示される塩基配列を含むとは、当該塩基配列の前後に、例えば細胞の形質転換を容易にしたり、カルデクリン遺伝子の発現を促進するような配列が結合していてもよいとの意味である。一般的には、プレプロ型カルデクリンをコードする遺伝子を導入する。この場合、カルデクリンはプレプロ型として細胞内で生合成され、プロ型として血中へ分泌される。
【0051】
カルデクリン遺伝子は、一般的な遺伝子工学分野の常法により製造することができる。例えば、先ず、カルデクリンを産生する細胞から、mRNAの逆転写などの常法によりcDNAライブラリーを調製し、当該ライブラリーから、カルデクリン遺伝子を特定するためのプローブや抗体を用いて、カルデクリン遺伝子を含むcDNAを得る。当該cDNAをPCR反応により増幅し、さらにカラム等で精製すればよい。また、PCR反応後は、得られたDNAを細胞に導入してから培養し、さらにDNA量を増やしてもよい。
【0052】
カルデクリン遺伝子は、治療薬として患部や患部周辺に送達するためにベクターへ導入することが好ましい。当該ベクターとしては、ヒトへ投与するために一般的に使用されるものであれば特に制限されず、例えば、pCAGGS、pIRES−GFP、pIRES−bleoなどのプラスミドベクターを使用することができる。当該ベクターは、さらにエンドサイトーシス等によりカルデクリン遺伝子の標的細胞への取り込みを容易にするために、リポソーム等に封入してもよい。また、アデノウイルスのようなウイルスベクターも使用することができる。
【0053】
本発明の筋ジストロフィ治療薬は、上記カルデクリン及び、それをコードする遺伝子を挿入した発現ベクターを有効成分とし、好ましくはこれを適当な希釈剤や他の添加剤とともに、適当な剤形にして使用される。
【0054】
本発明のカルデクリン遺伝子を含む筋ジストロフィ治療薬の投与方法は、特に制限されない。例えば、生理食塩水等の希釈剤に懸濁した後、さらに必要に応じて他の添加剤を加えた適当な剤形とし、注射剤として投与することができる。
【0055】
本発明のカルデクリン遺伝子を含む筋ジストロフィ治療薬の投与量も、筋ジストロフィ患者の症状や重篤度、年齢や性別などにより適宜調節すればよいが、通常は0.1〜10mg/kg体重程度とすることができる。
【0056】
本発明に係るカルデクリン遺伝子により形質転換された細胞は、カルデクリンを分泌し、筋ジストロフィの症状を軽減する。よって、in vitroで患者の細胞を本発明のカルデクリン遺伝子で形質転換した上で、患部または患部周辺へ移植してもよい。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0058】
製造例1 ラット膵臓からのカルデクリンの精製
ラット(埼玉実験動物から入手)25匹を、ネンブタールを投与することにより屠殺し、膵臓を取り出した。得られた膵臓をホモジェナイザー(セントラル科学貿易製、製品名:ポリトロン)で破砕し、アセトンを加えて脱水した。ここへ、2%NaClを含む0.1Mトリス塩酸(pH8.0)を加えてよく攪拌してから濾過した。濾液へ、0.4体積倍の冷アセトンを加えてアセトン濃度を30容積%とし、氷冷下で30分間攪拌した後、遠心分離により上清を得た。さらに、0.6体積倍の冷アセトンを加えてアセトン濃度を60容積%とし、氷冷下で30分間攪拌した。遠心分離によって、沈殿、即ち30〜60%アセトン画分を得た。得られた30〜60%アセトン画分を蒸留水に溶解し、さらに蒸留水で透析することによりアセトンを除去した。さらに、45質量%の硫酸アンモニウムを加え、4℃で30分間攪拌し、遠心分離した。得られた上清へ、60質量%となるように硫酸アンモニウムを加え、4℃で30分間攪拌した後に遠心分離することにより沈殿、即ち45〜60%硫酸アンモニウム画分を得た。この45〜60%硫酸アンモニウム画分を蒸留水に溶解した後、凍結乾燥し、使用時まで冷暗所で保存した。
【0059】
上記45〜60%硫酸アンモニウム画分を50mM酢酸緩衝液(pH5.5)に溶解し、同緩衝液で透析した後、この溶液をQ−セファロース・ファーストフローカラム、スーパーデックス75HRカラム、およびMonoQ HRカラムで精製し、タンパク質を得た。
【0060】
得られた精製タンパク質を、逆相カラムを用いたHPLCとSDS−アクリルアミドゲル電気泳動で分析し、単一のタンパク質であることを確認した。また、当該タンパク質のアミノ酸配列を気相シークエンサーにより解析したところ、配列番号1のアミノ酸配列をN末端またはN末端付近に有することから、当該タンパク質をカルデクリンと同定した。
【0061】
当該カルデクリンは、リン酸緩衝液に溶解して濃度1mg/mLの溶液とした後、ポアサイズ0.22μmのフィルタを用いて濾過滅菌した。濾液を1mLずつ滅菌済みバイアルに分注し、真空凍結乾燥した後にそのまま密栓し、使用時まで冷暗所で保存した。
【0062】
製造例2 膵臓抽出物(PX)の製造
非特許文献1で引用されている高岡らの方法(Acta Medica Nagasakiensia vol.13,No.1-2,pp28-35,1969年を参照)に準じて、複数のエラスターゼの混合物を主成分とする膵臓抽出物を調製した。即ち、先ず市販の豚アセトンパウダー(Sigma製)10gに、重量比で10倍量の冷水を加えて、冷所で1時間抽出した後に濾過した。得られた濾液へ希塩酸を加えてpHを4に調整し、沈殿を生じさせた。当該沈殿物を、3,000rpmで10分間遠心することにより分離した。当該沈殿物を水に溶解し、さらに、希塩酸を加えてpHを5.4に調節し、生じた沈殿を遠心分離した。得られた上清に希塩酸を加え、pHを再度4.0に調整して沈殿を生じさせた。さらに、沈殿物を遠心分離し、精製水に溶解させた。当該溶液に40質量%の硫酸アンモニウムを加えて室温で1時間静置し、生じた沈殿を遠心分離した。得られた沈殿物に水を加えて溶解した後、透析チューブ(Cut off 3,500<)を使って精製水で透析した。さらに、この透析液に80質量%の硫酸アンモニウムを加えて沈殿物を得た。当該沈殿物を再度精製水に溶解させた上で透析した。得られた精製溶液を凍結乾燥することによって、1.2mgの膵臓抽出物を得た。当該抽出物は、ビューレット法によって、タンパク質であることを確認した。得られた膵臓抽出物は、製造例1と同様の方法で滅菌した。
【0063】
製造例3 遺伝子を使ったカルデクリンの製造
ヒトカルデクリンcDNA(Stratagene社のcDNAライブラリーからクローニングしたもの)を鋳型にして、プライマーとしてBsa I primer(S:配列番号9,AS:配列番号10)を使って、PCR反応を行った。より詳しくは、ポリメラーゼとしてはStratagene社のPfu DNA polymeraseを用い、96℃で45秒間、50℃で1分間、72℃で2分間のサイクルを30回繰り返した。増幅されたヒトカルデクリンcDNAを、pEXPR−IBA 3 ベクターのBsa I siteにライゲーションした。このベクターは、最終的に得られるタンパク質のC末端へ、ストレプトアビジンに結合できるタグ(STREP−tagII)を付けるために、DNAへSTREP−tagのDNA配列を結合させたものである。当該ベクターを大腸菌(Invitrogen製、Top 10)にトランスフェクションさせ、LB/Amp倍地中、37℃で一晩培養した。次いで、Macherey-Nagel製のNucleoSpin Extract II kitを用いてベクターDNAを精製し、C末端にStrep−tagが結合したヒトカルデクリンcDNAを得た。
【0064】
得られたcDNAを鋳型にして、プライマーとして、Sとして配列番号11のDNAと、ASとして配列番号12のSTREP−tag−NotI DNAを用いてPCR反応を行った。より詳しくは、ポリメラーゼとしてはStratagene社のPfu DNA polymeraseを用い、94℃で30秒間、60℃で30秒間、68℃で2分間のサイクルを32回繰り返した。増幅されたヒトカルデクリンDNAを、pIRES−bleo3 ベクターのEcoRV−Not I siteにライゲーションした。当該ベクターを大腸菌(TAKARA製、DH5α)にトランスフェクションさせ、上記と同様の条件でDNAを精製した。Lipofectin Reagentを用い、得られたDNAをGibco BRL製のHEK293T細胞にトランスフェクションさせた。別途、Gibco BRL製のDMEM GlutaMAX−I培地(10% FBS,100μg/mL ペニシリンG,0.25μg/mL ストレプトマイシン)へ、400μg/mLの割合でブレオマイシンを添加した。当該倍地中、37℃で14日間、トランスフェクションされた上記HEK293T細胞を選択的に培養した。
【0065】
培地を700rpmで10分間遠心し、上清に65質量%の硫酸アンモニウムを加えることによりタンパク質を沈殿させた。沈殿したタンパク質を12,000rpmで30分間遠心分離して回収し、沈殿に洗浄用緩衝液(100mM Tris−HCl pH8,150mM NaCl,1mM EDTA)を加えて溶解した。当該溶液を、Strept−Tactin固相化ゲル(Strep・Tactin Superflow column)にアプライし、上記洗浄用緩衝液で洗浄後、Destiobiotinを含む100mM Tris−HCl pH8,150mM NaCl,1mM EDTAで溶出した。溶出液を20mM Tris−HCl(pH7.0)で透析後、20mM Tris−HCl(pH7.0)で平衡化したMono Sイオン交換カラムにアプライし、500mM NaClを含む20mM Tris−HCl(pH7.0)で溶出することによって、プロテアーゼ活性を示さないプロ型ヒトカルデクリンを得た。当該プロ型ヒトカルデクリンは、ヒトカルデクリンのC末端に、ストレプトアビジンへ結合できるタグが結合しているものである。
【0066】
製造例4 ヒトカルデクリン遺伝子発現ベクターの調製
製造例3と同様の条件により、phCaldecrin−IRES−bleoを鋳型とし、SacI−ATG caldecrinとSTREP−tag−NotIをプライマーとしてPCRを行い、ヒトカルデクリンDNAを増幅した。得られたDNAを、pIRES−hrGFPのSacI−NotI siteに組み込んだ。当該ベクターを、石原産業製Genome One−Neoのリポソームに封入し調製した。Genome One−Neoは、センダイウイルスHVJの膜からなるベクターである。当該ベクターは、細胞接着活性を残したままウィルス増殖活性は完全に不活化されており、エンドサイトーシスにより治療用遺伝子と共に細胞に取り込まれる。よって、得られたヒトカルデクリン遺伝子発現ベクターを取り込んだ細胞は、ヒトカルデクリン遺伝子を発現させ、カルデクリンを産生することができる。
【0067】
試験例1
財団法人実験動物中央研究所より入手した8週齢C57BL/6J(dy/dy)雄マウスを3匹ずつ3群に分けた。当該マウスは、ミュータントタイプの筋ジストロフィ発症モデルマウスであり、下肢を動かすことができず自力で餌や水を取ることができなくなっており、筋ジストロフィ様の症状が発症していた。1週間馴化後、一晩絶食した翌朝、体重1kg当たり100μgの割合で、製造例1の方法で調整したカルデクリンを、2群のマウスの片側大腿筋に筋肉注射投与し、リン酸緩衝液を対照群に投与した。投与後、3時間後と6時間後にそれぞれ採血し、血清尿素窒素(以下、「BUN」と略す場合がある)の濃度(mg/dl)を、和光純薬製尿素窒素B−テストワコーkitで測定した。結果を表1に示す。なお、表中の値は、平均値±標準偏差であり、「減少率」は対照群のBUN値に対するカルデクリン投与群のBUN値の割合を示す。
【0068】
【表1】

【0069】
上記結果の通り、カルデクリンの投与によって、血清中の尿素窒素量は約70〜80%まで明らかに減少している。血清尿素窒素量は筋組織の崩壊により上昇することから、カルデクリンは、筋組織の崩壊を抑制できることが実証された。
【0070】
試験例2
マウスとしてミュータントタイプ(dy/dy)およびワイルドタイプの2種類のdyマウスを使い、それぞれ3匹ずつ3群に分けた。別途、製造例3で得たヒトカルデクリンを50分の1の量のトリプシンで30分間活性化し、且つ1mMのPMSFでプロテアーゼ活性を阻害した。1週間馴化後、1群のマウスへ体重1kg当たり100μgの割合で、当該ヒトカルデクリンを4日間連続で注射投与した。対照群には、リン酸緩衝液を同様に投与した。これら群では、最終投与の前夜は絶食させ、翌日の最終投与から3時間後に屠殺して採血した。
【0071】
また、残りの1群には、製造例4のヒトカルデクリン遺伝子発現ベクターから調製した10μgDNA/100μLの溶液を、片側大腿筋に1匹当たり100μL筋肉注射した。DNAの投与からタンパク質が発現するまでは、最低でも1日要するので、当該投与から5日目にマウスを屠殺した。屠殺の前日は絶食させ、屠殺してから採血した。
【0072】
各群から採取した血液から血清を分離し、血清におけるBUN濃度(mg/dl)を測定した。結果を図1に示す。図1の通り、ミュータントタイプおよびワイルドタイプのいずれのdyマウスにおいても、カルデクリンの投与によって、筋ジストロフィ発症モデルマウスの血清BUN量を低減することができた。
【0073】
試験例3
試験例2と同様に、同系の正常マウスを対照群として、ミュータントタイプのdy/dyマウスを1週間馴化した後、製造例3のヒトカルデクリンおよび製造例4のヒトカルデクリン遺伝子導入リポソームを投与した。ヒトカルデクリンは、体重1kg当たり100μgを4日間連続して腹腔内投与し、最終投与から3時間後に屠殺した。ヒトカルデクリン遺伝子導入リポソームは、マウス1匹当たり溶液状態で100μL(DNA10μg含む)を片側大腿筋に1回注射投与し、5日目に屠殺した。対照群には、ヒトカルデクリン投与の場合と同様の条件で、リン酸緩衝液を投与した。各群において、屠殺の前日は絶食させた。
【0074】
各群において、PBSに溶解した1%エバンスブルー(EV)を、屠殺の24時間前に体重10g当たり50μLの容量で腹腔に注射投与した。このエバンスブルーは、無傷の細胞には浸入しないが、細胞膜が損傷を受けると細胞内に浸入する。屠殺後、大腿筋を摘出し、一部は10%ホルマリンで固定し、一部は凍結した。なお、ヒトカルデクリン遺伝子導入リポソームの投与群では、大腿筋の摘出は、筋注射を行った反対側の脚から行った。
【0075】
ホルマリン固定した筋からは、大腿筋の最大割断面で5μm厚の切片を作製し、HE染色を行った。結果を図2に示す。図2の通り、正常マウスの筋組織では、筋線維断面の不揃いが少なく、筋線維の周辺に濃色の核が認められる。しかし、筋ジストロフィ発症モデルマウスの対照群の筋組織は、筋線維の変性や壊死により細い、即ち断面積の小さい筋線維が生じ、また、核が筋線維の中心付近に移動している。それに対して、カルデクリンおよびカルデクリン遺伝子を投与したマウスでは、筋組織の基本構築がよく保たれており、明らかに症状は改善している。
【0076】
また、凍結した大腿筋からは10μmの凍結切片を作製し、エバンスブルーによる自家蛍光を蛍光顕微鏡で観察した。当該蛍光顕微鏡写真を図3示す。図3の通り、この組織像を蛍光顕微鏡で観察すると、正常マウスでは筋組織がよく保たれていることもあり、前日投与されたエバンスブルーによる赤色蛍光は、筋線維の周囲に限局していた。エバンスブルーは、崩壊した筋線維に特異的に取り込まれ、染色する。即ち、当該結果は、エバンスブルーは筋細胞内にはほとんど存在していないことから、正常マウスでは筋線維に障害は生じていないことを示す。カルデクリンを投与、またはカルデクリンを遺伝子導入したマウスにおいても同様であった。一方、筋ジストロフィ発症モデルマウスの筋組織では、筋線維の変性や壊死に伴って筋線維の断面積の不揃いが観察され、また、エバンスブルーが筋線維内に浸入している。それに対して、カルデクリンまたはカルデクリン遺伝子を投与した筋組織では、一部に筋線維内へのエバンスブルーの侵入が見られるが、その割合は低減しており、明らかに赤色蛍光像が減少したことから、筋組織崩壊の抑制効果があることが証明されている。
【0077】
試験例4
6週令のBALB/cCr Slc雄性マウスを試験前日より絶食させた。別途、製造例3で得たヒトカルデクリンまたは製造例2のブタ膵臓抽出物をリン酸緩衝液に溶解し、濃度0.01mg/mLの溶液を調製した。上記マウスを4匹または5匹の群に分け、リン酸緩衝液のみ、ヒトカルデクリン溶液、または膵臓抽出物溶液を、体重10g当たり0.1mL腹腔内注射投与した。投与から5時間後に心臓から採血し、BUNテストワコーおよびクレアチニンテストワコーキットを用いて、血清尿素窒素量(mg/dl)とクレアチニン量(mg/dl)を測定した。血清尿素窒素量の結果を表2に、クレアチニン量の結果を表3に示す。
【0078】
【表2】

【0079】
【表3】

【0080】
上記結果の通り、血清尿素窒素量は膵臓抽出物の投与によっても低減できてはいるが、カルデクリンを投与すれば血清尿素窒素量をより一層低減できる。よって、カルデクリンは、筋ジストロフィによる筋組織の崩壊を、より効果的に抑制できることが実証された。
【0081】
また、血中クレアチニン量に関しては、膵臓抽出物によりかえって増加している。クレアチニンは、本来、腎臓を介して尿中に排泄されるべきものであることから、血中クレアチニン量は、腎機能の評価に用いられる。よって、上記結果は、膵臓抽出物の投与により腎機能が障害を受けていることを強く示唆している。
【0082】
一方、カルデクリンを投与した場合、血中クレアチニン量の増加は顕著に抑制されており、対照群とほぼ変わらない。このことは、カルデクリンの投与によって、腎機能に悪影響を及ぼすことなく筋ジストロフィを治療できることを示す。
【0083】
以上の通り、カルデクリンは膵臓由来のタンパク質であり、エラスターゼに類似する塩基配列を有するものであるにも関わらず、膵臓の粗抽出物でありエラスターゼ混合物を主成分とするPXよりも、極めて高い血清尿素窒素の低減作用を有する。また、PXが血中クレアチニン量を増加させることから、腎機能に悪影響を及ぼす可能性があるのに対して、カルデクリンにはその様な欠点は見られない。従って、カルデクリンおよびその遺伝子は、従来、有効な治療剤の存在しない筋ジストロフィを治療できるものとして、極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】ヒトカルデクリンまたはヒトカルデクリン遺伝子発現ベクターを筋ジストロフィ発症モデルマウスに投与した場合における、血清尿素窒素量の変化を示す図である。
【図2】正常マウスおよび筋ジストロフィ発症モデルマウスにおいて、ヒトカルデクリンまたはヒトカルデクリン遺伝子発現ベクターを投与した場合における、筋組織をH.E.染色した結果を示す写真である。
【図3】正常マウスおよび筋ジストロフィ発症モデルマウスにおいて、ヒトカルデクリンまたはヒトカルデクリン遺伝子発現ベクターを投与した場合における、筋組織の状態をエバンスブルーの自家蛍光で示す蛍光顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルデクリンを含有することを特徴とする筋ジストロフィ治療薬。
【請求項2】
以下の(a)または(b)のタンパク質を含有することを特徴とする筋ジストロフィ治療薬。
(a) 配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換および/または付加されたアミノ酸配列からなり、且つ筋ジストロフィ治療効果を有するタンパク質。
【請求項3】
カルデクリン遺伝子を含有することを特徴とする筋ジストロフィ治療薬。
【請求項4】
配列番号3または4に示される塩基配列を含むカルデクリン遺伝子を含有する筋ジストロフィ治療薬。
【請求項5】
請求項3または4に記載のカルデクリン遺伝子を含むベクター。
【請求項6】
請求項5に記載のベクターを含む形質転換細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−179604(P2008−179604A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289048(P2007−289048)
【出願日】平成19年11月6日(2007.11.6)
【出願人】(504422737)ASPION株式会社 (5)
【Fターム(参考)】