筋固縮度定量評価装置
【課題】臨床で用いられている測定方法と同一の方法である他動的な上肢屈曲動作を被験者にあたえながら筋固縮を測定し、特に歯車様固縮についてその測定結果を定量的に評価する装置を提供する。
【解決手段】上肢を肘関節と手首で固定する手段を備えたアームに直接接続されたギヤボックスを用いて動作トルクを増大したステッピングモーターを利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段と、筋電位を測定する筋電位測定手段と、前腕位置を変位ケーブルにより位置変換器で測定する前腕位置測定手段と、を備え、筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて解析値を算出し、その解析値の算出データに基づいて筋固縮の定量評価を行なう。
【解決手段】上肢を肘関節と手首で固定する手段を備えたアームに直接接続されたギヤボックスを用いて動作トルクを増大したステッピングモーターを利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段と、筋電位を測定する筋電位測定手段と、前腕位置を変位ケーブルにより位置変換器で測定する前腕位置測定手段と、を備え、筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて解析値を算出し、その解析値の算出データに基づいて筋固縮の定量評価を行なう。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒトの上肢動作を解析する装置に関するものであり、上肢を他動的に屈伸させて定量評価をおこなう筋固縮度定量評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
筋固縮は手足の関節を他動的に屈伸させた時、筋緊張が亢進する現象であり、例えば、パーキンソン病の患者ではガクガクと断続的な抵抗を示す歯車様固縮がみられる。この筋固縮は日常診療において、安静状態で上肢を弛緩させた被験者に対して、医師である験者が上肢を肘のところで伸ばしたり、曲げたりしたときに感じた抵抗や、手首を回転させたときに感じた抵抗に基づき、主観的に5段階に評価されている。臨床診断でよく用いられるUnified Parkinson‘s Disease Rating Scale(UPDRS)においては、筋固縮が無い場合を0点、軽微またはミラームーブメントないし他の運動で誘発できる程度が1点、軽度ないし中等度の固縮がある場合が2点、高度の固縮があるものの関節可動域は正常な場合が3点、著明な固縮があり関節可動域に制限ある場合が4点と評価される。このUPDRSの評価は主観的なものであり、筋固縮度を客観的かつ定量的に評価する装置が、評価の普遍性を確保するために必要とされている。
【0003】
パーキンソン病は運動障害を主徴とする神経変性疾患の代表的疾患であり、筋固縮以外に、安静時振戦、無動、姿勢保持障害等の運動障害がみられる。こうした運動障害について、その重症度を評価する方法には、Hoehn−Yahr重症度分類やUPDRSがあり、いずれの手法も医師の主観に基づく評価である。パーキンソン病の臨床重症度を判断するため運動障害を客観的、定量的に評価することは、臨床診断上も薬物療法への反応を評価する上でも大変重要であることから、これまでにも定量評価方法や定量評価装置が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、プログラムに従って供給される画像信号にもとづき音声信号を合図に運動動作をおこない、運動の反応時間や動作時間に基づき運動評価をおこなう方法が提案されている。この方法は比較的容易に測定可能であるが、臨床的によく用いられているUPDRSやHoehn−Yahr重症度分類と直接対応しない。
【0005】
また、特許文献2では、臨床的なUPDRSの評価方法と同様の方法を用いて、上肢を肘のところで伸ばしたり、曲げたりしたときに感じた抵抗を測定する装置を例示している。この装置は屈伸角度位置の時間的経過に対応したトルクを記録表示することで、筋固縮のある被験者を区別しようとしているが、パーキンソン病患者にみられる歯車様固縮は検出できていない。
【0006】
非特許文献1では、UPDRSに含まれる評価方法のひとつである指タップを定量化する手法を提案しているが、筋固縮の定量化はおこなわれていない。
【0007】
非特許文献2では、上腕から得られた表面筋電図の周波数解析にもとづき筋固縮を評価しているが、定量化の方法は提案されていない。
【0008】
非特許文献3では、臨床的なUPDRSの評価方法と同様の方法を用いて、上腕から得られた表面筋電図の解析値にもとづき筋固縮を定量評価する装置を例示している。しかし、例示された装置は、制御装置の誤作動により予期せぬ動きを生じ、被験者に怪我を与える可能性がある。また、測定例が少なく、運動障害を客観的かつ定量的に評価するためには、移動平均に用いる窓関数の値をどうすべきであるか不明であり、周波数解析に基づく定量評価方法も例示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−57357号広報
【特許文献2】特開昭56―151023号広報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Akihiko Kandori, et al., Neuroscience Research, Vol.49,2004, pp 253−260
【非特許文献2】L.J.Findley,et al.,Journal of neurology,Neurosurgery, and Psychiatry,Vol.44,1981,pp 534−546
【非特許文献3】D.Wright, et al.,Conference proceedings IEEE Engineering and Biological Society,Vol.1,2008, pp 2825−2827
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
この発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、その目的はUPDRSで用いられている測定方法と同一の方法である他動的な上肢屈曲動作を被験者にあたえながら筋固縮を測定し、特に歯車様固縮についてその測定結果を定量的に評価する装置を提供することを目的とする。また、評価装置は誤作動により被験者に無理な動きをさせないよう安全装置が組み入れられていなければならない。本発明の更に他の目的は、特にパーキンソン病等の筋固縮を伴う疾患の診断、早期診断、重症度評価、薬効評価、および外科的治療効果判定などに利用できる筋固縮度定量評価装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上肢を肘関節と手首で固定する手段を備えたアームに直接接続されたギヤボックスを用いて動作トルクを増大した、ステッピングモーターを利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段と、筋電位を測定する筋電位測定手段と、前腕位置を変位ケーブルにより位置変換器で測定する前腕位置測定手段と、を備え、筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて解析値を算出し、その解析値の算出データに基づいて筋固縮の定量評価を行なうことを特徴とする筋固縮度定量評価装置である。
【0013】
前記解析値のひとつの例は、複数回の測定から得られた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータから抽出した1回の測定について筋電位の絶対値に窓関数を用い移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図を算出し、算出された複数回の単一移動平均筋電図の平均値から平均筋電図を算出し、算出された平均筋電図の積分値から平均筋電図積分値を算出し、1回の測定について、単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値から単一移動平均筋電図偏差積分値を算出し、平均筋電図積分値に対する単一移動平均筋電図偏差積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出し、複数回の測定から得られた単一移動平均筋電図偏差比率の平均値である。
【0014】
前記移動平均処理に用いる窓関数について、窓関数時間だけ1であり、他は0である関数を用い、前記窓関数時間として10msから20msを用いることが好ましい。
【0015】
また、他の解析値の例は、複数回の測定から得られた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータの絶対値について高速フーリエ変換を施し、その高速フーリエ変換処理の結果に対して周波数パワースペクトルを算出し、複数回の測定からえられた周波数パワースペクトルの平均値である平均周波数パワースペクトルを算出し、前記平均周波数パワースペクトルの非特定周波数帯域の成分および特定周波数帯域の成分についてそれぞれ積分をおこない、前記非特定周波数成分についての積分値に対する特定周波数周波数帯域成分の積分値の比率である。
【0016】
前記非特定周波数帯域成分としてパワースペクトルの2−20Hz成分を用い、前記特定周波数帯域成分として6−9Hzの成分を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の筋固縮評価方法によれば、症候の重症度を客観的、定量的に行うことが可能であり、評価の普遍性を確保し、診断上も簡便に利用できる。パーキンソン病等の筋固縮を伴う疾患の診断、早期診断、重症度評価、薬効評価、および外科的治療効果判定などにも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】上肢を肘関節と手首で固定した状態の筋固縮度定量評価装置を示す図である。
【図2】手首を固定する手段を除いた状態の筋固縮度定量評価装置を示す図である。
【図3】筋固縮度定量評価装置の背面図である。
【図4】健常な被験者の屈曲動作時に測定された筋電図とアームの位置を示した図である。
【図5】パーキンソン病患者の屈曲動作時に測定された単一測定筋電図と移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図と平均筋電図を示した図である。
【図6】平均筋電図の積分値の領域を示した図である。
【図7】単一測定移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分をする領域を示した図である。
【図8】パーキンソン病患者の屈曲動作時の周波数解析の結果を示した図である。
【図9】非特定周波数帯域と特定周波数帯域の領域を示した図である。
【図10】パーキンソン病患者の屈曲動作時に測定された筋電図とアームの位置を示した図である。
【図11】移動平均処理の窓関数時間を変化させて、移動平均による筋固縮の評価値を計算した結果を示す図である。
【図12】健常被験者の屈曲動作時の周波数解析の結果を示した図である。
【図13】パーキンソン病患者と健常被験者について、周波数解析による筋固縮の評価値を計算した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下図面を参照して、本発明の筋固縮度定量評価装置について実施の形態を詳しく説明する。
【0020】
図1は、上腕11と前腕12からなる上肢を肘関節で固定する手段7と手首で固定する手段10を備えたアーム4に直接接続されたギヤボックス2を用いて動作トルクを増大したステッピングモーター1を利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段を示したものである。肘関節や手首を固定する手段にはローラースケート等の防護具が利用できる。図2は手首を固定する手段7であるローラースケートの防護具を除いた状態を示したもので、防護具を固定するための手首固定具用金具6と、手首固定具用金具6をアーム4に固定するための固定金具5が示されている。図3は上肢屈曲動作を与える動作手段を図2とは反対側から示した図である。
【0021】
ギヤボックスを利用せずステッピングモーターを単独で用いた場合は前腕を運動させるだけの充分な力を得ることができなかったが、30N・mのトルクを有するギヤボックス2を利用することで、パーキンソン病患者を含む10人の被験者全員の上肢を屈曲動作させることが可能であった。
【0022】
ステッピングモーター1に接続した制御装置をコンピュータに接続し、動作プログラムを作成することで、前腕の位置を容易に設定可能である。角度検出器を備えたステッピングモーターを利用すれば、前腕の位置を制御するとともに、前腕の位置を測定することも可能である。しかし、シリアルインターフェースを利用して制御装置とコンピュータを接続すると、通信速度が遅い場合、位置制御と同時に位置の測定ができない。また、ステッピングモーターを利用して位置を測定する場合、制御装置の誤作動により、誤った位置に前腕を動かそうとするため、特にトルクの大きい動作手段を利用した場合、被験者に怪我を与える可能性があった。そこで、前腕の位置は複数の方法で取得しておかなければならないことが理解された。
【0023】
アーム4の位置を検出する手段として、変位ケーブル9の長さを測定する位置変換器8が利用できる。変位ケーブル9の一端はアーム4に固定されており上肢の屈曲動作に応じてその長さが変化する。上肢を伸ばした状態で変位ケーブル9の長さが一番短く、上肢を屈曲させるにつれて、変位ケーブル9の長さが長くなるように、位置変換器8を取り付ける。位置変換器8は変位ケーブル9を内部のばねを利用して常に張力のかかった状態とし、変位ケーブル9が巻きついた円筒の回転角度について角度検出器を利用して測定することで、変位ケーブル9の長さを測定する装置である。このような位置変換器には例えば、SpaceAge Control社製の位置変換器がある。
【0024】
位置変換器8は変位ケーブル9の長さを長さに比例した抵抗値に変換し、外部から電圧を加えることで、変位ケーブル9の長さに比例した電圧を得ることができる。この電圧についてアナログ−ディジタル変換器を利用してディジタルデータにすることで、コンピュータにアーム4の位置を記録することができる。
【0025】
この変位ケーブル9の長さに比例した電圧を複数の装置で記録することで、制御装置の誤作動により生じるアーム4の予期せぬ動きを防ぐことができる。
【0026】
例えば、制御装置とは別の安全装置に記録された電圧が一定電圧以上もしくは一定電圧以下になれば、前腕を無理な位置に動かしたことになる。そこで、安全装置から停止信号を送り、ステッピングモーター1へ供給される電力を遮断すれば、アーム4の予期せぬ動きを防ぎ、被験者の怪我を防ぐことができる。
【0027】
筋電位を測定する測定手段として、表面筋電図を利用することができる。筋電図測定用表面電極を貼付しやすいことから、屈曲時に収縮する上腕二頭筋の筋電図を取得することが容易であるが、上腕二頭筋以外にも、拮抗筋である上腕三頭筋等、他の筋電図を利用してもよい。表面電極には銀−塩化銀電極など表面筋電図を測定可能な様々な種類の電極を用いることができる。表面電極で測定された電位は増幅器により、その電位を増幅した後、アナログ−ディジタル変換器を利用してディジタルデータにすることで、コンピュータに筋電位を取り込む。アナログ−ディジタル変換器でのサンプリング周波数は最低でも100Hzは必要であるが、アナログ−ディジタル変換器の性能の許す限り、高いサンプリング周波数を利用することが望ましい。初段増幅器を内蔵したDelsys社のパラレルバー表面電極はノイズが少なく有用な表面電極であり、信号増幅器としてDelsys社のBagnoli−2 EMG Systemを利用することができる。
【0028】
被験者の肘関節と手首を筋固縮度定量評価装置に固定し、表面筋電図を上腕に貼り付ける。表面筋電図を貼り付けた直後は信号雑音が大きいため、表面筋電図を測定しながら、およそ5分から15分程度測定信号が安定するまで時間をおく。
【0029】
上肢屈曲動作の動作範囲を決定するため、アーム4を手動で動かし、上肢を伸展させた伸展位置を位置変換器8により測定し記録する。さらにアーム4を手動で動かし、上肢を屈曲させた屈曲位置を測定し記録する。上肢屈曲動作の動作範囲はこの伸展位置から屈曲位置までの間となる。
【0030】
屈曲動作の動作速度は、被験者が負担にならない範囲で任意に決定することができるが、医師が臨床で利用している測定法とほぼ同じ速度になるよう2秒で1回屈伸−屈曲動作を繰り返すよう設定することが望ましい。
【0031】
表面電極の貼付具合や被験者によって、筋電図の測定電位は異なるため、筋電図の測定電位を標準化することが望ましい。標準化の方法として、上肢を動作していない時の安静時筋電図をおよそ20秒測定し、安静時筋電図の平均値と分散に基づき標準化する筋電図電位標準化手法が利用できる。具体的には、上肢屈曲動作時に測定した屈曲動作時筋電図から安静時筋電図の平均値を減じ、安静時筋電図の分散で除することで標準化する方法である。
【0032】
図4に健常な被験者に表面電極を貼付し、屈曲動作をさせたときの筋電図とアーム4の位置を図示した。被験者には動作中、上肢を弛緩させ能動的な動作をしないよう指示した。筋電図は前記手法により標準化したのち絶対値を示している。位置変換器で測定したアーム4の位置について、伸展時が0、屈曲時が1となるよう値を変換して示している。健常な被験者では屈曲動作時筋電図の電位が小さく、電位にばらつきがないことがわかる。
【0033】
一人の被験者に対して、最低でも10回は上肢屈曲動作をおこなうことで、複数回の屈曲動作時筋電図を得る。
【0034】
複数回の測定から得られた筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて、筋固縮の定量評価を行なうため、その解析値を算出する必要がある。
【0035】
測定された屈曲動作時筋電図は高周波成分が多く、そのままでは定量評価が難しいため、低周波フィルタを用いて高周波成分を除去する。低周波フィルタのひとつとして窓関数を用いた移動平均処理が利用できる。窓関数は例えば窓関数時間だけ1であり、他は0である関数である。1回の屈伸−屈曲動作時に測定された屈曲動作時筋電図を単一測定筋電図として、この単一測定筋電図と前記窓関数の畳み込み積分をすることで、窓関数時間の移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図が得られる。
【0036】
図5の細点線はパーキンソン病患者の上肢屈曲動作を与えたときの上腕二頭筋の単一測定筋電図である。また、太破線は前記上腕二頭筋の筋電図を窓関数時間10msの移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図であり、太実線は10回の屈伸−屈曲動作から得られた複数の単一測定筋電図をそれぞれ、窓関数時間10msで移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図を算出し、10回の測定値の平均値を計算した平均筋電図である。図は最も屈曲した位置を0秒として、上肢の伸展時の筋電図を0.5秒まで示した。パーキンソン病患者ではおよそ100から150msで筋固縮に伴う著しい筋電図の亢進が見られており、移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図でその周期が顕著に認められる。
【0037】
図5の単一移動平均筋電図で顕著に認められる筋固縮に伴う筋電図の亢進について定量評価するため、平均筋電図の積分値に対する、単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出した。図6の斜線で示した領域の面積が平均筋電図の積分値である平均筋電図積分値であり、図7の斜線で示した領域の面積が単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値である移動平均筋電図偏差積分値である。平均筋電図に対する移動平均筋電図偏差積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出すれば、単一移動平均筋電図偏差比率が大きいほど、筋固縮が亢進していることを示している。10回の測定から、10個の単一移動平均筋電図偏差比率が得られ、この単一移動平均筋電図偏差比率の平均値を被験者の移動平均による筋固縮の評価値として利用することができる。
【0038】
複数回の測定の平均値を計算する場合、筋電図に明らかな外来雑音が含まれる測定は除外することが望ましい。また、図5の例では0.5秒分の測定データについて計算方法を説明したが、実際はおよそ2秒にわたる屈曲−伸張―屈曲1連の動作全体の筋電図を1回の測定として評価値を計算することが望ましい。
【0039】
筋固縮の定量評価を行なうため、移動平均値から得られた筋固縮の評価値以外にも、周波数解析法を適用して定量評価する方法が利用できる。
【0040】
図8の細点線はパーキンソン病患者に上肢屈曲動作を与えたときの上腕二頭筋の筋電図の絶対値について高速フーリエ変換を施し、算出した周波数パワースペクトルを複数回の測定について重ねて示したものである。実線は複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を示した。パーキンソン病患者ではおよそ8Hz近傍に筋固縮に伴う顕著なピークが見られる。
【0041】
図8の周波数解析で顕著に認められる筋固縮に伴うピークについて定量評価するため、複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を算出し、当該平均周波数パワースペクトルの非特定周波数帯域成分のデータおよび特定周波数帯域の成分のデータについてそれぞれ積分をおこない、前記非特定周波数成分についての積分値に対する特定周波数周波数帯域成分の積分値の比率を計算する。
【0042】
図9の実線は複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を示している。非特定周波数帯域として2−20Hzの周波数成分を用い、特定周波数帯域として6−9Hzの周波数成分をもちいると、左下がり斜線の領域の積分値に対する右下がり斜線の領域の積分値の比率が周波数解析による筋固縮の評価値となる。周波数解析による筋固縮の評価値が大きいほど筋固縮が亢進していることを示している。
【0043】
複数回の測定のうち、1回の測定について周波数解析による筋固縮の評価値を計算し、複数回の測定の評価値を平均して被験者の評価値としても良いが、複数回の測定からえられた周波数パワースペクトルの平均値を算出し、平均周波数パワースペクトルから周波数解析による筋固縮の評価値を計算するほうが誤差も少なく、より簡便である。
【実施例】
【0044】
次に実施例を挙げて、本発明の方法につき更に詳しく説明する。
【0045】
図1、図2、図3に示す筋固縮度定量評価装置を9人のパーキンソン病患者と、1人の健常者に適用し、前述の移動平均による筋固縮の評価値や周波数解析による筋固縮の評価値に基づき、筋固縮の定量評価が可能であるかどうかを調べた。
【0046】
図4は健常な被験者に表面電極を貼付し、屈曲動作をさせたときの筋電図とアーム4の位置を図示したものであり、図10はパーキンソン病患者の1被験者について測定した筋電図とアーム4の位置を図示したものである。被験者には動作中上肢を弛緩させ能動的な動作をしないよう指示した。筋電図は筋電図電位標準化手法により標準化したのち絶対値を示した。位置変換器で測定したアーム4の位置について、伸展時が0、屈曲時が1となるよう値を変換して示した。健常な被験者では屈曲動作時筋電図の電位が小さく、電位にばらつきがないことがみられる。一方、パーキンソン病患者では、筋固縮に伴う著しい筋電位の亢進と筋電位のばらつきがみられる。
【0047】
図11は移動平均処理の窓関数時間を変化させて、移動平均による筋固縮の評価値を計算した結果を示す。黒四角の点は9人のパーキンソン病患者から計算された評価値であり、白三角の点は健常被験者から計算された評価値である。白丸は乱数時系列に同様の評価をおこなった結果である。移動平均による筋固縮の評価値はパーキンソン病患者で大きく、健常被験者では小さい。この違いは特に、移動平均の窓時間が10msから20msとしたときに顕著である。また、乱数時系列から算出した値は健常被験者の値と同様小さい値を示し、移動平均による筋固縮の評価値が筋固縮の適切な定量評価法であることを示している。
【0048】
図8の細点線はパーキンソン病患者に上肢屈曲動作を与えたときの上腕二頭筋の筋電図の絶対値について算出した周波数パワースペクトルを複数回の測定について重ねて示したものである。実線は複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を示した。また、図12は同様に健常被験者について複数回の測定の周波数パワースペクトルを細点線で示し、その平均値を実線で示した。パーキンソン病患者ではおよそ8Hz近傍に筋固縮に伴う顕著なピークが見られるのに対して、健常被験者はパワースペクトルの値が全体的に小さく、顕著なピークも見られない。
【0049】
図13はパーキンソン病患者と健常被験者について、周波数解析による筋固縮の評価値を計算した結果を示す。白三角の点は9人のパーキンソン病患者から計算された評価値であり、黒丸の点は健常被験者から計算された評価値である。顕著なピークが無い白色雑音用のパワースペクトルでは、周波数解析による筋固縮の評価値はその面積比から理論的におよそ0.17を示す。健常被験者ではほぼ、0.17を示し、パーキンソン病患者では概ね0.19以上の値であった。移動平均による筋固縮の評価値に比べばらつきはあるものの、周波数解析による筋固縮の評価値が筋固縮の定量評価法として利用できることを示している。
【0050】
本実施例で測定した9人のパーキンソン病患者は症状の軽い患者がほとんどであり、医師が実施した主観的な評価では筋固縮を認めづらい患者もいた。こうした症状の軽い患者に対しても定量評価値が計算でき、健常被験者との違いが検出されることは本評価装置の有用性を示していると考えられる。本発明の筋固縮評価方法によれば、パーキンソン病等の筋固縮を伴う疾患の早期診断も可能であると考えられた。
【符号の説明】
【0051】
1 ステッピングモーター、2 ギヤボックス、3 アーム固定具、4 アーム、5 固定金具、6 手首固定具用金具、7 肘関節固定具、8 位置変換器、9 変位ケーブル、10 手首固定具、11 上腕、12 前腕
【技術分野】
【0001】
本発明はヒトの上肢動作を解析する装置に関するものであり、上肢を他動的に屈伸させて定量評価をおこなう筋固縮度定量評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
筋固縮は手足の関節を他動的に屈伸させた時、筋緊張が亢進する現象であり、例えば、パーキンソン病の患者ではガクガクと断続的な抵抗を示す歯車様固縮がみられる。この筋固縮は日常診療において、安静状態で上肢を弛緩させた被験者に対して、医師である験者が上肢を肘のところで伸ばしたり、曲げたりしたときに感じた抵抗や、手首を回転させたときに感じた抵抗に基づき、主観的に5段階に評価されている。臨床診断でよく用いられるUnified Parkinson‘s Disease Rating Scale(UPDRS)においては、筋固縮が無い場合を0点、軽微またはミラームーブメントないし他の運動で誘発できる程度が1点、軽度ないし中等度の固縮がある場合が2点、高度の固縮があるものの関節可動域は正常な場合が3点、著明な固縮があり関節可動域に制限ある場合が4点と評価される。このUPDRSの評価は主観的なものであり、筋固縮度を客観的かつ定量的に評価する装置が、評価の普遍性を確保するために必要とされている。
【0003】
パーキンソン病は運動障害を主徴とする神経変性疾患の代表的疾患であり、筋固縮以外に、安静時振戦、無動、姿勢保持障害等の運動障害がみられる。こうした運動障害について、その重症度を評価する方法には、Hoehn−Yahr重症度分類やUPDRSがあり、いずれの手法も医師の主観に基づく評価である。パーキンソン病の臨床重症度を判断するため運動障害を客観的、定量的に評価することは、臨床診断上も薬物療法への反応を評価する上でも大変重要であることから、これまでにも定量評価方法や定量評価装置が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1では、プログラムに従って供給される画像信号にもとづき音声信号を合図に運動動作をおこない、運動の反応時間や動作時間に基づき運動評価をおこなう方法が提案されている。この方法は比較的容易に測定可能であるが、臨床的によく用いられているUPDRSやHoehn−Yahr重症度分類と直接対応しない。
【0005】
また、特許文献2では、臨床的なUPDRSの評価方法と同様の方法を用いて、上肢を肘のところで伸ばしたり、曲げたりしたときに感じた抵抗を測定する装置を例示している。この装置は屈伸角度位置の時間的経過に対応したトルクを記録表示することで、筋固縮のある被験者を区別しようとしているが、パーキンソン病患者にみられる歯車様固縮は検出できていない。
【0006】
非特許文献1では、UPDRSに含まれる評価方法のひとつである指タップを定量化する手法を提案しているが、筋固縮の定量化はおこなわれていない。
【0007】
非特許文献2では、上腕から得られた表面筋電図の周波数解析にもとづき筋固縮を評価しているが、定量化の方法は提案されていない。
【0008】
非特許文献3では、臨床的なUPDRSの評価方法と同様の方法を用いて、上腕から得られた表面筋電図の解析値にもとづき筋固縮を定量評価する装置を例示している。しかし、例示された装置は、制御装置の誤作動により予期せぬ動きを生じ、被験者に怪我を与える可能性がある。また、測定例が少なく、運動障害を客観的かつ定量的に評価するためには、移動平均に用いる窓関数の値をどうすべきであるか不明であり、周波数解析に基づく定量評価方法も例示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−57357号広報
【特許文献2】特開昭56―151023号広報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Akihiko Kandori, et al., Neuroscience Research, Vol.49,2004, pp 253−260
【非特許文献2】L.J.Findley,et al.,Journal of neurology,Neurosurgery, and Psychiatry,Vol.44,1981,pp 534−546
【非特許文献3】D.Wright, et al.,Conference proceedings IEEE Engineering and Biological Society,Vol.1,2008, pp 2825−2827
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
この発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、その目的はUPDRSで用いられている測定方法と同一の方法である他動的な上肢屈曲動作を被験者にあたえながら筋固縮を測定し、特に歯車様固縮についてその測定結果を定量的に評価する装置を提供することを目的とする。また、評価装置は誤作動により被験者に無理な動きをさせないよう安全装置が組み入れられていなければならない。本発明の更に他の目的は、特にパーキンソン病等の筋固縮を伴う疾患の診断、早期診断、重症度評価、薬効評価、および外科的治療効果判定などに利用できる筋固縮度定量評価装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上肢を肘関節と手首で固定する手段を備えたアームに直接接続されたギヤボックスを用いて動作トルクを増大した、ステッピングモーターを利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段と、筋電位を測定する筋電位測定手段と、前腕位置を変位ケーブルにより位置変換器で測定する前腕位置測定手段と、を備え、筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて解析値を算出し、その解析値の算出データに基づいて筋固縮の定量評価を行なうことを特徴とする筋固縮度定量評価装置である。
【0013】
前記解析値のひとつの例は、複数回の測定から得られた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータから抽出した1回の測定について筋電位の絶対値に窓関数を用い移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図を算出し、算出された複数回の単一移動平均筋電図の平均値から平均筋電図を算出し、算出された平均筋電図の積分値から平均筋電図積分値を算出し、1回の測定について、単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値から単一移動平均筋電図偏差積分値を算出し、平均筋電図積分値に対する単一移動平均筋電図偏差積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出し、複数回の測定から得られた単一移動平均筋電図偏差比率の平均値である。
【0014】
前記移動平均処理に用いる窓関数について、窓関数時間だけ1であり、他は0である関数を用い、前記窓関数時間として10msから20msを用いることが好ましい。
【0015】
また、他の解析値の例は、複数回の測定から得られた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータの絶対値について高速フーリエ変換を施し、その高速フーリエ変換処理の結果に対して周波数パワースペクトルを算出し、複数回の測定からえられた周波数パワースペクトルの平均値である平均周波数パワースペクトルを算出し、前記平均周波数パワースペクトルの非特定周波数帯域の成分および特定周波数帯域の成分についてそれぞれ積分をおこない、前記非特定周波数成分についての積分値に対する特定周波数周波数帯域成分の積分値の比率である。
【0016】
前記非特定周波数帯域成分としてパワースペクトルの2−20Hz成分を用い、前記特定周波数帯域成分として6−9Hzの成分を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の筋固縮評価方法によれば、症候の重症度を客観的、定量的に行うことが可能であり、評価の普遍性を確保し、診断上も簡便に利用できる。パーキンソン病等の筋固縮を伴う疾患の診断、早期診断、重症度評価、薬効評価、および外科的治療効果判定などにも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】上肢を肘関節と手首で固定した状態の筋固縮度定量評価装置を示す図である。
【図2】手首を固定する手段を除いた状態の筋固縮度定量評価装置を示す図である。
【図3】筋固縮度定量評価装置の背面図である。
【図4】健常な被験者の屈曲動作時に測定された筋電図とアームの位置を示した図である。
【図5】パーキンソン病患者の屈曲動作時に測定された単一測定筋電図と移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図と平均筋電図を示した図である。
【図6】平均筋電図の積分値の領域を示した図である。
【図7】単一測定移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分をする領域を示した図である。
【図8】パーキンソン病患者の屈曲動作時の周波数解析の結果を示した図である。
【図9】非特定周波数帯域と特定周波数帯域の領域を示した図である。
【図10】パーキンソン病患者の屈曲動作時に測定された筋電図とアームの位置を示した図である。
【図11】移動平均処理の窓関数時間を変化させて、移動平均による筋固縮の評価値を計算した結果を示す図である。
【図12】健常被験者の屈曲動作時の周波数解析の結果を示した図である。
【図13】パーキンソン病患者と健常被験者について、周波数解析による筋固縮の評価値を計算した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下図面を参照して、本発明の筋固縮度定量評価装置について実施の形態を詳しく説明する。
【0020】
図1は、上腕11と前腕12からなる上肢を肘関節で固定する手段7と手首で固定する手段10を備えたアーム4に直接接続されたギヤボックス2を用いて動作トルクを増大したステッピングモーター1を利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段を示したものである。肘関節や手首を固定する手段にはローラースケート等の防護具が利用できる。図2は手首を固定する手段7であるローラースケートの防護具を除いた状態を示したもので、防護具を固定するための手首固定具用金具6と、手首固定具用金具6をアーム4に固定するための固定金具5が示されている。図3は上肢屈曲動作を与える動作手段を図2とは反対側から示した図である。
【0021】
ギヤボックスを利用せずステッピングモーターを単独で用いた場合は前腕を運動させるだけの充分な力を得ることができなかったが、30N・mのトルクを有するギヤボックス2を利用することで、パーキンソン病患者を含む10人の被験者全員の上肢を屈曲動作させることが可能であった。
【0022】
ステッピングモーター1に接続した制御装置をコンピュータに接続し、動作プログラムを作成することで、前腕の位置を容易に設定可能である。角度検出器を備えたステッピングモーターを利用すれば、前腕の位置を制御するとともに、前腕の位置を測定することも可能である。しかし、シリアルインターフェースを利用して制御装置とコンピュータを接続すると、通信速度が遅い場合、位置制御と同時に位置の測定ができない。また、ステッピングモーターを利用して位置を測定する場合、制御装置の誤作動により、誤った位置に前腕を動かそうとするため、特にトルクの大きい動作手段を利用した場合、被験者に怪我を与える可能性があった。そこで、前腕の位置は複数の方法で取得しておかなければならないことが理解された。
【0023】
アーム4の位置を検出する手段として、変位ケーブル9の長さを測定する位置変換器8が利用できる。変位ケーブル9の一端はアーム4に固定されており上肢の屈曲動作に応じてその長さが変化する。上肢を伸ばした状態で変位ケーブル9の長さが一番短く、上肢を屈曲させるにつれて、変位ケーブル9の長さが長くなるように、位置変換器8を取り付ける。位置変換器8は変位ケーブル9を内部のばねを利用して常に張力のかかった状態とし、変位ケーブル9が巻きついた円筒の回転角度について角度検出器を利用して測定することで、変位ケーブル9の長さを測定する装置である。このような位置変換器には例えば、SpaceAge Control社製の位置変換器がある。
【0024】
位置変換器8は変位ケーブル9の長さを長さに比例した抵抗値に変換し、外部から電圧を加えることで、変位ケーブル9の長さに比例した電圧を得ることができる。この電圧についてアナログ−ディジタル変換器を利用してディジタルデータにすることで、コンピュータにアーム4の位置を記録することができる。
【0025】
この変位ケーブル9の長さに比例した電圧を複数の装置で記録することで、制御装置の誤作動により生じるアーム4の予期せぬ動きを防ぐことができる。
【0026】
例えば、制御装置とは別の安全装置に記録された電圧が一定電圧以上もしくは一定電圧以下になれば、前腕を無理な位置に動かしたことになる。そこで、安全装置から停止信号を送り、ステッピングモーター1へ供給される電力を遮断すれば、アーム4の予期せぬ動きを防ぎ、被験者の怪我を防ぐことができる。
【0027】
筋電位を測定する測定手段として、表面筋電図を利用することができる。筋電図測定用表面電極を貼付しやすいことから、屈曲時に収縮する上腕二頭筋の筋電図を取得することが容易であるが、上腕二頭筋以外にも、拮抗筋である上腕三頭筋等、他の筋電図を利用してもよい。表面電極には銀−塩化銀電極など表面筋電図を測定可能な様々な種類の電極を用いることができる。表面電極で測定された電位は増幅器により、その電位を増幅した後、アナログ−ディジタル変換器を利用してディジタルデータにすることで、コンピュータに筋電位を取り込む。アナログ−ディジタル変換器でのサンプリング周波数は最低でも100Hzは必要であるが、アナログ−ディジタル変換器の性能の許す限り、高いサンプリング周波数を利用することが望ましい。初段増幅器を内蔵したDelsys社のパラレルバー表面電極はノイズが少なく有用な表面電極であり、信号増幅器としてDelsys社のBagnoli−2 EMG Systemを利用することができる。
【0028】
被験者の肘関節と手首を筋固縮度定量評価装置に固定し、表面筋電図を上腕に貼り付ける。表面筋電図を貼り付けた直後は信号雑音が大きいため、表面筋電図を測定しながら、およそ5分から15分程度測定信号が安定するまで時間をおく。
【0029】
上肢屈曲動作の動作範囲を決定するため、アーム4を手動で動かし、上肢を伸展させた伸展位置を位置変換器8により測定し記録する。さらにアーム4を手動で動かし、上肢を屈曲させた屈曲位置を測定し記録する。上肢屈曲動作の動作範囲はこの伸展位置から屈曲位置までの間となる。
【0030】
屈曲動作の動作速度は、被験者が負担にならない範囲で任意に決定することができるが、医師が臨床で利用している測定法とほぼ同じ速度になるよう2秒で1回屈伸−屈曲動作を繰り返すよう設定することが望ましい。
【0031】
表面電極の貼付具合や被験者によって、筋電図の測定電位は異なるため、筋電図の測定電位を標準化することが望ましい。標準化の方法として、上肢を動作していない時の安静時筋電図をおよそ20秒測定し、安静時筋電図の平均値と分散に基づき標準化する筋電図電位標準化手法が利用できる。具体的には、上肢屈曲動作時に測定した屈曲動作時筋電図から安静時筋電図の平均値を減じ、安静時筋電図の分散で除することで標準化する方法である。
【0032】
図4に健常な被験者に表面電極を貼付し、屈曲動作をさせたときの筋電図とアーム4の位置を図示した。被験者には動作中、上肢を弛緩させ能動的な動作をしないよう指示した。筋電図は前記手法により標準化したのち絶対値を示している。位置変換器で測定したアーム4の位置について、伸展時が0、屈曲時が1となるよう値を変換して示している。健常な被験者では屈曲動作時筋電図の電位が小さく、電位にばらつきがないことがわかる。
【0033】
一人の被験者に対して、最低でも10回は上肢屈曲動作をおこなうことで、複数回の屈曲動作時筋電図を得る。
【0034】
複数回の測定から得られた筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて、筋固縮の定量評価を行なうため、その解析値を算出する必要がある。
【0035】
測定された屈曲動作時筋電図は高周波成分が多く、そのままでは定量評価が難しいため、低周波フィルタを用いて高周波成分を除去する。低周波フィルタのひとつとして窓関数を用いた移動平均処理が利用できる。窓関数は例えば窓関数時間だけ1であり、他は0である関数である。1回の屈伸−屈曲動作時に測定された屈曲動作時筋電図を単一測定筋電図として、この単一測定筋電図と前記窓関数の畳み込み積分をすることで、窓関数時間の移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図が得られる。
【0036】
図5の細点線はパーキンソン病患者の上肢屈曲動作を与えたときの上腕二頭筋の単一測定筋電図である。また、太破線は前記上腕二頭筋の筋電図を窓関数時間10msの移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図であり、太実線は10回の屈伸−屈曲動作から得られた複数の単一測定筋電図をそれぞれ、窓関数時間10msで移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図を算出し、10回の測定値の平均値を計算した平均筋電図である。図は最も屈曲した位置を0秒として、上肢の伸展時の筋電図を0.5秒まで示した。パーキンソン病患者ではおよそ100から150msで筋固縮に伴う著しい筋電図の亢進が見られており、移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図でその周期が顕著に認められる。
【0037】
図5の単一移動平均筋電図で顕著に認められる筋固縮に伴う筋電図の亢進について定量評価するため、平均筋電図の積分値に対する、単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出した。図6の斜線で示した領域の面積が平均筋電図の積分値である平均筋電図積分値であり、図7の斜線で示した領域の面積が単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値である移動平均筋電図偏差積分値である。平均筋電図に対する移動平均筋電図偏差積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出すれば、単一移動平均筋電図偏差比率が大きいほど、筋固縮が亢進していることを示している。10回の測定から、10個の単一移動平均筋電図偏差比率が得られ、この単一移動平均筋電図偏差比率の平均値を被験者の移動平均による筋固縮の評価値として利用することができる。
【0038】
複数回の測定の平均値を計算する場合、筋電図に明らかな外来雑音が含まれる測定は除外することが望ましい。また、図5の例では0.5秒分の測定データについて計算方法を説明したが、実際はおよそ2秒にわたる屈曲−伸張―屈曲1連の動作全体の筋電図を1回の測定として評価値を計算することが望ましい。
【0039】
筋固縮の定量評価を行なうため、移動平均値から得られた筋固縮の評価値以外にも、周波数解析法を適用して定量評価する方法が利用できる。
【0040】
図8の細点線はパーキンソン病患者に上肢屈曲動作を与えたときの上腕二頭筋の筋電図の絶対値について高速フーリエ変換を施し、算出した周波数パワースペクトルを複数回の測定について重ねて示したものである。実線は複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を示した。パーキンソン病患者ではおよそ8Hz近傍に筋固縮に伴う顕著なピークが見られる。
【0041】
図8の周波数解析で顕著に認められる筋固縮に伴うピークについて定量評価するため、複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を算出し、当該平均周波数パワースペクトルの非特定周波数帯域成分のデータおよび特定周波数帯域の成分のデータについてそれぞれ積分をおこない、前記非特定周波数成分についての積分値に対する特定周波数周波数帯域成分の積分値の比率を計算する。
【0042】
図9の実線は複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を示している。非特定周波数帯域として2−20Hzの周波数成分を用い、特定周波数帯域として6−9Hzの周波数成分をもちいると、左下がり斜線の領域の積分値に対する右下がり斜線の領域の積分値の比率が周波数解析による筋固縮の評価値となる。周波数解析による筋固縮の評価値が大きいほど筋固縮が亢進していることを示している。
【0043】
複数回の測定のうち、1回の測定について周波数解析による筋固縮の評価値を計算し、複数回の測定の評価値を平均して被験者の評価値としても良いが、複数回の測定からえられた周波数パワースペクトルの平均値を算出し、平均周波数パワースペクトルから周波数解析による筋固縮の評価値を計算するほうが誤差も少なく、より簡便である。
【実施例】
【0044】
次に実施例を挙げて、本発明の方法につき更に詳しく説明する。
【0045】
図1、図2、図3に示す筋固縮度定量評価装置を9人のパーキンソン病患者と、1人の健常者に適用し、前述の移動平均による筋固縮の評価値や周波数解析による筋固縮の評価値に基づき、筋固縮の定量評価が可能であるかどうかを調べた。
【0046】
図4は健常な被験者に表面電極を貼付し、屈曲動作をさせたときの筋電図とアーム4の位置を図示したものであり、図10はパーキンソン病患者の1被験者について測定した筋電図とアーム4の位置を図示したものである。被験者には動作中上肢を弛緩させ能動的な動作をしないよう指示した。筋電図は筋電図電位標準化手法により標準化したのち絶対値を示した。位置変換器で測定したアーム4の位置について、伸展時が0、屈曲時が1となるよう値を変換して示した。健常な被験者では屈曲動作時筋電図の電位が小さく、電位にばらつきがないことがみられる。一方、パーキンソン病患者では、筋固縮に伴う著しい筋電位の亢進と筋電位のばらつきがみられる。
【0047】
図11は移動平均処理の窓関数時間を変化させて、移動平均による筋固縮の評価値を計算した結果を示す。黒四角の点は9人のパーキンソン病患者から計算された評価値であり、白三角の点は健常被験者から計算された評価値である。白丸は乱数時系列に同様の評価をおこなった結果である。移動平均による筋固縮の評価値はパーキンソン病患者で大きく、健常被験者では小さい。この違いは特に、移動平均の窓時間が10msから20msとしたときに顕著である。また、乱数時系列から算出した値は健常被験者の値と同様小さい値を示し、移動平均による筋固縮の評価値が筋固縮の適切な定量評価法であることを示している。
【0048】
図8の細点線はパーキンソン病患者に上肢屈曲動作を与えたときの上腕二頭筋の筋電図の絶対値について算出した周波数パワースペクトルを複数回の測定について重ねて示したものである。実線は複数回の測定から得られた周波数パワースペクトルの平均値を示した。また、図12は同様に健常被験者について複数回の測定の周波数パワースペクトルを細点線で示し、その平均値を実線で示した。パーキンソン病患者ではおよそ8Hz近傍に筋固縮に伴う顕著なピークが見られるのに対して、健常被験者はパワースペクトルの値が全体的に小さく、顕著なピークも見られない。
【0049】
図13はパーキンソン病患者と健常被験者について、周波数解析による筋固縮の評価値を計算した結果を示す。白三角の点は9人のパーキンソン病患者から計算された評価値であり、黒丸の点は健常被験者から計算された評価値である。顕著なピークが無い白色雑音用のパワースペクトルでは、周波数解析による筋固縮の評価値はその面積比から理論的におよそ0.17を示す。健常被験者ではほぼ、0.17を示し、パーキンソン病患者では概ね0.19以上の値であった。移動平均による筋固縮の評価値に比べばらつきはあるものの、周波数解析による筋固縮の評価値が筋固縮の定量評価法として利用できることを示している。
【0050】
本実施例で測定した9人のパーキンソン病患者は症状の軽い患者がほとんどであり、医師が実施した主観的な評価では筋固縮を認めづらい患者もいた。こうした症状の軽い患者に対しても定量評価値が計算でき、健常被験者との違いが検出されることは本評価装置の有用性を示していると考えられる。本発明の筋固縮評価方法によれば、パーキンソン病等の筋固縮を伴う疾患の早期診断も可能であると考えられた。
【符号の説明】
【0051】
1 ステッピングモーター、2 ギヤボックス、3 アーム固定具、4 アーム、5 固定金具、6 手首固定具用金具、7 肘関節固定具、8 位置変換器、9 変位ケーブル、10 手首固定具、11 上腕、12 前腕
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上肢を肘関節と手首で固定する手段を備えたアームに直接接続されたギヤボックスを用いて動作トルクを増大した、ステッピングモーターを利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段と、筋電位を測定する筋電位測定手段と、前腕位置を変位ケーブルにより位置変換器で測定する前腕位置測定手段と、を備え、筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて解析値を算出し、その解析値の算出データに基づいて筋固縮の定量評価を行なうことを特徴とする筋固縮度定量評価装置。
【請求項2】
前記解析値が、複数回の測定から得られた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータから抽出した1回の測定について筋電位の絶対値に窓関数を用い移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図を算出し、算出された複数回の単一移動平均筋電図の平均値から平均筋電図を算出し、算出された平均筋電図の積分値から平均筋電図積分値を算出し、1回の測定について、単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値から単一移動平均筋電図偏差積分値を算出し、平均筋電図積分値に対する単一移動平均筋電図偏差積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出し、複数回の測定から得られた単一移動平均筋電図偏差比率の平均値である、請求項1記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項3】
前記移動平均処理に用いる窓関数について、窓関数時間だけ1であり、他は0である関数を用い、前記窓関数時間として10msから20msを用いることを特徴とする、請求項2記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項4】
解析値が、複数回の測定からえられた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータの絶対値について高速フーリエ変換を施し、その高速フーリエ変換の結果に対して周波数パワースペクトルを算出し、複数回の測定からえられた周波数パワースペクトルの平均値である平均周波数パワースペクトルを算出し、前記平均周波数パワースペクトルの非特定周波数帯域成分および特定周波数帯域成分についてそれぞれ積分をおこない、前記非特定周波数成分についての積分値に対する特定周波数周波数帯域成分の積分値の比率である、請求項1記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項5】
前記非特定周波数帯域成分としてパワースペクトルの2−20Hz成分を用い、前記特定周波数帯域成分として6−9Hzの成分を用いることを特徴とする、請求項4記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項1】
上肢を肘関節と手首で固定する手段を備えたアームに直接接続されたギヤボックスを用いて動作トルクを増大した、ステッピングモーターを利用した他動的に被験者に上肢屈曲動作を与える動作手段と、筋電位を測定する筋電位測定手段と、前腕位置を変位ケーブルにより位置変換器で測定する前腕位置測定手段と、を備え、筋電位に関する生体情報を取り込んで得られたディジタルデータについて解析値を算出し、その解析値の算出データに基づいて筋固縮の定量評価を行なうことを特徴とする筋固縮度定量評価装置。
【請求項2】
前記解析値が、複数回の測定から得られた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータから抽出した1回の測定について筋電位の絶対値に窓関数を用い移動平均処理をおこなった単一移動平均筋電図を算出し、算出された複数回の単一移動平均筋電図の平均値から平均筋電図を算出し、算出された平均筋電図の積分値から平均筋電図積分値を算出し、1回の測定について、単一移動平均筋電図と平均筋電図の差の絶対値の積分値から単一移動平均筋電図偏差積分値を算出し、平均筋電図積分値に対する単一移動平均筋電図偏差積分値の比率である単一移動平均筋電図偏差比率を算出し、複数回の測定から得られた単一移動平均筋電図偏差比率の平均値である、請求項1記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項3】
前記移動平均処理に用いる窓関数について、窓関数時間だけ1であり、他は0である関数を用い、前記窓関数時間として10msから20msを用いることを特徴とする、請求項2記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項4】
解析値が、複数回の測定からえられた筋電位を取り込んで得られたディジタルデータの絶対値について高速フーリエ変換を施し、その高速フーリエ変換の結果に対して周波数パワースペクトルを算出し、複数回の測定からえられた周波数パワースペクトルの平均値である平均周波数パワースペクトルを算出し、前記平均周波数パワースペクトルの非特定周波数帯域成分および特定周波数帯域成分についてそれぞれ積分をおこない、前記非特定周波数成分についての積分値に対する特定周波数周波数帯域成分の積分値の比率である、請求項1記載の筋固縮度定量評価装置。
【請求項5】
前記非特定周波数帯域成分としてパワースペクトルの2−20Hz成分を用い、前記特定周波数帯域成分として6−9Hzの成分を用いることを特徴とする、請求項4記載の筋固縮度定量評価装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−193936(P2010−193936A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38972(P2009−38972)
【出願日】平成21年2月23日(2009.2.23)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月23日(2009.2.23)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】
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