説明

粒子線照射装置及び粒子線治療装置

【課題】 レンジシフターでの散乱による荷電粒子線のビーム径の増加を低減して、被照射体への空間的に精密な照射が可能な小さなビーム径の荷電粒子線を供給できるとともに、レンジシフターを患者から離れた位置に配置して、その移動音等による威圧感を無くすることができる粒子線照射装置及び粒子線治療装置を得る。
【解決手段】 荷電粒子線の照射中に厚さが変化して荷電粒子線のエネルギーを変化させることで、被照射体5における荷電粒子線の飛程を所望の値とするレンジシフター4と、被照射体6との間に、レンジシフター5で変化した荷電粒子線のエネルギーに応じて励磁量が制御されて、レンジシフターでの散乱による被照射体6における荷電粒子線のビーム径の増加を低減する4極電磁石6を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、粒子加速器から供給される荷電粒子線を被照射体に照射する粒子線照射装置、及びその粒子線照射装置を用いた粒子線治療装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の粒子線照射装置で被照射体内における荷電粒子線の飛程(レンジ)を変化させるレンジシフターを用いるものは、レンジシフターとの散乱による荷電粒子線のビーム径の変化を低減するために、レンジシフターを被照射体の近傍に配置し、さらに、レンジシフターのビーム進行方向上流に、ビーム散乱体である散乱体装置や4極電磁石を配置するか(例えば特許文献1参照)、又はビームコリメーターを配置していた(例えば特許文献2参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2001−212253号公報(段落0053、図1)
【特許文献2】特開2001−562号公報(段落0025、図7)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の粒子線照射装置は以上のように構成されているので、レンジシフターを被照射体の近傍に配置しなければなかったが、患者頭頚部への照射を行う治療装置の場合には、患者の肩等との空間干渉のためにレンジシフターを照射部位に十分近づける事ができず、荷電粒子線のビーム径を必要な値まで小さくできないという問題があった。
また、治療中に厚さを変更する必要のあるレンジシフターを患者の近傍に配置したため、レンジシフターを高速に駆動するときは特に、移動音等により患者に威圧感を与えるという問題があった。
また、被照射体におけるビーム径は、レンジシフターと被照射体内での散乱の寄与でほぼ決まるため、レンジシフターのビーム進行方向上流に配置した4極電磁石やビームコリメーターではビーム径を小さくすることはできず、従来の装置ではビーム径を大きくする方向に制御することのみが可能であった。
【0005】
この発明は上記のような課題を解決するためになされたものであり、レンジシフターでの散乱による荷電粒子線のビーム径の増加を低減して、被照射体への空間的に精密な照射が可能な小さなビーム径の荷電粒子線を供給できるとともに、レンジシフターを患者から離れた位置に配置して、その移動音等による威圧感を無くすることができる粒子線照射装置及び粒子線治療装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
荷電粒子線の照射中に厚さが変化して荷電粒子線のエネルギーを変化させることで、被照射体における荷電粒子線の飛程を所望の値とするレンジシフターと、被照射体との間に、レンジシフターで変化した荷電粒子線のエネルギーに応じて励磁量が制御されて、レンジシフターでの散乱による被照射体における荷電粒子線のビーム径の増加を低減する4極電磁石を備えた。
【発明の効果】
【0007】
被照射体でのビーム径を従来の方法より小さい値にすることができ、被照射体への空間的に精密な照射ができ、また、レンジシフターを被照射体から離れた場所に配置できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
実施の形態1.
以下、この発明の実施の形態1の粒子線照射装置及びこの粒子線照射装置と粒子加速器及びビーム輸送系とで構成される粒子線治療装置を図1に基づいて説明する。
図1において、粒子加速器1で発生した荷電粒子線は、ビーム輸送系2により、粒子線照射装置3に導かれ、まず、アクリル板を通過させることで荷電粒子線のエネルギーを低下させる可変レンジシフター4を通過する。この可変レンジシフター4と被照射体5との間に、可変レンジシフター4での散乱による荷電粒子線のビーム径の増加を低減させる4極電磁石6を配置している。そして、可変レンジシフター4と4極電磁石6の間には、荷電粒子線の発散角の増加を制限する固定開口径の固定ビームスリット7を配置し、4極電磁石6と被照射体5との間には、ビーム軌道を変更させるスキャニング電磁石8、ビーム線量モニター9、及びビーム位置モニター10を配置している。
また、可変レンジシフター4のアクリル板の厚さ、並びに4極電磁石6及びスキャニング電磁石8の磁場強度は、照射制御装置11で制御する。
【0009】
次に粒子線照射装置の動作について説明する。
ビーム輸送系2により粒子加速器1から可変レンジシフター4に導かれた荷電粒子線は、可変レンジシフター4でアクリル板を通過して、エネルギーを低下させられる。可変レンジシフター4は、例えば、厚さの異なる複数枚のアクリル板で構成して、これらのアクリル板の組合せを変えるたり、くさび形のアクリル板で構成して荷電粒子線が通過する位置を変更したりすることで、荷電粒子線が通過するアクリル板の厚さを変更できるようになっており、これにより粒子線のエネルギーをどの程度低下させるかを調整できる。
【0010】
一方、可変レンジシフター4での散乱により、荷電粒子線のビーム径が増加する。固定ビームスリット7は、可変レンジシフター4での散乱による荷電粒子線の発散角の増加を制限するものである。発散角が大きな荷電粒子は固定ビームスリット7により除去されるので、固定ビームスリット7よりビーム進行方向下流の機器の放射化が防止される。
【0011】
また、ビーム進行方向と直交する方向への被照射体5に対する照射は、可変レンジシフター4の厚さと4極電磁石6の励磁量を一定に保って、スキャニング電磁石8により荷電粒子線の進路を変更して行う。ビーム進行方向と直交する方向への照射が一旦完了すると、照射制御装置11により可変レンジシフター4の厚さと4極電磁石の励磁を変更後、再度、スキャニング電磁石8による照射を行う。この操作を繰り返して、ビーム進行方向とそれと直交する方向への被照射体5に対する照射を行う。
【0012】
ビーム線量モニター9は、被照射体5における荷電粒子線の照射位置を変更するタイミングを決めるために用い、ビーム位置モニター10は、荷電粒子線を正しい位置に移動させるためにスキャニング電磁石8とともに用いる。これらの動作については従来の技術と同様である。
【0013】
次に、4極電磁石による荷電粒子線のビーム径の増加の低減について説明する。
前述のように可変レンジシフター4を通過するときに荷電粒子線のビーム径が増加する。被照射体5を通過するときにも同様にビーム径の増加があるが、可変レンジシフター4と被照射体5が無い場合のビーム径をσ、可変レンジシフター4によるビーム径の増加をσRS、被照射体によるビーム径の増加をστとすると、被照射体5におけるビーム径σは次の式で与えられる。
【0014】
【数1】

したがって、可変レンジシフター4のアクリル板の厚さや被照射体5における荷電粒子線の飛程が大きくなると、可変レンジシフター4よりビーム進行方向上流の機器で調整可能なσのσへの相対的な寄与は小さくなるため、可変レンジシフター4より上流の機器を用いては被照射体5におけるビーム径を小さくすることはできなくなる。
【0015】
可変レンジシフター4と被照射体5との間に荷電粒子線を収束させる機器が無い場合、被照射体5におけるビーム径は、可変レンジシフター4から被照射体5までの距離と可変レンジシフター4での散乱による発散角との積に比例して増加するので、σの増加を低減するためには、可変レンジシフター4を被照射体5に近づけることが避けられず、治療装置に適用した場合には、可変レンジシフター4の移動音により患者が威圧感を感じる等の問題となる。
【0016】
そこで、可変レンジシフター4と被照射体5の間に配置した4極電磁石6を用いて、可変レンジシフター4での散乱による荷電粒子線の発散を収束させることによりσRSを小さくする。この例では4連の4極電磁石を用いているが、これ以外の例えば3連などの4極電磁石を用いても良い。
なお、4極電磁石6の励磁量は、粒子加速器から供給される荷電粒子線のエネルギーと可変レンジシフター4の厚さにより決まる値に照射制御装置11を用いて設定する。
【0017】
この方法を用いれば、被照射体5でのビーム径を従来の方法より小さい値にすることができ、被照射体5への空間的に精密な照射ができる。また、可変レンジシフター4を被照射体5から離れた場所に配置できるので、治療装置における患者への威圧感の問題が無く、可変レンジシフター4を高速駆動して荷電粒子線のエネルギーを高速で変化させることが可能となる。
【0018】
また、可変レンジシフター4の散乱の影響を小さく抑える事ができるので、可変レンジシフター4の最大厚を従来の方法より大きくして、レンジシフターによる荷電粒子線のエネルギー変更範囲を従来の方法より広げることができ、荷電粒子線を供給する粒子加速器の出射エネルギーの変更回数を減らすことが可能となる。
【0019】
また、図2のように、ブラッグピークを広げるためリッジフィルター12を追加して、可変レンジシフター4による拡大ブラッグピーク(SOBP:Spread OutBragg Peak)の形成を効率的に行えるようにすることがある。
本発明によれば、可変レンジシフター4と被照射体5の間に配置した4極電磁石6を用いて、可変レンジシフター4での散乱による荷電粒子線の発散を収束させることにより、図2のように、リッジフィルター12をスキャニング電磁石8のビーム進行方向上流に配置することができる。
リッジフィルター12をスキャニング電磁石8のビーム進行方向上流に配置することで、荷電粒子線がリッジフィルターの決まった領域を通過するようにできるので、リッジ構造によるブラッグピークの一様性低下を避けることができる。
【0020】
また、可変レンジシフター4と被照射体5の間に配置した4極電磁石6を用いて、可変レンジシフター4での散乱による荷電粒子線の発散を収束させることにより、可変レンジシフター4による荷電粒子線のビーム径の増加を低減できるため、リッジフィルター12での散乱による荷電粒子線のビーム径の増加に対する許容値が従来の装置より大きくなり、リッジフィルター12のリッジの高さを選択する範囲が広がる。
【0021】
実施の形態2.
可変レンジシフター4にアクリル板が挿入されていないときは、可変レンジシフター4での発散がなくなるが、このように可変レンジシフター4での発散角の変化が大きいとビーム径の制御が複雑になる。
この実施の形態2の粒子線照射装置及び粒子線治療装置は、図3に示すように、可変レンジシフター4のビーム進行方向上流に、例えばタングステンや鉛の薄膜からなる薄いビーム散乱体13を設けて、可変レンジシフター4にアクリル板が挿入されていない場合にも、4極電磁石6に入射する荷電粒子線の発散角が大きくなるようにして、可変レンジシフター4のアクリル板の厚さの変化による発散角の変化の割合が相対的に小さくなるようにしたものである。
ビーム散乱体13を設けたことにより、4極電磁石の励磁量が可変レンジシフター4の厚さに依存して大きく変化することが無くなり、照射制御を容易にすることができる。
【0022】
実施の形態3.
実施の形態1では、荷電粒子線のエネルギーを低下させるために、ビーム進行方向上流の被照射体5から離れた位置に設けた可変レンジシフター4のみを用いる場合について述べたが、図4に示すように、被照射体5の近傍に固定レンジシフター14を設けて、被照射体5に入射する荷電粒子線のエネルギーを4極電磁石6のビーム進行方向下流においても低下させるようにすることもできる。
荷電粒子線のエネルギーを、被照射体5の表面近傍で停止するような値まで可変レンジシフター4で低下させた場合、可変レンジシフター4を通過した荷電粒子線の運動量幅が非常に大きくなるため、色収差の影響で4極電磁石6のビーム収束力が弱まり、被照射体5における荷電粒子線のビーム径を小さくすることができない。
【0023】
そこで、4極電磁石6のビーム進行方向上流の可変レンジシフター4では荷電流子のエネルギー低下の変動幅の調整を行うものの、その調整の幅は色収差の影響で4極電磁石6のビーム収束力が弱まる影響が出ない範囲とする一方で、4極電磁石6のビーム進行方向下流の固定レンジシフター14で、さらに荷電流子のエネルギーを所定の値まで低下させる。なお、一回の照射単位の間では荷電流子のエネルギー低下の変動幅の調整は可変レンジシフター4で行うので、固定レンジシフター14は照射中には厚さを変化させる必要はない。異なる照射単位において、荷電流子のエネルギー低下の幅が大きく異なるような場合に、固定レンジシフター14の厚さの変更が必要になる。
【0024】
この4極電磁石6のビーム進行方向上流の可変レンジシフター4に加えて、4極電磁石6のビーム進行方向下流の被照射体5の近傍に固定レンジシフター14を配置する構成により、4極電磁石6に入射する荷電粒子線の運動量幅を制限して、色収差の問題を回避することで、被照射体5の内部から表面近傍まで小さなビーム径の荷電粒子線を照射することができる。
【0025】
実施の形態4.
実施の形態3のように、4極電磁石6のビーム進行方向下流に固定レンジシフター14を設ける代わりに、荷電粒子線のエミッタンスを小さくするビームスリットを設けて4極電磁石6の色収差による荷電粒子線のビーム径の増加の問題を解決することもできる。
図5は、この実施の形態4の粒子線照射装置及び粒子線治療装置の構成を示す図であって、図1の構成に対して、開口径が可変の可変ビームスリット15を4極電磁石6のビーム進行方向上流に追加して、可変レンジシフター4での散乱による荷電粒子線の発散角の増加を制御するようにしたものである。可変ビームスリット15の開口径は、可変レンジシフター4の厚さに依存して、照射制御装置11により制御する。
【0026】
荷電粒子線のエネルギーを、被照射体5の表面近傍で停止するような値まで可変レンジシフター4で低下させる場合に、可変ビームスリット15により荷電粒子線のエミッタンスを小さくして、4極電磁石6の色収差による荷電粒子線のビーム径の増加を相殺させる。可変ビームスリット15を用いることにより、実施の形態3に示した固定レンジシフター14が不要になるので、治療装置における患者への威圧感をさらに小さくすることができる。
【0027】
なお、可変ビームスリット15により、被照射体5に到達する荷電粒子数は減少するが、荷電粒子線の一部が可変ビームスリット15により除去されるのは、要求される照射粒子数が少ない被照射体5の表面付近を照射する場合であるので、荷電粒子数の減少は問題にならない。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】この発明の実施の形態1の放射線照射装置及び粒子線治療装置を示す機器配置図である。
【図2】この発明の実施の形態1の放射線照射装置及び粒子線治療装置を示す機器配置図である。
【図3】この発明の実施の形態2の放射線照射装置及び粒子線治療装置を示す機器配置図である。
【図4】この発明の実施の形態3の放射線照射装置及び粒子線治療装置を示す機器配置図である。
【図5】この発明の実施の形態4の放射線照射装置及び粒子線治療装置を示す機器配置図である。
【符号の説明】
【0029】
1 粒子加速器
2 ビーム輸送系
3 放射線照射装置
4 可変レンジシフター
5 被照射体
6 4極電磁石
7 固定ビームスリット
8 スキャニング電磁石
9 ビーム線量モニター
10 ビーム位置モニター
11 照射制御装置
12 リッジフィルター
13 ビーム散乱体
14 固定レンジシフター
15 可変ビームスリット


【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子線の照射中に前記荷電粒子線のエネルギーを低下させることで、被照射体における荷電粒子線の飛程を所望の値とする可変レンジシフターと被照射体との間に配置されて、
前記可変レンジシフターで低下した前記荷電粒子線のエネルギーに応じて励磁量が制御されて、前記可変レンジシフターでの散乱による被照射体における前記荷電粒子線のビーム径の増加を低減する4極電磁石を備えた粒子線照射装置。
【請求項2】
被照射体における荷電粒子線のビーム進行方向に直交する方向の位置を変化させるために前記荷電粒子線を偏向するスキャニング電磁石を、4極電磁石と被照射体との間に配置したことを特徴とする請求項1に記載の粒子線照射装置。
【請求項3】
ブラッグピークを広げるリッジフィルターを、レンジフィルターとスキャニング電磁石との間に配置したことを特徴とする請求項2に記載の粒子線照射装置。
【請求項4】
可変レンジシフターのビーム進行方向上流に荷電粒子線の発散角を増加させるビーム散乱体を配置したことを特徴とする請求項1に記載の粒子線照射装置。
【請求項5】
荷電粒子線のエネルギーの可変レンジシフターでの低下分のうち、一回の照射単位を通じての最小値の範囲内の所定の値だけ、可変レンジシフターに代わって荷電粒子線のエネルギー低下させる固定レンジシフターを、4極電磁石と被照射体との間に配置したことを特徴とする請求項1に記載の粒子線照射装置。
【請求項6】
可変レンジシフターで変化した荷電粒子線のエネルギーに応じて開口径が変化して、前記荷電粒子線のビーム径を制限する可変ビームスリットを、前記可変レンジシフターと4極電磁石との間に配置したことを特徴とする請求項1に記載の粒子線照射装置。
【請求項7】
荷電粒子線を発生させる粒子加速器と、前記荷電粒子線を照射室まで輸送するビーム輸送系と、請求項1から6のいずれかに記載の粒子線照射装置を備えた粒子線治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−185423(P2007−185423A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−7364(P2006−7364)
【出願日】平成18年1月16日(2006.1.16)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】