説明

糖低減化醤油、粉末醤油および糖低減化醤油の製造法

【課題】保存中に固結が起こりにくい粉末醤油およびその製造に好適な糖低減化醤油を提供する。
【解決手段】醤油に醤油酵母を接触させることによって醤油中の直接還元糖含量が1.5%以下である糖低減化醤油を得る。また、上記のように得られた糖低減化醤油を粉末化して粉末醤油を得る。さらに、上記の糖低減化醤油に非還元糖を添加した後に粉末化することにより、固結が起こりにくい特性を維持したまま呈味性が改善された粉末醤油を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存中に固結が起こりにくい粉末醤油、その製造に好適な糖低減化醤油およびそれらの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末醤油は、保存中に固結しないことが非常に重要である。従来、粉末醤油の吸湿、固結防止法としては、ゼラチンやデキストリン、または可溶性澱粉、コーンスターチなどを添加する方法が知られている(特許文献1〜3参照)。しかしこれらは、醤油に各種物質を添加する方法であるため、添加量に応じて醤油本来の呈味成分含有量が減ってしまうという問題を有しており、また添加の効果も未だ改善の余地を有している。
【0003】
一方、食塩濃度15〜20%(W/V)の醤油にトルロプシス・ファマタ(Torulopsis famata)、トルロプシス・ウバエ(Torulopsis uvae)などに属する微生物を添加し、25〜35℃、3〜30日間時々攪拌しながら保持して総有機酸含量を0.25%(W/V)以下とする新規な醤油およびその製造法が知られている(特許文献4参照)。しかし、本発明者らの追試験によれば、この方法により得られる総有機酸低減化醤油を乾燥粉末化しても、通常の醤油と比較して固結しにくい粉末醤油は得られなかった。
【0004】
【特許文献1】特公昭46−28839号公報
【特許文献2】特許第2767679号公報
【特許文献3】特許第3441219号公報
【特許文献4】特公昭57−49186号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、固結が起こりにくい粉末醤油およびその製造に好適な糖低減化醤油を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、粉末中のメイラード反応によって生じる水が粉末醤油の固結に大きく関与することを見出し、醤油に醤油酵母を接触させることにより醤油中の直接還元糖を低減化でき、この醤油を用いて固結が起こりにくい粉末醤油が得られることを知った。また、上記製造に際し、直接還元糖含量が1.5%以下またはグルコース含量0.2mg/ml以下とするときは、固結が特に起こりにくい糖低減化醤油が得られることを知った。またさらに、上記のように得られた糖低減化醤油および該糖低減化醤油を乾燥粉末化して得られる粉末醤油に非還元糖を添加することにより、固結が起こりにくい特性を維持したまま、呈味性を改善し得ることを知り、これらの知見に基いて本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下に関する。
(1)醤油に醤油酵母を接触させて得られる、直接還元糖含量1.5%(W/V)以下である糖低減化醤油。
(2)上記(1)で得られる糖低減化醤油を乾燥粉末化することにより得られる粉末醤油。
(3)窒素含量が3.5%(W/W)以上である上記2に記載の粉末醤油。
(4)上記(1)で得られる糖低減化醤油に非還元糖を添加した後、乾燥粉末化して得られる粉末醤油。
(5)醤油に醤油酵母を接触させることを特徴とする、直接還元糖含量1.5%(W/V)以下である糖低減化醤油の製造法。
(6)醤油に0.01〜50×10個/mlの醤油酵母を添加し、20〜40℃で2〜14日間接触させることを特徴とする、直接還元糖含量1.5%(W/V)以下である糖低減化醤油の製造法。
(7)醤油酵母が、チゾサッカロマイセス属に属する酵母であることを特徴とする、上記(5)または(6)に記載の糖低減化醤油の製造法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、固結が起こりにくい粉末醤油およびその製造に好適な糖低減化醤油を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、この発明の構成及び好ましい形態について更に詳しく説明する。
【0010】
本発明において、醤油とは、いかなる醤油であってもよく、例えば濃口醤油、淡口醤油、たまり醤油、再仕込醤油、白醤油等が挙げられる。また、製造途中の醤油、生醤油、生揚げ醤油等を含む。
【0011】
本発明で使用する醤油酵母とは、醤油中の糖類を効率よく低減化できる酵母であればいかなるものでもよく、例えば、一般の醤油醸造過程で見られる酵母や、糖資化性を有する醤油主発酵酵母類が含まれる。醤油主発酵酵母類の中で、本発明に好適に使用できる酵母としては、例えばチゾサッカロマイセス属の酵母が挙げられ、具体的な種としては例えばチゾサッカロマイセス・ルキシーが挙げられる。
【0012】
通常の醤油中の塩分濃度は約13〜19%と高く、通常多くの酵母は成育できない。本発明で使用する醤油酵母は、このような高塩濃度環境下においても成育し、糖類を効率よく分解できるだけの耐塩性を有している必要がある。そのような耐塩性を有する醤油酵母を選択するために、例えば、候補菌株を通常の耐塩性を指標とする選抜に供することができる。
【0013】
具体的には、例えば各種微生物保存機関より入手した、あるいは醤油諸味中から分離した各種酵母を、0〜20%塩化ナトリウムを含有するYPD培地(1%イーストエクストラクト(Difco社製)、2%ペプトン(Difco社製)、2%グルコース(和光純薬工業株式会社製))に1白金耳接種し、30℃、3日間振とう培養して増殖度合を観察する。醤油酵母の増殖度合は、通常の方法、例えば、600nmにおける吸光度(OD600)測定などにより行うことができる。
【0014】
前記の培養において、例えば食塩濃度を段階的に上げ、15%、さらに20%塩化ナトリウム濃度条件下でも良好に生育するものを選抜する。 醤油に酵母を接触させる方法としてはいかなる方法を用いてもよいが、醤油中に酵母を直接添加する方法が好ましい。酵母の添加は、例えば生醤油に対して0.01〜50×10個/ml、好ましくは0.1〜10×10個/ml、さらに好ましくは1〜5×10個/ml添加することにより、効率良い糖類の資化が達成される。
【0015】
添加用の醤油酵母は、前培養液として、または乾燥菌体としてあるいは凍結菌体として添加してもよい。適当な条件下で前培養を行うことにより、活発に生育中の酵母を取得し、これを添加することが、菌体の速やかな成長および糖の資化のために好ましい。例えば、塩化ナトリウム含有YPD培地中、あるいは生醤油中などで、20〜40℃、2〜14日間培養した培養液を一部採取し、醤油に添加することができる。
【0016】
醤油酵母添加後の醤油は20〜40℃に保持することが好ましく、25〜37℃に保持することがより好ましい。20℃未満では醤油酵母が十分に生育せず、反対に40℃を超えると酵母の成育が阻害されるとともに醤油の褐変が進行するので好ましくない。醤油酵母と醤油との接触時間は2〜14日間が好ましく、5〜7日がより好ましい。2日未満では糖類が十分に低減化できず、反対に14日を越えると醤油の酸化褐変が顕著となるため好ましくない。接触期間中に、醤油を時々撹拌しながら保持することが好ましく、必要に応じて通気を行うこともできる。
【0017】
接触の終了時期は、醤油中の糖類濃度が目的濃度以下に低減化されていることを確認することにより決定できる。本発明で低減化対象とする糖類は、グルコースなどの直接還元糖である。直接還元糖とは、還元性を示す糖量をグルコース量に換算した値をいい、醤油中のほぼ全ての単糖と還元性オリゴ糖(麦芽糖、乳糖など)、多糖類の還元性末端などを含む。例えば、濃口醤油の場合、通常その重量に対し2.5〜5%程度の直接還元糖を含んでいるが、これを1.5%以下、より好ましくは1%以下に低減化することにより本発明の糖低減化醤油が得られる。
【0018】
本発明において、醤油中の直接還元糖含量を1.5%(W/V)以下とすることは非常に重要である。すなわち、1.5%(W/V)を越えるときは本発明の課題を解消することができない。すなわち、乾燥粉末化の際に、粉化性が十分でなく、および製造後の粉末醤油は、吸湿性、潮解性があり、保存中に容易にブロックを形成するほか、条件が悪いものではべとつき易く、他の粉末成分と均一に混合し難くなる場合があり好ましくない。
【0019】
本発明においては、また、醤油中のグルコース含量が0.2mg/ml以下であることが好ましく、0.1mg/ml以下であることがより好ましい。本発明において醤油中のグルコース含量を0.2mg/ml以下とすることは非常に重要であり、その値を超えるときは本発明の課題を解消することができない。醤油中の直接還元糖およびグルコース含量の測定は、定法に基づき行えばよい。例えば、還元糖は、しょうゆ試験法((財)日本醤油研究所編集発行、昭和60年)記載のフェ―リング・レーマン・ショール法により、またグルコースを含めた糖類の分析は、高速液体クロマトグラフィー法により測定できる。
【0020】
接触処理した後の酵母の除去は、通常の醤油の精製過程と同じく、例えば、生濾過によって行うことができる。その他、遠心分離、膜濾過等、各種既知の方法を用いることが可能である。その後の、火入、滓引き、各種成分の規格調整などは、定法により任意に行うことができる。
【0021】
上記のようにして得られた糖低減化醤油を乾燥粉末化して、粉末醤油を製造する。乾燥粉末化には既知の各種方法を使用でき、例えば醤油にデキストリンなどの賦形剤を添加し加熱溶解した後、スプレードライ法、ドラムドライ法、フリーズドライ法などの乾燥粉末化を行う方法が挙げられる。本発明の糖低減化醤油においては、同じ温度条件で乾燥粉末化を行った場合、糖低減化を行わないものに比べて固結が抑制され得る。
【0022】
一般に、乾燥粉末化により得られた粉末醤油は、加熱や酸化によりメイラード反応が進行し、そこで生じる水によって固結し、サラサラした粉末状からブロック状に変化する。本発明における固結安定性とは、メイラード反応が進みにくく固結しにくい性質をいい、本発明の粉末醤油は、糖を低減化していない醤油から得られる粉末醤油よりも固結安定性が良好であるという特徴を有する。本発明の糖低減化醤油においては、メイラード反応の原因物質に含まれる還元糖およびグルコースが低減されているため、得られる粉末醤油は固結安定性に優れ、保存中のブロック形成が起こりにくいものとなる。
【0023】
さらに本発明により、固結安定性が顕著に改善された粉末醤油が得られるようになることにより、従来の粉末醤油においては製造が困難であった組成の粉末醤油を製造することも可能になる。例えばその一例として、高窒素含有粉末醤油が挙げられる。
【0024】
粉末醤油は従来、粉末中の窒素濃度の上昇に伴い、著しく固結安定性を失う特性を有し、高窒素含有粉末醤油、例えば窒素含量3.0%(W/W)以上、特に3.5%以上の粉末醤油の製造は工業的に困難であった。高窒素含有粉末醤油は、少量の粉末の中にアミノ酸、ペプチドなどの各種旨み成分を多量に含み、加工食品への使用などにおいて利便性を有し得ると考えられるが、固結安定性の問題から実用化が困難であった。本発明により得られる糖低減化粉末醤油を使用することによって、高濃度の窒素を含有させた場合においても良好な粉末状態を維持できる粉末醤油を製造することが可能となり、従来は製造困難であった窒素含量3.0%(W/W)以上、特に3.5%以上の高窒素含有粉末醤油の製造が可能となる。
また、本発明により得られる糖低減化醤油または粉末醤油においては、糖類の含有濃度が通常の醤油に比較して顕著に低いため、得られる醤油の甘味が乏しく、用途によっては呈味性の面でやや物足りない可能性を有している。そこで本発明においては、本発明の効果を維持しつつ、呈味性を改善するために、上記糖低減化醤油または粉末醤油に非還元糖を添加することができる。
【0025】
本発明の非還元糖としては、還元末端を含まないものならばいずれの糖質、糖アルコールでもよく、例としてトレハロース、スクロース、シクロデキストリンが挙げられる。非還元糖の添加は、例えば上記糖低減化醤油中に直接混合することができる。また、糖低減化醤油に非還元糖を添加した後、これを乾燥粉末化することで、非還元糖添加粉末醤油を容易に得ることができる。あるいは、非還元糖を添加していない糖低減化粉末醤油に対し、粉末の非還元糖を混合することも可能である。
【0026】
非還元糖の添加量は、添加する非還元糖の種類その他の条件によって変わるが、例えば濃口醤油の糖低減化醤油にトレハロースを添加する場合では、0.5〜3%(W/V)添加し、好ましくは、1%添加することによって、前記本発明の効果を維持しつつ、呈味性改善の効果が達成される。
【0027】
次に、本発明の実施例を詳細に述べるが、本発明は何らこれにより限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
<各種醤油酵母の糖低減化能力比較試験>
(1)YPD培地における前培養
0.2μmメッシュフィルター(Millipore社製)にて濾過滅菌後、5mlずつ小分けした、15%塩化ナトリウム含有YPD培地(1%イーストエクストラクト(Difco社製)、2%ペプトン(Difco社製)、2%グルコース(和光純薬工業株式会社製))の各々に対し、醤油諸味由来の醤油酵母に属する酵母20種を各1白金耳接種し、30℃、1〜7日間振とう培養して増殖度合を観察した。その結果、上記培地で17株が成育し、3株は生育しなかった。次いで上記17株を、食塩濃度20%のYPD培地に対し、添加時の600nmにおける吸光度が0.1となるように接種し、30℃、4日間振騰培養した。ここで成育した9種の醤油酵母(No.10、28、40、56、65、101、103、111、および117)を高耐塩性酵母として選抜し、以下の醤油への添加実験に供した。
(2)醤油への添加培養および糖残存量の測定
予め、0.2μmメッシュフィルター(Millipore社製)で無菌濾過した濃口生醤油(NaCl:16.2%)を500ml容の坂口フラスコに50mlずつ量りとり、そこに、15%塩化ナトリウム含有YPD培地中で30℃、 3日間前培養した上記9種の醤油酵母を、終濃度1.0×10個/mlとなるように植菌した。30℃で12日間振盪培養し、遠心分離(2,000×g(3,000rpm)、10分)により添加した菌を除去した。培養期間中は経時的に濁度、アルコール、全窒素、直接還元糖を測定した。濁度は分光光度計(日立社製U‐1100)にて600nmにおける吸光度(OD600)を測定し、アルコール、窒素、直接還元糖含有量は、醤油試験法に記載された公定法に則って測定した。12日間培養後の培養液を一部採取し、水で100倍希釈してOD600を測定し、残りの培養液を遠心分離(2,000×g(3,000rpm)、10分)し、次いでこの上清のpH、アルコール濃度および直接還元糖濃度を測定した結果を表1に示す。なお、以降の実施例全てにおいて、OD600の測定は100倍希釈にて行った。
【0029】
【表1】

【0030】
各種醤油酵母を添加したものでは、pHが4.8前後であり初発の生醤油とほとんど差がなかった。酵母の生育を示す濁度はいずれも1.0前後にまで上昇した。還元糖濃度は、初発の濃度である約2.5%から1〜1.35%に低下した。アルコール濃度は、全てにおいて低減し、多くの試験区において0.05%以下となった。一方、一部の試験区(No.101および117)においては低減の度合がやや小さく、アルコールが残存した。なお、アルコールについては、対照区(醤油酵母添加なしの場合)においても濃度低減が見られ、このことは30℃、12日間の振騰中におけるアルコールの飛散によるものと考えられた。窒素(全窒素)濃度については、醤油酵母の添加による変化は見られなかった。
【0031】
次いで、高速液体クロマトグラフィー法を用いて上記培養上清の糖分析を行った。糖分析用の装置はTOSOH社製SC8020、カラムはTSD‐GEL SUGAR AX1(4.6mm i.d×150mm)を用い、メーカーの説明書に従って分析した。糖分析の結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
いずれの醤油酵母添加試験区においても、グルコースが顕著に失われていた。これに伴い、キシロースおよびガラクトースも減少した。一方、アラビノースについては、醤油酵母の添加による低減がほとんどみられなかった。マンノースについては、醤油酵母添加前にも少量しか含有されておらず、醤油酵母を添加し培養した後には、検出限界以下となった。
【0034】
上記試験において醤油中の還元糖およびグルコースを良好に低減化した醤油酵母のひとつであるNo.28に関し、公知の文献(Kurtzman, C.P.およびBlanz, P.A.(1998)In The Yeasts, A Taxonomic Study, 4th ed. (Kurtzman, C.P. および Fell, J.W.,Eds.), Elsevier, Amsterdam, pp69−74)に従って、rDNAの多型性による種同定を行った。酵母の18S rDNAをPCRにて増幅し、その塩基配列を同定し、公知の遺伝子配列データベース(Genbank)を利用して既知配列と比較したところ、既報のチゾサッカロマイセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)の塩基配列と一致した。この結果より、No.28の醤油酵母はチゾサッカロマイセス・ルキシーであると判断した。
【実施例2】
【0035】
<Z.rouxiiおよびCandida famataおよびCandida uvaeの糖低減化能力比較試験>
実施例1で使用した菌のひとつであるNo.28を用い、醤油における糖低減化能力を、Candida famataおよびCandida uvaeと同条件下で比較した。なお、これらの菌は、有機酸低減化醤油の製造に使用される菌として特許文献1において開示されたトルロプシス・ファマタ(Torulopsis famata)およびトルロプシス・ウバエ(Torulopsis uvae)を現在の名称で示したものであり、それぞれ同じ菌である。
濃口醤油の生醤油(定法により仕込、6ヶ月後のもの)を実施例1と同様の方法で無菌濾過し、500ml容坂口フラスコに50mlずつ入れて、試験用液体培地とした。本発明の醤油酵母としてZ.rouxii No.28、比較例として、Candida famata NBRC1084、NBRC0856、Candida uvae (norvegica) NBRC0452を、10%塩化ナトリウム含有YPD培地(実施例1に記載)5mlを入れた試験管中で2〜3日培養し、種培養とした。次いでこれらの種培養をOD600=0.05となるように試験用液体培地に接種した(菌数換算:約0.1〜10×10個/ml)。30℃にて10日間培養し、経時的にOD600を測定し、Z. rouxii No.28のOD600が1.0程度に達したところで培養を終了した。遠心分離にて酵母を除いた後、上清中に含まれる直接還元糖を計測した。OD600および直接還元糖の測定は実施例1同様に行った。
【0036】
その結果、No.28を添加した本発明においては、培養10日目のOD600が約0.9に達したのに対し、Candida famataおよびCandida uvaeを添加した場合は、生醤油中での菌の生育が顕著に悪く、培養10日目のOD600が約0.03と、ほとんど増加しなかった(図1)。また、培養後10日目の培養上清中の直接還元糖濃度は酵母無添加が3.2%であったのに対し、本発明の醤油酵母添加では1.3%で、顕著に低減していた。これに対し、Candida famata(NBRC1084、NBRC0856)、およびCandida uvaeを添加した場合は、3.2%および3.0%(NBRC0452)であり、ほとんど低減が見られなかった(図2)。このことより、Candida famataおよびCandida uvaeを醤油に接種することによる糖の低減化効果に比較して、本発明で使用するZ.rouxii等を含む醤油酵母を接種する方法の効果が顕著に高いことが示された。
【実施例3】
【0037】
<醤油酵母を用いた糖低減化醤油の製造>
500ml容の坂口フラスコ6本に、無菌濾過した濃口生醤油50mlを量り採り、そこに醤油酵母No.28の培養液5mlを添加し、30℃で7日間振騰培養した。次に、無菌濾過した規格調整済み生醤油400mlを入れた5000ml容の坂口フラスコ3本に、先に培養した上記坂口フラスコ2本分の培養液(約100ml)を加え、30℃でさらに7日間振騰培養し、ジャー培養用の種培養とした。
【0038】
本培養は、30L容のジャーに規格調整済みの滅菌生醤油25Lを入れ、上記種培養液(坂口フラスコ3本分=約1400ml、添加菌数換算:約0.1〜10×10個/ml)を加え、30℃で7日間培養した。このときの通気量は5L/分、攪拌は10rpmで行った。
【0039】
培養液は定法に従い生濾過、火入、滓引きを行い糖資化醤油とした。火入処理は5000ml容のメディアボトル4本を用い、80℃、60分加熱処理した後、55℃で約20時間保持した。滓引きは常温(10〜15℃)で3日放置後、サイフォンにより行った。ジャー培養における添加酵母の成長曲線(OD600)および直接還元糖含量(%)の変化を図3の黒丸印のプロットで示す。酵母菌株No.28は順調に生育し、5日目でOD600が最大となった。酵母の生育に伴う直接還元糖含量も、図3の白ひし形のプロットで示すように経時的に減少し、5日目で1%以下となった。
【0040】
培養液の糖分析の結果を表3に示す。比較例として、醤油酵母を添加しない通常の濃口醤油の分析値を示した。醤油酵母菌株No.28の培養液中のグルコースがほとんど資化され、顕著に低減した。一方、マンノース、アラビノース、ガラクトースおよびキシロースなどのその他の糖の含有量にはほとんど変化がみられなかった。
【0041】
【表3】

【実施例4】
【0042】
<醤油酵母を用いて製造した糖低減化粉末醤油の固結安定性試験>
実施例3に記載のジャー培養で得られた糖低減化醤油を各種の条件で粉化し、その固結安定性を調べた。粉化に用いた原料醤油の固形分、窒素その他の分析値は表4に示す通りである。
【0043】
【表4】

【0044】
上記表4に示す醤油をそれぞれ乾燥粉末化し、その加熱後の固結強度を測定した。乾燥粉末化には、各醤油とも300mlを用い、そこにデキストリン(FSD607二村化学社製)69gと食塩15g、および90mlの水を加え、80℃に加温した後、噴霧乾燥した。
【0045】
噴霧乾燥にはNIRO JAPAN社製モービルマイナ型スプレードライヤーTM−2000Model−Aを用いて、入口温度170〜180℃、出口温度90℃、液供給量15ml/min、アトマイザー回転数20,000〜22,000rpmの条件にて行った。
【0046】
固結安定性は、加熱処理後の固結強度の測定によって調べた。具体的には、得られた粉末醤油を80℃、3時間加熱処理した後、レオナー(株式会社山電社製RE3305)を用いた破断強度解析に供した。
【0047】
得られた各粉末醤油の分析値を表5に示す。各粉末の成分組成は還元糖含量以外には大きな差は無かった。一方、加熱後の固結強度は、比較例の濃口醤油に比べて本発明の糖低減化粉末醤油は顕著に低い固結強度値を示し、加熱後でも固結しにくく、良好な粉末の状態を維持した。すなわち本発明の糖低減化粉末醤油は固結安定性に顕著に優れていることが確認された。
【0048】
【表5】

【実施例5】
【0049】
<非還元糖を添加した糖低減化粉末醤油の固結安定性試験>
糖低減醤油の粉末醤油は官能的には濃口醤油を原料としたものに比較して、淡白な味を呈する。これを改善するために、実施例3に記載のジャー培養で得られた糖資化醤油に、非還元性の糖であるトレハロースおよびスクロースを添加した場合の固結安定性について検討した。固結安定性の試験は実施例4に記載の方法に準じて行った。
【0050】
表6に示すように、糖低減化醤油にデキストリンと食塩、さらに各種の糖を添加し、各粉末醤油における窒素濃度が2.8%、食塩濃度は32.5%となるよう配合した。各々の糖は重量百分率で酵母無添加時の濃口醤油中の還元糖と同等(3%)になるように添加した。その結果、グルコース、トレハロース、スクロースを添加した粉末醤油の呈味は、糖低減化醤油の淡白な印象がなくなり、対照と大差なくなっていた。
【0051】
また、上記の粉末醤油を80℃、180分間加熱した時の固結強度を表6に示す。糖低減化醤油にグルコースを添加したものは対照区(通常の濃口醤油から粉化した粉末醤油)と同等の固結強度になったが、非還元糖であるトレハロースとスクロース添加区は、糖無添加区とほぼ同等の固結強度であった。すなわち糖低減化醤油に非還元糖を添加しても高い固結安定性は保たれたままであった。このように、非還元糖はメイラード反応に関与しにくいことが明らかとなり、固結しにくいという本発明の良い効果を維持しつつ、呈味性の改善に利用できることがわかった。
【0052】
【表6】

【実施例6】
【0053】
<糖低減化醤油を利用した高濃度窒素含有粉末醤油の製造>
実施例4記載の方法で得られた糖低減化醤油を用いて、高濃度窒素を含有するように設計した粉末醤油製造を行った。
【0054】
固形分中の食塩含有量を35%と設定し、実施例4に記載した方法に倣って、予め測定した濃口醤油または糖低減化醤油の固形分濃度と総窒素濃度をもとに、窒素含有量が2.5%、3.0%、3.5%となるように、濃口醤油または糖低減化醤油を利用した粉末醤油の配合を設計し、粉化を行った。得られた粉末醤油の固結強度を表7に示す。
【0055】
【表7】

【0056】
濃口醤油、糖低減醤油いずれにおいても、窒素含有量が増加するに従って固結強度が上昇する傾向、すなわち固結安定性が低下する傾向が示された。特に濃口醤油を用いた場合には、窒素含有量が3.5%となるように粉末醤油を製造した場合、80℃、3時間処理後の固結強度は測定限界を超えるほどに増大し、粉末が強固なブロックを形成した。一方、糖低減醤油を用いた場合には、窒素含有量の増加に伴って固結安定性は低下するものの、その程度は濃口醤油に比べると明らかに緩やかであり、窒素濃度3.5%の粉末においても、80℃、3時間の加熱処理後の固結強度は102程度であり、濃口醤油を使用して製造した3.0%窒素含有の粉末醤油と比較しても十分に優れた固結安定性を有していた。すなわち、本発明の糖低減醤油を用いることにより、従来製造が困難であった3.5%以上の高窒素含有粉末醤油の製造が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の醤油酵母Zygosaccharomyces rouxiiおよびCandida famataおよびCandida uvaeの醤油中での生育を示すグラフである。グラフの縦軸は100倍希釈物の吸光度である。
【図2】本発明の醤油酵母Zygosaccharomyces rouxiiおよびCandida famataおよびCandida uvaeを添加して培養した後の醤油中の還元糖濃度を示すグラフである。
【図3】本発明の醤油酵母Zygosaccharomyces rouxiiおよびCandida famataおよびCandida uvaeを醤油に添加し、ジャー培養した時の、培養上清の吸光度および直接還元糖含量の変化を示すグラフである。グラフの縦軸は100倍希釈物の吸光度である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
醤油に醤油酵母を接触させて得られる、直接還元糖含量1.5%(W/V)以下である糖低減化醤油。
【請求項2】
請求項1で得られる糖低減化醤油を乾燥粉末化することにより得られる粉末醤油。
【請求項3】
窒素含量が3.5%(W/W)以上である請求項2に記載の粉末醤油。
【請求項4】
請求項1で得られる糖低減化醤油に非還元糖を添加した後、粉末化して得られる粉末醤油。
【請求項5】
醤油に醤油酵母を接触させることを特徴とする、直接還元糖含量1.5%(W/V)以下である糖低減化醤油の製造法。
【請求項6】
醤油に0.01〜50×10個/mlの醤油酵母を添加し、20〜40℃で2〜14日間接触させることを特徴とする、直接還元糖含量1.5%(W/V)以下である糖低減化醤油の製造法。
【請求項7】
醤油酵母が、チゾサッカロマイセス属に属する酵母であることを特徴とする、請求項5または6に記載の糖低減化醤油の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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