説明

糖化発酵システム

【課題】木質バイオマスを原料とした微生物による糖化発酵システムにおいて、酵素を再利用してコストを低減させるとともに、五炭糖の蓄積による糖化率の低下を回避して、高い生産性で発酵生成物を得ることのできる糖化発酵システムを提供する。
【解決手段】木質系バイオマスを原料として、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ及び微生物を加えて糖化発酵を行って糖化発酵液を得る第一の工程、該糖化発酵液から蒸留により生成物を分離する第二の工程、該蒸留残渣に含まれる五炭糖を生物学的に発酵する第三の工程、該五炭糖発酵液を糖化発酵工程に戻す第四の工程を有することを特徴とする糖化発酵システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースを含む木質系バイオマスを原料として糖化し、アルコール発酵させる糖化発酵システムにおいて、糖化と発酵を同時に行う糖化発酵システムに関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースを含む木質系バイオマスを原料とし、酵素や微生物を添加して、糖化や糖化発酵を行って糖液や発酵液を得る方法は多く実施されている。
また、一般に酵素が高価であるため、発酵液を酵素の分解点よりも低い温度で蒸留し、酵素を含む残渣反応溶液を回収して再利用する方法も提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
古くは、エタノールの生産は、基質としてのセルロースに対してセルラーゼを反応させてセルロースを酵素的にグルコースへ糖化する工程、次にグルコースをエタノール酵母によってエタノールを生ずる工程が用いられていた。しかし、この方法では、糖化が進行するに従って糖化反応が遅くなる欠点があり、特許文献2では糖化と発酵を同時に行い、かつ、反応の律速となるセロビオースの発酵を促進させる方法が提案されている。
【0004】
一方、木質系バイオマスは、五炭糖(キシロース、アラビノースなど)及び六炭糖(グルコース、ガラクトース、マンノースなど)を構成単位とするヘミセルロースと、グルコースを構成単位とするセルロースを含んでいる。通常、糖質をエタノールに変換する微生物として知られている酵母は、六炭糖を資化することはできるが、五炭糖を資化することはできない。このため、溶液中に五炭糖が残留してしまうという問題があったが、このように残留してしまう五炭糖の利用方法も提案されている(例えば特許文献3〜6参照)
【0005】
【特許文献1】米国特許第4009075号公報
【特許文献2】特開平05−207885号公報
【特許文献3】特開2006−87350号公報
【特許文献4】特開2004−337099号公報
【特許文献5】特開2007−202517号公報
【特許文献6】特開昭62−55093号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、高価な酵素を再利用できるが、五炭糖の利用方法が開示されていない。このため、生産物を除去した未反応物等を含む残留液を循環利用し続けると、溶液中の五炭糖濃度が上昇していまい、酵素の生成物阻害により木質系バイオマスの五炭糖を含む領域の分解が阻害されてヘミセルロース部分の分解が進まないだけでなく、ヘミセルロースで覆われているセルロース部分の分解も進まないなど、原料全体の糖化率が減少するという問題が発生する。
【0007】
特許文献2にも同時糖化発酵に関する記載があるが、五炭糖の処理方法については記載されていない。
【0008】
特許文献3では、五炭糖を資化する微生物を共存させて五炭糖の変換を行っている。しかしながら、一般的に五炭糖を資化する微生物は六炭糖をも資化するため、五炭糖と六炭糖の共存下では、六炭糖の資化が優先して五炭糖を積極的に資化することができず、五炭糖の十分な変換が行われないという問題があった。また、特許文献2では、酵素による糖化法を採用していないため、酵素の効率的な再利用法に関する技術についての開示はない。
【0009】
また、特許文献4は、六炭糖を資化する微生物で発酵を行った後に、五炭糖を資化する微生物で発酵を行うことで、五炭糖を有効利用する方法を開示している。しかしながら、原料となる木質系バイオマスを糖化する方法としては、酸又はアルカリによる方法を選択しており、酵素による糖化方法を採用していないので、特許文献3と同様、酵素の効率的な再利用法に関する技術についての開示はない。
【0010】
また、特許文献5には、五炭糖と六炭糖の両方を資化する遺伝子組換え酵母を用いて、まず六炭糖を発酵させ、次に五炭糖を発酵させてエタノールを生産させたのち、固液分離によりエタノールと酵母を回収し、再利用する方法が開示されている。しかしながら、原料となる木質系バイオマスを糖化する方法としては酸又はアルカリによる方法を選択しており、酵素による糖化方法は採用していないので、酵素の再利用時における生成物阻害を回避する技術についての開示はない。
【0011】
特許文献6には、糖蜜を発酵する際に、発酵されないキシロースなどを異性化して原発酵槽または別の発酵槽に送る方法が開示されているが、木質バイオマスを同時に糖化・発酵する際の課題、解決方法については記載されていない。
【0012】
本発明は、従来技術の上記問題点に鑑みてなされたものであり、木質系バイオマスを原料とし、セルラーゼを含む酵素とアルコール酵母とによって併行糖化発酵反応を行ってアルコールを生産するシステムにおいて、高価な酵素物質を循環利用することを可能ならしめると共に、木質系バイオマス原料由来の五炭糖類をも併行糖化醗酵反応における原料物質として利用することを可能ならしめて、高い生産性で発酵生成物を得ることのできる糖化発酵システムを提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記のような従来技術の課題を解決するために鋭意検討した結果、酵母と酵素を用いる併行糖化発酵反応液中に含まれている五炭糖類を、該糖化醗酵反応工程にそのまま供給できる状態の反応生成物に変換して、該糖化醗酵反応工程に循環供給するシステムを開発し、本発明を完成させたものである。本発明により、以下の糖化発酵システムが提供される。
【0014】
(1)セルロースを含む木質系バイオマスを原料とする糖化発酵システムにおいて、該木質系バイオマス原料含有液にセルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素及びアルコール発酵微生物を加えて併行糖化発酵反応を行う糖化醗酵反応工程、該糖化発酵反応工程からの反応液を生成アルコール含有液体留分と、セルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素、アルコール発酵微生物及び木質系バイオマス原料由来の各種物質を含有する蒸留残渣留分とに分離する蒸留分離工程、該蒸留残渣留分中に含まれる木質系バイオマス原料由来の五炭糖物質をアルコール発酵させる五炭糖発酵反応工程を有し、少なくとも、該五炭糖発酵反応工程から得られる反応生成物質を、前記蒸留残渣留分に随伴されてきている酵素分と共に前記糖化醗酵反応工程に循環供給することを特徴とする、木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【0015】
(2)前記糖化醗酵反応工程におけるセルロース分解酵素とアルコール発酵微生物は、セルラーゼとエタノール酵母であることを特徴とする(1)項記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
(3)前記五炭糖発酵反応工程は、五炭糖資化能を有する酵母、大腸菌、乳酸菌、カビ類等から選ばれる微生物による生物学的五炭糖発酵反応を行う工程であることを特徴とする(1)項又は(2)項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
(4)前記微生物は、固定化微生物であることを徴とする(3)項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
(5)前記蒸留分離工程は、減圧蒸留装置を用いた工程であることを特徴とする(1)項〜(4)項のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【0016】
(6)前記糖化醗酵反応工程と前記蒸留分離工程の間に固液分離工程(A)が配置され、前記糖化醗酵反応工程からの反応液中のアルコール含有液体留分は蒸留分離工程に送られ、固形分含有留分は前記糖化醗酵反応工程に循環供給されることを特徴とする(1)項〜(5)項のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【0017】
(7)前記蒸留分離工程と前記五炭糖発酵反応工程の間に固液分離工程(B)が配置され、前記蒸留分離工程からの蒸留残渣留分中の五炭糖及び酵素を含有する液体留分は前記五炭糖発酵反応工程に供給され、固形分含有留分は前記糖化醗酵反応工程に循環供給されることを特徴とする(1)項〜(6)項のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【0018】
(8)前記五炭糖発酵反応工程と前記糖化醗酵反応工程の間に、固液分離工程(C)が配置され、前記五炭糖発酵反応工程からの反応液中の五炭糖発酵反応生成物質含有液体留分は前記糖化醗酵反応工程に供給され、固形分含有留分は前記五炭糖発酵反応工程に返還されることを特徴とする(1)項〜(7)項のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【0019】
(9)前記糖化醗酵反応工程に供給される木質系バイオマス原料を予め殺菌処理する殺菌処理工程が配置されていることを特徴とする(1)項〜(8)項のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【0020】
(10)前記糖化醗酵反応工程に供給される木質系バイオマス原料を予め糖化処理する予備糖化工程が配置されていることを特徴とする(1)項〜(9)項のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【発明の効果】
【0021】
本発明の木質系バイオマスの糖化発酵システムによれば、糖化発酵反応液を酵素が不活性化しない条件で発酵生成物から蒸留分離し、蒸留残渣分中に含まれている酵素分を糖化醗酵工程及び/又は予備糖化工程に循環利用することで、高価な酵素を効率的に利用することができる。
【0022】
また、前記蒸留残渣分中に含まれる五炭糖を生化学的反応及び/又は生物学的反応により糖化醗酵工程に供給できる物質に変換するので、木質系バイオマス原料糖化醗酵反応工程における未反応物質等をそのまま糖化醗酵反応工程に循環した場合に生起する五炭糖濃度の上昇現象がなく、木質系バイオマス原料の糖化率が向上してアルコール生産性が高められた糖化発酵システムが構築されている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の木質系バイオマスの糖化発酵システムを、図面を参照して具体的に説明する。但し、本発明は、木質系バイオマスを原料とする酵素による糖化発酵システムを広く包含するものであり、以下の実施態様に限定されるものではない。
【0024】
図1は、本発明の木質系バイオマスの糖化発酵システムの基本実施形態を示す工程図である。
図1に示す木質系バイオマスを原料とする糖化発酵システムにおいて、木質系バイオマス原料調製工程1からの木質系バイオマス原料は経路(イ)を経由して糖化醗酵反応工程2に供給され、同時にセルロース分解酵素と、アルコール酵母及び培地が糖化醗酵反応工程2に供給されてセルロースの糖化とアルコール発酵とが同時に行われる。
【0025】
糖化醗酵反応工程2から得られる糖化醗酵反応液は、経路(ロ)を経由して減圧蒸留装置からなる蒸留分離工程3に送られて生成アルコール留分と蒸留残渣留分とに分離され、生成アルコール留分は経路(ニ)を経由してアルコール貯槽5に送られる。
蒸留分離工程からの蒸留残渣留分は経路(ハ)を経由して五炭糖発酵反応工程4に送られ、該反応工程に供給される五炭糖資化能を有する、たとえば酵母等の微生物によってアルコール発酵される。この際に、微生物培養に必要な培地も該五炭糖発酵反応工程に同時に添加される。
五炭糖発酵反応工程4からの反応液は、次いで、経路(ホ)を経由して糖化醗酵反応工程に循環供給される。
【0026】
本発明の木質系バイオマス糖化醗酵システムは、上記したように、基本的には、木質系バイオマス原料調製工程1→糖化醗酵反応工程2→蒸留分離工程3→五炭糖発酵反応工程4→糖化醗酵反応工程2で一巡する循環系によって構成されており、該循環系内に五炭糖発酵反応工程4を配置することによって、木質系バイオマス原料の転化率を向上させてアルコール収量を増大させるとともに、高価な酵素等の循環利用を可能とした商業的に価値の高いアルコール等の生産システムである。
【0027】
本発明の木質系バイオマス糖化醗酵システムは基本的には上記した循環系によって構成されているが、上記糖化醗酵システムをより一層商業的に価値の高いシステムとするために、図1に示す糖化醗酵システムは、さらに、以下の工程を付加したシステムとすることができる。
【0028】
まず、図2のシステムについて説明する。糖化醗酵反応工程2と蒸留工程3の間に、固液分離工程(A)を配置して糖化醗酵反応工程2からの反応液を、生成アルコールと使用酵素等を含有する液体留分と、酵母や未反応物質等を含有する固形分含有留分とに分離し、液体留分は経路(ヘ)を経由して次の蒸留工程3に送り、固形分含有留分は、経路(ト)を経由して木質バイオマス原料調製工程1からの原料と一緒にして糖化醗酵反応工程2に循環し、再利用する。
固液分離工程(A)からの液体留分は、蒸留工程4で蒸留されて生成アルコール分が経路(ニ)を経て回収されアルコール貯槽5に貯蔵され、蒸留残渣留分は経路(ハ)から取り出されて五炭糖発酵反応工程4に供給される。
上記のような固液分離工程(A)を配置することにより、糖化醗酵反応工程で使用された酵母を循環系の最初の段階で回収して循環利用できるので、酵母類の損失を少なくすることができるし、後段の蒸留分離工程の負荷を軽減することができる利点がある。
【0029】
次に、図3のシステムについて説明する。図2のシステムにおける固液分離工程Aに代えて、蒸留工程3と五炭糖発酵反応工程4の間に固液分離工程(B)を配置して蒸留分離工程3からの蒸留残渣留分を経路(チ)から固液分離工程(B)に導入し、使用酵素等を含有する液体留分と、未反応物質等を含有する固形分含有留分とに分離し、液体留分は経路(リ)を経由して五炭糖発酵反応工程4に供給し、固形分含有留分は経路(ヌ)を経て糖化醗酵反応工程に循環供給される。
上記のような固液分離工程(B)を配置することにより、五炭糖発酵反応工程での被処理液量を低減することができ、酵素や酵母による五炭糖の変換反応効率を高めることができる。
【0030】
次に、図4のシステムについて説明する。図2のシステムにおける五炭糖発酵反応工程4と糖化醗酵反応工程2の間に固液分離工程(C)を配置して五炭糖発酵反応工程4から経路(ル)により反応液を取り出して固液分離工程(C)に送り、五炭糖発酵反応に使用した酵母、培地等を分離回収して経路(ワ)を経て循環再利用し、五炭糖変換発酵反応生成物質は経路(ヲ)を経由して糖化醗酵反応工程2に供給する。固液分離工程(C)は図1及び図3の経路(ホ)内に設けることもできる。
【0031】
また、必要に応じて、図1〜図3のシステムにおける経路(ホ)内に、蒸留によりアルコールを回収する蒸留分離工程を配置してアルコール成分を含まない蒸留残渣分のみを糖化醗酵工程1に供給しても良い。
【0032】
また、木質系バイオマス原料調製工程1と糖化醗酵反応工程2の間に、該バイオマス原料中の雑菌を除く殺菌工程7や、バイオマス原料を予備的に糖化する予備糖化工程6(図5参照)を配置することができる。殺菌工程7は、雑菌により糖化された原料が消費されて収量が低下することを防止する効果があるし、予備糖化工程6を設けることにより、糖化醗酵反応工程における酵母による醗酵が促進される。
【0033】
以下、本発明の糖化醗酵システムを構成する各工程について詳細に説明する。
本発明の投下醗酵システムにおいて、木質系バイオマス原料の調製工程に供給される木質系バイオマス原料は、パルプを含むものであれば特に制限されず、パルプスラッジ、オフィス古紙、段ボール、雑誌、磁気用紙、感熱紙、アルミ貼合紙、フィルムコーティング紙、衛生用品廃棄物又はこれら二つ以上を含む混合物である。
【0034】
原料として使用する木質系バイオマスに対しては、あらかじめ殺菌を行うことが好ましい。木質系バイオマス原料中に雑菌が混入していると、後の工程で酵素による糖化を行う際に雑菌が糖を消費して生成物の収量が低下してしまうという問題が発生する。
殺菌工程は、酸やアルカリなど、菌の生育困難なpHに原料を晒す方法でも良いが、高温下で処理する方法でも良く、両方を組み合わせても良い。酸、アルカリ処理後の原料については、中性付近、もしくは、糖化及び/又は糖化発酵工程に適したpHに調整した後に原料として使用することが好ましい。また、高温殺菌した場合も、室温もしくは糖化発酵工程に適した温度まで降温させてから原料として使用することが好ましい。このように、温度やpHを調整してから原料を送り出すことで、好適pH、好適温度外に酵素が晒されて、失活することを防ぐことができる。
【0035】
また、ここで殺菌する木質系バイオマスは、先に記載した原料そのままでも良いが、離解処理などを行ってパルプ化したものであっても良い。パルプ化処理をすることで、セルロース分のロスが発生することもあるが、パルプ化により、セルロースが水分を含んで膨潤し、糖化発酵工程での酵素との反応が良くなるという利点がある。酵素との反応性が良くなると、糖化発酵に要する時間を減らすことができて、生産物の収穫量が増加したり、糖化醗酵のための設備を縮小させることができる。
【0036】
本発明の糖化醗酵システムにおける糖化発酵反応工程では、前記原料に、適度な水分と酵素、発酵に必要なアルコール酵母等の微生物を投入し、攪拌分散させて木質バイオマスの繊維をほぐしてスラリー状とし、酵素により可溶化したグルコースなどの六炭糖を微生物により発酵させて、発酵生成物を得る。
原料の濃度は、10〜30質量%であることが好ましい。10質量%未満であると、最終的に生産物の濃度が低すぎて生産物の濃縮のコストが高くなるという問題が発生する。また、30質量%を超えて高濃度となるにしたがって、原料の攪拌が困難になり、生産性が低下するという問題が発生する。
【0037】
糖化醗酵反応工程で使用するセルロース分解酵素は、セロビオヒドロラーゼ活性、エンドグルカナーゼ活性、ベータグルコシダーゼ活性を有する、所謂セルラーゼと総称される酵素である。
糖化醗酵反応工程で使用するもう一つの酵素であるヘミセルロース分解酵素は、キシラン分解酵素、マンナン分解酵素、ペクチン分解酵素、アラビナン分解酵素などの一連のヘミセルロース分解酵素のうちから選ばれる少なくとも一つの酵素である。
セルロース分解酵素とヘミセルロース分解酵素は、夫々を適宜の量で添加しても良いが、市販されているセルラーゼ製剤には、上記した各種のセルラーゼ活性を有すると同時に、ヘミセルラーゼ活性も有しているものが多く、市販のセルラーゼ製剤を用いれば良い。
【0038】
市販のセルラーゼ製剤としては、トリコデルマ(Trichoderma)属、アクレモニウム属(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ファネロケエテ(Phanerochaete)属、トラメテス属(Trametes)、フーミコラ(Humicola)属、バチルス(Bacillus)属などに由来するセルラーゼ製剤がある。このようなセルラーゼ製剤の市販品としては、全て商品名で、例えば、セルロイシンT2(エイチピィアイ社製)、メイセラーゼ(明治製菓社製)、ノボザイム188(ノボザイム社製)、マルティフェクトCX10L(ジェネンコア社製)等が挙げられる。
原料固形分100質量部に対するセルラーゼ製剤の使用量は、0.5〜100質量部が好ましく、1〜50質量部が特に好ましい。
【0039】
反応条件はpHが4〜7が好ましい。温度は25〜50℃が好ましく、30〜40℃がさらに好ましい。糖化醗酵反応は、連続式が好ましいが、バッチ方式でも良い。糖化発酵反応時間は、酵素濃度によっても異なるが、バッチ式の場合は10〜240時間、さらに好ましくは15〜160時間である。連続式の場合も、平均滞留時間が、10〜150時間、さらに好ましくは15〜100時間である。
【0040】
糖化発酵反応工程の前に木質系バイオマス原料の予備糖化工程を設置することができる。このような予備糖化工程における原料の濃度、使用する酵素及びその量については糖化発酵反応工程で説明した条件を採用することができる。たとえば、pHは4〜7が好ましい。反応温度は30〜60℃が好ましく、35〜50℃がさらに好ましい。反応工程は、連続式が好ましいが、バッチ方式でもよい。糖化時間は、酵素濃度によっても異なるが、バッチ式の場合は0.5〜72時間、さらに好ましくは2〜48時間である。連続式の場合も、平均滞留時間が、0.5〜48時間、さらに好ましくは1〜24時間である。
【0041】
発酵用に用いられる微生物としては酵母などが用いられ、培地などを同時に添加しても良い。酵母としては、特許文献3、4などに記載される周知の酵母、例えばサッカロミセス・セラビシエなどが使用できる。
また、微生物は固定化しておいてもよい。微生物を固定化しておくと、次工程に微生物を液と共に送り出して再回収するという工程を省くことができるか、少なくとも回収工程にかかる負担を軽減することができるし、微生物をロスするリスクを軽減することもできる。また、微生物を固定化するほどでのメリットはないが、凝集性のある微生物を選択することにより微生物の回収を容易にすることができる。
【0042】
糖化発酵反応生成物は、蒸留工程で水分から分離できるもの、すなわち沸点が水よりも低いメタノール、エタノール、ブタノールなどの低級アルコールであることが好ましい。
蒸留工程では、減圧蒸留装置により発酵生成物が蒸留分離される。減圧下では低い温度で発酵生成物を分離できるため、酵素の失活を防ぐことができる。減圧蒸留装置としては、ロータリーエバポレーター、フラッシュエバポレーターなどを用いることができる。
蒸留温度は25〜60℃が好ましい。25℃未満であると、生成物の蒸留に時間がかかって生産性が低下する。また、60℃より高いと、酵素が熱変性して失活してしまい、新たに追加する酵素量が増加するため経済性が悪化する。
蒸留後の蒸留残渣留分中に残る発酵生成物濃度は0.1質量%以下であることが好ましい。このような濃度とすることによって、後段の固液分離工程において固形物とともに排出される発酵生成物量を低減することができ、収率を向上させることができる。
【0043】
前記した糖化発酵反応工程においては、セルロースに由来する六炭糖、即ち、グルコースと、ヘミセルロースに由来する六炭糖、即ち、マンノース、ガラクトースなどがアルコール発酵されるが、ヘミセルロースに由来する五炭糖、即ち、キシロース、アラビノースは未反応のまま残留する。
従って、前記蒸留工程で得られる蒸留残渣留分中には五炭糖類と酵素が含まれている。このような五炭糖類は、五炭糖発酵反応工程でアルコール発酵される。
【0044】
五炭糖を発酵させる微生物としては、例えば酵母、大腸菌、乳酸菌、カビなどの野生株や五炭糖資化能を付与した遺伝子改変微生物を用いることができる。五炭糖がキシロースである場合には、キシロースをエタノールに発酵する微生物として、ピシア属に属する天然酵母菌である、ピシア・スチピシスが代表的なものとして例示される。その他、キャンディダ・シェハタエ、キャンディダ・ユーティリスなども使用できるがが、サッカロミセス・セレビシエに遺伝子組み換えしたものや大腸菌に遺伝子組み換えしたものを用いることも可能である。
【0045】
微生物は固定化しておいてもよい。固定化することで、微生物を高密度で維持することができ、反応効率が向上することによって反応時間を短縮することができる。また、栄養条件を適切に設定すれば、反応効率を維持しつつ、反応液を予備糖化工程及び/又は糖化発酵工程に戻す際に流出する微生物量を低く抑えることができ、生産性を向上させることができる。
【0046】
前記五炭糖発酵反応液は、糖化発酵反応工程に供給される。木質系バイオマス原料を前処理する予備糖化工程を採用する場合には、予備糖化工程のみに供給してもよいし、予備糖化工程と糖化発酵反応工程の両方に供給することもできる。五炭糖発酵反応液を、予備糖化工程及び/又は糖化醗酵反応工程に供給する前に、固定化酵素や生成物を分離するための固液分離工程を設置して、分離された液体留分のみを予備糖化工程及び/又は糖化醗酵反応工程に供給し、固形分含有留分は五炭糖発酵反応工程に戻して再処理乃至再利用することもできる。
【0047】
前記五炭糖発酵反応工程に送られる前記蒸留分離工程からの蒸留残渣留分を、予め固液分離して液体留分のみを五炭糖発酵反応工程に送ることができる。この場合、分離される固形分含有留分は木質系バイオマス原料中に混合して糖化醗酵反応工程において再処理することができる。
固液分離を行うことで、液体留分のみが五炭糖発酵反応工程に供されることになるため、五炭糖発酵工程における攪拌が容易になり、攪拌動力の削減が可能となり、また反応効率が向上することによって反応時間の短縮を図ることができる。さらに、五炭糖発酵反応工程に用いた固定化酵素あるいは微生物を容易に回収することができ、再利用することができる。
【0048】
固液分離手段としては、ベルトフィルター、フィルタープレス、スクリュープレス、傾斜エクストラクターなどのろ過手段や、デカンタなどの遠心分離手段を用いることができる。このような固液分離は、図1に示した固液分離工程1〜固液分離工程3、木質系バイオマスの予備糖化工程を採用する場合は、予備糖化工程と糖化発酵反応工程の間の固液分離工程(図示していない)から選択した任意の箇所で行うことができる。
【0049】
それぞれの固液分離工程で分離される固形分含有留分は、それらの内容に応じて、糖化発酵反応工程や原料の予備糖化工程、五炭糖発酵反応工程等に戻すことにより、未反応のセルロースやヘミセルロース及び酵素や酵母等の物質が有効に利用されて糖化発酵収率を高めることができる。
【0050】
分離された固形分含有留分のリサイクルを繰り返した場合、難反応性の固形物がシステム内に蓄積して、反応槽内の流動性が低下し、糖化反応や発酵に悪影響を及ぼすことがある。そのような状態となる場合には、必要に応じて、分離された固形分含有留分を予備糖化工程や糖化発酵反応工程にリサイクルせずにシステム外に排出してもよい。
【実施例】
【0051】
以下、エタノールを製造する場合の実施例にしたがって本発明のシステムを具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等によって限定されるものではない。
【0052】
(実施例)
図4に示す糖化醗酵システムにより木質バイオマスを原料とするエタノール生産を行った。
原料として、PPC用紙を高濃度パルパーで離解し、遠心脱水して調製したPPCパルプを使用した。PPCパルプの水分含量は64質量%であり、灰分含量は全固形分中1.3質量%であった。
酵素としては、ジェネンコア社製のセルラーゼ「マルティフェクトCX10L」(ろ紙崩壊活性が120FPU/ml)を使用した。
エタノール発酵を行う微生物として酵母「イサチェンキア・オリエンタリス」(Issatchenkia orientalis)を使用した。この酵母を、液体培地〔2質量%グルコース、1質量%CSL(コーンスティープリカー)、0.5質量%硫酸アンモニウム、pH4.5〕で、130rpmで振とうしながら、24時間37℃で培養し、得られた菌体を発酵に供した。
【0053】
ここで、本明細書において「ろ紙崩壊活性」は、以下のFPUの活性測定法によって測定した値である。
まず、濾紙(ワットマン社製の「No.1」)50mgを基質とし、これに酵素液0.5mlとクエン酸緩衝液(pH4.8、0.05M)1.0mlとを加え、50℃で1時間酵素反応を行う。その後、ジニトロサリチル酸試薬3.0mlを加え、100℃で5分間加熱し発色させる。冷却後、これにイオン交換水又は蒸留水20mlを加え、540nmの波長で比色定量する。1分間に1μmolのグルコースに相当する還元糖を生成する酵素量を1ユニット(FPU)とした。
【0054】
(1)糖化発酵反応工程
糖化発酵反応工程は、5L容量の攪拌翼付培養槽を用いて行った。酵素を125g、PPCパルプを704g(有機分として250g)、酵母を1×10cells/ml となるように加えた。また培地成分としてCSL(コーンスティープリカー)25 g、硫酸アンモニウム12.5 g を加えた。さらに水を加えて全量を2.5kgとした。pHを4.5〜5.5に調整し、150〜250rpmで攪拌しながら、37℃で32時間反応を行った。反応終了後、反応液の一部をとり、反応液中の固形分量を測定し、糖化率を算出した。
【0055】
糖化率は以下のように算出した。
糖化率=(供給した固形分−反応後の反応液中の固形分量)÷供給した固形分×100
【0056】
(2)固液分離工程
得られた糖化発酵反応液について、遠心分離機を用い、1500〜2500rpmで遠心して固液分離を行った。固形分含有留分は糖化発酵反応工程に戻し、新たな10質量%分の基質とともに、次回の糖化発酵反応に供した。
【0057】
(3)蒸留分離工程
遠心分離機により得られた液体分中のエタノールは、フラッシュエバポレーター(東京理化器械)を用いた蒸留工程で分離した。エタノールとともに、水分0.7kg も蒸発させた。エタノール分離後の濃縮液のエタノール濃度は0.1質量%以下であった。蒸留液のエタノール濃度をバイオセンサー(王子計測機器)で測定し、エタノール生産量を算出した。
【0058】
(4)五炭糖発酵反応工程
蒸留工程より得られた蒸留残渣留分としての濃縮液を、キシロースを発酵できる遺伝子組換え酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)を用いた五炭糖発酵反応工程に供した。濃縮液を三角フラスコに入れ、酵母を1×10cells/ml となるように加え、100〜150rpmで攪拌しながら、30℃で32時間反応を行った。
【0059】
(5)五炭糖発酵反応液をリサイクルする工程
反応後、反応液を3000rpmで遠心し、上清を糖化発酵反応工程に供給した。遠心分離した菌体は五炭糖発酵反応工程に戻して次回の五炭糖発酵反応に再利用した。
【0060】
以上の(1)〜(5)の各工程を1サイクルとして、12サイクルの反応を行った結果のエタノール生産量を表1に示す。
【0061】
(比較例)
実施例と同様に(1)〜(3)の工程を行った後、蒸留工程で得られた濃縮液を前記工程(4)、工程(5)で処理することなく、そのまま糖化発酵反応工程に戻した。糖化発酵反応工程における固形分の増加速度が速く、6サイクル終了時で固形分濃度が13質量%となり、槽内の流動性が低下して新たな基質の供給が困難となったため、反応を終了した。6サイクル終了時の結果を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
実施例では、糖化率が低下することもなく反応を継続でき、また、実施期間中に新たな酵素を追加する必要もなく、酵素を再利用して高い糖化率を維持しながら反応を行うことができ、エタノール収量も多かった。
比較例では、キシロースが変換されずに蓄積したため糖化発酵工程の固形分濃度がサイクルを重ねるごとに高くなり、槽内の流動性が低下して反応が継続できなくなった結果、糖化率が低下しエタノール収量が低かった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に糖化醗酵システムによれば、木質系バイオマスを原料として、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ及び微生物による糖化発酵反応により、高価な酵素を損なうことなく効率的に循環利用して、高い糖化率、高収率で発酵生成物を得ることができるので、穀物由来のバイオエタノールに代わる木質系バイオマス由来のバイオエタノールの生産分野に多大の貢献をなすものである。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の基本実施形態を示す工程図である。
【図2】本発明の一実施形態を示す工程図である。
【図3】本発明の一実施形態を示す工程図である。
【図4】本発明の一実施形態を示す工程図である。
【図5】本発明の一実施形態を示す工程図である。
【符号の説明】
【0066】
1:木質系バイオマス原料調製工程、2:糖化発酵反応工程、3:蒸留工程、4:五炭糖変換反応工程、5:アルコール貯槽、6:予備糖化工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースを含む木質系バイオマスを原料とする糖化発酵システムにおいて、該木質系バイオマス原料含有液にセルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素及びアルコール発酵微生物を加えて併行糖化発酵反応を行う糖化醗酵反応工程、該糖化発酵反応工程からの反応液を生成アルコール含有液体留分と、セルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素、アルコール発酵微生物及び木質系バイオマス原料由来の各種物質を含有する蒸留残渣留分とに分離する蒸留分離工程、該蒸留残渣留分中に含まれる木質系バイオマス原料由来の五炭糖物質をアルコール発酵させる五炭糖発酵反応工程を有し、少なくとも、該五炭糖発酵反応工程から得られる反応生成物質を、前記蒸留残渣留分に随伴されてきている酵素分と共に前記糖化醗酵反応工程に循環供給することを特徴とする、木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項2】
前記糖化醗酵反応工程におけるセルロース分解酵素とアルコール発酵微生物は、セルラーゼとエタノール酵母であることを特徴とする請求項1記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項3】
前記五炭糖発酵反応工程は、五炭糖資化能を有する酵母、大腸菌、乳酸菌、カビ類等から選ばれる微生物による生物学的五炭糖発酵反応を行う工程であることを特徴とする請求項1又は2に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項4】
前記微生物は、固定化微生物であることを徴とする請求項3に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項5】
前記蒸留分離工程は、減圧蒸留装置を用いた工程であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項6】
前記糖化醗酵反応工程と前記蒸留分離工程の間に固液分離工程が配置され、前記糖化醗酵反応工程からの反応液中のアルコール含有液体留分は蒸留分離工程に送られ、固形分含有留分は前記糖化醗酵反応工程に循環供給されることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項7】
前記蒸留分離工程と前記五炭糖発酵反応工程の間に固液分離工程が配置され、前記蒸留分離工程からの蒸留残渣留分中の五炭糖及び酵素を含有する液体留分は前記五炭糖発酵反応工程に供給され、固形分含有留分は前記糖化醗酵反応工程に循環供給されることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項8】
前記五炭糖発酵反応工程と前記糖化醗酵反応工程の間に、固液分離工程が配置され、前記五炭糖発酵反応工程からの反応液中の五炭糖発酵反応生成物質含有液体留分は前記糖化醗酵反応工程に供給され、固形分含有留分は前記五炭糖発酵反応工程に返還されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項9】
前記糖化醗酵反応工程に供給される木質系バイオマス原料を予め殺菌処理する殺菌処理工程が配置されていることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。
【請求項10】
前記糖化醗酵反応工程に供給される木質系バイオマス原料を予め糖化処理する予備糖化工程が配置されていることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の木質バイオマスを原料とする糖化醗酵システム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−17084(P2010−17084A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−177481(P2008−177481)
【出願日】平成20年7月8日(2008.7.8)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【Fターム(参考)】