説明

糖脂質の高効率製造方法

【課題】遺伝子組換え技術によって、糖脂質生産効率が飛躍的に向上した遺伝子組換え体を創生し、糖脂質の高効率な製造技術を提供する。
【解決手段】ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子の発現ベクターを構築し、該発現ベクターを保持するPseudozyma 属酵母の形質転換株を作製し、該形質転換体を培養し、糖脂質を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子組換え技術による微生物生産プロセスの改良に関し、より詳しくは、Pseudozyma (シュードザイマ)属に属する真核微生物由来のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子からなる糖脂質の生産増強用遺伝子材料、該遺伝子材料を導入した発現ベクター、該発現ベクターによって形質転換された微生物、該形質転換体を培養して効率よく糖脂質などの代謝産物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を用いた物質生産プロセスは、古くから醸造・食品産業界で活躍しており、特に酵母の発酵によるエタノールの製造技術は、古来より各種発酵食品や発酵アルコール飲料の製造に利用されてきた。その他にも、我が国で開発されたグルタミン酸発酵の技術は、実用化された物質生産プロセスの代表例として挙げられる。
【0003】
近年、地球環境問題解決のために石油代替・再生産可能資源である植物バイオマス資源を活用した技術、事業に注目が集まっている。植物バイオマス資源からの物質生産は京都議定書に示された規定においても、二酸化炭素の排出量がゼロカウントとされている。このため、植物バイオマス資源の有効利用は、エネルギー供給の分散・多様化、温暖化対策の観点から、すでに発電や輸送燃料などの新エネルギーへの利用が検討されている。しかし、エネルギーだけでなく、多様な化学製品群への転換も可能とする新技術を確立できれば、幅広い製造産業において大きな省エネルギーや新事業の創出が期待される。
【0004】
既に欧米では、重要国家政策として、バイオマス資源からの体系的な化学品生産(バイオリファイナリー)が強力に推進されている。米国では、2020年までに全化学品の25%をバイオマス由来に転換する目標が掲げられており、EUでも、2025年までに30%の転換を目指してプロジェクトが進行している。こういった情勢の中、世界中でバイオリファイナリーによる化学品製造プロセスの革新が試みられている。例えば、1,3−プロパンジオール(例えば、非特許文献1、特許文献1を参照)の微生物生産プロセスは、近年、遺伝子組み換え技術を活用して確立されたバイオリファイナリーの成功例として挙げられる。
【0005】
ところで、バイオリファイナリーを達成するためには、遺伝子組換え技術を導入した、巧みな細胞内代謝経路の制御技術が求められる。例えば、目的化合物を産生するための合成反応のみを強化した場合、細胞内代謝経路の全体のバランスにひずみが生じ、効率良い物質生産は達成できない。場合によっては、細胞の成育に悪影響を及ぼしてしまうことも予想される。したがって、バイオリファイナリーを達成するためには、微生物細胞内の複雑な代謝経路を理解した上で、巧妙な代謝制御を達成する技術が要求される。
【0006】
糖脂質は、脂質に1〜数十個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系及び免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていることなどが明らかにされつつある。また、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する両親媒性物質は界面活性物質と呼ばれている。石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤が利用されていた。近年、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、その生産量が飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となったが、この合成界面活性剤の使用量の拡大に伴って環境汚染が広がり、社会問題が生じている。このため、安全性が高く、環境に対する負荷を低減できる生分解性の高い界面活性物質の開発が望まれている。
【0007】
従来より、微生物が生産する界面活性物質(バイオサーファクタント)としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子系の界面活性物質の5つに分類されている。これらの中でも、糖脂質系の界面活性剤が最もよく研究されており、細菌及び酵母による多くの種類の界面活性物質が報告されている。
【0008】
前記細菌としては、Pseudomonas属によるラムノリピッド(非特許文献2参照)、Rhodococcus属によるトレハロースリピッド(非特許文献3参照) などが知られている。しかし、いずれも生産量は15g/L以下である。
【0009】
前記酵母としては、Candida属によるソホロースリピッドとマンノシルエリスリトールリピッド(例えば、特許文献2参照)などが知られている。
【0010】
前記ソホロースリピッドについては、Candida bombicolaを用いてグルコースとオレイン酸の流 加培養法により200時間で180g/Lの効率的なソホロースリピッドの生産が可能であることが報告されている(非特許文献4参照)。
【0011】
前記マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)については、Candida sp.B−7株を用いて5質量%の大豆油から5日間で35g/L(生産速度:0.3g/L/h、原料収率:70質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献5及び6参照)。また、Candida antarctica T−34株を用いて8質量%の大豆油から8日間で38g/L(生産速度:0.2g/L/h、原料収率: 48質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献7及び8参照)。同じく、 Candida antarctica T−34株を用いて6日間隔で計3回の逐次流加により24日後に25質量% のピーナッツ油から110g/L(生産速度:0.2g/L/h、原料収率:44質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献9参照)。
【0012】
Pseudozyma aphidis株を用いて80質量%の植物油脂から流加培養法により24時間で13.9g/L(生産速度:0.57g/L/h、原料収率:92質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献10参照)。
【0013】
Pseudozyma属の中で、Pseudozyma antarcticaPseudozyma aphidis は既知のバイオサーファクタント生産菌および生産酵母の中でも特に高いバイオサーファクタント生産性を有し、産業的利用価値が高いことは明らかであり、実際に、産業的な利用方法が考案されてきた(例えば、特許文献3を参照)。現在までのところ、マンノシルエリスリトールリピッドの生産方法において、生産条件の最適化や高生産菌の探索による生産効率(生産速度、対原料収率、及び収率)の向上が試みられ、上記の通り、比較的高い生産量が得られている。
【0014】
上記の通り、酵母による糖脂質型バイオサーファクタントの製造技術は、培養技術の改良によって改良が重ねられてきた。一方、遺伝子組換え技術による、糖脂質型バイオサーファクタント製造技術の高度化は進展していない。これは、糖脂質型バイオサーファクタント生産酵母の遺伝子工学的な基盤技術が整備されていないためである。
【0015】
遺伝子組換え技術を導入することで多くの微生物プロセスの改良がなされてきたし、特に最近のバイオリファイナリーのための研究は遺伝子組換え技術を駆使したものである。糖脂質型バイオサーファクタントの製造技術も同様に、遺伝子組換え技術を導入することで、糖脂質型バイオサーファクタント製造技術の高度化が期待されている。
【0016】
最近、遺伝子組換え技術による、糖脂質型バイオサーファクタント製造技術の高度化を最終目的として、糖脂質型バイオサーファクタント生産酵母であるPseudozyma 属酵母の遺伝子レベルでの特徴を明確にするため、網羅的遺伝子解析が行われた(非特許文献11参照)。その解析結果は、Pseudozyma 属酵母の遺伝子レベルでの特徴を表すものであったが、大部分は機能未知かつ部分的な遺伝子情報に限定されるものであった。
【0017】
糖脂質型バイオサーファクタント生産酵母であるPseudozyma 属酵母の遺伝子組換え技術の基盤としては、宿主細胞の開発、遺伝子発現ベクターの開発、形質転換技術の向上が挙げられる。最近、異種タンパク質生産の宿主として、また高機能な糖脂質の製造技術の開発に対する重要性から、Pseudozyma 属酵母のエレクトロポレーションによる効率的な形質転換技術、また遺伝子発現ベクターを用いた外来遺伝子の発現も実証され、遺伝子組換えの基盤技術が、改良の余地はあるものの整いつつある(特許文献4および非特許文献12参照)。
【0018】
上に挙げた状況を考慮すると、Pseudozyma属酵母においても、最近の遺伝子工学的研究の進展から、遺伝子組み換え技術による、細胞内代謝制御が可能になりつつあり、糖脂質型バイオサーファクタント製造技術の向上のためのターゲット遺伝子をいかにうまく選定するかが、糖脂質型バイオサーファクタント製造技術高度化の鍵となっている。
【0019】
【特許文献1】特開2003−507022号公報
【特許文献2】特開2002−45195号公報
【特許文献3】特開2007−185142号公報
【特許文献4】特願2007−010470
【非特許文献1】T.Willke and K.D.Vorlop: Appl.Microbiol. Biotechnol., 66, 131(2004).
【非特許文献2】Q. Wang, X. Fang, B. Bai, X. Liang, P. J. Shuler, W. A. 3rd Goddard and Y. Tang., 98, 842 (2007).
【非特許文献3】F. J. Aranda, J. A. Teruel, M. J. Espuny, A. Marques, A. Manresa, E. Palacios-Lidon and A. Ortiz: Biochim. Biophys. Acta., 1768, 2596 (2007).
【非特許文献4】H. J. Daniel, R. T. Otto, M. Binder, M. Reuss and C. Syldatk: Appl. Microbiol. Biotechnol., 51, 40 (1999).
【非特許文献5】T. Nakahara, H. Kawasaki, T. Sugisawa, Y. Takamori and T. Tabuchi: J. Ferment. Technol., 61, 19(1983).
【非特許文献6】H. Kawasaki, T. Nakahara, M. Oogaki and T. Tabuchi: J. Ferment. Technol., 61, 143(1983).
【非特許文献7】D. Kitamoto, S. Akiba, C. Hioki and T. Tabuchi: Agric. Biol. Chem., 54, 31(1990).
【非特許文献8】D. Kitamoto, K. Haneishi, T. Nakahara and T. Tabuchi: Agric. Biol. Chem., 54, 37(1990).
【非特許文献9】D. Kitamoto, K. Fujishiro, H. Yanagishita, T. Nakane and T. Nakahara: Biotechnol. Lett., 14, 305(1992).
【非特許文献10】U. Rau, L. A. Naguyen, H. Roeper, H. Koch and S. Lang: Appl. Microbiol. Biotechnol., (2005).
【非特許文献11】T. Morita, M. Konishi, T. Fukuoka, T. Imura, and D. Kitamoto.: Yeast, 23, 661(2006).
【非特許文献12】T. Morita, H. Habe, T. Fukuoka, T. Imura, D. Kitamoto.: J Biosci Bioeng., 104, 517(2007).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
上記背景技術に示すとおり、糖脂質型バイオサーファクタントは、バイオプロセスでバイオマス資源から量産可能な高機能な素材であり、幅広い産業領域での実用化が期待されている。一方、その普及・拡大のためには、生産効率のさらなる向上と構造・機能の多様化、すなわち製品のラインナップの拡充が求められている。
【0021】
遺伝子組換え技術を用いれば、使用する微生物を代謝レベルで改変することが可能であるため、バイオプロセスの飛躍的な向上が期待できる。したがって、本発明の課題は、高機能な糖脂質型バイオサーファクタントを幅広い産業分野へ応用展開するために、現時点で利用可能な研究材料を駆使してPseudozyma属酵母の遺伝子組換えに挑戦し、生産効率の向上や、構造機能の多様化などによる、糖脂質型バイオサーファクタント製造技術を飛躍的に向上させための要素技術を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記技術課題に鑑み、Pseudozyma属酵母の部分的な遺伝子情報から、糖脂質、特に糖脂質型バイオサーファクタントの生産に寄与する遺伝子を見出した。該遺伝子の配列解析、該遺伝子のクローニングおよび該遺伝子発現ベクターによる真核生物の形質転換体を取得し、遺伝子組換え技術によるPseudozyma属酵母を改良に成功した。さらに、該遺伝子がミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子であることを明らかにし、得られたPseudozyma属酵母形質転換体の糖脂質型バイオサーファクタントの生産効率が向上していることを確認し、本発明を完成させたものである。
【0023】
なお、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質を細胞内で強制的に発現させることで、糖脂質バイオサーファクタント生産効率を向上できることは全く予想できず、もちろんそのメカニズムも説明できないため、従来研究対象とはされておらず、また、ミトコンドリアの機能と糖脂質生合成の関連性は、本発明によってはじめて見出されたものである。
【0024】
また、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質は、生物のエネルギー獲得の場であるミトコンドリアにおいてATP代謝の最終段階を担うものであり、この遺伝子の発現制御は、細胞内の酸化還元バランスあるいはATPエネルギーの流れを乱す可能性は予想できるが、糖脂質の生産に関与することは全く予想できなかった。
【0025】
すなわち、本発明は、以下に示されるものである。
(1)ミトコンドリアADP/ATPキャリアタンパク質をコードする遺伝子からなることを特徴とする、糖脂質の生産増強用遺伝子材料。

(2)以下のa)〜c)のタンパク質をコードする遺伝子からなることを特徴とする、糖脂質の生産増強用遺伝子材料。
a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、
b)配列番号1に示されるアミノ酸配列と、40%以上の相同性(identity)を有し、かつATPの細胞質への輸送能を有するタンパク質、
c)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつATPの細胞質への輸送能を有するタンパク質。

(3)以下のa)又はb)のいずれかの遺伝子からなることを特徴とする、糖脂質の生産増強用遺伝子材料。
a)配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子、
b)配列番号2に示される遺伝子において、1又は数個の遺伝子が欠失、置換及び/又は付加された遺伝子であって、かつATPの細胞質への輸送能を有するタンパク質をコードする遺伝子。

(4)上記(1)から(3)のいずれかに記載の遺伝子を含有することを特徴とする、組換えベクター。

(5)糖脂質生産能を有する宿主細胞が上記(4)に記載の組み換えベクターにより形質転換されていることを特徴とする形質転換体。

(6)糖脂質生産能を有する宿主細胞が真菌類に属する微生物であることを特徴とする、上記(5)に記載の形質転換体。

(7)真菌類に属する微生物が、Saccharomyces (サッカロマイセス)属またはPseudozyma (シュードザイマ)属に属する微生物であることを特徴とする、上記(6)に記載の形質転換体。

(8)上記(5)〜(7)のいずれかに記載の形質転換体を培養し、得られる培養物から糖脂質を採取することを特徴とする、糖脂質の製造方法。

【発明の効果】
【0026】
本発明によって、Pseudozyma属酵母の糖脂質の生産に関与し、その生産効率を増強するタンパク質および該タンパク質をコードする遺伝子として、ADP/ATPキャリアタンパク質及びその遺伝子が特定された。これにより、該遺伝子を含有する発現ベクターが提供され、また、該発現ベクターにより形質転換された微生物を培養することによる糖脂質、特に糖脂質型バイオサーファクタントの高効率な製造が可能になる。
【0027】
一方、ミトコンドリアは好気的条件下で解糖系、電子伝達回路によりATPを生産し、呼吸機能を担う。ADP/ATPキャリアタンパク質は、このミトコンドリア内で産生されたエネルギー物質であるATPを細胞質に輸送する。
呼吸活性の向上はミトコンドリア機能の変化を意味するが、詳細には、ミトコンドリア膜電位の活性化を意味している。さらに詳細には、補酵素と水素イオンのバランスの変化を意味しているが、これはすなわち細胞内の酸化還元バランスの変化を意味している。糖脂質型バイオサーファクタントの生合成経路と酸化還元バランスあるいはATPの流れの相関については知見がないため、糖脂質型バイオサーファクタント生産効率が向上することは全く予想外の効果である。しかし、今回、ADP/ATPキャリアタンパク質遺伝子の発現が、Pseudozyma属酵母において糖脂質型バイオサーファクタント生産に顕著な効果を示し、糖脂質型バイオサーファクタント生産において該タンパク質及びその遺伝子が関係するとの知見を得たが、この知見によれば、ATP/ADPキャリアータンパク質及びその遺伝子が、真核生物に普遍的に存在することから、ADP/ATPキャリアタンパク質遺伝子の発現による上記バイオサーファクタントの生産効率の向上効果がPseudozyma属酵母のみに留まらないことを強く示唆している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明につきさらに詳しく説明する。
本発明は、ミトコンドリアADP/ATPキャリアタンパク質をコードする遺伝子を、糖脂質生産増強用の遺伝子材料として用いるものである。
【0029】
全ての生物に共通のエネルギー通貨であるATPは、生物が生きるために必須であり、ほとんどの生体反応はこのエネルギー獲得のために動いているといっても過言ではない。ATPを獲得するための代謝反応は生物や生育環境によって様々であるが、一般的に好気条件下では解糖系、クエン酸回路、電子伝達回路によって産生され、このATP産生の場は、ミトコンドリアという細胞小器官である。
【0030】
ミトコンドリア機能の主な特徴のうちの1つは、酸化的リン酸化(グルコースまたは脂肪酸のような燃料の代謝に由来するエネルギーがATPに変換されるプロセス)であり、次いでこれは、種々のエネルギーを必要とする生合成反応および他の代謝活性を駆動するために使用される。
【0031】
ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質は、ミトコンドリアのATP代謝の最終段階において、ミトコンドリア内で産生されたATPの細胞質への輸送する機能を有する。このタンパク質は、ほとんどの生物に存在が認められている。
【0032】
このミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の高次構造は、X線結晶構造解析によって詳細に解析され、一次構造上の特徴を含む精密反応機構が明らかになっている。具体的には、RRRMMM と PX(D/E)XX(K/R)から成るアミノ酸の配列が保存されており、また、疎水性・親水性バランスの解析結果が6個の膜貫通ドメインの存在を示すことなどが知られている(E. Pebay-Peyroula, C. Dahout-Gonzalez, R. Kahn, V. Trezeguet, G. J. Lauquin, G. Brandolin., 426, 39 (2003))。
ミトコンドリア膜に局在するミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質において、ADPとの結合やATPの形成に重要なアミノ酸残基、またミトコンドリア膜中に局在するために必須の保存アミノ酸配列などの情報は詳しく調べられており、その一次構造の特徴からある機能未知タンパク質がミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質であるかどうかを判定することができる。
【0033】
本発明において使用するミトコンドリアADP/ATPタンパク質をコードする遺伝子の具体例は、Pseudozyma antarctic T-34 から遺伝子工学的手法を用いて抽出単離した遺伝子である。
この菌株は、糖脂質型バイオサーファクタント生産酵母として葉面から分離された微生物である(非特許文献7参照)。
【0034】
上記Pseudozyma antarctic T-34由来のミトコンドリアADP/ATPタンパク質をコードする遺伝子は、Pseudozyma antarctic T-34を糖脂質バイオサーファクタント生産条件下で培養し、この培養において比較的高頻度で発現している遺伝子として見いだされたものである。
すなわち、本発明は、上記のように培養されたPseudozyma antarctic T-34メッセンジャーRMAを抽出してcDNAライブラリーを構築し、大腸菌を形質転換し、生じたコロニーからランダムにプラスミドを回収してインサートの配列を決定し シーケンスライブラリーを構築した。このシーケンスライブラリ中の遺伝子はほとんど機能未知であり、順次データベースに照らし合わせてその機能を解析していったが、上記コロニーに比較的に高頻度で見いだされるインサート配列が既知のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子配列として同定され、該遺伝子が糖脂質の生産増強作用を有することを確認したことに起因する。
【0035】
なお、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子と配列相同性が比較的高い機能未知遺伝子の配列が、全コード領域を含まない場合には、当該技術分野での既知の方法に従って、未解読配列の部分を、例えば、インバースPCRやプライマーウォーキング法などによって未解読配列の部分を解析した。
【0036】
このようにして取得されたPseudozyma antarctic T-34 のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子を、配列番号2に、また該遺伝子によりコードされるミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質のアミノ酸を、配列番号1にそれぞれ示す。
【0037】
本発明において使用するミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子は、上記Pseudozyma antarctic T-34由来のもののみに限定されない。図1はPseudozyma antarcticと他の真核生物由来のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質のアミノ酸配列のアライメントを示し、実施例1中の表1は、Pseudozyma antarctic T-34由来のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質(配列番号1)に対する、各真核生物由来のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の配列相同性(Identity)を示す。これから明らかなように、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質は、各真核生物において、極めて高い類似性を有する。したがって、本願発明においては、他の真核生物由来のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子も、糖脂質の生産増強用遺伝子材料として使用することができる。
これら他の真核生物のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパクのアミノ酸配列は配列番号13〜18に示される。なお、これらのうち、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子の塩基配列については、サッカロミセス・セレビシェ由来のもののみ配列番号19〜21に示す。
【0038】
また、機能未知の遺伝子であっても、そのコードするアミノ酸配列が配列番号1のアミノ酸配列と相同性(Identity)が少なくとも40%以上であれば、同一機能を有するといえるから、このような機能未知の遺伝子であっても本発明のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子に包含され、糖脂質の生産増強用遺伝子材料として使用することができる。これらのミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子は、例えば、その配列からプライマーを設計、合成し、ゲノムDNAを鋳型としてPCRを行うことにより容易に得ることできる。また化学合成も可能である。
一方、配列番号1に開示された内容に基づいて、通常の遺伝子組換え技術を用いて、一乃至数個のアミノ酸の付加、欠失、挿入、置換等によってミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の機能を保持した誘導体を得ることは当業者にとって容易である。ゆえにそのような常套手段で得られるミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の機能を保持した誘導体も本発明の範囲に含まれるものである。
【0039】
本発明のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子を用いて糖脂質の生産増強を行うに際しては、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子を適当な発現ベクターにおけるプロモーターの下流に挿入することにより、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質発現ベクターを構築する。ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子を挿入する発現ベクターとしては、プラスミド、コスミドあるいはウイルス由来のものであっても良い。
【0040】
次いで、この組換え発現ベクターを用いて、糖脂質生産能を有する宿主細胞を形質転換する。得られる形質転換体は糖脂質生産能が増強されたものである。次いで、該形質転換体を培地に培養し、形質転換体を含む培養物から糖脂質を採取する。この場合培養物から形質転換体を分離し、この分離した形質転換体から糖脂質を採取しても良い。
形質転換体の培養方法は特に限定はなく、既知の方法で培養すればよい。例えば、Pseudozyma 属に属する株の形質転換体の場合、通常、pH 5〜8、好ましくはpH 6、20〜35℃、好ましくは22〜28℃で3〜7日間行えばよい。培養によって産生された糖脂質は、定法にしたがって培養液中から回収することができる。
【0041】
以下の実施例で示す発現ベクターおよび宿主微生物は、本発明のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の発現に適した多くのベクターおよび宿主細胞の一例にすぎず、当業者ならば、当該技術分野の常套手段に従い、任意の宿主細胞で機能的なミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質発現ベクターを構築することができる。プロモーターは既知のものから適宜選択するか、あるいは各種遺伝子から利用可能なものを選択して、新たに調製、あるいは合成したものでもよい。このように、本発明の発現ベクターは本明細書記載の例示のプラスミドに限定されず、通常の技術を用いて修飾(例えばプロモーターを交換する)することによって、異なる種類の微生物、また他の細胞内で機能的であり、および/またはミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をうまく発現させることができる発現ベクターを構築することができる。
【0042】
本発明のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子を保持する発現ベクターで形質転換するために用いられる宿主細胞は、糖脂質生産能を有する細胞であればいずれでもよく、例えば、酵母、カビ等の真核微生物、さらには一般的に利用されている高等生物の細胞でも良い。このような高等生物の細胞としては動物細胞または培養植物細胞が挙げられる。
微生物の好ましい例は、Saccharomyces 属に属する株(例えば、S. cerevisiae)やPseudozyma 属に属する株(例えば、P. antarctica)である。
【0043】
Pseudozyma 属に属する株を宿主として用いる場合、配列番号2に記載のDNAをPCRで増幅して、一度大腸菌クローニングベクターに連結した後、Pseudozyma 属に属する株に適用可能な遺伝子発現ベクターに連結する。使用する遺伝子発現ベクターとしては、例えばpUXV1 ATCC 77463、pUXV2 ATCC 77464、pUXV5 ATCC 77468、pUXV6 ATCC 77469、pUXV7 ATCC 77470、pUXV8 ATCC 77471、pUXV3 ATCC 77465、pU2X1 ATCC 77466、pU2X2 ATCC 77467等が挙げられる。
【0044】
本明細書で使用する用語「ベクター」は核酸配列、例えばプラスミド、コスミド、ウイルスに由来するか、または化学的もしくは酵素的手段により合成されたDNAを指し、この中に1以上の核酸の断片が挿入もしくはクローン化され、ここで核酸は特定の遺伝子をコードする。ベクターはこの目的に1以上の独自な制限部位を含むことができ、そしてクローン化された配列が再生されるように定めた宿主もしくは生物中で自律的に複製することができる。ベクターは直線状、環状またはスーパーコイル状の立体配置を有することができ、そして特定の目的に他のベクターもしくは他の物質と複合化することができる。ベクターの成分は限定するわけではないがDNAを包含するDNA分子;切り出し(excision)タンパク質もしくは他の所望する生成物をコードする配列;および転写、翻訳、RNA安定性および複製のための調節要素を含むことができる。
【実施例】
【0045】
以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。以下の実験例において用いたプラスミド類、各種制限酵素やT4DNAリガーゼ、その他酵素類は全て購入可能なものであり、供給者の指示に従って使用した。また、DNAのクローニング、各プラスミドの構築、宿主の形質転換、形質転換体の培養および培養物の回収は、当業者既知の方法、あるいは文献記載の方法に準じて行った。
【0046】
(実施例1)
Pseudozyma ntarctic T-34 のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子のクローニングと塩基配列の解析」
Pseudozyma ntarctic T-34 の培養)
a)保存培地(麦芽エキス3g/L、酵母エキス3g/L、ペプトン5g/Lグルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいたPseudozyma ntarctic T-34株を、 グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウムム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液 体培地4mLが入った試験管に1白金耳接種し、30℃で振とう培養を行い、次いで、
b)得られた菌体培養液を大豆油40g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液 体培地20mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で振とう培養を行った。
上記a)とb)の各培養により得られた菌体培養液を使用して、以下の試験を行った。
【0047】
(遺伝子配列の解析)
糖脂質バイオサーファクタント生産条件下(上記b)の培養)で培養したPseudozyma antarctica T-34からRNAを抽出した後、大腸菌用のクローニングベクターに連結して、cDNAライブラリーを構築した。得られた大腸菌の形質転換体から抽出したプラスミドDNAに含まれるDNA配列(インサート)、すなわち、糖脂質バイオサーファクタント生産条件下で発現しているPseudozyma antarctica T-34の遺伝子配列を解読した。さらに、重複して得られる遺伝子は一つの遺伝子としてまとめ、最終的に遺伝子データベースを作成した。このとき、遺伝子の重複の割合は発現頻度(細胞内での発現量)を示しているため、当該遺伝子データベースを用いて、糖脂質バイオサーファクタント生産条件下で発現頻度の高い遺伝子を推定することが可能となった。さらに、当該遺伝子データベース中の各遺伝子の機能を、BLAST解析によって推定したところ、大部分は機能未知の遺伝子であることが分かった。
【0048】
本研究で見出した機能未知の遺伝子の推定アミノ酸配列をデータベースに照らしあわせて解析した結果、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAと比較的高い相同性を示した。既知の各生物のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質との相同性は以下の通り(表1)であり、また、各配列を比較した結果を図1に示した。
【表1】

【0049】
さらに、ヒドロパシー分析(一次構造に基づく親水性・疎水性バランスの分析)の結果(図2A)は、すべてのミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質に共通することが分かっているプロフィールとよく一致した。すなわち、ほとんど同程度の新水性・疎水性バランスで、6個の膜貫通ドメインを有している(図2B)。また、この6個の膜貫通ドメインを構成するアミノ酸配列は図1に示している。なお、この6個の膜貫通ドメインは、当該タンパク質がミトコンドリア外膜を通過して、内膜に局在するために必要な、構造上の特徴であることが分かっている。
【0050】
さらに、該DNAの推定アミノ酸配列中には、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質で高度に保存されているアミノ酸配列、すなわち、RRRMMM および 3ヵ所に PX(D/E)XX(K/R) に相当する配列を有する。さらに、内部配列中に相同性15%以上の3回繰り返し領域も認められた。その他、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の結晶構造解析の結果から明らかになっている重要な保存アミノ酸残基も全て認められた。上記の保存されているアミノ酸配列の詳細は図1に記載してある。
【0051】
(実施例2)
S. cerevisiae 株中でのミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質遺伝子の発現と呼吸活性に対する影響」
ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAと比較的高い相同性を示す機能未知の遺伝子が、実際にミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質として機能することを確認するため、S. cerevisiae のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質欠損株(ΔAAC1 株)での該遺伝子の発現とそれによる表現型の相補(回復)が可能であるかどうかを検証した。ここでは、S. cerevisiae のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質欠損の表現型として知られるグリセロール培地上での生育不良を指標にして表現型の相補(回復)を判定した。
【0052】
S. cerevisiae 用の遺伝子発現ベクターの構築)
S. cerevisiae 用の遺伝子発現ベクターは以下の手順で構築した。Pseudozyma antarctic T-34のゲノムDNAを定法に従って抽出して鋳型とし、配列番号2の塩基配列を基に設計したオリゴヌクレオチドプライマー(配列番号3および4)を用いてPCRを行い、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAと比較的高い相同性を示す機能未知の遺伝子を増幅した。増幅した遺伝子はS. cerevisiae 用の発現ベクターpAUR123のマルチクローニングサイトに連結し、ADHプロモーターの制御下で該遺伝子を発現可能な遺伝子発現ベクターpAUR123-PaAACを構築した。
【0053】
S. cerevisiae の形質転換)
構築した遺伝子発現ベクターpAUR123-PaAACあるいはインサートを含まないコントロールとなるベクターpAUR123を用い、酢酸リチウム法にてS. cerevisiae 形質転換体を獲得した。形質転換体の選別等のプロトコールは、発現ベクターpAUR123の供給元の指示に従って行った。
【0054】
S. cerevisiaeΔAAC1 株(AAC1遺伝子の破壊株)の表現型相補実験)
構築した遺伝子発現ベクターpAUR123-PaAACあるいはインサートを含まないコントロールとなるベクターpAUR123を導入した各形質転換体を唯一の炭素源としてグリセロールを含む液体培地中で培養し、その生育の様子を観察した結果を図3に示す。図3によると、ΔAAC1 株は、コントロールとなるベクターを導入した場合、親株と比較してグリセロールを含む液体培地中での生育が明らかに遅いことがわかる。一方、構築した遺伝子発現ベクターを導入したΔAAC1 株のグリセロールを含む液体培地中での生育は、親株と同等以上まで回復していることがわかる。この結果は、構築した遺伝子発現ベクターに含まれる遺伝子、すなわちPseudozyma antarctic T-34のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAと比較的高い相同性を示す機能未知の遺伝子が、実際に、S. cerevisiae 細胞中で発現し、かつミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質として機能していることを示している。このような表現型の相補実験は遺伝子の機能を特定するための常套手段の一つであり、この結果が得られたことから、該機能未知遺伝子がミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質であることを証明することができ、該機能未知遺伝子をPaAACと命名した。
【0055】
S. cerevisiae 形質転換体の呼吸活性)
さらに、構築した遺伝子発現ベクターpAUR123-PaAACあるいはインサートを含まないコントロールとなるベクターpAUR123を導入した各形質転換体の呼吸活性を調べるため、各形質転換体のローダミン123染色実験を行った。ローダミン123はミトコンドリアの染色試薬であるが、その蛍光強度(染色の度合い)はミトコンドリア膜電位に依存する。ミトコンドリア膜電位とは、すなわち呼吸活性であり、呼吸活性が高い細胞は染色強度が高く、呼吸活性が低い細胞は染色強度も低いことが知られている。実際に各形質転換体を染色し、蛍光顕微鏡下観察した結果を図4に示す。図4によると、構築した遺伝子発現ベクターを導入した細胞の染色強度は顕著に高いことがわかる。この結果は、該遺伝子の発現によって、S. cerevisiae 株の呼吸活性が向上したことを示している。ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の機能から、ミトコンドリア内で産生されたATPが細胞質に大量に流れていることが予想され、さらに本実験結果から、ミトコンドリア膜を介した水素イオン濃度勾配も変動していることが容易に推察できる。また、ここで観察された現象は、微生物に限らず、高等生物も含む幅広い生物群に対しても同様の効果が期待できる。
【0056】
(実施例3)
Pseudozyma antarctic T-34におけるミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質遺伝子の強制発現と糖脂質バイオサーファクタント生産効率に対する効果」
Pseudozyma antarctic T-34において、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質が糖脂質バイオサーファクタントの生産に関与するかどうかを調べるため、Pseudozyma antarctic T-34用の遺伝子発現ベクターを構築し、Pseudozyma antarctic T-34の形質転換体を取得し、糖脂質バイオサーファクタントの生産性を評価した。
【0057】
Pseudozyma antarctic T-34用の遺伝子発現ベクターの構築)
Pseudozyma antarctic T-34用の遺伝子発現ベクターは以下の手順で構築した。Pseudozyma antarctic T-34のゲノムDNAを定法に従って抽出して鋳型とし、配列番号2の塩基配列を基に設計したオリゴヌクレオチドプライマー(配列番号5および6)を用いてPCRを行い、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAを増幅した。増幅した遺伝子は、糸状菌 Ustilago maydis 用の発現ベクターであり、Pseudozyma 属酵母にも適用可能なことが知られているpUXV1のクローニングサイトに連結し、gapプロモーターの制御下で該遺伝子を発現可能な遺伝子発現ベクターpUXV1-PaAACを構築した。
【0058】
Pseudozyma antarctic T-34の形質転換)
構築した遺伝子発現ベクターpUXV1-PaAACあるいはインサートを含まないコントロールとなるベクターpUXV1を用い、エレクトロポレーション法にてPseudozyma antarctic T-34 の形質転換体を獲得した。形質転換体の選別はハイグロマイシンBを使用した。
【0059】
Pseudozyma antarctic T-34の形質転換体による糖脂質バイオサーファクタントの生産)
上記a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行い、得られた菌体培養液に等量の酢酸エチルを添加し、十分攪拌した後、酢酸エチル層を分取した。酢酸エチル層に含まれる産生された糖脂質バイオサーファクタントの生産量は高速液体クロマトグラフィーにて定量した。比較例として、コントロールとなるベクターで形質転換して得た Pseudozyma antarctica T-34株の形質転換体を同条件で培養し、同様にして糖脂質バイオサーファクタントの生産量を高速液体クロマトグラフィーで定量した。結果を図5に示す。なお、高速液体クロマトグラフィーで検出したピークは、既知のマンノシルエリスリトールリピッドのものと一致した。図5によれば、遺伝子発現ベクターpUXV1-PaAACを保持するPseudozyma antarcticaT-34形質転換体の糖脂質バイオサーファクタント生産能力は、コントロールとなるベクターpUXV1を保持するPseudozyma antarcticaT-34株の形質転換体の約2倍にも達する。この結果は当初予想外であったが、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質が糖脂質バイオサーファクタント生合成に関与しており、これによって糖脂質バイオサーファクタントの生産効率の向上が可能であることが確認できた。
【0060】
(実施例4)
「ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質変異体(アミノ酸置換変異)の作製および糖脂質型バイオサーファクタント生産に対する効果」
Pseudozyma antarctic T-34 株において、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質が糖脂質バイオサーファクタントの生産に関与することを、さらに詳細に調べるため、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質のアミノ酸置換変異体を作製し、Pseudozyma antarctic T-34 に導入し、糖脂質バイオサーファクタントの生産性に対する影響を評価した。
【0061】
(アミノ酸置換変異体を含むミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質遺伝子の構築)
ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質のアミノ酸置換変異体を含む遺伝子発現ベクターは以下の手順で構築した。Pseudozyma antarctic T-34のゲノムDNAを定法に従って抽出して鋳型とし、配列番号2の塩基配列を基に設計した、変異体作成用のオリゴヌクレオチドプライマーを用いてPCRを行い、アミノ酸置換変異体を含むミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAを増幅した。この配列番号2の塩基配列におけるアミノ酸置換の変異箇所は、図6に示す。該変異箇所は、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の活性発現に必須の領域をターゲットとしたものである。配列番号7および8の組み合わせで、90番目のアルギニン残基をイソロイシン残基に置換した変異体(R90I)遺伝子を増幅した。配列番号9および10の組み合わせで、136番目のロイシン残基をセリン残基に置換した変異体(L136S)遺伝子を増幅した。配列番号11および12の組み合わせで、247番目のアルギニン残基をイソロイシン残基に、248番目のアルギニン残基をイソロイシン残基に置換した変異体(R247I/R248I)遺伝子を増幅した。増幅した各変異型遺伝子を、pUXV1のクローニングサイトに連結し、gapプロモーターの制御下で該遺伝子を発現可能な遺伝子発現ベクター(pUXV1-PaAAC-R90I, pUXV1-PaAAC-L136S, pUXV1-PaAAC-R247I/R248I)を構築し、Pseudozyma antarctic T-34 の形質転換体を作製した。
【0062】
(ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の変異体(アミノ酸置換変異)による糖脂質バイオサーファクタントの生産性への影響)
上記a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行い、得られた菌体培養液に等量の酢酸エチルを添加し、十分攪拌した後、酢酸エチル層を分取した。酢酸エチル層に含まれる産生された糖脂質バイオサーファクタント(マンノシルエリスリトールリピド)の生産量は高速液体クロマトグラフィーにて定量した。比較例として、コントロールとなるベクターで形質転換して得た Pseudozyma antarctica T-34株の形質転換体を同条件で培養し、同様にして糖脂質バイオサーファクタントの生産量を高速液体クロマトグラフィーで定量した。結果を図7に示す。図7によれば、上記のアミノ酸置換変異体を含むミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードするDNAを導入しても、糖脂質バイオサーファクタント生産能力は向上しない。この結果から、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の正常な機能発現によって、糖脂質バイオサーファクタントの生産効率が向上したことがわかる。
【0063】
以上の結果は、ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質の発現制御によって、生命活動に重篤な影響を及ぼすことなく、細胞内の酸化還元バランスおよびATPの流れを制御することが可能であり、さらには該遺伝子およびタンパク質が、幅広い産業界で実用化が期待される高機能な糖脂質型バイオサーファクタントの製造技術を遺伝子組換え技術によって高度化するのためターゲット遺伝子の一つであり、該遺伝子の発現ベクターをPseudozyma属酵母に導入することで、その生産効率を大幅に向上できることを示している。この技術は、生物の細胞内酸化還元バランスおよびATPの流れを制御できる可能性があるため、世界中で検討されているバイオリファイナリー等の、遺伝子組換え技術を駆使した微生物プロセスへの応用も期待できる。
【0064】
(実施例5)
Pseudozyma 属酵母中でのミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質発現と糖脂質バイオサーファクタントの生産」
上記の遺伝子発現ベクターpUXV1-PaAACあるいはインサートを含まないコントロールとなるベクターpUXV1を用い、エレクトロポレーション法にて、Pseudozyma rugulosaPseudozyma fusiformata の形質転換体を獲得した。形質転換体の選別はハイグロマイシンBを使用した。
【0065】
Pseudozyma 属酵母の形質転換体による糖脂質バイオサーファクタントの生産)
上記a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行い、得られた菌体培養液に等量の酢酸エチルを添加し、十分攪拌した後、酢酸エチル層を分取した。酢酸エチル層に含まれる産生された糖脂質バイオサーファクタントの生産量は高速液体クロマトグラフィーにて定量した。比較例として、コントロールとなるベクターで形質転換して得たPseudozyma rugulosaPseudozyma fusiformata の形質転換体を同条件で培養し、同様にして糖脂質バイオサーファクタント(マンノシルエリスリトールリピド)の生産量を高速液体クロマトグラフィーで定量した。結果を図8に示す。なお、高速液体クロマトグラフィーで検出したピークは、既知のマンノシルエリスリトールリピッドのものと一致した。図8によれば、遺伝子発現ベクターpUXV1-PaAACを保持するPseudozyma rugulosaPseudozyma fusiformata の形質転換体の糖脂質バイオサーファクタント生産能力は、コントロールとなるベクターpUXV1を保持するPseudozyma rugulosaPseudozyma fusiformata の形質転換体の約1.2倍あるいは1.9倍にも達する。以上の結果から、Pseudozyma antarctica だけでなく、既知のマンノシルエリスリトールリピッド生産菌においても、PaAAC遺伝子(ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質遺伝子)の強制発現による、糖脂質生産効率の向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】P. antarctica の機能未知遺伝子(PsAAC)がコードする推定アミノ酸配列を、S.cerevisiae のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質(AAC1、AAC2 およびAAC3)、Kluyveromyces lactis のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質(KlAAC)、Neurospora crassa のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質(NcAAC)、ヒトのミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質(ANT1)と比較するために並べ、さらに一次構造上の特徴を解析した結果を示す図。
【図2】P. antarctica の機能未知遺伝子(PsAAC)がコードする推定アミノ酸配列とS.cerevisiae のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質(AAC2)のヒドロパシー分析の結果を示し、P. antarctica の機能未知遺伝子がコードする推定アミノ酸配列がミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質と同じ二次構造上の特徴を有することを明らかにする図。
【図3】P. antarctica の機能未知遺伝子(PsAAC)を発現可能な遺伝子発現ベクターをS.cerevisiae のミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質欠損株に導入して、該欠損株の表現型を相補することが可能であることから、機能未知遺伝子がミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質であることを明らかにした図。
【図4】P. antarctica の機能未知遺伝子(PsAAC)を発現可能な遺伝子発現ベクターを保持するS.cerevisiae 株をローダミン123によって染色し、蛍光顕微鏡下で観察した結果であり、該形質転換体の呼吸活性が向上していることを示す図。
【図5】P. antarctica の機能未知遺伝子(PsAAC)を発現可能な遺伝子発現ベクターを保持するP.antarctica形質転換体において、糖脂質型バイオサーファクタント生産効率が向上していることを示す図。
【図6】ミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質をコードする遺伝子(PsAAC)の塩基配列とその変異箇所を示す図。
【図7】アミノ酸置換変異体であるミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質遺伝子(PsAAC)を導入した形質転換体の糖脂質型バイオサーファクタント生産性を調べた結果を示す図。
【図8】Pseudozyma rugulosa および Pseudozyma fusiformata におけるミトコンドリアADP/ATPキャリアータンパク質遺伝子(PsAAC)の糖脂質型バイオサーファクタント生産性に対する効果を調べた結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミトコンドリアADP/ATPキャリアタンパク質をコードする遺伝子からなることを特徴とする、糖脂質の生産増強用遺伝子材料。
【請求項2】
以下のa)〜c)のタンパク質をコードする遺伝子からなることを特徴とする、糖脂質の生産増強用遺伝子材料。
a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、
b)配列番号1に示されるアミノ酸配列と、40%以上の相同性(identity)を有し、かつATPの細胞質への輸送能を有するタンパク質、
c)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、かつATPの細胞質への輸送能を有するタンパク質。
【請求項3】
以下のa)又はb)のいずれかの遺伝子からなることを特徴とする、糖脂質の生産増強用遺伝子材料。
a)配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子、
b)配列番号2に示される遺伝子において、1又は数個の遺伝子が欠失、置換及び/又は付加された遺伝子であって、かつATPの細胞質への輸送能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の遺伝子を含有することを特徴とする、組換えベクター。
【請求項5】
糖脂質生産能を有する宿主細胞が請求項4に記載の組み換えベクターにより形質転換されていることを特徴とする形質転換体。
【請求項6】
糖脂質生産能を有する宿主細胞が真菌類に属する微生物であることを特徴とする、請求項5に記載の形質転換体。
【請求項7】
真菌類に属する微生物が Saccharomyces (サッカロマイセス)属またはPseudozyma (シュードザイマ)属に属する微生物であることを特徴とする、請求項6に記載の形質転換体。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれかに記載の形質転換体を培養し、得られる培養物から糖脂質を採取することを特徴とする、糖脂質の製造方法。

【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−17139(P2010−17139A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−180905(P2008−180905)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】