説明

糖鎖構造の予測方法及び予測プログラム

【課題】 質量分析データを用いた糖鎖構造の予測方法及びプログラムを提供すること。
【解決手段】 MS/MSデータの所定ピークを基準として、質量が小さい側の所定範囲中のピークを選択する第1ステップ(S2)と、ピーク間の質量差を用いてデータベースを検索して得られた糖を接続して第1糖鎖を作成する第2ステップ(S2)と、複数種類の第1糖鎖の各々に関して、非還元末端糖を削除して第2糖鎖を生成する第3ステップ(S4)と、同じ非還元末端糖を複数含む第2糖鎖に関して、還元末端に最も近い非還元末端糖のみを残し、その他の非還元末端糖を削除して第3糖鎖を生成する第4ステップ(S4)と、第3糖鎖の各々において、非還元末端糖の非還元末端側に位置する糖を削除して第4糖鎖を生成する第5ステップ(S5)と、全ての第4糖鎖を対象として同じ順位に位置する同じ糖を1つのグループとする第6ステップ(S6)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖脂質、糖タンパク質などの糖鎖構造を予測する方法およびそのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
生命科学の分野では、ヒトゲノムのシーケンスデータが公開されたことに伴って、ポストゲノムシーケンス時代として、タンパク質および糖脂質の機能解析、構造解析、相互作用解析などを研究対象とするようになった。
【0003】
生体内において糖鎖は、タンパク質および脂質と結合(以下、糖鎖修飾と記す)しており、これによってタンパク質および糖脂質本来の機能を発揮することになる。従って、糖タンパク質および糖脂質の機能の解明は、ゲノム創薬や再生医療等を実現するために不可欠である。
【0004】
タンパク質に関しては、ゲノムからの1次産物として、ゲノム情報を用いた網羅的な解析が可能である。しかし、糖鎖は、タンパク質を介する2次的な産物であり、網羅的な構造解析は容易ではない。
【0005】
一方、飛行時間型質量分析装置(MALDI−TOF MS、以下、単に質量分析装置とも記す)が開発され、これを用いたタンパク質の網羅的な解析方法が確立されている。さらに、同質量分析装置は、糖脂質の構造解析にも利用されている。例えば、特許文献1、2には、質量分析装置を用いた糖タンパク質などにおける糖鎖構造の解析方法が開示されている。
【特許文献1】特開2005−300420号公報
【特許文献2】特開2005−265697号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に開示された方法では、糖鎖構造を求めるために、糖鎖にプラスチャージイオンを付加して飛行時間型質量分析装置による質量分析を行う。また、糖鎖シーケンスを求めることはできるが、糖鎖における分岐構造を自動的に決定することはできない。
【0007】
また、特許文献2に開示された方法では、糖鎖構造を求めるために、糖鎖を開裂して質量分析して得られたM2フラグメントパターンだけでなく、M2フラグメントイオンをさらに開裂して質量分析を行い、M3フラグメントパターンを得ることが必要となり、それを用いた複雑な処理を行わなければならない。
【0008】
従って、本発明は、糖鎖を開裂して質量分析して得られたデータを用いて、分岐構造を含む糖鎖構造を自動的に予測することができる糖鎖構造の予測方法及び予測プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の目的は、以下の手段によって達成される。
【0010】
即ち、本発明に係る糖鎖構造の予測方法は、分析対象の試料を開裂して質量分析することによって得られるMS/MSデータを用いる糖鎖構造の予測方法であって、測定によって得られた前記MS/MSデータ中の所定のピークを基準として、該ピークよりも質量が小さい所定範囲に存在する複数のピークを選択する第1ステップと、選択された複数の前記ピーク間の質量差を求め、該質量差を用いて糖の質量の情報を含むデータベースを検索し、検出された複数の糖を接続して第1糖鎖を作成する第2ステップと、前記第2ステップで作成された前記第1糖鎖が複数種類ある場合、前記第1糖鎖の各々に関して、非還元末端糖を削除して第2糖鎖を生成する第3ステップと、同じ非還元末端糖を複数含む前記第2糖鎖に関して、還元末端に最も近い前記非還元末端糖のみを残し、その他の前記非還元末端糖を削除して、第3糖鎖を生成する第4ステップと、前記第3糖鎖の各々において、前記非還元末端糖の非還元末端側に位置する糖を削除して第4糖鎖を生成する第5ステップと、全ての前記第4糖鎖を対象として、還元末端糖から数えて同じ順位に位置する同じ糖の全てを1つのグループとする第6ステップとを含むことを特徴としている。
【0011】
上記した糖鎖構造の予測方法は、前記第6ステップの後に、特定の前記グループの非還元末端側に隣接する2つのグループが存在する場合、糖鎖が分岐していると決定し、1つのグループのみが存在する場合、分岐していない直鎖であると決定する第7ステップをさらに含むことができる。
【0012】
また、本発明に係る糖鎖構造の予測プログラムは、分析対象の試料を開裂して質量分析することによって得られるMS/MSデータを用いる糖鎖構造の予測プログラムであって、コンピュータに、測定によって得られた前記MS/MSデータ中の所定のピークを基準として、該ピークよりも質量が小さい所定範囲に存在する複数のピークを選択する第1の機能と、選択された複数の前記ピーク間の質量差を求め、該質量差を用いて糖の質量の情報を含むデータベースを検索し、検出された複数の糖を接続して第1糖鎖を作成する第2の機能と、前記第2ステップで作成された前記第1糖鎖が複数種類ある場合、前記第1糖鎖の各々に関して、非還元末端糖を削除して第2糖鎖を生成する第3の機能と、同じ非還元末端糖を複数含む前記第2糖鎖に関して、還元末端に最も近い前記非還元末端糖のみを残し、その他の前記非還元末端糖を削除して、第3糖鎖を生成する第4の機能と、前記第3糖鎖の各々において、前記非還元末端糖の非還元末端側に位置する糖を削除して第4糖鎖を生成する第5の機能と、全ての前記第4糖鎖を対象として、還元末端糖から数えて同じ順位に位置する同じ糖の全てを1つのグループとする第6の機能とを実現させることを特徴としている。
【0013】
上記した糖鎖構造の予測プログラムは、前記第6の機能の後に、特定の前記グループの非還元末端側に隣接する2つのグループが存在する場合、糖鎖が分岐していると決定し、1つのグループのみが存在する場合、分岐していない直鎖であると決定する第7の機能を、さらにコンピュータに実現させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、糖タンパク質や糖脂質を修飾する糖鎖を開裂して質量分析することによって得られるMS/MSデータを用いて、分岐を含む糖鎖構造を自動的に予測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に係る実施の形態を、添付した図面に基づいて説明する。
【0016】
図1は、本発明の実施の形態に係る糖鎖構造の予測方法を実施するためのシステムを示す。本システムは、処理装置1と、処理装置1に対する指示などを行なう操作装置2と、処理装置1による処理結果などを表示する表示装置3と、質量分析装置4とを備えている。さらに、処理装置1は、演算処理部(以下、CPUと記す)11と、データを一時的に保持するメモリ部12と、データを持続的に保持する記録部13と、操作装置2、表示装置3及び分析装置4とのインタフェース部(以下、IF部と記す)14と、各部の間でのデータ(制御データ、測定データを含む)を交換するための内部バス15とを備えている。
【0017】
操作装置2は、例えばコンピュータ用のキーボード、マウスなどであり、CPU11に対する指示、データなどの入力手段である。表示装置3は、例えば液晶ディスプレイ、CRTディスプレイであり、CPU11による処理中の状況や処理結果をテキストやグラフィックスで表示する。処理装置1、操作装置2および表示装置3には、例えばコンピュータを用いることができる。CPU11が、記録部13に記録されたコンピュータプログラムをメモリ12上に読み出して、これに従って後述する一連の処理を実行することによって、糖鎖構造が予測される。
【0018】
質量分析装置4は、例えばマトリックス支援レーザ脱離イオン化装置(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)、四重極電場型イオントラップ装置(Quadrupole Ion Trap)、及び飛行時間型質量分析器(Time Of Flight)を備えている。質量分析装置4は、質量スペクトル分析(以下、MS分析と記す)において、MS分析を2回以上繰り返すことが可能な質量分析装置であり、ある試料(糖タンパク質、糖脂質など)をMS分析し、さらにレーザによってその試料を開裂(イオン化による分離)させてMS分析を行う。MALDI−TOF MSによるMS分析に関しては公知であるので、詳細説明は省略する。
【0019】
本明細書においては、質量分析装置4によって行われるMS分析において、試料の1回目のMS分析によって得られるスペクトルデータをMSデータと表記し、1回目のMS分析において得られたスペクトルデータのイオンピークから特定のイオンを選択し、その特定のイオンをプレカーサーイオンとして2回目のMS分析(MS/MS分析と記す)を行って得られたデータをMS/MSデータと表記する。
【0020】
次に、本発明の実施の形態に係る糖鎖構造の予測方法を、図2および図3に示したフローチャートに従って説明する。以下に説明する各処理は、得に断らない限りCPU11が行なう処理として記載する。即ち、CPU11が、メモリ部12をワーク領域として使用し、記録装置13から読み出したデータに対して処理を実行する。処理の途中結果、最終結果は、必要に応じて記録部13の所定領域に記録される。また、記録部13には、予め糖に関するデータ(糖の名称、質量など)がデータベースとして記録されているとする。
【0021】
ステップS1において、操作者が処理対象の糖鎖を含む試料(ここでは糖脂質とする)に対して質量分析装置4を操作して、上記したようにMS分析およびMS/MS分析を行う。得られたMSデータ及びMS/MSデータは質量分析装置4からIF部14を介して、記録部13に伝送されて記録される。このとき、MSデータを用いて糖残基の分子と一致するフラグメントが検出され、それを対象としてMS/MS分析が行われる。なお、このとき、精度の良い測定データを得るためには、試料に応じたマトリックスを採用することが望ましい。MS分析において、マトリックスを用いることは公知であるので説明を省略する。
【0022】
ステップS2において、ステップS1で記録部13に記録されたMS/MSデータを用いて、その中から特定のフラグメントに対応するピークを自動検出し、そのピークの質量を基準として、糖鎖を求める。MS/MSデータ(スペクトル)を示す図4を用いて具体的に説明すると、次の通りである。なお、図4において、横軸は質量電荷比(m/z)(以下、単に質量と記す)であり、縦軸はイオン強度であり、図4に示したスペクトルデータは、実測されたMS/MSデータから所定のしきい値以下のノイズデータを除去し、自動検出した各ピークを実線の縦線で表示している。
【0023】
図4において符号Fで示したフラグメントを表すピークの左側の所定範囲(質量範囲)における各ピークの質量miの差Δmij=mi−mj(i、jは、i<jが成り立つ自然数であり、mi>mjとなるように決定されている)を求め、Δmijを用いて、記録部13に記録されている糖のデータベースを検索し、該当する糖が存在するか否かを判定する。図5に糖のデータベースに記録されている情報の一例を示す。図5は、糖の名称、糖を表す記号、質量の上限及び下限が対応させて記録されていることを示している。この場合、uk≦Δmij≦dk(kは自然数)を満たす糖がデータベース中に存在するか否かを判定する。存在した場合、対応する糖の記号(G1、G2など)を、記録部13に記録する。ここで、データベース中の質量の上限uiおよび下限diの差(ui−di)は、測定誤差に応じて決定されていればよい。
【0024】
図4では、例えば、Δm13=m1−m3を用いて検索した結果、Pentoseが該当すると判断され、Δm37=m3−m7を用いて検索した結果、HexNAcが該当すると判断されたことを示している。そして、記録部13には、検索結果として糖鎖を表す3種類の記号列G2G2G1G3、G2G2G3G1、G2G3G2G1が記録されることになる。ここで、糖鎖の左側は、図4のスペクトトルの左側、即ち質量がより小さい側に対応している。従って、糖鎖の最も左側の記号は、糖鎖によって修飾されているセラミドが結合している糖(以下、還元末端糖とも記す)を表し、糖鎖の最も右側の記号は、何も結合していない糖(以下、非還元末端糖とも記す)を表している。
【0025】
なお、以下においては、糖を表す記号(G1、G2など)を対象として処理が行われるが、理解を容易にするために、糖の用語を用いて説明する。従って、以下において糖および糖鎖とは、それらを表す記号および記号列をも意味する。
【0026】
ステップS3において、ステップS2で求めた糖鎖(記号列)が1種類であるか否かを判断し、1種類であればステップS7に移行し、1種類で無ければステップS4に移行する。ステップS4では、非還元末端糖に該当する糖鎖中の糖を決定する処理を行う。具体的な処理は図3のフローチャートに示される。
【0027】
ステップS40において、記録部12に記録された複数の糖鎖に関して、右端の非還元末端糖を特定して一時的に記録し、各糖鎖から右端の糖を削除する。例えば、図4に示したMS/MSデータから得られた糖鎖を示した図6の場合、斜線を引いた部分のPentoseおよびHexNAcを非還元末端糖として、該当する記号G3およびG1を一時的にメモリ部12に記録し、図7に示したように糖鎖から非還元末端糖を削除する。従って、この段階では糖鎖は、G2G2G1G3がG2G2G1となり、G2G2G3G1がG2G2G3となり、G2G3G2G1がG2G3G2となる。
【0028】
ステップS41において、ステップS40で一時的に記録した非還元末端糖(図6の例では、PentoseおよびHexNAc)に対応する記号の中から、1つの糖を表す記号(図6の例では、G3またはG1)を読み出す。本ステップで読み出した非還元末端糖をAで表す。
【0029】
ステップS42において、ステップS41で読み出した非還元末端糖Aと同じ記号が、ステップS41で新たに作成された糖鎖の中に含まれる数Mを求める。図6の例では、記号AがG1(HexNAc)の場合には、1つ(図7において破線の四角で示す)含まれており、M=1となる。また、記号AがG3(Pentose)の場合には2つ(図7において実線の四角で示す)含まれており、M=2となる。
【0030】
ステップS43において、M=1か否かを判断し、M=1であれば、ステップS45に移行し、M=1で無ければ、ステップS44に移行する。
【0031】
ステップS44において、糖鎖において、非還元末端糖Aと同じ糖のうち、還元末端に最も近い糖のみを残し、それ以外の糖を削除する。即ち、各糖鎖に含まれる記号Aと同じ記号のうち、最も左側に位置する記号を残し、その他の記号Aと同じ記号を削除する。図7の例では、実線の四角で示した2つのPentoseが、本ステップでの処理対象であり(A=G3)、上から3行目の糖鎖に含まれる糖(Pentose)が、2行目の糖鎖に含まれる糖(Pentose)よりも左側に位置しているので、3行目の糖鎖における実線の四角で示した糖(Pentose)を残し、2行目の糖鎖の実線の四角で示した糖(Pentose)を削除する。
【0032】
この処理の有効性は、次の点から理解できる。まず、複数の糖鎖に同じ非還元末端糖が存在していることは、分岐が存在することを意味する。次に、ある糖鎖において、非還元末端に近い側に非還元末端糖が存在している場合、非還元末端糖が比較的早い段階で開裂されたことを意味し、その糖鎖は分岐位置を特定するのに十分な情報を含んでいない。従って、そのような糖鎖に含まれる非還元末端糖を削除し、同じ非還元末端糖を含む複数の糖鎖のうち、非還元末端糖が最も還元末端側に近い位置にある糖鎖中の非還元末端糖のみを残すのである。図7の例では、2行目の糖鎖において、非還元末端糖であるPentoseが、別の枝を含む糖鎖に割り込んでおり、2行目の糖鎖中のPentoseは分岐を特定するに有効でないので削除される。
【0033】
ステップS45において、ステップS40で一時的に記録した全ての記号に関して、ステップS41〜S44の処理を実行したか否かを判断し、全て終了していなければステップS41に戻り、全て完了していればステップS5に移行する。
【0034】
このようにステップS4での処理によって、複数の糖鎖全体において、各非還元末端糖が1つだけ存在するようになる。図7の例では、図8において破線及び実線の四角で示したように、全ての非還元末端糖、即ちHexNAcおよびPentoseの位置が決定される。
【0035】
次に、ステップS5において、各糖鎖から不要な糖を削除する。具体的には、各糖鎖のうち、ステップS4によって非還元末端糖として確定された糖を含む糖鎖において、非還元末端糖として確定された糖の右側に位置する糖を全て削除する。例えば図8の例では、3行目のPentoseの右側のHexoseが削除されて図9のようになる。
【0036】
続いて、ステップS6において、全ての糖鎖を対象として、対応する列毎に同じ糖をまとめる。即ち、糖鎖の左端(還元末端側)をそろえて、同じ列(左端から数えて同じ順位)に位置する同じ糖を1つのグループとする。例えば、図9の例では、図10に示したようにグループ化する。図10において、1つの四角に含まれた糖が1つのグループを構成する。
【0037】
最後に、ステップS7において、全てのフラグメントについて処理を完了したか否かを判断して、未処理のフラグメントがあれば、ステップS2に戻り、上記した処理を繰り返す。
【0038】
以上によって、フラグメント毎に、直鎖である糖鎖列、若しくは図10に示したようにグループ化された糖鎖群が決定される。グループ化された糖鎖群から、糖鎖の分岐構造を予測するには、特定のグループの直ぐ右側に2つのグループが存在する場合、分岐型の糖鎖であると決定し、1つのグループのみが存在する場合、分岐していない直鎖型と決定すればよい。従って、図10の例では、図11において破線の四角内に示したように、分岐した糖鎖構造が予測され、画像として表示装置3に表示することができる。図11において、Cerは糖鎖修飾されている脂質(セラミド)を表す。
【0039】
以上では、特定の実施の形態を用いて、特に糖脂質を対象として本発明を適用する場合について説明したが、本発明は上記した実施の形態に限定されない。例えば、図2、図3に示した処理を種々変更して実施することができる。また、処理対象は糖脂質の糖鎖に限らず、糖タンパク質の糖鎖や、より一般の高分子を修飾する糖鎖に対しても適用可能である。
【実施例】
【0040】
以下に実施例を示し、本発明の有効性を一層明確にする。
【0041】
まず、人為的に作成したMALDI−TOF MS/MSデータ(以下ではフラグメントデータとも記す)を用いて本発明の糖鎖構造の予測方法に従って作成した予測プログラムの精度を評価した。用いた条件は以下の通りである。
予測対象糖:Pentose、DeOxyHexose、Hexose、HexNAc
予測対象構造:糖鎖の糖数が1〜10であり、かつ、糖鎖構造は直鎖型もしくは2分岐を1箇所もつ分岐構造
これらの条件を用いた場合、評価対象となる糖鎖構造データ数は12,804,130通りとなる。
【0042】
この得られた人為的データ12,804,130通りの全ての構造に対して、(1)構造予測に必要な情報のみのフラグメントデータからの構造予測と、(2)構造予測に必要な情報のみのフラグメントデータに一定の割合でランダムの値をノイズとして加えて生成したフラグメントデータからの構造予測とをそれぞれ行った。それぞれの予測結果の正答率および測定時間を表1に示す。ここでノイズを加えて生成したフラグメントデータの正答率および測定時間は、それぞれ3回予測した結果の平均値である。また、3回の予測において、フラグメントデータに加えるノイズを、毎回変更した。
【0043】
【表1】

さらに、GlcNAc-Man-Glc-Cer、GalNAc-GlcNAc-Man-Glc-Cer、GalNAc-(Fuc-)GlcNAc-Man-Glc-Cerの既知糖脂質構造を用いた精度評価も行った結果、すべての構造予測結果に正解構造、即ち実際の糖鎖構造が含まれていた。
【0044】
以上のことから、本発明の糖鎖構造の予測方法及び予測プログラムが非常に有効であることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の実施の形態に係る糖鎖構造の予測方法の実施に使用するシステムの概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る糖鎖構造の予測方法の概要を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施の形態に係る糖鎖構造の予測方法における非還元末端糖に該当する糖鎖中の糖を決定する処理を示すフローチャートである。
【図4】MSデータの一例を示す図である。
【図5】糖のデータベースの一例を示す図である。
【図6】処理される前の初期の糖鎖の例を示す図である。
【図7】図6に示した糖鎖から右端の糖が削除された状態の糖鎖を示す図である。
【図8】図7に示した糖鎖から重複する非還元末端糖が削除された状態の糖鎖を示す図である。
【図9】図8に示した糖鎖から非還元末端糖の右側の糖が削除された状態の糖鎖を示す図である。
【図10】図9に示した糖鎖において、糖がグループ化された状態の糖鎖を示す図である。
【図11】図10に示した糖鎖に対応する糖鎖構造を示す図である。
【符号の説明】
【0046】
1 処理装置
11 演算処置部(CPU)
12 メモリ部
13 記録部
14 インタフェース部(IF部)
15 内部バス
2 操作装置
3 表示装置
4 質量分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析対象の試料を開裂して質量分析することによって得られるMS/MSデータを用いる糖鎖構造の予測方法であって、
測定によって得られた前記MS/MSデータ中の所定のピークを基準として、該ピークよりも質量が小さい所定範囲に存在する複数のピークを選択する第1ステップと、
選択された複数の前記ピーク間の質量差を求め、該質量差を用いて糖の質量の情報を含むデータベースを検索し、検出された複数の糖を接続して第1糖鎖を作成する第2ステップと、
前記第2ステップで作成された前記第1糖鎖が複数種類ある場合、前記第1糖鎖の各々に関して、非還元末端糖を削除して第2糖鎖を生成する第3ステップと、
同じ非還元末端糖を複数含む前記第2糖鎖に関して、還元末端に最も近い前記非還元末端糖のみを残し、その他の前記非還元末端糖を削除して、第3糖鎖を生成する第4ステップと、
前記第3糖鎖の各々において、前記非還元末端糖の非還元末端側に位置する糖を削除して第4糖鎖を生成する第5ステップと、
全ての前記第4糖鎖を対象として、還元末端糖から数えて同じ順位に位置する同じ糖の全てを1つのグループとする第6ステップとを含むことを特徴とする糖鎖構造の予測方法。
【請求項2】
前記第6ステップの後に、
特定の前記グループの非還元末端側に隣接する2つのグループが存在する場合、糖鎖が分岐していると決定し、
1つのグループのみが存在する場合、分岐していない直鎖であると決定する第7ステップをさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の糖鎖構造の予測方法。
【請求項3】
分析対象の試料を開裂して質量分析することによって得られるMS/MSデータを用いる糖鎖構造の予測プログラムであって、コンピュータに、
測定によって得られた前記MS/MSデータ中の所定のピークを基準として、該ピークよりも質量が小さい所定範囲に存在する複数のピークを選択する第1の機能と、
選択された複数の前記ピーク間の質量差を求め、該質量差を用いて糖の質量の情報を含むデータベースを検索し、検出された複数の糖を接続して第1糖鎖を作成する第2の機能と、
前記第2ステップで作成された前記第1糖鎖が複数種類ある場合、前記第1糖鎖の各々に関して、非還元末端糖を削除して第2糖鎖を生成する第3の機能と、
同じ非還元末端糖を複数含む前記第2糖鎖に関して、還元末端に最も近い前記非還元末端糖のみを残し、その他の前記非還元末端糖を削除して、第3糖鎖を生成する第4の機能と、
前記第3糖鎖の各々において、前記非還元末端糖の非還元末端側に位置する糖を削除して第4糖鎖を生成する第5の機能と、
全ての前記第4糖鎖を対象として、還元末端糖から数えて同じ順位に位置する同じ糖の全てを1つのグループとする第6の機能とを実現させることを特徴とする糖鎖構造の予測プログラム。
【請求項4】
前記第6の機能の後に、
特定の前記グループの非還元末端側に隣接する2つのグループが存在する場合、糖鎖が分岐していると決定し、
1つのグループのみが存在する場合、分岐していない直鎖であると決定する第7の機能を、さらにコンピュータに実現させることを特徴とする請求項3に記載の糖鎖構造の予測プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−151514(P2008−151514A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−336632(P2006−336632)
【出願日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】