糖鎖配列の同定方法
【課題】任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置のコンドロイチン(CH)及びコンドロイチン硫酸(CS)を質量分析に付した場合に得られる、MS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法を提供する。さらに、CH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を、質量分析によって簡易に同定する方法を提供する。
【解決手段】CHオリゴ糖、CSAオリゴ糖及びCSCオリゴ糖について、各々のMS2スペクトルにおいて出現するフラグメントイオンのm/z値の規則性を見出し数式化する。さらに、前記数式に当てはめて予測した、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH又はCSのフラグメントイオンのm/z値と、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH又はCSのMS2スペクトルのm/z値の実測値が実質的に一致したときに、前記任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置が、前記不明であったCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置であると同定する。
【解決手段】CHオリゴ糖、CSAオリゴ糖及びCSCオリゴ糖について、各々のMS2スペクトルにおいて出現するフラグメントイオンのm/z値の規則性を見出し数式化する。さらに、前記数式に当てはめて予測した、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH又はCSのフラグメントイオンのm/z値と、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH又はCSのMS2スペクトルのm/z値の実測値が実質的に一致したときに、前記任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置が、前記不明であったCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置であると同定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置のコンドロイチン(CH)又はコンドロイチン硫酸(CS)を質量分析に付した場合に得られるMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法に関する。さらに本発明は、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH又はCSを質量分析に付して得られたMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値と、前記予測方法を利用して得られたm/z値とを比較検討して、前記不明な糖鎖長及び硫酸基位置を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下に本明細書等において使用する略語について説明する。
CH:コンドロイチン
CS:コンドロイチン硫酸
GAG:グリコサミノグリカン
GAG創薬:GAGを基点とした糖鎖創薬
MS:質量分析
MSn:多段階質量分析
MS2:2段階質量分析
Hep:ヘパリン
HS:ヘパラン硫酸
GalNAc:N−アセチルガラクトサミン
GlcA:グルクロン酸
CSA:コンドロイチン硫酸A(GalNAcのC−4位の水酸基が硫酸化されたもの(GalNAc4S))
CSC:コンドロイチン硫酸C(GalNAcのC−6位の水酸基が硫酸化されたもの(GalNAc6S))
ESI−IT:エレクトロスプレーイオン化−イオントラップ型
CID:衝突誘起解離
【0003】
糖鎖構造解析において、ここ数年間に多段階質量分析装置が高頻に使用されるようになってきた。糖鎖のなかで特に複雑な構造を呈するGAGの研究シーンにおいても、1990年代後半から精力的にMSが使われるようになっている(非特許文献1)。
【0004】
GAGの構造解析の難しさは、構造異性体(硫酸基位置異性体やウロン酸のエピマー)の存在により分子構造が無限に存在し得ることに起因する。GAG創薬を実現するためには、無限に存在し得る異性体群を含んだ配列の中から生体機能を司るに必須な構造を解明するとともに、その分子構造情報をもとにして、当該機能を人為的に制御し得る配列を新たに設計していくことが必要になる。そして、そのGAG創薬の作業においては、一般的な低分子化合物やタンパク質を創薬候補化合物とする場合と比較して、遥かに高いウェートで構造解析技術が寄与することとなる(非特許文献2)。
【0005】
MSnによるGAGの構造解析において特に着目されることの多い硫酸基位置異性体の識別は、これまでに短鎖オリゴ糖(GAGを脱離酵素によって分解して得られる不飽和型2糖)を対象に多く実施されてきた。例えばCSの2糖の解析例としては非特許文献3及び非特許文献4などが挙げられ、Hep/HSの2糖の解析例としては非特許文献5などが挙げられる。また、ウロン酸エピマーの識別例としては非特許文献6が挙げられる。
【0006】
一方、GAGの構造解析を目的にMSnを最大限に活用する試みはあるが、いまだ普
遍性の高い手法は開発されていないと言ってよい。これまでに、Hep/HSオリゴ糖の分子構造をMSnによって解析するアルゴリズムが発表されているが(非特許文献7)、本法を用いてもウロン酸エピマーに関する構造情報は得ることができない。また、非特許文献8においてはケラタン硫酸の配列解析法が紹介されているが、ウロン酸を有するGAGには適用できない方法論である。
【0007】
GAGのなかでも特に、そのユニークな構造と生理活性から長年脚光を浴びているものとして、CSが挙げられる。CSもまた異性体構造が多く、配列も不均一性が高い(非特許文献9、非特許文献10及び非特許文献11)。
【0008】
MSnによるCSの配列解析の試みもまたいくつか報告されているが、いずれも決定力を欠く点を指摘し得る。
【0009】
例えば、非特許文献12及び非特許文献13では、CSAとCSCの構造異性体をMS2スペクトルのイオン強度によって識別し、長鎖オリゴ糖においてもその法則が適用されることを示しているが、文献上の記述において、標準データの取得に用いられたオリゴ糖試料そのものが配列異性体の混合物と考えられ、またイオン強度の誤差範囲が明示されていないことから、配列決定精度に難点が生じ得る。また、非特許文献14では、高い感度で高硫酸化長鎖オリゴ糖のMS2スペクトルが得られているが、硫酸基の結合位置までは同定されていない。
【0010】
さらに、非特許文献4ではCS分解酵素を併用した配列解析法を提示しているものの、交互型配列、ランダム型配列もしくはブロック型配列の鎖長を推測するに止まる。
【0011】
このような状況から、分析感度が高く、かつスループットの高いMS2を用い、より高い精度でCSの配列を決定する方法論が待ち望まれている。
【非特許文献1】Trends in Glycoscience and Glycotechnology 18,293−312,2006
【非特許文献2】Medical Science Digest 33,964−965,2007
【非特許文献3】Journal of American Society of Mass Spectrometry 11,916−920,2000
【非特許文献4】Analytical Chemistry 73,3513−3520,2001
【非特許文献5】Journal of American Society of Mass Spectrometry 15,1274−1286,2004
【非特許文献6】Journal of American Society of Mass Spectrometry 18,234−244,2007
【非特許文献7】Analytical Chemistry 77,5902−5911,2004
【非特許文献8】Analytical Chemistry 78,891−900,2006
【非特許文献9】Advances in Pharmacology 53,33−48,2006
【非特許文献10】Advances in Pharmacology 53,282−295,2006
【非特許文献11】Advances in Pharmacology 53,523−539,2006
【非特許文献12】Analytical Chemistry 73,6030−6039,2001
【非特許文献13】Journal of American Society of Mass Spectrometry 14,1270−1281,2003
【非特許文献14】Electrophoresis 25,2010−2016,2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH又はCSを質量分析に付した場合に得られる、MS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法を提供することである。さらに本発明の目的は、分子構造が不明なCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を、質量分析によって簡易に同定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、高純度のCHオリゴ糖、CSAオリゴ糖及びCSCオリゴ糖について、各々のMS2スペクトルを分析した結果、各構造ごとに規則的なフラグメントイオンが生成していることを見出した。そして、前記フラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値が、CH、CSA及びCSCオリゴ糖の糖鎖長及び硫酸基位置に基づいて所定の数式によって予測できることを見出した。さらに、任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置のCH及びCSのMS2スペクトルにおけるm/z値の予測値と、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH及びCSのm/z値の実測値とを比較検討することで、当該不明なCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置を同定することが可能となることを見出し本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち本発明は、
(1)少なくとも以下の工程を含む、コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に生じるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を予測する方法:
(I)MS2スペクトルにおけるm/z値の予測対象となる2糖単位からなるコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を設定する工程;
(II)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に切断されるグリコシド結合が属する2糖単位を選択する工程;
(III)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸について、下記の(i)〜(iv)の各数値を求める工程;及び
(i)N:2糖単位の数、
(ii)u:還元末端から順に2糖単位を1単位として番号を付した場合における、前記(II)で選択した2糖単位の番号、
(iii)s:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの硫酸基の数、
(iv)a:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの価数、
(IV)前記(III)の工程により求めた各数値を、以下の(A)〜(C)のいずれかに従って下記(イ)〜(ニ)の式に当てはめて、前記(II)で選択した2糖単位に属するグリコシド結合の切断によって生じ得るB、C、Y及びZ−タイプから選ばれるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を求める工程;
(A)前記(II)で選択したグリコシド結合が属する2糖単位を構成するN−アセチルガラクトサミンが硫酸基を有さない場合には下記の(ロ)及び(ニ)の式、
(B)前記N−アセチルガラクトサミンのC−4位に硫酸基を有している場合には下記の(イ)及び(ハ)の式、又は
(C)前記N−アセチルガラクトサミンのC−6位のみに硫酸基を有している場合には下記の(イ)〜(ニ)の全ての式、
(イ)B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a、
(ロ)C2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+18+80s−a}/a、
(ハ)Y2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+18+80s−a}/a、
(ニ)Z2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+80s−a}/a、
(2)少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(V)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、
(VI)(1)に記載の方法で、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについて、MS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得する工程、
(VII)前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とを比較し、両者が実質的に一致したときに、前記分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置が、前記(VI)の工程で設定した糖鎖長及び硫酸基位置であると同定する工程、
(3)前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とが実質的に一致するまで前記(VI)及び(VII)の工程を繰り返す工程をさらに含む、(2)に記載の同定方法、
(4)少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(VIII)(1)に記載の方法で、異なる糖鎖長及び硫酸基位置に設定した、2糖単位からなる複数のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の各々について、MS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについてMS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得し、前記糖鎖長及び硫酸基位置と、前記m/z値の予測値との対応についてデータベースを作成する工程、
(IX)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、
(X)前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値を、前記(VIII)の工程で作成したデータベース上のm/z値と照合し、前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値と実質的に一致するm/z値の予測値を有するコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を見出す工程、
(5)前記コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸は、それぞれコンドロイチンオリゴ糖又はコンドロイチン硫酸オリゴ糖である(1)〜(4)のいずれかに記載の方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明は一般的な質量分析データを用いるだけで、簡易にCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置が同定できるという優れた効果を有する。具体的には、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH及びCSをMS2に付した場合に得られるm/z値の予測値をデータベース化して、このm/z値の予測値と、分子構造が不明なCH又はCSを含む実試料におけるm/z値の実測値との照合により、CH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置を簡易かつ迅速に同定することが可能となる。また、CH及びCSのMS2によるイオン断片化の規則性を市販ソフトウェアに入力することにより、構造解析アプリケーションを提供すること
も可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0017】
本発明の方法による解析対象となる糖鎖はCH及びCSである。CH及びCSは、ヒアルロン酸などと共に、GAGと称される糖鎖のカテゴリーに含まれ、ヒトを含む動物細胞の表面や、軟骨成分などとして存在するものであり、生体における様々な機能を司っている分子として着目されている。
【0018】
CH及びCSの構造は、2種類の単糖(GalNAc及びGlcA)がグリコシド結合により交互に繰り返す直鎖状の基本骨格を有しており、GalNAcとGlcAからなる2糖単位の繰り返し構造とみなすことができる。硫酸基を全く持たないものがCHであり、硫酸基を持つものがCSである。CSの2糖単位は、その硫酸基位置の違いにより種々の異性体が存在するが、その代表的なものとしてCSAとCSCが挙げられ、2糖単位が単一の硫酸基位置異性体(硫酸基を含まないものを含む)で構成されているものや、異なる種類の硫酸基位置異性体(硫酸基を含まないものを含む)で構成されているものが存在する。
【0019】
本明細書等において、均一な配列のCSAとは、それを構成する2糖単位がCSAのみからなるCSをいう。
【0020】
本明細書等において、均一な配列のCSAオリゴ糖とは、それを構成する2糖単位がCSAのみからなるオリゴ糖をいい、単にCSAオリゴ糖ともいう。
【0021】
本明細書等において、均一な配列のCSCとは、それを構成する2糖単位がCSCのみからなるCSをいう。
【0022】
本明細書等において、均一な配列のCSCオリゴ糖とは、それを構成する2糖単位がCSCのみからなるオリゴ糖をいい、単にCSCオリゴ糖ともいう。
【0023】
本明細書等において、CHオリゴ糖とはそれを構成する2糖単位がCHのみからなるオリゴ糖をいう。
【0024】
本発明の方法により、MS2スペクトルにおけるm/z値を予測することが可能なCH又はCSは、これらを構成する単糖の数が偶数のものであり、かつ、還元末端にGalNAc残基を有しているものである。糖鎖長については特に制限はなく、通常には該CH又はCSを構成する2糖単位の数が1〜10の整数であり、2糖単位の数が1〜9、1〜4、1〜3の整数のものなども例示することができる。本発明においてこのようなCH又はCSを、2糖単位からなるCH又はCSという。
【0025】
本発明によって糖鎖長及び硫酸基位置を同定することが可能なCH又はCSは、これらを構成する単糖の数が偶数のものであり、かつ、還元末端にGalNAc残基を有しているものである。糖鎖長については特に制限はなく、通常には該CH又はCSを構成する2糖単位の数が1〜10の整数であり、2糖単位の数が1〜9、1〜4、1〜3の整数のものなども例示することができる。
【0026】
本明細書等におけるオリゴ糖には、それを構成する単糖の数が2〜20の整数である全てのものが含まれるが、本発明において同定できるオリゴ糖は、これらを構成する単糖の数が偶数であり、かつ還元末端にGalNAc残基を有しているものである。
【0027】
本発明の方法により、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH又はCSにおいて、2糖単位のCH、CSA又はCSCがどのように連なった構造をしているのかを判別することができる。また、該CS配列中に含まれるGalNAcのC−4位とC−6位の両方が硫酸化されている2糖単位(しばしばCSEと称される)をも同定しうる。
【0028】
本発明における質量分析は、一般的な質量分析データを出力できる既存の質量分析装置により行うことができる。本発明に使用可能な質量分析装置としては、例えばEsquire,HCT(ブルカー・ダルトニクス社製)、LCQ,LTQ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)などが挙げられる。本明細書等において質量分析データとは、MSスペクトル及びMS2スペクトルの両データを含み、本発明において質量分析(MS)に付すとは、質量分析データを得るために被検試料を質量分析にかけることをいう。本発明においてMS2に付すとは、MS2スペクトルのデータを得るために、被検試料をMS2(2段階質量分析)にかけることをいう。
【0029】
本発明においてMSスペクトルとは、分析対象の糖鎖をイオン化して得られる、当該糖鎖の分子量を反映するスペクトルをいう。本発明においてMS2スペクトルとは、MSスペクトルで測定された任意のイオン(イオン化した分析対象の糖鎖分子)に対して装置内でエネルギーを加え、過剰エネルギーによって当該イオンが壊れて生じた様々な断片(以後フラグメントイオン又はプロダクトイオンともいう)の質量を反映するスペクトルをいう。
【0030】
本発明においてm/z値とは、質量電荷比とも呼ばれ,イオンの質量(m)をイオンの電荷数(z)で割った値のことをいう。質量分析装置は,電場や磁場中で質量電荷比の値に応じたイオンの運動の差を読み取るものであり、m/z値にイオンの価数をかければイオンの質量が計算できる。
【0031】
本発明において、CH又はCSの「糖鎖長及び硫酸基位置」とは、CH又はCSを構成する2糖単位の数及びCH又はCSにおいて硫酸基が存在する位置をいう。CH及びCSの基本骨格は、GalNAcとGlcAからなる2糖単位の繰り返し構造であり、本発明では特に、このうちGalNAcのC−4位及び/又はC−6位に硫酸基を有する構造を扱う。したがって、本発明において「2糖単位からなるCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を設定する」とは、CHの場合には2糖単位の数を設定することをいい、CSの場合には任意の位置のGalNAcにおける硫酸基位置を設定し(硫酸基を含まないように設定することを含む)、かつ2糖単位の数を設定することをいう。また、本発明において「糖鎖長及び硫酸基位置を同定する」とは、CH又はCSの2糖単位の数及びGalNAcの硫酸基位置の違い(硫酸基を含まないものを含む)による異性体構造を明らかにすることをいう。
【0032】
本発明において「フラグメントイオンの価数」とは、フラグメントイオンにおける脱プロトン化の数をいう。質量分析において、CHでは通常には分子中のカルボキシル基の全部又は一部が脱プロトン化されてイオン化し、CSでは通常には分子中のカルボキシル基及び硫酸基の全部又は一部が脱プロトン化されてイオン化する。従って、フラグメントイオンの価数はフラグメントイオンに存在し得るカルボキシル基と硫酸基の数の和を超えることはない。
【0033】
本発明の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法において、m/z値が実質的に一致するとは、分子構造が不明なCH又はCSのMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値の実測値の中に、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH又はCSをMS2に付した際に、2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグ
メントイオンについてのm/z値の予測値が含まれることの他、前記実測値の中に前記予測値の一部のみが含まれる場合をも意味する。ここで、CH又はCSをMS2に付した際には、2糖単位中のグリコシド結合以外の部分が切断されて生じたフラグメントイオンも含まれるので、前記実測値の数が前記予測値の数より少なくなることはない。
【0034】
前記実測値の中に前記予測値の一部のみが含まれる場合において、m/z値が実質的に一致すると判断されるケースについて以下に説明する。
【0035】
2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じた断片が全てイオン化されれば、B−タイプ及びY−タイプイオンの両方、又はC−タイプ及びZ−タイプイオンの両方が生じる(図2)。しかしながら、現実にはB−タイプ及びY−タイプイオンの一方、又はC−タイプ及びZ−タイプイオンの一方が電荷を失う場合があり、電荷を失ったフラグメントはスペクトル上に観察されない。従って、前記予測値のうち、前記実測値に含まれなかったm/z値が存在したとしても、当該m/z値を与えるフラグメントイオンが生じるためのグリコシド結合の切断により生じる他方のフラグメントイオン(当該m/z値を与えるフラグメントイオンがB(Y)−タイプの場合には他方のフラグメントイオンはY(B)−タイプイオンであり、当該m/z値を与えるフラグメントイオンがC(Z)−タイプの場合には他方のフラグメントイオンはZ(C)−タイプイオンである)の予測値が前記実測値に含まれていれば、m/z値が実質的に一致していると判断することができる。
【0036】
前記予測値と前記実測値が実質的に一致したときに、前記実測値を与えたCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置(不明であった糖鎖長及び硫酸基位置)が、前記予測値を与えたCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置と同一であると同定する。
【0037】
異なる糖鎖長及び硫酸基位置に設定した、2糖単位からなる複数のCH又はCSの各々ついて、2糖単位中のグリコシド結合が切断された場合に生じうる全てのフラグメントイオンのm/z値の予測値を算出し、予めデータベースを作成しておけば、分子構造が不明なCH又はCSのMS2スペクトルにおけるm/z値の実測値を、前記データベースと照合することにより、当該分子構造が不明なCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を同定することができる。この場合、前記m/z値の実測値と実質的に一致するm/z値の予測値を与えたCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置が、前記分子構造が不明なCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置であると同定することができる。
【0038】
以下、本発明において上記のとおり観察されたCH及びCSオリゴ糖鎖のグリコシド結合の切断(開裂)の規則性について説明する。
【0039】
ここで、CH又はCSのモデルとして還元末端(図1の右端側)にGalNAc残基、非還元末端(左端側)にGlcA残基を有するものを想定する。
【0040】
この糖鎖は、グルクロニド結合を間に挟む2糖単位の繰り返しであり、還元末端からU=1、2、3、・・・N番目の単位と数える。すなわち、図1に示す偶数の長さの糖鎖は「2N糖」である。
また、任意の2糖単位をU=uと表現する。
【0041】
既報のフラグメントイオンの命名法(Glycoconjugate Journal 5,397−409,1988)に基づくと、本発明において着目する各グリコシド切断イオンは、図2のとおり命名される。すなわち、2糖単位中のグルクロニド結合の切断が当該結合の酸素原子よりもGlcA側で生じた場合には、その切断により生じる非還元末端側及び還元末端側のフラグメントイオンをそれぞれB−タイプイオン及びY−タイプイオンと呼び、2糖単位中のグルクロニド結合の切断が当該結合の酸素原子よりもGa
lNAc側で生じた場合には、その切断により生じる非還元末端側及び還元末端側のフラグメントイオンをそれぞれC−タイプイオン及びZ−タイプイオンと呼ぶ。
【0042】
ここでU=uの場合の各B、C、Y及びZ−タイプイオン(それぞれB2(N-u)+1、C2(N-u)+1、Y2u-1及びZ2u-1イオンと表記)のMS2スペクトルにおけるシグナルm/z値(横軸値)は、次の数式で与えられる。
【0043】
1)B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a2)C2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+18+80s−a}/a
3)Y2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+18+80s−a}/a
4)Z2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+80s−a}/a
N: 被検糖鎖の2糖単位数
U: 着目する切断グリコシド結合の属する、還元末端からの2糖単位の番号
379: 硫酸基を持たない2糖単位の質量
176: 硫酸基を持たないGlcA残基の質量
203: 硫酸基を持たないGalNAc残基の質量
80: 硫酸基1個あたりの質量
18: グリコシド結合の酸素の質量
s: グリコシド結合が切断されて生じたイオンに含まれる硫酸基数(多くの場合、MS2スペクトルより判読可能)
a: グリコシド結合が切断されて生じたイオンの価数(多くの場合、MS2スペクトルにおける同位体組成より判読可能)
【0044】
また、本発明において見出されたCH及びCSのフラグメンテーションの規則性は図3のとおりである。
すなわち、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基に硫酸基が存在しない場合には、C2(N-u)+1イオン及びZ2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断を生じ、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基のC−4位に硫酸基が存在する場合には、B2(N-u)+1イオン及びY2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断を生じ、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基のC−6位に硫酸基が存在する場合には、B2(N-u)+1イオン及びY2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断と、C2(N-u)+1イオン及びZ2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断を生じる。
【0045】
また、フラグメンテーションのメカニズム上、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基のC−4位およびC−6位の双方に硫酸基が存在する場合には、B2(N-u)+1イオン及びY2u-1イオンの両方又は一方が生じる切断が生じることになる。
【0046】
ここで、「両方又は一方」と表現したのは、MS2におけるグリコシド結合切断後、電荷を有していないフラグメントについては装置原理上観測されないためである。本発明の場合、硫酸基もしくはカルボキシル基がイオン化時に脱プロトン化し、負電荷を獲得して検出されるが、すべてのそのような官能基が脱プロトン化するわけではないため、脱プロトン化した基が存在しない断片は検出されない。すなわち、B−タイプイオンとY−タイプイオンのいずれか、また、C−タイプイオンとZ−タイプイオンのいずれかが観測されれば、当該結合は切断されたと見なすことができる。
【0047】
本発明のMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法は、MS2において生じ得る全てのフラグメントイオンのm/z値を予測する方法と、着目する一部のフラグメントイオンのm/z値のみを予測する方法とを含む。
【0048】
MS2において生じうる全てのフラグメントイオンのm/z値を予測する場合には、U=1〜Nの全てについて、2糖単位中のGalNAcの硫酸基の存在及び硫酸基位置に従って選ばれる、B、C、Y及びZ−タイプイオン(すなわち、切断されるグリコシド結合が属する2糖単位のGalNAcに硫酸基が存在しないときはC及びZ−タイプイオン、C−4位に硫酸基が存在するときはB及びY−タイプイオン、C−6位にのみ硫酸基が存在するときはB,C,YおよびZ−タイプイオン)のm/z値を算出する。
【0049】
一方、特定のグリコシド結合の切断によって生じるフラグメントイオンのm/z値だけを予測することもできる。例えば、知りたいフラグメントイオンのm/z値がU=uにおけるグリコシド結合の切断により生じるB−タイプイオンのみである場合には、
B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a
の値のみ算出することができる。
【0050】
続いて、モデルケースを用いて本願発明の方法を用いたCSの糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法を、例を挙げて以下に示す。
【0051】
あるCSオリゴ糖鎖のMSスペクトルを取得したところ、図4のように467のm/z値に強いシグナルが現れた。スペクトルを横方向に拡大してみたところ(図略)、同位体のシグナルが467.5及び468.0のm/z値に出現したため、これが2価のイオンであり、分子の質量は467×2+2(H)=936と算出された。
【0052】
この分子量は、通常糖鎖の質量分析研究者が用いる糖鎖組成プログラム、Webリソース、あるいは経験則によれば、203(GalNAc)×2+176(GlcA)×2+18(飽和オリゴ糖)+80(硫酸基)×2=936となり、硫酸基が2箇所に結合したCS4糖であると考えられる。この467のm/z値を与えたイオンについてのMS2スペクトルを取得したところ、図5のようになった。
【0053】
4糖であれば、本発明によると着目すべきグリコシド結合は図6のように2箇所である。
【0054】
ここで、MS2スペクトル上に既に282及び300の両m/z値を与えるイオンが観測されている。これは1つの硫酸基を持ったGalNAc、すなわちY1イオンとZ1以外にはなく、これら双方の出現により、フラグメンテーション規則上、還元末端GalNAcはC−6位が硫酸化されていることになる。
【0055】
ちなみに、同じ切断位置から生じるB3及びC3イオンは、数式にあてはめると、
B2(2-1)+1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+176]+80×1−1}/1
=634、及び
C2(2-1)+1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+176]+18+80×1−1}/1
=652
となり、どちらのイオンもMS2スペクトル上に観測されていることから、重ねて還元末端GalNAcのC−6位が硫酸化されていることを確認し得る。
【0056】
続いて、残る一つの硫酸基の位置について検討する。計算式においてY3及びZ3イオ
ンのm/z値を予測すると以下のようになる。
Y2×2-1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+203]+18+80×1−1}/1
=679、及び
Z2×2-1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+203]+80×1−1}/1=661。
【0057】
しかしながら、これらのm/z値のイオンはMS2スペクトル上に確認できていない。念のために2価イオンを想定(a=2)した計算値についても調べたが、いずれのイオンも同様に確認できなかった。一方、弱小シグナルではあるが、
B1(m/z)=175
C1(m/z)=193
のそれぞれに相当するイオンについてはMS2スペクトル上に確認することができたため、当該グリコシド結合に関与するGalNAcのC−6位が硫酸化されていることが強く示唆される。
【0058】
以上の検討の結果、図4および図5のMSスペクトル及びMS2スペクトルを与えた糖鎖試料は、
GlcA−GalNAc6S−GlcA−GalNAc6S
の配列であると確定することができる。
【0059】
上記モデルケースではGalNAcの硫酸基がすべて6位に位置しているケースについて説明した。当該ケースはB、C、Y及びZ−タイプの各フラグメントイオンが全て生じ得るために、他の硫酸基位置を有するものよりも解析が複雑であるといえる。従って、硫酸基が4位に位置しているケースや、4位と6位の双方に位置しているケース、あるいはGalNAcの全部又は一部に硫酸基が存在しないケースについても同様に糖鎖長及び硫酸基位置を同定できることは当業者に明らかである。また、糖鎖長が10糖程度までのCH又はCSであれば、MSスペクトルデータから、前記糖鎖組成プログラム、Webリソース、あるいは経験則により硫酸基数や糖鎖長を予測することが可能であることも当業者に明らかである。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに詳細に説明を加える。ただし、本発明の範囲は実施例に限定されるものではない。
【0061】
〔実施例1〕
MS2におけるCHの断片化規則の解析
硫酸基を持たないCHオリゴ糖を、そのMSnによる断片化(フラグメンテーション)の規則性を調べるために分析した。
【0062】
(1)CHオリゴ糖の調製
全てのCHオリゴ糖は愛知医科大学分子医科学研究所から入手した。簡単な手順は以下のとおりである。CHの飽和4糖及び6糖(CH4及びCH6)はJ.Biol Chem. 277,21567−21575(2002)及びAnal. Biochem. 365,62−73(2007)に記載の方法をわずかに改良して調製した。すなわち、CH(生化学工業株式会社製)を精巣ヒアルロニダーゼ(タイプ−5、シグマ社製)により消化し、生じたオリゴ糖を陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで分離した後、サイズ排除クロマトグラフィーにより脱塩した。非還元末端にGalNAcを有するCH3及びCH5は、CH4及びCH6をβグルクロニダーゼ(牛肝臓由来、タイプB−1、シグマ社製)で処理することによって得た。CH6より長いオリゴ糖は、CH6を最初の
グリコシル化アクセプターとして使用し、CHポリメラーゼにより酵素的に合成した。
【0063】
(2)ESI−MSn分析条件
負イオンモードESI−IT MSは、Esquire 3000 Plus(Bruker Daltonik GmbH社製) を使用した。オリゴ糖を2.5mMの酢酸アンモニウムを含む50%メタノール(pH6.0)に溶解し、シリンジポンプを用いて360μL/時間の流速で装置に直接注入した。−3.8kVのキャピラリー電圧、−500Vのエンド−プレートオフセット、4.0L/分の乾燥窒素ガス流量、300℃の乾燥温度にそれぞれセットして操作した。CID法によるMSnデータは、フラグメンテーションエネルギーを1.0Vに調整して取得した。スキャン分子量範囲は、m/z 50〜1000又は1500に設定し、スキャン解像度は5500Da/sに設定した。
【0064】
(3)結果と考察(シグナルの帰属は、Glycoconjugate Journal
5,397−409,1988に従って実施した)
3糖(CH3)〜8糖(CH8)のCHオリゴ糖について負イオンESI質量スペクトルを得た(表1)。CH4〜CH8では2重の脱プロトン化分子である[M−2H]2-が顕著に出現した一方で、CH3では[M−H]-が顕著に出現した。その後、それらの断片化特性を調べるためにCID MSn実験を行った。
【表1】
【0065】
図7に、MSnプロダクトイオンの質量スペクトルの例を示す((A):CH5、(
B):CH6)。ほぼ全ての観察されたプロダクトイオン(フラグメントイオン)はグリコシド切断に由来するものであり、共通の断片化規則を見出した。すなわち、飽和CHオリゴ糖は全てのCIDプロセス1回ごとに単糖の残基を消失し、C−タイプイオンを生じた。
主にC−タイプイオンを産生するこれらの断片化について、3つのメカニズムが提唱できる(図8)。GalNAc残基の脱離は、チャージ・インデュースト・フラグメンテーションによって起こり得る(図8(A)、(C))。一方、GlcA残基の脱離についても同様に、オキシラン環を形成するメカニズムが考えられる(図8(B))。
【0066】
〔実施例2〕
MS2におけるCSの断片化規則の解析
配列が均一な2糖、4糖及び6糖のCSA及びCSCオリゴ糖をMSnによって分析した。硫酸化された部位に特有のフラグメンテーションの特徴がMS2スペクトルに観察された。断片化結果に基づいて、予想される開裂メカニズムについても考察する。
(1)CSオリゴ糖の調製
全てのCSオリゴ糖は生化学工業株式会社において調製した(図9)。2糖、4糖及び6糖の均一な配列のCSAオリゴ糖(CSA2、CSA4及びCSA6)はチョウザメの脊索から単離されたCSA(生化学工業株式会社製)から調製した。このCSAはC−4が硫酸化されたGalNAcを有する2糖単位がクジラ軟骨から単離されたそれよりもかなり豊富である。このCSAを精巣ヒアルロニダーゼ(タイプV, 購入先:シグマ社)で消化し、これにより生成したオリゴ糖を、硫酸化部位の異なる異性的オリゴ糖を分離できるNH2修飾シリカカラム(YMC−Pack NH2, YMC社製)に接続された陰イオン交換HPLCによって繰り返し分離し、その後サイズ排除クロマトグラフィーにより脱塩した。こうして得られたオリゴ糖の構造を1H−NMR測定及び酵素消化分析の両方によって分析し、C−4部位が硫酸化されたGalNAcのみを有することを確認した。
【0067】
GalNAcのC−6部位のみが全て硫酸化された均一な配列のCSCの2糖、4糖及び6糖のオリゴ糖(CSC2、CSC4及びCSC6)は、市販されている硫酸化されていないコンドロイチン(CH、生化学工業社製)の化学的硫酸化物より調製した。低温下(0℃)におけるN,N−ジメチルフォルムアミド中でのピリジン−三酸化硫黄複合体によるCHの硫酸化により、一級水酸基(GalNAcのC−6位)が主に硫酸化された硫酸化CHを得た。その後、精巣ヒアルロニダーゼで消化して生成したオリゴ糖は、所望のオリゴ糖を得るためにサイズ排除クロマトグラフィーによって繰り返し分離された。こうして得られたオリゴ糖の構造を酵素消化により分析し、CSに含有されるGalNAcは全てC−6位のみが硫酸化されていることを確認した。
【0068】
(2)ESI−MSn分析条件
負イオンモードESI−IT MSは、Esquire 3000 Plus(Bruker Daltonik GmbH社製)を使用した。オリゴ糖サンプルは2.5mM酢酸アンモニウムを含むメタノール(スペクトロフォトメトリックグレード、販売元:アルドリッチケミカル)に溶解し、20μL/hの流速でナノスプレー装置(PicoTipTM Emitter、New Objective社製)を用いて装置に注入した。−2.5kVのキャピラリー電圧、−500Vのエンドプレートオフセット、5.0L/分の乾燥窒素ガス流量、300℃の乾燥温度にセットし操作した。CID−MS2データはフラグメンテーションエネルギーを1.0Vに調整して取得した。スキャン質量範囲はm/z 50〜1500であり、スキャン解像度は5500m/z/sとした。
【0069】
(3)結果と考察
1)均一な配列のCSAオリゴ糖
チョウザメの脊索由来のCSAはGlcA−GalNAc4S配列を高含有(>90%)するものであるため、その単純反復配列(均一な配列)のオリゴ糖の調製に適している。このCSAから得られたオリゴ糖、すなわちCSA2、CSA4及びCSA6をMSnにかけた。
【0070】
CSAオリゴ糖の各MSスペクトルは、本研究において採用した条件下で、[M−nH]n-(「n」は分子中の硫酸基の数に等しい)に対応する単純な単一シグナルを示した(データ省略)。すなわち、CSA2、CSA4及びCSA6は、MSにおいてそれぞれ[M−H]-(m/z 476)、[M−2H]2-(m/z 467)及び[M−3H]3-(m/z 464)のイオンを与えた。続いてそれぞれのイオンを前駆イオンとしてMSnにかけた。図10は、MS2におけるオリゴ糖の生成物イオンマススペクトルを示す。それらは高度に規則的なグリコシド切断様式を示し、脱硫酸を伴わずにB−タイプ及びY−タイプのプロダクトイオンを生成した。それらは全て、それぞれの負荷電がそれぞれの硫酸基に位置しているとの想定のもとに帰属することができた(表2)。硫酸化されていないCHオリゴ糖の断片化では、ほとんどの断片がC−タイプイオンであり、負荷電はカルボキシル基に位置していると考えられる。従って、GalNAcのC−4水酸基の硫酸化は、オリゴ糖の断片化パターンに重要な影響を与えることが立証された。
【表2】
【0071】
2)均一な配列のCSCオリゴ糖
同様に、均一な配列のCSCオリゴ糖を分析した。それらのMS2スペクトルを図11に示すが、均一な配列のCSAオリゴ糖の場合とは対照的に、非常に複雑な特徴を示した。CSAオリゴ糖で観察されたプロダクトイオンの全てはCSCオリゴ糖断片においてもまた観察され、特にB−タイプ及びY−タイプイオンが共通している点は注目に値する(図10)。加えて、同一のグリコシド結合において、C−タイプ及びZ−タイプイオンがB−タイプ及びY−タイプイオンと匹敵する程度にほぼ等量生じた。興味深いことに、いくつかのプロダクトイオンは硫酸基を失って水酸基を生じている点(例えば、[M−SO3−nH]n-、B3−SO3、C3−SO3等)もまた注目された。脱硫酸種及びC−タイプ及びZ−タイプイオンは、均一な配列のCSAオリゴ糖の断片としては、全く検出されないか、検出されても極微量であった。すなわち、CSCオリゴ糖の前駆イオンは多様な断片化を起こすことが分かった。
【0072】
3)断片化メカニズム
本研究で得られたデータは、CS骨格の断片化(フラグメンテーション)パターンがGalNAc残基における硫酸化位置を明確に反映することを示してきた。これらの断片化メカニズムは下記のように考察できる。
【0073】
I)GlcAの還元末端側においてB−タイプ及びY−タイプイオンを生成するグリコシド切断
この切断はCSAとCSCオリゴ糖の両方の断片化において起こったが、CHオリゴ糖では起こらなかった。すなわちこれは、CSの硫酸化配列のための特有の開裂プロセスとして考えられ、GlcAのC−2水酸基が関与するメカニズムによって理解される(図12(B)及び(C)、非特許文献5)。このプロセスは電荷位置に影響されない断片化(チャージリモートフラグメンテーション)であり、従って、GalNAc残基における硫酸基の位置とは無関係に生じる。
【0074】
II)GlcAの還元末端側においてC−タイプ及びZ−タイプイオンを生成するグリコシド切断
このタイプのグルクロニド切断はCSCオリゴ糖において観察されたが、CSAでは観察されなかった。一方で、非硫酸化CHオリゴ糖でも生じる切断パターンである(図12(A))。チャージインデューストフラグメンテーションによるCHオリゴ糖の断片化において、カルボキシル基に存在する負電荷は、C−タイプ及びZ−タイプイオンを与える開裂プロセスの引き金となる(図8)。しかしながら、本来硫酸化された糖の一般的なケースではそれらは荷電に影響されない断片化(チャージリモートフラグメンテーション)をする(非特許文献5及びRapid Commun. Mass Spectrom. 19 1788−1796(2005))。ここで、CSCオリゴ糖の断片化については、プロトン移動を仮定することにより、その断片化メカニズムを理解することが可能である(図12(C))。
【0075】
以上のように、CHとCSオリゴ糖のESI−MS2での断片化は、個々の構造に特異的な開裂メカニズムをベースに理解することができた。これらの組織化された知見は、CSA及びCSCの両者のオリゴ糖の区別だけでなく、多種のCS関連オリゴ糖の配列決定にも拡張することができると考えられる。
【0076】
より普遍的なCS配列決定プロトコール
次に、上記MS2スペクトルの規則性に基づき、任意の配列のCSについて、その配列の予測が可能であることについて述べる。
【0077】
上記実施例では、CH、CSA及びCSCの均一な配列の標準オリゴ糖を分析した。得られたデータによって、GalNAcの硫酸化位置に特異的な断片化規則を見出すこと
ができた(図12に断片化メカニズムを示す)。これらの結果を総合すれば、不均一な硫酸化配列を有するCSオリゴ糖の断片化挙動についても、図13のように推測可能であることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、多段階質量分析装置を用いたCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置の同定手段を提供するものであり、これによりCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置と生体における機能の関係を明らかにすることができるため、CHもしくはCSの化学構造の異常に起因する各種疾患の診断、治療に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】還元末端にGalNAc残基、非還元末端にGlcA残基を有するCH又はCSの分子構造モデルを示した図である。
【図2】グリコシド結合の切断により生じるフラグメントイオンの命名法を示した図である。
【図3】GalNAc残基の硫酸基位置と、該GalNAc残基が属する2糖単位中のグリコシド結合の切断により生じるフラグメントイオンのタイプとの関係を示す図である。
【図4】モデルケースのMSスペクトルを示す図である。
【図5】モデルケースのMS2スペクトルを示す図である。
【図6】モデルケースにおける、着目すべきグリコシド結合と、そこから生じ得るフラグメントイオンのタイプを示した図である。
【図7】CHオリゴ糖の典型的なESI−MSnフラグメントを示す図である((A):CH5、(B)CH6)。
【図8】飽和CHオリゴ糖のMSn断片化の提唱されるメカニズムを示す図である((A):C−タイプイオンを生じるグルクロニド結合の還元末端側の切断メカニズム、(B):C又はZ−タイプイオンを生じるN−アセチルガラクトサミニドの切断メカニズム)、(C):C−タイプイオンを生じるグルクロニド結合の切断メカニズム)。
【図9】本実施例で分析したCSオリゴ糖の構造((A):均一な配列のCSAオリゴ糖、(B):均一な配列のCSCオリゴ糖)を示す図である。
【図10】分析された均一な配列のCSAオリゴ糖のESI−MS2スペクトルを示す図である((A):CSA2、(B)CSA4、(C)CSA6)。各オリゴ糖の断片化パターンについてもそれぞれ図示した((D):CSA2、(E):CSA4、(F):CSA6)。
【図11】分析された均一な配列のCSCオリゴ糖のESI−MS2スペクトルを示す図である((A):CSC2、(B)CSC4、(C):CSC6)。各オリゴ糖の断片化パターンについてもそれぞれ図示した((D):CSC2、(E):CSC4、(F):CSC6)。
【図12】CHオリゴ糖(図中(A))、CSAオリゴ糖(図中(B))及びCSCオリゴ糖(図中(C))のグリコシド結合の推定切断メカニズムを示した図である。
【図13】均一な配列と不均一な配列のCSにおける切断パターンを示した図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置のコンドロイチン(CH)又はコンドロイチン硫酸(CS)を質量分析に付した場合に得られるMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法に関する。さらに本発明は、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH又はCSを質量分析に付して得られたMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値と、前記予測方法を利用して得られたm/z値とを比較検討して、前記不明な糖鎖長及び硫酸基位置を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下に本明細書等において使用する略語について説明する。
CH:コンドロイチン
CS:コンドロイチン硫酸
GAG:グリコサミノグリカン
GAG創薬:GAGを基点とした糖鎖創薬
MS:質量分析
MSn:多段階質量分析
MS2:2段階質量分析
Hep:ヘパリン
HS:ヘパラン硫酸
GalNAc:N−アセチルガラクトサミン
GlcA:グルクロン酸
CSA:コンドロイチン硫酸A(GalNAcのC−4位の水酸基が硫酸化されたもの(GalNAc4S))
CSC:コンドロイチン硫酸C(GalNAcのC−6位の水酸基が硫酸化されたもの(GalNAc6S))
ESI−IT:エレクトロスプレーイオン化−イオントラップ型
CID:衝突誘起解離
【0003】
糖鎖構造解析において、ここ数年間に多段階質量分析装置が高頻に使用されるようになってきた。糖鎖のなかで特に複雑な構造を呈するGAGの研究シーンにおいても、1990年代後半から精力的にMSが使われるようになっている(非特許文献1)。
【0004】
GAGの構造解析の難しさは、構造異性体(硫酸基位置異性体やウロン酸のエピマー)の存在により分子構造が無限に存在し得ることに起因する。GAG創薬を実現するためには、無限に存在し得る異性体群を含んだ配列の中から生体機能を司るに必須な構造を解明するとともに、その分子構造情報をもとにして、当該機能を人為的に制御し得る配列を新たに設計していくことが必要になる。そして、そのGAG創薬の作業においては、一般的な低分子化合物やタンパク質を創薬候補化合物とする場合と比較して、遥かに高いウェートで構造解析技術が寄与することとなる(非特許文献2)。
【0005】
MSnによるGAGの構造解析において特に着目されることの多い硫酸基位置異性体の識別は、これまでに短鎖オリゴ糖(GAGを脱離酵素によって分解して得られる不飽和型2糖)を対象に多く実施されてきた。例えばCSの2糖の解析例としては非特許文献3及び非特許文献4などが挙げられ、Hep/HSの2糖の解析例としては非特許文献5などが挙げられる。また、ウロン酸エピマーの識別例としては非特許文献6が挙げられる。
【0006】
一方、GAGの構造解析を目的にMSnを最大限に活用する試みはあるが、いまだ普
遍性の高い手法は開発されていないと言ってよい。これまでに、Hep/HSオリゴ糖の分子構造をMSnによって解析するアルゴリズムが発表されているが(非特許文献7)、本法を用いてもウロン酸エピマーに関する構造情報は得ることができない。また、非特許文献8においてはケラタン硫酸の配列解析法が紹介されているが、ウロン酸を有するGAGには適用できない方法論である。
【0007】
GAGのなかでも特に、そのユニークな構造と生理活性から長年脚光を浴びているものとして、CSが挙げられる。CSもまた異性体構造が多く、配列も不均一性が高い(非特許文献9、非特許文献10及び非特許文献11)。
【0008】
MSnによるCSの配列解析の試みもまたいくつか報告されているが、いずれも決定力を欠く点を指摘し得る。
【0009】
例えば、非特許文献12及び非特許文献13では、CSAとCSCの構造異性体をMS2スペクトルのイオン強度によって識別し、長鎖オリゴ糖においてもその法則が適用されることを示しているが、文献上の記述において、標準データの取得に用いられたオリゴ糖試料そのものが配列異性体の混合物と考えられ、またイオン強度の誤差範囲が明示されていないことから、配列決定精度に難点が生じ得る。また、非特許文献14では、高い感度で高硫酸化長鎖オリゴ糖のMS2スペクトルが得られているが、硫酸基の結合位置までは同定されていない。
【0010】
さらに、非特許文献4ではCS分解酵素を併用した配列解析法を提示しているものの、交互型配列、ランダム型配列もしくはブロック型配列の鎖長を推測するに止まる。
【0011】
このような状況から、分析感度が高く、かつスループットの高いMS2を用い、より高い精度でCSの配列を決定する方法論が待ち望まれている。
【非特許文献1】Trends in Glycoscience and Glycotechnology 18,293−312,2006
【非特許文献2】Medical Science Digest 33,964−965,2007
【非特許文献3】Journal of American Society of Mass Spectrometry 11,916−920,2000
【非特許文献4】Analytical Chemistry 73,3513−3520,2001
【非特許文献5】Journal of American Society of Mass Spectrometry 15,1274−1286,2004
【非特許文献6】Journal of American Society of Mass Spectrometry 18,234−244,2007
【非特許文献7】Analytical Chemistry 77,5902−5911,2004
【非特許文献8】Analytical Chemistry 78,891−900,2006
【非特許文献9】Advances in Pharmacology 53,33−48,2006
【非特許文献10】Advances in Pharmacology 53,282−295,2006
【非特許文献11】Advances in Pharmacology 53,523−539,2006
【非特許文献12】Analytical Chemistry 73,6030−6039,2001
【非特許文献13】Journal of American Society of Mass Spectrometry 14,1270−1281,2003
【非特許文献14】Electrophoresis 25,2010−2016,2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH又はCSを質量分析に付した場合に得られる、MS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法を提供することである。さらに本発明の目的は、分子構造が不明なCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を、質量分析によって簡易に同定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、高純度のCHオリゴ糖、CSAオリゴ糖及びCSCオリゴ糖について、各々のMS2スペクトルを分析した結果、各構造ごとに規則的なフラグメントイオンが生成していることを見出した。そして、前記フラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値が、CH、CSA及びCSCオリゴ糖の糖鎖長及び硫酸基位置に基づいて所定の数式によって予測できることを見出した。さらに、任意に設定した糖鎖長及び硫酸基位置のCH及びCSのMS2スペクトルにおけるm/z値の予測値と、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH及びCSのm/z値の実測値とを比較検討することで、当該不明なCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置を同定することが可能となることを見出し本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち本発明は、
(1)少なくとも以下の工程を含む、コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に生じるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を予測する方法:
(I)MS2スペクトルにおけるm/z値の予測対象となる2糖単位からなるコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を設定する工程;
(II)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に切断されるグリコシド結合が属する2糖単位を選択する工程;
(III)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸について、下記の(i)〜(iv)の各数値を求める工程;及び
(i)N:2糖単位の数、
(ii)u:還元末端から順に2糖単位を1単位として番号を付した場合における、前記(II)で選択した2糖単位の番号、
(iii)s:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの硫酸基の数、
(iv)a:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの価数、
(IV)前記(III)の工程により求めた各数値を、以下の(A)〜(C)のいずれかに従って下記(イ)〜(ニ)の式に当てはめて、前記(II)で選択した2糖単位に属するグリコシド結合の切断によって生じ得るB、C、Y及びZ−タイプから選ばれるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を求める工程;
(A)前記(II)で選択したグリコシド結合が属する2糖単位を構成するN−アセチルガラクトサミンが硫酸基を有さない場合には下記の(ロ)及び(ニ)の式、
(B)前記N−アセチルガラクトサミンのC−4位に硫酸基を有している場合には下記の(イ)及び(ハ)の式、又は
(C)前記N−アセチルガラクトサミンのC−6位のみに硫酸基を有している場合には下記の(イ)〜(ニ)の全ての式、
(イ)B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a、
(ロ)C2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+18+80s−a}/a、
(ハ)Y2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+18+80s−a}/a、
(ニ)Z2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+80s−a}/a、
(2)少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(V)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、
(VI)(1)に記載の方法で、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについて、MS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得する工程、
(VII)前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とを比較し、両者が実質的に一致したときに、前記分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置が、前記(VI)の工程で設定した糖鎖長及び硫酸基位置であると同定する工程、
(3)前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とが実質的に一致するまで前記(VI)及び(VII)の工程を繰り返す工程をさらに含む、(2)に記載の同定方法、
(4)少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(VIII)(1)に記載の方法で、異なる糖鎖長及び硫酸基位置に設定した、2糖単位からなる複数のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の各々について、MS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについてMS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得し、前記糖鎖長及び硫酸基位置と、前記m/z値の予測値との対応についてデータベースを作成する工程、
(IX)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、
(X)前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値を、前記(VIII)の工程で作成したデータベース上のm/z値と照合し、前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値と実質的に一致するm/z値の予測値を有するコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を見出す工程、
(5)前記コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸は、それぞれコンドロイチンオリゴ糖又はコンドロイチン硫酸オリゴ糖である(1)〜(4)のいずれかに記載の方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明は一般的な質量分析データを用いるだけで、簡易にCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置が同定できるという優れた効果を有する。具体的には、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH及びCSをMS2に付した場合に得られるm/z値の予測値をデータベース化して、このm/z値の予測値と、分子構造が不明なCH又はCSを含む実試料におけるm/z値の実測値との照合により、CH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置を簡易かつ迅速に同定することが可能となる。また、CH及びCSのMS2によるイオン断片化の規則性を市販ソフトウェアに入力することにより、構造解析アプリケーションを提供すること
も可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0017】
本発明の方法による解析対象となる糖鎖はCH及びCSである。CH及びCSは、ヒアルロン酸などと共に、GAGと称される糖鎖のカテゴリーに含まれ、ヒトを含む動物細胞の表面や、軟骨成分などとして存在するものであり、生体における様々な機能を司っている分子として着目されている。
【0018】
CH及びCSの構造は、2種類の単糖(GalNAc及びGlcA)がグリコシド結合により交互に繰り返す直鎖状の基本骨格を有しており、GalNAcとGlcAからなる2糖単位の繰り返し構造とみなすことができる。硫酸基を全く持たないものがCHであり、硫酸基を持つものがCSである。CSの2糖単位は、その硫酸基位置の違いにより種々の異性体が存在するが、その代表的なものとしてCSAとCSCが挙げられ、2糖単位が単一の硫酸基位置異性体(硫酸基を含まないものを含む)で構成されているものや、異なる種類の硫酸基位置異性体(硫酸基を含まないものを含む)で構成されているものが存在する。
【0019】
本明細書等において、均一な配列のCSAとは、それを構成する2糖単位がCSAのみからなるCSをいう。
【0020】
本明細書等において、均一な配列のCSAオリゴ糖とは、それを構成する2糖単位がCSAのみからなるオリゴ糖をいい、単にCSAオリゴ糖ともいう。
【0021】
本明細書等において、均一な配列のCSCとは、それを構成する2糖単位がCSCのみからなるCSをいう。
【0022】
本明細書等において、均一な配列のCSCオリゴ糖とは、それを構成する2糖単位がCSCのみからなるオリゴ糖をいい、単にCSCオリゴ糖ともいう。
【0023】
本明細書等において、CHオリゴ糖とはそれを構成する2糖単位がCHのみからなるオリゴ糖をいう。
【0024】
本発明の方法により、MS2スペクトルにおけるm/z値を予測することが可能なCH又はCSは、これらを構成する単糖の数が偶数のものであり、かつ、還元末端にGalNAc残基を有しているものである。糖鎖長については特に制限はなく、通常には該CH又はCSを構成する2糖単位の数が1〜10の整数であり、2糖単位の数が1〜9、1〜4、1〜3の整数のものなども例示することができる。本発明においてこのようなCH又はCSを、2糖単位からなるCH又はCSという。
【0025】
本発明によって糖鎖長及び硫酸基位置を同定することが可能なCH又はCSは、これらを構成する単糖の数が偶数のものであり、かつ、還元末端にGalNAc残基を有しているものである。糖鎖長については特に制限はなく、通常には該CH又はCSを構成する2糖単位の数が1〜10の整数であり、2糖単位の数が1〜9、1〜4、1〜3の整数のものなども例示することができる。
【0026】
本明細書等におけるオリゴ糖には、それを構成する単糖の数が2〜20の整数である全てのものが含まれるが、本発明において同定できるオリゴ糖は、これらを構成する単糖の数が偶数であり、かつ還元末端にGalNAc残基を有しているものである。
【0027】
本発明の方法により、糖鎖長及び硫酸基位置が不明なCH又はCSにおいて、2糖単位のCH、CSA又はCSCがどのように連なった構造をしているのかを判別することができる。また、該CS配列中に含まれるGalNAcのC−4位とC−6位の両方が硫酸化されている2糖単位(しばしばCSEと称される)をも同定しうる。
【0028】
本発明における質量分析は、一般的な質量分析データを出力できる既存の質量分析装置により行うことができる。本発明に使用可能な質量分析装置としては、例えばEsquire,HCT(ブルカー・ダルトニクス社製)、LCQ,LTQ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)などが挙げられる。本明細書等において質量分析データとは、MSスペクトル及びMS2スペクトルの両データを含み、本発明において質量分析(MS)に付すとは、質量分析データを得るために被検試料を質量分析にかけることをいう。本発明においてMS2に付すとは、MS2スペクトルのデータを得るために、被検試料をMS2(2段階質量分析)にかけることをいう。
【0029】
本発明においてMSスペクトルとは、分析対象の糖鎖をイオン化して得られる、当該糖鎖の分子量を反映するスペクトルをいう。本発明においてMS2スペクトルとは、MSスペクトルで測定された任意のイオン(イオン化した分析対象の糖鎖分子)に対して装置内でエネルギーを加え、過剰エネルギーによって当該イオンが壊れて生じた様々な断片(以後フラグメントイオン又はプロダクトイオンともいう)の質量を反映するスペクトルをいう。
【0030】
本発明においてm/z値とは、質量電荷比とも呼ばれ,イオンの質量(m)をイオンの電荷数(z)で割った値のことをいう。質量分析装置は,電場や磁場中で質量電荷比の値に応じたイオンの運動の差を読み取るものであり、m/z値にイオンの価数をかければイオンの質量が計算できる。
【0031】
本発明において、CH又はCSの「糖鎖長及び硫酸基位置」とは、CH又はCSを構成する2糖単位の数及びCH又はCSにおいて硫酸基が存在する位置をいう。CH及びCSの基本骨格は、GalNAcとGlcAからなる2糖単位の繰り返し構造であり、本発明では特に、このうちGalNAcのC−4位及び/又はC−6位に硫酸基を有する構造を扱う。したがって、本発明において「2糖単位からなるCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を設定する」とは、CHの場合には2糖単位の数を設定することをいい、CSの場合には任意の位置のGalNAcにおける硫酸基位置を設定し(硫酸基を含まないように設定することを含む)、かつ2糖単位の数を設定することをいう。また、本発明において「糖鎖長及び硫酸基位置を同定する」とは、CH又はCSの2糖単位の数及びGalNAcの硫酸基位置の違い(硫酸基を含まないものを含む)による異性体構造を明らかにすることをいう。
【0032】
本発明において「フラグメントイオンの価数」とは、フラグメントイオンにおける脱プロトン化の数をいう。質量分析において、CHでは通常には分子中のカルボキシル基の全部又は一部が脱プロトン化されてイオン化し、CSでは通常には分子中のカルボキシル基及び硫酸基の全部又は一部が脱プロトン化されてイオン化する。従って、フラグメントイオンの価数はフラグメントイオンに存在し得るカルボキシル基と硫酸基の数の和を超えることはない。
【0033】
本発明の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法において、m/z値が実質的に一致するとは、分子構造が不明なCH又はCSのMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値の実測値の中に、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したCH又はCSをMS2に付した際に、2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグ
メントイオンについてのm/z値の予測値が含まれることの他、前記実測値の中に前記予測値の一部のみが含まれる場合をも意味する。ここで、CH又はCSをMS2に付した際には、2糖単位中のグリコシド結合以外の部分が切断されて生じたフラグメントイオンも含まれるので、前記実測値の数が前記予測値の数より少なくなることはない。
【0034】
前記実測値の中に前記予測値の一部のみが含まれる場合において、m/z値が実質的に一致すると判断されるケースについて以下に説明する。
【0035】
2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じた断片が全てイオン化されれば、B−タイプ及びY−タイプイオンの両方、又はC−タイプ及びZ−タイプイオンの両方が生じる(図2)。しかしながら、現実にはB−タイプ及びY−タイプイオンの一方、又はC−タイプ及びZ−タイプイオンの一方が電荷を失う場合があり、電荷を失ったフラグメントはスペクトル上に観察されない。従って、前記予測値のうち、前記実測値に含まれなかったm/z値が存在したとしても、当該m/z値を与えるフラグメントイオンが生じるためのグリコシド結合の切断により生じる他方のフラグメントイオン(当該m/z値を与えるフラグメントイオンがB(Y)−タイプの場合には他方のフラグメントイオンはY(B)−タイプイオンであり、当該m/z値を与えるフラグメントイオンがC(Z)−タイプの場合には他方のフラグメントイオンはZ(C)−タイプイオンである)の予測値が前記実測値に含まれていれば、m/z値が実質的に一致していると判断することができる。
【0036】
前記予測値と前記実測値が実質的に一致したときに、前記実測値を与えたCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置(不明であった糖鎖長及び硫酸基位置)が、前記予測値を与えたCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置と同一であると同定する。
【0037】
異なる糖鎖長及び硫酸基位置に設定した、2糖単位からなる複数のCH又はCSの各々ついて、2糖単位中のグリコシド結合が切断された場合に生じうる全てのフラグメントイオンのm/z値の予測値を算出し、予めデータベースを作成しておけば、分子構造が不明なCH又はCSのMS2スペクトルにおけるm/z値の実測値を、前記データベースと照合することにより、当該分子構造が不明なCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置を同定することができる。この場合、前記m/z値の実測値と実質的に一致するm/z値の予測値を与えたCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置が、前記分子構造が不明なCH又はCSの糖鎖長及び硫酸基位置であると同定することができる。
【0038】
以下、本発明において上記のとおり観察されたCH及びCSオリゴ糖鎖のグリコシド結合の切断(開裂)の規則性について説明する。
【0039】
ここで、CH又はCSのモデルとして還元末端(図1の右端側)にGalNAc残基、非還元末端(左端側)にGlcA残基を有するものを想定する。
【0040】
この糖鎖は、グルクロニド結合を間に挟む2糖単位の繰り返しであり、還元末端からU=1、2、3、・・・N番目の単位と数える。すなわち、図1に示す偶数の長さの糖鎖は「2N糖」である。
また、任意の2糖単位をU=uと表現する。
【0041】
既報のフラグメントイオンの命名法(Glycoconjugate Journal 5,397−409,1988)に基づくと、本発明において着目する各グリコシド切断イオンは、図2のとおり命名される。すなわち、2糖単位中のグルクロニド結合の切断が当該結合の酸素原子よりもGlcA側で生じた場合には、その切断により生じる非還元末端側及び還元末端側のフラグメントイオンをそれぞれB−タイプイオン及びY−タイプイオンと呼び、2糖単位中のグルクロニド結合の切断が当該結合の酸素原子よりもGa
lNAc側で生じた場合には、その切断により生じる非還元末端側及び還元末端側のフラグメントイオンをそれぞれC−タイプイオン及びZ−タイプイオンと呼ぶ。
【0042】
ここでU=uの場合の各B、C、Y及びZ−タイプイオン(それぞれB2(N-u)+1、C2(N-u)+1、Y2u-1及びZ2u-1イオンと表記)のMS2スペクトルにおけるシグナルm/z値(横軸値)は、次の数式で与えられる。
【0043】
1)B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a2)C2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+18+80s−a}/a
3)Y2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+18+80s−a}/a
4)Z2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+80s−a}/a
N: 被検糖鎖の2糖単位数
U: 着目する切断グリコシド結合の属する、還元末端からの2糖単位の番号
379: 硫酸基を持たない2糖単位の質量
176: 硫酸基を持たないGlcA残基の質量
203: 硫酸基を持たないGalNAc残基の質量
80: 硫酸基1個あたりの質量
18: グリコシド結合の酸素の質量
s: グリコシド結合が切断されて生じたイオンに含まれる硫酸基数(多くの場合、MS2スペクトルより判読可能)
a: グリコシド結合が切断されて生じたイオンの価数(多くの場合、MS2スペクトルにおける同位体組成より判読可能)
【0044】
また、本発明において見出されたCH及びCSのフラグメンテーションの規則性は図3のとおりである。
すなわち、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基に硫酸基が存在しない場合には、C2(N-u)+1イオン及びZ2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断を生じ、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基のC−4位に硫酸基が存在する場合には、B2(N-u)+1イオン及びY2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断を生じ、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基のC−6位に硫酸基が存在する場合には、B2(N-u)+1イオン及びY2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断と、C2(N-u)+1イオン及びZ2u-1イオンの両方又は一方を生じる切断を生じる。
【0045】
また、フラグメンテーションのメカニズム上、グリコシド結合が切断される2糖単位中に存在するGalNAc残基のC−4位およびC−6位の双方に硫酸基が存在する場合には、B2(N-u)+1イオン及びY2u-1イオンの両方又は一方が生じる切断が生じることになる。
【0046】
ここで、「両方又は一方」と表現したのは、MS2におけるグリコシド結合切断後、電荷を有していないフラグメントについては装置原理上観測されないためである。本発明の場合、硫酸基もしくはカルボキシル基がイオン化時に脱プロトン化し、負電荷を獲得して検出されるが、すべてのそのような官能基が脱プロトン化するわけではないため、脱プロトン化した基が存在しない断片は検出されない。すなわち、B−タイプイオンとY−タイプイオンのいずれか、また、C−タイプイオンとZ−タイプイオンのいずれかが観測されれば、当該結合は切断されたと見なすことができる。
【0047】
本発明のMS2スペクトルにおけるフラグメントイオンのm/z値を予測する方法は、MS2において生じ得る全てのフラグメントイオンのm/z値を予測する方法と、着目する一部のフラグメントイオンのm/z値のみを予測する方法とを含む。
【0048】
MS2において生じうる全てのフラグメントイオンのm/z値を予測する場合には、U=1〜Nの全てについて、2糖単位中のGalNAcの硫酸基の存在及び硫酸基位置に従って選ばれる、B、C、Y及びZ−タイプイオン(すなわち、切断されるグリコシド結合が属する2糖単位のGalNAcに硫酸基が存在しないときはC及びZ−タイプイオン、C−4位に硫酸基が存在するときはB及びY−タイプイオン、C−6位にのみ硫酸基が存在するときはB,C,YおよびZ−タイプイオン)のm/z値を算出する。
【0049】
一方、特定のグリコシド結合の切断によって生じるフラグメントイオンのm/z値だけを予測することもできる。例えば、知りたいフラグメントイオンのm/z値がU=uにおけるグリコシド結合の切断により生じるB−タイプイオンのみである場合には、
B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a
の値のみ算出することができる。
【0050】
続いて、モデルケースを用いて本願発明の方法を用いたCSの糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法を、例を挙げて以下に示す。
【0051】
あるCSオリゴ糖鎖のMSスペクトルを取得したところ、図4のように467のm/z値に強いシグナルが現れた。スペクトルを横方向に拡大してみたところ(図略)、同位体のシグナルが467.5及び468.0のm/z値に出現したため、これが2価のイオンであり、分子の質量は467×2+2(H)=936と算出された。
【0052】
この分子量は、通常糖鎖の質量分析研究者が用いる糖鎖組成プログラム、Webリソース、あるいは経験則によれば、203(GalNAc)×2+176(GlcA)×2+18(飽和オリゴ糖)+80(硫酸基)×2=936となり、硫酸基が2箇所に結合したCS4糖であると考えられる。この467のm/z値を与えたイオンについてのMS2スペクトルを取得したところ、図5のようになった。
【0053】
4糖であれば、本発明によると着目すべきグリコシド結合は図6のように2箇所である。
【0054】
ここで、MS2スペクトル上に既に282及び300の両m/z値を与えるイオンが観測されている。これは1つの硫酸基を持ったGalNAc、すなわちY1イオンとZ1以外にはなく、これら双方の出現により、フラグメンテーション規則上、還元末端GalNAcはC−6位が硫酸化されていることになる。
【0055】
ちなみに、同じ切断位置から生じるB3及びC3イオンは、数式にあてはめると、
B2(2-1)+1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+176]+80×1−1}/1
=634、及び
C2(2-1)+1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+176]+18+80×1−1}/1
=652
となり、どちらのイオンもMS2スペクトル上に観測されていることから、重ねて還元末端GalNAcのC−6位が硫酸化されていることを確認し得る。
【0056】
続いて、残る一つの硫酸基の位置について検討する。計算式においてY3及びZ3イオ
ンのm/z値を予測すると以下のようになる。
Y2×2-1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+203]+18+80×1−1}/1
=679、及び
Z2×2-1(=3)イオン(m/z)={[379(2−1)+203]+80×1−1}/1=661。
【0057】
しかしながら、これらのm/z値のイオンはMS2スペクトル上に確認できていない。念のために2価イオンを想定(a=2)した計算値についても調べたが、いずれのイオンも同様に確認できなかった。一方、弱小シグナルではあるが、
B1(m/z)=175
C1(m/z)=193
のそれぞれに相当するイオンについてはMS2スペクトル上に確認することができたため、当該グリコシド結合に関与するGalNAcのC−6位が硫酸化されていることが強く示唆される。
【0058】
以上の検討の結果、図4および図5のMSスペクトル及びMS2スペクトルを与えた糖鎖試料は、
GlcA−GalNAc6S−GlcA−GalNAc6S
の配列であると確定することができる。
【0059】
上記モデルケースではGalNAcの硫酸基がすべて6位に位置しているケースについて説明した。当該ケースはB、C、Y及びZ−タイプの各フラグメントイオンが全て生じ得るために、他の硫酸基位置を有するものよりも解析が複雑であるといえる。従って、硫酸基が4位に位置しているケースや、4位と6位の双方に位置しているケース、あるいはGalNAcの全部又は一部に硫酸基が存在しないケースについても同様に糖鎖長及び硫酸基位置を同定できることは当業者に明らかである。また、糖鎖長が10糖程度までのCH又はCSであれば、MSスペクトルデータから、前記糖鎖組成プログラム、Webリソース、あるいは経験則により硫酸基数や糖鎖長を予測することが可能であることも当業者に明らかである。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに詳細に説明を加える。ただし、本発明の範囲は実施例に限定されるものではない。
【0061】
〔実施例1〕
MS2におけるCHの断片化規則の解析
硫酸基を持たないCHオリゴ糖を、そのMSnによる断片化(フラグメンテーション)の規則性を調べるために分析した。
【0062】
(1)CHオリゴ糖の調製
全てのCHオリゴ糖は愛知医科大学分子医科学研究所から入手した。簡単な手順は以下のとおりである。CHの飽和4糖及び6糖(CH4及びCH6)はJ.Biol Chem. 277,21567−21575(2002)及びAnal. Biochem. 365,62−73(2007)に記載の方法をわずかに改良して調製した。すなわち、CH(生化学工業株式会社製)を精巣ヒアルロニダーゼ(タイプ−5、シグマ社製)により消化し、生じたオリゴ糖を陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで分離した後、サイズ排除クロマトグラフィーにより脱塩した。非還元末端にGalNAcを有するCH3及びCH5は、CH4及びCH6をβグルクロニダーゼ(牛肝臓由来、タイプB−1、シグマ社製)で処理することによって得た。CH6より長いオリゴ糖は、CH6を最初の
グリコシル化アクセプターとして使用し、CHポリメラーゼにより酵素的に合成した。
【0063】
(2)ESI−MSn分析条件
負イオンモードESI−IT MSは、Esquire 3000 Plus(Bruker Daltonik GmbH社製) を使用した。オリゴ糖を2.5mMの酢酸アンモニウムを含む50%メタノール(pH6.0)に溶解し、シリンジポンプを用いて360μL/時間の流速で装置に直接注入した。−3.8kVのキャピラリー電圧、−500Vのエンド−プレートオフセット、4.0L/分の乾燥窒素ガス流量、300℃の乾燥温度にそれぞれセットして操作した。CID法によるMSnデータは、フラグメンテーションエネルギーを1.0Vに調整して取得した。スキャン分子量範囲は、m/z 50〜1000又は1500に設定し、スキャン解像度は5500Da/sに設定した。
【0064】
(3)結果と考察(シグナルの帰属は、Glycoconjugate Journal
5,397−409,1988に従って実施した)
3糖(CH3)〜8糖(CH8)のCHオリゴ糖について負イオンESI質量スペクトルを得た(表1)。CH4〜CH8では2重の脱プロトン化分子である[M−2H]2-が顕著に出現した一方で、CH3では[M−H]-が顕著に出現した。その後、それらの断片化特性を調べるためにCID MSn実験を行った。
【表1】
【0065】
図7に、MSnプロダクトイオンの質量スペクトルの例を示す((A):CH5、(
B):CH6)。ほぼ全ての観察されたプロダクトイオン(フラグメントイオン)はグリコシド切断に由来するものであり、共通の断片化規則を見出した。すなわち、飽和CHオリゴ糖は全てのCIDプロセス1回ごとに単糖の残基を消失し、C−タイプイオンを生じた。
主にC−タイプイオンを産生するこれらの断片化について、3つのメカニズムが提唱できる(図8)。GalNAc残基の脱離は、チャージ・インデュースト・フラグメンテーションによって起こり得る(図8(A)、(C))。一方、GlcA残基の脱離についても同様に、オキシラン環を形成するメカニズムが考えられる(図8(B))。
【0066】
〔実施例2〕
MS2におけるCSの断片化規則の解析
配列が均一な2糖、4糖及び6糖のCSA及びCSCオリゴ糖をMSnによって分析した。硫酸化された部位に特有のフラグメンテーションの特徴がMS2スペクトルに観察された。断片化結果に基づいて、予想される開裂メカニズムについても考察する。
(1)CSオリゴ糖の調製
全てのCSオリゴ糖は生化学工業株式会社において調製した(図9)。2糖、4糖及び6糖の均一な配列のCSAオリゴ糖(CSA2、CSA4及びCSA6)はチョウザメの脊索から単離されたCSA(生化学工業株式会社製)から調製した。このCSAはC−4が硫酸化されたGalNAcを有する2糖単位がクジラ軟骨から単離されたそれよりもかなり豊富である。このCSAを精巣ヒアルロニダーゼ(タイプV, 購入先:シグマ社)で消化し、これにより生成したオリゴ糖を、硫酸化部位の異なる異性的オリゴ糖を分離できるNH2修飾シリカカラム(YMC−Pack NH2, YMC社製)に接続された陰イオン交換HPLCによって繰り返し分離し、その後サイズ排除クロマトグラフィーにより脱塩した。こうして得られたオリゴ糖の構造を1H−NMR測定及び酵素消化分析の両方によって分析し、C−4部位が硫酸化されたGalNAcのみを有することを確認した。
【0067】
GalNAcのC−6部位のみが全て硫酸化された均一な配列のCSCの2糖、4糖及び6糖のオリゴ糖(CSC2、CSC4及びCSC6)は、市販されている硫酸化されていないコンドロイチン(CH、生化学工業社製)の化学的硫酸化物より調製した。低温下(0℃)におけるN,N−ジメチルフォルムアミド中でのピリジン−三酸化硫黄複合体によるCHの硫酸化により、一級水酸基(GalNAcのC−6位)が主に硫酸化された硫酸化CHを得た。その後、精巣ヒアルロニダーゼで消化して生成したオリゴ糖は、所望のオリゴ糖を得るためにサイズ排除クロマトグラフィーによって繰り返し分離された。こうして得られたオリゴ糖の構造を酵素消化により分析し、CSに含有されるGalNAcは全てC−6位のみが硫酸化されていることを確認した。
【0068】
(2)ESI−MSn分析条件
負イオンモードESI−IT MSは、Esquire 3000 Plus(Bruker Daltonik GmbH社製)を使用した。オリゴ糖サンプルは2.5mM酢酸アンモニウムを含むメタノール(スペクトロフォトメトリックグレード、販売元:アルドリッチケミカル)に溶解し、20μL/hの流速でナノスプレー装置(PicoTipTM Emitter、New Objective社製)を用いて装置に注入した。−2.5kVのキャピラリー電圧、−500Vのエンドプレートオフセット、5.0L/分の乾燥窒素ガス流量、300℃の乾燥温度にセットし操作した。CID−MS2データはフラグメンテーションエネルギーを1.0Vに調整して取得した。スキャン質量範囲はm/z 50〜1500であり、スキャン解像度は5500m/z/sとした。
【0069】
(3)結果と考察
1)均一な配列のCSAオリゴ糖
チョウザメの脊索由来のCSAはGlcA−GalNAc4S配列を高含有(>90%)するものであるため、その単純反復配列(均一な配列)のオリゴ糖の調製に適している。このCSAから得られたオリゴ糖、すなわちCSA2、CSA4及びCSA6をMSnにかけた。
【0070】
CSAオリゴ糖の各MSスペクトルは、本研究において採用した条件下で、[M−nH]n-(「n」は分子中の硫酸基の数に等しい)に対応する単純な単一シグナルを示した(データ省略)。すなわち、CSA2、CSA4及びCSA6は、MSにおいてそれぞれ[M−H]-(m/z 476)、[M−2H]2-(m/z 467)及び[M−3H]3-(m/z 464)のイオンを与えた。続いてそれぞれのイオンを前駆イオンとしてMSnにかけた。図10は、MS2におけるオリゴ糖の生成物イオンマススペクトルを示す。それらは高度に規則的なグリコシド切断様式を示し、脱硫酸を伴わずにB−タイプ及びY−タイプのプロダクトイオンを生成した。それらは全て、それぞれの負荷電がそれぞれの硫酸基に位置しているとの想定のもとに帰属することができた(表2)。硫酸化されていないCHオリゴ糖の断片化では、ほとんどの断片がC−タイプイオンであり、負荷電はカルボキシル基に位置していると考えられる。従って、GalNAcのC−4水酸基の硫酸化は、オリゴ糖の断片化パターンに重要な影響を与えることが立証された。
【表2】
【0071】
2)均一な配列のCSCオリゴ糖
同様に、均一な配列のCSCオリゴ糖を分析した。それらのMS2スペクトルを図11に示すが、均一な配列のCSAオリゴ糖の場合とは対照的に、非常に複雑な特徴を示した。CSAオリゴ糖で観察されたプロダクトイオンの全てはCSCオリゴ糖断片においてもまた観察され、特にB−タイプ及びY−タイプイオンが共通している点は注目に値する(図10)。加えて、同一のグリコシド結合において、C−タイプ及びZ−タイプイオンがB−タイプ及びY−タイプイオンと匹敵する程度にほぼ等量生じた。興味深いことに、いくつかのプロダクトイオンは硫酸基を失って水酸基を生じている点(例えば、[M−SO3−nH]n-、B3−SO3、C3−SO3等)もまた注目された。脱硫酸種及びC−タイプ及びZ−タイプイオンは、均一な配列のCSAオリゴ糖の断片としては、全く検出されないか、検出されても極微量であった。すなわち、CSCオリゴ糖の前駆イオンは多様な断片化を起こすことが分かった。
【0072】
3)断片化メカニズム
本研究で得られたデータは、CS骨格の断片化(フラグメンテーション)パターンがGalNAc残基における硫酸化位置を明確に反映することを示してきた。これらの断片化メカニズムは下記のように考察できる。
【0073】
I)GlcAの還元末端側においてB−タイプ及びY−タイプイオンを生成するグリコシド切断
この切断はCSAとCSCオリゴ糖の両方の断片化において起こったが、CHオリゴ糖では起こらなかった。すなわちこれは、CSの硫酸化配列のための特有の開裂プロセスとして考えられ、GlcAのC−2水酸基が関与するメカニズムによって理解される(図12(B)及び(C)、非特許文献5)。このプロセスは電荷位置に影響されない断片化(チャージリモートフラグメンテーション)であり、従って、GalNAc残基における硫酸基の位置とは無関係に生じる。
【0074】
II)GlcAの還元末端側においてC−タイプ及びZ−タイプイオンを生成するグリコシド切断
このタイプのグルクロニド切断はCSCオリゴ糖において観察されたが、CSAでは観察されなかった。一方で、非硫酸化CHオリゴ糖でも生じる切断パターンである(図12(A))。チャージインデューストフラグメンテーションによるCHオリゴ糖の断片化において、カルボキシル基に存在する負電荷は、C−タイプ及びZ−タイプイオンを与える開裂プロセスの引き金となる(図8)。しかしながら、本来硫酸化された糖の一般的なケースではそれらは荷電に影響されない断片化(チャージリモートフラグメンテーション)をする(非特許文献5及びRapid Commun. Mass Spectrom. 19 1788−1796(2005))。ここで、CSCオリゴ糖の断片化については、プロトン移動を仮定することにより、その断片化メカニズムを理解することが可能である(図12(C))。
【0075】
以上のように、CHとCSオリゴ糖のESI−MS2での断片化は、個々の構造に特異的な開裂メカニズムをベースに理解することができた。これらの組織化された知見は、CSA及びCSCの両者のオリゴ糖の区別だけでなく、多種のCS関連オリゴ糖の配列決定にも拡張することができると考えられる。
【0076】
より普遍的なCS配列決定プロトコール
次に、上記MS2スペクトルの規則性に基づき、任意の配列のCSについて、その配列の予測が可能であることについて述べる。
【0077】
上記実施例では、CH、CSA及びCSCの均一な配列の標準オリゴ糖を分析した。得られたデータによって、GalNAcの硫酸化位置に特異的な断片化規則を見出すこと
ができた(図12に断片化メカニズムを示す)。これらの結果を総合すれば、不均一な硫酸化配列を有するCSオリゴ糖の断片化挙動についても、図13のように推測可能であることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、多段階質量分析装置を用いたCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置の同定手段を提供するものであり、これによりCH及びCSの糖鎖長及び硫酸基位置と生体における機能の関係を明らかにすることができるため、CHもしくはCSの化学構造の異常に起因する各種疾患の診断、治療に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】還元末端にGalNAc残基、非還元末端にGlcA残基を有するCH又はCSの分子構造モデルを示した図である。
【図2】グリコシド結合の切断により生じるフラグメントイオンの命名法を示した図である。
【図3】GalNAc残基の硫酸基位置と、該GalNAc残基が属する2糖単位中のグリコシド結合の切断により生じるフラグメントイオンのタイプとの関係を示す図である。
【図4】モデルケースのMSスペクトルを示す図である。
【図5】モデルケースのMS2スペクトルを示す図である。
【図6】モデルケースにおける、着目すべきグリコシド結合と、そこから生じ得るフラグメントイオンのタイプを示した図である。
【図7】CHオリゴ糖の典型的なESI−MSnフラグメントを示す図である((A):CH5、(B)CH6)。
【図8】飽和CHオリゴ糖のMSn断片化の提唱されるメカニズムを示す図である((A):C−タイプイオンを生じるグルクロニド結合の還元末端側の切断メカニズム、(B):C又はZ−タイプイオンを生じるN−アセチルガラクトサミニドの切断メカニズム)、(C):C−タイプイオンを生じるグルクロニド結合の切断メカニズム)。
【図9】本実施例で分析したCSオリゴ糖の構造((A):均一な配列のCSAオリゴ糖、(B):均一な配列のCSCオリゴ糖)を示す図である。
【図10】分析された均一な配列のCSAオリゴ糖のESI−MS2スペクトルを示す図である((A):CSA2、(B)CSA4、(C)CSA6)。各オリゴ糖の断片化パターンについてもそれぞれ図示した((D):CSA2、(E):CSA4、(F):CSA6)。
【図11】分析された均一な配列のCSCオリゴ糖のESI−MS2スペクトルを示す図である((A):CSC2、(B)CSC4、(C):CSC6)。各オリゴ糖の断片化パターンについてもそれぞれ図示した((D):CSC2、(E):CSC4、(F):CSC6)。
【図12】CHオリゴ糖(図中(A))、CSAオリゴ糖(図中(B))及びCSCオリゴ糖(図中(C))のグリコシド結合の推定切断メカニズムを示した図である。
【図13】均一な配列と不均一な配列のCSにおける切断パターンを示した図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも以下の工程を含む、コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に生じるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を予測する方法:
(I)MS2スペクトルにおけるm/z値の予測対象となる2糖単位からなるコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を設定する工程;
(II)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に切断されるグリコシド結合が属する2糖単位を選択する工程;
(III)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸について、下記の(i)〜(iv)の各数値を求める工程;及び
(i)N:2糖単位の数、
(ii)u:還元末端から順に2糖単位を1単位として番号を付した場合における、前記(II)で選択した2糖単位の番号、
(iii)s:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの硫酸基の数、
(iv)a:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの価数、
(IV)前記(III)の工程により求めた各数値を、以下の(A)〜(C)のいずれかに従って下記(イ)〜(ニ)の式に当てはめて、前記(II)で選択した2糖単位に属するグリコシド結合の切断によって生じ得るB、C、Y及びZ−タイプから選ばれるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を求める工程;
(A)前記(II)で選択したグリコシド結合が属する2糖単位を構成するN−アセチルガラクトサミンが硫酸基を有さない場合には下記の(ロ)及び(ニ)の式、
(B)前記N−アセチルガラクトサミンのC−4位に硫酸基を有している場合には下記の(イ)及び(ハ)の式、又は
(C)前記N−アセチルガラクトサミンのC−6位のみに硫酸基を有している場合には下記の(イ)〜(ニ)の全ての式、
(イ)B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a、
(ロ)C2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+18+80s−a}/a、
(ハ)Y2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+18+80s−a}/a、
(ニ)Z2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+80s−a}/a。
【請求項2】
少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(V)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、
(VI)請求項1に記載の方法で、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについて、MS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得する工程、及び
(VII)前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とを比較し、両者が実質的に一致したときに、前記分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置が、前記(VI)の工程で設定した糖鎖長及び硫酸基位置であると同定する工程。
【請求項3】
前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とが実質的に一致するまで前記(VI)及び(VII)の工程を繰り返す工程をさらに含む、請求項2に記載の同定方法。
【請求項4】
少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(VIII)請求項1に記載の方法で、異なる糖鎖長及び硫酸基位置に設定した、2糖単位からなる複数のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の各々について、MS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについてMS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得し、前記糖鎖長及び硫酸基位置と、前記m/z値の予測値との対応についてデータベースを作成する工程、
(IX)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、及び
(X)前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値を、前記(VIII)の工程で作成したデータベース上のm/z値と照合し、前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値と実質的に一致するm/z値の予測値を有するコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を見出す工程。
【請求項5】
前記コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸は、それぞれコンドロイチンオリゴ糖又はコンドロイチン硫酸オリゴ糖である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項1】
少なくとも以下の工程を含む、コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に生じるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を予測する方法:
(I)MS2スペクトルにおけるm/z値の予測対象となる2糖単位からなるコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を設定する工程;
(II)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に切断されるグリコシド結合が属する2糖単位を選択する工程;
(III)前記(I)のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸について、下記の(i)〜(iv)の各数値を求める工程;及び
(i)N:2糖単位の数、
(ii)u:還元末端から順に2糖単位を1単位として番号を付した場合における、前記(II)で選択した2糖単位の番号、
(iii)s:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの硫酸基の数、
(iv)a:前記(II)において選択した2糖単位に属するグリコシド結合が切断されて生じるフラグメントイオンの価数、
(IV)前記(III)の工程により求めた各数値を、以下の(A)〜(C)のいずれかに従って下記(イ)〜(ニ)の式に当てはめて、前記(II)で選択した2糖単位に属するグリコシド結合の切断によって生じ得るB、C、Y及びZ−タイプから選ばれるフラグメントイオンのMS2スペクトルにおけるm/z値を求める工程;
(A)前記(II)で選択したグリコシド結合が属する2糖単位を構成するN−アセチルガラクトサミンが硫酸基を有さない場合には下記の(ロ)及び(ニ)の式、
(B)前記N−アセチルガラクトサミンのC−4位に硫酸基を有している場合には下記の(イ)及び(ハ)の式、又は
(C)前記N−アセチルガラクトサミンのC−6位のみに硫酸基を有している場合には下記の(イ)〜(ニ)の全ての式、
(イ)B2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+80s−a}/a、
(ロ)C2(N-u)+1イオン(m/z)={[379(N−u)+176]+18+80s−a}/a、
(ハ)Y2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+18+80s−a}/a、
(ニ)Z2u-1イオン(m/z)={[379(u−1)+203]+80s−a}/a。
【請求項2】
少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(V)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、
(VI)請求項1に記載の方法で、糖鎖長及び硫酸基位置を設定したコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについて、MS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得する工程、及び
(VII)前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とを比較し、両者が実質的に一致したときに、前記分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置が、前記(VI)の工程で設定した糖鎖長及び硫酸基位置であると同定する工程。
【請求項3】
前記(V)の工程により取得した全てのm/z値と、前記(VI)の工程により取得した全てのm/z値の予測値とが実質的に一致するまで前記(VI)及び(VII)の工程を繰り返す工程をさらに含む、請求項2に記載の同定方法。
【請求項4】
少なくとも以下の工程を含む、分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置の同定方法;
(VIII)請求項1に記載の方法で、異なる糖鎖長及び硫酸基位置に設定した、2糖単位からなる複数のコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の各々について、MS2に付した際に2糖単位中のグリコシド結合が切断されて生じ得る全てのフラグメントイオンについてMS2スペクトルにおけるm/z値の予測値を取得し、前記糖鎖長及び硫酸基位置と、前記m/z値の予測値との対応についてデータベースを作成する工程、
(IX)分子構造が不明なコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸をMS2に付して、得られたMS2スペクトルにおいて観察される全てのフラグメントイオンのm/z値を取得する工程、及び
(X)前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値を、前記(VIII)の工程で作成したデータベース上のm/z値と照合し、前記(IX)の工程により取得した全てのm/z値と実質的に一致するm/z値の予測値を有するコンドロイチン又はコンドロイチン硫酸の糖鎖長及び硫酸基位置を見出す工程。
【請求項5】
前記コンドロイチン又はコンドロイチン硫酸は、それぞれコンドロイチンオリゴ糖又はコンドロイチン硫酸オリゴ糖である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2009−264966(P2009−264966A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−115764(P2008−115764)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】
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