説明

紡績糸およびそれを用いてなる布帛

【課題】 衣料用途に適するソフト性を有しながら、耐フィブリル化を改善するセルロースエステル短繊維を紡績して得られる紡績糸およびその紡績糸を含む布帛を提供する。
【解決手段】
少なくとも一部のアシル基が炭素数3以上であるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物からなり、伸度が5〜40%であり、かつ繊維長が25〜150mmであるセルロースエステル短繊維を、少なくとも20wt%以上含有してなることを特徴とする紡績糸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースエステル短繊維を紡績して得られる紡績糸およびその紡績糸を含む布帛に関するものである。より詳しくは、本発明は、少なくとも一部のアシル基が炭素数3以上であるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物を溶融紡糸して得られるセルロースエステル短繊維を紡績して得られる紡績糸およびその紡績糸を含む布帛に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、セルロースエステルとして最も汎用的に用いられるセルロースアセテートは、衣料用フィラメント(長繊維)として用いられる他、ステープル(短繊維)としても使用されている。例えば、セルロースアセテートからなるステープル(短繊維)を用いたシガレットフィルターが提案されている(特許文献1参照)。この特許文献1には、捲縮アセテートレイヨンの長さは、3〜10mmであるが、これは3mm以下では紙力が弱くまた10mm以上で分散、抄紙が困難であるからである、と記載されている。
【0003】
しかしながら、ここで開示されている短繊維は、たばこフィルター用途には好適に用いることができるものの、繊維長が短すぎるために紡績糸やクッション材などの用途に用いることはできないものであった。また、セルロースアセテートからなる繊維であるため、熱可塑性はほとんどなく、アセトンなどの溶媒を用いたポリマー溶液から溶液紡糸(乾式紡糸)によって製造せざるを得ないことに加えて、得られた繊維も、融着加工や、熱セット加工が困難であるという問題も有していた。また、セルロースアセテートからなる繊維は剛直なため、例えば、紡績加工などの際には容易にフィブリル化してしまい、品位の良好な繊維製品を得ることができないものであった。
【0004】
また、無捲縮のセルロースエステル短繊維と叩解パルプとで構成されたたばこフィルター素材が別に提案されている(特許文献2参照)。この無捲縮のセルロースエステル短繊維は、平均繊維長が1〜10mmである。この提案では、セルロースエステルとしてはセルロースアセテートが主として用いられている。ここで開示されているセルロースエステル短繊維は、たばこフィルターとしては好適なものの、繊維長が短すぎるために紡績糸やクッション材などの用途に用いることができないものであった。また、セルロースアセテートやセルロースエステルも、この提案で開示されている組成では熱可塑性がないため、この提案で用いられるような単繊維繊度1〜10デニールの繊維を得るためには、溶融紡糸は採用することができず、アセトンなどの溶媒を用いたポリマー溶液から溶液紡糸(乾式紡糸)によって製造せざるを得ないものであるとともに、得られた繊維も、単繊維の融着加工や、熱セット加工が困難であるという問題も有していた。また、前記のセルロースアセテート短繊維は、フィブリルを有するものであり、たばこフィルターではなく、衣料繊維製品とするには適さないものであった。
【0005】
また別に、衣料用途として、竹を原料とするセルロースレーヨンを含む紡績糸が提案されており、この竹を原料とするセルロースレーヨン繊維はアセテートでもよいと記載されている(特許文献3参照)。しかしながら、ここで用いられているセルロースアセテートやセルロースエステルも、熱可塑性がないため、この提案のような単繊維繊度0.5〜20デニールの繊維を得るためには、溶融紡糸は採用することができず、アセトンなどの溶媒を用いたポリマー溶液から溶液紡糸(乾式紡糸)によって製造せざるを得ないものであるとともに、得られた繊維も、単繊維の融着加工や、熱セット加工が困難であるという問題も有していた。また、前記のセルロースアセテート短繊維は、フィブリルを有するものであった。
【特許文献1】特公昭44−1953号公報(第1頁)
【特許文献2】特開2003−119613号公報(第3頁)
【特許文献3】特開2001−115347号公報(第1頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明者らは、実用的なセルロースエステル紡績糸としての特性を保持しつつ、衣料用途に適した布帛特性を向上すべく鋭意検討したところ本発明に至ったのである。
【0007】
すなわち、本発明の目的は、バイオマス系材料であるセルロースエステルを主成分としながら、適度なソフト性を有し、耐フィブリル化に優れた紡績糸およびそれを用いてなる布帛を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述した課題を解決せんとするものであり、本発明の紡績糸は、少なくとも一部のアシル基が炭素数3以上であるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物からなり、伸度が5〜40%であり、かつ平均繊維長が25〜150mmであるセルロースエステル短繊維を紡績して得られる紡績糸である。
【0009】
本発明の紡績糸の好ましい態様によれば、前記の熱可塑性組成物は、セルロースエステル70〜95wt%と可塑剤5〜30wt%を含有するものである。
【0010】
本発明の紡績糸の好ましい態様によれば、前記のセルロースエステルは、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートフタレート、セルロースプロピオネートブチレート、セルロースプロピオネートおよびセルロースブチレートからなる群から選ばれた少なくとも1種からなるセルロースエステルである。
【0011】
本発明の紡績糸の好ましい態様によれば、前記のセルロースエステル短繊維の初期弾性率は10〜35cN/dtexであり、ガラス転移温度は100〜180℃であり、そして、強度は0.5〜2.0cN/dtexである。
【0012】
本発明の布帛は、好適には前記の紡績糸の20wt%以上含む布帛である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、繊維高次工程におけるフィブリル発生がなく、工程通過性に優れるとともに、衣料用途分野に適応できる適度なソフト性を有しながらも耐フィブリル化性を有するセルロースエステル短繊維からなる紡績糸が得られる。また、このセルロースエステル短繊維を紡績して得られる紡績糸は、衣料用素材としての利用の他、熱可塑性を利用した資材用素材としても好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明におけるセルロースエステルは、セルロースエステルのアシル基の少なくとも一部が、炭素数3以上のものであることが重要である。炭素数が2であるアセチル基のみによって置換されたセルロースアセテートでは、それ自身の熱可塑性が不十分であるため、得られたセルロースエステル短繊維は融着加工や熱セット加工が困難であり、また、剛直であるために容易にフィブリル化してしまうという問題がある。これに対し、例えば、炭素数3のアシル基であるプロピオニル基を有するセルロースエステルを用いた場合には、可塑剤の配合によって組成物が良好な熱流動性を有するために、得られたセルロースエステル短繊維は、融着加工や熱セット加工が可能であることに加え、溶融紡糸によって繊維化が可能であるという大きな利点を有している。
【0015】
また、セルロースエステルのアシル基の少なくとも一部の炭素数の上限値については特に限定されるものでないが、18以下であることが好ましい。少なくとも一部に導入されるアシル基の炭素数が18以下であれば、セルロースエステルの親水性が極端に失われることもなく、ヌメリ感を生じることもない。
【0016】
本発明で用いられる少なくとも一部のアシル基が炭素数3以上であるセルロースエステルの具体例としては、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートフタレート、セルロースプロピオネートブチレートなどのセルロース混合エステルや、セルロースプロピオネート、およびセルロースブチレートなどのセルロースエステルが挙げられる。これらの中でも、得られる繊維の吸湿性が高く、ヌメリ間を生じないという観点から、セルロースアセテートプロピオネートあるいはセルロースアセテートブチレートが好ましく用いられる。
【0017】
本発明で用いられるセルロースエステルの製造方法については、特に限定されるものではなく、従来公知の製法で製造することができる。すなわち、セルロースに対して無水酢酸、無水プロピオン酸および無水絡酸などの酸無水物を反応させることによりエステル化し、必要に応じて加水分解を行うことにより置換度を制御する方法によって得ることができる。または、セルロースに対して酸クロライドを用いてエステル化する方法や、トリフルオロ酢酸を用いる方法などによって製造することができる。
本発明の紡績糸において、用いられるセルロースエステル短繊維の初期弾性率は、10〜35cN/dtexであることが好ましい。初期弾性率が10cN/dtex以上であることによって、紡績糸の風合いが過度にソフトになりすぎることがない。また、初期弾性率が35cN/dtex以下であることによって、紡績工程および紡績糸を用いた最終製品の耐フィブリル性が良好となる。セルロースエステル短繊維の初期弾性率は、より好ましくは12〜33cN/texであり、最も好ましくは15〜30cN/dtexである。
【0018】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維の伸度は、5〜40%である。伸度が5%以上であることによって、短繊維を用いた繊維加工工程における糸切れが少なくなる。また、伸度が40%以下であることによって、例えば、綿などの伸度の低い他の短繊維と混紡したときにおける物性ばらつきが小さくなる。伸度は、より好ましくは7%以上であり、最も好ましくは10%以上である。また、伸度は、より好ましくは28%以下であり、最も好ましくは25%以下である。
【0019】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維の強度は、0.5〜2.0cN/dtexであることが好ましい。強度が0.5cN/dtex以上であれば、短繊維を用いた繊維加工工程において糸切れによる操業性低下が抑制される。強度は、0.7cN/dtex以上であることがより好ましく、1.0cN/dtex以上であることがさらに好ましい。また、強度は、2cN/dtex以下であれば、短繊維を用いた紡績糸およびそれを用いてなる布帛のソフト感が良好なものとなる。
【0020】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維の伸度、初期弾性率および強度は、用いられる熱可塑性組成物の可塑剤の含有率を好適には5〜30wt%、溶融紡糸速度を好適には500〜3000rpmに制御することで所望の値とすることができる。すなわち、熱可塑性組成物中の可塑剤量を増加させると柔軟性が増すが、可塑剤により繊維の配向が阻害されパッキング性が低下するため伸度が向上し、初期弾性率の低下しおよび強度が低下する。また、溶融紡糸速度を増加させると、紡糸応力が高くなり配向が促進するため、伸度の低下し、初期弾性率の向上および強度の向上がする。
【0021】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維の平均繊維長は、25〜150mmである。ここで平均繊維長とは、短繊維の繊維長の平均値を意味しているが、繊維長が25mmに満たない場合には、例えば、紡績工程において糸切れが多発するなど繊維高次加工工程における操業性が悪化することになる。また、平均繊維長が150mm以下であれば、短繊維としての自然なムラ感の発現や、繊維高次加工工程における操業性の悪化を防ぐことになる。平均繊維長は、好ましくは30mm以上であり、更に好ましくは38mm以上である。また、平均繊維長は、好ましくは120mm以下であり、更に好ましくは102mm以下である。
【0022】
また、本発明の紡績糸は、前記のセルロースエステル短繊維を少なくとも20wt%含有するものである。すなわち、本発明の紡績糸はセルロースエステル短繊維100wt%からなる紡績糸であってもよく、また、セルロースエステル短繊維と他の短繊維が少なくとも1種類以上混紡され、セルロースエステル短繊維を20wt%以上含有する複合紡績糸であってもよい。
【0023】
複合紡績糸における複合方法は特に限定されるものではなく、混打綿あるいはカード工程で原綿を混綿する方法、練条工程やミキシングギル工程でスライバーを重ね合わせて複合する方法、および精紡工程で粗糸あるいはスライバーを複数本供給して精紡交撚(サイロスパン)を行う方法等を適用することができる。
【0024】
本発明の紡績糸を製造する方法は、特に限定されるものではなく、セルロースエステル短繊維の繊維長に応じて、短紡方式、梳毛紡方式およびトゥ紡績法等の紡績方法を適用すればよい。また、精紡方法も特に限定されるものではなく、リング精紡方法、ローター式オープンエンド精紡法および結束紡績法等を適用できる。
【0025】
本発明の紡績糸は、本発明の目的を損なわない範囲で、各種フィラメント糸との複合紡績糸、例えば、コアスパンヤーンや精紡交撚糸としてもよく、必要に応じて双糸加工や追撚加工を施しても良い。また、本発明の紡績糸と他の紡績糸、各種フィラメント糸およびフィラメント加工糸と交撚したりしても良い。
【0026】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維は、溶融紡糸によって繊維化することが可能なため、今までのセルロースエステルでは溶液紡糸であり実現できなかった単繊維断面を、丸型だけでなく異形型の断面にすることができる。例えば、三角、Y型、扁平型(1.3〜4程度で、I型等)等の断面にすることができ、また中空型の断面にすることもできる。
【0027】
本発明の紡績糸は、少なくとも一部のアシル基が炭素数3以上であるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物からなるが、この熱可塑性組成物中のセルロースエステルの含有量は、70〜95wt%であることが好ましい。セルロースエステルの含有量を70wt%以上とすることによって、強度を受け持つセルロースエステルの比率が十分高くなり、短繊維の機械的特性が向上する。また、熱可塑性組成物中のセルロースエステルの含有量は、より好ましくは75wt%以上であり、最も好ましくは80wt%以上である。また、組成物の熱流動性を高めて溶融紡糸を可能にするという観点に加え、得られる短繊維の柔軟性を高めるためには、熱可塑性組成物中のセルロースエステルの比率は95wt%以下であることが好ましく、より好ましくは、90wt%以下であり、最も好ましくは85wt%以下である。
【0028】
本発明で用いられる熱可塑性組成物は、可塑剤を5〜30wt%を含有することが好ましい。本発明で用いられる熱可塑性組成物が、5wt%以上の可塑剤を含有することで、熱可塑性組成物の熱流動性が良好となり、溶融紡糸によって繊維化することが可能となるとともに、得られたセルロースエステル短繊維は、可塑剤を含有しない場合に比べて柔軟性が高くなり、フィブリル発生などの工程トラブルを避けることができる。また、本発明で用いられる熱可塑性組成物において、30wt%以下の可塑剤量とすることで、短繊維表面への可塑剤のブリードアウトを抑制することができ、室温での膠着などのトラブルを回避することができる。熱可塑性組成物の可塑剤含有量は、フィブリル化を抑制する観点から、10wt%以上であることがより好ましく、15wt%以上であることが最も好ましい。また、熱可塑性組成物の可塑剤含有量は、ブリードアウトを抑制する観点からは、25wt%以下であることがより好ましく、最も好ましくは20wt%以下である。
【0029】
本発明において用いられる可塑剤は、本発明のセルロースエステルに混和するものであれば特に制限はなく用いることができる。可塑剤としては、例えば、ジメチルフタレート、ジエチルフタレート、ジブチルフタレート、ジオクチルフタレートなどのフタル酸エステル類、テトラオクチルピロメリテート、トリオクチルトリメリテートなどの芳香族多価カルボン酸エステル類、ジブチルアジペート、ジオクチルアジペート、ジブチルセバケート、ジオクチルセバケートなどの脂肪族多価カルボン酸エステル類、グリセリントリアセテート、ジグリセリンテトラアセテート、グリセリン混合エステルなどの多価アルコールの脂肪酸エステル類、トリエチルホスフェート、トリブチルホスフェート、およびトリクレジルホスフェートなどのリン酸エステル類などを挙げることができる。
【0030】
また、高分子量の可塑剤として、ポリエチレンアジペート、ポリブチレンアジペート、ポリエチレンサクシネート、ポリブチレンサクシネートなどのグリコールと二塩基酸とからなる脂肪族ポリエステル類、ポリ乳酸、ポリグリコール酸などのオキシカルボン酸からなる脂肪族ポリエステル類、ポリカプロラクトン、ポリプロピオラクトン、およびポリバレロラクトンなどのラクトンからなる脂肪族ポリエステル類などを挙げることができる。これらの高分子量の可塑剤は共重合体であってもよいし、重合体の一部が修飾されているものであってもよい。
【0031】
さらには水溶性の可塑剤として、ポリビニルアルコール類、ポリビニルピロリドン類、および下記の一般式(1)で示されるポリエーテル類などを挙げることができる。ここで水溶性とは、20〜100℃の温度の水に、その10重量%以上が溶解可能であることをいう。
−O−{(CH2)nO}m−R ・・・(1)
(式中、RとRは、H、アルキル基およびアシル基よりなる群から選ばれた同一または異なる基を表す。nは2〜5の整数、mは3〜30の整数を表す。)
高い水溶性の観点から、RおよびRは水素原子であることが最も好ましい。RおよびRがアルキル基あるいはアシル基の場合は、炭素数が7以下であることが好ましく、より好ましくは3以下である。
【0032】
上記の一般式(1)で示されるポリエーテル化合物は、セルロース混合脂肪酸エステルとの相溶性が優れているため好適に採用することができる。具体的なポリエーテル化合物としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、およびエチレングリコールとプロピレングリコールの共重合体などを挙げることができる。
【0033】
本発明におけるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物は、必要に応じて、着色防止用の安定剤を含有することができる。着色防止剤としては、ホスファイト化合物やヒンダードフェノール化合物などを用いることができる。また、その他、滑剤、帯電防止剤、染料、顔料、紫外線吸収剤、抗菌剤、潤滑剤、艶消剤、および生分解促進剤等の添加剤についても、これらを単独もしくは併用して含有することができる。可塑剤以外の添加剤の含有量については、セルロースエステル短繊維の特性を損なわないため、組成物全体に対して0.5wt%以下であることが好ましく、より好ましくは0.2wt%以下である。
【0034】
本発明で用いられるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物は、240℃、1000sec−1における溶融粘度が50〜200Pa・secであることが好ましい。溶融紡糸の際には240℃、1000sec−1における溶融粘度が50Pa・sec以上であることで、口金背面圧が十分に得られるため、分配性が良好となり、繊度の均一性に優れた短繊維が得られるという利点を有している。一方、溶融粘度が200Pa・sec以下である場合には、紡出糸条の製糸性が良好であり、十分な配向が得られて力学特性の優れた繊維となる。繊維の優れた機械的特性の観点から、240℃、1000sec−1における溶融粘度は、好ましくは60〜180Pa・secであり、より好ましくは80〜160Pa・secである。
【0035】
本発明で用いられるセルロースエステルと可塑剤、あるいは各種添加剤との混合に際しては、エクストルーダー、ニーダー、ロールミルおよびバンバリーミキサー等の通常使用されている公知の混合機を特に制限無く用いることができる。
【0036】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維の繊維のガラス転移温度は、100〜180℃であることが好ましい。ガラス転移温度が100℃以上であれば熱水中においてもへたりが生じることがない。耐熱軟化性の観点から、本発明で用いられるセルロースエステル短繊維のガラス転移温度は110℃以上であることがより好ましく、130℃以上であることが最も好ましい。また、ガラス転移温度は180℃以下であれば繊維を過度に加熱することなく、熱接着処理が可能となる。優れた成形性の観点から、本発明で用いられるセルロースエステル短繊維のガラス転移温度は、好ましくは170℃以下であり、より好ましくは150℃以下である。
【0037】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維のガラス転移温度は、用いられるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性樹脂の組成および可塑剤の含有率によって制御することができる。例えば、ガラス転移温度を100℃以上とするためには、セルロースエエステルの側鎖のアシル基炭素数を18以下とすることによって達成できる。また、ガラス転移温度を180℃以下とするためには、セルロースエステルの側鎖の少なくとも一部のアシル基炭素数を3以上とすることによって達成できる。また、可塑剤の含有率を高くすることにより、短繊維のガラス転移温度をその含有率に応じて低下させることができる。
【0038】
本発明で用いられるセルロースエステル短繊維の単繊維繊度は、0.1〜6.0dtexであることが好ましい。単繊維繊度が0.1dtex以上であれば、紡糸工程において糸切れによる糸切れによる操業性低下が抑制される。単繊維繊度は、より好ましくは0.5dtex以上であり、更に好ましくは0.8dtex以上である。また、単繊維繊度は、6.0dtex以下であれば、短繊維を用いた紡績糸およびそれを用いてなる布帛のソフト感が良好となる。
【0039】
本発明の紡績糸の番手は、5〜200番手(綿式)の範囲が好ましく、用途や紡績方法、複合する相手素材の単繊維繊度や強度等に応じて適宜選ぶことができる。
【0040】
本発明の紡績糸は、セルロースエステル短繊維100wt%の場合において最も光沢感やソフト性を発揮できるが、一方、本発明の紡績糸に占めるセルロースエステル短繊維以外にも、布帛の風合いをコントロールするため、綿、ウールおよび麻等の天然繊維、レーヨン、ポリエステル、アクリル、ナイロン、ポリアミドおよびポリトリメチレンテレフタレートなどの合成繊維等を混紡したものでも良いが、布帛としたときの張り腰の点から、布帛におけるセルロースエステル短繊維の紡績糸に占める割合は、20wt%以上が重要であり、好ましくは40wt%以上である。
【0041】
本発明の紡績糸は、これを100wt%用いて織編物等の布帛にすることはもちろん、他の繊維糸条と交織、交編して使用することができる。本発明の紡績糸を交編や交織して使用する場合においても、織編物の張り腰を満足させるためには織編物重量に対して、本発明の紡績糸を少なくとも20wt%以上を含むことが好ましい。
【0042】
本発明の紡績糸と布帛は、適度なソフト性を有し、耐フィブリル化に優れているため婦人インナーおよびブラウスなどの衣料用途に好適である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明の紡績糸と布帛についてより具体的に説明する。なお、実施例中の各特性値は次の方法で求めたが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
(1)強度、伸度、初期弾性率
JIS L 1015(1999年)に基づいて測定を行った。オリエンテック社製テンシロンUCT−100型を用い、試料長20mm、引張速度20mm/minの条件で引張試験を行って、最大荷重の示す点の応力を繊度で除外した値を繊維強度(cN/dtex)とした。また、破断時の伸度を繊維の伸度(%)とした。強度と伸度は、短繊維(51mm)で測定したものであり、測定回数は30回であり、その平均値を強度および伸度とした。
【0045】
また、初期弾性率(cN/dtex)は、JIS L 1015(1999年)初期引張抵抗度に基づいて算出した。初期弾性率は、短繊維(51mm)で測定したものであり、測定回数は10回であり、その平均値を初期弾性率とした。
【0046】
(2)ガラス転移温度
ガラス転移温度は、TA Instruments社製のDSC2920ModulatedDSCを用い、以下の条件にて行った。ガラス転移温度は、2nd runのチャートから算出した。
<共通条件>
・サンプル量:10mg
・雰囲気 :窒素
<1st run>
・昇温速度:50℃/分
・開始温度:20℃
・終了温度:220℃
・保持時間:5分
<冷却>
・急冷
<2nd run>
・昇温速度:2℃/min
・開始温度:20℃
・終了温度:250℃。
【0047】
(2)耐フィブリル性
染色した織物を準備し、直径10cmおよび17.5cmの試料にそれぞれ3枚採取し、試験片を上下ホルダーにセットする。そのとき上部試験片を蒸留水で湿潤させたガーゼで完全に湿らす。その状態で押圧750g、10分間摩擦した後、上部の試験片を標準状態で4時間以上放置した後、摩耗部分の単繊維のフィブリル化状態を20倍の拡大鏡で観察し、フィブリル化の発生程度を1〜5級にランク付けし、数字が大きいほどフィブリル化発生が少ないことを示す。
【0048】
(3)光沢感
染色した織物を用いて、10人の被験者による官能試験を総合して光沢を評価した。「美しい光沢を持つもの」を○とし、「光沢の少ないもの」を△とし、「光沢のないもの」を×とした。
【0049】
(4)風合い特性
染色した織物を用いて、触手による官能試験を実施した。ソフト感および品位について5人のパネラーにて評価し、「極めて優れている」は◎、「優れている」は○、「普通」は△、「劣っている」は×とし、「優れている」の○以上を合格とした。
【0050】
(実施例1)
セルロース(日本製紙ケミカル(株)製溶解パルプ、NDP−S)10.0kgに、酢酸50.0kgとプロピオン酸10.0kgを加え、50℃の温度で30分間攪拌した。得られた混合物を15℃の温度まで冷却した後、無水酢酸7.0kg、無水プロピオン酸43.0kgおよび硫酸を0.5kg加えてエステル化反応を行った。240分間攪拌を行った後、酢酸33.0kgと水17.0kgの混合溶液を60分間かけて添加し、反応を停止させた。続いて40℃の温度で24時間攪拌を継続し、加水分解処理を行った。
【0051】
その後、ドープに大過剰の水を添加して、セルロースアセテートプロピオネートを析出させた。析出した粉体は、濾過した後、水洗、濾過を5回繰り返して洗浄し、さらに0.02%の希硫酸中で50℃、1時間の処理を行い、水洗、濾過を3回繰り返し行った。
得られたセルロースアセテートプロピオネートのアセチル置換度は0.3であり、プロピオニル置換度は2.5であった。
【0052】
このようにして得られたセルロースアセテートプロピオネート90wt%と、可塑剤のポリエチレングリコール(三洋化成(株)製、PEG600)10wt%を、30mmφエクストルーダーを用いて混合し、熱可塑性組成物のペレットを得た。得られたペレットの240℃、1000sec−1における溶融融粘度は、86.7Pa・secであった。
続いて前記のペレットを、真空乾燥した後、エクストルーダー式溶融紡糸機で、紡糸温度235℃にて溶融し、0.20mmφ−0.30mmLの口金孔を72ホール有する口金から紡出した。紡出糸は25℃の温度のチムニー風により冷却した後、油剤を付与して集束し、1000m/minで回転するゴデットローラーにより引き取り、160dtex−72fil(単繊維繊度2.2dtex)の繊維を一旦ドラムに巻き取った。このドラムを10本準備して引き揃えを行い、1600dtex−720filのサブトウとし、さらにこのサブトウ30本を引き揃えて48000dtex−21600filのトウにした。
【0053】
得られたトウを、延伸倍率を1.0としたステープル延伸機を使用し、スタッファーボックスで機械捲縮を付与した後、その後繊維長が51mmの長さとなるようにカッティングを行った。得られたセルロースエステル短繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)の強度は1.0cN/dtexであり、伸度は25.3%であり、初期弾性率は23.6cN/dtexであり、ガラス転移温度は115℃であった。この得られたセルロースエステル短繊維50wt%と、別に用意したポリエステル繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)50wt%とを混紡した後、通常のリング紡績法を用いて撚数13.4T/インチを付与し綿式番手20sの紡績糸を得た。この紡績糸を、生機経糸および緯糸側構成糸に用いて、織密度114×45本/インチ、2/1ツイル組織となる生機を製織した。この生機を通常の生機の染色法に準じ、リラックス・精練と染色および乾燥、仕上加工を行い、織物を得た。
【0054】
(実施例2)
実施例1と同様にして得られた紡績糸を、生機緯糸側構成糸に用い、同様のリング紡績法を用いて得られたポリエステル紡績糸20sを生機経糸側構成糸に用い、織密度114*45本/インチ、2/1ツイル組織となる生機を製織した。この生機を通常の生機の染色法に準じ、リラックス・精練と染色および乾燥、仕上加工を行い、織物を得た。
【0055】
(実施例3)
実施例1と同様にして得られたセルロースエステル短繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)100wt%としたこと以外は、実施例1と同様の紡績条件を用いて綿式番手20sの紡績糸を得た。この紡績糸を用いて実施例1と同様にして製織、染色工程にて布帛を作成し、織物を得た。
【0056】
(比較例1)
アセトンを溶媒として乾式紡糸法により得られた市販のセルロースジアセテート繊維(84dtex−42fil)を30本引き揃えて2520dtex−1200filのサブトウとし、さらにこのサブトウ38本を引き揃えて95760dtex−45600dtex(単繊維繊度2.2dtex)のトウにした。
【0057】
得られたトウを延伸倍率を1.0としたステープル延伸機を使用し、スタッファーボックスで機械捲縮を付与した後、その後繊維長が51mmになるようにカッティングした。得られたセルロースジアセテート短繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)の強度は1.3cN/dtexであり、伸度は30.8%であり、初期弾性率は40.5cN/dtexであり、ガラス転移温度は190℃であった。この得られたセルロースジアセテート短繊維50wt%と、ポリエステル繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)50wt%とを混紡した後、実施例1と同様の紡績条件を用いて綿式番手20sの紡績糸を得た。この紡績糸を用いて実施例1と同様にして製織、染色工程にて布帛を作成し、織物を得た。この比較例1の場合は、セルロースジアセテートが炭素数3以上のアシル基を有するものでないこと、繊維の初期弾性率が40.5cN/dtexと高いことに起因して、紡績糸織物の耐フィブリル試験では著しいフィブリル化が見られ、評価は1〜2級であった。
【0058】
(比較例2)
塩化メチレンを溶媒として乾式紡糸法により得られた市販のセルローストリアセテート繊維(84dtex−20fil)を30本引き揃えて2520dtex−600filのサブトウとし、さらにこのサブトウ38本を引き揃えて75600dtex−22800dtex3(単糸繊度3.3dtex)のトウにした。得られたトウを延伸倍率を1.0としたステープル延伸機を使用し、スタッファーボックスで機械捲縮を付与した後、その後繊維長が51mmmになるようにカッティングした。得られたセルローストリアセテート短繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)の強度は1.3cN/dtexであり、伸度は30.8%であり、初期弾性率は40.5cN/dtexであり、ガラス転移温度は195℃であった。この得られたセルローストリアセテート短繊維50wt%と、ポリエステル繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)50wt%とを混紡した後、実施例1と同様の紡績条件を用いて綿式番手20sの紡績糸を得た。この紡績糸を用いて実施例1と同様にして製織、染色工程にて布帛を作成し、織物を得た。セルローストリアセテートが炭素数3以上のアシル基を有するものでないこと、繊維の初期弾性率が40.5cN/dtexと高いこと起因して、紡績糸織物の耐フィブリル性試験では著しいフィブリル化が見られ、評価は1〜2級であった。
【0059】
(比較例3)
実施例1と同様にして得られたセルロースエステル短繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)10wt%と、ポリエステル繊維(単繊維繊度2.2dtex、繊維長51mm)90wt%とを混紡した後、実施例1と同様の紡績条件を用いて得られた紡績糸を生機緯糸側構成糸に用い、同様のリング紡績法を用いて得られたポリエステル紡績糸20sを生機経糸側構成糸に用い、平織り組織となる生機を製織した。この生機を通常の生機の染色法に準じ、リラックス・精錬と染色および乾燥、仕上加工を行い、織物を得た。
セルロースエステルの混紡率が少ないことにより、光沢感がなくなり風合い特性もソフト性が失われ布帛特徴のない織物となった。
【0060】
以上6点のスパン織物について、評価した結果を表1に示す。
【0061】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の紡績糸は、繊維高次工程におけるフィブリル発生がなく、工程通過性に優れるとともに、衣料用途分野に適応できる適度なソフト性を有しながらも耐フィブリル化性を有し、衣料用素材としての利用の他、熱可塑性を利用した資材用素材としても好適に用いることができ、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部のアシル基が炭素数3以上であるセルロースエステルを主成分とする熱可塑性組成物からなり、伸度が5〜40%であり、かつ平均繊維長が25〜150mmであるセルロースエステル短繊維を、少なくとも20wt%以上含有してなることを特徴とする紡績糸。
【請求項2】
熱可塑性組成物が、セルロースエステル70〜95wt%と可塑剤5〜30wt%を含有することを特徴とする請求項1記載の紡績糸。
【請求項3】
セルロースエステルが、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートフタレート、セルロースプロピオネートブチレート、セルロースプロピオネートおよびセルロースブチレートからなる群から選ばれた少なくとも1種からなるセルロースエステルであることを特徴とする請求項1または2記載の紡績糸。
【請求項4】
セルロースエステル短繊維の初期弾性率が10〜35cN/dtexであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項5】
セルロースエステル短繊維のガラス転移温度が100〜180℃であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項6】
セルロースエステル短繊維の強度が0.5〜2.0cN/dtexであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の紡績糸を20wt%以上含むことを特徴とする布帛。

【公開番号】特開2007−107142(P2007−107142A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−300414(P2005−300414)
【出願日】平成17年10月14日(2005.10.14)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】