説明

細胞からの代謝物質の抽出方法

【課題】メタボローム等の代謝物質を細胞から効率的に抽出する。
【解決手段】細胞を超音波により溶媒(メタノール22)中に懸濁した後で、該メタノール22、クロロホルム36、水32の共存下で細胞を処理することで、メタボロームを抽出する。前記細胞は、例えば、ポリカーボネート製トラックエッチドスクリーンフィルタ14で補集することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の代謝物を定性・定量解析する際に用いるのに好適な、細胞からの代謝物質の抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キャピラリ電気泳動(CE)−質量分析(MS)による細胞の全代謝物のメタボローム測定では、細胞機能の迅速なクエンチング、及び、脂質・蛋白質の除去を行う必要がある。そこで、非特許文献1に記載されているように、メタノールに細胞を浸潤して抽出したメタボローム試料に、クロロホルム処理による脂質除去、除蛋白質処理を施して最終試料を調製している。
【0003】
又、他のメタボローム試料の調製方法としては、非特許文献2で、ホットエタノール(HE)、コールドメタノール(CM)、ホットメタノール(HM)、過塩素酸(PCA)、アルカリ(AL)、メタノールクロロホルム(MC)について検討されている。この結果によると、簡便性と再現性を考慮すると、CM法が良いと結論されている。
【0004】
更に、非特許文献3には、ヘキサフルオロアセチルアセトン(1,1,1,5,5,5-ヘキサフルオロ-2,4-ペンタンジオン:HFA)を抽出溶媒として用いると、水溶性・脂溶性物質がバランス良く抽出されると発表されているが、詳細なデータは不明である。
【0005】
又、特許文献1には、酢酸エチルやt−ブチルエーテル/イソプロパノールを用いて薬物代謝体を取得する方法が記載されている。
【0006】
【特許文献1】特開2005−21106号公報
【非特許文献1】Soga,T,Y.Ohashi,Y.Ueno,H.Naraoka,M.Tomita,and T.Nishioka“Quantitative metabolome analysis using capillary electrophoresis mass spectrometry”J.Proteome Res.2:488-494(2003)
【非特許文献2】Maharjan,R.P.,and T.Ferenci“Global metabolic analysis:the influence of extraction methodology on metabolome profiles of Escherichia coli”Anal.Biochem.313:145-154(2003)
【非特許文献3】平山隆志、坪井裕理、篠崎一進、菊地淳 「植物ホルモン応答時における均一安定同位体標識化培養細胞・個体のin vitro,in vivo 多次元NMRメタボローム解析」第28回 日本分子生物学会年会 2P−1230 講演要旨集、P553(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された方法は、メタボローム試料には適していない。
【0008】
又、迅速に細胞だけを集めるため、一般的には濾過フィルタが用いられているが、フィルタ上に付着した細胞をメタノールに浸潤するだけでメタボローム試料が調製できるかは不明であった。
【0009】
非特許文献1では、細胞を集める際に減圧濾過で用いるフィルタとして、紙製濾紙やポリビニリデンフロライド製網目状フィルタなどを用いていたが、吸湿性のためメタボローム試料抽出の際に、培地成分のキャリーオーバーが大きいなどの問題点を有していた。
【0010】
又、メタボロームの抽出は、化学種によって抽出効率がまちまちであり、全てを均一に抽出することは困難であった。更に、これまでのメタノールによるメタボローム抽出方法では、ヌクレオチド類などのリン酸を含む化合物の抽出が不完全であった。
【0011】
従って、他の化合物の抽出には影響を与えず、これらの化合物を、より効率的に抽出する方法が求められていた。
【0012】
本発明は、前記従来の問題点を解消するべくなされたもので、細胞からメタボローム等の代謝物質を効率的に抽出することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、細胞からの代謝物質の抽出に際して、細胞を超音波により溶媒中に懸濁した後で、溶媒から抽出するようにして、前記課題を解決したものである。
【0014】
前記溶媒をメタノールとし、該メタノール・クロロホルム・水の共存下で細胞を処理することで、代謝物質を抽出することができる。
【0015】
前記細胞は、フィルタで補集することができる。
【0016】
前記フィルタは、ポリカーボネート製トラックエッチドスクリーンフィルタとすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、メタボロームを効率的に抽出することができ、メタボローム抽出の再現性を向上することができる。特に、リン酸を含む化合物の抽出において改善効果が大きく、含まれるリン酸の数が大きい程、効果が大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0019】
図1を参照して、本実施形態における微生物メタボローム試料の調製手順を詳細に説明する。
【0020】
(1)まず図1(A)に示す如く、例えばフラスコ10中の10個の細胞を含む試料体積のバクテリア培地12を、図1(B)に示す如く、例えば減圧濾過によりフィルタ14にサンプリングして集める。前記フィルタ14としては、ポリカーボネート製トラックエッチドスクリーンフィルタ(例えばMilipore社製Isopore Membrane Filter HTTP 孔径0.4μm 直径47mm、047 00)を用いることができる。このフィルタは、孔径が一定であり、フィルタ基材は非吸湿性で、ガラスのように滑らかな表面を持つ。このような特徴から、培地成分の吸着やキャリーオーバーは最小限に留められ、又、メタノール中の超音波処理の際に細胞が剥がれやすいという利点を有する。
【0021】
(2)次に、図1(C)に示す如く、例えばフィルタホルダ16を用いて、10mlのMlliQ水で二回洗浄する。
【0022】
(3)次いで、図1(D)に示す如く、例えば蓋つきシャーレ20に内部標準入りの2mlメタノール(MeOH)22を入れる。
【0023】
(4)次いで、フィルタ14をメタノール22に浸ける。
【0024】
(5)次いで、図1(E)に示す如く、密閉したシャーレ20を超音波洗浄器24に浮かべ、例えば30秒間処理して、細胞を完全にメタノール22中に懸濁する。
【0025】
(6)次いで、図1(F)に示す如く、菌が完全に懸濁されたメタノール例えば1.6mlをファルコンチューブ30に移す。
【0026】
(7)次いで、例えば640μlのMilliQ水と1.6mlのクロロホルムを加え、例えば30秒間ボルテクスにかけて、図1(G)に示す如く、イオン性代謝物質を含む水32と、疎水ペプチドを含むメタノール34と、脂質を含むクロロホルム36に分離させる。
【0027】
(8)後は従来と同様に、図1(H)に示す如く、水32の層のみをウルトラフィルタチップに移して、蛋白質を取り除き、図1(I)に示す如く、例えば2時間遠心分離し、図1(J)に示す如く、遠心蒸発機で乾燥し、図1(K)に示す如く、内部標準入りの例えば50μlのMilliQ水を加えて再溶解し、例えばCE−MS分析などに用いる。
【0028】
本発明で用いた超音波処理により、遠心分離後の細胞ペレットを完全に懸濁することができる。又、フィルタ14で集めた細胞をフィルタ14から剥がし、完全に懸濁することができる。
【0029】
従来法(■印)、CM法(○印)、本発明による超音波処理法(△印)の抽出結果を図2に比較して示す。リン酸基の数に依存して抽出効率が改善され、ATP、CTPで約50倍、GTPでは100倍の抽出率となった。又、これまで検出できなかったdTTPが検出できるようになった。一方、カチオンの定量値は変化しない。又、アニオンではフルクトース1,6-ビスリン酸以外では定量値は変化しない。更に、ここでの超音波処理では、細胞は破壊されないことが確認できた。
【0030】
又、再現性に関しては、図2中に●印で示す如く、2回の抽出データの比較では最大10%の誤差を生じたが、ヌクレオチド16成分の平均誤差は1%であった。
【0031】
この手法により調製したメタボローム試料は、CE、液体クロマトグラフィ(LC)、ガスクロマトグラフィ(GC)、MS、薄層クロマトグラフィ(TLC)、核磁気共鳴(NMR)、分光学的手法などを用いた分析などに適用できる。
【0032】
又、この手法により調製したメタボローム試料は、酵素反応の基質としても利用することができる。
【0033】
本発明の手法は、更に、バクテリア、培養動物細胞、培養植物細胞、血球、精子、卵子、その他の単細胞試料に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明による細胞からの代謝物質の抽出方法の実施形態を示す図
【図2】従来法、メタノール抽出法、本発明による超音波処理法で得た試料の抽出比率を比較して示す図
【符号の説明】
【0035】
10…フラスコ
12…バクテリア培地
14…フィルタ
20…シャーレ
22、34…メタノール
24…超音波洗浄器
30…ファルコンチューブ
32…水
36…クロロホルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を超音波により溶媒中に懸濁した後で、溶媒から抽出することを特徴とする細胞からの代謝物質の抽出方法。
【請求項2】
前記溶媒をメタノールとし、該メタノール・クロロホルム・水の共存下で細胞を処理することで、代謝物質を抽出することを特徴とする請求項1に記載の細胞からの代謝物質の抽出方法。
【請求項3】
前記細胞が、フィルタで補集されたものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞からの代謝物質の抽出方法。
【請求項4】
前記フィルタが、ポリカーボネート製トラックエッチドスクリーンフィルタであることを特徴とする請求項3に記載の細胞からの代謝物質の抽出方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−5778(P2008−5778A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−180223(P2006−180223)
【出願日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【出願人】(504059429)ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社 (9)
【Fターム(参考)】