説明

細胞の増殖基質としての粘膜下組織

【課題】真核細胞のin vitroにおける増殖及び組織分化を促進する細胞培養方法を提供する。
【解決手段】温血脊椎動物の粘膜下組織をin vitro細胞/組織増殖の基質として用いることにより細胞/組織培養の細胞増殖させる。また、粘膜下組織細胞増殖基質によって、in vivoで見いだされる環境と類似したコラーゲン性基質環境をin vitroで細胞に提供する。更に、該粘膜下組織は、真核細胞を、細胞増殖を誘導する条件下で粘膜下組織と接触させるとき、前記細胞の増殖及び分化を促進させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は真核細胞の培養に関するものである。より詳細に述べるならば、本発明は、in vitroで、真核細胞増殖を誘導する条件下で、真核細胞を温血脊椎動物の粘膜下組織と接触させることによって真核細胞の増殖及び組織分化を促進する方法に向けられる。
【背景技術】
【0002】
組織培養は、研究者がコントロールする生理化学的環境において、動物細胞挙動をin vitroで研究することのできる方法である。しかしながら、培養細胞の細胞形態学及び代謝活性はそれらが増殖する基質の組成によって影響を受ける。多分、培養細胞は、それらの天然の環境に極めて近い基質上に培養するとき最も良く機能する(すなわち増殖し、それら本来の in vivo 機能を果たす)。現在、細胞機能の in vitro研究は、培養細胞の増殖及び発達のために適した生理学的環境を提供する細胞培養基質の入手可能性によって制限を受ける。
【0003】
複雑な基質によってin vitro細胞増殖が維持されることがこれまでに報告された、そしてそのような増殖を維持する基質製品が市販されている。例えばベクトン・ディキンソン(Becton Dickinson)は現在2種類のそのような製品を提供している:ヒト細胞外基質、及びマトリゲル(商標)(MATRIGEL(商標))基底膜基質。ヒト細胞外基質はヒト胎盤に由来し、 クロマトグラフィーで部分的に精製された基質抽出物で、ラミニン、コラーゲンIV、及び硫酸ヘパリン プロテオグリカンを含む(クラインマン(KLeinman,HK)ら、米国特許第4829000号(1989))。マトリゲル(商標)は、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)腫瘍の溶解性基底膜抽出物で、ゲル化して再構成された基底膜を形成する。これらの基質は両方共、費用のかかる生化学的分離、精製、及び合成技術を必要とし、したがって製造コストは高くなる。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は脊椎動物の粘膜下組織に由来する基質を種々の細胞型の増殖及び付着のための基質として使用することに向けられている。本発明によって使用するコラーゲン性基質は、天然の形及び天然の濃度の、非常に良く保存されたコラーゲン、糖蛋白質、プロテオグリカン、及びグリコサミノグリカンを含む。本発明に使用する細胞外コラーゲン性基質は温血脊椎動物の粘膜下組織に由来するものである。粘膜下組織は、食肉生産のために集められる動物、例えば豚、家畜及び羊またはその他の温血脊椎動物から収穫した腸組織を含める種々のソースから得ることができる。この組織をその天然の形で、または粉砕した形または一部消化した流動形で用いる。脊椎動物の粘膜下組織は市場の食肉製造処理の豊富な副産物であり、したがって、粘膜下組織がその天然の層状シート形で用いられる場合は特に、低コストの細胞増殖基質である。
【0005】
本発明の粘膜下組織細胞増殖基質は、 in vivo で見いだされる環境と類似したコラーゲン性基質環境をin vitroで細胞に提供する。粘膜下組織の天然組成及び形態は、細胞の付着及び増殖を促進する独特の細胞増殖基質をもたらす。よって、本発明の1つの目的は、in vitro培養細胞の増殖及び分化を促進または誘導する比較的安価な細胞培養増殖基質を提供することである。
【0006】
本発明のもう一つの目的は、脊椎動物粘膜下組織をin vitro細胞/組織増殖の基質として用いることによって、細胞/組織培養の細胞増殖を改善する方法を提供することである。
【0007】
本発明のもう一つの目的は、温血脊椎動物の粘膜下組織と接触する増殖しつつある細胞集団と、前記細胞集団の増殖を促進する栄養培地とを含む細胞培養組成物を提供することである。
【0008】
本発明のさらにまた別の目的は、腫瘍細胞増殖を研究するモデル系を作ることである。そのモデル系は温血脊椎動物の粘膜下組織と接触する増殖しつつある腫瘍細胞集団と、栄養メジウムとを含む。粘膜下組織基質は in vivo で見いだされるもとと類似のin vitro環境を提供し、したがって本発明により、腫瘍細胞増殖特性を研究するためのモデル系として役立つ。このようなモデル系は腫瘍細胞の増殖及び非腫瘍組織への侵襲に関係する細胞−及び分子プロセスの詳細な特徴づけを可能にするであろう。
【0009】
本発明のその他の目的は、真核細胞の侵襲的増殖特性を分析する培養系(ここでは“侵襲チェンバー”と呼ぶことにする)及び方法を提供することである。侵襲チェンバーは基質界面によって分離された第1及び第2チェンバーからなる;ここで基質界面は粘膜下組織を含んでなる。細胞を侵襲チェンバーに培養する;その場合細胞を直接粘膜下組織界面に接種し、第1及び第2チェンバーに細胞増殖を促進する栄養メジウムを満たし、増殖を誘導する条件下で細胞を培養する。それら細胞は、一般的細胞増殖特性を研究するのに最適の増殖条件のもとで培養することもできるし、または増殖条件を種々変えて、増殖条件の変化に対する細胞の反応を研究することもできる。
【0010】
1実施例において、腫瘍細胞を、増殖条件を種々変えて侵襲チェンバーの基質界面と接触させて培養し、それら腫瘍細胞の増殖及び侵襲特性、及び種々の増殖条件に対するそれら細胞の反応を研究する。粘膜下組織基質及びその基質上の腫瘍細胞集団をその後標準的組織学的手段を用いて検査することができる。
【0011】
温血脊椎動物の腸の粘膜下組織を含む組成物をシート状または流動状の組織グラフト材料として用いることができる。米国特許第4902508号は、高コンプライアンス、高破裂圧点、及び効果的多孔度指数を含めるすぐれた機械的特性を特徴とする組織グラフト組成物を記載している。これらの特性のおかげで、このような組成物は血管及び結合組織グラフト構成物に用いられる。このような用途に用いる場合、好適グラフト構成物は、グラフト構成物によって置換される組織の in vivo 再増殖の基質として役立つ。米国特許第5275826号は脊椎動物の粘膜下組織の流動型を注入または移植可能の組織グラフトとして記載している。
【0012】
本発明のもう一つの目的は、グラフト構成物を宿主に移植または注入する前に、あらかじめ選択した、またはあらかじめ決定した細胞型をin vitro粘膜下組織に接種することによって、移植または注入可能組織グラフト構成物としての脊椎動物粘膜下組織の機能的特性を高めまたは広げることである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明により、in vitroで培養した真核細胞の増殖を維持し、組織分化を誘導する組成物及び方法が提供される。概してこの方法は、真核細胞を、in vitro で真核細胞の増殖を誘導する条件下で、脊椎動物粘膜下組織コラーゲン性基質と接触させる段階を含む。細胞培養に関してここで用いられる用語“接触する”は、粘膜下組織と培養細胞との直接接触及び間接―例えば液体連絡による―接触を両方含めるものとする。ここで用いる用語“真核細胞の増殖を誘導する条件”とは、現在使用できる細胞培養法で真核細胞増殖に最適と考えられる環境条件、例えば滅菌技術、温度及び栄養供給などを言う。真核細胞の培養に用いられる最適細胞培養条件は特定の細胞型に幾らか依存するとはいえ、細胞増殖条件は当業者には概ね公知である。しかしながら、多数の分化した細胞型(例えばランゲルハンス島、肝細胞、軟骨細胞、造骨細胞など)はまだ培養が難しいと考えられている。
【0014】
本発明の細胞培養基質のコラーゲン性基質成分は脊椎動物粘膜下組織から誘導され、天然関連性の細胞外基質蛋白質、糖蛋白質及びその他の要因を含む。好適にはコラーゲン性基質は温血脊椎動物の腸粘膜下組織を含んでなる。温血脊椎動物の小腸は本発明に使用するための細胞培養基質の特に好適なソースである。
【0015】
適した腸粘膜下組織は一般的には筋層から分離した粘膜下層を含む。本発明の好適1実施例では、腸粘膜下組織は粘膜下層及び筋層の基底部分―それらは、ソースである脊椎動物によって厚さ及び定義が異なることが知られている筋粘膜層及び緻密層を含む―を含んでなる。
【0016】
本発明によって使用する粘膜下組織の作成は米国特許第4902508号に記載されている、その開示は引例によってここに明白に挿入される。脊椎動物の腸セグメント―これらは好適にはブタ、ヒツジまたはウシから収穫するが、他の種属を排除するものではない―を縦方向のふきとり運動を用いてこすりとり、平滑筋組織からなる外側層と、最も内側の層、すなわち筋層の内腔部分を除去する。粘膜下組織を生理食塩液で洗い、任意に滅菌する;それを水和状態または脱水状態で保存することができる。凍結乾燥または空気乾燥した粘膜下組織を再水和して、その細胞増殖活性の顕著な損失なしに本発明により使用することができる。
【0017】
本発明のグラフト組成物は、グルタールアルデヒドなめし、酸性pHにおけるホルムアルデヒドなめし、プロピレンオキシド処理、ガスプラズマ滅菌、ガンマ照射、電子ビーム、及び過酢酸滅菌を含める一般的滅菌法を用いて滅菌することができる。粘膜下組織の機械的強度、構造、及び生物向性に不都合な影響のない滅菌法が好ましい。例えば強いガンマ照射は粘膜下組織シートの強度減少をおこすかも知れない。好適滅菌法は、グラフトを、過酢酸、1−4Mradsガンマ照射(より好適には1−2.5Mradsガンマ照射)またはガスプラズマ滅菌にさらすことである;過酢酸滅菌は最も好適な滅菌法である。一般には粘膜下組織を2種類以上の滅菌プロセスにかける。粘膜下組織を例えば化学的処理によって滅菌した後、その組織をプラスチックまたはホイールラップで包み、再度、電子ビームまたはガンマ照射滅菌法にかける。
【0018】
本発明により使用する特定の粘膜下組織は流動状でもよい。粘膜下組織は、細かく砕き、任意にそれをプロテアーゼで消化して均質溶液を生成することによって液体化することができる。流動状粘膜下組織の製法は米国特許第5275826号に記載され、その開示はここに引例によって明白に挿入される。流動状粘膜下組織は、収穫した粘膜下組織の引裂き、切断、細砕、または剪断による粘膜下組織の粉砕によって作られる。こうして粘膜下組織片を高速ブレンダー中における剪断によって、または凍結−または凍結乾燥状態の粘膜下組織の細砕によって粉末にし、後に水または緩衝生理食塩液で水和して、液体、ゲルまたはペースト状粘稠度の粘膜下組織液を形成できる粉末を生産することができる。流動状粘膜下組織組成物はさらにトリプシンまたはペプシンなどのプロテアーゼで、酸性pHで、粘膜下組織成分の全部または大部分を可溶性にするのに十分な時間処理し、任意に濾過して、部分的に溶解する粘膜下組織の均質溶液が作られる。
【0019】
本発明によって使用するための流動状粘膜下組織の粘度は粘膜下組織成分濃度及び水和度を調節することによって巧みに操作することができる。粘度は25℃で約2ないし約300,000cpsの範囲である。粘度のより高い組成物、例えばゲル、は粘膜下組織消化溶液から、このような溶液のpHを約6.0から約7.0に調節することによって作られる。
【0020】
本発明の基礎となるものとして、粘膜下組織を含む組成物がin vitroで真核細胞の成長または増殖に使用できることが発見された。粘膜下組織は本発明によりその本来のシート様形状を含む種々の形の細胞増殖基質として、ゲル状基質として、当業者には公知のその他の細胞/組織培養培地として、または培養製品のコーティングとして使用され、粘膜下組織基質と接触する細胞の増殖を維持し高める、より生理学的効果のある基質を提供できる。この粘膜下組織は細胞付着のための表面を提供し、細胞分化も誘起する。粘膜下組織は細胞培養に使用する前に滅菌するのが好ましい、しかしもし抗生物質がその細胞培養系に含まれているならば、非滅菌粘膜下組織を使用することができる。
【0021】
好適1実施例において、真核細胞増殖を誘導する条件のもとで脊椎動物粘膜下組織細胞のシート上に細胞を直接植え付けた。粘膜下組織は多孔性であるため、細胞栄養物は粘膜下組織基質を通って拡散することができる。そこで、例えば、細胞は粘膜下組織の内腔面または abluminal(内腔から離れた)面どちらにでも培養することができる。内腔表面はソースである器官の内腔(管腔)に面する粘膜下組織面で、in vivo では一般的に内部粘膜層に隣接するが、abluminal 面は器官の内腔から離れた方に面する粘膜下組織面であり、 in vivo では一般的に平滑筋組織と接触する。
【0022】
脊椎動物粘膜下組織の固体シート上に培養された細胞は、粘膜下組織シートのどちら側に細胞が増殖するかによって、異なる成長パターンを示し、粘膜下組織増殖基質との異なる相互作用をあらわす。本発明による腸粘膜下組織シート上に培養した組織/細胞の組織学的検査では、abluminal 面に接種された細胞は粘膜下組織表面に沿って成長/増殖するのみならず、それらは粘膜下組織そのもののなかにより容易に移動し、そこで増殖することがわかった。内腔面は abluminal側より緻密な基質からなり、したがって細胞は内腔側には侵入しにくい。内腔面に接種した細胞は基質に付着するが、概してその表面に浸透しない。しかしながら或る種の細胞型はabluminal- 及び内腔面両方に浸透することができる(例えば扁平上皮癌細胞及び線維芽細胞)。その上、或る細胞型、例えばラット胎児細胞などは、内腔側に接種した場合は増殖して多層細胞を形成する。この多層の細胞は分化し、 in vivo 細胞に特異的な、多層におけるそれらの位置を示唆する機能を果たす。
【0023】
本発明による1実施例において、粘膜下組織細胞基質を用いて腫瘍細胞増殖を研究するためのモデル系を提供することができる。基底膜の腫瘍侵襲は複雑な多段階プロセス中の、 転移形成に導く決定的段階である。侵襲プロセスに共通の特徴は次のものである:(a)腫瘍細胞の、細胞表面受容体を介する基底膜への付着;(b)隣接する細胞外基質(ECM)構造の分解をおこす腫瘍細胞による酵素分泌;(c)基質コンポーネントを通過する細胞移動。しかしin vitroで培養された腫瘍細胞は、一般的には腫瘍細胞による組織侵襲プロセスの研究には適さない、平らな細胞からなる単層または多層を形成する。しかし本発明の粘膜下組織細胞培養基質に培養した腫瘍細胞は粘膜下組織基質コンポーネントを活発に分解し、基質に移動し/侵襲する。
【0024】
温血脊椎動物の粘膜下組織を含む細胞培養基質を用いて、種々の腫瘍細胞型を腫瘍細胞増殖特性のモデルとしてin vitroで培養することができる。このようなモデル系は、腫瘍侵襲に関係する分子メカニズムの研究を可能にし、究極的に新規の抗転移治療法の開発にも通ずるかも知れない。特に、このようなモデル系を用いれば、種々の成分、例えば成長因子、抗腫瘍剤、化学療法剤、抗体類、照射、または細胞増殖をおこすその他の因子などが腫瘍細胞の増殖特性に与える影響をin vitroで分析することができるであろう。
【0025】
種々の細胞増殖条件の腫瘍細胞増殖特性に与える影響をin vitro分析するために、腫瘍細胞を温血脊椎動物の粘膜下組織を含む細胞増殖基質上に接種し、前記細胞の増殖に必要な栄養を含む培養培地を作った。接種した細胞をその後あらかじめ選択した種々の細胞増殖条件のもとで種々の時間培養し、それからその粘膜組織基質及びその基質上の腫瘍細胞集団を組織学的に研究する。種々の前記増殖条件を用いて、それら条件の腫瘍細胞増殖及び/または細胞基質侵襲に与える影響を研究することができる。種々の増殖条件には、栄養培地中の腫瘍細胞増殖改変化合物、例えばサイトカイン類または細胞傷害性物質 の存在及びその濃度も含まれる。或いは、選択した増殖条件は、例えば温度、pH、電磁放射または栄養組成などの環境因子の変更であるかも知れない。選択した増殖条件の、腫瘍細胞の形態学及び増殖に対する影響は その後、 対照−(選択した増殖条件以外の条件で培養された腫瘍細胞)及び試験腫瘍培養細胞の組織学的分析によって評価することができる。標準組織学的方法に加えて、放射性-及び蛍光プローブを含む種々の方法を用いて細胞を標識化し、標識細胞を粘膜下組織由来の基質に培養するという方法でも培養細胞の増殖特性を分析できる。
【0026】
粘膜下組織(流動状及びシート状どちらでも)を種々の組織培養産物と組み合わせて用い、腫瘍細胞の侵襲特性のin vitro研究のためのin vitro培養系を作成することができる。例えば、流動状粘膜下組織を用いてポリカルボネートフィルターを被覆し、それをボイデン(Boyden)チェンバー様装置に利用し、侵襲チェンバーを作ることができる。その上、ニューロプローブ社(Neuroprobe,Inc.)(Cabin John,Maryland)から提供されるブラインド ウェル チェンバー(Blind Well Cham-bers)は、侵襲チェンバー作成のための種々の形態の粘膜下組織(例えば完全無傷の粘膜下組織被覆ポリカルボネートフィルター、可溶性粘膜下組織被覆ポリカルボネートフィルター、または完全無傷粘膜下組織のみ)に適合しやすい。
【0027】
侵襲チェンバーは細胞の侵襲特性のin vitro評価に有用である。現在、マトリゲル―Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)腫瘍細胞からのゼラチン状ECM抽出物―はこのような侵襲研究のために最も広く用いられるECM基質である。しかしこの基質は高価で、操作しにくく、しかも新生物(正常な生理的なものではない)組織からの再構成された(天然ではない)細胞外基質である。
【0028】
本発明による侵襲チェンバーは第1チェンバーを限定する上方体部、第2チェンバーを限定するベース、及び前記第1及び第2チェンバーを分離する基質界面を含んでなり;ここで基質界面は温血脊椎動物組織の粘膜下組織を含んでなる。上方体部はベースに対してバイアスされ、粘膜下組織基質界面を第1及び第2チェンバーの間に保持する。使用時には細胞を直接、基質界面に接種し、第1及び第2チェンバーを栄養培地で満たし、あらかじめ選択した細胞増殖条件下で細胞増殖を促進する。侵襲チェンバーはさらに、使用中に栄養またはその他の細胞増殖条件を補充または変更するために第1及び第2チェンバーにアクセスするための手段を備えている。1実施例では、第1及び第2チェンバーにアクセスする手段は入口と、その入口を封止する除去可能のプラグからなる。
【0029】
1実施例では、侵襲チェンバーは軸方向に延びる突出部をもつ上方体部と、軸方向に延びる突出部を受け取るために上部表面に形成されたキャビティを有するベースとを含み、ここでそのキャビティの範囲を限定する壁の内面にはリムが配設され、基質界面はベースキャビティに挿入され、リム上に落ち着くように形成される。1実施例において、軸方向に延びる突出部は環状に延び、ベースキャビティはシリンダ状である。環状に延びる突出部と、ベースキャビティを輪郭づける壁とは、独立的に多面体、例えば長方形及びその他の多数の側面を有する形でもよい。基質界面は1層の粘膜下組織を含み、シート状の粘膜下組織でもよいし、シート−または流動状粘膜下組織で被覆され、または粘膜下組織層を重ね合わせたフィルター、スクリーン、メッシュ膜などであってもよい。1実施例において、基質界面は粘膜下組織被覆−多孔性フィルターからなる。
【0030】
基質界面は、ベースのキャビティ及び上方体部の軸方向に延びる突出部と協力して上方及び下方チェンバーの範囲を決める。上方体部の軸方向に延びる突出部をベースキャビティに挿入すると、リム上に落ち着いた基質界面部分は上方体部の軸方向に延びる突出部の末端部分によってリムに押し付けられる。こうして基質界面はリムと軸方向に延びる突出部との間に固定される。ウォッシャー(1個または複数)をリムと基質界面との間及び/または基質界面と軸方向に延びる突出部との間に置くことができる。
【0031】
リムと、軸方向に延びる突起の末端部分との間の基質界面を圧迫するバイアス力は1組のスプリングまたはクランプによってもたらされる。または、上方体部の軸方向に延びる突起は、ベースのキャビティを限定する壁の内面と摩擦的にかみ合うように形成され、またはそのような手段が配設され、軸方向に延びる突起をベースのキャビティに挿入した後、その軸方向に延びる突起を基質界面に対して保持するようにする。1実施例において、侵襲チェンバーの諸成分はガラス及び透明プラスチックスなどを含める実質上透明な材料から作られる。
【0032】
侵襲チェンバーの使用において、細胞培養培地を先ず第一にベースのキャビティに挿入する。それから基質界面と上方体部をベースのキャビティに挿入し、細胞培養培地を上方チェンバーに導入する。粘膜下組織層と接触している基質界面の上方面に細胞を接種し、熟練せる当業者には公知の標準的技術を用いて細胞を培養する。一般的には化学誘引物質を下方チェンバーに加えて、培養細胞の基質界面への侵入を促進する。
【0033】
あらかじめ決めた時間細胞を培養した後、標準組織化学的方法を用いて培養細胞の侵襲特性を評価する。種々の着色、蛍光マーカー、または放射性核種を用いて定量的並びに定性的侵襲データを得ることができる。本発明の侵襲チェンバーを用いて種々の細胞型の侵襲ポテンシャル、並びにそれらの侵襲ポテンシャルに基づく細胞の選択的分離手段を評価することができる。
【0034】
本発明の1実施例による侵襲チェンバーは図1に示される。侵襲チェンバー(10)は上方体部(12)、ベース(14)及び基質界面(16)を含んでなる。上方体部(12)には、上方体部(12)を通って延びる管状空間(18)と、上方体部(12)から延び、管状空間(18)の軸周囲にひろがる環状伸長部がある。ベース(14)には前記環状伸長部(20)を受け入れるために形成されたシリンダ状キャビティ(22)がある。図2に最も良く示されるように、シリンダ状キャビティ(22)を輪郭づける壁の内面には環状リップ(24)があり、それはベース(14)の表面に形成された下方チェンバー(26)の開口部分となる。環状伸長部(20)の外側表面はシリンダ状キャビティの壁の内面と摩擦的にかみ合う。示した実施例では、環状伸長部(20)の外側表面にはネジ山(30)が形成され、それはシリンダ状キャビティの壁の内面にある対応するネジ山(32)とかみ合う。
【0035】
基質界面(16)は1層の粘膜下組織を含んでなる。粘膜下組織層は数種類の形の粘膜下組織―すなわち完全無傷粘膜下組織被覆−多孔性表面、可溶性粘膜下組織被覆−多孔性表面または完全無傷粘膜下組織のみを含めるが、これらに制限されるものではない―を含むことができる。本発明によって使用するための1好適多孔性表面はポリカルボネートフィルターである。基質界面(16)はシリンダ状キャビティ(22)の直径と大体等しい直径をもつように作られ、そのため基質界面(16)をシリンダ状キャビティ(22)に挿入したとき、基質界面(16)は環状リップ(24)と接触し、下方チェンバー(26)の上部境界となる。
【0036】
上方体部(12)の環状伸長部(20)は、基質界面(16)がリップ(24)上に置かれ、環状伸長部(20)がシリンダ状キャビティ(22)に挿入されるとき、環状伸長部(20)の末端部分(40)が基質界面(16)と接触できるような十分な長さをもつ。
【0037】
こうして環状リップ(24)に置かれた基質界面(16)の環状部分は環状伸長部(20)の末端部分(40)によって環状リップに対して押し付けられ、そこで基質界面は環状リップ(24)と環状伸長部(20)との間に固定する。よって、基質界面(16)と環状伸長部(20)がシリンダ状キャビティ(22)に挿入されるとき、基質界面(16)は環状伸長部(20)の環状空間と共に、上方チェンバー(34)を輪郭づける(図2参照)。
【0038】
液体培地が下方チェンバーに(基質界面(16)及び環状伸長部(20)をシリンダ状キャビティ(22)に挿入する前に)、及び上方チェンバー(34)に導入され(基質界面(16)及び環状伸長部(20)をシリンダ状キャビティ(22)に挿入後)、真核細胞増殖のための栄養を提供する。或いは、その装置を組み立てた後に、第1及び第2チェンバーにアクセスするための手段を侵襲チェンバーに設け、液体を供給及び除去できるようにすることもできる。化学誘引物質を任意に下方チェンバー(26)に加えて、細胞培養の基質界面(16)への侵襲を促進することができる。
【0039】
本発明のもう一つの実施例では、本発明による細胞増殖基質を流動状の粘膜下組織から形成する。流動状粘膜下組織をゲル化して固体または半固体基質を形成する。それから真核細胞をその基質表面に直接接種し、真核細胞増殖を誘導する条件下で培養する。
【0040】
本発明の細胞増殖基質は、栄養―ミネラル、アミノ酸、糖、ペプチド、蛋白質、または例えばラミニン及びフィブロネクチンなどの細胞増殖促進性糖蛋白質類、及び例えば上皮成長因子、血小板由来増殖因子、変換増殖因子ベータ、または線維芽細胞増殖因子などの増殖因子類を含める―と組み合わせることができる。1実施例において、流動状または粉末型の粘膜下組織を用いて、標準真核細胞培養培地を補強し、標準培地の、in vitroにおける培養細胞の増殖を維持及び誘導する能力を高めることができる。
【0041】
本発明によると、温血脊椎動物の粘膜下組織と組み合わせて真核細胞集団のin vitro増殖を維持するための細胞培養組成物が提供される。その組成物は、培養細胞の最適増殖のために必要な栄養、及び任意に増殖因子を含む。本発明の粘膜下組織基質は市販の細胞培養液体培地(血清基礎のものも、無血清のものも両方)と共に用いることができる。本発明によって増殖するとき、増殖しつつある細胞は粘膜下組織と直接接触していてもよいし、それらが粘膜下組織と単に液体連絡していてもよい。本発明の細胞増殖組成物を用いて未分化幹細胞の増殖も、分化した細胞、例えばランゲルハンス島、肝細胞及び軟骨細胞などの増殖も刺激することができると予想される。さらに、上記の細胞増殖組成物は分化した細胞の増殖を促進し、他方このような細胞の分化した状態を維持すると考えられる。
【0042】
粘膜下組織は多くのin vivo 微小環境(例えば腱、靭帯、骨、関節軟骨、動脈及び静脈)に移植したとき宿主組織の増殖を誘発し、適切な組織構造をリモデリング及び再生することができることは十分証明されている。内因性組織形成を誘導するためにこのような組織をシート型及び流動型で使用することが米国特許第5281422号及び第5275826号に記載され請求されている;この開示は引例によってここに明白に挿入される。
【0043】
本発明のもう一つの実施例においては、温血脊椎動物の粘膜下組織を含むグラフト組成物の組織置換能力が、その組織を移植前に種々の細胞型を植え付けることによってさらに高まり、または広がる。例えば粘膜下組織に、内皮細胞、ケラチノサイト、またはランゲルハンス島細胞をそれぞれ血管移植、皮膚置換または補助的膵移植のために植え付けることができる。或いは、粘膜下組織に先ず最初に間葉細胞(幹細胞)を植え付けてその細胞集団を広げ、その後に宿主に移植することができる。粘膜下組織は遺伝的に改変した細胞を宿主の特異的部位に挿入するための供給輸送担体としても役立つ。この実施例によって使用する粘膜下組織は流動型でもその本来の固体型でもよい。任意に、粘膜下組織に真核細胞を植え付けた後にグラフト組成物を真核細胞増殖を誘導する条件にさらし、グラフトを宿主に移植する前に接種細胞の集団をさらにふやすことができる。
【0044】
1実施例において、粘膜下組織と増殖しつつある細胞集団とを含む組成物を生体適合性基質で取り囲み、宿主に移植する。包囲する基質は、包囲された細胞への栄養の拡散を可能にし、一方、包囲された細胞の生成物が包囲された細胞から宿主細胞へ拡散し得るような形をとることができる。生きている細胞を包囲するための適した生体適合性ポリマーは熟練せる当業者には公知である。例えばポリリジン/アルギネート包囲プロセスは以前にリム(F.Lim)及びサン(A.Sun)が報告した(Science 210巻908-910ページ)。実際に脊椎動物の粘膜下組織そのものを用いて本発明による粘膜下組織基質上の増殖しつつある細胞集団を好都合に包囲し、人工器官として移植することができるであろう。
【0045】
粘膜下組織は、粘膜下組織上にin vitroで培養した細胞の分化を促進する生理的環境を好都合に作り出す。こうして粘膜下組織を含む細胞培養基質を、熟練せる当業者には公知の標準細胞培養技術と組み合わせて用い、宿主に移植するための組織グラフトを、必要なときにin vitro で製造することができる。このような組織の細胞は、細胞型及び粘膜下組織グラフト構成物内の位置に基づきそれらの正当な本来の機能を果たす。
【0046】
in vitro で組織グラフトを形成する方法は、真核細胞を温血脊椎動物の粘膜下組織からなる細胞増殖基質上に接種し、細胞をin vitroで、真核細胞の増殖を誘導する条件下で培養する諸段階を含んでなる。好都合なことに、組織グラフト構成物の invitro 合成(ここでは組織の細胞はそれらの正当な天然機能を果たす)により、最初は小さい細胞集団からなり、移植前にin vitroで広がることができる組織グラフトを生成することができる。
【実施例】
【0047】
===実施例1===
[粘膜下組織の滅菌]
細胞培養技術は厳しい無菌状態で行われなければならないから、もしもその培養系が抗生物質を含まないならば、粘膜下組織を無菌状態に調製して細胞培養基質として使用しなければならない。粘膜下組織の生物向性に与える滅菌の影響を調べるために多数の滅菌法が研究された。組織の機械的強度及び生物向性を顕著には弱めない滅菌法が好ましい。腸粘膜下組織のための次のような滅菌法が評価された:過酢酸滅菌、2.5Mradガンマ−照射、1.0Mradガンマ−照射、エクスポル(Expor)(Alcide,Norfolk,CT)滅菌及びこれらの滅菌法の種々の組み合わせ。ガンマ照射は 60コバルト-ガンマチェンバーを用いて水和粘膜下組織で行われた。エクスポル滅菌は、メーカーの説明書により、滅菌剤容量(ml)対 腸粘膜下組織(g)比 10対1で行われた。
【0048】
種々の細胞型(例えばIMR−90、FR、HT−29、RPEC)を、滅菌した粘膜下組織に接種し、それらの増殖特性を1、3、7、14日に分析した。すべての細胞型で得られた結果は、ガンマ−照射または過酢酸処理によって滅菌した粘膜下組織由来増殖基質は細胞の付着及び増殖を或る程度促進することを示した。しかし、過酢酸滅菌粘膜下組織由来基質上に接種した細胞は付着の増加、生存増加、及び高められた増殖及び分化速度を示した;過酢酸は細胞培養基質としての粘膜下組織の調製のための好適滅菌法であるように見える。
【0049】
===実施例2===
[過酢酸による粘膜下組織の滅菌]
粘膜下組織を室温で過酢酸/エタノール溶液に2時間浸す。過酢酸溶液(ml) 対 粘膜下組織(gram)比 10:1またはそれ以上を用いる。過酢酸/エタノール溶液は4%エタノール、0.1%(容量:容量)過酢酸、残りは水である。0.1%過酢酸成分は表1に明確に示される市販の35%過酢酸保存溶液を希釈したものである。好適には粘膜下組織は過酢酸溶液に浸しながら回転器で振動する。2時間後、過酢酸溶液を流し去り、その代わりに等量のラクテート加リンゲル溶液またはリン酸緩衝化食塩溶液(PBS)を加え、15分間(振動しながら)浸した。粘膜下組織をさらに4回ラクテート加リンゲル溶液またはPBSで洗い、その後さらに15分間滅菌水ですすいだ。
【0050】
〔表1:35%過酢酸溶液の化学組成〕
組成、重量%
過酢酸 35.5
過酸化水素 6.8
酢酸 39.3
硫酸 1.0
水 17.4
過酸化アセチル 0.0
安定化剤 500ppm

一般的活性酸素分析、重量%
過酸としての活性酸素 7.47
H2O2としての活性酸素 2.40
総活性酸素 10.67
【0051】
===実施例3===
[滅菌粘膜下組織上の種々の細胞型の増殖特性]
米国特許第4902508号に記載されているように、安楽死させたばかりの豚から小腸粘膜下組織を収穫し、調製した。種々の方法(ガンマ−照射、過酢酸、など)による滅菌後、粘膜下組織をポリプロピレン製枠内にクランプで止めて細胞増殖のための平らな表面領域(50mm)を作る。枠を培養培地に浸し、培地栄養物がその粘膜下組織の両面に近づけるようにした。種々の細胞型を粘膜下組織に接種し(3×10細胞/粘膜下組織切片)、それから37℃の5%CO、95%空気 インキュベーター中に置いた。種々の時間経過後、接種した粘膜下組織を10%中性緩衝化ホルマリン中で固定し、パラフィンに埋封し、切片にした(6μm)。種々の組織学的及び免疫組織化学的染色法を用いて細胞増殖特性を明らかにした。
【0052】
現在までに、増殖基質として粘膜下組織を用いて下記の細胞系の増殖特性を研究した:
細胞系 細胞系の説明
CHO チャイニーズハムスター卵細胞
3T3 スイスアルビノマウス胚線維芽細胞
C310T1/2 C3Hマウス胚、多型潜在性
FR ラット胎児皮膚(Sprague Dawley)
IMR90 ヒト胎児肺線維芽細胞
HT−29 ヒト結腸腺癌、中程度に分化している、II度
RPEC ラット肺内皮細胞
HUVEC ヒト臍静脈細胞
SCC−12 扁平上皮癌
【0053】
表2は粘膜下組織由来細胞培養基質上に培養するために用いた種々の細胞型及びそれに対応する特異的培地条件をまとめる。選ばれた培地は、標準細胞培養条件下で(すなわちプラスチック製組織培養フラスコ)各細胞型を増殖させるために最適または最適に近い条件をあらわす。全細胞標本を5%CO/空気の加湿環境中で37℃でインキュベートした。
【0054】
〔表2:細胞増殖基質として腸粘膜下組織を用いて研究した細胞型及び対応する培養条件〕

【0055】
腸粘膜下組織の内腔側と abluminal 側との両方の細胞増殖を研究した。増殖基質としての腸粘膜下組織は各側面の差(sidedness)をあらわす;すなわち、細胞/基質相互作用は、細胞を腸粘膜下組織の abluminal 側 対 内腔側に培養した時では異なる。選択した細胞型、例えばラットFR細胞を内腔側に接種したとき、細胞は基質表面に付着し、増殖して細胞多層を形成する。それに対してFR細胞を abluminal 側に接種した場合には、 細胞は表面によって増殖するばかりか、粘膜下組織基質内に移動もする。
【0056】
脊椎動物腸粘膜下組織の内腔側の緻密層は緻密な結合組織基質を提供し、選択した細胞型(すなわち内皮及び上皮細胞)の単層または多層形成をより容易に支持する。それに対して abluminal 側は、細胞の基質構造内への移動をより促進し易い、よりルーズな結合組織構造を示す(すなわち線維芽細胞)。
【0057】
IMR−90線維芽細胞は、腸粘膜下組織の abluninal側 または内腔側に接種したとき、速やかに付着し、 基質コンポーネント全体に増殖した。これらの細胞は細胞外基質コンポーネント内にそれらの特徴的紡錘形と大きい水泡核をあらわした。しかし3T3線維芽細胞は、腸粘膜下組織に接種したとき、最小の付着−及び増殖ポテンシャルを示した。
【0058】
内皮細胞は3日以内に腸粘膜下組織の緻密層表面に沿って紡錘形細胞の融合単層を形成した。その後その単層はさらに緻密になり、若干の細胞は基質コンポーネント内に浸透した。興味深いことに、基質コンポーネント内に浸透した若干の内皮細胞は内腔構造に沿ってライニング(内層)を形成し、本来の腸の元の血管をあらわした。
【0059】
現在までに、増殖基質として腸粘膜下組織を用いて下記の一次細胞系の増殖特性の研究が行われている:
細胞系
ラット心筋
ブタ平滑筋(大動脈)
ブタ内皮(大動脈)
ウサギ平滑筋(大動脈)
ウサギ内皮(大動脈)
ブタ平滑筋及び内皮(混合 & 同時培養)
ヒト骨芽細胞
ヒト内皮細胞
【0060】
一次細胞系とは、生体から収穫し、培養した細胞である。標準in vitro細胞培養法を用いてこれら細胞を継代培養したもの(2−3回)を凍結し、その後使用した。上記の細胞系の各々を溶かし、腸粘膜下組織の存在下で培養し、組織学的に検査した。培養細胞系集団の各々は増殖し、組織学的検査ではそれらの分化した外観を保有していた。例えば腸粘膜下組織上で7−14日培養した後:ヒト骨芽細胞はアパタイト結晶を蓄積し続け、例えばホルモンなどの造骨刺激に反応した;ラット心筋細胞はそれらの収縮特性を保持した;ブタ平滑筋細胞は平滑筋作用を保持した;ブタ内皮細胞はファクターを8にした。
【0061】
===実施例4===
[腫瘍細胞増殖モデル系としての腸粘膜下組織細胞培養基質]
SCC−12として知られる顔のヒト扁平上皮癌からの確立された細胞系を invitro 培養したもの(W.グリーンリー(パードュ大学)から入手)の形態学及び侵襲特性を研究した。皮膚細胞(例えばスイス3T3マウス線維芽細胞のガンマ照射−またはマイトマイシンC−処理−フィーダー層)の標準細胞培養条件下で増殖させたとき、平らな細胞の単層が形成させる。しかしSCC−12細胞は、腸粘膜下組織の abluminal 面に接種するときは、組織学的検査で粘膜下基質コンポーネントの活発な分解及び腸粘膜下組織侵襲を示した。
【0062】
SCC−12細胞を滅菌腸粘膜下組織の abluminal または内腔表面どちらかに植え付け(3×10細胞/0.8cm 腸粘膜下組織)、5%ウシ胎児血清、4mM L−グルタミン、及び1mMピルビン酸ナトリウムを含むDMEMからなる増殖培地に浮かべた。3、7、14及び21日目に増殖特性を標準組織学的方法を用いて分析した。3日目に細胞は強力に付着し、連続層(1−2細胞の厚さ)を腸粘膜下組織の表面に沿って形成するのが見られた。形態学的には細胞は丸く、細胞外基質産物を活発に産生した。7日後、腸粘膜下組織の abluminal 対 内腔表面で、細胞の侵襲能力の顕著な差が認められた。腸粘膜下組織の内腔表面に沿った細胞層では唯単に密度の増加が見られた。それに対して、abluminal 表面に接種した細胞は粘膜下基質コンポーネントの活発な分解と30μmまでの浸透を示した。より長時間経つと、より深い浸透部位に細胞数が増加しつつあり、腸粘膜下組織分解程度がさらに大きくなった。SCC−12細胞は abluminal 及び内腔表面両方から腸粘膜下組織に活発に侵入するとはいえ、認められた侵襲速度は、SCC−12細胞を abluminal側に置いた場合の方が大きかった。
【0063】
[その他の転移性及び非転移性腫瘍細胞系]
これらの実験のために、小腸粘膜下組織を過酢酸で滅菌し、ポリプロピレン製枠に止めつけ、細胞増殖用の平らな表面領域(50mm)を作り出した。その枠を培養培地に浸し、培地栄養を腸粘膜下組織の両側に近づけた。細胞を接種し(5×10 細胞/0.8cm 腸粘膜下組織)、5%CO、95%空気のインキュベーター、37℃、に入れた。3、7、10及び14日後、接種粘膜下組織を10%中性緩衝化ホルマリン中で固定し、パラフィンに埋封し、切片にした(5μm)。標準H&E組織染色を行い、形態学的に検査した。
【0064】
腸粘膜下組織上に、それぞれの培養条件で培養した下記の細胞系の増殖特性を研究した。

【0065】
完全無傷腸粘膜下組織上で増殖するとき、非転移性親NIH 3T3 線維芽細胞は腸粘膜下組織の表面に付着したが、基質を分解したり、基質内に侵入することはなかった。他方、高度に転移性のras−転換NIH 3T3 線維芽細胞は付着、分解、及び基質への攻撃的侵入を示した。同様に、イヌ前立腺腺癌から確立された細胞系は表面に沿った腺様構造の形成及び焦点性の基質分解及び侵襲領域を示した。これらの増殖及び分化特性は、これらの細胞が in vivo で本来示すものと似ている。概して、このような特性は、細胞がプラスチック上で増殖する場合には認められない。
【0066】
[細胞の侵襲特性の評価のために侵襲チェンバーの使用]
種々の培養細胞の侵襲特性を侵襲チェンバーの使用により研究した。可溶性粘膜下組織被覆-ポリカルボネートフィルター上に増殖させた細胞と、マトリゲル被覆ポリカルボネートフィルター上に増殖させた細胞とを下記の方法により比較した。ポリカルボネートフィルター(13mm、8μm孔サイズ)を可溶性粘膜下組織またはマトリゲルで被覆し、層流フード中で空気乾燥し、無血清培地で再構成した。25μg/mlフィブロネクチンを含む無血清培地をブラインド ウェル チェンバーの下方ウェルに入れ、化学誘引物質として用いた。被覆フィルターを界面として侵襲チェンバーの上方及び下方ウェル間に置いた。0.1%BSAを含む無血清培地に懸濁した細胞(約2×10)を各侵襲チェンバー内の被覆フィルター上に接種し、そのチェンバーを5%CO/95%空気中で37℃でインキュベートした。
【0067】
6から24時間までの時点に、フィルター及び関連基質を集め、中性緩衝化ホルマリン中で固定し、0.5%トルイジンブルーで染色し、光顕微鏡を用いて侵襲性を評価した。マトリゲルの場合に認められたように、粘膜下組織はin vitroで付着、分解及び転移性腫瘍細胞(ras−転換NIH 3T3 線維芽細胞)の移動を促進した。他方、非転移性細胞(親NIH 3T3 線維芽細胞)はマトリゲル−または粘膜下組織被覆フィルターどちらでも、浸透は最小かまたは全くおきなかった。培養細胞の増殖特性の分析は、放射性または蛍光プローブを含める種々の方法を用いる細胞標識化によっても行われ、侵襲性を容易に定量化することができる。
【0068】
===実施例5===
[腸粘膜下組織は細胞分化を促進する]
FR上皮細胞は、腸粘膜下組織の内腔側(緻密層側)に培養したとき、層化多層を形成する。腸粘膜下組織に隣接する細胞は柱状の形をもち、多層表面に近づくとだんだん平らになる。14日後、デスモソームに似た構造が確認され、その細胞層を汎サイトケラチン抗体で染色するとサイトケラチンが陽性染色を示した。その上上皮細胞は、正常な健康状態で in vivo で見られるように、支持基質生成物(多分、基底膜)を生成するようにみえた。これらの研究結果は、腸粘膜下組織が上皮細胞の本来の成熟-及び分化過程を維持することを示唆する。
【0069】
粘膜下組織増殖基質の内腔側(緻密層)に増殖したFR細胞に認められた層化は、腸粘膜下組織がin vitroで細胞分化を維持し、誘導することの証拠である。FR細胞分化の誘導を証明するために、免疫組織化学及び免疫蛍光分析を行い、腸粘膜下組織の存在下及び不在下で培養したFR細胞によるサイトケラチン産生を検出した。サイトケラチンは、ケラチノサイトとして知られる最後に分化した上皮細胞によって産生される主要な細胞内構造蛋白質である。免疫組織化学分析は、腸粘膜下組織上に増殖したFR細胞の、プロテアーゼ消化、ホルマリン固定、パラフィン埋封切片で、一次抗体として抗−汎サイトケラチン(C2931、シグマ社、St.Louis,MO)を用いて行われた。免疫検出はアビジン−ビオチン複合体(ABC)法とビオジェネックス(Biogenex)超高感度StriAviGenキット(ベクター研究所(Vector Laboratories)、 Burlingame、 CA)を用いて行った。ラット皮膚生検をあらわす組織切片及び腸粘膜下組織上に増殖したHT29細胞をそれぞれ陽性及び陰性対照として分析に含めた。
【0070】
結果は、FR細胞多層に沿ったサイトケラチン染色の程度を示し、多層の表面にある細胞が最も強く染色された。同様な陽性染色パターンがラット皮膚の上皮層を形成する細胞に認められた。しかし、腸粘膜下組織に培養したHT29細胞を示す標本にはサイトケラチンは検出されなかった。
【0071】
サイトケラチンの免疫蛍光分析はフローサイトメトリーを用いて行われ、FR細胞系が標準培養条件下(腸粘膜下組織がない)で分化産物、サイトケラチン、をあらわすかどうかを確認した。スイス3T3線維芽細胞(3T3)及び扁平上皮癌(SCC−12)細胞系がそれぞれ陰性−及び陽性対照として分析に含まれた。組織培養フラスコから細胞を収穫し、冷メタノール前処理を用いて浸透性にし、種々の希釈(抗−汎サイトケラチン抗体なしのサンプルも対照として含める)の抗−汎サイトケラチン抗体の存在下でインキュベートした。その後フルオレッセイン イソチオシアネートと結合したヤギ抗マウス抗体(GAM−FITC)を用いて免疫検出を容易にした。それから細胞標本をEPICS ELITEフローサイトメーター(クールター社(Coulter Corp.)Hialeah,FL)で、空気−冷アルゴン レーザーによって生成した488nm励起を用いて分析した。蛍光放出を帯域フィルターで525nmで測定した。未処理細胞及びGAM−FITCのみで処理した細胞も分析し、バックグラウンド蛍光レベルを検出した。表3は間接的免疫蛍光染色後の各細胞型のFITC蛍光の相対的パーセントをあらわす。データからわかるように、陽性対照SCC−12細胞系のみがサイトケラチンをあらわし、FR細胞系は標準培養条件下で粘膜下組織基質がない場合にはサイトケラチンを発現しない。
【0072】
〔表3:SCC−12、3T3及びFR細胞のサイトケラチンの間接的免疫蛍光分析〕

【0073】
===実施例6===
[ハムスター膵島の分離]
ハムスター膵島をゴトウ(Gotoh)らの既報(Transportation 43巻、725−730ページ(1987))の方法で分離した。つまり、齢6−8週のゴールデンハムスター(Harlan,Indianapolis,IN)をメトファン(メトキシフルラン;Pitman-Moore;Mundelein,IL)吸入により麻酔した。総胆管に立体顕微鏡下でポリエチレン製カテーテル(PE−10チューブ;CMS;ヒューストン、TX)を挿入し、それを介して、0.7mg/mlコラゲナーゼPを含む氷冷M−199培地(Gibco BRL から市販)約3−4mlを、膵臓全体が膨潤するまでゆっくりと注入した。膵臓を切除し、100μg/mlペニシリンG及び100μg/mlストレプトマイシン(付加的コラゲナーゼなし)を含むM−199培地中で37℃で約50分間消化した。消化物を氷冷M−199培地で3回洗い、滅菌500μmステンレス鋼メッシュ、その後100μmメッシュを次々と通過させた。フィコル密度勾配(1.045、1.075、1.085、1.100)による遠心分離800g、10分間、によって精製した後、膵島を最上の2界面から回収した。
【0074】
[腸粘膜下組織上における膵島細胞の培養]
ランゲルハンス島(島細胞)を、5%CO及び95%空気を補充したインキュベーター中の粘膜下組織細胞増殖基質上に37℃で培養した。島細胞は種々の形の腸粘膜下組織の存在下、次のような方法で培養された:
1.直接的接触:腸粘膜下組織と培養細胞とが物理的に互いに接触する。
2.間接的接触:腸粘膜下組織と培養細胞はステンレス鋼メッシュによって分離されている。
3.可溶性腸粘膜下組織を培養培地に加える。
4.細胞を、可溶性腸粘膜下組織被覆−培養プレート上に培養する。被覆は、可溶性腸粘膜下組織1mlを35mm培養プレートに置き、37℃で2時間加熱し、被覆プレートを吸引し、培養培地で一回洗うことによって、過剰の腸粘膜下組織液を除去する、という方法で行われる。
【0075】
直接的接触培養法では、約1×1cmの腸粘膜下組織膜を緻密層を上に向けてステンレス鋼メッシュのてっぺんに置く。分離した島をそれから膜上に置き、M−199培地(ギプコBRLから市販される)中で7日間連続培養した。細胞増殖を1日おきに立体顕微鏡下で検査し、対照群(粘膜下組織なしで培養)と比較した。
【0076】
[同時培養前の粘膜下組織の滅菌]
1.腸粘膜下組織由来細胞培養基質を数種類の方法で滅菌した:過酢酸処理またはガンマ照射。ガンマ照射した天然の(腸粘膜下組織分離後、その他の処理を一切しない)膜を―それらを同時培養前に培養培地で十分再水和した場合に限り―直接細胞培養基質として使用することができる(天然の膜は抗生物質の存在下で培養しなければならない)。過酢酸で滅菌した膜は、先ず最初に洗って残留過酢酸を除去し、それから培養する。なぜならば残留過酢酸は多分細胞毒だからである。一般的には過酢酸滅菌組織を大量の培地に24時間浸漬し、その後同培地でよく洗う。
【0077】
2.可溶性腸粘膜下組織を、0.1M酢酸(AA−粘膜下組織)またはリン酸緩衝化食塩溶液(PBS−粘膜下組織)中6.5%クロロホルムに対して透析することによって滅菌した。腸粘膜下組織を取り出す前に、透析チューブの外側を70%アルコールですすぐことによって透析チューブ外面は滅菌される。透析チューブは分子量カットオフ12,000−14,000を有する;そこでチューブ内に留まる蛋白質は14,000以上の分子量をもつ蛋白質である。
【0078】
<結果>
対照群(粘膜下組織なしで培養した島)では7日間培養の検査の結果、線維芽細胞が島細胞におおいかぶさって増殖しているのが判明した。
【0079】
島細胞を腸粘膜下組織を含む増殖基質上に培養した場合、線維芽細胞が島細胞を覆って増殖することはなかった。腸粘膜下組織直接培養系では、島被膜(isletcapsule)を取り巻く多くの細胞が島に疎に詰まっていた。細胞はその被膜から移動し、細胞増殖が膜の最上部におき、線維芽細胞の過増殖はなかった。腸粘膜下組織被覆-培養基に島細胞を培養することも、島被膜からの上皮細胞の移動を容易にするようにみえる。さらに被覆表面への上皮細胞の付着及び上皮細胞単層の生成が認められた。
【0080】
これらのデータは、粘膜下組織基質を用いてin vitroで線維芽細胞の過剰増殖なしに島細胞の増殖を刺激し得ることを示す。こうして膵臓組織から分離した島細胞を、in vitroで島細胞の増殖を誘導する条件下で、温血脊椎動物の腸粘膜下組織からなる細胞増殖基質と接触させることによって増殖させることができ、その際線維芽細胞の同時増殖は起きない。これらの島細胞培養組成物には実質上線維芽細胞過剰増殖はおきないままである。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】図1は本発明による侵襲チェンバーの斜視分解組み立て図である。
【図2】図2はベースと連動した上方体部、及び界面基質を示す組み立てた侵襲チェンバーの断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真核細胞のin vitro増殖及び分化を促進する方法であって、
前記細胞の増殖を誘導する条件下で、前記細胞と温血脊椎動物の粘膜下組織を含む細胞増殖基質とをin vitro接触させる段階を含む方法。
【請求項2】
粘膜下組織が筋層から分離した粘膜下層、少なくとも筋層の内腔部分を含んでなる腸粘膜下組織である請求項1記載の方法。
【請求項3】
細胞を細胞増殖基質と接触させる段階が、流動状粘膜下組織で被覆した培養器具上に細胞を培養することを含んでなる請求項1記載の方法。
【請求項4】
細胞を細胞増殖基質と接触させる段階が、流動状粘膜下組織を液体細胞培養培地に加えることを含んでなる請求項1記載の方法。
【請求項5】
細胞集団の増殖を促進する培養培地組成物であって、
温血脊椎動物の粘膜下組織と、前記細胞集団の増殖を促進する栄養とを含む培養培地組成物。
【請求項6】
粘膜下組織が、筋層から分離した粘膜下層、少なくとも筋層の内腔部分からなる腸粘膜下組織である請求項5記載の組成物。
【請求項7】
粘膜下組織が流動状粘膜下組織である請求項5記載の組成物。
【請求項8】
粘膜下組織を、前記組織を可溶化するのに十分な時間プロテアーゼで消化し、実質上均質な溶液が提供される請求項5記載の組成物。
【請求項9】
温血脊椎動物の粘膜下組織と、
前記細胞集団の増殖を促進する栄養と、
あらかじめ選択した細胞型の増殖集団とを含む細胞培養組成物。
【請求項10】
粘膜下組織が腸粘膜下組織である請求項9記載の細胞培養組成物。
【請求項11】
あらかじめ選択した細胞型が、線維芽細胞過剰増殖を実質上伴わない島細胞である請求項9記載の細胞培養組成物。
【請求項12】
温血脊椎動物の粘膜下組織の、移植または注入組織グラフト材料としての機能的特性を高める方法であって、
グラフト材料を宿主に移植または注入する前に、粘膜下組織にあらかじめ選択した細胞型を接種する段階を含む方法。
【請求項13】
グラフト材料を宿主に移植または注入する前に、そのグラフト材料を、あらかじめ選択した細胞型の増殖を誘導する条件にさらし、前記細胞を増殖させる段階をさらに含む請求項12記載の方法。
【請求項14】
In vitroで線維芽細胞の同時増殖なしに島細胞を増殖させる方法であって、
前記細胞の増殖を誘導する条件下で、島細胞を温血脊椎動物の粘膜下組織を含む細胞増殖基質とin vitro接触させる段階を含む方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−105031(P2007−105031A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−186890(P2006−186890)
【出願日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【分割の表示】特願平8−524477の分割
【原出願日】平成8年2月9日(1996.2.9)
【出願人】(598063203)パーデュー・リサーチ・ファウンデーション (59)
【氏名又は名称原語表記】PURDUE RESEARCH FOUNDATION
【出願人】(398065829)メソディスト ヘルス グループ,インコーポレイテッド (2)
【出願人】(502072400)エリ リリー アンド カンパニー (8)
【Fターム(参考)】